今次戦争の初期に宇軍に贈呈された、西側製の対艦ミサイル。
https://st2019.site/?p=21393
『※誰もとりあげない話題。今次戦争の初期に宇軍に贈呈された、西側製の対艦ミサイル。いったい、あれらは、今、どこに仕舞い込まれているのだ? まるで役に立っていないじゃないか。ちなみに、オデッサから真南に飛行機が飛ぶと、650km飛んだところでトルコの海岸に達する。鹿屋から650km飛べば沖縄本島よりもさらに南の宮古海峡上だ。』





『生命保険の仕組みも、損害保険と同じく長い歴史を経て確立されましたが、そのアプローチは異なります。 損害保険が…
『損害保険の仕組みは、人類の歴史において「冒険貿易のリスクヘッジ」と「大災害からの復興」という2つの切実な必要…
『損害保険と生命保険は、どちらも万が一の事態(リスク)に備える仕組みですが、その性質や目的、保険金の支払いルー…
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『はい、その通りです。保険の計算(数理)において、危険(リスク)の発生は確率計算が中心になります。 保険会社は…
『金融庁や有識者会議(損害保険業の構造的課題に関する有識者会議など)の議論において、企業内代理店に不足している…
今次戦争の初期に宇軍に贈呈された、西側製の対艦ミサイル。
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『※誰もとりあげない話題。今次戦争の初期に宇軍に贈呈された、西側製の対艦ミサイル。いったい、あれらは、今、どこに仕舞い込まれているのだ? まるで役に立っていないじゃないか。ちなみに、オデッサから真南に飛行機が飛ぶと、650km飛んだところでトルコの海岸に達する。鹿屋から650km飛べば沖縄本島よりもさらに南の宮古海峡上だ。』
トルコの造船所で『アダ』級のコルヴェットが起工。
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『2023-8-18記事「Laying down ceremony of the second Ada-class corvette for the Ukrainian Navy」。
トルコの造船所で『アダ』級のコルヴェットが起工。これはウクライナ海軍から受注した2艦目である。
受注1番艦は、2021-9に起工されている。現在も工事中。
ウクライナ国防省とトルコの造船所のあいだで、2艦の建造契約が結ばれたのは、2020-12だった。』
空中で敵機の電波を収集して、それによってミサイル空襲を早期警戒する…。
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『Defense Express の2023-8-18記事「Ukraine’s Own AWACS Drone Gekata Enters New Development Stage」。
空中で敵機の電波を収集して、それによってミサイル空襲を早期警戒する、中型の無人機をウクライナのメーカーが2021年から開発していたが、今年の末には仕上がるのではないかと。「Gekata」という名称。
「PD-2」という既存のUAVにELINT装備をとりつけたもの。
※改造機であるのにこんなにも時間がかかっているのは、美談ではなく、これまた醜聞。』
直近の2年間、現役の米陸軍将兵は、48万5000人から、45万2000人に減少した。
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『Thomas Spoehr 記者による2023-8-17記事「It’s Time for a National Security Strategy for Military Recruiting」。
直近の2年間、現役の米陸軍将兵は、48万5000人から、45万2000人に減少した。本年の新兵徴募目標は、年度末において未達となる見通しである。同様、米海軍と米空軍も、今年度は募集目標は達成できないと予想を立てている。
しかるに関係者に危機感はなさげである。議会も騒がない。これは深刻な事態である。
※国軍の二等兵になるのと、量販店の新人店員になるのと、どっちが「気楽」かというレースになっている。米国の量販店の新人店員は、目の前で貧民集団が「窃盗」を堂々と働いているのに、それを何もせずに傍観すべきことが、マニュアルで定められている。どう考えてもそっちが気楽だ。不健全なモラルが勝利を収めつつあるのではないか。』
精密工作機械は、1991年頃までは、手動であった。
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『Kamil Galeev 記者による2023-8-16記事。
精密工作機械は、1991年頃までは、手動であった。
その後、急速に、NC化した。すなわち、職工の手ではなく、コンピュータ・プログラムが「オクリ」を操作する。
NC化した工業圏では、手動で精密工作ができる職人技などは、あっという間に消えた。それは誰にも継承されない。しばらく経ってからまたベテラン職工の手動工作を復活させようとしたって、絶対に無理である。ロシアは、この状態にある。
今日、世界のどの国であれ、NC制御の工作機械なしに、精密兵器は製造できない。絶対にそれは不可能なのである。
北鮮も、ここに関しては、違いはない。つまり西側から経済制裁を受けている立場であるうちは、NC工作機械を輸入できないし、メンテナンス・サービスも受けられないので、西側レベルの精密兵器は製造できないのである。ロシアと同様に。
イランだけは、それを認めようとしていない。NCなしでもやっていけるぞと虚勢を張っている。
西側の工作機械を使わずに製造できる部品といったら、ケーシングとか台座。安物のベアリング。そのくらいだ。』
ロシアは2025年までに自国内で「シャヘド136」を6000機、製造したい。
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『Defense Express の2023-8-18記事「russia Wants to Make 6,000 Shahed-136 But Struggles to Replicate the Drone’s Engine」。
ロシアは2025年までに自国内で「シャヘド136」を6000機、製造したい。
ロシアはその生産施設のために20億ドル相当の投資をするつもり。
この事業の総監督には、退役したFSB将校がプーチンから任命されているという。
工場のライン長たちは、全員、パスポートを取り上げられて、国外逃亡できなくされた。
現場では防諜のために「符牒」も使われている。ドローンのことは「ボート」。爆薬のことは「バンパー」。「イラン人」のことは「アイルランド人」とか「ベラルーシ人」と呼び変えることになっている。
イランからすべての部品を輸入して組み立てるノックダウン生産は、月産100機だった。今は、この初期段階がおわり(トータル実績300機。計画では7月末までに600機だったが)、逐次にロシアの国内生産パーツを増やしていこうとしている。
機体をロシアが製造し、エンジンをイランが供給するやり方で、とりあえず月産170機強。それで合計1300機を製造したい。
いよいよその次が、エンジンまでロシアで国産する段階となる。月産226機のペースで4000機を完全国産する計画だという。
ただし、電子基盤などの電装系パーツは、西側製でないとダメなので、今後も、闇市場から手に入れるという。
工場には810人の工員が必要だ。しかしまだその予定人数を集めることができていないという。
『WP』の報道で最も注目されるのは、イランはロシア人に技術移転をしてやる気はない、という話。
工場にやってきているイラン人技師は、機体構造に関するテクニカル・データを所持していないという。その秘密は渡さないつもりなのだ。
また、イランからせっかく空輸されてきた部品は、輸送が乱暴なせいか、開梱してみると25%が破損しているという。』
ロシアは2025年夏までに「シャヘド136」を6000機、内製したい意向である。
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『Howard Altman 記者による2023-8-17記事「Ukraine Situation Report: New Details On Russia’s Plans To Build Iranian Drones」。
火曜日の『ワシントンポスト』紙によると、ロシアは2025年夏までに「シャヘド136」を6000機、内製したい意向である。
しかしすでに計画は1ヵ月以上、遅れを見せているという。
工場は、モスクワから500マイル東にある。タタルスタン州。
DCにあるシンクタンク「科学と国際安全保障研究所」によると、いまのところロシアは「シャヘド136」の胴体(全翼)部分だけを国産できる段階で、その累積生産量は300個未満だという。』
朝鮮戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%A6%E4%BA%89
※ あまりに長いので、「機動戦」「消耗戦」に関係すると思われる部分だけ抜粋して、紹介する。
※ 大体の経過は、北朝鮮軍の奇襲侵攻 → 国連軍(韓国軍、米軍)の敗退・後退 → 仁川上陸作戦の成功による国連軍の攻勢・北朝鮮軍の敗退・後退 → 中国義勇軍(と、称するもの)、ソ連軍の参戦による国連軍の劣勢・後退→38度線近辺での膠着状態…、と言った感じのものだ…。






※ 『毛沢東は、一時的に撤退した中国軍を国連軍が深追いしてくれることを望んだが、マッカーサーは毛沢東の目論み通り、中国の本格介入に対しては即時全面攻撃で速やかに戦争を終わらせる他ないと考え、鴨緑江に向けて進撃競争の再開を命じると共に、統合参謀本部に対し、中国軍の進入路となっている鴨緑江にかかる橋梁への爆撃の許可を要請した。その際マッカーサーはトルーマンに宛てて「北朝鮮領土を中共の侵略に委ねるのなら、それは近年における自由主義世界最大の敗北となるだろう。アジアにおける我が国の指導力と影響力は地に墜ち、その政治的・軍事的地位の維持は不可能となる」と脅迫じみた進言を行い、トルーマンと統合参謀本部は従来の方針に反するマッカーサーの申し出を呑んだ[136]。
マッカーサーは中国の罠にはまる形で鴨緑江に向けて軍を進め、中国軍はその動きや部隊配置を全て認識した上で待ち構えていた[137]。アメリカ軍の前線部隊の指揮官らは迫りくる危険を充分に察知していたが、マッカーサーは自分の作戦の早期達成を妨げるような情報には耳を貸さなかった[138]。その作戦はマッカーサーの言葉によれば、第10軍団が鴨緑江に先行した後に、第8軍で一大包囲網を完成させ万力の様に締め上げるというものであったが、その作戦計画は机上の空論であり、中朝国境付近は山岳地帯で進軍が困難な上に、半島が北に広がり軍は広範囲に分散すると共に、中国軍の目論見通り、第8軍と第10軍団の間隔が更に広がり、第8軍の右翼が危険となっていた。その右翼には先日中国軍の攻撃で大損害を被った韓国第2軍団が配置されていたが、最もあてにならないと思われていた[139]。』
※ 『11月24日に国連軍は鴨緑江付近で中国軍に対する攻撃を開始するが、11月25日には中国軍の方が第二次総攻撃を開始した。韓国軍第2軍団は中国軍との戦闘を極度に恐れており、あてにならないとの評価通り中国軍の最初の攻撃でほとんどが分解して消えてしまった。とある連隊では500名の兵士のほとんどが武器を持ったまま逃げ散った[140]。韓国軍を撃破した中国軍は国連軍に襲い掛かったが、山岳地帯から夥しい数の中国軍兵士が姿を現し、その数は国連軍の4倍にも達した。あるアメリカ軍の連隊は10倍もの数の中国軍と戦う事となった。第8軍の第24師団は清川江の南まで押し戻され、第2師団は右翼が包囲され大損害を被った[141]。』
※ 『中国軍の大攻勢が開始されたのは明らかであったのにマッカーサーはその事実を認めようとせず、11月27日、第10軍団のアーモンドに更なる前進を命じている。マッカーサーを尊敬するアーモンドはその命令に従い配下の部隊に突進を命じた。この当時のGHQの様子を中堅将校であったビル・マカフリーは「そのころ、司令部内は完全に狂っていた・・・我々は無数の部隊によって何回も攻撃されていた。唯一の実質的問題は兵士を脱出できるかどうかということだったのに、それでも命令は前進しろと言っていた。マッカーサーは仁川の後、完全にいかれていた」と回想している[142]。しかし実際には前進どころか、第10軍団の第1海兵師団は包囲され、第7師団は中国軍の人海戦術の前に危機的状況に陥っていた[143]。』
※ 『ようやく、状況の深刻さを認識したマッカーサーはトルーマンと統合参謀本部に向けて「我々はまったく新しい事態に直面した。」「中国兵は我が軍の全滅を狙っている。」と報告し[141]、またマッカーサーは自分の杜撰な作戦による敗北を誤魔化すために、今まで共産軍を撃滅する為に鴨緑江目がけて突進を命じていたのに、これを攻勢ではなく『敵軍の戦力と意図を確定させる為の威力偵察』であったとの明らかな虚偽の説明を行った。これは無謀な北進が、散々警告されていた中国の本格介入を呼び込み、アメリカに国家的恥辱を与えた事に対する責任逃れであった[144]。』
※ 『中国軍の攻勢が始まって3日経過した11月28日の夜に東京でようやく主要な司令官を召集し作戦会議が開かれた。マッカーサーが一人で4時間以上もまくしたて中々結論が出なかったが、翌29日に前進命令を撤回し退却の許可がなされた[145]。しかし前線より遥かに遠い東京の司令部で虚論が交わされている間にも、国連軍の状況は悪化する一方であり、既に包囲され前線が崩壊していた第8軍の第2師団は中国軍6個師団に追い詰められわずかな脱出路しか残っていない状況であった[143]。
マッカーサーは第8軍に遅滞行動を取らせている間に第10軍団を敵中突破させ撤退させることとした。各部隊は中国軍の大軍と死に物狂いの戦いを繰り広げながら「アメリカ陸軍史上最大の敗走」を行った[146]。退却した距離は10日で200kmにもなり、1940年のフランス軍やシンガポールの戦いのイギリス軍の崩壊に似たとも評された[147]。撤退は成功し国連軍は壊滅を逃れたが、受けた損害は大きく、もっとも中国軍の猛攻に晒されたアメリカ軍第2師団は全兵員の25%が死傷するなど、国連軍の死傷者数は12,975名にも上った。しかし中国軍の人的損害はその数倍に及んだ[148]。』
※ 『リッジウェイはすぐに東京に向かいマッカーサーと面談したが、マッカーサーは「マット、第8軍は君に任せる。一番よいと思うやり方でやってくれ」と部隊の指揮を前線のリッジウェイに任せることを伝えた[177]。リッジウェイはウォーカーと異なりアーモンドの第10軍団も指揮下に置くことができた。マッカーサーはウォーカーの事故死の直前にあと4個師団の増援がないと前線を安定できないとワシントンに要求していたが、リッジウェイは現状で朝鮮半島にいると予想される共産軍48万名を現在の国連軍36万名で十分処理できると考えていた[178]。
リッジウェイは12月26日には朝鮮半島入りし、西部の第1軍団と第9軍団に小部隊で偵察させたが、水原以南に中国軍の大部隊は存在せず、小部隊に遭遇しただけであった。そこでリッジウェイ中将は漢江以南の地域の威力偵察を目的としたサンダーボルト作戦を命じた[175]。
1951年1月25日、第25師団と第1騎兵師団を基幹とする部隊が北上を開始した[175]。中国軍の抵抗は微弱で同日夕方に水原-利川の線に進出した[175]。1月27日、リッジウェイ中将は漢江南岸の中国軍を一掃するため、第一線部隊を5個師団に増加させ、威力偵察から大規模な攻勢に発展した[175]。北上するにつれて第50軍と第38軍の抵抗を受け、第8軍の進撃は遅々としたものになった。第8軍は、10日間の激戦の末に中国軍を撃退し、2月10日には一部の陣地を残して漢江の線をほぼ回復した[175]。
西部でサンダーボルト作戦を行っている頃に中東部戦線の国連軍は偵察活動によって洪川付近に中国軍が集結していることを掴んだ[175]。その報告を受けた第8軍は、サンダーボルト作戦の成果を東部にも拡張し、洪川付近の中国軍を包囲してその後の本格的な攻勢を行うためのラウンドアップ作戦を発動させ、アメリカ第10軍団と韓国第3軍団、第1軍団に洪川-大関嶺-江陵の線に進出するように命じた[175]。2月5日から北進を開始し、順調に進展していたが、横城付近で強力な抵抗を受けたため北進は停滞した[179]。
2月11日夜、中朝軍が横城正面に第40、42、66軍の3個軍を集中して攻勢に転じ、助攻として西方の第39軍で砥平里の第23連隊を包囲し、東方では北朝鮮軍3個軍団が平昌方向に進撃した[179]。横城の韓国軍3個師団は撃退されたが、砥平里の第23連隊は陣地を死守した[179]。
攻勢開始から1週間ほど経つと衝力は衰え始め、2月18日には後退の兆候も見られるようになった[180]。国連軍は中朝軍に立ち直りの余裕を与えず圧迫を続け、漢江-砥平里-横城-江陵に進出して中朝軍の撃滅を図るキラー作戦を発動した[180]。2月21日、国連軍は全線にわたって北進を開始した。豪雨と中朝軍の抵抗を受けながらも3月初めには漢江南岸-砥平里-横城-江陵に進出し、キラー作戦の目標を達成したが、中朝軍の撃滅はかなわなかった[180]。
リッジウェイ中将はキラー作戦の成果を不十分と考え、引き続き中朝軍を圧迫するためのリッパー作戦を命じた[180]。3月7日、アメリカ第9軍団、第10軍団、韓国第3軍団、第1軍団が北進を開始した[180]。中朝軍の抵抗を受けながらも16日には洪川を、19日には春川を奪回した[180]。一方、西部では韓国第1師団が15日に漢江を渡河しソウルを収復した[181]。
4月9日、ラギット作戦が開始され、アメリカ第1軍団と第9軍団、韓国第1軍団はカンザス・ライン(臨津江-全谷-華川-襄陽)を越えて進出し、4月20日には次の目標線であるユタ・ライン(臨津江-金鶴山-広徳山-白雲山)を占領した[182]。中東部の第10軍団と第3軍団は険しい地形と補給に悩まされながらもユタ・ラインに進出した[182]。各軍団は21日からワイオミング・ライン(漣川-鉄原-金化-華川)を目指して北上した[182]。
4月22日夜、中朝軍の4月攻勢が開始された。4時間に及ぶ攻撃準備射撃に続き、全戦線にわたって攻勢を開始した[182]。中国軍は11個軍をソウル攻略に向かわせた[182]。国連軍は空軍と砲兵の支援で中朝軍に損害を与えつつ逐次にノーネーム・ライン(ソウル北側-清平南側-洪川北側-襄陽北側)まで後退した[183]。新たに第8軍司令官として着任したヴァンフリート中将は400門の火砲を集め、海軍と空軍に協力を要請して、中国軍を火力で撃滅した[183]。第8軍は中朝軍に休む暇を与えないため、直ちに反撃を命じ、5月初めには4月攻勢で失った土地の半分を回復した[183]。ここでヴァンフリート中将は、再びカンザス・ラインに向かう攻勢を計画した[183]。
国連軍の偵察部隊が北進したが、5月10日頃になると激しい抵抗を受けるようになり、中朝軍の攻勢を予感したヴァンフリート中将は全軍に進撃を停止させ、中朝軍の攻勢に備えさせた[183]。5月15日夜、中朝軍による5月攻勢が開始された。西部に第19兵団、東海岸沿いに北朝鮮第3軍団をもって牽制させ、中東部戦線に第3兵団と第9兵団、北朝鮮軍3個軍団の総計は30個師団であった。そして北朝鮮軍は半島東部の太白山脈沿いの韓国第3軍団に攻撃の矛先を向けた。韓国第3軍団(ROK III Corp)が強力な防衛線を張る国連軍の弱点と見抜いていたのである。攻撃を受けた韓国軍は戦うことなく砲、重火器を放棄しただけでなく敵の目につきやすい輸送トラックもあきらめ、携帯武器も捨てながら山岳地帯を南に逃走。将校には捕虜になった際の用心として階級章をもぎ取る者が続出した[184]。去る11月の鴨緑江の再現である[185]。17日に韓国第3軍団は崩壊し、東部戦線は崩壊の危機に瀕した。ヴァンフリート中将はアメリカ第3師団と韓国第1軍団に反撃を命じた。第3師団と第1軍団は中朝軍の進出を阻止し、やがて反撃に転じた[185]。5月末に各軍団はカンザス・ラインを回復した[185]。
カンザス・ラインを確保した第8軍は、同ラインに防御陣地を構築し、さらにこの陣地戦を完全なものにするために前方20キロに連なるワイオミング・ラインを占領して防御縦深を確保すべく、パイルドライバー作戦を発動した[185]。各軍団は北進を続け、6月11日には鉄原、金化を占領した。東部では亥安盆地(パンチボール)南側まで進出したが、同地に北朝鮮軍が堅固な防御陣地を築いていたため、それ以上の進撃を控えた[185]。
7月29日、国連軍は東部戦線で限定目標に対する攻勢を開始した[186]。しかし6月中旬から防御を固めていた中朝軍の陣地は強固で、第10軍団正面の蘆田坪、血の稜線、亥安盆地では激戦となり、数キロ前進するのに約3千人の死傷者を出した[186][187]。10月初旬に国連軍は再び攻勢を開始した。アメリカ第1軍団は10キロ前進して漣川-鉄原の兵站線を安全にし、アメリカ第9軍団は金城川南側高地、韓国第1軍団は月比山、アメリカ第1軍団は断腸の稜線、1211高地を占領して陣地戦を推進した[186]。』
『膠着状態に
中国軍は日中戦争や国共内戦における中華民国軍との戦いで積んだ経験と、ソ連から支給された最新兵器や日本軍の残して行った残存兵器をもとに、参戦当初は優勢だった。だが、この頃には度重なる戦闘で高い経験を持つ古参兵の多くが戦死したことや、補給線が延び切ったことで攻撃が鈍り始めた。
それに対し、アメリカやイギリス製の最新兵器の調達が進んだ国連軍は、ようやく態勢を立て直して反撃を開始し、3月14日にはソウルを再奪回した[188] ものの、戦況は38度線付近で膠着状態となる。
中朝軍は占領地域に大規模な築城を行い、全戦線の縦深20-30キロにわたって塹壕を掘り、西海岸から東海岸までの220キロに及ぶ洞窟陣地を構築した[189]。さらに1951年冬から1952年春にかけて、中朝軍は兵力を増加し、86万7000人(中国軍64万2000人、北朝鮮軍22万5000人)に達し、国連軍の60万人を凌駕した[189]。
1951年冬から両軍は越冬状態で過ごした。しかし第一線では偵察や警戒行動が昼夜を問わず行われ、死傷者が1人も出ない日はなかった[189]。また両軍とも大規模な作戦行動を採らなかったものの、最も防御に適した地形の確保をめぐって、両軍による高地争奪戦が繰り広げられた[189]。』
※ 『マッカーサー解任
マッカーサー解任・リッジウェイ着任を報じる新聞(世界通信)
「ダグラス・マッカーサーの解任(英語版)」を参照
リッジウェイは現有通常戦力でも韓国を確保することは十分可能であると判断しており、実際にマッカーサーから指揮権を譲り受けると、中国軍の攻勢を押しとどめて1951年3月には中国軍を38度線まで押し返した。しかし、昔から自己顕示欲が強く部下の活躍を素直に評価することができないマッカーサーはそれを不服と思っていた。マッカーサーは自分が指揮全権を委ねたはずのリッジウェイの戦いぶりを批判し始め、「これはアコーディオン戦争に過ぎない」と侮蔑的な評価をマスコミに対して公言していた。リッジウェイは少ない戦力で最大限の効果を上げるために、前進に拘ることはなく、戦力に勝る中国軍の攻勢を誘発して大損害を与えるという地道な作戦を繰り返し、着実にキルレシオ10~15:1と圧倒的に大きい人的損害を中国軍に与えていたが、この作戦に対してマッカーサーがケチをつけたものであった[190]。
そのようなマッカーサーに対してリッジウェイは、部下の兵士たちがかなりの成功を収めていると士気も上がっている中で、最高司令官がそれを貶してるのであれば、もはや味方の最高司令官であるはずの人物が、前線で戦っている兵士の士気を挫こうと画策しているのに等しいと憤慨し、マスコミに対して「我々は中国征服に乗り出したわけではない。我々は共産主義を食い止めようとしたのである。我々は戦場における我が兵士の優位を立証した。中国が我々を海に追い落とすことができなければ、それは中国にとって計り知れないほどの敗北である」という見解を発表し、真向からマッカーサーに対抗した[191]。のちにリッジウェイはマッカーサーに対して、自伝で「自分でやったのではない行為に対しても、名誉を主張してそれを受けたがる」と評している[192]。
しかしマッカーサーはリッジウェイからの批判を意に介することはなく、自分の存在感をアピールするために「中国を1年間で屈服させる新しい構想」を主張し始め、さらに「最長でも10日で戦勝できる」と嘯くようになった[193]。その構想とは、満州国建国後に行われた日本の多額の投資により一大工業地帯を築き、第二次世界大戦と国共内戦終結後もそのほとんどがそのまま使われていた満州の工業設備やインフラストラクチャー施設を、ボーイングB-29とその最新型のB-50からなる戦略空軍によって、50個もの原子爆弾を投下して壊滅させた後、アメリカ海兵隊と台湾の中国国民党兵力合計50万名を共産軍の背後に上陸して補給路を断ち、38度線から進撃してきた第8軍と包囲して朝鮮半島の共産軍を殲滅し、中国と北朝鮮国境に放射性コバルトを散布して放射能汚染させて、共産軍の侵入を防ぐというもので、マッカーサーはこの戦略により60年間は朝鮮半島は安定が保てると主張していたが、実現性の怪しいものであった[194]。リッジウェイはこのマッカーサーの計画に対しては「マッカーサーは、中国東北部の空軍基地と工業地帯を原爆と空爆で破壊した後は残りの工業地帯も破壊し、共産主義支配の打破を目指していた」「ソ連は参戦してこないと考えていたが、もし参戦して来たらソ連攻撃のための措置も取った」と朝鮮戦争の解決から逸脱して共産勢力の減殺を目論んでいたと推察していた[195]。』
※ 『一方でトルーマンは、この時点では朝鮮半島の武力統一には興味を示しておらず、むしろ、リッジウェイが戦況を挽回したことで停戦の機が熟したと考えて、アメリカ軍部隊を撤退させられるような合意を熱望しており[196]、自らの計画を実行するために原爆の使用許可を求めてくるマッカーサーをずっと黙殺していた。さらにトルーマンは、朝鮮問題解決の道を開くため、1951年3月24日に「停戦を模索する用意がある」との声明を発表する準備をしており、事前の3月20日に統合参謀本部を通じてマッカーサーにもその内容が伝えられた。トルーマンとの対決姿勢を鮮明にしていたマッカーサーは、この停戦工作を妨害してトルーマンを足元からひっくり返そうと画策、3月24日のトルーマンが声明を出す前に、一軍司令官としては異例の「国連軍は制限下においても中国軍を圧倒し、中国は朝鮮制圧は不可能なことが明らかになった」「中共が軍事的崩壊の瀬戸際に追い込まれていることを痛感できているはず」「私は敵の司令官といつでも会談する用意がある」などの「軍事的情勢判断」を発表したが、これは中国へ「我々が中国を破壊する前に、今すぐ戦争を止めろ」と迫った実質的な「最後通牒」に等しく[196]、中国を強く刺激した[197][198]。
さらにマッカーサーは、野党共和党の保守派の重鎮ジョーゼフ・ウィリアム・マーティン・ジュニア前下院議長に対し、トルーマン政権のヨーロッパ重視政策への批判の手紙を出していたことが発覚、マーティンがその手紙を議会で読み上げたことで、一軍司令官が国の政策に口を出した明白なシビリアン・コントロール違反が相次いで行われたことが判明した。トルーマンは一瞬にして講和交渉をぶち壊されたのに続き、大統領の自分に対して叛旗を翻すマッカーサーに対し「もはや我慢の限界かもしれない。とんでもない反逆だ」と激怒した[199]。またこの頃になるとイギリスなどの同盟国は、マッカーサーが中国との全面戦争を望んでいるがトルーマンはマッカーサーをコントロールできていない、との懸念が寄せられ、「アメリカの政治的判断と指導者の質」に対するヨーロッパ同盟国の信頼は低下していた。もはやマッカーサーを全く信頼していなかったトルーマンは、マッカーサーの解任を決意した[200]。
4月6日から9日にかけてトルーマンは、国務長官ディーン・アチソン、国防長官ジョージ・マーシャル、参謀総長オマール・ブラッドレーらと、マッカーサーの扱いについて協議した。メンバーはマッカーサーの解任は当然と考えていたが、それを実施するもっとも賢明な方法について話し合われた[201]。4月10日、ホワイトハウスは記者会見の準備をしていたが、その情報が事前に漏れ、トルーマン政権に批判的だった『シカゴ・トリビューン』が翌朝の朝刊で報じるという情報を知ったブラッドレーが、マッカーサーが罷免される前に辞任するかも知れないとトルーマンに告げると、トルーマンは感情を露わにして「あの野郎が私に辞表をたたきつけるようなことはさせない、私が奴をくびにしてやるのだ」とブラッドレーに言い放って、公表を急ぐこととし、急遽4月11日深夜0時56分に異例の記者会見を行ってマッカーサー解任を発表した[202]。』
※ 『日本時間の午後には日本にも第一報が届いた。マッカーサーはそのとき妻のジーンと共に、来日した上院議員ウォーレン・マグナソンとノースウエスト航空社長のスターンズと会食をしていたが、ラジオでマッカーサー解任のニュースを聞いた副官のシドニー・ハフ大佐は電話でジーンにその情報を伝えた[203]。周囲にいた日本人、アメリカ人を問わず、ほぼ全員がその知らせを聞いて動揺したが、当のマッカーサーは冷静に受け止めた[204]。翌12日に、トルーマンから発信された「将軍あての重要な電報」が通信隊より茶色の軍用封筒に入った状態でハフの手元に届いた。その封筒の表には赤いスタンプで「マッカーサーへの指示」という文字が記してあった。ハフはマッカーサーが居住していたアメリカ大使公邸にこの封筒を持って行き、昼食中のマッカーサーに泣きながら封筒を手渡した。マッカーサーは感情を表に出すことはなくその封筒を開けてトルーマンからの指示を読んだ[205]。
大統領として、そして合衆国軍の最高司令官として、誠に遺憾ながら、貴殿を連合国軍最高司令官、国連軍最高司令官、極東方面軍最高司令官、アメリカ陸軍極東司令部総司令官の職から解く。貴殿の指揮権を、速やかにマシュー・リッジウェイ中将に移譲されたい。
マッカーサーはトルーマンからの指示を読んだ後もなんの感情を見せることなく、しばらく沈黙した後に夫人に向かって「ジーニー、やっと帰れるよ」と言った[206]。
解任されたマッカーサーは、4月16日に専用機「バターン号」で家族とともに東京国際空港からアメリカに帰国し、帰国パレードを行った後にアメリカ連邦議会上下両院での退任演説をし、退役し軍歴を閉じた。』
※ 『韓国軍の強化
1951年5月末、カンザスラインをほぼ確保した時点で、再び機動戦が展開されることはないと判断され、第8軍と韓国陸軍本部は協議して韓国軍の再訓練に取り掛かった[207]。
1951年7月、野戦訓練団が束草の南側に創設され、アメリカ軍から第9軍団副軍団長のトーマス・クロス准将をチーフとする教官、助教あわせて150人が派遣された[208]。訓練期間は9週間を予定し、各個教練、小銃射撃、分隊訓練の基本から師団司令部の幕僚勤務まで、あらゆる訓練をやり直した[209]。最初の訓練対象は第3師団となり、9週間後の検閲で合格し、アメリカ軍第10軍団に編入されて第一線に復帰した[210]。1952年末までに全10個師団が訓練を受けた[211]。
既存部隊の再訓練と並行して各兵科の専門教育の充実も計られた[210]。何千人もの将校、下士官がアメリカの陸軍歩兵学校や砲兵学校などの実施学校で受け、高級幹部はアメリカ陸軍指揮幕僚大学にも留学している[212]。5 – 10ヵ月の短期課程を終えて帰国した要員は、17の各種実施学校の教官、助教となった[212]。済州島に開設された第1訓練所には負傷して前線勤務が出来なくなった者を教官や助教に充て、新兵には16週間の基本教練が行われ前線に補充された[213]。
1952年1月に正規4年制の陸軍士官学校が鎮海で開校され、4月から教育を始めた。また1951年12月には大邱に幕僚学校が開設されて参謀の育成も始まった[213]。
戦線では再訓練の効果が現れ、東部戦闘地区と中央東側戦闘地区における国連軍の攻撃作戦の多くは、ほとんど韓国軍の部隊で実行された[214]。
将来予想される休戦線の長さ、韓国の国力、期待できる軍事援助などを考慮し、20個師団が必要と算定し、1952年11月から新師団の編成が始まった[215]。1952年末の時点で前線部隊の4分の3近くを韓国軍が占めるようになり、前線に配備された16個師団のうち、11個師団は韓国軍、3個師団は米陸軍、残りの2個師団はそれぞれ米海兵隊と英連邦軍であった[216]。他の韓国軍部隊は、韓国海兵連隊をアメリカ軍第1海兵師団に編入させるなどして、いくつかのアメリカ軍師団を補強した[216]。またヴァンフリートは予備として韓国軍1個師団とアメリカ軍3個師団を用意した[216]。20個師団体制は休戦後の1953年11月に確立した[217]。』
※ 『停戦
詳細は「朝鮮戦争休戦協定」を参照
休戦会談を行う両陣営(1951年10月11日)
この後、1951年6月23日にソ連のヤコフ・マリク国連大使が休戦協定の締結を提案したことによって停戦が模索され、1951年7月10日から開城において休戦会談が断続的に繰り返されたが、双方が少しでも有利な条件での停戦を要求するため交渉は難航した。
休戦協定
アメリカの空爆と核攻撃の脅威にさらされた金日成は休戦を望んだが、毛沢東は一切譲歩しようとせず、「金日成同志よ! 休戦は敗戦につながる一歩だ。我々は、戦争のおかげで鍛えられ、アメリカ帝国主義と戦う貴重な経験を得ているではないか」と休戦を拒否した[21]。金日成はスターリンにも直談判を試みたが、スターリンは「我々は中国の代表団とこの問題を討議し、休戦には応じないという結論に達した。以上だ」と取り合わなかった[21]。
しかし1953年に入ると、アメリカでは1月にアイゼンハワー大統領が就任、ソ連では3月にスターリンが死去して両陣営の指導者が交代して状況が変化し、共産主義陣営を主導してきたスターリンが死去したことで残された毛沢東は、ようやく戦火を収めることに同意した[21]。
1953年7月27日に、38度線近辺の板門店で北朝鮮、中国軍両軍と国連軍の間で休戦協定が結ばれ、3年間続いた戦争は一時の終結をし、現在も停戦中である(調印者:金日成朝鮮人民軍最高司令官、彭徳懐中国人民志願軍司令官、M.W.クラーク国際連合軍司令部総司令官。なお「北進統一」に固執した李承晩大統領はこの停戦協定を不服として調印式に参加しなかった)。
停戦協定は結ばれたものの、板門店がソウルと開城市の中間であったことから、38度線以南の大都市である開城を奪回できなかったのは国連軍の失敗であったとされる。』
機動戦を放棄する (Marine Corps Gazette)
https://milterm.com/archives/3325
『2023年8月18日 / 最終更新日時 : 2023年8月18日
米海兵隊の用兵ドクトリンであるMarine Corps Doctrine Publication(MCDP) 1「warfighting」は、その前の1989年3月のFleet Marine Force Manuals(FMFM) 1をほぼ継承する形で1997年6月に出版されている。
目まぐるしい科学・技術の発展が戦争の本質を変えることはなくとも戦いの性質を変えるとの認識のある中で、30年近く普遍的な位置づけを持っている。
「MCDP 1 warfighting」の中心的な用兵の考え方はManeuver Warfareであると言われている。
Maneuver Warfareを信奉するManeuveristといわれる退役米海兵隊将官をはじめとする米海兵隊員がいる中で、過度にManeuver Warfareに傾倒することに疑念を持つ米海兵隊員もいると言われる。
科学・技術の発展が明らかに作戦環境を変えていく中で、MCDP 1「warfighting」について、つまりManeuver Warfareを再度議論をしていこうという流れが2020年6月のMarine Corps Gazette誌の「What Marines Believe About War and Warfare‐A declaration」から始められている。
以降、Maneuverist論文として、米海兵隊でのManeuver Warfareを様々な角度からの意見が2020年8月号の「米海兵隊の機動戦―その歴史的文脈- Maneuverist #1」から2022年9月の「機動戦理論の進化 Maneuverist #23」まで続いた。
この議論に先立って、米海兵隊はデビッド・H・バーガー米海兵隊大将が2020年3月に「Force Design 2030」で、大胆ともいえる戦力見直しを示しており、その具体化が進んでいくこととなっているといえる。
Maneuverist論文の議論も「機動戦理論の進化 Maneuverist #23」の最後に述べられているように、熱を帯びるどころか色々な課題を突き付けられてきた。
Marine Corps Gazette誌に、2023年1月にManeuver Warfareに関し、MCDP 1を見直しに関する3つの記事が掲載されていただけである。
ここで紹介するのは、Marine Corps Gazette誌に、2023年9月号に掲載のManeuver Warfareの3つの記事のうち、MCDP 1を見直すことへの意見を述べたものであり、米海兵隊ガゼット2023年遠征戦学校(EWS)プロ・ライティング賞第1位に輝いた論稿である。ウクライナでのロシア・ウクライナ双方の戦いをメディアを通じて感じながら、米海兵隊少佐の論稿が、今後の戦いのあり方を考える参考になれば幸いである。(軍治)
機動戦を放棄する
なぜ、MCDP 1を変更しなければならないか
Abandon Maneuver warfare
Why MCDP 1 must change
米海兵隊ガゼット2023年遠征戦学校(EWS)プロ・ライティング賞第1位
by Capt Noah P. Andersen
Marine Corps Gazette ? September 2023
アンダースン(Andersen)米海兵隊少佐は歩兵将校で、2023年に遠征戦学校を卒業。現在は第2海兵連隊第1大隊に配属予定。
米海兵隊はMCDP 1「Warfighting」を改訂し、消耗(attrition)、機動(maneuver)、道徳(moral)の戦争スタイル(styles of war)を適応戦(adaptive warfare)と呼ばれる包括的な用兵哲学(warfighting philosophy)に組み込むべきである。MCDP 1 とその機動戦(maneuver warfare)に関する記述の不備は、21世紀の米海兵隊に重大な課題を引き起こしており、今後も引き起こし続けるだろう。
これらの欠点は、将来の紛争を学び、予測し、適応する米海兵隊の組織的能力を妨げる制限的な精神的枠組み(limiting mental framework)を生み出している。MCDP 1 の改訂、機動戦(maneuver warfare)の優位性の放棄、および新しい用兵哲学(warfighting philosophy)の採用により、米海兵隊は将来の課題に対してより適切に備えることができるようになる。
MCDP 1によれば、機動戦(maneuver warfare)とは、迅速かつ集中的で、予期せぬ行動によって敵の結束を打ち砕こうとする戦いのスタイル(style of warfare)である[1]。機動戦(maneuver warfare)は、敵の脆弱性を迅速に突くこと、敵のシステムを破壊すること、冷酷な日和見主義、敵が対処できないような急速に悪化する状況を作り出すためにあらゆる優位性を利用することを特徴としている[2]。
機動(maneuver)は、優れた火力によって敵の戦闘力を累積的に破壊することで勝利を目指す戦争スタイルである消耗戦(attrition warfare)とは対極にあると考えられている[3]。
消耗(attrition)は、集権化した統制(centralized control)、効率性重視(inward focus on efficiency)、数的および物的優位性の必要性によって特徴づけられると言われている[4]。
機動戦(maneuver warfare)と消耗戦(attrition warfare)は名目上、戦争のあらゆるレベルに存在するが、MCDP 1[5] の例や機動戦(maneuver warfare)の初期の提唱者の一人であるウィリアム・S・リンド(William S. Lind)[6]の著作からも明らかなように、作戦レベルで最も区別できる。作戦レベルでは、MCDP 1 の機動(maneuver)と消耗(attrition)の扱いは3つの根本的な問題を引き起こしている。
第一の問題は、消耗(attrition)と機動(maneuver)が誤った二分法であり、第三の主要な戦争のスタイルである道徳戦(moral warfare)を説明していないことである。
MCDP 1 の知的基盤の多くを築いたジョン・ボイド(John Boyd)は、道徳戦(moral warfare)とは、敵の意志や抵抗能力を挫くために、脅迫(menace)、不確実性(uncertainty)、不信感(mistrust)を作り出し、利用し、拡大する欲求であると述べている[7]。
モンゴル人とほぼすべてのゲリラ指導者が使用するこの戦いのスタイル(style of warfare)は、2013年のイスラム国の成功[8]、2014年のロシアによるクリミア編入の成功[9]、そして2021年のアフガニスタンでのタリバンの政権復帰[10]に貢献したと考えられる。
したがって、道徳戦(moral warfare)は、米国の敵対者によって現在使用されている現代戦争の有効かつ適切な形式であり、タリバンの場合、多国籍軍の敗北の主な原因となった。この戦いのスタイル(style of warfare)を米海兵隊のドクトリン的基盤から排除し続けることは、将来の米海兵隊作戦の効率と将来の作戦環境に対応する能力に重大な課題をもたらす。
上に述べた機動(maneuver)と消耗(attrition)という誤った二項対立の誤りをさらに悪化させているのは、MCDP 1が機動戦(maneuver warfare)を戦術的・作戦的卓越性と混同していることである。
機動戦(maneuver warfare)とは、数的優位に立つ部隊に対して、最小限の死傷者で「賢く闘う(fighting smart)」ことである[11]。この説明は、3つの点で歴史にそぐわない。
第一に、朝鮮戦争におけるマッカーサー(MacArthur)大将が証明したように、機動戦(maneuver warfare)とその冷酷な日和見主義(ruthless opportunism)はあらゆる場面に適していない。
仁川で作戦的機動(operational maneuver)を成功させた後、約26万人の中国人民志願兵が到着するなど状況が大きく変わったにもかかわらず、マッカーサー(MacArthur)は北の鴨緑江まで迅速かつ攻撃的な作戦を続けた[12]。
米国第8軍は、戦争へのより穏健な、あるいは消耗戦的なアプローチへの移行を試みるのではなく、鴨緑江への進軍を続け、その結果、米国軍事史上最悪の敗北を喫した[13]。
第二に、劣勢ではなく数的優勢が、機動(maneuver)を成功させるための前提条件である。
このことは、第一次世界大戦の西部戦線で機動(maneuver)を成功させる妨げとなった兵力の膨大な密度と同等性、および1951年の朝鮮半島で機動作戦(maneuver operations)を実施するのに必要な局地的な数的優位と物的優位が証明している[14]。
最後に、現代の機動戦(maneuver warfare)は不平等な死傷者分布との相関性が低い。
ドイツ軍はマイケル作戦(Operation Michael)中に、最終的に電撃戦と機動戦(maneuver warfare)の基礎を形成することになる革新的な新しい浸透戦術(infiltration tactics)と兵力の投入を利用して、最終的に1918年3月に連合国軍前線への侵入に成功した。
彼らは、それまでの4年間の闘いで果たせなかったことを数日で達成した。
しかし、機動戦(maneuver warfare)を重視したアプローチと初期の成功にも関わらず、連合軍の死傷者が24万人であるのに対し、ドイツ軍は25万人の死傷者を出し、その結果、ドイツの戦争の取組みは確実に崩壊した[15]。
これらの結果は、1991年の連合軍による「砂漠の嵐作戦(Operation DESERT STORM)」の成功と対照的である。
この作戦では、消耗ベースの航空戦役(attrition-based air campaign)と軍団レベルの正面攻撃により、わずか240名の攻撃者を犠牲にして数十万のイラク軍を壊滅させた[16]。
機動戦(maneuver warfare)は、犠牲を最小限に抑えて優れた部隊と戦うより賢い方法であると主張し続けると、見事な機動(maneuver)が対等な敵対者(peer adversary)に対する壊滅的な敗北に終わったマイケル作戦(Operation Michael)と同様の結果を容易にもたらす可能性がある。
このように、消耗(attrition)と機動(maneuver)という誤った二項対立と、機動戦(maneuver warfare)の不当な優位性は、米海兵隊にとって本質的に制限的な精神的枠組み(limiting mental framework)を作り出している。
歴史を無視することで、MCDP 1 は「採用されるべき戦いの形態(form of warfare)を規定する戦いの条件付き性質を説明出来ずに、代わりに機動戦(maneuver warfare)を採用されるべき唯一の戦いの形態(form of warfare)に格上げしている」[17]。
この限定的な枠組みは、米海兵隊が2003年のイラク侵攻後の反乱を予測し、アフガニスタンでのタリバンとの長期にわたる闘争(struggle)に学び、適応する能力を阻害した[18]。
戦争におけるドクトリン上の欠陥を克服することは可能であり、これまでも達成されてきたが、MCDP 1の限定的な精神的枠組み(limited mental framework)を守り続けることは、指揮官が現実に即して問題を構成する能力を著しく制限する[19]。
これらの問題は、MCDP 1 を改訂すれば、すべて改善できる。
第一に、機動(maneuver)、消耗(attrition)、道徳(moral)の3つの用兵スタイル(warfighting styles)がすべて含まれ、それぞれの長所、短所、状況に応じて適切に特徴づけられなければならない。
戦争スタイル(war styles)の理解を二元論から三位一体に拡張することで、米海兵隊は戦争の性質(character of war)と、現在機動(maneuver)対消耗(attrition)という文脈に当てはまらない無数の問題をよりよく理解できるようになるだろう。
これにより、米海兵隊は、ハイブリッド戦(hybrid warfare)の形態で3つの戦争スタイル(styles of war)すべてを利用する中国やロシアなど、ほぼ同等の敵に対抗するためのより良い準備ができるようになる[20]。
第二に、米海兵隊はその用兵哲学(warfighting philosophy)として機動戦(maneuver warfare)を放棄しなければならない。
好ましい戦争スタイル(style of war)として機動(maneuver)を排除することで、指揮官はそれぞれの戦いのスタイル(tyle of warfare)を、その長所と状況特有の条件に基づいて徹底的に分析することができるようになる。
これにより、指揮官は、あらゆる場面に不向きな単一の戦いの形態(singular form of warfare)に頼るのではなく、より効果的に問題に適応できるようになる。
作戦の間にさまざまな戦争の形態(forms of war)を採用する利点は、第二次世界大戦中のビルマにおけるイギリス陸軍元帥ウィリアム・スリム(William Slim)の行動によって証明されている。
大日本帝国陸軍による長年の挫折の後、スリム(Slim)率いる第14インド軍は、1944年のインパールの戦いとコヒマの戦いで優勢な大日本帝国陸軍を消耗させる作戦戦略を採用し、その後ビルマ奪回のための決定的な機動(decisive maneuver)に移行した[21]。
こうしてスリム(Slim)は作戦上の消耗(attrition)を利用し、作戦機動に必要な条件を整えた。同様の手法は、マシュー・リッジウェイ(Matthew Ridgway)将軍が朝鮮戦争で第8軍の指揮を執った際、中国人民義勇軍からの悲惨な撤退後に用いたものである。
リッジウェイ(Ridgway)は、戦場への機動(maneuver)の回復を試みるのではなく、友軍の死傷者を最小限に抑え、北朝鮮と中国に深刻な損失を与え、交渉の席での国連の政治力を大幅に強化する賢明で成功した消耗の戦争(war of attrition)を強調した[22]。
1951年前半におけるリッジウェイ(Ridgway)の消耗的成功(attritional success)により、最終的に国際連合は1953年に戦略目標を達成することができた[23]。
米海兵隊の用兵哲学(warfighting philosophy)である機動戦(maneuver warfare)を削除することで、米海兵隊は、望ましい結果を達成するための作戦戦略を適用する際、より柔軟で現実的なものとなることができる。
最後に、米海兵隊は、機動戦(maneuver warfare)、消耗戦(attrition warfare)、道徳戦(moral warfare)を、適応戦(adaptive warfare)と呼ばれる包括的な用兵哲学(warfighting philosophy)に包含すべきである。
適応戦(adaptive warfare)は、戦略目標を達成するために、あらゆるドメインで比較優位性を活用するために、適応(adaptation)、非対称(asymmetry)、予想(anticipation)を重視する。
適応戦(adaptive warfare)は、機動戦(maneuver warfare)の普遍的に適用可能な原則(諸兵科連合(combined arms)、任務戦術(mission tactics)、指揮官の意図(commander’s intent))を保持し、個人から組織レベルに至るまで、戦争における適応性(adaptability)と予想(anticipation)を強調し、ある戦争スタイル(style of war)が他のスタイルに優越することを破棄する。
この用兵哲学(warfighting philosophy)は、主に指揮によって引き起こされる軍事災害を防ぐために必要な認知の柔軟性と想像力を可能にするのに役立つだろう[24]。共通の用兵哲学(warfighting philosophy)を導入し続けることで、米海兵隊は、部隊を団結させ導く役割を果たしてきた専門的使命と共通言語を保持することができる[25]。
機動戦(maneuver warfare)の放棄を勧めることは、敵意をもって迎えられる可能性が高い。機動戦の優位性(maneuver warfare’s primacy)を支持する人たちがよく口にするのは、機動戦(maneuver warfare)を評価できないのは、機動戦(maneuver warfare)を十分に理解していないか、使いこなせない人たちだということである[26]。
彼らにとって、機動戦(maneuver warfare)の失敗は、哲学に固有の欠陥によるものではなく、個々の指揮官の知的な欠陥や機動戦(maneuver warfare)の実施の不備によって最もよく説明される。機動戦(maneuver warfare)については確かに誤解がある。
しかし、これらの誤解は、その批判者や失敗した実践者のせいではなく、むしろ機動戦(maneuver warfare)の理論自体によって引き起こされており、これは機動戦(maneuver warfare)の最も著名な支持者の明らかな矛盾によって証明されている。
例えば、ウィリアム・S・リンド(William S. Lind)は機動戦の本質(essence of maneuver warfare)を軽歩兵による別々の軸への縦深侵入として説明している[27]。
しかし、ブライアン・カーグ(Brian Kerg)米海兵隊少佐は、機動戦(maneuver warfare)の本質的な側面を、敵への志向性、非対称性、道徳的敗北メカニズム、時間の活用と定義している[28]。
カーグ(Kerg)少佐はさらに、機動戦(maneuver warfare)のこれらの側面は、敵に向けることと非対称性という2つの側面があらゆる戦いの形態(forms of warfare)に遍在しているにもかかわらず、MCDP 1ではあまりにも軽視されており、道徳的敗北のメカニズムは道徳戦(moral warfare)により関連していると述べている。
機動(maneuver)よりも時間の利用だけが機動(maneuver)に固有の適合性を持つ[29]。
もう一人の機動の提唱者(maneuver proponent)であるマリナス(Marinus)は、敵の結束を砕くという機動戦(maneuver warfare)の定義を文字通りにとらえるべきではないと述べている[30]。
しかし、機動戦(maneuver warfare)の初期の著者であるG.I.ウィルソン(G.I. Wilson)は、機動戦(maneuver warfare)の全目的と手口は敵の結束を砕くことであると述べている[31]。
もし誤解が生じたとすれば、それは機動戦(maneuver warfare)の支持者の間でも、反対派の間でも、同じように生じているようである。
機動戦(maneuver warfare)を行おうとする指揮官の間で大きな困難が生じることも事実である。
とはいえ、指揮官がそれを実行する能力を本来持っていなかったとされることに責任があるかといえば、そうではない。
その代わり、この機動戦(maneuver warfare)の擁護は、機動戦(maneuver warfare)は失敗しないので、機動戦(maneuver warfare)の失敗は指揮官のせいに違いないという先験的な仮定(a priori assumption)に依存している。
この誤謬の誤りは、マッカーサー(MacArthur)が仁川で作戦的に見事な機動(maneuver)を展開した直後に、機動(maneuver)で大失敗したことほど明らかなものはない。
したがって、機動戦(maneuver warfare)が成功するかどうかは、指揮官がそのスタイルを理解し、実行するかどうかではなく、むしろ機動戦(maneuver warfare)が作戦の状況に適しているかどうかにかかっているのである[32]。
このように、同じ反論の二つの部分は、米海兵隊で妥当性を保ち続けるにはふさわしくない、反証不可能なドグマを作り出そうとしている。
米海兵隊は、その基礎となる出版物である MCDP 1 を手始めに、ドクトリンの改訂を必要としている。この改訂には3つの要素が含まれなければならない。
すなわち、様々な戦争スタイル(styles of war)の新たな徹底的な分析、機動戦の優位性(supposed primacy of maneuver warfare)の放棄、そして適応戦(adaptive warfare)と呼ばれる新たな用兵哲学(warfighting philosophy)である。
この MCDP 1 の改訂は、米海兵隊に、次の紛争の前、紛争中、紛争後のいずれにおいても、予期し、学習し、適応するための認識枠組み(cognitive framework)を与えるドクトリン上の基礎を構築しなければならない。
ノート
[1] Headquarters Marine Corps, MCDP 1 Warfighting, (Washington, DC: June 1997).
[2] Ibid.
[3] Ibid.
[4] Ibid.
[5] Ibid.
[6] William S. Lind, “The Operational Art,” Marine Corps Gazette 72, No. 4 (1988).
[7] Frans P.B. Osinga, Science, Strategy, and War: The Strategic Theory of John Boyd (New York: Routledge, 2007).
[8] Aviva Guttman, “The Rise of ISIS as a Partial Surprise: An Open-Source Analysis on the Threat Evolution and Early Warnings in the United Kingdom,” International Journal of Intelligence and Counter Intelligence, January 25, 2022, https://doi.org/10.1080/08850607.2022.2095543.
[9] Ian Brown, “Warfighting 3.0,” Marine Corps Gazette 100, No. 8 (2016).
[10] Benjamin Jensen, “How the Taliban Did It: Inside the ‘Operational Art’ of Its Military Victory,” New Atlanticist, August 15, 2021, https://www.atlanticcouncil.org/blogs/newatlanticist/how-the-taliban-did-it-inside-theoperational-art-of-its-military-victory.
[11] MCDP 1, Warfighting.
[12] David Halberstam, “MacArthur’s Grand Delusion,” Vanity Fair, September 24, 2007, https://www.vanityfair.com/news/2007/10/halberstam200710.
[13] Carter Malkasian, A History of Modern Wars of Attrition (Westport: Praeger Publishers, 2002).
[14] Ibid.
[15] Stephen Biddle, Military Power (Princeton, NJ: Princeton University Press, 2004).
[16] Ibid.
[17] Amos C. Fox, “A Solution Looking for a Problem: Illuminating the Misconceptions in Maneuver Warfare Doctrine,” Armor, (Fall 2017), https://www.benning.army.mil/armor/earmor/content/issues/2017/Fall/4Fox17.pdf.
[18] Eliot A. Cohen and John Gooch, Military Misfortunes: The Anatomy of Failure in War (New York: Free Press, 2006); and Carter Malkasian, “What America Didn’t Understand About Its Longest War,” Politico Magazine, July 6, 2021, https://www.politico.com/news/magazine/2021/07/06/afghanistan-war-malkasianbook-excerpt-497843.
[19] A History of Modern Wars of Attrition.
[20] Mark Thomas, “The Chinese Roots of Hybrid Warfare,” Center for European Policy Analysis, August 10, 2022, https://cepa.org/article/the-chinese-roots-of-hybrid-warfare; Mason Clark, “Russian Hybrid Warfare,” Institute for the Study of War, 2020, https://www.understandingwar.org/report/russianhybrid-warfare.
[21] History of Modern Wars of Attrition.
[22] Ibid.
[23] Ibid.
[24] Military Misfortunes: The Anatomy of Failure in War.
[25] MCDP 1, Warfighting.
[26] Marinus, “Marine Corps Maneuver Warfare,” Marine Corps Gazette 104, No. 8 (2020).
[27] “The Operational Art.”
[28] Brian Kerg, “Let Boyd Speak!,” Marine Corps Gazette 104, No. 11 (2020).
[29] Ibid.
[30] “Marine Corps Maneuver Warfare.”
[31] G.I. Wilson, “Maneuver/Fluid Warfare,” Marine Corps Gazette 66, No. 1 (1982).
[32] A History of Modern Wars of Attrition.
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ミッション・コマンドが繁栄するための条件の設定 (Military Review)
2023年8月7日
将来の紛争のための自動化 (Marine Corps Gazette)
2023年8月4日
ゲラシモフの防衛戦略 (mickryan.substack.com)
2023年7月28日
戦略的変曲点 (Joint Force Quarterly)
2023年7月13日
ウクライナと将来の軍のリーダーのための教訓 (mickryan.substack.com)
2023年7月6日
米海兵隊歩兵のための致死性のエコシステム (Marine Corps Gazette)
2023年6月27日
部隊の維持を強化する機械学習 (Marine Corps Gazette)
2023年6月27日
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米国人は台湾への軍事援助を支持、有事の米軍派遣を支持したのは38%だけ
https://grandfleet.info/indo-pacific-related/americans-support-military-aid-to-taiwan-only-38-support-us-troop-deployment-in-contingency/
『2023.08.17
ロイターは16日「中国が台湾を攻撃した際、台湾防衛のため米軍派遣を支持した米国人は38%に過ぎず、バイデン大統領が台湾有事に直面する政治的制約が浮き彫りになった」と報じており、この結果には台湾メディアも注目している。
参考:Americans back tariffs, military prep against China -Reuters/Ipsos poll
どれだけ台湾のことを心配しても、他国のために武器をとり血を流せるかと問われると多くの人々が「NO」と答える
ロイターとイプソスは共同で世論調査(民主党支持者443人と共和党支持者346人を含む1,005人が回答)を実施、米国人の75%が中国に否定的な見方を、84%が習近平主席を好ましく思っておらず、回答者の半数が中国の攻撃を抑制するため台湾への軍事援助を支持、バイデン大統領は「台湾が中国から攻撃されれば防衛に向かうのか?」という質問に「我々にはそうする義務がある」と再三訴えているが、台湾を防衛するため米軍派遣を支持すると回答したのは38%に過ぎず、42%が反対、20%が分からないと回答。
出典:U.S. Army
この結果を受けてロイターは「バイデン大統領が台湾有事に直面する政治的制約が浮き彫りになった」と報じており、台湾メディアも「米国人は台湾の軍事援助に前向きだが、台湾防衛のための派兵には否定的だ」と報じている。
1979年1月にカーター大統領が中華人民共和国との国交樹立に踏み切った影響で米国は米華相互防衛条約を廃止、その代わりとして制定されたのが「台湾関係法」と呼ばれる準外交関係で「台湾が十分な自衛能力を維持するのに必要な防衛物資=防衛装備品やサポートを提供する義務がある」と定義しているが「台湾が攻撃または侵攻を受けた際の米軍介入」は保証しておらず、台湾有事に関与すべきではないと考える米国人も少ない。
出典:中華民國總統府 / CC BY 2.0
Defense Prioritiesは「台湾人が自国の防衛に全力を尽くしていると示さないかぎり、米国が台湾のために中国との戦争さえ厭わないという話は控えるべきだ。台湾人が自国の防衛に命を捧げる気がないのなら、米国人が台湾人の代わりに死ぬは不道徳だ」と主張、政治評論家のヘレン・ラリー氏も「台湾は米国の軍事介入や支援を当てにするのではなく、台湾有事は日本有事だと公に公言している日本を当てにしたほうが良い」とまで言っているが、その日本人も台湾有事への関与に消極的だ。
米政府が運営するVoice of Americaは昨年「台湾有事に対する日本の態度は海外向けと国内向けで大きく異なり、口では台湾有事を心配しても実際の戦いには参加しない可能性がある。ワシントンは日本が台湾有事に介入することを期待しているし、自民党の指導者も介入すべきだと考えているが肝心の国民にはその気がなく、安倍首相や自民党と統一教会の関係が問題になったため安倍の遺産(台湾有事は日本有事)は全てマイナスに働く」と指摘。
出典:内閣官房内閣広報室 / CC BY 4.0
台湾民意基金会が実施した世論調査で台湾人の約58%が「中国軍の攻撃を受ければ日本が自衛隊を派遣してくれる」と、約60%が「台湾有事の際に日本は防衛に必要なあらゆる装備や物資を支援してくれる」と回答したが、台湾メディアは昨年末「日本人の74%は自衛隊が米軍と一緒に台湾有事で戦うことを反対している(新聞通信調査会の世論調査結果)」と報じており、どれだけ台湾のことを心配しても「他国のために武器をとり血を流せるか」と問われれば多くの人々がNOと答えるのも現実だ。
関連記事:台湾メディア、日本人の74%は台湾有事への自衛隊派遣に反対している
関連記事:義務と協力の違い、中国との戦いに米軍派遣を期待しない台湾人が増加
関連記事:米シンクタンク、なぜ台湾のために米軍兵士は死ななければならないのか?
関連記事:米メディア、中国の侵攻台湾を阻止する希望は米国ではなく日本からやって来る
関連記事:台湾人の58.8%は有事に米軍介入を期待、但しバイデンを馬鹿正直に信じるのは危険
関連記事:英外相、NATOは中国の脅威に晒される台湾を保護すべきと主張
※アイキャッチ画像の出典:US Navy Cpl. Jackson Ricker
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投稿者: 航空万能論GF管理人 インド太平洋関連 コメント: 86 』
『 パセリ
2023年 8月 17日
返信 引用
台湾の防衛の為に日本人が数千人死亡なんて絶対嫌だし、アメリカ人だって日本を助ける為に核が降ってくるリスクなんて負いたくないだろう
自己防衛力を高めるのも大事だけど有事に助けてくれる仲間を増やすためにも国際協力は大事よね
40
あ
2023年 8月 17日
返信 引用
台湾が落ちれば遅かれ早かれ日本が攻められ、犠牲が出るのは避けられないが
35
パセリ
2023年 8月 17日
返信 引用
国民に被害が出ていない状態で台湾が落ちたら日本が危険な状態になるから台湾に出兵します、勿論国民に死者が出ますが仕方ないです。そう言って世論を納得させられるなら良いですね
私はそんな理論で世論が容認するとは思いませんが
40
kame
2023年 8月 17日
返信 引用
麻生さん辺りの自民党議員は本気でそう考えてそうですけどね。
まあ、あんまり言いたくないですけど、今の自民党なら何かしらこじ付けして自衛隊を出動させると思いますよ。
13
全裸ギター
2023年 8月 17日
返信 引用
大なり小なり自分に被害がでて実感しないとわからないっていう事はよくある話ですね
6
ふむ
2023年 8月 17日
返信 引用
世論にそこまで配慮しますかねぇ?
安保理法制とか見るに日本人は既成事実化に弱く、政府も一度有事になれば「始めちゃったんだから仕方無い」と国民に許容されると踏んでると思いますよ
こういう話が出てる時点で「戦力不保持」「武力による威嚇又は武力の行使の放棄」「交戦権否認」とか形骸化してるんですよね
日本に攻め込まれた訳でもなく台湾行くって時点で、昔否定した戦力のライン…外征能力持ってるじゃないかと
実際に国土攻撃されずとも備えで外の紛争に突っ込むのは「満蒙は日本の生命線」と同じで教訓忘れて過去の轍踏んでるじゃないかと
シーレーンの確保って要はABCD包囲網食らってもいないのに食らう可能性レベルで軍事行動起こすって話で、戦前の日本よりまお過激なんじゃないか
全部置き去りにして行動して良いという前提で行動するかしないか議論してる
既成事実化されたから肯定否定は通り過ぎて、そこはもう前提になってる訳ですよ
あるいはイラク派兵も終わってから論点になってませんね
なので国民からの支持率的な意味では、政府がそこまで世論に配慮する必要無いかと
10
お
2023年 8月 17日
返信 引用
国民の反対多数を政府が成立させて国民がそれを追認するのは、今の日本のスタンダードだとは思いますが、それが成り立つのは国民にメリットデメリットトータルしての不利益が発生しなかったからこそです。
台湾有事において、自衛隊が米軍の防衛組織になるのは許容されても人民解放軍との直接交戦は国民にデメリットしか生じないので追認する事は無いでしょう。
そもそも世論を考慮しない政権は、独裁政権というのでは無いでしょうか?
プーチンですら世論対策してるのに我が国の民主度はそれ未満ですね。
20
パセリ
2023年 8月 17日
返信 引用
ホントにその通りで戦争法案やら現在の治安維持法やら左の方々の語彙が試される法案は出ましたがそれらが直接の原因で政権が倒れたことはありません。何故ならそれらが通過したところで生活は表面上は何も変わりませんでしたからね。
ミサイルが頭上に降ってくる、或いは身内が遠くの地で殉職するかもしれない、このようなリスクある行為は相当なリターンが約束されるか、或いは余程の感情的になるような事がない限り絶対に受け入れは無理だと思います
13 』
『 アイスノン
2023年 8月 17日
返信 引用
台湾が中国になったときに尖閣や与那国を守るのは絶望的に無理だろうな。
そして台湾に参戦しない米国が尖閣/与那国で参戦するってのは楽観的すぎる期待だろうな。
尖閣/与那国を守ろうとしても国論は割れて、戦争回避のために島の譲渡を言い出す声も増える。
結局、沖縄のどこまでを割譲するのかみたいな議論になりかねない…
18 』
『
そんなばかな
2023年 8月 18日
返信 引用
あくまでも国内問題というタテマエのある台湾への攻撃と、中共政府が国家として承認し、平和条約を締結している日本への攻撃は、まったく話が違うのですが。何を根拠にこんな考えが広まっているのか教えてほしいです。
17
バーナーキング
2023年 8月 18日
返信 引用
中国が領有権を有すると自称する島嶼に偽装漁民が遭難と称して上陸、
その保護の名目で中国当局が上陸、そのまま駐留・施設建設、しれっと軍事基地化。
「自国領内で自国民を保護してるだけ。日本を攻撃なんかしてない」というタテマエで、細部はともかくこれに類する事は平気でやるんじゃないですかね。
で、それを阻止しようとすれば「日本が先に手を出した」。
14
そんなばかな
2023年 8月 18日
返信 引用
「日本が攻められ、犠牲が出るのは避けられないが」という主張の根拠を知りたいのですが。
国際法上は国内問題である台湾侵攻と、明らかな国際秩序への挑戦である日本侵攻はまったく話が違います。
プーチンがウクライナはロシアの一部だと主張しているように、ヒトラーが東方生存圏を主張していたように、中国政府の誰かが、日本を侵攻することを是とするようなことを何か言っているのでしょうか?
10
バーナーキング
2023年 8月 18日
返信 引用
?
中国政府の誰かの発言どころか「中華人民共和国領海及び接続水域法」にしっかり
「中华人民共和国的陆地领土包括中华人民共和国大陆及其沿海岛屿、台湾及其包括钓鱼岛在内的附属各岛、澎湖列岛、东沙群岛、西沙群岛、中沙群岛、南沙群岛以及其他一切属于中华人民共和国的岛屿(中華人民共和国の陸地領土には、中華人民共和国の大陸及びその沿海の諸島、台湾及び【釣魚島を含むその付属諸島】、澎湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島その他のすべての中華人民共和国に属する島々が含まれる)」と明記されてますが?
4
そんなばかな
2023年 8月 18日
返信 引用
?
領土の係争地なんて世界中そこらじゅうにあるし、日本だって北方領土や竹島をかかえてます。そんなもの、「日本が攻められ、犠牲が出るのは避けられないが」という主張の根拠にはなりませんよ。
8
そんなばかな
2023年 8月 18日
返信 引用
領土の係争地なんて世界中そこらじゅうにあるし、日本も北方領土や竹島をかかえています。それが他国を攻めようとしている根拠になんてなりませんよ。
台湾が落ちたら(ただの無人島に過ぎない)尖閣が危ない、だから台湾問題に介入すべきだ、なんて、なんの合理性も感じられないロジックなのですが。
5
バーナーキング
2023年 8月 18日
返信 引用
私は貴方の
>国内問題というタテマエのある台湾への攻撃と、中共政府が国家として承認し、平和条約を締結している日本への攻撃は、まったく話が違う
を否定しているんですが。
少なくとも尖閣を攻撃して来るタテマエはあるぞ、と。
>何を根拠にこんな考えが広まっているのか
については「日頃の行い」で済む話かと。
そしてそれを否定する貴方の根拠である国家承認、平和条約云々は少なくとも尖閣については成立しませんよ、という話です。
>「日本が攻められ、犠牲が出るのは避けられないが」という主張
私はそんな主張はしていません。
個人的には攻められる可能性の方がはるかに高いとは思っていますが。
6 』
『 2023年 8月 18日
返信 引用
尖閣にも難癖付けて領有化図ろうとして沖縄も中国のものだと難癖発言をしてる相手を、随分と信頼してるんだな
ましてや、ウイグルやチベットなどあれこれして、さらにインドとも殺し合いをしている相手を
6 』
『 分析
2023年 8月 17日
返信 引用
この案件は日本にも突きつけられる問題ですね。
仮に中国が開戦時に台湾のみを攻撃し、南西諸島の米軍や自衛隊基地を先制攻撃して来なかった場合、日本から集団的自衛権を宣言して宣戦布告することが憲法上、法律上、そして民意で認められるかどうか大いに疑問があります。
態々虎の尾を踏むくらいなら、台湾には援助物資の輸送のみで直接参戦しないという選択は十分取りうる可能性があるでしょう。
むしろ台湾有事の際に、中国が初手で沖縄にミサイル攻撃をしてきた方が、台湾の援護をしやすいでしょうね。
この辺りの議論を政治家がしないのは、分かっていて避けているのか分かっていないのかどっちなのでしょうか。
47
お
2023年 8月 17日
返信 引用
>この辺りの議論を政治家がしないのは、分かっていて避けているのか分かっていないのかどっちなのでしょうか。
国民がそれを望んでいないからでしょう。
我々の日常生活は、先達の方々の成功配当に立脚して成立しており、成功配当が消失した場合今の日常生活をおくれなくなる。という事を多くに人が本能的に認識しているように思われます。
特に我が国は戦争に負ける=焼け野原と認識しています。
焼け野原は誰もが容認出来ますまい。
焼け野原からの再出発も容認出来る人だけが賛成している、仮定して再精査しては如何でしょうか
21 』
『 アイスノン
2023年 8月 17日
返信 引用
積極的に台湾の兵站を担う時点で中国は実力で阻止するしかない。
在日米軍に基地使用を認め出動するとしたら、在日米軍基地=日本領土を叩かない可能性は低い。
中国が日本に何もしないのは日米がともに台湾を見放すときに限られるよ。
そして、中国を恐れて日米が動かない場合には近々に尖閣も与那国もとられるよ。
与那国との距離からして、台湾侵攻後の中国が敵国のレーダー基地とミサイル基地をそのまま放置するはず無い。
5 』
『
58式素人
2023年 8月 17日
返信 引用
米国が不介入だった場合、今のウクライナ戦役と同じ構図なのでしょうか。
この場合、 NATOに相当するのが日本なのでしょう。
不介入でも、米国は大量の援助はするでしょうから、日本も付き合うのかな。
今から、SAMとSAM/SSM、爆弾類、機雷/魚雷、小型の戦闘艦、沿岸潜水艦などを
作ってストックしておいた方が良いのかな。
お金では解決しなし。台湾を占領されるのは、将来的にも望ましくないでしょう。
米軍を通じて、台湾の戦略について承知しておくのも必要でしょうか。
何らかの形で尖閣諸島・他に手を出されたらやり返す必要はあると思います。
”尖閣は日本領土”と米国は言っているので、その場合は米国も出てくると思いますが。
5
Artillery
2023年 8月 17日
返信 引用
アメリカが武力介入しない場合、そもそも援助する時間も手段も無いと思いますよ。
台湾はウクライナと違い小さな国です。
海上で阻止出来ずに陸に橋頭堡を作られてしまった場合、比較的短時間で全土陥落するでしょう。
台湾陸軍が善戦して早期の占領とならなかったとしても、海上封鎖されてしまえば軍事援助を届ける手段がありません。
不介入と決めた国がそれを突破は出来ないでしょう。
6
58式素人
2023年 8月 18日
返信 引用
ある意味、台湾の応戦の結果次第、というところはあると思います。
バイデン大統領は、”台湾を守る”と何回か言っていますが、
その都度、国務省にフォローされているようですし。
台湾自体も、指導層(旧国民党)が逃げる可能性は大いにあります。
彼等は”占領されない香港”の立場を望んでいるのでしょうから、
それが出来なければ、どこかで場所を探すでしょう。愛国心は無いです。
日本に来てほしくはないですね。金門島辺りへ行ってもらいたいです。
台湾が援助を望むなら、上陸されないことが必要と思います。
台湾軍の今の戦力構成は陸軍が主ですから、今のままでは無理でしょうか。
それと、封鎖に備えて東海岸に港と空港を複数、さらに、そこから西海岸
への輸送路の事前確保が必要に見えます。
1 』
『 米国と台湾
2023年 8月 18日
返信 引用
アメリカ経済にとっては死活問題
台湾が中国に取られれば、TSMCが製造する最先端プロセスの半導体が
使えなくなってGAFAMのビジネスが死にNVIDIAもAMDも潰れる
大統領は巨万の富を生むアメリカ経済を殺した責任を問われ見せしめとして
J.F.ケネディのように皆が見ている前でライフルでヘッドショットされる
テックジャイアントのマネーゲームに関係のない大半のアメリカ国民や
官僚が台湾問題に消極的でも、財界が許さない 』
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