間もなくNSC(国家安全保障会議)創設10年目…。
https://www.nids.mod.go.jp/publication/asagumo_seminar/pdf/2023/1130.pdf

間もなくNSC(国家安全保障会議)創設10年目…。
https://www.nids.mod.go.jp/publication/asagumo_seminar/pdf/2023/1130.pdf

リマン方面の戦い、ゼレベツ川右岸のウクライナ軍は厳しい状況に直面
https://grandfleet.info/war-situation-in-ukraine/in-the-battle-for-liman-ukrainian-troops-on-the-right-bank-of-the-zerebets-river-face-a-difficult-situation/#comment_headline

『2024.01.6
リマン方面についてシルシキー大将は昨年末「敵は集中的な攻撃を再開した」と言及、1月4日に登場した映像でロシア軍がテルニー方向に前進していると裏付けられたが、今度はプロシュチャンカ方向からマキイウカ方向にロシア軍が前進していることが確認された。
参考:Лиманское направление: продвижение ВС РФ к северу от Торского выступа
バフムート方面やリマン方面に比べればアウディーイウカ方面の状況は安定している
リマン方面についてシルシキー大将は昨年末「我が軍をセレブリャンスキー森林地帯(自然保護区のこと)から追い出し、トルスケ峡谷(テルニーの西に広がる峡谷のこと)での支配領域を広げるため敵は集中的な攻撃を再開した。敵はテルニーの占領とゼレベツ川への接近を試みている」と言及、1月4日に確認されたウクライナ軍の映像で「ロシア軍がテルニー方向に前進している」と裏付けられたが、さらにプロシュチャンカ方向からマキイウカ方向にロシア軍が前進していることが確認された。
出典:GoogleMap リマン周辺の戦況/管理人加工(クリックで拡大可能)
新たに登場した視覚的証拠はⒶ付近でウクライナ軍がロシア軍兵士を砲撃している様子で、ロシア軍はマキイウカ方向に1.5km以上も前進している格好だ。
ロシア人ミルブロガーが運営するRYBARはリマン方面について5日「この戦線の主要目標はウクライナ軍がゼレベツ川右岸に築いている橋頭堡を排除することだ。ロシア軍はテルニー方向でウクライナ軍の防衛ラインを突破し、敵が公開した映像(上記リンク先の映像のこと)によればロシア軍はシロカ・バルカ渓谷を北に進んでいる。まだ集落郊外まで3kmほどあるもののテルニーを解放すれば「ネフスケ」や「ネフスケの正面に位置する渓谷」に陣取るウクライナ軍の立場は難しくなるだろう」と指摘。
出典:Минобороны России
RYBARは更新した戦況マップの中でマキイウカ方向、テルニー方向、ディブロバ方向、セレブリャンスキー自然保護区でロシア軍が前進していると主張(黄色斜線の範囲)しているが、ウクライナ人が運営するDEEP STATEは何も言及しておらず、今のところRYBARの主張を裏付ける視覚的証拠は登場していない。
どうしてもアウディーイウカ方面に目が行きがちだが、バフムート方面やリマン方面に比べればアウディーイウカ方面の状況は安定(戦闘規模が低下しているという意味ではない)していると言える。
関連記事:複数方面で前進を続けるロシア軍、リマン方面のウクライナ軍は大きく後退
関連記事:侵攻670日目、ロシア軍はザポリージャや南ドネツクで失った土地を奪還
※アイキャッチ画像の出典:Генеральний штаб ЗСУ
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投稿者: 航空万能論GF管理人 ウクライナ戦況 コメント: 28 』
金氏娘「有力な後継者」 韓国情報機関が見解
https://nordot.app/1115272071291912259?ncmp=post_rcmd
『2024/01/03
【ソウル共同】韓国の情報機関、国家情報院(国情院)は3日までに、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記の娘で「ジュエ」さんとの情報がある少女について「現在のところ有力な後継者とみられる」と、国会議員に示した資料で明らかにした。
「公開活動の内容や礼遇の水準」を総合的に分析した結果だとした。金氏がまだ若く、状況は流動的だとして、あらゆる可能性を念頭に注視しているとも説明した。
金氏の娘を巡り、国情院は昨年9月、後継者とみるのは「性急」としていたが、その後の動静などから判断を変えた可能性がある。最近では平壌で開かれた新年を祝う公演を金氏の隣で観覧した。
© 一般社団法人共同通信社 』
モスク、中国様式を義務化 中国・新疆、条例改正
https://nordot.app/1116334698117890172
『 2024/01/06
【上海共同】中国新疆ウイグル自治区政府は6日までに、モスク(イスラム教礼拝所)など宗教施設を新設したり改修したりする場合、建物や装飾を中国様式にすることを義務付ける改正「宗教事務条例」を公表した。
習近平指導部は「宗教の中国化」を推進。国内のイスラム教徒が外国の影響を受けることを警戒し、イスラム教徒のウイグル族に対する管理を強めている。
改正条例は「(宗教施設の)建物や彫刻、絵画、装飾は中国の特色と風格を体現しなければならない」と明記した。公告は4日付で、2月1日からの施行。
© 一般社団法人共同通信社 』
「愚策を進める小池知事」能登半島地震で「太陽光パネルに近寄らないで」注意喚起…設置義務化を進めた小池百合子氏に批判が飛び火
https://smart-flash.jp/sociopolitics/267783/1/1/
『社会・政治 投稿日:2024.01.03 16:42FLASH編集部
1月1日に発生した能登半島地震を受けて、翌2日に経済産業省が公式「X」(旧ツイッター)に災害時における太陽光パネルの取り扱いについて注意喚起のメッセージを掲載した。
そこには《太陽光パネルは、破損した場合でも、日の光が当たると発電をする可能性があるため、むやみに近づかないようにご注意下さい。また、復旧作業にあたられる際も十分ご留意下さい》とある。
関連記事:安倍首相の腰巾着「萩生田光一」のリーゼント番長時代【写真あり】
さらに、今では一般住宅の屋根にも多くの太陽光パネルが設置されていることから、《ご自宅の屋根などに太陽光発電パネルを設置されている方は、停電時でも太陽光発電パネルの自立運転機能で電気を使うことができますが、感電の危険がないか、充分確認してから使用してください》のメッセージもあった。
また、シャープの公式「X」も同日、《災害時の家電および太陽光パネルの取扱いにご注意ください。特に太陽光パネルは感電のおそれがあります。一般の方は触らないでください》と投稿している。
「日本では、2021年5月、改正地球温暖化対策推進法が成立しました。『2050年までの脱炭素社会の実現』を基本理念として、同年10月に閣議決定された『エネルギー基本計画』では、2030年度の電源構成として再エネ導入目標を36~38%としています。
そのうち太陽光は14~16%とされていることから、官民一体となって太陽光パネルの設置を勧奨してきました。
ところが、太陽光パネルは破損しても感電の可能性があり、またゴミとして処理するのもたいへんなので、『X』には《こういうのを見ると自宅屋根には付けない方が良さそうだな》《災害時、太陽光パネルがどれだけ危険かわかるな》などの書き込みが目立っています」(経済担当記者)
こうした反響が、東京都の小池百合子知事が高らかに打ち出した「屋根が発電するのが当たり前という機運を醸成したい」という施策にも飛び火している。
「都は、2025年4月から、新築住宅への太陽光発電システムの設置を義務化する制度を始めます。すでに、新築住宅にパネルを設置する場合は1kWあたり10~12万円(上限36万円)、既存住宅に設置する場合は1kWあたり12~15万円(上限45万円)の補助金を出しています。
ですが、今回の地震でわかるとおり、日本では大地震が多発しています。震度7は、東日本大震災含めここ10数年で5回も起きているわけですから、いざというときの対応も含め、議論しておく必要があるでしょう」(同)
実際、「X」には、小池知事の施策に対する不安の声があふれている。
《#首都直下型地震 #富士山噴火 とか言ってるのに、小池百合子は何故それ程にまで太陽光パネル設置に拘るのか》
《太陽光パネル火災は全て小池百合子の責任になります》
《地震など災害時に危険となりうる太陽光パネル 日本の首都東京でこれを住宅に義務づけようという愚策を進める小池都知事》
東京も首都直下地震が心配されている。もしもの時、ゴミとなった太陽光パネル対策はどうすればいいのか――。
( SmartFLASH )』
平成29年・2017|問7|憲法の概念(※ 行政書士試験)
https://gyosyo.info/%E5%B9%B3%E6%88%9029%E5%B9%B4%E3%83%BB2017%EF%BD%9C%E5%95%8F7%EF%BD%9C%E6%86%B2%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%A6%82%E5%BF%B5/
※ おそらく、この問題の正答率は、極端に低かったんだろう…。

『憲法の概念に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。
1、通常の法律より改正手続が困難な憲法を硬性憲法、法律と同等の手続で改正できる憲法を軟性憲法という。ドイツやフランスの場合のように頻繁に改正される憲法は、法律より改正が困難であっても軟性憲法に分類される。
2、憲法の定義をめぐっては、成文の憲法典という法形式だけでなく、国家統治の基本形態など規定内容に着目する場合があり、後者は実質的意味の憲法と呼ばれる。実質的意味の憲法は、成文の憲法典以外の形式をとって存在することもある。
3、憲法は、公権力担当者を拘束する規範であると同時に、主権者が自らを拘束する規範でもある。日本国憲法においても、公務員のみならず国民もまた、憲法を尊重し擁護する義務を負うと明文で規定されている。
4、憲法には最高法規として、国内の法秩序において最上位の強い効力が認められることも多い。日本国憲法も最高法規としての性格を備えるが、判例によれば、国際協調主義がとられているため、条約は国内法として憲法より強い効力を有する。
5、憲法には通常前文が付されるが、その内容・性格は憲法によって様々に異なっている。日本国憲法の前文の場合は、政治的宣言にすぎず、法規範性を有しないと一般に解されている。』
『【答え】:2
【解説】
1.通常の法律より改正手続が困難な憲法を硬性憲法、法律と同等の手続で改正できる憲法を軟性憲法という。ドイツやフランスの場合のように頻繁に改正される憲法は、法律より改正が困難であっても軟性憲法に分類される。
1・・・妥当ではない
硬性憲法とは、憲法改正について、通常の立法手続よりも厳格な手続を要求している憲法を言います。分かりやすいえば、憲法改正をしにくい憲法です。
日本の憲法も、憲法改正については、
各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、
さらに国民投票または国会の定める選挙の際行われる投票において過半数の賛成を得なければならない
とされている(憲法96条)ので、硬性憲法にあたります。
また、ドイツとフランスの憲法は、どちらも硬性憲法です。
一方、軟性憲法とは、憲法改正につき通常の立法手続で可能な憲法を言います。
イギリスは改正手続がしやすい軟性憲法に当たります。
2.憲法の定義をめぐっては、成文の憲法典という法形式だけでなく、国家統治の基本形態など規定内容に着目する場合があり、後者は実質的意味の憲法と呼ばれる。実質的意味の憲法は、成文の憲法典以外の形式をとって存在することもある。
2・・・妥当
憲法の意味は「形式的意味の憲法」と「実質的意味の憲法」の2つがあります。
つまり、憲法とは?という問いに対して、2つの切り口から説明できるということです。形式的意味の憲法とは、
憲法という名前で呼ばれている成文の法典(日本国憲法のように文としてあらわされているか)を意味します。
つまり、憲法典という形式さえあれば、内容がどのようなものであるかは問いません。
極端なことを言えば、憲法が1条しかなかったとしても、成文として存在しているのであれば
形式的意味での憲法は存在することになります。
ちなみに、イギリスは主要国で唯一、憲法が法典として存在しない国です。実質的意味の憲法は、「成文」「不文」は関係なく、内容に着目しています。
内容のない憲法は、実質的意味での憲法は存在しないということになりますそして「実質的意味の憲法」には、さらに「固有の意味の憲法」と「立憲的意味の憲法」に分類されます。
実質的意味の憲法には、さらに「固有の意味の憲法」と「立憲的意味の憲法」に分類されます。明治憲法下の皇室典範は実質的意味の憲法には当たりますが、形式的には憲法ではないため、上記の形式的意味の憲法には当たりません。
「固有の意味の憲法」とは、
国家統治の基本を定めた法としての憲法をいいます。
国があれば、当然に国家権力があります。
国家権力とは、国家統治の力です。
憲法は、国家統治の力についてルールで定めたものなので、
どんな国家でも、「固有の意味の憲法」は存在するわけですね。
「立憲的意味の憲法」とは、
市民革命により、絶対的な存在である王様を倒して、国家(王様)による個人の自由への干渉を制限し、国民の権利を保障するという内容をもった憲法です。
つまり、権力を制限することで国民の自由を保障するための法という意味が「立憲的意味の憲法」です。
そして、問題文を見ると
憲法の定義をめぐっては、
①成文の憲法典という法形式だけでなく、
②国家統治の基本形態など規定内容に着目する場合があり、
後者②は実質的意味の憲法と呼ばれる。
②実質的意味の憲法は、成文の憲法典以外の形式をとって存在することもある。
これは妥当です。
3.憲法は、公権力担当者を拘束する規範であると同時に、主権者が自らを拘束する規範でもある。日本国憲法においても、公務員のみならず国民もまた、憲法を尊重し擁護する義務を負うと明文で規定されている。
3・・・妥当ではない
憲法は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」を拘束する規範です。
国民(主権者)は含みません(憲法99条)。
よって、本肢は「主権者が自らを拘束する規範でもある」という部分が妥当ではありません。
4.憲法には最高法規として、国内の法秩序において最上位の強い効力が認められることも多い。日本国憲法も最高法規としての性格を備えるが、判例によれば、国際協調主義がとられているため、条約は国内法として憲法より強い効力を有する。
4・・・妥当ではない
憲法は、国の最高法規であって、その条規(憲法)に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しません(無効)(憲法98条)。
条約と憲法の優劣については、明確な判例はありません。
したがって、「条約は国内法として憲法より強い効力を有する」が妥当ではありません。
5.憲法には通常前文が付されるが、その内容・性格は憲法によって様々に異なっている。日本国憲法の前文の場合は、政治的宣言にすぎず、法規範性を有しないと一般に解されている。
5・・・妥当ではない
日本国憲法には前文があるが、この前文は憲法の一部だと考えられていて、法規範性も有しています。
したがって、前文を改正するためには、憲法改正の手続き(憲法第96条)が必要です。』
憲法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%86%B2%E6%B3%95

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 この項目では、憲法の体系について説明しています。憲法の形式については「コンスティチューション (法学)」を、現行の日本の憲法については「日本国憲法」を、その他の用法については「憲法 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
人間と市民の権利の宣言(フランス革命)。
憲法()とは、国家の統治権や統治作用に関する根本的な原則を定める基礎法である[1]。国家の自己決定権の根拠となる法体系。
ある国が人民や外国政府等に対して権限を行使する場合の基本原則を示し、この原則が国民の福祉のための課税や歳出の権限などを政府に付与している。
また、憲法は十分な理由のない逮捕の禁止や非公開裁判の禁止などの国家権力を制限する機能も持っている。
憲法を成文化していない国民国家でも、国民のコンセンサスを得た強制力のある規則で構成される普通法や土地の法律などの慣習法・風習・成文法・判例、または国際規則や国際規範が存在するといえる。
1215年にイギリスで制定された「マグナ・カルタ」が源流で、1789年のフランスで制定された「人間と市民の権利の宣言」では人権と国民主権が宣言され、アメリカ独立戦争以降、国民が憲法で国家権力を制限するものと捉えられる。
国家の政治的統一体の構造や組織そのものを指す場合もあり(事実的意味の憲法)[2]、このほか憲法は多義的な概念としても論じられる[3]。
概説
憲法には国家における統治機構や統治者や為政者、国民の義務や権利に加え、前文に「国」の成り立ちや政府樹立の目的、さらには「神」について記載されることもある[4]。
国家の基本法としての現在のような日本語の「憲法」という語彙は、ドイツ語のVerfassungやフランス語及び英語のconstitutionの訳語のうち、1873年(明治6年)頃から使われるようになったものである[5][注釈 1]。
604年に制定された十七条憲法[注釈 2]の題名にも「憲法」という文字列が含まれるが、これは「おきて」や「のり」一般を意味するもので、本稿で説明する意味では用いられていない[注釈 3]。
この「憲法」はふつう文字の表現のとおり法的概念として用いられる[8]。
本来のドイツ語のVerfassungや英語のconstitutionという単語は、法的概念としての意味だけではなく、国家の政治的統一体の構造や組織そのもの[2][9]、事実上の国家体制、国家における実力関係や政治的状態などを意味する場合も多い[8]。
このような事実的意味として国家の政治的統一体として形成された国家の構造や組織(国家の具体的な存在状態や時々における政治状態)を指す場合(事実的意味の憲法)は、事実状態そのものであるから、法的意味の憲法と混同すべきでないとされる[2][5]。
特に法的意味の憲法を指す場合には、ドイツ語ではVerfassungsgesetz、英語ではconstitutional lawと表現される[2]。これらは日本語では「憲法律」と訳すことがある[10]。
事実的意味の憲法として、日本語では「国家構造」や「国制」を用いることがある。
ウォルター・バジョットのThe English Constitution(1867年)は日本語では『英国の国家構造』と翻訳されている[10]。
特に歴史学者は「国制」を用いており、Verfassungsgeschichteやconstitutional historyは「国制史」という場合が多い[10]。
詳細は「コンスティチューション (法学)」を参照
ヘルマン・ヘラー(Hermann Heller)は『国家学』でVerfassungを、
1.事実上のもの(国家の政治的存在状態の構造)、
2.規範づけられたもの(法的規範もしくは習俗・道徳・宗教によって規律されるもの)、
3.成文化されたもの(文書の形式で記録されたもの)の3つに大別している[5][11]。
2の意味には法的規範によって規律されるもののほか習俗・道徳・宗教によって規律されるものも含まれる[12]。
カール・シュミット(Carl Schmitt)は『憲法学』(Verfassungslehre)で、実定的意味のVerfassungと、法的概念としてのVerfassungsgesetz(憲法律)の区別を強調した[13]。
また、カール・シュミットは絶対的意味の憲法という概念を認めた[13]。
この絶対的意味の憲法は具体的存在面と根本法的規律面にこれを大別され、前者はさらに1.特定の国家の政治的統一及び社会的秩序の具体的な総体的状態、2.政治的及び社会的秩序の特別の様式(支配の形体または国家形体)、3.政治的統一の動態的な生成の原理の3つに分類されるとした[14]。
憲法に基づく統治権の信託と抵抗権
イギリスの哲学者ジョン・ロックは1689年に著した「統治二論」(市民政府論)において、統治の構造を自然法論の伝統と社会契約の理論により説明している[15][16][17]。
そこでは、立法権や行政権などの統治権が、統治者の武力や外圧によってもたらされるのではなく、生命と財産の保障を望む被治者からの「信託」によって成立すると説いている。
遡ること47年前の1642年にトマス・ホッブズが「市民論」で持ち出した自然状態での「万人の万人に対する闘争」を避けるために、必然的にコモンウェルス(commonwealth)への移行が要請されることとなる。
コモンウェルスの主権としては、立法権・行政権と連合権(外交権)の三権分立が挙げられ、立法権こそが基軸であるとしている。
またロックは、当時主流であった国王が立法権と執行権の両方を握る「絶対王政」を否定して、
議会が立法に携わる必要があり、議員は議会の制定した法に自ら服さなければならない
統治権者は同意なしに被治者の財産を奪えず、議会が課税同意権を基礎づける
といった点を論じているが、他方で行政権を行使する国王は、立法権への拒否権を持ち、刑罰法の執行の緩和・停止の権力を与えられるものと説いている。
そのうえで行政権と立法権の双方向のチェックを期待しつつ、人民(people)による「信託」という人民主権の概念を行政府も立法府も侵害した場合に対して、ホッブズが唱えていた「抵抗権」を発展させた「革命権」を提起した。
もっとも、統治権の変更を求めるような革命権の行使には相当の条件が必要ともしている。
この後、ロックの論を背景として立憲主義が発展し、「国民の信託に基づいた憲法の制定経緯」「連邦主義」「立法権など三権の分立」「抵抗権に先立つ憲法改正」「統治権者の憲法擁護義務」などを明文化した世界最初の共和政原理に基づいたアメリカ合衆国憲法が1788年に発効されている。
「アメリカ合衆国憲法#アメリカ合衆国憲法の思想的背景」も参照
法的意味の憲法の多義性
形式的意味の憲法と実質的意味の憲法
19世紀後半から20世紀にかけゲオルグ・イェリネック(Georg Jellinek)などに代表される法実証主義の公法学者によって、事実的な意味での憲法概念を除く法的意味の憲法は、実質的意味の憲法と形式的意味の憲法に整理されるようになった[18]。
実質的な意味の憲法と形式的な意味の憲法の区別はほぼそのまま日本の憲法学に取り入れられた[18]。
形式的意味の憲法とは「憲法」という名前で呼ばれている成文の法典を意味し、実質的意味の憲法とは多くの成文法や不文法の内容として存在する国家の基礎法全体を意味する[19]。
諸国にほぼ共通する現象として、実質的意味の憲法のすべてが成文化されているわけではなく、下位の法規範(法律や命令)で規定されたり、判例や憲法慣習によって補充されている[20]。
実質的意味の憲法には含まれないと考えられる事項が当該国家の特殊な事情や憲法制定者の意向のもとで形式的な意味の憲法に盛り込まれることがある[20]。
形式的な意味の憲法に含まれるものの実質的な意味の憲法に含まれないものとしては、「出血前に麻酔させることなく動物を殺すこと」を禁止したスイス憲法旧25条の2がしばしば引用されるが、樋口陽一によれば、これはユダヤ教徒の慣行を禁止することを目的とした規定であり、実質的な意味の憲法に含まれる[21]。
固有の意味の憲法と立憲的意味の憲法
固有の意味の憲法とは、国の統治の基本に関する国家の基礎法をいう[22]。
国家はいかなる社会経済構造をとる場合でも必ず政治権力とそれを行使する機関を必要とするから固有の意味の憲法は国家が存在するところには必ず存在する[23]。
これに対して1789年のフランス人権宣言16条が「権利の保障が確保されず、権力分立が定められていない社会は、すべて憲法をもつものではない」と述べているように、専断的な権力を制約して権利を保障することこそ最も重要な憲法の目的と考えられるようになり、政治権力を制限する規範体系・規範秩序を内容とする憲法を「立憲的意味の憲法」あるいは「近代的意味の憲法」という[23]。
なお、国の基礎法である憲法は、実定法の体系では公法に属する法である[24]。
樋口陽一による用法
樋口陽一によれば、「実質的意味の憲法」とは、いかなる社会でも問題となる基本的な統治制度の構造と作用を定めた法規範の総体を意味する。
そのうち、何らかの一定の形式上の標識を備えた法規範を「形式的意味の憲法」と呼ぶ。
さらに、その上で特定の実質内容をそなえた法規範を「近代的または立憲的意味の憲法」と呼ぶ[25]。
憲法の分類
形式による分類
類型 該当するもの
成文憲法(成典憲法) 憲法典として制定された憲法。第二次世界大戦後では、多くの国は成文憲法を有する。
憲法の条文数は平均で140少々となっている。
多いのはユーゴスラビア(406箇条)、インド(395箇条)。少ないのはインドネシア(37箇条)などがある[26]。
最短はヴィシー政権の憲法「1940年7月10日の憲法的法律」で、「全権力をペタン将軍に委任する」の1箇条しかなかった。
不文憲法(不成典憲法) 憲法典として制定されていない憲法。イギリスが代表例である。憲法が成文の単一の法典という形式の法規範では存在せず、議会法などの主要な法律、憲法判例、憲法慣習、憲法習律の総体が実質的意味の憲法である。
(※ イギリスには、「憲法典」が存在しないことは、あまり知られていない。
法学部出身者でも、不勉強な人だと、知らない。)
改正手続による分類
「憲法改正」および「硬性憲法」も参照
類型 該当するもの
硬性憲法 憲法改正手続に普通の法律改正以上に厳格な手続を要求する憲法。
軟性憲法 憲法改正が普通の法律改正と同様の手続で行いうる憲法。
制定主体による分類
制定の主体に着目して憲法を分類することもある。
類型 該当するもの
欽定憲法 君主によって制定された憲法(大日本帝国憲法など)。
民定憲法 (直接または間接に)人民によって制定された憲法。
協約憲法 君主と人民により制定された憲法。
条約憲法 連邦国家の憲法がその構成主体間の条約によって成立した場合のもの(ビスマルク憲法、アメリカ合衆国憲法など)
近代憲法の特色
近代の立憲的憲法は内容面においては人間の権利と自由の保障とそのための国家組織の制度化(具体的には権力分立)によって具体化されるものである[27]。
これはグロチウス、ロック、ルソー、モンテスキューなどによる自然権思想や権力分立論などを背景とする[27]。
立憲的憲法は形式面ではほとんどが成文憲法をとっている[28]。
その理由は近代合理主義のもとで成文法は慣習法に優ると考えられ、新しい権力関係を樹立するためには新たな政治機構の骨組みを書き留めておく必要があった[28]。
また、国家は自由な国民の社会契約によって組織されるという社会契約説のもと、この社会契約を具体化したものこそ根本契約としての憲法であり文書にしておくことが望ましいと考えられたことが成文憲法の発生と普及の大きな要因となった[28]。
また、立憲的憲法は性質面では一般に法律よりも改正が難しい硬性憲法となっている[29]。
憲法は権力(特に立法権)を法的に制限することによって不可侵で不可譲の自由を保障する普遍的な実質的価値を内在するものだからである[29]。
ただし、フランスの憲法思想ではフランス人権宣言6条が「法は一般意思の表明である」という考え方が強く憲法と法律との区別は徹底されてはいなかった[30]。
これに対しアメリカの憲法思想は独立時にイギリス議会や州議会による不当な権利・自由に対する制限への反発が強く、立法権への不信から立法権は制限されるべきと考えられ、憲法と法律との区別がフランスやドイツよりもはるかに明確に現れることとなった[31]。
近代憲法の多くは人権規定と統治機構の両面で構成される。人権規定については、その後、環境権、プライバシー、知る権利など、新しく生まれた概念が盛り込まれた憲法も多い[26]。
最高法規性と国法秩序
形式的最高法規性
憲法が国法秩序の段階構造で最も強い形式的効力をもつ規範であることは通常の法律改正よりも難しい憲法改正手続きが要求される硬性憲法のもとでは当然のことである[32]。そこで憲法の最高法規たる本質は憲法が実質的に法律とは異なる点に求める必要があり、それが次の実質的最高法規性である[32]。
実質的最高法規性
憲法の最高法規性の実質的根拠は、憲法が自由の基礎法として、人間の権利・自由をあらゆる国家権力から不可侵なものとして保障するという理念に基づきその価値を規範化したものという点にある[33]。
憲法の実質的最高法規性を重視する立場では、人権体系を憲法の根本規範と解し、憲法規範には価値序列があることを認める[34]。
「堅固に保護された条項」も参照
なお、一部のイスラム教国ではイスラム教の教典であるクルアーンが憲法と位置づけられている。
1992年3月のサウジアラビアでは統治基本規則第1条で「憲法はクルアーンおよびスンナとする」と定められており、イスラム教の教典が不文憲法となっている国である。このため、いかなる手続きをもってしても、絶対に憲法を改正することはできない。
「シャリーア」も参照
法律との関連
多くの近代国家では法律は憲法の規定を満たす範囲で公布されるため、初等的な法学の教書では「憲法は法律の法律である」等と説明される。
より一般的には上述したような歴史的経緯などから、多くの国では、憲法は「国民が国家に守らせる法」であり、法律は「国家が国民に守らせる法」であると捉えられている。
このような解釈により、国民主権の国では必然的に憲法は法律よりも優先される法となるため、結果的に法律は憲法に基づくことが必要となる[35][36]。
「立憲主義」も参照
著名な憲法学者
日本の著名な憲法学者については「日本の法学者一覧#憲法」を参照
「Category:憲法学者」も参照
ゲオルグ・イェリネック(ドイツ)
ハンス・ケルゼン(オーストリア)
カール・シュミット(ドイツ)
ルドルフ・スメント(ドイツ)
コンラート・ヘッセ(ドイツ)
パウル・ラーバント(ドイツ語版)
パウル・キルヒホフ(ドイツ語版)
ディーター・グリム(ドイツ語版)
エルンスト=ヴォルフガング・ベッケンフェルデ(ドイツ)
ローレンツ・フォン・シュタイン(ドイツ)
クラウス・シュテルン(ドイツ)
フィリス・シュラフリー(アメリカ)
アルバート・ヴェン・ダイシー(イギリス)
ホルスト・エームケ(ドイツ)
アデマール・エスマン(フランス)
レオン・デュギー(フランス)
クリストフ・メラース(ドイツ)
エルンスト・フォルストホフ(ドイツ)
フーゴー・プロイス(ドイツ)
ヘルマン・ヘラー(ドイツ)
レイモン・カレ・ド・マルベール(フランス)
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ このように元来、日本にはこれに相当する「国家の基本法」という概念がなかった。穂積陳重の『法窓夜話』によれば、憲法という日本語は、伝統的には単に「法律」の同義語か「厳しい法(いつくしきのり)」「道理」という意味でしかなかった。1873年(明治6年)に、箕作麟祥がフランス語の「Constitution」に「憲法」なる訳語を当てたのが始まりという。その後も「国憲」など別の訳語が当てられるときもあったが、明治17年になって伊藤博文が大日本帝国憲法の編纂に着手した際に「憲法」という語彙が確定したという。なお、1874年(明治7年)には地方の政治に関して「議院憲法」という名称の詔勅が出ている[6]。
^ 十七条憲法は、成立時期などについて議論がある。詳細は十七条憲法を参照
^ 小森義峯は以下のように述べ、十七条憲法は「実質的意味の憲法」かつ「固有の意味の憲法」としている[7]。
立憲政体ではないが、臣(公務員)が遵守すべき規範を成文で定めていることから国家の根幹法たる性格を有するとして、マグナ・カルタが成文憲法であるのと同じような意味で成文憲法といえる。
日本法制史を研究した牧健二の論文を引用し、牧も十七条憲法が国家統治の根本を定めることを主目的としていたことから成文憲法と見ていたとする。
出典
^ デジタル大辞泉「憲法」
^ a b c d 佐藤幸治『憲法』青林書院 16~17頁
^ 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、40頁。
^ 衆議院会議録情報 第183回国会メモ
^ a b c 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、2頁。
^ 板垣退助 監修『自由党史(上)』遠山茂樹、佐藤誠朗 校訂、岩波書店(岩波文庫)1992年、148~149頁
^ 小森義峯「十七条憲法の憲法学的重要性について」『憲法論叢』第1号、関西法政治研究会、1-11頁、1994年4月15日。NAID 110002283598。
^ a b 清宮四郎『日本国憲法体系』 1 総論、有斐閣、1961年、2頁。
^ ジーニアス英和辞典 第3版
^ a b c 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、3頁。
^ 清宮四郎『日本国憲法体系』 1 総論、有斐閣、1961年、5-6頁。
^ 清宮四郎『日本国憲法体系』 1 総論、有斐閣、1961年、6頁。
^ a b 清宮四郎『日本国憲法体系』 1 総論、有斐閣、1961年、3頁。
^ 清宮四郎『日本国憲法体系』 1 総論、有斐閣、1961年、4頁。
^ 【主権と自由pp207-212(岩波講座政治哲学第1巻)岩波書店】
^ 【「生存権」と国家―西洋国家思想に学ぶpp157-160(関家新助)中央法規出版】
^ 【社会契約論がなぜ大事か知っていますかpp174-175(伊藤宏之)柏書房】
^ a b 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、5頁。
^ 宮沢俊義『憲法』(改訂第5版)有斐閣、1973年、13-14頁。
^ a b 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、11頁。
^ 樋口陽一 1992, p. 5-6.
^ 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、8頁。
^ a b 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、9頁。
^ 伊藤正己『現代法学入門』(第4版)有斐閣、2005年、89頁。
^ 樋口陽一 1992, p. 3-5.
^ a b 『図解による法律用語辞典』(補訂2版)自由国民社(原著2006年2月26日)。ISBN 9784426401146。
^ a b 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、28頁。
^ a b c 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、31頁。
^ a b 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、37頁。
^ 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、38頁。
^ 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、39頁。
^ a b 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、55頁。
^ 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、56頁。
^ 芦部信喜『憲法学』 I 憲法総論、有斐閣、1992年、59頁。
^ 「憲法と法律」の違い - 公益社団法人日本青年会議所[リンク切れ]
^ 憲法って、何だろう? - 日本弁護士連合会
参考文献
樋口陽一『比較憲法』 36巻(第3版)、青林書院〈現代法律学全集〉(原著1992年2月29日)。ISBN 4417010757。
樋口陽一『憲法』創文社、1992年4月15日。ISBN 4423730537。
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北朝鮮、完全に「韓国は別国家」との大転換で「国父・金日成」の言葉すら否定してしまう……黄海での大規模砲撃演習はその一環か: 楽韓Web
https://rakukan.net/article/501995303.html
※ 『これ、北朝鮮の国家的アイデンティティのレベルで変化があったと見るべきです。』…。
※ 継続して注視を要する事がらだ…。
※ 『北朝鮮の憲法序文にこんな一節があります。
「祖国統一の根本原則と方法を提示し、祖国統一運動を全民族的な運動に発展させ全民族の団結した力で祖国統一の偉業を成就するための途を開いた。」』…。
※ まあ、「実質的意味の憲法」としては、「成文の憲法」よりも、「党」のほうが上位にあるんだろう…。
『西海実弾砲撃で挑発した北朝鮮「民族の概念、我々の認識から消した」(中央日報)
北朝鮮が5日、西海(ソヘ、黄海)上で実弾射撃訓練をしたことに関連し、「大規模な砲射撃と機動訓練を実施した大韓民国の軍事行動への当然の対応」とし「民族、同族という概念はすでに我々の認識から削除された」という立場を明らかにした。
朝鮮中央通信によると、北朝鮮人民軍総参謀部はこの日、「西海の海上緩衝区域という白翎島(ペクリョンド)と延坪島(ヨンピョンド)北側水域で海岸砲射撃をしたという大韓民国軍部の主張は世論を誤導する完全に無理のある主張」とし「退避と対応射撃をしたのも、わが軍隊の訓練に情勢激化の責任を負わせようという常套手法」と主張した。続いて「海上実弾射撃方向は白翎島と延坪島に間接的な影響も与えない」とした。
また「新年早々から全国境線付近で大規模な砲射撃および機動訓練をした大韓民国軍部の軍事行動に対するわが軍隊の当然の対応行動措置」とし「敵がいわゆる対応という口実の下で挑発する行動を敢行する場合、わが軍隊は前例のない水準の強力な対応を見せる」と強調した。
(引用ここまで)
北朝鮮が韓国に対して「南朝鮮」ではなく「大韓民国」と呼びはじめたのが去年の7月頃でした。
このあたりから対韓国の外交政策について大転換があったのではないかとされていましたね。
「大韓民国」異例の呼称 統一政策を転換?―北朝鮮(時事通信)
去年末には「統一は成し遂げられず」と声明して、対韓国の政策転換が決定づけられました。
それに付随して北朝鮮のサイトからは南北統一についてのコーナーが消去されました。
さらに韓国について外務省が管轄になる組織改編が行われたとされています。
偵察衛星、24年に3基打ち上げ 韓国と統一「成し遂げられず」―北朝鮮(時事通信)
北朝鮮「統一」サイト削除 対韓HP、政策転換一環か(産経新聞)
焦点:北朝鮮の対韓政策に変化、「敵対国」として外務省管轄へ組織改編(ロイター)
かつ、その上で海岸砲を200発打つという挑発行為を行ったと。
追撃するように海岸砲発射についての論評で「民族、同族の概念は我々の認識から削除された」と宣言。
これ、北朝鮮の国家的アイデンティティのレベルで変化があったと見るべきです。
北朝鮮の憲法序文にこんな一節があります。
偉大なる指導者金日成同志は、民族の太陽であり祖国統一の救星である。金日成同志は、国の統一を民族至上の課業に掲げ、その実現のためあらゆる労苦と心血を注がれた。金日成同志は、共和国を祖国統一の最も強固な墨塁にする一方、祖国統一の根本原則と方法を提示し、祖国統一運動を全民族的な運動に発展させ全民族の団結した力で祖国統一の偉業を成就するための途を開いた。
(引用ここまで)
「朝鮮民主主義人民共和国」の国父である金日成は「統一の偉業を成就するための途を開いた」のですね。
つまり、「統一は北朝鮮の最優先課題である」との宣言なのです。
金日成の言葉は絶対である北朝鮮において、その言葉の否定はあり得ざる罪……なのですが。
実際にキム・ジョンウンはその方向に動いている。現実を受け入れた、といえば簡単な話ではありますが。
場合によっては糾弾されかねない行動ですらあるのです。
国家として韓国を扱う、というのは北朝鮮にとってそれくらい大きな政策転換なのです。
……それでなにか起きるのかといったら「現実の追認なのでなにも起きない」とすべきでしょうけども。
でもまあ、「同じ民族だから北朝鮮の核は韓国に向かわない」とする認識はもはや通用しないと思ったほうがいいでしょうね。
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FRBに緩和迫る影の主役 銀行向け緊急融資、不穏な急増
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK05CEW0V00C24A1000000/
『米連邦準備理事会(FRB)が利下げに転じるとしたら、いつから、どのくらいの規模になるのか。2024年初の市場を覆う一大テーマだ。ここに「影の主役」として絡みそうな動きがある。昨春の銀行破綻でFRBがつくった緊急融資制度の残高が、今になって膨らみ続けているのだ。
5日の米市場では予想を上回る雇用統計と、さえないサービス業の景況感指数のはざまで米長期金利や円相場が揺れ動いた。早期利下げの楽観相場に懸…
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『早期利下げの楽観相場に懸けてよいのか、参加者は全神経を集中して探ろうとしている。
目を離せないのは指標だけではない。FRBが米国債などを段階的に減らす量的引き締め(QT)で資産圧縮を進めるなか、過去最高の更新が続く項目がある。「BTFP(銀行ターム・ファンディング・プログラム)」。3日時点の残高は1412億ドル(20兆円強)と2カ月で3割増えた。
昨年3月のシリコンバレーバンク(SVB)の破綻直後、FRBが危機の連鎖を防ごうとつくった緊急の融資制度だ。多くの銀行が債券価格の急落で保有債券に多額の含み損を抱えるなか、預金流出に直面したSVBは債券の投げ売りを迫られ、含み損があらわになって傷口を広げた。
最大の特徴は、銀行が含み損を抱えた債券を担保に差し入れても、額面で評価して融資する破格の条件にある。融資期間は最長1年。伝統的な連銀貸し出しだと担保は時価評価で、期間も短い。「BTFPによって米地銀危機は瞬く間に消え去った」(米オアンダ)
問題は今年の3月11日でBTFPの期限が切れることだ。金融が安定するなか、なぜ残高が膨らんでいるのか。打ち切って大丈夫なのか。疑問が次々とわく。
深刻な銀行危機が差し迫っている可能性は低いだろう。カギは1年物スワップ金利に0.1%を上乗せする基準金利の仕組みにある。市場金利がベースなので、利下げ観測が広がるなかで基準金利が下がり、「お得感」が増しているのだ。
BTFPの金利は、政策金利にほぼ連動する連銀貸し出しの基準金利(いわゆる公定歩合)のほか、準備預金につく利息(付利)も明確に下回ってきた。BTFPで得た資金を準備預金に置くだけで利ざやを稼げる。
パウエルFRB議長は昨年11月、制度の扱いを「1〜3月に決める」と語ったが、利ざや稼ぎが中心なら延長を正当化できるかは微妙だ。
だが廃止が何の影響も及ぼさないと決めつけるのも乱暴だろう。銀行の資金調達を巡る潜在的な不安があるからだ。
「予想外の資金調達市場への圧力を受け、FRBは利下げよりも前にQTを唐突に打ち切る」
米モルガン・スタンレーは昨年12月に「24年の10大サプライズ」と題したリポートで、もし起きたら影響が大きいリスクの一つにこう掲げた。QT終了の公式予想は25年初め。利下げ開始の想定は今年6月なので、幕引きは春ごろに早まる。
考えられる要因の一つがBTFPの廃止だ。QTは民間が買う国債を増やし、市場の余剰資金を吸い上げる。これにBTFPの終了が重なることで銀行の資金調達を巡る環境が急速に悪化し、QTを続けられなくなる、というストーリーだ。
実際、複数の米銀関係者によると一部の銀行では、高金利でお金を集めてきたMMF(マネー・マーケット・ファンド)との間で資金獲得の競争が続く。予防的な資金需要は消えていない。
債券の含み損問題も残る。米銀全体だと昨年9月末の保有証券(株式除く)の含み損は6800億ドル強に及ぶ。
それだけにBTFPの存在が安心感をもたらし、銀行の投融資を刺激してきたとの見方もある。みずほ証券の小林俊介チーフエコノミストは「取り付け騒ぎの中心だったはずの中小銀行で不動産向け融資の増勢が強まっている」と語る。
米財務省金融調査局が金融の緊張度合いをみるために算出する金融ストレス指数によると、利上げ打ち止め説が強まった昨年以降、金融環境の緩みが鮮明だ。BTFPが間接的に寄与しているのなら、その廃止は流れを変えるかもしれない。
小林氏は「FRBはBTFPを打ち切る代わりに早めに利下げに動く可能性がある」と読む。
過去、FRBの急激な金融引き締めは何らかのかたちで危機を誘発してきた。BTFPの廃止が市場混乱や景気下振れの契機となる可能性はゼロとはいえない。少なくとも利下げやQT終了を展望するうえで外せない論点ではあるはずだ。
(編集委員 大塚節雄)
【関連記事】
・年末ラリーの修正継続か 株上値重く、円に売り余地
・米政権、危うい「軟着陸宣言」 雇用統計に潜む弱さ
・米早期利下げになお慎重論、市場と溝 FOMC12月要旨 』
台湾総統選挙「対米重視」か「対中融和」か 13日投開票
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM1864N0Y3A211C2000000/
『4年に1度の台湾総統選が13日、投開票日を迎える。中国と対立し、対米関係を重視する与党・民主進歩党(民進党)と、対中融和路線の最大野党・国民党を軸に、主要3政党が競う戦いだ。中国が2027年までに台湾侵攻の準備を整えるという米国の分析もあるなか、台湾の将来を占う大型選挙に世界の関心が集まる。
(1)与党・民進党VS最大野党・国民党、最大の争点は?
台湾のトップを決める総統選には、主要3政党から3…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『台湾のトップを決める総統選には、主要3政党から3氏が出馬する。与党・民主進歩党(民進党)で副総統を務める頼清徳氏(64)、最大野党・国民党で現職の新北市長の侯友宜氏(66)、第3政党「台湾民衆党」主席の柯文哲氏(64)の3氏の戦い。いずれも総統選は初挑戦だ。
見どころは、昨春以降、選挙戦の序盤からリードを保ってきた民進党の頼氏に対し、終盤で国民党の侯氏が大きな追い上げをみせ、競り合う状況で本番を迎えた点だ。
争点は、中国が台湾に統一を迫るなか、3候補者が今後、中国とどう向き合い、中国問題を解決するのか。解決の糸口はあるのか。約1950万人の有権者の最大の関心テーマだ。
民進党の頼氏は、中国と対立する。同党は国民党の一党独裁時代だった1986年、民主化運動の担い手が中心となって結党した。中国の主張する「一つの中国」原則を受け入れず、台湾の独立性を重視する立場をとり支持を得た。内政では「脱原発」などリベラルな政策を掲げる。
国民党の侯氏は、中国と最も距離が近い。同党は中国大陸の「国共内戦」で中国共産党に敗れ、台湾に逃れた。野党に転落した2000年代に対中融和路線に転じた。中国大陸にルーツを持つ「外省人」や、対中関係を重視する産業界が支持基盤。内政では保守的な政策をとる。
第3政党・台湾民衆党の柯氏は中立姿勢だが、やや中国寄りだ。長年の民進党と国民党の対立をよく思わない無党派層や若者を中心に人気で、リードする頼氏と侯氏に最終盤で逆転する可能性も秘める。
(2)注目したい3つのポイント
総統選では、3候補者の戦略、13日に同時実施する立法委員(国会議員、定数113)を決める議会選、若者など無党派層の動向の3つに注目したい。
民進党候補の頼氏は、中国と対立する蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の路線を引き継ぎ、後ろ盾となる米国との連携重視を、有権者に強くアピールする戦略をとる。台湾の有権者は、候補者選びの際、米国とうまく付き合える人物かを重要視する。
それらも意識し、頼氏はペアを組むナンバー2の副総統候補には、米国とパイプを持ち、直前まで駐米代表(駐米大使)を務めた蕭美琴氏を指名した。一方、中国からの圧力には、米国など友好国との連携のほか、防衛力の強化が重要だとの立場を示す。
一方、国民党の侯氏の主張は全く異なる。今回の総統選は「戦争か平和か」を選ぶ2択の選挙だと主張。このままでは中国との戦争になりかねないと訴え、蔡政権で途絶えた中国との対話の再開を公約とし、融和路線による緊張緩和を戦略とする。
台湾民衆党の柯氏は「米中の間でバランスをとる」と訴え、どちらにも付かず離れずの立場が台湾にはふさわしいと主張。支持基盤である若者を中心に、無党派層の票を掘り起こし、既存の二大政党では台湾は変わらないと訴えるのが戦略だ。
総統選と同日実施の立法委員選(議会選)では、民進党が16年から守ってきた単独過半数の議席を維持できるかが大きなポイント。民進党と国民党とが競り合う展開で、8年ぶりに民進党が過半数を失うことも想定される。
今後の鍵はやはり、無党派層の動向だ。不動産価格の高騰や所得格差の拡大を受け、無党派層に多い若い世代が民進党への不満をため込んでいる。どの陣営がこうした無党派層の支持を最後につかむのか。勝敗の分かれ目となりそうだ。
(3)立候補者はどんな人?
今回の総統候補3氏はいずれも台湾生まれだ。中国大陸生まれの候補者はいない。1996年に始まった直接選挙による総統選となって以降では、初めてのことになる。
頼氏は、台湾北部・新北市の炭鉱労働者の家庭に生まれた。苦学して台湾・成功大学などで学び、医師として勤務後に政界進出した。南部の中核都市の台南市で約7年間にわたり市長を務め、頭角を現した。蔡英文政権の1期目の2017〜19年には行政院長(首相)に就き、民進党のホープと期待されてきた。
党内の主流派閥の中核人物でもあり、過去には「台湾独立」という言葉をたびたび使い、潜在的に独立志向の強い政治家として知られている。
侯氏は、台湾南部・嘉義の精肉店を営む家庭に生まれ、警察の道に進んだ。1997年に発生した誘拐殺害事件で犯人の投降説得に成功し、名をあげた。2006年には最年少で警政署署長(警察庁長官)に就き、現在は台湾で最多の人口を抱える新北市の現役市長でもある。
柯氏は、台湾北西部・新竹に生まれ、台湾大医学部を卒業後、外科医として働いた。14年から台北市長を8年間務め、在任中の19年に新党「台湾民衆党」を結党した。「政治素人」を標榜し、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで若者を中心に人気を集める。
(4)米中はどこに注目している?
バイデン米政権は、米国との関係を重視する民進党の頼氏の当選が望ましいとみている。米国は台湾との連携を強め、東アジアで中国への抑止力を高める戦略だ。
一方、中国の習近平(シー・ジンピン)指導部は、中国との融和を目指す国民党の侯氏の当選を望んでいる。国民党は「一つの中国」原則を中台双方が口頭で認め合ったとする「92年コンセンサス」を基本的に認めており、中台統一の交渉テーブルにつきやすいとみる。
中国は頼氏の当選を警戒する。頼氏は1990年代半ば、中国軍が台湾周辺の海域にミサイルを打ち込んだ「台湾海峡危機」をみて、医師から政治家への転身を決めた。頼氏はかつて自らを「独立工作者」と呼んだ。中国は頼氏を「トラブルメーカー」と名指しで批判し警戒する。
(5)台湾の総統とは?
台湾は「中華民国」を正式名称と主張する。だが、世界の大半は台湾を国として認めておらず、台湾の呼称が広がっている。その台湾が、自らの中華民国の憲法で、総統は元首で、「陸海空軍を統率する」と定める。条約の締結や宣戦、講和を結ぶ権限を持ち、外交と防衛政策の最高責任者と位置づける。任期は4年、3選は禁止だ。
総統は内閣のトップの行政院長(首相)を任命する権限をもち、内政にも一定の影響力を持つ。立法院(国会)が首相の不信任案を可決した場合には総統の判断で解散することができる。ただ、立法院が可決した法律や予算を拒む権限はない。
もともと総統は、中国大陸で蔣介石が48年に初代総統に就いたのがルーツ。蔣介石は共産党との内戦で追い込まれ、台湾に逃げ込んだ。50年に台湾で再び総統に就き、独裁政権を敷いた。
転機は96年。「台湾民主化の父」と呼ばれた李登輝・元総統の力で、有権者が直接投票し総統を選ぶ新選挙制度が初めて台湾に導入された。これにより、国民党候補の李登輝氏が当選し、台湾の民主化が進み始めたのが歴史だ。
中国は、台湾の総統の立場は認めず、単に「台湾地区の指導者」と呼ぶことが多い。
(6)過去の総統選、それで台湾はどうなった?
96年に民主的な総統選がスタートし、2000年の総統選では初めて民進党候補の陳水扁氏が勝利して台湾で初の政権交代が実現した。ただ、少数与党の状態で大事な法案が度々、野党の反対に遭い、政治は停滞した。
08年の総統選では、中国に近い国民党の馬英九氏が当選し、政権は再び、国民党のもとに戻った。中台関係の改善が進み、経済成長の恩恵を中台で享受した。
一方、このまま「中国にのみ込まれたくない」と警戒する声が強まったのもこの時期。14年には中台の経済の一体化を急ごうとした国民党の政権運営に反発し、学生らが国会にあたる立法院を占拠した「ひまわり学生運動」が起こった。
16年の総統選では中国と対立する民進党の蔡氏が勝利し、3度目の政権交代となった。蔡氏は2期目を目指した20年の総統選でも圧勝し、米国と急接近する一方、中国との関係は日に日に悪化し、現在に至る。
00年以降、台湾では2期・8年ごとに政権が入れ替わった。台湾の有権者は特定の政党が長期にわたって政権の座につく過ちを、独裁の歴史から学びバランスを取ってきた。過去の順番にならうなら、今回は8年ぶりに政権交代の可能性もある。
(台北=龍元秀明、羽田野主)
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