お知らせ

 ※ スマンが、今日はお休みする。

 ※ 急遽、やらないといけない仕事が入った…。

 ※ おまけに、朝からかかりつけ医のところで、採血されてきた…。

 ※ 検査項目が多いモンだから、3本も抜かれるのよ…。

 ※ 絶食して(カフェインもダメ)行かないとならないので、大変だ…。

 ※ 身体は、ダリー感じだし、頭に十分「栄養」が回ってない感じだ…。

 ※ まあ、そういうのが、一度病気したジジイの日常だ…。

 ※ 皆様も、くれぐれも健康には、お気をつけて…。

「ユーラシアネット」について

「ユーラシアネット」について
https://eurasianet-org.translate.goog/about?_x_tr_sl=auto&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=op

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

約(※ Aboutの直訳)

Eurasianet は独立した報道機関で、南コーカサスと中央アジアのニュースを報道し、この地域の最も重要な進展に関する現場のレポートと批判的な視点を提供しています。私たちは、ユーラシア内外の政策立案者、学者、関心のある市民に役立つ情報を提供するよう努めています。

英語とロシア語の両方で発行しています。

Eurasianet は非課税 [501(c)3] 組織であり、コロンビア大学のハリマン研究所を拠点としています。ハリマン研究所は、ユーラシアに関する学問の北米有数のセンターの 1 つです。私たちは、Google、オープン ソサエティ財団、英国の外務・連邦・開発局、国民民主主義基金、コロンビア大学のサルツマン戦争平和研究所、その他の助成機関から資金提供を受けており、理事会の助言を受けています。 .

理事会のメンバーは次のとおりです。

ジェフリー・トリンブル、 会長、元モスクワ特派員、ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティおよび米国国際放送の上級職員

Justin Burke、秘書、 Eurasianet 発行者

Rena Effendi、受賞歴のある社会ドキュメンタリー写真家

Valentina Izmirlieva , コロンビア大学ハリマン研究所所長

ハーバード大学デービス・ロシア・ユーラシア研究センターの中央アジア・プログラムのディレクター、ナルギス・カセノバ氏

Paule Robitaille、会計係、CBC の元モスクワ特派員

デビッド・トリリング、ユーラシアネット編集長

Al-Fanar Media のディレクター代理、 Jo Weir氏 』

次期日銀総裁は雨宮氏と中曽氏が有力、正常化へ実務重視

次期日銀総裁は雨宮氏と中曽氏が有力、正常化へ実務重視
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-04-22/RAMKRUDWLU6901

『伊藤純夫、藤岡徹
2022年4月22日 13:13 JST

23年4月に任期満了迎える黒田総裁、副総裁2人も3月に退任
政府とのバランスが重要なポイントになる可能性-ソニーFH

来年4月に任期満了を迎える日本銀行の黒田東彦総裁の後任は、雨宮正佳副総裁と中曽宏大和総研理事長(前副総裁)がエコノミストの間で有力候補とみられている。

  ブルームバーグが14-19日に実施したエコノミスト調査で次期総裁の有力候補を3人挙げてもらったところ、30人からの回答は雨宮氏が29人、中曽氏が28人と拮抗(きっこう)した。浅川雅嗣アジア開発銀行総裁(元財務官)が9人で続いた。』

『黒田総裁は2013年の就任以降、2%の物価安定目標の実現を目指し、大規模な国債買い入れやマイナス金利、イールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)政策など異例の金融緩和を続けてきた。日銀出身の雨宮氏と中曽氏が有力視されるのは、次期総裁が金融政策の正常化を含めて実務的にも難しい対応を迫られるとの見方が背景にある。

次期日銀総裁候補

エコノミストは雨宮氏と中曽氏を有力視

出所:ブルームバーグ・サーベイ

備考:有力候補3人の回答を求めた。回答数は73(回答者数30人)

  岸田文雄首相は今夏の参院選後、来年3月に任期満了となる雨宮副総裁と若田部昌澄副総裁の後任を含む新たな日銀首脳陣の人選に入り、来年初めに国会に提示する見通しだ。岸田首相は先月、次期総裁は2%の物価安定目標に「理解のある方が望ましい」との見解を示した。「その時点で日銀総裁に最もふさわしいと判断する方を任命することが基本」とも述べた。

  岸田政権は初の日銀政策委員会人事で、7月に任期満了となる片岡剛士審議委員の後任に、岡三証券グローバル・リサーチ・センターの高田創理事長を充てた。積極的な金融緩和でデフレ脱却を目指す片岡氏と同じリフレ派は起用せず、アベノミクスで大胆な金融政策を掲げてリフレ派を次々と日銀に送り込んだ安倍晋三元首相とは一線を画した。

  三井住友信託銀行の岩橋淳樹シニアエコノミストは「岸田政権では日銀人事に対するスタンスが、リフレ派一辺倒からバランスを取る方向にシフトしている可能性があり注視している」との見方を示す。

Bank of Japan Governor Haruhiko Kuroda New Conference
黒田東彦日銀総裁(3月18日)
Source: Bloomberg

  物価目標達成まで現行緩和を続ける方針の日銀と段階的に利上げを進める姿勢の米国との方向性の違いを背景に、約20年ぶりの1ドル=130円台が視野に入りつつある。鈴木俊一財務相は価格転嫁できず賃金も伸びない環境で進む円安は「悪い円安と言える」とし、原油など原材料価格が高騰する中での円安は「デメリットをもたらす面が強い」との認識を示している。

  一方、黒田総裁は円安は全体として日本経済にプラスとの評価は変えていないとしつつも、「非常に大きな円安とか、急速な円安の場合はマイナスが大きくなる」とし、マイナス面も考慮する必要性に言及し始めている。政府が円安警戒を強める中で、発言のトーンを変えた形だ。

  ソニーフィナンシャルホールディングスの菅野雅明チーフエコノミストは「政府は参議院選挙を控え、物価高を抑制すべく円安是正を希望しており、政府と日銀の間の温度差が目立つ」と指摘する。政府がタカ派(金融正常化)、中央銀行(日銀)がハト派という対立は異例とし、「黒田総裁の後任は政府とのバランスが重要なポイントになる可能性がある」とみる。

関連記事

日銀新総裁は「2%目標に理解ある人」と首相、デフレ脱却へ連携 (1)
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円安の急速進行「デメリット強い」と鈴木財務相、警戒感強める (3)
最近の円安はかなり急速、「マイナスに作用も」-日銀総裁 (3)

最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
LEARN MORE https://bloom.bg/jp-506355 』

中国の社会主義現代化強国と南西諸島

中国の社会主義現代化強国と南西諸島
https://kotobukibune.seesaa.net/article/2022-09-15.html

 ※ 「日比野庵」のブログ主は、「日比野寿舟」氏というのか…。

 ※ どうも、「コトブキブネ」と読むようだ…。

 ※ 今回、初めて分かった…。

 ※ この図が、秀逸だ…。

 ※ 一口に、「南西諸島防衛」と言うが、「本州の全長に匹敵する範囲」の海域に渡って防衛しないとならない…、ということだ。

 ※ 結局、「本州2個分」の防衛体制ということになる…。

 ※ そりゃ大変な話し、だな…。

『目次

社会主義現代化強国
燃料や食料もまったく足りない
南西諸島に火薬庫増設 』

『1.社会主義現代化強国

9月9日、国際非政府組織のシンクタンク「国際危機グループ」のアマンダ・シャオ上級アナリストが都内で記者会見を行いました。

シャオ氏は、中国の習近平政権が建国100年にあたる2049年に向けて掲げる「社会主義現代化強国」の目標と、台湾統一が「今や明白に関連付けられている」と説明し、「2049年までに統一を行わなければならないという暗黙のスケジュール」を意味すると説明しました。

ただ、シャオ氏によると、「中国は水陸両面から侵攻する軍事的準備は整っておらず、内外への発言も近い将来の侵攻開始を模索していることを示唆していない……当座の最善の解決策は、武力による統一に伴うリスクが大きいことを、中国指導部に分からせることだ」と、中国の早期台湾侵攻には否定的な見方を示しながら、米台や、日本などの同盟・パートナー国が侵攻に伴う軍事・経済的コストを明確にする必要性や、台湾の防衛力強化を訴えました。

そして、日本については、地理的に近い台湾の有事が「日本周辺の領海・領空に影響を及ぼさないと考えるのはより困難になっている」とし、有事の回避は「日本の国益」と語っています。

中国は結党100年までは経済成長を重視した「小康社会の建設」を推進してきたのですけれども、今年の共産党結党100周年を機に、政策の大きな転換をしようとしています。

それがシャオ氏の指摘した「社会主義現代化強国」というものです。

社会主義現代化とは、国家の統治体系と統治能力の現代化に加え、全人民が平等に発展する権利が保障され、生活水準の格差が縮小し、「共同富裕」が確実に進むことを目的としたもので、2017年の第19回党大会では、2049年の建国から100年の節目の年に「社会主義現代化強国の建設」が目標として掲げられました。

「共同富裕」については、8月17日に開催された中央財経委員会で議論されたのですけれども、その中で習近平主席が「『共同富裕』とは社会主義の本質的要求であり、中国現代化の重要な特性である」と強調。具体的な政策として再分配が挙げられました。

これは、企業から労働者への給与等を支払う「第1次分配」、税制度を通じて低所得者へ再分配を行う「第2次分配」、そして、高額所得者による寄付等からなる「第3次分配」からなり、習近平政権は、この基本的制度を確立するとしています。

シャオ氏は、この2049年を台湾統一の期限としているというのですね。

2.燃料や食料もまったく足りない

シャオ氏は日本に対して、台湾有事への準備を行うべきだと述べているのですけれども、日本の現状はお寒い限りです。

9月12日、陸自が沖縄の離島への侵攻など中国との有事を想定し、迫撃砲やロケット弾といった弾薬が現状より20倍以上も必要だと見積もっていることが明らかになりました。

更に、陸自の弾薬の7割近くは冷戦時代にロシアの侵攻に備えた北海道に備蓄し続け、九州・沖縄には1割弱しか備蓄していないことも明らかになっています。

8月26日のエントリー「自衛隊は国民を護り切れるか」で、自衛隊の継戦能力の欠陥について取り上げましたけれども、それが具体的な数値として浮き彫りになった形です。

なぜそうなっているかというと、そもそも備蓄拠点が偏っているからです。

陸自の補給処は火砲などの弾薬や燃料のほかに車両、化学・通信・衛生の装備を保管したり整備したりする後方支援拠点なのですけれども、支処と出張所合わせて全国に27ヶ所あります。

この27ヶ所の内訳は、北海道10、東北3、関東7、関西3、九州4となっており、沖縄には支処、出張所が一つもありません。関東が7なのに対して北海道が10もある。如何に北海道が広いといえども全国の補給処の三分の一以上が北海道に集中しているのは、いかに対ロシアという冷戦期構造のままであったかを物語っています。

現状は、沖縄の部隊には弾薬などの物資を必要に応じて九州などから輸送する他なく、沖縄の部隊は車両や装備の整備の際も九州などに送っています。現行の補給拠点の態勢であれば、対中有事でもこうした輸送を行わざるを得ず、実効的に対処することは難しいでしょう。

政府高官は「九州・沖縄では燃料や食料もまったく足りない」と指摘していますけれども、ここは早急に対応する必要があるかと思います。

2022-09-14 133101.jpg

3.南西諸島に火薬庫増設

流石にこの事態に岸田政権も静観している訳にはいかなかったようです。

9月6日、浜田防衛相は、日経新聞のインタビューで次のように述べました。

――台湾有事を想定すると弾薬や火薬庫の不足、部隊の機動展開能力で懸念があります。

日本の防衛を全うするには航空機、艦艇などの装備品のみならず、これらに搭載する弾薬についても十分な量を確保していくことが重要だ……沖縄本島と九州本島の間の島嶼に港湾施設や燃料タンクなどの整備を検討している。奄美大島の瀬戸内分屯地における火薬庫の整備などを推進したい。持続性、強靱性や機動展開能力など必要な防衛力を抜本的に強化する。

九州南端から与那国島にかけての南西諸島は、青森から山口までの距離があります。有事において、九州から弾薬を運んでくるなどと悠長なことはできません。

浜田防衛相は、奄美大島の陸上自衛隊瀬戸内分屯地への弾薬庫の増設を挙げ、「スタンド・オフ・ミサイル」の保管を念頭におくとしていますけれども、防衛省は令和4年度概算要求で、弾薬等について次の要求を挙げています。

3 持続性・強靭性の強化

(1)継続的な運用の確保

平時から有事までのあらゆる段階において、部隊運用を継続的に実施し得るよう、弾薬及び燃料の確保、自衛隊の運用に係る基盤等の防護等に必要な措置を推進するとともに、各種事態に即応し、実効的に対処するため、装備品の可動率確保のための取組を推進する。

空対空ミサイル(AIM-120 )
○ 継続的な運用に必要な各種弾薬(2,537億円)
・ 航空優勢、海上優勢の確保に必要な対空ミサイル、魚雷の取得(376億円)
・ 能力向上型迎撃ミサイル(PAC-3MSE)の取得等(614億円)
・ 標準型ミサイルSM-6の取得(207億円)

○ 火薬庫の整備(99億円)

○ 小型の攻撃型UAVの運用に係る研究(0.3億円)
小型の攻撃型UAV等導入の検討のため、小型の攻撃型UAV等の運用要領を研究

○ 小型の攻撃型UAVからの防護に係る研究(1億円)
車両への器材搭載による小型の攻撃型UAVの探知・迎撃手段について研究

○ 滞空型UAVの試験的運用(50億円)(P13参照)

○ 無人機雷排除システムの整備(12億円)
護衛艦(FFM)に対機雷戦機能を付与するため、機雷の敷設された危険な海域に進入することなく、機雷を処理することを可能とする無人機雷排除システムのうち、水上無人機(USV)を取得

各種弾薬が3000億足らずで本当に足りるのかと思ってしまいますけれども、これすら用意できないようでは話になりません。岸田政権は、財務省のポチになることなく、自衛隊の継戦能力の向上・整備に努めていただきたいと思いますね。

日比野庵ラノベ
・ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件
・妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え
・異世界の彼女が僕の心を覗き込む

日比野庵書籍
・日本的価値観の構造    (でじたる書房)¥399.-
・未来技術大国日本        (Puboo)無料
・直き真心持ちて 道に違ふことなく(Puboo)無料
  
posted by 日比野寿舟 at 07:00Comment(0)時事 』

バチカン、52年に中国崩壊予測 台湾優先、外交樹立せず

バチカン、52年に中国崩壊予測 台湾優先、外交樹立せず
https://www.tokyo-np.co.jp/article/201850

 ※ 前にも語ったことがあった…。

 ※ マルクス・レーニン主義は、ヘーゲルの弁証法+唯物論≒科学的社会主義≒共産党統治の正統性…、という図式なわけだ…。

 ※ よって、「人間の精神活動」、さらには、人間存在をも「超越する存在」である、神仏と、しごく「相性が悪い」…。

 ※ 旧ソ連は、「正教」をもないがしろにしたところが、あったようだ…。

 ※ 逆にプーチン氏は、「正教」を「統治システム」に組み入れて、ある種「支配の道具化」したようだ…。

 ※ 中国共産党は、「宗教は、アヘンだ!」という「教条主義」に傾斜しているところがあるようだな…。

 ※ バチカンは、そういうところは、よく見ていたということだろう…。

『【ローマ共同】中華人民共和国が1949年に成立した直後、ローマ教皇庁(バチカン)公使が中国共産党政権の早期崩壊を予測していたことが13日、分かった。

バチカンは国家承認せず、つながりのあった中華民国(台湾)との外交関係を維持し「中国唯一の政府」と見なした。バチカン公文書館に保管されている52年の機密文書で判明した。

 バチカンは現在、欧州で唯一台湾と外交関係を持ち、中国との国交はない。バチカンが70年前に中国より台湾を優先するとの判断に至った背景が明らかになった。

 文書は、駐中華民国の教皇公使として南京に派遣された大司教がバチカン幹部に宛てた報告書。』

志願兵“ノルマ1万人”の衝撃 戦闘拒否の兵士多数か ロシア軍

志願兵“ノルマ1万人”の衝撃 戦闘拒否の兵士多数か ロシア軍
https://news.yahoo.co.jp/articles/53eb389916deecada0f875bc874a68f62a8fa63c

『ロシア極東地域で行われていた大規模軍事演習が7日、閉会式を迎えました。大規模、とは言うものの前回とは比べ物にならないほど縮小しています。今回、演習は北方領土でも実施されました。公開された映像では、およそ70年前に開発された軍用車両が確認できます。ウクライナ侵攻の影響でしょうか、物資も人も足りていない実情がうかがえます。
こうした中、兵士を確保するためプーチン大統領が、大企業に対し驚きの命令を出していたことが明らかになりました。

「『ロシア鉄道』には1万人を割り当てます」(内部文書から)

プーチン大統領が、志願兵を集めるよう大企業にノルマを課したというのです。この内部文書を暴露したロシアの人権団体の幹部は…。

ロシアの人権団体幹部 アレクセイ・タバロフ氏;「書類のスタイルにしても専門用語にしても、この書類はフェイク(嘘)ではないと言えます。ロシアの大企業や国営企業では兵士募集が行われていることを何回か聞きました」

ロシア鉄道の従業員は72万人。そこから1万人の志願兵を派遣するのは簡単なことではありません。最前線の部隊で何が起こっているのでしょうか…。

ロシアの人権団体幹部 アレクセイ・タバロフ氏:「戦闘継続を大勢の人が拒否しています。3カ月の短期契約をして従軍した人も1~2カ月過ぎると逃亡しようとしています」

一方、モスクワ市内の地方議会では、公然と反プーチンを打ち出す動きも出てきました。
ロモノフスク区議会:「モスクワ・ロモノフスク区の議員一同は、プーチン大統領の辞任を求めます」

その理由として経済的な問題をあげたうえで…。

ロモノフスク区議会:「ロシアはまたしても怖がられ憎まれる存在になりました。我々は再び全世界を核兵器で脅しています」

サタデーステーション 9月10日OA 』

金与正氏、韓国の支援「相手にせず」と談話

金与正氏、韓国の支援「相手にせず」と談話
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM192NF0Z10C22A8000000/

 ※ こういう南北の、「蜜月」「確執」のあり様(よう)も、5年周期で繰り返される…。

『【ソウル=甲原潤之介】北朝鮮が韓国への対立姿勢を強めている。金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長は19日、韓国の支援を「絶対に相手にしない」という内容の談話を北朝鮮メディアを通じ発表した。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領による15日の演説を批判した。尹氏が演説で触れた「大胆な構想」は「愚かさの極致だ」と決めつけた。

尹氏は演説で、北朝鮮に向け「実質的な非核化に転換するなら、北朝鮮の経済を画期的に改善できる大胆な構想を提案する」と語った。具体的な支援項目として、食料、発送電インフラ、港湾、空港、農業、医療、金融をあげていた。

これに対し、金与正氏は談話で「荒唐無稽な言葉だ」と切り捨てた。尹氏が北朝鮮の非核化を支援の条件とした点は「誤った前提だ」と否定した。核を「我々の国体」と呼び「核を経済協力のようなものと換えるという発想が尹錫悦の夢であり構想ならば幼稚だ」と、こき下ろした。

「どうか、ちょっとお互いに意識しないでほしいというのが願いだ。我々は尹錫悦という人間自体が嫌いだ」と突き放した。

この金与正氏の談話について、韓国大統領府は19日「大変遺憾だ」とコメントした。

韓国統一研究院の洪珉(ホン・ミン)北朝鮮研究室長は「『大胆な構想』は北朝鮮が受け入れるかどうかが重要だ。金与正氏の談話には、この構想自体を無力化し、南北関係の主導権を握り、韓国をゆさぶろうとする意図がある」と指摘する。

韓国は22日から米国との合同軍事演習を控える。尹政権は北朝鮮に対話を呼びかける一方、米国との同盟強化は進める考えだ。北朝鮮との融和を重視し、米国と距離を置いた文在寅(ムン・ジェイン)前政権とは一線を画す。

金与正氏は談話で、17日に北朝鮮が黄海に向けて発射した巡航ミサイルにも言及した。発射地点は韓国が発表した北朝鮮の平安南道温泉一帯でなく、安州市の「クムソン橋」だったと主張したうえで、「なぜ(韓国側は)発射地点ひとつも、まともに明らかにできないか」とやゆした。

【関連記事】

・金与正氏「対決なら核使用」 韓国をまた威嚇
・金与正氏、韓国国防相に警告 「先制打撃発言」に反発 

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

おそらくユン大統領も、北朝鮮がまともに取り合うことはないという前提で喋っているのだろうから、この反応は驚くことではないが、どのような言葉を使って反応するのか、どういう点に反応するのかを見極めたいということなのだろう。しかし、金与正の「どうか、ちょっとお互いに意識しないでほしいというのが願いだ。我々は尹錫悦という人間自体が嫌いだ」というセリフは興味深い。個人的な好き嫌いの話を、女性である金与正に語らせている意図はどこにあるのだろうか。それとも本当に嫌いなだけなんだろうか。
2022年8月19日 19:09
峯岸博のアバター
峯岸博
日本経済新聞社 編集委員・論説委員
コメントメニュー

ひとこと解説

北朝鮮が支援の呼びかけを受け入れないのは尹錫悦政権には織り込み済みでしょう。韓国新政権の人事や政策をみても北朝鮮と真剣に歩み寄ろうという意思は感じられず、当面は対立しても構わないと割りきっているようにさえみえます。5月の就任演説に続いて北朝鮮支援に言及したのも、韓国国民の幅広い支持を得るための「国内向け」の色彩が強いとみるべきでしょう。一方の北朝鮮は絶対権力者の妹が韓国批判の最前線に立つのは文在寅政権時代から変わりません。革新派から保守派が政権を奪った李明博政権時代の2010年のように北朝鮮が局地的に紛争をしかけて朝鮮半島が緊迫するリスクが高まっています。
2022年8月19日 17:54 』

wordpress.comでホストされているコンテンツが著作権を侵害していると思われる場合…。(再掲)

wordpress.comでホストされているコンテンツが著作権を侵害していると思われる場合…。(再掲)
https://http476386114.com/2020/12/23/wordpress-com%e3%81%a7%e3%83%9b%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%b3%e3%83%84%e3%81%8c%e8%91%97%e4%bd%9c%e6%a8%a9%e3%82%92%e4%be%b5/

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

wordpress.comでホストされているコンテンツが著作権を侵害していると思われる場合は、次の手順に従って侵害通知を送信 http://automattic.com/dmca/

著作権侵害 ? 何をすべきか

ブロガー、作家、詩人、写真家、その他のタイプのコンテンツ制作者は、コンテンツを不法にコピーし、許可なく複製することがあります。当社は知的財産の価値を理解し、犯人がWordPress.comにホストされているサイトである場合、お客様の権利が保護されるように直ちに措置を講じます。ただし、苦情の対象が[.]の場合

DMCA 通知に対する対応

お客様のサイト上の資料に関するデジタルミレニアム著作権法の取り消し通知に沿って、ここに上陸した可能性があります。つまり、DMCAは、著作権者がコンテンツの不正使用を削除することを要求することによって、その権利を行使することを可能にします。これは、あなたのサイトのホストとして、我々は無効にする必要があることを意味します [.]

当社のDMCAプロセス

このプロセスは、著作権者(または代理人として行動する者)が、デジタルミレニアム著作権法(「DMCA」)の削除通知を当社に提出し、コンテンツが許可なくWordPress.comに公開されると主張したときに始まります。フォーム、電子メール、または印刷されたレターを使用して、DMCAの削除通知を送信できます。その後、ここで何が起こるかです:私たちは[.]]

著作権と DMCA

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著作権と公正な使用

WordPress.comはファイル共有プラットフォームではなく出版なので、著作権で保護された資料は、解説、ジャーナリズム、または資料を独自のオリジナルなものに変換する際によく使用されます。したがって、DMCA通知を提出する前に、材料の使用方法が公正な使用に該当する場合に考慮することが重要です。セクション 512(f) [.]

コンテンツの盗難防止

このサポート ドキュメントで説明されている、許可されていない方法でマテリアルが使用されないようにするために、いくつかの手順を実行できます。

サイトの報告

ユーザーガイドラインまたは利用規約に違反するサイトが見つかると、その情報をお知らせください。私たちは常にこれらのレポートに応答する必要はありませんが、一つ一つは(実際の人間によって)読まれ、報告されたサイトはそれに応じて見直されることを理解してください。さらに重要なことは、その[.]に注意してください

商標権侵害

あなたの商標を侵害していると思われるWordPress.comにAutomatticが主催するウェブサイトを見つけましたか?報告する前に、これらの3つの質問を自問してください:ウェブサイトはあなたの製品やサービスを見直したり批判するためにあなたの商標を使用していますか?もしそうなら、これは商標権侵害ではありません。私たちは速やかにあなたの苦情を拒否しますので、, [.]

法的ガイドライン

WordPress.comユーザーの個人情報を要求する 当社のユーザーは、安全を保つために当社に信頼を置き、場合によっては匿名で保護します。私たちは、その信頼を守り、ユーザーの個人情報を保護することは、私たちが行うことに不可欠であると考えています。Automatticは、政府機関、法執行機関からWordPress.comユーザー、サイト、アカウントに関する情報の要求を受け取ります。

リブログ

閲覧者から直接投稿をリブログすることができます WordPress.com。リブログの仕組み 投稿がリブログを行うとどうなりますか?リブログの詳細については、リブログの仕組みに関するよく寄せられる質問は、他の人が公開した投稿を簡単に共有する方法です[.]

サポート ? WordPress.com ホーム
目次
リブログのしくみ
投稿がリブログされるとどうなりますか?
リブログの詳細
よく寄せられる質問 』

※ ということで、正確には、著作権を侵害されたと考える者(または、その代理人)が、「侵害通知」を「送信」したんで、対応・処理する「仕組み(機構?)」である「Automattic」というところから、警告メールが送られる…、ということのようだ…。

※ また、あまりに酷い場合には、WordPress.com側に、サイトを「無効」にする権限がある…、とも言っている…。

※ 気をつけんとな…。

※ ただ、若干の言い訳を語っておけば、「侵害」と「宣伝・広報」は、表裏の関係にあると思っている…。

※ 「拡散」とは、許可なく行う場合、法的には、明確に「著作権の侵害」行為だろう…。

※ しかし、ネット上であまた行われている「拡散」行為が、一々許可を得た上でのものなわけがない…。

※ 「拡散希望!」などという文言を付す場合、それは「著作権侵害行為」の、「教唆」「従犯」に該当するのか?

※ そういうことで、今日も今日とて、そういう「危ない橋」を渡り続けるわけだ…。

〔お知らせ〕

 ※ 土曜日は、諸般の事情により、お休みした。

 ※ その分、今日は日曜日だが、活動する。

 ※ まあ、「仏教徒」(しかも、神仏習合)なんで、安息日の問題は、生じない。

 ※ それにしても、こんなヨタヨタのジジイまで、駆り出されるんだから、浮世の義理とは恐ろしい…。

 ※ 作業用長靴(つま先に鉄片が仕込んであって、重さ2㎏までの物体が落下しても大丈夫、というもの)履いて、参加して来た…。

 ※ 雨の中、合羽着ての作業だったんで、ちょっと大変だった…。

 ※ ヤレヤレな話しだ…。

 ※ 今夏は、親の新盆も、やらないとならないので、投稿上げるの、ちょっと不規則になるかもな…。

〔カザフスタン、関連情報〕

 ※ けっこうな「資源大国」、それも「鉱物・金属資源大国」のようだ…。

 ※ それの「運び出し」のために、上記の図のように「道路・鉄道」網が、国全体に敷かれているようだ…。

 ※ おまけで、玄奘三蔵法師の「大唐西域記」のルートを貼っておく。

 ※ 『629年シルクロード陸路でインドに向かい、ナーランダ僧院などへ巡礼や仏教研究を行って645年に経典657部や仏像などを持って帰還。以後、翻訳作業で従来の誤りを正し、法相宗の開祖となった。また、インドへの旅を地誌『大唐西域記』として著した。』と言うことだ…。

 ※ 往復、16年かかっている…。

 ※ むろん、孫悟空も猪八戒も沙悟浄も、いなかったんだろうが…。

 ※ それでも、お供は、「何人か」いたんだろう…。

 ※ というよりも、キャラバン(隊商)みたいに「隊列」組んで、旅したんだろう…。

 ※ 途中、ラクダに乗ったかもしれないな…。

★《続・読書余論》塚本誠著『ある情報将校の記録』昭和54年刊・ほか

★《続・読書余論》塚本誠著『ある情報将校の記録』昭和54年刊・ほか
https://note.com/187326mg/n/n7a1dd6e6427d

『こんかいの《続・読書余論》は、頭の固くない憲兵将校として昭和前期の大陸、台湾、内地、ビルマをぐるりと見て回った人の、じつにめずらしい回想録、ならびに、日本博学倶楽部編『日本陸海軍・あの人の「意外な結末」』(PHP文庫書き下ろし)をご紹介しましょう。
 著者の塚本氏は辻政信と陸士同期だったり、偶然のタイミングで終戦前夜の東京都内にいたりと、歴史の証人の資格は十分。貴重な話が連続します。台湾の保甲制度などについての豆知識も得られるでしょう。

ついでに《旧・読書余論》からは、『中国古代金属遺物』『軍需工業論』『折口信夫全集 第十巻』『折口信夫全集 第十一巻』『日本の弓箭』『中国殷周時代の武器』『アラブ人の笑い』などの摘録をあつめて附録いたしました。』

https://note.com/187326mg/n/n7a1dd6e6427d

2021-7-6早朝、加州で、自転車旅行者がグリズリー熊に殺された。

2021-7-6早朝、加州で、自転車旅行者がグリズリー熊に殺された。
https://st2019.site/?p=19989

 ※ 野生の「獣(けもの)」というものを、決して「なめてかかっては」ならない…。
 ※ 身近に存在する「ペット動物」の類(たぐい)もだ…。

『Keith Schubert 記者による2022-7-15記事「Report: Fatal Ovando bear attack likely caused by food-conditioned bear」。

    2021-7-6早朝、加州で、自転車旅行者がグリズリー熊に殺された。「オヴァンドー事件」という。その最終報告が出された。

 7月4日の独立記念日は休日だったのでキャンパーが食い物のにおいを残していた。それに熊がひきつけられたのだろう。

 グリズリーはまず鶏舎を襲い、ついでテントの中から64歳の女性キャンパー、リー・デイビス・ロカンを引きずり出して致命傷を負わせた。この人は自転車で400マイル旅行中だった。

 近くに、もうひとつテントがあり、そのカップルは夜中の3時に叫び声を聞いた。
 3人で大声を出したら熊はいったんひきさがった。その後がまずかった。

 ロカンは食糧の入った2個のバッグを近くの建物に移した。
 カップルは、この近くのホテルに泊まったらどうかと提案したのだが、ロカンは聞かず。

 1時間後、熊は戻ってきてロカンを攻撃した。
 数日後、この熊は野生生物管理官によって射殺された。

 報告書はよびかけている。グリズリーは、拍手や、ホーンの音などによっても、その場を遠ざかってくれることが多い。キャンパーがもし熊を騒音によって撃退できたら、もうその晩はテントに戻ってはいけない。近くの建物か、車の中に、朝まで避難していなさい。』

鷹狩

鷹狩
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B9%E7%8B%A9

 ※ この文献にもある通り、極めて「由緒正しい」ものだ…。

 『鷹狩(たかがり、英: falconry、hawking)は、飼いならした鷹を山野に放って行う狩猟の一種[1]。鷹狩でいう「鷹」とは猛禽類の総称のことである[1]。タカ科のイヌワシ、オオタカ、ハイタカ、およびハヤブサ科のハヤブサ等を訓練し、鳥類や哺乳類(兎・狼・狐など)を捕らえさせ、餌とすりかえる。鷹野、放鷹とも言う。

こうして鷹を扱う人間は、鷹匠()と呼ばれる。日本語の古語においては鳥狩()、鷹田、放鷹、鷹野などとも称する。また、鷹を訓練する場所は鷹場()と称される。 』

『概説

『De arte venandi cum avibus』に描かれた2人の鷹匠

鷹狩はアジアの遊牧民の間で発達した狩猟法である[1]。

紀元前3000年から紀元前2000年ごろの中央アジアないしモンゴル高原が起源と考えられているが、発祥地と年代について定説はない[2]。アッシリア王サルゴン2世の時代(紀元前722-705)になると明らかな証拠が存在する[3][4]。中国では周の時代、紀元前680年ごろに鷹狩りの存在が確認できる[5]。ヨーロッパには紀元400年ごろ、フン族とアラン人の侵入の際に持ち込まれたと考えられている[6]。神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世(1194-1250)は鷹狩りに深い造詣を持ち、さらに十字軍遠征の際に中東の鷹狩りについて書かれた解説書をラテン語に翻訳している[7]。フリードリヒ2世は『De arte venandi cum avibus(鳥類を利用した狩猟技術)』という鷹狩りの研究書を書いており、この書は鷹狩りについて包括的にまとめた初めての書であるだけでなく、鳥類学と動物学の発展にも大きく寄与している[8]。

歴史的に鷹狩りは中世貴族の娯楽または権威の象徴であり、時間、金銭、空間などが必要とされることから貴族階級や富裕層に制限されてきた。鷹は黄金よりも高額で取引されることもあり、豪胆公フィリップの息子ジャンがオスマン帝国に囚われたときには、バヤズィト1世は身代金として20万枚の金貨の申し出を断り、12頭のシロハヤブサを要求している[5]。

近代以前は、東は日本、西はアイルランド、モロッコ、北はモンゴル、スカンディナヴィア、南はインドに至るユーラシア/北アフリカ全域で各地方独特の鷹狩文化が開花した。現代では、かつて盛行したインドやイランで絶滅しかけている反面、南北アメリカ及び南アフリカでも行われている。また、鷹狩の技術は猛禽類の繁殖放鳥や傷病鳥リハビリテーションに応用されている[9]。2010年11月16日に、UAE、モンゴル、チェコ等11カ国の鷹狩がユネスコの無形文化遺産の「代表一覧表」に記載された(2012年にさらに2か国が追加記載)。国際組織としてInternational Association for Falconry and Conservation of Birds of Preyが結成されている。20世紀に入ると、近代獣医学の知見と送信機の発明により、鷹の寿命は延び、獲物を追い求める鷹を鷹匠が見失うことも少なくなってきている。

世界の鷹狩り

鷹狩りは世界各地で楽しまれている。アラブ首長国連邦では野生の鷹を保護するのに毎年2700万ドルが費やされているという[10]。アブダビとドバイには最先端の鷹用病院が存在する[11][12]。アブダビ国際狩猟・乗馬展示会(ADIHEX)では毎年鷹の品評会を行っている[13]。

中世のイングランドでは町を歩けば誰かが鷹を連れているのを必ず見かけることができるほどだった。夫は妻が外出する際は、そこが教会であっても人に慣らすため鷹を連れて行くように勧めた[5]。また、階級ごとに所有できる猛禽類の種が定められていた。当時の書籍である『The Boke of St. Albans』によれば子供ならチョウゲンボウ、王ならシロハヤブサなどである[14]。王や貴族は鷹を自身の手で調教するのではなく、専門のトレーナーを雇っていた。彼らはマスター・オブ・ミューズ(Master of the Mews)と呼ばれ、今日でも存在している[5][15]。イギリスやヨーロッパの一部地域では書籍が発行されるなど17世紀に大きな盛り上がりを見せたが、18世紀から19世紀ごろには銃火器による狩猟にとって変わられ凋落していった。しかし、1920年代から1930年代にかけてヨーロッパで鷹狩りは再流行する[16]。北米や南アフリカといった地域には古来からある鷹狩りの慣習は見つかっておらず、1900年代初頭にヨーロッパからもたらされた鷹狩りが流行していくことになった[17]。

中世には騎乗して鷹狩りを行うこともあったが、現在ではカザフやモンゴルにしか見られなくなっている。カザフスタン、キルギスタン、モンゴルでは狩猟にメスのイヌワシが用いられ、キツネやオオカミなど大きな獲物を狩猟する[18]。娯楽・スポーツ目的や食糧目的の狩猟ではなく、毛皮の獲得を目的としている[19]。アルタイ山脈付近にはイヌワシ以外にも猛禽類は生息しているが、伝統的にイヌワシのみが狩猟に用いられている。メスはオスに比べ、体つきも大きくヒナに餌を与えるため狩猟能力が高く、ドイツやイギリスでもメスが珍重されたこともある[19]。現地の鷹匠は6月中旬に、翼が完全に成長しきる前に巣からイヌワシを捕まえる[20]。捕えたイヌワシは1ヶ月から1ヵ月半で手なずけられる。狩猟訓練は通常9月に始められ、最初は止まり木から鷹匠の右手に飛び移る訓練が行われる。鷹匠は右手にウサギやキツネの足を隠し持ち、イヌワシから距離を開けたところで隠していた肉を見せ飛び移らせる。続いてキツネの毛皮で作られたルアー を使った訓練が行われる。鷹匠はキツネの毛皮を地面に引きずり、キツネが走っている様子を模倣する。ワシが若いうちはルアーの中に肉が詰められている[21]。5歳になるとイヌワシは性的に成熟し、野生に戻されることになっているが、実際には8歳を過ぎてから帰されることが多い[22]。

オーストラリアでは鷹狩りは違法ではないが、猛禽類の飼育には許可が必要である。傷ついた鳥を治療する目的のみ免許され、野生に戻る訓練課程において鷹狩りが実施される。
ニュージーランドでは鷹狩り用の種としてミナミチュウヒのみが許可されている。1985年にはミナミチュウヒの飼育も禁止されたが、鷹匠が運動した結果2010年にミナミチュウヒのみ許可されるようになった[23]。

南アフリカには180人ほどの鷹匠が存在する[24]。

アメリカでは空港周辺でのバードストライク防止のため鷹狩が用いられている。

ベルギーでは、特産品のムール貝を砂抜きするための大規模な洗浄施設において、貝がカモメに食べられたり糞で汚されたりしないよう、鷹匠を雇って警備に当たらせている。

イギリス海軍はデヴォンポート海軍基地などで海鳥を追い払うため、民間人の鷹匠に業務委託している。

日本の鷹狩り

古代

日本では支配者の狩猟活動は権威の象徴的な意味を持ち、古墳時代の埴輪には手に鷹を乗せたものも存在する。日本における鷹狩りのもっと古い記録は日本書紀の仁徳天皇の時代(355年)に鷹狩が行われ多くの雉を捕ったとある。その鷹を調教したのは百済の帰化人・酒君(さけのきみ)だというから、日本の鷹狩文化は大陸から伝えられた文化のひとつであったことがうかがえる。タカを調教する鷹甘部(たかかいべ:鷹飼部)が置かれたという記録がある[1]。天皇の鷹狩をつかさどる役職として放鷹司(大宝令)/主鷹司(養老令)が置かれたが、鷹狩は朝廷や貴族の猟であり団体行動を行う軍事訓練としての側面もあった[1]。古代には専門職としての鷹匠が生まれるとともに、獲物の減少を防ぐため禁野(きんや)という一般の出入りを制限する禁猟区が設けられた[1]。正倉院に放鷹司関係文書が残っており、長屋王邸跡から鷹狩に関連する木簡が出土している。平安時代に入ると新設の蔵人所にも鷹飼が置かれ、主鷹司が天皇の鷹狩を、蔵人所が贄調達のための鷹狩を管轄するようになる。だが、仏教の殺生禁止の思想の広まりにより鷹狩に否定的な考えが生まれて鷹の飼育や鷹狩に対する規制が取られるようになり、清和天皇は真雅や藤原良相の助言を受け入れる形で、貞観2年(860年)に主鷹司の廃止と蔵人所の鷹飼の職の廃止が行われ、以降鷹の飼育に関する規制が強化された。次の陽成天皇の元慶6年(882年)に蔵人所の鷹飼のみ復活され、蔵人所が鷹狩を管掌する[25]。

奈良時代の愛好者としては大伴家持や橘奈良麻呂が知られ、平安時代においては、初期の桓武天皇、嵯峨天皇、陽成天皇、光孝天皇、宇多天皇、醍醐天皇らとその子孫は鷹狩を好んだ。嵯峨天皇は鷹狩に関する漢詩を残しているほか、技術書として『新修鷹経』を編纂させている(818年)。現存する鷹狩技術のテキストとしては世界で2番目に古い。中期以降においても、一条天皇、白河天皇などの愛好者が現れたが、天皇自身よりも貴族層による鷹狩が主流となる。坂上田村麻呂、在原行平、在原業平は鷹狩の名手としても知られ、源信は鷹狩の途中で事故死したと伝えられている。

鷹狩は文学の題材ともなり、『伊勢物語』、『源氏物語』、『今昔物語』等に鷹狩にまつわるエピソードがある。和歌の世界においては、鷹狩は「大鷹狩」と「小鷹狩」に分けられ、中世にいたるまで歌題の一つであった。「大鷹狩」は冬の歌語であり、「小鷹狩」は秋の歌語である。

古代の鷹狩は仏教の殺生禁止の思想と神道における贄献上の思想(天皇についてはこれに王土王臣思想が加わる)のせめぎ合いの中で規制と緩和が繰り返されてきたが、最終的には天皇と一部貴族による特権とされるようになった。また、鷹狩の規制は鷹の飼育や狩りで生活をしてきた蝦夷の生活を圧迫し、平安時代前期の蝦夷の反乱を原因の一つになったとする見方もある[25]。

中世

中世には武家の間でも行われ始め、一遍上人絵伝や聖衆来迎寺六道絵の描写や『吾妻鏡』・『曽我物語』の記述に鎌倉時代の有様をうかがうことができる。室町時代の様子は洛中洛外図屏風各本に描かれている。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康はいずれも鷹狩を好み、他の大名の間でも広く行われるようになった[1]。信長が東山はじめ各地で鷹狩を行ったこと、諸国の武将がこぞって信長に鷹を献上したことは『信長公記』に記載されている。また、朝倉教景(宗滴)は、庭で鷹を卵から育てる人工繁殖を行っており、この養鷹法は戦国武将の中でも特異な例とされる[26]。現在判明している限りでは世界最古の成功記録である(『養鷹記』)。公家及び公家随身による鷹狩も徳川家康による禁止まで引き続き行われ、公卿の持明院家、西園寺家、三条西家、地下の下毛野家などが鷹狩を家業とし、和歌あるいは散文形式の技術書(『鷹書』)が著されている。近衛前久は鷹狩の権威者として織田信長と交わり、また豊臣秀吉と徳川家康に解説書『龍山公鷹百首』を与えている。一方、武家においても、諏訪大社や二荒山神社への贄鷹儀礼と結びついて、祢津流、諏訪流、宇都宮流等の鷹術流派が現れ、禰津常安(松鴎軒)門下からは、屋代流、荒井流、吉田流など8つの流派が分派した。
近世

『鷹匠』鳥園斎 栄深画

戦国武将の間で鷹狩が広まったが、特に徳川家康が鷹狩を好んだのは有名で、単なる鷹好きとか慰めの域を越えて確たる養生法と捉えていた。『中泉古老諸談』によると家康は鷹狩を気分転換の遊芸にとどめず、身体を鍛える一法とみなし、内臓の働きを促して快食・快眠に資する養生と考えていたことが知られている[27]。家康には鷹匠組なる技術者が側近として付いており、組頭に伊部勘右衛門という人が大御所時代までいた。東照宮御影として知られる家康の礼拝用肖像画にも白鷹が書き込まれる場合が多い。また家康の側近としても知られる本多正信も鷹匠であった。江戸時代には代々の徳川将軍は鷹狩を好んだ。3代将軍・家光は特に好み、将軍在職中に数百回も鷹狩を行った。家光は将軍専用の鷹場を整備して鳥見を設置したり、江戸城二の丸に鷹を飼う「鷹坊」を設置したことで知られている。家光時代の鷹狩については江戸図屏風でその様子をうかがうことができる。将軍家と大名家の間では鷹や鷹狩の獲物の贈答が頻繁に行われ、これら献上や拝領は家格に従って品数まで定着するまでに至った[1]。また参勤交代で江戸にいる諸大名に対しては江戸近郊に拝借鷹場を定めて鷹狩を許した[1]。

一方で鷹狩は殺生にあたるとして行わない将軍や藩主もいた[1]。5代将軍・綱吉は動物愛護の法令である「生類憐れみの令」によって鷹狩を段階的に廃止し、鷹狩に関連する贈答もすべて禁止した[1]。但し綱吉も将軍になる前は鷹狩をやり練馬御殿に立ち寄っていた。

生類憐れみの令は綱吉死後に廃されたものの、鷹狩が復活するのは8代将軍・吉宗の享保年間であった[1]。吉宗は古今の鷹書を収集・研究し、自らも鶴狩の著作を残している。累代の江戸幕府の鷹書は内閣文庫等に収蔵されている。江戸時代の大名では、伊達重村、島津重豪、松平斉貴などが鷹狩愛好家として特に著名であり、特に松平斉貴が研究用に収集した文献は、今日東京国立博物館や島根県立図書館等に収蔵されている。

鷹は奥羽諸藩、松前藩で捕らえられたもの、もしくは朝鮮半島で捕らえられたものが上物とされ、後者は朝鮮通信使や対馬藩を通じてもたらされた。近世初期の鷹の相場は1据10両、中期では20-30両に及び、松前藩では藩の収入の半分近くは鷹の売上によるものだった[28]。

藩主が鷹狩を行う御鷹場は領民からみると禁猟区の御留野(おとめの)であり、鳥見役や下鳥見役を置いて密猟の監視や区域内の鳥獣の死骸の検分など厳重な管理を行った[1]。鷹狩に用いる鷹の繁殖をはかるため、その巣を保護するため、狩猟や入山を禁じた山もあり、それらは巣山や巣鷹山と呼ばれた[29]。鷹狩の際には近隣の農民の多くが勢子として駆り出されるため藩主と農民をつなぐ大きな行事でもあった[1]。
近現代

明治維新後、鷹狩は大名特権から自由化され、1892年の「狩猟規則」及び1895年の「狩猟法」で9年間免許制の下に置かれた。1901年の改正「狩猟法」以後、狩猟対象鳥獣種・数と狩猟期間・場所の一般規制のみを受ける自由猟法として今日に至る。明治天皇の意により、宮内省式部職の下で鷹匠の雇用・育成も図られたが、第二次世界大戦後、宮内庁による実猟は中断している。幕府・宮内省鷹匠の技術は、村越仙太郎(1857? – 1937年)・花見薫(1910 – 2002年)ら、退職した宮内省/宮内庁鷹匠により民間有志に伝えられ、現在活動している鷹狩従事者(松原英俊を除く)は、特定流派名を名乗るか否かに関わらず、そのいずれかの技術的系譜を引く。

早期の民間団体としては、中西悟堂も発起人に名を連ねた日本放鷹倶楽部(1936年)があったが中断した。村越に師事した丹羽有得(1901 – 1993年)の門下からは日本鷹狩文化保存会、森覚之丞研究会、吉田流鷹狩協会など、花見薫の門下からは日本放鷹協会が結成されている。大原総一郎が丹羽を招聘して設立した日本鷹狩クラブは、大原の没後の1982年に改組・改名され、日本ワシタカ研究センターとなっている[30]。

明治以降(東北)

一方、明治以降、東北地方において、当初士族層・一定の資力のある農民・マタギの間でクマタカによる雪山の鷹狩が広がりを見せた。クマタカの飼育自体は鎌倉時代から見られ(古今著聞集)、中世の鷹書においても「角鷹」への言及が見られる。東北地方の「鷹使い」の起源は明らかでなく、幕末以前に遡る見方もあるが、用具とその名称に共通・類似するものがあることから、武士の鷹狩が土着化したものと見られる。名手として知られた三浦恒吉(1863 – 1938年)は、院内の伝助なる人物の流れを汲むが、旧戸沢藩鷹匠家の佐々木甚助とも親交があった。東北地方の「鷹使い」は生業鷹匠として発展したが、第二次世界大戦後の経済状況の変化で急速に衰亡し、武田宇市郎(1915-1992)の没後、現在では沓沢朝治の下で1年間学んだ松原英俊がいる。

浜離宮恩賜庭園での放鷹術実演(2010年1月2日撮影)』

英国のゴルフ場、セントアンドリュースでは、「鷹匠」が動員されている。

英国のゴルフ場、セントアンドリュースでは、「鷹匠」が動員されている。
https://st2019.site/?p=19989

『Jack Bantock 記者による2022-7-14記事「Eagles a plenty: Birds of prey employed by the Open to scare away problem seagulls」。

    英国のゴルフ場、セントアンドリュースにカモメがいすぎて、これから全英オープンが開かれて大勢のギャラリーが詰め掛けるというのに困るではないかというわけで、「鷹匠」が動員されている。

 わずか4羽の鷹を飛ばしたことで、鴎どもはビビり、ゴルフ場に寄りつかなくなったという。』

スマホによる脳の「過労」 自覚し適切な処置を早稲田大教授 枝川義邦氏

スマホによる脳の「過労」 自覚し適切な処置を
早稲田大教授 枝川義邦氏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC20C660Q2A620C2000000/

 ※ 『スマホのせいで脳は朝から晩まで大量の文字や映像といった過度な情報処理を迫られる。情報を一時的に記憶し処理する脳の部位がひっきりなしに稼働している状態で、物事への対処が遅くなったり脳が疲労したりしてしまう』…。

 ※ それほど「脳」を酷使して、一体何を「手に入れる」「達成する」つもりなのか、ということを考えないとな…。

 ※ 「情報」を脳に流しているだけでは、「ものを考えた」ことには、ならない…。

 ※ 「取得した情報」を、「有機的に連結させて」「いつでも、使える状態」にしておかないとな…。

 ※ それが、「考える」ということだ…。

 ※ そういうことは、「考え続ける」ことでしか、達成できない…。

 ※ 情報取得 → 情報の連結 → 連結させた「情報群」を使って、さらなる情報の取得→ さらなる、情報の連結…、そういうサイクルだ…。

 ※ 人工知能や、機械学習と違って、その「連結の組み合わせ」は、ほぼ「無限に」ある…。

 ※ 幸い、そういう「作業」にも、「脳の報酬系」は反応する仕組みになっているようだ…。

 ※ よく聞く「ドーパミン」がドバドバ出たり、するんだろうか…。

『スマートフォンの過剰使用による弊害が指摘されている。スマホを使いすぎて「過労」状態になった脳は日常生活やその人の性格にまで影響を及ぼしかねない。職場でも家でも手放せない存在となったスマホとどう付き合うべきか。脳科学者の枝川義邦・早稲田大理工学術院教授に聞いた。

枝川義邦・早稲田大学理工学術院教授

――スマホの日常的な使用は脳にどんな影響を与えていますか。

「脳への影響から見たスマホの一番の問題点はいつでもどこでも簡単に使える点にある。スマホのせいで脳は朝から晩まで大量の文字や映像といった過度な情報処理を迫られる。情報を一時的に記憶し処理する脳の部位がひっきりなしに稼働している状態で、物事への対処が遅くなったり脳が疲労したりしてしまう」

「怒りっぽくなるなど、社会生活にも様々な影響が出る。脳が疲れていると何かを『やめる』判断をすることが難しくなる。長時間漫然とネットサーフィンをしたり買い物をしたりしてしまうことにつながる」

「物忘れが増えたと実感する人もいるかもしれない。会議中に浮かんだアイデアなどを、いざ後で発言しようとすると思い出せなかったりする。脳の『過労』を招いている状態だ」

――若年層への影響を強く懸念する声があります。

「若者のように時間や気持ちに比較的余裕がある年代はスマホの過剰使用に陥りやすい。動画を見ながらSNS(交流サイト)に投稿するなど、デジタル上で複数のことを同時にこなす『マルチタスキング』を好む若者もいる。料理などの能動的な行為によるマルチタスキングとは異なり、脳には大きな負担になる」

――なぜ脳が疲労するのにスマホをやめられないのでしょうか。

「脳の『報酬系』と呼ばれる回路を刺激するためだ。スマホは脳にとって魅力的に設計されており、ドーパミンなどの快楽物質を放出させて簡単にはやめられなくなる。『FOMO(取り残される恐怖)』を感じやすい人もスマホの使用をやめられない傾向が強い」

――うまく付き合うにはどうすればいいですか。

「何も考えずぼーっとする時間をつくることがまず効果的だ。その場で目をつぶるだけでもよい。スマホを1時間使ったら5~10分休むなど、休息をこまめに取ることもポイントになる。意外に効果があったのはスマホの画面を白黒表示にすることだ。スマホを脳にとって『つまらない』ものに変えてしまえばいい」

「重要な連絡以外は通知が来ないようにしたり、スマホを別の部屋に置いたりするなど、簡単に手に取れない環境に自らを置く必要がある。疲労して判断力が落ちた脳には『疲れ』を自覚することさえ容易ではない。まずは脳の仕組みを知るなどして、スマホが引き起こす心身の不調に耳を傾けることが重要だろう」
提供側に変化促す必要も

スマートフォンが浸透して久しいが、IT(情報技術)企業は常に便利なアプリやゲームをそろえたり、使い勝手を高めたりしてその魅力を磨いてきた。生活は圧倒的に便利になったが、弊害も広く知られるようになった。

深刻なのは中高生などの若年層に広がる依存の問題だ。世界保健機関(WHO)は2019年、ギャンブルなどと並ぶ依存症として「ゲーム障害」を認定した。ゲームを含むネット依存の疑いがある若年層は世界的に増えており、学校生活や健康にも支障をきたしている。低年齢化は近年さらに進んでおり、自制する力が弱い若者がのめり込む設計を続けてきた提供者側にも変化を促す必要がある。

今後もスマホの使用は避けられず、何より受けてきた恩恵は大きい。だからこそスマホとの付き合い方を見つめ直し、過度に依存しない使い方を意識していきたい。

(水口二季)

【関連記事】

・人生の半分「バーチャル生活」 人類の進化か退化か
・「スマホ脳」27万部に 増える利用時間、不安を反映
・スマホ漬けの日常とデジタル化の功罪(佐々木明子)』

中国の「未来の改ざん」警戒を 香港を変えた50年前の罠

中国の「未来の改ざん」警戒を 香港を変えた50年前の罠
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM013V80R00C22A7000000/

『香港の中国返還から25年の1日、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は香港の一国二制度を保持すると宣言した。

【関連記事】

・習氏「愛国者統治」譲らず 香港返還25年、民主派排除
・砂上の一国二制度 習氏、香港繁栄と強弁

その言葉に今や価値はない。制度の外観は同じでも香港の繁栄を支えた自由都市の姿は失われ、中国共産党による強権統治への一体化は揺るがぬ未来となってしまった。

香港のたどった道は国際社会が中国と対峙する上での教訓を指し示す。

第一に、中国の行動について「コモンセンス(常識)」を基準に推し量れば判断を誤る。

香港でも習氏がここまでの弾圧はできないとの見方も多かった。理由の1つは「さすがの習氏も『50年不変』の公約を破り、国際社会の信頼を失う愚挙は犯さないだろう」との常識だ。加えて「香港の金融機能は習氏にとっても大事なはず」との常識も存在した。

だが、習氏は国際社会の視線も経済合理性も顧みず、党の正統性と統治拡大のために突き進んだ。
香港のビクトリア・パークで天安門事件を悼む集会を取り締まる警察(22年6月4日)=ロイター

第二の教訓は、中国共産党が領土保全のために展開する「三戦(世論戦・心理戦・法律戦)」の長期的な性質だ。たとえ足元では現実も歴史も変えられない小さな動きにみえても、長期的には「なかったはずの未来」をつくり出す危険性がある。

最近、香港の新たな教科書が話題となった。「香港が英国植民地だったことは一度もない」と記されると香港メディアが報じたためだ。常識を超えた主張に英統治時代の最後の香港総督、クリス・パッテン氏も記者会見で「全体主義者は常に歴史の改ざんを図る」と批判した。

だが、これは中国による突然の改ざんではない。50年前に中国がひそかに仕掛けていた法律戦・世論戦の1つだ。

第2次世界大戦後、国連は脱植民地化の機運を背景に独立を支援する「非自治地域リスト」を作成した。80を超える地域が実際に独立し当初は香港とマカオも含まれた。

つまり香港にとっても国際社会に後押しされた独立への道は十分に「あり得る未来」だったはず――。だが、その道は多くの人が知らないうちに断たれていた。

1972年、中国が「香港・マカオは植民地だったことない」としてリストから削除させたためだ。英国で香港返還問題が真剣に議論され始める前であり、誰もがこの動きを看過した。
香港返還直前の1997年3月、人民日報は「なぜ香港は植民地ではないのか」と題し、国連が〝認めた〟経緯を紹介する記事を掲載した

これにより香港の扱いは国際社会香港自身関われない「英国と中国の駆け引き」という土俵に持ち込まれ、香港の今日につながった。いわば香港の未来を改ざんした一手だった。

いま中国が国際社会で展開する行動や主張は荒唐無稽なものばかりだ。

最近では「台湾海峡は国際水域ではない」との主張を始めた。南沙諸島や西沙諸島では勝手に海南省三沙市という行政区を設定し、尖閣諸島だけでなく「琉球帰属は歴史的に未解決」などの言論まで展開している。

こうした暴論に多くの人が危機感を抱きつつも「常識では通用しない」とも考えている。それでも中国共産党はもっと先を見据えている。

中国の小さな動き看過しないこと、香港を巡る失敗を国際社会が繰り返さないこと――。それは専制国家の強大化や暴走を防ぐとともに、香港をはじめ強権下に生きる人々を少しでも守ることにもつながるはずだ。

(中国総局長 桃井裕理)

【関連記事】

・「自由や民主主義消えた」台湾首相ら批判 香港返還25年
・図解・香港 中国返還25年、一国二制度が形骸化

この記事の英文をNikkei Asiaで読む
Nikkei Asia https://asia.nikkei.com/Spotlight/Comment/China-s-rewrite-of-Hong-Kong-s-history-50-years-in-the-making?n_cid=DSBNNAR 』

AISとは 安全確保、経済分析にも応用きょうのことば

AISとは 安全確保、経済分析にも応用
きょうのことば
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE297CY0Z20C22A6000000/

『▼AIS 船の衝突防止や運航管理のため、国際条約で大型船舶などに搭載が義務付けられた装置。周辺の船や人工衛星、地上局と情報をやりとりし、船舶固有の識別情報やリアルタイムの位置情報、目的地などを共有する。

海の安全確保という目的を超え、最近では様々な形で2次利用されている。同装置の信号を受信できる衛星が増え、広範囲の船舶を調査するための基礎データとしての重要性が増した。通関データなどと組み合わせれば、モノの流れを追う調査にも使うことができる。船の移動を通じたマクロ経済の分析にも応用されている。

船舶の航行パターンの分析から、乱獲する漁船に警告を発したり、海上での違法取引に関与する船舶を検出したりする技術の開発も進む。ただ、不正行為を働く船舶は、故障や海賊対策などを理由に、航行中にわざとAIS信号を切断することが多い。搭載義務がない小型船舶の場合はデータの取得が難しく、調査に使う際は衛星画像など複数のデータと組み合わせることが一般的となっている。

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