イタリア人は暗いからこそ明るい

『イタリア人は暗いからこそ明るい(※ 一部抜粋)
https://www.tachibana-akira.com/2026/05/17963

『2026年5月1日
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2015年7月公開の「イタリア人は、暗いからこそ明るい」。イタリア的悲観主義が生み出した逆説」です。(一部改変)

※ 「禁 無断転載」なので、一部を抜粋して紹介する。

『「お洒落」で「ちょい悪」のイタリア人はいない

文化人類学者の故山口昌男に師事したランベッリは、『イタリア的考え方 日本人のためのイタリア入門』(ちくま新書)、『イタリア的 「南」の魅力』(講談社選書メチエ)などの著作で、日本におけるイタリアのイメージを分析している。

日本を訪れたイタリア人が最初に驚くのは、レストランやデパートなど街のあちこちにイタリアの三色旗(トリコロール)が溢れていることだ。イタリア人は「国家」というものに強い関心をもっていないので、母国でもこれほどの数の国旗を見ることはないという。

日本で暮らすようになると、日本人の「イタリア」のイメージが著しく偏っていることが気になりはじめる。

日本人のなかには、イタリア半島(ローマ帝国)の古代史やルネサンス文化にイタリア人以上に詳しいひとがいる。料理だけでなく、イタリアのデザインやファッションも大人気だ。だがこうした「イタリア好き」も、ごく一部の例外を除いて、現代イタリアの美術や音楽、学問にはほとんど関心がない。

イタリア映画は1950年代のネオレアリズモ(『自転車泥棒』など)からせいぜい70年代のフェリーニやヴィスコンティまでだし、現代イタリア文学はウンベルト・エーコの『薔薇の名前』しか知らないひとがほとんどだろう。イタリアのポップミュージックについて訊かれて答えられるひとは、専門家以外おそらくいないはずだ。

日本在住のイタリア人をとりわけ戸惑わせるのは、日本におけるイタリア男性のイメージだ。これは男性向け雑誌の表紙を飾るモデルの影響が大きいと思われるが、イタリアの男は「明るい」「気楽」「お洒落」「ちょい悪」で、いつも両手に花で人生を謳歌していることになっているのだ。

ランベッリは、こうしたステレオタイプは本来のイタリアとはなんの関係もないと述べる。日本人は自分が見たい、ないしは商業主義によってつくられた「幻想のイタリア」を楽しんでいるだけなのだ。』

『もちろんこうしたステレオタイプは、イタリア人に対するものだけではない。そもそも日本人は、「日本人」を恥の文化、集団主義、タテ社会、甘えなどのキーワードで理解しているが、ここに日本人だけにしかあてはまらない特殊なものはなにひとつない。

こうしたステレオタイプはもともと、太平洋戦争後の占領に備えて米軍がアメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトに依頼した日本人研究に基づいている。ベネディクトはそれまでいちども日本を訪れたこともなく、日本人の知り合いもほとんどいなかったが、文献資料と日系米国人、日本兵の捕虜とのインタビューによって日本文化論『菊と刀』(光文社古典新訳文庫)をまとめた。

こうした経緯から明らかなように、米軍は日本占領にあたって、「日本人はアメリカ人とどのように違っているのか」の知識を求めていた。日本人とアメリカ人のあいだにもよく似ているところはたくさんあるが、そのような知識には価値がなかったのだ。

だからこそベネディクトは、西欧と日本を「罪の文化」「恥の文化」というステレオタイプで論じ、戦後、それが日本に輸入されたことで「日本人」のアイデンティティがつくられていった(これについては『(日本人)』〈幻冬舎文庫〉で書いた)。』

『歌にしても料理にしても、「イタリアの伝統」とされるものはすべて近代以降につくられている。なぜなら、それ以前にはそもそも「イタリア」はどこにも存在していなかったのだから。

イタリア人には「親友」がいない

近代イタリアの特徴は、「途上国」であると同時に、地域性が強く中央集権が困難だったことにある。イタリア統一後の有名な標語として、「イタリアはすでに作ってしまった。これからはイタリア人を作らなければならない」が知られているが、これは「人工国家」の事情をよく物語っている。

こうした歴史的経緯から、ほとんどのイタリア人は標準語と地方語のバイリンガルになった(地方語といっても日本の方言とは違い、標準語=トスカーナ方言とはほとんど会話が成立しなかった)。その結果、イタリア人は自分たちを「イタリア国民」とは考えず、ローマ人、ナポリ人、シチリア人、ロンバルディア人などのアイデンティティを持つようになった。

地方ごとに分断された社会では、ひとびとは地方出身者を「同胞」と感じることができない。』

『こうして家族や地域を基盤とし、他者を排除する「不信の文化」が生まれたのだとランベッリはいう。

イタリア人の不信の対象となるのは政府や政治家など、権威・権力の地位にあるものすべてで、要は「身内」のネットワークの外部にいるひとのことだ。

『だがイタリア的な不信は、排他的で受動的な態度ではない。日本人は「信用できないひととは関わらないほうがいい」と思うが、多くのイタリア人は「権力者は私をだまそう(利用しよう)としているのだから、相手に利用される前に利用してしまえばいい」と考える。これはイタリア語で「フルビツィア(furbizia)」といい、「狡猾」と「利口」という両義的な意味を持つ。「ずるいことをして他人をだます」のは悪だが、「頭を使って困難を乗り切る」のは生きるための必須の知恵なのだ。』

『このフルビツィアを、ランベッリは次のように説明する。

数少なくないイタリア人が、上手く世の中を生きるために、極端な場合、他人を騙さなければならない、と考えているようである。この論理をもう一歩追求すると、無防備で簡単に騙されるのは、騙される人の方が悪いということになるだろう。なぜなら、このような世の中で自分を守れないのは、自分の責任だからである。イタリア的自業自得である。』

『フルビツィアの社会では、誰に騙されるかわからないのだから、人間関係を「内」と「外」に分けて身を守ろうとする。

イタリア人の一般的なイメージとは正反対かもしれないが、イタリアでは本当の意味での友人を作るのは非常に難しい。「知り合い」はたくさんできても、「親友」という関係を成立されるのはとても困難である。なぜなら、「(家族、親戚、親友などの)広い家族」の外部にいる人は、仲間と認められるまで、つまり深い信頼関係がもてるようになるまでに、長い時間とさまざまな「試練」を要するからである。』

『私は『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)において、中国人の行動原理は「ひとが多すぎる→他人を信用できない」という環境要因から説明できると論じたが、イタリア人の「不信の文化」は中国人の「関係(グワンシ)の文化」ととてもよく似ている。共通点はいずれも社会から信用の担保が失われてしまったことで、イタリアの場合、異なる言語・文化を持つ地域をモザイクのようにして「国家」をつくったことで、ひとびとは政府や社会を信じることができなくなってしまったのだ。』

『ランベッリが指摘するように、これは「途上国に特有の文化」で、イタリア人(あるいは中国人)の性格に起因するものではない。ユーラシア大陸の東西に分かれたイタリアと中国で似たような文化が成立したことは、権力や他者を安易に信用できない環境では、ひとは誰でも同じような仕方で自分と家族を守ろうとすることを示している。』

『ランベッリの指摘で興味深いのは、こうした「不信」や「ずる賢さ」の背景に、前近代的な途上国としての劣等感や、絶対的権力に支配される無力感があるということだ。そしてこれが、「イタリア的悲観主義」へとつながっていく。

イタリア現代史を辿るなら、アントニオ・グラムシ(思想家でイタリア共産党の設立者)やピエル・パウロ・パゾリーニ(スキャンダラスな生涯で知られた映画監督)のような悲観主義の系譜を見ることができる。

この悲観主義から、「イタリア人の明るさ」という逆説が生み出される。

イタリア人は悲観的なのに(あるいは悲観的だからこそ)自分の人生や運命を絶えず変えようとして、ユートピアを夢見たり、カーニバル(秩序の一時的な転覆)に熱狂したりする。イタリア人は、暗いからこそ明るいのだ。

そしてこの逆説は、イタリアという国に独特の陰影を与えている。のっぺりとした西欧近代に対抗する「南の思想」は、この陰影から生まれるかもしれない。』』