<研究論文>(査読付き論文) 総務部長ポストの人材登用のあり方と財政運営への影響: 都道府県における中央官僚の出向人事に着目した実証分析https://www.jstage.jst.go.jp/article/chihoujichifukuoka/75/0/75_48/_pdf
『山口大学経済学部准教授米岡秀真
!はじめに わが国では、地方財政に対する規律付けと して、地方財政法など各種法制度による国レ ベルからの統制、あるいは市場公募債の起債 における金融市場を通じた規律付けがある。 こうした規律付けの仕組みがある中で、わが 国の地方財政に関する先行研究では、首長の 属性(政治的属性、出身属性、あるいは在職 年数などの属性)の違いにより財政規律がも たらされる、との見解を支持するものが数多 く存在している(喜多見,2004,2010;小林•近 藤,2008;砂原,2006,2011;曽我・待鳥,2007;藤 澤,2004;米岡,2021,近刊など)。
先行研究の議論を詳細に検討してみると、 財政規律を志向するか否かについて、特に首 長の出身属性の違いによって異なる傾向があ るとの指摘がいくつか見受けられる。
喜多見 (2010)では、地方財務協会の『内政関係者名 簿』から入手可能な1972年から1998年まで の都道府県データを用いた検証結果から、歳 出拡大があった後に就任した自治省出身の知 事のもとで、財政を立て直すために歳出削減 の傾向にあることを指摘している。
あるい は、砂原(2011)では自治省(現総務省)及 びその他省庁を含めた中央官僚出身知事が、 それ以外の属性を有する知事と比較した場合 に、インフラ整備費、教育費、福祉費などに ついて歳出を抑制する傾向にあると指摘して いる(※1)。
具体的には、1975年から2002年 までの都道府県データを1975年から1990年 までの期間と1991年から2002年までの期間 に分けて推計を行い、中央官僚出身知事のも とで歳出抑制の傾向にあることが示されてい る0さらに、米岡(2021)では、こうした先行 研究の指摘を踏まえた上で、地方分権一括法 の施行された2000年から2015年までの都道 府県パネルデータを用いて、国政与党の支援 を受けた中央官僚出身知事のもとで、財政規 律がもたらされていることを定量的な実証分 析により示している。
では、こうした政策的選好を知事が持って いる際に、地方公共団体の組織内部でどのよ うな人事配置が行われることが予想されるで あろうか(※2)。
先行研究では、都道府県の主 (謝辞)本論文を改訂するにあたり、本誌の匿名レフェリー 2名から非常に有益なコメントを頂いた。ご議論を頂い た全ての方々に深く感謝いたしたい。 (※1)砂原(2011):84-87頁を参照。 (※2)これまで、地方における中央官僚の出向人事は、行政学分野において注目され続けてきた主要な研究テーマ の一つである。この人事現象が地方においてなぜ生じるかについては、事例分析アプローチを主とした解明 が試みられ、盛んに議論が行われてきた(青木.2003I秋月,2000a, 2000b;稲継,2000;喜多見,200?など)。特 に、地方の側で中央官僚の出向人事の受入れを誰が決めているかについては、秋月(2000a)において言及が なされており、各地方公共団体の人事担当者に対するインタビューを通じて、任命権者である首長(あるい はその周辺)によって決定が行われているという答えが一様に返ってきた、とのことである。 48 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka
要ポストにおいて中央官僚が登用され続ける 可能性のあることが、事例分析により指摘さ れている。
喜多見(2010)によれば、都道府 県を分析対象とした検討から、自治省出身の 知事が庁内におけるコントロールの強度を高 める上で、副知事、総務部長、財政課長など の主要ポストに、知事自身と同じ出身省庁の 出向者を登用する傾向があることを主張して いる(※3)。
組織内部の意思決定に関して、行政学の理 論面からの検討によると、こうした人事現象 の背後に潜むと考えられるのは、上司と部下 との間における「プリンシパル・エージェン 卜」理論にまつわる問題となる。
この理論に 基づけば、仮に首長(上司)がある政策を志 向したいとの方針を打ち立てたとしても、登 用される部下が必ずしもその方針に従うとは 限らないと考える。
そもそも、首長とそれよ り下の職位にあるすべての部下との間には、 隠された行動と隠された情報という、二つの 「情報の非対称性」が存在するためであ る(※4)。
この「情報の非対称性」の問題は、 首長が有する権限の強さとは別問題として、 上司と部下との間において一般的に存在し得 るものとされる(※5)。
あるいは、この「情報の非対称性」の問題 を緩和させる上で、首長は自身の政策的選好 により近い人材の登用を模索するだけでな く、部下となる者の能力の高低を把握するこ とも重要となる(※6)。
首長にとって、庁内に おけるすべての部下との間に生じ得る「情報 の非対称性」の問題を解決することは一般的 に難しいものであり、個々の職員に対し、す ベての命令を詳細化することによってその問 題を解消していくには、あまりにコストが高 くっくことになる。
そもそも、官僚制組織とは、上司が何らか の理由で階統制の下位ユニットである部下 に、何らかの政策選択の権限を委譲すること から始まるものとなる(※7)。
そのため、首長 が政策の決定権を最終的に有していたとして も、提案権を有する部下の政策的選好、ある いはその者の有する能力の高低が組織内部の 意思決定を左右し得る重要な要素ともなる。
こうした前提のもとで、上司となる首長は自 らの人事権をできる限り有効に活用すること を通じて、「プリンシパル・エージェント」問 題の緩和を模索する必要性が出てくる。
都道府県における知事にとって、自らの人 事権の行使のみで任用が可能な最高の職位 は、部長職である。
これについては、地方議 会の同意が必要で他者の選好が介在する可能 (※3)喜多見(2010):173頁を参照。 (※4)曽我(2005):133頁を参照。上司と部下との間に「情報の非対称性」が存在する中で、組織の構成員のイン センティブをいかに構築すべきかについては、「プリンシパル・エージェント」問題として、主に制度経済学 の分野で盛んに議論されてきた(Moe, 1984; Nilakant and Rao, 1994など)。こうした議論を公共組織に援用 したBrehm and Gates (1994,1997)では、組織における構成員は給与水準の多寡のみならず、ある政策の実 現からも正の効用を得ており、上司も部下も自分自身の政策的選好をそれぞれ持ち、自らの好む政策 の実現には努力を惜しまないとされる。そうした前提のもとで、各人の行動がどのように帰着していくかが 分析される。 (※5)労働契約上の雇用者と被雇用者との間にも、この種の問題が発生することが、労働経済学などの隣接分野で 一般的に指摘されている〇 (※6)雇用者と被雇用者との間には、被雇用者本人のみが知り得る能力に関して、「情報の非対称性」が存在する ことが、労働経済学などの隣接分野で一般的に指摘される。 (※7)曽我(2005):135頁及び174頁を参照。 49
性の出てくる副知事などの特別職人事とは異 なり、自らの政策的選好により近く、実務上 の行財政能力が高い人材を登用することが比 較的容易となる(※8)。
特に、財政上の意思決定について考えてみ ると、総務部長ポストは組織内部における財 政を所掌する部門の長となる。
知事が財政上 の意思決定を行う際に、政策を推進するにあ たって生じ得る反対意見、あるいは反対とは 言わないまでも様々な意見を集約しつつ、そ れを治めていく力量を有する人材を総務部長 に登用できれば、庁内における意思決定・命 令が細部にわたり円滑に行われやすくなる し、庁内のコントロールの強度を高めること にも寄与することであろう(※少。
ただし、こうした推論について、行政学分 野における先行研究では、理論面からの検討 はある程度進んできたものの、首長の属性と 個別ポストにおける人材登用との関係性につ いては、これまで研究の蓄積が手薄な状況に あり、定量的な分析アプローチによって明確 なエビデンスを提示した上で一般化するまで には至っていない。
この点については、少な <ない課題が残されているといえる(※1°)。
本研究の目的は、以上のような既存研究の 議論の状況に問題意識を持ちつつ、その間隙 を埋めるため、都道府県における主要ポスト の中でも、総務部長ポストをめぐる中央官僚 出身者の人材登用のあり方、さらにはそうし た人材登用がもたらす財政運営上の効果を定 量的な実証分析により明らかにすることにある。
本稿の構成は、次のとおりとなる。
第2節 で研究の背景について述べる。
第3節で実証 分析を行う。
最後に、第4節において結論を 示す。
2研究の背景
本節では、知事の属性の違いが、総務部長 ポストの人材登用にどのような影響を及ぼす 可能性があるのかについて、本研究に必要な 限りで検討を行う。
政治経済学における理論研究に基づくと、 各地域の事情を踏まえつつ住民の選挙により 選出される首長は、一般的に当選直後から再 選動機を持つことになるが、こうした経緯の もとに選ばれた首長にとって、次期選挙で再 選を目指すのであれば、地域における財政規 律の問題は重要な政策的課題の一つになり得 (※8)副知事の人材登用については、知事は自らの人事権のみで任用が完結せず、地方議会の同意が必要となる(地 方自治法第162条)。この際、地方議会において知事の反対勢力が多数を占めるような状況では、知事自身 の選好以外に他者の選好が混在した人材登用となる可能性は否めない。実際に、秋月(2000a)や磯崎 (2017)などの先行研究によれば、副知事の任用については、地方議会の会派構成が知事の反対勢力で多数 を占められるような状況では思うようにならず、知事側に妥協が求められることが指摘されている。 (※9)「情報の非対称性」の問題によって、政策の実現に関して上司が部下の理想点を把握できず、その能力の高 低についても同様に把握できない場合には、特定ポストの人材登用にあたり、部下の出身属性が有力な情報 シグナルの一つになり得ることが考えられる。 (※10)一般的に、社会科学の実証研究では、変数間の因果関係を導く上で必要な手順として、定量的な実証分析に より理論仮説の妥当性を検証する必要が出てくる(米岡,2020)〇近年、政治学•行政学の分野でも、定量的な 分析手法による因果関係の解明と、それを可能とする定量的な分析手法の導入が進められており、その重要 性は徐々に認識されているところでもある(砂原,2011;曽我・待鳥2007など)。ただし、そうした因果関係 を導く上では、分析モデルを単純化して定量的に検証するが故に、個々の事例分析により観察されるであろ う特異なケースがなぜ生じるのか、あるいはそうした現象が生じるプロセスの解明までは行えないという限 界があることについては、十分に留意する必要がある。この点に関連して、社会科学全般の実証研究におけ る両分析アプローチの特徴及びその限界について、野村(2017)などでも詳細に述べられているので、あわ せて参照されたい。 50 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka る(米岡,2021)
〇実際に、海外の実証研究の 動向について検討してみると、有権者が地域 の財政状況の悪化を懸念し、財政規律を望む ような場合には、財政黒字の増加が現職の首 長による財政運営の成果と選挙民からみなさ れやすく、現職の再選確率を高めることが指 摘されている(※且)。
あるいは、理論面からの 検討を見てみると、財政黒字が政治家の有能 さを示すシグナルになることを数理モデルによ り示している研究もいくつか見受けられる (小西,1998; Konishi, 2006 など)。
わが国では、特に2000年代以降に、国・地 方ともに財政が悪化していく中で、財政再建 が重要な政策的課題となっていった。
この点 に着目して、第1節でも述べたように、米岡 (2021)では2000年から2015年までの都道 府県パネルデータによる検証から、地方側の 財政的要因に影響を受けつつ、国政与党の支 援を受けた中央官僚出身者が知事として選出 された場合に、財政規律がもたらされる傾向 にあることを指摘している。
また、分析デー タの対象期間は異なる ものの、 中央官僚出身 知事がもたらす財政規律については、砂原 (2011)や米岡(近刊)などでも同様に指摘さ れているところである。
それでは、現職の知事が政策的選好として 財政規律を志向する際に、組織の人事配置は どのような影響を受け、どのポストにおいて 最も顕著な傾向が見出されるであろうか。
そうした政策を実現可能なものとする上で重要 な人事となってくるのは、財政を所掌するラ イン上にあり、かつ知事の人事権のみで任用 が完結可能な最高ポストとなる総務部長の人 材登用であろう。
その場合に、知事の意向に 忠実に動いてくれる有能な部下を登用するこ とが、必要不可欠になってくるものと考えら れる0
ただし、総務部長ポストの人材登用を行う 際に重要な問題は、知事が部下の政策に関す る理想点及びその能力を把握できていない と、当該ポストに適切な人事配置が行えない、 という点にある。
こうした問題への対応とし て、部下となる者の出身属性をシグナルのー っとして用いることで人事配置を行う、とい う方法が考えられる。
実際に、行政学分野の 事例研究によれば、2000年に地方分権一括法 が施行された後、地方分権化が進行していっ た中でも、都道府県の総務部長ポストに中央 官僚出身者、中でも総務省出身者が数多く任 用される傾向にあることが指摘されている (大谷,2017;村上,2019など)。
あるいは、財政学分野の定量的な実証研究 では、総務部長ポストに中央官僚の出向者が 登用される効果の一っとして、歳出抑制の効 果がもたらされることを指摘するものがあ る。
別所(2010)では、1998年から2006年ま での都道府県パネルデータによる検証から、 中央官僚出身者、中でも総務省出身者が総務 部長ポストに登用されることで、歳出総額や 普通建設事業費などが抑制傾向にあることを 示している(※12)。
以上の検討をまとめると、総務部長ポスト に中央官僚が多いとされてきたのは、都道府 県において中央官僚出身知事が多かったから (^11) Brender (2003)を参照。この研究では、イスラエルの地方財政データを用いた定量分析により、選挙前にお ける公債残高と財政赤字の増大が、現職の当選確率に負の影響をもたらすことが示されている。 (※12)なお、林•金戸(2010)では、1994年から2000年までの都道府県パネルデータによる検証から、運輸省(現 国土交通省)出身の総務部長のもとで、単独事業費が増大傾向にあることが示されている。ただし、1990年 代には国レベルで内需拡大が志向されていた中で、地方においても公共投資が増大していたという背景事情 も存在しており、そうした時代背景が少なからず影響を与えていた可能性も否めない。 51 ではないか、という一つの見方が可能になる と考えられる。
実際、わが国では知事公選制 が始まってから今日に至るまでほぼ一貫し て、中央官僚出身知事が全体の半数程度を占 めている状況が続いている(米岡,2021)〇
図1では、既存研究の議論を踏まえた上で、 筆者が考える地方における中央官僚出身者に 関する人材登用のメカニズムを概略的に示し た。
これまで、行政学分野の先行研究(片岡, 1994;喜多見,2010;米岡,2020など)では、中 央官僚出身知事がなぜ成立するのかに関し て、都道府県における中央官僚の出向者の受 入れ状況が重要な要因の一つとなっている可 能性が指摘されている。
都道府県の主要ポス 卜により多くの中央官僚の出向者を受入れる 状況が継続する場合には、片岡(1994)の指 摘するように、政党(特に自民党)における 知事選挙の候補者選択の際に、将来的に候補 者となり得る中央官僚出身者がより多くな る。
これは、図中のAのサイクルで表される メカニズムである。
一方で、本稿が特に着目するのは、そうし たAのサイクルとは別に、地方における財政 上の問題を起因としたBのサイクルが、地方 公共団体の組織内部に一般的に存在するので はないか、という点にある。
つまり、知事の もとで財政規律が志向される際に、その具体 的な手段として、部下となる者の出身属性を シグナルの一っとして捉えた上で、財政を所 掌する総務部長ポストに中央官僚出身者を人 事配置することで、知事は自らの政策的選好 により近く、かつ能力のある人材を登用する ことが考えられる。
実際に、先行研究(別所, 2010)において、総務部長ポストに中央官僚 の出向者を登用することで、歳出抑制の傾向 にあると指摘されているのは、既に述べたと おりである0
あるいは、片岡(1994)が指摘 するように、そうしたポストに登用される中 央官僚の出向者にとってみれば、自らの行財 政能力の高さを発揮し、財政運営上の実績を 示すことができれば、単に自身の中央省庁に おけるキャリア形成に役立つのみならず、その 手腕が都道府県政界に認められ、後の知事選 挙の候補者となる可能性も出てくることで、 知事就任への道が開かれるかもしれない。
本研究の位置付けは、知事の出身属性の違 いと個別ポストにおける人材登用の関係性の 有無を明らかにした上で、そうした人事配置 が実際に行われる際の財政運営上の効果を同 時に明らかにし、Bのサイクルの存否を包括 的に検証しようとする試みとなる。
図1地方における中央官僚出身者に関する人材登用のメカニズム 注)図は筆者作成 52 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka
3実証分析
⑴都道府県財政を所掌する主要ポストの 人材登用について
前節までの検討を踏まえた上で、本項では、 地方分権一括法の施行された2000年から 2015年までの都道府県パネルデータを用い て、総務部長ポストをめぐる人材登用に焦点 を当てた定量的な実証分析を行う(※哉。検 証したい仮説は、以下のとおりとなる。
仮説1:中央官僚出身知事のもとで、総務 部長ポストに中央官僚出身者が登 用される確率が高まる。
表1では、データの記述統計を示している0
表において、従属変数は総務部長ポストにお ける中央官僚出身者の登用の有無ダミー(あ り=1、なし=。 )を用いる。
独立変数には、知事の出身属性と中央官僚 の出向人事について検討を行っている先行研 究を踏まえた上で、変数投入を行う。
行政学 分野の先行研究(喜多見,2010)によれば、総 務部長ポストにおける中央官僚の出向人事の あり方が知事の出身属性に影響を受ける可能 性を指摘しているが、特に知事が中央官僚出 身であるかは重要な要因となるものと考えら れる。
そのため、中央官僚出身知事の有無ダ ミー(あり=1、なし=0)を独立変数とし て用いる。
コントロール変数には、都道府県における 中央官僚の出向人事の受入数について定量分 析を行っている米岡(2020)の変数投入法を 参考にする。
各地方公共団体の財政状況の違 いを回帰モデルにおいて考慮するために歳入 総額に占める自主財源割合、住民一人あたり の歳出総額(対数)、住民一人あたりの地方債 残高(対数)をそれぞれ用いる。
ただし、財 政変数については、すべて県内総生産デフ レーターで実質化した上で用いる。
また、組 合組織の強さを表す代理変数として自治労組 織率を、職員の年齢構成を考慮するために職 員の平均年齢、及び管理職適齢期にある経験 年数30年以上の大卒職員数(対数)をそれぞ れ用いる。
これに加えて、各団体の規模の大 小を考慮するために、オフセット項として職 員数(対数)を投入する。
なお、分析モデル において年度ごとに共通するショックをコン トロールするために、各年度ダミーを投入す ることで対応する。
表における記述統計の限りでは、総務部長 ポストにおける中央官僚出身者の登用の有無 ダミーの平均値が0.443となっており、分析 対象期間を通じて都道府県全体の半分弱で当 該ポストに中央官僚出身者が登用されている 状況にあることがわかる。
また、中央官僚出 身知事の有無ダミーの平均値は0.573となっ ており、全体の半分以上を占めていることも わかる。
ここで、筆者が仮説1の背後にあると考え るメカニズムを説明すると、以下のとおりと なる。
仮説1では、知事が中央官僚出身者の 場合に、総務部長ポストに中央官僚出身者を 登用する確率が高まることを想定している。
前節で示したように、図1のBのサイクルの (※13)地方における中央官僚の出向人事に関して、データの利用可能性が最も高い資料は、日本地域経済研究所『日 経地域情報』及び日経産業消費研究所『日経グローカル』となるため、本稿の分析ではこれを用いる。この点 については、稲継(2000)や米岡(2020)などでも同様の指摘があるので、あわせて参照されたい。 53 表1 データの記述統計(人材登用に関する分析) 変数 標本数 平均 標準偏差 最小値 最大値 出所 1 総務部長ポストに中央官僚出身者の登用(あり=1、なし=0) 752 0. 443 0. 497 0. 000 1.000 ①②③④ 2 中央官僚出身知事(あり=1、なし=0) 752 0. 573 0. 495 0. 000 1.000 ⑤ 3 歳入総額に占める自主財源割合(%) 752 43. 840 11.848 24. 038 91.930 ⑥ 4 住民一人あたりの歳出総額(対数) 752 12.978 0. 295 12.179 13. 931 ⑥⑦ 5 住民一人あたりの地方債残高(対数) 752 13.492 0. 323 12. 529 14.165 ⑥⑦ 6 自治労組織率(%) 752 57.388 27. 421 0. 000 89. 600 ⑧ 7 職員の平均年齢(歳) 752 42. 999 1.088 40. 000 45. 600 ⑨ 8 経験年数30年以上の大卒職員数(対数) 752 6. 297 0. 469 5. 209 7. 788 ⑨ 9 職員数(対数) 752 8. 609 0. 432 7. 974 10.104 ⑨ 注)データについて、①から⑨の資料名は以下のとおりとなる。 出所)①日本地域経済研究所『日経地域情報』 ② 日経産業消費研究所『日経グローカル』 ③ 総務庁人事局『国と地方公共団体との間の人事交流の実施状況』 ④ 国立印刷局編『職員録』 ⑤ 地方行財政調査会編『全国知事•市町村長ファイル』 ⑥ 総務省『統計でみる都道府県のすがた』 ⑦ 内閣府『県民経済計算』 ⑧ 総務省『職員団体等に関する調』 ⑨ 総務省『地方公務員給与実態調査』
もとでは、地域の財政状況を改善するという 目的に向けて、知事は自らの政策的選好にょ り近く、かつ能力の高い人材を総務部長ポス 卜に登用することが考えられる。
その場合、 部下の出身属性をシグナルの一っと捉えるな らば、中央官僚出身者を登用する確率がより 高まる可能性が考えられる。
仮説1が成立す る場合、予想される独立変数の推定係数の符 号は、中央官僚出身知事の有無ダミーで有意 に正となる。
推定にあたっては、従属変数が離散変数 (0と1の値しかとらない)となるため、標 準的な分析手法であるパネル・ロジットモデ ルを用いる(※14)。
推定にあたり、事前にモデ ル選択のための検定を行ったところ、いずれ の分析モデルでも変量効果モデル(random effect model)が採択された。
また、各変数間 における多重共線性についてはVIF (variance inflation factor)の値が最大で 3.91 となり、基準となるioよりも低い値を示し ていることから、概ね懸念すべき程の水準に は達していないものと判断できる。
推定結果は、表2のとおりとなる。
ケース 1は、総務部長ポストに中央官僚出身者が登 用されるか否かについての分析結果となる。 特に着目するのは、知事の出身属性に関する 変数の結果である。
仮説1に関して、中央官僚出身知事の有無 ダミーの推定係数は正となり1%水準で有意 となっている。
この結果を解釈すると、中央 官僚出身知事のもとで、総務部長ポストに中 央官僚出身者が登用される確率がより高くな るといえる。このことから、仮説1は支持さ れる0
(※14)パネル•ロジットモデルでは、観測不能なその他の要因による影響は、推定上すべて誤差項に含まれ、差分 をとることにより除去される。これにより、観測不能な変数による影響を除去した上での推定が可能となる。 パネル・ロジットモデルの詳細については、北村(2005)、Wooldridge (2010)などをあわせて参照されたい。 54 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka 表2 推定結果(人材登用に関する分析) ケース1 係数 標準誤差 P値 中央官僚出身知事 0. 905 0. 288 0. 002 *** 歳入総額に占める自主財源割合 -0. 013 0. 023 0. 558 住民一人あたりの歳出総額(対数) -0. 507 0. 945 0. 592 住民一人あたりの地方債残高(対数) 2. 670 1.070 0.013 ** 自治労組織率 -0. 019 0. 009 0. 029 ** 職員の平均年齢 0. 012 0.174 0. 946 経験年数30年以上の大卒職員数(対数) -1.190 0. 502 0.018 ** 定数項 -30. 364 14. 434 0.035 ** 職員数(対数) 1.000 (offset) /lnsig2u 0. 529 0. 313 sigma_u 1.303 0. 204 rho 0. 340 0. 070 Log likelihood -410. 448 Wald chi2 51.080 Prob >chi2 0. 000 Likelihood-ratio test of rho二0 chi2 = 94. 77 Prob>chi2 = 0. 000 Hausman test chi2 =16. 68 Prob>chi2 = 0. 781 標本数 752 注1)表において、・は10%水準、・・は5%水準、・*・は1%水準で有意であることをそれぞれ示す。 注2)各年度ダミーの結果については、表記を省略する。 その他、主なコントロール変数の結果につ いてみてみると、歳入総額に占める自主財源 割合と住民一人あたり歳出総額(対数)につ いては、有意な結果を得ていないものの、住 民一人あたりの地方債残高(対数)の推定係 数の符号は正となり5 %水準で有意となって いる。結果を解釈すると、地方債が累増し、 財政状況が良くない傾向にある地域におい て、総務部長ポストに中央官僚が登用される 確率がより高いといえる。地方の財政状況の 違いが、総務部長ポストの人材登用のあり方 にも少なからず影響を及ぼしている可能性が 考えられる。
(2)都道府県の財政運営に与える影響につ いて
前項の分析から、中央官僚出身知事のもと で、総務部長ポストに中央官僚出身者が登用 される確率が高まることが明らかとなった。
このことを踏まえた上で、本項では、総務部 長ポストにおける人材登用のあり方が都道府 県の財政運営に与える影響について検討を行 う。
検証したい仮説は、以下のとおりとなる。
仮説2 :中央官僚出身知事のもとで、財政 状況に改善傾向が見出される。
仮説3 :中央官僚出身知事のもとで、総務 部長ポストに中央官僚出身者が登 用されることで、財政状況により 顕著な改善傾向が見出される。 55
表3では、データの記述統計を示している0
従属変数には、県内総生産デフレーターで調 整後の基礎的財政赤字を用いる(※15)。
独立 変数には、中央官僚出身知事の有無ダミー(あ り=1、なし=0)、総務部長ポストにおける 中央官僚出身者の登用の有無ダミー(あり= 1、なし=0)をそれぞれ用いる。
これに加 えて、中央官僚出身知事のもとで、総務部長 ポストに中央官僚出身者が登用されること で、財政規律に向けた政策推進に相乗効果が 生じるかについて検討を行うため、各独立変 数の交互作用項を分析モデルに投入する。
コントロール変数には、都道府県の基礎的 財政赤字について定量分析により検討を行っ ている先行研究(小林・近藤,2008;藤澤,2004; 米岡,2021)の変数投入法を参考にする。
知 事の属性については、在職年数、最終任期の 有無ダミー(あり=1、なし= 0)、年齢、無 党派知事の有無ダミー(あり=1、なし=0) をそれぞれ用いる(※16)。
また、地方の歳出・ 表3 データの記述統計(財政運営にもたらす効果に関する分析) 変数 標本数 平均 標準偏差 最小値 最大値 出所 1 基礎的財政赤字(億円) 752 -27. 519 93. 325 -1008.470 287. 006 ①②③ 2 中央官僚出身知事(あり=1、なし=0) 752 0. 573 0. 495 0. 000 1.000 ④ 3 総務部長ポストに中央官僚出身者の登用(あり=1、なし=0) 752 0. 443 0. 497 0. 000 1.000 ⑤⑥⑦⑧ 4 知事の在職年数(年) 752 7. 355 5. 042 1.000 24. 000 ④ 5 知事の最終任期(あり=1、なし=〇) 752 0. 247 0. 432 0. 000 1.000 ④ 6 知事の年齢(歳) 752 60. 436 8. 522 37. 000 85. 000 ④ 7 無党派知事(あり=1、なし=0) 752 0. 255 0. 436 0. 000 1.000 ⑨ 8 都道府県議会における反対勢力議席率(%) 752 61.426 31.119 0. 000 100. 000 ⑩ 9 実質収支比率(%) 752 0. 978 1.139 -2.900 7. 900 ② 10 県内総生産成長率(%) 752 0. 033 2. 821 -10.646 13. 281 ③ 11 高齢化率(%) 752 23.316 3. 795 12.817 33. 554 ② 注)データについて、①から⑩の資料名は以下のとおりとなる。 出所)①総務省『都道府県決算状況調』 ② 総務省『統計でみる都道府県のすがた』 ③ 内閣府『県民経済計算』 ④ 地方行財政調査会編『全国知事•市町村長ファイル』 ⑤ 日本地域経済研究所『日経地域情報』 ⑥ 日経産業消費研究所『日経グローカル』 ⑦ 総務庁人事局『国と地方公共団体との間の人事交流の実施状況』 ⑧ 国立印刷局編『職員録』 ⑨ 地方自治総合研究所『全国首長名簿』 ⑩ 総務省『日本統計年鑑』 (※15)本稿の実証分析における基礎的財政赤字は、「(歳出総額ー公債費)-(歳入総額-地方債収入)」と定義して 算定される。この算定式では、財政状況が改善し基礎的財政赤字が減少する時には負の値となり、財政状況 が悪化し基礎的財政赤字が増加する時には正の値となって表現されることになるので、注意されたい。なお、 本稿の分析では長期データを用いることから、別所(2010)と同様に財政変数と経済変数については、物価 水準の影響を考慮するために、県内総生産デフレーターで調整を行う。 (※16)小林・近藤(2008)では、無党派知事ダミーがコントロール変数として用いられており、本稿の分析でも同 様の変数投入を行う。当該変数については、行政学分野で地方歳出に関して検討を行っている砂原(2006, 2011)や曽我•待鳥(2007)などでも用いられている。 56 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka
歳入については、地方議会の議決が必要にな ることを考慮して都道府県議会における反対 勢力議席率を(※17)、単年度の財政収支をコン トロールするために実質収支比率を、各地域 の経済•社会的要因をコントロールするため にデフレーターで調整後の県内総生産成長 率、高齢化率をそれぞれ用いる。
さらに、年 度ごとに共通するショツクをコントロールす るために各年度ダミーを投入する(※双)。
ここで、筆者が各仮説の背後にあると想定 することを説明すると、以下のとおりとなる。
仮説2では、中央官僚出身知事のもとで実際 に財政状況が改善されるのであれば、基礎的 財政赤字に改善傾向が見出されることを想定 する。
仮説2が成立する場合、中央官僚出身 知事の有無ダミーの推定係数の符号は、有意 に負となることが予想される。
これに加え、仮説3では、中央官僚出身知 事のもとで総務部長ポストに中央官僚出身者 が登用される場合に、その相乗効果として基 礎的財政赤字がさらに改善されることを想定 する。
前項の分析からは、中央官僚出身知事 のもとで、中央官僚出身者を総務部長ポスト に登用する確率が高いことが既に明らかと なっている。
そうした人事配置の効果とし て、財政状況の改善に向けた政策推進の相乗 効果が生じることが考えられる。
仮説3が成 立する場合、中央官僚出身知事の有無ダミー と総務部長ポストにおける中央官僚出身者の 登用の有無ダミーの交互作用項の推定係数の 符号は、有意に負となることが予想される。
推定にあたっては、従属変数が連続変数と なるため、標準的な分析手法であるパネル データ分析を用いる(※的)。
分析にあたり、事 前にモデル選択のための検定を行ったとこ ろ、いずれの分析モデルでも変量効果モデル が採択された。
各変数間における多重共線性 については、VIFの値が最大でも2.77とな り、基準となるioよりも低い値を示してい ることから、概ね懸念すべき程の水準には達 していないものと判断できる。
推定結果は、表4のとおりとなる。
ケース 2とケース3のいずれにおいても、従属変数 は県内総生産デフレーターで調整後の基礎的 財政赤字となる。
ただし、総務部長ポストに おける中央官僚出身者の登用の有無ダミーと 中央官僚出身知事の有無ダミーの交互作用項 がケース2では投入されず、ケース3では投 入されているのが相違点となる。
仮説2に関して、ケース2の結果を見てみ ると、中央官僚出身知事の有無ダミーの推定 係数の符号は負となり1%水準で有意となっ ている。
総務部長ポストに中央官僚出身者の 登用の有無ダミーについては、有意な結果を 得ていない。
これらの結果を解釈すると、中 央官僚出身知事のもとで、基礎的財政赤字が 平均して19億円程度削減されており、財政 状況に改善の傾向が見出されるといえる。
(※17)都道府県議会における反対勢力議席率は、現職の知事が選挙時に支援を受けた政党以外の勢力の議席率とな る。当該変数の作成法は、砂原(2011)に依拠しているので、あわせて参照されたい。 (※18)前節の分析と同様の理由により、本節の分析でも各年度ダミーを回帰モデルに投入する。 (※19)パネルデータ分析においては、観測不能なその他の要因による影響は推定上すべて誤差項に含まれ、差分を とることにより除去されるが、これにより観測不能な変数による影響を除去した上で推定が可能となる。パ ネルデータ分析の理論的な詳細については、北村(2005)、Wooldridge (2010)などが詳しいので、あわせて 参照されたい。 57
表4 推定結果(財政運営にもたらす効果に関する分析) ケース2 ケース3 係数標準誤差 P値 係数標準誤差 P値 中央官僚出身知事 -19. 439 6. 089 0. 001 *** -21.271 6.116 0.001 *** 総務部長ポストに中央官僚出身者の登用 3. 582 4. 444 0. 420 4.158 4. 436 0. 349 総務部長ポストに中央官僚出身者の登用X中央官僚出身知事 -20.646 8.511 0.015 ** 知事の在職年数 1.662 0. 565 0. 003 *** 1.642 0. 563 0. 004 *** 知事の最終任期 1.397 4. 284 0. 744 0. 809 4. 277 0. 850 知事の年齢 -2. 572 6. 695 0. 701 -0. 867 0. 401 0. 031 ** 無党派知事 -0. 873 0. 403 0. 030 ** -2. 475 6. 673 0. 711 都道府県議会における反対勢力議席率 0. 053 0.108 0. 622 0. 064 0.108 0. 555 実質収支比率 -18. 280 2. 512 0. 000 *** -18. 403 2. 504 0. 000 *** 県内総生産成長率 -0. 348 0. 879 0. 692 -0. 373 0. 876 0. 670 高齢化率 2. 700 2. 730 0. 323 2. 864 2. 722 0. 293 定数項 -16.875 60.617 0.781 -19. 203 60. 423 0. 751 sigma_u 70. 321 70. 090 sigma_e 47. 882 47. 722 rho 0. 683 0. 683 R-sq:within 0. 259 0. 265 between 0.178 0.182 overall 0.185 0.190 Wald chi2 244. 310 251.840 Prob >chi2 0. 000 0. 000 chi2 二 32. 29 chi2 二 32.14 F test Prob>chi2 二 0. 000 Prob>chi2 = 0. 000 chi2 二13. 49 chi2 =14. 36 Hausman test Prob>chi2 = 0. 970 Prob>chi2 = 0. 968 標本数 752 752 注1)表において、・は10%水準、・・は5%水準、・*・は1%水準で有意であることをそれぞれ示す。 注2)各年度ダミーの結果については、表記を省略する。
しかし、総務部長ポストに中央官僚出身者が 登用された場合の効果は、それ単体としては 基礎的財政赤字の削減に寄与することもな く、財政状況に改善傾向が見出されるとまで はいえない。
ケース3をみてみると、中央官僚出身知事 の有無ダミーの推定係数の符号は負となり1 %水準で有意となっている。
また、総務部長 ポストに中央官僚出身者の登用の有無ダミー については、ケース2と同様に有意な結果を 得ていない。これらの結果を解釈すると、中 央官僚出身知事のもとで、基礎的財政赤字が 平均して21億円程度削減されており、財政 状況に改善傾向が見出されるといえる。
以上 の分析結果から、仮説2は支持される。
仮説3に関して、ケース3では、総務部長 ポストに中央官僚出身者の登用の有無ダミー と中央官僚出身知事の有無ダミーの交互作用 項の推定係数の符号は負となり5 %水準で有 意となっている。
結果を解釈すると、上記の 仮説2の検証結果から、中央官僚出身知事の もとで基礎的財政赤字が平均して20億円前 58 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka 後削減されていることが確認される中で、さ らに総務部長ポストに中央官僚出身者が登用 されることで、基礎的財政赤字が平均して20 億円程度削減されており、財政状況により顕 著な改善傾向が見出されるといえる。
以上の 分析結果から、仮説3は支持される。
図2では、ケース3の推定結果をもとに、 交互作用効果の下位検定の結果を示してい る。
総務部長ポストに中央官僚出身者が登用 されない場合には、中央官僚出身知事である か否かに関わらず、基礎的財政赤字に対して 与える影響はほぼ変わらない。
しかし、総務 部長ポストに中央官僚出身者が登用される場 合には、中央官僚出身知事のもとで基礎的財 政赤字が大幅に削減されている。
グラフか ら、交互作用効果の存在が視覚的にも確認で きる。
図2交互作用効果の下位検定
0 -10. 0 -20. 0 -30. 0 -40. 0 –総務部長ポスト に中央官僚出身 者を登用しない 総務部長ポスト に中央官僚出身 者を登用 基礎的財政赤字 -50. 0 中央官僚出身知事 それ以外 注)表4の推定結果をもとに、図は筆者作成 59
4結論
本稿では、都道府県の財政を所掌する総務 部長ポストをめぐる人材登用に焦点を当て、 2000年から2015年までの都道府県パネル データを用いて、定量的な実証分析を行った。
実証分析から、中央官僚出身知事のもとで財 政状況が改善傾向にある中で、さらに総務部 長ポストに中央官僚出身者が登用されること で、その相乗効果として財政状況が顕著に改 善する傾向が見出される、との結論を得た。
これまで、中央官僚の出向者を受入れること のメリットについては行政学分野の先行研究 により指摘されてきたものの、首長の出身属 性と個別ポストの人材登用のあり方との関係 性、さらにはそうした人材登用がもたらす財 政運営上の効果を同時に明らかにした定量的 な実証研究は、皆無の状況であった。
本稿に おける実証分析の結果を踏まえると、特に財 政状況を改善させるような政策変更を行う場 合には、中央官僚の出向者を当該ポストに人 材登用することについて、一定のメリットが 出てくることが考えられる。
しかし一方で、地方分権一括法が施行され た2000年以後に地方分権化が進められてき た中で、こうした人事が慣行化されることに ついて妥当性を有するものであるのか、人事 行政の民主化を推進していくという観点か ら、別途検討を要すべき問題であるのかもし れない。
例えば、こうした人事慣行のデメ リットとして、長期に渡り当該組織で働いて いる生え抜きの職員にとってみれば、人事管 理上のモチベーションにも少なからぬ影響を 及ぼす可能性はあるであろう。
しかし、地方 における中央官僚の出向人事のデメリットや 問題点に関しては、これまで既存研究では十 分に議論が行われてきたとは言い難い状況に ある(※2〇)。
そもそも、この種の議論が不十分 であったのは、地方における中央官僚の出向 人事の具体的なメリットやデメリットに関し て、エビデンスとして因果関係の導出がこれ まで試みられることがほとんど見られなかっ たこととも、決して無関係ではないであろう。
以上、本研究の結論は、因果関係の導出を 行う上で必要となるパネルデータ分析による 検証を経た上で得られたものであり、中央官 僚出身者の人材登用のあり方とそうした人材 登用がもたらすメリットに関して、新たな知 見がいくつか含まれており、少なくない貢献 があると考えられる。
最後に、残された課題として、以下の点が あげられる。
本稿の分析では、中央官僚の出 向人事に関して、都道府県財政に対する総務 部長ポストの人材登用の重要性に鑑み、その 任用状況に主要な焦点を当てたが、その他の 部長級ポスト、あるいは課長級ポストについ ての検討までは行えていない。
また、本稿で 分析対象とした総務部長ポストの任用に関し ても、その任用のプロセスは個々の事例ごと に背景事情は少なからず異なってくるであろ う。
そのため、本研究で得られた結論の妥当 性について、定性的な事例分析アプローチと の試行錯誤的な検証作業は、必要不可欠なも のであると考えている。
さらに、同じ中央官僚出身者であったとし ても、総務省や財務省、あるいはその他省庁 出身の場合とで、異なる傾向が観察される (※20)この問題点については、東田(2012)でも同様に指摘されているので、あわせて参照されたい。 60 地方自治ふくおか75号 no.75 Chihou Jichi Fukuoka
可能性もある。
本稿の分析では、分析モデルを 単純化するために、中央官僚出身者として一 括りで扱った上で、総務部長ポストにおける 中央官僚出身者の登用の有無について交互作 用効果の検証を行ったが、省庁別で区分けし た検討までは行えていない。
この点について は、追加的な検証を行う余地が残されている ものと思われる。
以上の点については、本稿における分析上 の限界であり、多くの課題が残されているも のの、本研究で得られた知見を踏まえた上で、 今後さらに検証を積み重ねていきたい。
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