ゲパルトの最初の3両がキーウに到着。
https://st2019.site/?p=20018
『古い兵器でメンテが難しいから、前線ではなく首都防空専任とするのか。それなら合理的だ。』





『ノーベル賞が不完全で、政治的な偏りや見落とし、時には過ちを含んでいるにもかかわらず、社会がこれほどまでに熱狂…
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%…
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK081JG0Y6A001C200…
https://news.web.nhk/newsweb/na/nd-20261010de57529 『202…
『管理者が人間ではなく、「完全自律型のAI(自律型エージェント)」になった場合、国家主権や法律の強制力は極めて…
『まさにその通りです。インターネットがどれだけ仮想的で国境のない世界(サイバー空間)に見えたとしても、国家が最…
ゲパルトの最初の3両がキーウに到着。
https://st2019.site/?p=20018
『古い兵器でメンテが難しいから、前線ではなく首都防空専任とするのか。それなら合理的だ。』
米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(4/4) | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207260001/
『 冷戦は独ソ戦の延長
日本が降伏してからもチャーチルのソ連を敵視する姿勢は変化せず、彼は1946年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行う。「冷戦」の幕開けだ。東側と西側の間に鉄のカーテンが降りているという表現はドイツが降伏して間もない段階ですでに使われていた。
それだけでなく、FBIの文書によると、チャーチルは1947年にアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている。(Daniel Bates, “Winston Churchill’s ‘bid to nuke Russia’ to win Cold War – uncovered in secret FBI files,” Daily Mail, 8 November 2014)
ウィンストン・チャーチル自身はイギリスの貴族を父に、またアメリカの富豪を母に持つ人物。父親のランドルフはジョン・スペンサー-チャーチル公爵の三男で、素行の評判は良くない。カネ使いが荒く、親しくしていたネイサン・ロスチャイルド男爵から多額のカネを借りていたという。ランドルフは1895年に死亡しているが、死因は梅毒。ネイサンは19世紀のイギリスを支配していたグループの中心的な存在で、セシル・ローズのスポンサーだ。
第2次世界大戦後、ウィンストン・チャーチルは「冷戦」の開幕を宣言した。チャーチルの背後には巨大金融資本がいるのだが、その金融資本はナチスを資金面から支えていた。情報分野でイギリスとアメリカが連携しているのは必然だ。
アメリカの金融街からも多額の資金がナチスへ流れている。そうした役割を果たしていた金融機関のひとつがブラウン・ブラザーズ・ハリマン。その幹部だったジョージ・ハーバート・ウォーカーはユニオン・バンキング(UBC)なる会社を設立、プレスコット・ブッシュやW・アベレル・ハリマンに経営を任せた。UBCの実権はハインリッヒ・ティッセンが持っているとも言われているが、この人物の兄、フリッツ・ティッセンはドイツの鉄鋼産業に君臨、ナチスの後ろ盾になっていた実業家である。
プレスコット・ブッシュはウォーカーの娘と結婚、アレン・ダレスとはウォール街仲間だった。プレスコットの息子、ジョージ・H・W・ブッシュをアレン・ダレスは幼い頃から知っていた可能性が高い。
冷戦は米英支配層の対ソ連戦争の延長線上にあり、イギリス支配層の対ソ戦は19世紀に始まる。その後、さまざまな謀略が展開されたが、その謀略にまんまと引っかかったひとりがミハイル・ゴルバチョフである。
1985年にソ連の最高指導者になったゴルバチョフはスターリンと対立していたニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループに属し、西側の「民主主義」を信じていた。1990年から91年にかけてゴルバチョフは冷戦の終結というアイデアに魅了され、米英金融資本の罠にかかってしまう。彼は冷戦の本質を理解していなかったとも言えるだろう。その時、ゴルバチョフの周辺にはジョージ・H・W・ブッシュを含むCIA人脈に買収されたKGBの中枢グループに取り囲まれていた。(了)』
ウクライナ中央銀行は、戦争中に120億ドル以上の金準備を売却したと副総裁は述べています
https://www.reuters.com/world/europe/ukraine-cbank-has-sold-over-12-bln-its-gold-reserves-during-war-deputy-head-2022-07-17/
『(※ 翻訳は、Google翻訳)
キーウ、7月17日(ロイター)-ウクライナの中央銀行は、2月24日のロシアの侵略の開始以来、124億ドルの金準備を売却した、と同銀行の副総裁は日曜日に述べた。
「輸入業者が国に必要な商品を購入できるように、私たちは(この金を)販売している」と副知事のKaterynaRozhkovaは全国テレビに語った。彼女は、金はウクライナのグリブナ通貨を支えるために売られていなかったと言いました。』
Microsoftの4〜6月、増益率2%どまり 強いドル響く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN26EBE0W2A720C2000000/


『【シリコンバレー=佐藤浩実】米マイクロソフトが26日発表した2022年4~6月期決算は売上高が前年同期比12%増の518億6500万ドル(約7兆900億円)、純利益は同2%増の167億4000万ドルだった。いずれも市場予想を下回った。企業向けクラウドサービスの採用は堅調だったものの、ドル高が収益を押し下げた。
売上高は四半期ベースで過去最高を更新した。ただ市場予想(523億ドル)には届かず、会社予想の下限も下回った。純利益の伸び率は20年7~9月期以降で最も低い水準にとどまった。
業績に大きな影響を与えたのが「強すぎるドル」だ。マイクロソフトは米国外の売上高が約5割を占めており、円やユーロ建ての取引をドルに換算した価値が目減りした。例えば、投資家の関心が高いクラウド基盤「Azure(アジュール)」の増収率は前年同期比40%にとどまったが、為替影響がなければ46%のプラスだったという。
企業向けの業務ソフトをまとめた「Office365」は15%の増収だった。顧客情報管理(CRM)なども含めたクラウドサービス全体の売り上げは28%増の250億ドルで、19年以降で初めて伸び率が3割を下回った。
為替以外ではパソコン(PC)需要の減速が響き、PCメーカー向けの「ウィンドウズ」の販売額が2%減った。企業が広告投資を見直しているため、ビジネスSNS「リンクトイン」などの広告事業も伸び悩んだ。人員整理に伴い、4~6月期は従業員の退職関連費用として1億1300万ドルを引き当てた。
7月中旬から本格化した米企業決算ではコロナ禍で急拡大したサービスの停滞が目立ち、世界経済の減速見通しも広がっている。マイクロソフトは為替の逆風が大きいものの、エイミー・フッド最高財務責任者(CFO)は「需要は強く、シェアも獲得している」と指摘した。企業向けビジネスが主体で複数年の契約も多いため、個人向けサービスのような解約は目立っていない。
協業アプリの「Teams(チームズ)」やセキュリティー関連ではシェアの拡大も進んだ。説明会でフッド氏はクラウドの契約状況について「期待を上回っている」と話し、23年6月期は通期で「売上高、営業利益ともに2桁の成長が続く」と強調した。強気の見通しを受けて、軟調だった株価は米市場の時間外取引で約5%急伸した。
【関連記事】
・Netflix、Microsoftと提携 広告付き低価格プランで
・米IBMの4~6月、9%増収 大型汎用機が好調 』
アルファベットの4~6月、純利益14%減 ネット広告減速
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN26ECT0W2A720C2000000/

『【シリコンバレー=奥平和行】米グーグルの持ち株会社、米アルファベットが26日に発表した2022年4~6月期決算は、売上高が前年同期比13%増の696億8500万ドル(約9兆5300億円)、純利益が同14%減の160億200万ドルだった。景気の減速懸念が強まっていることを背景に主力のインターネット広告事業の成長が鈍化し、2四半期連続の減益となった。
1株利益は1.21ドル(前年同期は1.36ドル)だった。売上高、1株利益ともに市場予想に届かなかったが、26日の米株式市場の時間外取引で株価は一時、同日終値より4%超上昇した。
主力のネット広告事業の売上高は前年同期比12%増の562億8800万ドルだった。このうち、動画共有サービス、ユーチューブ関連は5%増の73億4000万ドルになった。
企業が広告費を見直す傾向が強まり、アルファベットと同様にネット広告を主力とする米ツイッターの4~6月期の売上高は前年同期を下回った。アルファベットはネット検索の結果に関係する内容を表示する検索連動型広告が強く、効果が高いことから企業が支出を絞り込む影響が小さかったもようだ。
26日の決算説明会で、フィリップ・シンドラー最高事業責任者は「旅行や小売りの分野の広告が好調で、夏の旅行先の検索回数は前年同期の2倍に増えた」と説明した。
ただ、全社の売上高の前年同期増加率は過去8四半期で最低になった。ユーチューブなどで売上高の前年同期比増加率が22年1~3月期を下回ったことについて、ルース・ポラット最高財務責任者(CFO)は「サプライチェーン(供給網)や在庫などの問題から、一部企業が広告出稿を手控えている」と述べた。
また、株価低迷などの影響で有価証券の売却損や評価損が拡大し、業績の足を引っ張った。ドル高の影響も受け、ポラットCFOは「為替は7~9月期にさらに強い逆風になる」と説明している。採用については22年末までペースを落とすことを決めており、「23年に採用活動を盛んにする」(ポラットCFO)としている。
スンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は説明会で「事業の焦点を絞る」と強調した。「企業が成長モードに入っているときは再調整が難しいが、現在のような時期はその好機になる」と指摘し、成長を見込む人工知能(AI)やクラウドコンピューティングなどに経営資源を集中させる考えを示した。
多様な観点からニュースを考える
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白井さゆり
慶應義塾大学総合政策学部 教授
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ひとこと解説
ネット企業はコロナ危機による巣ごもり需要と電子商取引の拡大で大きく収益を伸ばし株価上昇をもたらしました。しかし巣ごもり需要はあるていど一巡していますし、インフレ上昇による消費者マインドの大幅な悪化と消費の伸びが大きく減速していることから企業による広告需要が減ってきています。昨年までのように利益が大きく伸びるという状況ではありません。企業利益が伸び悩む中、競争を維持するための設備投資やイノベーションのための支出や有力なスキル人材の採用と株主還元策の間で難しい経営判断が必要になっているようです。
2022年7月27日 7:45
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https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGN26ECT0W2A720C2000000&n_cid=DSPRM1AR08 』
ブラジル大統領、再選出馬を正式表明 10月選挙
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN243V10U2A720C2000000/
※ 今日は、こんなところで…。
『【リオデジャネイロ=宮本英威】ブラジルのボルソナロ大統領は24日、10月2日の大統領選で再選を目指す意向を正式に表明した。世論調査では低所得者層の支持が厚い左派のルラ元大統領がリードしている。右派のボルソナロ氏は今後、得意とするSNS(交流サイト)を通じて支持拡大を狙う。
24日に自由党(PL)がリオデジャネイロ市内で開いたイベントで擁立が決まった。報道によると、集会には約1万2000人が参加した。
ボルソナロ氏は演説で「国民に機会がある国をつくっていく」と続投への意欲を示した。中南米の反米左派政権であるベネズエラやキューバを批判的に取り上げながら、ライバルであるルラ氏を間接的に批判した。家族や信仰を重視する姿勢を重ねて示し、支持基盤であるキリスト教福音派を含む保守層に訴えかけた。
集会に参加した元軍人のマルシオ・マルシアルさん(50)は「左派の労働者党政権は長い間、汚職にまみれていた。家族を重視するボルソナロ氏に期待している」と述べた。
ボルソナロ氏は元軍人で、下院議員を長く務めてきた。18年10月の大統領選挙では当初は泡沫(ほうまつ)候補とみられていたものの、汚職への厳しい姿勢や巧みなSNS活用で有権者の支持を広げて当選した。
19年1月の就任後は、年金改革や民営化では成果がある一方で、新型コロナウイルスの感染拡大を軽視して十分な対策を打たなかったとの批判がある。
同氏は前回の選挙運動期間中だった18年9月、南東部ミナスジェライス州での集会に参加した際に、刃物で腹部を刺されて重傷を負った。大統領就任後は定期的にその傷の手当てをしている。
【関連記事】
・ブラジル大統領、劣勢挽回へ6600億円給付金 10月選挙控え
・中南米に左派政権の波 コロンビア、親米路線修正も 』
米国務副長官、ソロモン訪問へ ケネディ駐豪大使が同行
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN260VJ0W2A720C2000000/
『【ワシントン=中村亮】米国務省は25日、シャーマン国務副長官が8月6~8日にソロモン諸島を訪問すると発表した。キャロライン・ケネディ駐オーストラリア大使やインド太平洋軍のスティーブン・スクレンカ副司令官が同行する。ソロモンへ影響力を増す中国に対抗する。
国務省は声明で、シャーマン氏はソロモン政府高官と会談し「永続的関係を確認する」と説明した。ソロモンの首都ホニアラが位置するガダルカナル島をめぐり、日米が太平洋戦争で激戦を繰り広げてから80年の節目を迎え、シャーマン氏は関連の記念式典に出席する。
中国とソロモンは4月、安全保障協定を結んだ。中国がソロモンに軍事拠点を設けることはないと両国は断言するが、バイデン米政権は中国軍による海洋進出に懸念を強めている。
ケネディ氏は7月下旬、駐豪大使に着任したばかりだ。シャーマン氏に同行してソロモンとの関係づくりを急ぐ。バイデン政権のインド太平洋戦略ではソロモンを含む太平洋島しょ国との関係強化の重要度が増しており、ケネディ氏は重責を担う。』
スリランカ新大統領「キツネ」の異名に映る毀誉褒貶
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD243SH0U2A720C2000000/

『抜け目がないのか、それとも信用が置けないのか。「The Fox(キツネ)」の異名を持つ男が、経済危機にひんするスリランカの最高指導者の座に上り詰めた。21日に第9代大統領に就任したラニル・ウィクラマシンハ氏である。
5月に当時のマヒンダ・ラジャパクサ首相が辞任した後、2年半ぶりに首相職へ復帰していた。7月半ば、今度は弟のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が反政府デモの追及から逃れるように国外脱出し、辞表を提出すると、国会でその後任に選出された。
一連の過程で、キツネと呼ばれるゆえんをしっかり印象づけた。
燃料や医薬品、食料などの必需品に事欠き、生活苦に怒るデモ隊の批判の矛先は、前大統領だけでなく首相にも向かった。ウィクラマシンハ氏もいったんは辞意を表明したが、大統領が空席になったとたん、一転して後継に名乗りをあげた。「火中の栗を拾った」といえば聞こえはいいが、常識的には説明がつきにくい行動だ。
自ら担当する国際通貨基金(IMF)との支援交渉を巡る発言も不可解だった。「単に途上国としてでなく、破産国家として臨んでおり、より困難で複雑だ」。7月5日の国会でこう報告してから2週間後、一転して「結論は近い」と楽観的な見通しを示した。
燃料不足で長蛇の列ができるコロンボ市内の給油所は、国軍兵士が警備にあたる=ロイター
その間、スリランカは抗議活動の激化や前大統領の逃亡で騒然とし、とても交渉を進められる状況ではなかった。IMF側も「政治的・社会的な緊急事態によって協議が中断している」と懸念を表明していたにもかかわらず、である。新大統領の選出を間近に控え、自らに有利なよう印象を操作した、とみられても仕方がないだろう。
「博識だが傲慢で、金持ちだが比較的腐敗していないことで知られている」。シンガポールのストレーツ・タイムズ紙は、新大統領の人物像をこう紹介している。
歩んできたキャリアをみれば、激動のスリランカ政治史の生き字引的な存在だ。
英連邦内の自治領セイロンとして独立した翌1949年、最大都市コロンボで新聞社を所有する富裕な一家に生まれ、名門コロンボ大を出て弁護士になった。77年、28歳のときに同国最古の政党である統一国民党(UNP)から国会議員に当選すると、親戚のジャヤワルデネ大統領によってすぐに最年少の閣僚に起用された。
スリランカは多数派のシンハラ人と少数派のタミル人の対立を抱え、83年に北・東部の分離独立を唱えるタミル人の武装勢力との内戦に突入した。93年、プレマダサ大統領が同勢力に暗殺された後、44歳で最初の首相を経験する。94年に今度はUNPの大統領候補が暗殺されると、立て直しのため党首に就き、いまもその地位にとどまっている。
通算で首相を6度も務めてきたのに、大統領にはこれまで手が届かなかった。99年、2005年の大統領選では、UNPと並ぶ二大政党だったスリランカ自由党(SLFP)の候補者に続けて敗れた。今回は「三度目の正直」で悲願をかなえたことになる。
05年の大統領選で敗れた相手がマヒンダ氏だった。以来、ラジャパクサ一族を政敵と公言してきたが、15年にいったん追い落としに成功しながら、自らの失策で復権を許し、結果としていまにつながる経済失政を招いたことは、看過できない汚点だ。
大統領になったマヒンダ氏は、国防次官に据えたゴタバヤ氏と共に09年にタミル人勢力を制圧し、26年間続いた内戦を終わらせた。国民から英雄視された半面、次第に権力の私物化が目立つようになった。そこで動いたのがウィクラマシンハ氏だ。15年の大統領選で、ライバルのSLFP内の反マヒンダ勢力のマイトリパラ・シリセナ氏を担ぐ奇策に出て、3選を阻止した。
そのシリセナ大統領と組んで、自身は3度目の首相に就任した。が、2人の関係は水と油だった。インドの情報機関から事前に何度も警告を受け取っていたにもかかわらず、250人以上が死亡した19年4月の連続爆破テロを防げなかったのは、大統領と首相が情報を共有できていなかったのが原因だ。惨劇は国民に内戦期の悪夢を思い出させた。同年11月の大統領選に出馬したゴタバヤ氏の勝利、さらにはマヒンダ氏の首相起用を許し、ラジャパクサ一族を再び権力の座に就けるお膳立てをしたことになる。
ゴタバヤ・ラジャパクサ前大統領は国外脱出後に辞任した=ロイター
今年5月に首相に再登板したのは、ゴタバヤ氏の要請を受け入れてのことだ。国難に際して協力はするが、反ラジャパクサの立場は変わらない、と強調したものの、その言葉を真に受けるわけにはいかない。ラジャパクサ一族との接近なしには、悲願である大統領の座は手中に収められなかったからだ。
本来なら大統領は有権者の直接投票で決めるが、今回は任期途中で空席となったため、憲法の規定により国会議員の投票で選んだ。ただし退潮が著しいUNPが国会に持つのは、党首のウィクラマシンハ氏のたった1議席だけ。それでも有効票219の過半数の134票を獲得できたのは、ラジャパクサ派の与党議員たちが支持に回ったためだ。
「前任者(=ゴタバヤ氏)とは異なり、ウィクラマシンハ氏は経済に明確で一貫した見解を持っている。IMFとの交渉を成功させ、国に必要な資金援助を引き出すには、適した人物だ。しかし、大統領昇格と議会の多数派形成をラジャパクサ派に依存したことによって、民主改革派としての信頼は損なった」
国際危機グループのスリランカ担当上級コンサルタント、アラン・キーナン氏は、国民からの支持は到底望めないだろうとの見方を示す。
「ラジャパクサ一族の支配の延命に手を貸した」として、抗議活動の矛先はウィクラマシンハ氏にも向かっている=ロイター
新大統領の任期は、ゴタバヤ氏が残した24年11月までだ。最優先課題であるIMFからの支援取り付けは、緊縮財政や大幅増税といった構造改革と表裏一体になる。国民に痛みを伴う協力を求める以上、政治不信を払拭するための改革もまた避けて通れない。
具体的に言えば、ラジャパクサ一族の専横を招いた「強い大統領制」をどう修正するのか、である。憲法改正による大統領権限の抑制や、もっと大胆に議院内閣制への先祖返りなど、権力のチェック・アンド・バランスを働かせる仕組みが欠かせない。
ただ、同じ旧英領のインドやシンガポールと同様、もともとは儀礼的・象徴的な役割しかなかった大統領職を、フランスをお手本にいまのような強力な執行大統領制に移行したのは、先に触れた70年代後半のジャヤワルデネ政権のときだ。UNPの中興の祖だった叔父の政治的業績を葬り去るだけでなく、ようやくつかんだ大統領としての権力を自ら手放す改革を、ウィクラマシンハ氏は果たして断行できるのか。
国民の人気も、議会における多数派も持たないまま、大統領の座をたぐり寄せた芸当は、それこそキツネのあだ名にふさわしい。問題はその先にどんなレガシー(政治的遺産)を残せるのか、である。毀誉褒貶(ほうへん)が激しい73歳の老練な政治家の大統領としての評価は、短期決戦で定まるはずだ。
=随時掲載
高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。』
[FT]イスラエル占領地のパレスチナ人、裁判20年の末退去
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB2529I0V20C22A7000000/

『ムハンマド・アユブさんにとって、灼熱(しゃくねつ)の太陽が照りつけるヒルベト・ファヘイト村は故郷だ。パレスチナ人農民のアユブさんは、これまでの46年の人生をほぼこの村で暮らし、周りを囲む荒地の斜面でヒツジやヤギ、ハトを飼いながら細々と生計を立ててきた。
マサーフェルヤッタ地区でイスラエル当局によって破壊されるパレスチナ住民の家屋(7月19日)=ロイター
だがイスラエル軍にとって、占領地ヨルダン川西岸の南端に位置するこの村は全く別の意味を持つ。数十年前から演習場にしようとしてきた約3000ヘクタールの「射撃区域918」の土地の一角なのだ。
20年にわたる法廷論争の末、イスラエルの最高裁判所は5月、軍の主張を認める判決を下した。最高裁は国民の祝日の前夜に示した判決で軍に対し、パレスチナ人の村8つを含む一帯を演習場として使い、約1200人の住民を立ち退かせることにゴーサインを出した。
この判決は、活動家や外交関係者によると過去数十年間で最大規模となる強制退去に道を開くものであり、1967年にイスラエルによる占領が始まったヨルダン川西岸に住むパレスチナ人への圧力を象徴している。強制排除の構えは国連や欧州連合(EU)の批判を呼び、アユブさんのような村人に不安な将来をもたらした。
「私たちはずっと不安に取りつかれている」とアユブさんは話す。「これからどうなるのか、彼らに追い出されるのか、私たちにはわからない。何もかもがあやふやだ」
当局は家屋を繰り返し破壊
南ヘブロン丘陵の尾根や巨岩の間を進む未舗装道路しか通じていないマサーフェルヤッタ地区に散在する村を巡る争いは、イスラエル当局が一帯を軍事封鎖区域に指定した1980年代に始まった。
イスラエル軍によると、指定は「スタッフによる作業」と「関連する様々な運営に関わる検討」、そして「当時、この地域に人は住んでいなかったという事実」を踏まえたものだという。
だが住民らは、何世代にもわたってこの地で暮らし、多くの人が牧畜で生計を立てきたと話す。厳しい気候をしのぐために、洞窟を掘って住む人もいるという。
イスラエルは1999年、マサーフェルヤッタ地区のパレスチナ住民約700人に立ち退き命令を出した。住民側は訴訟を起こした後、最終判決が出るまで帰還を認められたが、新しい構造物を造ることは事実上禁じられた。
その後の20年間は法的に中ぶらりんの状態となった。弁護団が立ち退き命令の合法性について争う一方、イスラエル当局は無許可で造られた違法建築物であるとして家屋や貯水槽などの取り壊しを繰り返した。
アユブさんも家を壊された一人だ。最初は1月、さらに建て直した家も5月に壊された。
5月の取り壊しの後、アユブさんは生まれてから29歳の時まで住んでいた洞窟に妻と6人の子どもを連れて移ろうかと考えた。この家屋の取り壊しは、最高裁の最終判決後に行われたいくつかの撤去の一つだった。
住民側は再審理に望み
最高裁は、パレスチナ住民側は演習場内の土地の所有権を持つことも、軍が演習場に指定する前にこの土地に定住していたことも証明できなかったとした。
また、イスラエル軍は封鎖地区に指定して無許可の立ち入りを禁じる権利を有し、強制移住を禁じる国際法はこの係争に適用されないとの判断も示した。
マサーフェルヤッタ地区住民の弁護団は法的論理に「誤りがある」と訴え、最後の手段として最高裁に再審理を願い出て逆転判決に望みを託した。
イスラエル公民権協会のロニ・ペリ氏は「ここは占領地であり、イスラエル軍は土地を(訓練のような)一般的な目的で使用することはできない。マサーフェルヤッタの村々はイスラエル軍の演習場にはなり得ない」と言う。
住民側は、判決は口実にすぎないとみている。「地域のこの一帯にパレスチナ人はもういないということにするための口実であることは極めて明白だ」とマサーフェルヤッタ地区で地元の評議会を率いるニダル・アブユーネス氏は話す。
住民側弁護団は法廷闘争において、1981年に当時のシャロン農業相が「アラブ農民が丘陵地から拡大」していることを踏まえ、イスラエル軍の訓練のために南ヘブロン丘陵の土地をもっと割り当てるよう提案した会合の議事録を提出した。
最高裁判決を受けて、この問題への国際的な関心が高まった。7月にはEUなどの外交官がマサーフェルヤッタを訪れて住民と面会した。住民はハレト・アサバア村で、イスラエル軍が最近行った実弾演習の流れ弾で破損したという家屋を見せた。
イスラエル軍は「初期調査において、演習中に使用された火器と構造物の破損部分の間に何の関係も見いだされなかった」が、今後の訓練には追加的な安全策が講じられるとしている。
マサーフェルヤッタ地区の住民の間には、国際的な関心の高まりによって立ち退きは回避されるかもしれないと期待する向きもある。だが、11人の子を持つ母で、ジンバ村に家屋と洞窟の両方を持つニジャ・ジャバリーンさんのように、さらに抵抗を続けようとしている住民もいる。
「もしも(イスラエル当局が)取り壊しに来たら洞窟に入り、壊せば私たちが生き埋めになるようにする。ここは私たちの祖父と祖母たちの土地だ。ここは彼らの土地であり、私たちは出て行かない」とジャバリーンさんは言う。「私たちの全財産、私たちが持っているものは全てここにある」
By James Shotter
(2022年7月24日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
(c) The Financial Times Limited 2022. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation. 』
ロシア外相、エジプト大統領と会談 アフリカを歴訪
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB250PO0V20C22A7000000/
『【カイロ=時事】ロシアのラブロフ外相は24日、アフリカ諸国歴訪の最初の訪問国エジプトで、シシ大統領らと会談した。ロイター通信によれば、カイロでアラブ連盟諸国の関係者らと会談後、エチオピア、ウガンダ、コンゴ共和国も訪問。ロシアがウクライナ侵攻で西側諸国から厳しい制裁を受ける中、アフリカ諸国との関係強化を模索する。
エジプト大統領府によると、シシ氏との会談でラブロフ氏は、ウクライナ情勢について説明。シシ氏は「対話と外交的解決の重要性」を強調した。エジプト外務省によれば、ラブロフ氏はシュクリ外相とも会談し、2カ国間協力のほか地域および世界の問題に関し意見交換した。
ロイターによると、ラブロフ氏は20日のロシア国営メディアとのインタビューで「われわれは常に、彼ら(アフリカ諸国)が望む通りに生きていけるよう、問題解決を手助けしてきた」と強調。ロシア・アフリカ首脳会議を来年計画していることも明かした。』