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平成 20 年度 数学学習指導設計Ⅰ
高等学校数学 数C・行列とその応用 行列の積
https://www.rs.tottori-u.ac.jp/mathedu/mt/xue_sheng_zuo_pin_files/d1_c.pdf『行列という単元は、同時期に学習する数Ⅲの微積分の演算にくらべ、演算が拍子抜け
するほど単純だが、グラフ等と合わせて視覚的に理解しやすい微積分より「それがいったい何であるのか?何の役に立つのか?」理解しづらく、学習が進むにつれ理解が難しくなる単元である印象を受ける。自分自身も、行列の有用性は大学での数学で初めて理解した部分があり、高校の頃は計算方法を厳守することに心を砕いていたように思う。
学習において必要なのは教科に対する興味であり、歴史上こんな問題を解決するために作られてきたのだ、現実世界においてこのように役に立つのだ、ということが興味をかき立てる原動力となると考えている。
しかし、高校の数学は複素数のように新しい概念を持つ世界が広がる場面も多く、その世界へはいるための手続きの段階で、現状では天下り式にならざるを得ないことがある。
複素数や行列は特にその限界を感じることが多い。
今回の学習では、
天下り式に暗記せよとなることの多い行列の積に関して、感覚的に理解できるような方法を模索した。まず行列の歴史を調べ、どのような問題解決の場面があったのかを探した結果、行列式の方がずっと歴史が古いということ、行列は一次変換や連立方程式を解く手段として整備されてきたことがわかった。
また、行列の積は必要に応じて定義されたものであることもわかった。
そこで、授業設計において、指導要領ではもっと後に学習するベクトルの一次変換を利用して行列の積を定義する必要性を生み出し、定義に必然性を持たせることを意図した。
行列の式を工夫してベクトルの回転を表現することはできたように思うが、行列の積を定義することの有用性、実用性について掘り下げることができなかった。
今回の授業では、単元の理解についても授業設計についても自分の力不足を痛感した。
当初の意図は達成できていないと感じるが、難しいテーマに挑戦することで自分自身が成長することができたように思う。この経験を生かして次につなげていきたい。(米原)』













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※ 今日は、こんな所で…。
※ 結論から言うと、自分の内部の「認知の壁」を取り払って、「認知の枠組みを、変えた。」、ということだ。
※ オレの「数学コンプレックス」の原因になっていた要因を、列挙すると
1、計算が苦手だった。必ず、どこかで「計算ミス」して、「答え」が、「合わなかった」。
2、学習内容に、「物語性」が感じられなくて、面白くないと感じた。
3、「解法」を教えられても、自分のどこを探しても、そういう「解法」を発見・思いつけるような要素がなく、自分には、数学の「才能」が無いように感じた。
※ それを、どういう風に、「認知し直した」か、と言うと
1→ 「計算」は、別に、数学の「本質」ではない。
「計算ミス」しても、「気にしない」。
今は、「計算」は、「機械」がやってくれるんで、「正確な計算」の重要度は、低下した。2→ 「数学」とは、ある種の「ツール」である。
「ツール」に、「物語性」が無いのは、当たり前。
むしろ、その「ツール」の、「切れ味」を味わうべきものである。3→ 「解法」は、別に自分で発見する必要はない。
「ツール」なんだから、「使いこなせば」、それで足りる。※ と言うことで、「数学とは、ツールである。それも、切れ味鋭い、ツールである。」という言に、収束する。
※ 「数学とは、数的に処理したいことがあって、それを数的に処理するために、生み出されたツールである。」と、認知し直すことで、「壁」は無くなった…。
※ 1回聞いて、話しが分からなければ、何度でも学び直せばいいだけの話しだ…。
※ 今日も、「数理データサイエンスAI 応用基礎講座 データサイエンス基礎 数学基礎3 ベクトルと行列」を、視聴した…。4回目だ…。
※ そしたら、「行列」(「ベクトルのデータとしての、「行列」」)の積において、「交換」法則が「成り立たない」という意味が、少し分かった。
※ (2 5)と、(5 2)が「ベクトルのデータ」だったら、そりゃ、「意味」が違うだろ…。
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チューリングマシンとは?コンピューター・ソフトウェアの生みの親アラン・チューリング
https://staff.persol-xtech.co.jp/corporate/security/article.html?id=30






『コンピューター科学の巨人、アラン・チューリング。彼が考案したチューリングマシンは、コンピューターの原理となり、その後、コンピューター実機の開発が始まっていきます。
しかし、チューリングは最初からコンピューターの原理を考案しようとしたわけではありませんでした。チューリングマシンからコンピューターが生まれるまでには長い物語があります。
今回は、チューリングを主人公に描かれた映画「イミテーション・ゲーム」をもとに、チューリングマシンについて見ていきましょう。
目次
映画「イミテーション・ゲーム」から読み解くチューリングとその功績 チューリングマシンとは チューリングはコンピューターの原理を発明したのか 数学の危機 ~ゲーデルの唱えた不完全性定理~ 矛盾の証明 ~カントールの対角線論法~ チューリングとカントールの論法 チューリングの証明した「代数学の不完全さ」~判定停止マシン~ ハッカー的手法だったチューリングの論文 最後まで「自己流」を貫き通したアラン・チューリングの生涯
映画「イミテーション・ゲーム」から読み解くチューリングとその功績
コンピューターの原理を作ったイギリスの数学者アラン・チューリング(1912?1954)を主人公にした映画「イミテーション・ゲーム」は、数学の巨人アラン・チューリングが、ヒトラーの最強暗号「エニグマ」の解読に挑み、間接的に多くの人の命を救った英雄物語です。
映画の内容は、チューリングの光の部分だけでなく、陰にも触れています。チューリングは幼い頃からゲイであり、女性に恋心を抱くことができませんでした。しかし、当時のイギリスは、同性愛が犯罪だったとされている時代です。彼は、とある事件に巻き込まれたとき、自身の同性愛である点に悩み、最後は悲劇的な結末を迎えます。
ただチューリングは、生涯で一度だけ、エニグマ解読の拠点ブレッチリーパークで同僚だった女性数学者ジョーン・クラークに恋をして、婚約をしています。しかし、それは恋心だったのか、それとも同僚数学者に対する敬意だったのか。その辺りも、映画では美しくも切なく描き出されています。
イミテーション・ゲーム
イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
英政府が50年以上封印した、暗号解読の裏に隠された秘密とは?
ベネディクト・カンバーバッチが挑む、<天才数学者>の驚愕と感動の実話。チューリングマシンとは
チューリングマシン(チューリング機械)とは、1936年にアラン・チューリングが発表した論文の中で「計算する」ことを定義した仮想的な計算機です。
構造は単純で、この計算機で計算をして、機械がデータを出力できるならば計算できる、データの出力が不可能ならば計算できないと定義されています。
この計算機は、コンピューターの仕組みの原理・基礎をついていて、チューリングマシンについて深く知ることで、現在あるコンピューターの能力を理解できるほどです。
計算機は、一本のテープ、そしてそれを読み取るヘッドが1つあるだけです。
この計算機でできることは、テープに文字を書くこと、ヘッドを右および左に1文字分のみ移動すること、文字を読み取ることのみです。
これは、このマシンで計算の手順を書き込むことができること、そしてその計算が可能であることを示しました。
チューリングはコンピューターの原理を発明したのか
チューリングマシンの概念は、現代のコンピューターと極めてよく似た構造で、ここから「チューリングはコンピューターの原理を発明した」と言われます。確かに、コンピューター科学の教科書を開くと、最初にそろばんや石盤の話が出て、次にパスカルの機械式計算機、そしてチャールズ・バベッジの差分機関、階差機関が登場し、それからチューリングマシンが登場して、コンピューターの近代史が始まるかのように解説をされていることが多くあります。
しかしチューリングは、コンピューターを作るための目的でこの計算機を作ったわけではありません。チューリングが論文を発表した数十年も前、当時多くの数学者に影響を与えた数学者ダフィット・ヒルベルト(1862?1943)という人物が、数学というシステムを整えるために「そこにある数学が絶対に間違わない、ということを数学で証明する」運動をはじめました。これはヒルベルト・プログラムと呼ばれます。このプログラムの目的は、数学の命題を正しい論理式(定理か否か)としてあらわす、数学的に論証できるアルゴリズムを開発することでした。
これを「決定問題」といいますが、チューリングはこの「決定問題」を解決するために、チューリングマシンを開発しました。
チューリングは純粋な数学的な難題を解決する手段にチューリングマシンを用いました。結果、それがコンピューターの原理になっていることに後で気がつき、15年後に自身でもACE(エース)と呼ばれるコンピューターの開発を行っています。
Pilot ACE3By Antoine Taveneaux (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
ACEコンピューターはチューリングマシンの論理モデルを具現化したもの。
写真はプロトタイプモデルの「PILOT ACE」。
数学の危機 ~ゲーデルの唱えた不完全性定理~数学の危機とは、1930年、ハンガリーの数学者クルト・ゲーデルが証明した不完全性定理のことです。これは世界の数学者にとって衝撃的なできごとでした。
それまで数学は、完全な学問だと思われており、世の中のすべての現象は、数学で記述ができると考えられていたのです。優秀な者が世界を数学で記述してしまえば、この世界は人類の思い通りになると信じられていました。
この時代に、クルト・ゲーデルによって「数学は不完全であり、世界のすべてを記述できるなどということはあり得ない」という不完全性定理が提唱されます。ゲーデルは、数学は思ったよりも無力であるということを示しました。しかしゲーデルの説は、論理学という数学の一分野からの見地であったため、数学の万能性を依然信じ続ける学者も多くいました。
「数学者はいち早く現実を受け入れ、それを前提に新しい数学を構築していく必要がある」 そう考えたチューリングは、代数学の世界でも数学の不完全性を証明しようと考えます。
チューリングによる不完全性定理の証明 ~チューリングマシン~ゲーデルが唱えた不完全性定理の証明にあたり、チューリングは、数式の駆使といった従来の発想を超え、「チューリングマシン」を用いた論理モデルでの証明を試みます。
チューリングマシンはどんな計算でもできるマシンです。しかし、チューリングマシンに計算できない問題があると証明されれば、この世の中に計算できない問題が存在することになります。
このような仮説のもと、チューリングは代数学的に数学の不完全性を証明しようとしました。前提となる「どんな計算でもできるマシン(チューリングマシン)」を定義するにあたり、チューリングがまず行ったことは、私たちが行っている「計算」を”要素”に分解することでした。
例えば、「1+2=3」という計算の場合、要素として分解するとまず「1という数字を記憶する」「+記号を見て、演算の種類を記憶する」「2という数字を記憶する」「=記号を見て、記憶した数字を記憶した種類の演算をする」「演算結果を記録する」ということを組み合わせて行っています。
この工程をさらに分割できない要素にまで分解していった結果として、「紙テープ」「0と1を書き込むことができるヘッド」を備える、仮想機械チューリングマシンの概念を定義しました。あとは「0を書き込んで右に1コマ移動」「紙テープの文字を読んで、左に1コマ戻る」などの命令を並べたプログラムさえ書ければ、計算の要素機能をすべて備えているチューリングマシンは、どのような計算でもこなせるはずです。
ですが、次はこの「何でも計算できるはずのマシン」に「計算できない問題が存在する」という、矛盾を証明する必要がありました。
矛盾の証明 ~カントールの対角線論法~矛盾をどうやって証明すれば良いのかと考えたチューリングは、19世紀のドイツの数学者カントールが行った、数学の証明方法を参考にしました。
カントールが挑んだのは、「自然数と実数はどちらが多いか」という問題です。自然数というのは1、2、3…という普通の数のことで、実数というのは3.16や7.635などの小数や分数なども含む数のことで、誰がどう見ても、実数の方が個数は多いと思うでしょう。1と2の間だけで考えると、自然数は1と2の2個しかないのに、実数の方は2.05、2,52432といくらでも作ることができるため、実感としては、実数の方が多く感じます。
カントールは「実数の方が多い」ということをきちんと証明しようとして、ユニークなロジックを使いました。
まず、「自然数と実数の個数は同じ」という前提条件を立て、これの矛盾点を探す方法です。矛盾が見つかれば、「個数は同じではない」ということが証明できます。カントールはまず0と1の間の実数を無限に並べた表を作り、それに1から順に背番号をつけていきました。この表は、右方向にも下方向にも無限に続きます。無限に続くのだから、すべての実数が列挙され、それに背番号がつけられているので、同じ数だけの自然数があることになります。実数の個数と自然数(背番号)の個数は同じになっています。
カントールの表10と1の間の実数を並べた表。右側と下側は無限に続くので、すべての実数が並べられていることになる。
実数に対する背番号が左に並んでいるが、これは自然数。従って0と1の間の自然数と実数の個数は同じになる。この表のどこに矛盾があるのでしょうか。ここで、斜めの対角線の部分の数字に1を加えます。すると、斜めに0.846243…という新しい実数が出てきます。
カントールの表2斜めに1を加えて、新しい実数を作る。
この実数は、この表のどこかに書いてなければおかしいということになります。なぜなら、この表には0と1の間の実数が無限に書いてあるはずです。
しかし、この0.846243…という実数は、どこにも存在できません。
まず、背番号1の実数ではありません。なぜなら、小数点1桁目に1を加えたのだから、同じ数になることがないからです。背番号2の実数でもありません。これも、小数点2桁目に1を加えたのだから、同じ数になることがないからです。背番号3の実数でも同じです。
このように、0.846243…という実数は、表の中のどの実数とも違うことになります。これは「すべての実数が列挙されている」ということと矛盾をすることになります。
これで、「自然数(表における背番号)と実数の個数は同じ」という前提条件が間違っていて、「自然数と実数の個数は同じではない」ということが証明できます。チューリングは、この論法をチューリングマシンに適用して、数学の不完全性を証明しようとしました。
チューリングとカントールの論法チューリングもカントールの論法に則り、どんな計算も可能なチューリングマシンは存在しえないこと(=数学の不完全性)が証明されました。しかしチューリングは、この論法をただ模倣したのではなく、彼独自の”発想”を付け加えます。これは、コンピューターの発展史にとって極めて重要なことでした。
この発想こそが後に「フォン・ノイマン型コンピューター」の特徴へと繋がります。今、私たちが使っているコンピューター、もちろんスマートフォンも、フォン・ノイマン型です。チューリングがこの発想にたどりつかず、米国の科学者フォン・ノイマンがその意味に気づかなかったとしたら、今あるコンピューターやスマートフォンの開発は数十年は遅れていたといっても過言ではないでしょう。
そこで、チューリングの証明を紐解く前に、この”発想”と現在のコンピューターとの関わりについて述べていきます。これはチューリングの証明方法を理解する上でも、重要な手がかりとなります。
チューリングの大胆な発想とフォン・ノイマンの発見チューリングがチューリングマシンの論文を発表した後、米国ペンシルバニア大学では、世界初の電子計算機「ENIAC」の開発が始まりました。しかし、ENIACは、現在私たちが知っているコンピューターとはずいぶん姿が違っていて、実態は「ケーブル接続された電卓」に近いものでした。
例えば、(A+B)×Cという計算をさせたいとき、足し算専用電卓と、かけ算専用電卓をケーブルで接続します。足し算専用電卓に、「A」と「B」という数値を入力すると、その結果がケーブルでかけ算専用電卓に送られます。
かけ算専用電卓は、送られてきた数と「C」という数を掛け算し、結果を出力。ENIACはそういう構造でした。これは、現在のプログラムに相当するとしたらいわゆるケーブル接続であり、異なる計算をさせたいときはケーブルをすべて抜いて、どのように配線したら目的の計算ができるかを考え、大量のケーブルを挿してやる必要がありました。
ENIACの開発プロジェクトに参加した数学者フォン・ノイマンは、ケーブル方式が大いに不満でした。なぜなら、計算の設定(プログラミング)に膨大な時間がかかるだけでなく、「ケーブル接続された電卓」方式のため、複雑な計算はできないからです。
フォン・ノイマンは、チューリングのチューリングマシンの論文を読み、チューリングマシンでは、プログラムをデータと同じように扱っていたことに衝撃を受けます。フォン・ノイマンは、この発想を応用すれば、「ケーブル接続された巨大電卓」を「電子頭脳」に進化させることができると気がつきます。
two women operating the ENIAC’s main control panelBy United States Army [Public domain], via Wikimedia Commons
ENIACのメイン制御パネルを2人のプログラマが操作しているところ
プログラムとデータを同列で扱うフォン・ノイマン型コンピューターENIACでも、データは真空管を使ったメモリーに保存します。しかしプログラムは、リアルな導線の接続方法で表現されます。フォン・ノイマンは、プログラムも数値に置き換えて、メモリーに置いてしまえばいいと考えました。メモリーの中のどのプログラムを実行するのかは、インディケーターを設定して「今、実行するのは○番地の命令」と示すようにすればよく、このインディケーターもデータになります。ということは、数値を自由に変えることができます。
「もし、変数Aが0より大きければ○番地のプログラムを実行。もし変数Aが0未満であれば△番地のプログラムを実行」という条件分岐や、「○番地のプログラムを実行したら、もう一度△番地のプログラムに戻る」というループができるようになります。それまでの導線を接続するプログラムと比べて、はるかに多彩で複雑な計算ができるようになったのです。
チューリングの「プログラムとデータを同列に扱う」という発想は、彼の論文の「停止判定マシン」のところで登場します。これをフォン・ノイマンが、実用のコンピューターに応用をしました。チューリングのコンピューター発展史に対する功績は、「チューリングマシンの考案」よりも「停止判定マシンの中で、フォン・ノイマン型コンピューターの原理を考案」したことの方がはるかに大きいといえます。
チューリングの証明した「代数学の不完全さ」~判定停止マシン~果たしてチューリングは、「代数学の不完全さ」をどのように証明したのでしょうか。
チューリングマシンは、紙テープに書かれたデータを読み込んで、計算をする理論上の機械です。原理的に、適切なプログラムを書いてやりさえすれば、どのような計算もできるはずでした。しかし、その万能であるはずのチューリングマシンにも計算できない実例を見つければ、「代数学は完全ではない、不完全である」ということが証明できることになります。
そこで、さらに編み出されたものが「停止判定マシン」という理論でした。
チューリングマシンのプログラム(紙テープを読み込み、ヘッドを左に移動など)は、数値に置き換えることができます。つまり、紙テープに書いておくことができます(この点がフォン・ノイマンを驚愕させました)。
チューリングは、このプログラムを読み込んで、チューリングマシンが無限ループに入っていつまでも計算し続けるのか、計算を終了して停止出来るかを判定する別のチューリングマシン「停止判定マシン」を想定しました。
ここまで、チューリングの論理に穴はありませんでした。しかし、この停止判定マシンがさまざまな矛盾を引き起こし、前提である「停止判定マシンが作れる」が、否定されることになります。否定されれば、万能であるはずのチューリングマシンにもできないことがあるということが証明されることになり、「数学にもできない計算がある」ということが証明されます。
チューリングは、さまざまな停止判定マシンのプログラムを、停止判定マシンに評価させるという一覧表を作りました。そして、前編で紹介したカントールのロジックを使って、矛盾を指摘します。
カントールの表3チューリングは、カントールの表とよく似た表を作った。
ここにはすべての停止判定マシンの判定結果が列挙されている。
右側と下側は無限に続く。表のいちばん左上は、TM1という停止判定マシンが、(TM1)、(TM2)…と、それぞれの停止判定マシンが停止するかどうかを判定した結果です。停止の場合は1、無限ループに入って停止しない場合は0が出力されます。
2行目は、TM2という別の停止判定マシンが(TM1)、(TM2)…と、それぞれの停止判定マシンが停止するかどうかを判定した結果です。
ここで対角線部分を反転させ、0010111…という新しい結果を作り出します。この0010111…は、この表の中にあるでしょうか。この表には、ありとあらゆる停止判定マシンの結果が列挙されているのだから、どこかに存在しなければなりません。しかし、存在していません。
1行目の結果は、1桁目が1が0に反転されているから、絶対に違います。2行目の結果は、2桁目の1が0に反転されているから、これも絶対に違います。3桁目の結果は…と、どこまで数字を変えていっても、0010111…は存在しません。
カントールの表4斜めを反転、新しい結果(反転)を作り出す
あらゆる結果が列挙されている表であるはずが、存在できない結果があるという矛盾を起こしています。これは、前提条件に誤りがあったからです。誤りというのは「停止判定マシンが作れる」という前提でした。結論は「作れない停止判定マシンがある」ということだ。つまり、どんな計算でもできるはずのチューリングマシンにも、「停止判定」というできない計算が存在したということになります。
ハッカー的手法だったチューリングの論文チューリングは、計算の不完全さも証明し、この研究を「計算の可能性と、その決定問題への応用」という論文にまとめます。「計算には不可能なものがある」ということが「計算の可能性」であり、「可能か不可能かをどうやって決めたらいいのか」ということが「その決定問題」です。
チューリングは、この論文を発表したことで、数学者として認められ、米国プリンストン研究所への留学が決まり、そこでアルバート・アインシュタインやフォン・ノイマンと出会うことになります。また、イギリス情報部もこの論文に注目をし、帰国したチューリングをヒトラー暗号の解読の仕事に抜擢しました。
チューリングの偉大さは、従来とはまったく違ったアプローチで、数学の根源的な問題に挑戦したことにあります。ここまでの説明を難しいと感じられている方も多いと思います。ただもし、この偉業を伝統的な数学者が伝統的な手法で行っていたとしたら、それは数学者でしか理解のできない内容になってしまうでしょう。
チューリングの手法は、多分にハッカー的な手法で、門外漢にも難しいとは言えなんとか理解できる範囲に収まっているのです。
最後まで「自己流」を貫き通したアラン・チューリングの生涯暗号解読を終えたチューリングは、エニグマ暗号の解読法を解説した「プロフ・ブック」と呼ばれる論文の執筆を依頼されます。読むのは、暗号解読の専門家であるはずなのに、チューリングは数式を使わず、実例を多く使い、普通の人が読んでも理解できるようなものに仕上げることに注力しました。
しかし、チューリングは、どのような説明にすれば、普通の人にもわかりやすくなるのかよくわからず、試行錯誤をしながらの執筆だったとされます。それを補佐したのが、チューリングの生涯の中で、たった一人だけ女性だった恋人のジョーン・クラークでした。チューリングは執筆中、ジョーンを隣に座らせ、たびたび「これでわかりやすくなったかな?」とアドバイスを求めていたといいます。ジョーンは、チューリングの肩に頬を寄せて、執筆中の論文を覗き込み、的確なアドバイスを加えていたとされています。
しかし、この美しく切ない恋は実ることはなく、そればかりか、チューリングは犯罪だとされていた同性愛を公表してしまうことになり、逮捕されることになります。名誉も剥奪され、逮捕後は薬物治療を受けていましたが、42歳の若さで自死を選ぶことになりました。
その後、1970年に「ウルトラシークレット」という書籍が、戦時中当時の軍事機密を公表するまで、チューリングは世間に広く知れ渡ることはありませんでした。
そして2009年に、英国政府は、名誉はく奪したことを正式に謝罪し、2013年には正式に名誉回復されています。しかし、彼の功績が認められる頃には、彼はもう亡き人でした。
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※ アラン・チューリング自身は、論文を書いただけで、「実機」を作成することは、無かった…。
※ 「投稿者自身による」とあるから、この人の「試作機」なんだろう…。
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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出典検索?: “チューリングマシン” ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2011年12月)チューリングマシン
チューリングマシン (英: Turing machine) は、アラン・チューリングが「計算可能性」に関する議論のために提示した抽象機械である[1]。
歴史
チューリングの「計算可能数について──決定問題への応用」(1936年)において提示された[2]。
同様なものを同年にエミール・ポスト (Emil Post) も独立に発表している[3]。
構想の理由、動機についてはポストの論文が明確だが、機械自体に関する記述はチューリングの論文が詳細である。
次いで、同時代に提示された他の計算モデルも計算可能性の理論からは同等であることが確認され、チューリング=チャーチのテーゼはそれらを「計算可能」の定義とすることを提唱した。
概要
ここでは非形式的(直感的)に述べる。理論的には形式的に述べる必要がある。
チューリングマシンには、いわゆるハードウェアに相当するものとして、
1、その表面に記号を読み書きできるテープ。長さは無制限(必要になれば順番にいくらでも先にシークできる[注 1])とする 2、テープに記号を読み書きするヘッド 3、ヘッドによる読み書きと、テープの左右へのシークを制御する機能を持つ、有限オートマトン
がある。
また、ソフトウェアに相当するものとして、以下がある。
1、テープに読み書きされる有限個の種類の記号 2、最初から(初期状態において)テープにあらかじめ書かれている記号列 3、有限オートマトンの状態遷移規則群。詳細は次で述べる
この有限オートマトンの状態遷移規則は、その有限オートマトンの「現在の状態」(内部状態)と、ヘッドがテープの「現在の場所」から読み出した記号の組み合わせに応じて、次のような動作を実行する。
・テープの「現在の場所」に新しい記号を書き込む(あるいは、現在の記号をそのままにしてもよい) ・ヘッドを右か左に一つシークする(あるいは、移動しなくてもよい) ・有限オートマトンを次の状態に状態遷移させる(同じ状態に遷移してもよい)
さらに、この有限オートマトンには(一般的な有限オートマトンの「受理状態」と同様な)「受理状態」がある。計算可能性理論的には、決定問題の2種類の答えに対応する、2種類の受理状態が必要である[注 2]。
現実の計算との関係
実際の計算機の基本的動作も、突き詰めて考えれば、このチューリング機械の原理に従っているといえる。
実用上の電子計算機はチューリング機械よりも遥かに複雑であり、また有限の記憶領域しか持たないが、「計算機で原理上解ける問題」は「チューリング機械で解ける問題」と同じであるといわれている。
このため計算理論では、アルゴリズムをチューリング機械上の手続きと同一視して議論することができる(チャーチ=チューリングのテーゼ)。
数学の形式体系はすべてこの仮想機械の動作に還元できるといわれている。
この機械で決定できない命題も存在する。
例えば与えられたチューリング機械が停止するかどうかをチューリング機械で決定することはできない(停止性問題)。これはゲーデルの不完全性定理の別の表現の形とみなすことができる。
形式的な定義
この節では、チューリングマシンを形式的(formal)に記述する。
チューリングマシン
チューリングマシン M は次の7つ組で定義される: M = ? Q , Γ , b , Σ , δ , q i n i t , q a c c ? . {\displaystyle M=\langle Q,{\mathit {\Gamma }},b,{\mathit {\Sigma }},\delta ,q_{\mathrm {init} },q_{\mathrm {acc} }\rangle \,.}状態
有限集合 Q の元 q ∈ Q を状態 (state) という。字母・記号・文字列
状態集合 Q と交わらない有限集合 Γ を字母(alphabet)といい、字母の元 a ∈ Γ を記号 (symbol) という。重複を許した有限個の記号の列全体からなる集合を Γ* と表し、その元 x ∈ Γ* を字母 Γ の文字列(string)または文(statement)という。空白記号
字母 Γ のある元を空白記号 (blank) と定め、b で表す。入力字母・入力記号
字母から空白文字を除いた Γ ? {b} の部分集合 Σ を入力字母(input alphabet)といい、入力字母の元を入力記号(input symbol)という。遷移函数
写像 δ: Q × Γ → Q × Γ × {left, right} を遷移函数という。δ(q, a) = (q′, a′, m) は、「現在の状態が q であり、着目位置の記号が a であれば、状態を q′ に移し、着目位置に記号 a′ を書き込んでから、着目位置を m ∈ {left, right} 方向に1つずらす」と読む。初期状態
状態集合 Q のある元 qinit を初期状態(initial state)と定める。受理状態
状態集合 Q のある元 qacc を受理状態(accepting state)と定める。状況
Γ ∪ Q {\textstyle {\mathit {\Gamma }}\cup Q} 上の(片側)無限列のうち、状態集合 Q の元がちょうど1度現れ、また空白 b 以外の記号が有限回しか現れないものをチューリングマシン M の状況(configuration)という。遷移函数 δ は、状況から状況への写像を自然に定める。受理
「チューリングマシン M が入力文字列 x ∈ Σ ? {\textstyle x\in \Sigma ^{*}} を受理(accept)する」とは、チューリングマシン M が初期状態 qinit で入力文字列 x が与えられた状況 q i n i t x b b ? {\textstyle q_{\mathrm {init} }xbb\cdots } に対し、遷移函数 δ を有限回作用させ受理状態 qacc へ遷移した状況 q a c c b b ? {\textstyle q_{\mathrm {acc} }bb\cdots } が得られることをいう。実行時間・記憶領域量
チューリングマシン M が入力文字列 x ∈ Σ* を受理するまで遷移函数を作用させる最小の回数をチューリングマシン M の入力文字列 x に対する実行時間とよぶ。その過程における状況中の q の最右位置を、M が x に対して使用する記憶領域量という。M が言語 L ⊆ Σ ? {\displaystyle L\subseteq {\mathit {\Sigma }}^{}} を認識するとは、M が L の元のみをみな受理することをいう。そのようなチューリング機械 M が存在するとき、L は帰納可枚挙(recursively enumerable)あるいは計算可枚挙(computably enumerable)であるという。L と Σ ? ? L {\displaystyle {\mathit {\Sigma }}^{}\setminus L} がともに帰納可枚挙であるとき、Lは帰納的(recursive)あるいは決定可能(decidable)であるという。
より精細に、自然数から自然数への写像 t に対し、M が L を時間計算量[ないし空間計算量]t で認識するとは、M が L を認識し、かつ各 x ∈ L {\displaystyle x\in L} に対する M {\displaystyle M} の実行時間[ないし記憶領域量]が t ( | x | ) {\displaystyle t(\left|x\right|)} 以下であることをいう。ここで | x | {\displaystyle \left|x\right|} は文字列 x の長さを表す。
変種
細かい相違
次の各項目について上記の定義に変更を施しても、帰納可枚挙な言語は変わらず、また時間計算量や空間計算量に対する影響も小さい。このため、チューリング機械の定義の詳細は文献によって異なっている。
字母 Γ {\displaystyle {\mathit {\Gamma }}}の大きさ(それが Σ {\displaystyle {\mathit {\Sigma }}}を含む有限集合であるかぎり)。 遷移函数が着目位置を左右に必ず動かすか、同じ位置に留まる事を許すか。 文字列を受理するさい、テープ上の記号をすべて b {\displaystyle b}にする必要があるか、受理状態へ移るだけでよいか。 テープが両方向に無限であるか、片側に終端があるか。 さらに、記憶領域が一次元のテープであるか、より複雑な形状をしているか。 テープの本数。空間計算量を細かく調べるときには、書き換えできない入力専用テープを設けて、そこでの使用領域量を無視することがある。
すなわち、遷移函数 δ {\displaystyle \delta }を Q × Γ 2 {\displaystyle Q\times {\mathit {\Gamma }}^{2}}から Q × Γ × { l e f t , r i g h t } 2 {\displaystyle Q\times {\mathit {\Gamma }}\times {\mathrm {left} ,\mathrm {right} }^{2}}への写像とし、状況の定義も適切に変更する。
変換機
言語を認識するだけでなく、 Σ ? {\displaystyle {\mathit {\Sigma }}^{}}から Σ ? {\displaystyle {\mathit {\Sigma }}^{}}への部分函数 f {\displaystyle f}を計算する機械を考えることもできる。
すなわち機械 M {\displaystyle M}は、各 x ∈ d o m ( f ) {\displaystyle x\in \mathrm {dom} (f)}に対しては文字列 f ( x ) {\displaystyle f(x)}をテープに書いてから初めて受理状態へ移り、 x ? d o m ( f ) {\displaystyle x\notin \mathrm {dom} (f)}に対しては決して受理状態へ移らない。このような M {\displaystyle M}が存在するとき、 f {\displaystyle f}は部分帰納的あるいは計算可能(computable)であるという。
決定的と非決定的
遷移関数 δ {\displaystyle \delta }において、現在の状態 q と着目位置にある記号 a の、ある組 (q, a) に対し、値(すなわちその時にすべき動作)が、高々一つならば、そのチューリングマシンは「決定的」(deterministic)である。
これに対し、動作が複数の場合は「非決定的」(non-deterministic)であり、受理の意味も再定義して、非決定的チューリングマシンや乱択チューリングマシンが定義される。
また、未来と過去を逆にしても決定的であるのが可逆チューリングマシンである。神託つき機械
詳細は「神託機械」を参照
質問状態を加える。
万能チューリングマシン
遷移規則をうまく構成することで、「いかなるチューリングマシンであろうとも、それを模倣することが可能なチューリングマシン(万能チューリングマシン)」が可能である。
万能チューリングマシンは、与えられた、別のチューリングマシンを記述した記号列と、そのチューリングマシンへの入力記号列を読みこみ、それに従って動く。(エミュレータの原理)脚注
[脚注の使い方]注釈
^ 一般的には両方向にいくらでもシークできるものとするが、理論的には片方には端があっても良いのでそのように制限することもある。 ^ あるいは単に停止する場合は、停止する前に、答えがどちらであるかを、テープ上の記号列として書き残してから停止する。
出典
^ "チューリングマシン". ASCII.jpデジタル用語辞典. コトバンクより2022年2月2日閲覧。 ^ Turing, A. M. (1937). “On Computable Numbers, with an Application to the Entscheidungsproblem” (英語). Proceedings of the London Mathematical Society s2-42 (1): 230?265. doi:10.1112/plms/s2-42.1.230. ^ Post, Emil L (1936). “Finite combinatory processes?formulation”. The journal of symbolic logic (Cambridge University Press) 1 (3): 103-105. doi:10.2307/2269031.Reprinted in The Undecidable, pp. 289ff.
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、チューリングマシンに関連するメディアがあります。チューリング完全 非決定性チューリングマシン コルモゴロフ複雑性 ライフゲーム 停止性問題 可逆チューリングマシン オートマトン
外部リンク
解説
Turing machine (英語) - スカラーペディア百科事典「チューリングマシン」の項目。 Turing Machines (英語) - スタンフォード哲学百科事典「チューリングマシン」の項目。 Weisstein, Eric W. "Turing Machine". mathworld.wolfram.com (英語).
その他
「ウルフラム氏のチューリングマシン」を20歳の学生が証明
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チューリングマシン抽象機械理論計算機科学計算モデル形式手法数学に関する記事アラン・チューリング数学のエポニム 最終更新 2024年5月30日 (木) 02:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。
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チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来 単行本 ? 2013/2/22
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AE%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%AE%E5%89%B5%E9%80%A0%E3%81%A8%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%88%B0%E6%9D%A5-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3/dp/4152093595
『グーグル、アマゾンが君臨する現代のデジタル世界は、もとをたどれば数学者チューリングの構想した「チューリングマシン」に行きつく。
そして理論上の存在だったチューリングマシンを現実の装置として創りあげたのが万能の科学者フォン・ノイマンだ。
彼の実現した「プログラム内蔵型」コンピュータが数に関する概念を変え、デジタル宇宙を創生したのだ。
しかし、フォン・ノイマンがそれを成し遂げたのは、産業や学問のしきたりにとらわれない、プリンストンの高等研究所という舞台あればこそであった。
チューリングは何を考え、フォン・ノイマンはどう立ち回り、アインシュタインやゲーデルを擁した高等研究所はいかにしてその自由性を得るにいたったのか。
そして彼らとともにコンピュータ開発を支えた科学者・技術者はいかにして関わりを持つようになり、現代に直結するどんな偉業を成し遂げたのか・・・・・・
高等研究所などに収められた詳細な文献や写真資料、豊富なインタビュー取材をもとに、大戦後の混乱でこれまで必ずしも明らかでなかった歴史事情や、知られざる人々の肖像をちりばめて綴る、決定版コンピュータ「創世記」。』
『 商品の説明
著者について
◎著者紹介=ジョージ・ダイソン(George Dyson): アメリカの科学史家。著書に本書のほか、アリュート族のカヤックに関する『バイダルカ』Baidarka、デジタルコンピューティングとテレコミュニケーションを題材にしたDarwin among the Machines、宇宙探索に関するProject Orionなどがある。父は物理学者のフリーマン・ダイソン。姉は投資家でIT業界のオピニオンリーダーであるエスター・ダイソン。
◎訳者略歴=吉田三知世(よしだ・みちよ): 京都大学理学部物理系卒業。英日・日英の翻訳業。訳書にクラウス『ファインマンさんの流儀』、ファーメロ『量子の海、ディラックの深淵』、ウィルチェック『物質のすべては光』、ボダニス『E=mc2』(共訳)、マンリー&フォーニア『アメリカ最優秀教師が教える 相対論&量子論』、ガブサー『聞かせて、弦理論』、ジョンソン『もうひとつの「世界でもっとも美しい10の科学実験」』ほか多数。
』『H.竹内
5つ星のうち3.0 知らないことだらけ
2014年1月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入アランチューリングの功績は大学時代に授業で受けていた。最近、昨年読んだ吉田氏の素数夜曲の中でラムダ記法について勉強し、今までと異なる評価を感じていた。
この本は専門書に近い。私はかなり専門知識を有していると思うが、知らないことがたくさん書かれている。
陰極線管を表示に使うのは当然だがメモリに使うというのは到底思いつく手段ではない。32×32に画面を区別してどこにビームが当たっているかを情報として取り出す。DRAMのようにリフレッシュまでする。これを並列に多数並べてランダムアクセスメモリに仕立てる。現在なら1Bit(二通り)ずつ同時に16Bitまとめて処理するが、この方法では1024通り×40個というような使い方をしていたわけだ。詳しい説明はない。専門家でなければ理解が難しいかも。
アランチューリングはノイマンと同じ時代の人で、お互い影響し合っていたようだ。
実はチューリング自身が英国でコンピュータを作り上げており、歴史を覆すようにENIACより僅かに早いようだ。
ノイマンは運動を全くしない人だったが、歩くことに関しては全く気にならなかったらしく、意外にも私と全く同じ性格。大型車が好きというのも。
最初の方でアメリカ独立とともに移住したヨーロッパ人がニュージャージーのニューアーク、プリンストンの周囲に大学を作り上げるシーンがある。私も2回にわたりニュージャージーへ行ったことがあり、ニューヨークやワシントンDCとの位置関係や風景、ドライカウンティの状況が想像できる。ノイマンは恐ろしく数理学の達者な人物だったらしいが、この本を読むとプロジェクトを推進するリーダとしての能力も高かったように思える。また経営に関与していたこともあり、敵も多かったようだ。意外なことに。
チューリングはノイマンより年上だと思っていたが逆のようだ。しかしチューリングがノイマンに影響を与えたことは間違いないようだ。
この本は、章毎に物語があり、時代がさかのぼったり下ったりする。物語は独立しているが、数箇所で繋がっており、最後へ向けてまとまっていく。
人工知能は意外なことにコンピュータの黎明期から技術者をひきつけていたのだった。
計算機の能力は全くいたらなかったが、概念は早くから構築されていた。
人工知能というより遺伝的アルゴリズムと言ったほうが適切か。
そして気象について詳しく書かれている。気象は計算機が登場するまで経験に頼っていたが、気象予報に計算機が使えると早い時期に考えられていた。
これは流体力学とほぼ同じ意味だ。計算機工学と応用先の関係は思ったより早くから取りざたされていたということだ。
計算機のアーキテクチャは当時の天才的数学者が構築し、工学の匠が試作したが、当時のハードウェアの信頼性の低さは現代とは比較にならない。
ところでこの本の翻訳者は直訳調で著者のインタビューワーとしての表現をそのまま使っているようだ。正直読みにくい。最後に関係者のその後の消息が書かれているが、チューリングが性犯罪で起訴され、ほぼ自殺と見られることはショック。
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レポートkoku
5つ星のうち2.0 間口が広すぎ
2013年6月22日に日本でレビュー済みチューリング・マシンや、ENIACの話を期待していた向きには、がっかりです。
技術的な記載は、あまりなく、フォン・ノイマンやノバート・ウィーナー、その他たくさんの登場人物の人間関係が、延々と語られます。読んでいるうちに、誰が何だったか、錯綜してきました。
そういえば、アラン・チューリングは、どれくらい出てきていたのでしょう。ノイマンもウィーナーも、コンピューター界の巨人で、更に、この本の途中に出てくるモンテカルロもオートマトンも、各々それだけで、まとまった本が書けるわけですから、これらを全部一冊に入れ込もうというのは、無理があったようです。
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レポートenob
5つ星のうち4.0 コーディネーターとしてのフォン・ノイマン
2015年9月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入コンピューターのことについて知りたいと思い、本書を手に取ったのだけれど、プログラム内蔵型コンピューターやランダム・アクセス・メモリ(RAM)が開発されるプロセスを知ることで、以前よりは理解が進んだ。
まあ、しかし、それ以上に興味深かったのは水素爆弾を作ると言うあの当時の軍事的要請が今日的なコンピューターを生み出す原動力となり、そのような状況を利用して自らの数学的理想を現実のものとしようとしたフォン・ノイマンと言う天才がいたことだ。
フォン・ノイマンは最初は純粋数学の分野で「集合論の公理化」などの研究をしていたが、ゲーデルの不完全性定理を知るにつけ、純粋数学の分野の限界を悟った。
そのことが彼をして応用数学に研究の矛先を転換させるきっかけとなった。また連合国側に勝利をもたらすと言う使命感も応用数学を追求することになった背景にあったようだ。
プリンストンの高等研究所で彼は、数学者・物理学者と技術者のチームを率いていたが、彼がチームリーダーとなる前は、スタッフは仕事の進め方について先が見えずに悶々としていた。しかしノイマンが、技術者達に対しては、比較的単純な指令によって動く機械を作ることを指示し、数学者たちのグループに対しては単純な指令の組み合わせによって必要を満たすプログラムを作成することを指示することによって、お互いの連携は単純になり、仕事が驚くほど簡単にはかどるようになった。彼のそのようなコーディネーターとしての能力は勉強になった。
書評を書いている他の方々が、本書の時間の進行についていけないと指摘しているが、確かに最初は戸惑うだろう。
時間は螺旋系に進行するような具合に文章が並んでいるからだ。
私は読んでいる内に慣れてきて、却ってそのような時間の進行がツボにはまって快感になってきたところもあるが、慣れない方へのお勧めは、まず最後の方にある「訳者あとがき」を読んで大雑把な全体像を捕まえてから本書を読み進めるやり方だ。
最初の方には「主な登場人物」についてのまとめもついており、途中で混乱してきた時に参考になる。
最後に印象に残った場面を引用する。ノイマンはおそらく水爆の実験に立ち会ったことによる影響と思われる癌で衰弱していくのだが、死を目前にして厳格なカトリック信徒になる。
死への恐怖からそうしたものと思われるが、そのようなノイマンに対して彼の娘のマリーナは『あなたは何百万人もの人々を亡き者にすること(水素爆弾の開発)を沈着冷静にじっくり考える人なのに、自分自身の死に直面することができないのね。』と言う。
そうするとノイマンは『それとこれとはまったく違うんだ…。』と答える。水爆は彼を活かしてコンピューターを現実のものとするのを可能にしたと同時に、彼の命を癌と言う形で奪うことになった。
コンピューターの恩恵にどっぷりと浴している我々は、その歴史的な起源を知ることで、この世界の土台となっている悲喜劇に種々の感慨を抱くことになる。
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5つ星のうち3.0 コンピューター黎明期に関する巨大なメモ帳
2013年3月20日に日本でレビュー済み第2次世界大戦から戦後の軍拡競争時代の計算機に纏わるあれこれの事象を集めた本。
叙述は途轍もなく微細なこと(研究者の奥さんが託児所を開いたとか)から
過去のこと(舞台となったプリンストン高等研究所のアングロサクソンとしての最初の持ち主は誰か)
ショッキングな事実(計算機は暗号解読とか原爆、水爆の計算目的で作られたとか)
などが不思議な時系列で語られる。(パラグラフ毎に10年ぐらい時間が前後するのは当たり前)
読んでいくうちに1940年から1955年までの出来事が一瞬で起きたかのような錯覚に
捉えられる。黎明期の計算機の仕組みとか計算機の理論に関して知りたい方には物足りないかもしれないが
当時の家族的な高等研究所の雰囲気は十分伝わってくる。わりと焦点の当たっている人は以下
フォンノイマン(主役です。とても閃く人で当時の業界?をけん引していましたが、少し邪悪です)
ゲーデル(なぜかこの人が結構出てきます。数学の不完全性と計算不可能性が親戚だから?)
チューリング(本の名前ですから。軍事機密にかかわっていたためか正統な評価されず、哀れな末期)
あとは計算機ハードを作った人、主要アプリケーションを作った人に焦点があたってます。最初期のアプリケーションとは何か
・爆風の計算(何のことかと思ったら下につながる)
・原爆・水爆の計算(鬱だ。ノイマンはとっととソ連を叩き潰せ(物理的に)という意見だった。)
・気象予報(平和的なのはこれぐらい)
・人工生命(一度忘れられたらしい)著者は当時の事実を相当細かく広範に抑えていると思いますが、
今回策は叙述の目的がはっきりしていない感じです。
計算機のみに焦点を当てた次作を期待したいと思います。
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レポートYRTS
5つ星のうち4.0 部内者ゆえに書けたであろう一冊
2016年12月14日に日本でレビュー済み
著者は、大物物理学者フリーマン・ダイソンの息子である科学史家ジョージ・ダイソン。
本書はプリンストン高等研究所を核として展開される叙事詩または群像劇ともいえる一冊だが、
21世紀時点でそこの長老的存在となっているフリーマンのパイプを使えるのは大きかったろう。そんなわけで、部外者には到達できないであろう資料やコメントが幾つもあったように思えた。
ただ臨場感を優先しているためか、他レビュアーの言及にもある通り構成が錯綜した感じだ。
訳者あとがきで構成の全体像が示されているので、各章に入る毎に事前確認すると良いだろう。最初のとは言えないが、現コンピューターの直系祖先的個体ではあるMANIACを取り巻く群像劇。
登場人物は百人以上はいた気がするが、確実に主役と言えるのはジョン・フォン・ノイマンである。
ほか綺羅星のごとき科学者たちの名前が並ぶ中、準主役は忘れ去られた技術畑の男であろうか。
このコンピューターの具現化に並外れた貢献をし、そしてその最期を看取ったジュリアン・ビゲローだ。
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日章丸事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%AB%A0%E4%B8%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6


『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。
脚注による出典や参考文献の参照が不十分です。脚注を追加してください。(2016年8月) 中立的な観点に基づく疑問が提出されています。(2016年8月)
時事通信社『時事通信 日刊時事解説板』第2235号(1953)より日章丸(2代目)。右上は新田辰夫船長
日章丸事件(にっしょうまるじけん、ペルシア語: ????? ???? ?????????[1])は、1953年(昭和28年)に起きた石油の輸入とそれに付随した訴訟および国際的な衝突。
概要イギリスの影響下にあったイランは第二次世界大戦後独立していたものの、当時世界最大と推定されていたその石油資源はイギリス資本たる石油メジャー「アングロ・イラニアン社」(BPの前身、AIOC)の管理下に置かれ、イラン国民はもとより政府にもその利益がほとんど分配されない状況にあった。その中で、イランは1951年に石油の国有化を宣言し、イラン国営石油会社(NIOC)がアングロ・イラニアン社の資産を接収する。反発したイギリスは中東に軍艦を派遣、イランへ石油の買付に来たタンカーは撃沈すると国際社会に表明する。事実上の経済制裁・禁輸措置を執行するイギリスにイランは態度を硬化させた。これらはアーバーダーン危機と呼ばれ、戦争が近づきつつある情勢となっていた。
一方、日本は第二次世界大戦後、イギリスやアメリカなどの連合国による占領を受け、占領終了後も両国と同盟関係にあるために独自のルートで石油を自由に輸入することが困難であり、それが経済発展の足かせとなっていた。イラン国民の貧窮と日本の経済発展の足かせを憂慮した出光興産社長の出光佐三は、イランに対する経済制裁に国際法上の正当性は無いと判断し、極秘裏に日章丸(タンカー・同名の船としては二代目)を派遣することを決意。イギリスとの衝突を恐れる日本政府との対立も憂慮し、第三国経由でイランに交渉者として専務の出光計助を1952年に極秘派遣。モハンマド・モサッデク首相などイラン側要人と会談を行う。
イラン側は、各国の企業と条件面で合意しても実際の貿易には全く結びついていない前例と、当時国際的にはほぼ無名の中小企業に過ぎなかった出光を見て初めは不信感を持っていたというが、粘り強い交渉の末に合意を取り付け、国内外の法を順守するための議論、日本政府に外交上の不利益を与えないための方策、国際法上の対策、法の抜け道を利用する形での必要書類作成、実行時の国際世論の行方や各国の動向予測、航海上の危険個所調査など準備を入念に整えて、日章丸は1953年(昭和28年)3月23日午前9時、神戸港を極秘裏に出港する。
航路を偽装するなどしてイギリス海軍から隠れる形で、日章丸は4月10日イランに到着。この時点で世界中のマスメディアに報じられ、国際的事件として認知された。日本においても、武装を持たない一民間企業が、当時世界第二の海軍力を誇っていたイギリス海軍に「喧嘩を売った事件」として報道され、日本では連日新聞の一面記事で報道された。
4月15日急ぎガソリンと軽油を積んだ日章丸は、国際世論が注目する中、イランのアーバーダーン港を出港。浅瀬や機雷などを突破、イギリス海軍の裏をかき海上封鎖を突破して5月9日9時に川崎港に到着した。アングロ・イラニアン社は積荷の所有権を主張して出光を東京地裁に提訴し、同時に外交ルートでも出光に対する処分圧力が日本国政府にもたらされた。
しかし、イギリスによる石油独占を快く思っていなかったアメリカの黙認や、快哉を叫ぶ世論の後押しもあり、行政処分などには至らなかった。裁判でも出光側の正当性が認められ、仮差押え処分の申し立ては5月27日に却下された。アングロ・イラニアン社は即日控訴するものの、10月29日になって控訴を取り下げたため、結果的に出光側の勝利に終わった(ただしアングロ・イラニアン社の控訴取り下げは、後述するイランでのクーデターにより自社の権益が事実上復活し、裁判を継続せずともその目的が事実上達成できたことによるものである)。
もっとも、本件におけるイラン側の立役者とも言えるモサデク首相が同年8月19日に発生したクーデター(アジャックス作戦)により失脚したこと、さらに本件を契機として結果的に石油メジャー各社の結束が強化されたことなどから、出光によるイラン産石油の輸入は継続困難になり、わずか3年後の1956年(昭和31年)に終了したが、これら一連の動きは、世界的に石油の自由な貿易が始まる嚆矢となった。
1951年、ペルシャ湾・アーバーダーンの北、ホラムシャハルの旧アングロ・イラニアン石油(AIOC)の施設がイラン国営石油会社に接収されイラン国旗が掲揚された
1950年代のアングロ・イラニアン石油の製油所の人々
時系列
1951年3月 日章丸、起工式。当時世界最大のタンカー 9月8日 サンフランシスコ平和条約を締結し、日本独立 1952年 6月15日 イタリア・スイス共同出資のローズマリー号、イギリス海軍にアラビア海で拿捕される。 9月16日 日章丸、進水式 10月16日 イラン首相、イギリスとの外交関係破綻を宣言 10月22日 イラン、イギリスとの国交断絶を通告 11月5日 出光の出光計助専務と手島治雄[2]、日本を出国 11月6日 出光計助専務らパキスタンに到着、入国拒否を受けるも強引に入国 11月8日 出光計助専務らパキスタンからイランに向けて出国 11月9日 出光計助専務らイラン首相と会談し交渉を開始する 11月19日 出光計助専務ら日本に帰国 12月22日 日章丸、完成 1953年 1月10日 日本外務省、出光のイランとの接触の情報入手 1月 出光、飯野海運よりチャーターしていたタンカーのキャンセルを受け、同社唯一の日章丸の使用を決断 2月6日 出光計助専務ら再度イランに向けて出発 2月15日 イランと出光、石油貿易の正式調印 3月16日 アメリカから日章丸が日本の川崎港に帰着 3月18日 日章丸、川崎港から神戸港に荷卸しの為、移動(着翌日) 3月23日 日章丸、目的地をサウジアラビアと偽装し神戸港を出港 3月25日 日章丸、フィリピン北のバリンタン海峡を通過 3月31日 日章丸、マラッカ海峡を通過 4月5日 日章丸、コロンボ沖で暗号電文を受信し、無線封鎖 4月7日 日章丸、オマーン湾に到達 4月8日 日章丸、夜陰に隠れてホルムズ海峡を通過 4月9日 日章丸、シャルル・アル・アラブ河口に到達 4月10日 日章丸、アーバーダーン港(当時の記事ではアバダン港)に入港。AFP、ロイターが報道 4月10日 夜・イギリス外務省が駐日大使エスラー・デニング(英語版)に調査を命じる。出光、外務省に報告。 4月11日 出光、記者会見を行う 4月15日 日章丸、アーバーダーン港を出港。船底部を僅かに擦りながら浅瀬を突破 4月16日 日章丸、夜陰に紛れてホルムズ海峡を通過 4月26日 日章丸、大きく迂回しスンダ海峡を通過しイギリス海軍駆逐艦三隻を回避 4月26日 日章丸、夜陰に乗じてジャワ海の危険な暗礁海域を通過しイギリス海軍を回避 4月29日 日章丸、ガスパル海峡を通過 4月30日 日章丸、南シナ海に到達し、無線封鎖を解除、出光と連絡を取る 4月30日 イギリス、駐英大使松本俊一を呼び出し厳重抗議 4月30日 日本政府外務省、何も知らず民間の取引に介入できない旨、イギリスに弁明 4月?5月 自動車6団体がイラン石油輸入を歓迎する旨発表。同時期、報道激化し様々な意見が発表される 5月4日 日章丸、フィリピン北のバシー海峡を通過 5月7日 イギリス、日章丸の日本領海到達を確認。即座にアングロ・イラニアン社より仮処分申請を東京地裁に提出 5月8日 出光、広島のイギリス海軍が軍用機を飛ばしている情報を受け、記者会見を開き徳山港(山口県)へ入港予定との陽動情報を流す 5月8日 日章丸、土佐沖にて新聞社に撮影され、陽動情報である事が露見 5月9日 日章丸、川崎港に到着。同日、東京地裁にて第一回の口頭弁論開かれる 5月9日 通産事務次官玉置敬三、通産省はこの紛争に巻き込まれたくないとの見解を記者に述べる 5月13日 日章丸、陸揚げを完了し、船の差し押さえを逃れる 5月14日 日章丸、イランに向けて再度出港し、貿易を既成事実化する 5月16日 東京地裁にて第二回口頭弁論開かれる 5月27日 東京地裁、仮処分申請を却下。 5月27日 日本外務省が政府は何ら関与しない旨を発表 6月 イラン政府、出光との当初の契約を見直し、石油価格を大幅減額で提供する旨を発表 6月7日 日章丸、アーバーダーン港に再度到着。イラン政府高官、および数千人の民衆の出迎えを受ける。参考文献
『日章丸事件』読売新聞社 『アバダンに行け』出光興産 『ペルシャ湾上の日章丸 出光とイラン石油』出光興産
脚注
[脚注の使い方]
出典^ ファルス通信: タンカー「日章丸」の物語とモサッデグ政権期イランに科された石油禁輸措置の回避 (Fars News Agency : ?????? ????? ≪????????≫ ? ??? ??? ????????? ???? ????? ?? ????? ????) (ペルシア語) - 2014年2月23日 ^ 元帝国陸軍情報将校、のち出光興産専務。手島冷志(元外務審議官)の父。
関連項目
ペルシア湾 イラン進駐 (1941年) 海賊とよばれた男
外部リンク
イランとの直接取引で世界で初めて石油製品を輸入した「日章丸事件」 世界が尊敬した日本人(43) 前坂俊之静岡県立大学国際関係学部教授(歴史読本掲載原稿)
カテゴリ:
1953年の日本の事件1953年のイラン出光興産の歴史日本の国際関係史日本・イラン関係日英関係戦後日本の経済日本の貿易の歴史1953年4月モハンマド・モサッデク 最終更新 2024年5月25日 (土) 08:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。
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出光興産
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%85%89%E8%88%88%E7%94%A3『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 「出光」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「出光 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
画像提供依頼:歴代のアポロマーク、ダフニーマークおよび社名ロゴタイプの画像提供をお願いします。(2021年11月)出光興産株式会社
Idemitsu Kosan Co.,Ltd.
Otemachi One タワー
出光興産本社が入居するOtemachi One タワー
種類 株式会社
市場情報
東証プライム 5019
2006年10月24日上場
略称 出光、idemitsu
本社所在地 日本の旗 日本
〒100-8321
東京都千代田区大手町一丁目2番1号
Otemachi One タワー
設立 1940年(昭和15年)3月30日
業種 石油・石炭製品
法人番号 9010001011318 ウィキデータを編集事業内容 石油製品・石油化学製品・電子材料の製造・販売
代表者 代表取締役社長兼社長執行役員兼CEO 木藤俊一
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代表取締役副社長兼副社長執行役員 平野敦彦
代表取締役副社長兼副社長執行役員兼CFO 酒井則明
資本金 1,683億円
発行済株式総数 2億9786万4718株[1]
売上高 連結:6兆6,867億61百万円
単体:5兆640億29百万円
(2022年3月期)[2]
営業利益 連結:4,344億53百万円
単体:3,172億91百万円
(2022年3月期)[2]
経常利益 連結:4,592億75百万円
単体:3,619億14百万円
(2022年3月期)[2]
純利益 連結:2,794億98百万円
単体:2,715億92百万円
(2022年3月期)[2]
純資産 連結:1兆4,365億12百万円
単体:1兆1,759億97百万円
(2022年3月31日現在)[2]
総資産 連結:4兆6,011億83百万円
単体:3兆8,396億30百万円
(2022年3月31日現在)[2]
従業員数 連結:14,363名
単体:5,089名
(2023年3月31日現在)
決算期 3月末日
会計監査人 有限責任監査法人トーマツ
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(信託口)13.68%
日章興産 9.11%
アラムコ・オーバーシーズ・カンパニー・ビー・ヴィ 7.76%
公益財団法人出光文化福祉財団 6.85%
日本カストディ銀行(信託口)4.75%
三菱UFJ銀行 1.73%
(2022年3月31日現在)
主要部門 石油製品、石油化学製品、資源
主要子会社 関連会社参照
関係する人物 創業者 出光佐三
第2代社長 出光計助
第5代社長 出光昭介
第6代社長 出光裕治
第8代社長 天坊昭彦
外部リンク http://www.idemitsu.com/jp/ ウィキデータを編集
特記事項:SS数:6,494店(2019年4月現在)
テンプレートを表示出光興産株式会社(いでみつこうさん、英: Idemitsu Kosan Co., Ltd.)は、東京都千代田区に本社を置く日本の企業。日経平均株価の構成銘柄の一つ[3]。
1911年 (明治44年) 、出光佐三が創業し[4]石油精製、石油化学、電子材料の製造と販売、またEV用次世代電池の全固体電池の主要材料となる固体電解質の研究開発にも力を入れ数多くの特許を保有している[4][5]。1949年(昭和24年)に石油元売会社に指定された[4]。
2019年(平成31年)4月1日、昭和シェル石油を経営統合により完全子会社化した後には、トレードネーム(通称)として「出光昭和シェル」を名乗っていた[6]。2021年(令和3年)4月より、全国のサービスステーション(給油所)のブランド名を2023年(令和5年)までに[7][8]「apollostation」(アポロステーション)[注釈 1]へ統一するのに伴い[10][11][12]、通称を「出光」に戻した。
概要
出光佐三が福岡県門司市(現・北九州市門司区)で日本石油(現・ENEOS)の潤滑油の特約店の「出光商会」として、1911年(明治44年)に創業した。
1940年(昭和15年)には現法人が設立され、戦後高度経済成長の波に乗り石油の輸入・精製を手がける民族資本の元売大手として発展した。
2000年代前半まではサントリー(現・サントリーホールディングス)や竹中工務店、ロッテ(現・ロッテホールディングス)、ヤンマー(現・ヤンマーホールディングス)、小学館、矢崎総業、YKK、興和、佐藤製薬、大日本除虫菊などとともに“非上場の大企業”として知られていた。
そのためか、長らくは資本金10億円という過小資本状態であった(もっとも、相対する負債も創業家及び創業家関係会社による劣後債務であるため実質的には過小資本ではなかった。)。
時代背景から開かれた企業を目指すべく、2006年(平成18年)10月24日に東京証券取引所一部に上場した。なお、創業時より標榜していた「大家族主義」のもと、長年タイムカードや定年制が無かったことでも知られていたが、それらの慣習が上場に際しての障害となる可能性があったため上場に先立ち、一般的な企業と同様に勤務時間管理及び定年制を導入している。
企業のロゴマークは2種類存在し、燃油および自動車高級潤滑剤にはギリシャ神話のアポロンをイメージした「アポロマーク」が、工業用、船舶用の各種高級潤滑剤には同じくギリシャ神話のダプネーをイメージした「ダフニーマーク」が用いられている[注釈 2]。
かつては広く用いられていた「出光」の筆文字ロゴタイプ(通称・髭文字)は創業者の出光佐三の揮毫であり、同社の登録商標[13] である。
ガソリンスタンドではローマ字の「IDEMITSU」表記が中心となっており、現在は国内では出光美術館のみで使用されている。
「アポロマーク」の図柄は2006年及び2020年にマイナーチェンジされている。2020年には会社のブランドとしてのローマ字表記も小文字の「idemitsu」に同時に改められた[10]。また、「ダフニーマーク」の使用も2023年10月のデザイン変更で取りやめられている[14]。
昭和シェルとの統合後しばらくの間は、ガソリンスタンドは出光とシェルの両ブランドが併存していた。
その後、2021年からブランド統一に着手する方針であることが日本経済新聞で報じられ[15][16]、同年4月以降、順次「apollostation(アポロステーション)[注釈 1]」に統一することを発表した。
このため、日本市場で外資系の石油元売りが展開する有名ガソリンスタンドが消滅するとともに、長年にわたり親しまれた貝殻マークのシェルのガソリンスタンドが国内から姿を消すことになった[17]。
主要関係会社としてアストモスエネルギー、出光タンカー、出光オイルアンドガス開発、出光エンジニアリング、アポロリンク、出光クレジットがある。サービスステーション運営の主要会社としては子会社の出光リテール販売、沖縄出光、そしてグループ企業ではないが、関係の深い宇佐美鉱油が挙げられる。
昭和シェル石油との経営統合以来、本社機能は帝劇本社・台場オフィス・JPタワーオフィスに分散されていたが、2020年(令和2年)12月21日、Otemachi One タワーに移転・集約した[18][19][注釈 3]。
広島SS 2006年?2019年のロゴ採用店舗例。 広島SS 2006年?2019年のロゴ採用店舗例。 西本願寺前SS エムケイ石油。京都市内等景観条例がある地域のスタンドでは、画像のようにロゴマーク色が変更されている場合がある。 なお、このスタンドは2018年に閉鎖済みである。 西本願寺前SS エムケイ石油。京都市内等景観条例がある地域のスタンドでは、画像のようにロゴマーク色が変更されている場合がある。 なお、このスタンドは2018年に閉鎖済みである。 アポロステーション稲田東大阪SS ペトロスター関西。元昭和シェルSS。 アポロステーション稲田東大阪SS ペトロスター関西。元昭和シェルSS。
キャッチコピー
経営統合及びトレードネーム「出光昭和シェル」の使用開始後のキャッチコピーは「人は、無限のエネルギー」で、現在は「人と人がつながるエネルギー」を用いられている。
トレードネーム使用開始前は、「石油を大切に」・「MOTION」[注釈 4]・「ほっと安心、もっと活力、きっと満足。出光の約束」[注釈 5]・「ニッポンに、エネルギーを。」・「NEXT IDEMITSU!」を使用していた。
潤滑油製品には「The Heart of Technology」のブランドメッセージを使用。過去には乗用車・オートバイ向け潤滑油製品に「液体マシーン」のキャッチコピーを使用していた。
主要事業所本社・支店
本社 - 東京都千代田区大手町1丁目2-1 Otemachi One タワー 本社機能集約前は下記の3か所に分散していた。 本社(帝劇本社) - 東京都千代田区丸の内3丁目1-1 国際ビルヂング 台場オフィス - 東京都港区台場2丁目3-2 台場フロンティアビル JPタワーオフィス - 東京都千代田区丸の内2丁目7-2 JPタワー28階 支店 北海道支店 - 札幌市中央区北3条西4丁目 東北支店 - 仙台市青葉区本町2丁目 関東第一・第二支店 - 東京都中央区八丁堀3丁目 中部支店 - 名古屋市中村区名駅3丁目 関西支店 - 大阪市中央区南船場3丁目 中国支店 - 広島市東区若草町 四国営業所 - 香川県高松市番町1丁目 九州支店 - 福岡市中央区天神3丁目 帝国劇場ビル (旧・帝劇本社) 帝国劇場ビル (旧・帝劇本社) 台場フロンティアビル (旧・台場オフィス) 台場フロンティアビル (旧・台場オフィス) JPタワー (旧・JPタワーオフィス) JPタワー (旧・JPタワーオフィス)製油所・工場
高所放水車
(出光興産 千葉事業所 自衛消防隊)括弧内は1日当りの原油処理能力。
製油所 北海道製油所 - 北海道苫小牧市真砂町(160,000バレル) 東亜石油京浜製油所(神奈川県川崎市川崎区) 精製能力:6万5000バレル/日 昭和四日市石油四日市製油所(三重県四日市市) 精製能力:21万バレル/日 西部石油山口製油所(山口県山陽小野田市) 精製能力:12万バレル/日工場
千葉事業所 – 千葉県市原市姉崎海岸。(原油処理能力:190,000バレル/日)原油処理をはじめ、エチレン、ポリプロピレンなどの樹脂を生産。敷地内には機能材料研究所、生産技術センターが存在。愛知事業所 - 愛知県知多市南浜町および同市北浜町。南浜地区は旧・愛知製油所(175,000バレル/日)。北浜地区は2022年10月1日にENEOS知多製造所のパラキシレン製造装置をはじめとする石油化学製品製造設備を譲受したもの。 徳山事業所 - 山口県周南市新宮町。旧・徳山製油所(2014年3月31日をもって原油処理機能を停止)。ナフサ、LPガスを原料に、エチレン、プロピレンをはじめ、パラキシレン、スチレンモノマーなど各種石油化学製品を生産。 出光フォルモサ(IFSC)- 台湾雲林県麦寮郷。石油化学製品を生産。太陽光発電所
門司発電所(2013年(平成25年)11月1日 営業運転開始) 姫路発電所(2014年(平成26年)3月4日 営業運転開始)
研究所
次世代技術研究所 - 千葉県袖ケ浦市上泉 機能材料研究所・営業研究所 - 千葉県市原市姉崎海岸 石炭・環境研究所 - 千葉県袖ケ浦市中袖
沿革
1911年(明治44年)6月20日 - 福岡県門司市(現在の北九州市門司区)にて「出光商会」として創業。 1938年(昭和13年)12月 - タンカー日章丸一世(1万4千重量トン)就航(1944年(昭和19年)2月戦没)。 1940年(昭和15年)3月30日 - 出光商会が出光興産株式会社を設立。 1947年(昭和22年) 8月 - 石油配給公団の販売店に全国29店が指定され石油業に復帰。 11月 - 出光興産が出光商会を合併。 1949年(昭和24年)4月1日 - 石油元売業者に指定。 1952年(昭和27年)5月 - アポロガソリン販売開始。 1953年(昭和28年)5月9日 - 日章丸事件が発生[注釈 6]。 1957年(昭和32年)3月17日 - 徳山製油所が操業開始。旧・海軍第3燃料廠跡地で、10か月の工期で完成。 1961年(昭和36年)5月1日 - 中部電力・三菱商事などと共同で、東邦石油株式会社を設立。 1962年(昭和37年)10月7日 - 当時世界最大の13万9千重量トンタンカー「日章丸三世」を建造。 1963年(昭和38年) 1月31日 - 千葉製油所が操業開始[21]。 11月12日 - 生産調整に反対し、石油連盟を脱退。 1964年(昭和39年) 9月 - 石油化学部門を分離し、出光石油化学を設立。 10月 - 出光石油化学徳山工場が竣工。 1965年(昭和40年)1月 - 自動車用潤滑油「アポロイル」シリーズ販売開始。 1966年(昭和41年) 10月1日 - 石油連盟に復帰。 12月 - 世界初の20万トン級VLCC(超大型タンカー)「出光丸」(20万9千重量トン)を就航。建造を担当したのは石川島播磨重工業横浜工場(現・ジャパン マリンユナイテッド磯子工場)[注釈 7]。 1967年(昭和42年) 9月 - 千葉製油所に世界初の重油直接脱硫装置を竣工。 11月 - ハイオクガソリン「出光100ガソリン」発売[注釈 8]。 1970年(昭和45年)11月21日 - 兵庫製油所が操業開始。 1972年(昭和47年)6月 - 沖縄石油精製(現・沖縄出光)に資本参加。 1973年(昭和48年) 7月7日 - 出光石油化学徳山工場にてエチレン装置アセチレン水添塔爆発炎上。社員1名死亡[22]。 10月1日 - 北海道製油所が操業開始。 1975年(昭和50年) 2月 - 出光石油化学千葉工場が竣工。 10月1日 - 愛知製油所が操業開始[23]。以降日本では製油所が建設されておらず、最も新しい製油所である。 1976年(昭和51年)7月 - 日本初の海底油田、阿賀沖油ガス田の生産開始。 1983年(昭和58年)9月1日 - 無鉛ハイオクガソリン「出光無鉛金アポロガソリン」発売。 1984年(昭和59年)10月 - 当時の日本最大の海底油田、阿賀沖北油田の生産開始(1993年に生産終了)。 1986年(昭和61年) 4月 - クレジットカード部門を分社化、出光クレジットを設立。「出光カード」発行開始[24]。 7月1日 - アルキレート配合のハイオクガソリン「出光NEW金アポロガソリン」発売。 1987年(昭和62年) 5月7日 - 愛知製油所に日本初の重油流動接触分解装置竣工。 6月20日 - 「出光100ガソリン」(愛称・アポロ100)が無鉛ハイオクで再度発売[注釈 9]。 1993年(平成5年)12月1日 - 環境対応ガソリン「出光ゼアス[注釈 10]」・「出光スーパーゼアス」発売[注釈 11][注釈 12]。 1994年(平成6年)10月 - 北海道製油所に日本初の重質軽油水素化分解装置竣工。 1995年(平成7年) - 日本初のダブルハル(二重殻)VLCCタンカー「スーパーゼアス」建造。 1996年(平成8年) 3月 - 「ゼアス」シリーズがガソリンで初めてエコマーク商品に認定。 10月 - 自動車用新潤滑油「出光ゼプロ」シリーズ発売。 1997年(平成9年) - 「ゼアス」シリーズが長野オリンピックの公式ガソリンとなる。 1998年(平成10年) 資源枯渇を理由に阿賀沖油ガス田の生産終了。 2月 - 全製油所・工場で「ISO14001」の認証を取得。 2000年(平成12年) - CVTトラクションオイルの実用化に成功。 2003年(平成15年) 4月4日 - 兵庫製油所閉鎖。 7月 - クレディセゾンと出光クレジットの合弁会社化で合意[24]。 9月 - 十勝沖地震で被災した北海道製油所にてナフサタンク火災[注釈 13]。 10月 - 出光クレジットにクレディセゾンが出資[24]。 2004年(平成16年) 4月「出光カードまいどプラス」発行開始[24]。 8月1日 - 出光石油化学を合併。 2005年(平成17年) 1月 - サルファーフリーガソリン販売開始。 10月 - 第三者割当増資を実施。その際、出光佐三の弟・出光弘が創業した「新出光」が出資し、初めて両社に資本関係が生じる。 2006年(平成18年) 3月 - 社名ロゴが明朝体から変更。また、アポロマークの図柄をマイナーチェンジ。旧図柄は耳の部分が「いでみつ」「こうさん」「さぞう」の3つから「3」であったが改められた。アポロマークを囲っていた円も、普通の円からやや右に倒れた楕円形となった[注釈 14]。 4月1日 - LPガス部門の出光ガスアンドライフと三菱液化ガスが合併し、アストモスエネルギーが発足。 10月24日 - 東証一部に上場。上場に伴い、創業家は経営から完全に撤退し、かつ関与しない体制が確立。 2007年(平成19年)4月19日 - 有機EL材料を製造する御前崎製造所が操業開始。上場会社にふさわしい強靭な体制を目指し、急ピッチな組織再編を推進。 2009年(平成21年) 7月1日 - 販売会社16社を統合し、出光リテール販売が設立される。 9月29日 - 創業100周年事業の一環として福岡県北九州市門司区東本町に会社発祥の地を伝える記念碑を建設[25]。 2011年(平成23年) 6月20日 - 創業100周年。 6月 - 創業100周年記念として、長年出光バッテリーとして愛された“出光スーパーダイハード”(GSユアサ製)から、パナソニックストレージバッテリーからのOEM商品“ZAXIA”に変更、販売開始。 2016年にパナソニックからGSユアサにパナソニックストレージバッテリーの株式が売却され、商号がGSユアサエナジーに変更されたことに伴い、パナソニックの系譜を持つ商品のままでありながら供給元の資本が回帰した。 9月5日 - 米国での潤滑油生産能力を1.5倍に増強し、2013年末までに年間生産能力を10万キロリットルにすると発表。総投資額は約15億円。 2013年(平成25年)11月1日 - 同社初の太陽光発電所(メガソーラー)の門司発電所を営業運転開始[26][27]。 2014年(平成26年) 3月4日 - 門司発電所に続く太陽光発電所(メガソーラー)、姫路発電所の営業運転開始[28]。 3月14日 - 徳山製油所の原油の精製を終了(製油所の名称廃止は31日)[注釈 15]。 11月 - 北海道製油所が緑化優良工場として経済産業大臣賞を受賞[30]。 12月20日 - 近年の石油業界における経営環境の変化に伴い、業務提携先である同業大手・昭和シェル石油と経営再編についての検討を開始したことを公式発表[31]。 2015年(平成27年)7月30日 - ロイヤル・ダッチ・シェル(現・シェル)から昭和シェル石油株式の33.3%を1691億円で取得し、筆頭株主となることを発表[32][33][34]。 2016年(平成28年) 1月5日 - 出光フォルモサ(台湾)を設立。8月29日工場が竣工。 12月19日 - ロイヤル・ダッチ・シェルから昭和シェル石油株式の31.3%を取得し、筆頭株主となる[35]。当初予定の33.3%から引き下げたのは、出光興産の創業家が昭和シェル石油の株式を取得したことにより[36]、株式公開買付けの規制に抵触する恐れがあるため。 2017年(平成29年) 4月 - 2017年(平成29年)4月までに昭和シェル石油との統合を目指していたが、創業家から合併に反対され延期。 7月3日 - 国内外で公募による増資を実施し約1,400億円を調達すると発表。発行済み株式の約3割にあたる4,800万株の発行となるため、合併阻止に動く創業家の持ち株比率を三分の一より下回らせ、合併を単独で否決できないようにする効果があった。 7月4日 - 公募増資の発表を受け、創業家は東京地方裁判所に対し株式発行の差し止めの仮処分を申請。 7月18日 - 創業家の仮処分申請に対し東京地裁(大竹昭彦裁判長)は、申し立てを却下する旨の決定を下す。 7月19日 - 東京地裁の決定に対し創業家は東京高等裁判所に即時抗告を申し立てたが、東京高裁は即時抗告を棄却する決定を下す。 7月20日 - 増資完了。 2018年(平成30年) 4月 - 合併に先行して出光と昭和シェルの主要事業を事実上統合。両社から約300人が参加して新組織を立ち上げる。 7月10日 - 昭和シェルと経営統合に関する合意書を締結[37]。創業家との間にも合意書を締結[38]。また、自己株式の取得も発表[39]。 10月16日 - 昭和シェル石油とともに、2019年(平成31年)4月1日付で経営統合を行うことを発表。同時に株式交換により昭和シェル石油を完全子会社化することを発表[40]。 2019年(平成31年・令和元年) 4月1日 昭和シェル石油と経営統合を実施。同時に株式交換により昭和シェルを完全子会社化[40]。 日本語の公式サイトのドメインを「idemitsu.co.jp」から「idss.co.jp」に変更。 7月1日 - 昭和シェル石油の事業を統合[41]。 9月5日 - 出光フォルモサで樹脂の生産を開始。 2020年(令和2年) 3月9日 - シェル・インターナショナルとシェルブランド潤滑油事業の譲渡に関する協議を開始[42]。 4月1日 - 昭和シェル石油と同社従業員との間の雇用契約に関する権利義務を承継[43]。 6月19日 - サービスステーション(系列給油所)のブランド名を2021年(令和3年)4月より「apollostation(アポロステーション)」へ刷新・統一すると発表[10][44]。 7月 - コーポレートブランドのアポロマークを14年ぶりに刷新、囲っていた円の部分が削除される[10]。阪神甲子園球場両ベンチ屋根上の広告から採用され、同年8月からはテレビCMの一部、提供スポンサー表示も「出光昭和シェル」から「(新アポロマーク)idemitsu」、読み上げも「出光興産」または「出光」に変更。さらに同年9月からは公式サイト上の体裁[注釈 16] も変更され、公式サイト上での「出光昭和シェル」の表示は会社情報等を除くとシェルブランドに関わるもののみ[注釈 17]になった。 非接触決済ツール「DrivePay」サービス開始[45]。この時点ではDrivePayと昭和シェル石油で利用可能なShell EasyPayとの相互乗り入れは行われない。DrivePay
7月3日 - 昭和シェル石油がRSエナジーに商号変更[46]。 8月6日 - シェルルブリカンツジャパンのシェル・オーバーシーズへの株式譲渡契約を締結[47]。 10月1日 - 自動車関連商品や店舗備品を取り扱う子会社を統合。旧出光系列のアポロリテイリング株式会社と旧昭和シェル系列の株式会社ライジングサンが合併、アポロリンク株式会社となる[48]。同時にライジングサンの保険事業を出光保険サービス株式会社に移管[49]。 11月24日 - 「apollostation」のサービスや店舗デザインなどの詳細を発表[7][8][11][注釈 18]。従来の「出光」「昭和シェル」両ブランドを「apollostation」に統合し、旧系列の会員カードの相互利用を可能にする一方で、「出光カードまいどプラス」をリニューアルした新会員カード「apollostation card」の会員募集も開始する[11]。共通ポイントに関しても出光の楽天ポイント、昭和シェルのPontaがそれぞれのSS(一部SSを除く)及び「apollostation」SSで使用可能になる[50][51][注釈 19]。エンジンオイルも出光ブランドSSで取り扱われる「ゼプロ」を「apollostation oil」にリブランドし、シェルブランドSSで取り扱われるエンジンオイルは店舗ブランド切り替えをもって従前の「HELIX」[注釈 20]から「apollostation oil」に切り替えとなる[8][注釈 21]。 12月21日 - 本社機能をOtemachi One タワーに集約移転[18]。 12月30日 - シェルルブリカンツジャパンの株式をシェル・オーバーシーズに譲渡[54]。 千葉事業所における1,4-ブタンジオール(BDO)の生産を終了、その後同製品を製造・販売するBASF出光のBASFとの合弁契約を解消し、BDO事業より撤退[55]。 2021年(令和3年) 3月1日 - アポロリンク株式会社が出光興産の旧帝劇本社に移転[20]。 3月3日 - 日本語の公式サイトのドメインを英語版と同じ「idemitsu.com」に統合し、日本語版と英語版はディレクトリ(それぞれjpとen)で区別するように変更。 4月 「apollostation」の展開を開始。2023年(令和5年)までにサービスステーションのブランド統一を完了予定[7][8]。それに連動し、ブランド切替時をもって、ガソリン・軽油・灯油の名称を「出光スーパーゼアス」・「出光ゼアス」・「出光軽油」・「出光灯油」から「apollostation(ハイオク・レギュラー・軽油・灯油)」に切り替える。シェルブランドSSで取り扱われるハイオクガソリンも「shell V-power」・「shell premium」から「apollostation ハイオク」に切り替える。 「apollostation card」発行開始[24]。 DrivePayとEasyPayの相互乗り入れを開始[56]。 出光興産とライオンの合弁企業である出光ライオンコンポジットの合弁契約を解消し、完全子会社化[57]。 7月1日 - 出光ライオンコンポジットの商号を出光ファインコンポジットへ変更[58]。 7月30日 - 新プライベートブランド「ZERIOUS」(ゼリオズ)を発表[59][60]。 8月2日 - 株式交換によりエス・ディー・エス バイオテックを完全子会社化[61]。 10月1日 - ともに燃料油・潤滑油製品を販売する子会社のリーフエナジー株式会社(旧昭和シェル系列)とエスアイエナジー株式会社(旧出光系列)が合併し、出光エナジーソリューションズ株式会社となる[62]。 2022年(令和4年) 4月1日 - 旧昭和シェルから引き継いだ平面作品の公募展「シェル美術賞」を「Idemitsu Art Award」に改称[63]。 10月1日 - ENEOSから同社知多事業所の石油化学製品製造設備を譲受し、愛知製油所を愛知事業所に改称[64]。 12月15日 - 株式売渡請求により東亜石油を完全子会社化。 2023年(令和5年) 4月1日 - 出光リテール販売が中央シェル石油販売を吸収合併[65]。 12月 - サービスステーションのブランド統一が完了[66]。 2024年(令和6年) 2月19日 - 共通ポイントとして、従来の楽天ポイント、Pontaに加えてdポイントも使用可能となった[67][注釈 22]。歴代社長
初代:出光佐三(1940年 - 1966年) 2代:出光計助(1966年 - 1972年)※佐三の弟 3代:石田正実(1972年 - 1977年) 4代:大和勝 (1977年 - 1981年)※佐三の姉キクの子 5代:出光昭介(1981年 - 1993年)※佐三の長男 6代:出光裕治(1993年 - 1998年)※佐三の兄雄平の子 7代:出光昭 (1998年 - 2002年)※佐三の弟計助の子 8代:天坊昭彦(2002年 - 2009年) 9代:中野和久(2009年 - 2013年) 10代:月岡隆 (2013年 - 2018年) 11代:木藤俊一(2018年 - )
関連会社
出光興産グループは2019年(令和元年)4月1日現在、子会社94社および関連会社48社で構成されている。
日本国内全て株式会社である。
会社名 本社所在地 主な事業内容
出光エンジニアリング 千葉市美浜区 工場設備の設計・建設・保全
出光タンカー 東京都千代田区 原油・石油製品の海上輸送
出光リテール販売[注釈 23] 東京都中央区 石油製品の販売
出光大分地熱 東京都千代田区 地熱エネルギー資源の開発
RSエナジー
(旧称:昭和シェル石油) 東京都千代田区[注釈 24] 石油製品・精製の販売
昭和四日市石油 三重県四日市市 石油製品の精製
西部石油 東京都千代田区 石油製品の精製
ペトロスター関西 兵庫県芦屋市 石油製品の販売
出光エナジーソリューションズ[注釈 25] 東京都新宿区 石油製品の販売
沖縄出光 沖縄県那覇市 石油製品の販売
東亜石油 神奈川県川崎市 石油製品の精製
出光スーパーバイジング 東京都千代田区 石油製品の販売
北海道石油共同備蓄 東京都新宿区 原油の貯蔵・受払い
アストモスエネルギー 東京都千代田区 液化石油ガスの輸入・販売
出光ユニテック 東京都港区 プラスチック製品の製造・販売
プライムポリマー 東京都港区 ポリエチレン・ポリプロピレンの製造・販売
PSジャパン 東京都文京区 ポリスチレンの製造・販売
アポロリンク[注釈 26] 東京都千代田区 カー用品の輸入・販売[注釈 27]
エス・ディー・エス バイオテック 東京都中央区 農薬の製造・輸入・販売
出光クレジット 東京都墨田区 クレジットカード業務
出光保険サービス 東京都港区 保険代理店の運営昭和シェル船舶 平和汽船 ペトロスター関西 シェル石油大阪発売所 上燃 中川石油 永瀬石油 大野石油 気仙沼商会 オクヒラ 岩本商店 壇上石油 植松エネルギー ジャパンオイルネットワーク ジェイ・エル・エス 丸紅エネルギー 新潟石油共同備蓄 川崎商会[注釈 28] 北海道石油共同備蓄 大分液化ガス共同備蓄 昭石海外石油開発 昭石エンジニアリング 日本グリース 瀝青化学 ソーラーフロンティア(旧・昭和シェルソーラー) 昭石化工 鹿島液化ガス共同備蓄 京都スカイパーキング クレコ オンサイトパワー 扇島パワー 若松ガス 関東礦油 TSアロマテックス エネサンスホールディングス - 住友商事およびコスモエネルギーホールディングスとのLPG合弁事業(小売) ダイヤ昭石 シェル徳発 豊通石油販売 ジクシス - 住友商事・コスモエネルギーホールディングスとのLPG合弁事業(元売)
日本国外
国籍 会社名 主な事業内容
中華人民共和国の旗 中国 出光潤滑油(中国)有限公司 潤滑油の製造・販売
シンガポールの旗 シンガポール Idemitsu International (Asia) Pte.Ltd. 原油・石油製品の売買
Idemitsu Lube (Singapore) Pte.Ltd. 潤滑油の製造・販売
タイ王国の旗 タイ Apollo (Thailnd) Co., Ltd. 潤滑油の製造・販売
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 Idemitsu Apollo Corporation 原油・石油製品の売買
Idemitsu Lubricants America Corporation 潤滑油の製造・販売
香港の旗 香港 Idemitsu Chemicals (Hong Kong)Co.,Ltd. 機能性樹脂の仕入・販売
マレーシアの旗 マレーシア Idemitsu SM (Malaysia) Sdn.Bhd. スチレンモノマーの製造・販売
Petrochemicals (Malaysia) Sdn.Bhd. ポリスチレンの製造・販売
中華民国の旗 中華民国(台湾) 台化出光石油化学股?有限公司 ポリカーボネートの販売
ノルウェー Idemitsu Petroleum Norge AS 石油の探鉱・開発
オーストラリアの旗 オーストラリア Idemitsu Australia Resources Pty Ltd 石炭の探鉱・開発・販売
カナダの旗 カナダ Idemitsu Canada Resources Ltd. ウランの探鉱・開発
インドネシアの旗 インドネシア P.T. Idemitsu Lube Tecno Indonesia 潤滑油の製造・販売
ベトナム 出光Q8ペトロリアム[注釈 29] 給油所運営など燃料油の製造・販売[69]
販促品
CDIDEMITSU MOTIONシリーズ 洋楽コンピレーションCD mydoカードの正しい使い方ご案内CD/CD選書インフォメーションCD(1993年、制作:ソニー・ミュージックエンタテインメント) 規格番号はTDDD-90086。 mydoカードインフォメーション mydo SALSA(歌:mydo Boys) 夢先案内人(歌:山口百恵) Sweet Memories(New Version)(歌:松田聖子、アルバム『Sweet Memories'93』収録の音源) これが出光のまいどCDだ。(1994年、制作:ポニーキャニオン) ウルトラまいどCD(1995年、制作:ポニーキャニオン)CM・スポンサー番組
テレビCM出演者経営統合後(2019年4月から)
長澤まさみ 玉城ティナ SixTONES - CMソング提供 milet - CMソング提供
経営統合前(2019年3月まで)
早見優 原真祐美 山下真司 とんねるず 村野武範 辰巳琢郎 岡本夏生 高田万由子 ウルトラマン ウルトラマンゼアス ウルトラ出光人 ウルトラ怪獣(カネゴン他) 北川弘美 田中麗奈 高野志穂 菅野美穂 相島一之 村松利史 似内千穂[70] 八幡朋昭[71] 出光興産に勤務していた従業員(主に企業CM)企業CM
2012年(平成24年)4月からは、エンドカットを白地に「ほっと安心、もっと活力、きっと満足。出光」と書いたものに統一し、ウルトラ出光人が登場しなくなった。 2013年(平成25年)3月からは、「ほっと安心、もっと活力、きっと満足。」を省略し「ニッポンに、エネルギーを。」のキャッチコピーを使用したCMシリーズが放映されていた。 2018年(平成30年)8月からは、「NEXT IDEMITSU!」のキャッチコピーを使用したCMシリーズも放映されていた。 2021年(令和3年)1月からは、「人と人がつながるエネルギー」のキャッチコピーを使用したCMシリーズを放映している。
提供番組
現在公式サイトの提供番組一覧 を参照。
太字●は出光興産単独提供番組題名のない音楽会● (テレビ朝日系列24局(遅れネットを含めると計29局)、BS朝日) 探究の階段● [1](テレビ東京、BSテレ東) 新・情報7daysニュースキャスター(TBS系列28局)※同業者のENEOSも別パートで2023年9月までスポンサー。 乃木坂工事中(テレビ愛知・テレビ東京系列6局) そこ曲がったら、櫻坂?(テレビ東京) 日向坂で会いましょう(テレビ東京) 別府大分毎日マラソン(RKB・OBS共同制作、TBS系列28局) KRYさわやかモーニング(山口放送) オールナイトニッポン 火曜・木曜・土曜日担当(ニッポン放送) マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0(ZERO)(ニッポン放送) NRNナイター(ニッポン放送・NRN系列) ※LFのほかにも、STV・tbc・SF・ABC・RCC・KRY・KBCのラジオCMで流れる。 うどうのらじお(ニッポン放送) イチモニ!(北海道テレビ)月曜のみ ラジオ・チャリティー・ミュージックソン(ニッポン放送・NRN系列11局ネット) ※年に1回放送しているラジオチャリティー番組。
※提供クレジットは「(アポロマーク)idemitsu」として表示されている。
過去日本テレビ火曜8時枠時代劇(日本テレビ系列) メントレG(フジテレビ系列) マジカル頭脳パワー!!(日本テレビ系列) ※後任はNTT 謎を解け!まさかのミステリー(日本テレビ系列) 爆笑問題のバク天!(TBS系列) カーグラフィックTV(テレビ朝日系列) クイズプレゼンバラエティー Qさま!!(テレビ朝日系列) JNNニュースデスク(TBS系列) news23(TBS系列) 地球発19時(毎日放送制作・TBS系列) クイズ!ヘキサゴンII(フジテレビ系列) 超逆境クイズバトル!! 99人の壁(フジテレビ系列) 特捜9(3rd Season)(テレビ朝日系列、富山テレビ、福井放送、山陰放送、テレビ高知、テレビ宮崎) 満天☆青空レストラン(日本テレビ系列) 人生の楽園(テレビ朝日系列) 出没!アド街ック天国(テレビ東京系列) 日経スペシャル 未来世紀ジパング?沸騰現場の経済学?(テレビ東京系列) だんトツ!!平成キング→ザ!鉄腕!DASH!!(日本テレビ系列) ※2011年からは同業者のENEOSに交代。 天才!志村どうぶつ園(日本テレビ系列) ※後半ナショナルスポンサー ニュースプラス1いわて(テレビ岩手) 相葉マナブ(テレビ朝日系列) SHELLY GO ROUND(ニッポン放送) 三宅裕司のサンデーヒットパラダイス(ニッポン放送) ネットワークトゥデイ(TBSラジオ) 出光ゼアスステーション ヒッツインモーション(TOKYO FM・JFN系列) apollostation Drive Discovery PRESS(同上)
など多数。
不祥事や諸問題
出光タンカー廃油投棄事件 - 1980年(昭和55年) 出光のタンカーが洋上に廃油を不法投棄していた事件が発覚した。出光は原油を運んだ空きのタンカーに廃油を積み込んで洋上で投棄していた。当時、国会でも海洋汚染の問題として取り上げられた。 公害防止協定の虚偽報告 - 2003年(平成15年) 愛知製油所において、愛知県および知多市との公害防止協定に基づく報告データを虚偽報告した。 2003年(平成15年)1月から2005年(平成17年)12月までの3年間、愛知県および知多市に報告した管理項目の報告データ1,454件中584件において測定データと異なっており、報告値を改ざんしていた。 虚偽報告のうち、ばいじん総排出量1件、ばいじん濃度16件の協定値超過であった。ばいじん濃度16件中2件は「大気汚染防止法」および「電気事業法」の規制値を超過していた。 本事件は、電気事業法に関する中部近畿産業保安監督部の立入り検査(2006年(平成18年)2月22日)中、過去のばい煙管理項目について整合の取れない記録が確認されたことを契機に社内調査した結果判明した。 北海道製油所の火災不届け事件 - 2003年(平成15年) 北海道苫小牧市の製油所における火災を消防署に届けず、報道された。その他
1919年(大正8年)、酷寒の地・満州で車軸油が凍結し、貨車のトラブルが続出していた南満州鉄道に「2号冬候車軸油」を納入することにより、事故を一掃した。1927年(昭和2年)満鉄創立20周年のときに、感謝状と銀杯が贈られている[72]。 朝日放送の人気番組『探偵!ナイトスクープ』に「アポロマークの首から下はどんな感じなのか調べてほしい」という依頼が送られたことがある。同番組のチーフ構成作家・百田尚樹は、後に創業者の出光佐三と日章丸事件をモデルとした小説「海賊とよばれた男」を著している[注釈 30]。「海賊とよばれた男」は後に実写映画化された。
脚注
[脚注の使い方]
注釈^ a b なお、ENEOSの店舗の中には既に山形県天童市に同名のスタンドが存在している[9] 。 ^ これらのブランドロゴとは別に正三角形の中に「SI」の文字を入れた社章も存在する。 ^ なお、帝劇本社と同じく帝劇ビル(国際ビルヂング)に入居している出光美術館については出光興産の移転・集約時点では特に移転等の発表はない(後に帝劇本社のあったフロアにアポロリンク[20] をはじめとするグループ企業の一部が移転している。)。一方、台場オフィス(旧昭和シェル石油本社)のあった台場フロンティアビルに入居していたシェルミュージアムについては、2020年11月頃閉館した。 ^ 使用時期によって文頭に「つぎの活気へ。」もしくは「便利倍増計画」のキャッチコピーが入る。 ^ CMのサウンドロゴは「ほっと、もっと、きっと、出光」である。 ^ 石油を国有化しイギリスと係争中のイランから、日章丸二世(1万9千重量トン)がアバダンよりガソリンと軽油を満載し、川崎へ入港。英国アングロ=イラニアン石油会社(旧アングロ=ペルシャン(英語版)石油会社、BPの前身)は積荷の所有権を主張し、東京地裁に提訴したが、出光の勝訴が決定した。その後のイランとの国交を深める鍵となる。 ^ この建造についてのエピソードはNHKのプロジェクトXでも紹介された。 ^ 1970年(昭和45年)ごろまで発売していた。 ^ 石油各社は7月以降に順次発売していたが、出光興産は創業記念日に合わせて先行発売していた。世界初の無鉛100オクタンガソリンでもあった。 ^ レギュラーガソリンでは珍しくブランド名がつけられている。 ^ ウルトラマンシリーズの一つであるウルトラマンゼアスが映画化されると(CMキャラクターを務めるとんねるずが、隊員役として出演した)、以後の出光のCMにウルトラマンゼアスやカネゴン等のウルトラ大怪獣が度々出演するようになった。 ^ スペルは「ZEARTH」。Zenith(頂点)とEarth(地球)を合わせた造語である。 ^ 当初、同社の手落ちとも報じられたが、長周期の揺れによりタンクの浮き天井が落ちたことが判明。その後、静電気により発火したとされる。 ^ ただし、一部のSSでは変更されず、2021年現在でもそのままだった。 ^ 伊予灘を震源とする地震で常圧蒸留装置などが緊急停止したが、再稼働に時間が必要なため、予定の31日より早く精製を終えた[29]。そのため、精製終了と製油所という名称の終了時期が結果としてずれることになった[29]。 ^ ヘッダー部分の「出光昭和シェル 出光興産株式会社」をアポロマークと「idemitsu」に変更。 ^ 公式サイト内 シェルSS 以下のページや、パートナー企業のSSアルバイトおよび大型ドライバー求人情報サイト内のシェルブランドページのみ旧ヘッダー(「出光昭和シェル」表記)を使用。 ^ なお、報道ではシェルの要素はデザインに盛り込まれていないとされている[8] が、「プリズムライン」と称するレッドからイエローのグラデーション[11] のイエローの色や「apollostation」の「apollo」の部分(および2020年(令和2年)7月刷新の「idemitsu」)のロゴタイプのフォントはシェルのものに類似している。 ^ ただし、一部相互利用対象外のカードがあり、apollostationへの転換後でも転換前の店舗ブランドによって利用・発券できるカードに差異が当面残る[52]。 ^ シェルルブリカンツジャパンより供給される(シェルブランドエンジンオイルの問い合わせ先の電話番号はシェルルブリカンツジャパンになっている)。 ^ ただし、「HELIX」については会見における質疑応答において、将来的には併売化されると示唆されている[7]。同様の例はエッソ・モービル・ゼネラルがENEOSに統合された後にモービル1がENEOSブランドのエンジンオイルと併売化されたというものがある(ただし、こちらは2022年(令和4年)3月31日で終了しカー用品店向けに一本化)。一方、「HELIX」も2022年(令和4年)7月からカー用品店向け専用商品が発売されている[53]。 ^ ただし、同日より楽天ポイント、Ponta、dポイントのいずれも基本的には現金およびキャッシュプリカ決済時のみ付与対象となり、クレジットカード決済時の付与対象は各ポイントカード機能を持つカードで決済する場合か、旧EasyPayを含むDrivePayおよびモバイルDrivePayにポイントカードを登録している場合に限られる[68]。 ^ 中央シェル石油販売(旧昭和シェル系)を2023年4月1日に出光リテール販売に吸収合併。 ^ 出光興産の本社集約移転に伴い同様に移転[46]。 ^ エスアイエナジー(従前より出光系)とリーフエナジー(旧昭和シェル系)が2021年10月1日に合併。 ^ アポロリンク(旧:アポロリテイリンク、従前より出光系)とライジングサン(旧昭和シェル系)が2020年10月1日に合併。 ^ かつて、アポロサービス時代にスキッドガード(SKID GUARD)と呼ばれた出光オリジナルのタイヤ(5万キロ磨耗保証付・アメリカ製)を販売していた事がある。アポロリテイリング時代になってから発売されたデュラン ミューテック(DURAN MU:TECH)やビジーバン(BUSY VAN)、およびアポロリンクになってからのゼリオズタイヤシリーズは横浜ゴムのOEM。アポロリンクになってからは旧ライジングサン扱いの製品も取り扱うが合併時点では取り扱いSSはブランドに依存する。 ^ 厳密には当社のグループ企業では無いが、昭和24年春に出光興産の全国第一号特約店になったと会社案内に記載されている。 ^ クウェート国際石油(英語版)(クウェート石油公社(英語版)の子会社)との折半出資。Q8はクウェート石油グループのブランド。 ^ 海賊とよばれた男(2012年7月 講談社【上・下】)
出典
^ “株式の状況”. 出光興産株式会社 (2022年3月31日). 2022年7月9日閲覧。== ^ a b c d e f “2022年3月期 有価証券報告書” (PDF). 出光興産株式会社 (2022年6月23日). 2022年7月9日閲覧。 ^ 構成銘柄一覧:日経平均株価 Nikkei Inc. 2021年10月8日閲覧。 ^ a b c 古賀大己、寺西和男(2015年7月31日). “石油需要減、再編後押し 出光・昭和シェル統合合意 ブランド当面維持”. 朝日新聞(朝日新聞社) ^ “千葉事業所に次世代電池向け固体電解質の小型量産設備を新設 全固体リチウムイオン電池の実用化を加速”. 出光興産. (2020年2月18日) ^ 出光興産 会社概要 -(2019年5月21日閲覧) ^ a b c d “出光、新SSブランド「アポロステーション」導入…今後の具体的施策を発表”. Response.. (2020年11月25日) ^ a b c d e “「シェルのGS」消える 出光の統合ブランドへ移行 3年かけ6400店切り替え”. 乗りものニュース (メディア・ヴァーグ). (2020年11月24日) ^ “アポロステーション - アポロステーションは山形県総合運動公園すぐそば!お車のことなら何でもご相談ください!”. 2023年1月25日閲覧。 ^ a b c d “当社ブランド(コーポレート及びSS)を刷新”. 出光興産. (2020年6月19日) ^ a b c d “新SSブランド「apollostation」導入に伴い、SS塗装等に新VIデザインを展開”. 出光興産. (2020年11月24日) ^ “出光給油所、ブランド一新:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞. (2020年6月20日) ^ 第1717472号・第3030797号・第4864802号・第5319566号 ^ “潤滑油製品パッケージ(ドラム容器、ペール容器)変更に関するご連絡”. 出光興産. (2023年11月28日) ^ “出光、給油所ブランド刷新 旧昭シェルと21年統合”. 日本経済新聞 (2020年3月16日). 2020年3月18日閲覧。(有料会員限定記事) ^ “出光、背水のブランド統一 生活サービス拠点へ転換”. 日本経済新聞 (2020年3月17日). 2020年3月18日閲覧。(有料会員限定記事) ^ “「シェル」の看板もついに... 「エッソ」「モービル」に続き、とうとう消える「外資系」ブランドGS”. Yahoo!ニュース (2020年8月22日). 2020年8月25日閲覧。 ^ a b “本社移転についてのお知らせ”. 出光興産. (2020年12月1日) ^ “【移転】出光昭和シェルがOtemachi One タワーに”. 日経不動産マーケット情報 (日経BP). (2019年11月5日) ^ a b “本社事務所を移転いたしました。”. アポロリンク. (2021年3月1日) ^ “出光興産、操業始む、きのう盛大に火入れ式”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 朝刊 1. (1963年2月1日) ^ エチレン装置アセチレン水添塔の爆発 - 失敗百選(2016年9月8日閲覧) ^ “操業40周年 関係者祝う 出光愛知製油所”. 中日新聞 (中日新聞社). (2015年10月8日) ^ a b c d e 出光クレジット. “沿革”. 2024年1月2日閲覧。 ^ 出光発祥 門司に記念碑 初荷の写真添え 創業100年を記念 (2009年(平成21年)9月30日 西日本新聞) ^ 2015年度に再生エネで1.46億kWhを目指す出光、太陽光はまず門司から ^ 出光初のメガソーラーが運転を開始 ^ 姫路発電所(メガソーラー)運転開始について ^ a b 角田要(2014年3月30日). “「海賊とよばれた男」の舞台に幕 出光・徳山製油所”. 朝日新聞(朝日新聞社) ^ “出光、工場緑化で経産大臣賞 苫小牧の製油所”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2014年11月7日) ^ “出光興産、昭和シェル石油と買収交渉 - 2月にも正式合意へ”. 日刊工業新聞 (日刊工業新聞社). (2014年12月20日) ^ “出光・昭和シェル統合へ 首位JXと国内2強に”. 朝日新聞(朝日新聞社). (2015年7月31日) ^ “ロイヤル・ダッチ・シェルからの昭和シェル石油株式会社の株式(33.3%議決権比率)の取得に関するお知らせ”. 出光興産. (2015年7月30日) ^ 出光、昭和シェルと経営統合へ 33.3%出資、筆頭株主に ^ “ロイヤル・ダッチ・シェルからの昭和シェル石油株式会社の株式取得完了のお知らせ”. 出光興産. (2016年12月19日) ^ 出光創業家が合併阻止を狙って"奇策" ^ “経営統合に関する合意書の締結のお知らせ”. 出光興産. (2018年7月10日) ^ “当社大株主との間の合意書の締結に関するお知らせ”. 出光興産. (2018年7月10日) ^ “自己株式取得に係る事項の決定に関するお知らせ”. 出光興産. (2018年7月10日) ^ a b “株式交換契約の締結及び経営統合に関するお知らせ”. 出光興産・昭和シェル石油. (2018年10月16日) ^ “出光、7月に昭シェル事業分割し吸収”. 日本経済新聞 (2019年5月15日). 2019年6月10日閲覧。 ^ “シェルブランド潤滑油事業の譲渡に関する協議開始のお知らせ”. 出光興産. (2020年3月9日) ^ “会社分割(簡易吸収分割)に関するお知らせ”. 出光興産. (2020年2月14日) ^ “出光、給油所の統一ブランド「アポロステーション」に 21年4月に刷新”. 日本経済新聞 (2020年6月19日). 2020年6月23日閲覧。 ^ “7月1日デビュー!出光の新決済ツール DrivePay(ドライブペイ)とは!?”. gogo.gs. (2020年7月1日) 2022年7月1日閲覧。 ^ a b “RSエナジー株式会社の情報”. 国税庁法人番号公表サイト. (2020年7月22日) ^ “シェルルブリカンツジャパン株式会社の株式譲渡に関するお知らせ”. 出光興産. (2020年8月6日) ^ 会社合併に関するお知らせ アポロリテイリング株式会社 2020年9月14日[リンク切れ] ^ 株式会社ライジングサン保険事業の出光保険サービス株式会社への事業移管について 出光保険サービス株式会社 2020年7月28日 ^ 2021年4月、出光興産の新SSブランド「apollostation」で「Ponta」導入 「出光SS」「シェルSS」合わせ、約6,400カ所でPontaがたまる・つかえる - ロイヤリティマーケティング 2020年11月24日(2020年11月24日閲覧) ^ 楽天ペイメント、「シェルサービスステーション」「apollostation」 への共通ポイントサービス「楽天ポイントカード」導入について出光興産と合意 - 楽天ペイメント 2020年11月24日(2020年11月24日閲覧) ^ 【出光&シェル】2021年4月「apollostation」誕生でどう変わる?カード・ポイント・決裁ツール 相互利用スタートのまとめ | 札幌アポロ株式会社 ^ “乗用車用エンジンオイル『シェル ヒリックス』 新シリーズ発売”. シェルルブリカンツジャパン. (2022年8月9日) ^ “シェルルブリカンツジャパン株式会社の株式譲渡完了に関するお知らせ”. 出光興産. (2021年1月5日) ^ “BASF出光株式会社の合弁契約解消と石油化学製品1,4-ブタンジオール事業の撤退のお知らせ”. 出光興産. (2020年8月19日) ^ “出光、ガソリンスタンド新ブランド「apollostation」のクレジットカード発行。EasyPay/DrivePayの相互乗り入れも”. トラベルWatch. (2020年11月24日) 2022年7月1日閲覧。 ^ “出光ライオンコンポジット株式会社の株式譲受及び合弁解消に関するお知らせ”. 出光興産. (2020年12月25日) ^ “株主構成ならびに社名(商号)変更に関するお知らせ”. 出光ライオンコンポジット. (2021年4月1日) ^ “カーケア商品 新プライベートブランド「ZERIOUS」誕生”. 出光興産. (2021年7月30日) ^ “カーケア商品 新プライベートブランド「ZERIOUS」誕生”. アポロリンク. (2021年7月30日) ^ “出光興産株式会社による株式会社エス・ディー・エス バイオテックの完全子会社化に関する株式交換契約締結(簡易株式交換)のお知らせ”. 出光興産、エス・ディー・エス バイオテック. (2021年5月11日) ^ 出光エナジーソリューションズ株式会社の発足について 出光興産株式会社 2021年10月1日 ^ “「シェル美術賞」を「Idemitsu Art Award」に改称”. 出光興産. (2022年3月29日) ^ “愛知製油所の名称を「愛知事業所」へ変更、開所式を開催 ~石油化学製造設備の譲受完了、1事業所2地区体制での一体運営を開始~”. 出光興産. (2022年10月4日) ^ “会社統合のご案内”. 出光リテール販売. (2023年3月7日) ^ “廃棄するユニフォームなどをリサイクルした素材で生産するapollostationユニフォームの販売を開始 ~伊藤忠商事の推進する「RENUプロジェクト」に参加し、循環型社会の実現に貢献~”. 出光興産. (2024年2月29日) ^ “出光興産「apollostation」でdポイントの利用が可能に! ~dポイントサービス開始を記念してキャンペーンも開催~”. 出光興産. (2024年2月16日) 2024年2月19日閲覧。 ^ “共通ポイント付与対象のお知らせ”. 出光興産. 2024年3月11日閲覧。 ^ 出光興産は出光Q8ペトロリアムを通じて、ベトナムで外資として初めてのSS事業を開始します。 出光興産ニュースリリース(2017年10月2日) ^ YUKIE (2010年6月11日). “活躍中!!”. コメットの日記. 2013年2月24日閲覧。 “『出光興産』さんのCMです 弊社コメットのスタッフ 似内千穂ちゃんです” ^ “八幡朋昭 プロフィール”. YOUGO OFFICE. 2013年2月17日閲覧。 ^ 満鉄用の凍結しない車軸油の開発 - 出光社史(沿革)(2016年9月8日閲覧)
関連項目
日本の企業一覧 (石油・石炭製品) 出光美術館 出光音楽賞 Idemitsu Art Award(旧・シェル美術賞) ユーカード mydoカード 出光イーハトーブトライアル - トライアル競技 新出光 キッザニア東京・キッザニア甲子園 - パーク内のサービスステーションを提供 キッザニア福岡 - パーク内の有機EL開発研究センターを提供 題名のない音楽会 ムンク美術館 - ノルウェーのオスロにある同美術館のスポンサーをIdemitsu Petroleum Norge ASが務めている 阪神甲子園球場 - 1985年よりベンチ屋根上広告を長年提供している。1994年頃までは自社ブランド名(「出光100ガソリン」、「アポロイルベスト」など)が掲示されていたが、1995年以降は企業ロゴのみの掲示となる。2021年からはベンチ内にも広告が掲示されるようになった(東芝と並行)。 神戸大学 - 創業者・出光佐三の出身大学(旧制神戸高等商業学校)であり、2009年に六甲台講堂の改修工事に当たって多額の寄付を行い、「出光佐三記念六甲台講堂」と名付けられた。 北九州市門司区 宗像市
外部リンク
出光興産株式会社 出光興産グローバルサイト(英語) 『日章丸』 - NPO法人・科学映像館Webサイトより 出光の企画の下で製作された、「日章丸三世」竣工直後の姿を追った短編映画。詳細は日章丸 (タンカー・3代)#短編映画を参照 出光興産 - YouTubeチャンネル出光に関するカテゴリ:
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カテゴリ:画像提供依頼出光興産日本の化学工業メーカー日本の石油関連企業日本の石炭関連企業日本の電子部品メーカー電池メーカー千代田区大手町の企業災害対策基本法指定公共機関東証プライム上場企業2006年上場の企業日本の多国籍企業福岡県発祥の企業1940年設立の企業石油元売企業日経平均株価ファミリー企業出光家ガソリンスタンド 最終更新 2024年6月16日 (日) 14:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。
』
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【ライブ】千葉 市原 出光興産の事業所“危険物が燃えている”
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240702/k10014499321000.html


『2024年7月2日 15時17分
消防によりますと、2日午後2時半ごろ、千葉県市原市の出光興産の千葉事業所の職員から「危険物が燃えている。油が漏れていて黒煙が出ている」と通報があったということです。けが人が1人いるとみられ、現在、消防車10台が出動して消火活動にあたっています。
ライブ ヘリ映像
ライブ映像
出光興産千葉事業所とは
出光興産のホームページによりますと、千葉事業所は出光グループの中で最大規模の事業所で、燃料油の精製や石油化学製品、それに潤滑油などの製造を行っているということです。』
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中国、8月発表の公式地図でロシア領の一部を中国領に ウクライナ侵攻長期化で足元見られた?
https://www.tokyo-np.co.jp/article/279616


『2023年9月27日 16時00分
中国政府が8月に公表した公式地図で、2004年にロシア領として両国が合意したハバロフスク近郊の大ウスリー島(中国名・黒瞎子島)東側を中国領と表記した。中国との関係維持を重視するロシア政府は平静を装うが、極東のロシア住民は中国への警戒を強めている。(ブラゴベシチェンスクで、小柳悠志、写真も)
◆2004年画定の国境線を無視、ロシア側は静観
プーチン大統領は04年、それまで実効支配していた大ウスリー島西側などを中国に引き渡すことを決め、係争が続いていた土地を2等分して国境を画定することで胡錦濤国家主席(当時)と合意した。08年の議定書で中ロの国境はすべて画定している。
しかし今年8月末、中国自然資源省が公表した公式地図で、大ウスリー島の全域が中国の国境線の内側に記されている。中国のアプリ「百度地図」でも同島全域が中国領となっている。
公式地図を巡っては、インドやフィリピン、ベトナムも係争地が中国領と記されたとして反発している。一方、地図でロシア領が欠けていることを記者団に問われたロシア外務省報道官は「国境問題は解決済み」と静観する構えだ。ウクライナに侵攻して米欧との対立が強まる中、中国との関係を優先したとみられる。
◆歴史的な国境紛争地、住民は中国に不信感
しかし周辺地域の住民は中国への不信感を隠さない。沿海地方に住む女性は「中国は奪われた土地をいつか取り返すつもりではないか。プーチン(大統領)は中国にすり寄るが、われわれ市民は中国と仲良くできない」と話す。
アムール川周辺は両国の争いが絶えなかった地域だ。アムール州都ブラゴベシチェンスクにある歴史博物館には中ロ国境問題を引き起こした愛琿条約(1858年)を描いた絵がある。帝政ロシアの総督が肩をそびやかし、弁髪の清国役人が平伏する。
ロシア・ブラゴベシチェンスクの歴史博物館で3月、帝政ロシアの東シベリア総督(左)と清国役人による愛琿条約締結を描いた展示
19世紀の清は、アヘン戦争やアロー戦争で英仏に敗れて衰退するさなか。ロシアは愛琿条約と2年後の北京条約で、アムール川左岸と太平洋に面した沿海地方を得た。さらにロシア領西域の農民を移住させ「脱清国化」を進めた。
博物館職員が「中ロには不幸な過去があった」と語るように、その後も両国の小競り合いが続いた。1900年にはブラゴベシチェンスクでロシア当局が中国系住民を虐殺した。ソ連時代の69年には国境紛争「ダマンスキー(珍宝)島事件」で双方の計100人以上が死んだとされる。
◆ロシアの政治学者「中国は次の手に出る」
ウクライナ侵攻以降、中ロ関係は中国優位に大きく傾き、ロシアの専門家らは今回の地図から中国の野望を読み取る。政治学者ドミトリー・ジュラウレフ氏はロシア紙「論拠と事実」に、侵攻の長期化で「ロシア軍の存在感が落ち、足元をみられた」と指摘。「中国はロシアの出方をうかがい地図で先例を作った。地図問題で沈黙すれば、中国は次の手に出る」と訴えた。
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