【Lesson4】エネルギー自給率はなぜ重要か?食料との違いhttps://wedge.ismedia.jp/articles/-/32134
『自給率は、消費するものを国内からどれだけ供給可能かを示す比率です。必要な物を国内から提供できれば、海上輸送途上でのトラブルによる入荷不安、輸出国の事情による供給途絶の心配もなく安心です。
自給率が特に注目されるのは、食料とエネルギーです。ともに必需品で供給途絶は国民の間に大きな不安をもたらします。 (Thitichaya Yajampa/Irina Thalhammer/gettyimages)
1973年の第一次オイルショック時の石油の供給不安と価格上昇が、必需品のトイレットペーパーの奪い合いを全国で引き起こしました。当時紙の生産には大量の石油が使われていたからです。今は輸入された石炭が主な燃料になっています。
30年前の1993年には記録的な冷夏による米の不作により「平成の米騒動」が発生しました。国産米が大きく不足し、タイ、中国、米国などから米が輸入されました。国産米と異なる品種のインディカ米を食べた記憶がある読者もおられると思います。
ともに必需品のエネルギーと食品ですが、自給率を考えるときには違いがあります。 食料とエネルギーは異なる
平成の米騒動の時に米を輸入しましたが、品種は異なるものの比較的簡単に買い付けられたように思います。
食料と異なりエネルギーの代替は簡単ではありません。石油を使っている設備で石炭とか天然ガスで代替することは困難です。
さらにエネルギーが不足した時に、直ぐに輸入可能でしょうか。例えば、石油の輸入が中断した時に、代わりに輸出してくれる国を見つけることは困難です。
食料とエネルギーでは、供給可能な国の数が大きく異なります。食料は多くの国が輸出を行っています。お金があれば、いざと言う時に購入することも可能です。
石油、石炭、天然ガスは生産と輸出国が限定され、いざと言う時にお金を出しても買えるとは限りません。生産量と港湾などの輸出インフラの能力に限度があるからです。』
『食料自給率とエネルギー自給率
日本の2022年度のカロリーベースの食料自給率は38%(生産額ベースでは58%)。作物により自給率は異なります。主な作物の自給率は図-1の通りです。お米は99%、野菜79%ですが、小麦の自給率は15%です。 写真を拡大
自給率の低い小麦を輸出している国は米国、カナダ、豪州、ロシアなどです。いざと言う時に全世界が凶作に見舞われていない限り調達は可能でしょう。
一方、図-2が日本のエネルギー自給率の推移を示しています。自給率が今13%しかないのは、国内で石油、石炭、天然ガスの生産がほとんどないことと原子力発電所の再稼働が進んでいなことが理由です。 写真を拡大
水力、太陽光発電などの再生可能エネルギー(再エネ)は国産エネルギーです。加えて国際エネルギー機関は原子力発電も自給率に加えています。燃料を一度装着すれば数年に亘り運転可能なことから国産エネルギーに準じるものとされます。
図-2の「原子力寄与」が自給率内の原子力分を示しています。原子力発電の拡大により日本の自給率は2010年には20%を超えますが、11年の福島第一原発事故により一挙に落ち込みます。
化石燃料の生産国と輸出国は限定され、さらに特定の地域、国に大きく依存しています。日本が原油と石油製品の輸入の80%を依存している中東諸国からの出荷が紛争によるホルムズ海峡封鎖により止まれば、全量を代替することはできません。
豪州は、日本の燃料用石炭とLNG輸入量のそれぞれ72%と43%を供給しています(図-3と図-4)。かつては労働争議が頻発した国です。
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労働争議はほとんどなくなりましたが、港湾設備などが故障すれば出荷量は落ち込みます。豪州が担っている数量を他国から調達することは、不可能なように思えます。
エネルギー自給率の向上は大きな課題ですが、エネルギー政策では、いつも自給率が大きなテーマではありませんでした。』
『エネルギー自給率の歴史
エネルギーを調達する時に考えるべきことは、安全を前提に経済性(Economics)、エネルギー安全保障(Energy Security)、環境性能(Environment)です。エネルギー安全保障の観点から自給率が重要になりますが、エネルギーの歴史では重視される点は時代を反映し異なりました。
石炭の使用が本格化し産業革命が進む中で問題になったのは、十分な量の石炭が供給可能かということでした。石炭は多くの国に賦存しており貿易量は限定されていたことから、産業革命から19世紀にかけて自給率そのものは大きな課題ではありませんでした。
第一次世界大戦時、石油を燃料とする航空機、軍用車両が重要な役目を果たしたことから、石油の調達が軍事的に大きな課題になりました。国内に油田を持たない日本は、石油調達の必要性からも太平洋戦争に踏み切ることになりました。
第二次世界大戦後高度成長期まで、エネルギーの中心は石炭でした。日本は鉄鋼生産用の高品位の原料炭を除き国内炭鉱で生産していましたので、1950年のエネルギー自給率は96%もありました。
高度成長期には、中東からの安価な石油が徐々に石炭に変わりエネルギーの主流を占めるようになります。1バレル(159リットル)数ドルという価格競争力と容易な取り扱いが石油利用の急激な拡大につながりました。73年の日本の自給率は10%を下回りました。
73年の第一次オイルショックは、石油依存を深めていた主要国に冷や水を浴びせます。主要国は自給率向上策とエネルギー供給源の多様化に乗り出しました。
自給率向上策として多くの国が注目したのが原子力の利用と国内炭鉱の維持でした。日本も原子力発電の拡大と同時に、採炭条件が悪化し生産数量の減少が続いていた国内炭鉱の生産数量維持の政策を打ち出します。
輸入炭の数倍の価格の国内炭を維持する政策でしたが、採炭条件の悪化と価格上昇が続き2000年代前半になり国内炭鉱はほぼ閉山しました。経済性が優先したわけです。
いま自給率が注目される理由
第一次オイルショック後、脱石油を進めた主要国は石炭と天然ガスの利用を進めます。第一次オイルショック時、石油に一次エネルギーの4分の3を依存していた日本の一次エネルギー供給も、輸入炭、液化天然ガス(LNG)、原子力に分散が進みました(図-5)。 写真を拡大
欧州連合(EU)でもエネルギーの多様化が進みます。日本の産業界では石油が使われましたが、EUでは天然ガスの利用が増えます。
分散が行われる過程で、エネルギーの安定供給、自給率が大きな課題になることはありませんでしたが、ロシアのウクライナ侵略が主要国を震え上がらせることになりました。ロシアが原油・石油製品、天然ガスで世界一、燃料用石炭でも世界3位の輸出国になっていたからです。
特にロシア産天然ガス依存度が高いEUは、脱ロシア産化石燃料を実行する過程で天然ガス価格の高騰に直面し、大きなエネルギー価格の上昇に見舞われました。発電における天然ガス比率が高いイタリアでは、家庭の電気料金の負担が政府の補助後でも約4倍に高騰しました(図-6)。 写真を拡大
脱炭素を進める主要国は、再エネと原子力発電の導入を進め自給率を高めることで脱ロシアを図る構えです。』
『再エネによる自給率向上策
脱ロシアを進める主要国が進めているのが、洋上風力の導入です。今まで洋上風力の開発を積極的に進めたのは、風況と遠浅の海域に恵まれた英国、ドイツ、デンマークなどの北海、バルト海沿岸諸国でした。
陸上風力発電設備で世界市場を獲得した中国は、洋上風力設備でも市場獲得を狙い国内での設備導入を進めました。今世界の洋上風力設備の約50%は中国に設置されています。 北海との比較で風況に劣る米国も日本も洋上風力の開発に乗り出しました。 脱炭素の有力な電源の開発余地が少なくなり、相対的にコストが高く電気料金を引き上げる可能性が高い洋上風力も開発せざるを得ない事情がありました。
米国では、連邦政府が投資・生産税額控除を風力発電設備に認めていることも導入を後押ししました。
しかし、エネルギー危機は資機材価格の高騰を引き起こしました。その結果、大量の資材を必要とする再エネ設備の投資額は急増し、欧米で洋上風力発電設備の建設を進める事業者は、相次いで計画からの撤退、中止を発表しています(そして誰もいなくなる 死屍累々の欧米の洋上風力事業者 )。
違約金の支払いが、建設後に想定される赤字額を下回る計算が成り立つので事業者は撤退の道を選択しています。それほど資機材価格の上昇は大きなインパクトを与えています。
資機材価格の予見が難しい状況が続けば、太陽光、陸上風力を含め再エネ設備の投資への逆風が続くことになります。
原子力発電による自給率向上策
ロシアのウクライナ侵攻が大きく変えたのは、欧州市民の原子力発電の利用に関する世論です。エネルギー危機前原子力発電の利用に反対する比率は、EU27カ国の世論調査では41%でしたが、ロシアのウクライナへの侵攻後その比率は15%まで下落しました。
スウェーデン、イタリア、ポーランド、チェコなど多くの国が原発新設の意思を明らかにしています。
しかし、インフレはここでも影を落としています。米国で開発が最も進んでいるニュースケールの小型モジュール炉(SMR)1号機の建設を予定していたユタ州公営共同電力事業体は、プロジェクトの中止を発表しました。
資機材の値上がりがSMRの建設にも影響を与える可能性があり、中止に至ったと報じられています。
米国の専門家は、原子炉としては相対的に大きな量の鉄鋼とセメントが消費されるニュースケールのSMRではインフレの影響も大きいことを指摘しています。
加えて、SMRの設備は工場で生産されスケールメリットが大きいので、具体的な商業化の前の実証炉の段階ではコストが高くなる問題もあります。』
『自給率向上の道は
再エネ設備と原発への投資を取り巻く環境は厳しさを増しています。しかし、脱炭素と脱ロシアに向け主要国は自給率向上策を取るしかありません。
日本政府は、30年度に温室効果ガスを13年度比46%削減する目標を掲げました。図-7が政府の想定する30年の一次エネルギー供給を示しています。 写真を拡大
エネルギー自給率は30%を少し超えることになります。また非炭素電源による発電量が59%を占める想定になっています(図-8)。 写真を拡大
資機材の価格上昇は初期投資額の大きい発電設備の建設に影響を与えます。初期投資額の上昇が発電コストに与える影響を分析し、再エネ電源の発電量の想定を見直すべきでしょう。
電気料金は家庭と産業に大きな影響を与えます。30年度の温室効果ガス排出目標を達成するため、どのような非炭素電源を活用すべきか、資機材の価格上昇が落ち着いたところで再検討すべきと思います。来年に策定が予定されている第7次エネルギー基本計画では資機材の状況も考慮すべきです。
また洋上風力、太陽光発電設備などの再エネ設備の多くの重要原料、資材の供給を中国に依存しています(図-9)。真の意味の自給率向上を考える際には、強権国家への原材料の依存にも配慮することが必要です。 写真を拡大
30年度の脱炭素目標達成、自給率向上の道はまだ遥かかなたです。
編集部からのお知らせ:本連載でもエネルギーを解説する山本隆三氏が著書で、ロシアのウクライナ侵攻に関わるエネルギー問題など、わかりやすく解説しています。詳細はこちら。 』