中国大使、ハマス最高指導者と会談 ガザ休戦協議か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM194SQ0Z10C24A3000000/
『【北京=田島如生】中国外務省の王克倹大使は17日、訪問先のカタールでイスラム組織ハマスのハニヤ最高指導者と会談した。パレスチナ自治区ガザでのハマスとイスラエルの戦闘休止などを巡り協議したとみられる…
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中国大使、ハマス最高指導者と会談 ガザ休戦協議か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM194SQ0Z10C24A3000000/
『【北京=田島如生】中国外務省の王克倹大使は17日、訪問先のカタールでイスラム組織ハマスのハニヤ最高指導者と会談した。パレスチナ自治区ガザでのハマスとイスラエルの戦闘休止などを巡り協議したとみられる…
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米最高裁、テキサス州法の施行容認 不法移民逮捕可能に
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN19EA90Z10C24A3000000/
『2024年3月20日 7:04
【ワシントン=芦塚智子】米連邦最高裁は19日、警察が不法移民を逮捕できると定めた南部テキサス州の州法の施行を容認する判断を下した。バイデン政権は州法差し止めを求めて訴訟を起こしており、係争中は法の施行を止める判断を最高裁に求めたが、最高裁は退けた。強硬な不法移民対策を進めるテキサス州には追い風となる。
今回の最高裁の判断をうけ、テキサス州の警察は即時、不法移民を逮捕できるようになる。この州法は、同州南西部のメキシコ国境から流入する不法移民対策の一環として共和党のアボット知事が主導し、2023年12月に成立した。不法入国を疑う十分な理由があれば警察に逮捕権限を与え、州裁判所が強制送還を指示することも認めている。
この法律を巡っては、テキサス州とバイデン政権が下級審で係争中だ。バイデン政権や移民支援団体は、移民対策の責任は連邦政府にあり、州が執行することはできないとして同州法の施行差し止めを求めて提訴した。
さらに、バイデン政権は最高裁に対し、係争中は州法の施行ができなくなるように最高裁に判断を求めていた。今回、これを最高裁が退けたことになる。最高裁は今回、判断の理由は明らかにしていない。
最高裁の判断にはリベラル派判事3人が反対した。9人で構成する最高裁は保守派6人、リベラル派3人と保守に大きく傾いている。
今後も、バイデン政権とテキサス州の係争は続く見通しだが、今回の最高裁の判断は早期の法律施行を目指してきたテキサス州に追い風だ。テキサス州側は、移民の流入は「侵略」として州には憲法が認めた自衛の権利があると主張している。
移民問題は11月の大統領選に向けた大きな争点の1つになっている。テキサス州のアボット氏はバイデン政権の移民政策を批判し、不法移民をバスでニューヨークなど民主党地盤の地域に移送するといった強硬手段を取っている。 』
米スパイ組織の警鐘 予見できたプーチン氏との我慢比べ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1404F0U4A310C2000000/
『【ワシントン=坂口幸裕】米国の対ウクライナ追加支援が滞っている。米情報機関はロシアが2022年2月に侵攻を始めた直後からプーチン大統領が長期戦を見すえていると警鐘を鳴らした。にもかかわらず、米国はなぜ先を見越した支援策を用意できなかったのか。そこには政治リスクなど複合的な要因が浮かぶ。
「プーチン氏は時間が自分の味方であり、ウクライナを徐々に摩耗させ、米国などを消耗させられると考えている」。米国…
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ハリス副大統領は化けるか 先達トルーマンに学ぶ道と壁
本社コメンテーター 西村博之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD173BB0X10C24A3000000/
『2024年3月20日 10:00
ナンバー2の振る舞いは難しい。目立ちすぎてはいけないが、埋没すれば能力を疑われる。「話しても動いても、痛みを感じてもいけない。万事を知りつつ役割はない」と苦々しげに語ったのは第28代の米副大統領マーシャルだ。
存在感や人気はいまひとつ
米国各州で民主、共和両党の大統領予備選が進み、11月の本選ではバイデン大統領とトランプ前大統領の再対決が確実になった。
任期末にはそれぞれ86歳と82歳になる高齢…
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『ゴールドスティン教授は、ハリス氏の最大の強みである「初の女性、非白人の副大統領という歴史的意義」を高く掲げるべきだと説く。ステイル氏も、思い入れが強い人種問題などで本気度を示す必要性を強調する。安全運転ではじり貧、殻を破れというわけだ。
これが分断した政治下で強い反動を招くのは想像に難くない。だがトルーマンも人種問題への急進的な対策を進め、保守的な南部からの抵抗にも妥協を拒んだ。
支持率は4割を下回り48年の大統領選は絶望視されたが、結局、南部でも票を集め奇跡的に再選された。政治的な危険をいとわない気迫が功を奏したともいえる。その覚悟がハリス氏にはあるか。
80歳の米男性の5年後の生存確率は約3分の1。大統領選の勝率が五分五分なら「ハリス大統領」の確率は実は6分の1もある。
「もしトラ」「ほぼトラ」というが、「まさハリ(まさかのハリス)」もにらんだ選挙戦が、いよいよ熱を帯びてくる。』
アメリカ軍
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E8%BB%8D

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アメリカ軍
United States Armed Forces








6軍のエンブレム
創設 1775年6月14日 (248年前)
派生組織
リスト[表示]
指揮官
大統領 ジョー・バイデン(第46代)
国防長官 ロイド・オースティン
統合参謀本部議長 第20代
チャールズ・ブラウン
空軍大将
総人員
徴兵制度
あり(男性と一部の女性に、軍隊への選抜登録(英語版)が義務付けられている)
リスト[表示]
財政
予算 7301億4900万米ドル (2019年)7
軍費/GDP 3.42%(2019年)[7]
産業
国内供給者
リスト[表示]
関連項目
歴史
アメリカ合衆国の軍事史[表示]
アメリカ軍の階級
テンプレートを表示
2020年の統合参謀本部
アメリカ軍(アメリカぐん、英語: United States Armed Forces[8]、別名:合衆国軍、米軍)は、アメリカ合衆国が保有する軍隊。陸軍・海軍・空軍・海兵隊・宇宙軍の5軍種からなる常備軍と[9]、平時は海上警備を主とした法執行機関としての役割もある沿岸警備隊を含めた6つの軍種からなっており、これらはいずれも8つの武官組織に含まれる[注釈 2][10][11][12]。
陸軍・空軍については普段からアメリカ合衆国連邦政府の指揮下にある連邦軍と、州知事の指揮下にあり必要に応じて連邦軍に編入される州兵がある。なお各州政府の州防衛軍は連邦政府の指揮下に入らない為、通常アメリカ軍に含まない。軍の最高司令官は大統領であり、連邦行政部のうちの国防総省と国土安全保障省と共に軍事政策を決定する。
概要
アメリカ軍はその発足以来同国の歴史において決定的な役割を果たしてきた。
第一次バーバリ戦争と第二次バーバリ戦争での勝利の結果として、国民の統一とアイデンティティの感覚が生成された。
それはアメリカ南北戦争において重要な役割を果たし、アメリカの軍隊としての役割を果たし続けたが、その多くの将校が南軍の分離主義軍に加わることを拒絶した。
1947年9月に採択された国家安全保障法は、現代のアメリカ軍の枠組みを構築した。
この法律は国防長官が率いる国家軍事施設(National Military Establishment)を設立し、空軍省と国家安全保障会議を設立した。1949年8月の法改正で国家軍事施設は国防総省に改名され、内閣レベルの陸軍省・海軍省・空軍省が国防総省に統合された。
アメリカ軍は人員の面で最大の軍隊の一つである。
有給の志願兵の大規模な人員から兵士を構成している。
徴兵制度は1861年から実施されていたが1973年のベトナム戦争終結で停止となった。
現在はセレクティブ・サービス・システム(選抜徴兵登録制度)が設けられており、18歳から25歳までのアメリカ国籍を持つ男性はセレクティブサービスに登録し、訓練を受ける義務がある[13]。
アメリカ軍は世界で最も強力な軍隊と見なされている[14]。
同国の軍事予算(2022年度)は8,769億米ドルであり、世界の軍事費シェアの39.1%を占め世界最大である[15]。
アメリカ軍は予算が巨額な為、防衛と戦力投射の両方に重要な能力を備えており、国外の約800の軍事基地を含む世界中に軍を広範囲に配備できる高度で強力な技術力を創出している[16]。
アメリカ空軍は世界最大の空軍であり、アメリカ海軍はトン数で世界最大の海軍であり、アメリカ海軍とアメリカ海兵隊を合わせると世界で2番目に大きい航空戦力である。
規模の面ではアメリカ沿岸警備隊は世界で12番目に大きい海上戦力である[17][18]。
ちなみに2019年の会計年度現在の軍事備蓄で保有する航空機数は14,061機である[19]。
歴史
18世紀以前
1775年
アメリカ独立戦争に際し軍隊の編成が急務となり、第2次大陸会議により陸海海兵の3軍が編成された。
6月14日 – 大陸軍が設立される。
10月13日 – 大陸海軍が設立される。
11月10日 – 大陸海兵隊が設立される。
1783年11月3日 – 独立戦争に勝利したことで小規模な警備部隊を残し大陸軍部隊の多くが解散される。
1784年6月3日 – 大陸会議の決議により常備陸軍としてアメリカ陸軍が設立される。
1790年8月4日 – アメリカ沿岸警備隊の前身となる税関監視艇部が設立される。
1792年5月2日 – 1792年民兵法 (Militia Acts of 1792) により、民兵組織だった州兵の位置付けが明確化された。
1794年3月27日 – フランスの私掠船から商船を守るため常備海軍の設置が決定されアメリカ海軍が設立される。
1798年7月11日 – 擬似戦争によりアメリカ海兵隊が設立され4軍体制となる。
19世紀
1817年4月 – 1812年戦争の結果としてアメリカ・イギリス・イギリス領カナダとの間で、軍縮協定であるラッシュ・パゴット協定が締結された。
20世紀
1907年8月1日 – 気球や飛行船を運用するため初の航空機部門である陸軍信号隊航空機部門(英語版)が創設された。
1945年9月の第二次世界大戦終結後は核兵器の保有と戦力の充実により、ソビエト連邦軍との2大勢力となった。
1947年9月18日 – アメリカ陸軍航空軍が改組され、アメリカ空軍が正式に発足して現在の5軍体制となる。
1985年9月23日 – アメリカ宇宙軍が設立(2002年に戦略軍へ統合)
1992年6月1日 – アメリカ戦略軍が設立。
21世紀
1991年12月のソビエト連邦の崩壊・実戦経験・ハイテク兵器などにより規模・質共に他国を圧倒する存在となったが、パイロットなど高度な人材の不足が深刻化しており、アメリカ軍を描いた映画の撮影に協力するなど志願者の獲得に努めている[20]。
2009年 – サイバー戦争への対応を強化するためアメリカサイバー軍を設立。
2011年9月20日 – 同性愛者(男性:ゲイ、女性:レズビアン)であることを公言して軍務に就くことを禁じた軍務規定が撤廃された[21]。
2016年1月、アメリカ軍内のすべての軍事的職業を女性に解放した[22]
2018年1月1日からトランスジェンダーの志願者の入隊を受け付ける[23]。
2019年8月29日 – 統合軍の一つとしてアメリカ宇宙軍(軍種の設立による混同を避けるため現在はアメリカ宇宙コマンドと訳される)が再度設立[24][25][26][27]。
2019年12月20日 – 大統領ドナルド・トランプは20日、アメリカ議会で可決された2020会計年度の国防権限法案に署名し、陸軍や海軍などと同格の軍種の一つとして宇宙軍を創設する法律が成立した。人員は約1万6000人、予算総額は7380億ドル[28][29]。
機構
アメリカ軍は文民統制の下に、大統領が最高司令官であり[30]、同じく文民かつ大統領顧問団の閣僚である国防長官が大統領を補佐し、国防総省を統括する。
部隊の作戦指揮は大統領から国防長官を通じ、地域別及び機能別の各統合軍司令官に直接伝達される[31]。統合参謀本部(JCS)は、作戦指揮命令系統に入っておらず、軍事的な助言や作戦計画の立案や兵站要求など参謀としての業務に携わっている。なお陸海軍及び民兵団の編成権・軍律制定権・戦争宣言の権限は連邦議会が有している[32]。
軍種
アメリカ軍は次の6つの軍種からなる[10]。そのうち国土安全保障省に属する沿岸警備隊を除く5軍は国防総省の管轄下に属し、アメリカ合衆国大統領の指揮統制下にある。
各軍は部隊の編成・維持・訓練が中心となっており、各統合軍に部隊を拠出する責任を負っている。陸軍は陸軍省[33]、海軍・海兵隊は海軍省[34]、空軍・宇宙軍は空軍省[35]が軍政を司る。指揮命令系統において、海軍と海兵隊の間・空軍と宇宙軍の間に上下関係は無い。有事においては沿岸警備隊も海軍省の管轄となり、海軍に準じた扱いがなされる[36]。なお5軍の部隊の作戦指揮は統合軍が管轄する。
アメリカ合衆国陸軍(United States Army)
アメリカ合衆国海軍(United States Navy)
アメリカ合衆国空軍(United States Air Force)
アメリカ合衆国宇宙軍 (United States Space Force)
アメリカ合衆国海兵隊(United States Marine Corps)
アメリカ合衆国沿岸警備隊(United States Coast Guard)
統合軍
詳細は「統合軍 (アメリカ軍)」を参照
統合軍の地域管轄地図
米軍の運用は、軍種ごとではなく、軍種横断的に編成された統合軍(Unified Combatant Command)の指揮のもとで行われており、統合軍は、地域によって編成された7つの地域統合軍と、機能によって編成された4つの機能統合軍から構成されている[37]。
それぞれの統合軍に属する陸海空軍及び海兵隊部隊を1人の統合軍司令官が運用するという編制は統合作戦の円滑な遂行と軍事学的な指揮統一の原則を同時に達成するためである。
地域別
アメリカ北方軍(USNORTHCOM)- 北米担当
アメリカ中央軍(USCENTCOM)- 中東担当
アメリカアフリカ軍(USAFRICOM)- アフリカ担当
アメリカ欧州軍(USEUCOM)- 欧州担当
アメリカインド太平洋軍(USPACOM)- アジア・太平洋地域担当
アメリカ南方軍(USSOUTHCOM)- 中南米担当
アメリカ宇宙コマンド(USSPACECOM)- 宇宙空間(軍事衛星の運用など)を担当
機能別
アメリカ特殊作戦軍(USSOCOM)- 特殊作戦を担当
アメリカ戦略軍(USSTRATCOM)- 核兵器の運用を統括
アメリカ輸送軍(USTRANSCOM)- 兵站・輸送(戦略輸送・戦術輸送)を担当
アメリカサイバー軍(USCYBERCOM)- サイバー戦を担当
駐留国
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「アメリカ合衆国による軍事展開」も参照
アメリカ軍の駐留兵力 (2007年)
1000以上の部隊
100以上の部隊
施設の使用
アメリカは米ソ冷戦における安全保障政策を受けて、多くの国家(国防総省が公表しているだけで170か国以上[38]、内大規模基地を置くのは約60か国)に現在も軍部隊を駐留させている。防衛条約並びに協定によってアメリカ軍が常時駐留している国家は以下の通り(2022年3月31日現在)。〔〕内数値は駐留兵力[39]を示す。
あくまでも施設の維持や連絡要員・駐在武官として常駐している人数である為、特殊部隊や作戦行動中の数を含むと実数はこれよりも多い可能性がある。近年は大規模な恒久基地ではなく特殊任務に特化した小規模基地を中心に展開している為、駐留人数は少数(数十~数百人、一桁の場合も)傾向にある(通称:リリー・パッド戦略)。
基地の兵士が地元商店街の客層となり、また地元住民が基地の従業員として雇用されるなど、経済的に重要な存在になっている場合も多い。
ヨーロッパ・北アメリカ
アメリカの同盟関係
UKUSA(AUSCANNZUKUS、ABCA)
同盟国
北大西洋条約機構(NATO)加盟国
イギリスの旗 イギリス〔9,704人〕(イギリス領インド洋地域の旗 イギリス領インド洋地域〔216人〕):相互防衛協定、通信傍受協定(エシュロン)、軍事情報包括保全協定(GSOMIA)、サイバー攻撃対処に関する覚書(MOU)
英国と米国は第二次世界大戦以来、政治軍事両面で強いつながりを持っており、冷戦期の英国の外交や政治には米国の意向が強く反映されていた。
このような特殊な関係から、特に英米同盟(UKUSA、米英同盟)と呼ばれる。また、1990年代には多数の米軍基地が存在していた。現在でも例えばレイクンヒース空軍基地などは基地内にイギリス空軍は一切存在していなく、アメリカ軍専用駐留基地になっている。国内では不平等であるなどと、アメリカ軍の存在が問題になっている。
在英アメリカ空軍の基地の一覧
ドイツの旗 ドイツ〔36,039人〕:相互防衛援助条約。
第二次大戦後の分割占領軍から駐留している。大半が陸空軍。冷戦時代は20万人以上が駐留する、西欧防衛の最前線だったが、冷戦終結で大幅に削減された。中東での作戦時には重要な輸送基地となっている。
2020年には、配置規模を24,000人へ削減する計画を発表した[40]。2021年現在、米軍基地は世界最多の数を誇る。
ドイツの米軍一覧
イタリアの旗 イタリア〔12,643人〕:ガエータに海軍第6艦隊が駐留する。
トルコの旗 トルコ〔1,709人〕
スペインの旗 スペイン〔3,107人〕
ベルギーの旗 ベルギー〔1,130人〕:NATO軍最高司令部要員及び空軍基地を維持。
ルーマニア〔137人〕
ギリシャの旗 ギリシャ〔376人〕
オランダの旗 オランダ〔429人〕
ハンガリー〔78人〕
ポルトガルの旗 ポルトガル〔242人〕
デンマーク〔18人〕(グリーンランドの旗 グリーンランド〔146人〕):世界で唯一のアメリカ宇宙軍が駐留している。
カナダの旗 カナダ〔146人〕:相互防衛委員会設立協定、通信傍受協定、GSOMIA、MOU
防空任務について、北アメリカ航空宇宙防衛司令部を通じ、アメリカと共同で行っている。
ノルウェー〔2,592人〕:NATO軍北方司令部要員
ポーランドの旗 ポーランド〔172人〕
ブルガリア〔20人〕:国内4か所に駐留
エストニア〔17人〕、 ラトビア〔17人〕、 リトアニア〔19人〕:ローテーション形式で駐留
アイスランドの旗 アイスランド〔2人〕:NATO軍による航空監視任務。
フランスの旗 フランス〔80人〕:相互防衛援助条約、GSOMIA、施設の使用(イストル、エヴルー=フォヴィル空軍基地)。
1951年から1966年の間には在仏アメリカ空軍が駐留していた。その後、NATOの軍事機構からは一時脱退していたが、復帰した。
大規模な軍事基地はない(上記の基地は補給基地)が、米軍はフランス国内の主要基地を使用する権利を持っている。
その他
スウェーデン〔27人〕:MOU、防衛協力協定
キプロスの旗 キプロス〔12人〕:施設の使用(アクロティリ空軍基地)
ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ〔12人〕:加盟のための行動計画(MAP)、施設の使用(トゥズラ空軍基地)
北マケドニア共和国の旗 北マケドニア〔15人〕:MAP
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン〔13人〕:IPAP、施設の使用(ナソスニ空軍基地)
ウクライナ〔23人〕:IPAP
ウクライナ軍の訓練を名目に駐留(オチャコフ、ヤーヴォリウ、フミリヌィーク、オデッサ)。
モルドバの旗 モルドバ〔7人〕、ジョージア (国)の旗 ジョージア〔34人〕、アルメニアの旗 アルメニア〔12人〕、セルビアの旗 セルビア〔14人〕:IPAP
太平洋・アジア
来日したロバート・ゲーツ国防長官と握手を交わす石破茂防衛大臣(2007年11月8日)
トモダチ作戦で津波による瓦礫を撤去する在日アメリカ海軍の水兵ら(2011年、東日本大震災)
日米安全保障条約
日本の旗 日本〔55,636人〕(在日米軍):相互防衛援助協定、資金提供協定、非NATO主要同盟国(MNNA)
第二次世界大戦後のGHQ/SCAP時代の占領軍(アメリカ合衆国による沖縄統治:1945年 – 1972年5月15日:沖縄返還まで)から現在まで駐留が続いている。
GSOMIA及びMOUは2007年に締結。海軍の第7艦隊をはじめ、空・海兵隊が拠点を設置するが、陸軍は比較的小規模。米軍再編の一環として、兵力の一部削減・移転が決定している。
特殊な関係から、特に日米同盟と呼ばれる。
米韓相互防衛条約
大韓民国の旗 韓国〔25,687人〕(在韓米軍):MNNA
日本の敗戦より駐留し、占領軍政を敷いた。朝鮮戦争によって大幅に増強される。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と直接対峙するため、兵力の大半が陸軍である。長く韓国軍の指揮権を有している。特殊な関係から、特に米韓同盟と呼ばれる。
米比相互防衛条約
フィリピンの旗 フィリピン〔187人〕:MNNA
植民地時代より駐留し、空・海軍の一大拠点であったが、1994年に一度完全撤収した(なお、クラーク空軍基地は自然災害がきっかけとなり閉鎖となった)。2002年より対テロ戦争の一環として、特殊部隊が駐留している。南シナ海をめぐる紛争により、海空軍の再駐留が合意されている。
太平洋安全保障条約(ANZUS)
オーストラリアの旗 オーストラリア〔783人〕:相互防衛援助協定、通信傍受協定、GSOMIA、MOU、MNNA。新基地建設などが決まっていて今後増員される[41]。
自由連合盟約 – アメリカ軍が国防を担う
マーシャル諸島の旗 マーシャル諸島〔16人〕
パラオの旗 パラオ〔17人〕
その他
タイ王国の旗 タイ〔106人〕:MNNA、米陸軍管轄の医科学研究所、タナット=ラスク共同声明(東南アジア条約機構は解散したが、マニラ条約の相互防衛義務は有効と確認)。
シンガポールの旗 シンガポール〔203人〕:シンガポール米軍基地利用協定。
マレーシアの旗 マレーシア〔18人〕:物品役務相互提供協定(ACSA)、施設の使用(ボルネオ島の2つの空軍基地を哨戒基地として使用)。
インドネシアの旗 インドネシア〔31人〕:米陸軍管轄の医科学研究所(ジャカルタ)。
インドの旗 インド〔47人〕:後方支援・補給支援協定、施設の使用、日米豪印戦略対話
インド政府は非同盟主義を掲げるが、アメリカ政府は事実上の同盟国として扱っている。
中華民国の旗 台湾(中華民国)〔30人〕:台湾関係法
米華相互防衛条約終了後、後継法として制定され、これにより装備供与と軍事支援を行う。
ニュージーランドの旗 ニュージーランド〔16人〕:通信傍受協定、MOU、MNNA
クライストチャーチのハーウッド空港、ティマル(ウォシュディケ)に駐留。ANZUS同盟から脱退するも事実上継続中。
中東
クウェートの旗 クウェート〔720人〕:MNNA、イスタンブール協力イニシアティブ(ICI)
イラクの旗 イラク〔11人〕:パートナーシップ協定
イラク戦争により駐留。最盛期には15万人以上が配置されたが、終戦により大半が撤収した。
バーレーンの旗 バーレーン〔3,746人〕:MNNA、ICI
海軍の第5艦隊が駐留。
カタールの旗 カタール〔443人〕:ICI
中央軍の現地司令部が置かれている。
ヨルダンの旗 ヨルダン〔106人〕:MNNA、地中海対話
アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦〔221人〕:ICI
エジプト〔264人〕:MNNA、地中海対話、米陸軍管轄の医科学研究所(カイロ)
サウジアラビアの旗 サウジアラビア〔558人〕
湾岸戦争前後は数十万まで増加したが、現在、主要部隊は周辺湾岸国へ移転。
シリアの旗 シリア〔非公開〕
パキスタンの旗 パキスタン〔65人〕:MNNA
オマーンの旗 オマーン〔25人〕:マシーラ空軍基地、スムライト空軍基地に駐留、海兵隊
イスラエルの旗 イスラエル〔102人〕:相互防衛援助協定、GSOMIA、MNNA、主要戦略的パートナー
カザフスタンの旗 カザフスタン〔24人〕:後方支援・補給支援協定、施設の使用(アクタウ、クリク)、個別的パートナーシップ行動計画(IPAP)
カザフスタン政府は、「海軍基地ではない」「同盟国へ悪影響がある事はしない」としつつも、施設の提供自体は「補給基地」であるとして認めている。
トルクメニスタンの旗 トルクメニスタン〔11人〕:領空通過、施設の使用(バルカナバート、クシカ、マル空港、補給業務監督の為にアシガバードに米軍派遣部隊が駐留)
トルクメニスタンは永世中立国宣言しているが、「軍事基地」ではなく「支援基地」であり中立違反にはならないと主張
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン〔12人〕
タジキスタンの旗 タジキスタン〔12人〕
キルギスの旗 キルギス〔11人〕
中南米
米州相互援助条約(Rio Pact、TIAR)加盟国
エルサルバドルの旗 エルサルバドル〔62人〕
ホンジュラスの旗 ホンジュラス〔364人〕
コロンビア〔64人〕:コロンビア計画(国内に7か所に駐留。麻薬撲滅)、パートナーシップ協定。MNNA
バハマの旗 バハマ〔59人〕
ペルーの旗 ペルー〔53人〕:米陸軍管轄の医科学研究所(リマ)
ブラジルの旗 ブラジル〔49人〕:MNNA
チリ〔35人〕:コンコンに駐留(西半球安全保障協力研究所)
アルゼンチンの旗 アルゼンチン〔25人〕:ウシュアイアに駐留。防衛協力・兵器供給協定、MNNA
ネウケン州とミシオネス州、ティエラ・デル・フエゴ州の4か所に基地建設で合意
パラグアイの旗 パラグアイ〔13人〕:マリスカル・エスティガリビアに駐留
コスタリカの旗 コスタリカ〔16人〕
パナマの旗 パナマ〔27人〕
パナマ運河防衛のため、長期にわたり駐留した。撤退後も施設を米軍が定期的に使用
その他
キューバ〔639人〕(グァンタナモ米軍基地)
メキシコの旗 メキシコ〔79人〕
エクアドルの旗 エクアドル〔27人〕:ガラパゴス諸島のサンクリストバル空港を使用。
エクアドル政府は「麻薬の密輸や密漁を取り締まる為の監視活動である」と駐留は否定
アフリカ
ジブチの旗 ジブチ〔274人〕(ジブチ共和国には米軍のほかに800名ほど仏軍、自衛隊なども駐留)
ソマリアの旗 ソマリア〔53人〕:サングニに駐留(キスマヨの郊外)
ウガンダの旗 ウガンダ〔15人〕:エンテベ空港に駐留、ひかる稲妻(ライトニング・サンダー)作戦(LRA対策)
ケニア〔84人〕:米陸軍管轄の医科学研究所(ナイロビ)
チャドの旗 チャド〔18人〕:ンジャメナに駐留、ボコ・ハラム対策
チュニジアの旗 チュニジア〔22人〕
モロッコの旗 モロッコ〔30人〕:MNNA、地中海対話、施設の使用
セネガルの旗 セネガル〔20人〕:軍事協定、施設の使用(ダカール)
ニジェールの旗 ニジェール〔25人〕:アガデズに駐留(基地開設の為の地位協定)、無人航空機基地
ブルキナファソの旗 ブルキナファソ〔16人〕:ワガドゥグーに駐留、無人航空機基地
カメルーンの旗 カメルーン〔11人〕:ガルアに駐留、無人航空機基地
ガーナの旗 ガーナ〔19人〕:米軍基地設置を許可
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国〔45人〕
その他
この他にナイジェリアの旗 ナイジェリア〔36人〕や香港の旗 香港〔13人〕などに(主としてアメリカ製装備の)教官やパイロットとして、あるいは通信要員などとして少数(数十〜数百人)が派遣されている。
かつての駐留国
アフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン:MNNA
アフガニスタン紛争から継続。最盛期は約2万人。2006年にNATOに正規軍の指揮権が移譲。2021年8月、完全に撤退した[42]。
ベトナム共和国の旗 ベトナム共和国
ベトナム戦争で北ベトナム及びベトコンの決定的勝利が確立したサイゴン陥落以降完全撤退。
戦歴
アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)
米英戦争(1812年〜1814年)
セミノール戦争(1816年-1858年)
第一次セミノール戦争(1816年-1819年)
第二次セミノール戦争(1835年-1842年)
第三次セミノール戦争(1855年-1858年)
米墨戦争(1846年〜1848年)
南北戦争(1861年〜1865年)
ニューヨーク暴動鎮圧(1863年)
南部諸州軍政(1867年〜1870年)
インディアン戦争(1876年〜1890年)
スー族蜂起(1876年〜1877年)
アパッチ族蜂起(1882年〜1886年)
米西戦争(1898年)
キューバ介入(1898年〜1902年)
米比戦争(1899年)
ドミニカ共和国介入(1905年保護領化)
キューバ内戦介入(1906年)
ニカラグア革命介入(1912年〜1933年)
メキシコ革命介入(1914年)
ハイチ介入(1915年〜1934年保護国化)
メキシコ軍事衝突(1916年、1917年)
ドミニカ共和国介入(1916年〜1924年)
第一次世界大戦参戦(1917年〜1918年)
サンディーノ戦争介入(1927年〜1933年)
第二次世界大戦参戦(1939年〜1945年、1941年まで宣戦布告しないが義勇兵が参加)
太平洋戦争参戦(1941年〜1945年、以前から日中戦争に義勇兵が参加)
ドイツ分割占領・軍政(1945年〜1949年)
オーストリア分割占領・軍政(1945年〜1955年)
南洋諸島占領・軍政(1945年〜1947年)
沖縄県占領・軍政(1945年〜1972年)
日本占領・一部軍政(1945年〜1952年、GHQ/SCAP)
朝鮮半島分割南部占領・軍政(1945年〜1949年)
奄美群島占領・軍政(1946年〜1953年)
小笠原諸島占領・軍政(1946年〜1968年)
冷戦(1946年〜1989年)
朝鮮戦争(1950年〜1953年、国連軍)
グアテマラ革命介入(1954年)
キューバ介入(1961年)
キューバ危機(1962年)
トンキン湾事件(1964年)
ドミニカ共和国介入(1965年〜1966年)
ベトナム戦争(1961年〜1973年)
イラン米大使館人質事件(1980年)
リビア空軍機撃墜(1981年)
レバノン内戦介入(1982年〜1984年)
グレナダ侵攻(1983年)
リビア爆撃(1986年)
イラン・イラク戦争介入(1987年〜1988年)
リビア空軍戦闘機撃墜(1989年)
パナマ侵攻(1989年)
湾岸戦争(1991年、国連多国籍軍)
ソマリア内戦介入(1992年〜1994年、国連PKO)
イラク攻撃(1993年)
ハイチ介入(1994年)
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争介入(1995年、NATO軍)
イラク攻撃(1996年)
台湾海峡危機(1996年)
スーダン・アフガニスタン攻撃(1998年)
イラク攻撃(1998年)
ユーゴスラビア空爆(1999年、NATO軍)
アフガニスタン攻撃(2001年)
アフガニスタン駐留(2001年〜2021年、NATO軍・ISAF)
イラク戦争(2003年)
イラク占領(2003年〜2004年)
イラク駐留(2004年〜2011年、多国籍軍)
ハイチ介入(2004年)
ワジリスタン空爆(2004年)
ソマリア内戦介入(2007年)
リビア内戦(2011年、NATO軍)
ISIL掃討作戦(2014年~、有志連合軍)
各軍記念日
1950年以降各軍独自の公式記念日は廃止され、5月の第3土曜日の軍隊記念日 (Armed Forces Day) に統合された。
アメリカ陸軍(United States Army)
アメリカ海軍(United States Navy)
海軍に理解のあったセオドア・ルーズベルト大統領(共和党)の誕生日を記念して、1922年に10月27日が制定された。現在は、民間団体により祝賀行事が行われている。
アメリカ空軍(United States Air Force)
アメリカ海兵隊(United States Marine Corps)
1945年の第二次世界大戦末期に日本軍との硫黄島の戦い(太平洋戦争/大東亜戦争)で摺鉢山に星条旗が掲げられた日、2月23日に制定された。
その他
軍人とその家族にはアメリカ国防厚生管理本部が提供する公的医療保険「TRICARE」が適用される。
退役軍人にはアメリカ合衆国退役軍人省から勤務した期間や階級に応じた額の恩給年金が支給される。また一定期間以上勤務した場合はTRICAREに継続して加入できる。
同性愛者ではない(非ゲイ)男性の兵士による下級の男性兵士へのレイプ(性暴力)が最近明るみに出た。性交渉が目的ではなく、脅しや支配欲を満たす為に行われている。2009年に、110人以上の男性兵士が男性の同僚から性暴力を受けたと報告した(ニューズウィーク日本版2011年4月20日号)。また、上官の命令は絶対であることを悪用する上官による性的暴行の被害にあった女性将兵が多数存在する。レイプなど性的暴行は、2011年だけで3192件が報告されているが、被害が届けられないケースが多いとされ、アメリカ国防総省では、実態は年間約1万9000件とみている[43]。
入隊
「名誉除隊」も参照
志願できるのは永住権を有する者で、高等学校卒業程度の学力、基準以上の身体能力を有する18歳以上の男女である。
なお永住権があれば市民権が無くてもよい[注釈 3]。
また『卒業程度の学力』であるため中退者でも学力を証明できる書類や推薦書[注釈 4]などを加味して判断される。従来は卒業証明書の提出が必要だった。
市民権が無い者が志願・入営すると、忠誠を誓ったと看做され最低居住期間条件が免除になり、居住期間に関わらず入隊時(申請時)に市民権申請が可能になる(受理されるだけで認められるかは別)。
既に入隊済みで1年以上経過した者も居住期間に関係なく市民権申請資格があるが、入隊後1年未満あるいは除隊後6か月を経過した者は特例条件を満たさず、通常の5年ルールが適用される。
ベトナム戦争時には数を確保するため、素行不良者や就労が禁止されている観光ビザで入国した外国人への勧誘活動まで行われたが[44]、脱走兵の増加や軍規の乱れを招いたことから戦争終結後に厳格化された。
全てのアメリカ合衆国に『居住』する18〜26歳までの男性(米国籍や永住権者に限らず、違法移民や一時就労ビザなども含む。外交官ビザ、特殊ビザ、ビジタービザ、学生ビザなどは除外[注釈 5])は、有事の際など軍を臨時に増強する必要があると大統領と議会が承認した場合に徴兵される「Selective Service System(選抜徴兵登録制度、SSS)」のリストに登録することが義務付けられている。
18〜26歳までの男性永住権保持者がSSSに登録しなかった場合は在留期間の条件を満たしても市民権申請を拒否される場合がある。ベトナム戦争以後、SSSによる徴兵は2019年現在まで実施されていない。
大学生ではあるが、同時に軍事訓練を積み軍人教育を受ける予備役将校訓練課程が存在する。
卒業後数年間は軍役に就く事を誓約し、大学在学中も非常事態時には召集される可能性がある。
在学中は学費全額支給に加え奨学金数百ドルを受け取り、卒業後は最低でも少尉で入隊出来る。
アメリカの大学の学費は高額であり学費はローンでまかなっている場合が多い。経済的な理由で進学を断念する者が多い為、軍費補助による学位取得制度への競争率は高い[注釈 6]。
なお入隊前に学費補助で大学へ通うROTC制度の他に、軍役中に大学(日本で言う二部もしくは基地内にあるサテライトキャンパス)へ通える制度や退役後の大学資金積み立て制度などもある。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 初回兵役可能年齢の上限は陸軍が35歳[1]、海兵隊は28歳、海軍は34歳、空軍は39歳[2]、沿岸警備隊は27歳[3]。
^ 武官(士官のみ)から構成され、将官・佐官・尉官の階級が定められている組織である。6軍種の他に商務省の海洋大気局所属の海洋大気局士官部隊(National Oceanic and Atmospheric Administration Commissioned Corps)と公衆衛生局傘下の公衆衛生局士官部隊(United States Public Health Service Commissioned Corps)があり、この2つの組織は共に海軍・沿岸警備隊と同様の階級(「中将 – Vice Admiral」など)および制服(冬服 – 黒色 / 夏服 – 白色)が定められ、6軍と同様にジュネーヴ条約による傷病者・捕虜としての保護の対象となる[10]。
^ 日本国民で永住権を取得し海兵隊に志願・入隊した越前谷儀仁がいる
^ 現役・退役軍人、地元の政治家や名士、学校長などが書いた推薦文。
^ 観光などの滞在は『居住』とはみなされない
^ 基本的に大卒は士官から高卒は兵からのスタートであるので、ROTC出身者が初任階級上で特に優遇されているわけではない。
出典
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^ 憲法のある風景:公布70年の今/1 9条に迷い救われ 被爆、渡米、ベトナム戦、脱走 日米の間に生きた – 毎日新聞
関連項目
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カテゴリ: アメリカ合衆国軍イランによりテロリスト認定された組織
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テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
米インド太平洋軍、追加要望1.6兆円 グアム防衛を重視
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN19E0Q0Z10C24A3000000/
『2024年3月20日 6:47
【ワシントン=中村亮】米インド太平洋軍が2025会計年度(24年10月〜25年9月)の国防予算に110億ドル(1兆6500億円)の上積みを求めたことが19日、分かった。米領グアムの防衛や弾薬調達を重視する。
バイデン政権は11日、25会計年度の予算教書を公表した。国防予算を8952億ドルと前年度から1%増やした。インド太平洋軍の要望は予算教書から外れた分を復活させる狙いがある。各地域を担当する司…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
※ 今日は、こんな所で…。

日銀、マイナス金利解除を決定 政策金利0〜0.1%に
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB190HW0Z10C24A3000000/
『2024年3月19日 12:37 (2024年3月19日 12:51更新)
日銀は19日の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決めた。マイナス0.1%としていた政策金利を0〜0.1%程度(無担保コール翌日物レート)に引き上げた。長期金利を低く抑え込むための長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)や上場投資信託(ETF)などリスク資産の買い入れ終了も決めた。日銀の大規模緩和は大きな転換点を迎えた。
(号外)マイナス金利解除
日銀は物価2%目標を持続的・安…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』

『【内容紹介】
●初の体系的テキスト
「地政学リスク」「地政学的には――」など地政学という言葉が氾濫しています。
だが、日本において地政学は戦後長らく、軍事と結びついた学問としてタブー視され続け、学問としては未成熟で体系的なテキストすら存在していません。
国際関係を語るにおいて地政学という切り口は欠かせないものとなっているにもかかわらず、明確に定義されることなく曖昧なまま各人各様に使われてきたのです。
本書では、地政学を「国家間および国際社会に関する一般的な関係を、地理的要因から理解するための枠組み」と定義。地政学の基本的な考え方を解説し、今日の世界情勢のとらえ方を身につける初めてのテキストです。
【目 次】
第I部 現代の地政学
第1章 日本における地政学の軌跡
第2章 国際関係論の基軸
第II部 地政学の創始者たち
第3章 シー・パワーとランド・パワーと、そして……
第4章 大陸ブロック論と「大東亜共栄圏」構想
第5章 海を制するものは世界を制す?
第6章 エア・パワーの戦略思想
第7章 「リムランド」と未来予測
第III部 地政学で読み解く地域情勢
第8章 インド太平洋地域のパワー・シフト
第9章 二つの大国の時代
第10章 中東支配の軌跡
第11章 日米 対立から共存への論理
終 章 地政学が問われているもの 』
『 商品の説明
著者について
庄司 潤一郎
防衛省防衛研究所研究幹事
1982年筑波大学卒業、84年筑波大学大学院修士課程修了(社会科学修士) 、86年筑波大学大学院博士課程単位取得退学、同年防衛研修所に入所。防衛研究所戦史研究センター長等を歴任、 「日中歴史共同研究」近現代史分科会委員(2006年~2010年)
石津 朋之
防衛省防衛研究所戦史研究センター長
1985年、独協大学卒業。88年、ロンドン大学SOAS大学院修士課程修了。91年、ロンドン大学キングスカレッジ大学院修士課程修了。99年、オックスフォード大学大学院博士課程修了。専門分野は戦略論、ヨーロッパ戦争史。防衛省防衛研究所戦史研究センター国際紛争史研究室長を経て現在に至る。
登録情報
出版社 : 日本経済新聞出版; New版 (2020/7/16)
発売日 : 2020/7/16
言語 : 日本語
単行本(ソフトカバー) : 384ページ
ISBN-10 : 4532176824
ISBN-13 : 978-4532176822
寸法 : 15 x 2.1 x 21.1 cm
Amazon 売れ筋ランキング: - 306,202位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- 84位アジア・アフリカのエリアスタディ
- 157位軍事情勢
- 1,279位国際政治情勢 』
地政学
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%94%BF%E5%AD%A6









『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
地政学(ちせいがく、独: Geopolitik)は、国際政治を考察するにあたって、その地理的条件を重視する学問である[1]。
19世紀から20世紀初期にかけて形成された伝統的地政学は国家有機体説と環境決定論を理論的基盤とし、ドイツ・イギリス・日本・アメリカ合衆国などにおいて、自国の利益を拡張するための方法論的道具として用いられてきた。
第二次世界大戦後の国際社会において、地政学という言葉はナチス・ドイツの侵略行為との結びつきから忌避されてきたが、しばしば著述家により「自らの著作に一種の荒っぽい格を付与させる」短縮表現として用いられることがある[2]。
1980年代以降に勃興した批判地政学(英語版)は、地理に関する政治的言説そのものを研究対象とする学問であり、ある空間に対する政治的イメージがいかに構築されるかについて論ずる。
呼称
日本語の「地政学」という用語は、ドイツ語「ゲオポリティク(Geopolitik)」の翻訳語として導入されたものである[3]。
この用語は、1899年にスウェーデンの国家学者・政治家であるルドルフ・チェレーンにより提唱された。
チェレーンは当初、ゲオポリティクの語をラッツェルの政治地理学と同義で用いたが、後に「政治地理学が人類の居住地としての地球を他の性質との関係において研究するのに対して、地政学は国家の体躯として領土を扱う」ものであると規定した[4]。
1930年代前半ごろまで、「ゲオポリティク」の訳語としては「地政学」と「地政治学」の2つが主だって用いられていたが、両語が並立していた背景には、ゲオポリティクの学問的性質に関する当時の齟齬があったと考えられている。
すなわち、地政学を地理学の一部とみなし、「地理政治学」の短縮語として「地政学」を用いようとする研究者と、地政学を政治学の一部とみなし、「地政治学」を用いようとする研究者の対立である[3]。
とはいえ、十五年戦争期、国内の地理学者がゲオポリティクの実践的側面に着目し、地理学の一部として、極端な場合には地理学のありかたそのものとして「地政学」を推挙し、著作や学術団体の名称として積極的に「地政学」を用いたことにより、「地政学」の訳語は定着し、「地政治学」の語は1941年を境にほとんど使われなくなった[3]。
しかし、1940年代以降においても、「地政学」の訳語が完全に定着していたわけではなく、1941年にゲオポリティクが「普遍性を持たない一種の技術論」であるとして、新しく「地政論」の訳語を挙げた木内信蔵などの人物も存在した[3]。
山﨑孝史は、批判地政学における英語「Geopolitics」は、「地政治」と訳すのが適切であると主張している[5]。
同様に、高木彰彦は「ジオポリティクス」の語は「geography(地理/地理学)」、「politics(政治/政治学)」といった言葉と同様、世界や国際情勢の見方や捉え方を意味する場合には「地政学」、実践的ないし政策的な意味合いで使われる場合には「地政治」と訳しわけることを提唱している[6]。
歴史
伝統地政学の誕生
フリードリヒ・ラッツェル ルドルフ・チェレーン
フリードリヒ・ラッツェル
ルドルフ・チェレーン
伝統地政学の理論的基盤を用意したのは、地理学者のフリードリヒ・ラッツェルであると考えられている[7][8]。
生物学者でもあった彼は、進化論の枠組みを国家においても適用し、諸国家は自らの「生存圏」を拡張しようとする生物的本性を有しているとする、国家有機体説を唱えた[9]。
ラッツェルは、国家の成長の基礎は地理的基礎の領土に規定されると考え、次の7原則を唱えた[10]。
1.国家の規模は文化とともに成長する。
2.国家の成長は国民の成長に従う。国民の成長は必然的に国家の成長に先立たねばならない。
3.国家の成長は小国の合併によって進行する。
4.国境は国家の周辺的器官であり、国家の成長と防御の担い手であり、国家という有機体の変化のすべてに携わる。
5.国家は、その成長過程において、政治的に価値のある位置を囲い込む方へとせめぎ合う。
6.国家の空間的成長に対する最初の刺激は外部からもたらされる。
7.領土の併合から合併へと向かう一般的傾向は国から国へと伝えられ、次第に強められる。
国家は成長ないし衰退する有機体であり、環境に応じて版図を広げていくとするこの学説は、統一および植民地獲得によって特徴づけられる、当時のドイツの歴史を色濃く反映するものであった[11]。
「地政学」(独: Geopolitik)の用語は、1899年にスウェーデンの国家学者・政治家であるルドルフ・チェレーンにより提唱された[4]。
彼は、ラッツェルの有機体的な国家観を踏襲しながら、有機体としての国家の行動を分析するシステムについて思索を深めた[12]。
チェレーンは、国家の本質は法律的要素と勢力的要素から成り立っていると考え、国内においては国家の法的な側面を重視するべきであるのに対して、対外的には国家を領土を肉体、国民を精神とする生命体であると定義する、有機体的な国家概念を強調するべきだと主張した[13]。
英語圏伝統地理学の発達
ハルフォード・マッキンダー アルフレッド・マハン
ハルフォード・マッキンダー
アルフレッド・マハン
1904年にマッキンダーが唱えた「ハートランド」の模式図
アメリカの海軍士官・歴史家であったアルフレッド・マハンは、1890年に『海上権力史論』を発表し、「シーパワー」の概念を唱えた。
彼は、国家権力の決定的要因は海軍力をはじめとした海上権力(シーパワー)を持つ勢力によって決定されると考えた[14][15]。
マハンは、国家の地理的位置・自然的形態・領土の範囲・住民の数・国民性・政府の計画の6条件がシーパワーに影響すると主張し[15]、米国はシーパワーたるべきであると説いた[16]。
イギリスの地理学者・政治家であるハルフォード・マッキンダーは、1904年に「ハートランド」の概念を唱えたことから[注 1]、英米圏地政学の祖として位置づけられている[注 2][18]。
マッキンダーは世界を「ハートランド」「外部弧状地域」「内部弧状地域」に区分し、コロンブス以前のヨーロッパはユーラシア大陸中央部(ハートランド)を拠点とする騎馬民族に蹂躙されていたと述べた。
マッキンダーいわく、新大陸発見により、ヨーロッパ人が世界の海洋に進出するようになると、シーパワーがランドパワーを優越する時代が到来した。
彼は、19世紀後半以降、鉄道の発達にともない、再びランドパワーが優位に経とうとしているが、シーパワー国家であるイギリスはこの変化に対応できておらず、ハートランドを占拠する勢力であるドイツとロシアが同盟することを阻止しなければならないと主張した[17]。
1919年の『デモクラシーの理想と現実』においてもマッキンダーは「東欧を支配するものはハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する」と、ハートランドの脅威を強く主張した。
彼は、第一次世界大戦後の東欧に緩衝国家群を作ろうと尽力したが、これは実現しなかった。
1907年の「帝国的に考えること」における、「私たちの目的は、すべての人々が帝国的に考えられる、つまり、世界大に広がる空間で考えるようになることです」という主張に象徴されるように、マッキンダーの関心は、マクロ的な地理観をもって、世界における大英帝国の地位を守ることにあった[18]。
戦中の英語圏地政学
ニコラス・スパイクマン(1893 – 1943)
リムランドの模式図
ヴェルサイユ条約における国境制定に関わったイザイア・ボウマンは1921年に『新世界:政治地理学における問題』を上梓し、「主観的」なドイツ地政学とは異なる、実証的、客観的、非イデオロギー的な科学としての地理学を米国のエリートは学ばなければならないと主張した。
しかし、この著作についても米国中心的な視点から描かれたものであることが指摘されており、この視点では普遍的価値感を代表する米国が、他国を支配することは合理的な行為であるとみなされる。
両者の地理学は、①ラッツェルの思想を理論的骨組みとしていること、②他者からは文字通り一線を画した自国という場所から世界を観察していること、③類似した観察方法を有し、結論の差異は学術的方法よりもむしろ歴史的地理的視座の差にほかならないという3つの点において類似点を見出すことができ、ボウマンは本人の意に反して「アメリカのハウスホーファー」と呼ばれることもあった[19]。
第二次世界大戦期、フランクリン・ルーズベルトのアドバイザーとして重用されたボウマンは、国際連合の創設にも携わったが、国連本部がニューヨークに立地されたことは、ボウマンのような地理学者が、より普遍的なものを代弁しつつ、一方ではアメリカの国益を促進するような動きを展開していたことを示唆する[20]。
冷戦期のアメリカにおいては、地政学的視点が実際の政治と結びつく形で、政治家や外交・軍事政策アドバイザーに継承された[21]。
アメリカが戦後の世界大国としてその役割を発展させはじめるにつれて、外交・軍事戦略論の文脈から、アメリカの行為を導き正当化するような地政学的世界観が生み出された[22][23]。
20世紀中葉の代表的地政学者としては、ニコラス・スパイクマンがいる。
スパイクマンは「国力のみが対外政策の目標を達成できるため、その相対的向上が国家の対外政策の第一目的である」と述べ、国家は勢力均衡を保つためにパワーポリティクスに専念すべきだと考えた[24]。
彼はマッキンダーの「ハートランド」「外部弧状地域」「内部弧状地域」のうち後者2つを「リムランド」「沖合」と改称し、ハートランドの拡大を防ぐためにはリムランドへの介入が不可欠であるとした。
スパイクマンのこの主張は、アメリカが戦後、孤立主義から、封じ込め政策に代表される介入主義へと、政策の舵を切る理論的基盤となった[25]。
ハウスホーファーの地政学
第一次世界大戦によりドイツが失った領土
ハウスホーファーとルドルフ・ヘス
第一次世界大戦により、ドイツは全植民地と西部領土・北部領土・北東部領土および南東部領土を喪失した。
新しい民主的政府がヴェルサイユ条約に調印せざるをえなかったという事実は、民主主義への訴えを弱め、国内におけるナショナリズムと地政学に対する興味を醸成した[11]。
当時のドイツ地政学の中心人物となったのが、カール・ハウスホーファーである。
イギリス人であるマッキンダーがドイツとロシアの連携を危惧したのに対して、ドイツ人であるハウスホーファーは同様の世界観から両国の同盟の必要性を訴えた[11][注 3]。
新しく誕生した共産主義国家である、ソビエト連邦との密接な協力を積極的に支持するのは不適切とみなされていた時期にあって、彼はソ連・日本との密接な協力により、ユーラシア大陸を横断する政治的ブロックを作り上げることこそが、大国としてのドイツを再興するための最良の手段であると主張した[11]。
ハウスホーファーはルドルフ・ヘスと親交を深め、「国境を越えたドイツ人の生存のために働く」ためナチスに積極的に協力した[11]。
総統アドルフ・ヒトラーは、ハウスホーファーの思想から「生存圏」の概念を援用し、第三帝国が領土を拡張することの理論的根拠とした[26]。
しかし、人種主義に重きを置かない彼の思想は、1930年代にはすでに求心力を失っており[27]、ヒトラーの政策とハウスホーファーの地政学は、独ソ戦が開戦される1941年には、食い違うものになっていた[11]。
ハウスホーファーはドイツの降伏後、占領軍による尋問を受けたものの起訴はされず、1946年に妻とともに服毒自殺した[11]。
フレデリック・ソンダーン(Frederic Sondern)が1941年に、『リーダーズ・ダイジェスト』において「千人ものナチ科学者」を擁する「地政学研究所」がミュンヘンにあるという、事実ではない主張を展開したことに代表されるように、戦争中の英米における刊行物において、ハウスホーファーはナチスの政治戦略に事実以上に強い影響力をもたらしている人物として描写された[11][28]。
地政学とナチスの強い結びつきに関する言説は、アメリカやソ連をはじめとする他の国々の地理学者の多くに、この用語を使うことをためらわせた[29]。
「地政学」の復活
1980年前後になると、「地政学」という言葉は再び広く用いられるようになる。
この一因として、ヘンリー・キッシンジャーが「地政学的(geopolitical)」という用語を多用したことが挙げられる[25]。
コリン・グレイをはじめとする知識人は地政学立場より、勢力をユーラシア大陸全体に延ばそうとするソ連に対して攻撃的アプローチを取るべきだとジミー・カーターを批判し、この政策はロナルド・レーガン政権において受け入れられた。
1980年代中期までには、アメリカにおける「地政学」は、アメリカの権力を維持したいという強い意欲を持った研究者によって主導されるようになり、アメリカが国益を追求する際の合言葉としての役割を持った[30]。
また、この時代には学生運動の影響を受けた若手研究者が政治分野の研究に取り組みだすようになった。
彼らは、従来の政治的意識に欠ける研究者を「政治地理学者(英: Political geographers)」に対して自らを「政治的な地理学者(英: political geographers)」と呼んだ。
こうした研究者のひとりであったピーター・テイラーは1985年に『世界システムの政治地理』を発刊し、同著において「地政学の再考」を主張した[31]。テイラーは、国家の意思決定は、
①目下の同盟国および潜在的な同盟国はどの国か
②目下の敵国および潜在的な敵国はどの国か
③どのようにして同盟関係を維持し、潜在的な同盟関係を促進するのか
④目下の敵国にどうやって対処し、脅威の出現にどのように対処するのか
⑤以上の4つの規定を国民とグローバル社会に対してどのように正当化するのか
という5つの想定をもとにした「地政的コード」に規定されると論じた[32]。
テイラーを中心とした「新しい政治地理学」の再興は英語圏を中心に多くの研究者に刺激を与え、「新しい地政学」の潮流を生み出した[33][21]。
批判地政学の誕生
「批判地政学(英語版)」も参照
オトゥホールによる地政学の構成の模式図。国家構造におけるエリートの作り出す地政言説は、①指導者や官僚による実践地政学(practical geopolitics)、②戦略集団の形式地政学(formal geopolitics)、③大衆雑誌や小説、映画などに見られる大衆地政学(popular geopolitics)という3つの形で大衆に広がる[34]。
ヘルマン・ファンデアヴステン(Herman van der Wusten)とジョン・オロッコリン(John O’Loughlin)は1986年に「Claiming new territory for a stable peace : how geography can contribute」を発表し、世界システム論を踏まえた空間分析という経験主義的アプローチを基礎としながら、戦争と平和の研究を政治地理学における新しい研究課題として位置づけた。
これに対して、ガローゲ・オトゥホールは「経験主義に根ざす道具主義的な問題解決モデルからは既存の社会政治的関係を問うことができない」とオロッコリンらの方法論を批判し、批判理論を導入することで戦争・暴力・平和といった概念の国家的解釈や国家システムそのものを問題化するべきであると論じた[21]。
1990年代のポストモダン的言説は、従来の人文・社会学的知の真実性・客観性を疑問視した。
こうした潮流を組む、それまで国際政治において日常的に見いだされてきた地理的諸根拠や、地理的言説・表象といったコンテクストが、既存の支配的な国際政治の政策や実践をどのように正当化するかを明らかにする地政学を「批判地政学」と呼ぶ[35]。
オトゥホールとジョン・アグニューは、1992年に『地政学と言説』を発表し、地政学の実践は「客観的で不変の自然環境という地理的現実」に立脚するのではなく、官僚・外交官・外交評論家といった国政に携わる識者が、対象の地域に特定のイメージをもち、国際政治を「特定のタイプの場所や人々やドラマによって特徴づけられた一つの『世界』として表象すること」であるという主張のもと、地政学の再構築に取り組んだ[31]。
1997年の全米地理学者協会年次大会においては、オトゥホールの批判地政学について、①テキストデータに過度に依存し、その他の実証的資料を軽視している、②研究対象が男性・英米人の言説に偏っている、③エリートによる国政術以外の地政言説を軽視している、という3つの批判がなされた[36]。
また、2000年代後半からは古典地政学的な観点からの批判地政学批判が展開されはじめた。
テレンス・ハバルク(Terrence Haverluk)らは批判地政学の背景には体制変革への志向という政治的意図が存在するとして、「新古典地政学」を提唱した[37]。
日本における歴史
日本における伝統地政学の受容
日本における地政学の輸入は第一次世界大戦中に始まり、1917年にチェレーンの『欧州戦争と民族主義』、1918年に『現代の八大強国』が邦訳された[38]。
彼の主著である『生活形態としての国家』は1925年に藤沢親雄によって紹介され、国家学の新基軸をうちだすものとして評価された[39]。
また、飯本信之は1925年の地理学評論に「人種争闘の事実と地政学的考察」を連載した。
飯本は、当時活発化していた欧米諸国による排日運動に反対し、「人口圧が高い集団はそれにふさわしい生活空間が必要だ」という地政学的主張をもとに移民の正当性を主張した[40]。
阿部市五郎は1933年に『地政治学入門』を出版した。これは日本人による地政学の教科書としては最初のものだった[41]。
1920年代の日本の地政学における議論は、地政学という新しい学問をいかように位置づけるかを主題とするものが主であったが、1930年代に入り、ドイツの地政学者が積極的に翻訳され、日本でも地政学の展開が図られるようになると、それを批判する学者も現れるようになった[42]。
小原敬士は1939年に『社会地理学の基礎問題』を発表し、地政学は国家有機体説と地理的唯物論というすでに否定された学説に依存する疑似科学であり、すでに克服されたはずの両学説が亡霊のように復活しているのは、現在のドイツの社会情勢がそれらを欲しているからだと主張した[39]。
戦時期の地政学
『週刊朝日』編輯部主催の座談会に臨む小牧実繁・室賀信夫ら綜合地理研究会のメンバー(1941年11月)
1930年代後半以降、日本が総力戦体制に入ると、地政学は国策迎合的な運動としての側面を持ち始める[39]。
柴田陽一は、いわゆる「南洋」地域と日本を一体の概念として捉えることが、従来の日本の思想の援用だけでは難しかったこと、国内においては1920年代に制度化された、若い学問である地理学が、戦時期において地政学的言説にアイデンティティを求めたことがこの動きの背景にあると述べている[43]。
小牧実繁は陸軍参謀本部の高嶋辰彦の依頼を受け、1938年に総合地理研究会を創設し、地政学の研究を開始した[39]。
小牧は1940年に『日本地政学宣言』を上梓し、当時日本に輸入されていたドイツ地政学の思想はヨーロッパ特有の覇道主義に貫かれているとし、それとは異なる、皇道を指導理念とする日本流の独自の地政学を追求しようとした[44]。
『日本地政学宣言』をはじめとする彼の著書は7万4500部を売り上げたほか、小牧は大日本言論報国会の理事としても活動した。高木彰彦はこれを指して「地理学エリートによる大衆の扇動」であると評した[45]。
また、飯本信之はみずから努めていた文検の出題仲間や東京大学の同窓生に声をかけ、海軍中将・上田良武を会長として1940年に日本地政学協会を発足した。
また、彼らは帝国書院より出版されていた文検受験誌『地理歴史教育』を改組して機関紙『地政学』を発刊した。
同誌は1942年から1944年まで刊行されたが、その内容には、教師向けの地誌学的内容や、地政学概念の解説が多いことに特色がある[46]。
同協会の評議員であった江沢譲爾は、地政学の国土計画や自然地理学を重視する側面に関心を持ち[46]、経済地理学の空間概念に地政学の動態的・計画論的側面を取り込もうとした[39]。
戦後の地政学批判と地政学史研究
敗戦直後、小牧や江沢ら国内の地政学者の多くは公職追放処分にあった[注 4]。
しかし、追放解除後には多くが学界に復帰し、戦後においても影響力を持ち続けた。
このことは、国内において地政学がタブー視され、地政学に対する学問的検討や批判すらはばかられる原因となった[48]。
この時期の地政学批判は、飯塚浩二によって行われた。
飯塚は1947年に『地政学批判』を上梓し、地政学がロマン主義に彩られた国家有機体説と地理的決定論の形骸にほかならず、「主観的・希望的判断への誘惑から自己を守るために十分に武装していなかった」と述べた。
さらに、飯塚は、ハウスホーファーの自殺について「少くともこの『使徒』の生涯にあっては、ゲオポリティクが、その亜流に於けるが如くに、処世のポリティクではなかったことの証拠とみたい」と記述し、「非常時意識の下に我が国で行われた精神乃至思想動員の全過程が、ナチ独逸に於ける如く真理の客観性への挑戦というような苛烈な形にまで突き詰められるどころか、極めて妥協的に『日本古来』の価値体系の強調という単純な線に沿って益々と進められた事実、所謂東亜新秩序の理念として提唱されたところの『八紘一宇』の教義が、家族主義或いは家族国家の理念をそのまま空間的に推しひろげたものに過ぎず、その神話的内容をついに近代の科学用語によって世界に向かって説明することが出来ぬような性質乃至は段階のものとして終わったという事実」についても批判した[49]。
戦前日本の地政学の本格的再検討は、1970年代後半に始まった。
この契機になったのは、当時の経済地理学に対して、マルクス主義地理学の観点から、方法論の一部に地政学に類する概念が復活しているという批判がなされたことである[48][50]。
竹内啓一は「現代的課題として地政学批判を展開するためには、事実の確定と前提作業が必要である」として日本地政学史の研究の嚆矢を放ち、これに触発される形で戦前・戦中における地政学の実態の解明が進んだ[51]。
1990年代に入ると冷戦終結によるイデオロギーからの解放、大半の地政学者の逝去、一部の地政学者の回顧録の出版やインタビューへの応答、戦前資料の発見などにより戦前地政学のニュートラルな視点からの再検討がはじまった。
たとえば、福嶋依子は、1970年代の研究が同時代の地理学批判に急なあまり、学説それ自体の研究がおろそかになっているという問題意識から、江沢譲爾の学説を再検討した[48][52]。
2020年現在において、戦前地政学史研究は、単に当時の学説の妥当性や、侵略戦争への加担を批判するだけではなく、そうした言説が生産され、支持されるに至った背景と、その社会的な影響を同時代的な視点から解明しようとしている[48]。
地政学ブーム
キッシンジャーによる、国際政治を語る用語としての「地政学」の再興は、日本語圏にも影響を与え、1977年には倉前盛通の『悪の論理―ゲオポリティク(地政学)とは何か』、1980年には『新・悪の論理―変転する超大国のゲオポリティク』といった一般書が出版された[1][48]。
また、2000年代以降には地政学を題した一般書の販売が出版が急増し、「空前の地政学ブーム」というべき状況が起きている[48]。
高木彰彦は、奥山真司が2010年に出版した『“悪の論理”で世界は動く! 地政学――日本属国化を狙う中国、捨てる米国』を例に挙げながら、日本で出版される地政学の一般書の多くが1980年代以来の地政学を「悪の論理」とする価値観を受け継いだものであることを指摘し、アカデミックな議論が活発化する欧米の状況とは全く異なることを「例外主義」と呼称した[53]。
香川貴志は2016年の人文地理学会学界展望総説において、「我われ地理学に携わる者の多くは,地域研究や政治地理学における地政学への注目」を知っているが、「地理学研究者は、かつて翼賛的な政策に地理学が地政学を以って加担したという苦々しい過去のことも熟知している」ため、地政学について、社会一般の持つそれとはことなる眼差しを向けざるをえないことを述べつつ、「さりながら、改めて地政学を説明する段になると,多くの地理学研究者が自信を持って語れないのも事実であろう」と語っている[54]。
柴田陽一は、「香川ら多くの地理学者が『過去』を『熟知している』と言いながら、なぜ『翼賛的な政策』に『加担』し、なぜ『社会の潮流に乗り過ぎ』たのかを、ひいてはそもそも地政学それ自体を、ほとんどの地理学者が『語れない』こと」を強く問題視し、『スパイクマン地理学』の訳者・渡邉公太による「多くの日本人が『地政学』に魅了されながらも,実は沙漠の中の蜃気楼のような、実体のない『地政学』という幻覚に惑わされている」という指摘は多くの地理学者にも当てはまるものであるとした[3]。
また柴田は、日本地理学会が2018年に承認した「新ビジョン(中期目標)」に「第2次世界大戦において軍事関連研究に意図せず巻き込まれたという不幸な歴史をもっている」という一節があることを指摘し[3]、学会という場においても地政学の正確な歴史が認識されていない現状を変えるためにも、戦前日本の地政学史の研究と、英語圏の新しい地政学の吸収が必要であると訴える[48]。
脚注
注釈
^ 1904年当初、マッキンダーは「ハートランド」を「中軸地域」(Pivot area)と呼称したが、この呼び名は、第一次世界大戦後の国際情勢を語るにあたって弱々しいと考えられたため、本人により改称された[17]。
^ ただし、マッキンダーは自ら「地政学者」と名乗ったことはなく、むしろこの用語を嫌っていた。今日マッキンダーが地政学者とみなされるのはハウスホーファーが自著において彼の記述を先行研究のひとつとして紹介しているからである[18]。
^ ハウスホーファーは1913年の『大日本』においてすでにドイツ・オーストリア・ロシア・日本の四国同盟を提案しているが、この著作にマッキンダーは引用されていない。彼が大陸横断的ブロック概念を発案するに至ったのは、1909年から1910年までの東アジア滞在の影響が大きいと考えられている[11]。
^ 小牧は終戦の日の夜、家族を集めて京都帝大教授を辞すことを宣言し、同年の12月27日に大学教授の職を退いた。
これに対して、飯本はGHQの尋問に「地政学を冠する本は一冊も上梓していない」「自分は学閥の均衡上、地政学協会の理事になっていただけであり、影響力はない」などと言い逃れ、公職追放を免れた。
高木彰彦は、確信犯の京都学派・大衆迎合主義の日本地政学協会と、戦時下の地政学を主導した両グループの特色は2人の態度によく現れていると著述している[47]。
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福嶋依子「地理学の方法論的反省と地政学」『お茶の水地理』第32巻、1991年、1-8頁。
コーリン・フリント 著、高木彰彦 訳『地政学入門 : グローバル時代の新しいアプローチ』原書房、2014年。ISBN 9784562091973。
高木彰彦『編訳者あとがき』、344-350頁。
山﨑孝史「英語圏政治地理学の争点」『人文地理』第53巻第6号、2001年、532-555頁、doi:10.4200/jjhg1948.53.532。
山﨑孝史「地理学のポリティクスと政治地理学」『人文地理』第58巻第4号、2006年、377-398頁、doi:10.4200/jjhg.58.4_377。
山﨑孝史『政治・空間・場所―「政治の地理学」に向けて』ナカニシヤ出版、2013年。ISBN 9784779507953。
山﨑孝史「「環境」と地政学の100年―成立・応用・批判・新しい地平―」『2019年人文地理学会大会』2019年、doi:10.11518/hgeog.2019.0_160。
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人文地理学
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地政学海洋国家政治学の分野人文地理学軍事学平和ルドルフ・チェーレン
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南西諸島から台湾にかけての地域で米軍が戦争の準備を進めている | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403190001/

『台湾の邱國正国防相は3月14日、アメリカ陸軍の特殊部隊「グリーンベレー」が台湾の離島に駐留していることを確認したという。軍事サイトのSOFREPは3月8日、2023年国防授権法(NDAA)の規定によりアメリカ軍の顧問が金門と澎湖にある台湾陸軍の水陸両用司令部に常駐するようになり、グリーンベレーは台湾の部隊と定期演習の中でUAV「ブラック・ホーネット・ナノ」の使用訓練を実施すると伝えられている。金門は中国本土から10キロメートル弱しか離れていない。
今後、アメリカ軍は第1特殊部隊群第2大隊アルファ中隊の小チームを駐留させる計画で、台湾の第101水陸両用偵察大隊と空挺特殊サービス中隊の基地で継続的な共同訓練任務を担うと同時に軍事顧問として活動するとされているのだが、訓練だけで止まるとは思えない。中国の侵攻に対抗するともされているが、攻撃的な何らかの工作を実行する可能性もある。ジョー・バイデン政権は中国と戦争する準備を整えている。
繰り返し書いてきたように、自衛隊はアメリカの戦略に基づいて南西諸島にミサイル発射基地を建設してきた。2016年に与那国島、19年には宮古島と奄美大島、そして昨年3月には石垣島だ。その目的をアメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が詳しく説明している。
報告書によると、彼らはGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を立てている。そうしたミサイルを配備できそうな国は日本だけだと分析されているのだが、日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約がある。そこでASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。
ところが、2022年10月、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。自力開発が難しいのか、事態の進展が予想外に早いのだろう。
トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルという。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。
そして昨年2月、浜田靖一防衛大臣は2023年度に亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、アメリカ製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。
日本でのミサイル網建設と並行してアメリカ軍は韓国へTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器を持ち込んだ。2017年4月のことだ。
2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視してTHAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなり、アメリカはミサイル・システムを搬入できたのである。結局、朴槿恵は失脚した。
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最終更新日 2024.03.19 00:10:10 』