※ 今日も、雑用に見舞われて、走り回った…。
※ こんなところで…。

※ 「私だけ伴侶がいると妻嘆く」は、ヒドかろう…。
※ 「女房から生前退位せまられる」もな…。
※ 個人における「生前退位」とは、一体何だろう…。





ChatGPTにイラストをお願いしたら、人格とは何かについて深く考えさせられることになったお話 [最終編]ht…
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※ 今日も、雑用に見舞われて、走り回った…。
※ こんなところで…。

※ 「私だけ伴侶がいると妻嘆く」は、ヒドかろう…。
※ 「女房から生前退位せまられる」もな…。
※ 個人における「生前退位」とは、一体何だろう…。
※ いずれ、本も読めなくなるし、ディスプレイも見れなくなる…。
※ オレも、せいぜい励まんとな…。
※ ただ、「思考力」だけは、「鍛えれば、伸び続ける」らしい…。
※ 「脳の神経細胞」自体は、死滅していくが、「各神経細胞どうしの連結」は、死ぬまで「連結させること」ができるそうだ…。
※ それを信じて、頑張ろう…。

三期目狙う習近平 紅いDNAを引く最後の男
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20211115-00268231
※ これを貼るのを、忘れていた…。追加で貼っておく…。
※ これは、一読しといた方がいい…。
※ 習近平氏の「本質」が、露わになっているような記事だ…。
※ おそらく、そこに、「他の党員の支持」の源泉がある…、と思われる…。
※ ひいては、「中国国民(世論)の支持」の源泉も…。
※ そこを見誤ると、日本国の「戦略」や、打つべき「策」にも、齟齬が生じて来る…、と思われる…。
『中国共産党が誕生し革命戦争を通して中華人民共和国が建国されて以来、いま残っている国家リーダーになる器を持った者で、かつ革命の紅いDNAを引いている男は習近平以外にいない。彼の後に出てくるのは小粒でしかない。
◆紅いDNAを引く最後の男
1921年に中国共産党が誕生した。習近平の父・習仲勲(1913年~2002年)は陝西省富平県に生まれたが、建党後ほどなくして中国共産主義青年団(共青団)に入団し、陝西省で革命活動に参加し始めたが、1928年に学生運動に参加した際に投獄され、獄中で中国共産党員になっている。わずか15歳だった。
やがて釈放された習仲勲は、陝西省や甘粛省などの一帯に「陝甘辺ソビエト政府」を樹立するなどして革命根拠地(のちの西北革命根拠地)を築くのだが、その中に「延安」があった。
蒋介石率いる国民党軍に敗れた毛沢東率いる紅軍は、1934年10月、最後の中華ソビエト共和国の拠点であった江西省瑞金を放棄して、1万2500キロを徒歩で北西方向に向かった。これを「長征」という。
しかし中国全土に構築した革命根拠地はほとんど国民党軍に殲滅されて、唯一、習仲勲らが建設していた陝甘辺ソビエト政府だけが残っていた。
毛沢東一行が延安に到着したのは約1年後の1935年10月である。
もしあのとき、陝甘辺ソビエト政府という革命根拠地が残っていなかったら、毛沢東は長征の到着先を見つけることができず、共産党軍が国民党軍に勝利して中華人民共和国を建国することはできなかった。
したがって、中華人民共和国が誕生したのは、習仲勲等のお陰である。
だから毛沢東は習仲勲に感謝し、習仲勲をこの上なく可愛がった。
習仲勲を「諸葛孔明よりもすごい」と褒めたたえたことさえある。
鄧小平は、それが怖かった。人一倍野心に燃えていた鄧小平は、このままでは自分が毛沢東の後継者になるチャンスはなくなると計算し、さまざまな陰謀をめぐらして習仲勲を失脚させ、16年間も軟禁や獄中生活を送らせるところに陥れてしまったのである(その証拠は、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で示した)。
しかし、その息子・習近平は生き残り、最終的には江沢民が自分の駒として習近平を取り立てたために、今日のポジションがある。
いま習近平世代で、中国のトップリーダーになる器を持った人物を眺めたときに、「革命の紅い血」をストレートに引き継いでいる者は一人もいない。
日本のメディアや研究者あるいはチャイナ・ウォッチャーの中では、習近平が権力闘争のために反腐敗運動を展開し、李克強との間でもライバル意識を持って李克強に権力を渡すまいとしているといった類の分析をする人が数多く見られるが、その人たちは習近平が圧倒的に他と異なる「紅いDNA」を持った唯一の人物であることに気が付いていないのではないだろうか。
習近平は「紅いDNA」を持つ、中国最後の人物なのである。
習近平が引退した後に出てくる人物は、たとえ誰であっても、その意味では小粒で、習近平以上の「革命の正統性」を持った者は二度と現れない。
◆「江沢民‐朱鎔基」、「胡錦涛‐温家宝」、「習近平‐李克強」との比較
過去の指導者である「国家主席(&総書記)‐国務院総理(首相)」のペアで、「江沢民‐朱鎔基」と「胡錦涛‐温家宝」および「習近平‐李克強」を比較して、習近平の独裁欲の強さ、あるいは李克強の影の薄さを論じたメディアもあり、興味を引いた。ただ、この3組はあまりに状況が異なり、ちょうど良い例でもあるので、筆者なりの比較を試みてみよう。
江沢民の父親は日中戦争時代、日本の傀儡政権として南京に樹立された汪兆銘政権の官吏で、中国語で言うならば「漢奸(ハンジェン)」、すなわち売国奴である。その出自を隠そうと、1995年から激しい反日教育を始めたくらいで、「紅いDNA」の反対側の人間だ。能力もないのに(だからこそ気に入られて)鄧小平の「鶴の一声」で中共中央総書記になり(1989年)、1993年に初めて国家主席になるという尋常でない道を歩んでいる。本来ならそのときの国務院総理だった李鵬に代わって、実力の高い朱鎔基が国務院総理になるはずだったが、朱鎔基の実力を同じ上海にいたときに知っていた江沢民は、朱鎔基が国務院総理になるのを嫌った。そのため1998年になってようやく、朱鎔基は国務院総理になった。しかし江沢民は依然として朱鎔基に対してはライバル心むき出しで、常に朱鎔基に後れを取るものだから、喧嘩ばかりしていた。
胡錦涛と温家宝は非常に仲が良かったが、しかし胡錦涛には「紅いDNA」はない。胡錦涛の祖父は商売人で、父親は小学校の教員。生活苦からお茶の販売もしていた。やはり商売人だ。共産党とは無縁の家庭で育っている。清華大学に入学してから共産党と接するようになり入党した、よくある共産党員のパターンである。
温家宝も似たようなもので、天津の郊外にあった教員の家庭で育っている。胡錦涛と温家宝には共通する先輩がおり、二人とも、1977年から81年まで甘粛省の書記だった宋平によって抜擢されている。胡錦涛が共青団で幹部プログラムに参加したのは、宋平の推薦があったからだ。温家宝も宋平のお陰で中央入りしているので、胡錦涛と温家宝は「親が教員だった」という共通点と宋平の存在により「仲良し」だったのである。
誰一人、「紅いDNA」を持っていない。
しかし習近平は違う、誰よりもストレートに建党と建国の血筋を持って生れ出てきており、この「革命の紅い血」は、中国においては絶対的なのである。
李克強はそもそも「がり勉さん」で、権勢欲はなく、カリスマ性も特にない。彼自身、国務院総理であることに満足しているように見受けられるし、実務能力は高いので国務院総理に似合っている。父親は1929年に安徽省の田舎で共産党に入党し小学校の教員になったり、兵士として戦ったりしたこともあるが、あくまでも地方の田舎での活動に終始し、中央と関わったことはない。教育にはことのほか熱心で、いかにも李克強の人間性が育て上げられた環境らしい。
ただ、習近平の「紅いDNA」と比較したら、比較の対象ではないことを李克強自身も分かっているだろう。
こうして、過去三代の指導者のペアと比較しても、習近平だけは際立って「紅い革命の血」が濃いことがわかる。ましてや今現在の周辺(少なくとも現在中共中央政治局委員までは上がってきている者)を見渡しても、あるいは一つ下の世代の候補者(中共中央委員会委員)を見渡しても、建党・建国以来の血筋を引く者は一人もいない。
◆三期目を狙う習近平
だからと言って憲法を改正してまで三期目を狙うのか、ということには抵抗を持つ党員もいないではないだろう。
しかし中国の経済も軍事力も圧倒的に強くなり、アメリカが脅威を感じて、あの手この手で中国を潰しにかかってきているときに、党員も一般人民も、「経済と軍事を強くしてくれたのだから」と習近平を肯定する傾向にある。
もちろん経済にはさまざまな問題を抱えてはいるものの、大国アメリカと対等に渡り合える「存在感」は、この「紅いDNA」が強めているのは確かだ。党員ともなれば、中国共産党がどこから立ち上がってきたのか、中華人民共和国が如何にして建国されたのかを思うとき、「紅い革命の血筋」は絶対的だ。
反腐敗運動により軍に巣食う腐敗の巣窟を除去し、2015年12月末日に軍事大改革を成し遂げた上で、第19回党大会で「習近平新時代の特色ある中国社会主義思想」を党規約に書き込んで翌年2018年3月に国家主席任期に関する制限を撤廃した。
もっとも、この制限、かつてはなかったもので、果たしてこれが「党内民主」という性格から来たものか否かは、実はそこには複雑な背景がある。
◆鄧小平ほど独裁的だった人は中国建国以来いない
習近平が「独裁的である」という批判は、世界中から受けているところだろう。
筆者自身も習近平をかつて「紅い皇帝」と位置付けて本を書いたことがある。その時にはまだ勉強が不十分で、まさか習近平の父・習仲勲が、鄧小平の陰謀によって失脚させられたのだということを思いもしていなかったし、知らなかった。
しかしこのたび、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を書くに当たり、徹底して、これでもか、これでもかと追跡に追跡を重ねた結果、本当に鄧小平がさまざまな国家リーダーとなり得る人を倒してきたことを実感するに至った。
鄧小平がどれだけ多くの国家リーダーあるいはリーダーとなり得る人物を倒し、かつ自分が推薦して就任させておきながら、気に入らないと失脚させるということを繰り返してきたかを以下に列挙してみよう。
1954年:毛沢東が後継者に考えていた高崗(西北革命根拠地)を自殺に追い込んだ。
1962年:習仲勲を冤罪により失脚させた(16年間、軟禁・投獄・監視)。
1980年9月:華国鋒を国務院総理辞任へと追い込む。
1981年6月:華国鋒(中共中央主席、軍事委員会主席辞任)を失脚に追い込む
1981年6月:自分のお気に入りの胡耀邦を中共中央主席に就任させる。
(但し、1982年9月で中央主席制度を廃止し中共中央総書記に。)
1986年:胡耀邦(中共中央総書記)を失脚に追い込み、趙紫陽を後任にした。
1989年:趙紫陽(中共中央総書記)を失脚に追い込んだ。
1989年:江沢民を一存で中共中央総書記・中央軍事委員会主席に指名。
2001年:胡錦涛を隔代指導者に、鄧小平の一存で決定した。
ここまで国家のトップを自分一人の意思で失脚させたり指名したりした人は、建国後の中国には存在しない。毛沢東でさえ、たった一人の国家主席(劉少奇)を失脚させるために、わざわざ文化大革命を起こさないと、一存で失脚させる力は持っていなかったし、そうしなかった。
その鄧小平が一存で決めた「国家主席の任期」を撤廃した習近平の「独裁度」は、遠く鄧小平に及ばない。
軟禁された趙紫陽は、テープに回顧録を録音し、それがのちに出版されたが、その中で趙紫陽は「鄧小平の声は神の声だった。すべては彼の一声で決まった」と語っている。
集団指導体制自体は鄧小平が決めたものではなく、毛沢東時代からあった。
国家主席に関する任期を区切ったのは鄧小平だが、習近平が撤廃したのは、このルールだけだ。
◆アメリカに潰されない国を求めて
中国はもともと、こういう国なのである。
それでもアメリカと対等に対峙できるリーダーを中国共産党員も中国人民も求めている。「紅いDNA」を持つ最後の男は、アメリカを凌駕するところまで粘るつもりではないだろうか。
岸田内閣はゆめゆめ「紅いDNA」の夢の実現に手を貸すようなことをしてはならない。日中国交正常化50周年記念を口実に、岸田内閣は何をするかわからない。今から警鐘を鳴らしておきたい。
遠藤誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。』
立民代表選「情勢は混沌」、各グループが動き活性化…「推薦人20人」の壁
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20211105-OYT1T50358/
※ 今日は、こんなところで…。
※ 組織内で、「権力闘争」やってて、どうする…。
※ 政党というものは、「政権獲得目的集団」だろう…。
※ 国民に向き合って、なんぼのハズだ…。
※ 向いてる方向が、違うだろ…。
※ 頼みの「マスコミ」の注目度も、今一つだ…。
※ NHKも、見放したか…。
※ 民放は、「視聴者」から「スポンサー」通して、「クレーム」が行くようになったからな…。
※ どんどん、応援団は、離れて行く…。
※ 大体、「立候補予定者」知ってる人が、どれくらいいる?
※ オレだって、必死でネット検索しなければ、聞いたことも無い人物ばかりだ…。

※ 立候補予定者の面々だそうだ…。

※ こういう「グループ(自民党で言えば、”派閥”)」の「力学」を、背景としているようだ…。
『立憲民主党(所属国会議員140人)の各グループが枝野代表の辞任に伴う次期代表選をめぐり、動きを活発化させている。グループの規模は最大でも30人足らずで、出馬に必要な推薦人20人を確保して支持を広げるためには、グループ内の結束を図り、他のグループと連携・協力することが不可欠となる。
旧立憲民主党系で党内最大のグループ「サンクチュアリ」(26人)は5日、国会内で会合を開き、枝野氏の入会と顧問就任を決めた。引退した赤松広隆前衆院副議長に代わり、グループの会長に近藤昭一衆院議員が就任した。
近藤氏は「2017年の旧立民結党時は、サンクチュアリのメンバーが中心となり、枝野氏を支えた。代表選には(グループで)固まって関わる」と記者団に述べた。
サンクチュアリでは、小川淳也・元総務政務官(50)が出馬に意欲を示している。ただ、小川氏は希望の党から無所属を経て、旧立民と旧国民民主党が合流して発足した現在の立民に参加した経緯がある。グループ内では、旧立民結党以来の議員を擁立すべきだとの声が根強く、近藤氏は小川氏の推薦について、「これからの話だ」と述べるにとどめた。
同じく旧立民系で菅直人元首相が会長を務める「国のかたち研究会」(16人)も5日、国会内で会合を開いた。菅氏は「フレッシュな人に活躍してもらいたいが、この難しい状況をどのようにとりまとめていくかも重要だ」と述べ、経験も重視すべきだとの考えをにじませた。
一方、党の刷新を目指す旧国民系のグループなども代表選に向けた調整を進めている。旧国民出身で代表選出馬を模索する泉健太政調会長(47)が率いる「新政権研究会」(約20人)は泉氏の推薦人を確保するため、意見交換を重ねている。近く会合を開き、進展状況を確認する方向だ。
若手・中堅を中心とする「 直諫 の会」(11人)にも泉氏の出馬に期待する声があり、近く対応を協議する。
代表選には小川、泉両氏に加え、馬淵澄夫・元国土交通相(61)や大串博志・元首相補佐官(56)も出馬に意欲を示しているほか、民主党政権時代の幹部を推す動きが出ている。自民党の派閥と異なり、立民議員は複数のグループに所属することもある。党内では「誰であっても20人の推薦人を集めるのは大変で、情勢は 混沌 としている」(ベテラン)との指摘が出ている。
一方、福山幹事長は5日の党参院議員総会で、12月初旬に想定される臨時国会召集までに代表選を実施する考えを示した。』
立憲代表選はネット投票も導入 告示前に候補予定者がわかる「Xデー」
https://www.fnn.jp/articles/-/269912
日本の政党30年、離合集散の歴史を年表にしてみました
増澤陸
チーフ図解オフィサー
2020/8/21(金) 7:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/rickmasuzawa/20200821-00194283




※ 政権取った時の「民主党」は、308議席もあったんだな…。
※ それが、2017年には「立憲」が55議席か…。

※ そして、今回2021年には、立民が96議席か…。
※ そういう「評価」が、「民意」だよ…。
『30年間で政党は激しく離合集散を繰り返している。
立憲民主党と国民民主党が合流する方向で話が進んでいます。両党はもともと、旧民進党の議員を中心に結成されました。旧民進党の母体は旧民主党です。旧民主党は、政権を奪取する前、新党さきがけや、その他、いくつもの細かな政党が一つになってできた政党です。
日本では、過去何度か「新党ブーム」が起こり、何度も党が割れたり、くっついたりを繰り返してきました。
そこで、過去30年間について、日本の主たる国政政党がどんなふうに離合集散してきたのかまとめてみました。
それがこの図です。
(拡大図はこちら)
1989年(平成元年)、平成になって最初の参議院選挙が行われます。土井たか子委員長の「マドンナ旋風」により、日本社会党が歴史的な勝利を収め、参議院と衆議院で多数党が異なる「ねじれ国会」状態となります。
そこから、国会議員による権力を巡っての熾烈な争いが発生し、新党ブームが巻き起こります。
結果的に、自民党と共産党以外すべての政党が連立し、首相を擁立したのは細川護熙氏率いる日本新党でした。
しかし、細川内閣・羽田内閣はわずか10ヶ月で下野。自社さ連立政権に代わります。
新進党が無数に分裂 1997年
政権を失った非自民連立政権は、さらに、1994年から「小選挙区比例代表並立制」に対応するために、勢力を結集し、新進党を結成します。
しかし、結局は、1997年にいくつもの細かな政党に分裂してしまいます。
分裂した新進党は、民政党などを経て、民主党の結成につながっていきます。
安定していた2000年代なかば
2005年が郵政選挙の年です。この前後は小泉フィーバーで、政権が安定していました。
そういう時期は、小さな政党はあまり出てきません。目立った新党としては郵政民営化に反対する議員による国民新党ぐらいでした。
民主党下野後の混乱 2012年〜
民主党は2009年に政権を奪取します。
その後の3年余りで3人の総理を出します。政権発足当初の「事業仕分け」や、2011年には東日本大震災もありました。
当初こそ、「日本にも二大政党制が」と期待されていましたが、結局の所、2012年の選挙で大敗し、下野します。
下野した後、民主党は再び党勢を盛り返したいものの、思うように復活できません。みんなの党からの移籍や、党名の変更、都民ファーストの会/希望の党との連携など、様々な合従連衡がここでも起こります。
結果「同じようなメンツが、何度も出てきたり、くっついたり離れたり」ということを繰り返すことになってしまっています。
政党の乱立は『乱世』の合図でもあるが
戦後長く続いた55年体制を崩したのが、93年の細川内閣であり、非自民連立政権です。一昔前の話ではありますが、まだ30年程度前の話。そして、2009年の民主党による政権交代。これらが、野党政治家にはひとつの成功体験としていまだ生々しく残っているのでしょう。いずれも、新党ブームがきっかけになって、変化が起こりました。
さて、今回もそのようになるでしょうか?政治家のための政党政治ではなく、国民を向いた議論がなされることを期待したいと思います。
※タイトル、及び文中の図表は筆者が作成しています。なお、国政政党で、政党要件を満たしていたものについてまとめています。あまりに少人数の人の異動については省略をしています。一部、地方政党なども含んでいます。
増澤陸
チーフ図解オフィサー
東京都在住のブロガー・ITコンサル。経済・経営の話題を中心に図解でわかりやすく解説することに定評がある。ブログ『それ、僕が図解します。』は、個人運営ながら、時には月間訪問者数20万人を超える人気ブログとなっている。世の中の分かりにくいことや納得の行かないことを少しでも減らすことを目標としている。図解を始めたのは約20年前から。仕事に必要な画面遷移図を描き続けているうちに、何でも図で説明できるようになった。得意としているのは、経済・経営、不動産、税金、終活・相続など。著書:『デジタルコンテンツ白書』編集委員(2007−2014)等 京都大学農学部卒。宅地建物取引士。相続診断士。』
【図解】過去の衆院選 主な政党の議席の変遷
https://news.yahoo.co.jp/articles/5019173fb4bcb44faf750813f059510ff6d0424b
ベラルーシ大統領と独首相が電話協議 不法移民問題で
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR15D7C0V11C21A1000000/
※ メルケルって、10月26日に「首相を退任した」んじゃなかったか…。
※ どうも、よく分からん…。
※ いずれ、未だに「対旧ソ連圏」「対ロシア」となると、引っ張り出されるようだ…。
※ マクロンでは、まだ、「貫禄不足」と言うことか…。

『【モスクワ=桑本太】ベラルーシのルカシェンコ大統領とドイツのメルケル首相は15日、電話協議を開いた。
インタファクス通信によると、ベラルーシが国境を接するポーランドのほか、リトアニア、ラトビア国境に集まっている不法移民の状況について協議。問題を解決するための方法について議論したといい、今後の協議の継続にも合意した。
ロシアのプーチン大統領は国営テレビのインタビューで、ベラルーシを経由してドイツに向かう不法移民について、メルケル氏とルカシェンコ氏が「お互いに話し合う準備ができていると思う」と解決に向けた進展に期待を示していた。
15日にはプーチン氏とフランスのマクロン大統領が電話で協議し、不法移民の問題について議論した。ロイター通信によると、プーチン氏はマクロン氏に対し、「この危機に終止符を打つ必要があると理解している」と伝えた。』
ダイムラー、祖業作り直し EV専業化で雇用に痛み
ビッグBiz解剖(上)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR29EGU0Z21C21A0000000/
※ 『17年、従業員代表との間で29年まで独国内の従業員を解雇しないとの協定を結んだ。それを19年に社長に就任したケレニウス氏は事実上ほごにし1万人以上の人員削減を打ち出した。労働組合の強いドイツでは異例だ。』…。
※ そういう「荒技」まで、繰り出したんだな…。
※ 「EU域内では、”エンジン車”に未来は無い。」と、「見切った」わけだ…。
※ しかし、今年の冬は「厳冬」らしいぞ…。
※ EV車には、「逆風」だ…。
※ まあ、ダイムラーにとっては、「お金持ち」以外の層は、眼中にないんだろう…





『独ダイムラーの高級車事業会社メルセデス・ベンツが、2030年にも電気自動車(EV)専業メーカーとなる。自らが発明したエンジン車の開発に見切りを付ける。脱炭素の流れに対応するためだが、集積する部品産業には空洞化の危機が迫り、強さの基盤を失う懸念がある。工場再編や1万人を超える人員削減など、痛み覚悟で創業135年の事業の再構築を急ぐ。
ダイムラー本社がある独南部の都市シュツットガルト。その郊外に、8月に発売した高級EV「EQS」の組み立て工場がある。20年に稼働した「ファクトリー56」だ。
メルセデスの最先端工場「ファクトリー56」ではEVとガソリンの旗艦車種を混流生産=同社提供
高速通信技術「5G」の電波が飛び交い、組み立て中の車両や部品を積んだ400台を超える無人搬送車が動き回る。生産車種を柔軟に変更可能で、設備や工具が収集するデータを解析し品質を常に監視している。
ここがEV専業メーカーに変身するためのマザー工場となる。
1000万円を軽く超える旗艦車種「Sクラス」の世界唯一の工場で、5月からEQSを生産している。ガソリン車、ハイブリッド車(HV)、EVなど駆動システムが異なる車が同じラインを流れる。
生産担当取締役のヨルグ・ブルザー氏は「いつでもEQSを100%にする準備ができている」と話す。従来工場と比べ25%向上した高い生産性でEV需要の拡大に備える。他の主力工場にも同様の仕組みを展開する。
「EVファーストからEVオンリーへ」。オラ・ケレニウス社長は7月、こう宣言した。26年以降の新型車を全てEVにし、30年に販売もEVのみにすることを目指す。
カール・ベンツが1886年に発明した3輪自動車から自動車の歴史が始まった(独シュツットガルト、メルセデス・ベンツ博物館)
135年前、カール・ベンツがガソリンエンジン搭載の三輪車を特許申請し、同年ゴッドリープ・ダイムラーが四輪自動車を発明した。ダイムラーは、馬車を駆逐したエンジン車の父2人を創始者に持つ。その歴史を自ら断つ痛みは大きい。
17年、従業員代表との間で29年まで独国内の従業員を解雇しないとの協定を結んだ。それを19年に社長に就任したケレニウス氏は事実上ほごにし1万人以上の人員削減を打ち出した。労働組合の強いドイツでは異例だ。
主な人員削減の舞台がエンジン工場だ。本社近くと独ベルリンの工場で、ともに100年以上の歴史がある。それぞれ数千人規模の削減になるとみられる。前者は電池システムやモーターの拠点に、後者は生産システムなどの拠点に変わる。
エンジンを一つの柱にしてきたドイツの自動車産業ピラミッドは空洞化の危機にある。独メッツラー銀行のアナリスト、ユルゲン・ピーパー氏は「高級車市場でのドイツ車の高いシェアは完璧主義ともいえるエンジン技術のおかげだったが、(EV化で)その優位性は失われる」と指摘する。
シュツットガルト周辺に集積するエンジン関連メーカーへの影響は大きい。売上高の約半分がエンジン関連の独マーレは、電池冷却システムなどに活路を探る。だが18年以降8千人を削減した。売り上げの8割がエンジン向け部品の独エルリング・クリンガーは「世界が変わった」(広報担当者)と構造改革を急ぐ。
独Ifo経済研究所によると、30年までにドイツでエンジン関連の生産に携わる61万人のうち21万人の雇用に影響が出る可能性がある。
半導体不足のなかファクトリー56では逆に増産態勢に入った。写真の車種は高級EV「EQS」=同社提供
メルセデスは新たな強みの構築を急ぐ。出発点となるのがEQSだ。初のEV専用車台を採用し、航続距離は700キロメートル以上を確保した。価格は約11万ユーロ(約1400万円)からだ。「メルセデスらしいなめらかで力強い走りと高級感を実現できている」(モータージャーナリストの島下泰久氏)と評価は高い。
EQSではモーターや電池は外部調達だが、今後は内製化を進める。エンジンに代わる差異化の軸を、開発から生産までを自社で手掛ける垂直統合でつくり直す。
7月、モーター開発の英YASAの買収を発表した。伊フェラーリのHVでも使われる軽量・高出力モーターを高性能スポーツ車「AMG」など上位モデルに導入する。AMGは1人の職人がエンジンを組み上げてきた。技術力の象徴だ。YASAの技術やノウハウは今後、AMG以外のモデルでも生かしていく。
メルセデス・ベンツの旗艦EV「EQS」にはダッシュボード全面を覆うディスプレーを搭載=同社提供
電池もコモディティー(汎用品)と位置づけ調達を軸にしていたが、他社の協力を得て自ら工場を展開する。9月、欧州ステランティスと仏トタルエナジーズの電池合弁への33%出資を発表。世界で8つの工場を持つ計画だ。自社で先端品の小規模生産にも着手し、航続距離1000キロメートルを超える新型車を22年に発表することを目指す。
自前開発への転換は車載OS(基本ソフト)にも及ぶ。約3000人を新たに採用し、乗車体験の質の向上を狙う。24年にも投入する。
部品点数がエンジン車より格段に減るEVでは、スマートフォンのように主要部品まで外部委託する水平分業が広がる。参入障壁が下がり競争は激化する。米アップルが計画中と噂される「アップルカー」などが象徴的だ。車づくりの概念が変わるなか、ケレニウス社長は「受け身の姿勢でいるのは間違いだ」と変革への決意を示す。
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[FT]北京五輪スポンサー企業を突き上げる人権団体
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB150GK0V11C21A1000000/

『クレジットカードのビザや米飲料大手のコカ・コーラ、米民泊仲介のエアビーアンドビー、スイスの時計大手のオメガなど、北京冬季五輪の有力スポンサー企業が自らの影響力を行使して中国の人権抑圧状況を非難するよう人権団体から突き上げられている。
9月には200を数える人権団体の活動家が連名で北京五輪の放送権契約を破棄するよう求める書簡を国際的なTV放送局に送った=ロイター
米国に本部を置く国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)によると、5月に主要スポンサー企業に対して北京五輪への対応を問う書簡を送付したものの、どこからも回答を得られなかった。
HRWの中国部長ソフィー・リチャードソン氏は「北京五輪まで3カ月しかないのに、スポンサー各社は中国のぞっとするような人権侵害に対してどう影響力を行使するのかについて口をつぐんでいる」と懸念を表明。「このままでは人権基準への強い支持を示す好機を逸するのと引き換えに、検閲や抑圧に毒された五輪に関与してしまう恐れがある」とスポンサー各社を非難した。
HRWが世界で最も有名な消費者ブランドをキャンペーンの標的にする背景には、北京五輪を巡る国際的社会の激しい反発がある。
このキャンペーンは各国の政府や企業、アスリートに対して、中国とどうかかわるべきかについて、もやもやとした倫理上の問題を突きつけている。
広がるボイコットの呼びかけ
人権団体や欧米の政治家は中国が五輪のホスト国になったのを利用して、新疆や香港における住民弾圧など同国の人権侵害や抑圧の問題に光を当てようとしている。
北京五輪へのボイコットが広がれば、ウイグル族などの少数民族に対する中国の姿勢が変わるのかどうかについては様々な議論がある。
そうした中で、英国、米国、欧州連合(EU)などの議会議員はここ数カ月間、各国の政治家や高官などにボイコットを呼びかけてきた。
対中強硬派の国際ネットワーク「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」は開催地の変更を提案した。アスリート全員にボイコットを呼びかけた団体もある。
米国務省のネッド・プライス報道官は4月、ボイコットが1つの選択肢として「議題に上っている」と述べた。15日に予定される米中首脳のオンライン会談では、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席がバイデン米大統領を北京五輪に招待する見込みだ。
HRWは12日、スポンサー企業に書簡を送り、新疆への国際調査団の受け入れと、拘束されている人権活動家の解放に向けて中国に圧力をかけるよう求めたことを明らかにした。
9月には、200を数える人権団体の活動家が連名で国際的なTV放送局に書簡を送り、北京五輪の放送権契約を破棄するよう求めた。書簡では、五輪を中継すれば「厳しさを増す人権侵害から目をそらすためにスポーツを利用しようとする中国の計画に加担する重大なリスク」に直面すると警鐘を鳴らした。
中国政府はすでに、五輪を観戦するための外国人の入国を認めない方針を決定している。新型コロナウイルスの感染ゼロを目指す厳格な水際対策や地方都市のロックダウンなどの対策の一環だ。
HRWはまた、五輪に参加するアスリートや観客が五輪開催中に中国政府や共産党を批判する活動をすれば「取り締まりや処罰」の対象になりうると注意喚起した。
広がる新世代アスリートのメッセージ
国際的な北京五輪ボイコット運動と軌を一にするように、新世代を代表する著名アスリートが積極的にメッセージを発信している。
米ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)でクオーターバックとして活躍したコリン・キャパニックが黒人に対する警察の暴力に抗議して、試合前の国歌斉唱中に片膝をついて起立を拒否してから4年間を経て、このトレンドはさらに勢いを増し国際的に広がっている。
最近では人気テニスプレーヤーの大坂なおみが、人種的な不公平やアスリートの心の健康についてのメッセージを発信し、国際的な称賛を受けた。
By Edward White
(2021年11月12日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
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歴史決議で習氏譲歩 江沢民氏らの実績強調、長老ら説得
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM11E6G0R11C21A1000000/
※ 毛沢東、鄧小平、習近平…、と並ぶわけだから、そりゃあ、「長老」はじめ「他の有力党員」の反対論は、あったろう…。
※ そこを「押し切った」わけだ…。
※ 習氏の「手腕」と言うよりも、むしろ、「他の有力党員」の「このままでは、党は”瓦解”しかねない!」という「危機意識」の方が、強かったんだろう…。
※ しかし、「この手」は「最後の手段」で、もう「次の一手」は、無いような気がする…。
※ そういう意味じゃ、「背水の陣」を敷いてしまった…、とも言えると思う…。
『【北京=羽田野主】11日の中国共産党の重要会議で採決した第3の「歴史決議」には、それに至る党内での攻防の痕跡が随所に見て取れる。決議採択に対する慎重論を抑えるため、習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)が党内調整に腐心したとの見方が広がっている。
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複数の党関係者によると、歴史決議の草案作りが本格化したのは今年春だ。この草案をもとに7月1日の党創立100年の習氏の演説内容を作り込んだという。
歴史決議がおぼろげながらも輪郭を表したのは8月31日の政治局会議だった。中国国営の新華社が11月に開く第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で「百年の奮闘の重大成果と歴史経験の問題を重点的に検討」し「総括する」と伝えた。
この時期に「歴史決議」と明記せず、「総括」とぼかしたのは党内で慎重論が多く、調整に時間がかかっていたためだ。北京市の大学教授は「歴史の転換点となる歴史決議をなぜいまやる必要があるのか、いまも改革開放を進めた鄧小平路線の延長だという声は多かった」と明かす。中国分析に定評のある香港紙、明報も「歴史決議に準じる扱い」にとどまると伝えた。
党内のもう一つの懸念は歴史決議が習氏の「終身制」につながるとの見方だった。1945年に第1の歴史決議を指導した毛沢東は82歳で死去するまで党トップの党主席だった。第2の歴史決議をした鄧小平も97年に亡くなるまで「最高実力者」としてカリスマを誇った。歴史決議が毛、鄧の権威を大幅に高めた影響が大きかった。
党内の懸念に応えるように、習氏は10月13~14日に開いた人民代表大会の工作会議で「一国の政治制度が民主的かは、国家の指導者が法に基づいて整然と交代できるかどうかで決まる」と発言した。
中国では現在、党トップの総書記や国家主席に任期はなく、終身制をさえぎる明示されたルールはない。習氏は国家指導者層の交代にあえて言及することで終身制の可能性についてはぐらかすあいまい戦略をとり、党内の警戒心を緩めようとした可能性がある。
正式に歴史決議を審議すると決まったのはこの発言の直後の10月18日だった。第1、第2の歴史決議は過去を「問題」としたのに対し、習氏の歴史決議は100年の歴史の「奮闘の重大成果」に焦点を当てた。これまでの路線を否定せず「習氏をひたすら賛美する」(党関係者)内容に徹した。
6中全会後に発表されたコミュニケ(公報)による歴史決議の概要をみると、毛、鄧、江沢民(ジアン・ズォーミン)元総書記、胡錦濤(フー・ジンタオ)前総書記、習氏の5人の指導者の業績をそれぞれ列挙した。
鄧の業績に言及するくだりでは「新中国成立以来の正反両面の経験を深く総括する」として、中国を大混乱に陥れた文化大革命を「誤り」とする鄧の判断を維持すると示唆した。
江氏は「社会主義市場経済体制」を確立し、胡氏は「全面的なつり合いをとって持続可能な発展に取り組むことを強調した」と指摘した。江氏らの実績を盛り込み、党内の長老らを説得したとみられる。』
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