緊急事態宣言延長へ 政府調整、全国対象に1カ月程度

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58626910Z20C20A4MM8000/

時限措置の酒販免許に飲食店殺到 1万1400店
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58553600X20C20A4I00000/

外出自粛・巣ごもりで飲酒量増加 依存症悪化の懸念も
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58568170Y0A420C2CE0000/

外出自粛、深酒に注意 自宅飲み流行、終電もなし―専門家・新型コロナ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042800710&g=soc

【新型コロナ】外出自粛で「家飲み」需要拡大 業務用に大打撃、「ストロング系」が救世主?
https://newswitch.jp/p/21794

※ アルコール依存には、くれぐれも気をつけよう…。

「巣ごもり需要」もゲーム企業の利益につながらず プレー時間と支出は別
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200429/mcb2004290700001-n1.htm

【巣ごもり消費】新型コロナウイルスの外出自粛に対応した店頭施策アイデア集
http://www.popalpha.co.jp/blog/post/hiragay/sugomori

「巣ごもり消費」の7つのタイプ、需要が高まる商品・サービスとは
https://www.advertimes.com/20200424/article313154/

外出自粛で生活者の行動はどう変わった? データに見る巣ごもり実態 – Intage 知る Gallery
https://www.intage.co.jp/gallery/sugomori/

※ 問題がある場合には、Word Press.comの方に連絡して下さい。

金正恩氏の「次」は誰? 妹か、スパイのリーダーか…。

情報機関の見方も割れる「金正恩重病説」の読み方
http://topics.smt.docomo.ne.jp/article/jbpress/world/jbpress-60265?page=1
※ 『結論として言えることは、北朝鮮のいかなる状況にも対応できるように準備しておかなければならい。その一点だけ、ということになるだろう。』

金正恩氏の叔父が後継候補に急浮上か、与正氏では持続不可能と専門家
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-04-30/Q9K617T1UM1C01?srnd=cojp-v2

金正恩氏の「次」は誰? 妹か、スパイのリーダーか、それとも…
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-52466788
 ※ 金一族以外の「ナンバー・ツー」「実権を握っているとみられる人脈」の観点から斬っているので、見といた方がいい…。
 オレが知っていたのは、崔竜海(チェ・リョンヘ)氏、金英哲(キム・ヨンチョル)氏くらいのものだ…。

金才龍(キム・ジェリョン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%89%8D%E9%BE%8D
 ※ この人は、前にも調べたことがあった…。あまり、情報が流通していない…。画像も、出回っていない…。

金平一(※平日と書かれることもある)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B9%B3%E4%B8%80

人は人 自分は自分…。

他人と自分を比較しない 嫉妬を捨てよう
学び×コロナ時代の仕事論(3)一橋大学教授の楠木建さん
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58437810U0A420C2I00001/

※ 引き続き、この人の仕事論の第三弾だ…。最終回のようだな…。

『幼児性の中身には以下の3つがある。1つ目は世の中に対する基本的な認識というか構えの問題だ。子どもは身の回りのことがすべて自分の思い通りになるという前提で生きている。物事は自分の思い通りになるべきであって、思い通りにならないことは「間違っている」。これが子どもの世界認識だ。

仕事においては「世の中は自分の思い通りにならない」という前提が大切だと心得ている。これだけ多くの人間が、それぞれ違う好みとか目的をもって利害のあるなかで生きている。そういう世の中で自分の思い通りになることなど、ほとんどない。そういう前提で生きていれば、思い通りにならなくてもいちいちイラッとすることもない。』


『本来は独立した個人の「好き嫌い」の問題を手前勝手に「良しあし」にすり替えてわあわあ言う。これが幼児性の2つ目だ。誰かが「オレは天丼が好きだ」と言うのをカツ丼好きが聞いたとしても、あまりイラッとしない。イラッとするのは、「カツ丼のほうが天丼よりよい」「カツ丼のほうが正しい」と思っているヘンな人だけだ。

本当は「好き嫌い」にすぎないことを勝手に良しあしの問題に翻訳する。だから妙な批判をしたり意見を言いたくなったりする。

悪い意味での「意識高い系」にもそうした人が多い。口では「多様性が大切!」とか言いつつ、ちょっと考えが合わない人にすぐにイラッとする。世の中は文字通り多種多様な考え方の人々が集まって構成されているのに、そこに考えが及ばない。「意識の高い(大人の)子ども」ほど厄介なものはない。』


『このことと関連して第3に、大人の子どもは他人のことに関心を持ちすぎる。なぜそうなるかといえば、本当にその人に関心があるというより、自分のなかに何かの不満や不足感があって、その埋め合わせという面が大きいのではないか。自分の仕事や生活に鬱憤や鬱屈がある人は他人の欠点や問題、もっといえば「不幸」を見て刹那的な心の安らぎを得るというか、鬱憤晴らしをするところがある。ようするに「他人の不幸は蜜の味」、ここに幼児性の最たるものがある。』


『「出る杭(くい)は打たれる」。世の中そういうこともある。これはこれでうすらさびしい言葉だが、それ以上に嫌なのが「出すぎた杭は打たれない」というフレーズだ。「うまいこと」を言っているつもりなのだが、ますますセコい話に聞こえる。この比喩から浮かび上がる光景をイメージしてほしい。

杭が横一線にずらずらと並んでいる。色も形もすべて同じ。マットな暗い茶色の杭が黙って並んでいる。多少引っ込んでようが出ていようが出すぎていようが、傍から見れば一介の杭であることには変わりない。出すぎたら打たれないかもしれないが、しょせんワン・オブ・ザ・杭ズである。

出るとか出すぎるというのは、つまるところ周囲と比較しての差分を問題にしている。ある物差しを当てて、その上で人の能力なり成果を認識する。平均値や周囲の誰かとの差をもって優劣を競う。こういうアプローチを取る限り、ロクな仕事はできない。』


『人と比較してばかりの人は嫉妬――おそらくもっとも醜く、非生産的で、意味のない人間感情――にさいなまれる。子どもがやたらと「イラっとする」のも、つまるところ嫉妬であることが少なくない。
嫉妬が生まれる条件は「比較可能性」にある。自分も知らない国で生活しているような外国人や歴史上の偉大な人物など、時空間で遠く離れた人には嫉妬しない。シーザーや始皇帝や織田信長や聖徳太子に嫉妬して歯ぎしりしているような人はまずいないだろう。そもそも自分との比較の対象になりえないからだ。』
『面白いことに、嫉妬に駆られている人は対象となる人物の良いところ、恵まれているところしか見ていない。一見大変な魅力と能力で成功しているように見える人でも、その人の仕事や生活の総体――それは外から見ているだけでは決して分からない――を知れば、わりと不運や不幸に苦しんでいるものだ。

しかし、彼らに嫉妬する人にはそういう負の面は見えない。ま、中には何の苦労も矛盾も葛藤もない人もいるだろうが、それはこの際おいておく。いずれにせよ、人はそれぞれ自分の価値基準で生きている。人は人、自分は自分。ほとんどの場合、比較には意味がない。自分と反対の考えの人がいてもイラッとせず、「そういう人もいるのか。世の中は面白いねえ……」と受け止めたい。』


『仕事ができる人ほど、出来合いの物差しで他人と自分を比較しない。人と比べてあれができる、これができると言っているうちはまだまだだ。本当にスゴイ人は他人との差分で威張らない。余人をもって代えがたい。ここまでいってはじめて本当のプロといえる。』
『ただし、全方位的にスゴイ人などこの世の中に存在しない。「この人にはかなわない……」と思わせる人でも、ある分野において余人をもって代えがたいのであって、すべてについて同様にスゴイわけではない。「全面的に余人をもって代えがたい」となると、もはや超人だ。レオナルド・ダ・ヴィンチぐらいしか思いつかない。』


『ある分野で圧倒的な能力を持つ人でも、別の分野になると意外なほどヌケているというのが面白い。あることは得意中の得意なのに、別のことになるとからっきしダメになる。

考えてみればこれは当たり前の話で、強みと弱みはコインの両面なのである。何かについて不得手であるということが、そのまま別の何かについて得手である理由になっている。ここが人間のコクのあるところだ。だとしたら、「弱みを克服して、強みを伸ばす」というのは虫が良すぎる話だ。その人の最大の強みは最大の弱みと隣り合わせになってはじめて存在する。両者は切っても切れない関係で結びついている。下手に弱みを克服しようとすると、せっかくの強みまで矯めてしまうことになりかねない。』


『「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)というのは名言に違いないが、裏を返せば「みんなちがって、みんなダメ」。余人をもって代えがたいほどスゴイ人ほど、自分のダメなところ、弱いところを自覚している。自分の強みはあくまでも条件つきの強みであり、全面的に優れているわけでは決してないことをよくわきまえている。だから他者にも威張らない。自分を抑制して威張らないのではない。そもそも威張る理由がない、威張る気にならないのである。』

『自分一人ですべてに秀でる必要はない。世の中にはいろいろな得手不得手の人がいる。そうした人々の相互補完的な関係が仕事を成り立たせている。それが社会の良いところだ。他人を気にせず、自分と比べず、いいときも悪いときも自らの仕事と生活にきちんと向き合う。それが大人というものだ。

=おわり

(この連載はデジタル政策エディター 八十島綾平が担当しました)

グラフィックス 佐藤綾香』

「免疫のしくみ」について…。

【解説】 新型ウイルスには2度感染する? 免疫についていま分かっていること
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-52451012

 ※ 今まで、このコロナウイルスの問題を考える時、「免疫」とか「免役体制」とか、あまり詳しく説明もせずに、使ってきた…。それほど厳密にしなくても、何となく「ウイルスや病原体に対抗する、身体の仕組み…」というような理解で十分だと思ったからだ…。
 しかし、上記のような記事や、PCR検査の話し、最近では「抗体検査」の話し…なんかを、ある程度「分かる」ためには、ある程度は「免疫」という身体の仕組みについて、理解しておいた方がいい…、と考えるようになった…。
 それで、少し調べた…。
 以下の記事が、「一般の方向け」ということで、分かりやすく、まとまっている感じだったので、紹介しておく…。

一般向け記事1 | 河本宏研究室 京都大学再生医科学研究所
一般の方向け記事:免疫のしくみを学ぼう!
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_001.html

1.自然免疫と獲得免疫ってそれぞれ何をしてるの?
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_001.html

2.免疫のしくみの4つの特徴とは?
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_002.html

3.どうやって異物を見分けているの?特異性のしくみ
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_003.html

4.どうして出会ったことのない病原体とも戦えるの?ー多様性ができるしくみ
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_004.html

5.どうして自分の身体は攻撃しないの?ー自己寛容になるしくみ
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_005.html

6.どうして感染症には2度かからないの?ー免疫記憶のしくみ
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_006.html

7.抗原の情報はどうやってT細胞からB細胞へ伝わるの?
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_007.html

8.免疫細胞はどこで、どんな細胞からつくられるの?
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_008.html

9.T細胞はどこでどのようにつくられるの?
http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp/public/public_009.html

 キャプチャは、上記のサイトから行った…。

※ ここが、けっこう重要なところだな…。「感染細胞」が死んだその後で、病原体そのものやその破片を免疫系が取り込んで、その「情報」が、「ヘルパーT細胞」や「キラーT細胞」に伝えられるんだな…。その情報をもとにして、「抗体」が作られたり、本来は攻撃命令が出ないはずの感染した自己の細胞への攻撃命令が出されるわけだ…。

※ ここも、重要なところだろう…。「病原体の死骸」や「その破片」からの情報によって、その「情報」をもとにした、「レセプター」を「遺伝子再構成」によって作り出す…、ということだろう…。それで、多種多様な「病原体に応じたレセプター」を作り出すことができる…、ということなんだろう…。

※ ありゃりゃ…。違ったようだ…。レセプターを作る仕組みは、行き当たりばったり(ランダムに)作るようだ…。そして、作った後で「危険な有害なT細胞」を取り除く仕組みが備わっているんだ…。まあ、のんきに「情報に従って作る」というのでは、「急場の緊急事態」には、間に合わないわけだからな…。ドンドコ作って、後から「危険細胞」を除外して(死亡させて)いくわけだ…。

※ 一般的には、こう「解析」されている…。しかし、今回の「新型コロナ」が、この「一般的な図式」に、キチンと当てはまるのかどうか…。ウイルスの専門家(ウイルス学者)の間でも、まだ「結論は、出ていない。」ということなんだろう…。

※ いやあ、「興味しんしん」ですぞ…。解説、よろしくお願いします…。

※ 文にダブりがあるようだが、細かいことはどうでもいい…。それより、「異物の攻撃部隊」である「樹状細胞」「ヘルパーT細胞」「B細胞」のそれぞれが、普段は「おとなしく、何もしない存在」であるのに、「病原体を食べて」分解したことをキッカケに、お互いにその「カケラ」を見せ合って、「活性化」して、「攻撃部隊」の本領を発揮していく仕組みが巧妙だ…。特に、B細胞においては細胞の外にそのカケラをくっつけて、ヘルパーT細胞に「見せる」という仕組みは、巧妙だ…。それぞれの「部隊」が連動して働き、それぞれ食べた(分解した)抗原のカケラを介在して、「スイッチが入って(活性化して)」いくわけだな…。

「マスクの転売はもう遅いかも。」

https://ameblo.jp/bangkokoyaji/entry-12593033153.html

『あとは値崩れ、投げ売りを待つだけですね。
1箱50枚が400円を切らないと駄目だって、判ってきたみたい。
日本製なら、2500円でも良いみたいだけど。』

※ こういうものにまで、「偽(ニセ)」があるのか…。ヤレヤレだ…。

「北極圏」の情勢…。

ロシア空挺部隊が北極圏降下訓練 領有権争い視野に、実効支配狙い
https://www.47news.jp/world/4757498.html

露空挺部隊、北極圏に降下 実効支配強化狙い訓練
https://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/200427/wor20042700210001-n1.html
『ロシアは自国の天然ガス埋蔵量の8割が北極圏にあり、石油や貴金属なども豊富だと見込んで開発を急いでいる。(共同)』

ゼムリャ・アレクサンドラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%83%A3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9

バレンツ海
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%84%E6%B5%B7

北極海
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%A5%B5%E6%B5%B7

※ 画像は、上記のサイトからキャプチャした…。

北極のガバナンスと日本の外交戦略
http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H24_Arctic/09-arctic_governance.pdf

『北極の法的地位は、今日まで未決定であり続けてきた。氷により凍結された状況下ではまさに法的地位を未決のまま凍結状態にしておいても大きな問題はなかったものの、「氷解」とともに様々な活動が実施される状況においては、未決の状態の継続では秩序は維持きず混乱が生じてしまう。
北極の法的地位は、そもそも誰が(どのフォーラムにおいて)決定すべきなのであろうか。また、どのような内容のルールとすべきなのであろうか。
前者に関しては、主たるオプションとしては、①北極沿岸国(北極地域に領土を有する国家である米国、カナダ、ロシア、デンマーク、ノルウェーの 5 カ国)による決定、②北極評議会による決定、③北極利害関係国(北極航路を航行する船舶の旗国や当該船舶の所有企業の本国、北極資源開発に関与する国家等)による決定、④国連総会による決定、が考えられる。
後者に関しては、国連海洋法条約のルールを適用するという考え方と新たな北極条約を作成するという考え方が対峙し、例えば、鉱物資源については、a.国連海洋法条約に基づき大陸棚境界画定を行うという考え方と、b.北極海を「人類の共同遺産」(common heritageof mankind)とするという考え方が両極に位置し、その中間に様々なオプションが考えられる。
この 2 つの問題は相互にリンクしているものである。北極沿岸 5 カ国のホンネは、①かつ a. (つまり自分達のみで決定し、分割するという考え方)であり、2008 年 5 月にこれらの 5 つの沿岸国によって採択されたイルリサット宣言もその趣旨であると解せられる。
同宣言では、海洋法の法的枠組による規律で十分であるとして、北極海を規律する新たな包括的な国際法レジームの構築は不要であるとの立場を明示している。逆に、④の国連総会による決定の場合には、国連総会では途上国の意向が非常に強く反映される点に留意する必要がある。1980 年代に南極の法的地位に関して、マレーシアをはじめとする途上国の一部が国連総会において南極を「人類の共同遺産」であると提案する動きがあった。この提案は南極条約をつき崩す結果にはならなかったものの、将来において、国連総会で多くの途上国が強く主張すれば、深海底について 1982 年の国連海洋法条約第 136 条において、
また月や天体に関して 1979 年の月協定第 11 条において「人類の共同遺産」とされたのと同様のルールが北極において採択される可能性は皆無ではなかろう。』

北 極 海 季 報 第 16 号
https://www.spf.org/oceans/wp/wp-content/pdf/ar16.pdf

中ロに「強力なメッセージ」 F35Aのアラスカ配備

中ロに「強力なメッセージ」 F35Aのアラスカ配備―米指揮官
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042700529&g=int

『【ワシントン時事】アジア太平洋地域で初めて空軍仕様の最新鋭ステルス戦闘機F35Aが配備された米第354戦闘航空団指揮官のベンジャミン・ビショップ大佐は、同機の配備が「(中国やロシアなどの)修正主義勢力に対する強力な抑止のメッセージになる」と強調した。26日までに時事通信の電話取材に応じた。』
『アラスカ州のイールソン空軍基地に拠点を置く同航空団には21日、太平洋空軍傘下部隊として初めて、2機のF35Aが配備された。2021年末までに計54機が配備される予定。
 同大佐は「空中給油機の支援を受ければ、一度の出撃でインド太平洋地域のいかなる場所にも到達できる」と述べ、アラスカに配備する戦略的利点を指摘。北極点を越えて欧州にも容易に行くことができるとも説明し、「F35A配備は米軍だけでなく、同盟・パートナー国を支援する機会をわれわれに与えてくれた」と強調した。
 米軍が新型コロナウイルス対策で世界的に人員の移動を制限する中でも、同航空団へのF35A配備は計画通り進む見通し。今後は同じくF35Aを保有する日本や韓国、オーストラリアとの合同演習を通じて能力を強化し、「自由で開かれたインド太平洋戦略を支える」と決意を語った。』

「負け戦、ニヤリと笑って受け止める」…。

※ 引き続き、この人が語る「仕事論」だ…。

まだ何者でもないと認識を プライドは邪魔になる
学び×コロナ時代の仕事論(2)一橋大学教授の楠木建さん
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58437800U0A420C2I00000/

『前回、仕事にはコントロールできることとできないことがあるという話をした。無理が通れば道理が引っ込む。コントロールできないことを無理やりコントロールしようとするとロクなことにならない。無駄なことに注意や時間や労力を突っ込んだ揚げ句、後悔に明け暮れる。

だとすると、ここから2つのポイントが見えてくる。第1に、何をどこまでこちらでコントロールできると考えるかは人によって相当に異なる。仕事の中身やそれを取り巻く状況、自分の能力や持ち味に合わせて、どこまでコントロールでき、どこを所与の条件として受け入れるか。この見極めにその人の個性や仕事のセンスが如実に表れる。
仕事上での重要な成長のひとつに、この見極めが早く、的確になるということがある。自分でコントロールできると自信を持てる領分が大きくなっていく。これもまた成長である。それでも、独裁国家の元首じゃあるまいし、全部が全部コントロールできるということにはならない。』
『第2に、仕事においてはその人に固有の哲学が問われる。前回も話したように、あらゆる仕事には相手がある。仕事というのはお客(自分以外の他者)に対する価値提供に他ならない。ところがお客さんばかりはコントロールが効かない。常に結果が思い通りになるわけではない。

うまくいくかどうかはやってみなければわからない。それでも、こちらの「事前の構え」は固められる。ここにその人の仕事哲学が出る。すべてがコントロールできるのであれば、哲学はいらない。哲学がものを言うのは、コントロールできないことに直面したときだ。順風満帆の状況下では本当の自分が分からない。人間の本質は逆境においてのみ姿を現す。』
『僕の仕事哲学を一言でいうと「絶対悲観主義」ということになる。物事が自分の思い通りにうまくいくという期待をなるべく持たないようにする。何事においても「ま、うまくいかないだろうな……(でも、ちょっとやってみるか……)」と構えておく。こういうマインドセットを絶対悲観主義と呼んでいる。

「事前」と「事後」、「うまくいく」と「うまくいかない」、この2つの軸を組み合わせると、仕事には4つの成り行きというかパターンがある。

(1) 事前にうまくいくと思っていて、やってみたところ実際にうまくいった 

(2) 事前にはうまくいかないと思っていたが、やってみたところうまくいった 

(3) 事前にうまくいくと思っていたが、やってみたところ実際はうまくいかなかった 

(4) 事前にうまくいかないと思っていて、やってみたところやはりうまくいかなかった』
『このうち僕がスキなのは、なんといっても2だ。うまくいかないだろうと悲観的に見積もっていただけに、うまくいったときのうれしさは大きくなる。喜びが上振れする。

最悪なのは3。うまくいくと思っていたところの失敗だから、ダメージが大きい。これと比べれば4のほうがはるかにマシだ。1よりも4のほうがスキなくらいだ。』
『ベルナール・フォントネル(フランスの思想家)はうまいこという。「幸福のもっとも大きな障害は、過大な幸福を期待することである。」。民主主義にして自由主義、レッセフェールの時代である。これだけ多くの人がそれなりに利害をかかえて自由意思で動いている。』
『そんな世の中、自分の思い通りにならないのが当たり前で、思い通りになることがあったとしたらそれは例外だ。負けることの方がずっと多い。もちろん、うまくいくに越したことはない。それでも、負けは負けでわりと滋味がある。「そうは問屋が卸さない、か……」などとつぶやきつつ、うまくいかなかった理由に思いをめぐらせるのはしみじみと味わい深いひとときだ。

いくら経験を重ねても勝率はたいして上がらない。それでも負け方は確実にうまくなっていく。年季の入った人の中には、負け方が実にキレイな人がいる。僕はこういう人を信用する。「負け戦、ニヤリと笑って受け止める」。これが本当のプロだ。』
『絶対悲観主義が優れているのはその運用が著しくシンプルなことにある。やるべきことは、マインドセットのツマミを悲観方向に回しておくだけ。しかも、結果と違って事前の構えだから、自分のスキなようにスキなだけ操作できる。ここぞというときは、ツマミの可動領域いっぱいまで思いっきり悲観に振っておく。

2になったら望外の喜びだ。4に転んでも(実際はこっちのほうがはるかに多い)、はじめからどうせうまくいかないだろうと思っているのだから、素直に易々と負けを受け止められる。一石二鳥、実にお得である。

はじめから仕事の結果はそうそう思い通りにならないと思っていれば、何事も自然体で気軽に取り組める。絶対悲観から楽観が生まれる。』
『反対に、「うまくやろう」と構えると息苦しくなる。「うまくやろう」はまだしも、「うまくやらなければならない」となると、どうしても肩に力が入る。「リスクを取れ!挑戦しろ!」というけれど、そもそもリスクというのは認知の問題にすぎない。

事前に成功を期待し、成功を前提とするからリスクを感じるのであって、絶対悲観主義に立てばリスクから一気に解放される。主観的にはリスクがないから、フルスイングできる。で、だいたい空振りする。それでも、バットを振らないことには何も始まらない。絶対悲観主義は気持ちよく川の流れに身をまかせるための実践的哲学である。』
『邪魔になるのはプライドだ。プライドがある人はすぐに傷つく。傷つくのはイヤで怖いから、動けなくなる。動くときも失敗を避けようとしてヘンな計画を立てたりする。で、ますます疲弊する。

僕の見るところ、若い人ほどこの落とし穴にはまりやすい。若くてヤル気のある人はやたらと「挑戦します!」というのだが、総じてプライドが高い。しくじることを受け入れられない。だから挑戦といいつつも、結果が心配で仕方がない。

僕のような者でも「こういうことに挑戦しようと思うのだが、何かアドバイスをくれないか」と聞かれることがある。僕はこう言うようにしている。「心配する必要まったくなし。絶対うまくいかないから。」決まってイヤな顔をされる。しかし、そういうことなのだ。』
『仕事には矜持(きょうじ)を持たなければならない。プライドは大切である。しかし、それはある程度の成果を出し、実績を積んでからの話だ。自分(だけ)は特別だと思い込む。それが若者といえばそれまでだが、しょせん99%はフツーの人。「自分はまだ何者でもない」という認識からスタートするに越したことはない。

若者にこそ絶対悲観主義の構えを勧めたい。気軽にフルスイングし、どんどん空振りするに若くはなし。若いときほど失敗におけるサンクコストは小さい。若者の特権は「これから先が長くある」「柔軟性がある」ではない。「まだ何にもない」ということにある。』

「仕事」において、「自己評価」には意味が無い…。

※ こういう人が語っている「仕事論」だ…。相当に参考になる…、と思われるので、紹介しておく…。

仕事は思い通りにいかぬもの 川の流れに身をまかせて
学び×コロナ時代の仕事論(1)一橋大学教授の楠木建さん
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58437790U0A420C2I00000/

『コントロールできないものをコントロールしようとする。ここに不幸の始まりがある。何がコントロールできて、何ができないのか。自分のアタマで線引きをする。コントロールできないことについてはジタバタしないに限る。世の中には「どうしようもないこと」というのが確かにある。冷静に受け止め、受け入れるしかない。

現在進行形の新型コロナウイルスはその最たるものだ。僕のような普通の人ができることは限られている。手洗いやマスク着用など公衆衛生のための基本動作を徹底する。不要不急の外出をせず社会的距離を確保する。リモートワークに切り替える。個人情報を積極的に提供する。できることはこれぐらいで、あとはどうしようもない。』
『現在進行形の新型コロナウイルスはその最たるものだ。僕のような普通の人ができることは限られている。手洗いやマスク着用など公衆衛生のための基本動作を徹底する。不要不急の外出をせず社会的距離を確保する。リモートワークに切り替える。個人情報を積極的に提供する。できることはこれぐらいで、あとはどうしようもない。』
『今日のわれわれは人類史上空前の「無痛社会」に生きている。「自粛要請」(というのもヘンな言葉で、自ら粛とするのであればそもそも要請不要)が続くだけで辛いだの不便だの不安だのという話になる。ごく近過去ではあるけれども、昭和というのは人がやたらと怒鳴られたり殴られたりしていた時代だった。昔と比べて世の中の「理不尽」は明らかに少なくなっている。それはそれで社会の進歩だ。

しかし、いつの間にかわれわれは「何でもかんでもコントロールできる」と思い上がっていたのかもしれない。思い通りにならないことがあるとすぐに「何かが間違っている」「誰かが悪いはずだ」「どうしてくれるんだ!」――これではあまりに幼稚である。世の中はコントロールできることばかりではない。コロナ騒動は、この当たり前のことを再認識し、生き方を内省する好機だと思う。』
『戦争や疫病と無縁な平時でも、思い通りにならないのが人の世。仕事やキャリアも例外でない。仕事と趣味は違う。趣味であれば徹底的に自分を向いてやればいい。自分が楽しければそれでいい。一方の仕事というのは、自分以外の誰かのためにやるものだ。「まず誰かをもうけさせて、それから(そのことによって)自分がもうける」、いつの時代も変わらない商売の原理原則だ。他人の役に立ち、他人の得になって初めて仕事と呼べるのであって、自分だけのためにやるのは趣味でしかない。

仕事に限って言えば、自己評価には意味がない。「お客」(文字通りのお客であることもあれば、組織の中で自分の仕事を必要とする仲間や上司部下であることもある)の評価がすべて。「お客」をコントロールすることはできない。つまり、仕事というのは、その定義からして思い通りにならないものなのである。

競争戦略の分野で仕事をしているので、たまに「ストーリーとしてのキャリア戦略」を話してくれというリクエストを受ける。「計画無用、戦略不要」としかいいようがない。』
『仕事生活は長く続く。とくに若い人であれば、10年、20年後に自分が何をもってお客に価値を与えられるか、そんなことがわかるわけがない。キャリアは滑った転んだの経験の中から事後的に見えてくるものだとしか言いようがない。

だとしたら、そのときどきの自然な流れに逆らわず、流れに乗って流れていく。キャリアとはそういうものだと心得ている。美空ひばりいわく「川の流れのように」。テレサ・テンいわく「時の流れに身をまかせ」。合成すると「川の流れに身をまかせ」。ひばりとテレサの豪華デュオが天国から聞こえてくる。若い世代には意味不明だと思うが、この方が自然で、結果的にも実りの多い生き方だと思う。』
『ただし、川の流れに身をまかせるにしても「良い流れ方」というものがある。仕事の定義からして、目の前にあるお客をきっちりと満足させる。できれば、期待以上の驚きを与える。これを日々繰り返し、気長に積み重ねていく。これが良い流れ方だと思う。

何も「無私の精神」とか「滅私奉公」というわけではない。何よりも自分の「得」のためにそうするのである。人間はわりと単純でお客に喜ばれたり、感謝されたり、頼りにされる、これがいちばんうれしいようにできている。利他と利己が自然に融合する。ここに仕事の深みがある。

俗にいう「下積み」とも違う。何も我慢してやるのではない。お客を喜ばせ、満足させることは楽しく、生きがいを感じることでもある。それを繰り返しているうちに、知らず知らずのうちに実力が蓄えられ、機会を得たときに花開く。余人をもって代えがたい存在になり、「この人でなければ」と自分の名前で頼りにされ、信用されるようになる。ますます仕事が面白く楽しくなる。これが理想の成り行きだ。

「川の流れ」は過程である。手っ取り早く成功しようと「キャリア大作戦」を立てる人は、自分の損得と行く手の望みで頭が一杯で、そこまで行く過程を考えていない。そういうのは結局どうにもならない。行く先の望みだけで仕事をしていると、ちょっと思い通りにならないことが苦痛で仕方がない。だから、すぐ挫折してしまう。自分が楽しみながら、日々生きがいを感じながらでないと持続しない。』
『もちろん、すぐにはうまくいかない。時間がかかる。流れていく過程では思い通りにならないことも多い。理不尽な思いをすることもあるだろう。しかし、仕事には自分の進出を阻止するものが何かあったほうがいい。それが成長の原動力となる。自分の土俵でいい仕事をして、お客にそれをどうしても欲しいと思わせる。それが実績となり、信用となり、自信となる。

この3つさえあれば、他はどうでもいい。多少の危機に見舞われても、ジタバタせずに済む。』