イスラエル沖では天然ガス田の開発が続き、…。
https://st2019.site/?p=21387
『イスラエル沖では天然ガス田の開発が続き、新油井が次々運開。余ったガスはエジプトやヨルダンに輸出されている。』





『生命保険の仕組みも、損害保険と同じく長い歴史を経て確立されましたが、そのアプローチは異なります。 損害保険が…
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イスラエル沖では天然ガス田の開発が続き、…。
https://st2019.site/?p=21387
『イスラエル沖では天然ガス田の開発が続き、新油井が次々運開。余ったガスはエジプトやヨルダンに輸出されている。』
NATO事務総長の補佐官、領土放棄とNATO加盟の交換が解決策になると発言
https://grandfleet.info/european-region/nato-secretary-generals-aide-says-renunciation-and-exchange-of-nato-membership-will-be-the-solution/#comment_headline
『NATO事務総長の補佐官は15日「(ウクライナとロシアの戦争について個人的に)ウクライナが領土の一部を放棄し、その見返りとしてNATO加盟を受け取ることが解決策になると思う」と発言、これに対してウクライナ側は「馬鹿げた提案だ」と反発している。
参考:Åpner for at Ukraina avgir territorium i bytte mot Nato-medlemskap
参考:Разговоры о вступлении в НАТО в обмен на отказ от территорий неприемлемы – МИД
参考:У Зеленского отреагировали на идею НАТО об отказе Украины от территорий
参考:Территориальные уступки Украины от НАТО: Данилов назвал это “странным вбросом”
幾つかの国から一部の領土を放棄してはどうかという提案があると明かしたNATO事務総長の補佐官
本題に入る前に「NATO拡大の経緯」と「ウクライナだけNATO加盟から取り残された理由」を振り返っておく。
出典:Péter Antall – Antall-család archive/CC BY-SA 3.0 ヴィシェグラード・グループ
ソ連解体に伴って独立を回復した中・東欧諸国はEUやNATOへの加盟を希望、特にポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアは加盟に不可欠な改革に向けてヴィシェグラード・グループを結成、1994年の米議会選挙で「積極的な拡大」を主張する共和党が勝利したため、1996年にクリントン政権も外交政策の一部に「NATO拡大」を取り入れたが、ロシアのエリツィン大統領やコズイレフ外相は「NATOの拡大はロシアの安全保障に対する脅威だ」と反発、しかしロシアが見せる積極的な軍事介入は中・東欧諸国にNATO加盟を後押しすることになる。
エリツィン大統領率いるロシアは次々と周辺国に軍事介入(1991年にグルジア内戦、アブハジア紛争、1992年にオセチア・イングーシ紛争、1994年に第一次チェチェン紛争、1999年に第二次チェチェン紛争)を行い、これは中・東欧諸国に「旧ソ連時代の記憶」を思い出させ「NATO加盟」を加速させるための動機となり、2020年までにチェコ、ハンガリー、ポーランド、ブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、アルバニア、クロアチア、モンテネグロがNATO加盟を果たしたものの、この流れにウクライナだけは乗り切れなかった。
出典:Patrickneil / CC BY-SA 3.0
ウクライナは他の中・東欧諸国よりも早くNATOと「平和のためのパートナーシップ(PFP)」を締結、さらに関係を強化するためNATO・ウクライナ委員会を設立したが、2000年のカセットスキャンダルで「制裁下だったイラクに対する高度な防空機器の移転」や「ジャーナリストの拉致・殺害」が発覚したためクチマ政権と欧米との関係は極端に悪化してしまい、イラク戦争にウクライナ軍を派遣して部分的な関係改善に成功したものの、NATOとの関係を完全修復するには至らなかった。
オレンジ革命後に政権の座についたユシチェンコ大統領は「NATO加盟」を明確に打ち出し、これを多くのNATO加盟国も支持したが、国内では野党が加盟に反対、200万人以上の国民がNATO加盟の是非を問う国民投票実施を要求、2008年に実施された国民投票で過半数を僅かに上回る国民(57.8%)が加盟を支持したものの、依然として加盟に反対する国民も多く、NATOはウクライナとジョージアに対する同盟への招待を見送ることを決定、スヘッフェル事務総長は「最終的に両国はNATOに加盟するだろう」と付け加えたが、この発言から4ヶ月後に南オセチア紛争が勃発。
出典:Yana Amelina/CC BY-SA 3.0 南オセチア紛争に投入されたロシア軍のT-72
メルケル首相が「ウクライナに対する加盟行動計画(MAP)の開始がロシアの侵攻を誘発する」と考えたかどうかは不明だが、この辺りからドイツはウクライナのNATO加盟に否定的な発言が増え、これをメドヴェージェフ大統領が支持、2010年の選挙で勝利したヤヌコビッチ大統領も「現在のNATOとの協力関係は必要十分で加盟を急ぐ必要性はない」と主張して加盟手続きの動きは停滞したものの、ユーロ・マイダン革命でヤヌコビッチ大統領が失脚すると再び動きが慌ただしくなってくる。
ロシアはヤヌコビッチ政権が崩壊して権力の空白が生じると直ぐにクリミア侵攻を開始して一方的に併合、ウクライナ東部のドンパスでも現地のロシア系住民を支援して暴動を起こさせ、ロシア軍を密かに派遣してウクライナ軍との戦闘を支援し、ドネツク州とルハンシク州で傀儡国家の樹立に成功してしまう。
出典:Генеральний штаб ЗСУ
これが2022年のウクライナ侵攻に繋がっていくのだが、2014年の時点でウクライナはロシアと交戦状態なので「NATO加盟手続き」を進めるには「法的にロシアとの戦争状態を終結させる」というプロセスが必要になり、今直ぐウクライナがNATOに加盟出来ない原因はここにある。
そのためゼレンスキー大統領は「ロシアとの戦争終結後にNATOに加盟できるというシグナル=加盟手続きの開始を意味する『同盟への招待』だけでも今直ぐ確約して欲しい」と要求しているのだが、7月のNATO首脳会議で採択された文言は「全ての加盟国がウクライナの加盟に同意し、条件が満たされている場合にのみNATOに招待する」という内容で、加盟国はウクライナの加盟条件から加盟行動計画(MAP)を除外することで合意。
出典:NATO
これにより通常なら何年もかかる加盟行動計画(MAP=加盟候補国を同盟基準と一致させるための政治及び軍事な改革プログラム)をウクライナは除外されるため、ロシアとの戦争が法的にも終結したと加盟国が認めればウクライナのNATO加盟手続きは通常より迅速に処理されるものの、満たすべき条件が何なのか定義されておらず、ウクライナが戦争終結後に同盟からの招待を確実に受け取れるのかも確約されていない。
ここからが今回の本題なのだが、ノルウェーで開催されたパネルディスカッションでNATO事務総長の補佐官を務めるイェンセン氏は「(個人的に)ウクライナが領土の一部を放棄し、その見返りとしてNATO加盟を受け取ることが解決策になると思う」と発言、パネルディスカッションを主催した現地メディアは「これはNATOの公式な見解なのか?」と質問すると「ウクライナの戦後の地位については既に議論が行われており、幾つかの国から一部の領土を放棄してはどうかという提案がある」と回答。
出典:Jens Stoltenberg
さらにイェンセン氏は「必ずしもそうしなければならないと言っているのではないが、領土の放棄と引き換えにNATO加盟を手に入れるというアイデアは実行可能な解決策かもしれない」と付け加えており、ウクライナ外務省は「領土と引き換えにウクライナがNATOに加盟するという話は絶対に容認できない」と、ポドリャク大統領府顧問も「NATOの傘と領土を交換するなんて馬鹿げている。これは民主主義の喪失、国際的な犯罪行為の助長、プーチン体制の維持、国際法の破壊、次世代の人間に戦争を押し付けるという選択だ」と反発。
ポドリャク大統領府顧問は「ロシアが戦いに破れ、政治体制が刷新され、この戦争を引き起こした人間が処罰されない限り、戦争はロシアの欲望ともに必ず再発する。ハッキリ言えばロシアへの譲歩は世界に平和をもたらすどころか新たな戦争を呼び込むだけだ」と指摘、国防安保委員会のダニロフ氏も「私の知る限り非常に奇妙な提案で、なぜこんな発言が飛びしたの理解に苦しむ」と述べている。
出典:Рада національної безпеки і оборони України
イェンセン氏はNATO事務総長の補佐官であり、この発言はNATOの公式見解ではなく「イェンセン氏の個人的な意見」という形だが、幾つかの国から一部の領土を放棄してはどうかという提案があるという発言はNATOの表面的な結束を毀損するものなので絶対に物議を醸すはずで、ロシア人が必ずプロパガンダに利用してくるだろう。
因みにポーランドのドゥダ大統領は「定期的にウクライナへ妥協を求める国々」に向けて「ロシアとの妥協に領土を譲歩する用意がある指導者はウクライナの代わりに自国領を差し出し、ウクライナがドネツク、ルハンシク、クリミアを取り戻せばい」と主張している。
関連記事:ウクライナメディア、NATO加盟に関する文言にはウクライナの即時招待がない
関連記事:ポーランドが領土放棄をウクライナに迫る国に提案、自国領をロシアに渡せ
※アイキャッチ画像の出典:pixabay
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投稿者: 航空万能論GF管理人 欧州関連 コメント: 10 』
『 n
2023年 8月 16日
返信 引用
国家を分割するのであれば
1 最も現実的な案として、現在の占領地域に基づき国家を分割(ロシア占領地域はロシアに譲渡)
2 民意重視な案として、2004年ウクライナ大統領選挙(ユシチェンコvsヤヌコーヴィチ)の地域別得票結果に基づき国家を分割(もう20年前なので気が変わった人もいるでしょう)
2の派生として、一時停戦し西側とロシアと中立的な第三国の徹底的な監視下で選挙を実施して、それによる最新の民意を反映して国家を分割(脅迫などの不正対策が難しい)
3 歴史を顧みて東部地域はスターリン、クリミアはフルシチョフの失策として、クリミアのみをロシアに譲渡する
現実的ではない案として
4 ウクライナの理想、クリミアを含む全土奪還
5 ロシアの理想、ウクライナ全土の併合もしくは親ロシア傀儡政権化
57.8%と42.2%を同じ国家でまとめるのは現実的ではないので、今後の安定した政治のためにはどこかで分割するしかないでしょうね
親欧米政権と親露政権が交互になってどちらからも信用されなくなったのが今のウクライナですから一貫して親欧米の国家と親露の国家に分断するのが一番安定する
具体的にどこで分割するのが難しいところ
雑に分割するとロシアが有利すぎて、西側は言い方はあれですが何の価値もない地域を押し付けられることになる
チェルノブイリがあるのは親欧米地域、価値のある農業地帯や工業地帯は親露地域にあります 』
内藤湖南への道 – 風来庵風流記
https://blog.goo.ne.jp/mitakawind/e/251055f9cbc89487fda68ee41559f5aa
※ 『湖南は歴史の推移を「発展」ではなく「変遷」として捉えていた』…。
※ 「変遷」と「発展」は、異なる…。
※ 「万物は、流転する」「諸行無常である」…。しかし、「発展」となると、価値観が混入し、微妙に「政治臭」が漂って来る…。
※ 『未だ来たらざる時よりも、将に来たらんとする時の方が人間存在にとって貴重である』…。
※ 含蓄深い言説だ…。
『2023-08-15 20:37:47 | たまに文学・歴史・芸術も
「綺羅星の如く」つながりで・・・かつて京都学派と呼ばれた京都大学の教授陣がいた。西田幾多郎や波多野精一をはじめとする哲学科が有名だが、狩野直喜や内藤湖南をはじめとする史学科も負けてはおらず、世界に冠たる東洋学の伝統を樹立した。まさに綺羅星の如く・・・である。
そんな綺羅星の数々が登場する、この表題そのままをタイトルとする書籍を、夏休み前に近所のブックオフで偶々見つけて、夏休みの課題図書にすることに決めた(笑)。こうした浮世離れした本は(と言ってしまうと著者に失礼で、テーマは今日的ではあるのだが)、せわしない日常に細切れに読むよりも、まとまった休みに非日常の雰囲気に浸りながらのんびり一気読みするのがいい。ブックオフでは、たまにこうした稀覯本に出会う。
著者は、私が敬愛してやまない故・高坂正堯を、まだ助教授時代の若かりし頃に取り立てた元・『中央公論』編集長・粕谷一希である(なお、高坂氏が『現実主義者の平和論』を同誌1963年1月号に寄稿したとき、粕谷氏は編集部次長だった)。
Wikipediaによれば、ほかにも永井陽之助、萩原延寿、山崎正和、塩野七生、庄司薫、高橋英夫、白川静などを世に送り出し、2014年に亡くなって、知人67名による追想録が上梓された際には書名に「名伯楽」の尊称を与えられている。
本書は、表題通り、支那学の泰斗・内藤湖南(1866-1934)の生家(秋田県十和田湖畔)と生い立ちを訪ね、更に時代を下ってその足跡を辿り、彼を取り巻く(彼の弟子たちである)東洋学を中心とする綺羅星の如き学者たちを訪ねながら、あらためて内藤湖南その人の存在感を確かめる趣向だ。
モチーフは、本書刊行時(2011年10月)、既に大国化しつつあった中国の将来を湖南はどう見通していたか見極めるためと、はしがきにある。
所謂「京都学派」は哲学だけではなく史学にもあった古き良き時代を、時代の変遷とともに活写し、それは取りも直さず編集者・粕谷氏自身は東大法学部卒だが影響を受けたとされる京都学派の読書遍歴であり精神遍歴の記録でもある。その意味では、皮肉な見方をすれば貴族趣味に過ぎないが、私はそういうのは嫌いではない(微笑)。
さて、内藤湖南はジャーナリスト出身で、所謂学歴は無いながら異例とも言える京都帝国大学教授に引き立てられたことは周知の通りだが、朝日新聞から京大に転じたのは、夏目漱石が東大から朝日新聞に転じたのとほぼ時を同じくするのだそうで、相互に逆の流れだったのが面白いし、そういう時代だったのかと認識を新たにした。
もっとも、ジャーナリストだったとは言え、内藤家は南部藩の支藩桜庭家の家臣で、代々儒者だったことから、漢学の素養は相当あったようだ。
ただでさえ幕末・明治の人は当たり前に漢字の読解力が高く、計8回(中には政府・外務省から依頼された調査もあったようだが)中国に旅したときには、高杉晋作がやったように、筆談で中国人と対話したというのも、印象深い。
そうは言っても言語は所詮手段であって、要は何を語るか、だ。
康有為について人物評を問われて次のように答えている(1899年、一回目の紀行で)。「東京で会ったことがあります。あの人物は、才力は充分だが識見と度量が足りません。態度も重々しさに欠けます。そして世を救おうというのが志であるのに、好んで学義の異同を高く掲げ、人と論争します。失敗しやすい所以です。だいたい(政治上で)事業をなそうとする人が学義に関して偏見を立てるのは禁物です。そうすると自ら勢力を狭め、広くその意見が世に行われないようにすることになります。」 私はもとより康有為を知らないが(笑)、政治にも首を突っ込んだことがある湖南ならではの品定めの透徹した目が光っているように見える。
それで、綺羅星の如く・・・とは言っても、狩野直喜(1868-1947)、桑原隲蔵(1871-1931、武夫氏の父)、羽田亨(1882-1955)など、実は名前しか知らない人が多い(汗)。西洋史学の鈴木成高(1907-1988)、地理学の小川琢治(1870-1941)、考古学の濱田耕作(1881-1938)も同様だ。本書を読んで驚いたのが、小島祐馬(1881-1966)で、内藤湖南の講義を聴いた学生だったが、後に古代思想を受け持って湖南と同僚になったと知った。私は数年前、偶々、中野の古本屋で『中国の革命思想』(筑摩叢書)を見て、題名に惹かれて衝動買いしたのだったが、氏のそのような系譜は存じ上げなかった。偶然である。
私にとって馴染み深い学者と言えば、湖南らの次の世代(第二世代)と位置づけられる宮崎市定(1901-1995)で、手元には『東洋における素朴主義の民族と文明主義の社会』(平凡社東洋文庫)をはじめ、『アジア史論』(中公クラシックス)、『中国文明論集』(岩波文庫)、『科挙』(中公文庫)、『アジア史概説』(同)、『科挙』(同)、『水滸伝』(同)、『日出づる国と日暮るる処』(同)、『中国に学ぶ』(同)など、新刊・古本を問わず闇雲に買い集める内に9冊を数える。人類学の今西錦司(1902-1992)、中国文学の吉川幸次郎(1904-1980)、田中美知太郎(1902-1985)も年代として見れば同じ第二世代に位置づけられようか。それぞれ少なくとも数冊ずつ書棚(押入れ?)にあり、第一世代と比べれば各段に馴染みがある。そして私が一時期入れあげた『文明の生態史観』の梅棹忠夫(1920-2010)は更に次の世代ということになる(ここまで来ると、同時代を生きた先生という意識が強くなる)。他方、手元にある湖南の著作は、『日本文化史研究(上)/(下)』(講談社学術文庫)と『支那論』(文春学芸ライブラリー)の3冊だけ。名は知られているが、ちょっと遠い存在だった。
そんな湖南の存在感ということで、本書のポイントを三点、挙げてみる。
先ず、湖南と言えば、およそ西洋の歴史学では東洋的停滞としか捉えられない中、「宋代から近世として考えるべきである」とするユニークな時代区分論「宋代近世説(唐宋変革論)」を提唱したことで知られる。
その後、宮崎市定に引き継がれ、秦漢時代までを上古(古代)、魏晋南北朝隋唐時代を中世、宋以降を近世、アヘン戦争以降を近代とする四時代区分法を中心に、京都学派では中国史の研究が展開された。
次に、西の湖南と東の津田左右吉の比較論もよく知られるところだ。
日本文化の成立と性格について、津田左右吉は、日本文化は本来支那文化とは別個のものであり、一部知識人の間に儒教の影響があったとして、日本人の生活とは全く関係のない代物であると(今となってはある方面の定説とも言える)主張をしたのに対し、湖南は、日本文化は支那文化という母胎から生まれたものであり、日本文化の成立に関連して、支那文化が豆腐のニガリのような役割を果たしたと主張したものだ。
どちらの立論も可能なほど微妙な問題であり、どちらでもいいようなものだが(笑)、地政学的に環境決定論としては津田左右吉の言う通りだ(日本は海洋国家たるべき島国であり、大陸国家とは違う)が、環境可能論的に、湖南の文脈で言えば個々の民族を超えた「文化」史的観点(文化の中心は国民の区域を越えて移動するもので、東洋文化の進歩発展から言うと、国民の区別というようなことは小さな問題だとする「文化中心の移動」という考え方)から、中華の周辺文明として受ける影響は小さくなかったようにも思う。
三点目に、今日は8月15日でもあることから、戦争との関連に触れたい。
湖南が亡くなったのは、満州事変の後、支那事変の前で、当然のことながら大東亜戦争を知らないし、中国共産党の革命も知らない。
明治人の彼は、欧州列強のアジア侵略に抵抗するために日本の大陸進出とアジア経営を主張し、日清・日露戦争の頃は対露強硬派だったというのは、まさに時代精神であろう。
朝鮮半島や中国が、もう少し国家の体を成していれば、全く違う展開になっていたであろうことは想像に難くない(が、だからと言って日本の責任を免れるものではない)。
そんな中でも、湖南は、第一次大戦時の対支二十一箇条の要求には批判的だったとされるから、同時代を生きた者として十二分に理性的だったと言うよりも、史学者として支那の国柄を心得ていたということかも知れない。あれ以来、本来は植民地主義のヨーロッパが敵であるはずなのに、日本が中国の敵になってしまった。
ここで、京都学派に触れる以上、哲学者を中心に、1942年2月から1945年7月まで大東亜戦争のほぼ全期間を通じて、「海軍の一部(米内光政系)の要請と協力を受けて月に一、二度、時局を論じるひそかな会合を重ね」(大橋良介著『京都学派と日本海軍』(PHP新書、2001年)より)、後に戦争責任を問われて、代表的論客四人が京大を追われたことに触れるべきだろう(粕谷氏も取り上げておられるように)。
大橋良介氏の著作は、当時、京都大学文学部の副手で、会合の連絡係だった大島康正氏の死後に発見された会合メモ(大島メモ)を読み解き、「海軍と連携しつつ陸軍の戦争方針を是正しようとする、体制内反体制とも言うべき際どい会合だった」(同)ことを明らかにし、四人を弁護するものとなっている。
あのとき、「京都学派の狙いは、海軍と組んで陸軍の暴走を食い止めるところにあった」(同)が、「戦争が始まったからには・・・」、国民としてそれに協力すべきだとの義務感から、戦争するからには、“東亜共栄圏の倫理性と世界性”を自覚すべきだし、“総力戦というものの性格を理解しなければならない”と説いたに過ぎない、という。
戦後のGHQ史観とも言うべきリベラルな歴史観に染まった私たちに再考を迫る重いテーマである。
ついでに言うと、概して粕谷氏がサイドストーリーとして語る時代認識、歴史認識には、私としても異論が少ない。中でも、先の戦争は「暴挙であったが、愚挙ではない」とさらっと総括されていることには目を見開かされた。まさに。私たちは、もう少し歴史(先人の知恵と勇気)に対して謙虚であるべきだろう。
再び湖南に戻って、辛亥革命を同時代に見た湖南は、次のように述懐している。
「政体の選択に就いて他国の内政に干渉するといふことは、随分昔の神聖同盟などが欧羅巴にあった時代ならば知らず、今日では余り流行しませぬ。私の考では当分黙って懐手をして見て居る方がよいと思ふ・・・(中略)・・・支那はどうしても大勢の推移する所は如何ともすることの出来ない国柄である。」
西洋だけでなく東洋でも古代・中世・近世と発展を遂げた(と京都学派は言う)ように、私たちは、中国の内発的発展を信じ、かつ世界史の発展の類似性を信じて、中国の体制のことは中国人民が決めるしかないとして、「当分黙って懐手をして見て居る方がよい」のだろうか。まあそうするしかないだろう。
しかし、現代の中国は、歴史的中国と違って、社会統制の手段として現代と将来の科学技術を味方につけている。変革は簡単ではない。
また、実体が大国化するとともに態度も所謂大国化し(というのは歴史的中国そのものかも知れない 笑)、大陸国家的な膨張主義を海洋にも推し進める中国に対して、そう悠長に構えておれないところに、現代の私たちの苦悩がある。
本来、地政学のテーゼは、大陸国家と海洋国家を同時に達成することは出来ないとするが、中国はそもそも北の大陸と南の海洋から成る両性国家である。
ベトナムは南北で何百年もの別々の歴史(インドの影響を受けたものと中国の影響を受けたものと)があり、朝鮮半島も南北さらには南の東西は三韓の時代から何百年もの異なる歴史をもつ別々の国家だったように、中国は性質を異にする南北が便宜的に一つの帝国を成すに過ぎないとも言える。中国という存在は簡単ではない。
今の中国は、順調な経済発展の末に、自らの異質な行動特性は棚に上げて、総てをアメリカの責任に帰して、西洋的な発展とは逆のギアを入れつつあり、粕谷氏によれば着地点が見えず、私に言わせれば混迷は深まるばかりである。
本書の中に、一ヶ所、故・高坂正堯氏の言葉が出て来る。「13億という数は統治可能なんでしょうかね」
実に含蓄ある言葉だ。恐らくこれを受けてのことだろう、粕谷氏は、「共産体制を脱して多党制と言論の自由を制度的に保証する民主国家、民主体制となるほかない」「北京政府は思い切って各地域・民族に大幅な自治権を認め、United Statesにしたほうが全体は安定するように思う」と夢想され、私もそうなることを心から願うが、中国共産党の指導者たち(=現代の皇帝と貴族たち)は権力を失うことを恐れる。歴史的中国そのものだ。
湖南は歴史の推移を「発展」ではなく「変遷」として捉えていたそうだが、中国的な「変遷」は、私のような素人には停滞にしか映らない。
民主化の経験が全くない中国社会、湖南が言う父老社会の存在(郷党社会における独特の老人支配で、その長は外交問題や愛国心には関心がなく、郷里の安全、家族の繁栄にだけ関心があり、それさえ満たされれば従順に統治者に従うという)を考えれば、ハードルが高い「変遷」である。さて、どうなることやら・・・。
一つ確かなことは、学問の消長は、国力の消長に連動するということだ。時代とともにある、と言い換えてもよい。
京都学派は、日本が第一次大戦後、国際連盟の五大国にのし上がったのと軌を一にするように、あるいは司馬遼太郎が描いた「坂の上の雲」のように、勃興し、大いに自信を持ち、溌剌とした空気が充満した奇跡あるいは幻だったのではないか・・・そんなほろ苦い感傷に浸りながら、少し暑さが和らいだ夏休みに夢を見るとはなしに夢見ている。
粕谷氏によれば、波多野精一は「未来」と「将来」を区別し、未だ来たらざる時よりも、将に来たらんとする時の方が人間存在にとって貴重であることを説いたそうだ。
だからこそ、史学には過去を辿りながら「将来」を描く力があるということだろうと思う。国力衰えたりとは言え、東洋学の伝統がある日本にはなお期待したい。』
アルゼンチン、6カ月連続インフレ100%超 通貨安続く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN15CCX0V10C23A8000000/
『【サンパウロ=宮本英威】アルゼンチンの経済苦境が深まっている。国家統計局(INDEC)が15日発表した2023年7月の消費者物価指数は、前年同月比113.4%上昇した。6カ月連続で100%を上回った。
13日の大統領選予備選挙で過激な主張の右派候補が首位となったことを受けて中央銀行は14日に通貨切り下げを実施しており、今後はさらにインフレが加速するとの見方が大半だ。
7月のインフレ率は、過去30…
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米国務長官、日韓と経済安保・開発金融で協力 首脳会談
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN15CCW0V10C23A8000000/
『【ワシントン=中村亮】ブリンケン米国務長官は15日の記者会見で日米韓首脳会談に関し「3カ国の協力強化は人々や地域、世界に貢献するために極めて重要だ」と語った。北朝鮮問題だけでなく、経済安全保障や開発金融、人道支援など幅広い分野を議論すると説明した。
ブリンケン氏は15日、日本の林芳正外相や韓国の朴振(パク・ジン)外相と3カ国のオンライン協議を開いた。18日に首都ワシントン近郊の山荘「キャンプデービッド」で開く日米韓首脳会談に向けて調整を進めた。
ブリンケン氏はオンライン協議後の記者会見で「我々のテーマは歴史という困難で機微に触れる課題からいっそう野心的で前向きな課題に移行した」と述べた。日韓関係の改善をテコに協力分野を北朝鮮だけでなく中国への対処に広げる意向を示す発言だ。
首脳会議の成果をめぐり「さまざまな高官級の定例協議を含めて一段と制度化された3カ国の協力を期待している」と言及した。首脳会談の定例化を念頭に置いている。』
39年ぶりの交代、カンボジア「世襲新首相」の人物像
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD1326X0T10C23A8000000/
『波乱に富んだこの国の近現代史で、曲がりなりにも権力が平和的に継承されるのは初めてだろう。
8月7日、カンボジアのシハモニ国王は、陸軍司令官だったフン・マネット氏(45)を次期首相に任命した。22日の国会承認後に就任する。
唯一の対抗馬だった有力野党のキャンドルライト党を締め出し、7月23日に実施した下院選(定数125)で、フン・セン首相(70)が率いる与党・カンボジア人民党は120議席を奪って圧…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『5年の前倒しはなぜか。現地紙プノンペン・ポストに対し、フン・セン氏は「あと5年でも10年でも首相を続けられる。しかし老いたり、死んだりするのを待つよりも、いま次の世代に譲る方が、プロセスがはるかに安定し安全だ」と説明し、こう付け加えた。「私は32歳で首相になった。新首相は(10月で)46歳だ。若すぎはしない」
そんな内政上の理由に加え、フン・セン氏が触れていない外交や経済上の事情もある。世代交代の時期について、あるカンボジア政府高官が総選挙前に語っていた。「海外からの投資がベトナムやインドネシアに行ってしまってからでは遅い」
カンボジアの産業高度化には外資の呼び込みが不可欠だ(南部カンダール州の縫製工場)=ロイター
深刻化する米中新冷戦下で、「デリスキング(リスク低減)」の掛け声のもと、アジアのサプライチェーン(供給網)は見直し期にある。「アジアの工場」である中国を外資が敬遠し始めたなか、投資の代替先は、地理的に近い東南アジアが最有力だ。
工業化で先行したマレーシアやタイ、人口大国のインドネシアやベトナムだけでなく、後発の小国カンボジアにとっても、主力の縫製品に代わる高付加価値分野へ外資を呼び込むまたとない機会だ。高官は「我が国はタイとベトナムの間に位置する。半導体や家電、スマートフォンなど、部分的な工程でもいいから来てほしい」と話す。
だからだろう。米主導の経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が持ち上がった際、フン・セン氏は何度も米国に参加意思を伝えたという。日本も援護射撃したが、米国は首を縦に振らなかった。経済産業省の幹部は「カンボジアは経済規模が小さいうえ、親中のイメージが定着しすぎた」と打ち明ける。
「中国に頼らずして誰に頼るのか」と率直すぎる発言を繰り返し、民主主義も骨抜きにしたフン・セン政権下で、米国との抜本的な関係改善は望みにくい。その点、米欧で教育を受け、個人的なパイプも持つフン・マネット氏へ政権の「表札」を掛け替えれば、ひとつの契機になる。それが「世襲前倒し」のもうひとつの意味合いだ。
「フン・マネット政権になれば国民は自由になり、米欧への敵対心を抑えて中国と距離を置くだろうと考える人もいる。それは全くの幻想にすぎない」。フランスに亡命中の野党指導者、サム・ランシー元財務相はAFP通信にこう語っている。もちろん米国もフン・セン氏の院政を十分に認識しているだろう。』…。
「2つのインド」と日本 グローバルサウス両雄の打算
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM024RT0S3A600C2000000/
『先の主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)はアジアの新興・途上国で「両雄」と目されるインドとインドネシアの首脳も参加した。中国という共通の脅威をにらんで協調する両国は同じ地域大国として緊張もはらむ。そこには日本の役割を見いだす余地がある。
5月下旬、インドがパキスタンと領有権を争うカシミール地方で開いた20カ国・地域(G20)観光作業部会は象徴的な会議だった。
G20メンバーでありながらサウジア…
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2つの「インド」はG20を導けるのか
https://www.nikkei.com/live/event/EVT230803002
※ 2つのインドとは、「インド」と「インドネシア」のことらしい…。
『南半球や北半球の南部に位置する新興・途上国「グローバルサウス」が存在感を増しています。人口の増加や経済成長が続く一方、地域紛争や貧困、環境汚染などの問題を抱えた国々も多く、光と同時に深い影を持つのがグローバルサウスの特徴です。NIKKEI LIVE「グローバルサウスが動かす世界」の3回目は、9月9~10日にインドの首都ニューデリーで開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議を取り上げます。
ロシアのウクライナ侵攻を機にG20には大きな亀裂が走り、インドネシアで開かれた昨年のG20首脳会議も紛糾しました。最終的に議長国のインドネシアはインドなどグローバルサウスの支援を受け、閣僚級会議でまとめされなかった共同文書を採択しました。
今年のG20閣僚級会議では、米欧日と中ロが理念で対立する一方、グローバルサウスは食糧やエネルギー、脱炭素などで自国の利害を主張し、共同文書のとりまとめが一段と難しくなっています。議長国インドは、「インドの島々」を意味するインドネシアなどの協力を得て、首脳会議を成功に導くことができるのでしょうか。国際担当の高橋徹編集委員、岩城聡ニューデリー支局長、地曳航也ジャカルタ支局長、首相官邸キャップの秋山裕之記者がG20を振り返り、グローバルサウスが動かす今後の国際秩序を展望します。
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中国・ロシア国防相が会談 緊密な軍事協力を確認
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR15AIN0V10C23A8000000/
『ロシア訪問中の中国の李尚福国務委員兼国防相は15日、モスクワ郊外でロシアのショイグ国防相と会談し、両国間の緊密な軍事協力の重要性を確認した。ショイグ氏が中国製の武器に関心を示したことを評価した。
李氏は14〜19日の日程でロシアとベラルーシを訪れている。中ロ国防相の会談はモスクワ国際安全保障会議と国際軍事フォーラムが開かれているモスクワ郊外の軍事関連施設で行われた。
インタファクス通信によると、李氏はショイグ氏との会談が今年3回目だと指摘したうえで「国家間と両国軍の相互関係が高い水準にあり、特別な性格を持っていることを証明している」と語った。
李氏はまた、ショイグ氏が14日に国際軍事フォーラムに出展している中国のブースを訪れて同国製の武器に関心を示したことについて「われわれの企業を鼓舞する」と歓迎した。ウクライナ軍事侵攻を続けるロシアが中国から武器の供給を受けないか、欧米諸国などは懸念を強めている。
一方、ショイグ氏は会談で中ロが共同で軍事演習やパトロールを実施していると指摘し、「中ロは戦略的パートナーであり、良き隣人、信頼できる友人だ」と述べた。中国の展示ブースを訪れたことに関しては「新しい有望なものを多く見た」と語った。』
コロナ派生型「エリス」、米国で感染拡大 入院1万人超
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN14B6S0U3A810C2000000/
『【ニューヨーク=西邨紘子】米国で新型コロナウイルスのオミクロン型から派生した変異株「EG.5(通称エリス)」の感染が拡大している。米疾病対策センター(CDC)によると、8月5日までの1週間のコロナ入院患者数は約1万人で前週比14%増だった。4月下旬以来の多さで、米政府が5月にコロナ流行に伴う非常事態宣言を解除する前の水準に逆戻りしたかたちだ。
入院患者数は年初をピークに減少傾向が続いていたが、6…
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