イギリスの経済
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88
※ GDPの規模だと、日本の65%くらいだ…。





日本の防衛費は、主要国と比べてどのくらい?https://www.mod.go.jp/j/press/book…
このような「覇権国の覇権内容の変質の過渡期」に当たって、日本のような「中堅国」の国家戦略としては、どのような戦…
「米国がコストを払ってイランの軍事能力を削いだおかげで、今の交渉の席がある」という強気の主張は、まさに「覇権国…
「米国がリスクを取って道を切り拓いたのだから、その恩恵を受ける同盟国が対価(軍事費や経済協力)を払うのは当然だ…
そういう米国の「決定は米国が独自に行い、その結果生じるコストやリスクの管理は同盟国に分担させる」というパターン…
米国は、過去の事例でも「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」に基づき、米国の安全保障上の利益を最優先に行動し…
イギリスの経済
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88
※ GDPの規模だと、日本の65%くらいだ…。
【独自】イギリスがTPPに加盟へ EU離脱後から各国と交渉 12カ国目、日本に次ぐ経済大国
https://www.fnn.jp/articles/CX/505704
※ TPP11でなく、TPP12になるようだ…。
『TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に、イギリスが加盟することで、3月中にも大筋合意することがFNNの取材でわかった。
TPPは、加盟国の間で関税の撤廃や引き下げ、貿易ルールの共有などがおこなわれる協定で、日本やオーストラリア、カナダなど11カ国が参加して、アメリカ抜きで発効した。
アメリカの離脱をめぐっては、トランプ氏が大統領就任を控え表明した際に、当時の安倍首相が「大変厳しい」と語っていた。
イギリスは、EU(ヨーロッパ連合)からの離脱をきっかけに、2021年からTPP加盟国との交渉を進めていた。
複数の政府関係者によると、3月中にも12カ国目として加盟することで、大筋合意するという。
イギリスはTPPに、日本に次ぐ2番目の経済大国として参加することになる。』
プーチン氏の最側近「米国が日本に軍国主義を復活」…神風特攻隊引き合いに日米連携批判
https://news.yahoo.co.jp/articles/43cd813f49faaf81ee45deb47fe5edd4005e1dbe
『ロシアのプーチン大統領の最側近、ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記は、日米の防衛連携強化に対し、「米国は日本に軍国主義の精神を復活させようとしている」と反発した。
露政府紙「ロシア新聞」が27日に公開したインタビューで表明した。旧日本軍の神風特攻隊を引き合いに、日本国民は「他国の利益のためにカミカゼをしたいように見える」と一方的に主張した。
【動画】岸田首相、防大卒業式で訓示「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」
一連の発言は、緊密な日米関係に対するプーチン政権の強い警戒感の表れとみられる。
パトルシェフ氏は日本が「反撃能力」の手段として、米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入を計画していることに触れ、自衛隊が「攻撃作戦を行える完全な軍隊になっている」との持論を展開した。
ロシアのウクライナ侵略を巡り、パトルシェフ氏は「ロシアの存在が脅かされれば、米国を含むどのような敵も破壊できる近代的な独自の武器を持っている」と核兵器を使用する可能性にも言及した。』
EU、エンジン車容認で合意 合成燃料限定で35年以降も
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA27BN30X20C23A3000000/


『【この記事のポイント】
・2035年以降、エンジン車を全く認めない方針を転換
・水素とCO2でつくる合成燃料に限り利用可能
・普及にはコストや技術に課題が残る
【ブリュッセル=辻隆史】欧州連合(EU)は28日のエネルギー相理事会で、2035年にゼロエミッション車以外の販売を原則禁じることで正式に合意した。内燃機関(エンジン)車の新車販売を全て認めない当初案を修正し、温暖化ガス排出をゼロとみなす合成燃料の利用に限り販売を認める。
【関連記事】独運輸相「技術的に中立な解決策」 EUがエンジン車容認
自動車業界の主張を受けたドイツ政府の意見を踏まえてエンジン車の部分容認に方針転換した。EUは今後、合成燃料の利用に向けた制度設計に乗り出すが、燃料の基準や利用条件などを巡って難航する可能性もある。一方でEUはバイオ燃料を利用した車については35年以降の販売を認めない方針だ。
エンジン車の販売禁止は昨秋に欧州理事会と欧州議会、欧州委員会が合意に達した。その後、フォルクスワーゲン(VW)など自動車大手を抱えるドイツが合成燃料の容認を強く主張し、内容の修正を迫られた。
EUは50年までに域内の温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げる。電気自動車(EV)への移行を進めるための目玉政策に例外を設け、エンジン車が併存する形となった。最終合意の手前でこれまでの協議内容を覆したドイツへの他国の反発は強く、今後の他の政策でのあつれきにつながるおそれもある。
EU関係者は28日「EVへの移行をめざすEUの基本方針は変わらない。多くの自動車メーカーはEVを選んでいる」と語り、合成燃料を利用した車の販売は将来も一部にとどまるとの見方を示した。
別の関係者は「合成燃料のみで車を走らせる仕組みをつくるには技術的な挑戦がいる」と述べ、関連産業全体の技術革新が必要になると指摘した。
合成燃料は二酸化炭素(CO2)と再生可能エネルギーによる電気分解で得た水素からつくる。ガソリンと成分は同じだが、現状では生産コストが高く、乗用車向けで商用化されるかは見通せない。
自動車メーカーではVWグループ傘下のポルシェが昨年末、チリで合成燃料の生産工場を稼働させた。日本のトヨタ自動車やホンダなども研究に取り組むが、コスト面などの課題は多い。
日本の経済産業省の試算では、再生可能エネルギーが安い海外で製造すると1リットルあたり約300円、国内だと約700円でガソリン価格の2〜5倍に相当する。
独ポツダム気候影響研究所の調査では、35年までに世界で計画されている合成燃料の工場は60カ所にとどまる。航空や船舶など早期の電動化が難しい移動手段で優先的に使われ、乗用車向けの供給量は限られるとの分析もある。
【関連記事】
・EUがエンジン車容認 高価格の合成燃料、利用は限定的か
・EU、35年以降もエンジン車販売容認 合成燃料利用で
・欧州の商用車CO2規制、40年に90%減 インフラ整備が壁
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深尾三四郎
伊藤忠総研 上席主任研究員
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ひとこと解説
車産業における競争力の源泉はエンジン性能から再生可能エネルギーの調達力へ移行する。
車メーカーで合成燃料の容認を歓迎しているのは、高コストの合成燃料を許容できる富裕層を客にしたポルシェとフェラーリ。当理事会でドイツに同調して反対票を投じたのはポーランドだけで、イタリアは反対という事前予想に反して棄権に回った。脱エンジンに関しては小さな逃げ道を設けたが、脱炭素の基本方針に変化はない。合成燃料で恩恵を受けるスーパーカーの台数たるや微々たるもの。欧州にとって地の利である再エネを普及させて脱炭素化を推し進めることをベースにした”2035 ICE BAN”が正式決定したという事実の重さに目を向けるべき。
2023年3月28日 22:50
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中西孝樹
ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト
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ひとこと解説
方針が覆ったというより、既定路線の感が強いです。ただ、貴族が駆るフェラーリやポルシェはともかく、庶民の自家用車にe-Fuelが普及できるか否かは不透明です。CO2を再利用し燃焼段階ではカーボンゼロですが、NOxなどの排ガスの課題が残ります。日本にとって世界でパワーユニットの選択肢が残ることは朗報ながら、再エネ由来の水素を合成するe-Fuelとなると、コストは高く日本に十分なリソースがあるとは言えません。ドイツは国家プロジェクトとしてe-Fuelを推進し、シーメンスとポルシェはチリで巨大なハルオニプロジェクトを動かしています。年産5.5億リッターをコスト2ユーロで生産する壮大なプロジェクトです。
2023年3月28日 22:19
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赤川省吾
日本経済新聞社 欧州総局長
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ひとこと解説
ドイツ内政がEUの産業政策を揺さぶりました。ドイツ連立与党の一角の中道政党FDPが合成燃料にこだわり、それが採用されました。FDPは医師や弁護士、中小企業経営者などの高所得者を支持基盤とする政党。高価格の合成燃料でも払える層(ポルシェなどのオーナー)を意識した露骨な有権者対策といえます。
この件が示すものは2つ
①ドイツの中堅政党がEU全体の動きを左右するほど域内ではドイツが突出した力。
②一部高級車を除けばEU内のEV化の流れは変わらず。「内燃機関の原則禁止(ドイツ公共放送ARD)」が改めて鮮明に。
ガソリン車の時代はもう終わり。日本の自動車メーカーもEV化で遅れるべきではありません
2023年3月29日 1:13 』
徳川家康の女性観 : 後家好みだったのか? 賢女好みだったのか?
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c12003/
※ 『「武士の女房は、公家の女性などと同じでなく、顔つき多少荒々しくみえるが良し」
「戦国の女は今時の男子より、かいがい敷(しく)働あり」』…。
※ まあ、ここら辺が、神髄なんだろう…。
※ 『正室・継室(後妻)、さらに側室まで含め、生涯で21人(人数は諸説あり)の妻を持った』…。
※ 「子ども」は、公証で、何人いたのか…。
※ 『江戸幕府初代将軍の徳川家康の子どもは16人。養子なども含めると合計38人もの子どもがいたそうです。』…、という話しもある…。
※ 今日は、こんな所で…。

※ 「阿茶の局」の肖像だそうだ…。




『 正室・継室(後妻)、さらに側室まで含め、生涯で21人(人数は諸説あり)の妻を持ったという徳川家康。当然、子だくさんだった。一説には、懐妊する可能性の高い出産経験のある女性を側室に抜擢したといわれるが、果たして家康はどんな女性観を持っていたのだろうか。
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乳幼児の生存率が低い時代
権力者は、自分が持つ権勢や財力を子どもに受け継がせたいと願う。
かつて生まれた子の生存率は低かった。一例だが江戸時代中期〜後期、1歳未満乳幼児の死亡率は10%台後半だった(『人口から読む日本の歴史』講談社学術文庫)。この数字は濃尾地方(愛知・岐阜・三重県にまたがる平野部)におけるものだが、他地域もほぼ同じだったろう。
医療・治安・食料事情が劣悪だった戦国期は、さらに死亡率が高かったはずだ。たとえ成長しても、戦で討ち死にすることもある。そこで、権力者は多く子を持とうとした。たくさん子どもがいれば、生き残る者もそれだけ多い。
天下を統一し、江戸幕府を開いた徳川家康もまた、後継ぎ候補を確保する重要性をよく知っていた人物である。系図や史料で確認できる子どもの数は16人に上る。正室の築山殿が産んだのは1男1女。継室の朝日姫(豊臣秀吉妹)との間に子はなし。残る14人(男児10人、女児4人)は、19人いた側室のうちの10人が産んだ(側室と子どもの数は諸説あり)。このうち何人かは夭折し、正室の築山殿とその子・信康は、家康自らが粛清してしまった。妻子を見捨てた背景には、長年敵対していた武田氏との関係を巡って、あくまで武田と戦う意向の家康派と、対武田を見直そうとする信康・築山殿派の路線対立があったという。
このため、側室との間に生まれた子たちが、徳川の次代を担うことになる。後の2代将軍・秀忠をはじめ、福井(福井県)・尾張(愛知県)・紀伊(和歌山)・水戸(茨城)の各藩の藩祖を産んだのは、側室である。娘たちも有力大名家に嫁いだ。
徳川の繁栄に、側室たちが果たした役割は大きかった。
山梨県早川町のお万の方の銅像。家康との間にもうけた2人の息子、頼宣と頼房はそれぞれ紀州藩と水戸藩の藩祖となった。後の御三家のうちの二家は、お万の方の血を引いている
山梨県早川町のお万の方の銅像。家康との間にもうけた2人の息子、頼宣と頼房はそれぞれ紀州藩と水戸藩の藩祖となった。後の御三家のうちの二家は、お万の方の血を引いている
聡明な側室・阿茶局とお梶の方
家康の側室は、敵対する大名家から徳川に取り込んだ家臣の娘や、神官・寺の娘、関東の名門大名家出身など、さまざまな出自を持つ。側室の顔ぶれから、家康は後家好みだったとの説もある。
家康の側室と子どもたち
黄色ハイライトは側室となる前に出産経験のある女性
【側室】名前 / 出自 【子ども】出生順・名前(成長後)
西郡局 / 敵対した鵜殿長持の娘 2女 督姫(池田輝政妻)
小督局 / 三河国の神官の娘 2男 結城秀康(福井藩藩祖)
西郷局 / 今川氏家臣・戸塚氏の娘 3男 徳川秀忠(2代将軍)
4男 松平忠吉 (清州藩主)
お竹 / 武田氏家臣の娘 3女 振姫(蒲生家妻→浅野家妻)
お都摩 / 穴山信君養女 5男 武田信吉 (21歳で死去)
茶阿局 / 出自不明 6男 松平忠輝 (家康死後に配流)
7男 松千代(夭折)
お亀 / 京都の寺の娘 8男 仙千代 (他家へ養子、夭折)
9男 義直(尾張藩藩祖)
お久 / 北条氏家臣の娘 4女 松姫(夭折)
お万 / 正木頼忠の娘 10男 頼宣(紀伊藩藩祖)
11男 頼房(水戸藩藩祖)
お梶 / 関東名門の遠山氏の娘(?) 5女 市姫(伊達政宗の息子と婚約も夭折)
お富 / 出自不明 なし
お夏 / 伊勢北畠氏家臣の娘 なし
お六 / 今川氏家臣・黒田氏の娘 なし
お仙 / 武田氏家臣の娘 なし
お梅 / 豊臣氏家臣の娘 なし
阿茶局 / 武田氏家臣の娘 なし
お牟須 / 武田氏家臣の娘 なし
お松 / 出自不明 なし(家康との間に落胤ありとの説も)
三条氏 / 出自不明 なし(家康との間に落胤ありとの説も)
確かに、戦乱の世を生き抜く中で、後継ぎを確保することを重視して後家を選んだ可能性も否定はできないが、上表にある通り、西郷局・茶阿局・お亀の方・阿茶局らが寡婦だった時に家康の側室となった程度で、ことさら「後家好み」と決めつけるのも無理がありそうだ。
むしろ公私両面で支えとなる気丈夫で頭脳明晰な女性を好んだと見ていい。そこに、家康の女性観の特徴がある。
代表格が阿茶局だ。この女性は家康の側室となる前に婚歴があり、すでに子もいたが、夫と死別後、家康に見初められた。
家康からの信頼は厚く、戦場にまで連れていったという逸話もある。また、2代将軍・秀忠と家康4男・松平忠吉の養育係を務めている。1614(慶長19)年の大坂冬の陣では、徳川方の使者として和議の交渉を担うなど、外交手腕にも長けていた。
不運にも懐妊しなかったが、それでも家康は寵愛した。女性に望むことは、決して子作りだけではなかったのである。
一方、後家の女性ではないが、お梶の方の聡明さを物語るエピソードが、『故老諸談』(ころうしょだん)に所収されている。
家康から「いちばんおいしい食べ物は何か?」と問われたお梶の方は、「塩」と答えた。
「塩がないとどんな料理も味を調えられず、おいしくできません」。さらに続けて、「どんなにおいしい物も、塩を入れすぎると食べられません」
「男だったら、さぞや優秀な大将になったであろう」と、家康をうならせたという。
お梶の方の「塩」のエピソードを掲載した『故老諸談』。国立公文書館所蔵
お梶の方の「塩」のエピソードを掲載した『故老諸談』。国立公文書館所蔵
家康はお梶の方が生んだ市姫(5女)を伊達政宗の嫡男と婚約させるが、わずか数え4歳で夭折した。他に子はできなかった。だが、11男・頼房の実母・お万の方が亡くなると、家康は頼房をお梶の養子にして教育も指示した。頼房はのちに御三家の水戸藩を創設することになる。お梶は倹約家で、小袖が洗いざらしでも新調しなかったと伝わる(『戦国おんな史談』潮出版社)。
待望した男児を産まなくとも、阿茶局とお梶という極めて聡明な2人の側室を家康は重用したのである。
晩年は若い女性に好みが変わった?
一方、晩年になると若い側室をそばに置きたがったようだ。
お夏は17歳で56歳の家康に仕え、大坂夏の陣に帯同するなど、寵愛を受けた。
お梅は15歳の時、59歳の家康の側室に迎えられた。前出のお梶も、市姫を産んだのは1607(慶長12年)で、家康はすでに60代だった。
戦国の世を戦い抜いてきた男が、老齢にさしかかって女性観に変化が現れ、年若い女性に癒しを求めたとしても不思議はない。
最後に、1836〜1837(天保7~8)年に成立したといわれる『披沙揀金』(ひさかんきん)に記された、家康の女性観について触れよう。この文献は家康・秀忠・家光の幕府黎明期3代の言行録だ。
「武士の女房は、公家の女性などと同じでなく、顔つき多少荒々しくみえるが良し」
「戦国の女は今時の男子より、かいがい敷(しく)働あり」
戦国時代を回顧した発言とされるから、晩年のものだろう。
後世に創作された言行といえるかもしれない。だが、美女を見れば見境なく関係を結ぼうとしたといわれる太閤・豊臣秀吉と、明らかに違う——と、少なくとも天保期には、家康はそのような女性観を持つ男と、語り継がれていたと見ていい。
現代とは家族観も女性観も異なる時代のことではあるが、天下を取った男は、容姿より内面、働き者でかいがいしい女性に内助の功を求めたのかもしれない。
バナー写真 : 阿茶局が開基した雲光院(東京都江東区)所蔵の肖像画。家康の死後も出家せず、2代・秀忠、3代・家光に仕え、幕府と朝廷の融和政策を進めるなど手腕を発揮し、1637(寛永14)年、83歳で逝去した。(筆者撮影)
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小林 明KOBAYASHI Akira経歴・執筆一覧を見る
1964年、東京都生まれ。スイングジャーナル社、KKベストセラーズなど出版社での編集者を経て、2011年に独立。現在は編集プロダクション、株式会社ディラナダチ代表として、旅行・歴史関連の雑誌や冊子編集、原稿執筆を担当中。主な担当刊行物に廣済堂ベストムックシリーズ(廣済堂出版)、サライ・ムック『サライの江戸』(小学館)、『歴史人』(ABCアーク)、『歴史道』(朝日新聞出版)など。』
NHK、未契約者に2倍の受信料「割増金」請求へ…憲法違反、テレビ非保有者も徴収
https://biz-journal.jp/2023/03/post_337125.html
※ この4月からか…。
※ あまり、騒がれることも、無かったな…。
『NHKは4月から、期限内(受信機設置の翌々月の末日)に受信契約をしなかったり、不正に受信料を支払わない人に対し、本来の受信料の2倍の割増金を課す制度を開始する。未払いの受信料も合わせると通常の3倍の支払いを求めることになる。
昨年の放送法改正を受けたものだが、受信契約の解約や受信料免除に不正がある場合や、衛星契約など料金が高い別の契約へ変更した後も正しい契約種別の放送受信契約書を提出しない場合も割増金請求の対象となることから、さまざまな声があがっている。
NHKの受信料徴収をめぐる動きは大きな転機を迎えている。今年10月からは、NHK総合とEテレを視聴する「地上契約」、BS1やBSプレミアムなどの衛星放送もセットの「衛星契約」の受信料を約1割値下げする。
その一方、NHKはテレビを保有していない人からも受信料を徴収する動きを加速させている。
すでに現在でも、自宅にテレビを設置していなくてもチューナー内蔵パソコン、ワンセグ対応端末の保有者は受信料を支払わなくてはならないと定められているが、昨年9月の総務省の「公共放送に関する有識者会議」では、テレビを持っていなくてもスマホなどで放送を見る人について「負担を議論していく必要がある」との意見が提起。
NHKは2017年に公表したNHK受信料制度等検討委員会の答申案で、スマホやインターネットの利用者からも受信料を徴収する検討を始めており、テレビ非保有者からも広く徴収する流れが固まりつつある。
そうしたなかで始まる割増金制度をめぐっては、SNS上で次のようにさまざまな意見が出ている。
<見たい人だけ見られる様にすればいいだけだと思う。わざわざ人件費割いて未払いの家に訪問させるなら「見たい人にはお金を払ってもらう」が一番いい方法>(原文ママ、以下同)
<デジタル時代、未払いには映らなくしたら済む問題では。この情報化時代、NHKが必要か考える方が先ではないかな>
<視聴していないのに視聴料をとる現行法はおかしい。だから皆が口を揃えて言う様に必要な人だけが、受信料を支払うスクランブル化が急務>
<罰則を作るのは自由だが、その前に解約の自由やスクランブルを実現化してからじゃないと駄目でしょ。こんな一方的なお金の稼ぎ方は詐欺だよ。役員報酬を減らし、職員の年収を一般平均に落とし、偏向報道を辞め、スクランブル化の実現と解約の自由を行ってからするべき>
<今の時代、観たい物をお金払って観る時代になりました。NHKも払わない人には映さないようにシステム変更したらいいと思う。なぜ、強制的に支払いさせるのか?昔はそれで通用してましたが今時、有料チャンネルが増えて、観たい物にお金を払う時代になりました。強制的に料金取るのはもはや時代遅れ>
<そもそもテレビを設置すれば強制的に払わないといけないのだから「NHKの価値や受信料制度の意義に共感していただき、納得してお手続きやお支払いをいただく」方針ではないよね。この方針だと納得しない人が払わないと言う選択肢は正しいのに罰則徴収はおかしい>
割増金制度を始める背景
NHKの「カネあまり」は顕著だ。21年度の受信料収入は6896億円で、毎年平均して1000億円以上の連結事業CF(キャッシュフロー)を生み、22年9月末時点の連結剰余金残高は5000億円を超える。そしてNHK本体は法人税の負担はない。
そんなNHKは、なぜ割増金制度を始めるのか。『NHK受信料の研究』(新潮新書)の著者で早稲田大学社会科学総合学術院の有馬哲夫教授はいう。
「NHK放送文化研究所の調査によれば、NHK総合チャンネルを1週間に5分以上見ている日本人は54.7%であり、日本人の約半数がNHKを見ていない。NetflixやAmazonプライム・ビデオなど動画配信サービスへの個人の支出が増えるなか、人々の間では『なぜNHKを見ないのに高い受信料を払わされなければならないのか』という不満が高まっている。
そうした不満を和らげる目的もあり、NHKは10月から受信料を値下げするが、その交換条件として政府は事実上の罰則である割増金制度の導入を認めたという構図だ。
NHKの会長は政府が任命するNHK経営委員会で選任され、政府は事実上、NHKの経営をコントロールできる。なので政府は、言いなりにさせられるNHKを存続させたい一方、世論の反発を避けるためにもNHKの肥大化は困る。そこで、NHKに組織の規模縮小をさせるために受信料を値下げさせる代わりに、割増金の導入を認めたということだ。
だが、そもそもNHKの受信料は、契約締結の相手方や内容などを自由に選ぶことができるとする憲法第13条に違反しており、また、違反しても効力が生じず処罰もされない訓示規定だ。にもかかわらず事実上の罰則である割増金を国民に課すというのは不適切だ」
NHKの稲葉延雄会長は「割増金についても、一律に条件に該当するからといって請求するというのではなく、お客様の個別の事情を総合的に勘案しながら運用していくという姿勢にあると聞いております」と話しているが、実際には、どのような運用になると予想されるか。
「総務省は1月、日本放送協会放送受信規約について、これまで受信契約書を『遅滞なく提出』としていたところを『受信機の設置の月の翌々月の末日までに提出』とするNHKの変更案を認可した。だが、NHKは受信契約を結んでいない国民の個人情報を収集することはできないので、誰がいつから受信機を設置しているのかは把握できない。よって、個人が負担すべき割増金を正確に把握できるとは限らず、この制度を全国民にとって公平に運用することは事実上困難だ」
今後のNHKの行く末について有馬教授はいう。
「政府からNHKへの組織縮小圧力は今後も続くため、設備や人員は徐々に縮小されると思う。ネットで配信すれば、全国に張り巡らされた巨大な放送網を維持するためのコストは必要なくなるので、広告費を取り入れるなどして放送は無料にして、配信のほうは有料で提供すればよい。世界もこの方向に向かっている」
(文=Business Journal編集部、協力=有馬哲夫/早稲田大学社会科学総合学術院教授)
有馬哲夫/早稲田大学社会科学総合学術院教授:取材協力
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『日本人はなぜ自虐的になったのか』など。
http://www.f.waseda.jp/tarima/
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ゴードン・ムーア氏逝去の報に考える、ムーアの法則は死んだか、今でも生きているのか?
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/ubiq/1488545.html





『 笠原 一輝 2023年3月28日 06:16
Intelとゴードン・ベティ・ムーア財団から、Intelの共同創始者であるゴードン・ムーア氏が3月24日に94歳で他界されたことが発表された。既にムーア氏は実業から引退し、ハワイ州で余生を過ごされている中での死だったと発表されている。
そうしたムーア氏は、1968年にシリコンバレーの創業期にフェアチャイルド・セミコンダクターで一緒に働いていてロバート・ノイス氏と共同でIntelを創業し、そしてフェアチャイルドで部下だったアンディ・グローブ氏を加えて、3人でIntelを世界最大の半導体メーカーに育てあげた。
ムーア氏の功績はまさに半導体産業を今の規模にしたことにあると言ってよく、その功績を心からたたえ、ご冥福をお祈りしたい。
そのムーア氏の名前を一躍有名にしたのは、「ムーアの法則」と呼ばれる「半導体メーカーにとって、1年から2年でトランジスタの密度を2倍にすることが、経済的合理性がある」という経済原則を提唱したことだ。そのムーアの法則は、ムーア氏自身が語った「経済的な合理性」という意味を超えて、「2年でトランジスタが2倍になる」という法則だと解釈されて使われることが多い。
ムーアの法則は今後も半導体産業の原則であり続けるのか、IntelのリーダーであるIntel CEO パット・ゲルシンガー氏は「ムーアの法則はまだ生きている」と言っており、その競合となるNVIDIAのジェンスン・フアンCEOは「ムーアの法則は死んだ」と言っている。そうした違いが出てくる背景には何があるのだろうか?
ロバート・ノイス氏とIntelを創業し、アンディ・グローブ氏とともにIntelを大きくしたゴードン・ムーア氏
Intel本社でかつての盟友の名前を冠した「ロバート・ノイス・ビルディング」に入るゴードン・ムーア氏(写真提供:Intel)
ゴードン・ムーア氏は、シリコンバレー創世記に半導体メーカーとして知られていた「フェアチャイルド・セミコンダクター」で一緒に働いていたロバート・ノイス氏と共同で、1968年にIntelを創業した。
Intelという社名は「Integrated」(統合)、Electronics(電気)などの言葉から創造された(とされている)社名で、常に同社の半導体には、新しい機能を半導体に統合していく、そうしたビジョンがこめられている。
1979年からは社長になり、1987年からはCEOとして1997年までIntelを引っ張ってきた。その時期にはフェアチャイルド・セミコンダクターで部下だったアンディ・グローブ氏が社長となり、テックカンパニーとしてのビジョンをムーア氏が、そして日々の会社の運営はグローブ氏がという形でIntelを引っ張ってきた。
Intelの公式な社史ではノイス氏とムーア氏が共同創業者とされているが、実質的にIntelが現在のような巨大な企業になったのはムーアCEOとグローブ社長の時代で、グローブ氏を加えた「Intel三人衆」(Intel Trinity)を実質的な創業者と見なす人が多い。
その観点で創業時のIntelの社史を書いた書籍が「The Intel Trinity」(マイケル・マローン著、邦題:インテル 世界で最も重要な会社の産業史、文藝春秋刊)に詳しいので、ご興味がある方はぜひそちらを、お読みいただくことをおすすめしたい。
Intel三人衆(Intel Trinity)となるゴードン・ムーア氏(左)、ロバート・ノイス氏(中央)、アンディ・グローブ氏(右)(写真提供:Intel)
ノイス氏、ムーア氏、そしてグローブ氏の3人(1987年にノイス氏が急逝されて以降は2人)がIntelをリードしていた時代に、Intelは何度か大きな危機を迎えている。
その代表的な例は、1980年代の前半にそれまでIntelの主力製品だったDRAMが、日本の半導体メーカーの勃興により競争力がなくなるという事態だ。
Intelは創業期から、他社よりも大容量で高速なDRAMを最先端の製造技術を活用して製造して提供するというのがビジネスモデルだった。
しかし、DRAMは今でもそうだがコモディティ製品(誰にでも作れる一般的な製品)であったため、当時米国などに比べて人件費などが安かった日本の半導体メーカーに対して競争力を失いつつあったのだ。
そこで、ノイス氏、ムーア氏とグローブ氏は、創業時の事業であったDRAM事業から大胆に撤退し、当時IBM PCに採用されるなどしていた「8086」などのロジック半導体に社運をかけることに決定した。
その後8086の後継製品になる80286、Intel 386、Intel 486などをリリースしていき、MicrosoftのMS-DOS/Windowsの普及と一緒にIBM PC互換機市場で大きく市場していく中で、世界最大の半導体メーカーに成長していった。
そのため、両社の主力製品(Windows)と社名(Intel)を合わせて「Wintel」(ウインテル)と冷やかされるほど、強いプラットフォームを作り上げていったことは、PCの発展期をご存じの方には周知の事実だろう。
ムーア氏、ノイス氏とグローブ氏の3人が下した「創業の事業であるDRAMから撤退する」という難しい決断は、その後のIntelの勢いを作っていったことを考えれば、グローブ氏が好んで使っていた「戦略的転換点(ストラテジック・インフレクション・ポイント、市場などで発生する環境変化のこと)」で企業の方針を急転換させるという難しい判断を迫られている中で、正しい判断を下したというのが、その後の歴史が示す事実だ。
前出の「The Intel Trinity」の中で、奇抜ですぐに新しいことをやりたがるロバート・ノイス氏、そして自分にも部下にも厳しかったアンディ・グローブ氏とは対照的に、ゴードン・ムーア氏は論争を好まずいつもニコニコしていながら大胆な判断を下す時にはそれに賛成するというエンジニア出身の経営者として描かれている。
以前、VMwareのCEOを務めていた時代のパット・ゲルシンガー氏(現Intel CEO)にムーア氏のことを伺ったときに「ゴードンはいつもボロボロの車をベティと2人で乗っていて、これで十分なのだと言っていた」と説明してくれたことがある。
そうした非常につつましい生活を、億万長者になった後でもしていたと聞いている。そうした姿勢が引退後の活動にも現われており、ゴードン・ベティ・ムーア財団(Gordon and Betty Moore Foundation)を設立し、未来を切り開く変化への投資、未来を作る若者への投資などを行なう社会奉仕活動などに資産を使っていった。
スーパーカーを乗り回すよりも、未来を作る実現する活動に自分の資産を費やす、ムーア氏の人生とはまさに「ノブレス・オブリージュ」(高貴な立場が行なうべき徳のある行動)を体現したような人生だったと言っていいだろう。
ムーア氏が提唱した「ムーアの法則」と「ムーア氏が言っていないムーアの法則」があり、一般的には後者が流布されている
そうしたゴードン・ムーア氏の名前を有名にしたのは、まだIntelを創業する前に同氏が当時の産業紙に寄稿した、後に「ムーアの法則」と呼ばれることになる経済原則だ。
この「ムーアの法則」に関する話でよく覚えているのは、2003年のISSCCだったと思うのだが、当時Intelの名誉会長職を務めていたムーア氏がISSCCの講演に登壇し、会場に詰めかけた半導体産業関係者の質問に答えていた時のことだ。
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ムーア氏は「私は一度も2年で半導体の性能が倍になるなんていっていない、ただ、1年から2年の間にトランジスタが倍になるように計画していくことが、半導体メーカーにとって経済的な合理性があると言っただけだ」と述べ、会場を笑わせていた。
さらに、「自分はムーアの法則なんてことは言っていないし、それはマーケティング関係者が都合よいからそう使っているだけだ」とも述べ、ほとんどが半導体産業のエンジニアであるISSCCの参加者を大いに沸かせた。
というのも、一般的に流布されているムーアの法則というのは「2年で半導体の性能が倍になる」というものであって、2年で半導体の性能が倍になっていくことがムーア氏の予測だと受け取られているからだ(そしてそれは今も続いている)。
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ムーア氏が言っていたのは、1年~2年の間に1つのチップに詰め込めるトランジスタの数(トランジスタの集積率)が倍になるように、製造技術(プロセスノード)を開発し、工場に投資していくことが、半導体メーカーの収益にとって合理的ということであって、決して2年で性能が倍になるなんてことはいっていないのだ。
ムーア氏が「自分はそもそも“ムーアの法則”なんて言っていない」と言っていたのはそういう意味だ(以下2年で性能が倍になるという一般的に信じられているムーアの法則を「ムーア氏は言っていないムーアの法則」と呼ぶことにする)。
しかし、受け取る側、特にマーケティングの担当者にとっては「半導体の性能は2年で倍になるのです、だからそれに従って製品を開発しましょう」と自分の顧客に説明する方が、都合が良いのは言うまでもない。
実際のところ、2010年代の前半ぐらいまでは、若干のズレはあっても、2年に1度は新しいプロセスノードを導入して、その度に必ず2倍と言わなくても、それに近いトランジスタの数を増やし続けてきた。その意味で、ムーア氏の言うところも「ムーア氏は言っていないムーアの法則」はその通りに実現されてきたのだ。
しかし、2010年代に入って、「ムーア氏は言っていないムーアの法則」は機能しなくなる。プロセスノードの研究開発がやや停滞したこともあり、2年で性能が倍は実現されなくなっている。
Intelのプロセスノードで言うと、22nmは2012年に出荷開始し、14nmは2015年に出荷を開始したので約3年、その14nmから10nmへ移行を開始したのは2019年と4年もかかってしまっている。
さらに、EUVの技術が導入される7nm(今ではIntel 4に改名されている)は、ようやく今年の後半に出荷されるMeteor Lakeで出荷開始されるため、こちらも4年かかっている。
このように、Intelの例で見れば、ムーア氏が言っていないムーアの法則はもはや実現されていないのが現実だ。
NVIDIAのフアンCEOは「ムーア氏は言っていないムーアの法則」はもはや死んだと強調
NVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏(先週GTCの記者会見で撮影)
先週開催されたNVIDIAの年次イベント「GTC」の会期中に、筆者などのメディア関係者からの質疑応答に応じたNVIDIAのジェンスン・フアン氏は「ムーアの法則は既に死んだ。これからはアクセラレーテッドコンピューティングがAIを実現するコンピューティング環境を進化させていく」と述べ、もはやムーアの法則は死に、これからはGPUのようなCPUとはことなる、別種類のプロセッサで10倍、20倍といった性能の向上を実現していく必要があると強調した。
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フアン氏は「ムーアの法則を言い換えれば、同じコストで同じ消費電力であれば性能が2倍になるという考え方だったと言っていい。だが、もはやそのペースで製造技術は進化していない、その意味でムーアの法則は死んだのだ」と述べた。その上で、GPUのようなCPUとは異なるプロセッサを異種混合(ヘテロジニアス)に使っていくことが、今後も2倍上のペースで性能を伸ばしていく唯一の道だ、と強調した。
ここで注意したいのはフアン氏が死んだといっているムーアの法則は筆者の定義するところの「ムーア氏は言っていないムーアの法則」の方だということだ。先ほどIntelのプロセスノードの例でも分かるように、既にプロセスノードの進化は4年に1度になっているのがこの10年だということは繰り返すまでもないだろう。2年に1度のペースでは進化できていないのだから、フアン氏が「ムーア氏は言っていないムーアの法則は死んだ」というのはまったくその通りだと思う。
フアン氏が言いたいのは「半導体製造技術は前のようなスピードでは進化していない、それに頼っていては性能を上げることは難しくなっているから、アーキテクチャを劇的に変えて性能を上げていく必要がある、その答えが“GPU”だ」ということにあると考えられるだろう。
Intelだってそう思うからこそ、Intel Data Center GPU Max(Ponte Vecchio)のような製品を開発し、CUDAの対抗になるようなoneAPIを開発して普及を目指しているのだ。
そのように、Intelでさえ、NVIDIAを後追いしているような現状を考えれば、HPCのような市場ではまさに「フアンの法則」(GPUのような異なるアーキテクチャで10倍、20倍を実現していくとフアン氏が説明していること)が支配しているといって過言ではないだろう。
IntelのゲルシンガーCEOは、4年間で5つのプロセスノードを投入するなど「ムーアの法則」に従ったロードマップで勝負
Intel CEO パット・ゲルシンガー氏(昨年5月のVisionで撮影)
それに対して、そのムーア氏の直系の後継者となるIntel CEOのパット・ゲルシンガー氏は「ムーアの法則はまだ生きている(Moore’s law is still alive)。そしてより良くなっている」と昨年9月に語っている。「フアンの法則」で「ムーアの法則は死んだ」と言われているのに、なぜゲルシンガー氏はそれが生きているといっているのだろうか?
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勘のいい人はもう分かったと思うが、ゲルシンガー氏が言っている「ムーアの法則はまだ生きている」は、ムーア氏が本当に言っていた「ムーアの法則」(1年から2年でトランジスタの集積率が倍になるのが経済的な合理性がある)の方だからだ。
どういうことかと言うと、ゲルシンガー氏は2021年にIntelにCEOとして復帰して以来、新しい戦略をどんどん打ち出しており、それを着々と実行してきている。
そのゲルシンガー氏の新戦略の肝となるのが「IDM 2.0」という進化したIDM(Integrated Device Manufacturer)というビジネスモデルだ。
IDMとは、Intelのように半導体の設計と製造の両方をやっている半導体メーカーを示す言葉だ。IDMの対義語となるのが「ファブレス・メーカー」で、NVIDIAやAMDのようにTSMCなどのファウンドリ(受託製造半導体メーカー)に委託して製造している半導体メーカーのことを意味している。
IDM 2.0とは進化したIDMという意味で、その根幹をなしているのは「Intel Foundry Services(IFS)」と呼ばれる、Intelが自社製品向けだけでなく、他社の半導体を製造するファウンドリも兼ねるということにある。
自社だけでは製造する半導体の数に限界がある、それが従来のIDMの弱点だった。
IDM 2.0ではファウンドリビジネスを行なうことで、極端に言えば競合メーカーの製造をも行なうことで、「数」を確保して、他のファウンドリーとの競争に打ち勝っていく、それが基本戦略だ。
このIFSにおいて、TSMCやSamsungといったほかのファウンドリとの差別化を実現するため、今Intelはプロセスノードの開発に力を入れている。
それが「4年間で5つのプロセスノードを導入する」という戦略で、Intel 7(従来の10nm Enhanced SuperFin)、Intel 4(従来の7nm)、Intel 3、Intel 20A、Intel 18Aという5つのプロセスノードを4年間で次々に投入するという意欲的なプランだ。
Intel 4とIntel 3、Intel 20AとIntel 18Aは従来のIntelのプロセスノード世代の数え方だと同じ世代と言ってよいので、4年で2つの世代と換算すると、まさにムーア氏の言っていた「ムーアの法則」に従っている、つまりムーアの法則の復興にほかならない。
この4年間で5つのノードという計画を計画通りに実行できれば、TSMCやSamsungをIntelが追い越して半導体製造技術でナンバーワンに返り咲き、ファウンドリーの顧客を増やして、再び規模でもIntelの製造部門がTSMCやSamsungを追い越していく……今Intelが取り組んでいるIDM 2.0というのはそういう壮大なプランなのだ。
そうしたプランを推進している、Intelのリーダーであるゲルシンガー氏が「ムーアの法則はまだ生きている、よりよくなっていく」と言うのはある意味当然だろう。
両者ともにゴードン・ムーア氏が実現しようとしていた未来を作ろうという姿勢では共通
つまり、どちらも言っていることは正しいが、使っているレイヤー(アーキテクチャか製造か)の違いが「ムーアの法則は死んだ」(フアン氏)、「ムーアの法則は生きている」(ゲルシンガー氏)という違いにつながっていると考えられる。
NVIDIAのフアン氏が言っているのは、半導体をファウンドリに製造してもらうファブレス半導体メーカーとしての立場で、「半導体を製造しているファウンドリやIDMは既に2年で性能が倍になることは実現できていないじゃないか」ということだ。
だからこそ、その上のレイヤーであるマイクロアーキテクチャを工夫することで、対処していかないと性能は上げられないし、電力効率も改善できない、そういうことだ。
それに対してIntelのゲルシンガー氏が言っていることは、IDMとして、そしてこれからはファウンドリとして、TSMCやSamsungといった、いつのまにかIntelを追い越していったファウンドリから再び首位の座を奪い返すという目的のために、IDM 2.0を実現する「経済的な合理性がある法則」として「ムーアの法則」を手段として実現していくという話に他ならない。だからゲルシンガー氏が「ムーアの法則はまだ生きている」というのは当然だ。
そこはファブレスのNVIDIAとIDMのIntelのビジネスモデルの違いと言えばいいだろう。
ただ、半導体業界の記者として両者を多数取材したことがある記者として感じることは、フアン氏にせよ、ゲルシンガー氏にせよ共に共通していることは、どちらもムーア氏の志である「半導体を使ってより良い未来を作る」という根本的なビジョンを共有していることだ。
部下として直接薫陶を受けたゲルシンガー氏はもちろんのこと、Intelの競合メーカーを一代で構築したフアン氏も、生前のムーア氏が実現しようとしていた「技術で社会をより良くしていく、人々に幸せを提供する」という姿勢では首尾一貫している。
その手段は立場の違いもあって違う(ムーアの法則を肯定するか、否定するかの違い)が、目指すところはムーア氏が実現しようとしていた「未来」であることが、ムーア氏の生前の業績への、最大の称賛ではないか、と筆者は感じている。
最後になるが、ゴードン・ムーア氏の逝去に、ご遺族の皆さまに心からお悔やみを申し上げ、ご冥福をお祈りし、この記事のまとめとしたい。』
ロシア 日本海で対艦巡航ミサイルの発射演習実施と発表
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230328/k10014022011000.html


『ロシア国防省は、日本海の海域で、海軍の太平洋艦隊が演習で対艦巡航ミサイル「モスキート」を発射したと28日、SNSで発表し映像も公開しました。2隻の艦船がそれぞれ巡航ミサイルを発射しおよそ100キロ離れた、敵艦を想定した目標に命中させたとしています。
詳しい場所などは明らかにしていませんが、演習は安全を確保して行ったとしています。映像では激しい噴射炎とともにミサイルが艦船の前方に向けて低い軌道で発射される様子が写っています。』
中露首脳会談で頻出した「多極化」は「中露+グローバルサウス」新秩序形成のシグナルhttps://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20230325-00342754
※ 「多極化だ!」…、という「お題目」を唱えていれば、「多極世界が実現する」…、というものでもあるまいよ…。
※ まあ、「多極世界」が、本当に「実現」してから、ゆっくり、「国家戦略の修正」を考えても、遅くはなかろう…。
※ むろん、シミュレーションは、怠りなく、やっておくべきだがな…。
『中露首脳会談で頻出した「多極化」という言葉は、アメリカの一極支配的先進国価値観による秩序ではなく、中国がロシアやインドと共にグローバルサウスを包含した世界新秩序を形成するシグナルである。
◆中露首脳会談で頻出した「多極化」という言葉
中露首脳会談では、両首脳の口から何度も「多極化」という言葉が飛び出した。
会談後の中露共同声明でも、以下のような形で4個所も「多極化」という言葉が出て来る。たとえば
●世界情勢は劇的に変化しており、「和平、発展、協力、ウィン‐ウィン」という歴史的潮流を阻害することはできず、多極化という国際的局面は加速的に形成されており、新興市場や発展途上国の地位は普遍的に増強されている。それは全地球的な影響力を持っており、自国の正当な権益を守りたいという地域や国家は絶え間なく増加している。
●「普遍性、開放性、包括性、非差別」を支持し、各国・地域の利益を考慮し、世界の多極化と各国の持続的発展を実現すべきだ。
●世界の多極化、経済のグローバル化、国際関係の民主化を促進し、グローバル・ガバナンスが、より公正で合理的な方向に向かって発展することを推進する。
●中国は、ロシアが公正的な多極化国際関係を築くために努力していることを高く評価する。
といった具合だ。
これらは何を意味しているかというと、アメリカの価値観だけが世界で唯一正しく、その価値観に合致しない国々は滅びるべきであるとして、アメリカが同盟国や友好国と小集団や軍事的ブロックを作り対中包囲網あるいは対露包囲網を形成して中露を崩壊させようとしていることへの、中露両国の強烈な怒りを表している。
ウクライナに軍事侵攻しているロシアに、このような共同声明を出す資格はないとは思う。
2022年5月1日のコラム<2014年、ウクライナにアメリカの傀儡政権を樹立させたバイデンと「クッキーを配るヌーランド」>や、同年5月6日のコラム<遂につかんだ「バイデンの動かぬ証拠」――2014年ウクライナ親露政権打倒の首謀者>で書いたように、たしかにアメリカのバイデン大統領は副大統領だった時に他国政府であるウクライナに内政干渉してクーデターを起こさせ、ウクライナの親露政権を転覆させた。その上でバイデンの意のままに動く親米政権(ポロシェンコ政権)を樹立させた。それまでウクライナはNATO加盟に関して「中立を保つ」として自国の平和を守ってきたのに、バイデンはウクライナ憲法に「ウクライナの首相にはNATO加盟への努力義務がある」とさえ書かせた。これは多くの国際政治学者が認めている事実で、国際法違反である。
それゆえにプーチンがアメリカに抗議するのなら分かるが、ウクライナに軍事侵攻するのは間違っている。あってはならないことだ。習近平も軍事侵攻には反対の立場にいる。
しかし、それを大前提としながらも、なぜ中露はここまで強烈に「多極化」を謳うのか?
そこには習近平の壮大な野望がある。
それは「中露+グローバルサウス」を中心とする新世界秩序の構築だ。
かつて日中国交を正常化させるに当たって、毛沢東は周恩来に「大同小異」と言わせた。
中国はロシアの軍事侵攻には反対であるものの、それを「小異」と位置付けて、「大同」に向かって突進し始めている。
◆共産中国誕生以来の発展途上国との結びつき
共産中国である中華人民共和国誕生以来、毛沢東は発展途上国との提携を強化せよと指示した。中華人民共和国の国連加盟を目指すためだ。その指示に沿って1954年に中国の周恩来総理はインドのネール首相と会談し平和五原則を発表した。これに沿って1955年に開催したバンドン会議が、のちのアジア・アフリカ会議の軸になっている。バンドン会議の参加国の多くは第二次世界大戦後にイギリス、フランス、アメリカ、オランダあるいは日本(大日本帝国)などの「帝国主義」の植民地支配から独立したアジアとアフリカの29ヵ国で、その時すでに世界人口の54%を占めていた。
以来、中国とアフリカの結びつきは尋常ではなく強固で、中国のどの大学にも「アジア・アフリカ研究所」があり、どの行政機関にも「亜非処(アジア・アフリカ部局)」というのが設立されていたほどだ。習近平政権になってからは、トランプ政権時代に黒人差別が激しかったために、中国とアフリカ53ヵ国との結びつきを、一層強化させることに貢献している。
中国はまた「発展途上国77+China」という枠組みの国際協力機構を持っており、南米やASEAN諸国を含めた発展途上国の頂点に立っていることを自負している。
「BRICS+」という新興国同士のつながりや、中央アジアを中露側に引き付ける「上海協力機構」という枠組みもある。
残るは「中東」だけだった。
◆中国がイラン・サウジ和睦の仲介をしたことによって新秩序形成は決定的となって
拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の【第二章 習近平が描く対露『軍冷経熱』の恐るべきシナリオ】で書いたように、ウクライナ戦争が始まる前から中国は中東諸国との緊密度を高め、石油人民元への移行を求めてきた。アメリカによる制裁が与えるリスクを回避するためだ。
その続きとして今年3月10日に中国の仲介でイランとサウジアラビアを仲直りさせたのである(参照:3月12日のコラム<中国、イラン・サウジ関係修復を仲介 その先には台湾平和統一と石油人民元>)。これほど大きな地殻変動はなく、事態は石油人民元や台湾平和統一へのメッセージを超えて、世界秩序を変える方向に動き出しているのだ。
このことに注目しなければならない。
◆シリア大統領が間髪入れずにモスクワを訪問しプーチン大統領と会談
このときに見落としてならないのは、まるでスタンバイしていたように3月15日にシリアのアサド大統領がモスクワを訪問し、プーチン大統領に会ったことだ。
シリアはアメリカが敵視する国の一つで、アサドとプーチンは仲が良い。
一方、トルコのエルドアン大統領も、NATOに加盟しながらも、個人的にはプーチンとは昵懇(じっこん)の仲である。
シリア内戦ではシリアの反政府勢力をトルコが支持していたので、シリアとトルコは国交断絶状態だった。ところが2022年12月28日、トルコとシリアの高官がモスクワを訪問して「ロシア・トルコ・シリア」の3ヵ国会談が行われ、プーチンが3カ国間の機構設立を提案したとのこと。これはちょうど、2022年12月13日のコラム<習近平、アラブとも蜜月 石油取引に「人民元決済」>に書いた2022年12月7日の習近平によるサウジアラビア訪問と呼応した動きだ。
シリア内戦は、もともとアメリカのネオコン(新保守主義者)の根城である全米民主主義基金会(National Endowment for Democracy=NED)が2010年~2011年にかけて起こした「アラブの春」(カラー革命)と言われる民主化運動でにより始まった内戦だ。NEDは1983年に「他国の民主化を支援する」という名目で設立された。実際は多くの国をアメリカの一極支配下に置くというのが目的だ。
アラブの春により、エジプトでは30年続いたムバーラク政権が、リビアでは42年続いたカダフィ政権が崩壊した。しかしシリアではアサド独裁政権が40年にも渡って続いており、まだ打倒されていない。だからアメリカはアサドを目の敵にしているが、アサドの背後にはロシアやイランなどがいる。
そのイランとアメリカの同盟国だったはずのサウジアラビアを中国が仲介して和睦させたように、実はプーチンが仲介してシリアとトルコを和睦させようとしている。
今年3月15日のアサドとプーチンの会談では「トルコとシリアの和睦」に関しても話し合われたようだ。
アメリカができなかったことを、中露が実現する。
これはとてつもない地殻変動を招く。
◆実はアフリカの多くの国はプーチンを支持している
冷戦時代、旧ソ連はアフリカの多くの国に軍事支援や経済支援を提供していた。冷戦終結後のロシアにとってアフリカの重要性は薄れ、影響力が弱まった時期もあったが、ウクライナのクリミア半島を併合した後、ロシアは再びアフリカに注目し、20ヵ国前後のアフリカ諸国と次々と軍事協定を締結してきた。アメリカの干渉はアフリカに混乱を招き、今となってはロシアこそが自国を助けてくれるというアフリカ諸国は少なくない。
そのため、2022年3月2日における「ウクライナからのロシア軍即時撤退の国連決議案」では、アフリカの国は「反対1、棄権17、不参加8」で合計26ヵ国がロシアを非難しなかった。
また、習近平が訪露してプーチンと会った今年3月20日、実は同時に「多極世界におけるロシア・アフリカ会議」がモスクワで開幕していた。その閉幕式でプーチンは「今後もアフリカとの協力関係を深め、200億米ドルを超える国際組支払いを免除する」と表明している。
こうして、中露共同声明の舞台は準備されていたのである。
◆「中露+グローバルサウス」新世界秩序形成の動きに鈍感な岸田政権
このような動きを知っているのか否か定かではないが、おそらく、そのような大局的動きは目に入っていないであろう岸田首相は、習近平がプーチンと会談しているその時を狙ったようにウクライナを訪問した。
ウクライナはアメリカを中心としたNATOの武器提供によってロシアと戦っている。NATOのメンバー国でない日本は、中立的な立場で停戦交渉を促すことができる数少ない国の一つだが、岸田政権はその大きな役割を放棄して、あくまでも戦争を継続させる方向にしか動いていない。
「必勝しゃもじ」をゼレンスキー大統領にプレゼントしたことから考えて、「戦いを続けることは、ウクライナ国民の命をより多く奪うことだ」ということも考えずに、和平に向かって動こうとはしてないのである。せっかく果たせるはずの、日本の大きな役割を自ら放棄したのに等しい。
かつてアメリカに原爆を落とされる寸前まで、日本人の命を奪ったあの戦争で「欲しがりません勝つまでは」と叫ばされた標語を忘れたのか――。
記事に関する報告
遠藤誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『「中国製造2025」の衝撃』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。』
アメリカの高金利政策で、不動産保有者が危ない
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/31151183.html
『アメリカで政策金利が引き続き引き上げられていますが、これで財務内容が悪化するのは、銀行や金融機関だけではありません。実は、額で言うと、最も巨額なのが、商業用不動産ローンを抱える不動産保有者です。個人が住居用に借りる不動産ローンは、MBSという債権になり、これの価値の下落が、債権で資産運用をしている銀行にボディーブローのように効く事は、すでに以前の記事で書いています。シリコンバレー銀行が資金不足に陥った、大きな要因の一つが、こうした債権価値の下落です。その原因は、アメリカの政策金利の引き上げです。
しかし、単純に考えると、金利が上がるのですから、通常の貸出での銀行の収入は上がるはずです。つまり、投機的な資産運用で利益を出すのではなく、利益幅は薄いものの、通常の銀行業務を行っていれば、政策金利の引き上げは、むしろ歓迎すべき事のはず。つまり、今の金融機関が、集めた資金を、通常貸出の金利ではなく、市場に投資をして稼ぐのがメインになっているかの証拠でもあります。特に、アメリカの銀行は、銀行業務と投資銀行業務の区別が無いですからね。と、考えると、今、巨額の資金を借り入れている顧客は、この急激な金利の上昇で、大丈夫なのかと思うのが先ですよね。大丈夫じゃないんですよ。
商業やオフィスの巨大な不動産は、借り入れしないと建設する事ができないし、所有するにも巨額の資金が必要です。こうした巨額の借り入れをしている商業用不動産ローンを抱えている顧客は、これから厳しい現実に直面する事になります。特に問題なのは、こうした地元密着の借り入れというのは、まさに財務体質の脆弱な地方銀行のテリトリーだという事です。かつ、つい2年前まで、市場に金が溢れていた上に、ゼロ金利政策だった事もあって、不動産関係の投資は、イケイケドンドンで、大金を借りまくって、投資するのが当たり前でした。これだけ高金利になると、前述のように、債権資産運用をしている銀行は、財務が苦しくなるので、貸し剥がしなど、日本のバブル崩壊でもお馴染みの、「現金を取りに行く」行動を行う銀行も増えると思われます。
そして、アメリカの商業用不動産ローンの借り替えは、2023年度で4000億ドル、2024年度で5000億ドルが予定されています。両方で9000億ドル(117兆円)の規模になります。このうちの400億ドル(5兆2000億円)程度、返済が滞るとモルガン・スタンレー証券は試算しています。
こういう状態になると、少しでも現金にして返済に回す不動産オーナーが出てきて、不動産の投げ売りが始まる可能性があり、不動産価格が下がると価値の毀損で、担保にしている銀行にも、不動産を所有しているオーナーにとっても、資産を削られる事になります。つまり、アメリカの景気全体が、不動産発の市場規模の縮小で、長期の後退に入るきっかけになるかも知れません。
つまり、不動産バブルは、何も中国に限った話ではなく、アメリカでも起きていたのです。日本で、批判する視点から記事になっていなかっただけで、サンフランシスコの不動産なんかは、テック企業が集中している事もあり、何十年も住んで暮らしている人が、家賃の高騰で払えなくなり、テントで公園で野宿をしながら、職場に通うなんて光景も珍しくなかったのです。殺人的な家賃を苦も無く払える高給取りだけが、住める街になっていました。そして、このタイミングで、対価を支払わされる時期が来たという事です。』