広がる陰謀論、一度信じると脱出は難しく 鳥海不二夫氏
東京大学教授
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD270DK0X20C25A8000000/

『2025年9月9日 2:00 [会員限定記事]
ポイント
○同じ価値観のコミュニティーが信念増強
○「不誠実な陰謀論者」が金銭目当てに拡散
○陰謀論を生み出す情報空間の知識獲得を
2000年代に「Web(ウェブ)2.0」と呼ばれる概念が提唱された。インターネット上で多くの人々が情報発信をできるようになったことから、新しいウェブの時代が始まったと言われていたのである。
現在、実際に多くの人々が自ら情報を発信する環境が整い、ウェブは様々な人々が発信する情報にあふれている。我々は以前よりもはるかに多くの情報に接することが可能となった。
一方で、2010年代にはフェイクニュースと呼ばれる偽情報の存在が問題視されるようになった。真実よりも個人的な心情へのアピールが重視されるようになり、10年代半ばからポストトゥルース(Post Truth)の時代に入ったとも言われていた。
それから10年が経過し、真実を見極めることがますます困難になっている。そのような中でどのように情報を信頼すればよいのか。
人々は情報を「理解できる」安心感への傾倒が増加し、「正しさ」ではなく「理解できる物語」を求めるようになっている。受け入れられるナラティブ(物語)を求め、ナラティブによって情報を信頼するかどうか決定するようになった。
◇ ◇
その中でも陰謀論はナラティブ的特性をもつ事例の一つである。何をもって陰謀論とするかは難しい問題ではあるが、一般に陰謀論と呼ばれるものの多くは専門知識がなくても理解しやすい構造をしており、時には人を魅了するナラティブで構成されている。
このような陰謀論はどのように広がっていくのだろうか。実際に多くの陰謀論が拡散することがあるX(旧ツイッター)のデータからその特徴を見てみよう。一般的にXは広大な空間である一方で、フォロワー関係によって情報の拡散は制限され、一定のコミュニティーが構築されることがよく知られる(図参照)。
無数に存在するコミュニティーの中に、陰謀論を信じるユーザーによるものが存在する。そこでは様々な陰謀論が飛び交う。我々の調査では、X上で特定の陰謀論を拡散したユーザーは、別の陰謀論を拡散する割合が、そうではないユーザーと比較して高いことが明らかになっている。
このようなコミュニティー内ではエコーチェンバーという現象が生じていると考えられる。同じ価値観を持つ人々が集まることで、特定の考えに肯定的な情報ばかり受けることになり、結果として信念を強化することになる現象である。
陰謀論を信じる人のコミュニティー内では、様々な陰謀論を肯定的に扱う言説が否定されることなく話され、結果としてユーザーが多くの陰謀論へ接することになると推測される。
では、この陰謀論コミュニティーから抜け出すことは可能だろうか。データから見る限り、陰謀論に一度はまった人がそこから脱出することはほぼできない。我々がソーシャルメディア上のデータを分析すると、陰謀論的言説を信じるコミュニティーに属する人で、その後コミュニティーから抜け出した人数がゼロだったという例が存在する。
一般に陰謀論から脱出できる可能性は低く、家族でも陰謀論を信じた人を説得することは難しいといわれる。一度所属すると抜け出すのは難しいことを考えると、そもそも陰謀論に近づかないようにすることが重要であると考えられる。
我々の身近には、陰謀論の入り口となる様々なものが存在している。例えばスピリチュアルなものや、自然食品のような一見害のなさそうなものが、権威や科学不信につながり陰謀論の入り口になることがある。これらの情報が悪いということはないが、それが陰謀論の入り口になっていることは情報として知っていてもよいのではないか。
また現在では、動画サイトが陰謀論の入り口となっている。動画サイトでは利用者が見たくなるような動画を推薦される。この推薦システムは、自分では気づかなかった多くの動画を提供し、また不必要な動画を見る必要もなくなり、現代の情報取得には必要不可欠なシステムと言えよう。
しかしながら、推薦システムは基本的に我々が見るであろう動画を推薦する。我々は多様な動画が存在するにもかかわらず、好みに合った一部の動画にしか接することができなくなっているともいえる。フィルターバブルという言葉も最近よく使われるようになってきたが、人工知能(AI)によって動画が推薦され、我々はAIが作り出すフィルターの泡の中でしか情報を見ることができない。
本来は見たい動画を推薦してくれるありがたい存在であるが、実際にはそれが陰謀論への誘導となる場合がある。その際に大きな役割を果たしているのが「不誠実な陰謀論者」である。
とりうみ・ふじお 76年生まれ。東京工業大博士(工学)。専門は計算社会科学、人工知能の社会応用
陰謀論を信じる人の中にも、真剣にその考えを信じる「誠実な陰謀論者」がいる一方、投稿でアクセスが稼げ収入が得られるという理由から、自身は信じていないにもかかわらず陰謀論動画を投稿する人たちが一定数いる。これらの不誠実な陰謀論者が、陰謀論への架け橋となっている。
もちろん誠実な陰謀論者であれば陰謀論を広めてもよいのかというのは判断が悩ましいところではあるが、少なくとも金銭的な目的で陰謀論を広めている人々が一定数いるということは、動画を見る際に考慮してもよい点であろう。
このような状況をもたらしている要因の一つにアテンションエコノミーがある。現代情報空間では多くのプラットフォームで広告収入を中心とした運営がなされ、閲覧されることが収入につながる。にもかかわらず情報過多の現代では、単に情報を提供しただけでは関心(アテンション)を得ることができない。
そのため、何とかアテンションを得て情報を見てもらうために「自分が信じていなくても陰謀論を投稿すれば閲覧数を稼げる」と考えた不誠実な陰謀論者が、動画を投稿することにも何の不思議もない。現代情報空間の根幹にある経済システムそのものが陰謀論にはまる遠因になっているということができるだろう。
◇ ◇
以上のように、陰謀論は一度そのコミュニティーに入ると多くの陰謀論に接するようになる上、脱出が難しいという特徴がある。一方でコミュニティーに入る様々なきっかけが存在し、十分な知識を持たなければ、いつの間にか陰謀論コミュニティーに入ってしまう可能性が否定できない。
現代情報空間の成り立ちに関する理解が、適切に生き抜くために必要となっているといえよう。このような知識は、我々が暴飲暴食をせず健康に資する食事を摂るためにカロリーやビタミンといった概念を知識として持つことに似ている。
陰謀論にとらわれないために、陰謀論を見抜く力を身に付けるというのはあまり現実的ではない。我々が肉体的健康を保つために食事や運動の基礎知識を持つように、情報的健康を実現するため、情報空間がどのようなものなのか基礎知識を持つことが求められているのではないだろうか。
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