コラム:人種間格差が弱める米国の新型コロナ防御力

新型コロナ、黒人の感染割合突出 医療水準の低さ背景―米
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020040800689&g=int

コロナ死者、米で最多1日2千人 世界の感染150万人に
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57846550Z00C20A4000000/

黒人のコロナ感染深刻 米シカゴ、死亡率が白人の5倍
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57846660Z00C20A4000000/

コラム:人種間格差が弱める米国の新型コロナ防御力
https://jp.reuters.com/article/breakingviews-gaps-coronavirus-idJPKBN21I0SH

米CDCのマスク着用勧告、非白人からは抵抗感も
 https://www.cnn.co.jp/usa/35152077.html

アメリカの武漢肺炎の致死率が11%である意味 : 机上空間
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/22072415.html

米NY市の新型コロナは「欧州由来」、2月から感染拡大 米研究
https://www.afpbb.com/articles/-/3277801?cx_part=top_topstory&cx_position=2
 ※ こういう情報が、どの程度広まって行くのかにも、注目だ…。今回のコロナ禍では、「情報流通」における「政治化」が、非常に激しくなっている…。

コロナウイルスの最新情報:ヨーロッパで発生したニューヨークでの集団発生が調査で示されている
https://www.nytimes.com/2020/04/08/us/coronavirus-live-updates.html

医療保険制度改革 (アメリカ)(※ いわゆる、「オバマケア」の問題)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E7%99%82%E4%BF%9D%E9%99%BA%E5%88%B6%E5%BA%A6%E6%94%B9%E9%9D%A9_(%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB)

※ こういうことも、アメリカ社会の現実の一断面だ…。そういうものも含んで、大統領選とか、アメリカ政治の動向が、決定されていく…。今回のコロナ禍が、そういうことに、どの程度影響していくのか、いかないのか…、そういう問題も含めて、観察していく必要がある…。

米大統領選、民主バイデン氏指名確実 サンダース氏撤退

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57844850Z00C20A4I00000/ 

※ どうやら、民主党の大統領候補は、バイデン氏に決まったようだ…。

※ 一頃(ひところ)は、20数人もいたからな…。

※ それが、徐々に絞られて行った…。

※ バイデン氏は、当初は、3番手、4番手くらいだった…。それが、3月に入ってから、急激に支持を獲得して行った…。

※ そして、ついに、サンダース氏との一騎打ちとなって行った…。

※ このグラフが典型だ…。2月中は低迷していたのが、3月に入ると、急激に支持が伸びた…。背景は、いろいろ言われているが、サンダース氏の掲げる政策は、あまりに「左翼色」が強すぎて、とても本選ではトランプ氏には勝てない…、というキャンペーンが効を奏したとか、黒人・ヒスパニックの間では、未だに「オバマ(元)大統領支持」の勢力が強いところへ、バイデン氏が「(副大統領として)オバマ元大統領を支え続けた」というアピールが、効を奏した…、などということが言われている…。本当のところは、よく分からない…。

トランプ氏、バイデン氏指名確実「前回の失敗と同じ」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57847590Z00C20A4000000/?n_cid=DSREA001

米民主、バイデン氏軸の挙党体制に火種 カギ握る結束
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57847770Z00C20A4000000/?n_cid=DSREA001

サンダース氏、未完の政治革命 無念の大統領選撤退
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57847900Z00C20A4FF8000/

バーニー・サンダース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9 

 ※ ここには、決して表立っては語られないことが書いてある…。そして、なぜサンダース氏の支持が広がらないのかも、分かることが書いてある…。世の中に流通している情報は、そういう側面がある…。「真実のカケラ」は、自分で探して行くしかないんだ…。

バイデン氏こんな人…国政44年「中道の本命」 失言癖も
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57847860Z00C20A4FF8000/?n_cid=DSREA001

「まともさ」で勝てるのか 米民主・バイデン氏指名へ 分断のトランプ氏と激突「民主主義のかたち」試金石に
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57848330Z00C20A4MM8000/ 

※ いずれ、「アメリカ大統領選」の結果は、世界の動向に大きな影響を与える…。その帰趨には、十分目配りしておく必要がある…。

American democracyの筋金(すじがね)…。

※ こういうものが、American democracy(アメリカの民主主義)の筋金(すじがね)だ…。こうやって、コロナの中、感染のリスクを負いながらも、予備選で投票する…。そうやって、「自分たちの大統領」を選出していく…。まだ、本選ですらないんだぞ…。会場の設定や、管理にまわっている人達も、ボランティアが殆んどだろう…。そういう人達も、感染のリスクを負いながら、仕事に従事している…。

※ 某国は、こういう状況を、よくよく噛みしめた方がいい…。「Democracy is peace loving,but fights in anger.」だ…。

時間速く進むスカイツリー展望台 10億分の4秒、相対性理論実証

https://www.47news.jp/national/science-environment/4691507.html

スカイツリー展望台は「時間が速く進む」…アインシュタインの理論検証
https://www.yomiuri.co.jp/science/20200406-OYT1T50212/

18桁精度の可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功 ~東京スカイツリーで一般相対性理論を検証~ : 物理工学専攻 牛島一朗助教、香取秀俊教授ら
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/soe/press/setnws_202004071401382830455235.html

時計の概念を巻き直す「光格子時計」 正確な時計の先に
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00063.html

時間の遅れ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%AE%E9%81%85%E3%82%8C
『時間の遅れ(じかんのおくれ、英語: time dilation)は、相対性理論が予言する現象である。2人の観察者がいるとき、互いの相対的な速度差により、または重力場に対して異なる状態にあることによって、2人が測定した経過時間に差が出る(時間の進み方が異なる)。

時空の性質の結果として[2]、観測者に対して相対的に動いている時計は、観測者自身の基準系内で静止している時計よりも進み方が遅く観測される。また、観察者よりも強い重力場の影響を受けている時計も、観察者自身の時計より遅く観測される。いずれも静止している観測者や重力源から無限遠方の観測者を基準とするので、時計の進み方が「遅い」と表現される。このような時間の遅れは、片方だけを宇宙飛行に送った1組の原子時計の時間のわずかなずれや、スペースシャトルに搭載された時計が地球上の基準時計よりもわずかに遅いこと、GPS衛星やガリレオ衛星の時計が早く動くようになっていることなどで、実際に確認できる[1][3][4]。時間の遅れは、SF作品において未来への時間旅行の手段を提供するために使われることがある[5]。』
『重力による時間の遅れ
詳細は「en:Gravitational time dilation」を参照
一般相対性理論においては、重力は空間(時空)を歪ませ、時間の進みを変化させる。このため重力ポテンシャルの低い惑星上では、重力ポテンシャルの高い宇宙空間に比べて時間がゆっくり進むことになる。例えば、地球上(正確には、ジオイド表面上)で1秒当たり100億分の7秒遅くなる。

全地球測位システム(GPS)では、GPS衛星が地上へ正確な時間を伝達することで、地球上の正確な位置を測定している。しかし人工衛星は重力源である地球から離れた衛星軌道上を周回し、地上に比して重力ポテンシャルが高い環境にあって、その分地上よりも時間の経過は早い。このため、衛星側の内蔵時計は毎秒100億分の4.45秒だけ遅く進むように調整されている。また、衛星から地上へ電波が伝わる経路も地球の重力場にあり、伝播の時間も影響を受ける。この分も調整して電波が発信される。』

重力時間膨張(※ グーグル翻訳文)
https://en.wikipedia.org/wiki/Gravitational_time_dilation
『重力時間拡張は、一形態である時間拡張、両者の間の経過時間の実際の差イベントによって測定されるように観察者重力から様々な距離に位置するマス。重力ポテンシャルが低いほど(クロックが重力のソースに近いほど)、時間が遅くなり、重力ポテンシャルが増加するにつれてスピードが速くなります(クロックが重力のソースから離れる)。アルバートアインシュタインは当初、この効果を彼の相対性理論で予測しており、その後、一般相対性理論のテストによって確認されています。[1]

これは、高度が異なる(したがって重力ポテンシャルが異なる)原子時計は、最終的には異なる時刻を表示することに注意して実証されました。このような地球に閉じ込められた実験で検出された影響は非常に小さく、差はナノ秒単位で測定されます。数十億年の地球の年齢と比較すると、地球のコアは事実上、地表よりも2.5年若いです。[2]より大きな影響を示すには、地球からの距離を大きくするか、重力源を大きくする必要があります。

重力による時間の遅れは、1907年にアルバートアインシュタインによって最初に記述されました[3]。これは、参照の加速系における特別な相対性の結果です。一般相対性理論、通過の差であると考えられる適切な時間によって記載されるように異なる位置に計量テンソル空間-時間。重力時間の膨張の存在は、1959年にパウンド・レブカ実験によって直接確認されました。』

重力波とその観測
http://granite.phys.s.u-tokyo.ac.jp/ja/?GWHistory

生き残っていく理論が物理となる
https://synodos.jp/newbook/15536 

※ 画像は、上記のサイトからキャプチャした…。

※ 光格子時計関連で、当たった画像はこういうもの…。

※ こういう人がやっている研究だ…。光格子なるものを構築し、そこに「セシウムの原子」を封じ込め、その周期的な振動を計測する…、という感じのもののようだ…。

※ 大体、「重力によって時間の進み方が影響を受ける」とか、「速度によって時間の進み方が影響を受ける」とか言われても、ちんぷんかんぷんだ…。

※ 有名な「アインシュタインの相対性理論」によるものらしいが、その理論自体がちんぷんかんぷんだ…。

※ こういうイラストは、有名で、よく見かける…。ここら辺くらいまでは、「なんか柔らかい網みたいなものに、重量物を乗せると、こういう感じで歪むんだろう…。」というアナロジーで、何となく分かる…。

※ こういう数式を示されてもなあ…。「テンソル」という用語が出てきているが、オレが知っている「テンソル」とは、例のAIで登場する「行列演算」の時に出てくる、「行列」にまとめてかけ算するような「係数」のようなものだ…。それと同じものなんだろうか…。

※ いずれにせよ、「空間」も「時間」も一定・不変のものではなく、「重力によって影響を受けたり」「速度によって影響を受けたり」するもので、しかも、その影響の度合いは、「数式」によって、正確に計算できる…、という話しのようだ…。

※ その計算に従って、スカイツリーの展望台では、「10億分の4秒」速く進むということを、今回実証した…、という話しのようだ…。

新型コロナ、中国7万人の患者分析 致命率高齢で高く 7万人超のデータを分析

『世界中を揺るがせている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で、2月17日、これまでで最大規模となる7万人超の患者の分析データを中国疾病対策予防センター(中国CDC)が発表しました[注1]。新型コロナウイルスの感染が確定した患者の8割は軽症で、致命率(患者数に対する死亡者数の割合)は2.3%、死亡者の多くが60歳以上の患者か、併存疾患(心血管疾患、高血圧、糖尿病など)のある患者でした。』
『中国では、新型コロナウイルス感染症が届け出義務のある感染症に指定されたため、全例が速やかにInfectious Disease Information Systemに報告されており、感染経路の調査も行われています。今回分析対象になった7万2314人の患者のうち、4万4672人(62%)が確定例で、1万6186人(22%)が疑い例、1万567人(15%)が臨床診断例、889人(1.2%)は無症候感染者でした。それぞれの定義は以下の通りです。』

新型コロナによる肺炎 通常の肺炎と何が違うのか

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO56484540W0A300C2000000/  

※ 今までずっと、この「コロナ肺炎」について語るとき、「肺胞」がウイルスにやられてしまう…、というスタンスで説明してきた…。

※ 上記のような画像による、説明だ…。ネットで流通している情報でも、そういうものが多かったからな…。

※ しかし、上記の記事は、ちょっと違っている…。ウイルス性肺炎は、どちらかというと、「間質性肺炎」になることが多い…、特にこの「コロナ肺炎」は、CTスキャンで見ると、「曇りガラス様」の画像が見られるんで、すぐ分かる…、というスタンスで説明している…。

※ それで、「間質性肺炎」とはなんぞや…、という話しだ…。前にも貼っておいたが、肺の実質とは、上記の「肺胞腔」という袋状の空間だ…。ここに呼吸によって吸い込んだ「空気」を送り込んで、この空間で「ガス交換」を行うわけだ…。「袋状」の形態を保っておかないとならないので、周辺をそういう役目の組織が取り囲んで、そういう形態・形状を保持する役目を担っている…。それが「肺胞隔壁」とか、「肺間質」とか言われている組織だ…。そこがやられてしまって、「炎症」状態になるのが、「間質性肺炎」なんだろう…。『肺胞壁やその周辺の「間質」で炎症が起きるもので、悪化すると、肺胞の組織が線維化して硬くなっていく』と説明されているので、まったくの素人の考えだが、最悪、袋がつぶれてしまったりするんだろう…。いずれ、うまく「肺胞腔」を保持しておくことができなくなるんだろう…。

※ 前に、「肺浸潤(※上記記事では、「肺湿潤」という用語が出て来るが、程度の違いなんだろう…)」のところで、「肺胞腔の空間が、液体で満たされると、ガス交換ができなくなる」という説明をしたが、「間質性肺炎」により「肺胞腔の空間」が保持できなくなっても、話しは同じだ…。

※ 病態としては、「肺胞に炎症が発症」する場合も、「間質部分に炎症が発症」する場合もあり、別々に発症する場合ばかりとは、限らない…。両方、いっぺんに発症する場合だって、あり得るわけだ…。

※ また、細菌性肺炎の場合は、肺のどちらか一方に発症するケースが多いが、この「コロナ肺炎」の場合は、両方の肺に発症するケースが多い…、というネット情報も見たぞ…。ウイルスは、喉で「増殖」するケースが多いので、一気に「両方の肺」に送り込まれるケースが多いんだろうな…。前にも言ったが、「ハアハア、深い呼吸をする」のは、禁物だぞ…。「スポーツジムで、トレーニングに励む」、「熱心にジョギングする」「ライブハウスで、大声上げて応援する」「カラオケボックスで、大声で歌う」…。みんな、ウイルスを「肺の奥深くまで、送り込んでいる行為」だ…。平時だったら、ストレス発散に最適な行為だろう…。しかし、こういう状況下においては、「アホウのやること」だぞ…。

『新型コロナウイルスによる肺炎は、当たり前だが、「ウイルス性肺炎」だ。ところが、「健康な人がなる肺炎は、多くの場合、細菌性肺炎です。細菌性のほうが、ウイルス性に比べると、診断や治療がしやすいのです」と大谷さんは話す。

細菌性とウイルス性では、肺の中で炎症が起きる場所が異なる。細菌性肺炎の場合は、肺炎球菌や黄色ブドウ球菌などの細菌が、気道の末端にある「肺胞」という小さな袋の中で増殖し、炎症を起こす。高熱が出て、咳とともに、膿ともいえる黄色や緑色の痰がたくさん出てくる。このように、肺胞の中で炎症が起きる肺炎を、「肺胞性肺炎」という。

一方、ウイルス性肺炎は、今回の新型コロナウイルスのほか、インフルエンザウイルスや、RSウイルス、麻疹ウイルスなどによって、肺胞壁やその周辺の「間質」で炎症が起きるもので、悪化すると、肺胞の組織が線維化して硬くなっていく。このように間質で炎症が起きる肺炎を「間質性肺炎」といい、ウイルス以外には、カビなどのアレルギーが原因でも起きる。』
『「細菌が原因の肺胞性肺炎は、レントゲンなどの画像診断で、濃い影が写ります。これは、肺胞の中に炎症物質が充満しているからで、このような影を『湿潤影』といいます。一方、ウイルスが原因の間質性肺炎は、薄いすりガラス状の影しか出ず、軽症の場合はCT(コンピューター断層撮影)でなければ分からないほど薄い影になることもあります」(大谷さん)

細菌性肺炎では、画像診断で濃い影が出るうえに、黄色や緑色の痰が出るので分かりやすく、また聴診器をあてると、特徴的な音が聞こえるという。一方、ウイルス性肺炎は、画像診断ではぼんやりとした影になり、そもそもケースとして数が少ない。』
『「高齢者は、インフルエンザになったときに肺炎を併発する率が高いのですが、その場合でも、ウイルス性ではなく細菌性であることが多い。つまり、インフルエンザで免疫力が落ちたときに、肺炎球菌などが原因となって、肺炎が起きるわけです。一方、ウイルスが原因の肺炎は、数としてはずっと少ないのです」(大谷さん)
『ここまで、そもそもウイルス性肺炎が、細菌性肺炎に比べて、診断や治療が難しいという話をしてきた。それに加え、新型コロナウイルスが未知のウイルスであるがゆえの難しさもある。

その1つとして、新型コロナウイルスが当初、考えられていたよりも感染力が強いことが挙げられる。1人の感染者から何人に感染するかを示す「基本再生産数」は、新型コロナウイルスの場合、WHO(世界保健機関)が暫定的に出した値は1.4~2.5だが、ほかの機関はそれよりも大きく見積もっているところが多い。なお、基本再生産数は、季節性インフルエンザが1.3程度、SARS(重症急性呼吸器症候群)で2~4だ。

「感染力が強いのは、無症状の感染者からもウイルスが排出されていることと関係しているかもしれません[注2]。また、ウイルスの生存期間が比較的長いことを示唆する報告もあります[注3]」(大谷さん)』

細菌性肺炎が疑われる場合、抗菌薬(抗生物質)を投与すれば、症状が良くなることが多い。複数の菌に対して効く抗菌薬もある。一方で、ウイルス性肺炎の場合、その原因となっているウイルスを退治する抗ウイルス薬があればいいのだが、そもそもインフルエンザウイルスなど一部のウイルスしか治療薬がないのが現実だ。ご存じのように、新型コロナウイルスもまだ治療薬が作られていない。』
『そして、新型コロナウイルスには、インフルエンザウイルスにあるような治療薬やワクチンはまだない(治療は基本的に対処療法のみ)。また、連日報道されているように、検査体制が整っておらず、簡易検査キットもまだできていない。これが多くの人を不安にさせている大きな要因になっている。

だが、検査や治療薬については、明るい話題もある。ウイルスを特定するための「PCR検査」が、これまでは1日に限られた件数しかできず、医師が保健所に要請しても断られるケースがあったが、3月6日より保険適用されるようになり、この問題は解消される可能性が出てきたのだ。』
『また、治療薬については、新しい薬を開発するのには1年以上の時間がかかるものの、一方で「既存の薬を適応外使用することが検討されています。新型コロナウイルス感染症にも効果が出る可能性があります」と大谷さん。

WHOでは、ロピナビルやリトナビルといった抗HIV薬や、抗ウイルス薬のレムデシビルの試験を始めており、3月半ばには結果が出るとしている。日本でも、新型インフルエンザ薬「アビガン」(一般名ファビピラビル)などの試験を始めた。これらが新型コロナウイルス感染症の治療薬として使えるようになるかもしれないのだ。』

「トリアージ」とは、こういうもの…。

 ※ 兵頭二十八氏のサイトに、上がっていた情報だ( https://st2019.site/?p=13996 )
 そこで紹介されていた( https://www.realclearscience.com/2020/04/06/the_impossible_ethics_of_pandemic_triage_290138.html )…。

 全文と、翻訳ソフトの訳文を、貼っておく…。

The Impossible Ethics of Pandemic Triage
Is there a formula for deciding which patients doctors try to save?
Aaron Kheriaty

If help does not arrive quickly, several hospitals in New York will soon run out of ventilators. Doctors at these hospitals will then face anguishing choices — if the word “choice” is even applicable when every available option is an awful one.

Imagine that Mr. Jones was intubated yesterday in an NYC hospital. He is not imminently dying, though his chances of surviving Covid-19 are uncertain. Mrs. Smith, another Covid-19 case, now requires intubation in the same hospital’s emergency room. She is twenty years younger than Jones, and without his diabetes and hypertension, so her prognosis for recovery is better. But yesterday Jones took the last ventilator in the ICU. If we leave Mr. Jones on the vent, Mrs. Smith will die. If we take Jones off the vent to give it to Smith, then he will die.

If we choose the younger, healthier Mrs. Smith over the older, sicker Mr. Jones, this might appear to be age discrimination. On the other hand, the coronavirus itself engages in age discrimination, killing those over 70 at a much higher rate — so age itself appears to be a medically relevant prognostic factor in many cases.

Most physicians are not trained as wartime medics. We have never before faced these battlefield triage decisions. And with the coronavirus pandemic, there are additional ethical complications. That NYC hospital is also running out of N95 masks and proper gowns to protect staff from infection. Health care workers certainly have a duty to care for the sick. Just as firefighters run into burning buildings while others run away, so also we treat contagious patients while others are socially distancing.

But just as firefighters never signed up to run into burning buildings in their boxer shorts, so also doctors and nurses did not sign up to treat infectious diseases without basic personal protective equipment — gowns, gloves, and masks that cost pennies apiece yet somehow are in short supply. When this PPE is gone, and doctors lack even the most basic barriers against infection, should the 70-year-old physician have to stay in the game? What about the 28-year-old pregnant medical resident who has an elderly immunocompromised grandfather living at home?

Suppose during this crisis we stretch the duty to treat contagious patients to heroic proportions. This is part of the physician’s job, so it is all hands on deck. After a few weeks of this strategy, and before more N95 masks arrive, half of the emergency and ICU physicians in this NYC hospital are home sick with the cursed virus, and one of the hospital’s docs is sick enough to need — guess what? — a ventilator. So this doctor returns to her hospital as a patient.

Should we then pull Mrs. Jones off the ventilator and offer it to the infected physician, who after all acquired Covid-19 while on the front lines heroically risking her own health to care for patients? If we are not convinced by the argument from reciprocity (that she deserves some reward for these efforts), what about the “multiplier effect”? If our central ethical principle under crisis conditions is to save as many lives as possible, it seems plausible that saving this ICU physician — if she recovers and returns to the fray — could help save the lives of more patients. Doctors are in short supply and cannot be easily replaced.

Okay, fine — perhaps we can prioritize doctors, all other things being equal in terms of prognosis. But many other workers are also critical to the pandemic response. Perhaps we can “replace” food service workers and janitors — as distasteful as it is to put it in those terms and think of our fellow human beings in that way — but what about the lead scientist on a project to develop a coronavirus vaccine? Or the police chief of New York? Or any police officer or firefighter, for that matter? What about a priority nudge for pregnant patients on the basis of this same multiplier effect? How should we draw the line around this category of “critical workers” or others who can get a bump up the triage list?

Draw the line too broadly, encompassing anyone still working during the crisis, and such priority quickly becomes meaningless. Draw it too narrowly and you exclude others who are also essential. In any case, if we consider some to be indispensable in this hour, does this not imply that others — the artists and poets, the homeless and unemployed — are dispensable? How will such practices shape our attitudes and impact social solidarity once the virus is gone and the dust has settled?

Suppose we attempt to resolve these puzzles by sticking only to objective clinical criteria: no special priority for anyone, no triage categories that are not directly related to prognosis. We do our best to predict which patients will have the best short-term survival outcomes, give them first priority on scarce resources like ventilators, and save as many people as possible. This seems sensible enough, until we realize that those Covid-19 patients with the best prognosis are typically the ones without medical conditions like diabetes, hypertension, and cardiac disease. But these people are often healthier because they eat healthy food (which is more expensive than McDonald’s), work out at fancy gyms (also expensive), and have access to good medical care (very expensive).

So a triage system that appears at first glance to be fair and medically objective turns out to have the potential for exacerbating social inequalities. The populations that were most vulnerable before a disaster are likely to be among the most vulnerable during a disaster. On the other hand, our mandate is to save as many lives as possible, not to right all wrongs. If devising a medically fair pandemic triage system is frightfully hard, devising a socially fair system seems impossible.

Triage scenarios are not hypothetical fantasies: they are happening in Italy and they are on the verge of happening here. Even as we hope and pray for the best, we have to plan for the worst — and prepare for it quickly.

For the past several weeks, these and a thousand other bewildering questions have been keeping my colleagues and me awake at night. After working on these issues round the clock with colleagues at my hospital who specialize in ethics, critical care, anesthesiology, emergency medicine, and nursing, I recently joined a task force to devise a pandemic triage protocol for all hospitals in the University of California system. These are some of the most remarkable people I know, and most have skin in the game as physicians on the front lines.

UC hospitals are well prepared for a large coronavirus surge, but many of California’s smaller private and community hospitals may not be so fortunate. These times call for the sharing of resources between hospitals, for transfers of care, for institutional solidarity. Our hospitals’ resources belong not to us, but to the citizens of California, and even to those beyond our state borders.

We are not starting from scratch or reinventing the wheel in our deliberations. Many thoughtful ethicists and dedicated clinicians have examined these questions in the bioethics research literature. And several states have published guidelines on these thorny questions, often with input from citizens. Yet most of this background work was done when these questions were hypothetical, while the guidelines we are producing now may soon be deployed on the ground.

In the few moments when we slow down, we occasionally think about the opportunistic lawyers and prosecutors who will later go after doctors no matter what choices we make. This is not to mention the Monday morning quarterbacks who will second-guess these choices with the benefit of hindsight, limitless time, and much more retrospective data. Well, fine — let armies of graduate students earn their Ph.D.’s in the coming years by telling us what we could have done better.

Honestly, most of the time we just worry about our patients. We picture the droves of sick people, barely able to breathe, who will arrive any day now at our hospital doors in ever expanding numbers. We wonder how we will explain our decision to an anguished daughter when we have to look her in the eye and say, “We are sorry, your father will not be placed on a ventilator but will be transitioned to comfort care only.” How will we explain this when a month ago he would have received treatment without question, and might have recovered?

None of this makes sense and none of us thought we would ever be in this position. Yet here we are.

We have deliberated about duty, justice, equality, fairness, transparency. These principles can never be abandoned even in a crisis. Yet something lingers always in the background of our efforts. There is an inescapably tragic undercurrent to all of this, however upright our intentions. This one unsettling fact always remains to haunt us: If hospitals exceed their surge capacity, patients who otherwise would have lived will die. Lives will be lost simply because we lacked the resources to offer everyone the basics of modern medicine.

T. S. Eliot saw the limits of our ability to rectify all wrongs and balance the scales of justice when he wrote, “For us, there is only the trying. The rest is not our business.” My colleagues and I, like so many others in these strange times, are trying our best. But controlling and managing this pandemic is beyond our abilities, indeed, beyond anyone’s abilities. In the absence of a God’s-eye view, in the absence of unlimited resources, in the absence of a crystal ball that can perfectly prognosticate outcomes, physicians are left to humbly do whatever we can — even as we know that this will not be enough. For us there is only the trying. The rest is marked by tragedy.

Aaron Kheriaty, M.D., is an associate professor of psychiatry and human behavior, and director of the Medical Ethics Program, at the University of California Irvine School of Medicine.

(※ 翻訳ソフトの訳文)
『世界的大流行トリアージの不可能な倫理
医者がどの患者を救おうとするか決める公式がありますか?
アーロン Kheriaty

もし救援が速く到着しないなら、ニューヨークのいくつかの病院がまもなく人工呼吸器を使い果たすでしょう。 これらの病院の医者はそれから苦悶に満ちた選択に直面するでしょう - もし、すべての利用可能なオプションがひどいものであるとき、単語「選択」がさらに適用可能であるなら。

ジョーンズ氏がNYC病院で昨日挿管された(※人工呼吸器を使うため、管を気道に通すこと)と想像してください。 Covid – 19を生き残る彼のチャンスが不確実であるけれども、彼は今にも死んでいません。 スミス夫人、もう1つの Covid – 19のケース、は同じ病院の緊急治療室で今挿管を必要とします。 彼女はジョーンズより20年年下で、そして彼の糖尿病と高血圧がありません、それで回復のための彼女の予後診断はもっと良いです。 けれども昨日ジョーンズはICUで最後の人工呼吸器をとりました。 もし我々が人工呼吸器の上にジョーンズ氏を置き残すなら、スミス夫人は死ぬでしょう。 もし我々がスミスにそれを与えるために人工呼吸器からジョーンズを外すなら、彼は死ぬでしょう。
もし我々がもっと年がいった、いっそう病気のジョーンズ氏よりいっそう若い、より健康なスミス夫人を選ぶなら、これは年齢差別であるように思われるかもしれません。 他方、コロナウイルス自身は、ずっとより高いレートでそれらの70以上を死なせて、年齢差別に携わります - 年齢自身が多くの場合医学的に適切な前兆となる要因であるように思われるように。

たいていの医者が戦時医療者として養成されません。 我々はかつて一度もこれらの戦場トリアージ決定に直面しませんでした。 そしてコロナウイルス世界的大流行で、追加の倫理上の複雑な問題があります。 そのNYC病院はスタッフを感染から守るために同じく N95 マスクと適切なガウンを使い果たしています。 健康介護福祉士が確かに病気の人たちの世話をする義務を持っています。 他の人たちが逃走する間に、消防士が燃えている建物の中に走るのとちょうど同じように、それほど同じく、他のものが社会的に距離を置いている間に、我々は伝染しやすい患者を治療します。

しかし決して彼らのボクサーパンツで燃えている建物の中に走るよう加入させられたことがない消防士、それほど同じく医者と看護師が基本的な個人の保護の装置なしで伝染病を治療するために登録しなかったのとちょうど同じように - それぞれそれでもなお、何らかの理由でそれほど高価なものではないガウン、グラブとマスクは不足しています。 この PPE (個人用防護具)がなくなり、そして医者が感染に対しての最も基本的な障壁にさえ欠けるとき、70歳の医者はゲームに滞まらなければならないべきですか? 年配の免疫性欠陥の祖父が家に住んでいるようにする28歳の妊娠している研修医はどうですか?

この問題の間に我々が伝染しやすい患者を英雄の大きさで治療する義務を誇張すると考えてください。 これは医者の仕事の一部です、それでそれはここに集結した全員です。 この戦略の数週間の後に、そしてもっと多くの N95 マスクが到着する前に、このNYC病院での緊急事態とICU医者の半分がのろわれたウイルスによって、家で病気状態です、そして病院のドクターの1人があるものを必要とするのに十分病気です - 何だとおもいますか- 人工呼吸器です. そういうことで、この医者は患者として彼女の病院に戻ります。

我々は人工呼吸器からジョーンズ夫人を引っ張って、そして、患者の世話に前線に勇ましく彼女自身の健康の危険を冒している間に、結局のところ Covid – 19を獲得した感染している医者にそれを提供するべきですか? もし我々が相互関係から(彼女がこれらの努力に対する若干の報酬に値するとは)議論によって納得させられないなら、「相乗効果」はどうですか? もし問題状態の下の我々の中心的な倫理上の原則ができる限り多くの生命を救うなら、それはまことしやかに思われるそのこのICU医者を救うこと - もし彼女が回復して、そして争いに戻るなら - もっと多くの患者の命を救うのを手伝うことができる. 医者は不足していて、そして容易に取って代わられることができません。

いいでしょう - 多分我々は予後診断に関して、すべて、他のことが同じとして医者に優先順位を付けることができます。 けれども多くの他の労働者が世界的大流行反応に同じく危機的状態です。 多分我々はフードサービス労働者と管理人に「取って代わる」ことができます - それらの任期にそれを入れて、そしてそのようにして我々の仲間の人間について考えることがそうであるのと同じぐらい不快です - しかしコロナウイルスワクチンを開発するプロジェクトで主任科学者についてはどうですか ? あるいはニューヨークの警察本部長? あるいはどんな警官あるいは消防士でも、そのことについて、どうですか? この同じ相乗効果をベースにして妊娠している患者のためのプライオリティの厄介な決定はどうですか? 我々はどのようにトリアージリストを上にのぼって決定を得ることができる「極限のワーカー」あるいは他の人たちのこのカテゴリーの周りにラインを引くべきですか?

問題の間にまだ働いている誰でも取り囲んで、あまりにも概括的に一線を画したとします、そうすればこのようなプライオリティがとたんに無意味になります。 あまりにも狭くそれを描いたとします、そうすればあなたは同じく不可欠な他の人たちを除外します。 いずれにしても、もし我々が誰かをがこの時に不可欠であると考えるなら、これは他の人たち - 芸術家と詩人、ホームレスと失業者 - がなくて済むことを意味しませんか? ウイルスがなくなり、そしてほこりがおさまった途端に、このような慣習はどのように我々の態度を具体化して、そして社会の団結に影響を与えるでしょうか?

我々が、客観的な病院の基準にだけこつこつ取り組むことによって、これらのパズルを解決しようと試みると考えてください:誰のための特別なプライオリティも、直接予後診断と関係がないトリアージカテゴリーはなしです。 我々はどの患者が最も良い短期の生き残り結果を持っているであろうか予測して、人工呼吸器のような希少資源の上に彼らに最優先事項を与えて、そしてできる限り多くの人々を救うために最善を尽くします。 我々が最も良い予後診断を持ったそれらの Covid – 19患者が典型的に糖尿病、高血圧と心臓病のような健康状態がない人であることを悟るまで、これは十分に思慮があるように思われます。 けれども、彼らが(マクドナルドよりいっそう高価である)ヘルシーな食物を食べて、(同じく高価な)おしゃれなジムで運動をして、そして良い診療(非常に高価)へのアクセスを持っているから、これらの人々はしばしばより健康です。

それで、社会の不平等を悪化させることに対して、一見して妥当で、そして医学的に客観的であるように思われるトリアージシステムが将来性を持っていることが分かります。 大惨事の前に最も弱者であった住民は大惨事の間に最も脆弱なものの中にいる可能性が高いです。 他方、我々の命令はできる限り多くの生活を救って、すべての誤りを改善しないはずです。 もし医学的に公正な世界的大流行トリアージシステムを考案することが恐ろしく難しいなら、社会的に公正なシステムを考案することは不可能に思われます。

トリアージのシナリオが仮説の空想ではありません:それらはイタリアで起きています、そしてそれらはここで起きる間際です。 我々が最も良いものを望んで、そして祈るけれども、我々は最も悪いものに備えて計画を立てて - そして速くそれのために準備しなければなりません。

これまでの数週間、これらと千の他の当惑させる質問は夜(今まで)私の同僚と私を目が覚めている状態に保っていました。 倫理学、救命医療、麻酔学、緊急医療と看護を専門に扱う私の病院の同僚と一緒に24時間ぶっ通しでこれらの問題に取り組んだ後で、私はカリフォルニア大学システムですべての病院のための世界的大流行トリアージプロトコルを考案するために最近特別委員会に加入しました。 これらは私が知っている最も注目に値する人々の若干です、そして大部分が前線で医者として治療体験で皮膚感覚を持っています。

UC 病院はうまく大きいコロナウイルス大攻勢に対して準備させられます、しかしカリフォルニアのより小さい私立の、そして共同体の病院の多くがそれほど幸運ではないかもしれません。 これらの時間は、監護の移転のために、制度上の団結のために、病院の間にリソースを共有することを要求します。 我々の病院のリソースは我々にではなく、カリフォルニアの市民と我々の州の境界を越える人たちさえのものです。

我々はゼロから始めなくて、あるいは我々の審議で車輪を再発明しています。 多くの思いやりがある倫理学者と献身的な臨床医がバイオ倫理学研究文献でこれらの質問を調べました。 そしていくつかの州が市民からしばしば聞き取って、これらの困難な問題のガイドラインを発表しました。 それでも、これらの質問が仮説的であったとき、この背景の仕事の大部分がされました、他方我々が今作成しているガイドラインはまもなく地上に機能させられるかもしれません。

我々が速度を落とす数瞬間で、我々は時折便宜主義の弁護士と、我々が何の選択をするかにかかわらず、後に医者の後について行くであろう検察官について考えます。 これはあと知恵の特典、無制限の時間とずっと回顧的なデータでこれらの選択を後知恵で批判するであろうマンデーモーニング・クォーターバック(※試合後に、外野からとやかく批判するやからのことだろう)に言及しないはずです。 まあ、良いでしょう- 大学院生の軍に我々に我々がもっと良くすることができたはずであることを話すことによって、今後数年の間に彼らのPh.D. の資格を得させてください。正直に言って、ほとんどいつも我々はただ我々の患者について心配します。 我々は絶えず増加する数でどんな日でも今我々の病院ドアに到着するであろうかろうじて呼吸することが可能である病気の人々の群れを描写します。 我々が彼女の目をじっと見て、そして「我々はすまなく思っています、あなたの父親は人工呼吸器の上に置かれないでしょう。しかし移行されるでしょう、快適さがそれ以外の何ものでもなく気にかけます。」と、言わなければならないとき、我々は我々がどのように悩んでいる娘に我々の決断を説明するであろうかと思います。 我々は、1カ月前に彼が疑いなく治療を受けたでしょう、そして回復したかもしれないとき、どのようにこれを説明するでしょうか?

これは少しも意味をなしません、そして我々のいずれも我々がいつかこの立場にいるであろうと思いませんでした。 それでもここで我々はそうです。

我々は職務、公正、同一性、公正、透明度について熟考しました。 これらの信条は決して問題でさえ断念されることができません。 それでも何かが常に我々の努力の背景で長くとどまります。 どんなに我々の意図が正直であるとしても、これのすべてに避けられないほど悲劇的な底流があります。 この1つの気に触る事実は常に我々につきまといなければなりません:もし病院が彼らの大攻勢能力を超えるなら、さもなければ生きたであろう患者が死ぬでしょう。 ただ我々が皆に現代医療の基本を提供する資質に欠けたというだけの理由で、生命が失われるでしょう。

T. S. エリオットはすべての誤りを改正して、そして、彼が書いたとき、公正のスケールのバランスをとる我々の能力の制限を見ました、「我々のために、ただ試みることだけがあります。 残りは我々の関知するところではありません。」 私の同僚と私は、それほど多くの他のもののようにこれらの奇妙な時に、最善を試みています。 けれどもこの世界的大流行をコントロールして、そして処理することは、本当に、誰の能力でも越えて我々の能力を越えてあります。 神の見通す眼がないときには、無制限のリソース、完全に結果を予言することができる水晶球がないときには、医者が謙虚に我々がそうすることができることは何でもすることを委ねられます - 我々がこれが十分ではないであろうことを知っているけれども。 我々のためにただ試みることだけがあります。 残りは悲劇によって特徴づけられます。

アーロン Kheriaty 、M.D. 、は医学倫理プログラムの、カリフォルニア大学アーバイン医学部の精神医学と人間の行動と部長の準教授です。』