全体主義が成功するためには、人々に、ある主義を信奉させようとするのは迂遠。
https://st2019.site/?p=21555
『※ハンナ・アレントいわく。全体主義が成功するためには、人々に、ある主義を信奉させようとするのは迂遠。
それよりも、《この世には悪と善の違いなどない》と思わせてしまうのが早い。
それには、何が真実で、何がフェイク情報なのかを、わからなくしてやることが、近道なのである。』
全体主義が成功するためには、人々に、ある主義を信奉させようとするのは迂遠。
https://st2019.site/?p=21555
『※ハンナ・アレントいわく。全体主義が成功するためには、人々に、ある主義を信奉させようとするのは迂遠。
それよりも、《この世には悪と善の違いなどない》と思わせてしまうのが早い。
それには、何が真実で、何がフェイク情報なのかを、わからなくしてやることが、近道なのである。』
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ケンブリッジ・アナリティカ[1]
Cambridge Analytica本社所在地 イギリスの旗 イギリス ロンドン[1]
55 New Oxford Street
設立 2013年[1]
代表者 アレクサンダー・ニックス
支店舗数 ワシントンD.C.、ニューヨーク、ブラジル、マレーシア[1]
外部リンク https://cambridgeanalytica.org/
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ケンブリッジ・アナリティカ(英語: Cambridge Analytica Ltd : CA )は、かつて存在したデータマイニングとデータ分析を手法とする選挙コンサルティング会社である。
事務所は米国とイギリスに置いていた。スティーブン・バノンは、かつて役員会のメンバーであった。
2016年6月に実施されたイギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票や、2016年11月に実施されたアメリカ合衆国大統領選挙において、いずれも勝者側が利用した選挙コンサルティング会社として注目された。
しかし一方で効果を疑問視する声があり、さらにデータ収集や広告の手法についてプライバシーや情報操作の懸念も指摘されている[要出典]。
フェイスブックの個人情報流出問題で情報の不正取得が疑われていたが、2018年5月2日、関連会社とともに破産手続きを申請したことを発表し、同日付で全ての業務を停止した。
同社は声明で「この数カ月、数多くの根拠のない批判の的にされてきた」と不正を改めて否定したが、問題が報じられて以降顧客離れが止まらず、事業継続が困難になったという[2]。
批判
2016年アメリカ合衆国大統領選挙でのロシアの介入への調査
2017年5月18日、タイム・マガジンは合衆国議会がロシアゲートに関連してケンブリッジ・アナリティカを調べていることを報じた[3]。ケンブリッジ・アナリティカが自身の持つマイクロターゲッティング処理能力を使ってロシアのプロパガンダ流布を調整したかもしれない、としている[3]。
ドナルド・トランプの大統領選挙活動のデジタル戦略のチーフであったブラッド・パースケール氏が下院情報問題常設特別調査委員会の任意の証言に応じ、証言した。
証言によれば「(トランプ大統領戦について)ロシアの関与には全く気づかなかった」とし、戦略で使った手法については「アメリカの企業が毎日のように使っているデジタルマーケティング戦略を採用した」、と証言した。
また同氏はケンブリッジ・アナリティカはトランプのデジタル遊説活動においてフェイスブック、グーグルそれとツイッターから提供された優秀なデジタルマーケティング活動の専門家スタッフたちと協同して働き、自身の立ち上げたブランディング会社のチーム・共和党全国委員会とともに選挙で勝利を収めた。」とも証言した[4]。
2017年8月4日、マイケル・フリンは、2016年のトランプの選挙運動期間にケンブリッジ・アナリティカとの協定においてアドバイサー役を果たしたことを反映するように公的財務報告を修正した。
なお同氏はロシア人の当局者との接触の嫌疑により米国の対情報機関によって調査中である[5][6]。
影響についての評価
アメリカの政治学者の多くは、ケンブリッジ・アナリティカが「マイクロターゲッティング (microtargetting)」と呼称する手法の投票者に対する効果について、非常に懐疑的である。
この手法「マイクロターゲッティング」においては、特定のグループに分類された人々の行動や興味・関心、意見等をデータ解析によって予見し、そこから彼らにとって最も効果的な反応を引き出すメッセージが発信される[7][8][9]。
これに対して政治学者たちは、このようなデジタルデータへのアクセスによって得られる結果は、公表されている投票者のデータから抽出される情報以上に有意味的なものではなく、また特に投票者の意向が移り変わってゆく場合に、限定的な価値しか持たないと反論する[8]。
従って、個人の類型を基にして政治的な価値観を推測するのは困難であり、こういった個人の類型を基に投票者に送信されるメッセージは、得てして標的を誤ることになりがちであるという[8]。
ダートマス大学のブレンダン・ナイアン教授(政治学)の議論によれば、多くの有権者は既にある政党や候補者の固定的な支持者である以上、その意向を変えるというのはきわめて困難である。
結果的には、ただ単に固定的な支持層を結集するほうがはるかに容易であるとする[10][8]。
選挙運動におけるマイクロターゲッティングに関する著書があるタフツ大学のアイタン・ハーシュ准教授(政治学)は、「サイコグラフィックス(psychographics)等の(ケンブリッジ・アナリティカによる、あるいはケンブリッジ・アナリティカについての)あらゆる主張は、たわごとに過ぎない」と、このような手法やその効果に対する強い疑念を顕わにしている[11]。
2017年にケンブリッジ・アナリティカは、2.2億人の合衆国の心理的プロファイルは5000の分かれたデータ・セットに基づいていたことを主張した[12]。
2017年3月にはニューヨーク・タイムズはケンブリッジ・アナリティカが自身の能力を誇張したと報じ、「ケンブリッジ・アナリティカの幹部は現在、同社がトランプの選挙運動において決してサイコ‐グラフィックス[訳注 1]を使用したことは一度もないと認めている。」とも報じた[13]。
トランプの支持者らもまた運動での「たいしたことのない」そして会社の影響がなんらのサイコグラフィックスを含まないことはないものとして描く、ケンブリッジ・アナリティカの役割を議論した[13]。
ニュー・ヨーク・タイムズはケンブリッジ・アナリティカのサイコグラフィック・モデルがテッド・クルーズの支持者のように識別するのを失敗した後にクルーズの大統領選挙の運動がそれを使うことを止めたことも報じた[13]。
アメリカ大統領選挙やイギリスEU離脱国民投票などへの広がるデータ会社の心理作戦によって決定されたことが議論された。
それはまな板のの水のように流れ易い投票有権者による二つの選挙でのこのような技術が可能性としてある疑いを越える。
3つの州の80,000の投票によって大統領選の運動は選挙人の大学の教職員や学生に勝利し、2パーセントのイギリスの投票者たちによってEUの国民投票は決定した[12]。
プライバシーに関わる問題
利用者の精巧な人格モデルを作成するために周知や許可なしに収集した個人情報を利用することは倫理的問題、プライバシー上の問題(英語版)を引き起こす[14]。
ケンブリッジ・アナリティカは合衆国で事業運営されているが、より厳格なプライバシー法(英語版)をもったヨーロッパであればその運営は違法となる可能性が高い[15]。
クルーズは政府からの個人情報の保護について積極的に発言しているがケンブリッジ・アナリティカのデータベースで彼は「政治的投票者の監視者」と表現されている[15]。
フェイスブック利用者に対するケンブリッジ・アナリティカの振る舞いに関して、ケンブリッジ・アナリティカの広報の一人は、利用者はプロバイダによるサインアップ時に許可を与えているとしているが、一方でフェイスブックは「人々に誤解をさせること、情報の悪用」はフェイスブックの規約に違反すると明言している。
2015年、フェイスブックはこの問題について調査中であるとした[14]。
2018年3月にフェイスブックが発表したところによると不適切な方法で収集されたフェイスブック利用者のデータをStrategic Communication Laboratoriesのアカウントが削除することに失敗した疑いがある[16]。
アレクサンダー・ニックスが、関心のある問題についてのメッセージを受けとれるのだからデータの集積とマイクロターゲッティングは投票者の利益になると指摘する一方、デジタル権保護の活動家たちは個人が「(それに)ついて闇の中におかれ」、コントロールできない間にプライベートな情報が収集、蓄積、共有されることを懸念している[17]。
人々は自ら納得づくかそれとも操られているのか
「フィルターバブル」も参照
確信の証拠の提示と対象の操作の事柄による納得させる事項から受け入れる思考へこれを横切るものとして組織についての関心が持ち上がる[18]。
それは組織的な行動(英:organizational behavior)について研究する社会学者のマイケル・カジンスキー(英:Michal Kosinski)によって取り上げられた。
彼は以前はケンブリッジ大学の心理学部の研究者であって2017年に「納得している人々と彼らの操作との関連は乏しい」と宣言したときスタンフォード大学経営大学院の組織的な行動の助教授だった[18]。
関連項目
カタリスト (企業)(英:Catalist)[訳注 2]
サイバス・アナリティックス(英語版)(英:Civis Analytics)[訳注 2]
データ・ドレッジング(英語版)(英:data dredging)
ダン・ワグナー (データ科学者)(英語版)(英:Dan Wagner)
ザ・グランドウォーク(英語版)(英:The Groundwork)[訳注 2]
ハーパー・リード(英語版)(英:Harper Reed)
群集行動(英語版)
ミハエル・スラビー(英語版)(英:Michael Slaby)
ORCA (コンピューター・システム)(英語版)
ハウディニ計画(英語版)(英:Project Houdini)
ナワル計画(英語版)(英:Project Narwhal)
予報的分析(英語版)
サイコグラフィック
右翼
ニューヨーク大都市圏のハイテク企業(英語版)
脚注
[脚注の使い方]
^ a b c d “ケンブリッジ・アナリティカとは”. 日本経済新聞 (2018年3月21日). 2018年3月21日閲覧。
^ “英選挙コンサルが破産=FB情報不正入手の疑い”. 時事通信. (2018年5月3日) 2018年5月3日閲覧。[リンク切れ]“"FB個人情報流出 不正疑惑の英企業が全業務停止 破産申請へ 米大統領選と英国民投票に利用?"”. 産経新聞社. (2018年5月3日) 2019年7月8日閲覧。
^ a b Calabresi, Massimo (2017年5月19日). “Inside Russia's Social Media War on America”. 2017年8月8日閲覧。
^ “Trump campaign's digital director agrees to meet with House Intel Committee”. ポリティコ (2017年7月14日). 2017年8月8日閲覧。
^ https://www.wsj.com/articles/u-s-eyes-michael-flynns-links-to-russia-1485134942
^ https://www.nytimes.com/aponline/2017/08/04/us/politics/ap-ustrump-russia-probe-flynn.html
^ Mayer, Jane (2017年3月17日). “The Reclusive Hedge-Fund Tycoon Behind the Trump Presidency”. The New Yorker. ISSN 0028-792X 2018年3月20日閲覧。
^ a b c d “Cambridge Analytica's Facebook data abuse shouldn't get credit for Trump”. The Verge 2018年3月20日閲覧。
^ Trump, Kris-Stella (2018年3月23日). “Analysis | Four and a half reasons not to worry that Cambridge Analytica skewed the 2016 election” (英語). Washington Post. ISSN 0190-8286 2018年3月23日閲覧。
^ Nyhan, Brendan (2018年2月13日). “Fake News and Bots May Be Worrisome, but Their Political Power Is Overblown”. The New York Times. ISSN 0362-4331 2018年3月20日閲覧。
^ “Cambridge Analytica Was Doing Marketing, Not Black Magic”. Reason. (2018年3月19日) 2018年3月19日閲覧。
^ a b Fovind Krishnan V. (June 3,2017). “Aahaar in the head of psies Big Data, global surveillance state and the identity project”. Fountain Ink Magazine 2017年8月27日閲覧。
^ a b c Confessore, Nicholas; Hakin, Danny (2017年3月6日). “Data Firm Says 'Secret Sauce' Aided Trump; Many Scoff”. The New York Times. ISSN 0362-4331 2017年3月7日閲覧。
^ a b Davies, H (2015年12月11日). “Ted Cruz using firm that harvested data on millions of unwitting Facebook users”. Guardian 2016年2月7日閲覧。
^ a b Michael Biesecker, Julie Bykowicz (2016年2月11日). “Cruz app data collection helps campaign read minds of voters”. Associated Press 2016年2月13日閲覧。
^ Dwoskin, Elizabeth (2018年3月16日). “Facebook bans Trump campaign's data analytics firm for taking user data”. The Washington Post. "Facebook said it was suspending the accounts of Strategic Communication Laboratories, the parent company of Cambridge Analytica, as well as the accounts of a University of Cambridge psychologist Aleksandr Kogan, and Christopher Wylie of Eunoia Technologies, Inc. Cambridge Analytica, a firm specializing in using online data to create voter personality profiles in order to target them with messages, ran data operations for Trump's presidential campaign."
^ “Trump Campaign Pays Millions to Overseas Big Data Firm”. NBC News (November 4,2016). November 5,2016閲覧。
^ a b Mayer, Jane (March 27, 2017). “The Reclusive Hedge-Fund Tycoon Behind the Trump Presidency: How Robert Mercer exploited America's populist insurgency”. The New yorker., Reporter at Large
訳注
^ 消費者を心理的属性をもとに説明するための手法のこと。
^ a b c いずれも企業名を表す固有名詞。英語版では今のところ簡単な説明だけの記事が多い。
外部リンク
公式ウェブサイト
「本当にトランプ大統領誕生に貢献したの?『ケンブリッジ・アナリティカ』の真実|BuzzFeed Newsを読み解く」勝つ!政治家.com,2017年3月7日
「英国離脱とトランプ当選。世界をひっくり返したビッグデータ会社を畏怖せよ」GIZMODO,2017年2月13日
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2013年設立の企業2018年廃止の企業アルゴリズム制イギリスの欧州連合離脱経営破綻した企業選挙コンサルタント選挙運動技術調査会社データ管理データ分析データマイニングトランザクション処理ビッグデータ分散コンピューティング問題ロンドンの企業かつて存在したイギリスの企業
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トランプ大統領を生んだ「ケンブリッジ・アナリティカ事件」とはなにか?
https://www.tachibana-akira.com/
※ そう言えば、そういう事件もあったな…。
『2016年は現代史に長く記憶される2つの大きな政治的事件が起きた。
いうまでもなく、イギリスの国民投票でのEU離脱(ブレグジット)とアメリカのトランプ大統領誕生だ。
選挙コンサルティング会社であるケンブリッジ・アナリティカは違法に収集した有権者の個人データを使って両者の選挙結果を操り、「(リベラルにとっての)災厄」をもたらした悪の元凶としてはげしく非難され、この「データゲート事件」によって2018年に会社は消滅した。』
『本書の原題は“Targeted: The Cambridge Analytica Whistleblower’s Inside Story of How Big Data, Trump, and Facebook Broke Democracy and How It Can Happen Again”(『ターゲットにされて ケンブリッジ・アナリティカ内部告発者のインサイドストーリー。ビッグデータ、トランプ、フェイスブックはどのように民主政を破壊し、それはどのようにもういちど起きるか』)。Targetedとは、自分がターゲットにされたことと、ケンブリッジ・アナリティカが有権者をターゲットに選挙結果を操作していることをかけているのだろう。』
野ざらしを心に風のしむ身哉(かな) ― 芭蕉
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/b09646/
※ 今日は、こんな所で…。

「しにもせぬ旅寝の果(はて)よ秋の暮」
『 俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第46回の季題は「身にしむ」。
野ざらしを心に風のしむ身哉(かな) 芭蕉
(1684年作、『野ざらし紀行』所収)
芭蕉は41歳の8月に江戸を出発して、故郷の伊賀上野(現在の三重県伊賀市)を目指しました。そのついでに東海地方や関西の各地を歩き、翌年初夏に江戸に戻るまでの旅をまとめたのが『野ざらし紀行』です。その冒頭のこの句は芭蕉の旅立ちの覚悟を述べています。
「野ざらし」は髑髏(どくろ)、言い換えればシャレコウベのこと。旅に相当の危険が伴っていた当時、野山で命を落とすことも珍しくありませんでした。「野ざらしを心に」とは、「行き倒れて白骨化することを想像しながら」ということです。
「身にしむ」は秋の季語で、冷気が身体に染み込む感覚を表します。この句では「風のしむ身哉」と作り、「秋風に吹かれるので体が冷えて仕方がないよ」と言っています。
「心」と「身」は人間を内側と外側を分ける一対の概念ですが、自分の存在をわざわざ二つに分けて捉えたところが俳諧的です。心の中に自らの白骨死体を思い描く時、心理に影響されて肉体は秋風をひときわ冷たく感じるというのです。
出発からひと月半後の9月末、芭蕉は美濃(現在の岐阜県南部)の大垣に着いて、「しにもせぬ旅寝の果(はて)よ秋の暮」(死ぬかもしれない旅寝の果てに、どうやら生きながらえて旅先で秋の終わりを迎えた)と詠んでいます。『野ざらし紀行』は「旅は死と隣り合わせ」といった主題が強調された紀行文です。
バナー写真:PIXTA
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俳句 芭蕉
深沢 眞二FUKASAWA Shinji経歴・執筆一覧を見る
日本古典文学研究者。連歌俳諧や芭蕉を主な研究対象としている。1960年、山梨県甲府市生まれ。京都大学大学院文学部博士課程単位取得退学。博士(文学)。元・和光大学表現学部教授。著書に『風雅と笑い 芭蕉叢考』(清文堂出版、2004年)、『旅する俳諧師 芭蕉叢考 二』(同、2015年)、『連句の教室 ことばを付けて遊ぶ』(平凡社、2013年)、『芭蕉のあそび』(岩波書店、2022年)など。深沢了子氏との共著に『芭蕉・蕪村 春夏秋冬を詠む 春夏編・秋冬編』(三弥井書店、2016年)、『宗因先生こんにちは:夫婦で「宗因千句」注釈(上)』(和泉書院、2019年)など。 』
中国の反知性主義政策が盤石らしい証拠
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/32566543.html
『共産党政権と言えば、漏れなく付いて来るのが反知性主義政策です。面白い事に、共産革命を起こして、政権を取り、建国するのは、例外無く「裕福な家庭に産まれたインテリ」です。毛沢東は、その地方で富農と呼ばれていた家に産まれました。富農と地主は、ちょっと違っていて、自分で土地も所有しているのですが、主に金貸しや、農村の中での小売、卸売など、副業で財産を築いた者を指します。
レーニンの家庭は、富豪ではありませんでしたが、父親が中学校校長、国民学校視学官を努めた教育者の家の3番目の子供として産まれ、ペテルブルグ大学へ進学し、優秀な成績で国家検定試験にも合格しています。しかし、すでに、この頃から共産思想に染まって、自身の思想を本にして出版したり、学生運動にも参加していたので、在籍していたカザン大学を退学になり、後にシベリアへ追放されています。
スターリンは、靴職人の息子として産まれ、事業が成功していた時には、10人も職人を雇うくらい繁盛していました。しかし、その後、伝統的な靴に対する需要が減って、経済的には苦境に陥ります。後に、奨学金を得て神学校に進み、非常に成績は優秀でした。しかし、在学中に神学に対する興味を失い、禁書扱いされていたカール・マルクスの資本論を読む事で、共産思想に染まります。後に、自身は無神論者であると話しています。
カンボジアのポル・ポトは、僧侶になる為に寺に出され、私立の名門校に入学しています。奨学金を得て、当時のカンボジアの宗主国であるフランスのパリに留学しています。ここで、共産思想に触れて、感化されます。
貧富については、親ガチャな部分があるので、必ずしも富豪レベルではありませんが、学問に優れたインテリである点は共通しています。そして、これこそが、彼らが権力を握った時に、反知性主義である一つの理由です。
つまり、自分達が革命を成し遂げる事ができたのは、新しい思想に触れたり、考え出したりして、それまでの体制に反旗を翻したからです。もし、自分達の権力が打倒されるとしたならば、同じように、自分の頭で考える事ができるインテリの中から指導者が現れ、人々を率いて反旗を翻すはずだと考えます。その為、体制というものが絶対不可侵で、変化させる事ができないモノであると洗脳する必要があります。なので、「労働」を神聖視し、その他の事は考えさせない事が権力維持に不可欠と考えます。その為、自分達が高学歴のエリートであるにも関わらず、国民が本を読む事を嫌い、教育者を迫害の対象とするわけです。
特に、原始共産主義を唱えたポル・ポトは、都会から一切の国民を追い出し、強制的に僻地の開梱に従事させました。農業以外の労働を認めないという極端な政策で、国民の選択の自由を奪う事で国家体制を盤石にしようとしたのです。そして、子供を親から引き離し、国家が運営する施設で教育から全ての生活を管理し、「お前たちは、新しい人類である。旧弊な親達の存在を軽蔑しろ」と教え込みました。なので、ロクに医学の知識も無い子供が、医者として治療に当てられました。「新人類なら、このくらいできるはず」という理屈です。もちろん、デタラメな治療で、多くの人が死にました。
これは、権力を手に入れた側が、恐らく共通で到達する結論です。なので、習近平氏も父親が毛沢東に失脚させられて、自身も煮え湯を飲むような迫害を紅衛兵に受けたにも関わらず、個人崇拝を進める事で、権力基盤を固めようとしてきます。これは、何も共産国家に限った話ではありません。
例えば、ブッシュ大統領時代、金融系企業は、多額の献金をする事で、後にサブ・プライムローン問題の原因になる政策を引き出し、ペナルティーの無いデタラメな金融商品を売りまくり、世界経済を巻き込む破綻が起きるまで、我が世の春を謳歌していました。その時、ウォール街の大企業で言われていたのは、「今の政権がずっと続いてほしい。心配があるとすれば、選挙で政権が変化する事だ。なんとかして、国民から選挙権を取り上げる事はできないか」という相談でした。これ、証言が出ている信憑性の高い話です。つまり、当時の金融業界の上層は、ぬるま湯の金融政策が続くのに障害になる、民主主義の根幹でもある選挙を、自分達にとって害のあるものと考えていたのです。
また、この手の話は、左翼系の思想家が良く使うレトリックですよね。「無知な大衆に選挙権など与えても社会は良くならない。そもそも、我々が政権につけない時点で、選挙という制度の欠点は明らかだ。超法規的手段で政権を奪取するしか社会を救えない。つまり、革命だ」単なる、独りよがりの思い込みなのですが、自分達が権力を取れない事をもって、民主主義や選挙を欠陥のある制度と決めつけて、暴力革命で世の中のルールをひっくり返そうという論理です。それで、実際に社会が改善された例を、私は知らないのですがね。
まぁ、こういうロジックは、自分で汗をかくことなく、結果だけ欲しがる輩に良く見られる行動です。今、環境活動家が、美術館の名画に塗料をぶっかけたり、観光名所の噴水に黒い液体を流し込んだり、両手を接着剤で道路に固定して、交通妨害をしたりという手段で、意味の無い抗議活動をしていますが、ようは無名の人物として埋もれる事に我慢できない人間が、ごくごくニッチな部分に狭窄した価値観を見出して、とにかく周りに認知される事を目的に奇行を行うという、パーフォーマンス以外の何者でも無い愚行です。それ自体は、迷惑なだけで、彼らの言う主張に対して、何の貢献もしていません。
で、今の時代に中国がシタタカに大衆操作をしている事を、証明する社会現象が出てきています。一つは、宝くじの大ブームです。不況になると流行ると言われている宝クジですが、胴元である政府に献金しているようなものです。実際、「不満が出ない税金」と呼んでいます。還元率が発行元の匙加減で決まっているので、胴元は絶対に利益が出て、少数の当選者以外は、損をするように設計されているのが宝くじです。なので、自ら進んで払ってくれる税金のようなものです。
これ、裏を返せば、個人の努力や工夫で、経済的にどうにもならないから、運まかせで豊かになろうという思考の現れですよね。つまり、宝くじが流行する裏には、「現体制は絶対に変わらない」という強固な思い込みがあるという事です。すなわち、そう洗脳した共産党の勝利とも言えます。反抗したり改革しようするより、天運に任せるという思考は、共産党的には願ったり叶ったりです。
そうして、もう一つの流行は、寺へのお参りブームです。特に若い世代に顕著です。自分の叶えたい願望を、神頼みで成就しようと、大勢の参拝客が寺に押しかけています。全国的に有名な寺なら、入場料だけで、年間で60億円とか稼ぐ勢いです。更に、寺の中では、開運グッズとか縁起モノとか売っていますので、恐らく年間の利益は100億は下らないでしょう。で、この大部分は共産党が召し上げます。聞いた話だと7割は、持っていくそうです。その代わり、宗教が天敵と考えている共産党が、寺の存在に目をつぶるという関係性です。共産党の集金マシーンになっている限り、寺の存在を許してやるからショバ代を払えという事です。
かつては、紅衛兵が暴れ回って、経典を焼き、仏像を破壊された寺が、これだけのブームになるというのは、願いを叶える為には、社会を改革するのではなく、神に願うしかないと、案外本気で若い世代まで考えている結果です。人々が、こう考えている限り、共産党は安泰なので、これは大衆操作が、とても成功している証拠になります。しかも、結果として、共産党の政策で酷い目にあわされているのに、共産党が潤っています。
こうして観察すると、引いた目線では愚かに見える中国政府も、国民の大衆操作という意味では、実に成功している事が判ります。これは、バカじゃできないのですね。やはり、幹部辺りまで行くと、それなりに頭の切れる連中が揃っている事が判ります。
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タグ :中国 大衆操作 反知性主義 』
アメリカ人はカルト空間に閉じ込められているのか
https://www.tachibana-akira.com/
※ 一部を抜粋して、紹介する。
※ 考え方の違い → 文化の違い → ”気質”の違い → ”DNAタイプ”の違い…、というような話しだ…。
※ 相当に参考になると思うので、是非一読をオススメする…。
※ むろん、「十人十色」だから、そういう「遺伝的なもの」に由来する「違い」は、あるんだろう…。
※ しかし、「地理的な条件」に由来する「違い」は、どう位置付けるんだ…。
※ オレとしては、「地理と歴史の力」の影響は大きい…、という立場に立ちたいな…。
『1995年の地下鉄サリン事件のとき、雑誌編集者として何人かのオウム真理教の信者から話を聞いたことがある。事件に関与した教団幹部ではないが、いずれも20代後半から30代前半で、国立大学か有名私立大学を卒業し、その多くは大手企業に就職した経験があった(もっとも高学歴だったのは東京大学大学院修士課程在学中の在家信者だった)。
教団は当時、世界はフリーメーソンによって支配されており、自分たちは米軍とCIAから毒ガス攻撃を受けているとの奇怪な主張をしていたが、彼らは(私が会ったのは全員が男性信者だった)露骨な「陰謀論」を口にすることを慎重に避けていた。とはいえ言葉の端々から、自分たちが「世界の秘密(神秘体験)」を知った“選ばれた人間”だという意識がはっきり感じられた。
そんな彼らの話を繰り返し聞いているうちに、この賢い若者たちは「カルト空間」に閉じ込められているのではないかと思うようになった。本人は理路整然と話しているつもりでも、思考の根拠が歪んでいるので、会話はどこか妄想めいたものになってしまうのだ。もっともそのことは自分でもわかっているらしく、「この世界こそが妄想だ」というポストモダン的な相対主義へと議論は向かっていくのだが。』
『アメリカはファンタジー(魔術思考)に支配されてきた
「アメリカ人がカルト空間に閉じ込められている」というのは、私の思い込みというわけではない。2016年のトランプ大統領誕生後に刊行され、大きな話題となった『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』( 山田美明、山田文訳、東洋経済新報社)で、作家のカート・アンダーセンは、アメリカという国は「自分たちだけのユートピア」を求めて故郷を捨てたピルグリム・ファーザーズという「常軌を逸したカルト教団によって建設された」と述べている。
それ以来500年のあいだ、アメリカは「ファンタジー(魔術思考)」に支配され、ひとびとはしばしば「狂乱」に陥った。そうした歴史を顧みるならば、真実(トゥルース)を否定する大統領の登場はなんら驚くようなことではなく、むしろ必然だったとアンダーセンはいう。
17世紀、アメリカ=新世界はヨーロッパ人にとって「空想の場所」であり、「熱病が生み出す夢、神話、楽しい妄想、幻想の場所」だった。新世界を目指す者たちは「スリルと希望に満ちたフィクションを信じるあまり、この夢が叶えられなければ死ぬ覚悟で、友人、家族、仕事、分別、イングランド、既知の世界など、あらゆるものを捨てて旅に出た。そして大半が本当に死んだ」。』
『だとしたら、夢に駆り立てられて大西洋を渡ったヨーロッパ系アメリカ人の祖先は、母集団である平凡なヨーロッパ人と比べてなんらかの性格的なちがいがあるのだろうか。大多数のひとたちは、同じような困難な境遇にありながらも、故郷にとどまることを選んだのだから。
パーソナリティ心理学は、こうした性格傾向(特性)を「外向性/内向性」と「経験への開放性」で説明する。』
『パーソナリティ心理学は、こうした性格傾向(特性)を「外向性/内向性」と「経験への開放性」で説明する。
「外向性/内向性」は近年では、性格的に明るい(陽気)か暗い(陰気)かではなく、刺激に対する感度(覚醒度)のちがいとされる。外部から五感に一定の刺激を受けた時、外向性パーソナリティでは脳が反応する閾値が高く(感度が鈍く)、内向性パーソナリティでは閾値が低い(感度が高い)。』
『脳の覚醒度には心地よく感じる一定の範囲があり、そこから外れることを嫌って無意識に(自動的に)刺激を調整しようとする。外向的なひとは最適な閾値に対して脳が低活動なことが多く、刺激が足りないと感じているから、見知らぬひとたちが集まるパーティ、大音響でアップテンポの曲が演奏されるライブハウス、危険なスポーツや不倫のようなあやうい恋愛に魅かれるだろう。
一方、内向的なひとは最適な閾値に対して脳が活動過多なことが多く、強い刺激を苦手にするから、パーティやクラブを避け、一人で読書をしたり、クラシック音楽を聴くのを好み、決まったパートナーと長く暮らすか、あるいは独身を貫くかもしれない(刺激に対して極端に感度が高いパーソナリティは、最近は「繊細さん」と呼ばれる)。
「経験への開放性」は新しもの好き(新奇性)のことだとされていたが、これもいまでは「意識の解像度のちがい」だと考えられている。開放性の高いひとは解像度が低く、さまざまな(余分な)情報が意識に流れ込んでくる。開放性の低いひとは解像度が高く、意識の焦点が合っている。』
『「旅人遺伝子」の謎
「陽気で活動的で、つねに新しいことにチャレンジする」というアメリカ人のステレオタイプは、パーソナリティ心理学の「外向性」と「経験への開放性」にぴったり重なる。「経験への開放性」は芸術的な感性やイノベーションと結びついており、それがアメリカを、映画や音楽など魅力的なエンタテインメントを生み出したり、シリコンバレーから続々とベンチャー企業が誕生する「夢の国」にしたのかもしれない。だがその一方で「経験への開放性」は妄想的傾向の指標ともなり、その値が極端に高いと(意識の解像度が低すぎると)統合失調症と診断される。
行動遺伝学によると、性格的傾向のおよそ半分は遺伝で、残りの半分は環境で説明できる。アメリカで起きる常軌を逸した(ように見える)出来事の背後には、なんらかの「生得的」なものがあるらしい。
じつは同じような印象を、オウム真理教の信者にも感じた。彼らはもちろん「異常」などではなく「ふつうの若者たち」だったが、そこには一定の性格的な傾向があった(すくなくともそのように感じた)。それを当時は「夢を見ているような」と表現したが、まさに「経験への開放性が高い」パーソナリティだ。オウム真理教がその特異な教義によって「妄想的」な若者たちを選択的に引き寄せいていたと考えれば、信者たちに抱いた私の困惑をうまく説明できる。』
『「旅人遺伝子」の謎
「陽気で活動的で、つねに新しいことにチャレンジする」というアメリカ人のステレオタイプは、パーソナリティ心理学の「外向性」と「経験への開放性」にぴったり重なる。「経験への開放性」は芸術的な感性やイノベーションと結びついており、それがアメリカを、映画や音楽など魅力的なエンタテインメントを生み出したり、シリコンバレーから続々とベンチャー企業が誕生する「夢の国」にしたのかもしれない。だがその一方で「経験への開放性」は妄想的傾向の指標ともなり、その値が極端に高いと(意識の解像度が低すぎると)統合失調症と診断される。
行動遺伝学によると、性格的傾向のおよそ半分は遺伝で、残りの半分は環境で説明できる。アメリカで起きる常軌を逸した(ように見える)出来事の背後には、なんらかの「生得的」なものがあるらしい。
じつは同じような印象を、オウム真理教の信者にも感じた。彼らはもちろん「異常」などではなく「ふつうの若者たち」だったが、そこには一定の性格的な傾向があった(すくなくともそのように感じた)。それを当時は「夢を見ているような」と表現したが、まさに「経験への開放性が高い」パーソナリティだ。オウム真理教がその特異な教義によって「妄想的」な若者たちを選択的に引き寄せいていたと考えれば、信者たちに抱いた私の困惑をうまく説明できる。
もちろん、ある社会現象を「遺伝的」あるいは「生得的」な要素に還元することは慎重でなければならない。「アメリカ」と「オウム真理教」を同列に語るのならなおさらだ。』
『アメリカの精神医学者ダニエル・Z・リーバーマンは、ライターのマイケル・E・ロングとの共著『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』( 梅田智世訳、インターシフト)で、「旅人遺伝子」についての興味深い議論をしている。
1996年、イスラエルの研究者リチャード・エプスタインが4番目のドーパミン・レセプターを発見した。DRはドーパミン・レセプター(受容体)の略で、D1DRからD5DRまで5種の亜型が存在する。このうち4番目のD4DRは認知や情動との関連が強い大脳皮質や中脳辺縁系に集まっており、新奇性(新しいものや変わったもの)追求の傾向に関係するとされる。
このD4DRの第3エクソン(遺伝子をコードする部分)は繰り返し回数に個人差があり、2~12回の多型がある。エプスタインの発見が注目されたのは、繰り返し回数が6回以上のグループと、5回以下のグループで新奇性追求に有意な個人差があることが示されたからだ。この繰り返し回数(エクソンの長さ)は4回と7回が多いため、短いグループを4R、長いグループを7Rと呼ぶこともある。
D4DR-7Rの遺伝子タイプは脳内のドーパミン活動量が多く、「退屈への耐性が低く、新しいものやめずらしいものならなんでも追い求める。衝動的、探索的、移り気、興奮しやすい、浪費癖といった傾向を示すこともある」とされる。それに対してD4DR-4Rの遺伝子タイプは「内省的、頑固、誠実、禁欲的、気長、質素である傾向が強い」。このちがいは政治イデオロギーにも影響し、新奇性を追求する7Rは「リベラル」で、新奇性を避ける4R は「保守」になる傾向があるともされる。
この説はいまだ完全に立証されてはいないものの、2つの遺伝子タイプは「経験への開放性」パーソナリティと一致する。保守的な4R が故郷に残り、夢を実現するためにリスクを恐れず海を渡った移民たちには7Rの「冒険家タイプ」が多いのではないだろうか。』
『この疑問はじつは研究されていて、世界では平均して5人に1人が7Rの遺伝子をもっているが、その割合は地域によってかなり異なる。人類発祥の地(アフリカ)の近くにとどまった集団には7R の遺伝子が少なく(4Rの遺伝子が多く)、より遠くまで移動するほど7R 遺伝子の割合が高くなるのだ。』
『アメリカ大陸では、ベーリング海峡を渡って北から南へと旅をした道程と平仄を合わせるように、インディアン/インディオの7R 遺伝子保有比率は北米32%、中米42%、南米69%と高くなっていく。「長いアレル(遺伝子タイプ)を持つ人の割合は、移動距離が1000マイル長くなるごとに4.3ポイント上昇する」のだ。』
『さらに、アメリカでは双極性障害の患者のおよそ3分の2が20歳までに発症するが、ヨーロッパではその割合は4分の1にすぎない。リーバーマンはこれを、「アメリカの遺伝子プールでは(双極性障害の)高リスク遺伝子の密度がほかよりも高い」からだとする。
双極性障害はスペクトラム(連続体)で、重度から軽度に向けて大きく4つのタイプに分けられる。
双極Ⅰ型 うつ状態と躁状態がはっきりとした精神疾患で、典型的な躁うつ病。躁状態では極度のハイパーテンションになり、まったく眠らずに過活動しても疲れを感じず、全財産をギャンブルに注ぎ込んだり、上司に辞表を叩きつけて事業を始めたり、ローンを組んで高額の買い物をしたりする。その病状は、脳内のドーパミン濃度を上げるアッパー系のドラッグによく似ている。
双極Ⅱ型 うつ状態は重度だが、躁は軽躁状態と呼ばれる比較的軽いものになり、場合によっては単極性のうつ病と区別が難しい場合もある(そのため、単極性うつ病から双極性障害へと病態が連続しているとの説もある)。
気分循環症(サイクロサイミア) 軽躁状態と軽いうつのサイクルで、社会生活には問題ないものの、周囲からは「気分が変わりやすい」と思われる。
発揚気質(ハイパーサイミック) うつ状態のない軽躁状態が続くことで、「活動過多(ハイパー)な性格」とされる。 』
『リーバーマンは発揚気質のパーソナリティを、「陽気で気力に溢れ、ひょうきんで過度に楽観的で、過剰な自信を持ち、自慢しがちで、エネルギーとアイデアに満ちている。多方面に広く関心を向け、なんにでも手を出し、おせっかいで、あけっぴろげでリスクを冒すのを厭わず、たいてはあまり眠らない。ダイエット、恋愛、ビジネスチャンス、さらには宗教といった人生の新たな要素に過剰に熱中するが、すぐに興味を失う。しばしば偉業を成し遂げるが、一緒に暮らすと苦労する相手でもある」と描写する。――これはアメリカ人の「自画像」そのものだ。』
『アメリカは「軽躁文化」、日本は「抑うつ文化」
(※ 中略)
脳内のドーパミン濃度が平均より高い「軽躁状態」のひとたちは自己効力感も高い。「人生における成功は、自分ではコントロールできない外部の力に左右されると思いますか?」という質問に「はい」と答えた割合は、ドイツ72%、フランス57%、イギリス41%に対しアメリカは3分の1をわずかに超える程度だという。「自助自立」というアメリカ建国の理念は、たんなるイデオロギーではなく、ハイパーサミックなアメリカ人の気質にぴったり合ったからこそ長く強固に受け継がれてきたのだ。…。』
(※ 以下、省略。)
良源
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E6%BA%90



『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
良源
912年10月15日 – 985年1月26日
慈恵大師坐像(ヒノキ寄木内刳)弘安9年(1286年)蓮妙作。滋賀県愛荘町金剛輪寺(東京国立博物館寄託)重要文化財。
号 (金剛名号)常住金剛
諡号 慈恵
尊称 慈恵大師
元三大師
角大師
豆大師
厄除け大師
生地 近江国虎姫 玉泉寺
没地 坂本弘法寺
宗派 天台宗
師 理仙
弟子 源信
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良源(りょうげん、延喜12年9月3日(912年10月15日) – 永観3年1月3日(985年1月26日))は、平安時代の天台宗の僧。諡号は慈恵(じえ)。一般には通称の慈恵大師、元三大師(がんざんだいし)の名で知られる。第18代天台座主(天台宗の最高の位)であり、比叡山延暦寺の中興の祖として知られる。
また、中世以降は民間において「厄除け大師」など独特の信仰を集め今日に至る。
「定心房(じょうしんぼう)」と呼ばれる漬物を伝授しており、これを沢庵漬けの始祖とする説もある[1]。
略歴
良源は延喜12年(912年)、近江国浅井郡虎姫(現在の滋賀県長浜市)に、地元の豪族・木津(こづ)氏の子として生まれた。幼名は観音丸(日吉丸とも)といった。
12歳の時(15歳ともいう)、比叡山に上り、仏門に入った。
良源は、最澄(伝教大師)の直系の弟子ではなく、身分も高くはなかったが、南都(奈良)の旧仏教寺院の高僧と法論を行って論破したり、村上天皇の皇后の安産祈願を行うなどして徐々に頭角を現し、康保3年(966年)には天台宗最高の地位である天台座主に上り詰めた。
延暦寺は、承平5年(935年)の大規模火災で根本中堂を初めとする多くの堂塔を失い、荒廃していた。
良源が天台座主に就任した康保3年(966年)にも火災があったが、良源は村上天皇の外戚(皇后の実父)である藤原師輔の後援を得て、焼失した堂塔を再建した。
また、最澄の創建当初は小規模な堂だった根本中堂を壮大な堂として再建し、比叡山の伽藍の基礎を造った。
天禄元年(970年)には寺内の規律を定めた「二十六ヶ条起請」を公布し、僧兵の乱暴を抑えることにも意を配った。
ただし、応永16年(1409年)の『山家要記浅略』では、反対に僧兵の創始者とされている[2]。
良源は、比叡山の伽藍の復興、天台教学の興隆、山内の規律の維持など、様々な功績から、延暦寺中興の祖として尊ばれている。弟子も多く、中でも『往生要集』の著者・源信(恵心僧都)は著名である。
朝廷から贈られた正式の諡号(おくりな)は「慈恵」であり、大師号は宣下されていないが、平安時代末期頃には「大師」と呼ばれていた[3]。
また命日が正月の3日であることから、「元三大師」の通称でも親しまれている。
比叡山横川(よかわ)にあった良源の住房・定心房跡には四季講堂(春夏秋冬に法華経の講義を行ったことからこの名がある)が建ち、良源像を祀ることから「元三大師堂」とも呼ばれている。
また、全国あちこちの社寺に見られる「おみくじ」の創始者は良源だと言われている[4]。
角大師・豆大師
元三大師と角大師(『天明改正 元三大師御鬮繪抄』1785年仙鶴堂発行より)
慈恵大師・良源を象った護符には「角(つの)大師」「豆大師」「厄除け大師」など、様々な様式があり、いずれも魔除けの護符として広い信仰を集めている。
角大師
角大師と呼ばれる図像には、2本の角を持ち骨と皮とに痩せさらばえた夜叉の像を表したものと、眉毛が角のように伸びたものの2つのタイプがある[5]。『元三大師縁起』などの伝説によると、良源が夜叉の姿に化して疫病神を追い払った時の像であるという。角大師の像は魔除けの護符として毎年正月に売り出され、比叡山の麓の坂本や京都の民家で貼られた。
豆大師
紙に33体の豆粒のような大師像を表した絵である。慈恵大師(良源)は観音の化身とも言われており、観音はあらゆる衆生を救うために33の姿に化身するという「法華経」の説に基づいて33体の大師像を表したものである。『元三大師御鬮諸鈔』によれば、この像は正確には「魔滅大師」といい、豆粒のように小さいから豆大師と名付けられたという話は正しくないという[5]。
慈恵大師像
「慈恵大師像」と呼ばれる良源の肖像彫刻や画像は鎌倉時代頃の作品が比叡山内の多くの堂や寺院に所在する他、天台系の寺院に多く伝えられる。特に中世に遡る木造の作例が35体も知られており、重要文化財に指定されている像も11体を数え、これは高僧彫刻の中では最も多い。これらの像はいずれも礼拝像として定型化した表現を示しており、やや吊り目で厳しい表情で、手には数珠と独鈷杵(とっこしょ、仏具の一種)を持つのが特色で、不動明王のイメージが重ねられているからだとも考えられている[6]。
慈恵大師坐像(真福寺蔵・重要文化財)
慈恵大師(良源)像の古例
延暦寺(本覚院)像-文永2年(1265年)重要文化財
滋賀・求法寺像-文永4年(1267年)重要文化財
京都・曼殊院像-文永5年(1268年)重要文化財
愛知・真福寺像-文永11年(1274年)重要文化財
延暦寺(黒谷青龍寺)像-弘安9年(1286年)重要文化財
滋賀・金剛輪寺像-弘安9年(1286年)重要文化財、東京・国立博物館に寄託
滋賀・金剛輪寺像-正応元年(1288年)重要文化財
三重・観音寺像-観応2年(1351年)重要文化財
滋賀・玉泉寺像-年代不明(鎌倉時代)重要文化財
平清盛への化身
平家物語巻六の六 慈心坊の事 には、閻魔羅宮に読経僧として参勤した清澄寺の尊恵の体験が書かれている。
尊恵は閻魔王より「慈恵大師(良源)は、天台仏法の擁護者として平清盛に化身し日本国に出現した。」と聞かされる。
平家物語の筆者はこの伝説について「(平清盛たる慈恵大師は)悪業も善根も共に功を積み、世の為人の為に自他の利益をなすと見えたり。」として評価している。
慈恵大師(良源)を祀るおもな寺院
群馬県前橋市-龍蔵寺(青柳大師) 大祭:1月3日
栃木県足利市-寺岡山元三大師(寺岡山厄除け大師) 大祭:1月3日
栃木県佐野市-惣宗寺(佐野厄除け大師) 大祭:2月11日
茨城県常総市-安楽寺(元三大師)
東京都昭島市-本覚院(拝島大師)
東京都調布市-深大寺 大祭:3月3日
東京都台東区-輪王殿両大師堂(両大師)
東京都墨田区-木母寺
埼玉県川越市-喜多院(川越大師)
埼玉県児玉郡神川町-大光普照寺(金鑚元三大師)
京都府京都市-廬山天台講寺(廬山寺)
大阪府天王寺区-四天王寺
三重県四日市市-観音寺(垂坂元三大師)
群馬県高崎市-天龍護国寺(元三大師) 大祭:1月3日
脚注
[脚注の使い方]
^ 『街道をゆく16 叡山の諸道』司馬遼太郎
^ 衣川(2010)。
^ “「広辞苑4版」、「大師」の項目には良源の名前が記載されているが、「広辞苑5版」以降では、「大師」の項...”. レファレンス協同データベース. 2023年1月13日閲覧。
^ 神田明神「神社のおしえ」2015年、小学館、164頁。
^ a b ベルナール・フランク 『「お札」にみる日本仏教』 仏蘭久淳子訳 藤原書店 2006年 ISBN 4-89434-532-3 pp.315-318.
^ 寺島(2010)。
参考文献
山田恵諦 『元三大師』(第一書房 1959年ほか)
平林盛得 『良源 人物叢書』(吉川弘文館 1976年12月ほか)
衣川仁 『僧兵=祈りと暴力の力』(講談社選書メチエ 2010年)、「第3章 天台仏法の擁護者・良源」ISBN 978-4062584852
寺島典人「良源のイメージと姿について」『美術フォーラム21』Vol.22、醍醐書房、2010年11月、pp.4-5、ISBN 978-4-925185-41-7
佐藤謙三校註 『平家物語 上巻』(株式会社KADOKAWA角川ソフィア文庫) 平成31年4月30日 66版 p300
関連項目
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疫病神
おみくじ
僧兵
玉泉寺
表話編歴
天台座主
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平安時代の僧天台宗天台座主近江国の人物912年生985年没疫病退散
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』
本覚
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E8%A6%9A
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
本覚(ほんがく)とは、本来の覚性(かくしょう)ということで、一切の衆生に本来的に具有されている悟り(=覚)の智慧を意味する。
如来蔵や仏性をさとりの面から言ったものと考えられる。平たく言えば、衆生は誰でも仏になれるということ、あるいは元から具わっている(悟っている)ことをいう。
主に天台宗を中心として仏教界全体に広まった思想と考えられ、今日では本覚思想、天台本覚思想とも称されている。
概要
本覚とは、「本来の覚性」の意で、一切の衆生に本来的に具有されている悟りの智慧を意味する。如来蔵や仏性をさとりの面から説明したものとも考えられる。
大意としては、衆生は誰でも仏になれるということ、あるいは、人間はもともと仏性を具えているということである。
用語としては『金剛三昧経』などに見られるが、後代の論書のように精緻な理論付けはない。
爾の時尊者大衆に囲遶され、諸大衆の為に一味真実無相無生決定実際本覚利行と名づくる大乗経を説けり。若し是の経を聞き、乃至一四句の偈を受持すれば、是の人、則ち仏智地に入るを為し、能く方便を以て衆生を教化し、一切衆生の為に大知識と作らん。
??『金剛三昧経』序品第一
理論付けとなる仏典としては、真諦訳とされる『大乗起信論』の用例が基本的なものである[1]。
そこでは、現実における迷いの状態である「不覚」(ふかく)と、修行の進展によって諸々の煩悩をうち破って悟りの智慧が段階的にあらわになる「始覚」(しかく)と相関して説かれている。
迷いの世界にいながら悟りの智慧のはたらきが芽生えてくる過程の中で、そのような智慧のより根源的なありかたとしての本覚という観念の存在が考えられた。
これは唯識思想における阿頼耶識の種子(しゆうじ)の本有(ほんぬ)・始有の考えかたから発想されたと考えられ、われわれの日常心の根源的なありかたを説明する術語である。
日本の本覚思想では、心の絶対的なあり方(心真如)と同じと考えられ、「本覚・真如」と並べることもある。
本覚思想と日本仏教
上述の通り、この本覚思想は、衆生の誰もが本来、如来我・真我・仏性を具えている(本来、覚っている)が、生まれ育つと次第に世間の煩悩に塗(まみ)れていき、自分が仏と同じ存在であることがわからなくなる、ということである。
もちろん、これは無明と共に輪廻が始まるとする釈迦の教説とは全く相反するものである。
しかし、この本覚思想は、時代を経ると後々に他の教理と関連付けられ、新たな解釈を生むことになる。
すなわち、人間は誰もが悟っているのだから修行する必要もなければ戒律も守る必要がない、凡夫は凡夫のままでよい、などという急進的な解釈がされるようになった。
これは、最澄撰である(偽撰との説もある)『末法燈明記』の「末法には、ただ名字(みょうじ)の比丘のみあり。この名字を世の真宝となして、さらに福田なし。末法の中に持戒の者有るも、すでにこれ怪異なり。市に虎有るが如し。これ誰か信ずべきや」がよく引用されるようになったことに由来すると考えられている。
鎌倉仏教と天台本覚思想との関連については、鎌倉仏教が天台本覚思想を否定することによって成立したという見方がごく近年になって、新奇な注目を浴びるようになった。
しかし、これは、伝統的見方ではない。これらは、主にいわゆる奈良仏教学派よりの鎌倉仏教への遅すぎた反撃ともいえるものである。[2]。
伝統的には、鎌倉仏教は天台本覚思想の発展とする考え方であり、従来から、島地大等や宇井伯寿ら仏教学者によっても唱えられている。
とくに島地は、日本には「哲学」がないと説いた中江兆民に対して、「哲学なき国家は精神なき死骸である」と述べて批判し、日本独自の「哲学」を代表するものとして本覚思想を掲げている。
本覚思想と日蓮宗
鎌倉時代中期、浄土宗系の著しい発展のなか、当時の比叡山は本覚思想の教えがさかんで、その教義をもって念仏など新興の仏教運動に対する弾圧をくりかえした(この項資料必要。一般には、浄土教に本覚思想に上に成り立っていると解される)が、(したがって以下の記述のように、この土台で、浄土教と対立したのではないとする見方が大半である)
日蓮は、天台教学のなかに広まりつつあった浄土教との妥協に反発し、新しい法華信仰をもって浄土系と対抗し、末法の世において人びとを救う天台復興を決意したといわれる[3]。
日蓮を本仏とする宗派では、これらの文献や経典などから「末法無戒」を説き、釈迦在世の細かい戒律などは末法の世では無益であり何の役にも立たない、とする。
したがって、修行せずとも題目を唱えることが受持即持戒である、とする宗派をも派生することになった。
ただしこの文章(文脈)では、日蓮が「名字即菩提」などと、「名字」の語義に注目し「煩悩即菩提」などと同じく、「名字即(初めて正法を聞いて一切の法はみな仏説であると覚る位)」による転換を指し示したもので、単なる戒律を否定したものではない、あるいは「末法無戒」とは釈尊の法や戒律が末法では通用しないので、本仏である日蓮が明かした金剛宝器戒こそが末法に於ける戒律である、等々さまざまな説を生むきっかけとなった。
本覚思想と邪教
異教の教えとされた密教系の「彼の法」集団[注釈 1]や天台宗系の玄旨帰命壇も、タントラ的な性交を以って即身成仏を体現するといわれる。
そのため一般的には邪教として危険視されたが、この本覚思想の影響を少なからず受けているという指摘がされている。
特に「彼の法」集団は『理趣経』に説かれる自性清浄(経本では如来蔵の仏性や菩提心を指すが、これを一種の「本覚思想」と見ることもできる)がベースとなっている点を注目すべきであろう。
ただし、真言宗の異端に由来した宗派を『本覚思想』と結びつけたのは、近代仏教学の過渡期における論調から来る一部の仏教学者の説であり、真言宗の『大悲胎蔵曼荼羅』における単なる名称の字義を曼荼羅の意味と誤解している。
如来蔵の原語である「タタガター・ガルバ」の意味である「胎蔵」を、仏教語ではない「胎盤や子宮」と直訳し混同して、それに無理に結びつける論理であり、正しい『本覚』の理解とはいえないとされる。
これらの本覚についての誤った理解は、鎌倉時代の「彼の法」集団勃興からであるとしてよいであろう。一部の仏教学者の宗派意識によって、それらを故意に関連づけた説もある。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 俗に立川流の名称で知られているが、歴史的事実としての立川流は性的仏教思想を弾圧した側である(「彼の法」集団を参照)。
出典
^ 末木文美士『日本仏教史』新潮文庫、1996年、179頁。
^ 尾藤(2000)pp.98-99
^ 村上(1981)pp.98-101
参考文献
村上重良『日本の宗教』岩波書店〈岩波ジュニア新書〉、1981年3月。ISBN 4005000274。
尾藤正英『日本文化の歴史』岩波書店〈岩波新書〉、2000年5月。ISBN 4-00-430668-X。
関連文献
『天台本覚論 日本思想大系 9』 岩波書店、1973年、新装版「日本仏教の思想 続2」1995年
多田厚隆、大久保良順、田村芳朗、浅井圓道校注
田村芳朗 『本覚思想論』 <田村芳朗仏教学論集1>春秋社、1990年
袴谷憲昭 『本覚思想批判』 大蔵出版、1989年
大久保良峻 『天台教学と本覚思想』 法蔵館、1998年、増訂版2021年
栗田勇 『最澄と天台本覚思想-日本精神史序説』 作品社、1994年
『本覚思想の源流と展開 <法華経研究11>』 浅井圓道編、平楽寺書店、1991年
表話編歴
仏教
カテゴリ:
仏教用語仏性天台系仏教平安時代の仏教鎌倉時代の仏教
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』
政治が「結果責任」である事には、理由がある。
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/32383674.html
『 人間の能力には限界があり、未来を見通す事などできません。それは、理性的な頭のある人なら判っています。その為、権力者による独裁が、いずれは高い確率で社会に害を及ぼすと判断し、民主主義という代理制の政治制度を生み出しました。人間にできる終点は、ここまでです。森羅万象を支配できる超人でも産まれない限り、正しく運用された民主主義(制度というのは、運用とセットで評価です。例え制度が整っていても、司法と立法を乗っ取って独裁を布いている国は腐るほどあります)以上に、生存する可能性が高い社会制度は、ありません。
このあたりの事は、過去の投稿で詳しく解説しています。人間が未来を確実に予知する能力でも持たない限り、これ以上の社会制度は理論的に生まれません。物事を抽象化して考える能力をつける事ができた、ホモサピエンスが、他の亜人類を絶滅させて唯一生き残った、最強の武器の完成形でもあります。しかし、一つの弱点があります。それは、抽象化する能力と密接な関係があるのですが、思想や宗教といった偏った考え方に影響されやすいという事です。
政治というのは、理想や思想と現実のバランスを取る能力が前提になっていて、そういう能力のある人物が代表として執行権を付託されて運用する事になっています。しかし、選挙によって選ばれる以上、世論の影響を受けます。もちろん、世論を政治に反映させるのも民主主義の重要な役割ですが、問題なのは、その程度が、しばしば現実離れしてしまう事があります。最終的に責任を取る必要の無い世論というのは、夢想に近いような非現実的な事を目標にしてしまう事が起きます。なので、「その国の民度以上の政治は行われない」という言葉も生まれます。突出した能力を持った政治家が生まれても、民主主義である以上、世論を完全に無視するわけにもいかず、常に合理的な判断ができるわけでもありません。それが、独裁を牽制する事だと言われればそうなのですが、以前の投稿で、私が「思想政治」と呼んだように、政治に対して支配的な圧力をかけるようになると、社会が壊れ始めます。
ニューヨーク市の市長である民主党のエリック・アダムズ氏は、テキサス州の移民受け入れに消極的な姿勢を猛烈に批判していました。テキサス州は、メキシコに隣接しているので、不法移民の侵入に直接晒されている地域です。余りにも口汚く罵るので、テキサス州は、「そこまで言うなら、ニューヨークで受け入れろ」と言って、シャトルバスを出して、不法移民をニューヨークに搬送して、置き去りにするという事をやりました。ニューヨークは、既に条例で移民・難民の生活を保障し、住居を提供する事を定めている為、彼らに支援を与える義務があります。
この結果、テキサス州だけではなく、支援目的でアメリカ中の不法移民や難民がニューヨークに集まり、年間で10万人規模になっています。そして、支援の為に費やされる費用は、1兆円を超える事が予想されていて、3年でニューヨーク市が財政破綻する勢いです。既に、住居として提供できる施設は、満杯で、災害用のシェルターまで開放していますが、まったく足りず、路上で寝起きする人も出ています。場所がないので、セントラル・パークに簡易施設を建設して、難民居住区を作る案も出ています。これ、臨時という話をしていますが、移民の居住地を確保できていない以上、恐らく永久に居住区として定着して、セントラル・パークは消滅する事になります。
この事態になって初めて事の重大さに気がついたようで、この市長は「このままでは移民のせいでニューヨークは破壊される!」と言い始めました。本来、政治の役割とは、こうならないように、現実と理想のバランスを取る事です。聞いてて気持ちの良い言葉など、いくらでも無責任に言う事はできます。実際に、それをやったら、甚大な犠牲が出る事を、阻止しつつ、キャパシティーの範囲で実現に努力する為に政治家がいます。世界的な大都市の首長が、この程度なのが、今のアメリカ社会の悲劇です。
この市長が選挙で選ばれるには、「移民・難民をドンドン受け入れろ」という民主党支持者の支持があったはずです。なので、この市長は、実害がでないうちは、テキサス州を攻撃し、「難民歓迎」とか言っていたわけです。それは、ある意味、世論を政治に反映させていたわけで、民主主義の一つの役割が果たされた結果です。しかし、理想は無制限に実現できません。物事には、程度というものがあります。思想が先行して、政治が正常に機能しなかった結果、おそらくニューヨークに住んでいる全ての人が、移動してきた難民も含めて、不幸になる方向に全力疾走しています。これを、不評を買っても調整するのが、また、政治の役割でもあるのです。
未来が予測できない以上、常に最善手が打てないのは、政治家も同じです。その為、政治が引き起こした結果において、責任を取る事が重要になります。無責任に心地よい理想論をぶっていれば良いならば、何も政治家は要りません。常に正解が導けない中で、起こしてしまった事について責任を取る事で、違う道を選択する機会が生まれます。それを、クーデター以外の方法で、制度の中でする事が宣言されているのが、民主主義です。
自分が責任を取らされる事のない様々な願望や思想を取りまとめ、現実との調整を取り、社会が壊れないように調整するのが民主政治であり、政治の都合を無理やり市民に押し付けるのが独裁で、思想や宗教を政治より高い位置において、社会が壊れても強行する事が「正義」とするのが思想政治(私の造語)です。この中で、結果に対して責任を取る事を是としているのは、最初に述べた「民主政治」のみです。他の2つは、一部の既得権者を生み、社会と道徳を破壊し、市民を不幸にします。同じ、民主主義というカテゴリーの中でも、これだけの幅があり、今は思想政治の時代です。そして、一部の共産国が独裁をやっています。そして、「結果」を見る限り、どちらの市民も不幸そうに見えます。 』
アニミズム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%83%A0






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出典検索?: “アニミズム” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2013年6月)
19世紀のオジブワの5人の酋長。オジブワの宗教を人類学的に研究したことで「新しいアニミズム」が生まれた。
アニミズム(英語: animism)とは、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方。19世紀後半、イギリスの人類学者、エドワード・バーネット・タイラーが著書『原始文化』(1871年)の中で使用し定着させた。
語源
この語は、ラテン語で「気息・霊魂・生命」などを意味するアニマ(anima)に由来する。日本語では汎霊説、精霊信仰、地霊信仰などと訳されている。
世界観
タイラーはアニミズムを「霊的存在への信仰」とし、宗教的なるものの最小限の定義とした。彼によれば諸民族の神観念は人格を投影したものという(擬人化、擬人観、エウヘメリズム)。現在でもこの語は宗教学で触れる際など抜きにしては考えられない語であるが、一方タイラーのアニミズム観に対してはマレット(英語版)(Robert Ranulph Marett)[1][2]が「未開」民族の間では人格性を欠いた力あるいは生命のような観念もあるとし、そのアニミズム以前の状態をプレアニミズム(pre-animism)[3]と呼び、同様の概念はアニマティズム(animatism)、ヴァイタリズム(vitalism)、ダイナミズム(dynamism)[4]などとも称された。また研究姿勢に対しては類推的であるとか、進化主義的であるなどの批判もされる。
分類
原始宗教型
「シャーマニズム」、「タブー」、および「心霊現象」も参照
原始・未開社会で行われる宗教の超自然観はアニミズム的であり、霊的存在に対して呪術的にかかわる。特定の開祖がなく、儀礼が公的に行われる。法・政治・経済・道徳・慣習などと密接にかかわり、祭政が一致し、祭と経済的活動が同一の場で行われ、タブー(禁忌)が法的または道徳的観念・行動と重なる。多くの民族宗教が類似する特徴を保持する[5][6]。
亡霊崇拝型・恐怖型
「憑依」、「憑き物筋」、「祟り神」、および「怨霊」も参照
死者となった祖先の霊魂の存在を認めて、たたりを恐れ崇拝の対象とし、あるいは守護を願う死霊崇拝は未開宗教におけるアニミズムの一形態とされている[7]。死を霊魂の永久離脱として他界に赴くが、死霊や動物霊は定められたときにこの世を訪れ、人に憑いて健康を損なわせるとされる。狐憑き、ヤコツキ、オサキツキは動物霊憑依の例である[8]。
日本神話では神代紀の天鈿女命、崇神紀の倭迹迹日百襲姫命、仲哀紀の神功皇后などが突然神がかり(憑依)して、狂躁乱舞するなどして祟りが表現されてきた[9]。
未開社会ではシャーマンによる呪術が行われるが、日本では怨霊のたたりをしずめるために神社を建て、神として祀った[10]。
新宗教の多くが不幸を「先祖のたたり」などの因縁話として、先祖供養や呪詛霊の除霊、鎮魂をすすめている[11]。地鎮祭(鎮魂)の費用、先祖供養の祈祷料、玉串料などが慣習として神社に支払われることがある。
警視庁などでは「玄関に入ってすぐ悪霊がついているとわかった」「悪霊がついて次々に不幸なことがおこります。」「このつぼは悪霊を取り除く力があります。」等の霊感商法を悪徳商法の一種として定義している[12]。
宗教人類学型
宗教人類学において、アニミズムとは多くの先住部族の信仰体系を表す言葉であり[13]、特に最近になって発展した組織宗教(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、バハーイー教、仏教、シク教等)との比較対照のために用いられてきた[14]。アニミズムは人類学者のエドワード・バーネット・タイラーが1871年に発表した著書『未開文化(英:Primitive Culture)』[15]の中で、「魂やその他の精神的な存在全般に関する一般的な教義」と定義された。
タイラーにとってアニミズムは最も初期の宗教の形態であり、段階的に発展してきた宗教の進化の枠組みの中に位置し、最終的には人類が科学的合理性を求めて宗教を完全に拒絶することになると考えた[16]。
このようにタイラーにとってアニミズムとは、すべての宗教が成長する元凶となった基礎的な誤りであった[16]。
アニミズムの進化論的解釈は各方面で批判されており、今日では問題外と考えられている[8]。
特徴
様々な文化圏の人物が仲介者のような役割を果たしている様子を描いた作品、文献上では「シャーマン」と呼ばれることが多い。
アニミズムが単に単一の広範な宗教的信念であるのか[17]、あるいは世界中の様々な文化圏で見られる多くの多様な神話からなるそれ自体が一つの世界観であるのか[18] については、意見の相違が続いている(一般的なコンセンサスは得られていない)。
このことはまた、アニミズムが倫理的な主張をするのかしないのか、あるいはアニミズムが倫理の問題を完全に無視するのかという論争を引き起こしている[19]。
汎神論との違い
アニミズムは汎神論とは異なるが、この2つは混同されることがある。
主な違いの一つは、アニミズムは、すべてのものが精神的な性質(魂、霊等)を持つと信じるが、汎神論者のように、存在するすべてのものの精神的本質が統一されているとは考えていないことである(一元論)。
アニミズムでは個々の魂の独自性を前提とするが、汎神論では、すべてのものは、それぞれの精神や魂を持つのではなく、同じ本質(英:essence、ラテン:essentia)を共有している[20][21]。
汎心論との違い
アニミズムはすべてのものに魂があると主張し、物活論はすべてのものが生きていると主張する[22]:149[23]。
こうした立場を汎心論と解釈することについては、現代の学術界では支持されていない[24]。
現代の汎心論者は、この種の理論から距離を置こうとしており、経験の遍在性と心や認知の遍在性との間に区別をつけるように注意している[25][26]。
呪いへの崇拝
「呪い」、「呪物崇拝」、および「トーテミズム」も参照
呪力崇拝
動植物やその他の事物に人格的な霊魂、霊神が宿るとするアニミズムは、非人格的な超常現象、超自然的な呪力を崇拝するマナイズム(呪力崇拝)とは区別される[27][28]。
呪物崇拝
呪物崇拝(フェティシズム)は未開社会、古代社会、未開宗教にみられる信仰で、呪物が人間に禍福をもたらすと信じて儀礼の対象とすることである[29][30]。人工物や簡単に加工した自然物に対する崇拝の総称とされており[31]、アニミズムとも深い関わりを持つ[8]。
現存する文化におけるアニミズム
バングラディシュのディナジュプール地区のサンタル村にある聖地。
アニート(「祖先の霊」の意):ババイランと呼ばれる女性または女性化した男性シャーマンに率いられたフィリピンの様々な先住民族のシャーマニズム的民俗宗教。
物質世界とともに存在し、物質世界と相互作用する精神世界への信仰や、岩や木、動物や人間、自然現象に至るまで、すべてのものに精神があるという信仰を含む[32][33]。
ドラヴィダの民俗宗教(原始シャイヴァ教/民俗シャイヴァ教):ドラヴィダ民族の伝統的なアニミズム、多神教、一部シャーマニズムの民俗宗教。
ヴェーダ教と非ヴェーダ系アニミズム:ジャイナ教や仏教が導入される以前のアーリア人やその他の北インド人の伝統的なアニミズム、多神教、一部シャーマニズムの民俗宗教。現在のヒンドゥー教は歴史的なヴェーダ教とは明らかに異なった別宗教ではあるが、ヒンドゥー教を形成した伝統の一つである[note 1]。
パキスタン北部のカラシュ族は、古代のアニミズム宗教を信仰している[34]。
韓国のシャーマニズム(MuまたはMuismとしても知られている)は多くのアニミズム的側面を持っている[35]。
ムン(MunismまたはBongthingismとしても知られる):レプチャ族の伝統的な多神教、アニミズム、シャーマニズム、シンクレティックな宗教[36][37][38]。
神道(琉球宗教を含む):日本の伝統的な民間宗教で、多くのアニミズム的な側面を持っている[39]。梅原猛はタイラーの原始宗教の学説を認めて日本の神道や仏教が原始宗教であるアニミズムの原理に従っているとしたが、アニミズムを人類にとって必要な世界観と主張した[40]。
太平洋地域(ポリネシア三角圏、メラネシア、ミクロネシア)におけるマナイズム。マルキーズ諸島のティキ像やイースター島のモアイ像はアニミズムやトーテミズム信仰の名残である。
アフリカの伝統的宗教:サハラ以南のアフリカのほとんどの宗教的伝統で、基本的に多神教的・シャーマニズム的要素や祖先崇拝を含むアニミズムの複雑な形態が保持されている[41]。
北アフリカの伝統的なベルベル人の宗教とイスラム教以前のアラブ人の宗教:ベルベル人とアラブ人の伝統的な多神教、アニミズム、まれにシャーマニズムの宗教。
エコペイガンを含むいくつかのネオペイガンのグループは自分たちをアニミズムと表現しているが、これは人間が世界や宇宙を共有している多様な生物や精霊のコミュニティを尊重していることを意味している[42]。
ニューエイジ運動は、自然の精霊の存在を主張するアニミズム的な特徴をよく示している[43]。
シャーマニズム
1922年、フィリピンのイトネグ族の女性シャーマンが、ピナリングと呼ばれる水に溶けた石に宿る村の守護アニト、アプデルに供え物をしている写真。[44]
シャーマンとは、善霊や悪霊の世界にアクセスし、影響力を持つと考えられている人のことで、典型的には儀式の際にトランス状態に入り、占いやヒーリングを行う人のことである[45]。
ミルチャ・エリアーデによれば、シャーマニズムは、シャーマンが人間界と霊界の間の仲介者またはメッセンジャーであるという前提を包含している。
シャーマンは、魂を修復することで病気や疾患を治療すると言われている。魂や精神に影響を与えたトラウマを和らげることで、個人の肉体のバランスと完全性を取り戻す。シャーマンはまた、コミュニティを悩ませている問題の解決策を得るために、超自然的な領域や次元に入る。シャーマンは、迷える魂に導きを与えたり、異質な要素による人間の魂の病気を改善するために、他の世界や次元を訪れることもある。シャーマンは主に精神世界で活動し、それが人間世界に影響を与える。バランスを回復することで、病気が解消すると主張する[46]。
デイヴィッド・エイブラム(英語版)は、エリアーデが提唱したシャーマンの役割について超自然的ではなく、より生態学的な理解を明確にしている。
インドネシア、ネパール、アメリカ大陸での自らのフィールド・リサーチに基づいて、エイブラムは、アニミズム文化において、シャーマンは主に、人間社会と、人間以上に活動的な機関である地域の動物、植物、地形(山、川、森、風、天候パターン、これらすべてには固有の感覚があると考えられている)との間の仲介者として機能することを示唆している。
したがって、人間社会における個々の不調(バランスの崩れ)を癒すシャーマンの能力は、人間社会と、その社会が組み込まれている生物のより広い集合体との間の互恵関係のバランスをとるという、より継続的な実践の副産物だとする。
アンダマン諸島の宗教
アンダマン諸島の人々の宗教は「アニミズム的一神教」とも言われ、宇宙を創造したパルガという唯一の神を第一に信じている[47]。パルガは自然現象を擬人化したものとして知られている[48]。
アブラハムの宗教
「ユビキタス」も参照
旧約聖書や知恵文学では神の遍在性(Omnipresence)(エレミヤ書23:24)(箴言15:3)(列王記8:27)が説かれているが、キリスト教神学者マーク・ワラスは動物、木、岩など、地球上のすべてのものに神が存在すると論じている[49]。
トーテミズムとの関係、他の社会との比較:フィリップ・デスコーラ説
アニミズムはトーテミズムと深くかかわっているとされる[8]。
フィリップ・デスコーラは『自然と文化を越えて』のなかで、例えばアマゾン盆地のアチュアル族の社会において、ノマド社会特有のアニミズム的思考と定住型社会にみるトーテミズム的思考の混交的要素が多くうかがえると分析した。つまり、アニマ(精神)が人間と非人間の間を往還するアニミズムと、アニマが人間集団と非人間的象徴を繋いでいるトーテミズムという相違点があるものの[50]、基本的にはアニミズムにおいてもトーテミズムにおいても、同じく人間がその他の動物や植物、自然の力とほぼ同等の立場にあるという共通点がうかがえる[51]。
さらに、デスコーラはすべての社会を分析すれば、アニミズム、トーテミズム、類推主義(アナロジスム)および自然主義(ナチュラリスム)からなる、4つの「同一化の様態」に区別できるとしている。
デスコーラによる4区分
同一化 (Identité) と諸様式 (Différentiation) は、自らと他なるものとの境界の定義の仕方である。IntérioritéとPhysicalitéは、内面(精神)と外見(身体)の次元となる。
この区別では、例えば西洋の近代社会が自然主義的 (Naturalisme) だとすると、それ以外の社会はアニミズム的であるか、もしくはトーテミズム的な社会であるか、それかアナロジズム的な社会(主に中世の西欧にみる自然主義的な社会の前身、あるいは中国・インド等の類推主義的な社会)となる。
まず、アニミズムを特徴づけるのは、非人間という社会的属性により諸関係のカテゴリー化が可能になるような社会である。つまりここでは、非人間が関係の項となっている。トーテミズムを特徴づけるのは、非人間どうしの不連続性により、人間の非連続性を思考することが可能になる社会である。こうした社会にあっては、非人間とは記号のようなものである。
一方、自然主義とは、「自然が存在するという単なる信仰、思い込みであり、言い換えれば、いくつかの実在が存在することや、その展開は、人間の意志の効果の外側にある原理によっているとすることである。プラトンやアリストテレス以来の西洋のコスモロジーに典型的な自然主義は、特定の存在論的領域、すなわち、超越論的な審級に従うものか、世界の仕組みに内在している理由なくしては何ものも生じえないとする秩序もしくは必然性の場を産出する。自然主義がわたしたちのコスモロジーの主導的原理であり、わたしたちの共通感覚や科学的原理似浸透している限りにおいて、そうした自然主義が、わたしたちにとっては、自分たちの認識論、とりわけ同一化の他の様式にたいする見方や視線を構造化している「自然」のようなものとでもいうべき、前提となってしまっているのである」[52]。
つまり、西洋がもつ自然主義は、人間の他なるものや世界へ向けられる見方や視線を規定していて、「自然」を外的なものとみなし、アニミズムやトーテミズムとは根本的に異なる存在論に基づくものということになる。
注釈
^ Michaels (2004, p. 38): "ヒンドゥー教におけるヴェーダ宗教の遺産は、一般的に過大評価されている。神話の影響は確かに大きいのだが、宗教用語は様変わりした。ヒンドゥー教の主要な用語はすべて、ヴェーダには存在しないか、まったく異なる意味を持つ。ヴェーダの宗教は、行為の報いを伴う倫理的な魂の移動(karma)、周期的な世界の破壊、一生の間の救済の考え(jivanmukti; moksa; nirvana)を持たない。世界を幻影とみなす考え(maya)は、古代インドの風潮に反しており、全能の創造神はリグ・ヴェーダの後期の賛美歌にのみ登場する。またヴェーダ宗教には、カースト制度、未亡人の火葬、再婚の禁止、神々の像や寺院、プージャ礼拝、ヨーガ、巡礼、菜食主義、牛の神聖さ、人生の段階の教義(asrama)などが知られておらず、あるいはそれらが始まったときにしか知られることは無かった。このように、ヴェーダ宗教とヒンドゥー宗教の間には転換点があると考えるのが妥当であろう。"
“Vedic Hinduism”. Harvard University. pp. 3 (1992年). 2021年6月29日閲覧。: "... これらをベーダ系ヒンドゥー教と呼ぶのは形容矛盾(撞着語法)といっても良い。なぜなら、ヴェーダ宗教は、一般にヒンドゥー教と呼ばれているものとは非常に異なっているからだ。少なくとも、古ヘブライ語の宗教が中世や現代のキリスト教の宗教とは異なるのと同様である。しかし、ヴェーダ宗教は、ヒンドゥー教の前身として扱うことができる。"
See also Halbfass 1991, pp. 1–2
脚注
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^ 『ロバート・ラナルフ マレット』 - コトバンク
^ 『プレアニミズム』 - コトバンク
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参考文献・関連書籍
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ブリタニカ・ジャパン「精霊崇拝」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン、コトバンク、2021a。 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『精霊崇拝』 - コトバンク
ブリタニカ・ジャパン「怨霊」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン、コトバンク、2021c。 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『怨霊』 - コトバンク
平凡社「先祖供養」『世界大百科事典 第2版』平凡社、コトバンク、2021c。 世界大百科事典 第2版『先祖供養』 - コトバンク
小学館「呪物崇拝」『精選版 日本国語大辞典』小学館、コトバンク、2021e。 精選版 日本国語大辞典『呪物崇拝』 - コトバンク
小学館「呪物崇拝」『デジタル大辞泉』小学館、コトバンク、2021f。 デジタル大辞泉『呪物崇拝』 - コトバンク
小学館「フェティシズム」『精選版 日本国語大辞典』小学館、コトバンク、2021g。 精選版 日本国語大辞典『フェティシズム』 - コトバンク
関連項目
精霊
トーテミズム
シャーマニズム
憑依
憑き物筋
呪物崇拝
自然崇拝 - 偶像崇拝
マナ
八百万の神
付喪神
原始宗教
霊感
呪い
霊能力
ヌーメン(英語版) - 「神の意志、神の存在、神性」を表すラテン語。20世紀初期において、物等に宿る魔法的な力、またはマナの同意語の様に使われることも有る。
時の絲ぐるま 日本人のアニミズム性を題材としたドキュメンタリー映画。
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、アニミズムに関連するカテゴリがあります。
animism (英語) - Skeptic's Dictionary「アニミズム」の項目。
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最終更新 2023年8月26日 (土) 23:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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