『ご記憶の「平時の能吏」にあたる表現は、歴史書において「治世の能臣(ちせいののうしん)」、あるいは「清平の奸賊(せいへいのかんぞく)」として記録されています。 [1, 2]
この言葉の原典(初出)は、正史『三国志』の注釈に引用されている歴史書、および『後漢書』です。後漢末期の有名な人物評論家である許劭(きょしょう / 字は子将)が、若き日の曹操を評した言葉(月旦評)が元になっています。 [1, 2]
史書によって表現が異なり、主に以下の2つのパターンが有名です。
1. 『三国志』武帝紀(裴松之の注、孫盛の『異同雑語』より引用)
最も一般的に知られている対句の表現です。
ここでの「能臣」が、ご記憶の「能吏(有能な官僚)」にあたります。 [1, 3]
- 原文: 「子治世之能臣、乱世之奸雄」
- 書き下し文: 「子は治世の能臣、乱世の奸雄(かんゆう)なり」
- 意味: 「お前は平和な世であれば有能な臣下(官僚)となるが、乱れた世であれば悪知恵の働く英雄となるだろう」。 [4, 5, 6]
2. 『後漢書』許劭伝
もう一つの古い公式な歴史書である『後漢書』では、より皮肉の効いた表現になっています。 [1, 7]
- 原文: 「君清平之奸賊、乱世之英雄」
- 書き下し文: 「君は清平の奸賊、乱世の英雄なり」
- 意味: 「あなたは平和で清らかな世(清平)であれば秩序を乱す悪党(奸賊)となるが、乱れた世であれば英雄となるだろう」。 [1, 2, 7, 8]
原典にまつわる面白い裏話
この評をもらう際、曹操はまだ無名で素行の悪い若者でした。許劭は曹操の正体を見抜いて最初は評価を拒みましたが、曹操に脅される形で仕方がなくこの言葉を告げたとされています。 [2, 9, 10]
しかし、曹操は「ただ者ではない」という評価(お墨付き)を得られたことに大喜びして笑いながら立ち去った、と原典には記されています。
平和な時代の枠には収まらない、彼の怪物的な覇気を感じさせる有名な原典エピソードです。 [1, 7, 10]
この許劭の言葉のほかに、曹操が実際に「治世の能臣(平時の能吏)」として、法律を厳格に適用して汚職官僚を処刑した若き日のエピソード(洛陽北部尉の時代など)についても詳しく紹介しましょうか?
[1] https://yanagawa2019.sakura.ne.jp
[2] https://www.weblio.jp
[3] https://dic.pixiv.net
[4] https://osaka-rc.org
[5] https://app.k-server.info
[6] https://hajimete-sangokushi.com
[7] https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
[8] https://yoji.jitenon.jp
[9] https://zhuanlan.zhihu.com
[10] https://frkoten.jp
』