7割弱が「トランプ氏勝利」 米大統領選討論会
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024062800662&g=use
『2024年06月28日13時13分配信
【ワシントン時事】米CNNテレビの緊急世論調査結果によると、大統領候補による27日の第1回テレビ討論会について、「トランプ氏勝利」と評価する回答は67%、「バイデン氏勝利」は33%だった。』





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7割弱が「トランプ氏勝利」 米大統領選討論会
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024062800662&g=use
『2024年06月28日13時13分配信
【ワシントン時事】米CNNテレビの緊急世論調査結果によると、大統領候補による27日の第1回テレビ討論会について、「トランプ氏勝利」と評価する回答は67%、「バイデン氏勝利」は33%だった。』
『(CNN) CNNが主催する2024年大統領選で最初の討論会が終わりを迎える中、トランプ前大統領の選対本部の責任者らは報道向けの発表でトランプ氏の勝利を宣言した。一方でバイデン大統領については「解雇されなくてはならない理由が具体的に明らかになった」と主張した。
トランプ氏の選対本部を統括するスージー・ワイルズ氏とクリス・ラシビタ氏は「今夜トランプ大統領が示した討論のパフォーマンスと勝利は歴史上最も偉大なものであり、同じく歴史上最も多くの有権者の聴衆に届いた」と強調。
「片やバイデン氏は、解雇されなくてはならない具体的な理由を露呈した。1週間にわたって休暇を取り、キャンプデービッドで討論会の準備をしたにもかかわらず、バイデン氏は経済と国境政策に関する自身の悲惨な実績を擁護することができなかった」と指摘した。
一方、民主党の関係者2人は、バイデン氏の討論のパフォーマンスについて懸念を表明。特にメディケア(高齢者向け保険)について論じる際、思考がつながらなくなった気配を見せたところで、関係者の一人は「全くいいところがない」と口にした。
その後の討論については、ポルノ女優とのスキャンダルなどでトランプ氏を攻撃する場面もあったと評価しつつ、相手のコメントを痛烈に批判する好機を捉えなかった点には疑問が残るとした。とりわけ人工妊娠中絶の問題に絡む議論では、追及が不十分だったとの見方を示唆した。』
民主陣営、バイデン氏討論「ひどい」 テレビ討論会
タイムライン
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB250YF0V20C24A6000000/
『2024年6月28日 9:00 (2024年6月28日 13:09更新)』
『11月の米大統領選に向けた第1回のテレビ討論会が米東部時間27日午後9時(日本時間28日午前10時)から南部ジョージア州アトランタで開催された。民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の支持率は拮抗する。日経電子版では討論会の模様をタイムライン形式でまとめた。(時間は日本時間28日午前)
民主陣営、バイデン討論「ひどい」:午後1時前後
米CNNテレビは27日、民主党関係者が11月の米大統…
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『米CNNテレビは27日、民主党関係者が11月の米大統領選の討論会に出た民主党のバイデン大統領のやりとりについて精彩を欠き「ひどかった」と評価していると伝えた。高齢不安が再燃する可能性がある。
AP通信も民主党内がバイデン氏を候補者指名することに関し「パニックに陥っている」と報じた。米政治サイトのポリティコは「大失敗だった」と評した。米メディアによると、バイデン氏が風邪を引いていた。討論中に声がかすれている場面があった。
トランプ陣営、副大統領候補らがパフォーマンス褒めたたえる:午後0時過ぎ
討論会終了後、プレスセンターにはルビオ上院議員やスコット上院議員、ステファニク下院議員などトランプ大統領の副大統領候補に名前が取り沙汰される面々が顔をそろえ、討論会でのトランプ氏のパフォーマンスを褒めたたえた。バイデン陣営はニューサム・カリフォルニア州知事やワーノック上院議員らが記者の質問に答えたが、短時間で切り上げ対照的な対応ぶりをみせた。
バイデン陣営「勝利に向けたビジョンを示した」:午後0時過ぎ
バイデン陣営が声明を発表。「バイデン大統領は今夜、米国の将来に向けた前向きで、勝利に向けたビジョンを示した。一方でトランプ氏は自分がホワイトハウスに戻った場合を予見する米国の暗い、後ろ向きな姿を示した」とした。
トランプ陣営「バイデン氏、クビに値する」:11時40分
トランプ陣営は「今夜、トランプ大統領は史上最高の討論会パフォーマンスをみせた」との声明を発表した。一方で、「バイデン氏は、まさにクビになるのに値する理由を示した」と攻撃した。
「(バイデン氏は)文句をいっているだけだ」:11時37分
トランプ氏が討論会の最後に2分間、発言した。「(バイデン氏は)多くの政治家のように文句をいっているだけだ」とこき下ろした。「結果として何もしない」とし不法移民の増加を改めてとりあげた。
「私の国があぶなくなるだけでない。ウクライナの侵略もおこるべきではなかった」と語った。「世界中でパレスチナも含め暴動が起きている」と加えた。
「トランプ氏が国を散々にして、私が引き継いだ」:11時35分
2度目のCM休憩が明け、それぞれの候補者に発言の機会が与えられた。バイデン氏は税制について触れ「いまの制度が公平だと思いますか?」と呼びかけた。バイデン米政権では富裕層への課税の見直しが議論されている。
バイデン氏はさらに「トランプ氏はコロナ禍で国を散々にして、私がそれを引き継いだ」とトランプ氏による経済政策を批判した。
トランプ氏「(選挙結果)合法的で公平なら受け入れる」:11時25分
司会者が選挙結果を受け入れるか聞いた。トランプ氏は「選挙が公平であることを望んでいる」と述べた。「バイデン氏は我々を第3次世界大戦まで近づけている」と話をそらし「プーチン氏や習近平(シー・ジンピン)氏、金正恩(キム・ジョンウン)氏はバイデン氏を尊敬しても恐れてもいない」と語った。
バイデン氏は「第3次世界大戦を始めたいというのなら、トランプ氏を就任させて、北大西洋条約機構(NATO)から脱退したらそうなるだろう」と述べた。「私ではなく、米国民のおかげで強い国家を維持できている」と指摘し「もし戦争がしたいなら、プーチンの侵略を許せばいい」と話した。
トランプ氏は「私の政権ではロシアは侵略しなかった。私が大統領ならこの戦争は起きなかった」と主張した。
司会者がトランプ氏に改めて選挙結果を受け入れるか聞くと「合法的で公平なら受け入れる」と述べた。
バイデン氏、「86歳大統領」指摘には答えず。話題を転換:11時20分
司会者がバイデン大統領の年齢について、「(2期目の終わりには)86歳と高齢になるが、世界でもっとも過酷な仕事に耐えられるのか」と質問した。ところが、バイデン氏は「2番目に若い上院議員だった」と述べるにとどめて、話題を全くべつのものに変えた。半導体産業を米国に誘致したことをアピールした。
トランプ氏はすかさず「バイデン氏が認知機能のテストを受けるところをみてみたい」と嫌みを言った。バイデン氏はそれを笑いながら受け流すが、トランプ氏は「ゴルフ対決をしたら50ヤードもボールをとばせないだろう」とさらに嫌みをたたみかける。バイデン氏は「ゴルフ対決を喜んで受ける」とやり返し、副大統領時代のスコアを持ち出して張り合った。
「バイデン氏は中国に好きにやらせている」:11時15分
トランプ氏は「彼はみんなの税金を増やそうとしている。全ての人の税金を4倍にしようとしている」と真偽が定かではない発言をした。
バイデン氏は「私は40万ドル以下の収入の税金を引き上げない」と言ってきたと反論。「彼は在任中、中間層が繁栄したと言っているが、トランプ政権で中間層は潰された。彼の政権時に過去最高レベルに債務があがった」と追及した。
トランプ氏は「バイデン氏は中国からお金を受けとっている。巨額すぎて受けとらざるをえなかった」と語った。「バイデン氏が中国に好きにやらせることで、米国を潰している」と加えた。
「トランプ氏が史上最悪の大統領」 : 11時10分
司会者がチャイルドケアについて質問をしようとした。ところが、トランプ氏は話題を自ら決めてしまった。アフガン撤退や国境管理の責任者をバイデン氏が「クビにしていない」とかみついた。
国境問題についてトランプ氏は「(バイデン氏は)少しはタフになったが、いまだに開かれた国境を望んでいる」と批判した。バイデン氏に任せていると「国がなくなってしまう」と指摘。
バイデン氏は「私たちは世界でもっとも羨まれる国だ」とすかさず反論した。「(バイデン氏は)史上最悪の大統領」と批判するトランプ氏に、「ネットで検索すれば史上最悪の大統領といわれているのはドナルド・トランプだ」と語気を強めた。
トランプ氏「彼の話すことはすべて偽情報」:11時10分
バイデン氏は「富裕層の税金を上げることで、社会保障の破綻を防ぐ」と語った。「トランプ氏はメディケアを削ろうとした」と主張し「米国は過去最高レベルの医療保険の範囲を確保した」と加えた。
トランプ氏は「ずっと政治家と相対してきたが、彼のようなうそつきは初めてだ」と切り返した。「彼のいっていることはすべて偽情報だ」と唱え「移民が社会保障を食い潰している」と説いた。
「(トランプ氏は)環境政策を何もしていない」 : 11時00分
米大統領選のテレビ討論会で発言するバイデン大統領(27日、ジョージア州アトランタ)=AP
司会者が気候変動対策についてトランプ氏に質問をした。「綺麗な水と大気を目指す」として、自分の政権でも環境政策に力を入れたとアピールした。
バイデン氏はこれに反論。自身が気候変動対策で過去最大の施策を打ったとする一方、トランプ氏はパリ協定から脱退するなど環境政策では「何もしていない」と指摘した。
バイデン氏、パリ協定を言い間違え:11時00分
バイデン氏が気候変動問題に取り組む「パリ協定」を「パリ平和協定」と言い間違えた。
トランプ氏「環境政策で経済悪化」:11時00分
米大統領選のテレビ討論会で発言するトランプ前大統領(27日、ジョージア州アトランタ)=AP
トランプ氏は「インフレはバイデン氏のせいだ。これが黒人やヒスパニックの家庭に打撃を与えた」と切り出した。「環境政策を打ち出したことで経済が悪化した」と唱え「不法移民が黒人・ヒスパニックの仕事を奪っている」とも強調した。
バイデン氏はトランプ前政権からバイデン政権に代わった時点で「失業率は高く、雇用もひどかった」と批判した。「我々はマイノリティーへの医療保険加入を支援した。しかし、トランプ氏は撤廃しようとしている」と語った。
CM入り。討論会は後半戦へ : 10時50分
前半が終わりコマーシャルの休憩時間に入った。休憩はおよそ5分強で終わり、討論は再開された。
ナチズム擁護は許さず:10時50分
米国の民主主義を巡り、バイデン氏はトランプ氏がナチズムに共感する発言をしたとして、非難した。「ネオナチを擁護する人は大統領にふさわしくない」と訴えた。
トランプ氏は「討論する必要すらない」、「でっちあげだ」と反論した。
バイデン氏、声に力強さ戻る : 10時50分
民主主義のあり方に話題が移った。バイデン氏は序盤は目がややうつろで、声もかすれていたがやや力強さが戻ってきた。トランプ氏の発言に、「信じられない」といった表情を繰り返した。
トランプ氏「関係は持ったことない」 : 10時47分
トランプ氏は「ポルノ女優と性的関係を持ったことはない」「裁判官は民主党系で政敵を潰すために(裁判を)進めた」とまくし立てた。
口止め料裁判 トランプ氏「私は無罪」 : 10時45分
トランプ氏の口止め料を巡る裁判に話題が移った。バイデン氏はトランプ氏に説明を求めたが、トランプ氏はバイデン氏の息子が有罪に問われた裁判に話題をそらした。トランプ氏は「自分は無罪だ」と主張した。
バイデン氏、議会襲撃事件を批判:10時40分
2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件を巡り、バイデン氏は「3時間、彼は何もしていなかった。共和党員も電話したが何もしなかった」と訴えた。襲撃事件で捕まった人の刑を軽くしようとしているとも批判した。
トランプ氏はバイデン氏に向け「司法の武器化をした」と非難した。襲撃を指示しておらず、「平和的に解決しろ」と言ったと主張した。
バイデン氏「ロシア侵略の影響、ウクライナにとどまらない」:10時32分
話題はロシアによるウクライナ侵略や、ガザ情勢に移った。
バイデン氏は「ロシアの侵略の影響は、ウクライナにとどまらない」と訴えた。
一方、トランプ氏は「北大西洋条約機構(NATO)諸国にもっと資金を拠出させるべきだ」と反論した。
不法移民問題で応酬:10時25分
不法移民問題を巡ってバイデン氏は「不法に国境を越えてくる人が40%は減る状況にした」と強調した。最近導入した規制の効果をアピールした。
トランプ氏は「国境を越えてやってくる人々を含め、あちこちで人が死んでいる」と主張した。
トランプ氏が「中絶は州判断」:10時15分
トランプ氏は人工妊娠中絶の禁止を巡り「私は3人の偉大な最高裁判事を法廷に送り込んだが、彼らがたまたま判決を出して、州に戻すことに賛成票を投じた」と語った。「今、各州がそれを解決している」と述べた。
トランプ氏「何を言っているのか分からない」 : 10時10分
トランプ氏がバイデン氏の発言について「最後の方で何を言っているのか分からなかった」。
トランプ氏が法人減税の成果を誇る : 10時10分
トランプ氏は自身が大統領時代に21%に法人税率を下げた減税策について成果を強調した。経済政策が軌道に乗りそうなところで新型コロナウイルス禍が起こったと主張。バイデン政権がワクチン接種を義務づけたことを批判した。
インフレが最初のトピック : 10時4分
司会者は最初の質問にインフレを選んだ。
バイデン氏は自身の経済政策について「これほどうまくいったことがない。我が国は史上最高の経済大国だ」と語った。トランプ氏の新型コロナウイルス禍の経済対応は「混乱していた」と批判した。バイデン政権下の雇用拡大は「不法移民のため」と主張した。
両候補、握手なく討論開始:10時2分
両候補が握手をせずに討論会は開始(27日)=ロイター
バイデン氏は青のネクタイ、トランプ氏は赤のネクタイで登場した。2020年の初回の討論会と同様、握手を交わさなかった。
討論番組がスタート : 10時00分
番組がスタート。無観客で90分、2回のCM放送の休憩をはさむ。候補者は陣営関係者と接触できず、事前に用意したメモを壇上に持ち込めない。
バイデン氏が会場に到着 : 9時30分
バイデン氏が乗った車の車列が討論会会場に到着した。
両陣営関係者が応援に : 7時ごろ
民主党のニューサム・カリフォルニア州知事(写真)やトランプ氏の側近ら両陣営の関係者がプレスセンターに現れ、記者団の質問に答えた。
トランプ氏も到着 : 6時30分
アトランタの空港に到着したトランプ前大統領が自家用機から降り立ち、出迎えた支持者に拳を掲げて応えた。
27日、共和党のトランプ氏がアトランタに到着=ロイター
バイデン氏が現地到着 : 4時ごろ
バイデン大統領が大統領専用機でジョージア州の空軍基地に到着。その後市内で車を降り、支持者の歓迎を受けた。
27日、バイデン氏がジョージア州の空軍基地に到着=AP
会場付近が厳戒態勢に : 27日午後10時半
討論会が開かれるCNNのスタジオ周辺は朝から道路が閉鎖され警備が厳しくなっている。
CNNビルの周辺は厳戒体制に(27日、南部ジョージア州アトランタ)
撮影準備進む : 27日午前
CNNの野外スタジオ(26日、南部ジョージア州アトランタ)
野外の特設セットでは、討論会を前にキャスターたちが事前番組の撮影を進めている。
(アトランタ=芦塚智子、ワシントン=飛田臨太郎、八十島綾平、ニューヨーク=佐藤璃子、弓真名、野一色遥花、秋田咲)
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超大国率いるトップイラスト解説 アメリカ大統領とは
多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
今村卓のアバター
今村卓
丸紅 執行役員 丸紅経済研究所長・グローバル総括部長
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ひとこと解説 バイデン氏のパフォーマンスが悪すぎました。高齢不安を払しょくする貴重な機会でしたが、逆に民主党支持者の間にも高齢への不安が広がったと思います。ずっとかすれて力強さを欠いた声と疲れているように見える表情。体調が悪かったのかもしれませんが、観衆が入らず候補者の顔がアップされる運営・放映形式により、余計に目立ちました。
トランプ氏の発言も誇張や誤った内容が多く含まれましたが、落ち着き整然とした話し方で安定感の方が上回った印象。20年の討論とは大違い。元気さも有権者に感じさせたと思います。トランプ氏にダメージはなかったでしょう。
民主党はバイデン氏の引退、大統領候補の交代を求める声が強まると思います。
2024年6月28日 12:30いいね
22
滝田洋一のアバター
滝田洋一
日本経済新聞社 客員編集委員
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ひとこと解説
①「バイデン氏、トランプ氏との討論で躓く(Biden stumbles in Atlanta debate with Trump)」。FTの見出しの通りの討論だったと思います。
https://ft.com/content/a076b2dc-cbd5-4d4d-ad4c-1a8e021c5143
②司会者への回答に詰まる(delivering halting answers)、声がかすれる(voice sounded hoarse)、とFT。これではバイデン氏も立つ瀬はありません。
③ブルームバーグは「バイデン氏に数字言い間違えの場面も、手痛い失点に」とまで。「トランプ氏を破ることができるのか民主党内でも憂慮深まる可能性」が指摘されます。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-06-27/SFQSZNDWX2PS00?srnd=cojp-v2
④嗚呼、バイデン氏はは衆人環視の黄昏時を迎えたようにみえます。
2024年6月28日 12:37 (2024年6月28日 12:46更新)
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15
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植木安弘
上智大学特任教授
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ひとこと解説 バイデン大統領は、特に激戦州での劣勢が伝えられている中での異例の早期討論会で巻き返しを計ろうとしましたが、1月の国政報告の時のような活力は見られず、冒頭から精力がなく、発言にも戸惑っている様子が多々見られ、トランプ氏の個人攻撃にも十分に反撃できず、高齢につきまとう不安が表面化してしまったという感じでした。
特に、最後の締めくくり発言では、中絶問題やトランプ氏の犯罪にも触れずに終わり、何が争点だったのかボケてしまいました。
民主党陣営では、これでは勝てないとの印象が既に高まっており、今後大統領の交代劇が起きるかどうかが注目されます。
2024年6月28日 13:06いいね
4
小野亮のアバター
小野亮
みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部 プリンシパル
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別の視点バイデン氏サイドは「やるんじゃなかった」ということでしょう。次の候補選びの胎動が賭け市場に出ています。
①”Last Day”というのをクリックすると、討論会で起きた変化が見て取れますよ。
https://electionbettingodds.com/President2024.html#chart
②”24 HOURS”というのをクリックすると、同じ動きですね。。。
https://www.thelines.com/odds/election/
2024年6月28日 12:49 (2024年6月28日 12:54更新)
いいね
8
米大統領選2024
2024年に実施されるアメリカ大統領選挙に向け、現職のバイデン大統領やトランプ氏などの候補者、各政党がどのような動きをしているかについてのニュースを一覧できます。データや分析に基づいて米国の政治、経済、社会などに走る分断の実相に迫りつつ、大統領選の行方を追いかけます。
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民主陣営、バイデン氏討論「ひどい」 テレビ討論会(13:09 更新)
異例の6月討論会、勝者は? 米大統領選の展望を緊急解説 配信中(12:30 更新)
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中国・日本人母子刺傷 止めに入ったバス案内係の中国人女性死亡
https://news.yahoo.co.jp/articles/83d4ee4ba8d65f42755e60a90bc5a3b45359345d
『6/28(金) 11:18配信
中国江蘇省蘇州で日本人学校のスクールバスを待つ日本人母子らが中国人の男に刃物で切り付けられた事件で、重体となっていた中国人女性が亡くなったことが分かった。蘇州市公安局が27日にホームページ上で公表した。
【写真】襲撃事件の現場となったバス停
市公安局によると、女性は蘇州市姑蘇区在住の胡友平さん(54)で、24日午後4時ごろ、蘇州市内のバス停で刃物を持った人物を発見した際に止めに入り、複数回刺されたという。
胡さんはバスの案内係で、男がバスに乗り込もうとした際、阻止したという情報もあり、日本や中国のSNS(ネット交流サービス)上でも胡さんの回復を願う声が多数投稿されていた。
公安局は、自らの身を顧みず、多くの人が被害に遭わないよう勇気ある行動を取ったとして、市政府に対して「正義と勇気の模範」の称号の申請をしたと発表した。【北京・岡崎英遠】』
日本と韓国、レーダー照射再発防止文書に署名 関係改善が加速か(毎日新聞) – Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/6382c2c0ede09ea4203df494d1938a2fb315b917
『6/27(木) 18:49配信
海上自衛隊と韓国海軍は、日韓レーダー照射問題の再発防止策をまとめた文書の署名手続きを完了した。
日本政府関係者が27日明らかにした。海上幕僚監部は署名の事実を認めつつ、いつ署名したかなどについては「相手国との関係があるため答えを控える」としている。
6月の日韓防衛相会談で合意した再発防止策を完全実施する環境が整ったことになり、日韓関係の改善が加速しそうだ。
【写真】韓国の駆逐艦がレーダーを照射したとされる場面
この文書は再発防止の手順などをまとめた「意図表明文書」で、酒井良海上幕僚長と韓国の梁竜模海軍参謀総長が署名したという。
文書には日韓双方が、海上衝突回避の国際規範(CUES)の順守に向けて「相互に協力」すると明記。
CUESでは火器管制レーダー照射など「攻撃の模擬」を「回避する動作」として定めている。
適切な通信を行うため部隊間の呼びかけに積極的に応答することや、通常時から意思疎通を強化して信頼醸成を行うことも盛り込んだ。
海自と韓国海軍は今後、署名文書の実施状況を検証し、必要に応じて更なる改善策なども協議する。
レーダー照射問題は2018年に能登半島沖で発生。海自の哨戒機が韓国海軍の駆逐艦から火器管制レーダーを照射され、日韓関係の冷え込みに拍車をかけた。韓国側は照射を全面否定し、逆に哨戒機が危険な低空飛行を行っていたと主張していた。
その後の日韓雪解けを受け、今年6月に木原稔防衛相と申源湜(シンウォンシク)韓国国防相がシンガポールで会談。
レーダー照射問題の事実関係究明は棚上げしつつ、再発防止で合意し、中断していた2国間の部隊のハイレベル交流再開も決めていた。【中村紬葵】』
朝鮮統一問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B5%B1%E4%B8%80%E5%95%8F%E9%A1%8C






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出典検索?: “朝鮮統一問題” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL
朝鮮統一問題
統一旗。朝鮮統一のシンボルとして使用される。
各種表記
ハングル: 남북통일(南)
북남통일(北)
漢字: 南北統一(南)
北南統一(北)
発音: ナムブクトンイル(南)
プンナムトンイル(北)
日本語読み: なんぼくとういつ(南)
ほくなんとういつ(北)
2000年式(南):
2000年式(北):
MR式(南):
MR式(北):
英語表記: Nambuk tong-il
Bungnam tong-il
Nambuk t’ongil
Pungnam t’ongil
Korean reunification
テンプレートを表示
北朝鮮が「金日成主席の統一業績を宣伝するシンボル」として、首都・平壌に建設した祖国統一三大憲章記念塔(2024年1月15日に金正恩(朝鮮労働党総書記・国務委員長)が撤去表明[1])。
朝鮮歷史
朝鮮の歴史
考古学 朝鮮の旧石器時代(朝鮮語版)
櫛目文土器時代 8000 BC-1500 BC
無文土器時代 1500 BC-300 BC
伝説 檀君朝鮮
古朝鮮 箕子朝鮮
燕
辰国 衛氏朝鮮
原三国 辰韓 弁韓 漢四郡
馬韓 帯方郡 楽浪郡 濊
貊 沃
沮
三国 伽耶
42-
562 百済
高句麗
新羅
南北国 唐熊津都督府・安東都護府
統一新羅
鶏林州都督府
676-892 安東都護府
668-756 渤海
698-926
後三国 新羅
-935 後
百済
892
-936 後高句麗
901-918 遼 女真
統一
王朝 高麗 918- 金
元遼陽行省
(東寧・双城・耽羅)
元朝
高麗 1356-1392
李氏朝鮮 1392-1897
大韓帝国 1897-1910
近代 日本統治時代の朝鮮 1910-1945
現代 朝鮮人民共和国 1945
連合軍軍政期 1945-1948
アメリカ占領区 ソビエト占領区
北朝鮮人民委員会
大韓民国
1948- 朝鮮民主主義
人民共和国
1948-
朝鮮の君主一覧
大韓民国指定国宝
中国朝鮮関係史
Portal:朝鮮
朝鮮統一問題(ちょうせんとういつもんだい)は、朝鮮半島(朝鮮)が1948年(昭和23年)以降大韓民国(韓国、南側)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮、北側)の分断国家になっている現状を問題視した上で、南北の統一(南北統一、なんぼくとういつ)を実現するために考慮すべき問題の総称である。
38度線の南側にある韓国と北側にある北朝鮮は、国家の正統性を巡って建国以来敵対関係にあるものの、同一の民族(朝鮮人)が居住している朝鮮半島が分断されている現状を「非正常な状況」と認識し、朝鮮半島を一つの国家(主権)の施政下に統一することを最終目標としている点は長年一致していた。
そのため、南北ともに建国直後は戦争による吸収統一を、1972年の南北共同声明発表以降は自主的、平和的かつ単一民族としての団結に基づく統一方法を模索して来た。
だが、北朝鮮は2024年1月から「南北統一」の目標を放棄しており[2]、韓国人を同一民族だとみなさず[3][4][5][1]、かつ戦争を経ない統一法案(いわゆる平和統一)を放棄する方針を採用し始めたため[5][1]、問題は従来と別の方向に進み始めていると一部識者は指摘している[2](詳細は後述 )。
概要
詳細は「朝鮮半島分断」を参照
朝鮮戦争以前
詳細は「連合軍軍政期 (朝鮮史)」を参照
連合国の動き
1945年12月のモスクワ三国外相会議で発表された朝鮮の信託統治に対し、反対の意志を表明した「反託」派(右派)朝鮮人の示威行動。
第二次世界大戦中の1943年11月に開催されたカイロ会談にて、連合国を構成していたアメリカ、イギリス、中華民国の首脳は、日本の統治下にあった朝鮮を戦後に解放する事で合意した。
次いで、1945年2月のヤルタ会談にて、アメリカ、イギリス、ソ連の首脳は戦後の朝鮮をアメリカ、イギリス、中華民国、ソ連の四カ国による信託統治下に置くことで非公式に合意したが[6]、統治の為の実務的な取り決めは為されなかった。
1945年8月8日のソ連対日宣戦布告後、ソ連軍の一部は8月13日に朝鮮北東部の雄基郡・羅南に上陸した。
そのため、ソ連の朝鮮進出を懸念したアメリカはイギリス、中華民国、ソ連に対し、日本の降伏後の朝鮮で北緯38度線を境に南側(南朝鮮)をアメリカ軍が、北側(北朝鮮)をソ連軍がそれぞれ占領する案を8月14日に伝え[6]、日本のポツダム宣言受諾(玉音放送)直後に了承を得た。
それを受け、ソ連軍は8月24日に平壌まで進駐、一方のアメリカ軍は9月8日に仁川へ上陸し、それぞれ軍政を開始した[7]。
この時点では、北緯38度線での朝鮮分断はあくまで占領統治上の都合でしかなく、連合国に朝鮮を分断国家化する意図は無かった。
三国外相会議・誤報道
軍政開始後の1945年12月にアメリカ、イギリス、ソ連はモスクワ三国外相会議を開催し、朝鮮にて最長5年間の信託統治を実施することと、朝鮮に単一の自由国家を成立させるためにアメリカとソ連が共同委員会を設置することが会議後の協定で発表された。
だが、この協定が朝鮮半島に不正確な形で伝わると(該当記事参照)、分断下の南北両朝鮮で信託統治に賛成(賛託)した金日成、呂運亨等の左派と信託統治に反対(朝鮮語版)(反託)した李承晩、金九等の右派がそれぞれ南北で抗争を繰り広げ[8]。その後の分断の一要因となった。
三国外相会議を受け、米ソ両国は1946年3月から1947年10月にかけて米ソ共同委員会(朝鮮語版)を開催した。
だが、米ソ共同委員会はこの収拾に失敗し、1948年1月に派遣された国際連合の現地調査団の入北をソ連軍政が拒否したため、国連は1948年2月に南朝鮮のみでの総選挙実施を決定した。
この決定は、新政府の統治が南朝鮮のみに限定され、朝鮮の南北分断が固定化されることを意味していたため、北朝鮮の北朝鮮人民委員会だけでなく、反託派の中で南北統一政府樹立にこだわる金九や金奎植ら一部民族主義者からも反対の意見が出た。
しかし、5月10日に単独総選挙は実施され、選挙で選ばれた国会は大韓民国憲法の制定と李承晩の大統領選出を行い、1948年8月15日に南朝鮮は大韓民国として独立した[9]。
他方、北朝鮮では7月10日に朝鮮民主主義人民共和国憲法が制定、1948年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が建国され、初代首相には金日成が就任した[10]。
朝鮮人の動き・思想対立・主導権対立
日本の降伏による朝鮮解放後、中華民国やソ連、アメリカなどから左翼の共産主義者である金日成、朴一禹、方虎山、武亭や右翼の民族主義者である李承晩、金九、中道派の金奎植ら朝鮮半島外で抗日運動を行っていた朝鮮独立運動家が朝鮮に帰還し、日本統治時代の朝鮮にて民族運動を担っていた朴憲永、呂運亨、曺晩植らと連合国軍軍政下の南北朝鮮で来るべき朝鮮独立に向けての主導権争いを繰り広げた[11]。
日本降伏後に樹立された朝鮮建国準備委員会(建準)は、ソ連軍政下の北部ではソビエト民政庁の間接統治に利用され、アメリカ軍政下の南部では解体されて在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁による直接統治が敷かれた[12]。
かくして朝鮮半島には朝鮮民族の分断国家が南北に併存し、朝鮮全土が統一した状態での独立は成らなかったのである[10]。
1948年の朝鮮分断後、北朝鮮の金日成首相は「国土完整」を、韓国の李承晩大統領は「北進統一」を人々に訴え、政治体制の異なる南北両政府は互いに互いを併呑することによる朝鮮統一を主張した[10]。
朝鮮戦争と分断の固定化
1950年6月25日に北朝鮮は朝鮮統一を目指して朝鮮戦争を引き起こし、6月28日に朝鮮人民軍は韓国の首都ソウルを攻略、9月まで怒涛の南進を続け、李承晩政権を臨時首都釜山にまで追い詰めたものの[13]、国連軍司令官のダグラス・マッカーサー元帥が仁川上陸作戦を実施し、ソウルを奪還すると形勢は逆転し、李承晩は9月29日にソウルに遷都した[14]。
その後、ソ連と中華人民共和国を中心とする共産圏の介入を危惧する立場から朝鮮戦争開戦前の南北の国境だった38度線を北上するか38度線で停止した後に政治決着を図るかが国連軍やアメリカ国内で問題になったものの[15]、李承晩大統領は「北進統一」を果たすために丁一権参謀総長に韓国軍の38度線突破を命じ[16]、この韓国による独断突破をマッカーサーが追認する形で38度線北上が進んだ[17]。
アメリカ軍と韓国軍を中心とする国連軍は10月11日に元山を攻略、10月19日に平壌に入城、10月26日に林富澤大佐指揮下の韓国陸軍第6師団第7連隊は楚山を攻略し、遂に中朝国境の鴨緑江にまで到達した[18]。
1953年7月27日の朝鮮戦争休戦協定に署名する国連軍と中朝連合軍の代表。北朝鮮側は南日大将が署名したものの、「北進統一」を固持した李承晩の意向のため、韓国の要人はこの休戦協定に署名しなかった。
しかしながら、韓国軍とアメリカ軍による朝鮮半島での激戦は、中国国民党の蔣介石総統率いる中華民国政府が逃れた台湾占領を中華人民共和国の毛沢東共産党主席と周恩来政務院総理に延期させ、中国は1950年10月15日に朝鮮半島への直接介入を決断した[19]。
彭徳懐司令官率いる26万人の人民解放軍は「志願兵」として10月19日に朝鮮入りし、10月25日に国連軍と衝突した[20]。
「保家衛国、抗美援朝」の標語の下で派遣されたこの中国人民志願軍(抗美援朝義勇軍)は人海戦術によって国連軍を撃破し、12月5日に国連軍は平壌から撤退、中朝連合軍は更に朝鮮半島の南下を続け38度線を越えた後、翌1951年1月4日にソウルを再攻略した[21]。
その後、補給線が延びきり息切れした中朝連合軍に対し反撃を敢行した国連軍は1951年3月14日にソウルを再び奪回したものの、戦況は38度線付近で韓国の参加する国連軍と北朝鮮の参加する中朝連合軍が膠着状態となった。
1953年3月5日のソ連のヨシフ・スターリン首相の死を契機に休戦への動きが進み、李承晩が休戦への署名を拒んだために韓国軍代表の崔徳新少将が署名しないまま、1953年7月27日に中朝連合軍代表の南日と国連軍主席代表(国連軍最高司令官)ウィリアム・ハリソン・Jr(英語版)によって朝鮮戦争休戦協定が署名された[22]。
1953年7月27日の朝鮮戦争休戦によって朝鮮は軍事境界線(38度線)による分断と対立が固定されることとなった[23]。
韓国、北朝鮮は両政府共に未だに平和条約を締結していない。
南北両政府の呼称
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府は、大韓民国政府を『南朝鮮』(ナムジョソン、南北会談では南側)と呼んでおり、報道や公式文書で大韓民国という名称が使われることはなかった。
これは北朝鮮が大韓民国を同じ民族であり、統一の対象と見做してきたためである[24]。
蔑称として用いる場合は『南朝鮮傀儡』(傀儡の後に『徒党』『一味』『反民族集団』が入ることがある)との呼称が、「米帝」の傀儡国家だと、北朝鮮が看做している韓国を指す言葉として用いられることがある。
ただし、2023年7月には金正恩総書記の妹である金与正が大韓民国という呼称を用いつつ非難する談話を出したほか、同年8月には金正恩自身も海軍増強の演説の中で大韓民国という正式名称を用いており、北朝鮮が次第に『大韓民国傀儡』を統一ではなく、敵対的な相手と見做す方向へ転換しつつある[24][25]。
大韓民国側は、朝鮮民主主義人民共和国を『北韓』(プッカン)もっと省略して『北』(プク、南北会談では北側)と呼んでいる。
1972年の南北共同声明以前は朝鮮民主主義人民共和国を「朝鮮の北にあるソビエト連邦や中共政権[注 1]の傀儡政権」という意味の『北傀』と呼んでいた。
統一への各勢力の動き
分断直後、南北朝鮮はいずれも単一国家の樹立による統一を目指していた。
その後、紆余曲折を経て6.15南北共同宣言の発表後から、後述の金正恩の路線変更までは、南北とも連邦国家の樹立が統一の基本方針となっていた。
建国前
連合軍軍政期には、南朝鮮で統一政府樹立に向けた左右合作運動が展開された他、南朝鮮単独政府(大韓民国)の樹立直前に北朝鮮で南北連席会議が催された。
だが、いずれの試みも統一に向けた具体的な成果を出せず、朝鮮の分断国家化を止めることができなかった。
朝鮮民主主義人民共和国(北側)
北朝鮮は、1950年6月25日に朝鮮戦争を開始して軍事的に統一を目指した過去があるため、その指向性は完全には捨てていないと考えられるが、1980年代からの長期経済衰退により、それを可能とする国力は乏しい。また独裁国家のため情報も乏しく、具体的な動きは定かではない。
これまでに幾度となく北朝鮮から韓国に対して「対南工作」が行われ、また、「南侵トンネル」が韓国国内で発見されている。
国土完整(建国直後)
1948年9月9日の北朝鮮建国の翌10日に金日成首相は最高人民会議の演説にて、「国土完整」を訴え、その後朝鮮統一の為に朝鮮民主主義人民共和国の政治基盤と軍事力を増強した[10]。
連邦制統一案(1960年8月14日)
1960年4月の四月革命によって韓国の李承晩大統領が退陣した後、北朝鮮の金日成首相は1960年8月14日に初の朝鮮半島平和統一案として「連邦制統一案」を提案、南北両政府代表による「最高民族委員会」の樹立を提唱したものの、翌1961年の5・16軍事クーデターで朴正煕少将が実権を握ったため、この提案は流れてしまった[26]。
南北共同声明(1972年7月4日)
詳細は「南北共同声明」を参照
高麗民主連邦共和国(1980年10月10日)
詳細は「高麗民主連邦共和国」を参照
1979年の朴正煕暗殺事件後、韓国では「ソウルの春」と呼ばれる民主化ムードが高まったものの、翌1980年に5・17非常戒厳令拡大措置で軍人出身の全斗煥が実権を掌握したため、同1980年10月10日に金日成主席は政治体制の違う南北両政府の武力に頼らない統一方法として、連邦制による統一を目指す高麗民主連邦共和国を提唱したが、韓国は受け入れなかった[27]。
南北基本合意書(1991年12月13日)
詳細は「南北基本合意書」を参照
核実験場廃棄宣言(2018年4月20日)
北朝鮮は朝鮮労働党中央委員会総会を開き、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を中止し、北東部にある豊渓里の核実験場を廃棄すると決定した。南北首脳会談や米朝首脳会談を前に、中央委総会は金正恩党委員長出席の下で「経済建設と核戦力建設の並進路線の偉大な勝利を宣言することについて」と題した決定書を満場一致で採択した。
大韓民国(南側)
北進統一(建国直後)
詳細は「北進統一」を参照
李承晩大統領は1948年8月15日の建国後、武力行使をも視野に入れた「北進統一」を訴えたが、アメリカは李承晩政権が「北進統一」を実行することを危惧し、兵器を与えなかったため、政治的に混乱する韓国では「北進統一」はスローガン以上のものとはならなかった[10]。
南北共同声明(1972年7月4日)
詳細は「南北共同声明」を参照
南北基本合意書(1991年12月13日)
詳細は「南北基本合意書」を参照
太陽政策(1998年2月25日 – 2008年2月24日)
詳細は「太陽政策」を参照
1998年2月25日から2008年2月24日までの間、金大中政権と盧武鉉政権によって実施された対北宥和政策である「太陽政策」が実施され、2000年6月に開催された南北首脳会談によって金大中大統領と金正日総書記・国防委員長の間で6.15南北共同宣言が締結された。
以後、江原道の金剛山に金剛山観光地区が、開城市の郊外に開城工業地区が設置され、離散家族再会事業が実施されるなど、南北間の交流が進められた。
太陽政策支持者は、米韓による北朝鮮への制裁や脅迫が、統一の展望を改善するどころか悪影響を与えたと主張している。
強硬政策
太陽政策の批判者は、北朝鮮との対話や貿易が、平和的な朝鮮統一の展望を改善することに寄与していないと主張し、太陽政策は、非民主的で全体主義的な北朝鮮政府の体制を助長していると主張している。
韓国には建国以来、李承晩が構想していた「北進統一」論が存在し、北朝鮮に対して「北派工作員」が派遣されていた。
板門店宣言(2018年4月27日)
詳細は「板門店宣言」を参照
冷戦終結以降の流れ
両国は建国以来「朝鮮の正統な国家」としての立場を巡り敵対的な関係が続き、上記のように朝鮮戦争で朝鮮半島の分断固定化は決定的となった。
その後も小規模な軍事衝突がたびたび発生するなど長期間に渡り緊張状態が続いているが、韓国・金大中政権以降の対北宥和政策、いわゆる太陽政策の推進により、初の南北首脳会談が実現するなど緊張状態はやや緩和した。
しかし、一方では北朝鮮の核開発問題や韓国人拉致問題など未解決の問題が山積しており、最近では太陽政策の見直しが叫ばれるなど、統一の見通しが全く立っていないばかりか、統一自体が最早、事実上不可能な状況に陥っている。
1991年に日本の千葉県で行われた卓球の世界選手権、同年にポルトガルで行われたFIFA U-20ワールドユース大会では、両国は統一選手団として出場している(U-20サッカーコリア代表を参照)。
2000年のシドニーオリンピック、2004年のアテネオリンピック、2006年の冬季トリノオリンピック、2002年アジア競技大会、2003年アジア冬季競技大会、2006年アジア競技大会の開会式では、両国の選手団は統一行進(競技自体は別の国として参加)を行うなど、スポーツの分野では統一の機運は比較的高く、2008年に行われた北京オリンピックでは、真に統一された選手団として出場させる計画もあったが、実現せず、行進も別々で行われた。
2015年1月1日、北朝鮮の金正恩は、南北対話を望む主旨の発言を行った。
2018年に韓国で行なわれた平昌冬季オリンピックには北朝鮮も参加、特に女子アイスホッケーでは南北合同チームが結成された。
元仁荷大学教授のシェファード・アイバーソンが、朝鮮半島の対立を外交的に解決するために、北朝鮮内部での体制転換を実施するためとして、北朝鮮の上層部のエリートたちに賄賂を送る目的で、1750億ドルの統一投資ファンドを創設することを提案した。
この提案では、平壌で権力を振るうエリート幹部の家族に総額233億ドルを上納し、上位10家族にはそれぞれ3000万ドル、上位1000家族には500万ドルを上納すると指摘している。
また、1218億ドルは、統一後の生活を再び始めるために、国の一般住民に行くことになり、基金の収益は、民間団体やビジネスの大物から調達されることが想定されている[28][29][30]。
北朝鮮・金正恩による韓国敵視政策への移行
2011年に金正日が死去し、その後を継いだ総書記・国務委員長の金正恩は2019年2月の米朝首脳会談が決裂した後から、韓国側との関係断絶を推し進めてきた。
同年10月に「金剛山の南側施設をすべてなくせ」と指示し、翌年6月に開城工業団地内の南北共同連絡事務所を爆破した。
2020年12月に韓流など外部文化の自国への流入阻止のために「反動文化思想排撃法」を制定した。
2023年4月に南北通信連絡線を最終切断した[1]。
北朝鮮は2023年7月10日以降、それまで「南朝鮮」と呼称していた韓国を大韓民国と呼ぶようになり、韓国は統一の対象ではない別の国家とし、「わが民族」という表現や統一政策を公式から削除した。
専門家らによると、北朝鮮は南北統一を前提する方針を転換したと推測されている[3]。
同年末には金正恩の指示により、崔善姫北朝鮮外相の主導で統一戦線部など対南工作機関の整理手続きが進められ[1]、2024年1月11日以降は「わが民族同士」や「朝鮮の今日」等の対南工作機関が運営する韓国向けネットメディアが一斉にアクセス不可能となっている[31]。
また、2024年1月5日に朝鮮人民軍は北方限界線(NLL)周辺海域に向け砲撃を行ったが、それを伝える朝鮮中央通信の記事の中で朝鮮人民軍総参謀部は「今後これ以上韓国とは同じ民族ではないと」宣言した[4]。
2024年1月15日の最高人民会議で金正恩は「北朝鮮の憲法にある「北半部」「自主、平和統一、民族大団結」といった南北統一を前提とした記述を削除し、今後、朝鮮半島で戦争が起こった際には、「不変の主敵」である「大韓民国」を完全に占領・平定・収復するとした、「領土完整」という赤化統一路線を憲法に規定するとの認識を明確に示した[5]。
また、金正恩は「三千里の錦繍江山」「8千万同胞」のような「北と南を同族にまどわす残滓的な単語を使用しない」とし、「大韓民国を徹頭徹尾、第1の敵対国、不変の主敵と確固と見なすように教育を強化するということを当該の条文に明記するのが正しい」と強調した[1]。
そして、祖国平和統一委員会、民族経済協力局、金剛山国際観光局など「対南機関」の廃止を決めた。
更には、今回の最高人民会議で憲法からの削除を指示した「平和・統一・民族大団結」という祖国統一3大原則、全民族大団結10大綱領、高麗民主連邦制統一案など金日成の「業績」を宣伝するシンボルである「祖国統一3大憲章記念塔」の撤去も指示した[1]。
金委員長は、開城から新義州まで続く京義線の北側区間(平義線の最南部)を回復不可なレベルにまで物理的に完全に破壊するなど、韓国との境界地域(軍事境界線)の全ての連携を徹底的分離させることも表明した[1]。
統一した際の諸問題
この節は言葉を濁した曖昧な記述になっています。Wikipedia:言葉を濁さないおよびWikipedia:避けたい言葉を参考に修正してください。(2022年2月)
国民意識
朝鮮半島の分断には様々な要因があるが、1948年8月13日の李承晩による大韓民国(以下韓国)の建国宣言と、それに伴う同年9月9日の金日成による朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の建国宣言が、その中でも最も大きな要因と考えられている。
しかし、韓国の『中央日報』が2005年9月に伝えた報道によると、「朝鮮半島分断の責任はどこの国にあるか」というアンケートにおいて、アメリカ53%、日本15.8%、ロシア(ソ連)13.7%、中国8.8%という結果になっている[32]。
このように、統一に要する負担をアメリカ・日本・ロシア・中国に求める意見も少なくない。
また、下記のような経済的な負担が考えられることから、表向きは統一を願いつつも、実際には現在の分断状態を維持したほうが良いと考える層や韓国国外への脱出をはかる層も存在する。
北朝鮮の世界的な孤立状況と南北の経済格差、韓国の資本主義と北朝鮮の共産主義が全く正反対にあることから、現実的に統一は無理なのではないかとする声もある。
また、韓国では一部の人が「統一新羅時代から朝鮮(韓)民族は言語や伝統、歴史を共有してきたが、朝鮮戦争後の社会体制の違いから南北の人間はもう既に別民族」とする考えもおこってきている。
韓国のニューライト(新右派)などは、統一問題には冷淡であり、北朝鮮が崩壊したら、周辺諸国が共同管理すればよいと主張する。
韓国で大学修学能力試験(日本の大学入学共通テストに相当)を終えた高校生を対象に、統一問題や安全保障問題について講義や講演を行った脱北者によると、受講生は講義中の私語(大声で笑う、騒ぐ)やスマホいじりが多く、時には大声で通話することもあるなど学級崩壊・授業崩壊が酷く、教師も全く注意しないほか、中には「北朝鮮の悪い点をあまり強調しないでほしい」と求める教師もいるという[33]。
そして、生徒に「私はこの韓国が嫌いです。北朝鮮に行くことはできませんか?」「統一が実現すれば、北朝鮮の核兵器も韓国のものになるのだから、なぜこれをなくそうとするのか」などと質問されたことがあるといい、「韓国の学校では北朝鮮について一体どのように教えているのか。韓国の高校生は北朝鮮の実情についてあまりにも無知で、また安全保障という概念さえ持ち合わせていない」と韓国の教育現場を批判している[34]。
北朝鮮については、言論の自由がない情報統制国家ゆえに、国民の統一に関する意識がどの程度なのかは定かではない。
統一に要する費用
統一に要する費用については、アメリカの『ウォール・ストリート・ジャーナル』が報じたところ、世界銀行などの試算によると、約2兆ドル~3兆ドル(日本円にして約204兆円~306兆円)とも言われており、これは韓国のGDPの約1.5倍にも相当する。
現在、韓国と北朝鮮との経済格差はおおよそ30:1と換算されており、統一が実現した場合には国力に勝る韓国がその大部分を負担し、北朝鮮へのインフラ整備や食糧支援を始めとした総合的な援助を長期的に行う必要があるとされる。
そのような巨大な負担を韓国が担うことが出来るかという点については、大いに疑問視されており、負担の一部を国際社会からの援助で賄うことができたとしても、韓国がその負担に耐え切れず、朝鮮半島の経済が崩壊してしまうのではないかとも危惧されている。
GDPランキング177位の北朝鮮と10位の韓国とは経済力に差がありすぎるため、韓国国民が反対している。
なお、過去に日本が朝鮮半島を併合した時も同様で、日本は巨額の税金を朝鮮半島のインフラストラクチュア整備などに投入し続け、半島経営についての収支は常に赤字であったとされている。
また、1990年の東西ドイツ統一の場合も、経済格差は西ドイツ3:東ドイツ1であったと言われており、統一後のドイツ連邦共和国に於ける長期に渡る不況や、現在も存在する旧東ドイツ領域との経済格差による問題などが大きな国内問題となった。
しかし、一方で、1989年のベルリンの壁崩壊によって、人民民主主義体制であった東ヨーロッパの諸社会主義国の自由民主主義化が進み、それが1991年12月のソビエト連邦の崩壊に結びつき、ヨーロッパおよび世界に「平和の配当」をもたらしたことも事実である。
北朝鮮の民主化と韓国による統一が、この地域の軍事緊張を低下させるのであれば、それは周辺諸国にとっても経済的にも安全保障的にもプラスとなる。
このように、長期的には東アジアの民主化の進行はこの地域に恩恵をもたらすことは否定できない。その意味で、慎重かつ着実な統一の前進を求める声も根強い。
統一後の国家体制
韓国は1987年の「民主化宣言」以後、資本主義体制の自由民主主義国家であり、北朝鮮は共産主義(マルクス=レーニン主義)から「主体思想」に移行した独裁国家であるが、統一した場合の国家体制については全く不透明な状態となっている。
このような全く正反対とも言える体制の分断国家同士が統一した例としては、南北ベトナムの統一(1975年 – 1976年)、南北イエメンの統一(1990年5月22日)、東西ドイツの再統一(1990年10月3日)があげられる。
共産主義国家に吸収されたベトナムでは華僑・地主層・資本家などを含む大量の難民が発生し(ベトナム難民)、資本主義国家に吸収されたドイツでは難民は発生しなかったものの統一後の社会インフラストラクチュアの整備などで巨額のコストと失業などが発生し、北イエメン主導で統一が達成されたイエメンでは旧南イエメン勢力が分離独立を求め、1994年にイエメン内戦が勃発している。
朝鮮半島、周辺諸国および世界にも混乱をもたらす大量の難民を出さないために現実的に考えられるのは韓国による北朝鮮の緩やかな併合と思われるが、その過程において、北朝鮮の国民が資本主義や民主主義を理解し受け入れることができるか、またその為の教育や努力を韓国が為しうるかについても相当の困難が予想され、実現にはかなりの長期間が必要であると考えられる。
また、資本主義体制の香港及びマカオが社会主義体制の中国に返還された際には一国二制度が採用されたが、同じように朝鮮半島も片方による吸収統一を行わずに一国二制度のような形式をとる可能性もあり、北朝鮮は連邦制、韓国は緩やかな連合制を主張している。
共通通貨
統一後、共通の通貨が用いられることが予想されている。
大韓民国ウォン(韓国ウォン)と朝鮮民主主義人民共和国ウォン(北朝鮮ウォン)の為替レートは2018年6月時点でおよそ1:8の比率である[35]。
1990年の東西ドイツ統一により発行された新マルクを比較対象とした場合、西ドイツマルクと東ドイツマルクのレートは統一直前時点でおよそ1:10である[35]。
東西ドイツは南北朝鮮より経済格差が小さかったにもかかわらず「差が大きいため、いきなり統一するのは難しい」と言われていた[36]。
朝鮮が統合通貨を用いた場合、統合比率如何によって北朝鮮ウォンの貿易競争力を失い[注 2]、生産力も落ちる[36]。
これを避けるため大幅なレートの差を残して統一した場合、北側(現・北朝鮮)の住民が南側(現・韓国)になだれ込み、社会問題化する懸念がある[36]。
想定される新通貨は、韓国ウォンに一本化する方法(ドイツ型)、もしくは全く新しい統一ウォンであり、前者よりも後者の方法が朝鮮民族は納得するだろうと考え得る[37]。
しかしながら、国家の統一なくとも通貨同盟を実施して、それぞれ独立国家体制を維持したまま共通通貨を使用することもできる。
その他考えられる諸問題
統一後は、元韓国領地域へ大量に流入すると思われる北朝鮮地域からの住民の移動により、治安の悪化や都市のスラム化が進むと考えられている。
また、このような問題に端を発する差別や排斥運動なども懸念される。
また、現在も存在する北朝鮮の情報工作員や過激な民族主義者が統一後の韓国を混乱させるのではないかという事も危惧される。
この混乱が半島内に収まらず、日本や中国などの近隣諸国へも悪影響を及ぼす可能性も懸念される。
一方で、このまま北朝鮮が存続しても、不安定な軍事独裁国家として周辺諸国の脅威となり、また、「脱北者」と呼ばれる難民を生み出し続けることとなる。
特に陸続きの中国では、今でも大量の脱北者が存在するとされている。従って、一時的な負担は大きくても、統一による「平和の配当」が期待できるという見方もある。
中国は、北東アジア最大の鉄鉱石埋蔵量を誇る北朝鮮の茂山鉱山の50年間の採掘権を獲得し、また羅津港の50年間の使用権を獲得するなど北朝鮮の経済的利権を囲い込んでいる。
そのため、南北統一が実現すれば、中国の巨大な北朝鮮の経済権益を喪失しかねない。
また、北朝鮮が崩壊すれば、大量の難民が中国に流入し、中国の社会秩序さえ不安定化するため、重村智計[38]や礒﨑敦仁[39]の2人も北朝鮮が崩壊、内戦、クーデター等の混乱状態に陥れば中国が北朝鮮に軍事介入する可能性を指摘している。
また、韓国主導で南北統一が実現すれば、中国はアメリカと同盟関係にあり、在韓米軍基地の存在する国家と国境を接することになる。従って中国は、安全保障の観点から北朝鮮の存続を望んでいると考えられている。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 韓国は建国以来「中国を代表する国家」として中華民国を国家承認しており、台湾の中華民国政府を「正統な中国政府」としていた。そのため、1992年に国交を結ぶまで、韓国は北京の中華人民共和国を国家承認していなかった。詳細は台韓関係を参照のこと。
^ 安い通貨は輸出に有利に働く。
出典
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参考文献
石坂浩一「第36章 南北統一に向けて――まずは平和定着がカナメ」『北朝鮮を知るための51章』(初版第2刷)明石書店、東京〈エリア・スタディーズ〉、2006年3月31日、192-196頁。ISBN 4-7503-2264-4。
田中恒夫『図説 朝鮮戦争』(初版)河出書房新社、東京〈ふくろうの本〉、2011年4月30日。ISBN 978-4-309-76162-6。
ハイナー・フラスベック、グスタフ・ホーン (訳: 百濟勇)「ドイツ統一 —— 朝鮮半島の一つの例となり得るか? ——」『駒澤大学外国語部論集』第46巻、駒沢大学外国語部、259-304頁、1997年9月。
関連項目
南北対立
朝鮮戦争
朝鮮戦争休戦協定
38度線
軍事境界線 (朝鮮半島)
共同警備区域
北方限界線
北朝鮮核問題
南北和平
南北共同声明
南北首脳会談
南北基本合意書
6.15南北共同宣言
北朝鮮との平和条約
板門店宣言
大韓民国
大韓民国統一部
北進統一
北派工作員
越北
太陽政策
北朝鮮向けビラ
南北共同宣言実践連帯
朝鮮民主主義人民共和国
祖国統一民主主義戦線
赤化統一
対南工作
脱北者
北朝鮮による韓国人拉致問題
高麗民主連邦共和国
その他
離散家族
統一旗
南北等距離外交
板門店
イムジン河
朝鮮半島分断
外部リンク
大韓民国・統一部 (朝鮮語)
朝鮮民主主義人民共和国政府公式ポータルサイト・ネナラ 「朝鮮は一つ」 (日本語)
北朝鮮と韓国の1人当たりGDPの長期推移
表話編歴
朝鮮戦争
表話編歴
民族統一主義
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カテゴリ: 朝鮮半島の南北関係韓国の政治朝鮮民主主義人民共和国の政治国家統一
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』
季刊三千里
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A3%E5%88%8A%E4%B8%89%E5%8D%83%E9%87%8C
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
季刊三千里(きかんさんぜんり)は、1975年から1987年まで発行されていた、朝鮮半島と在日韓国・朝鮮人に関する日本語の総合雑誌である。
概要
1975年2月、金達寿・李進熙・姜在彦らにより創刊された[1]。
「創刊のことば」に、“朝鮮をさして、「三千里錦繍江山」ともいう。「麗しい山河の朝鮮」という意味である。雑誌『季刊三千里』には、朝鮮民族の念願である統一の基本方向をしめした1972年の「7・4共同声明」にのっとった「統一された朝鮮」を実現するための切実な願いがこめられている。”等とある。
発行元は東京の三千里社。在日韓国・朝鮮人が主体になって執筆・刊行が続けられ、1987年5月、50号をもって廃刊とされた[2]。
金芝河五賊筆禍事件、金大中事件、中国朝鮮族自治州訪問記、三・一運動六十周年、NHK朝鮮語講座開設の要望、古代日本と朝鮮とのつながり、江華島事件百年、在日外国人と指紋押捺、現代の朝鮮文学、朝鮮通信使、朝鮮の芸能文化など、幅広いテーマが取り上げられ、特集が組まれた。
同誌の刊行されていた時期は、在日韓国・朝鮮人の世代別の人口構成の中心が一世から日本生まれの二世・三世に移行する時期であり、一方で、日本政府は1980年代に入り出入国管理及び難民認定法を改定し在日朝鮮・韓国人を帰化に導く政策をとっていた。
このような状況のなかで、在日韓国・朝鮮人社会は新たなアイデンティティーや生き方を模索しなければならないという問題に直面するが、そのような模索作業の主な空間の一つが『季刊三千里』であった、との研究がある[3]
脚注
[脚注の使い方]
^ 創刊当時は金石範も編集同人に加わっていたが、金達寿たちの韓国訪問に抗議して同人から離脱した
^ 国立国会図書館蔵書検索
^ 「『계간 삼천리』(季刊三千里)의 민족정체성과 이산적 상상력」日本語文學 第41輯, 2009.6, page(s): 3-442
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季刊誌総合雑誌 (休廃刊)1975年創刊の雑誌1987年休廃刊の雑誌朝鮮半島の南北関係
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』
<独自>朝鮮学校に「南北統一」教育禁じる指示 総連内部文書 韓国との平和統一放棄で – 産経ニュース
https://www.sankei.com/article/20240626-IR64DSAGHRLNHA5Q3RRVSRDFCI/
『2024/6/26 17:44
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記が韓国との平和統一の放棄を表明したことを受け、朝鮮学校に「自主統一」「一つの民族(ハンギョレ)」などの表現を使った指導を禁じる指示が出されていたことが26日、分かった。産経新聞が入手した在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の内部文書で判明した。朝鮮学校は「自主的平和統一」を掲げる総連の綱領を踏まえた教育を行ってきたため、本国の方針転換で混乱が生じているという。
朝鮮学校の指導に朝鮮総連の影響があることが明らかになったことで、補助金の支出を継続している一部の自治体は対応を求められそうだ。
正恩氏は今年1月の最高人民会議の演説で、韓国を「徹頭徹尾、第1の敵対国」と呼び、南北統一の放棄を表明。朝鮮総連は、この動きを踏まえて「対韓政策路線転換方針の執行について」と題する内部文書を示した。
文書では、「傀儡(韓国)らを同族に誤認しうる学習資料、編集物は一切使わない」と明記。
朝鮮学校の指導で、韓国側を意味する「南朝鮮」や、朝鮮半島全体を指す「三千里」、「自主・平和統一・民族大団結」といった表現も「一切使用しない」と指示した。
校歌も南北統一を思わせるような歌詞を歌わないように要求。書籍、旗、Tシャツなども含めて朝鮮半島全体が描かれた地図の使用も禁じた。
また、「既に発行された祖国統一関連の出版物は、そのままにしておくものの、教育と学習においては一切使わず、今後再び出版・発行する際に全面修正する」とした。
朝鮮総連は「祖国の自主的平和統一」を綱領に掲げ、朝鮮学校でもその方針の下で教育が行われてきた。高校にあたる朝鮮高級学校で使われている社会科教科書では、韓国社会や南北統一に向けた動きが手厚く記述されており、授業内容や学校活動などの大幅な見直しを迫られそうだ。』
カーゾン線
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%B3%E7%B7%9A





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ポーランド国境の推移(1918年 – 2005年)
緑色の線(CURZON LINE、カーゾン線)は第一次世界大戦後に定められたポーランド・ロシア国境。
ソビエト・ポーランド戦争の結果、リガ条約により空色で示した領域をソビエトから獲得、青色の線で示した国境が画定した。
オレンジ色の線は独ソ不可侵条約の秘密議定書で定められたポーランドを分割するライン。赤が第二次世界大戦後のポーランド国境。ポーランドは空色で示した領域をソ連に譲り、黄色で示したドイツ領を得た
カーゾン線(カーゾンせん、英語: Curzon Line)は、第一次世界大戦後、イギリスの外務大臣ジョージ・カーゾン卿によって提唱された、ポーランドとソビエト・ロシアの境界線のことである。
第二次世界大戦後のポーランドの東部国境は、ほぼこの線の位置にある。
概要
ポーランドにおける母語調査の結果(1931年)
第一次世界大戦後、戦勝国は、ドイツ帝国、ソビエト連邦、およびオーストリア・ハンガリー二重帝国の領域内に独立したポーランド国家を樹立することを合意したが、ポーランドの東方はポーランド人、ウクライナ人、ベラルーシ人、リトアニア人、ユダヤ人が多く住む混住地域であり、国境の画定は難航した。
ヴェルサイユ条約ではポーランド東部国境は「後日決定する」とされた。
1919年にイギリスの外務大臣ジョージ・カーゾン卿によってポーランドとソビエト・ロシアの東部国境線の案が提唱された。これがカーゾン線である。
カーゾン線は、イギリスがかつて承認した、第三次ポーランド分割後のプロイセンとロシアの境界に近いものであった。
カーゾンの案にはA案とB案があり、B案ではリヴィウをポーランド領とする案になっていた[1]。
またこれはカーゾンの意図しないことだったが、この線の西側はローマ・カトリックを信仰するポーランド人が多数派を占め、一方この線の東側ではポーランド人以外の住民が半数を上回り正教会が主に信仰される地域となっていた。
提唱された時点においては、関係国間の対立によって受け入れられなかった。
特にポーランドは分割以前の領土回復を主張してカーゾン線の受け入れを拒否し、ソビエト・ロシアとの間で武力衝突が発生した(ポーランド・ソビエト戦争)。
1921年にリガにおいて結ばれた講和条約では、ポーランドの軍事的勝利もあって、カーゾン線より200km東にポーランドの東部国境が制定された。
その後
しかし、カーゾン線はソビエト・ロシアにとって意味を持つようになり、1939年のナチス・ドイツとソビエト間の秘密協定・モロトフ=リッベントロップ協定では、ポーランドの分割占領線と規定され、同年にポーランドは両国によって、北部を除きほぼこの線で分割占領された。
またヨシフ・スターリンは、テヘラン会談など連合国との協議においても、カーゾン線を境界とすることを主張し、連合国首脳に承認された。第二次世界大戦後のポーランドの東部国境は、大体カーゾン線の位置にある。
カーゾン線の東側では、1939年のソ連による占領の時点で、地域人口1,300万人のうちポーランド人は500万から600万に達したが、うち数十万人がソ連により中央アジアに強制移送された。
また100万人以上いたユダヤ人の多くが、ソ連による迫害やドイツ軍侵入により逃亡するか殺害された。
1945年以後はカーゾン線の東に住んでいたポーランド人の多くはポーランドに移住し、ポーランドがドイツから得たオーデル・ナイセ線東部の新領土(「回復領」。旧ドイツ領のポメラニアやシレジア、東プロイセン南部)に定住したが、現在でもベラルーシに50万人近く、ウクライナに15万人ほど、ロシアに10万人以上のポーランド人が居住している。
カーゾン線の西側にも農村地帯などにウクライナ人やベラルーシ人が多く住む地域が点在していたが、これらの民族も第二次世界大戦後、ポーランド政府による「ヴィスワ作戦」などで、ソ連国境から遠い旧ドイツ領(回復領)に強制移住させられている。
脚注
[脚注の使い方]
^ B案はポーランドがA案に反対することを想定して作成された。リヴィウはポーランド名でルヴフ (Lwow) と呼ばれ、ポーランドにとって歴史的に重要な都市だった。
参考文献
出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2017年11月)
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Byrnes, James F. Speaking Frankly. New York: Harper and Brothers Publishers, 1947, pp. 25–32. From the memoirs of ジェームズ・F・バーンズ, on the Yalta Conference.
Churchill, Winston S. Closing the ring. 2nd ed. Tome 5. London: The Reprint Society Ltd, 1954, pp. 283–285; 314-317. From the memoirs of Winston Churchill.
Churchill, Winston S. Triumph and Tragedy. 2nd ed. Tome 6. London: The Reprint Society Ltd, 1956, pp. 288–292. From the memoirs of Winston Churchill, on the Yalta Conference.
Crimea Conference, in Parliamentary Debates. 1944-45, No. 408; fifth series, pp. 1274–1284. Winston Churchill's statement to the イギリス庶民院, 27 February 1945, describing the outcome of the Yalta Conference.
関連項目
領土問題
ドイツ人追放
オーデル・ナイセ線
カテゴリ:
ポーランドの歴史 (1918–1939)ウクライナの歴史リトアニアの歴史ベラルーシの歴史ウクライナの国境ポーランドの国境ベラルーシの国境第一次世界大戦ポーランド・ソビエト連邦関係人名を冠した境界線ジョージ・カーゾン
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ロシア近隣のNATO加盟国、国境防衛を強化…ポーランドは7段階の防御線で対抗
https://www.businessinsider.jp/post-287868

『 ウクライナ侵攻(ロシア・ウクライナ戦争)
ポーランド
NATO
Sinéad Baker
Sinéad Baker [原文] (翻訳:大場真由子、編集:井上俊彦)
Jun. 04, 2024, 07:00 PM 国際
X
ポーランド国防省が発表した国境防衛計画図。
Poland Ministry of National Defence
ポーランドは、ロシアおよびベラルーシとの国境沿いの新たな防衛計画を発表した。
ポーランドや他のヨーロッパのNATO加盟国は、ロシアが攻撃を仕掛けてくる可能性があると警告している。
ポーランドが公開した国境防衛計画図にはフェンス、有刺鉄線、対戦車障害物、植物の層などが見られる。
NATO(北大西洋条約機構)加盟国であるポーランドは、ロシアからの攻撃を防御するための国境に関する新たな計画を発表した。
ポーランド国防省は2024年5月27日、ロシアおよびベラルーシとの東部国境を強化するための作戦「東の盾」計画を発表した。この取り組みは1945年に第二次世界大戦が終結して以来、NATOの東端における最大規模の防衛活動となるだろうと同省は述べた。
政策文書の一部として公開された図には、計画されている「国境地帯」の一部が示されているが、以下の通り、少なくとも7段階の防御の層が見られる。
恒久的なフェンス
有刺鉄線
対戦車用の溝
対戦車障害物
地雷
もう一つの溝
植物
同省はまた、警戒・追跡システムや、対無人機システムの増強、および前線作戦基地の準備計画も明らかにした。
ポーランド軍参謀総長のヴィエスワフ・ククワ(Wieslaw Kukula)将軍は、「このプロジェクトはポーランドの抵抗力を強化し、敵軍の機動力を制限し、ポーランドの兵士と民間人を保護する」と述べた。
ポーランドはロシアの飛び地、カリーニングラードと国境を接している。また、ベラルーシとも国境を接している。ベラルーシはロシアの傀儡国家とされ、ロシアの侵攻を支持してきた独裁国家である。
さらに南はロシアが2022年から本格的な侵攻を開始しているウクライナと国境を接する。
この計画では、すべての国境地帯が最大限に強化されるわけではないとしているが、詳細は明らかにされていない。ポーランドはロシアと約140マイル(約225km)、ベラルーシと約250マイル(約402km)、国境を接している。
この「東の楯」計画では、合計435マイル(約724km)の国境をカバーするという。
ポーランドの副首相と国防大臣を兼任するヴワディスワフ・コシニャク-カミシュ( Władysław Kosiniak-Kamysz )は、「防衛に関する工事は2024年中に始まり、2028年までに完了する」と述べた。
ヴワディスワフ・コシニャク-カミシュは、その費用を25億6000万ドル(約4028億円)としている。
2024年5月27日、ポーランド・ワルシャワにて、NATOの東側強化計画について語るヴィエスワフ・ククワ軍参謀総長(右)とチェザリー・トムチク(Cezary Tomczyk)国防副大臣(左)。
AP Photo/Czarek Sokolowski
このプロジェクトは近隣のバルト3国、エストニア、リトアニア、ラトビアと協力して行われている。この4カ国はいずれもかつてソ連に支配されており、ロシアが再び攻撃してくる可能性について声高に主張してきた。
ポーランドとバルト諸国は、ウクライナにとって最も近しい同盟国であり、ほとんどの西側諸国よりも大規模な対応を主張している。
ポーランドはGDPに占める国防費の割合が、アメリカを含む他のNATO加盟国よりも高い。
ロシアが攻撃する可能性を警告
ポーランドは、ロシアがウクライナとの戦争で敗北しなければ、ヨーロッパの他の地域を攻撃する可能性があると警告するヨーロッパのNATO加盟国のひとつだ。NATOには集団的自衛権があるため、そうなればアメリカはより大規模な戦争に巻き込まれる可能性が高い。
ポーランドの国家安全保障局(National Security Bureau)のトップは、2023年末、ロシアは3年以内、つまり2026年までにNATO諸国を攻撃する可能性があると述べた。 』