モルドバの国会は、「モルドバの公用語はルーマニア語である」と法定した。
https://st2019.site/?p=20938
『雑報によると、モルドバの国会は、「モルドバの公用語はルーマニア語である」と法定した。
ロシアから送り込まれてくる、ルーマニア語を話せない私服工作部隊を排除するため。』





日本の防衛費は、主要国と比べてどのくらい?https://www.mod.go.jp/j/press/book…
このような「覇権国の覇権内容の変質の過渡期」に当たって、日本のような「中堅国」の国家戦略としては、どのような戦…
「米国がコストを払ってイランの軍事能力を削いだおかげで、今の交渉の席がある」という強気の主張は、まさに「覇権国…
「米国がリスクを取って道を切り拓いたのだから、その恩恵を受ける同盟国が対価(軍事費や経済協力)を払うのは当然だ…
そういう米国の「決定は米国が独自に行い、その結果生じるコストやリスクの管理は同盟国に分担させる」というパターン…
米国は、過去の事例でも「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」に基づき、米国の安全保障上の利益を最優先に行動し…
モルドバの国会は、「モルドバの公用語はルーマニア語である」と法定した。
https://st2019.site/?p=20938
『雑報によると、モルドバの国会は、「モルドバの公用語はルーマニア語である」と法定した。
ロシアから送り込まれてくる、ルーマニア語を話せない私服工作部隊を排除するため。』
ベラルーシ国内の反政府活動家が、2機のクォッドコプターで、露軍のAWACS「A-50」に肉薄。
https://st2019.site/?p=20938
『Boyko Nikolov 記者による2023-3-2記事「No defense…a quadcopter landed on the Russian A-50 and went back」。
ベラルーシ国内の反政府活動家が、2機のクォッドコプターで、露軍のAWACS「A-50」に肉薄。1機はロートドームの上に着陸して、また戻ってきた。そのビデオがSNSに流れている。破壊の試みは成功しなかったようである。
この動画があばいたおどろくべき事実。ベラルーシの飛行場には、動いている警戒設備は無く、歩哨も警備員も見当たらない。何の防備もしてないのである。
※もっと驚くべきことは、市販サイズのクォッドコプターでも運搬ができる分量の金属粉(metal powder as material for FOD)をエンジンナセルの Air Intake 内に置いてくるという単純にして致命的になり得る破壊工作ミッションをなぜこの駆け出しゲリラどもは思いつかぬのかということ。
タービン内に吸い込まれた金属粉はエンジン燃焼室内に異常挙動を起こさせる。
しかも、いいかげんな飛行前目視点検では発見されない可能性がある。とうぜん各国の空軍研究所では、この破壊工作のために最適な金属粉の組成も、模索しているはずだよね?
FPVのビデオを見るかぎり、あきらかに、このオペレーターには、AWSACSの機番を調べてやろう、だとか、機体下部のアンテナや警戒センサーを仔細に調べよう、だとか、エンジンにカバーがかかっているかどうか確認しておこうといった着眼は、まったく無い。トーシローの冒険なのだ。
そして、だからこそ、軍用飛行場のすぐ近くまでドローンを持って肉薄するなどという蛮勇を発揮できたのだろう。』
アリババの通販サイトは、3月1日より、誰かがロシア国内からログインしてドローンを発注しようとすれば、…。
https://st2019.site/?p=20938
『Boyko Nikolov 記者による2023-3-3記事「China allowed Russians to freely buy UAVs, DJI is used in Ukraine」。
アリババの通販サイトは、3月1日より、誰かがロシア国内からログインしてドローンを発注しようとすれば、「ページがみつかりませんでした」という表示を出して、利用をブロックするようになった。
またDJI社は、ドローンの飛行制御をアップルのスマホからするためのアプリを、ロシア領内のユーザーがアップストアからダウンロードすることをできなくした。またすでにダウンロードしていても、ロシア領内では使えなくしたという。
ところがアリババは、3月2日に、その規制をやめてしまった。だから今ではロシア人は自由にDJIや「Autel」製の市販ドローンを、ロシア国内にいながら購入できる。
ロシア兵が最も多用しているのは「Matrice-30T」である。これに「AeroScope」というDJI提供のソフトウェアを組み合わせると、リモコンしている操縦者は、付近を飛んでいる他のDJIドローンの存在をリアルタイムで察知することができる。しかも、50kmも離れた地点まで、航跡を把握できるのだ。
※アリババは社風として「反政府」なので、独自に規制をかけたのだろう。
しかし熊プーはいまやプー之介に跪拝する路線を選択しているため、怒ってその規制を撤廃させたのに違いない。
もし米政府がこれを問題視し、「アリ・エクスプレス」に経済制裁をかけることになれば、すごいことになるだろう。』
ロシアの複数の都市のショッピングモールで、ティーンエイジャーの大量逮捕。
https://st2019.site/?p=20938
『2023-3-2記事「Explainer: What Is Russia’s PMC Ryodan Subculture?」。
ロシアの複数の都市のショッピングモールで、ティーンエイジャーの大量逮捕。
彼らは「PMC リョダン(旅団)」と名乗っているという。ロシア政府は、このあつまりはウクライナがロシアを不安定化させるための工作だと言っている。
先週の前半、モスクワのAviaparkというショッピングモールで、2つの集団の喧嘩騒ぎあり。動画がSNSに上げられた。
一方のグループは、背中に蜘蛛が描かれた長袖の黒シャツ + チェック模様のパンツ というお揃いの衣装。これが「リョダン」のトレードマークなのだ。
掴み合いの喧嘩はモールの各所で起きた。モスクワ警察は、これはフーリガン罪を適用できると見ている。最高で懲役7年の刑にできる。30人ほどが拘束された。
同様の喧嘩は、数日後にサンクトペテルスブルグでも発生した。Galeriaというショッピングモールにて。そちらでは131人が現行犯逮捕された。そのうち1名は重傷という。
ふたつの騒ぎをうけて、ノヴォロビルスク、カザン、ドン河のロストフ、クラスノヤルスク市、等でも警察の一斉取締りが発動された。青少年多数が引っ立てられた。
リョダンのメンバーは見ればすぐにわかる。黒いパーカーの背中には、12本足の蜘蛛の絵が白抜きで描かれ、蜘蛛の背中には数字の「4」(稀に「7」)が……。日本でヒットした犯罪マンガ『ハンター×ハンター』からの直接の影響らしい。
ロシア語でPMCとは、「民間軍事会社」の意味である。ロシアでは誰でも、ワグネルのことを連想する。
メンバーにインタビューしたところ、PMCリョダン には特別なイデオロギーは無いという。
ただ、この格好は目立つので、絡まれるのだと。
BBCによると、ウクライナの諸都市にも「リョダン」が存在し、すでに200人以上の青少年が逮捕されているという。そしてウクライナ政府は、これはロシア発の社会不安定化工作ではないかと疑っている。
また火曜日、ベラルーシ南東部のゴメル市でも200人の「PMCリョダン」メンバーが当局によって逮捕されたという。
※それにしてもウクライナ発の「ネット工作」が低調すぎる。もう1年も経つのに何をやっているんだ?
ひたすら辛気臭いゼレンスキーの演説なんぞ外国人に何の感銘も与えはせぬ。
そんな宣伝効果ゼロの動画を流している暇があったら、AIでロシア人ウケするキャラクター(人間)を合成し、その合成人物をして、「反モスクワの秘密地下行動を起こせ」とロシア語でけしかけさせる短い動画を、連日、これでもかというぐらいの新バージョンを作成して、ネット空間に溢れさせるようにしなくてはダメだ。それには大した予算もかからない。
そのさい、ロシアの地上TVで過激な言説を垂れ流しているコメンテイターたちにいかにもイメージが似た合成キャラも複数とりそろえ、そのパロディとなる愚かな話と、真実の皮肉をこもごも発信させ、観賞者に娯楽を提供するのがコツだ。
面白ければ、プロパガンダと知りつつも、みんな視てくれる。』
バフムートを巡る戦い、ロシア軍が最後のアクセスルート上に架かる橋を破壊
https://grandfleet.info/war-situation-in-ukraine/battle-over-bakhmut-russian-forces-destroy-bridge-over-final-access-route/#comment_headline


『バフムートに残された最後のアクセスルート「00506」に架かる橋の破壊を視覚的に確認、さらにロシア軍は市内の橋も攻撃し始めておりウクライナ軍の移動は著しく困難になってしまった。
数ヶ月間に及ぶバフムートの戦いは最終局面に突入した
バフムートとチャシブ・ヤールを繋ぐ「00506」はクロモヴェを越えたところに川を渡るための橋があり、ここが破壊されたことを視覚的(リンク)に確認、さらにロシア軍は街を南北に貫く線路上にかかる橋も攻撃し、バフムートの中心部からイワニフスキー側に通り抜けるルートを潰し始めた。
出典:GoogleMap バフムート周辺の戦況/管理人加工(クリックで拡大可能)
こうなると車輌による移動はイワニフスキーの裏から00506に繋がる農道ぽいものしかなく、不整地の踏破能力が劣る商用車などは役に立たないかもしれない。
どちらにしても街を守る数千人のウクライナ軍兵士を車輌で撤退させるのは不可能に近いので、もし撤退する気があるのなら闇夜に紛れてイワニフスキーの裏に広がる森林地帯を伝い、チャシブ・ヤール方面に逃げるしかないだろう。
出典:GoogleMap バフムート周辺の道路事情/管理人加工(クリックで拡大可能)
数ヶ月間に及ぶバフムートの戦いはいよいよ最終局面に突入した。
追記:ウクライナメディアは「露ワグナーのプリゴジン氏が実質的にバフムートを取り囲んだと主張した動画はパラスコヴィーフカで撮影されたもので嘘をついている」と反論しているが、ウクライナ軍兵士が投稿するTelegramでも「バフムートからポジションを後退した=市内から撤退という意味」という報告もあり、ウクライナメディアの気持ちも理解できるが「バフムートが不味い状況に直面している」という事実に大きな違いはない。
ロシア軍(ワグナー)はバフムートの戦いで戦死した夥しい量のウクライナ兵士の様子をTelegram上で公開し始めており、中々言葉で表現するのは難しいものがある。
関連記事:バフムートを取り囲んだ露ワグナー、ゼレンスキー大統領に撤退を要求
関連記事:ウクライナ侵攻372日の戦況、ロシア軍がバフムートのアクセスルート遮断に王手
関連記事:ロシアがバフムート北地区の制圧を主張、同地区を闊歩する様子も公開
関連記事:噂レベルの話、ウクライナ軍がバフムートでロシア軍の突出部を挟撃?
関連記事:ウクライナ侵攻367日目の戦況、バフムートはロシア軍の大釜に捉えられる寸前
※アイキャッチ画像の出典:Mil.gov.ua/CC BY 4.0
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投稿者: 航空万能論GF管理人 ウクライナ戦況 コメント: 25 』
『 花束
2023年 3月 03日
返信 引用
未だにバフムート市内に残っているのはウクライナ軍のロシア人部隊、練度の低い動員兵のようですね。
独ソ戦で最期までベルリン市内で抵抗していたのはSSの外国人部隊とヒトラーユーゲントだったことと重なり、彼らには悲惨な結末が待ち受けているような気がしてなりません、、気の毒です。
19
もり
2023年 3月 03日
返信 引用
んー
我が国でも数十年前に起こったやつだなー
特権階級とコネ持ちと正規軍は真っ先に逃げる
沖縄でも、大陸でも…
12 』
『 猫ちゃん
2023年 3月 03日
返信 引用
何故マリウポリの二の舞みたいなことをしてるのかシンプルに不思議ですねぇ
大規模な市街戦や籠城戦が可能なバフムートを抑えておきたいという戦略的な理由は理解できますが、あそこまで孤立してしまうと結局マリウポリの再現にしかならないような。
14
フラット
2023年 3月 03日
返信 引用
マリウポリというよりセベロドネツクじゃないですか?
マリウポリは早々に東西から挟撃されて元々撤退がし辛いがゆえの籠城戦でしたが、セベロドネツク-リシチャンスクの戦いは現在のバフムート戦よりも更に多くの砲撃が市街に加えられていた上に、セベロドネツクに繋がる橋は全て落とされ補給は小型船頼り。
そして南部ポパスナから迫るロシア軍によって巨大なポケットが形成されていました。
あの当時は「なんでこんなに固執してるんだ?」と思えた防衛戦のおかげでハルキウとヘルソンの反攻まで時間稼ぎできたわけですが、とはいえここまで包囲されて趨勢が決したにも関わらずまだ撤退しないのはどうかと思いますね。
5 』
『 ため息
2023年 3月 03日
返信 引用
バハムート市内に取り残されたウクライナ軍は、すみやかに降伏を。
死守命令を出すしか能がないキエフ中央政府の為に、命を捧げる必要は
ありません。プリゴジンもここまで余裕ぶっこくなら、24時間攻撃を
停止するから、降伏なり撤退なり逃走なり好きにしろと言って欲しい。
ロシア軍は今後バハムート西部〜北西部を制圧しつつ、チャシブ・ヤール
→コンスタンチノフカ進軍と同時に、シベルスクの包囲を進めると思います。
バハムート北東のマルコフ・ミンキフカ、次いでライ・オレクサンドリヴィカ
が目標になります。チャシブ・ヤールは要塞化されつつあるので、バハムート
同様に北・東・南から包み込むように包囲を進めるでしょう。
ロシアの拠点都市包囲戦略も新たな局面に転じているのかもしれません。
今までは「点」での拠点都市包囲でしたが、複数の拠点都市包囲を同時に
進める余裕が出てきていますね。シベルスク、チャシブ・ヤールが次の
最重要目標で、その次がコンスタンチノフカ・アウディーイウカ・リマン
・クピャンスクでしょう。
ロシアのドンバスにおける最終目標は、スリャビンスク・クラマトルスク
・ポクロブスクです。※ポクロブスクは似た名前があってややこしいですが、
クラマトルスクの南南西に位置する交通の要衝です
10 』
『 初コメント
2023年 3月 03日
返信 引用
ウクライナ侵攻が始まってから航空万能論を見始めたけど、セベロドネツクやリシチャンシクの戦い、ハルキウやヘルソンの反撃、バフムトの戦いの推移は管理人さんが作る地図通りに動いているから驚いている。
バフムトの戦いについてはロシアの情報を信じすぎなんじゃないかと思った時もあったけど、結局は地図通りに進むので、ただただ情報を選別する眼がすごいとしか言いようがない。
34
名無し太郎
2023年 3月 03日
返信 引用
>ただただ情報を選別する眼がすごいとしか言いようがない。
私はウクライナに勝って欲しいという目で、どうしてもフィルターがかかるからね。だからウクライナが優勢の時は疑心暗鬼に捕らわれるし、ウクライナが劣勢の時は間違いであって欲しいという願望に捕らわれる。
でも、この戦いでウクライナが勝たないと、世界秩序に重大な危機が訪れる。仮にプーチンが勝利したら、世界中の狂った独裁者が、自己の正義と理想を実現するために暴走を始めるかもしれない。
利己的な打算に生きる悪人よりも、意味不明な大義に取り付かれた狂人の方が、損得を考えない行動を取るだけに何万倍も危険で厄介だ。この危険性を、バイデンは認識するべきだと思う。
7 』
『 mun
2023年 3月 03日
返信 引用
ウクライナ軍は心情的に仕方ない部分もあるのかも知れませんが
いつもいつも撤退が遅い印象です
損切りができないならば損害がより大きくなるばかり
本当に心配になります
ウクライナ軍は撤退を成功させるために予備兵力を動かして
短期的な反撃を行っているという情報もあります
しかし予備兵力をもってしても
十分に時間は稼げていないのでしょう
夜間戦闘用の装備については
西側の供与を受けるウクライナ軍のほうが充実していると思われ
闇夜に紛れて撤退する事になるのでしょうか
しかし、夜間戦闘用の装備のアドバンテージがあったとしても
それを撤退のためではなく、反撃のために使ってしまいそうで心配です
5 』
『 トブルク
2023年 3月 03日
返信 引用
バフムト戦は、ロシア軍がウクライナ軍のキャベツの葉を一枚づつ剥いていくような戦いでしたね。
ロシア側は、前線のウクライナ軍陣地を火力で一つ一つ攻略していき、時間はかかったもののキャベツの芯まで到達するのに成功したようです。
途中でロシア軍の弾薬が尽きて膠着する展開を期待してましたが、残念です。
とはいえ、ウクライナ軍が最後までロシア軍の大規模突破を許さなかったのは、ウクライナ軍の予備戦力がまだ尽きていないのと、ジャベリンなどの優秀な対戦車兵器がロシア軍の機甲戦術を封じてるからでしょうか。
この戦いの評価として、ロシア側は弾薬の戦時生産体制がかなり充実しているようですが、戦術的な優位はなく、短時間で大きな勝利を収めるすべは無さそう。
ウクライナ側は、人的被害はかなり大きいはずですが、まだ戦える余力は残っている。ただし、戦争の主導権を奪い取るのはまだ難しそうな感じですね。
6 』
『 霞ヶ浦
2023年 3月 03日
返信 引用
戦況推移から予想するにウクライナの予備戦力は枯渇しかかってるっぽいけどやっぱ長期戦は無理じゃないか?
5
2023年 3月 04日
返信 引用
ウクライナは動員規模で圧倒的に勝りますし、予備戦力という意味ではロシアよりかなり潤沢だと思います。
ただし装備の面では全体からすれば極少数の西側兵器を除いて質・量共に甚だ劣勢ですから戦略機動性ではかなりの差があるでしょうし、編成の面でも統一した指揮系統で戦うロシアに対して非常に硬直的な体制のままですし、それらが予備戦力の効果的な投入を妨げているのでしょう。
まあもっと状況が悪くて百数十万人のウクライナ動員兵がそれこそ7:1ですり潰されて既に枯渇しているという可能性もあるにはありますが。
4 』
『 名無し太郎
2023年 3月 03日
返信 引用
ウクライナは撤退の判断が遅いという印象。そして勝利時でも、追撃戦が不十分な印象を受ける。
後、ハイマースによる攻撃の頻度が少なくなってきたけど、これはハイマースが枯渇したのか、あるいはロシア軍が対策を立ててきたのか。
この辺を見ると、どうもウクライナ軍は偵察に難がある気がする。そしてアメリカの支援が、いつも遅い。
こういった情報から見ると、アメリカが監視衛星の情報を提供しているというのは、おそらくガセネタだろうな。情報提供があったら、今よりもっと上手く戦えていただろう。
2
2023年 3月 04日
返信 引用
衛星による偵察は割と大雑把な情報しか得られませんし、何より解析のためには膨大なマンパワーが必要ですから、今回のような大規模正規戦の情報需要を満たすのはアメリカといえど困難です。
また、対策もそう難しくありません。
例えばコソボ紛争においてNATOは入念な準備の下で軍事介入を開始しましたが、当然相手もそれを見越して欺瞞しており、結果的にセルビア程度の小国相手でも当初想定されていた戦果は得られませんでした。
結局これを解決したのは無差別的な戦略爆撃であり、その戦訓はイラク戦争にも受け継がれてバグダッドには最初から猛爆撃が加えられました。
つまるところアメリカという超大国をもってしても索敵能力には限界があり、大規模な陸戦となれば陸上部隊自らの索敵能力に頼らざるを得ません。
この点においてロシア陸軍というのは砲兵部隊だけで数十万機の観測ドローンを運用していると言われており、たとえ西側の支援があったとしても、ウクライナ戦線における戦場認識力でこれを上回るのは難しいでしょう。
8
名無し太郎
2023年 3月 04日
返信 引用
色々と情報有難う。イラク戦争は20年も前のことだから、この頃よりは技術は大きく進歩しているのではないかと漠然と思っていた。
身近な生活を見ると、技術進歩は大きく停滞している。軍事面の技術も、同じような状況な訳か。』
『 通りすがりの動物号
2023年 3月 03日
返信 引用
籠城している相手を降伏させるには、相当な日数と損害が発生する。ワグナー部隊は武器弾薬と人員を節約したいからウクライナ軍に撤退を呼び掛けつつ、包囲を進めているのでしょうね。つまり、ワグナー軍はバハムートの包囲に戦力を割かれるのが嫌だということですね。
ウクライナ軍は次の大規模反攻まで籠城するつもりではないかなぁ。
3 』
『 かn
2023年 3月 04日
返信 引用
まぁ…残ってるのは捨て駒なんだろうなぁ。そして撤退しないのは土地って一度奪われると取り返すのが大変だから。
いったん、引いて体制を立て直してから…じゃ遅いんだよね。コッチが立て直してある間に陣地構築され要塞化する。それを取り返すのが死ぬほど大変。 というのをシミュレーションゲームで学んだ。
ここを取り返すのは絶望的で、ただただ時間稼ぎをして少しでも敵を消耗させたいだけでしょ。もうここにそれ以上の意味はない。ここに残された宇兵は気の毒だと思うけど。捕虜になるか?ならないと思う惨殺だよね。爺と子供の徴収兵とかロシアには関係ねぇし、なんならロシア側だって正規兵じゃねぇワグネルだし。
4
kitty
2023年 3月 04日
返信 引用
>捨て駒
せめて捨て奸と言ってあげましょうよ…。 』
『 あ
2023年 3月 04日
返信 引用
Project Owlの戦況地図によると
バフムト市街の西側の前線を同時に一斉引いているようです。
統一された行動なので2/28か2/27位には既に
撤退行動を開始しているのではないかと思われます。
ただ、ここまでギリギリになるまでバフムト市街地を
守る理由がよくわかりません。
もっと戦況が良かった頃なら
ロシア軍を大量に削れるという事かと思います。
少なくともゼレンスキー氏がそう思っていたからだと思います。
ソースを探しても見つからないですが以前テレビニュースで
ゼレンスキー氏がバフムトでロシア軍を弱体化させて
反攻を成功させて今年勝利するとか言っていた気がします。
バフムト前線をロシア兵を大量に戦闘不能にできている
場所としてゼレンスキー氏が認識していて
領土奪還作戦をスピード感をもって実行したい
ゼレンスキー氏の欲がでているのかもしれなません。
西側の早く戦果を出すという要求圧力が
それほど強いのでしょうか ?
個人的には安全策をとってジリジリロシアを
後退させた方が良いと思ってしまいます。
あ
2023年 3月 04日
返信 引用
>Project Owlの戦況地図によると
>バフムト市街の西側の前線を同時に一斉引いているようです。
時系列での変化を比較しているので見やすいです。
時間を止めた地図だと変化を容易に見落とせます。
リンク
もしかしたらブリゴジンの親切な撤退提案はウクライナ軍の行動の事後での
自国ロシアへの戦果アピールなのかもしれないと思います。
極端な話、ウクライナが撤退完了して誰もいない安全なバフムト市街で吠えてるだけかも。』
『 あ
2023年 3月 04日
返信 引用
上の文面は
ソースを探しても見つからないですが以前テレビニュースで
ここから意味不明でした。
訂正します。
バフムトでゼレンスキーはまだ
ここでよく言われるキルレシオがウクライナ軍有利だと認識していて
バフムトでロシア側人員を削りながらの遅延防御する。
そして西欧戦車を待ち揃ってから反転攻勢をかけて
それからバフムトもジリジリ押し返す形で取り返す。
これを私は意図して書いたのですが
文面は全然違うことを書いてしまったようですいません。
(新宇派の私の願望が、でてしまった文章になってしまったかもしれません。)』
米国政府は侵略の手先としてウクライナではネオナチ、コソボでは麻薬業者を使う | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202303040000/


『ウクライナではウォロディミル・ゼレンスキー大統領が追い詰められている。ロシアの傭兵部隊、ワーグナー・グループはソレダルを陥落させた後、バフムート(アルチョモフスク)を攻撃、包囲したようだ。ウクライナ軍は橋を破壊して抵抗を試みているが、戦闘を続ければ戦死者が増えるだけだろう。動員して集めた兵士の大半はまだ訓練中のロシア軍だが、その状態でもウクライナ軍は厳しい状況にあり、政府は分裂状態のようだ。
そうした中、アメリカのジョー・バイデン政権はセルビアのアレクサンドル・ブチッチ大統領に対し、コソボの独立を認めるように圧力をかけている。
アメリカ政府はウクライナのクーデターでネオ・ナチを使ったが、コソボでは麻薬業者を使った。その麻薬業者が中心になって組織したのがKLA(コソボ解放軍、UCKとも表記)にほかならない。このグループにはクロアチアのネオ・ナチも入り込んでいた。
KLAを率いてたひとりで、後に首相となるハシム・サチはアルバニアの犯罪組織とつながり、麻薬取引や臓器の密売に関与していたと言われている。
アングロ・サクソンの支配層はアヘン戦争だけでなく、ベトナム戦争でCIAは東南アジアの山岳地帯、通称「黄金の三角地帯」でケシを栽培してヘロインを製造して儲け、1970年代にアフガニスタンで秘密工作を始めた後にはアフタニスタンへケシの栽培地を移動させた。ニカラグアでの秘密工作を始めるとCIAはコカインの生産を始める。
アフガニスタンで生産されたヘロインの主要な輸送ルートはコソボを通過、それにともなう儲けがKLAの資金源になった。麻薬資金を処理するためにベトナム戦争の際にはオーストラリアのナガン・ハンド銀行が使われている。ロッキード事件でも名前が出てくる香港のディーク社も闇の資金を扱っていた。こうした金融機関は全て「CIAの銀行」だ。
UNODC(国連薬物犯罪事務所)のアントニオ・マリア・コスタはイギリスのオブザーバー紙に対し、麻薬資金と銀行との関係について語っている。
彼によると、2008年に世界の金融システムが揺らいだ際、麻薬取引で稼いだ3520億ドルの大半が経済システムの中に吸い込まれ、いくつかの銀行を倒産から救った疑いがあるというのだ。(The Observer, December 13, 2009 )麻薬資金は流動性が高く、銀行間ローンで利用された可能性がある。(The Observer, April 3, 2011)
麻薬取引による利益は年間6000億ドル、金融機関でロンダリングされている資金の総額は1兆5000億ドルに達する(UNODC, “Annual Report 2010”)、あるいは麻薬の年間売上高は8000億ドル以上という推計もある(EIR, “Dope, Inc”, Progressive Press, 2010)。また銀行が行っている違法資金のマネーロンダリングは1年で5000億ドルから1兆ドルに達するという話が1999年にアメリカ上院で出ている。(Minority Staff Report For Permanent Subcommittee On Investigations (Senate Committee On Homeland Security & Governmental Affairs) Hearing On Private Banking And Money Laundering, November 9, 1999)
アメリカを後ろ盾としてコソボの独立を宣言したサチたちは麻薬だけでなく臓器の密売も行っていたと報告されている。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中でKLAによる臓器の密売に触れている。コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたというのだ。
この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティの報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。
こうした行為を隠しきれなくなったのか、サチたちは2020年4月、ハーグの特別法廷に起訴された。勿論、これで問題が解決されたわけではない。黒幕は今でも大手を振って歩いている。
最終更新日 2023.03.04 02:47:26 』
[FT]中国の習近平主席、全人代で経済政策チームを刷新へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB031OV0T00C23A3000000/
『毛沢東以来最も強力な中国の指導者である習近平(シー・ジンピン)国家主席が年に1回開催される全国人民代表大会(全人代、国会に相当)を利用し、「強力」な政府刷新に乗り出す準備を進めている。金融、ハイテク、その他の産業を監督する責任者に信頼の厚い側近を任命する。
5日に開幕する全人代では、政府のトップである李克強(リー・クォーチャン)首相と、過去5年間の激動期に経済のかじ取りをした功績が認められている…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『習氏は2月28日の会議で、共産党は「大がかり」な改革を計画していると宣言した。金融業界の改革のほか、技術、科学セクターに対する統制の強化、そして企業にとって最も不穏なことに「非国営企業」に対する党の関与拡大が含まれている。
改革は中国経済にとって微妙なタイミングで行われる。中国経済は昨年の習氏の厳格な「ゼロコロナ」戦略と、企業心理を悪化させたハイテク、不動産業界に対する規制強化によって痛手を負っている。国内総生産(GDP)は2022年に3.0%しか拡大せず、5.5%の政府目標を大きく下回った。
製造業の活動は先月、月間ベースで10年ぶりの急拡大を遂げ、経済成長は今年盛り返すと見られている。だが、新たなチームは懐疑的な投資家に対し、中国が本格的に活動を再開し、政府債務の増加や人口減少、生産性の低迷といった長年の構造問題に取り組む用意があることを納得させなければならない。』
『習氏は昨年10月、中国共産党の最高指導部である7人の政治局常務委員を刷新し、5年に1度の党大会で忠実な側近で委員を固めた。
また、党大会では習氏が3期目(1期5年)の共産党総書記、中国軍トップ(中央軍事委員会主席)に任命された。全人代が18年、憲法を改正して2期の任期制限を撤廃したときにお膳立てされた前例破りの人事だ。そして今月、全人代が習氏を国家主席として再任することで形式的な手続きが完了する。
習氏は政府高官の人事でも共産党指導部の刷新と同じことを行うと見られており、同氏との過去の関係から登用される新顔のチームが誕生する。』
『■習氏の新チームの予想される顔ぶれ
李強氏 上海市党委書記として昨年の上海のロックダウン(都市封鎖)を指揮した同氏は、李克強氏の後継として中国で序列2位の高官である首相に就くと見られる。習氏が2000年代に浙江省党委書記だった頃に一緒に働いたことがあり、李強氏自身は13年に浙江省長に就いた。
李強氏=ロイター
何立峰氏 習氏の福建省勤務時代の部下で、劉鶴氏の後継として副首相に就くと見られている。強い権限を持つ中国人民銀行(中央銀行)党委書記にも任命される可能性があり、副首相が同ポストに就くのは1990年代以来初めてになる。
何立峰氏=ロイター
陸治原氏 中国沿岸部の青島市の党委書記で、習氏の出身地である陝西省の元高官の陸治原氏は、財政相の最有力候補に名前が挙がっている。
朱鶴新氏 国有複合企業の中国中信集団(CITIC)会長で、易綱氏の後任として中国人民銀行総裁に就くと見られている。
易会満氏 現在、証券監督管理委員会の主席を務めていて、中国銀行保険監督管理委員会の郭樹清主席の後任に就くと見られる。』
ロシア、ウクライナ東部要衝包囲か 人海戦術で被害拡大
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR03DJL0T00C23A3000000/
『【フランクフルト=林英樹】ロシアの民間軍事会社ワグネル創設者、プリゴジン氏は3日、部隊を派遣するウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトについて「実質的に包囲した」と通信アプリで述べた。ウクライナから通じる道は1本しか残っていないといい、ゼレンスキー大統領に撤退を命じるよう促した。
米シンクタンクの戦争研究所は2日の報告書で「ロシア軍はバフムトの南西部からの攻撃を一時的に緩めている」と指摘。北東部からの攻撃に集中することで「ウクライナ軍に撤退圧力をかける狙いがある」との分析を明らかにした。
ウクライナ国家安全保障国防会議の幹部は3日、バフムトでの戦闘について「困難かつ苦しい状況だ」と地元のテレビ番組で語った。そのうえで、ロシア軍兵士の被害がウクライナ軍の7倍に上っているとのデータを明らかにし、ウクライナ軍兵士の奮闘をたたえた。
バフムト制圧に固執するロシア軍の人的被害は増加傾向にある。米シンクタンクの戦略国際問題研究所は、多数の兵士投入で圧倒しようとするロシア軍の人海戦術について「わずかな領土の獲得と引き換えに、甚大な犠牲を受け入れている」と指摘する。
同研究所の試算では、民間軍事会社の戦闘員を合わせたロシア軍兵士の戦死者は、侵攻開始から1年間で6万〜7万人に上る。第2次世界大戦以降、旧ソ連とロシアによるすべての軍事行為での戦死者の合計よりも多いという。一方、ロシア軍が獲得した東部戦線全体での領土は2022年9月以降で約1036平方キロメートルにとどまっている。
ロシア当局は2日、ロシア西部ブリャンスク州にウクライナの部隊が侵入し、住民2人が死亡したと発表した。ウクライナ側に味方し、ロシア軍と戦うパルチザン部隊のひとつが同日、侵入を認める動画をSNS(交流サイト)に投稿した。
ロシアのプーチン大統領は「テロ行為だ」と非難し、追加のテロ対策を政府に指示した。同部隊は住民の攻撃について「ロシア側のうそだ」と否定している。』
原発・離島防衛に国産迎撃ミサイル 全国14部隊に導入へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2844P0Y2A221C2000000/
『防衛省は弾道ミサイルや極超音速滑空兵器(HGV)による攻撃に対抗できる国産の迎撃弾を2027年度までに新たに導入する。全国に14の地上部隊を配備し、原子力発電所などの重要インフラや南西諸島の拠点の防衛に役立てる。
運用中の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)を補完するため23年度から新迎撃弾の試作に入る。陸上自衛隊向けに三菱電機などが製造し、巡航ミサイルや航空機に対処する「03式中距離地…
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※ 今日は、こんな所で…。
















『ウェザー・リポート(Weather Report)は、ジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターの2人が中心になり、1970年に結成されたエレクトリック系サウンドをメインとしたアメリカのジャズ、フュージョン・グループである。
概略
結成まで
ジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターは1959年のメイナード・ファーガソン・ビッグ・バンドに2人とも在籍していたことがあり、その後、ジョー・ザヴィヌルはキャノンボール・アダレイのグループに加入した。ウェイン・ショーターは第2期マイルス・デイヴィス・クインテットに加し、1963年から1970年までマイルス・デイヴィス・グループに在籍、アコースティック・サウンド時代からエレクトリック・サウンド時代まで関与していた。
一方のジョー・ザヴィヌルは1969年のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』で、マイルスがジャズに初めてエレクトリック・サウンドを導入した作品に「イン・ア・サイレント・ウェイ」という曲提供及びオルガン奏者で参加し、1970年のアルバム『ビッチェズ・ブリュー』では「ファラオズ・ダンス」という曲提供及びエレクトリック・ピアノでチック・コリアと共に参加するなど、ジャズに対して積極的にエレクトリック・サウンドが導入され始めた時期に、新しいジャズ・サウンドの構築などで貢献し、その時期にウェイン・ショーターとスタジオで再会することになった。
その2人が1970年に自分らのグループを結成する運びとなり、ドラマーにアルフォンス・ムゾーン、パーカッショニストにアイアート・モレイラとドン・ウン・ロマン、ベーシストにミロスラフ・ヴィトウスを迎えて結成された。
初期の作品はマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』の延長線上にあり、それを意識したサウンドになっていた。デビュー・アルバムの『ウェザー・リポート』はアコースティックベースと生楽器が主体でシンセサイザーはまだ使用せず、後の作品に比べるとソフトなサウンドが聴ける作品で、『ダウン・ビート』誌では1971年の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」の栄誉を与えられるなど、注目を集めた作品になっていた。
セカンド・アルバムの『アイ・シング・ザ・ボディ・エレクトリック』からはシンセサイザーやサウンド・エフェクト類が多用されるようになった。そして、このアルバムの一部分には日本公演時のライブ演奏テイクが使われていて、後に2枚組の『ライヴ・イン・トーキョー』としても日本公演時の音源は発売されることとなった。
ファンク・グルーヴの導入
アルバム『スウィートナイター』の時期から、ウェザー・リポートのサウンドにファンク・グルーヴの要素が採り入れられるようになり、ミロスラフ・ヴィトウスもアコースティックベースに加えてエレクトリックベースも頻繁に使うようになり、曲によってはインプロヴィゼーション・セクションになると曲中でエレクトリックベースに持ち替えるなど、1曲の中でも多彩なサウンドを要求されるようになってきた。
ウェイン・ショーターは以前、自分のアルバム『ノン・ストップ・ホーム』の最後の曲で、当時チャック・マンジョーネ・グループに居てフレットレス・エレクトリックベースを弾いていたアルフォンソ・ジョンソンに参加してもらったことがあり、そのベース・サウンドをウェザー・リポートでも活かしたいと思い、彼をウェザー・リポートに呼び入れることにしたため、1974年のアルバム『ミステリアス・トラヴェラー』制作途中でベーシストがミロスラフ・ヴィトウスからアルフォンソ・ジョンソンへと交代することになり、新たなグルーヴとサウンドがもたらされた。
固定ドラマーの不在
ファースト・アルバムの『ウェザー・リポート』から『ヘヴィ・ウェザー』までの8年間、ウェザー・リポートにとっては、ほぼ1年ごとにドラマーが変わってしまうなどウェザー・リポートに定着したドラマーを探すことが困難な時期でもあった。
初代ドラマーのアルフォンス・ムゾーン、エリック・グラヴァット、グレッグ・エリコ、イシュマエル・ウィルバーン、スキップ・ハデン、ダリル・ブラウン、レオン・チャンクラー、チェスター・トンプソン、そしてアレックス・アクーニャなど、ジャコが1978年にピーター・アースキンを見つけてくるまでの間には目まぐるしくドラマーが交代する状況が続いていた。
そしてピーター・アースキンとオマー・ハキムだけが3年以上在籍したドラマーとなるなど、ウェザー・リポートにとってはドラマーとの組み合わせが難しい一面もあった。
中期のウェザー・リポート
ウェザー・リポートがブレークする切っ掛けとなった1974年の『ミステリアス・トラヴェラー』の時期、アコースティック・ベースの代わりにエレクトリックベースがほぼ全曲で使用されるようになっていたが、ジョー・ザヴィヌルによるシンセサイザーも多用されるようになってきたため、宇宙的で幻想的なサウンドも目立つようになってきた。
このアルバムではそういった新しいジャズへのアプローチが評価され、再び『ダウン・ビート』誌の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」の栄誉を得るなどの評価を得ていた。
1975年のアルバム『テイル・スピニン (幻祭夜話)』の頃には、シンセサイザーの技術革新や新機種の登場などにより一層シンセサイザーの比重が高まっていたが、このアルバムでは他のアルバムにはないほど、ウェイン・ショーターのサックス・ソロがフィーチャーされたアルバムにもなっていて、このアルバムでも『ダウン・ビート』誌の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」の栄誉を得ることになった。
ジャコ・パストリアス加入
ファンキーなベース・リフを弾いていたアルフォンソ・ジョンソンに代わり、1975年に自身のソロ・デビュー・アルバムを発表したばかりのジャコ・パストリアスが、翌1976年のアルバム『ブラック・マーケット』の制作後半から参加し、ジャコも「バーバリー・コースト」を提供した。
また、アルバム全体でファンク・ジャム・セッションが繰り広げられていて、よりオリエンタルなメロディー・ラインへと変わっていった。
その後、『ブラック・マーケット』ではパーカショニストとして参加していたチェスター・トンプソンに代わり、プエルトリコ出身のマノロ・バドレーナを迎え入れ、またアレックス・アクーニャがドラマーとなった。
1976年のモントルー・ジャズ・フェスティバルへの出演なども含めて、ウェザー・リポートは頂点の時期を迎え始めることとなった。
1977年のアルバム『ヘヴィ・ウェザー』ではジャコのベース・ソロとドラミングが炸裂する「ティーン・タウン」が収録され、一躍ベーシストからの注目を集めることとなり、「バードランド」ではベースによるピッキング・ハーモニクスなどの斬新な手法でリフを弾くなど、ポップなサウンドはジャズ・ファン以外にもフュージョン・ファンへも層を広げ、支持されるようになっていった。
『ヘヴィ・ウェザー』発売後、ドラマー及びパーカショニストとして在籍していた アレックス・アクーニャとパーカショニストのマノロ・バドレナがグループを離れてしまい、一時期メンバーは過去最少の3人になってしまう。
そして1978年のアルバム『ミスター・ゴーン』では、まだ正式メンバーになる前のピーター・アースキンと、トニー・ウィリアムス、スティーヴ・ガッドらの参加で、当時のフュージョン界でのトップ・ドラマー参加などでも話題を呼び、アルバム・サウンドの方はジョー・ザヴィヌル色が強いシンセ・サウンドとシークエンスが多用されたものになったが、ジャコは「パンク・ジャズ」という曲を提供し、コンポーザーとしての存在感も徐々に示すようになっていた。
ワールド・ツアー
ピーター・アースキンが正式加入して4人編成となったウェザー・リポートは、この時期になると世界各国へのツアーに出るようになり数多くのライブをこなすグループになっていた。
1979年には、アメリカ公演などから厳選されたテイクが2枚組LPとなったアルバム『8:30』に収められ、LPの4面目には最新のスタジオ録音が入っていて、ライブ盤とスタジオ盤での差が余りないアンサンブルとなっていった。
ハバナ・ジャム
1979年の3月2日から3月4日にわたってキューバで行われたハバナ・ジャム (Havana Jam) に出演することになり、この大規模なイベントにアメリカ側からは、スティーヴン・スティルス、CBS ジャズ・オールスターズ (CBS Jazz All-Stars)、トリオ・オブ・ドゥーム、ファニア・オールスターズ、ビリー・スワン (Billy Swan)、ボニー・ブラムレット (Bonnie Bramlett)、マイク・フィネガン (Mike Finnegan)、クリス・クリストファーソン、リタ・クーリッジ、ビリー・ジョエルらが参加し、キューバ側からも、イラケレ、パッチョ・アロンソ (Pacho Alonso)、タータ・ギネス (Tata Güines)、オルケスタ・アラゴン (Orquesta Aragón)などが参加していて、共産圏で行われた初の共同イベントとして歴史的な物となった。
この模様はカステラノス (Ernesto Juan Castellanos) によって『ハバナ・ジャム ’79 (Havana Jam ’79)』として記録されている。そして、ウェザー・リポートの黄金期と言われている1976年から1981年の間は世界各地の大規模なジャズ・フェスティバルへ参加することが多くなり、ウェザー・リポートが出演するとなると観客動員数も鰻登りになる人気を誇っていた。
ナイト・パッセージ
アルバム『ナイト・パッセージ』発売前年の1981年ワールド・ツアーではパーカショニストにロバート・トーマス・ジュニアが参加して再び5人編成になり、グループとしてもメンバー各々の実力が均衡してきたため、脂がのりきった状態になっていた。
1981年のツアーでは未発売の曲が大半を占めていて、それらの曲は次作アルバム収録曲のリハーサルも兼ねていた。1982年、『ナイト・パッセージ』の制作は、ロサンジェルスにあったA&Mスタジオ の体育館のように巨大なルーム・サイズを持つAスタジオで行われ、クインシー・ジョーンズなどの音楽業界人も含む沢山のオーディエンスが居る状態でスタジオ・ライブ・レコーディングされたため、1981年のツアーは未発表曲のお披露目的意味合いもあったが、「マダガスカル」だけは、大阪フェスティバル・ホールで収録されたコンサート音源がそのままアルバムにも採用されることになった。
黄金期 – 解散まで
アルバム『ウェザー・リポート’81』が発売される前年の1981年暮れには、黄金期を築いたメンバーだったジャコ・パストリアスが自己のバンド結成のために脱退することになり、それに続きピーター・アースキンもジャコのバンド加入のため脱退してしまった。
ジャコは自分のバンド以外にもジョニ・ミッチェルのアルバムやツアーをこなすなど、多方面で活躍するようにもなっていた。
そして、ウェザー・リポートは新たなリズムセクションとしてオマー・ハキムとヴィクター・ベイリーを迎えて活動を続けることになった。
そのころから世界的にはジャズ/フュージョンに対して1970年代後半のような盛り上がりを見せなくなってきており、混迷する時代へと入っていった時期でもあった。
当然、ウェザー・リポートの音楽性もそれに応じて様々に変化し、ゲスト・ミュージシャンに「バードランド」を自分たちのアルバムでもカバーしていたマンハッタン・トランスファーを招くなど、よりポップな路線も見せ始め、新たなリズム・セクションによりジャズ面よりもフュージョン面が押し出たサウンドになっていった。
そして、1986年、ジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターが、新たなサウンドを求めてそれぞれのバンドを作ることとなり、ウェザー・リポートは解散することとなった。
レコーディング・メンバー
担当楽器 担当者 原語表記 所属時期 参加アルバム
キーボード ジョー・ザヴィヌル Joe Zawinul 1971年-1986年 全作品
サックス ウェイン・ショーター Wayne Shorter 1971年-1986年 全作品
ベース ミロスラフ・ヴィトウス Miroslav Vitouš 1971年-1974年 Weather Report 1971, I Sing The Body Electric, Live in Tokyo, Sweetnighter, Mysterious Traveller
アルフォンソ・ジョンソン Alphonso Johnson 1974年-1976年 Mysterious Traveller, Tale Spinnin’, Black Market
ジャコ・パストリアス Jaco Pastorius 1976年-1982年 Black Market, Heavy Weather, Mr. Gone, 8:30, Night Passage, Weather Report 1982
ヴィクター・ベイリー Victor Bailey 1983年-1986年 Procession, Domino Theory, Sportin’ Life, This is This
ドラムス アルフォンス・ムゾーン Alphonse Mouzon 1971年 Weather Report 1971
エリック・グラヴァット Eric Gravatt 1972年-1973年 I Sing The Body Electric, Live in Tokyo, Sweetnighter
イシュマエル・ウィルバーン Ishmael Wilburn 1974年 Mysterious Traveller
レオン・チャンクラー Leon ‘Ndugu’ Chancler 1975年 Tale Spinnin
チェスター・トンプソン Chester Thompson 1976年 Black Market
アレックス・アクーニャ Alex Acuña 1976年-1977年 Heavy Weather
ピーター・アースキン Peter Erskine 1978年-1982年、1986年 Mr. Gone, 8:30, Night Passage, Weather Report 1982, This Is This
オマー・ハキム Omar Hakim 1983年-1986年 Procession, Domino Theory, Sportin’ Life, This Is This
パーカッション アイアート・モレイラ Airto Moreira 1971年 Weather Report 1971
ドン・ウン・ロマン Dom Um Romão 1972年-1974年 I Sing The Body Electric, Live In Tokyo, Sweetnighter, Mysterious Traveller
アリリオ・リマ Alyrio Lima 1975年 Tale Spinnin
アレックス・アクーニャ Alex Acuña 1975年 Black Market, Heavy Weather
マノロ・バドレーナ Manolo Badrena 1976年-1978年 Heavy Weather, Mr. Gone
ロバート・トーマス・ジュニア Robert Thomas Jr. 1980年-1982年 Night Passage, Weather Report 1982
ホセ・ロッシー Jose Rossy 1983年-1984年 Procession, Domino Theory
ミノ・シネル Mino Cinelu 1985年-1986年 Sportin’ Life, This Is This
主なゲスト・ミュージシャン
アルフィー・サイラス (Alfie Silas) - ボーカル
アンドリュー・ホワイト (Andrew White III) - ベース、Eホーン
バーバラ・バートン (Barbara Burton) - パーカッション
ボビー・マクファーリン (Bobby McFerrin) - ボーカル
キャノンボール・アダレイ (Cannonball Adderley) - アルトサックス
カール・アンダーソン (Carl Anderson) - ボーカル
カルロス・キャベリーニ (Carlos "Omega" Caberini) - ボーカル
カルロス・サンタナ (Carlos Santana) - ギター
チャップマン・ロバーツ (Chapman Roberts) - ボーカル
チック・コリア (Chick Corea) - エレクトリック・ピアノ
コリーン・コイル (Colleen Coil) - ボーカル
ダリル・ブラウン (Darryl Brown) - ドラム
ダリル・フィネシー (Darryl Phinnessee) - ボーカル
デイヴ・ホランド (Dave Holland) - アコースティックベース
ディー・ディー・ベルソン (Dee Dee Bellson) - ボーカル
デニース・ウィリアムス (Deniece Williams) - ボーカル
ドン・アライアス (Don Alias) - パーカッション
エリッヒ・ザヴィヌル (Erich Zawinul) - パーカッション
グレッグ・エリコ (Greg Errico) - ドラム
ハービー・ハンコック (Herbie Hancock) - エレクトリック・ピアノ
ハーシェル・ドゥウェリンガム (Herschel Dwellingham) - ドラム
ヒューバート・ロウズ (Hubert Laws) - フルート
ジャック・ディジョネット (Jack Dejohnette) - ドラム
ジョン・マクラフリン (John McLaughlin) - ギター
ジョン・ルーシェン (Jon Lucien) - ボーカル
ジョシー・アームストロング (Joshie Armstrong) - ボーカル
マンハッタン・トランスファー (The Manhattan Transfer) - ボーカル
モーリス・ホワイト (Maurice White) - ボーカル
マルンゴ (Marungo) - Israeli Jar Drum
マーヤ・バーンズ (Marva Barnes) - ボーカル
マイルス・デイヴィス (Miles Davis) - トランペット
ムルガ・ブッカー (Muruga Booker) - パーカッション
ナラダ・マイケル・ウォルデン (Narada Michael Walden) - ドラム
ナット・アダレイ (Nat Adderley) - コルネット
ラルフ・タウナー (Ralph Towner) - 12弦ギター
レイ・バレット (Ray Barretto) - パーカッション
ロイ・マッカーディ (Roy McCurdy) - ドラム
サイーダ・ギャレット (Siedah Garrett) - ボーカル
スキップ・ハデン (Skip Hadden) - ドラム
ソニー・シャーロック (Sonny Sharrock) - ギター
スティーヴ・ガッド (Steve Gadd) - ドラム
トニー・ウィリアムス (Tony Williams) - ドラム
ウォルター・ブッカー (Walter Booker) - アコースティックベース
ウエスト・ロサンゼルス・クリスチャン・アカデミー・チルドレンズ・クワイア (West Los Angeles Christian Academy Children's Choir) - ボーカル
ウィルマー・ワイズ (Wilmer Wise) - Dトランペット、ピッコロ・トランペット
ヨーランド・バヴァン (Yolande Bavan) - ボーカル
コンサートツアー時のメンバー変遷
1981年6月11日、新宿厚生年金会館
画像左から Wayne Shorter, Peter Erskine, Robert Thomas Jr., Jaco Pastorius
年 キーボード サックス ベース ドラムス パーカッション
1971年 ジョー・ザヴィヌル ウェイン・ショーター ミロスラフ・ヴィトウス アルフォンス・ムゾーン ドン・ウン・ロマン
1972年 エリック・グラヴァット
1973年 グレッグ・エリコ
1974年 アルフォンソ・ジョンソン ダリル・ブラウン
イシュマエル・ウィルバーン
スキップ・ハデン 不在
1975年 チェスター・トンプソン アレックス・アクーニャ
1976年 ジャコ・パストリアス アレックス・アクーニャ マノロ・バドレーナ
1977年
1978年 ピーター・アースキン 不在
1979年
1980年 ロバート・トーマス・ジュニア
1981年
1982年 ヴィクター・ベイリー オマー・ハキム ホセ・ロッシー
1983年
1984年 ミノ・シネル
ディスコグラフィ
アルバム
アルバム・タイトル 原題 発売年 種類
ウェザー・リポート Weather Report 1971年 スタジオ・アルバム
アイ・シング・ザ・ボディ・エレクトリック I Sing the Body Electric 1972年 スタジオ + ライブ・アルバム
スウィートナイター Sweetnighter 1973年 スタジオ・アルバム
ミステリアス・トラヴェラー Mysterious Traveller 1974年 スタジオ・アルバム
テイル・スピニン (幻祭夜話) Tale Spinnin’ 1975年 スタジオ・アルバム
ブラック・マーケット Black Market 1976年 スタジオ・アルバム
ヘヴィ・ウェザー Heavy Weather 1977年 スタジオ・アルバム
ミスター・ゴーン Mr. Gone 1978年 スタジオ・アルバム
8:30 8:30 1979年 ライブ + スタジオ・アルバム
ナイト・パッセージ Night Passage 1980年 スタジオ + ライブ・アルバム
ウェザー・リポート’81 Weather Report 1982年 スタジオ・アルバム
プロセッション Procession 1983年 スタジオ・アルバム
ドミノ・セオリー Domino Theory 1984年 スタジオ・アルバム
スポーティン・ライフ Sportin’ Life 1985年 スタジオ・アルバム
ディス・イズ・ディス This Is This! 1986年 スタジオ・アルバム
ライブ・アルバム
アルバム・タイトル 原題 発売年 種類
ライヴ・イン・トーキョー Live in Tokyo 1972年 ライブ・アルバム
ハバナ・ジャム Havana Jam 1979年 オムニバス・ライブ・アルバム
(「Black Market」を収録)
ハバナ・ジャム II Havana Jam II 1979年 オムニバス・ライブ・アルバム
(「Teen Town」を収録)
ライヴ&アンリリースド Live and Unreleased 2002年 ライブ・コンピレーション・アルバム
レジェンダリー・ライヴ・テープス1978-1981 The Legendary Live Tapes: 1978–1981 2015年 ライブ・コンピレーション・アルバム
コンピレーション・アルバム
アルバム・タイトル 原題 発売年 種類
フォアキャスト・トゥモロウ Forecast: Tomorrow 2006年 3枚組CD+DVD
ビデオグラフィ
タイトル 原題 発売年 備考
フォアキャスト・トゥモロウ Forecast: Tomorrow DVD 2006年 1978年9月29日、オッフェンバッハ・アム・マインでのコンサートを収録
ライブ・アット・モントルー 19
76 Live at Montreaux 1976 DVD 2007年 1976年7月6日、スイスで行われた「Montreaux Pop Festival」出演時のライブ演奏を収録 』