衆議院 欧州各国憲法及び国民投票制度
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/report2013.pdf/$File/report2013.pdf
※ ドイツ憲法に関する部分のみを、抜粋する。





































『 調査議員団
報告書
平成2 5年12月
平成2 5年12月
衆議院議長伊吹文明殿
衆議院欧州各国憲法及び国民投票制度調査議員団
団長衆議院議員保利耕輔
衆議院欧州各国憲法及び国民投票制度調査議員団は、ドイツ連邦共和国、チ
エコ共和国及びイタリア共和国における憲法及び国民投票制度に関する実情等
を調査してまいりましたので、ここにその概要を報告いたします。
目
次
第一派遣議員団の構成…………………….1
第二派遣目的………………………..1
第三派遣日程………………………..2
第四調査概要………………………..6
訪問国等に関する基礎的資料
1 訪問国等の基礎的指標一覧(日本との比較)……………..7
2 訪問国における経済指標等の推移………………….8
ドイツ連邦共和国
•ドイツ連邦共和国の憲法等の概要
ー ドイツ憲法(ドイツ連邦共和国基本法)の概要………….15
二ドイツ連邦憲法裁判所の概要………………….22
三憲法改正手続等の概要…………………….30
四国民投票制度の導入に関する議論………………..34
五 統治機構改革及び二院制の在り方……………….36
六緊急事態条項の概要……………………..40
•説明聴取•質疑応答等
〇シュルツケビアー連邦憲法裁判所裁判官らからの説明聴取・質疑応答….54
〇ジルバーホルン連邦議会議員、コッホ連邦議会議員からの説明聴取•質疑応答• • • • 65
〇レットラー連邦参議院事務局次長からの説明聴取・質疑応答……..76
〇ヴァルトホフ教授(フンボルト大学)からの説明聴取•質疑応答……84
〇ヴィット連邦議会事務局議会法専門部局係官からの説明聴取•質疑応答…96
〇クレーニング元連邦議会議員からの説明聴取・質疑応答………110
〇ヌスバウム ベルリン州財務大臣兼連邦参議院議員からの説明聴取•質疑応答ー・121』
『第二派遣目的
欧州各国の憲法及び国民投票制度に関する実情調査
1
第三派遣日程
1.期間
平成25年9月12日(木)から9月22日(日)まで
2.派遣先 ドイツ連邦共和国 連邦憲法裁判所
チェコ共和国 イタリア共和国 連邦議会議員会館 連邦参議院 大使公邸(学識経験者・元連邦議会議員) 連邦議会 ベルリン州財務省 上院 下院 カレル大学 上院 内務省 下院 憲法裁判所 破毀院 カーラヴィータ教授事務所
3.日程 9月12日(木) 成田発、フランクフルトへ (フランクフルト泊)
9月13日(金)
フランクフルト発、カールスルーエへ
〇ドイツ連邦憲法裁判所
ヴィルヘルム・シュルツケビアー裁判官
同席 ヴォルフガング•シェンク調査官
フィーデリツク・ランゲ調査官
フランク・モーノレ調査官
〇ドイツ連邦憲法裁判所視察
カールスルーエ発、フランクフルトへ
(フランクフルト泊)
2
9月14日(土)
フランクフルト発、プラハへ
』
『ドイツ連邦共和国
[ドイツ]
ドイツ連邦共和国の憲法等の概要
ー ドイツ憲法(ドイツ連邦共和国基本法)の概要1
1憲法制定の経緯
ドイツにおいては、第一次世界大戦後の1919年にワイマール憲法が制定さ
れたが、ナチスの台頭とともに形骸化されていった(下記表参照)。
その後、ドイツは第二次世界大戦の敗戦により国家が分断されたが、当時の
西ドイツ側の各州政府は、東西ドイツの統一がなされるまでの間は憲法
(Verfassung)を制定するには時期尚早なので、暫定的性格を持つ基本法
(Grundgesetz)を制定することにした。1949年5月8日、ドイツ連邦共和
国基本法が制定され、同月24日から施行された。
1990年10月3日東西両ドイツが統一されたが、これに伴って、新たな憲
法の制定はなされず、従来の西ドイツの基本法が東ドイツの領域に拡大して適
用されることとすることによって対処された。これにより、本来暫定的だった
はずの基本法が恒久化され、もはや、新憲法の制定が待望されているわけでは
ない。
(表)ワイマール憲法が形骸化される経緯
年 号 出 来 事
1919 年 ワイマール憲法制定。
1923年11月8日 ヒトラー率いるナチス、ミュンヘン一揆を起こすが失敗。
1928年5月20日 議会選挙において、ナチス、初めて議席を獲得。
1929 年 世界大恐慌、ドイツにおいても失業者増大。
1930年9月14日 議会選挙において、ナチス、第二党に躍進。
1932年7月31日 議会選挙において、ナチス、第一党に躍進。
1933年1月30日 2月1日 2月28日 3月5日 3月24日 4月7日 7月14日 11月12日 ヒトラー、首相に就任。 ヒトラー、議会を解散。 国会議事堂放火事件を受け、ヒンデンブルク大統領が緊急命令(「国 民および国家を保護するための大統領令」)を布告。ワイマール憲法 の基本的人権に関する規定の一部を廃止して、言論・集会•結社の自 由及び人身の自由等を大幅に制限。 議会選挙において、ナチス、一大躍進。 「全権委任法」可決。ライヒ(注)政府に法律制定の権限を与え、政 府の制定した法律に矛盾する憲法の規定は効力を失うものとされる。 nワイマール憲法の議会制が実質崩壊 「職業官吏制度再建法」制定。ユダヤ人を公務員の地位から排斥。 「新政党設立禁止法」制定。ナチス以外の政党を禁止。 議会選挙において、投票総数の88%がナチスを支持。
1『衆議院欧州各国憲法調査議員団報告書』(平成12年11月)9〜21頁を参照した。
15
[ドイツ]
12月1日 「党と国家との統一の確保に関する法律」制定。 台ナチスの一党独裁確立
1934年1月30日 2月14日 8月1日 10月16日 「ライヒ改造法」制定。州政府をライヒ政府に従属させ、州議会を廃 止。 「ライヒ参議院廃止法」制定。ライヒ参議院を廃止。 「国家元首法」制定。ヒトラーが大統領の権限と首相の権限とを終身 間取得するものと規定(同月19日、国民表決で可決)。 「ライヒ大臣および州大臣の宣誓に関する法律」制定。ライヒ大臣は 議会に対して責任を負わず、ヒトラーに対してのみ責任を負担。就任 の際、ヒトラーに忠誠を誓う旨の宣誓を義務付ける。
(注)ライヒ(Reich)–・ドイツ全体を意味する。支配領域(Herrschaftsgebiet)の意味。ドイ
ツ帝国成立(1871年1月1日)以来、ドイツが第二次世界大戦で崩壊するまで、ドイツ国
全体を意味する言葉として用いられた。現在は連邦(Bund)という言葉がこれに代わった。
(出典:山田晟著『ドイツ法律用語辞典 改訂増補版』(大学書林、平成6年)523頁)
2 ドイツ基本法の概要
(1) 「戦う民主主義」
ドイツ基本法は、ナチスに対する反省から、国家と国民に対し「憲法秩序」
の擁護を要求し、そこには、「自由の敵に自由なし」という標語に集約され
る「戦う民主主義」の思想が強く表されている。その例としては、基本法改
正の限界(79条3項)、憲法的秩序に反する結社の禁止(9条2項)、自由
で民主的な基本秩序を攻撃するために基本権を濫用する者に対する基本権
喪失条項(18条)、自由で民主的な基本秩序を侵害する政党の禁止条項(21
条2項)等が挙げられる。そして、このような「憲法秩序」を守るために、
連邦憲法裁判所が、抽象的審査権を含む広範な違憲法令審査権を有している。
また、行政府においても、連邦憲法擁護庁が置かれている。これは連邦内
務省の下部組織であり、自由で民主主義的な憲法秩序に反する組織の監視を
任務とし、州の憲法擁護機関と協力しながらドイツ国内の過激組織に関する
情報収集を行っている。
(2) 統治制度
イ元首
元首について明文の定めはないが、連邦大統領が国際法上連邦を代表する
こととされているので(59条1項)、連邦大統領が元首と考えられている。
口連邦大統領の選出方法
連邦大統領は、連邦議会の選挙権を有し、かつ40歳に達したドイツ人の
中から、連邦議会議員及びそれと同数の各州議会の代表者から構成される連
邦会議の過半数によって選挙される(54条)。任期は5年で、再選は1回の
み可能である。
16
[ドイツ]
ハ連邦政府
連邦政府は、連邦首相及び連邦大臣によって構成される(62条)。
連邦首相は連邦大統領の提案により連邦議会の過半数によって選挙され、
連邦大統領によって任命される(63条)。また、連邦大臣は、連邦首相の提
案に基づいて、連邦大統領によって任免される(64条)。
二連邦大統領と連邦首相との権限関係
連邦大統領は、連邦を国際法上代表し、条約の締結、外交使節の接受、官
吏の任免、恩赦の実施等を行う(59、60条)が、その権限は儀礼的・形式
的なものにとどまっている。
行政府の実質的な長は、連邦首相であり、連邦首相は、政治の方針を決定
し、その責任を負うこととなっている(65条)。
ホ連邦議会
連邦議会は、国民の選挙(小選挙区制と比例代表制の併用制)により選出
された議員から構成される(3章:任期4年)。定数は原則598だが、選挙
制度上の調整のため、定数よりも多くなることがしばしば発生している。な
お、政党は、比例代表の投票の5%以上を獲得するか、小選挙区で3人以上
が当選しない場合、議席を獲得できない(「5%条項」と呼ばれる)。
議員団による調査直後の2013年9月22日に連邦議会選挙が行われ、各
会派別の議席数は次のとおりとなった(ドイツ連邦議会ホームページ参照)。
キリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU) 311
社会民主党(SPD) 193
左派党 64
同盟90/緑の党 63
(合計631)
※ 自由民主党(FDP)は、5%条項をクリアできず、1949年の戦後初の
連邦議会選挙以来初めて議席を失った。
院内会派を構成する政党の概略は以下のとおりである。
政党名 党 首 概 要
キリスト教民主 /社会同盟 (CDU/CSU) アンゲラ・メルケル首 相(CDU) ホルスト・ゼーホーフ ァー (CSU) CDUは、富裕•中間市民層を支持母体とし、 キリスト教精神を基調とする保守政党。 CSUは、バイエルン州のみを支持基盤とす る、保守色が濃い政党。ともに1945年結 成。両者は姉妹政党として連邦議会におい て統一会派を形成、二大政党の一角を担っ ている。シンボルカラーは黒。
社会民主党 ジグマー・ガブリエル 二大政党の1つ。1863年結成。ドイツ最古
17
[ドイツ]
(SPD) の国民政党。中道左派の社会的政治•政策 を追求し、経済に対する政治の優位を強調 する。最も重んじる価値は、自由、正義、 連帯。シンボルカラーは赤。
左派党 カティヤ•キッピング ベルント・リクシンガ 伝統的な労働運動の継承者を名乗る民主的 社会主義政党。2007年、旧東ドイツの独裁 政党であったドイツ社会主義統一党の後身 である民主社会党に、SPDを脱退した勢力 が合流して結成。シンボルカラーは赤 (SPDもシンボルカラーが赤だが、それよ りも紫に近い。深紅と表記されることもあ る)。
同盟90/緑の 党 クラウディア・ロート ジェム・エズデミル 1993年、環境保護などを掲げる緑の党 (1980年結成)と東ドイツの市民運動から 生まれた同盟90 (1990年結成)が合併し て誕生。1998—2005年まで、SPDとの連 立により初めて国政を担う(シュレーダー 政権)。シンボルカラーは緑。
へ連邦参議院
連邦参議院は、各州政府の代表者により構成される(4章)。各州の代表
者数は、州の人口に比例して3〜6名であり、2013年3月現在の定数は69
名である。連邦参議院は、国民代表機関ではなく、州を代表し、連邦の立法、
行政に協力する機関である。
連邦参議院の議長は、1950年より継続している慣行に従い、各州の首相
が毎年輪番で務めている。また、連邦大統領に事故あるとき又は任期満了前
に欠けたときに、その職務を代行する(57条)。
卜 連邦議会・連邦参議院と政府の関係
連邦首相は連邦議会によって選出されるため、連邦首相は連邦議会に対し
てのみ責任を負う(連邦参議院に対して責任を負わない)。また、連邦議会
に対して責任を負うのは、連邦首相のみである 健邦大臣は責任を負わない)。
したがって、連邦議会は連邦首相に対してのみ不信任決議案を提出すること
ができ、個々の連邦大臣に対して不信任決議案を提出することはできない。
連邦議会が連邦首相の不信任決議をするには、後任の連邦首相を選出した
上で行わなければならない(67条)。これは「建設的不信任投票」と呼ばれ
る制度であって、これまでに1回倒閣の成果が挙がっている2。
連邦大統領が連邦議会を解散するのは二つの場合に限られる。第一は、連
邦議会で3回連邦首相の選挙を行っても過半数を得る者がいない場合にお
21982年秋、SPD出身のシュミット首相が不信任され、CDU/CSU出身のコールが新首
相になった。
18
[ドイツ]
いて、3回目の選挙における最多数得票者を連邦首相に任命しないとき(63
条)、第二は、連邦首相が自己の信任決議案を議会に提出して過半数の賛成
を得られなかった場合において、連邦首相の要求があったときである(68
条)。
チ政党制
ドイツ基本法は、21条で政党設立の自由を憲法上に明文で位置付けるー
方、ナチス党の経験を受け、政党が違憲かどうかについて連邦憲法裁判所が
判断するという独特の制度を設けている。そして現に1952年には右翼政党
の社会主義国家党(SRP)が、1956年にはドイツ共産党(KPD)が、連邦
憲法裁判所によって違憲と判断されている。
最近では、連邦参議院が2012年12月14日、極右政党である国家民主党
(NPD)の非合法化を連邦憲法裁判所に申請することを賛成多数で決めた。
連邦政府も2013年3月20日の閣議で、非合法化を支持する方針を決定し
ている。
リ連邦憲法裁判所
「憲法秩序」の擁護を貫徹するために、あらゆる国家機関の行為が基本法
に適合しているかを審査する機関として、連邦憲法裁判所が設けられている。
所在地はカールスルーエ(バーデン・ヴユルテンベルク州)である。
連邦憲法裁判所は、他の裁判所が具体的な事件を処理する際に憲法問題が
生じた場合に、事件の移送を受けて憲法判断をするほか、具体的な事件がな
くとも連邦政府、州政府、連邦議会議員の4分の1以上の提訴によって、法
律等の憲法適合性を審査する。また、厳格な要件の下ではあるが、基本権を
侵害された個人は連邦憲法裁判所に憲法異議の申立てをして救済を求める
ことができる(93条)。
連邦憲法裁判所の裁判官は16名で、連邦議会及び連邦参議院によって、
それぞれ半数ずつ選挙される(94条)。
ヌその他の裁判所
ドイツ基本法は、95条において、連邦通常裁判所、連邦行政裁判所、連
邦財政裁判所、連邦労働裁判所、連邦社会裁判所の設置を規定しているほ
か、96条において、軍刑事裁判所を規定している。
(3)国民の権利及び義務
イ特色
ドイツ基本法では、ナチス時代の反省から、人権の重要性を強調するため
に、1章に基本権の規定が置かれている。そして、基本権の前国家的、自然
権的性格が全面的に打ち出され、基本権の本質的内容に触れる制限は禁止さ
19
[ドイツ]
れ(19条)、また、人間の尊厳を定める1条の改正は禁止されている(79
条3項)。また、ドイツ人のみに保障される権利は、明示的に、「ドイツ人は
という規定の仕方が取られ、そのような限定のない限り、基本権は外国
人にも保障される。
一方で、基本法の「自由で民主的な基本秩序」を攻撃するために基本権を
濫用した者は、連邦憲法裁判所によって基本権を失うものとされている(18
条)。
ロ基本権の種類
ドイツ基本法により保障されている基本権は、人権と公民権とに分類され
る。前者は、ドイツ連邦共和国の公権力に服するあらゆる人間に保障される
基本権である。したがって、ドイツ連邦共和国に居住する外国人にも保障さ
れる。これに対して後者は、ドイツ連邦共和国の国民のみに保障される基本
権である。
前者に当たるものとしては、人間の尊厳(1条)、人格の自由、生命・身
体を害されない権利(2条)、法律の前の平等(3条)、宗教・良心の自由(4
条)、表現の自由(5条)、婚姻、家族の保護(6条)、住居の不可侵(13条)、
所有権・相続権(14条:所有権の行使は義務を伴い、公共の福祉の制約を
受ける)、請願権(17条)等がある。一方、後者に当たるものとしては、集
会の自由(8条)、団結権を除く結社の自由(9条1項)、移転の自由(11条)、
職業選択の自由(12条1項)、公務就任権(33条)等がある。
ハ国民の義務
子を監護、教育する義務(6条)、18歳以上の男子の兵役義務(12a条)
等がある。
なお、12a条の兵役義務に関しては、2011年7月1日に停止されたが、
緊迫及び防衛事態に際して復活できるように、憲法上の規定は残されている。
(4)連邦制
ドイツは16の州(Land)からなる連邦国家である(20条1項)。
国家権力は、立法、司法、行政の各分野で連邦と州に分配されているが、
外交、国防等の立法権は連邦に専属している(73条)。また、連邦と州が競
合的に立法権を持つとされる事項についても連邦が立法権を行使した場合
は、州は独自の法律を制定することはできない(31条)。
なお、2006年及び2009年に、連邦と州との統治における権限配分をー
層明瞭にし、連邦と州の協力関係をより効率的なものに再構築することを目
的として、連邦と州の権限配分の変更や連邦立法に対する連邦参議院の権限
縮小等を内容とする基本法の改正が行われた。
20
[ドイツ]
(5) 緊急事態、防衛事態
保守・革新の大連立の時代であった1968年に、天災、暴動等の「内部的
緊急事態」に関する規定(91条)と、外国からの攻撃を受けた場合の「防
衛事態」に関する規定(10a章)が追加された。特に、「防衛事態」に関し
ては、連邦の立法権の拡張、緊急立法、連邦議会の集会が不可能な場合に連
邦議会•連邦参議院の権限を代行する合同委員会の設置、連邦政府の非常権
限等詳細な規定が設けられている。
(6) 改正規定
ドイツ基本法の改正には、連邦議会と連邦参議院でそれぞれ3分の2の賛
成が必要である(79条)。国民投票は改正成立のための要件ではない。
ただし、連邦制、人間の尊厳規定(1条)、民主国家•社会国家という国
家の基本秩序(20条)に抵触する改正は許されない。
3 ドイツ基本法の改正の動向
ドイツ基本法は、制定後、現在(2013年12月)までに59回の改正がなさ
れている。大きな改正としては、NATO加盟の際の再軍備(1956年)、緊急、
事態や防衛事態の整備(1968年)、東西ドイツの統合(1990年)等がある。
直近の基本法の改正は2012年に行われているが、最近行われた比較的大規
模な改正としては、連邦制改革実現のための改正(2006年及び2009年)が
挙げられる。
21
[ドイツ]
二ドイツ連邦憲法裁判所の概要3
1地位
•「憲法秩序」の擁護を貫徹するために、あらゆる国家機関の行為が基本法に
適合しているかを審査する機関として設けられている。
・ドイツ南西部の都市カールスルーエにあり、「カールスルーエ」という地名
自体が連邦憲法裁判所のことを指す名称として用いられることもある。
•民事、刑事、行政、労働等の一般の裁判権の審級には属さず、憲法問題の
みを専属的に扱う独立の裁判所。
•具体的事件を前提としない抽象的法令審査権も有する。
•法治国家的、かつ民主的で自由な秩序に対する危険、また、ワイマール憲
法によって、ナチスが権力を握って支配したという歴史の繰り返しを防止
するためにも設けられた。
•「戦う民主主義」の理念に基づく自由主義的な憲法秩序の維持、すなわち秩
序を脅かす政党や個人からドイツ国家・社会を防衛する任務も、連邦憲法
裁判所の重要な権限として位置付けられる。
※ 基本法制定当時の議論では、現在の日本、アメリカのように、司法部の頂点に最高連
邦裁判所を設けて、そこに違憲審査権を行使させるという案も提起されたが、憲法裁判
所は、規範統制、機関訴訟、政党の合憲性審査等の権限を行使するという性格上、必然
的に政治的性格を帯びることは避けられないので、それらを専門に扱う独立の裁判所と
することになったものである。
2構成
(1) 裁判官、長官の任命、任期
•裁判官:16名(長官、副長官各1名を含む。)
•任期:12年(再任不可)
•連邦議会(8名)、連邦参議院(8名)が選出し、大統領が任命。
•長官は連邦議会と連邦参議院が交互に任命。
(2) 構成
- 8名の裁判官で占められている2つの部(第1部と第2部)よりなる。
•両部は並列的に置かれており、各部の権限は法律で定められている。(第
3『衆議院欧州各国憲法調査議員団報告書』(平成12年11月)、諸橋邦彦「違憲審査制の
論点」国立国会図書館調査及び立法考査局『シリーズ憲法の論点⑨』(2006年)’国立国会
図書館調査及び立法考査局政治議会課憲法室「各国における憲法裁判所の構成及び権限」
(2003年5月)(衆憲資第29号に収録)及び名雪健二『ドイツ憲法入門』(八千代出版、
2008年)を参照した。
22
[ドイツ]
1部の権限の重点は基本権の適用に関する決定、第2部は機関訴訟及び連
邦争訟について決定する権限を有するとされる。)
(3) 裁判官の資格
•裁判官に就く資格を有する40歳以上の者、うち6名については、連邦最
高裁判所で3年以上裁判官であった者。
※ 大臣、連邦又は州の議会議員、他のすべての公的又は私的職務(法学を専門とする
大学教授職を除く)との兼職はできない。
※ 連邦憲法裁判所の発足段階では、職業裁判官としての資格を有しない、いわゆる素
人裁判官の導入が議論された。導入論の根拠は、連邦憲法裁判所の判断は、その性質
上政治性を有することは免れ得ないから、政治的バランス感覚を素人裁判官に期待し
ようとするものであったが、法的な素養は不可欠であるとする意見が強かったことな
どから、結局導入されなかった。連邦憲法裁判所の資格要件をめぐる議論の背景には、
連邦憲法裁判所を政治的機関と理解するか法的機関と理解するかの対立があったと
される0
(4) 裁判官の選出方法
•(1)記載のとおり、裁判官は連邦議会、連邦参議院からそれぞれ半数ず
つ選出されるが、両議院による選出は、司法大臣の作成したリストを基
にはじめられる。このリストには、必要条件を全て満たした連邦裁判官
の氏名と、連邦議会の各会派•連邦政府•州政府の提案する全ての志願
者の氏名が登載され、各議院はこのリストに基づいて選任する。
名雪健二『ドイツ憲法入門』(八千代出
版、2008年)101頁を参考に作成。
【参考】連邦憲法裁判所裁判官の選挙
連邦憲法裁判所
※ 連邦議会では間接選挙の方式が採られており、比例代表選挙の規則に従い、12人
の選挙人が連邦議会議員から選任され、この選挙人の3分の2の多数により裁判官
が選任される。
23
[ドイツ]
(5)裁判官の独立、身分保障、待遇
•裁判官は、独立であって、法律にのみ従うこととされ、また、裁判によ
らなければ、罷免したり退職させたりできないこととなっている。
•連邦憲法裁判所の長官は連邦首相並みの、他の連邦憲法裁判所裁判官は
連邦政府の次官並みの給与を支給されている。
3違憲審査手続、その他の権限
連邦憲法裁判所の主要な違憲審査手続は、大きく三つの形式に分かれる。
すなわち、抽象的規範統制、具体的規範統制、憲法異議である。これを図示す
ると以下のようになる。
(a) 抽象的規範統制の申立て
•具体的事件と関係なく、法律について基本法との適合的審査を行う。
•申立権者は、連邦政府、州政府又は連邦議会議員の4分の1以上。
(b) 具体的規範統制のための移送
連邦憲法裁判所以外の裁判所が、具体的に法律を適用しようとする場合に、
その法律が違憲であると考えたときには、審理を中止して、これを連邦憲法
裁判所に移送してその判断を仰ぐ。
(c) 、(d)憲法異議
•公権力や法律によって基本権などを侵害された国民が連邦憲法裁判所に直
接申し立てる。
•申立権者は、基本権を侵害された当事者能力を持つ「何人」にも認められ
る。ただし、前もって法的手段が全て尽くされていなければならない。
•憲法異議の対象は、立法権、執行権及び裁判権の全ての領域であり、法律、
条約、行政立法、行政行為、裁判所の判決等が対象となる。
•自治体(市町村及び市町村組合)が自治権を侵害された場合にこれを行う
24
[ドイツ]
形式も存在する。
その他の主な権限
•連邦の最高機関の権限の範囲に関する争訟
•連邦と州との権限に関する争訟
•政党の合憲性審査
•基本権濫用者に対する基本権喪失の宣告
このうち、政党の合憲性審査の結果、政党を違憲禁止にした例としては、
過去に、極右政党である社会主義国家党(SRP)の違憲禁止判決(1952年)、
ドイツ共産党(KPD)の違憲禁止判決(1956年)の2例がある。
4 最近の事件数の推移・憲法異議について
ドイツ連邦憲法裁判所ホームページによれば、2007〜2012年に連邦憲法裁
判所へ提起された訴訟件数は年間6,000件程度であり、憲法異議が大部分を
占めている。
しかし、実際には、連邦憲法裁判所の部会(裁判官3人で構成)が、事前に
適切ではない憲法異議を不受理と決定することができる手続が存在するため、
憲法異議が憲法裁判所の部で処理される割合は、極めて低いん
2012年に連邦憲法裁判所に提起された総訴訟件数は5,947件であり、その
うち憲法異議の訴訟件数は5,818件、具体的規範統制に関する訴訟件数は28
件、抽象的規範統制に関する訴訟件数は3件である。
【参考】連邦憲法裁判所へ提起された訴訟件数(2007年~2012年) onm -¢f onno onnn om a om 1 om o
総き 斥訟件数 6154 6378 6508 6422 6208 5947
憲法異議 6005 6245 6308 6251 6036 5818
内 具体的規範統制 27 33 47 19 35 28
訳 抽象的規範統制 1 0 2 0 7 3
その他※ 121 100 151 152 130 98
※ー時差し止め命令の申立て、連邦と州の権限に関する争訟など
【ドイツ連邦憲法裁判所 H P (http://www. bundesverfassungsgericht. de/en/organization/gb2011/
A-II-2. html)を元に作成】
4諸橋・前掲注3 -10頁。
25
[ドイツ]
5平成12年調査時における調査のポイント
以下では、平成12年衆議院欧州各国憲法調査議員団による調査の成果の中
から、今回のドイツ連邦憲法裁判所における調査の基礎として特に参考にした
点を挙げる。
(1)連邦憲法裁判所と政治との関係について
平成12年の調査時における連邦憲法裁判所長官らの発言(要旨)5
① 政治的問題を審理する際の憲法裁判所の姿勢について
•全般的な規範統制を行うという連邦憲法裁判所の任務からいって、政治
に介入することがあるのは避けられない。それはドイツ基本法の立法者
の意図するところでもあるし、政治の力を連邦憲法裁判所が制限する必
要がある。(リンバッハ長官)
•裁判所が政治に介入することについては、批判もある。しかし、このよ
うな問題は、裁判所の知恵に任せるべきことではないかと思う。(リン
バッハ長官)
•ときどき、カールスルーエ(連邦憲法裁判所)は連邦議会よりも良い政
治をすると言われることがある。しかし、我々は、議会や政治を尊重し
ている。裁判所と議会•政府との関係はテニスのようなもので、お互い
に打ち返し合ってゲーム(国政)を成り立たせているのであって、どち
らが優れているという問題ではないと思う。(シュタイナー裁判官)
② 連邦憲法裁判所裁判官の政治的発言等について
•裁判官の政治的中立ということは、前世紀では非常に重視されたことだ
が、今ではあまりこだわられておらず、裁判官も政党に所属することが
認められている。政治的な発言をすることも裁判官の裁量に任されてい
る。ただし、裁判官としてではなく、一市民として発言しなければなら
ない。(リンバツノ、長官)
•連邦憲法裁判所の裁判官の多くの者もいずれかの政党に所属している。
しかし、政党の活動に積極的に関与するのは慎んでいるのが実態だ。私
自身もSPDの党員だが、SPDの会合には出席していない。政党の政治
活動に深入りしないことは、連邦憲法裁判所の裁判官としては重要なこ
とだ。(リンバッハ長官)
•連邦憲法裁判所の裁判官の間の暗黙のルールとして、我々は、この建物
5『衆議院欧州各国憲法調査議員団報告書』(平成12年11月)22〜29頁。平成!2年当時、
連邦憲法裁判所長官であったユタ・リンバッハ長官及びウド・シュタイナー裁判官に面会
し、質疑応答を行った。
26
[ドイツ]
(連邦憲法裁判所)の中では、憲法については議論するけれども、政治
については議論しないということになっている。(シュタイナー裁判
官)
(2)連邦憲法裁判所における憲法異議の審理方法等
平成12年当時の連邦憲法裁判所の説明によれば、年間で約5,000件の憲法
異議の提起があり、このうち約2.7%が本案審理に付されるとのことである。
1951年の創設以来、法律を違憲と判断した例は507件とのことであった。
年間5,000件にも上る憲法異議を16人の裁判官で処理するために、特別な
審理方法を採っており、本案審理に入る前に、その訴えが重要なものかを審
査し、それにパスしたもののみが本案審理を受けられるとのことである。
また、その審査基準としては、
① その訴えが憲法に抵触することを内容としているのか、
② 問題となっている違法違反が申立人の本質的利益に関わるものか
が挙げられている。
なお、平成12年の調査時に、世論の関心を呼んだ具体的な違憲判決として、
連邦憲法裁判所から、あ胎処罰を緩和する刑法改正に対する違憲判決(1993
年5月28日)等が挙げられた。
27
[ドイツ]
6近年の連邦憲法裁判所の主な判決
(1)2008年及び2012年の連邦選挙法に対する違憲判決6
Iドイツ連邦議会選挙制度は小選挙区選挙を併用して定数の半数(299)の議席を二
•定めながらこれを含む全体の議席配分を原則的に比例代表制で定める小選挙区比・
[例代表併用制(以下、単に「併用制」という。)である。連邦議会選挙の際、有i
[権者は、小選挙区候補者に対する第1票と州名簿に対する第2票を併せて投票する!
!こととなる。この制度は、その仕組みの複雑さとわかりにくさ、連立政権の常態!
“匕や制度に特有の「超過議席」(比例代表による配分で得た州別の議席を超えるi
“J、選挙区議席を州内で得た政党があるときは、その差が超過議席となり、全体のi
[議席数が増える。)の発生などが問題点として指摘されつつも、60年以上にわた!
!り制度の基本は維持され、国際的にも模範とすべき選挙制度の1つの代表例と評価[
!されてきた。 !
i しかし、2008年7月3日の連邦憲法裁判所判決は、従来の選挙制度の下では、「政i
i党の得票の増大がかえってその政党の議席の減少をもたらし、逆に政党の得票の・
i減少がその政党の議席の増大をもたらすことがある」という「負の投票価値」のi
!問題を、従来の制度の有する重大な欠陥として指摘し、このような可能性を含む!
!連邦選挙法の規定は、基本法第38条第1項の保障する選挙の平等及び直接選挙の原!
[則を侵害し、違憲であると判断した。そして2011年6月30日までの法改正を立法i
i者に命じた。 i
[上記判決後、「負の投票価値」の問題を解決するための選挙制度改革について、i
!各会派間及び自然科学者を含む有識者の間でかってなく広範な議論が展開され、!
|併用制の変更を含むさまざまな改革案が提示された。 !
! 結局、CDU/CSU及びFDPの連立与党の改正法案が連邦議会における一部修正i
Iを経て改正法として成立した。新たな方式は、併用制の枠組みは維持したまま、i
I各州に、投票数に応じて議席を配分した上で、州単位で政党の当選人数、当選者i
【を決定し、さらに議席に結び付かなかった残余票を全国レベルで集計して追加議!
!席を配分するものである。また、超過議席も存続することとなった。 !
i この改正に対し、野党のSPDと同盟90/緑の党は、新法上も負の投票価値が生i
iずる余地があり超過議席は憲法上正当化しがたいとして、連邦憲法裁判所に憲法i
i訴訟を提起した。この申立てに対する2012年7月25日の連邦最高裁判所判決は、i
i新法の議席配分方法等に関する規定を違憲とした。 i
!なお、上記判決を受け、2013年の連邦選挙法改正により、超過議席に見合う数i
!の「調整議席」が、超過議席の発生しなかった政党に追加配分されることとなつ!
iた。 I
(2)連邦議会の同意なき連邦軍派遣に対する違憲判決(2008年5月7日)7
| イラク戦争開戦直前の2003年2月、NATOはトルコに対するイラクからの攻撃を
6山口和人「ドイツの選挙制度改革ー小選挙区比例代表併用制のゆくえー」国立国会図書館
調査及び立法考査局『レファレンス』737号(2012年6月)、河島大朗•渡辺富久子「【ドイ
ツ!2011年改正後の連邦選挙法に対する違憲判決」国立国会図書館調査及び立法考査局『外
国の立法』253号(2012年10月)及びドイツ連邦共和国大使館HPを参照した。下線は憲
法審査会事務局。
7山口和人「【ドイツ】連邦議会の同意なき連邦軍派遣に違憲判決」国立国会図書館調査及
び立法考査局『外国の立法』(2008年7月)。下線は憲法審査会事務局。
28
[ドイツ]
「防止するため、AWACS (早期警戒管制画 によるトルコ領空あ監視を行うこととi
iし、この決定に応じて連邦政府(シュレーダー政権)は、連邦軍兵士の搭乗する|
! AWACSをトルコに派遣した。連邦軍の武装兵力の出動については、すでに1994 !
!年7月12日の連邦憲法裁判決で原則として連邦議会の事前の同意を要するとされi
!ていな。すなわち、NATOのような集団安全保障機構による域外活動への参加は!
i可能であるが、その一方で、武装部隊の国外派遣については連邦議会の承認を必;
I要とするというものである。 I
! しかしながら、連邦政府は、今回の当該出動は、同盟の日常的行動であり、厳i
!格に防衛目的に限定されたトルコ空域の監視飛行であるとの理由から、連邦議会!
!の同意を求める手続を行わなかった。 i
i当時の連邦議会野党の自由民主党(FDP)会派が、この連邦政府の行動が基本!
I法に違反することの確認を求めて連邦憲法裁に提起した訴えに対し、連邦憲法裁i
|判所は、2008年5月7日、連邦政府が、連邦議会の同意を得ないで連邦軍を参加さ!
|せたことを違憲とする判決を下した。連邦軍の国外派遣についての議会の関与権i
!及び連邦憲法裁判所の審査権を大幅に認める内容とされる。 i
(3)ユーロ導入国救済に関する連邦憲法裁判所判決(2012年9月12日)8
I 2012年6月29日、連邦議会及び連邦参議院は、欧州安定メカニズム(ESM)設i
・立条約及びEU財政協定°を承認した。これを受けて、左派党議員や多くの市民らが、|
|連邦大統領による両条約の批准を差し止める仮命令を出すよう、連邦憲法裁判所i
|に申し立てていた。 !
i 連邦憲法裁判所は、9月12日、次の2点を留保して両条約の批准を認めるとしたi
i上で、当該申立てを却下した(2 BvR1390/12)〇①ESM設立条約で定めるドイツi
Iの負担額1900億ユーロ(内訳:資本払込220億ユーロ、保証1680億ユーロ)はこ[
|の額を上限とし、条約の規定の解釈によってこれを増額することは、連邦議会の!
!同意がなければ認められない。②ESM関係者の守秘義務は、連邦議会及び連邦参!
!議院に対する包括的な情報提供を妨げない。 i
i 連邦政府は、9月26日、この2点の留保事項を盛り込んだESM設立条約の共同宣;
|言(Erklarung)案を承認した。ユー口加盟国は同日中に当該共同宣言を採択し、I
[連邦大統領は、9月27日、両条約を批准した。 i
8渡辺富久子「【ドイツ】ユーロ救済に関する連邦憲法裁判所判決」国立国会図書館調査及
び立法考査局『外国の立法』253号(2012年11月)を参照した。下線は憲法審査会事務
局。
9 EU財政協定は、批准国の単年度の財政赤字(景気循環の影響を除去した後の財政収支か
ら、一時的な変動要素を除いたものとされる構造的財政収支の赤字)を国内総生産の0.5%
以下に抑えるなどの財政規律を義務づけるものである。
ESMは、ユーロ加盟国のための恒久的な救済機関であり、総額T,000億ユーロの規模
である。加盟国が3年間にわたって、あらかじめ払い込む資本額は800億ユーロで、ドイ
ツはそのうち約220億ユーロを負担する。また、請求次第支払われる資本金として各国が
用意する額は6,200億ユーロで、そのうちドイツの負担は約1,680億ユーロである(加盟
国全体の負担額に対するドイツの負担割合は、約27%になる)。しかし、EU財政協定及
びESM設立条約は、議会の予算権を大幅にEUに移譲するものであり、民主主義の根幹
にかかわるとして、連邦憲法裁判所に対して合憲性審査を求める訴願が相次いでいた。
(参照:渡辺富久子「【ドイツ】EU財政協定及び欧州安定メカニズム設立条約の承認」国
立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』252号(2012年8月)、矢澤朋子「欧州
安定メカニズム(ESM)J大和総研『経済の広場<入門欧州経済>第8回』(2013年8月)、
田中理「欧州の債務危機対応で注目される新財政協定の概要と課題」公益財団法人資本市
場研究会『月刊資本市場』(2012年5月))
29
[ドイツ]
三憲法改正手続等の概要
1憲法改正手続の概略
ドイツ基本法は79条に改正手続を規定しており、2項で「連邦議会議員の
3分の2及び連邦参議院の表決数の3分の2の賛成」が必要と定めている。
基本法改正案の提出、議会における審議手続や、成立後の認証、公布につい
ては、通常の立法手続と同じ条で規定され、これを図示すると次のとおりであ
る。
ドイツの憲法改正手続
提案
議会による議決
提案権者(76条1項)
•連邦政府
•連邦議会議員(会派又は総議員の5 %以
上の議員)※
•連邦参議院
連邦議会の法定議員数の2/3及び
連邦参議院の有効投票の2/3賛成
(7 9条第2項)
大統領による認証等
連邦首相の副署、連邦大統領の
認証の後、連邦法律官報で公布
(8 2 条)
※憲法改正手続に国民投票は定められていない。
※会派の結成には、総議員の5 %以上の議員の参加が必要である。
※2013年9月22日の総選挙の結果、議席数は631となったため、会派の結成及び議案の提
出には、32人以上の議員が必要である。
30
[ドイツ]
2憲法改正の限界
ナチスによるワイマール憲法の形骸化を抑止できなかった経験1〇に鑑み、戦
後の基本法では、憲法の規範性を確立し、維持するために憲法の基本原則を条
文上明確にし、基本原則について改正を禁止する措置をとった。これにより、
人間の尊厳、民主主義、法治国家、社会国家、連邦国家という憲法秩序の核心
に抵触するような改正は排除される(79条3項)”°
3 過去の憲法改正
ドイツ基本法は、59回の改正を経ているが、このように改正回数が多い理
由として、わが国では法律レベルで規定されているような内容も基本法で規定
している点や、連邦と州との権限を頻繁に見直していることなどが指摘されて
いる。
10その背景には、ワイマール憲法に基本原則の明示的保障がなかったことや、法内容の当
否を問わない法実証主義の形式主義的思想があったとされる(塩津徹『現代ドイツ憲法史』
(成文堂、2003年)121頁)。
1I塩津•前掲注10 •121、122頁
31
[ドイツ]
4過去の憲法改正に至る過程
過去の大規模な基本法改正のうち、①緊急事態条項を盛り込む改正(1968
年)、②ドイツ統一後に環境保護規定を盛り込む改正(1994年)、③第一次連
邦制改革(2006年)、④第二次連邦制改革(2009年)を取り上げ、改正に至
る過程を紹介する性
緊急事態条項の創 設 (1968 •17 次) 環境保護規定等 (統一条約5条に 基づく見直し) (1994 – 42 次) 第一次連邦制改革 (2006 – 52 次) 第二次連邦制改革 (2009 – 57 次)
改正内容 緊急事態条項の創 設 環境保護、男女平 等、障害者差別禁 止、連邦と州の立法 権限に係る改正等 連邦と州の立法権 限の再編、連邦参議 院の立法権限の縮 減等 連邦と州の財政関 係を中心とする改 正
政権枠組 CDU/C SU- S PDによる大連立 [成立当時] CDU/C SU•F D Pによる連立 CDU/C SU• S PDによる大連立 [成立当時] CDU/C SU• S PDによる大連立
協 議 機 関 -10年に及ぶ検討 の過程で、政府か らの数次にわた る草案提出、議会 における審議を 通じて、広範な修 正がなされた •特に、大連立成立 以後は、政府にお ける草案作成に S P Dも関与す ることとなった 両院合同憲法委員 会 〇連邦議会の議決 と連邦参議院の 議決に基づき設 置 〇構成:両院議員 32名ずつ(合計 64名)の委員 〇基本法の改正勧 告は各項目ごと に3分の2の多数 で議決 連邦制秩序の現代 化に関する調査会 〇連邦議会の議決 と連邦参議院の 議決に基づき設 置 〇構成: •両院から16名ず つ指名される委 員32名 •連邦政府の代表4 名・16州の州議会 代表6名、地方自 治体中央連合会 代表3名(発言 権・提案権はある が、票決権はな い) •学識経験者12名 (発言権のみ) 連邦と州の間の財 政関係の現代化の ための合同調査会 〇連邦議会の議決 と連邦参議院の 議決(2006.12.15 )に基づき設置 〇構成: •両院から16名ず つ指名される委 員32名(連邦議 会側の委員には 連邦政府の大臣4 名を含む) -16州の州議会代 表4名、地方自治 体の代表3名(発 言権・提案権はあ るが、票決権はな い) 〇委員の3分の2の
12次の文献を参照した。
山口和人「連邦制改革の合同調査会設置」ジュリスト1264号(2004年)、同「ドイツの
第二次連邦制改革(連邦と州の財政関係)(1)一基本法の改正」国立国会図書館調査及び
立法考査局『外国の立法』243号(2010年3月)、同「両院合同憲法委員会の審議終了」
ジュリスト1030号(1993年)122頁、初宿正典「ドイツ連邦共和国基本法の最近五回の
改正一ニ〇〇六年八月以降の状況」自治研究85巻12号(2009年)3頁、同「最近のド
イツの憲法改正について(一)(二)」自治研究71巻2号(1995年)3頁、71巻3号(同
年)3頁、吉田栄司「ドイツ憲法問題合同調査会最終報告」ジュリスト1036号(1993年)
77頁、長野實「いわゆる西ドイツの非常事態法」時の法令664、665号(1969年)、粕谷
友介「<資料>西ドイツ緊急事態憲法の制定過程」上智法学論集17巻1号〜18巻3号(1973
〜75年)
32
[ドイツ]
〇委員の3分の2の 多数決により意 思決定 多数決により意 思決定
改 正 に 至 る 経 緯 1954 -1956 再軍 備に係る基本法 改正。緊急事態条 項の設置が検討 されていた 1960.4 最初の基 本法改正案が連 邦議会に提出さ れるが、野党S P Dの反対により 審議未了 1963.1基本法改 正案が政府(CD U/CSU-FD Pの連立政権)に より連邦議会に 提出されるが、3 分の2の合意を 得られず、成立せ ず 1966.11 C D U /CS U -S P D の大連立政権発 足(キージンガー 政権) 1967.6 政府、基 本法改正案を連 邦議会に提出 1968.5.30 • 6.14 連邦議会で修正 可決・連邦参議院 で同意 1990.8.31 ドイツ 統一条約締結。第 5条に将来の憲法 改正に関する検 討課題を規定 1992.1両院合同 憲法委員会の発 足 1993.11.5 両院合 同憲法委員会が 最終答申案を連 邦議会に答申 1994.1.19 連立与 党(CDU/CS U • FDP)と野 党S P D、基本法 改正案を連邦議 会に提出 1994.6.30 80 の改 正案のうち3法案 のみが、連邦議会 で可決 1994.8.26 S P D が主導権を握る 連邦参議院が、連 邦議会の可決し た改正案を否決。 合同協議会(基本 法77条2項)の 開催を要請 1994.9.1 合同協 議会の招集。翌2 日に合意成立 1994.9.6 • 9.23 合 意案が連邦議会 で再議決•連邦参 議院で同意 2003.11.7 連邦制 秩序の現代化に 関する調査会の 協議開始 2004年末教育関 係の権限をめく、’ る連邦と州の意 見の対立から頓 挫 2005.11 CDU/ CS U ■ S P Dに よる大連立政権 (メルケル政権) の成立。連立協定 により調査会の 活動再開 2006.6.30 – 7.7 基 本法改正案が連 邦議会で可決・連 邦参議院で同意 2007.3.8 連邦と 州の間の財政関 係の現代化のた めの合同調査会 の協議開始 2008.6.23 検討の 重点項目を発表。 その後、深刻化し た経済危機に対 応する規定も検 討 2009.3.5 調査会 の提案を議決 2009.3.24 連立与 党(CDU/C S U• S PDの大連 立)、基本法改正 案を連邦議会に 提出 2009.5.29 • 6.12 基本法改正案が 連邦議会で可 決・連机参議院で 同意
33
[ドイツ]
四 国民投票制度の導入に関する議論13
ドイツの諸州には、州民投票制度が存在する。しかし、連邦レベルでは、
連邦領域の再編成の場合の住民投票(29、118及び118a条)を除けば国民投
票に関する規定は存在せず、事実、現行憲法下で国民投票が行われたことは
ない。この背景には、第二次世界大戦以前の全体主義の悪しき経験が、プレ
ビシット的・ポピュリズム的手法への警戒感を生み出したことがあるとされ
ている。
しかしながら、近年、国民投票を再評価する動きもある。2005年の欧州憲
法条約の批准に当たっては、社会民主党(SPD)や同盟90/緑の党を中心に、
国民投票を求める動きが広がった”°しかし、キリスト教民主/社会同盟
(CDU/CSU)では反対者が多く、基本法改正を含めた法整備には至らなか
った。
法律一般(基本法改正を含む。)についての国民投票に係る法案としては、
2002年に、当時の連立与党であったSPDと同盟90/緑の党から基本法改正
案が提出されたが、連邦議会で3分の2の賛成を得られず否決された。2006
年には、野党である自由民主党(FDP)と同盟90年/緑の党から相次いで、
基本法改正案が提出された。
上記2002年と2006年の改正案の内容は、大筋において共通する部分も多
いため、ここでは2002年の改正案の内容を紹介する。
1基本法改正 手続の改正 基本法改正手続(連邦議会構成員の3分の2及び連邦参議院の表決数の 3分の2の同意)に、「国民票決を通じた同意」による場合を加える。
2国民発案 有権者40万人で連邦議会に法案を提出することができる(ただし、予 算法や税法、死刑導入に関する発案等は除外される)。
3国民請願 国民発案により提出された法案が8か月以内に成立しない場合、国民発 案の発案者は、国民請願を行うことができる。しかし、連邦議会構成員 の3分の1以上などが、提出された法案を違憲だとみなした場合は、連 邦憲法裁判所に違憲審査を求めなければならない。国民請願は、6か月 以内に有権者の5%の同意を集めれば成立する。
4国民票決 国民請願が成立した場合、6か月以内に国民票決が行われる。その際、 連邦議会は独自の対案を票決に付すことができる。通常の法案の場合、 有権者の20%以上が投票し、かつ投票者の過半数が賛成することが必
直山岡規雄「諸外国の国民投票法制及び実施例【第2版】」国立国会図書館調査及び立法考
査局『調査と情報—ISSUE BRIEF—J No.796(2013年)17頁、渡辺斉志「国民投票制
度の導入ならず」国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』(2002年7月)及び
同「国民投票法案」国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』(2006年3月)を
参照した。
14 FDPから、欧州憲法の採択のみを対象とした国民投票実施のための法案が提出された。
34
[ドイツ]
要。基本法を改正する法案の場合、有権者の40%以上が投票し、かつ投 票者の3分の2が賛成することが必要。連邦参議院の同意を必要とする 法案の場合、及び基本法を改正する法案の場合、ある州での投票の結果 は、連邦参議院での投票とみなされる。
(国民投票制度導入に対する賛否の意見の概要)
以下では、両院合同憲法委員会(ドイツ統一後に環境保護規定等を盛り込
んだ1994年の改正等について協議した機関。国民投票制度導入も大きな争点
となったが、結局基本法改正を勧告するには至らなかった。)での議論などを
参考として、賛成•反対の意見の要旨を概観する崩。
導入に賛成 導入に反対
議会制民 主主義と の関係 直接民主制は、現行の議会制民 主主義を有意義に補い、参加民 主主義へと発展させるもの。 国民投票は、議会制民主主義を 弱めることになり、議会軽視の 危険を有する。現代のような多 元的社会では、「賛成か反対か」 の国民投票より、議会制的手続 を通じて妥協を見出すことが必 要。
ワイマー ル時代の 経験への 評価 ワイマール時代の民主主義は、 国民投票によって失敗したもの ではない。(むしろ議会の機能 不全による。) ワイマール時代の民主主義の失 敗という経験に基づき、戦後の 基本法には、意識的に直接民主 主義を盛り込まなかった。
政治や政 党に対す る倦怠感 政治や政党に対する国民の倦怠 感、政治家と国民の間の隔離を 克服するためにも、国民投票制 度が必要。 国民投票が政治や政党に対する 倦怠感を克服することができる というのは、幻想である。頻繁 な国民投票と定期的な選挙は、 国民に投票への疲労感を与え る。
他国や州 レベルで の経験 近隣諸国や州レベルにおいて も、国民投票等の経験を有する。 近隣諸国や州の国民投票等の経 験は、普遍化できるものではな く、連邦に転用することはでき ない。
甘渡辺暁彦「統一ドイツにおける基本法改正論議のー側面」同志社法学48巻3号(1996
年)545〜549、569—576頁を参照した。
35
[ドイツ]
五 統治機構改革及び二院制の在り方
1連邦参議院の立法権限の縮小(連邦制改革)
2006年に、連邦議会と連邦参議院の多数派が異なることによる弊害を解消
するため、連邦参議院の権力を弱める基本法改正が行われた。
(1) 問題となった状況
ドイツでは、連邦議会で誕生した政府与党が推進する政策への反発から、
別の政党がその後の州議会選挙で挽回し、それが連邦議会と連邦参議院と
の間で、いわゆる「与野党逆転」の状況を生むことも稀ではないとされる。
このような状況が生じると、連邦参議院の構成員である各州政府の閣僚
は、州の利害よりも党利党略によって行動する契機が増大し、連邦政府与
党が連邦法律の制定を通じて推進する政策を、連邦参議院を通じてブロッ
クするという事態が生まれやすいことになる吃
(2) 連邦参議院の立法権限の縮小(同意法律の縮減)
法律の制定過程での連邦参議院の関与の形態として、基本法には、「異議
法律」・と、「同意法律」双という2つの形態が規定されている。連邦議会と
連邦参議院とで多数派が異なる場合に、特に「同意法律」を成立させること
が困難になっているため、その比率を従来の約60%から35〜40%まで引き
下げることが改正の目標とされた。
(3) 連邦と州の立法権限の再編との関連
連邦参議院は、連邦議会と並ぶ二院の一っというよりも、州が「連邦の立
法と行政・•・に協力する」ための機関という基本的性格を有するため、連邦参
議院の立法権限は、連邦の立法に対する州の関与の権限とも見ることができ
る。
したがって、連邦参議院の「同意法律」の縮減は、いわゆる「二院制」に
おける両院の権限関係の問題としてだけではなく、連邦と州の権限分配にも
姑服部高宏「連邦法律の制定と州の関与」法学論叢160巻3 – 4号(2007年)134頁
直異議法律:連邦議会の可決した法律案に対して連邦参議院は「異議」を申し立てること
ができるが、連邦議会はその異議を退けることができる(連邦参議院の異議が過半数によ
る場合は過半数、3分の2以上による場合は3分の2以上)。
脇同意法律:連邦参議院の同意が法律制定の要件となっており、連邦参議院に、いわば「絶
対的な拒否権」が認められる。連邦参議院の同意を要するのはあくまでも例外であり、基
本法にその旨の明文の根拠規定がある場合に限られる。
2006年改正前にはそのような根拠規定は45箇所に及ぶとされ、とりわけ84条1項の
改正が最大の論点となった。逆に、2006年改正により同意権限が拡大したと指摘されるも
のとして、104a条4項がある。
36
[ドイツ]
関わる問題であり、その意味では、2006年の改正で同時に行われた連邦と
州の立法権限の再編とも密接な関係を有するものである。
2 法案審議合同協議会(両院協議会)也
(1) 法案審議合同協議会の概要
連邦議会と連邦参議院の意思が合致しないときの調整の仕組みとして、
法案審議合同協議会(両院協議会)がある2〇。その構成は、次のとおりであ
る。
•連邦議会•連邦参議院それぞれ16名ずつの32名で構成。
•連邦議会側の委員は、会派の勢力に応じて選出される。
•連邦参議院側の委員は各州1名が選任される。連邦参議院側の委員は、
同院の通常の審議の際と異なり、州政府の指示に拘束されない。
•協議会の議決は、出席委員の過半数により決せられる。
(2) 法案審議合同協議会への評価
法案審議合同協議会については、
① 頻繁に開催されていること、
② その成案作成実績は平均値約85%にも及ぶこと、
③ 協議会の開催請求の大半が連邦参議院により申し立てられ、連邦参
議院の意思が反映される形で成案が成立していることが指摘される。
これらの点について、連邦議会と連邦参議院が受け入れ可能な妥協案が
形成されており、高度の政治的妥協により両者の意思疎通を探し出すこと
に成功しているという積極的評価がある。
一方で、協議会では過剰な妥協がなされているとの批判や、協議会の成
案に対して連邦議会が事実上賛成せざるを得ない状況となっている点に関
し、連邦議会を単なる確認機関に格下げし、国民の立法手続への不信を生
むなどの指摘がある。このほか、妥協と調整を可能にするため議事の非公
開制を貫いていることについて、「反議会的」であるとか、民主主義の原理
である決定への責任から逃れさせることになっているとの批判もある。
19加藤一彦「ドイツ基本法における「法案審議合同協議会(VA)Jの憲法的地位と権能」
現代法学21号(2012年)15頁を参照した。
2〇法案審議合同協議会がどのような場合に開催されるかは、同意法律か異議法律かによっ
て異なる。同意法律の場合、連邦参議院が同意を拒否したときに、協議会の開催を求める
権限が連邦参議院に発生する。他方、連邦議会及び連邦政府は、連邦参議院が同意を拒否
したか、あるいは同意する可能性がない場合(3週間経過後)、開催を要求することができ
る。異議法律の場合は、開催請求権は連邦参議院のみが有する。
37
[ドイツ]
【参考1】ドイツにおける法案の審議手続
「1…-沃就-捷菊語 I
! ドイツにおける法案の提案権者は、①連邦政府、②連邦議会議員(会派又は総議員の!
! 5%以上の議員)又は③連邦参議院である。 i
i i
i 2 連邦参議院における第1回審議(政府提出の場合) i
i 政府提出法案の場合は、提出に先立って連邦参議院に送付され、同院は原則として6 i
•週間以内(基本法改正案の場合は9週間以内)に賛否•修正の態度を決める。政府は、・
iこの態度決定と政府の意見を添えて、連邦議会に法案を提出する。 i
i 連邦議会議員提出法案の場合は、このような手続は置かれず、連邦議会の審議がまず!
!行われる。連邦参議院提出法案は、各州が提出した原案が可決された場合に法案となり、|
i 6週間以内に政府の意見を付して連邦議会に送付される。 i
i 3 連邦議会における審議 i
! 連邦議会における法案審議は、三読会制により行われる。法案の基本線のみが審議さi
!れる第一読会の終了後、法案は委員会に付託される。委員会は非公開が原則であるが”
!政府構成員の出席を要求し、その他専門家や利害関係者の意見を聴くため公聴会を行う!
iことができる。委員会審査終了後に開かれる第二読会では各議員が、第三読会では会派i
i又は総議員の5%の議員が、それぞれ修正案を提出することができる。 i
!4 連邦参議院における第2回審議 !
! 連邦議会で可決された法案は、連邦参議院に送付される。本会議は年に13回程度開|
iかれるだけであるので、実質的な審議は委員会において行われる。各州は、割り当てら[
!れた複数の議席について、表決権を統一的にのみ行使することができる。 i
i 5両議院関係 i
■(1)同意法律と異議法律 ・
! 法律の制定過程での連邦参議院の関与の形態として、「異議法律」と「同意法律」|
! という2つの形態が基本法に規定されている。 !
異議法律 連邦議会の可決した法律案に対して連邦参議院は「異議」を申し立てること ができるが、連邦議会はその異議を退けることができる。(基本法77条) (連邦参議院の異議が過半数による場合は過半数、3分の2以上による場 合は3分の2以上)
同意法律 連邦参議院の同意が法律制定の要件となっており、連邦参議院に、いわば「絶 対的な拒否権」が認められる。(基本法78条) (連邦参議院の同意を要するのはあくまでも例外であり、基本法にその旨の明文の 根拠規定がある場合に限られる。ある法律が同意法律か異議法律かは、最終的に は連邦憲法裁判所が決する〇)
! (2)法案審議合同協議会 i
i 連邦議会と連邦参議院の意思が合致しないときの調整の仕組みとして、法案審議合i
i 同協議会がある。 i
i i
! 出典:国立国会図書館調査及び立法考査局『主要国の議会制度(基本情報シリーズ⑤)』(2010年)29〜32頁!
• 加藤雅彦ほか編『事典 現代のドイツ』(大修館書店、1998年)159〜162頁 ・
! 服部高宏「連邦法律の制定と州の関与」法学論叢160巻3-4号(2007年)134頁 i
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[ドイツ]
【参考2】ドイツの議会制度
項目 連邦議会 連邦参議院
議員定数 598名 ※調整議席を含め631名 69名 (人口に応じて州ごとに3〜6名)
任期 4年 ※解散あり 不定 ※任期は各州政府での在任 期間による。
選挙制度 直接選挙 ※小選挙区比例代表併用制 (小選挙区299+比例代表299) 任命制 ※各州政府が所定の数の政府構成 員を議員に任命する。
選挙権 被選挙権 選挙権18歳以上 被選挙権18歳以上
議会の主な権限 〇首相選出権(下院) 〇首相不信任決議権(下院) 〇立法権(一部下院の優越) 〇予算統制権(予算は立法による) 〇条約承認権(条約承認は立法による)
会期制度 〇下院では議員の任期が議会期。上院には議会期の制度は存在しない。 〇会期制度は存在しない。 〇上院では毎年11月1日から10月31日までが1職務期。 〇会期制度が存在しないため、未了議案は議会期末まで継続。
議院運営機関 〇議長•副議長 〇長老評議会(下院) (「長老」とは象徴的な意味で、実態は、ほぼ日本の議院運営委員会に相当する。)
本会議 定足数 議員の過半数 出席している州の有する票決権数の 合計の過半数
表決方法 〇挙手 〇起立表決 〇記名寸 受票 〇点呼表決(上院)
委員会制度 〇常任委員会 〇特別委員会 〇調査委員会(下院のみ)〇調査会(下院のみ) 〇合同委員会
立 法 過 程 法案提出権 〇政府 〇下院議員 ※ただし、会派又は5%の議員の署名を要する。 〇上院
審議手続き 三読会制 〇本会議(第一読会) 〇委員会 〇本会議(第二読会、第三読会) 〇委員会 〇本会議
両院関係 〇法案の種類により両院の対等性が異なる。 •上院の同意を要する法律については、下院が法案を可決した場合には、上院 は同意を拒否することができるが、同意を要しない法律については、上院は 異議を申し立てることができるのみ。下院が上院の異議を覆すには、上院が 過半数により異議を申し立てた場合にあっては総議員の過半数による議決 が、上院が3分の2により異議を申し立てた場合にあっては3分の2かつ総 議員の過半数による議決が必要。 〇法案審議合同協議会(両院協議会):協議委員数は、各院16名ずつ計32 名。成案の決定は出席協議委員の過半数による。
出典:国立国会図書館調査及び立法考査局『主要国の議会制度(基本情報シリーズ⑤)』(2010年)
加藤雅彦ほか編『事典 現代のドイツ』(大修館書店、!998年)149頁
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[ドイツ]
六緊急事態条項の概要
1 緊急事態の類型(1968年の憲法改正により創設)
緊急事態類型 根拠条文 要 件 確認(同意)の 主体 効果と終了
対 外 的 緊 急 事 態 防衛事態 基本法 115a 条1 項1段 連邦領域への武力攻撃 又はその直接の接迫 連邦議会(投票 数の2/3 •連邦 参議院の同意) 1 上記が不可能 な場合は、合同 委員会 ① 軍隊の命令権•指令権が連邦国防大臣から連邦総理大臣に移行 ② 連邦はラントの専属立法事項につき競合的立法権を取得 ③ 公用徴収の保障は法律によらず仮に定めることができる。 ④ 自由剥奪は裁判官に支障あるとき、最高4日間まで定めることが できる。 ⑤ 連邦国境警備隊を全連邦領域に出動させうる ⑥ 連邦政府が、ラント政府•官庁への指示を与えうる。この権限を 連邦政府が指定したラント構成員に移譲しうる ⑦ 民間物件の保護、交通規制のための軍隊の出動 ⑧ 国防義務者への非軍事的役務給付の義務づけ、非軍事的役務への 女子の徴用等々 ※上記③④⑧による人権制限措置のほか、移転の自由・住居の不可 侵の制限を明文で規定(2) 〔連邦参議院の同意を得た連邦議会の要求により、又は事態認定要 件を欠くに至った場合は終了〕
緊迫事態 80a条 87a条3項 (文言上規定されていな い) 連邦議会 (投票数の 2/3) ① 民間人の保護を含む国防に関する連邦法律(個別的緊急事態法 律)が適用される ② 民間物件の保護、交通規制のための軍隊の出動 〔連邦議会の要求により終了〕
部分的緊急事 態 80a条1項 12a条5項1 段6項2段 (文言上規定されていな い) 連邦議会 (緊迫事態以外 の特別の同意、 投票数の2/3) ① 国防義務者への非軍事的役務給付の義務づけ ② 職場放棄の自由の制限 ※上記①②による人権制限措置のほか、移転の自由・住居の不可侵 の制限を明文で規定(2) 〔連邦議会の要求により終了〕
準備事態 12a条5項2 段 115c 条1 項4項 (文言上規定されていな い) 連邦政府 連邦参議院(同 意) ① 緊急事態発生前の職業訓練行事への参加の義務づけ ② 防衛事態の準備のために連邦法律はラントの立法権限に属する 領域の事項についても制定され、かつその実施の準備のために適 用されうる
同盟事態 80a条3項 同盟条約の範囲内での 国際機関の決定あるこ と 連邦政府(同 意) 連邦政府=防衛事態•緊迫事態のためにのみ定められた法規定の 適用が可能となる(連邦議会の同意は不要) 〔連邦議会の議員の過半数の要求により終了〕
対 内 的 緊 急 事 態 災害事態 35条2項2 段3項 自然災害又はとくに重 大な災厄事故(1) ラント 1 1ラントの領 域を越えると きは連邦政府 ① ラント=>他のラントの警察力•行政庁•連邦国境警備隊の人員と 施設を要請しうる ② 連邦政府=必要な限度でラント政府に指示を与え、また連邦国境 警備隊•軍隊を出動させうる 〔連邦参議院の要求がある場合、又は危険が除去された場合中止〕
憲 法 上 の 緊 急 事 態 警察緊急 事態I 91条1項 連邦又はラントの存立、 自由な民主主義的基本 秩序への緊迫の危険の 存在 ラント ラント=>他のラントの警察•行政庁の人員と施設を 要請しうる ※通信の秘密•移転の自由の制限を明文で規定(3)
警察緊急 事態H 91条2項 危険の急迫しているラ ントに危険に対処する 用意がなく、また対処す る状態にないこと 連邦政府 連邦政府=> 当該ラントの警察力を指揮下におく 連邦国境警備隊の出動
軍隊の出 動 87a条4項 •連邦又はラントの存 立、自由な民主主義的 基本秩序への緊迫の危 険の存在 •警察・連邦国境警備隊 の力が不十分なこと 連邦政府 連邦政府=警察•連邦国境警備隊の支援のために軍隊を出動(民 間物件の保護、組織され、軍隊的に武装した反徒の鎮 圧)
配慮事態 20条4項 •この秩序[自由な民主 主義的基本秩序]を除 去する企ての存在 •他の防衛手段がないこ と 「すべてのド イッ人」 (私人又は公務 員) 抵抗権の行使
(1) 「自然災害」:地震、洪水、解氷、森林火災、落雷、早魅、疫病の流行など
「災厄事故(重大な事故)」:飛行機や鉄道などの交通事故、生活上重要な施設に影響を与える停電、原子力発電所の事故、放射線に
被曝する恐れのある事故 (「ドイツの非常事態法制」(「外国の立法251」国立国会図書館p162)
(2) 移転の自由及び住居の不可侵は、国防のための法律で制限され得る旨規定されており(17a条)、必ずしも特定の事態の発生と直接関
連付けて規定されているわけではない。
(3) 移転の自由は、これ以外にも、伝染病の危険、自然災害若しくは重大な災害事故への対処等の場合にも制限することができる旨規定
されている。(11条2項)
※基本法上文言として出てくるのは太ゴシック体のものだけである。 ※ラントとは州のことである
(出典:水島朝穂『現代軍事法制の研究』(日本評論社、1995年)228、229頁
松浦一夫『ドイツの災害対処・住民保護法制』(三和書籍、2012年)234頁
国立国会図書館調査及び立法考査局『主要国における緊急事態への対処』(2003年)28-33頁)
40
[ドイツ]
2緊急事態条項に係る基本法改正の過程
(1)緊急事態条項の背景
1949年に制定されたドイツ基本法には、37条(連邦の強制措置)、81条
(立法緊急事態)や91条(内部的緊急事態)などの例外的な規定を除くと、
緊急事態に関する条項は存在していなかった。
基本法の制定経緯を見てみると、バイエルンの名勝ヘレンキームゼーの旧
宮殿に、基本法制定機関である「議会代表会議21」(州の代表者等で構成)
の専門委員会が開かれ(1948年8月10日〜23日)、いわゆる「ヘレンキー
ムゼー草案」が起草された。当初、この草案の111条には、ワイマール憲法
48条(非常権限)に類似する緊急権条項があった22。
•「公共の秩序と安全に対する差し迫った危険」に対処するため、連邦政府は、緊急
命令を発することができる。
•緊急命令によって、言論、出版、集会、結社の自由及び通信の秘密の基本権を停
止できる。
しかし、ワイマール憲法時代の国家緊急権の在り方(後掲)に対する強い反
省があったこと、またこの問題が基本法制定に際しての中心的な問題とは考
えられていなかったことなどから、結果的に基本法に国家緊急権に関する条
項は採択されなかった23。結局、基本法には良心的兵役拒否(4条3項)、侵
略戦争遂行準備行為の違憲性(26条1項)、戦争遂行用武器の製造等に対す
る規制(26条2項)、平和維持のための相互的集団安全保障体制への加入(24
条2項)といった規定が置かれていた24。
〇ワイマール憲法時代の国家緊急権
1919年のワイマール憲法48条2項は、「公共の安寧及び秩序に重大な障害が生じ、又
2I英米仏•三占領軍政府は、西ドイツ11州の首相をフランクフルトに招集し、フランクフ
ルト三文書を手交した。その一つが「遅くとも48年9月1日までに憲法制定国民会議を
召集する権限を与え」たものだが、各州の首相は、西側(の意向)だけの憲法制定議会に
よる「憲法」の制定は統一ドイツの道を阻害すると考え、制憲議会を選出せず、議会代表
会議を設定し、憲法の代わりに暫定的な基本法を制定することで意見一致した(小林孝輔
『ドイツ憲法小史』(学陽書房、1992年)192頁)。
22清水隆雄「ドイツ緊急事態法の制定過程とNATO軍」国立国会図書館調査及び立法考査
局『主要国における緊急事態への対処』(2003年)207頁
23山内敏弘「西ドイツの国家緊急権」ジュリスト701号(1979年)33、34頁
24 「これらの規定は、ドイツ占領政策を方向づけたポツダム協定の「ドイツの完全な武装
解除と非軍事化」の要求を反映しつつも、当時の「冷戦」状況を背景として、「共産主義
国」に対抗するための再軍備の余地を残していたのである。この意味で基本法は「戦後憲
法」というよりは、むしろ「冷戦期の憲法」と言えよう」(水島朝穂『現代軍事法政の研
究』(日本評論社、1995年)48頁)。
41
[ドイツ]
はその恐れがあるときは、大統領は、公共の安全及び秩序を回復させるために必要な措置
を取ることができ、必要な場合には、武装兵力を用いて介入することができる25」とされ、
そのために「114条(人身の自由)、115条(住居の不可侵)、117条(信書•郵便・電
信電話の秘密)ヽ118条(意見表明等の自由)、123条(集会の権利)、124条(結社の
権利)及び153条(所有権の保障)に定められている基本権の全部又は一部」の停止が規
定されていた。また、この措置は議会の事後的統制に服するものとされ(同条3項)、措
置の詳細は、法律で定めるとされていた(同条5項:結局この法律は制定されなかった)
が、大統領に「必要な措置」というあいまいで限定不能な権限を、議会閉会中という要件
なしに与えていた26。
1928年の選挙でドイツの議会は14にものぼる小党分立の状態となり、内外の急迫多難
な状態に直面しても早急な決定をなすことを不可能にし、48条による大統領の緊急命令を
発動させることになった。議会は国民の人気を損ねるような措置を不可避とは知ってもみ
ずからの責任において採ることをせず、(大統領の)緊急命令によってみずからの責任を
免れたのである。
実際、1931年1月から12月までには40の緊急命令が発布されたが、法律は1件も制
定されなかった。また、1932年には5件の法律が発布されたのに対し、59の緊急命令が
発布された27。大統領の緊急命令権は、「公共の安寧及び秩序」の「攪乱」に対処するた
めに用いられただけでなく、 「税金の新設あるいは変更から社会事業費の支出削減まで、
物価の値下げから外国為替管理、銀行の監督に至るまで」の経済・財政の多様な領域にお
いて、立法に代位したのである28。このようにして、本来、監督と批判を与えてこれを抑
止すべき議会がまったく無力化するにおよび、総理大臣の任免も大統領の意のままに行わ
れることになった29。この「大統領の緊急命令権」と「議会解散権(25条)」が、ナチス
独裁への法的架橋を提供するに至ったとされている。
1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争によって、国民世論は大きく再軍備
肯定へと移動する。その後、1952年5月26日、米英仏と旧西ドイツとの関
係に関する条約(「ドイツ条約」)が、翌5月27日にはヨーロッパ防衛共同
体条約(「パリ条約」)が、それぞれ調印される。そして、これらの条約と基
本法との適合性を明確にし(79、!42a条)、連邦の専属的立法権限に「18
歳以上の男子の国防義務」を加える(73条1項)とする第4次基本法改正
(1954年)がなされた。
1954年8月30日にフランス議会がパリ条約の批准を拒否したため、いつ
たんは頓挫したが、10月23日、パリ諸条約の締結により、ドイツの占領体
制の終結、旧西ドイツのNATO加盟の承認などが決定された。
これにより、再軍備はさらに加速され、1955年に志願兵法が制定されて
一般兵役義務導入への前提が作られた。1956年の第7次基本法改正では、
良心的兵役拒否の場合の代替役務規定、兵役中の基本権の制限といった徴兵
25高田敏•初宿正典『ドイツ憲法集(第6版)』(信山社、2010年)124頁
26大西芳雄『憲法の基礎理論』(有斐閣、1975年)229、253頁
27山田晟『ドイツ近代憲法史』(東京大学出版会、1979年)105、106頁
28水島•前掲注24 • 204頁
29山田•前掲注27 -106頁
42
[ドイツ]
制に向けた改正が行われた。また、連邦国防相(平時)及び連邦首相(戦時)
による命令•指揮権(65a条)、連邦議会防衛委員会(45a条)及び防衛監
察委員会(45b条)が規定され3〇、議会による軍隊の統制、軍隊内での基本
権保障の対応が図られている。
〇年表
年月日 事 項
- 5.23 ボン基本法公布
- 6.25 朝鮮戦争勃発
- 5.26 ドイツ条約署名
1954.3.26 第4次基本法改正
1954.10.23 パリ会議でドイツ条約を修正・確認(1955. 5. 5ドイツ 条約発効)
西ドイツのNATO加盟を承認 - 3.19 第7次基本法改正
1959.11 SPD、バート・ゴーデスベルク綱領決定。国防を肯定 - 4.20 緊急事態憲法草案(シュレーダー草案)上程 …①
- 5 SPD、ケルン大会で7項目決議(緊急事態立法に賛成の立 場を明確化)
1962.10.31 緊急事態憲法草案(へッシャール草案)上程・•②
1966.12.1 CDU/CSUとSPDの大連合成立 - 5.10 緊急事態憲法草案(ルッケ草案)閣議決定 …③
- 5.30 第17次基本法改正
(山内敏弘「西ドイツの国家緊急権」ジュリスト701号(1979年)33頁より抜粋)
(2)緊急事態条項の制定過程31
①1960年4月シュレーダー草案
1958年10月30日、アデナウアー政権(キリスト教民主/社会同盟
(CDU/CSU) +諸会派の連立政権)の連邦内務大臣G・シュレーダーは、
警察労働組合の集会で基本法に広範な緊急事態憲法の補充が必要である
ことを力説し、!960年4月20日に基本法改正草案(シュレーダー草案)
を提出する。
ドイツ基本法に緊急事態条項を補充する当該草案を連邦議会に提出し
た連邦政府の提案趣旨は、概略以下のとおりである。
3〇水島•前掲注24 • 50頁
3I以下、ドイツ基本法における緊急事態規定を補充した改正経緯については、粕谷友介「西
ドイツ緊急事態憲法の制定過程(l)J上智法学論集17巻1号(1973年)を参考にした。
43
[ドイツ]
改正されたドイツ条約では「連邦共和国に駐留する軍隊の安全保障に関して、参加
国が従来保有し、行使していた諸権利は、ドイツの管轄官庁がドイツの立法によって、
これに相応する全権を取得し、公の安寧秩序に対する重大な攪乱に対処し得る能力を
含め、駐留軍の安全保障のために有効な措置を取ることができるようになれば消滅す
る」と留保されている。三国(英米仏)が当該留保している権利を消滅させるために
は、それ相応の規定を基本法に補充することが必要であり、そのような基本法におけ
る不備を憲法上、時宜にかなって完備させるための配慮をする必要があることを連邦
政府は痛感している。この点で、ワイマール共和国末期におけるワイマール憲法48
条の緊急委任権の乱用に関する指摘に耳を傾けなければならない。つまり今後決めら
れるべき新しい緊急委任権は、事実に即したものであり、緊急委任権の担い手の種類
と認容される権利の範囲が、一方において非常に厳しい内外から生ずる危機を除去す
るために十分なものであり、他方において民主主義の崩壊のために乱用を許すことの
ないように立法されなければならないということである。
国民の安全と法治国秩序にとって異常な危険のために、民主的国家が特別の緊急委
任権を保持していることは、西欧民主主義政体の国法が表明しているところである。
国家生活のほとんどすべての範囲に関連を持つ特別な命令を包含している緊急権は
法構造の観点から、基本法のいずれかの章の中に増補することはできない。従って、
基本法1〇章と11章の間に10aを加えることが適当であると考える。草案115条a
は、ワイマール憲法48条より、詳細な規定を包含している。その理由は、今日の厳し
い、かつ複雑な情勢にあって生ずる急迫した事情をsm勺したためである。
そのほか、!960年の段階で緊急事態条項の制定が提案された背景とし
ては、①西ドイツにおいて再軍備のための憲法改正とそれに伴う基本的な
軍事法制の確立が、先述のとおり50年代の後半期をもって一段落を迎え
たこと、②それと関連して50年代前半に見られた再軍備に対する国内の
反対意見も、かなり弱いものになっていったということが挙げられる。当
初は再軍備に反対していた社会民主党(SPD)も、59年のバート・ゴー
デスベルク綱領 32 では 「ドイツ社会民主党は、自由で民主的な基本秩序の
防衛を信奉することを公表する。ドイツ社会民主党は、国防を肯定する」
と表明している。
こうした世論の変化について、ベルリンの壁に象徴される東西の冷戦状
況の固定化に、その要因を見出すことができるといった指摘33もある。
連邦政府によって提出されたシュレーダー草案は、
32 SPDの6番目の綱領。バート・ゴーデスベルク綱領を契機にSPDは「階級政党」から
「国民政党」へと転換したといわれる。キリスト教の倫理、ヒューマニズム、古典哲学と
いったヨーロッパの思想的伝統を重視する一方、「社会主義」については定義を避け、社
会主義を最終目標とするような従来のマルクス主義思想は暗黙のうちに退けた」ものであ
り、具体的な政策では経済における市場経済の容認、国防の肯定などを意味していた(永
井清彦『われわれの望むもの一西ドイツ社会民主党の新綱領』(現代の理論社、1990年)
142 頁)。
33山内•前掲注23 • 36頁
44
[ドイツ]
非常事態の類型が区別されておらず、連邦議会の単純多数をもって、非常事態が議
決されることになっている。
連邦議会の議決に抗しえない支障がある場合、連邦大統領が連邦首相の副署を得て、
非常事態を命じ、公布する。
緊急事態が継続している場合、連邦政府は緊急命令権によって、基本法5条(表現
の自由)、8条(集会の自由)、9条(結社の自由)、11条(移転の自由)、12条(職
業の自由)、104条2項、3項(自由剥奪における権利保障)を制限する権限が与え
られている。
を内容とするもので、ワイマール憲法48条2項を手本にしている復古型草
案などと各方面から批判34され、連邦議会において審議未了となった。
なお、シュレーダー草案に対して、同年、連邦参議院は所見ともいうべき
対案を提出しており、その趣旨説明は概略以下のとおりである。
まず、連邦参議院は緊急法の規定を基本法に補充する必要があることを認めるもの
である。しかし、連邦政府草案(115条a)に大幅な修正が必要であると考える。従
って、連邦参議院の対案を提出する。
連邦参議院は基本法9条3項によって結成された団体の労働闘争は非常事態宣言の
理由とならないと考える。また非常事態の命令に関する意思形成は可能な限り広く国
民によってなされなければならず、非常事態に関する議決は基本的には連邦議会と連
邦参議院にあるという見解をとっている。もし連邦議会と連邦参議院の一つが集会を
することに妨げがある場合、連邦議会と連邦参議院の代表者から構成される緊急委員
会に非常事態宣言を担保させる。緊急事態委員会が集会を妨げられる場合だけ、連邦
大統領は連邦首相の副署をえて非常事態を公布することができる。その場合、できれ
ば連邦大統領は事前に連邦議会と連邦参議院の議長だけでなく、その代理者の意見を
聞く。
また、連邦参議院は非常権限の範囲を種々の点で効果性を阻害することなく、制限
することができるものと考えている。このことはなかんずく基本権の制限、財政条項
の例外およびラントに固有な行政の制限に関しても妥当する。また連邦政府は連邦政
府草案にみられる非常権限をラントの諸機関により大幅に委譲することを留意すべき
ではないか。恐らく115条aに「非常事態の公布後6か月に、管轄権を持つ当該官庁
は、非常事態を続行すべきか否かを新たに議決する」という規定が必要ではないか。
この規定にはいろいろ問題があるので連邦参議院は保留しておく。
②1962年10月 へッシャール草案
1962年10月31日、連邦参議院に連邦政府(アデナウァー政権:CDU
/CSU+FDPの連立政権)は基本法補充のための新しい草案を提出し、
更に1963年1月11日連邦議会に提出した(へッシャール草案と呼ばれ
る)。この草案は、SPDの要求や1960年連邦参議院対案の内容を大きく
34水島朝穂「ドイツ基本法と「緊急事態憲法」」水島朝穂編著『世界の「有事法制」を診る』
(法律文化社、2003年)89頁
45
[ドイツ]
受け入れ、事熊を外的緊急事熊(115条a〜h)と内的緊急事態(115条i
〜1)、災害事態(115条m)とすることや外的緊急事態の発生の「確認」
には、連邦参議院の議決を必要とすることなどの規定を含んでいたが、
•外的緊急事態の発生は、連邦参議院の同意を得て連邦議会が議決することを前提と
しているが、その議決に克服しがたい障害がある場合には緊急事態委員会の議決で
足りる。
•「切迫した危機」の場合、外的緊急事態は、連邦首相の副署を得た連邦大統領の命令
によって効力を発する。襲撃の場合、外的緊急事態が自動的に確認される。
•内的緊急事態の場合には、外的緊急事態とは異なり、「事態」の確認の手続き規定が
なく、もっぱら連邦又は州政府の判断に左右され、連邦議会が介入する余地がなか
った。自然災害の場合にも同様に連邦政府が同じような権限を持っていた。
•基本権の制限に関しては1960年シュレーダー草案とほぼ同じ内容。
などとなっており、「へッシャール草案は個別的な緊急事態と平時とを区
別する境界線が明確でなく『武力による連邦共和国への攻撃』、『武力の威
嚇』、『緊張状態』、『外部からの作用』等は、自由自在な概念であり、外政・
内政の危機にあって、行政権の合法的行為の基礎となり便利なものであ
る」と評された35。
1963年1月24日、連邦議会はへッシャール草案を法務委員会の審議に
付した。審議の結果、広範な修正が加えられ、1965年5月21日の法務委
員会草案となったが、同年6月24日の連邦議会において、基本法改正に
必要な3分の2の多数が得られず、否決された。
③1 967年5月ルツケ草案
1966年に、保守CDU/CSUと野党SPDの大連立政権が誕生し、緊急
事態に係る基本法改正は新たな局面を迎える。
1967年5月10日、基本法補充のための法律案(ルツケ草案)が閣議決
定された。その大綱は、
•労働者の大多数は「防衛目的のために」強制的義務を負う。
•合同委員会は、議会と並行して、ないしは議会の代わりにその任務を履行する。
•自然災害特に重大な災害、および「武装した反徒」を含む内的緊急事態に、連邦政
府軍隊を「警察力」として出動させることができる。
•「外的緊急事態の場合」州の立法管轄に属する領域にも、連邦は競合的立法権を有す
る。外的緊急事態継続中、この管轄権を合同委員会に移さなければならない。
となっており、緊急命令発布のための明示された全権委任というものが形
35粕谷•前掲注31-109頁
46
[ドイツ]
式的には姿を消した。また、以前の草案にみられた自由権の制限に関する
規定を、本草案においては自制している。
同草案は1967年6月13日に連邦議会に提出された。連邦議会は、6月
29日に法務委員会と内務委員会の審議に付した(その後、両委員会は合
同公聴会を開催するなどしている)。そして!968年5月に法務委員会の審
議を終え、労働組合が行う合法的な労働争議を緊急事態から明確に区別す
る規定等を新たに盛り込んだ法務委員会案を決定する。
この法務委員会案について、連邦議会で20条4項(抵抗権)及び80a
条(緊急事態における法令の適用)の修正が加えられ、1968年5月30日
に議決された。
A1968年の世界情勢
1月 ベトナム戦争で北ベトナム人民軍が、南ベトナム軍および同政府を支援する米軍 に一斉攻撃を仕掛けた「テト攻勢」。
3月 ポーランドのワルシャワ大学の学生・知識人たちが民主化を要求した「3月事件」 が発生。
4月 米国の黒人公民権運動家マーティン・ルーサー ・キング牧師が暗殺される。
5月 フランス各地の街頭で、学生たちが大規模な反体制デモを展開。13日にはパリ でゼネストが行われ、学生が警官隊と衝突、仏全土はまひ状態に陥った。このい わゆる「5月革命」に触発され、イタリア、ドイツ、トルコ、日本(東大紛争など)、ブ ラジルでも学生による反体制運動が広がった。
6月 故ジョン・ F ・ケネディ米大統領の実弟、ロバート・ F ・ケネディ上院議員が大統領選 の選挙活動中に暗殺される。
8月 チェコスロバキアで当時のアレクサンデル・ドプチェクが1月、共産党第1書記に 就任。「人間の顔をした共産主義」を掲げた民主化運動、「プラハの春」が起こっ たが、ワルシャワ条約機構軍が侵攻し、動きを圧殺。
10月 メキシコ五輪を1〇日後に控えたメキシコ市で、民主化要求デモに警官隊が発砲 し、学生ら200-300人が死亡。
11月 大統領選挙で共和党のリチャード・ニクソンが第3?代大統領に就任。同月、北 爆を全面停止。
(2008年4月18日AFP配信記事をもとに作成)
47
[ドイツ]
3 ドイツにおける災害対策
2001年9月11日のアメリカの同時多発テロ事件、2002年のエルべ川の洪
水36などがあり、ドイツでは、基本法で定められてきた「戦時=連邦、平時=
州」という事務の分担が適切かどうかということが議論になった。
2002年の内務大臣会議(連邦参議院に置かれている、専門分野ごとに州の
大臣が集う会議)において、「ドイツにおける住民保護新戦略」が議決された。
「新戦略」では、国家的規模の危機や損害に備え、それらを克服するために、
連邦と州の協力関係を最適化することを目指すもので、現在、この「新戦略」
が危険防護政策の基礎となっている。また、州は、連邦に対して、旧来的な防
衛事態でない場合でも、連邦がより責任を負うこと、特に調整・情報伝達の機
能を担うことを要請した。
これらを受け、2004年に連邦内務省の下に連邦住民保護•防災支援庁が設
置され、以来、民間人保護、テロ、サイバー攻撃、自然災害等の原因を問わず、
大災害に対応できるような制度の整備が目指されている。基本法における「戦
時=連邦、平時=州」の事務分担は維持されているが、州が防災のために備え
ている部隊や施設を、戦時の民間人保護のためにも投入する代わりに、連邦が
民間人保護のために州の装備を補完し、また、民間人保護のための補完的訓練
を行うという協力体制がとられている37。
連邦住民保護•防災支援庁は、防災対応の実働組織を持たず、各組織の調整
や住民保護•重要社会基盤保護対策のための計画等を行う。(民間人保護や防
災のために機動的な役割を果たす連邦の組織は、連邦技術支援隊、連邦国境警
備隊(連邦警察)及び連邦軍である。)
36エルベ川は、チェコに源流を持ち、ドレスデン、マグデブルク、ハンブルクをとおって
北海に注ぐ。2002年には、エルベ川とドナウ川で大きな洪水があり、その被害総額は91
億ユーロであった。
37住民保護に係る現行の主要な法律として、(1997年民間人保護法を改正した)民間人保
護•防災支援法がある。この中で「民間人保護」や「防災」という概念は、組織ではなく、
危険防止の2つの面を示すにすぎない。よって、それぞれに対して別個の組織や施設を用
意することは無駄であるという反省から、連邦の制度と州の制度を合理的に一体化して運
用するための体制が検討されてきていた(渡辺富久子「ドイツの非常事態法制」国立国会
図書館調査及び立法考査局『外国の立法』251号(2012年3月)160頁)。
48
[ドイツ]
〔参考〕2013年5月の豪雨によるエルベ川・ドナウ川の洪水
5月から続いていた大雨が原因で、エルベ川やドナウ川などが増水し、ザクセ
ン州やザクセン=アンハルト州、バイエルン州などが大規模な洪水被害に見舞
われている。連邦政府はこの事態を受け、80億ユーロの支援金拠出を決定した。
13日付のヴェルト紙などが報じた。
被害地域は南東部からシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州など北部まで、国
内9州にまたがっており、農業における被害総額だけでも数億ユー口に上ると
みられている。中でも被害が最も甚大とみられているのが、ザクセン=アンハ
ルト州の州都マクデブルクで、同市ではエルベ川の水位が通常よりも5 メート
ル近く高くなり、エルベ川とザーレ川が合流する地点のダムが決壊。2万3000
人の住民に避難勧告が出された。
今回の事態を受け、メルケル首相(キリスト教民主同盟= CDU)とガウク大
統領は相次いで被害地域を訪問。ザクセン=アンハルト州のハレ市とザクセン
州のマイセン市を9日に訪れたガウク大統領は、救援活動を行っている市民ボ
ランティアをねぎらい、被害地域への寄付と結束をドイツ全土に呼び掛けた。
一方、12日にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州のラウエンブルク市を訪れた
メルケル首相は、「被害支援に上限を設けない」と明言。被害地域の州首相を
集めて緊急会合を開き、連邦と州で支援基金を設けて80億ユーロの支援金を拠
出することを約束した。これに伴う増税は行わないとしている。ショイブレ財
務相(CDU)の広報官は、「重要なのは増税するか否かという問題ではなく、
いかに迅速に十分な支援が行われるかである」とコメント。さらに、シュレス
ヴィヒ=ホルシュタイン州のアルビッヒ首相(社会民主党= SPD)は「緊急の
支援を必要としている人たちがいる今、財源についての論議をしている場合で
はない」と述べた。
今回の洪水被害は「世紀の大洪水」と呼ばれた2002年時のものよりも甚大と
みられている。当時、連邦政府と州政府は災害基金を設立して70億ユーロを拠
出、これに伴う増税が行われた。一方、ドイツ赤十字の関係者は、「当時は急
速な勢いで寄付金が集まったが、今回はその流れが比較的緩やか」と述べてい
る。
(出典:ドイツを100%楽しむ!ードイツ生活情報満載!ドイツニュースダイジェスト
http://www. newsdigest, de/newsde/news/1op-nachrichten/5173~2013~06-13. html)
49
[ドイツ]
4 最近の国内テロ対策と緊急事態条項改正についての議論
(1)航空安全法の制定
他の欧州諸国の場合と同様、米国同時多発テロ事件の発生は、ドイツにお
いても再び航空交通分野でのテロ対策が大きな話題となる契機となった。さ
らに、フランクフルトにおいて2003年1月に発生した軽飛行機の乗つ取り
事件38を受けて、航空交通分野におけるテロ対策に関する包括的な法制度た
る航空安全法が2005年1月から施行された。
これは、ハイジャックされた航空機が一種の武器として用いられる危険が
迫っている場合には、その撃墜を軍に命じることができるようにすること等
を内容とした法律であった。同法は、テロ防止のために軍を活用することに
主眼が置かれており、1章3節には「軍による支援および職務上の補助」の
規定が置かれ、特にハイジャックされた航空機を軍が撃墜することを認めた
14条3項は航空機テロによる大規模な被害を防ぐためとはいえ、無臺の乗
客の命を奪うことが正当化されるのかという倫理的な問いかけとともに、回
法が軍の活動範囲を外敵からの国家防衛という本来的任務から逸脱させる
ものである以上、憲法を改正して軍の機能を定義し直すべきだという主張を
も惹起した。
航空安全法は成立したものの、連邦大統領H•ケーラーは、基本法82条1
項に基づく航空安全法の認証に当たり、憲法適合性に重大な疑義があるとし
て連邦憲法裁判所が明確にするよう訴訟提起の勧告を行った。これを受け、
野党(FDP)議員らにより憲法裁判所へ憲法異議の訴えが提起された。
2006年2月15日には、連邦軍の国内使用における明文規定の必要性とハ
イジャックされた航空機の無臺の乗客が持つ人間の尊厳(ドイツ基本法1条
1項)と結びついているところの「生命への権利」の尊重(同2条1項)と
いう点で、航空安全法の規定の一部は違憲であるとの判断が連邦憲法裁判所
により下された。このため、同法は、14条3項を停止したまま法律自体は
38ドイツ西部のフランクフルトで5日夕(日本時間同日深夜)、ハイジャックされた小型飛
行機が同市上空を旋回し、CNNテレビによると、市内の欧州中央銀行ビルなどに突つ込
むと地上に伝えた。同ビルと周辺のビルから人々が避難。フランクフルト空港は閉鎖され
たが、飛行機は約2時間後、同空港に着陸した。ドイツ通信などによると、ハイジャック
したのは短銃のようなものを持った男で、警察のヘリがハイジャック機を追跡する一方、
ドイツ連邦軍の戦闘機も出動したという。航空管制官は男とテロとの関係はないとみてい
るという。
ドイツのNTVテレビによると、男は「だれも殺さない。自殺したい」と語っていると
いい、ハイジャック機をビルなどに衝突させるのを避けるよう、航空管制官らが説得した
という。
航空管制官によると、小型飛行機はフランクフルトに近いバーベンハウゼンの空港で同
日午後2時45分ごろ男に強奪され離陸した(朝日新聞、2003年1月6日)。
50
[ドイツ]
現在も活用されている。
(2)ドイツ基本法改正案提出の動き
9.11米国テロ事件後、同様のテロ攻撃に対処する軍隊の出動を可能にする
ため、憲法改正の動きは早くからあった。バイエルン州とザクセン州政府は、
2001年11月23日に「基本法(35条)改正法案」を連邦参議院に提出した。
しかし、SPD +同盟90/緑の党連立政権は改憲に消極的であり、同年12月
20日には、連邦議会への提出を見送る決定がなされた。
その後、2004年3月5日にはバイエルン、ヘッセン、ザクセン、テユー
リンゲンの4州が、「基本法(35条および87a条)改正法案」を連邦参議院
に提出した。
同月9日には、航空安全法案を提出したシュレーダー政権(SPD +同盟
90/緑の党連立)に対抗し、当時野党であったCDU/CSU会派も基本法改
正案を連邦議会に提出している。
この改正案は、航空安全法案と同じ会議において否決されたものの、航空
安全法施行後の2005年1月18日、再提出された39。
軍隊の国内出動任務を改憲により拡大することについては、SPDととも
に、野党(FDP、同盟90/緑の党、左派党)いずれも消極的である。その
背景には、軍隊の国内使用の可能性が広がれば、国内治安維持を任務とする
警察と対外的防衛を主任務とする軍隊の機能区分が曖昧になり、ドイツ国民
がかって経験したように、国内治安維持の軍事化を招き、軍隊が政府の権力
手段として利用され、やがては内政問題への軍部の介入を招くのではないか
という根深い危惧がある。
ワイマール憲法48条2項は、公共の安全と秩序に著しい障害が生じ、またはその恐れが
ある場合には、その回復のため、必要措置を講じることができ、「必要な場合には、武装
兵力を用いて介入する」ことも認めた。ワイマール初期の不穏な時代には、共和国軍にょ
る暴動鎮圧が頻繁に行われたが、これにはしばしば非正規部隊が協力していた。また主要
政党も配下に擬似軍隊組織を保有しており、内政の軍事化を自ら招いた。軍事組織の頻繁
な政治介入の結果、軍隊は「第四権力」として内政に発言力を得、民主的憲法体制の権力
分立と均衡を破壊するファクターとなっていったのである。第二次大戦後、再軍備と非常
事態憲法により導入されたドイツ基本法の軍事規定は、このような軍隊の反動的内政介入
の歴史への反省から生まれたものである4〇。
39松浦一夫「航空テロ攻撃への武力対処と「人間の尊厳」」防衛法研究30号(2006年)161
頁
40松浦・前掲注39 -131.132頁
51
[ドイツ]
(3)軍の国内出動の一般化
軍の国内的任務の拡大を巡る意見対立の先鋭化は、2006年6月から7月
にかけてドイツで開催されるサッカーのワールドカップに際し、治安維持の
ために軍を出動させるという連邦内務省の方針によってもたらされた。
この構想を推進したのはヴォルフガング•ショイブレ連邦内務大臣(CDU
/csu)である。同大臣は、ワールドカップの開催期間中は軍に重要施設の
警備を行わせる必要があり、そのためには基本法の改正が必要であるのと主
張した。
だが、これに対しては、ヨーゼフ・ユング連邦国防大臣(CDU)が反対
を表明したほか、国政野党である90年連合/緑の党とFDPもこのような
出動に反対する動議を連邦議会にそれぞれ提出するなど、異論が続出した。
そのため、ショイブレ大臣も一旦は基本法の改正を断念し、現在の憲法の規
定の下でも軍を出動させることは可能であるとの解釈に沿って軍派遣の可
能性を探る姿勢を示すようになった。
ところが、その後、連邦憲法裁判所が航空安全法の規定の一部について違
憲判決を下した(先述)のを受けて、ショイブレ大臣は方針を転じ、基本法を
改正してテロ対策への軍の投入に道を開くべきだとの主張を再び展開する
ようになった42ものの、現在に至るまで改正はされていない。
41ドイツ基本法では、87a条3項「防衛事態および緊迫事態において、国防の任務を遂行
するために必要な限度で、非軍事的物件を保護し、かつ交通規制の任務を遂行する」場合、
4項「危険が急迫している州が自ら危険に対処する用意がなく、または対処できない」こ
とを条件に、「非軍事的物件を保護し、組織化され、武装した反徒を鎮圧するのを支援す
るため」及び35条2項「自然災害または災厄事故が1つの州の領域を超えて危険を及ぼ
すとき」に軍隊を出動させることができるとしている。
42渡邊斉志「ドイツにおけるテロリズム対策の現況」国立国会図書館調査及び立法考査局
『外国の立法』228号(2006年5月)140、141頁
52
[ドイツ]
(参考1)徴兵制の停止
ドイツでは、2011年7月1日に徴兵制が停止され、志願兵制が導入された。
もともとドイツでは1957年から徴兵制が実施されてきた。徴兵制の目的は
主に国防のためであり、冷戦中の連邦軍には50万人弱の兵士がいた。しかし、
冷戦の終結以降、連邦軍の主な目的が国防から紛争解決のための海外派兵へと
移るのに伴い、連邦軍の規模は少しずつ縮小され、現在では25万人弱の規模
となっている。
これらの背景から、連邦政府は、徴兵制から志願兵制に移行することとした。
なお、徴兵制自体は廃止されず、緊迫及び防衛事態に際して復活できるよう
憲法上の規定は残されるが、「実際は廃止に限りなく近い」とされる。また、
徴兵制では男子のみを対象としていたが、志願兵制では男女とも対象となる。
また、徴兵制の停止に伴い、これまで良心的兵役拒否者が社会福祉施設等で
行ってきた非軍事役務も停止になったが、これまで非軍事役務の労働力を活用
してきた社会福祉施設等に影響を与えないよう、連邦ボランティア役務制度が
導入された。
(参考2)環境保全条項の導入
ドイツ基本法20a条は、「国は、来たるべき世代に対する責任を果たすため
にも、憲法的秩序の枠内において立法を通じて、また、法律および法の基準に
したがって執行権および裁判を通じて、自然的生存〔生命〕基盤および動物を
保護する。Iと規定している。
本条は、ドイツ統一後の1994年10月27日の第42回改正で追加された規
定である。その目的は、環境保護という価値に憲法ランクの位置付けを与えて、
環境問題の解決を促進することにあった。
本条の追加を巡っては、国の保護を受ける対象を人間のための環境保護に
求め、立法者の環境保護政策の主導権が行政権や裁判所によって奪われないよ
うに「法律の留保」の明文化を求めるCDU/CSUと、生熊系それ自体を保護
対象とし、「法律の留保」の明文化には反対するSPDが対立した。結局、妥協
の結果、上記条文のように規定することとなった。
本条は、学説上、国家目標を定めた規定と解されており、個人の請求権を
直接に保障する形にはなっていない。しかし、「その抽象性にもかかわらず、
積極的•具体的な環境保護の取り組みを支えるものとなっている」との指摘が
されている。
なお、本条の最後にある「および動物」という文言は、1994年の改正時に
はなく、2002年7月26日の第50回改正において追加されたものである。こ
れは、家畜を含む動物愛護運動の高まりを反映するものとされている。
53
[ドイツ]
シュルツケビアー連邦憲法裁判所裁判官らからの説明聴取•質疑応答
平成25年9月13日 10:05〜12:15
於:ドイツ連邦憲法裁判所
〇 ドイツ側出席者
シュルツケビアー(Schluckebier)連邦憲法裁判所裁判官
シェンク(Schenk)連邦憲法裁判所調査官
ランゲ(Lange)連邦憲法裁判所調査官
モール(Moll)連邦憲法裁判所調査官
第一部 連邦憲法裁判所シュルツケビアー裁判官との質疑応答
(はじめに)
保利団長 本日はお忙しい中、裁判官はじめ多くの方にお出迎えいただき感謝
申し上げる。日本には憲法裁判所の制度がないのでぜひ色々とお教え願いたい
と思っている。よろしくお願いします。
シュルツケビアー裁判官本日はお越しいただき御礼申し上げる。
フォスクーレ連邦憲法裁判所長官は、残念ながら所用で同席できないが、く
れぐれもよろしくお伝え下さいとのことであった。日本とドイツが協力関係を
結び情報交換を互いに行っていることを嬉しく思う。
本日は、第一部では、一般的な連邦憲法裁判所の概略について私からお話し
し、その後、第二部で専門のメンバーから、具体例についてお話しする。
(司法機関と立法機関の関係)
シュルツケビアー裁判官 まず、基本法には、連邦憲法裁判所の権限やその機
構などが規定されており、その運用については、法律によって定められている。
立法機関と司法機関は常に協力関係にあるので、よほどのことがない限り、裁
判所が一致して決めたことに対し、あえて立法機関がそれに反する行動を取る
ようなことはない。
その具体例として、ここ数年来ドイツでは、非公開とされている憲法裁判所
の判決までのプロセスに関する資料を、歴史研究の専門家が閲覧できるように
したいとの議論があり、その結果、60年経過した資料については、公開あるい
は専門家の閲覧を可能にする法律が成立した。その成立の前段階においては、
本法案について、連邦憲法裁判所の内部の担当委員会で活発に議論がなされ、
54
[ドイツ]
連邦憲法裁判所がこれを了承した。その上で、議会で法案が可決されたもので
ある。
(連邦憲法裁判所の民主的正統性)
シュルツケビアー裁判官事前にいただいた資料によれば、皆様の関心が高い
と思われる、連邦憲法裁判所の民主的正統性に関する議論、すなわち、連邦憲
法裁判所が民主的基盤を有する議会が制定する法律を無効と判断できることに
ついて議論があるかということについては、ドイツではあまり議論の対象にな
ったことがない。
これには、歴史的な理由があり、1933年から1945年にかけてナチス政権下
の議会で基本権1を大きく侵害する法律が成立したにもかかわらず、阻止できな
かった経験があるからだ。そのためドイツでは、憲法裁判所の独立性を重要視
しており、一般市民の基本権を侵害する可能性がある法律に対して、待ったを
かけられるという制度を基本法で構築している。つまり、民主的正統性に関わ
る一つ目の点として、連邦憲法裁判所の権限が基本法に既に明文化されている
という点がある。
民主的正統性に関わる二つ目の点として、裁判官の選出方法がある。連邦憲
法裁判所裁判官の半分は連邦議会、もう半分は連邦参議院によって選出されて
おり、連邦議会は、約600名の連邦議会議員の中に委員会を作り、その3分の
2以上による可決を必要としている。連邦参議院も同様に、民主的に選出してい
る2。
つまり、議会は国民代表機関であると考えることができ、民主的に選ばれた
代表者によって裁判官を選出しているのだから、ドイツで連邦憲法裁判所の民
主的正統性が問われることはあまりない。補足だが、裁判官の任期は12年、再
任は不可能だ。これはそれぞれの裁判官の独立性を保っためのものでもある。
(連邦憲法裁判所と最高裁判所及び下級裁判所との関係)
シュルツケビアー裁判官連邦憲法裁判所と最高裁判所の違いだが、成立した
法律を無効と判断できる権限は連邦憲法裁判所にしかないものである。
また、各専門の法廷である下級裁判所3も基本法にのっとって裁判を行わなけ
ればならないので、扱っている案件が基本法に反するとの懸念が生じる場合は、
1ドイツ基本法における基本権の概念については、前掲「ー 2 (3) 口基本権の種類」(20
頁)参照。
2前掲「二2 (4)裁判官の選出方法」(23頁)参照。
3ドイツにおける連邦権裁判所以外の裁判所については、前掲「ー 2 (2)ヌその他の裁
判所」(19頁)参照。
55
[ドイツ]
手続を一度打ち切って連邦憲法裁判所に持ち込み、合憲性を判断させるという
手段を採ることができる。ある意味、下級裁判所は連邦憲法裁判所に上げる前
の一次審査のような形をとっているという解釈も間違っていない。さらに、連
邦憲法裁判所の判断は、司法だけではなく立法、行政にも拘束力を持っている
という特徴がある。
まずはざっと概観という形でお話ししたが、この時点で何か質問はあるか。
(三権分立について)
保利団長 日本に憲法裁判所は存在しないが、代わりに最rW!裁判所が最終的な
合憲性を判断する唯一の機関となっている。最近も一票の格差についての訴訟
が最高裁に持ち込まれている。日本は1〇〇年以上前から憲法による政治を行っ
ているが、その中の一番大事な考え方は立法権、司法権、行政権の三権は互い
に独立しており、互いに干渉はしないというものである。しかし、裁判所から
違憲判決が出ると国会は対応しなければならないという事態になるため、三権
分立をどのように考えていくかというのが大きな問題になっていると思う。
シュルツケビアー裁判官三権分立については、ドイツでは、連邦憲法裁判所
は立法機関の機能を尊重しており、無駄に干渉はしない。立法機関のある程度
の憲法解釈の自由といったものは尊重しているが、その境界線は、基本法に絶
対このようにしなければならないと明文化している部分に触れているか否かと
いう点にあると思う。立法機関の政治的な判断が行われることもあるのだから、
それは立法権の範囲に入ることになるため、あえて干渉はしないことになる。
おおまかな線引きについては、具体的な事例があればお答えできると思う。
(憲法裁判所裁判官の資格、選出について)
船田議員2点伺いたい。一つは憲法裁判所裁判官の資格の問題、もう一つは選
出の方法の問題についてである。
まず、現在の連邦憲法裁判所裁判官の選出資格は、法曹界に携わった人しか
選ばれないと聞いているが4、法律の専門家でなくても高い見識のある人であれ
ば選ばれるといった方法を考えているか伺いたい。
また、選出のタイミングについて、16名の裁判官全員の選出を一度に行うの
か、それとも五月雨式に行われるのか伺いたい。というのも、一度に入れ替わ
る場合、懸案事項や過去の経緯などの引き継ぎが難しくなるのではないかと考
えるからだ。
4前掲「二2 (3)裁判官の資格」(23頁)参照。
56
[ドイツ]
シュルツケビアー裁判官 まず資格に関しては、前提条件として40歳以上であ
ること、法曹の国家試験に合格していることが必要である。連邦憲法裁判所は2
部制になっており、16名の憲法裁判所裁判官がそれぞれ8名ずつに分かれるが、
その8人のうち3名は必ず連邦最高裁判所から選ばれなければならない。残り5
名は大学教授や時には元政治家の方が就くことになる。
法曹界以外の連邦憲法裁判所裁判官が誕生し得るかという議論はなく、連邦
憲法裁判所レベルでは法曹界出身の者しかいない。下級裁判所の場合、レベル
によっては、法曹界以外の出身の人が裁判官に就くことはあるが、特殊な事例
だ。一方、各州の憲法裁判所については、連邦憲法裁判所と全く別物になり、
州ごとに違いがある。
選任のタイミングについては基本的に前任者が辞めるときに後任を決めるこ
とになるので、12年の任期を終えたとき、又は68歳の定年を迎えたときに後
任を選任している。したがって全員一斉にということはない。同時に入れ替わ
ることがあっても2、3人程の規模だ。
シュルツケビアー裁判官申し訳ないが、私はここで失礼させていただく。こ
の後も活発な議論を進めていただければと思う。皆様の任務は非常に責任重大
だと思うが、ご活躍をお祈り申し上げる。
«シュルツケビアー裁判官、退席»
第二部 連邦憲法裁判所調査官との質疑応答
(連邦憲法裁判所の選挙法の合憲審査に対する姿勢)
中谷議員 日本では国会議員の定数不均衡について最高裁から違憲判決が出た。
その理由は、人口が多いところか少ないところかにかかわらず、一票の価値は
平等だということである。その後、議会は、格差是正の措置を講じたものの、
これに対しても違憲の判決が出された。同様の事例はドイツにおいてもあるか。
モール調査官 まさに似た事例というのが2008年、2012年の連邦憲法裁判所
の判決である。まず、前提として連邦議会が出した法案に対し連邦憲法裁判所
が違憲の判断ができるということを申し上げる。また、選挙権とは権力である
とともに、権利でもあると解釈している。そして、この点は言葉を選ばなくて
はならないが、選挙に関わる法律は、多数派の政党がその多数である状態を維
持するために、選挙法を自分達の利益となる方向に持っていく危険性があり得
るということだ。そのため、特に選挙法や選挙権の行使に関する法律について
57
[ドイツ]
は、連邦憲法裁判所はしっかり目を通して合憲性を判断している。
(最低得票率が問題となった事例)
モール調査官 ドイツにおいてEU議会の選挙に関する法律を整備していたと
きの話であるが、この法整備について、EUは大枠しか提示せず、具体的な立法
は各国の法律に任せていた。そのとき話題になったのがドイツの伝統的な選挙
法における「各政党は、最低5%の得票率がなければ議会に議員を送れない」と
いう規定についてであった。この規定によって、小さな政党に一票を投じた者
の声が届かなくなり、一票が平等に扱われるべきという原則に反しているとい
う見方があるのだが、ことEU議会の選挙に関しては、2011年11月、連邦憲
法裁判所はその正当性が見出されないとした。
(2008年及び2012年の連邦選挙法の違憲判決)
モール調査官2008年、2012年に出された連邦選挙法の違憲判決において問
題とされたのが、小選挙区比例代表併用制の下で、政党の得票が増大するにも
かかわらず、それがかえって連邦議会に選出できる議員が減ってしまう事態を
招くという「負の投票価値」の問題であり、これが生じる背景には、ドイツの
複雑な選挙制度の事情がある。
すなわち、ドイツの連邦議会議員約600名の選挙制度は、選挙区が16の州に
まず区分され、600名のうち、①300名は小選挙区制によって選出され、②残り
の300名は各党が州ごとに候補者名簿を作り、比例代表制によって選ばれる。
この②の比例代表による議席の計算は、州ごとに①の小選挙区選挙によって確
定している300議席と合算して算出5するのであるが、その合算によって負の投
票価値と呼ばれる状態が生じていたのである。
5「比例代表による議席数と小選挙区による議席数を合算して算出する」との説明があった
が、その説明について補足すれば、以下のとおりである。
ドイツの小選挙区比例代表併用制では、有権者は、2票与えられ、第1投票を選挙区候補
者に、第2投票を州(比例代表)名簿に投票する。我が国の採用する並立制のように小選
挙区選挙と比例代表選挙の当選者数が別々に決定されるのではなく、比例代表選挙に相当
する選挙(州名簿に対する投票)で政党に投じられた票数に比例して政党の獲得議席数を
決めた上で、この数から小選挙区選挙での当選者数を控除した残りを州名簿からの当選者
とするものであり、比例代表制の性格が強い。そして、当時のドイツ連邦選挙法では、あ
る政党が第2投票で比例配分された議席数を第1投票の小選挙区で獲得した議席数が上回
った場合、その過分は有効な議席として認められる。これを「超過議席」と呼んでおり、
「負の投票価値」の問題は、この「超過議席」の発生可能性と、2段階の議席配分の方式
(州名簿の結合により全国レベルで政党に議席を配分し、これを各政党の州別の得票数に
従って州名簿に配分する)とが結びつくことが原因となって発生するものである。
(【参考文献】山口和人「ドイツの選挙制度改革ー小選挙区比例代表並立制のゆくえー」
国立国会図書館調査及び立法考査局『レファレンス』737号(2012年6月)32頁)
58
[ドイツ]
具体例を挙げると、ザクセン州では保守政党が小選挙区で全て勝利して上記
①による選出者の全てを占めたため、ザクセン州が連邦議会に出せる議員数の
50%以上を既にこの保守政党が収めることになる一方、上記②の比例代表制に
より、連邦議会に選出できる保守政党の割合はわずか40%であった。この状態
の下で再選挙が行われると、比例代表でより多くの票を投じたとしても、その
党の議席を増やせないという事態に陥ってしまうのである。そして、実際にザ
クセン州のとある選挙区で選出された議員が死亡したため、再選挙が行われる
ことになった。その際、保守政党のザクセン州における得票が一定数を超える
と、ノルトライン=ヴェストファーレン州の獲得議席を1人減らしてザクセン州
に回すことになるが、その場合でも小選挙区当選者数が比例代表獲得議席数を
既に上回っているためザクセン州の保守政党の獲得議席数は変わらず、全国的
に見ると保守政党の議席が一つ減ってしまうことになった。このため、政党の
得票の増大がかえってその政党の議席の減少をもたらし、逆に政党の得票の減
少がその政党の議席の増大をもたらすという非常に矛盾した事態を招いてしま
ったのである。今日において、「負の投票価値」は是正され、連邦全てで議席数
を割り出すのでなく州単位で出すようになっているので名簿の結合は行われな
くなっている。
中谷議員 国会が決めたことに憲法裁判所がノーと言える権利があるというこ
とか。
モール調査官 そうだ。そして法的拘束力も持つ。2008年の連邦憲法裁判所の
判決では、2011年の夏までに新しい合憲の法律を整備することを立法機関に求
めている。
(一票の格差)
保利団長 ドイツは非常に複雑な選挙制度で、我々も100%理解できるわけでは
ないが、日本の今の問題点を説明しておくと、一票の格差について最高裁は1
対2までは憲法の範囲内ということで認めているが、参議院の方は1対5まで
としており、このあたりに大きな矛盾があるので、我々立法府にとっても重い
課題であると認識している。
モール調査官 ドイツでも、旧東ドイツの州から人口がかなり移動しており、
今までの区割りでは人口に対する比率にかなりばらっきが出てきている状態で
ある。したがって、20年前と比べ全く違う状態なので、昨年、連邦憲法裁判所
から区割りを新しくするようにと……。
59
[ドイツ]
中谷議員それは1対2という比率ということか。
モール調査官 1対2よりもっとこちらの方が厳しいと思う。
中谷議員 どういう基準なのか。
モール調査官 だいたいプラスマイナス15%<らいまでだ。
シェンク調査官 例えば平均的な選挙区にio万人いたとすれば、それよりも多
い選挙区が!1万5,000人を超えてはいけない。したがって前回の選挙では一つ
の選挙区だったのが、その次の選挙では人口が減少したため隣の選挙区と合体
するというような微調整は必ず選挙前に行われている。
保利団長 同じことはアメリカの下院でも起こっており、一票の格差を非常に
厳しく規定している。ところが上院の方は一票の格差というのは考慮せずに各
州2人ずつ議員を出している。一票の格差絶対論でいくかどうかというのは政
治的な大きな課題だと思う。
モール調査官 選挙人口をどのように定義するかということもあるだろう。ド
イツ国籍を有する者だけを選挙人口とみなすのか、いわゆる有権者だけとする
か、外国人等も全て含むのかということで随分選挙人口は変わってくる。
ランゲ調査官 補足になるが、ドイツもアメリカと似ており、連邦参議院の場
合は、各州の代表が送られてくるので、各州の人口までは反映していない。さ
らにEU議会の場合は、ー院であり、加盟国全ての代表者が議会に参加する必
要があると同時に、それぞれの国の人口も反映させなくてはならないため、非
常に複雑な計算式になってしまう。ドイツ連邦憲法裁判所から見れば、ドイツ
の一部の選挙法よりもEU議会の選挙法の方が、民主的な透明性は劣っている
という見方もある。
(連邦憲法裁判所と州(ラント)の関係)
武正副団長連邦憲法裁判所には、年間5,000件程度の申立てがあると聞いて
いるが、そのうち州からの申立ての割合はどのくらいなのか、また、連邦憲法
裁判所と州の憲法裁判所の関係について説明いただきたい。
60
[ドイツ]
シェンク調査官 連邦憲法裁判所には年間約6,200〜6,500の申立てがあり、そ
のうちの約9割が憲法異議の申立てだ。憲法異議とは、市民が法律によって基
本権が侵されたと感じた時に連邦憲法裁判所に訴えることができるというもの
である。それとは別に、基本法は連邦と各州との争訟を取り扱うことも規定し
ているが、これは非常に稀なケースであり、連邦憲法裁判所ができてから27回、
過去10年では3回の実績にとどまる。
ランゲ調査官 連邦憲法裁判所と州の憲法裁判所との関係については、各州の
憲法裁判所の制度は州によってばらっきがあるため、複雑な制度になっている。
基本的に州の憲法裁判所は州の憲法にのっとって裁判を行っているが、もちろ
ん基本法にものっとる必要がある。連邦憲法裁判所としては、なるべく州の憲
法裁判所の判断を尊重するようにしている。州の憲法裁判所と連邦憲法裁判所
が関わるケースとして、①市民が州によって基本権が侵された場合に州の憲法
裁判所又は連邦憲法裁判所に訴訟を起こすケース(ただし、州によっては、両
方同時並行で訴えることはできない場合がある)、②州の憲法裁判所の判決を不
服として、連邦憲法裁判所に訴えるケース(ただし、連邦憲法裁判所は州の憲
法裁判所の出した判決が適正な手続にのっとったものかどうかという点のみの
判断を行う)がある。
(ドイツの司法体系等)
中谷議員 日本は全て一つの体系で司法を行っているが、ドイツではなぜ、憲
法裁判所が連邦と州に分かれているのか。その意義を教えていただきたい。
ランゲ調査官 違憲審査権は、主に二つのモデルが挙げられると思う。一つは
最高裁判所が持つアメリカ型、もう一つはオーストリアのケルゼンが作ったモ
デルで、独立した裁判所を設けるというものである。ドイツでは部分的にはア
メリカ型を採っているが、基本的にはオーストリア型を採用している。その理
由は推察することしかできないが、ナチス政権下での経験から、司法に対する
非常に大きな不信感が生まれた。このような失敗を踏まえ、司法の外に独立し
た機関を作って信頼を回復させようとしたのではないかと考えられる。ヨーロ
ッパ各国を見てもそれぞれの歴史、経験に基づいて体系が構築されていると思
うが、実際の運用を見ていくと、アメリカ型もオーストリア型も似てきている
部分はあると思う。最高裁を採用している国のように下級裁判所の案件を最高
裁が受け継いで判決を下す例もあれば、ドイツのように独立した憲法裁判所を
持つ国であっても、第一次的には下級裁判所が違憲性の判断を行った上で、連
邦憲法裁判所に移送することもあり、二つのシステムは非常に近づいてきてい
61
[ドイツ]
るのが現状であると思う。
笠井議員先ほど、シュルツケビアー裁判官もランゲ調査官も述べていたが、
ナチス時代の教訓によって司法の独立性と権限が憲法裁判所という形で担保さ
れているという話があった。連邦憲法裁判所が具体的案件を扱うに当たって、
ナチス時代の出来事を取り上げながら議論されることはあるか。
シェンク調査官 おそらく連邦憲法裁判所ができた当時は、そういうことはか
なり慎重に議論されていたと思うが、今日において日常的に過去のケースが引
き合いに出されるかというと、そこまでではないと思う。なぜなら、連邦憲法
裁判所ができてから既に60年以上経ち、この間、連邦憲法裁判所は確固たる地
位を築いてきたからだ。市民は、連邦憲法裁判所を必ず私たちの権利を守って
くれるところと見ており、行政、立法機関も基本法にのっとって業務をこなし
ている。日常的にナチス時代の経験を引き合いにすることはないと思う。
(憲法裁判所の議会への関与等について)
中谷議員 連邦憲法裁判所の連邦議会への関与について、どうしても引っかか
るのだが、ナチス時代に司法がしっかりしていなかったから憲法裁判所を作っ
たと言われたが、本来であれば、連邦憲法裁判所は司法機関として、政治とは
独立したものであるべきと考えるがどうか。
ランゲ調査官 連邦憲法裁判所は、長年の伝統に基づき、政治のプロセスに対
しては非常に開放的である、つまり、色々なものを受け入れる準備がある。
例えば、連邦憲法裁判所の判決は、最終的には生きた民主主義というものを
保っために出されていると言っても過言でもなく、これが私たちの一番の目標
である。議会における少数政党の権利の保護、政党間の機会の均等、選挙の平
等性、連邦議会の機能を維持することも我々の役割だ。同時に言えることは、
連邦憲法裁判所はある程度の政治の枠組みを提示することはあるが、自ら政治
を行うということは決してしないということだ。わかりやすい例として、欧州
の債務問題に関し、多くのドイツ国民が政府の政策は権利を侵していると訴え
てきたことがある。連邦憲法裁判所としては、ある程度の限度を設けてコント
ロールする方向へと導くことはできるが、具体的な政治的政策の是非などにつ
いての権限はない。連邦憲法裁判所ができることは、政治家が議論を行わなけ
ればならないという判決を下したり、これ以上は行き過ぎであるという枠を設
けるというものである。政治家の役割に関わる部分に関して干渉することはし
ない。
62
[ドイツ]
シェンク調査官補足だが、連邦憲法裁判所が実際どの程度連邦議会の判断に
介入しているかを数値でみるとわかりやすい。例えば、年間で違憲判決を出す
ものが10件程度に対し、連邦議会は年間何千もの法律を採択している。この数
値を比較しただけでも連邦憲法裁判所はなるべく立法機関の判断を尊重してい
ることがわかると思う。
(国民投票制度)
武正副団長 ドイツには憲法改正に国民投票の制度はないが、2002年、2006
年に国民投票法案が議会に提出されているとのことである。憲法裁判所では国
民投票制度の是非についてどのような議論があるのか教えていただきたい。
シェンク調査官 国民投票を導入すべきという議論はドイツでも活発に行われ
ている。州レベルでは導入している所もあるが、連邦レベルの国民投票制度の
導入には結論が出ておらず、議論の最中である。連邦憲法裁判所としては現在
有効な基本法にのっとって判決を下しており、この部分の議論については関与
しない。
(訴えなしに違憲判決を出すことはあり得るか)
斉藤議員最後に、一つだけ簡単に。国民などからの訴えなしに立法や行政に
対して、その行為は憲法違反であると判決を出すことはあるか。
シェンク調査官連邦憲法裁判所は監視機関ではないので、国民等からの申立
てがあって初めて動き出す。
(おわりに)
保利団長 長時間にわたり有意義なお話をいただき感謝申し上げる。今の現実
はドイツはドイツなりに、日本は日本なりに歴史を背負っているのだと思う。
ドイツの場合は、ナチスの出来事から色々なことが考えられてきたのだと感じ
た。日本の場合はポツダム宣言の受諾という大きな歴史的事実に基づいて今の
憲法体系になっているということがある。いいか悪いかは別として、引き続き
考えていかなければならない問題だと思う。もっと議論をしたかったが、時間
の都合があり、これで失礼させていただかなければならない。ご協力をいただ
き厚く御礼を申し上げる。
シェンク調査官 この後プラハやベルリンなどに行かれると伺っているが、
63
[ドイツ]
色々、お役に立てられる情報が入手できるよう、今後のご活躍を祈念する。こ
ちらの憲法裁判所もぜひ時折思い出していただければと思う。本日はありがと
うございました。
以上
64
[ドイツ]
ジルバーホルン連邦議会議員、コッホ連邦議会議員からの説明聴
取•質疑応答
平成25年9月17日 11:05〜12:45
於:ドイツ連邦議会議員会館
〇 ドイツ側出席者
ジルバーホルン(Silberhorn)(キリスト教社会同盟)連邦議会議員
コッホ(Koch)(左派党)連邦議会議員
(はじめに)
ジルバーホルン議員 本日は連邦議会にようこそ。皆様ご存知だと思うが、ド
イツは総選挙を間近に控えている。そのため、議員の多くは自分の選挙区に戻
り、選挙運動をしている真つ最中である。私は日独議員連盟の副会長をしてお
り、また、実は先週末のバイエルン州の州議会選挙で非常に良い成績を挙げた
ので、私は安心してこちらにいられる。そういうこともあって、こうして皆様
をお迎えしている。
本日ご出席のコッホ議員はベルリン、とりわけ新連邦州と言われている旧東
ドイツ側の議員であり、そこでは彼の所属する左派党は非常に強いので、安心
してこちらで皆様をお迎えできるわけである。
多くのご質問を事前にいただいているが、改めてご質問を受けながら進めて
いきたいと思う。
武正副団長 ジルバーホルン議員、コッホ議員及びスタッフの皆様には、本日
貴重なお時間をいただきありがとうございます。
本日はジルバーホルン議員からもレクチャーではなく意見交換を、という話
をいただいたので、我々議員の方からも質問をさせていただければと思う。
まず、私からお尋ねするが、ドイツ基本法では、憲法改正は議会の議決のみ
で可能であり、国民投票は必要ない。他方、日本では、議会の議決、さらに国
民投票が必要となっているが、ドイツ議会ではこうした国民投票についての議
論はどのような状況になっているか。与野党でそれぞれ立場は違うと思うが、
議員の考えをお聞かせいただきたい。
(選挙権年齢)
ジルバーホルン議員国民投票の前に、選挙権の話をさせていただきたい。現
在、ドイツでは選挙権は18歳であるが、それまで各州では違った変化を遂げて
65
[ドイツ]
きた。私のいるバイエルン州では25歳であったことがあり、それが21歳にな
り、これが長く続いた。21歳で選挙権が得られる一方、連邦議会の被選挙権は
18歳以上というような状況もあった。さまざまな議論を経て、現在ではドイツ
全土において、あらゆる選挙の選挙権は18歳になっている。
現在議論になっているのは、18歳以下の人たちをどう国政に取り込んでいこ
うかということである。選挙権を16歳にしょう、という声もないこともない。
しかし16歳では、あまりまだよく政治のこともわかっていないのではないかと
思う。ただし、こうした議論は全て市町村、州レベルの選挙についての議論で
あり、連邦議会のレベルでの選挙権は18歳であまり議論はない。
また、有権者を〇歳まで引き下げようという意見もある。前立法期のときに、
超党派で出された法案で、全ての生まれたドイツ人の子どもたちに選挙権を与
える(親が代理投票)という案もあった。
この法案の目的は、漸次高齢化していく社会の中で、若年層をどうやって国
政に取り込んでいくかということであって、それにより、政治は、総選挙と総
選挙の間だけ見て動くものではなく、長期的に目を配っていかなければならな
い、という事を明らかにしたかったのである。この法案は、超党派と言っても
大半が賛成したわけではなく、非常にマイナーな法案であったけれども、私は
この法案に署名をした一人であり、今後も声高に主張していきたい。
(国民投票)
ジルバーホルン議員それでは国民投票の話に移りたい。基本法では、国民投
票が行われるのは、二つの場合であるとされている。一つは、州を再編する場
合である1。これを国民投票にかけなければならないとしているからこそ、おそ
らくこれまで州の再編成が行われてこなかったのだとも言える。
もう一つは、憲法を新しく全部入れ替えるときである2。しかし、国民投票は
必要ではなく議会の議決のみでよい、という説もある。
ドイツでは、国民投票というものを基本法に書き込もう、基本法を改正して
国民投票を根付かせようという動きがある。これに関しては、社会民主党、同
盟90/緑の党、左派党が賛成しており、過去には自由民主党も賛成であった。
!基本法29条2項には「連邦領域の再編成のための措置は、連邦法律によって行われ、か
っその法律は、住民表決による承認を必要とする。関係する州の意見を聴かなければなら
ない」とある。
2このような場合に国民投票が必要であるとの明文の規定はない。この部分の発言は、本質
疑応答最後のコッホ議員の発言などを併せて考えると、基本法146条に基づく新憲法の制
定が行われる際に、国民投票を行うことを想定したものと考えられる。基本法146条には
「ドイツの統一と自由の完成によって、全ドイツ国民に適用されるこの基本法は、ドイツ
国民が自由な決定によって決議する憲法が施行される日に、その効力を失う」とある。
66
[ドイツ]
一方、キリスト教民主/社会同盟はこれに賛成したことはない。いつもこれを
「否」としてきた。
キリスト教民主/社会同盟がこれまで反対してきた理由の一つは、ドイツで
は、非常に重要な決定が行われたとき、その決定について国民がどう思うかを
アンケート調査してみると、国民の大半はその決定に反対であるが、国民から
選ばれた議会はそれを通しているという事実があるからである。例えば、NATO
加盟や、ユーロ危機における救済問題などである。
私は、党の主張とは反対に、連邦のレベルでも国民投票を取り入れるべきと
考える、キリスト教社会同盟所属の数少ない議員の一人である。
これまでのところ、バイエルン州の我々キリスト教社会同盟は、キリスト教
民主同盟の姉妹党であるが、選挙公約としては、EUに関わる非常に重要な問題
については国民投票にかける、とするのがよいのではないか、と訴えてきた。
私どもの党の選挙公約に入っているが、これはキリスト教民主同盟の公約から
はかけ離れており、キリスト教民主同盟ではこれを是としていない。
なぜ私が国民投票が必要と考えるかというと、その理由はEUの特殊性であ
る。EUが決めたことは、直接各加盟国の法律に整合させなければならないとい
う拘束力を持っており、各国はそれを改変できない。例えば、EUで一度決める
と、各国はそのとおりに法制化しなければならないからである。EUの、この超
国家的な力は、その他の国際機関の在り方と抜本的に違う。
本来ならば、議会代表制の下では、一度総選挙があって、政府が決めたこと
に異議があればその次の選挙で政権を変えることができる。つまり、その総選
挙の際に、国民が改めて是非の判断をして再びロールアウト(展開)すること
ができる。しかし、先ほど述べたEUの特殊性により、ドイツ人にはこの方策
が残されていない。ドイツ人が嫌だと言っても次の総選挙でドイツ人の意思を
反映してくれる政府を選べないわけで、限定された民主主義であると考える。
そのため、私は先に直接民主制のツールを取り入れておくべきだと考える。
もう一つ理由がある。もちろん、その国民投票が決定を行うプロセスである
という事も重要だが、国民投票に至るまでの議論の中で、政治的な意思の形成
が行われる可能性がある、という意味もある。
例えば、EUレベルで色々な交渉が行われるが、国民投票があるデンマークや
アイルランドは、国民投票で否と言われるようなことはできない、ということ
を考えながら交渉していく。また、ドイツでは各州で州民投票が行われている
が、州がある決定をする段階で、州議会の野党が「それなら州民投票に諮るぞ」
と言うと、与野党の折衝がまた始まり、与党の方も折れ、妥協が成立する、と
いうプロセスがよく見られる。
もちろん、国民投票について批判も多いのは承知の上だが、批判の大部分は、
67
[ドイツ]
おそらく国民投票をどのように導入するかという技術的な部分でかなり問題が
解決できるのではないかと思う。
例えば、国民投票のイニシアチブ(発案権)を誰が取るか、という問題につ
いては、国民もイニシアチブを取ることができるようにする、という方法もあ
るが、国際条約の是非が問題のときは議員のみがイニシアチブを取ることがで
きることとし、そこで行われた国民投票の結果賛成多数だった場合は議会が行
う条約の批准に国民の理解を得たものとする、すなわち国民投票をもって批准
ということではなく、批准の「プラスアルファ」として取り上げることとする、
などである。
コッホ議員 私が申し上げたいことは、ジルバーホルン議員の方からかなり説
明いただいたので、少し補足的にお話しする。
私は左派党であるが、基本的には国民投票に賛成であり、ジルバーホルン議
員と同様である。しかし、現在ドイツでは、国民の間に政治に対する嫌気とい
うものが高まっている。これを各党とも何とかしなければならないと考えてい
る。
私が国民からよく聞くのは、「私は選挙に行って貴重な一票を投じるのに、4
年間ずっと黙って見ているしかない」ということである。
2012年11月に行われた非常に著名なアンケート調査があるが、一つ目の質
問は「今の連邦政府の仕事に満足ですか?」というもので、72%が「不満足」
であると答えた。二つ目の質問は、「メルケル首相はいい仕事をしていると思い
ますか?」というもので、ほぼ同じ72% <らいが「していると思う」と答えた。
これは実に矛盾である。連邦政府はいい仕事をしていないのにメルケル首相は
いい仕事をしているとみんな思っているわけで、私からすると、国民は政府が
していることをよくわかっていないのではないか、と思うのだが。いずれにせ
よ、国民の間に不満が高まっているという状況を何とかしなければならない、
「政治という大きな塔に乗せて一緒に連れて行かなければならない」というの
が各党の一致した考えであり、そこで、国民を直接政治に取り込む国民投票と
いう手法が現れる。
ここ10年来のことだが、アフガニスタン派兵についてドイツ国民の70%が反
対であった。これだけ大きな反対があるにもかかわらず、連邦議会は1年ごと
にこれを延長してきたというのが事実であり、これだけ重要な問題に対してこ
れだけの国民の意見があるのであれば、左派党としては、やはり直接国民に聞
かなければならないと思う。
非常に重要な問題に対しては、国民投票を行うことが重要である、というの
が私の考えで、そうすれば政治家も、より責任を持って政治を行うと思う。政
68
[ドイツ]
治家がもっと街頭に出て行って、どうしてこういう決定をしたいのか、という
説明をもっともっとしなければならなくなる。そうすれば、国民の間にも理解
が生まれ、最終的には議会が行う決定と国民投票の結果でさほど乖離がなくな
ると思う。
それから左派党としては、選挙制度の抜本的な改革を掲げている。現在、ド
イツでは5%獲得できなかった党は議席を獲得できない3。私は、それは撤廃し
た方がいいと思う。というのは、先週のバイエルン州の選挙で投票者の10%の
票が無駄になっている。その人たちが選んだ党は5%を取れなかったので、議席
を得ていない、その10%の票は、他の5%以上取った党にばらまかれていること
になる。
有権者の選挙年齢の引下げについてであるが、現在既に親の了解が得られれ
ば17歳であってもドイツ連邦軍に入ることができる。であるならば、私は16
歳に選挙権があっても何の問題もないと思う。
畠中議員国民投票について少しお伺いしたい。何についてでも国民投票がで
きるわけではないと思うのだが、国民投票の範囲あるいは制限についてどのよ
うな考えをお持ちか。
ジルバーホルン議員 まずドイツでは、16全ての州とかなりの市町村で住民投
票が可能になっている。そこで除外されているテーマは、多くの場合、予算に
直接関係することで、分かりやすい例は税制である。これについて国民投票を
したら、誰も税金を払わない方に投票するだろうから、税に関する国民投票は
タブーということで行われない。
コッホ議員私はジルバーホルン議員に反対だ。予算に係ることであっても、
二つは絶対に国民投票にかけなければならないと思うものがある。一つは、連
邦や州の法律で、新規借入はGDPの何%まで、というふうにブレーキをかけて、
それ以上は借入れができないようにするものがある。このような法律は、現在
だけではなく、今後長い世代に影響していくわけであるから、これは国民投票
にかけるべき問題だったと思っている。
それからもう一つは、今ドイツでは、以前あった財産税を富裕層に再び課す
かどうか、という議論があり、これも、同じように長い世代にわたる問題なの
で、やはり国民投票にかけた方がいいと思う。
あとは、金銭に関係ないところでも、基本法に触れるところは国民投票にか
けるべきだし、国際的な義務に関係あること、後からは変えることができない
3 「5%条項」については、前掲「ー 2 (2)ホ連邦議会」(17頁)参照。
69
[ドイツ]
もの、例えばNATOやEUに関するもの等については、私は国民の意思を問う
のがいいのではないかと思う。
(連邦議会と連邦参議院、両院協議会)
船田議員 日本の議会では、衆議院と参議院の間で多数党が違うという、いわ
ゆるねじれの状態があり、その間、法案が通りにくかった。今はそれが解消さ
れているが。
ドイツにおいては連邦議会と連邦参議院の議決が異なった場合には、両院協
議会が開かれると聞いているが、そこでの議論が建設的であり、かつ最終的に
法律として成立する割合が8割を超えているとのことである。そうした仕組み
や秘訣を教えていただきたい。
ジルバーホルン議員 私の個人的な考えでは、おそらく 5%条項があるために連
邦議会に小政党が分立していないからである。それでうまくいっているのだ。
コッホ議員 だから(キリスト教民主/社会同盟は)5%条項の撤廃に反対なわ
けだ(笑)。
ジルバーホルン議員 ドイツでは、連邦議会の野党が、州では政府与党になる
ということが結構ある。これはドイツ国民の中にある「バランスを取りたい」
という深層心理によるものではないかと思う。そうなると連邦議会と連邦参議
院は当然ねじれる。
もう一つ、基本法には連邦の専属的立法分野、州の立法分野の原則が規定さ
れているが、戦後、かなりの立法裁量が連邦に集中してきた。その中で連邦が
行う立法のうち60%程度は、連邦参議院の賛成がないと立法できない同意法律
になっているので、連邦参議院の立場はかなり強くなる。
そこで、私たちは2003年に連邦制度改革のための委員会を作り、連邦にー極
集中してきた立法裁量をかなり州に移した。
また、逆に連邦参議院の賛成がなくても連邦議会だけで立法ができるものも
加えた。現在では同意法律の比率が下がり、40%くらいになっている4。
コッホ議員左派党として一つ残念なのは、総選挙あるいは州議会選挙の前に
は、色々な政治的取引が行われることである。例えば、州議会選挙の前には、
ある州において本来州がやらなければならない州の資金繰りを「連邦が行う」
とする法律を通してしまうことで、その州の与党の選挙状況を良くしょうとす
4前掲「五1連邦参議院の立法権限の縮小(連邦制改革)」(36、37頁)参照。
70
[ドイツ]
る等だ。選挙に関する駆け引きであり、良くないことだと思う。
もう一つは、党自体を見ても、連邦レベルと州レベルで言っていることとや
っていることが違うということがある。この二つを問題提起しておきたい。
ジルバーホルン議員 州と連邦間の財政調整はいつも問題になる。おそらく今
度の総選挙が終わった後、その件に関しての委員会がもう一度設置され、抜本
的に見直すことになるだろう。おそらく基本法を改正して州と連邦の財政調整
を行うと思う。
(憲法改正手続(要件)、国民の政治に対する評価)
鈴木議員2点伺う。日本の憲法改正の発議は両議院の3分の2であるが、今
それを2分の1に下げようという考え方が一部にある。憲法改正が両議院の3
分の2の賛成という要件で59回も変えたドイツとして、これについてどうお考
えになるか。
もう一点は、先ほどコッホ議員から、ドイツの政治は不満が約72%、しかし
メルケル首相の支持が同じく約72%という話があったのだが、これはドイツ国
内の政治とEUの政治のギャップで差が出ているのではないかと考えるが、い
かがか。
コッホ議員二つ目のご質問の方からお答えすると、メルケル首相が国際的に
見て非常によくやっていると国民が思っているということだけではなくて、良
い悪いの分担が政府の中にあって、悪いニュースは全部大臣が引き受けて、何
か良いニュースが出てくると、メルケル首相が出て行って「私が」ということ
で政治ショーをやっている。ショーマンシップでは優秀な方だと思う。
ジルバーホルン議員 しかし、それは政治の技術であり、ドイツではどこの政
党もやっている。
コッホ議員 うちの政党でもやっている(笑)。一つ目のご質問である、憲法改
正に関して2分の1の議決で発議を可能とするという意見があるとのことだが、
左派党としてはそれには大反対である。政情が不安定になるのは目に見えてお
り、政権が変わるたびに憲法が変わる可能性があるということで、賛成できな
い。3分の2ずつの賛成が両議院で必要なのに加えて、私は国民の審判を問うベ
きだと思う。むしろもっとハードルを高くして、国民投票にかけなくてはなら
ないようにすべきだ。
71
[ドイツ]
ジルバーホルン議員 ドイツでは、「基本法は、議会制民主主義のベースであり、
このベースを変えるには連邦議会と連邦参議院の3分の2の賛成という大幅な
賛成が必要である」、というのはどの党にとっても議論の余地のない大きなコン
センサスとなっている。
そして、3分の2条項には、基本法改正が政治的な日常的な駆け引きのツール
にならない事を担保するという、非常に大きな利点があると思う。それにして
も、確かにドイツでは59回も基本法の改正が行われてきたが、個人的には内容
的にも形式上でもその全部の改正に賛成するわけではない。変えれば変えるほ
どいろいろな人がいろいろなことを言って、さまざまな望みを取り入れていく
と基本法そのものが大きくなりすぎ、わかりにくくなるからだ。私は、米国人
がよく言う「シンプルに、短く、簡潔に」という主義だ。
しかし国民投票にかけるということであれば、国民投票は2分の1でいいと
思う。「主権在民」からすれば、国民の過半数の賛成が得られれば、そのように
すべきだと思う。
コッホ議員 ドイツがなぜ3分の2にこだわるのかというと、ワイマール共和
国、その後のファシズムの時代という、歴史上の理由がある。今考えれば、ヒ
トラーがその全権を掌握するなどということは3分の2という条項があればで
きなかったはずだ5。それで私たちは非常に3分の2にこだわるのだ。
笠井議員 関連だが、ドイツでは基本法が59回改正されたということだが、回
数が多い理由を改めて確認したいのと、その中で国論を二分するような政治的
対立の中で改正されたことはあったのか。3点目は、基本法改正のためには79
条2項で連邦議会議員及び連邦参議院の表決数の3分の2以上の賛成が必要と
いうことだが、それを得るのに非常に苦労したことがあったか。
ジルバーホルン議員 確かに59回と聞くと非常に多いような気がするかもしれ
ないが、これは2005年から2009年の間のように、大連立の結果、既に3分の
2が取れている政権があったからである。その時期に小さい改正が沢山行われた。
なぜ回数が多いかというと、ドイツがEUに加盟したことから、EU法に従って
5ワイマール憲法下において、憲法改正は、ライヒ議会の定数の3分の2が出席し、出席者
の3分の2が賛成することが必要とされていた。1933年3月24日の「全権委任法」の議
会における採決もまた、形式的には「3分の2の出席」と「3分の2の賛成」の要件を満
たす形で行われているが、法案の採決直前に議院規則を改正して無断欠席議員を出席扱い
にする裁量権を議長に与えることにより「3分の2の出席」の要件を満たすなど、姑息な
手段により法制定を強行したとされる(塩津徹『現代ドイツ憲法史』(成文堂、2003年)
75 頁)。
72
[ドイツ]
基本法を改正し、整合させていかなければならなかったというのが一つ。それ
と、もう一つは特殊事情だが、東西ドイツの統合によって、かなり多くの部分
を改正しなければならなくなったこと、また、連邦制度改革による改正も必要
になったことなどが挙げられる。しかし、国を二分するような対立があって、
なお行われた改正となると、1950、60年代のドイツの再軍備の際、及び緊急事
態条項を基本法に取り入れた際の改正6を挙げることになるだろう。それ以外、
今のところ大きな問題になっているところはない。
(連邦憲法裁判所)
伊東議員連邦憲法裁判所についてお聞きしたい。憲法裁判所で伺った話によ
ると、憲法裁判所の判断は国民の信任をかなり得ているという話だったが、憲
法裁判所は議会と違って民主的基盤を有していない。そうした中、選挙制度に
ついて2回違憲判決が出ているわけだが、議会の立場から憲法裁判所について
はどう捉えているか。
ジルバーホルン議員 その問題は、ドイツだけではなく、独立した司法があり、
議会がその裁判官を任命するというシステムを採っている国ではどこでもあり
得る問題であると思う。
ドイツでは、連邦憲法裁判所の裁判官と通常裁判所をはじめとする連邦裁判
所の裁判官を選任するために、連邦議会及び連邦参議院に選任委員会が作られ
ている7。ここでは、各院内会派がバランスを取り、どの党からも順番に提案で
きるようにする、というシステムが採られている。したがって今政権を取って
いる党が何人も任命できる、という事ではない。どの政党、どの州も自分たち
の提案がいずれは聞いてもらえるシステムにしてあるつもりだ。そこで選任さ
れた裁判官には、中立でなければならないという大きな使命が与えられており、
どの党が選んだからといってその党に縛られるということはないし、実際今ま
で一人たりとも中立であることに反したと考えられる裁判官は現れていない。
むしろ、選んでくれた党ががっかりするような判断をしたり、自分を選ばなか
った党に「この人はなかなか」と思わせるようなことをやったりと、驚かされ
ることが結構ある。
6緊急事態条項を基本法に取り入れた際の改正については、前掲「六2緊急事態条項に係
る基本法改正の過程」(41〜47頁)参照。
7連邦議会による裁判官の選挙は、選挙委員会を通して行われる。したがって間接選挙であ
る。選挙委員会は12名の連邦議会議員からなり、連邦議会の総会で選挙される。少なく
とも8票以上の得票者が裁判官に選ばれる。一方、連邦参議院による裁判官の選挙は、そ
の総会において直接選挙で行われ、その3分の2以上の多数で裁判官が選ばれる(名雪健
二『ドイツ憲法入門』(八千代出版、2008年)101頁)。
73
[ドイツ]
議会は確かに国民から選ばれているが、議会がやっていることを審査する機
構は必ず必要で、それをどこができるかといえば、やはり中立の裁判所でしか
ない。ドイツで今議論になっているのは、今までのように選任委員会で裁判官
を決めるのではなくて、連邦憲法裁判所の裁判官などは議会そのものにかける
ことによって、正統性を得るのがよいのではないかという意見もある。
もう一つ議論になっているのは、裁判所は政治から中立であるか、本当に必
要とされている場合だけ、かつ自分を前面に押し出さずに引いた形でチェック
しているか、それとも政治への接触が強くなってしまっているのかという議論
である。
例えば、昨年、連邦憲法裁判所は、ドイツで行われる欧州議会選挙にもかけ
られていた5%条項は憲法違反であるという判断をしている8。これは今まで憲
法裁判所がとってきたスタンスと全く反対のものだが、ドイツでは、これにょ
り3%条項にしたという経緯がある。3%にしたからといって、また憲法裁判所
が違憲としないということではないので、再び違憲になるかもしれない。
(日本の憲法事情についての所感)
中谷議員 1990年に東西ドイツが統一されたが、全く主義•主張が違う国の統
ーということで、憲法を新たに制定したのか、それとも西ドイツのものを流用
したのか。
また、ナチズムに戻らないための条項があるのか。例えば、変えてはいけな
い、変えられない条文が存在しているのかどうか。
さらに、日独ともに敗戦国であるが、我が国は67年間一度も憲法を改正して
いない。軍の存在も、国家の非常事態も、軍の海外活動も日本の憲法には規定
がないのだが、これほど長期に一度も改正せずに来ていることについて、ドイ
ツはどう感じているか。
ジルバーホルン議員大変親しみを感じる議論だ。一つ目の質問について、東
西ドイツ統一は、ボン基本法をそのまま流用している。西ドイツに東ドイツが
8 2011年11月9日、連邦憲法裁判所は、ドイツにおけるEU議会議員の選挙について定め
られた5%条項を、選挙権の平等と政党の機会の平等を侵害し無効と判断した。もっとも、
EU議会の活動を妨げないとの観点から、ヨーロッパ議会におけるドイツの議席を再配分
すべきとの主張や再選挙を行うべきとの主張は斥けた。これを受けて、2013年6月13日
には、連邦議会が5%の制限を3%に引き下げる法案を議決した。これについては、連邦憲
法裁判所はあらゆる足切りを否定しているのであるから、3%に引き下げても違憲となると
の主張がある一方、2012年11月22日にEU議会が、選挙における足切りを設けること
によりEU議会の機能を確保すべきとの決議を行ったことなどの情勢の変化を踏まえるべ
きとの指摘もある(Library of the European Parliament(2013), “Electoral thresholds in
European Elections. Developments in Germany’)0
74
[ドイツ]
参加したという形になっている。二点目については、人権や連邦制等は改正で
きない、とする条項があり、これはどのような方策をとっても変えることはで
きない。「永久禁止条項」と言われている。
また、西ドイツの時代に憲法裁判所はNATOや国連への派兵を合憲としてお
り、憲法解釈で派兵している。
コッホ議員 補足すれば、基本法の146条にあるとおり、ドイツ国民の自由な
意思により新しい憲法ができたときにこの基本法は効力を失うとされている。
このような条項が作られたのは、東西ドイツ統一の際に新しい憲法を作って国
民投票を行うべきだと考えていたからだろう9。
日本での議論について、私がものを言うのは大変おこがましいが、歴史を顧
みていただきたい。外国に兵を出さないことが重要なのではないかと思う。
(おわりに)
ジルバーホルン議員 また東京に伺ったときにもお話をしましょう。
武正副団長 総選挙を目前に控えたお忙しい中、本日はありがとうございまし
た。
以上
9東西ドイツ統一は、基本法23条に基づく東側の西ドイツへの加入という方式で行われ、
その際には、基本法146条を削除すべきとの主張もあったが、新憲法の制定による統一を
主張してきた社会民主党の要求により、同条は修正の上存置された。また、1990年のドイ
ツ統一条約5条は、統一後2年以内に基本法の改正を行うことを規定し、その際に検討す
べき課題として、「基本法146条の適用およびその範囲内での国民投票の問題」を挙げて
おり、当該課題を処理するための枠組として、社会民主党は、当初、連邦議会議員に加え
て在野の人材を広く加える「憲法協議会」で新憲法草案を作成し、それを国民投票に委ね
ることを主張した。これに対し、新憲法の制定が論理的には79条3項の永久禁止条項に
よる改正の限界を超え得ることを危惧し、東西ドイツ統一後も基本法が維持されることを
最重要とする側からは、146条は宣言的な規定に過ぎないとの見解や、146条による新憲
法の制定の際にも79条3項の制限が妥当し、かつ、国民投票をする場合には79条の改正
が必要である等の見解が示された(広渡清吾『統一ドイツの法変動』(有信堂、1996年)
308-313 頁)。
75
[ドイツ]
レットラー連邦参議院事務局次長からの説明聴取•質疑応答
平成 25 年 9 月17 日 15:10~16:05
於:ドイツ連邦参議院
〇 ドイツ側出席者
レットラー (Rettler)連邦参議院事務局次長
ベルケフェルト(Berkefeld)連邦参議院事務局議会関係担当部員
(連邦参議院の視察(質疑応答前))
レットラー連邦参議院事務局次長からの説明聴取•質疑応答の前に、ベルケ
フェルト連邦参議院事務局議会関係担当部員から、連邦参議院の建物の由来、
連邦参議院の役割や議事運営の特色などの説明を受けながら1時間にわたって
本会議場をはじめとして連邦参議院の視察を行った。
(はじめに)
武正副団長 午前中は連邦議会の二人からもお話を伺った。3日前にはカールス
ルーエの憲法裁判所の方にも伺った。本日は特に連邦参議院と憲法改正や国民
投票との関係、また連邦議会との関係について話を伺いたいと思っている。時
間も限られているので、よろしければ我々から質問をさせていただきたい。
レットラー次長 本日はようこそお越しくださいました。
実は連邦参議院議長が最近訪日し、ここ数日新聞にも取り上げられるなど、
ドイツでも関心が高い。これによって日独の理解と関心が高まったと思う。
ご質問は後でいただくが、まず短く概観を説明させていただきたい。
(ドイツの両院協議会の概要)
レットラー次長 ドイツの建国の父たちは、非常に複雑な立法手続をドイツ連
邦共和国に残した。私は20年来この仕事をしているが、ドイツ人でもこの立法
手続をよく知らないのではないか、と思うことがある。
連邦のあらゆる法律は、連邦議会と連邦参議院の両方の議決で決まる。連邦
議会という下院は選挙された議員が座っており、非常に政治色が強く、連邦の
政治は専らこちらで行われるわけだが、一方、連邦参議院には、議員がいるの
ではなく、各州の政府が送ってくる代表が座っている。このような上院がある
国は世界で一つしかないと思う。
連邦の法律は、どの法律もまず連邦議会で可決されたものが連邦参議院に送
76
[ドイツ]
られてくるが、これには二つの種類がある。
一つは同意法律といい、必ず連邦参議院の同意が必要なもの。もう一つは異
議法律といい、連邦参議院が異議を申し立てることができるが、連邦議会がこ
れを覆すことが可能なものだ。とりわけ、州の財政や行政事務に関わるものに
なると、州の同意が必要な同意法律となる。
異議立法については、連邦参議院に拒否権があるという事になるが、拒否権
といっても再び連邦議会で覆されることがあるので、必ずしも連邦参議院で立
法がブロツクされてしまうということにはならない。
また、立法手続において非常に特殊なのは、イエスかノーかで終わらせるの
ではなく、州の代表者で構成された連邦参議院と連邦議会とが一緒にテーブル
に着いて話し合いをして妥協策を見つける機関ーー両院協議会が設置されてい
ることだ。
この両院協議会のメンバーは、連邦参議院については16の州から一人ずつ選
出される。これとバランスをとるために、連邦議会からも各会派の勢力配分に
より16人が選出される。また、両院協議会には、議長が二人いる。一人は連邦
議会から、もう一人は連邦参議院から選任され総選挙と総選挙の間の4年の間
に3か月ごとに交代する。
両院協議会の実際の手続は、基本法ではなく事務規則で定められているが、
そこでもかなりの裁量があり、非常に柔軟に動くことができる。
この協議会は大変重要で、例えば基本法改正のときに問題があって1回で物
事が片付かないときは、両院協議会で話し合い、妥協策を見つけていく 、その
場合、非常に高いレベルの各党代表者が送られてくる。例えば、連邦議会では
院内総務の長であるとか、連邦参議院では各州の首相であるとか、最終的には
自分の意見で「これでよし」と承服できるか、決断できるかが重要なので、そ
のような方が集まることになる。
おそらく先生方も日常的な仕事の中でご存知だと思うが、枠組みがある中で
物事を決めなければならないという方が、時には物事が簡単に動くことがある。
大臣などは非常に詳細なところをずっと見ていくため、ともすれば大枠が見え
なくなっており、話が先に進まなくなる。しかし、枠組みの中で物事を決めて
いかなければならないとなると、話が進みやすい。
私は、近年ヨーロッパの議会を多く見てきたが、やはり両院協議会でよい結
果が出て立法に結びつくかどうかを決めるカギとなるのは、非常に強いパーソ
ナリティを持つ方がいて、その方が「とにかく、絶対にここで結果を出す」と
いう意思を強く持つかどうかだと思う。それがどのような結果かは置いておく
1両院協議会の概要については、前掲「五2法案審議合同協議会(両院協議会)」(37頁)
を参照。
77
[ドイツ]
としても。
法案によっては、18年間も結論が決まらないまま連邦議会と連邦参議院を行
ったり来たりしているものがある。そこでは95%<らいまではみんな妥協して
いるのに、最後の一歩が踏み込めない。その最後の一歩で誰かの「これで妥協
する」という意思が必要なのだ。
この両院協議会の在り方は、これまで成果を上げてきたので、基本法改正に
関係する「連邦制度改革の委員会」を作ったときには、この両院協議会と同じ
ような、いわばコピーのような形にした。つまり、連邦議会と連邦参議院から
同じ人数を選出し、各連邦機関の助言を得ながら議長を二人置いて交代で進め
ていく。そこでも非常に重要だったのは、政治的な意思があり、意思をもって
これを牽引していく人がいるかどうかということであった。もちろん、全ての
問題を解決できたわけではなく、テーマによっては後回しにしたものもあるが、
こうした解決に欠かせない、高いレベルの政治家の「最後の一言」があった、
ということが大変重要だったと思う。
これがうまくいった時期というのは、両院協議会でも、両院協議会と同じよ
うな委員会であっても、二つの大きな政治的な力がぶっかりあい、そこで妥協
を見つければよい時代であった。より小さい会派が入ってきて、数が多くなれ
ば多くなるほど妥協を見つけるのが難しくなっていく。
さらに重要なのは、人望があって人をまとめていくカのある方が果たしてい
るかということである。ほとんどのところで全員が妥協しても、最後に「では、
これでいこう」と誰かが言わないと、なかなか前に進まない。全く問題のない
制度はないだろうが、私たちドイツでは、このような両院協議会の在り方でこ
れまでうまくやってきたと思っている。
(連邦参議院の開会•議案提出)
武正副団長 ご説明ありがとうございました。では、私からは基本的なことを
伺いたい。
まず、連邦参議院はどのくらいの頻度で開かれているのか、本会議なのか委
員会なのか、が1点。2点目は両院協議会が頻繁に開かれているといわれるが、
その頻度を伺う。それから、各州の行政部の代表の方が頻繁に出席されるとい
うのは大変だと思うが、代理の方が出席されているのか。
また憲法改正について、連邦参議院の方からの提案というのはどのくらいの
割合、件数があるのか伺いたい。
レットラー次長 連邦参議院は1年にだいたい11回、会議を開く。1回につき
78
[ドイツ]
3、4週間のものであり2、夏休み、クリスマスには休みが入る。会合時には全州
から代表者が来るが、州の首相が来ることもある。各州は、人口に応じて6票
から3票の票数を持っているが、連邦参議院の議席は州政府代表者であること
から、出席者は州の首相か大臣になる。
そして、委員会も多いのだが、ほとんどの場合事前に事務レベルでの調整は
ついている。本会議となると、議事として90から100 <らいの法案が上程され
るが、その中で政治的に意味があり議論が必要なものは5から10 <らいで、や
はり多くは事前の調整がついている。
両院協議会というのは、その時々に応じて、例えば、「ねじれ」のあるなしに
よって開かれる回数が大きく違う。そのため総選挙と総選挙の間に80回開かれ
た時期もあるし、今のように、「ねじれ国会」が半年くらいのもので、その前は
「ねじれ」でなかった場合には、前総選挙から16回しか開かれていないことに
なる。また、連邦議会と連邦参議院の間でどのような政治状況になっているか
によっても違うが、それでも国民にセンシティブな影響を与えるテーマである
社会給付、例えば失業保険や失業手当、生活保護の問題などを案件にするよう
なときは協議会を作ることが多い。両院協議会がどれだけの期間話し合いをす
るのかというのも、問題によって異なる。
また、基本法改正の提案を連邦参議院がどれくらいとったかということだが、
非常に少ない。伝統的には、連邦政府から出される提案がほとんどである。そ
の理由は簡単で、各省庁は非常に多くのマンパワー、専門家を抱えており、彼
らが中心となって土台を固めて改正法案が提出される。そのような力は私たち
にはない。また、議員は大体のところ各政党にも属しており、議員が何か法律
を変えたいと思えば、政党を通じてイニシアチブをとる。「政党を通じて」とい
うのは、とりもなおさず政府に働きかけるという事だ。翻って連邦参議院の中
で考えてみると、連邦参議院で多数派でない政党に属している小さい州の議員
がいるとして、例えばその人たちが立法したいと思っても、勝算があるかとい
うと、あまり現実味がない。となると他の方策を考えるだろう。連邦参議院か
ら出すイニシアチブも、すぐにそれが法案として進行するというよりは、むし
ろ連邦議会に「こういう立法を考慮して欲しい」という余地を促す、プッシュ
するという意味合いにとどまり、連邦参議院からの立法というのはさほど行わ
れていない。
(両院協議会の成案成立率と合意形成スタイル)
船田議員3点質問したい。一つは、両院協議会に持ち込まれた案件のうち、実
2後に鈴木議員からこの点をさらに確認する質問がある。3、4週間の間隔を置いて11回開
くとの趣旨。
79
[ドイツ]
際に法律として成立する成立率、割合はどのくらいか。二つ目は、両院協議会
の中で修正することは可能か、修正した場合にはそれぞれ連邦議会と連邦参議
院に戻すという事があるのか。三つ目は、今ご説明いただいたところでは、こ
れをうまく機能させるには人間的要素が非常に大きい、とのことだ。パーソナ
リティの強い人、物事をまとめることに非常に熱心な人がいると、非常にうま
くいくということであるが、逆に言うと、そういう人がいない場合にはやはり
頓挫してしまうのか。そうした場合、やはり両院協議会の在り方、制度という
ものについて見直しをしよう、という意見が出たことがあるか。
レットラー次長 まず、両院協議会の成案成立率だが、前回の総選挙から現政
権下で見ると、かなり多くの部分はうまくいっていたと思う。おそらく 80%<
らいか。今は総選挙の直前で、どの議員もコンセンサスを見つける、先に進め
るという事に関心が高いので、非常にうまくいっている時期ではある。しかし
政治的に内容を見ると、非常に重要でこれは成立させた方がよかったのにでき
なかったというものが残っている。
例を挙げて説明すると、ドイツではエネルギー政策の転換が行われている最
中である。つまり原発を止め、それに代わり分散型エネルギー供給にしていく
ということだが、その一つの大きな柱となっているのが、古い建物のエネルギ
ー消費の問題である。ドイツの古い建物に断熱等の修復を加えることで、消費
エネルギーを節約し、これによりC〇2を削減するというものだ。趣旨について
はみなオーケーなのに、誰がどう資金を出すかということで連邦と州がまとま
らなかった。例えば、一方はこれを税控除で行うべきと言い、もう一方は低金
利融資によるべきと主張して、そこでまとまりがつかずに立法ができなかった。
非常に重要な問題が残ってしまった。
二つ目のご質問については、両院協議会は、もちろん修正をしてそれを「助
言」という形で案を提示することはできるが、決定権はこの協議会にはない。
案が連邦議会に持ち帰られ、そこでオーケーであればそれが連邦参議院に回り、
立法手続にのっとって立法されることになる。
三つ目のご質問、強い大人物がいないとうまくいかないのかということだが、
私の個人的な印象を申し上げれば、今までは、確かにそういう人がいた。とこ
ろが、長老としてみんなが認める、この人だったらみんなついていくという人
が、最近二人とも御歳の関係で引退されたので、実はまさに今、世代交代の最
中にいる。45歳から55歳くらいの中堅の先生方で、「私について来い」と言う
人がなかなかいない状況である。もし自分がそうしてみても、もしかしたら誰
もついてこないかもしれない、というので、現在は次の選挙を待ってみましょ
うということになっているのではないか。総選挙の結果でおそらく勢力関係が
80
[ドイツ]
形成されてくるだろうという期待を私は持っている。
また、スタイルの変化というのもある。昔のように二、三人で赤ワインでも
飲んでどこかで決めてしまうのではなく、大きな部屋でみんなで話し合うとい
うスタイルも多くなっているので、今後もこれまでのような二人の大物でやつ
ていくのかどうかというのはわからない。
(連邦参議院の開催と連邦首相•連邦大臣の出席)
鈴木議員 先ほど団長から連邦参議院の開催は年11回くらいで、1回3週間か
ら4週間というふうに伺った。そうすると年間相当な日数が開催されるわけだ
が、基本法では、確か委員会からの要請があれば連邦首相、連邦大臣は出席し
なければならないとなっている3と思う。実際には、どのくらい拘束されている
のか、というのが一つ。
もう一つは、要請があったにもかかわらず、何らかの理由はあるにせよ、出
席しなかったケースがあるか。
レットラー次長 先ほどの説明では誤解を与えたかもしれないが、年に11回会
合を開くが、3週間から4週間の間隔を置いて、ということだ。
毎回、金曜日の9時から15時までというように概ね決まっている。
まず、連邦の法律について審査するときは必ず連邦参議院で質疑応答しなけ
ればならないので、連邦大臣は頻繁に連邦参議院に来ている。もちろん時間マ
ネジメントが厳しく、秘書が電話で何時にどこに、と難しい連絡をしているが、
それでも大臣はよくいらっしやる。
連邦首相は、連邦参議院にはほとんど来ない。ただし、出席要求があるのに
来ないわけではなくて、要求するような事項がなかったからである。
ドイツでは、連邦機関と呼ばれる連邦議会、連邦参議院それぞれに敬意を持
ち合ってお互いを処することという決まりがあり、それに誇りを持っているの
で、うまくいっていると思う。
(連邦参議院での議員の任期•首相の出席)
伊東議員 連邦参議院の議員の任期が決まっていないという事だが、それにつ
いて何か不具合はないのか。また、首相があまり来られないという事だが、私
の個人的な考えでは、首相こそ連邦参議院に来た方がいいのではないかと思う。
連邦参議院に来るためだけの、例えば連邦大臣のような専門の職を設けるとい
3基本法53条は大臣の出席について「連邦政府の構成員は、連邦参議院及び委員会の審議
に参加する権利を有するとともに、要求があるときは、義務を負う。これらの者は、いつ
でも発言することができる」と規定する。
81
[ドイツ]
う考え方はないのか。
レットラー次長 まず一つ目のご質問だが、連邦参議院議員には任期がないと
申し上げたが、連邦参議院に来る人たちというのは、各州政府のメンバーであ
る。バイエルン州を例にすると、今まではキリスト教社会同盟と自由民主党が
連立していたが、今回、バイエルン州の州議会選挙があり、自由民主党は5%条
項をクリアできなかったため連立できなかった。そのため、連邦参議院での新
しいバイエルン州政府代表者というのは、自由民主党抜きという事になる。他
方、バイエルン州首相は変わらないので同じ人である。政府が変われば来るメ
ンバーが変わるだけで、任期という概念の必要がないのだ。
二つ目のご質問は、連邦首相が連邦参議院に来ない、という事だが、確かに
なかなかお見えにならないけれども官房長官級、大臣級の方は必ず連邦参議院
に出席する。連邦参議院の総会が金曜日にあるので、前日の木曜日には左派党
と社会民主党が参議院に向けた党内部の話し合いを行っている。金曜日の早朝
にはキリスト教民主/社会同盟がやはり議会対応について話し合いをしている。
メルケル首相はキリスト教民主同盟出身の首相であるから、そこで一緒に連邦
参議院関係の話し合いをしている。そこでいろいろ参議院関係の話し合いをし
ているのだ。そのほか、メルケル首相は割とよく各州の首相と話し合っている
ようだ。
(長期にわたり両院協議会で継続した法律)
笠井議員先ほどのレットラーさんの話の中で、両院協議会の中でいろいろ話
し合いをするということであったが、18年間決まらなかった法律というのは具
体的にどのようなものだったか。18年間にわたって断続的に協議会があったの
か、その中で決まらないからには国民的にも議論が分かれていると思うのだが、
その法案についての国民的議論というのはどのような形で行われているのか、
お伺いしたい。
レットラー次長この問題は、18年間にわたって各政権が考えに考えあぐね、
何度も両院協議会にかかった問題である。実は、これは国民を二つに割るほど
の大した問題ではなくて、行政サービスの対価を国民が払うが、その課徴金を
どういうふうに連邦と州で分けるかという問題である。
武正副団長 本日はどうもありがとうございました。
我が国には存在しない各州の代表が集う連邦参議院のイメージがなかなか浮
かばなかったところ、具体的なお話をいただき、よく理解することができた。
82
[ドイツ]
御礼申し上げたい。
レットラー次長 本日はたくさんの質問をいただきありがとうございました。
私としても楽しい時間を過ごせたと思う。最後にこちらからも質問させて頂き
たい。ドイツでも女性の進出が遅れているが、今般の派遣団はみな男性ばかり
で女性がいないのはなぜでしょうか。
武正副団長 この点については、私共としても宿題としたいと思う。
以上
83
[ドイツ]
ヴァルトホフ教授(フンボルト大学)からの説明聴取•質疑応答
平成25年9月17日 16:25〜18:10
於:在ドイツ日本大使公邸
〇 ドイツ側出席者
ヴァルトホフ(Waldhoff)フンボルト大学教授1
(はじめに)
武正副団長議員団を代表してご挨拶を申し上げる。議員それぞれからの質問
もたくさんあるので、今日はよろしくお願いしたい。
ヴァルトホフ教授 ありがとうございます。質問には喜んでお答えしたい。
これまで日本とは緊密にやりとりしてきたところで、5月にも大阪と福岡の大
学、それから東京にも行き、東京大学との関係を構築してきた。
武正副団長それでは早速質問に入りたい。
(原子力政策についての議論や国民への説明の在り方)
船田議員 憲法と直接関係はないが、原発を2022年までにゼ口にするという選
択肢をメルケル政権が発表したことについて、国民全体の反応と、原発をゼロ
にすることのデメリット、すなわちコストがかかるため、それが電気料金に反
映されることや、C〇2の排出が増加するといったことを、政府としてきちんと
説明した上で発表したのか、あるいは、そのようなデメリットに対する措置を
政府が行うということを宣言した上での決定だったのかどうか、お伺いしたい。
ヴァルトホフ教授確かにその決定は非常に急であったと思う。国民も、福島
第一原子力発電所の事故を受けたものとして当惑していたように思う。もとも
とは、前政権で脱原発を決めていたが、今のメルケル政権になって、その残存
稼働年数を延ばす、つまり原発をやめるまでの期間を少し後にすると決めた。
ところが福島第一原子力発電所の事故が起きて、メルケル政権は、その決定を
覆して前倒しすると決めた。
こうした急な動きがあったが、私の印象では政治の場で十分な議論があった
11965年生まれ。2012年より現職(フンボルト大学法学部公法•財政法講座担当教授)。
また、フンボルト大学法学部の副学部長を務めているとの説明があった。
84
[ドイツ]
とは思っていない。国民に対しても、コストやデメリット、技術的に可能かと
いった点について十分な説明があったとは思えない。福島第一原子力発電所事
故によるプレッシャーが大きくて、それに急に対処したものであったと思う。
(新憲法制定の動き)
中谷議員 現在の「基本法」に代えて、正式な憲法を制定しないのかという質
問である2。日本は戦後6T年間憲法改正を一度もしないでいるが、私は、日本
国民が自ら憲法を作るべき、軍も集団的自衛権もそれに明記すべきとの立場で
ある。ドイツ基本法146条で、基本法は憲法が制定されたら効力を失うと書か
れているが、戦後59回改正されている中で、この146条を削除するという意見
や、本来は統一憲法を作るべきだとの意見はあるのか。
ヴァルトホフ教授 1990年の東西ドイツの再統一に当たり、新憲法を制定した
方がよいという議論はあった。統一に当たって、憲法上は二つの方法があった。
一つは新しく憲法を作り直すというものだが、これは採らなかった。もう一つ
の方法として、西ドイツに東ドイツが参加する形を法律上採った。
したがって、ドイツの再統一に際しては、1949年に作られた基本法を部分的
に改正するにとどめた。基本法を大きくなった統一ドイツに合うように少しず
つ近代化はしたが、新憲法を作ることにはならかった。
今日になって、この議論が復活してきたところであるが、これはドイツの統
一とは関係ない議論である。連邦憲法裁判所が、現行の基本法では、EUの統合
を進めるに当たって限界があり、今後さらにEUの統合を進めて、ドイツの主
権移譲を進めるのであれば、基本法146条に基づき新しい憲法を制定しなけれ
ばならないとの見解を示したところである。もっとも、連邦憲法裁判所は基本
法に忠実であるべきで、基本法を変えるという見解を示してよいのか、学術的
に非常に問題があると考えるが、そうでないという意見もある。
私個人としては、新しい憲法を制定することには反対である。それを行った
場合は、基本法全部を見直すことになり、これも直したい、あれも直したいと
いうことで、どんどん直す部分が広がっていって、政治的に大変な問題、衝突
が生じるだろう。EU統合のためだけにドイツで大きなぶっかり合いをすること
を、私は是としない。
21990年10月3日東西両ドイツが統一された際には、西ドイツにおける暫定法としての
基本法に代えて全ドイツに妥当すべき新憲法を制定するとの主張もあったが、結局従来の
西ドイツの基本法を東ドイツの領域に拡大して適用することによって対処された。ただ、
新憲法制定後に伴う基本法の失効について定めた基本法146条の規定は、一部改正の上で
残された(詳細については、前掲「ジルバーホルン連邦議会議員、コッホ連邦議会議員か
らの説明聴取•質疑応答」注9(75頁)参照)。
85
[ドイツ]
中谷議員その意見を支持している政党や政治家はどのくらいいるのか。
ヴァルトホフ教授 政党という枠組みでは賛否を分けられない状況になってい
る。EU統合を進めることに対して、個人的にどういう立場をとっているかに左
右されるようだ。キリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟、自由民主党、社
会民主党、緑の党といったどの政党にも、EU統合を進めていくために憲法の制
定も考えるべきという人はいる。逆に、EUに懐疑的な声はやはりどの党にもあ
り、統合を進めていくとドイツは損するだけで危険であるとか、やらない方が
いいと警告する声もある。
中谷議員 ワイマール憲法や大ドイツに戻そうといった思想は、もうほとんど
ないということでよいのカ、。
ヴァルトホフ教授 そのような声は全く聞こえていない。地理上のドイツの国
境線は、法律的には、ドイツの統合で最終的に決着したものである。EUを統合
していくべきというのも、地理的にドイツを大きくしないでいようという立場
の議論だ。ワイマール憲法の頃のようにドイツを大きくするという人が仮にい
るとしても、政治的には何ら重みをもたない、全くとるに足らない勢力だ。
(緊急事態条項)
畠中議員 ドイツの基本法は過去の反省から、人権や民主主義、自由という秩
序を徹底して守ろうとしているとお聞きしているが、緊急事態の条項と憲法秩
序との関係はどうなっているのか。あるいは緊急事態は別物として考えられて
いるのか、議論をご紹介いただきたい。
ヴァルトホフ教授 緊急事態条項は、実はまだ使われたことはない。基本法が
制定された時にはなく、1968年になって入った条項である。これを使うことが
本当に起きるとしても、人権を無視して使うことは許されていない。あくまで
も、人間が持っている、揺るがし難い基本的な権利は守った上で、緊急事態条
項を使うことになっている。緊急事態だからといって人権や自由を無視してい
いかというと、絶対にそうではない。
また、緊急事態条項は、緊急事態に陥った際にどのように国の統治を維持し
ていくかという、組織上の問題に関わる条項が大半である。例えば、非常に重
大な問題が起きて、議員がベルリンの議会に物理的に来られないような場合に
は、小さな集団(合同委員会)に決定権を付与するといったことである。
86
[ドイツ]
他方で、1968年には、20条4項が新しく基本法に加えられており、これは抵
抗権の規定である。基本法を排除しようとする力が働き、基本法を揺るがすよ
うな事態が起きそうになった場合には、国民はこれに抵抗する権利があると謳
われているが、これも過去の反省によるものである。1920年にカップ(Kapp)
による、右からの転覆の事件3があり、そのような国を揺るがそうとする力があ
るときには、抵抗する力を得ることが許されなければならないということで、
謳われた規定である。労組のストライキ権とも関わる事件であったので、労組
の非常に強い意見により入ったものである。
(憲法改正要件•永久禁止条項•ワイマール時代の歴史と憲法愛国主義(憲法
パトリオティズム))
鈴木議員 今、日本では、両議院の3分の2という憲法改正要件を、2分の1
に変えてもよいのではないかと主張する者がいる。憲法を専門とし、日本国憲
法にも精通している教授において、この問題についてどのように考えているの
か、お聞かせ願いたい。
ヴァルトホフ教授 私が知る限り、貴国の憲法改正の要件は、世界でもおそら
く非常に厳しい方のものだと思う。ドイツの場合は、連邦議会と連邦参議院の3
分の2が必要だが、国民投票は必要とされていない。国民投票と両議院の3分
の2の両方を一緒に要件としている国は、私はほかに知らないし、だからこそ
貴国ではこれまで憲法改正がなかったのかもしれない。ドイツはおよそ60年の
間に59回改正を行っている。アメリカはそう多くなく、200年の間に20回く
らい、スイスに至ってはほとんど毎年改正している。この点は制度によってい
ろいろ変わるものだと思うが、貴国を拝見していて、必ずしも最良のやり方で
はないのではないかという気がしている。憲法であっても、改正をする可能性
は残されていなければならず、憲法を絶対に変えないでやっていくというのは、
おそらく政治的なユートピアであり、民主主義上も問題があるのではないかと
私は思う。憲法改正に高いハードルを設けることには賛成だが、変えられない
ようにしておくことには賛成できない。憲法を変えられないことによって国政
はかえって不安定になっていくと考えられるからだ。
ドイツはかなりマイルドな形で変えられるようにしてある。基本法の79条3
項に、永久禁止条項がある。ここに変えられない事項を謳っており、例えば人
権や、ドイツが連邦制を採っていることは変えられないが、その内容をソフト
31920年3月13日、右翼政党の一員であったカップが、リュトヴィッツ将軍と結んで起
こした反乱。反乱軍はベルリンを占領してカップを首班とする新政府を樹立したが、ドレ
スデンに亡命した政府の指示によりゼネストが行われ、反乱は失敗に終わった。
87
[ドイツ]
の面から変えていくことは許されている。変えるか変えないかではなくて、少
しずつ合わせていくという、マイルドなソフト面での変更が可能なように作ら
れており、それが私たちドイツの選んだ道なのである。
鈴木議員 ちなみに、午前中に連邦議会の両議員のご意見を伺った際には、考
え方が右の方と左の方と偶然そろっていて、非常に参考にさせていただいたが、
その中で、3分の2はむしろもっと上げてもいいのではないか、ナチス政権当時
3分の2を厳格に守っていれば、あのような状況にはならなかったのではないか
との意見もあった。そういう考え方がドイツの中で多くを占めているのかどう
か聞かせていただきたい。
ヴァルトホフ教授 確かに国民の間でそういう意識は強いと思う。ドイツの現
在の基本法を理解する上で、ワイマール共和国からナチスの政治に移行してし
まったこと抜きにはできないと思う。ワイマール憲法上も、憲法の改正をする
にはやはり3分の2の賛成が必要だった。ところが、3分の2が集まってしま
えば憲法のどの部分でも変えてよかったために、憲法のアイデンティティを覆
すような形で変えられてしまい、ナチスの政権掌握という事態が発生してしま
った。今でも法律家の間では議論のあるところだが、いわば合法的にナチスは
政権を掌握し、憲法を変えて、自分たちの力で国を掌握したということになる。
そのため、戦後の基本法では、79条3項の永久禁止条項で憲法の核心となるも
のを定め、3分の2の賛成があっても変えられないことにしている。すなわち、
人間の尊厳、民主主義、法治国家、連邦制度という、ドイツがドイツたる原則
の部分は、3分の2があっても廃止してしまうことは許されない。もちろん、連
邦制度の変更、組み直し、それから法治国家の制度の組み直しもできるが、法
治国家であること自体を止めることもできないし、人間の尊厳を無視してしま
う事もできないし、連邦国家であることを止めることもできない。そういうコ
アの部分を絶対に維持するのは、ワイマール共和国からナチスに移行してしま
ったことに鑑みたものである。この経緯については、ドイツでは詳しく学校で
教える。国民の間に広く浸透して、皆が意識していると思う。
もう一つ付け加えさせていただきたいのが、だからこそドイツ人にとって、
基本法は、外国の方から見ると非合理なほどに情緒的に、過大に大事なものと
してドイツ人は思っている面があるということだ。これも歴史を抜きにして考
えられない。あのような歴史があったすぐ後にできた基本法であり、これを持
っていれば大丈夫だとして、皆がそこに自分のアイデンティティを見出すよう
になっている。ドイツ語で愛国心という言葉があるが、愛国心ならぬ愛基本法、
基本法への「愛着心」こそが、その発露であると言われるくらいである。それ
88
[ドイツ]
<らいドイツ人は基本法のことを大事に思っている。
鈴木議員 むしろ3分の2は決して高いハードルではないと個人的には思って
いる。日本の憲法が変わらなかったのは、本当に変える必要がなかったから今
日まで変わらずに来たのだという考え方の人もいることも申し上げておきたい。
(国民投票制度)
伊東議員 先ほどの関連であるが、日本では、憲法改正の要件を両議院の2分
の1に下げた場合でも、主権者である国民の判断を仰ぐための国民投票がある。
他方で、ドイツには国民投票がないが、これについてお考えをお聞きしたい。
ヴァルトホフ教授 国民投票については、ドイツではあまり直接民主主義を採
って国民投票をやりたいとは思ってこなかったという歴史があった。実はワイ
マール憲法が導入されたときにも国民投票にかけられていない。憲法制定評議
会が決めたのであって、国民投票にはかかっていない。1948年、49年に基本法
を作るときにも、直接民主主義をやりたくなかったというのが本音だろう。
ワイマール憲法が崩されてしまった理由が本当に国民投票にあるのかという
と、私は必ずしもそう思っておらず、この点で一般に考えられていることや他
の学者の意見とも違いがあるが、いずれにしても直接民主主義の制度を取り入
れていきたいという声はある。しかしながら、これは州レベルの話であり、現
に州レベルでは盛んに行われている。それを連邦レベルでも導入したいという
希望は時々出てくるが、それも基本法の改正について国民投票を導入したいと
いう声にはつながっていない。むしろ通常の法律を変えるに当たって国民投票
を導入してほしいという意見であって、基本法の改正に当たって国民投票を行
ったり、国民請願を受け付けるという意見とはなっていない。
(連邦参議院の在り方・州と連邦の立法権)
伊東議員 ドイツの連邦参議院の議員は各州の政府から任命されるとのことだ
が、日本では、道州制と関連した参議院の在り方についての議論として、各自
治体の首長が参議院の議員となるという考え方もある。ドイツでは各州の政府
から任命されるというが、特に州の首相が必ず参加するという議論や、特定の
決められた大臣が参加するという議論はないのか。また、医療制度に関する法
律が州ごとに異なれば、法の下の平等が崩れてしまうという懸念はないのか。
日本の医師免許を持っている者として、道州制を議論する際に、こうした議論
にどう答えるべきなのかお聞きしたい。
89
[ドイツ]
ヴァルトホフ教授 確かに私も、アメリカ型の上院、それからスイスの議会の
ように、選挙で選ばれた議員が参議院に入る方が、おそらく民主主義上もよい
のではないかと時々思う。1948年、49年に基本法が制定された際には、アメリ
力・スイス式にするのか、それとも、ドイツの今までの歴史と伝統を踏襲して、
1871年にビスマルクを中心に統治機構が形成された際のように、州の行政から
送られる人によって上院を形成するのかという、二つの選択肢があり、今まで
のドイツ式でやっていこうということで、連邦参議院ができている。
しかしながら、私も今のドイツ方式の連邦参議院の大ファンというわけでは
ない。むしろアメリカ・スイス式のモデルにより、選挙で選ばれた人が入って
いる方が、憲法上の意味があるのではないかと思う。
一方、連邦参議院には各州の首相がいつでも来ており、場合によっては関係
大臣も来ている。州政府という州民が選んだ政治機構、行政機構を構成する人々
が集まるため、連邦参議院には政治的な要素が必ず入り込んでくる。各州の首
相は、どの人もみんな力を持っている、権力の強い、自信にあふれた人たちだ。
こういう人たちが政治力を行使しながら物事を動かしていくのが、連邦参議院
である。最良でない形であるのは確かだとは私も思うが、そういう経緯にょっ
て今の連邦参議院が成り立っている。
立法権については、連邦と州がそれぞれどういう分野の立法を行うのかを見
ると、重要なものはほとんどが連邦の立法である。州が立法するものはそれほ
ど多くない。州が立法に対して影響力を行使するのは、連邦参議院を通じて連
邦法を立法するときである。先ほどご指摘の医療やヘルスケアの分野は、ほと
んどが連邦法である。連邦法で規定されている内容に基づいて、州はこれを実
行するための施行法を作るが、どのような形でやらなければならないかは連邦
法で決めてあるため、スイスやアメリカにおける各州ごとの違いの大きさに比
べれば、ドイツの各州における差は取るに足らないものである。
(緊急事態への対処)
武正副団長 緊急事態への対応として、ドイツには連邦住民保護•防災支援庁
というものがあるようだが、それについて説明いただきたい。
ヴァルトホフ教授 私は災害法について詳しくはないが、連邦住民保護•防災
支援庁は、例えば自然災害があった場合に備えて計画を立てていく役割を負っ
ているが、災害や緊急事態において自ら決定を下す権限や裁量は持っていない。
(建設的不信任)
武正副団長 基本法67条の「建設的不信任」の生まれた背景、そしてその評価
90
[ドイツ]
について伺いたい。
ヴァルトホフ教授 建設的不信任は基本法67条に定められているが、これもワ
イマール憲法の下で、多くの政党が出てきて力関係が不安定になり、ナチス政
権が誕生してしまったことの反省からできた条項である。簡単に言えば、今の
首相に辞めてもらいときに、その反対側の野党が多数を取ったとしても、首相
が立てられるのでなければ不信任案を提出できないという決まりである。
しかしながら、本当にそれによって政権が安定するのかは別の問題であって、
多数を取っていても不信任を出さない場合には、首相は少数で政権を運営して
いかなければならない。そのような状況が安定しているとはいえないであろう。
これまでに、建設的不信任案は2回出されたことがあるが、1回は成功し、1回
は成功に至らなかった。
成功しなかった方の話を申し上げると、1972年、保守派であるキリスト教民
主同盟とキリスト教社会同盟が、当時の首相であった社会民主党のヴィリー・
ブラントを降ろそうとしたときである。そのほかにもスパイ疑惑など、いろい
ろ複雑な状況があって通らなかった。
その次が1982年で、これは成功した例である。社会民主党と自由民主党の連
立政権であるシュミット政権を、コール首相に変えたときである。それは自由
民主党が今度は社会民主党ではなくキリスト教民主同盟、社会同盟と組むこと
にしたので、多数がそちらに動いたからだ。
建設的不信任という制度は、大衆には人気がある。しかし私のような憲法学
者の目から見ると、本当にこれで政権の安定につながっているかというと、必
ずしもそうは言えないというのが私の意見である。
(財政規律条項)
武正副団長 財政法が御専門ということなので伺いたいが、連邦と州の財政規
律を守るためのものとして、どのような法体系があるのか。基本法には財政規
律を守ることが規定されているのか。
ヴァルトホフ教授 基本法に財政規律に関する言及がある。2009年に基本法が
改正されたことによって入った条項であり、これは債務ブレーキをかけるとい
うものである4。無限に債務を負い続けることはできない、借入れをどんどん増
4 2009年の基本法改正により、「連邦及び州の予算は、原則として信用調達からの収入によ
ることなく収支を均衡させなければならない」として、収支均衡の原則が規定された(109
条3項1文)。
当該収支均衡の原則に関しては、連邦にあっては信用調達からの収入が名目GDPの
91
[ドイツ]
やしていくのは許さないということである。2009年に基本法は改正されたが、
すぐに実施されるものではなく、順々に導入されていくものであり、2016年と
2020年に大きな変更があるという制度になっている。そのため、この制度が本
当にうまくいくのかは、現時点では判断できない。
加えて、基本法には大まかなことしか書かれていないため、解釈をどうする
かによって、制度がうまく機能するかどうかが左右される。政治家が本当に基
本法に書き込まれた債務ブレーキをきちんと踏まえていくのかどうか、問題に
よっては連邦憲法裁判所に解釈についての判断を仰ぐことになるため、それを
今後見守っていく必要がある。
もっとも、債務ブレーキに関しては、州のレベルでは、各州の基本法に既に
入っていて、かなり秩序立って実施されてきている実績がある。州できちんと
ブレーキが働いているため、私は比較的楽観的である。基本法による債務ブレ
ーキもおそらくうまくいくのではないかと思う。順々に導入されていくもので
あるから、2016年、2020年という時期を見守っていきたいと思う。
武正副団長財政規律に関する条項は、基本法の何条に入ったのか。
ヴァルトホフ教授 109条3項及び109 a条、そして115条である。もちろん
それは基本法の規定だけである。その他いろいろな関連法がある。
その内容を簡単に申し上げると、2020年から各州のレベルではもう新規借入
れは許されないことになる。そして連邦のレベルでは、2016年からGDPの
0.35%しか新規借入れはできないという規定になっている。
もちろん例外規定がある。これから興味深く見守っていきたいのが、この例
外というものが何を意味するのか、その解釈である。
(ワイマール時代の歴史的経験を踏まえた憲法上の特徴)
笠井議員先ほどからお話を伺っていて、日本においてもドイツにおいても憲
法にとって歴史経験が非常に重いということを痛感している。教授が先ほど、
ドイツ国民の中には「愛基本法」という気持ちが強いと言われたが、日本国民
0.35%を超えない場合は、これに合致するものとされ(同項4文、115条2項2文)、州に
あっては信用調達からの収入が許容されない場合に限り当該原則が遵守されることとさ
れた(109条3項5文)。
これらの改正が2020年以降に完全に実施されることを予定して、州については2019
年末まで、連邦については2015年末までの間、一部の規定の逸脱を許容する経過規定が
置かれた(143d条)(山口和人「ドイツの第二次連邦制改革(連邦と州の財政関係)(1)
一基本法の改正」国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』243号(2010年3
月)7、8、14-17 頁)。
92
[ドイツ]
の中にも「愛日本国憲法」という気持ちが非常に強いと思う。その点で、憲法
改正手続を緩和することについては、日本でも世論で言えば過半数が反対して
いるし、改憲派の憲法学者や自民党の元幹事長でさえも反対であると言ってい
る。そこで伺いたいのは、先ほどもドイツの歴史的経験、ナチス時代の反省・
教訓から、79条3項の永久禁止条項を置いたというお話があり、その他様々な
場でも、ナチス時代の反省に立って基本法があるとのことであった。79条3項
以外に、ナチスの時代の教訓が生かされている点を特徴的に整理するとどうな
るのか。
ヴァルトホフ教授まず申し上げたいのは、基本法そのものの構成である。最
初のところに人権をはじめとする基本権を謳っている。その後に、国の統治に
ついての規定が置かれる。ワイマール憲法は逆だった。最初に国がこのような
機構を持つというところから始まり、その後に基本権とはこのようなものであ
るという規定が置かれていた。意図的に基本権を先に出すことによって、今ま
でとは違うところを非常に強く打ち出していると思う。
それから、その基本権においても、その謳い出しの部分で人権を保障する、
人権は何者も侵すことができないと定める。これはナチスの政権が人権を蹂順
したからにほかならない5。
法律学者としては、人権は何者も侵すことができないと言われても何を意味
するのだろうと考えがちであるが、政治的には非常に大きなメッセージとなっ
ている。これもやはりワイマール憲法の反動であると思う。
その他にもたくさんある。例えば79条3項、先ほどから出ている永久禁止条
項や、67条の建設的不信任は、ワイマール共和国の時代にうまくいかなかった
ことの反省として作られている。
もう一つ重要なのが、首相の力である。メルケル首相は非常に大きな力を持
っていると皆さんは思われるだろう。確かにそのとおりである、何か言えば大
臣もクビになってしまうくらいの力を持っている。首相に力を与え、その代わ
りに連邦大統領の力を比較的下げたということ、これがワイマール憲法からの
違いであるかと思う。
ワイマール憲法の時代にはヒンデンブルクという大統領がいたが、あまりう
まく機能してくれなかったと皆が思っている。このため、大統領に力を与える
のでなく、大統領はあくまでも国を代表し、象徴する人と位置付ける。大統領
を選ぶのは国民でも議会でもなく、大統領を選任するために招集された連邦会
議で大統領を選ぶという、象徴的なセレモニーによって行う。
5ドイツ基本法における基本権及び人権の概念については、前掲「ー 2 (3) 口基本権の
種類」(20頁)参照。
93
[ドイツ]
まとめてみると、ワイマール憲法との違いを前面に押し出すことによって戦
争時代、ナチス時代との別離を強調しているわけである。人権、永久禁止条項、
首相の力が強い民主主義と連邦大統領の力の低下、それから連邦憲法裁判所、
これが力を強く持っている。世界中を見ても、これほど力の強い憲法裁判所は
おそらくない。国民は自分の権利が侵されていると思えば憲法裁判所に訴え出
ることができ、一年に大体5,000件くらいは国民からの憲法異議がある。以上
のようなことはワイマール憲法にはなかった。これが戦争との別離を望むドイ
ツの憲法の在り方ではないかと思う。
それから一つ補足させていただきたいが、国際的にオープンであるというこ
とも定められている。国際法との関係やEUの統合について基本法で定めてい
るように、ドイツは条約や国際的に約束したことを原理として、その上に法律
を立てていくのである。
そのほか、国の存立を危うくしたり、基本法を揺るがすような勢力に対して
は、それに抵抗する権利を与えるということがある。具体的な例を申し上げる
と、NPDという極右の政党を禁止する動きがあるが、そうすることによって本
当に意味があるのかどうかは別として、基本法を認めないような勢力を排除す
ることが可能であると基本法に書かれている。
(憲法的秩序を揺るがすような結社の禁止)
中谷議員今お話のあった、基本法を揺るがすような結社の禁止は、表現の自
由や思想の自由に反しないのか。
ヴァルトホフ教授 全く反しない。基本法を揺るがすようなことを言っている
政党を禁止することができると基本法に書かれているからだ。第二次世界大戦
後現在までに二つの政党が禁止されたことがある。
まずナチス党の後身というものが出てきて、これが禁止された。1950年代の
ことである。それから共産党が禁止された。この二つが禁止されただけである。
現在、禁止の手続が行われようとしている党は、極右の党でそれほど多くの
人が信奉しているわけではなく、取るに足らない党であるが、シンボルとして
これを禁止することが政治的に重要であると考えられている。その禁止の判断
は、連邦憲法裁判所が行う。
(ドイツ人の基本法への信頼感)
畠中議員私からは、ドイツ国民の基本法に対する認識について伺いたいと思
う。基本法は過去59回改正されているが、一方で歴史的な反省もドイツ国民の
心の中にある中で、改正することを不安に思わないのはなぜか。
94
[ドイツ]
ヴァルトホフ教授 まず、なぜドイツ人がそんなに改正があるにもかかわらず
基本法に信頼感を持つかというと、絶対に変わらないコアとなる部分を永久禁
止条項で定めて、そこに触れられないことに自信を持っているからである。
確かに59回改正が行われてきたが、ほとんどはテクニカルな改正であって、
根本的な変更はあまりなかった。もちろん、二つ三つ大変な議論になったもの
があって、1956年のドイツの再軍備、つまり軍隊を持つことを決めたとき、そ
れから68年の緊急事態条項、これを導入するときにはやはりナチス時代の反省
から非常に大きな議論になったが、それも皆様ご存知のような帰結となってい
る。
それから、これまでドイツは亡命者を受け入れ、非常に手厚い権利を与えて
きたが、その権利を少しだけ制限することになった際にも、それからテロ撲滅
などの関係で盗聴により捜査を行うことの是非に関わる決定が行われた際にも、
やはり大変な議論になった。しかし、基本的には技術的な改正がほとんどであ
ったし、絶対に変えられないコアの部分には触れないということが国民にも理
解されているから、信頼が醸成されるメカニズムがあるのだと思う。
(おわりに)
武正副団長 今日のやり取りでドイツ憲法の理解が深まった。感謝申し上げた
い。日本に帰ってこの成果を他の議員とも共有したい。ありがとうございまし
た。
ヴァルトホフ教授 そのような評価をいただき、私も大変嬉しい。ありがとう
ございました。
以上
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[ドイツ]
ヴィット連邦議会事務局議会法専門部局係官からの説明聴取・質疑
応答
平成25年9月18日 9:30〜11:05
於:ドイツ連邦議会
〇 ドイツ側出席者
ヴィット(Witt)連邦議会事務局議会法専門部局係官
(はじめに)
武正副団長 本日は、ヴィット係官に対し、連邦議会や法律全般、また憲法改
正に関して、色々と各議員から質問をしたいので、ご回答いただければありが
たい。
ヴィット係官 今日はようこそお越しくださいました。私でお役に立てるのか
わからないが、できるだけのことをしたい。
もしよろしければ、私が概観を短く説明した後、ご質問に対して回答したい。
また、私からも貴国についてお聞きしたいことがあるので、それについて回答
いただければ幸いである。
(政治的「妥協」の重要性について)
ヴィット係官 まず、「基本法改正については、どのような機関がどのようなコ
ンセンサスを得るのか」との質問についてだが、どのようにコンセンサスを得
るのかについての処方箋はない。しかし、最も必要で重要なことが「妥協」を
する用意だ。これがなければ、いくら話し合っても無駄であるからだ。
ドイツの政治に携わる方々は、コンセンサスを得ることに非常に熱心で、「妥
協」に対する用意がある。これは、私たちの持っている「基本法」の枠組みと
関係があると思う。
基本法が、ワイマール憲法と大きく異なる点は、大統領の持つ権力だ。ワイ
マール憲法では、大統領の権力が非常に強く、議会で少数政党が乱立して、何
も決定できなくなると、権力の強い大統領が首相を任命し、法律を作ることが
できた。基本法ではこれを禁止し、連邦大統領はあくまで国を代表•象徴する
存在であり、立法は国民の代表である議会が行うこととした。とりわけ連邦議
会には重い責任が求められている。強い責任を議会に負わせている国は他にも
あるが、中には、強い責任を求められながらも議員に責任感がないために国家
体制の危機に至っている国もあろう。しかし、ドイツではそうなっていない。
96
[ドイツ]
ワイマール及びその後の独裁体制に対する反省があるため、絶対にそのような
ことはさせないとの意思が非常に強く連邦議会議員の中にあると思う。そうい
う責任感があるので、妥協してもきちんとした方向に国政を持っていかなけれ
ばならないと議員各位は考えていると思う。
(連邦議会と連邦参議院の意思調整)
ヴィット係官連邦参議院が持つ、連邦立法に関する非常に重要な地位につい
ては既にご存知だと思う。「異議法律」と「同意法律」があり、「異議法律」に
ついては、連邦参議院が異議を申し立てることができるが、連邦議会がこの異
議を覆すと、そのまま立法となる。しかし、「同意法律」の場合は、連邦参議院
の同意なくして法律を制定することができない。その面からも、議員の妥協に
対する意思、コンセンサスを得ようとする意思は強いと思われる。もともとは
「同意法律」が例外的で、ほとんどが「異議法律」だった。しかし、年月の経
過につれて変化し、1990年から2005年における立法のうち、約50〜60%が「同
意法律」になっている。その意味でも、連邦議会と連邦参議院のコンセンサス
が必要になったと言える。その時期に、連邦議会と連邦参議院のコンセンサス
が取れないために両院協議会に付された法案の中で、最終的に良い結果を見て
成立したものの割合は84〜88%である。つまり、両院協議会に付されれば、ほ
とんどの場合は良い結果となって成立する状況である1。
(政治的「妥協」と選挙制度)
ヴィット係官 「妥協」に対する意思はまた、選挙制度とも関係していると思
われる。ドイツの選挙制度は、小選挙区の部分もあるが、大もとは比例代表に
基づいていると考えて構わない。そうなると、一つの党が単独で絶対多数を獲
得することはなく、政権獲得のためには、必ず複数の政党が連立する必要があ
る。
戦後の歴史をみると、絶対多数を取った党がずっと政権についていることは
ほとんどなかった。一度だけ、1957年の選挙で保守陣営が絶対多数を取った事
例以外は、少なくとももう一つの政党がパートナーとして必要で、連立の合意
に至って政権を樹立するまでの間に「妥協」をする必要がある。簡単に言えば、
ドイツの政治家の中で、本当に頑固で「自分はこれ以外に絶対嫌だ。これを譲
ることはない」と言っている人にはチャンスがない。ドイツの政治家で必要な
のは「妥協」をする用意であり、その能力である。それがある人たちだけが、
トップの座に就く政治家になっている。もちろん、それだけが重要なわけでは
ない。例えば、各国には、院内会派が党よりも強い所と、党の方が強い所とが
1前掲「五統治機構改革及び二院制の在り方」(36、37頁)を参照。
97
[ドイツ]
あるが、ドイツの場合は、院内会派よりも党の方が強く、党の意向が非常に重
要な重みをもつ。それから、政党と緊密に関連している労働組合や雇用者団体
などからの要求といった、外側からの要因も見ていかなければならない。あと
は、非常に熱くなりすぎてしまったトピックを、クールダウンさせる能力も必
要になってくるだろう。皆様の関心の対象である基本法の改正について言えば、
「妥協」なども必要だが、それ以外に、改正が行われるタイミングも重要なポ
イントである。総選挙前が近づくと衝突しやすい状況になるため、基本法改正
を考える政党は、政権獲得後比較的すぐに改正を行って、後遺症が残らないよ
うにする。
(基本法改正手続)
ヴィット係官基本法を改正する手続は、ドイツでは、他の立法の際に用いた
手続方法と全く同じである。基本法改正のために新たに委員会を設置すること
はしない。今までの方法でうまくやってきたのだからこれを踏襲すればよいと
いうことだ。そこに関わっている関係者もまた同じ人たちだし、慣れた方法で
行う。ただ、成立要件として、連邦議会及び連邦参議院の各々3分の2の賛成が
必要となる。国民投票が求められることはない。
私が基本法改正の特徴の一つとして申し上げられることは、基本法改正を求
める声が出てきたときには、できるだけ早期に関係者をプロセスに取り込むこ
とだ。そして、下のレベルからもコンセンサスを見つけるように努力する。最
も基礎的な部分は、各党が出すシェルパ(責任者の代理として交渉実務を担当
する者)が集まって話し合う。そこから決まらない部分だけを、上層部に上げ
て決めていく。時には、党首や政府が出てくることもある。そのように、固め
られる部分は下から固めていき、固まらない部分だけを上層部に上げていくプ
ロセスで進む。普通の立法の時もそうだが、必要であれば、例えばヒアリング
の形で委員会に国民を呼んでその意見を取り入れることも可能だし、外部の専
門家の意見を聞くことも可能だ。そのような手法は立法の際に全て許されてい
る手法であって、基本法改正だからといって特段に使われるわけではない。通
常の立法過程の際用いられる手法が基本法改正の際にも使われる。その意味で
フレキシブルであり、色々な手法を使うことが可能である。例えば、基本法改
正のための委員会を設置することも可能である。委員会を設置して、連邦議会
及び連邦参議院議員で構成し、外部の方たちを呼んで意見を述べてもらい、委
員会であらかじめ調整した後に、連邦議会及び連邦参議院のプロセスに乗せて
いく方法も可能である。
以上がおおよその概要である。
98
[ドイツ]
(連邦議会選挙後に提起される可能性のある基本法改正のテーマ)
武正副団長 では、各議員から質問を行いたい。まず、私から質問をしたい。
現在、連邦議会選挙が行われている2が、先ほどの話では、選挙直後に憲法改
正の可能性があるとのことであった。今度の選挙後に具体的にどのようなテー
マで憲法改正が提起される可能性があるかお聞きしたい。
ヴィット係官 まだ選挙が終わっていないため不明な部分もあるが、今のとこ
ろ、第三次連邦制度改革委員会が設置され、連邦制度改革を推進していくこと
に伴い、基本法改正が必要かもしれないと言われている。ドイツでは、これま
で2回にわたり連邦制度改革を行ったが、連邦制度は年月の経過とともに非常
に複雑に絡み合ってきた。とりわけ、連邦と州、州間の財政をどうするかに関
して非常に不透明な部分があることから、これを整理する意味で、第三次連邦
制度改革に関する委員会が設置されると思われる。基本法改正が議論されると
すれば、これがおそらくテーマとして挙がってくるのではないか。
(政治的「妥協」とメディア)
武正副団長 連邦議会議員の「妥協」に対するポジティブな理由については伺
ったが、あわせて、例えば、メディアや世論が妥協を強く求めているといった
ことがあるのかについて、伺いたい。
ヴィット係官 これはテーマによって状況が異なる。例えば、再軍備とか、緊
急事態条項導入の際を思い起こすと、これはイデオロギーの世界になるので、
自分の信奉する理念はどちらであるのかはっきりしている。そのため、極端な
立場から譲りたくない人たちが政治家にも国民にもいた。その場合、妥協する
動きにはならない。しかし、それ以外の、妥協の必要があるテーマでは、国民
は「なぜそんなことでもめるのか。さっさと決めてくれ」と思うことも多いだ
ろう。例えば、財政に関することがそうだ。「なぜ連邦と州がそんなに喧嘩をす
るのかわからない、もっとちやんとやってくれないとストップするではないか。
こんなことでストップされてはかなわない」と国民が思う場合もある。そのよ
うな場合には、国民、メディアの側からプレッシャーをかけることになる。し
たがって、ケースバイケースである。
かっては憲法委員会が作られたこともあった。1970年代と90年代に1回ず
つ、合計2回作られたが、これは何か問題があったから設置されたわけではな
2派遣議員団の帰国後、ドイツでは、2013年9月22日に連邦議会選挙が行われ、メルケ
ル首相が率いるキリスト教民主/社会同盟が第一党となり勝利した。選挙結果については、
前掲「ー 2(2)ホ連邦議会」(17頁)を参照。
99
[ドイツ]
く、これからどのように改善していくかについて議論する委員会であった。し
かし、変えた方がよいとの提案もあったものの、総じて、あまり改善する必要
がなかった、変えなければならないとのプレッシャーがなかったために変わら
なかった。だから、憲法委員会を作っても、「憲法を変えないと物事が動かない」
というプレッシャーがなければ、なかなか妥協しないし変わらない。
ここで皆様にお聞きしたいが、皆様の所属している憲法審査会は常設のもの
か、それともアド・ホックのものか。また、どういう目的で設置されたもので、
どういう活動をしているのか。
武正副団長 既に設置されて13年経過する。当初は「憲法調査会」、次いで「憲
法調査特別委員会」、そして3番目として今の「憲法審査会」が設置されている。
「憲法審査会」は、衆参両院に設置された常設の機関である。日本国憲法に
関する調査を行うほか、憲法改正原案や憲法改正国民投票法の改正についての
審査を行う。
ヴィット係官 仮にドイツで同じものを設置するとすれば、おそらく連邦議会
と連邦参議院を一緒にして、一つの委員会にする。そこで、両院各々3分の2
を取れる妥協を最初から探していくという手法を採るのではないか。
(国民投票制度)
船田議員 国民投票制度に関して質問したい。
ドイツでは、ナチス時代の反省から、国民投票制度については否定的な意見
が多いと聞いている。先ほどヴィット係官が説明した、議会内、あるいは国民
間のコンセンサスを得るためには、国民投票制度も有効ではないか。特に、議
会の中でコンセンサスを得たものを国民投票で問い直す場合に、議会の中の理
屈だけで物事が決まるのではなく、国民が何を求めているかを背景にして議会
の中で妥協が進むこともあると思うが、見解を伺いたい。
ヴィット係官 その質問に回答する前に確認したいが、国民がどのような投票
行動をとるのかを、議会があらかじめ大体知っていないと、一定の方向で決め
るというプレッシャーにはならないのではないか。あるいは、国民の意見を聞
<ため、何らかの準備的なアンケート調査を最初にしないといけないというこ
とか。日本でも特にそういうことは行っていないのではないか。
船田議員まだ行っていない。日本において国民投票制度の議論をしている中
で、予備的国民投票という公の世論調査のようなものを実施してはどうかとの
100
[ドイツ]
アイディアも出ている。しかし、これは決定されたものではない。
ヴィット係官 私の意見では、国民投票はあまり役に立たないのではないかと
思う。妥協の際にはかえってうまくいかないのではないか。国民は皆、共通し
た一つの意見を持っているのではなく、それぞれ意見がある。例えば、ドイツ
において緊急事態条項を導入しようとした際、関係議員はものすごい数の会議
を開き、理解を深め、その上で妥協点を見つけていった。しかし、予備的に国
民に聞く場合は、良いか悪いかしか聞けないため、イエスかノーかの答えしか
出してくれない。国民にとっては妥協の余地がどこにあるのか、物事を突き詰
めて最終的に見ていくとここは譲れるけれどもここは譲れないといった答えが
ない。したがって、そのやり方について私は懐疑的である。
そして、国民投票とは、国民が責任なく気分的にイエスかノーかを決めて投
票するものだ。そこが議員と異なる。議員は議会で仕事をし、選挙民と自分の
属する政党に対して責任を負っている。自らの投票行為は、責任ある行為であ
る。失敗した場合は、その人及びその人の属する政党の責任である。一方、国
民は秘密投票のもとで気分的に投票を行うから、責任はないし誰にもばれない。
後で誰かから責任を問われることもない。妥協を求める際にそのプロセスに国
民を入れることは、妥協を促進するどころか、逆に阻むのではないか。
もうーつ非常に重要な点は、急いで決めなくてはならないことに関して議員
の先生が大変な思いをして妥協して決めたにもかかわらず、国民投票にかけた
らノーと言われてしまった場合、どうすればよいのかという点である。一度ノ
一と言われたら、次の総選挙までそのままにしておくしかないが、果たしてそ
れでよい問題なのかが問わなければならない。そのままにした挙句にもう一度
同じことをやって国民投票にかけるとなると、国民も「またやるのか」との気
分になるだろう。
国民の意見を問うのは一つの考え方だが、基本法の改正には、国民が選んだ
連邦議会と連邦参議院の各々3分の2が必要であることで、正統性は十分に担保
されているとドイツでは考えられている。
先生の考えと異なっていると思うが申し訳ない。
畠中議員ドイツの再軍備や緊急事熊条項の整備の際を振り返ったとき、おそ
らく国民の意見も割れたと思われるが、そういう状況を想定したとしても、予
備的国民投票は役に立たなかったと思われるか。
ヴィット係官 私は、あまり役に立たなかったと考える。その時もそうだった
が、国を二分する事項は、賛成派と反対派しかない。そういう意見を政治家が
101
[ドイツ]
知らなかったわけではない。国民がどのようなことを言っているか、どのよう
な出版社が何を書いているか、議会内で吸い上げている。それでも、緊急事態
条項も、再軍備も、決めたわけである。大変な議論を経て導入した後は、これ
で良かった、言われていた大悲劇は来なかったとの気持ちになってくる。逆に、
当時予備的国民投票を行っていれば、再軍備も緊急事態条項の導入も実現でき
なかったかもしれない。再軍備も緊急事態条項の導入もできなかった状態を、
今のドイツが置かれている状況に鑑みて考えた場合に、本当にそれで良かった
のかと聞かれれば、私は良くなかったと思う。予備的な国民投票は必要なかっ
たと思うし、やらなくて良かったと思う。ただ、これは私の意見であるから、
他の人は、やった方が状況は良かったと言うかもしれない。
なお、現在五っある院内会派のうち一つは国民投票に大反対、もう一つは国
民投票に大賛成と言っており、私の意見は議会の意見ではないことにご注意願
いたい。
笠井議員 今、代議制を採っているから国民投票に否定的であると個人の意見
をおつしやった。また、政治家なり議員なり政党としての責任感があるので妥
協するとの話であったが、責任感と言うのであれば、選挙で選ばれている点か
らしても、国民に対する責任感が大きいのではないか。そういう点からすれば、
国民投票ではないにしても、ある種のテーマに関して、国民的な議論を徹底的
にやるのが政党なり政治家の役割だと思うが、そのようなものをどのように保
障して、どのように反映させていくのか。先ほど、ヒアリングをしたり外部か
ら意見を募ったりとの話があったが、国にとって大事なテーマについて、国民
的な議論をどう反映させながら妥協していくのか、その点について具体例があ
れば教えていただきたい。
ヴィット係官 今はインターネットの時代になり、国民の意見を吸い上げる点
においては簡単になったと思う。アンケート調査という昔からのテクニックも
あるが、例えば、基本法を改正する際に諮問委員会が立ち上がって、そこのホ
ームページを開くと国民が意見を書き入れることができるようになっている。
一つの例だが、今でも嘆願委員会において嘆願を集めるが、個人でもインター
ネットによって嘆願を載せることもできるし、集団で嘆願することもできる。
署名が必要であれば、インターネットの世の中であるから、簡単に署名を載せ
て嘆願できるようになっている。
しかし、インターネットを使って国民の意見を簡単に吸い上げることができ
ても、民主主義においては、寝ている国民を起こしてどうぞ来て下さいという
わけにはいかない。つまり、国民も国政に参加したいと興味を持って、インタ
102
[ドイツ]
ーネットのサイトに入ってクリックしてくれなければ仕方がないわけである。
無理やりクリックさせるわけにはいかないため、そういう人たちの意見を吸い
上げることはインターネットでもできない。その点は意識しなければならない。
もちろん、インターネットなどのツールを使うだけではなく、色々改善する点
はあると思うが、人々が何を考えているかについては、メディアやインターネ
ットなどの手法によってかなりうまく吸い上げているのではないか。
私が持ってきたものの中に、1990年代に作られた憲法委員会の報告書があっ
て、この委員会がどのような活動をしたかについて書かれている。もしよろし
ければ、この報告書を、大使館を通じて皆様にお渡しできればと考えている。
この報告書には、会議が公開で行われたこと、どのような広報活動をしたかに
ついても掲載されている。もちろん、その頃にはまだインターネットなどのツ
ールはなかったが、憲法について審議する委員会がこの頃に国民の意見をどの
ように吸い上げていったかについておわかりいただけると思う。
伊東議員 先ほどの話の中で、日本とドイツで異なるのは、日本の場合は、一
度も憲法が改正されていないことである。昨日もフンボルト大学のヴァルトホ
フ教授と懇談したが、「基本法に対する愛」がドイツ国民にはあるとのことであ
った。しかし、戦後ドイツでは59回も基本法を改正している。変更することが
できるから自分たちの基本法として認識されているのではないか。日本の場合
は、確かに調査によっては半数以上の人が憲法改正に賛成していないとの結果
が出るかもしれないが、実際に国民投票を行ったときに、また違う結果も予測
される。つまり、最終的な国民の判断は、公式な投票によってなされるのでは
ないかと私は考える。加えて、憲法という国の根幹をなすものを最初に変えよ
うと思ったら、いくら政府が、議会が、議員が国民から信託を受けているから
といっても、最終的には国民投票にかけた方がよいのではないかというのが我
が党の考えである。私見でよいので、その点についてお答え願いたい。
ヴィット係官 愛とか憲法史に関しては、私も申し上げたいことがある。ドイ
ツ国民は自分たちの歴史を振り返ったときに、誇れるものがないと考えている。
過去の歴史において、非常に良くないことを多く行ってしまい、ドイツで誇れ
るものはサッカーチームくらいだと思っている。そこに出てきたのがこの基本
法である。最初これは仮のものとして制定されたが、これを使ってみたら皆と
ても良いものと思うようになった。これにみんな非常に愛着を感じ、これを拠
り所としている。歴史的に他に拠り所がないのでこれを拠り所としている感じ
さえある。これを使ってみて、蓋を開けてみたら他国でよく見られる国家的危
機といったものは全然なく、うまく機能している。そういうこともあって、ド
103
[ドイツ]
イツ人が今まで持っていた中で一番自由な憲法であると思っており、これを輸
出しているくらいである。独裁体制を経験した国の中には、この基本法を学ぶ
ためにドイツに来て、同じようにしたいと言ってくるところがあることから、
私たちはこの基本法を他国に売れるくらいだと思っている。
日本では憲法改正反対という人たちがたくさんいるとのことでびっくりした。
伊東議員 いや、たくさんいるとの意味ではない。
ヴィット係官 失礼した。改正したくない人たちもいるということですね。し
かし、ドイツの基本法は、あまり細かい部分まで規定していないことが多いた
め、確かに良いことをたくさん規定しているものの、どのように解釈するかに
ついて、違いが生まれてくる。そこがはっきりしないと、最終的には連邦憲法
裁判所の判断を仰ぐことになる。連邦憲法裁判所が、基本法のこの文言はこう
いう解釈をしなければならないと判断することで初めて、規定していることが
わかることさえある。そうすると、それをまた基本法に取り入れていく上で改
正が必要になってくる可能性がある。それをやらないと基本法の解釈があいま
いなものとなり不透明になりかねない。だから私は改正できることは非常に素
晴らしいことだと思う。もちろん、ハードルを高くする必要はあるが、連邦議
会と連邦参議院とで各々3分の2である改正要件を引き下げようとの動きは今
のところ全然ないし、逆に要件を高くすると事実上改正できないことになって
しまうので、そういうこともしたくない。事実上改正したくないとなると、解
釈が曖昧なまま不透明なものになるので、そういうことは皆やりたくないと思
っている。
また、国民投票の方が民主主義の正統性を担保するのではないかとの意見に
ついては、私自身はそう考えない。連邦議会及び連邦参議院で各々3分の2の必
要があることで、議会政治としての国民の意見を反映する正統性は十分にある
と思う。ただ、基本法の改正には、ドイツがEUの統合をもっと進めていくベ
きかといった、ドイツ人の生活に非常に大きく関わってくる問題もあるし、そ
うではない、例えば動物愛護といった問題もある。もし、基本法改正に国民投
票が必要となれば、EU統合に関しては、国民投票をした方がよいと考えるかも
しれないが、動物愛護など本当に小さな問題についても、国民投票をすべきな
のか。しかし、基本法改正を国民投票に付すことをいったん決めてしまえば、
どんな些細なことでも全部一つずつ国民投票にかけなければならないことにな
る。それが本当に意味のあることなのか、私は疑問である。
(徴兵制停止)
104
[ドイツ]
伊東議員 ヴィット係官も兵役に行ったようだが、最近、ドイツでは徴兵制が
停止になったと聞いている。それに関して、国民の意見はどのように反映され
たのカ、。
ヴィット係官 徴兵制停止が決定されたプロセスだが、あまり前もって国民に
広く知らされなかったことから、夜陰に乗じてこっそりやられてしまった感を
国民は持っているのではないか。もしかしたら、きちんと知らせるべきであっ
たかもしれない。しかし、その背景には、私の世代ですら既に半分は兵役に就
かなかったという状況がある。忌避には色々な方法があったが、例えば、高齢
者のケア施設で働くなどの徴兵代替制度があったから、そちらの制度を利用し
た。それから、連邦軍の規模が縮小されていき、あまり兵隊の数が要らなくな
った。どうやって対応したのかというと、徴兵の条件を厳しくして不合格者を
多くし、その厳しい条件をクリアした者のみ採用した結果、あの人は視力が悪
いから行かなくてよい、自分は視力がよいから兵役に行かなければならないと
いった、非常に不公平な状況が国民の中に生まれた。したがって、徴兵制を停
止するに当たり、国民の間から反対の声はなかった。キリスト教民主/社会同
盟には、これは自分たちの文化的な拠り所だから維持したいとの感情的な意見
もあったかもしれないが、最終的には合理的に考えて、連邦軍は職業軍人で成
り立っている方がよいと納得し、徴兵制が停止された。
(マスコミの影響力)
鈴木議員 ドイツの議員も、日本の議員も、国家と国民の幸せのために働く点
は、私は共通のことだと思う。ここで質問したいのは、マスコミについてであ
る。
国民の世論を形成する上において、マスコミの影響は非常に強い。ややもす
ると政治家も、国民の声に迎合し、マスコミに動かされていく傾向がなきにし
もあらずではないかと私は考えている。ドイツでは実際、マスコミはどのよう
な働きをしているのか、マスコミに対して国民や政治家はどのような影響を受
けていると考えるか。
ヴィット係官一言で回答するには非常に難しい質問である。本当に広い分野
に関する件について、問題提供をしてくれたと思う。
一言で言えば、ドイツではジャーナリズム、メディアの持っている世界は多
彩である。高級紙と呼ばれるものがいくつもあるが、日刊の新聞のほかに、週1
回発行される「ツァイト」紙や、「シュピーゲル」紙がある。これらは高級紙の
類に入るが、これ以外にも例えば、左派党寄りの新聞、保守寄りの新聞などが
105
[ドイツ]
あり、かなりのレベルできちんと仕事をしている。この人たちは必ずしも、自
分が右だからとか左だからとかといって、必ずしも右寄りや左寄りのことばか
り書いているわけではない。えてしてジャーナリストとは政府に批判的なもの
だが、比較的中立の態度を保ちつつ批判的に書いていると思う。
ただ、時としてメディアキャンペーンが大きく出てくることがあり、それは
問題だと思う。例えば、少し前に、前の大統領が辞任したことがあった3。今で
は、そのスキャンダルはそれほど大したものではなかったと私は思うが、その
時はジャーナリズムによって一斉にスキャンダルに関する攻撃を受け、大統領
は辞任に追い込まれた。今、インターネットを使ったメディアもあるが、この
様子を見てみると、時間的余裕が無くなっているという大きな問題がある。ス
ピードがものを言うために、短期的に反応しなくてはならなくなった。先ほど
から問題になっている緊急事態条項も、2年かけて話し合いをして、10年かけ
て作った条項だが、そんなことは今はとてもできない。皆それを求めていない
し、さっさと解決してくれということで、インターネットを通じて急がせる。
政治家も急いで反応する。しかし、迅速に解決されたからといって、それが本
当に良い解決法だったかというと、そうではないことはよくある。
メディアのプレッシャーは、良いプレッシャーもあるが、時間的なプレッシ
ヤーという意味では非常に問題になっていると感じる。
(基本法に対する信頼)
畠中議員今日話を聞いて、ドイツ国民の基本法に対する信頼が非常に大きい
ことがわかった。しかし、過去の歴史の中で苦い経験があったにもかかわらず、
なぜ基本法に対してそこまで信頼を寄せることができるのか、気になっている。
その信頼の理由とは、基本法の根底をなす精神を現す条文によるものなのか、
それとも、憲法裁判所などの権力分立の仕組みによるものなのか。あるいは、
極端に走らない統治機構の仕組みによるものなのか、それとも、政治家や政党
が国民から信頼されているのか。信頼を得ている一番の理由となっているもの
は何か、教えていただきたい。
ヴィット係官まず、政治家に対する信頼が大きいからかとの点については、
そうだとは申し上げられない。では、国民が基本法を具体的に全部知っている
かと言えば、必ずしもそうではないと思う。しかし、今までのところこれで非
常にうまくいき、ドイツは平和で繁栄している。危機の時代がなかったという
経験が非常にあって、これがあるために過去のどれよりも良かったではないか、
3 2012年に、当時のクリスティアン・ヴルフ大統領が、ニーダーザクセン州首相時代の汚
職疑惑を受けて辞任したことを指していると思われる。
106
[ドイツ]
こんなにうまくいっているものだから守らなければならないと皆考えている。
そしてもう一つ、連邦憲法裁判所がしばしばニュースに出てくる。ニュースで
は「連邦憲法裁判所がこう言った」と取り上げられることから、非常に大きな
力を持っている。国民は、「憲法裁判所が言っているのだから」と、何となく自
身を守ってもらっている気になる。それが一つあると思う。
それから、基本法の1条に、「人間の尊厳は不可侵である」と書いてある。ド
イツ人なら、他の条文の文言は知らなくてもこの条文なら誰でも知っているく
らい知られている条文である。この条文と、これが象徴する法治国家や民主主
義が基本法に書かれていることは知っている。だから、こういう良いことを書
いてあるのだからこれを守りたいと皆思っているのではないか。
(EUの統合と憲法違反)
中谷議員 EUの統合が進んで、憲法違反の指摘があると昨日聞いたが、どこの
部分が憲法違反の指摘を受けているのか、また、どこを直すべきで、今後EU
とドイツのギャップに対してどう対処するのか。
ヴィット係官 それについては、専門家ではないので、申し上げることはでき
ない。ただ、私が知っている限りのことを申し上げると、確か、連邦政府が勝
手に決めてはいけない、連邦政府は、自分たちがこうしたいと思うことの一定
部分以上については連邦議会の判断を仰がなければならないと、連邦憲法裁判
所が言ったのではないか。もう一つ具体的には、ユーロ救済のときに言われた
ことだが、今の方法は、欧州中央銀行(ECB)に対する国家補助ではないかと
の意見がある4。ECBはどこの国家からも中立でなければならないことから、そ
こに対して補助の形でお金を注入するのはいけないと言ったのではないか。た
4ユー ロ危機に際し、2012年6月のEU ・ユーロ圏首脳会議において、欧州安定メカニズ
ム(ESM)からの直接の銀行支援、銀行監督の一元化が決定されたことに対し、ドイツの
経済学者からそれに反対する声明が出された。ユーロ圏の銀行の一元管理(銀行同盟)に
より、杜撰な経営で危機に陥った他国の銀行を、ドイツの納税者、預金者の負担で救済す
ることになる、というのが反対の論拠であった(新井俊三「ユーロ支援を躊躇するドイツ」
一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)フラッシュ!57(2012年9月4日))。
また、ドイツの連邦憲法裁判所に、「OMT」(ECBが2012年9月に発表した国債買い
取り策)の違憲訴訟が提起されている。訴状は、r〇MTはECBの権限を逸脱しており、
ECBがドイツ連邦議会の承認なしにこの措置を決定したことは、議会の予算決定権を侵害
しており違憲である」とするもので、換言すれば、ドイツに影響のある重要政策にドイツ
議会が影響力を行使できないことへの不服申立てと言えるが、ECBは、「EU諸機関から
の独立性」を条約上厳格に保証された組織であり、「ECBの政治からの独立」は他ならぬ
ドイツの主張を取り入れて確立されたものであることから、訴状そのものが自己矛盾との
指摘もある(三菱東京 UFJ銀行 FBTMU FX Monthly Global Markets Researchj 平成
25年6月26日)。
107
[ドイツ]
だ、これをどのように解釈して変えていくかに関しては、私にはわからない。
(思想良心や表現の自由に対する制限の範囲)
中谷議員 思想・表現、政治活動、結社の自由については、現在、基本法上に
制限があると聞いているが、この制限に対して、思想・表現の自由があるから
おかしいのではないかという動きはないのか。
ヴィット係官 確かに表現の自由となると、多少の制限はあるが、基本法1条
にある「人間の尊厳は侵すべからず」については無制限である。「尊厳」につい
ては絶対に制限はできない。しかし、表現の自由となると、その他の立法にょ
って制限は可能である。なぜなら、人は、他の人の誹謗中傷を無限にやってよ
いわけではないからだ。誹謗中傷は制限されるべきであり、それは表現の自由
とは関係ない。
それからもう一つ、ドイツで特殊なのはホロコースト、つまりユダヤ人虐殺
がなかったという「ホロコーストの嘘」を唱える人は刑事処罰の対象になるこ
とだ。ホロコーストはなかった、ユダヤ人は殺されていないと主張する人は逮
捕され、訴追される。非常に奇異に映るかもしれないが、それほど私たちは歴
史を重く見ており、そういうことを言う人の表現の自由は許さない。私たちが
犯した誤りであるから、そういう表現の自由は許さないということで制限して
いる。ただし、表現の自由も簡単に制限できるわけではなく、一定の条件の下
での非常に限定された制限である。
それから、基本法に書いてあることについては、簡単に行政命令で制限する
ことは不可能である。基本法に表現の自由を許すと書いてあるのであれば、他
の立法をして、きちんと制限する手続が必要である。
(愛国心と基本法)
中谷議員 現在、愛国心的な記述や規定は基本法にあるのか。
ヴィット係官 ない。昔、連邦大統領だった人が「私は妻は愛しているが国は
愛せない」と言ったことがある。いくら法律に「国を愛せよ」と書いても、「愛
する」ことが本当にその人の行為として伴っていなかったら無理であることを
言いたかったのではないか。歴史的に見てもドイツでは愛国心を鼓舞する「国
を愛せよ」という文言を基本法に入れることはしなかった。また、ドイツ人は
いまだに「愛国心」という言葉を聞くと「怪しい」と思うし、あの時(ナチス
時代)のようなことになるのではないかと思う節があるようだ。だからドイツ
では愛国心を鼓舞するような文言が基本法に書かれることは全くなじまないし、
108
[ドイツ]
入っていない。
(おわりに)
武正副団長 本日はどうもありがとうございました。議員の憲法に対する理解
が深まった。我々が帰国してからも議員間で共有したい。
ヴィット係官 本日はこうして来ていただいて感謝する。皆様と話ができて嬉
しいし、光栄なことである。最初私はおっかなびっくりでここにやってきたが、
途中からは話が止まらなくなった。楽しく話をさせていただいた。感謝したい。
以上
109
[ドイツ]
クレーニング元連邦議会議員からの説明聴取•質疑応答
平成 25 年 9 月18 日 13:05~14:35
於:在ドイツ日本大使公邸
〇 ドイツ側出席者
クレーニング(Kroning)元連邦議会議員[
(はじめに)
武正副団長 本日は貴重なお時間をいただいたことに対し、議員団を代表して、
御礼の挨拶を申し上げる。
事前に質問を出しているので、各々の議員からの質問に入りたい。
クレーニング元連邦議会議員 話に入る前に、まず、こうしてお呼びいただい
たことに対して感謝したい。
あらかじめいただいた質問によれば、過去の基本法改正についてご関心があ
るようなので、今日は回答に先立って、その過去の変更について、歴史的そし
て政治的にどういう背景があったのか述べたい。
(基本法制定の経緯•特徴)
クレーニング元連邦議会議員まず、1949年に制定された基本法は、国民が直
接正統性を与えていない。旧西ドイツの各州議会に是非を問い、その結果成立
した。つまり、間接的な民主主義による正統化が行われた。
この基本法の特徴は、基本権が何であるかについて最初に謳っていることで
ある。それが、1条の「人間の尊厳は不可侵である」という規定である。それか
らもう一つ非常に特徴的なのは20条である。この条文は、ドイツは民主的かつ
社会的な国家であること及び連邦制を採る旨規定している。基本法を改正する
際には、連邦議会及び連邦参議院において各々3分の2の賛成が必要だが、国民
投票は必要ない。そして先ほど申し上げた1条及び20条というドイツの国を規
定する根本的な条項は永久禁止条項とし、基本法79条3項において、たとえ3
分の2の賛成があっても変更することができないと規定している。
1クレーニング氏は1945年生まれ。1994-2009年に連邦議会議員を務めた。その間、2003
-2004年に「連邦制秩序の近代化のための委員会」委員として第一次連邦制改革(2006
年)、2007-2009年に「連邦・州間財政関係の近代化のための委員会」委員として第二次
連邦制改革(2009年)の議論に参画した。
110
[ドイツ]
基本法は、東西ドイツの再統一が行われる前は、その前文において、ドイツ
は東西の統一を目指す旨規定していた。また、23条には、基本法の適用範囲に
ついて規定されていたが、その規定は、国際法その他の法律には見られない書
きぶりであった。具体的には、ある地域が基本法の定める地域に「参加する可
能性」があると規定されていたが2、この「参加する可能性」とは、協会法3など
他の法律には見ることができるが、それ以外の、例えば「国際連合に参加する」
といった形では使われない文言である。そして最後の条項には、この東西ドイ
ツが再び統一され、統一と自由が達成された暁には、新しい憲法を作り、これ
を国民投票にかける旨規定されていた4。しかし、実際に東西ドイツが統一した
とき、この規定は使われなかった。
(連邦制度改革)
クレーニング元連邦議会議員続いて、連邦制度改革についての話を、次に、
緊急事態条項が1960年代に導入された経緯や、再軍備が1950年代になされた
経緯について話をした後、皆様の質問を受け付けたい。
先ほどの東西ドイツ統一の話に関して、「統一と自由を達成して」と申し上げ
た。「統一と自由」とあるが、「自由」については比較的早期に達成できた。し
かし、「統一」は非常に難しい仕事で、見方によってはまだ完全に終わっていな
いとも言える。現在のドイツは、東西で違う歴史を経てきたドイツが一緒にな
って、同盟の形を組み、西側が払う連帯税という課徴金で東側の貧しい人たち
を助ける形がとられている。ドイツの再統一は東ドイツが西ドイツに参加する
形で成し遂げられた。東ドイツが西ドイツの持っていた基本法の適用区域に入
ってきたことになるが、入る直前、東ドイツの独裁体制は崩壊していた。そこ
には民主的に選ばれた政府ができて、各州も成立していた。1990年の春から夏
頃には、東ドイツには民主的に選ばれた議会があったし、五つの州があった。
そして!990年の後、ドイツでは連邦体制の修正が行われていく。1950年から
2基本法23条の制定当初の文言は、以下のとおりである。
「この基本法は、さしあたり•••(中略)••・の諸ラントの領域に適用される。ドイツのその
他の部分については、この基本法は、その〔連邦共和国への〕加入後に効力を生じるもの
とする」(出典:高田敏・初宿正典編訳『ドイツ憲法集 第6版』(信山社、2010年)224
頁)
3ドイツ語でVereinは「社団、〔団体名の一部として〕••・協会」を意味し(田沢五郎著『独
=日=英ビジネス経済法制辞典』(郁文堂、1999年)965頁)、また、結社法がVereinsgesetz
(山田晟著『ドイツ法律用語辞典 改訂増補版』(大学書林、1991年)826頁)であるこ
とから、本文中の「協会法」とはこの「結社法」を指すのではないかと思われる。
4基本法146条の当初の文言は、以下のとおりである。
「この基本法は、ドイツ国民が自由な決断で議決した憲法が施行される日に、その効力を
失う」(出典:高田ほか•前掲注2 – 311頁)
111
[ドイツ]
1970年くらいまでの非常に中央集権的であったものを、分散化する方向に動い
た。これはもちろん西ドイツ側の努力もあったが、大部分は、旧東側が参画し
たからこその動きである。私はそれらを、連邦と州のレベルにおけるドイツの
再議会化、ドイツの再連邦化が起こった時代と呼んでいる。連邦化とは、旧西
ドイツの11の州ではなく、ベルリンを含む五つの旧東側の州が入ったので、全
部で16の州となった。これが2006年の第一次連邦制度改革5である。これにつ
いては、ここでは繰り返さないが、一つ強調したいことは、第一次連邦制度改
革の評価さえも、今日まだ出てきていないことである。私が先ほど申し上げた
再議会化や再連邦化が本当に第一次連邦制度改革でうまくいったのか、その評
価が出てくるのは今年の秋であり、今それを待っている段階である。これは、
ハノーヴァーにある連邦制度研究所が提出する。同研究所にいるシュナイダー
先生が中心となって、法社会学的にこれを評価する作業を行っている。
先ほど、基本法23条に、東側の各地域が連邦共和国の国に参加することがで
きる旨規定していると申し上げた。これは、ドイツの再統一が完了した後も削
除されることはなかった。そこにまた新しい条項が加わり、これをEUの統合
に関する条項に直した6。
第二次連邦制度改革は2009年に施行されたが、その結果、州をどのようにす
るかについてだけではなく、ドイツがどのようにEUと向き合っていき、どの
ように責任を取るのかについてや、EUの統合に対してどのように関わっていく
のかについて考え、場合によっては基本法に規定しなければならなくなった。
とりわけ、EU統合は、各国間の結合の度合いがどんどん強くなっていくことで
ある。今まで国がやっていたことを、多数の国家の結合体であるEUが決めて
いる。ドイツで立法されるものの3分の2がEUの指令による整合化の立法で
ある。
第二次連邦制度改革は2006年から2009年までかかったが、その間に一つ大
きな危機があった。リーマンショックである。
リーマンショックは2008年に生じて既に5年経過したが、その危機に際して、
我が国はすぐに景気対策を取った。それのみならず、大きな構造改革に即座に
着手した。この中には、金融・財政面の構造改革もあったが、政治的•法律的
な構造改革につながるものもあった。その一つが、基本法109条に謳われた、
これ以上の新規債務を課してはならないことを内容とする債務ブレーキ7の導入
5第一次連邦制度改革は、連邦と州の立法権限の再編及び連邦の立法に関する連邦参議院の
権限の縮小を内容とする。なお、ドイツ統一により16の州になったのは1990年である。
6制定当初の基本法23条は、1990年8月31日調印の統一条約によりいったん削除された
が、その後マーストリヒト条約への同意に伴う基本法改正によって、欧州連合の諸原則に
関する内容が規定された(出典:高田ほか•前掲注2 • 224頁)。
7 2009年の基本法改正により、「連邦及び州の予算は、原則として信用調達からの収入によ
112
[ドイツ]
である。これは国内法であるから、ドイツ連邦及び各16州、公的借入れをでき
る機関が全て従わなければならないことになった。これ自体、中央集権的であ
ると言える。そして、これがその後EU法の素案になったとも言えよう。例え
ば債務をこれ以上増やしてはならないという収斂条項は、マーストリヒト条約
によって規定はされていたものの、それをきちんと守ることができない状況で
あった。それを遵守するよう、EU法104条やユーロの通貨同盟の協定などに、
ドイツが行った債務ブレーキの条項が取り入れられるようになった8。つまり、
ドイツが何か立法をすると、EUの法律に素案として取り入れられることもあり、
対外的な影響が非常に大きくなってきている。
(過去の基本法改正)
クレーニング元連邦議会議員 皆様ご関心のあるとおり、1960年代には緊急事
態条項導入のための大連立時代もあったし、1950年代はドイツが北大西洋条約
機構(NATO)に加盟し、再軍備をして、国防軍を持つことになるなど、国防に
関して非常に揺れた時代であった。その両時代とも、連邦議会及び連邦参議院
の各々3分の2ずつの賛成を得た立法をもって基本法改正を行ってきた。それで
は、皆様からのご質問にお答えすることとしたい。
(連邦憲法裁判所が果たす役割)
武正副団長 まず、私からお聞きするが、連邦憲法裁判所が果たす役割として、
国民への安心感を指摘される方が多いが、これに関して、クレーニング先生の
ご意見を伺いたい。
クレーニング元連邦議会議員 党と私の意見は異なるが、連邦憲法裁判所はお
そらく、政治的な機構としては一番人気のある機関であると言える。もちろん、
連邦憲法裁判所の下す判決は批判にさらされることも多いから、ここで活動す
る裁判官はしばしば政治家より非常に厳しい批判を受けて立たなければならな
い。とりわけ、基本法1章にある人の基本権に関する判断、例えば、表現の自
ることなく収支を均衡させなければならない」として、収支均衡の原則が規定された(109
条3項1文)。
当該収支均衡の原則に関しては、連邦にあっては信用調達からの収入が名目GDPの
0.35%を超えない場合は、これに合致するものとされ(同項4文、115条2項2文)、州に
あっては信用調達からの収入が許容されない場合に限り当該原則が遵守されることとさ
れた(109条3項5文)(山口和人「ドイツの第二次連邦制改革(連邦と州の財政関係)(1)
一基本法の改正」国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』243号(2010年3
月)7、8、14〜17 頁)。
8収斂条項は、マーストリヒト条約では104条に規定されていた。同条項は、リスボン条
約(2009年12月1日発効)によるEU運営条約の改正後は、126条に規定されている。
113
[ドイツ]
由とか、データ保護の問題に関して果たした役割は、評価してもし過ぎること
はない。だからこそ、連邦憲法裁判所の裁判官は評価されているし、人気もあ
る。そのため、メルケル首相は一時、次期連邦大統領に連邦憲法裁判所の長官
を据えることを検討した。ところが当の長官は、自分は連邦憲法裁判所の長官
でありたい、こちらの方が力もあると言った。もちろん、国民からは非常に人
気はあるが、連邦議会や州議会の議員からすると、連邦憲法裁判所はただ喜ば
しい機関であるとだけは言えない。なぜなら、連邦憲法裁判所が、政府の行為
が基本法に基づいて正しくないと判断したものを、政府がそれでもなお実施し
たいのであれば、連邦議会と連邦参議院の各々の3分の2の賛成をもって、基
本法を直していく必要があるからだ。このように、連邦議会や連邦政府などと
国民のつながりよりも、連邦憲法裁判所と国民のつながりの方が、親近感とい
う意味では強い。
そして、連邦憲法裁判所が担当しなければならない分野は、多岐にわたる。
例えば、個人以外に、国の機関も連邦憲法裁判所の判断を仰ぐことができる。
また、連邦の機関のみならず、州の機関も同様である。そのため、ブレーメン
州では、非常に予算が緊迫した際に、連邦憲法裁判所が、緊急事態だとして、
ブレーメン州に対する緊急事態を発動した。額にすると大体90億ユーロ位であ
ったが、これがなければブレーメン州は大変なことになっていたも これほどま
でに、連邦憲法裁判所は裁量を持っている。
このように連邦憲法裁判所は、連邦と州との間の規定、州間の規定、つまり、
組織をどう分けるかという判断まで行う。この連邦憲法裁判所における政治の
駆け引きがあるからこそ、ドイツは法治国家であり続ける自信があると言うこ
とができる。私は、この連邦憲法裁判所に対して非常に大きな誇りを持ってい
る。
ドイツでは今四つの垂直的なレベルで物事を見なければならない。一番下に
あるのは市町村、その上が州、その上に連邦があるが、その上にさらにEUが
ある。現在、連邦憲法裁判所の負担が大きくなってきているのは、EUと連邦の
9ブレーメン州はかって、厳しい財政難に陥ったことを受けて、連邦の財政援助を求めて連
邦憲法裁判所に提訴したことがある。連邦憲法裁判所は1992年、「『極度の財政緊急事態』
に陥った場合には、連邦国家共同体のすべての構成国家は、財政安定化のための援助を行
い、その政治的自治を取り戻し、憲法上の任務を果たすことができるようにする義務があ
る」とした。これを受けてなされた立法措置により、ブレーメン州は、連邦政府から「財
政再建特別連邦補充交付金」を2004年まで受領したが、その合計金額は85.3億ユー 口に
上った。クレーニング氏の発言は、このような経緯を念頭に置いていると思われる(「ブ
レー メン州による財政調整違憲訴訟とドイツの第2期連邦制度改革」自治体国際化協会『平
成19年度比較地方自治研究会調査研究報告書』(2008年)60頁、三宅裕樹「ドイツの地
方債市場から得られるわが国への示唆」野村資本市場研究所『資本市場クオータリー』
(2008年夏号)113、114頁を参照)。
114
[ドイツ]
間で、どこまでが基本法にのっとっていて、どこからが違憲なのかとの判断を
しなければならなくなっているからだ。なぜそうなったかというと、ヨーロッ
パ中央銀行(ECB)が超国家的機関として、各国の生殺与奪の鍵を握っている
からだ。そのため、本来各国政府や議会が責任を持ってやらなければならない
にもかかわらず、ECBの超国家性により規定される部分があまりにも多くなっ
ており、どんどん侵食している感じがする。ドイツの憲法裁判所は、本来は自
分たちの管轄でない欧州裁判所が担当すべき事柄まで、視野に入れなければな
らないことが多くなっている的。つまり、ドイツ連邦とEUのダブルの合憲性を
担保していかなければならない。連邦憲法裁判所は、単に法にのっとって見れ
ばよいのではなく、これからこの法律がどうなっていくのか、どうしていくベ
きかという展望を見ながら判断を下さなければならないという、非常に難しい
状況になっている。
(国民投票に関して)
武正副団長 昨日、キリスト教社会同盟のジルバーホルン議員は与党でありな
がら基本法改正の際の国民投票に賛成だと述べていた。左派党の方は賛成と聞
いているが、社会民主党やクレーニング氏は、基本法改正の際に国民投票を入
れることに関してどのような意見を持っているか。
クレーニング元連邦議会議員 最近、とりわけ州のレベルでもって直接民主制
度の広がりが増えている。つまり、ボトムアップの形での民主制であると考え
る。
(EUの統合の在り方)
船田議員 今のEUと連邦の話は非常に興味深く聞かせていただいた。そこで、
28か国まで拡大したEUが、将来どうなっていくのか、特に、EUから脱退す
る国があってもよいと考えているか伺いたい。
もう一つ、今の話でも出ていたが、EUで決めるべきことが非常に多くなって、
1〇以上の発言で直接念頭に置いているか否かは定かではないが、最近話題になった事例と
して、以下のようなものがある。
2012年9月にECBが決めた債務過重国の国債買い取り策「アウトライト・マネタリー ・
トランザクションズ(OMT)Jに対し、ドイツの欧州統合懐疑派が違憲だとして同国の連
邦憲法裁判所に提訴した。2013年6月11日及び12日、同国の連邦憲法裁は公聴会を開
会し、ECB幹部や経済学者から証言を聴取した。証言を行った一人であるECBのアスム
セン専務理事は、ECB関連の問題について裁決を下せるのは欧州裁判所だけであると述べ
ている。なお、連邦憲法裁は、2013年内にもOMTの合憲性について判断を下す見通しで
ある(「ダウ•ジョーンズ債券•為替情報」2013年7月29日等より)。
115
[ドイツ]
ドイツ連邦としての権限がEUに移っているケースが増えたと思うが、連邦あ
るいは州において、これ以上ドイツとしての権限をEUに手渡すことはしたく
ないとの意見も強くなっていると考えるが、その辺の状況はどうなっているか。
クレーニング元連邦議会議員 まず、一つ目の質問から回答したい。
ここで、EUの他の加盟国がある一国を追い出す場合と、自分から脱退する場
合と、両方について考えなければならない。まず、他の加盟国がある一国を追
い出す場合というのは考えられない。なぜなら、ドイツにおいて不幸にして生
まれたファシズムや共産主義によって、ヨーロッパを揺るがすような連帯の欠
如が生まれたという非常に大きな反省があるために、EUは「連帯・結合」で成
り立っている組織となっているからだ。その見本となる例が、ギリシャである。
ギリシャはヨーロッパの文明のゆりかごであり、そこから東西のローマが誕生
し、ビザンチンが生まれたのは皆さんご存知のとおりである。しかしそれを差
し引いても、ギリシャはヨーロッパの中で、連帯を享受する国の一つであり、
その国に撤退してもらうことはできないし、考えられない。次に、ある国が自
ら脱退するパターンについては、法律的には十分にあり得ると思う。しかし、
そういうことが本当に起こるかと問われれば、私は起こらないのではないかと
思う。
脱退についてお話しさせていただいたが、関連してEUの拡大についてお話
しさせていただきたい。今後、EUが29か国、30か国と増えていくのかと心配
することがよくある。私の経験上の意見だが、ヨーロッパの拡張と言った時に、
面積を増やしていく拡張と、統合という垂直的に深化させていく拡張とは、同
じくらい重要だ。現在、バルカン半島のクロアチアについては既にEUに統合
された”。しかし、バルカン半島まで加えると、おそらくヨーロッパは手いっぱ
いになると思う。東側に目を向けると、ベラルーシ、ウクライナがあるが、こ
ちらはむしろ特恵的な協調関係のようなパートナーシップは結べても、それ以
上に踏み込んでEUの加盟国になることはないと思う。それから、トルコに関
しては何年にもわたり話し合いをしている以ものの、今の状況を見ると、自分で
自分の首を絞めていると言える。おそらく実際上加盟は難しいと思われる。そ
のように見ていくと、EUは多くても30か国くらいになったところで文化的な
力で引き留めておくことができなくなっていくと思う。私はユーラシア大陸に
おいて、どんどんEUが広がっていくのは、緊張が強すぎることになるため、
不可能だと思う。もし、21世紀も西側の世紀でありたいのなら、つまり、日本
がアジアにあり、アメリカがあり、EUがあり、大西洋圏を結んでいることを望
1Iクロアチアは2013年7月1日、28番目の加盟国としてEUに加盟した。
12トルコは、2005年10月より加盟交渉を開始している(外務省ホームページ資料より)。
116
[ドイツ]
むなら、ヨーロッパはあまりに大きくなり過ぎてはならないと思う。
そこで、二つ目の質問に対する回答に移りたい。本当に色々なアクセスの道
があると思うが、ヨーロッパにはヨーロッパの欧州協定と、ヨーロッパをどう
動かしていくかという手続に関する事務的な協定の二つがある13。例えば、金融
を安定させるのは一つ目のヨーロッパの欧州協定に入っているが、ドイツでも
ヨーロッパでも、新しい協定が必要との声にはなっていない。新しくするので
はなく、少し訂正を加えていくことが必要とされている。金融機関に対する同
盟であっても、南と北の非常にギャップの大きい国々との調整はあるが、責任
問題をどう規定するかについても、今ある協定の小さい訂正でやっていけると
思われている。今統合が進んでいる協定14を踏まえた上で、少し訂正を加えなが
ら、統合を進めていくことになると思われる。
(地方分権)
鈴木議員私の経歴から言って、どうしても地方分権の話について伺いたい。
簡単に申し上げると、先ほどの話では、1950年から70年は中央集権、1970年
以降は地方分権とのことであった。1990年の東西統合で、さらに分権が進んだ
と理解したが、日本もまさに中央集権から地方分権に進めなければならないと
考えている。そこで、地方分権は具体的にどういう形で展開されたのか。例え
ば、財源や権限は、どういう動きをしたのか。
クレーニング元連邦議会議員一番難しい質問をいただいた。基本法を見ると、
まず、連邦制度と言っても、任務を分ける場合と、管轄を分ける場合がある。
ドイツは、アメリカのように任務を分けているのではなく、管轄を分けている。
っまり、ドイツは基本法によって、任務としての立法は、ほとんどの部分が連
邦で行われ、州は連邦の立法に参画することができることになっている。一方、
施行は州にさせる、つまり行政に関してはかなりの部分が州で独自にやること
になっている。詳しくは基本法の7章に連邦が立法を、8章に州が行政を行うと
規定されている崩。したがって、行政は原則として州が行う。しかし、中央集権
脂EU法の主たる法源として、第一次法と第二次法がある。第一次法とは、EUを設立する
基本条約、修正条約、付随議定書などの全てを、第二次法とは、第一次法に基づいてEU
が制定する法律や、EU司法裁判所が出した判決などの判例を指す(森井裕一『ヨーロッ
パの政治・経済』(有斐閣、2012年)201頁等を参照)が、ここで言う「二つ」ある協定
がこの第一次法と第二次法を指しているのかは不明である。
14 「経済通貨同盟(EMU)における安定、協調、統治に関する条約」と思われる。
皓基本法7章70条1項は、「ラントは、この基本法が連邦に立法の権限を付与していない
限度において、立法権を有する」と規定し、8章83条は、「ラントは、・••(中略)••・その
固有の事務として、連邦法律を執行する」と規定している。
117
[ドイツ]
化が進むにっれ、両方ともかなりの部分が中央の任務となった。つまり、本来
なら州が行うべき行政も、管轄のかなりの部分を連邦が行うことになった。こ
れを解消し、行政連邦の形にならないよう作り直すため、2006年に連邦制度改
革を行った。そこで一つ目標とされたのが、連邦と州のウィン・ウィンの状況
を作ることであった。
連邦にとってのウィンとは、かつては州の管轄であった治安関係の一部を連
邦が担うことになったことである。具体的には、対テロ関係で、ナチスの残党
みたいな極右テロや、9 -11後に多く発生したテロについては、各州の管轄では
なく、連邦の管轄にした。
一方、州側のウィンとは、教育である。教育と言うと、ドイツではフンボル
卜大学などの高等教育や中等教育につながりがちだが、そうではなく、初等教
育や、初等前の幼児教育についてである。初等教育改革のかなりの部分を自分
たちでできるようにすることが州の願いであった。ドイツにはもちろん研究機
関、学術機関、大学機関、非大学機関の州を超えた協力関係はあるが、より下
位レベルで州の力を強めた。それによって、州間での競争ではなく、比較の可
能性を新しく教育分野に入れていくことを考えた。
このような2006年の連邦制度改革だが、これに対する評価はまだ出ていない。
連邦制度改革の方向性について協議する委員会おには、各16州の首相と、連邦
議会の16人の議員が出てきている。連邦政府はここに全く関与していない。こ
れも、ドイツの連邦制度の非常に特徴的なところで、連邦議会と連邦参議院が
中心となって推進したと言ってよいと思う。
もう一つ、連邦制度改革で州が非常にウィンであったことは、人事法や公務
員法でかなりの裁量を得たことである。例えば、公務員の恩給は非常に高くな
っていて、コストがかさみ、州は大変に困っていた。これを連邦制度改革によ
って分散することができ、州は自分たちの財政に見合った形で法律を立てて、
公務員へ支給することができるようになった。鈴木議員は首長でもあったから
ご存知かもしれないが、これに対しては、特に、被用者側から大きな反発が出
た。州に関係している労働協約であれば、今までは交渉相手が一つだったのが
16に増えたからだ。しかし、そういう形で州と連邦のバランスを取っていくこ
とが連邦制度改革で望まれたことであり、先の公務員の支払いに関する各州の
立法を見ると、各州によって異なる状況が見て取れる。
行政に関しては、各州の力を非常に強め、連邦から州へ権限を移譲したが、
それが財政についてまで進んだかと言えば、改革はそこまで進んでいない。本
当は、第二次連邦制度改革で財政制度まで手を付けて改革を進めていきたかっ
たが、残念ながらリーマンショックが起こり、金融危機が発生したため、財政
16 2003年に設置された「連邦制秩序の近代化に関する調査会」を指す。
118
[ドイツ]
には触れられない状況となった。例えば、連邦から州という垂直的財政調整や、
州間の財政調整の話など、やらなければならない問題はたくさんあるが、まだ
行われていない。しかしこのために、第三次連邦改革が必要であるかと問われ
れば、私はおそらくそれは不要であり、今の枠組みの中で基本法を改正するこ
とによってできるのではないかと思う。制度そのものを大きく抜本的に変える
必要はないと思うが、財政の部分にまでどうやって手を付けるかについては、
連邦議会選挙が終わらないと分からない。
そして、どの分野でも言えることだが、持続可能な健全な公的財政を目指す
ためには債務を削減する必要がある。基本法上、今後、州の新規債務の借入れ
を認めない、連邦は今後GDPの0.35%までしか新規債務の借入れができないと
いうストップがかけられている。大変な状況にあるときには例外があり得ると
書かれてはいるものの、厳しい規定である。このドイツの規定は、EUにとって
の青写真にもなった。EUには財政同盟17があり、加盟国に非常に厳しい規律を
課しているが、これはおそらくドイツの意思によるものだと思う。面白いこと
に、EUの規律を守ろうと、ユーロ圏であるか否かにかかわらず、ほとんどの国
がこの同盟に入っているが、英国とデンマークだけ迪は入っていない。英国はこ
の同盟に入らないと決めたが、その結果、EU内での発言力が低下してきている
のも事実であり、キャメロン首相が思っているほど、EUにおける英国の発言力
は強くないのではないか。
(おわりに)
武正副団長 まだまだ質問したいこともあるが、時間になった。今日はこうし
て機会をいただいたことに感謝したい。
クレーニング元連邦議会議員最後に追加で説明したい。
財政機構の構造については、基本法io章に規定されている。これは今まで最
も触れられてこなかった部分であり、この65年間において改正の少なかった部
分である。ここは「憲法内憲法」と私たちが呼んでいる部分であり、一言でい
えば、税というのはほとんど連邦の立法で行うと規定している。しかし面白い
直正式名称は「経済通貨同盟(EMU)における安定、協調、統治に関する条約」。2012年
3月に、当時の27加盟国のうち、英国とチェコを除く 25か国が調印、2013年1月1日
に発効した。本協定では、一般政府予算は「均衡又は黒字」(構造的赤字が対GDP比0.5%
以内、但し例外あり)とし、財政均衡ルール及び自動是正メカニズムを本条約施行1年以
内に憲法等の国内規定に導入することや、債務残高対GDP比60%超の締約国は、年平均
1/20ずつ減少させること等を規定している(外務省ホームページ、駐日EU代表部ホーム
ページ等を参照)。
18実際は、デンマークではなく、チェコが加盟していない(注17参照)。
119
[ドイツ]
のは、債務ブレーキというのは連邦が決めて、一番下の市町村レベルまで秩序
付けるという命令がかかっていることである。
また、これから問題になっていくであろうと思われるのは、税収の分配につ
いてである。州は任務も裁量も増えたが、自分たちで使える税収も多くなった。
しかしながら、各州の不均衡が大変大きい。これを均衡化するメカニズムが今
のままでよいのか、見直しがなされなければならないはずで、これを見守って
いく必要がある——これが今ホットなトピックであると紹介しておきたい。
どうもありがとうございました。
以上
120
[ドイツ]
ヌスバウムベルリン州財務大臣兼連邦参議院議員からの説明聴
取•質疑応答
平成25年9月18日 15:10〜16:25
於:ベルリン州財務省
〇 ドイツ側出席者
ヌスバウム(NuBbaum)ベルリン州財務大臣兼連邦参議院議員】
ズートホーフ(Sudhof)ベルリン州財務省事務次官
(はじめに)
武正副団長 調査団を代表して御礼とご挨拶を申し上げる。ヌスバウム大臣は、
連邦参議院の両院協議会の委員も務められており、また、ベルリン州、ブレー
メン州の財務大臣として、2009年の財政規律に関する基本法改正について勉強
されているとのことなので、この点も含めて有意義な議論ができればと考えて
いる。
ヌスバウム州財務大臣 ようこそベルリンにお越しいただいた。本日は1時間
ということなので焦点を絞り、効率的にお話ししたいと思うので、まず、皆様
のご関心の対象を伺ってからお話しさせていただきたい。
武正副団長 今回、かなり幅広くドイツの状況について勉強させていただいた
ので、こちらの方からヌスバウム財務大臣に質問させていただきたいと思う。
(州間財政調整の現状)
伊東議員 先ほどのクレーニング元連邦議会議員との意見交換で、州の経済的
な独立性はいまだ確立されておらず、特にベルリン州は予算の緊急事態に対し
て連邦予算から垂直的な援助が必要であったと伺っている。ドイツは、州の歴
史が古いので、州間の地域格差を前提として制度ができていると思うが、例え
ば州間の水平調整がなされずに、予算の緊急事態が起き、憲法裁判所が介入す
るというのは、法制度的に不備があるのではないかと思うのだが、見解を伺い
たい。
11957年生まれ。ブレーメン州財務大臣、ブレーメン大学国際法•欧州法及び金融関係担
当教授等を経て、2009年より現職。憲法、国際法、EU法を専門とし、ブレーメン州財務
大臣としては、前掲のクレーニング元連邦議会議員の後任に当たるとの説明があった。
121
[ドイツ]
ヌスバウム州財務大臣 まず、前提として、ドイツは州があって、それが一緒
になって連邦を形成している。最初に連邦があってそれが州に分かれているの
ではない。財政に関しては、16の各州は基本的に、州税(相続税、不動産税、
営業税、変わったところでは、ビール税、犬税がある)によって自己の歳入を
得ている。一方、それとは別に連邦税(売上税、所得税、法人税がある)によ
って連邦全体で歳入を得て、それを複雑なメカニズムの下で16州に分配すると
いう構造をとっている。州間財政調整、すなわち、州間の水平調整はずっと行
われてきたのだが、これについては遅くとも2020年までに改革の必要性がある
とされている2。その理由は、新規債務を負うことにブレーキがかけられている
ことはご存知かと思うが、州については2020年までに新規借上ができなくなっ
てしまうからである。現在、各州は、資本市場に出て行って好きなだけ金融市
場で資金調達してよいわけだが、これが0になる。ここ20年の間、税法は色々
複雑に変わってきたが、州間財政調整をもってしても不均衡からバランスを取
り直すまでの調整はできていないのである。
1960年代の例だが、ドイツでは多くの企業が所得税を払っており、企業で働
く人も賃金税を払っていた。要するに勤め人も一流企業も税金を払っているの
である。この両者の税金の支払先は、働いている場所ではなく、住んでいる場
所なのである。多くの人々は、ブレーメンやベルリン、ハンブルクのような都
市で成り立っている州で働くが、住む場所は、周囲の緑豊かな州にするため、
職場のあるベルリンなどがインフラを整備して、働きやすい環境にしても、そ
こで働く人たちの税金は、自分たちが住む周りの州に支払われてしまうのであ
る。
また、日本の消費税に当たる売上税は、連邦税であるため、まず、連邦が得
た上で、各州に複雑なメカニズムで分配される。しかし、この分配の方法は、
各州の経済生活の能力に関係なく数式によって分配されることになっているた
め、例えばブレーメンは経済活動が盛んなので他の州に比べて経済能力が130%
程度あるが、収入は、130%以下となっている。それを調整するために州間財政
調整という機構があるが、調整しきれていない部分があり、ここは改革しなけ
ればならないと考えられている。
2 2009年の基本改正により、新たに基本法109条3項に均衡予算の原則として、「連邦及び
州の予算は、原則として、信用調達からの収入によることなく収支を均衡させなければな
らない」と規定され、2020年以降に完全に実施されることを予定して、州については2019
年末まで、連邦については2015年末までの間、一部の規定の逸脱を許容する経過規定が
置かれた(山口和人「ドイツの第二次連邦制改革(連邦と州の財政関係)⑴一基本法の
改正」国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』(2010年3月)7、8頁)。
122
[ドイツ]
(社会保障分野における基本法上の連邦と州の役割分担についての課題)
伊東議員 社会保障に関して、連邦が法的な枠組みを決め、各州が具体的な医
療等の体制を決めるということだが、各州間で医療サービス、クオリティに差
が出てくるとすれば、国家による人間の尊厳の保護を規定した基本法1条3と不
整合が出てこないか。
ヌスバウム州財務大臣基本法には、ドイツのどこに住んでも同価値の生活水
準を保障されなければならないとされている%同じ生活をさせなければならな
いと言っているわけではなくて「同価値の」という言葉が使われている。つま
りチェコとの国境に住んでいるバイエルン地方の人と北ドイツやベルリンに住
んでいる人の間で学校やインフラ、生活の水準そのものがあまり異なってはな
らないとされている。ベルリン州はこれを守るために、社会保障、学校、イン
フラなどに支出するのであるが、収入がないためにギャップが出てしまうので
ある。
病院、医療についても同様であり、デュアルシステムという二元体制を採っ
ている。すなわち、州が機械や建物などの病院のハードの部分に対して投資を
行い、人々の治療というソフトの面には、法的な法定疾病金庫などによって保
険の形で担保される。決まりとしては基本法に書いてあるとおり、ドイツでは
どこにいても同水準の医療が受けられるようにしなければならず、バイエルン
でもベルリンでも同じように医療が受けられなければならない。そこで、ベル
リンでも病院に対する投資が必要なのだが、ベルリンは債務超過の貧しい州で、
現在の債務は630億ユーロにも上っている。ちょうど今2014年、2015年の予
算編成をしているが、病院に対して、基本法を守るために必要な投資額が十分
に出せない状況にある。今までなら、新規借入をして対応するのだろうが、2020
年にはそのツールはなくなる。したがって、2020年までには連邦と各州が一緒
になって新しい財政の制度設計を考えなければならない。貴国にも進言したい
のは、国や州において、必要な任務や義務といった支出がある一方で、収入と
いう面も考える必要があり、この収支を合わせることを目指さなければならな
い。どちらかが大きすぎるのではバランスが崩れてしまうため、自分たちの収
入で支出をカバーできるような体制にしていかなければならないと思う。現在
のドイツの間違った点は、連邦がスタンダードを立ててドイツ全土に広げなけ
3第1条〔人間の尊厳〕(第1項)
「人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権
力の義務である」
4生存権について、上記基本法1条1項及び20条の社会的国家の規定を通じて、国家は全
ての者が人間に値する最低限度の生活ができるよう条件を整え、援助を与える義務がある
と解されている(『衆議院欧州各国憲法調査議員団報告書』(平成12年11月)16、17頁)。
123
[ドイツ]
ればならないと決めることである。例えば、社会保障や医療の分野も基準は連
邦が決めるが、施行を任されるのは州である。州は収入がないのに連邦から言
われるスタンダードを自分たちの収入の中で処理しなければならないが、ここ
に間違いがあるのだと思う。今後はこの間違いを正していくために、連邦と州
の話し合いをしていかなければならないと思う。
中谷議員 介護保険が社会保障システムで導入されたとのことであるが、それ
でカバーできそうなのか。
ヌスバウム州財務大臣介護保険については、先ほどの医療保険といったソフ
卜の部分の話で、病院の投資とは別の話である。今の話をつなげるならば、年
金の問題がある。例えば、働き続けてきたものの、非常に僅少な所得であった
ため、社会保障システムへの払込みが少なかった人がいるとする。この人が高
齢になっていくと、連邦が保障すべきとされる水準以下の年金しか受け取れな
い場合が出る。その受け取る実額と連邦が決めた保障されるべき金額のギャッ
プは、今までは州が支払うとされてきた。しかし、先ほどの問題と同様、基準
は連邦が決め、コストを支払うのは州である。私たちは、連邦の決めた最低水
準の生活を保障するため、道路の修復や学校等への投資は後回しにして、法律
に抵触する部分だけボトムアップしようということになる。この問題について
は、連邦も理解しており、年金額のギャップの埋め合わせは今後、連邦が負う
とされている。
(ベルリン州の公務員制度、地方議員の定数削減等の取組について)
畠中議員一連の連邦制度改革の中で公務員制度に関して州が変更等の権限を
勝ち取ったと聞いたが、ベルリン州やブレーメン州で公務員制度の改革につい
て過去の実績や今後の見通しについてはどうか。また、地方議員の定数削減や
報酬などの話も含まれているか伺いたい。
ヌスバウム州財務大臣大変良いご質問をいただいた。実は私の隣に陪席して
いる事務次官は、その当時の連邦制度改革の真つ只中におり、その時は連邦側
の人だったのであるが、私がヘッドハンティングしてきたのだ。
確かに公務員法が改正され、州に大きく権限が移譲された。しかし、少し自
己批判的な話を申し上げなければならないが、各州ともあまり移譲された権限
を使いこなして改革をしたとは申し上げられない状況である。ベルリンでも、
公務員所得、賃金についてはかなり改革を行ったものの、公務員制度そのもの
にメスを入れるということはまだできていない。ベルリン州には優秀な公務員
124
[ドイツ]
がたくさんいる。しかし、公務員の性として、彼らは保守的な人達なのである。
したがって、新しいコンセプトを取り入れることに対しては抵抗が大きいとい
うのもあり、中々メスを入れられないのである。
また、州議会については、ベルリンの州議会の議員はフルタイムで議員活動
をしているわけではなく、兼職していることを前提に申し上げるが、議員定数
を減らしたことはなく、議員に対する所得カットを実施したこともない。その
理由は、この人達がとりもなおさず予算を決める当人だからである。私は財務
大臣として、様々なところに大きくメスを入れてカットしているが、議会とい
う主権者たる国民から選ばれた人たちが行うことに対しては、コメントを差し
控えたい。
(過去の歴史の教訓に対する姿勢について)
笠井議員 基本法全体に関わることだが、これまでの訪問先で話を伺って、ド
イツは過去の歴史に向き合う姿勢が徹底していると純粋に感じた。ナチス時代
の記憶の反省に立って基本法1条や20条が作られているということであるが、
国民的な過去の歴史の体験を次世代に継承するという点ではどういう努力をさ
れているのか。ベルリン州の大臣及び連邦参議院の州代表として、また、ブレ
ーメン大学で教鞭をとられている立場を含めて伺いたい。
ヌスバウム州財務大臣まず、ベルリン州では、大変多岐にわたるイニシアチ
ブによって、ナチス時代の蛮行を忘れてはならないと警鐘を鳴らしている。州
としてサポートしている例として、ベルリンにある、ユダヤ人協会連盟という
所がある。また、日本語ではジプシーとまだ呼ばれているが、シンティ・ロマ
人という人たちがおり、かつてドイツ人は、ユダヤ人の方と同じように大変な
殺戮や蛮行を働いたものであるから、十分な注意を払ってその人たちを受け入
れようとしている。学校の授業でも定期的にナチス時代の出来事について教え
ており、ベルリンのみならず連邦としても、ナチス時代に事件の起きた現場に
対し、慰霊碑や歴史的な資料館を建てるなど、盛んに活動が行われている。足
を運ばれた方もいるかもしれないが、テロのトポグラフィー 5という、かつて蛮
行が行われた土地に記念館が建てられ、現在、資料を公開して、これまでの出
来事を伝えている。このようにドイツでは歴史と向き合うという点については
かなり進んでいると思う。私には21歳の息子と19歳の娘がいるが、家族の中
で、第二次世界大戦やナチス時代の出来事について、よく話題にする。私の父
5 F Topography of TerrorJナチス時代にSS (親衛隊)とゲシュタポの本部があった場所
で現在はナチス時代の恐怖政治を伝える展示場となっている。
(httpV/www.topographie.de/en/the-historic-site/)
125
[ドイツ]
の世代というのは直接の体験をした人たちであり、私の父自身もロシア侵攻に
参加した。その祖父なくとも、また、忘れないようにと言わなくても、普通に
家族の話題になるのである。ドイツでは公的な場所を含め、第二次世界大戦と
いうテーマに関しては、非常に敏感であり、極右というものに対するアレルギ
ーというのは大変な反応がある。これは、歴史からくるドイツ人の実態ではな
いかと思う。
もうーつ具体例を挙げると、ベルリンには市内の交通を一手に引き受けてい
る近距離の公共交通機関、略称BVGという機関がある。地下鉄もバスも全て仕
切っており、年間10億ユーロの売上げで、1万2,000人が働いている。ここは
市の予算を使っている部分が多いので、監査役会に市州が入っており、私は財
務大臣として監査役会長を務めている。ベルリン州は、1〇〇年以上続いている
この会社に対し、第二次世界大戦中にナチス政権とどのように関わったのか検
証をさせているところである。戦後60年以上経った今でも自分たちがナチスと
どう関わったのかという検証はドイツでは頻繁に行われている。その目的は、
自分に鞭を打ち、どれ程自分達が悪かったのかを知ることではなく、例えば、
その当時、公共交通機関が強制労働者を連れて線路を作らせたのではないのか、
また、劣悪な労働環境ではなかったかなど、考えるだけではなく、過去を直視
することによって、一歩前に出て普通の生活ができるようになりたいと皆思っ
ているからである。
(連邦参議院の州代表内の意思決定、両院協議会での意思決定について)
船田議員 ヌスバウム大臣はベルリン州の代表として連邦参議院のメンバーで
もあり、両院協議会のメンバーでもある。連邦参議院のベルリン州の代表は、
ヌスバウム大臣を含め5名いるとのことだが、議会や両院協議会で意見の食い
違いというのはメンバー内で出てくるのか。また、食い違いが出た場合は評決
にはどのような形で加わるのか。
ヌスバウム州財務大臣良い質問を頂戴した。連邦参議院の意思決定において、
州代表の中で意見が食い違った場合、不文律のルールのようなものがある。
例えば、ベルリン州は、キリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)
の連立であるが、連邦は、CDUと自由民主党(FDP)の連立である。このよう
な状況では、ベルリン州のCDUが連邦のCDUが主張することを、飲めない場
合がある。なぜなら、連邦のCDUがAにすると言っても、ベルリン州では、
CDUとSPDが大連立を組んでおり、CDUの連立パートナーであるSPDが反
対して、Bであると主張した場合は、Aを通すことはできない。この場合、ベ
ルリン州は棄権することになる。票は5票あるが、これを3対2に分けるとい
126
[ドイツ]
ったことはできないので、ベルリン州としては5票全部Aにするか、5票全部
ノーにするか、あるいは、棄権するしかないということになる。
一方、両院協議会の場合は各州の代表は一人ずつなので、事情が異なる。ベ
ルリン州からは、私一人だけが出席するため、自由に意思決定ができる。また、
評決は秘密投票であり、プレスも入らない。
中根駐ドイツ大使 議事録は30年後に初めて公開される。
ヌスバウム州財務大臣 両院協議会で大げさなスピーチをする必要もないし、
他の議員も私が何を言いたいのかは知っているから、そういった建前抜きにし
て投票することができる。
武正副団長だから妥協が成立するのか。
ヌスバウム州財務大臣 そうだとは思うが、それでも政治的な立場や主義主張
に沿っていくことになる。面白いことが、連邦対州の垂直的な対立になったと
きに時々みられる。州は両院協議会でも、自分の州の利益を追求するが、こと
お金の問題になると対連邦という構図が強くなり、州は団結する。ドイツ語で
よく、「友情関係はお金の話になるとそこで関係終了」とも言われるが、これは、
党内の政治にもよく見られる。
例えば、先ほど、連邦が決めた保障すべき最低水準の生活レベルを実施する
州支出の穴埋めは、最終的に連邦が支出することになったとお話ししたが、そ
の折衝を両院協議会で行っていた2年程前のときのことだ。各州の代表、とり
わけベルリン州は穴埋めのコストは連邦に持ってほしいと思っていた。この両
院協議会に、連立与党の党首であり、州の首相でもある政治家が出席していた。
連立与党の党首として、連邦政府の政府代表の立場である一方、両院協議会に
出席する場合は、州の首相としての立場でもあるため、そこで、その政治家は、
この穴埋めのコストは、連邦が持つべきと考え、自ら所属している政党の方針
に反対した。その結果、最終的に連邦がコストを持つことになったのである。
また、基本法に規定されているものではないが、ドイツでは州の首相を経験
した人は普通ならば連邦の大臣に就ける資格を得たとみなされ、場合によって
は連邦の首相になってもよいと位置付けられる。歴代の連邦首相も各州の首相
経験者がたくさんいる。これは別に決まりではないが、州の首相の経験がある
連邦首相はその経験により、州の首相が何を言いそうかわかるし、州を熟知す
る人が連邦の首相になることが多いのである。
127
[ドイツ]
(連邦財務大臣と州財務大臣の関係)
中谷議員 ドイツは現在、総選挙前であり、ギリシャの債務危機が選挙の争点
になっている。連邦のジョイブレ財務大臣はギリシャには第三次支援が必要だ
と発言したことについて、メルケル首相が火消しをして、この危機を隠してい
たのではないかと問題になっている6。このような状況で、州の財務大臣の立場
として何か異議を申し込むということはあり得るか。
ヌスバウム州財務大臣 各州の財務大臣というのは定期的に会合を開いており、
ジョイブレ連邦財務大臣が出席する場合もある。それとは別に、州財務大臣と
して、いつでも連邦の大臣と話しても良いことになっており、ジョイブレ連邦
財務大臣とも頻繁に合う機会がある。実は以前、私は会議で喧嘩とまでは言わ
ないが、ジョイブレ大臣とぶつかったことがある。というのは、ユーロ支援に
関してジョイブレ大臣の行うことに賛成できないからだ。もちろん掴み合いに
なるようなことはないが(笑)。総選挙の前に国民に対してギリシャに沢山の支
払いが必要であると明言する政府はいないと思う。ただ、私としては、ここま
でドイツが支援してきているのだから、追加支援が必要と言っているのに、こ
れをせずに今までの支援を無にすることはよくないと考えている。
中谷議員 ではそのジョイブレ財務大臣の発言について責任を追及するという
ことか。
ヌスバウム州財務大臣 そのようなことはない。これは、首相と財務大臣の計
算済みの役割分担なのだろう。同じようにベルリン州の首相であるヴォーヴェ
ライト氏が非常に受けのよいことを言って、私はいつも財務大臣として嫌われ
ることをやっている(笑)。しかし、首長は選挙に勝たなくてはならないから当
然である。首長は選挙されるが私は任命されるだけだからだ。同じように連邦
首相も首相、党首として選挙に勝たなくてはならない使命をもっている。ジョ
イブレ大臣は議員ではあるが、それでも大臣としては任命されている立場であ
る。したがって、このような役割分担はあって当然だと思う。
6ジョイブレ独財務相は、8月20日、ギリシャに対し第三次支援を実施することが必要に
なるとの見解を示した。ジョイブレ財務相はこれまで現行の支援プログラムが終了する
2014年末以降、新たな支援を検討する必要が生じる可能性があるとする一方、追加支援が
不可避との見解を示したことはなかった。これに対し、メルケル首相はインタビューでも
ギリシャをめぐる憶測の払拭に努め、「ギリシャに対する新たなヘアカット(債務元本の
削減)は見込んでいない。われわれは一歩ずつ前進している。ギリシャに多くの変革が必
要であることは間違いないが、前進も明確であり、われわれはそれを認識している」など
としている(ロイター通信、2013年8月21日)。
128
[ドイツ]
中谷議員 「政治」がよくわかった(笑)。
武正副団長 本日は貴重なお話をいただき感謝申し上げる。
以上 』



