クレジットカード情報も81件流出
https://nordot.app/1086880744543159241?c=302675738515047521
※ これだからな…。
※ クレカの「明細」は、マメにチェックして、「身に覚えのない」請求には、素早く反応するようにしないと…。
『NTT西日本の子会社NTTビジネスソリューションズは、流出した顧客情報には81件のクレジットカード情報が含まれていたと明らかにした。
© 一般社団法人共同通信社 』
クレジットカード情報も81件流出
https://nordot.app/1086880744543159241?c=302675738515047521
※ これだからな…。
※ クレカの「明細」は、マメにチェックして、「身に覚えのない」請求には、素早く反応するようにしないと…。
『NTT西日本の子会社NTTビジネスソリューションズは、流出した顧客情報には81件のクレジットカード情報が含まれていたと明らかにした。
© 一般社団法人共同通信社 』
NTT西日本 子会社「約900万件顧客情報 元派遣社員が不正流出」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231017/k10014227751000.html
『 2023年10月17日 14時37分
NTT西日本の子会社は、コールセンターシステムの運用保守を担当していた「NTTビジネスソリューションズ」の元派遣社員が顧客情報を不正に流出させていたことが確認されたと発表しました。
流出したのはおよそ900万件で、顧客の氏名、住所、電話番号などが含まれているということです。』
<独自>中国企業、帰化元社員に情報要求か 山村硝子の独自技術流出
https://news.yahoo.co.jp/articles/59b26fdadaf43a5b71daf75857e6acf60975f49c

『0/16(月) 19:56配信
ガラス瓶製造大手「日本山村硝子」(兵庫県尼崎市)の独自技術を中国企業に渡すため不正に入手したとして元社員ら夫婦が逮捕された事件で、山村硝子と中国企業の契約が打ち切られた後に技術情報が持ち出されていたことが16日、関係者らへの取材で分かった。また、夫婦とも元中国籍で日本に帰化していたことも判明。中国企業が元社員に漏洩(ろうえい)を持ちかけた疑いもあり、兵庫県警が詳しい経緯を調べている。
【表で見る】近年の主な技術流出事件
県警生活経済課などが不正競争防止法違反容疑で逮捕したのは、山村硝子元社員の小鷹瑞貴容疑者(57)=懲戒解雇=と、妻でガラス製造技術コンサルタント会社「アズインターナショナル」社長、青佳(せいか)容疑者(51)。平成28年6月、山村硝子のサーバーにアクセスし、ガラス瓶軽量化の技術に関するプログラムを私用メールアドレスに転送した疑いが持たれている。
山村硝子や関係者によると、瑞貴容疑者は平成15年に入社。25年5月~29年7月に海外チームに所属し、中国で技術契約に関する営業、通訳などに従事していた。もともとは中国籍で中国語が堪能といい、中国での営業を長く担当していたという。
同社は事件前、情報の流出先とされる中国のガラス瓶メーカーと技術支援契約を締結。瑞貴容疑者が担当していたが、契約が打ち切られたという。その後、瑞貴容疑者らが持ち出した情報は、ガラス瓶の超軽量化を図るためガラスを薄くする特殊な計算式で、二酸化炭素(CO2)削減などにつながる山村硝子の独自技術とされる。瑞貴容疑者は営業職として技術情報へのアクセス権限があった。
一方、青佳容疑者もかつて中国籍で、社長を務めるコンサル会社が事件約1カ月前の28年5月、この中国メーカーとライセンス契約を締結していた。同8月~令和3年4月には、中国メーカー側から20回にわたって計1億8960万円相当の入金があったという。営業秘密はコンサル会社を通じて中国側に提供されたとみられる。
山村硝子は東証スタンダード上場で、国内のガラス瓶生産シェアトップとされる。外部からの情報提供があり、社内調査で不正が発覚した。
■相次ぐ流出、スパイ活動に高まる懸念
日本企業の営業秘密が中国などに持ち出される事件は度々起き、政府は近年、先端技術の海外流出を防ぐ経済安全保障対策に力を入れている。外国スパイによる情報流出も懸念されるが、日本にはスパイ活動自体を取り締まる法律がない。警察幹部は「流出は日本の技術的優位の低下を招く。企業は意識を高め、対策してほしい」と話す。
警察庁によると、全国の警察が昨年摘発した企業情報持ち出しといった営業秘密侵害事件は29件で、統計を取り始めた平成25年以降で最多。中国などは先端技術などを獲得するため、民間人も活用した「情報戦」を展開しているとみられる。
令和2年、液晶技術に関する情報を中国企業に漏洩したなどとして積水化学工業の元社員が書類送検された事件では、中国企業側がビジネス向けSNSを通じて元社員に接触。国立研究開発法人「産業技術総合研究所」の研究データを持ち出したとして今年6月、逮捕された中国人研究員は、研究所に20年近く勤務する一方、中国人民解放軍と関係があるとされる「国防7校」の一つ、北京理工大教授にも就いていたと指摘される。
経済安全保障に詳しい明星大の細川昌彦教授は「技術力の高い日本は、特に半導体や基幹部品といった先端技術が狙われやすい。大企業だけでなく中小企業も警戒すべきだ」と指摘。漏洩対策について、「(情報に)アクセスできる人を限定するほか、重要な技術の管理サーバを他の情報と別にするなど、経営者らはコストをかけてでも対策に取り組むべきだ」としている。』
全銀ネット障害、メモリー不足が要因 事前テスト甘く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB163SX0W3A011C2000000/
『三菱UFJ銀行など10金融機関で約250万件の送金が滞った全国銀行データ通信システム(全銀システム)の障害は、各金融機関と同システムをつなぐ機器の容量(メモリー)不足が要因だったことがわかった。機器の更新で処理量が増え、想定の容量を超えてパンクした。事前のテストが不十分だった可能性もあり、検証が求められる。
全銀システムを構築するNTTデータなどは16日までに中継コンピューターのメモリー不足が…
この記事は有料会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『全銀システムを構築するNTTデータなどは16日までに中継コンピューターのメモリー不足が障害の要因だったと金融機関に説明した。同システムを運営する全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)の辻松雄理事長が18日に記者会見し、障害の詳しい原因や再発防止策について説明する予定だ。11月末までに金融庁に報告する。
今月10日朝に発生した障害では三菱UFJ銀やりそな銀行など10の金融機関で他の金融機関向けの送金ができなくなった。復旧までに2日間かかり、児童手当や保険金の受け取りなど生活に影響が広がった。
全銀ネットは今月7〜9日の3連休中に同システムとそれぞれの金融機関をつなぐ「中継コンピューター」の更新作業を実施。銀行間の送金手数料が適正かチェックする機能に不具合が生じた。
今回の更新では一度に処理できる情報量(ビット)を32ビットから64ビットに増やした。ビット数が上がると、メモリーを増やす必要がある。
正常な状態であれば、銀行から送られた手数料のデータは中継コンピューターのプログラムで全銀ネットの形式に書き換えられる。書き換えられたデータは共有メモリーと呼ばれる「黒板」に書き込まれ、銀行間手数料をチェックするアプリケーションによって正しい値かチェックされる。
一連の処理中に異常値が混入し、障害が起きた。国立情報学研究所の佐藤一郎教授は「エラーが発生した真因はわからないが、事前のテストでわかりえたエラーであった可能性が高く、テストが甘かったと言わざるを得ない」と話した。
全銀ネットは7〜9日の更新作業を前に計7回のテストを行ったが、網羅的なテストを実施していなかった。テストに必要なデータが足りず、事前の想定が十分だったか検証が求められそうだ。
全銀システムは1973年に稼働を始めた。顧客に影響が出るシステム障害は今回初めて。金融庁は全銀ネットに対し、資金決済法に基づく報告徴求命令を13日付で出した。
【関連記事】
・全銀システム過信のツケ 復旧まで2日、障害の想定甘く
・金融庁、全銀ネットに報告徴求命令 送金障害で
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山崎俊彦のアバター
山崎俊彦
東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授
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ひとこと解説 CPUのクロックとか、メモリの容量とか、HDD/SSDの容量とか、どういうこと?と質問を受けることがあります。
私はいつもCPUの性能は人間の頭の回転速度、メモリは作業机の広さ、HDD/SSDは本棚の容量に例えます。
今回の障害の原因が何かはさておき、どんなに処理能力が高くても作業机が狭いと作業が進まないばかりか、次から次に来る書類でどうしようもなくなるであろうことが想像できます。
2023年10月17日 8:36いいね
37
佐藤一郎のアバター
佐藤一郎
国立情報学研究所 教授
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分析・考察 記事にコメントを載せていただき、御礼申し上げます。
さて本記事は確度の高い情報をもとにされているはずですが、現状、障害時に起きた不具合は徐々にわかりつつあっても、諸要素が多く、特に各不具合の原因に関しては推測しかいえない段階のはず。
障害そのものはメモリ不足に起因したとしても、例えばメモリ不足に至った原因は、想定される処理量を見誤ったのか、何らかの異常・不具合がメモリ不足を招いたのか、メモリ管理の問題なのかなど、複数の可能性がありえます。
全容がみえない状態ですが、金融を含めた経済新聞として、記事にできる範囲で記事にされたことは意義があったはずですし、今後の追加記事を期待したいです。
2023年10月17日 0:00いいね
153
浅川直輝のアバター
浅川直輝
日経BP 編集委員
コメントメニュー
分析・考察 IT機器のメモリー容量不足は、予期せぬシステム不具合の原因になりやすいものです。
2021年2月に起きたみずほ銀行の大規模システム障害も、そのきっかけはサーバーのメモリー不足でした。
特に設計が古いソフトウエアを使っている場合、メモリーの不足を別の装置(ストレージ)でカバーする仕組みがなく、メモリー不足が即障害につながることがあります。
記事中で佐藤教授がコメントしている通り、本番と同規模のデータを使った事前テストで不具合を発見できた可能性はあります。
企業の決済処理が増えるゴトウ日の直前になぜシステム更新を実施したのかも含め、手続きの検証が求められます。
2023年10月16日 20:16 』
トヨタ、愛知など6工場で稼働一部停止 部品会社で爆発
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFD170JP0X11C23A0000000/
『トヨタ自動車は17日、車両組み立て工場の一部が16日から稼働を停止していることを明らかにした。車用バネを手掛ける中央発条の藤岡工場(愛知県豊田市)で16日に爆発事故があり、部品の調達が滞っている。高岡工場(豊田市)など6工場で計10ラインの生産を止めており、17日午後にも18日以降の稼働再開の可否を判断する。
16日夕方以降、トヨタ車体の吉原工場(豊田市)と富士松工場(愛知…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『16日夕方以降、トヨタ車体の吉原工場(豊田市)と富士松工場(愛知県刈谷市)の2工場で計3ラインの稼働を止めた。17日からはトヨタの高岡工場や堤工場(豊田市)など6工場の計10ラインに広げたという。
中央発条によると、爆発事故は16日午後0時15分ごろに藤岡工場の一部生産ラインで発生し、従業員2人が軽傷を負ったという。「シャシばね」を生産しているラインで、稼働再開の見通しは未定としている。中央発条はトヨタ系の中堅部品メーカーでばね大手。』
あなたは大丈夫?労働時間長いほどうつ傾向―過労死白書
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01818/



『 「どうしても今日中に終わらせなければ」「他の人も忙しすぎて分担してもらえない」―長時間労働には理由がある。でも、冷静に考えれば、健康や命を犠牲にしてまでやらなければならない理由はある?
厚生労働省が公表した2023年の過労死白書(過労死等防止対策白書)によると、1週間当たりの実労働時間は男性の方が長い傾向(色が濃いほど長い)にあり、過労死認定ラインである「週60時間以上」の就業者の割合は女性4.2%に対して、男性10.1%だった。年齢階層別の「週60時間以上」は、女性は「20代」4.9%が最も多く、男性は「40代」13.2%、「30代」「50代」が11.6%だった。
年齢階層別1週間当たりの実労働時間
就業形態別では、「60時間以上」の割合が高いのは自営業で、女性は7.8%、男性は15.4%だった。
就業形態別1週間当たり実労働時間
労働時間が長くになるにつれ、翌朝に疲労を持ち越す頻度が増え、うつ傾向が高くなる。「うつ病・不安障害の疑い」「重度のうつ病・不安障害の疑い」も、労働時間の長さに応じて増加する傾向があり、週労働時間が「60時間以上」では、26.8%だった。
1週間当たりの実労働時間別うつ傾向・不安
バナー写真 : PIXTA
この記事につけられたキーワード
自殺 過労死 働き方改革 厚生労働省 メンタルヘルス 労働災害 』
東京へのミサイル攻撃「可能性ゼロではない」 東商がシェルター整備を国に要望
https://news.yahoo.co.jp/articles/6e0abe44ed3fbbb7e4bb151ea6fce2615db3fb8a
※ こうキナ臭く、なったんではな…。
※ しかし、随分前からの話しだぞ…。
『東京23区内の中小企業などを会員とする東京商工会議所は、東京へのミサイル攻撃に備え、都民らが避難するシェルターの整備や全国瞬時警報システム(Jアラート)を発令するまでの時間の短縮化などを国に促す要望書をまとめた。わが国の安全保障環境が厳しさを増す中、有事への対応が企業が直面する課題の一つになりつつあり、経済団体としては異例といえる要請に踏み切った。
東商の山内隆司副会頭(大成建設名誉顧問)が13日、斉藤鉄夫国土交通相に提出した「災害・リスク対策に関する要望」に新たな重点項目として盛り込んだ。首都直下型地震や大規模水害、サイバー攻撃など企業を取り巻くさまざまなリスクの一つと位置づけ、東商は国交省や内閣府、東京都などに対策の実現を働きかけていく。
要望書では、北朝鮮がミサイルを頻繁に発射し、日本の周辺に有事が想定される地域もある中、東京がミサイル攻撃を受ける可能性は「ゼロとは言い切れない」と指摘。
シェルターの設置は台湾など海外の国・地域が先行しており、核ミサイルなどによる甚大な被害に備え、公共・商業施設や住宅などでの整備を「官民を挙げて推し進める必要がある」とした。
整備の前提として、シェルターの在り方や設置基準の明確化が欠かせないとして、ミサイルの爆風を防ぐ壁の厚さや施設の面積、換気機能の有無などの検討を要請。
整備を加速するには、新築や建て替えるビルへの設置費とシェルターに指定する建物の維持管理費を補助すべきだとした。
政府は、国民保護法に基づく緊急一時避難施設の指定を都道府県に要請。東京都は今年3月時点で4017施設を指定し、都内に定住する約1400万人分を確保したとしているが、企業の従業員らを含めた約1700万人の昼間人口はカバーしきれていない。
要望書では、指定施設は1~2時間程度の避難を想定していて、食料品などの備えがないと事態が長期化したときは対応が難しく、核ミサイルなどに対する安全性の確保も不確かだと問題点を指摘した。
一方、Jアラートに関しては昨年10月に北朝鮮が発射した弾道ミサイルの事例を検証。発令のタイミングは青森県では上空通過とほぼ同時で、北海道は直前だったことから「着弾までに発令されないと避難が間に合わない」として、発令の一層の迅速化を要望。また、飛行コースから大きく外れた東京都の島嶼(とうしょ)部にも発令されるといった信頼性を揺るがすミスを防ぐ対策や、具体的な避難方法が盛り込まれていない発令内容の改善も求めた。
記事に関する報告
最終更新:10/13(金) 21:48 産経新聞 』
鈴木商店
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%95%86%E5%BA%97
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 この項目では、日本の戦前期に存在した商社について説明しています。
同名の食品メーカーについては「味の素#沿革」をご覧ください。
戦後に存在した同名の医薬品卸売商社については「鈴木商店 (新潟県)」をご覧ください。
曖昧さ回避 「鈴木商会」とは異なります。
鈴木商店本社屋になる前の旧ミカドホテル(画像は1918年以前)
鈴木商店(すずきしょうてん)は、かつて存在した日本の商社(登記上は現存)。
樟脳、砂糖貿易商として世界的な拠点網を確立するとともに、財閥(鈴木財閥)の中核として製糖・製粉・製鋼・タバコ・ビールなどの事業を展開。
さらに保険・海運・造船などの分野にも進出し、1917年(大正6年)には当時の日本の国民総生産(GNP)の1割を売り上げる総合商社となった。
1927年(昭和2年)に昭和金融恐慌のあおりを受け、事業を停止した。
本項目では、鈴木財閥の持株会社である鈴木合名会社の前身企業としての合名会社鈴木商店(1874年 – 1923年)および、合名会社の子会社として設立された株式会社鈴木商店(1923年 – 1945年)の両方について記述する。
ロンドン・バルチック海運取引所で日本企業として2番目の会員企業であった。
事業精算後、双日、豊年製油(現・J-オイルミルズ)、神戸製鋼所など鈴木商店の流れを汲む会社が日本の大手産業企業となっている。
歴史
創業期
鈴木よね
絶頂期の鈴木よねの資産は大正全国富豪番付で西日本5位だった
1874年(明治7年)、兵庫の弁天浜に旧川越藩領出身の鈴木岩治郎が、当時番頭をしていた辰巳屋ののれん分けを許され鈴木商店を開業する。
1886年(明治19年)、のちに鈴木商店を支える金子直吉が鈴木商店に丁稚奉公に入る。順調に売上を伸ばし神戸八大貿易商の一つに数えられるようになる。
1894年(明治27年)に鈴木岩治郎が死去。廃業の提案をよそに夫人の鈴木よね(米)[注 1]が金子直吉と柳田富士松の両番頭に委任し事業を継続する。その直後、金子は樟脳の取引で損失を出す。鈴木よねはそのままの体制で経営を続ける。
1899年(明治32年)、後藤新平台湾総督府民政長官が目指す樟脳の総督府専売に反対する業者らの団結を、鈴木商店(金子直吉)が切り崩した功績を認められて、台湾樟脳油の販売権を獲得。
1902年(明治35年)、出資金50万円を以て合名会社鈴木商店へ組織変更(これまで個人商店だった)。この年、ロンドン、ハンブルク、ニューヨークに代理店を設置。
1903年(明治36年)、辰巳屋との協同出資で、大里(現・北九州市門司区)に大里製糖所を設立。
1905年(明治38年)、神戸製鋼所の前身の小林製鋼所を買収する[注 2]。
1906年(明治39年)、ミカドホテル新館を取得し、本店を栄町通から相生町に移転する(1918年米騒動の際に焼き討ちの標的となった建物)。
1907年(明治40年)、大里製糖所を大日本製糖に売却し、見返りに砂糖の一手販売権を取得する。
1910年(明治43年)、日沙商会設立
1911年(明治44年)、大里に大里製粉所を設立[注 3]。
以降、大正時代には、下記の会社を次々と買収。
1915年(大正4年) 播磨造船所、日本金属工業、南洋製糖他
1916年(大正5年) 帝国染料他
1917年(大正6年) 大田川水電、浪華倉庫、南朝鮮鉄道、信越電力他
1918年(大正7年) 日本冶金、旭石油、東洋マッチ、帝国樟脳他
1919年(大正8年) 帝国炭素、国際汽船他
1920年(大正9年) 帝人(旧帝国人造絹糸)、新日本火災保険他
絶頂期
鈴木商店本社(前ミカドホテル、1918年以前)
1914年(大正3年)、第一次世界大戦が始まる。当時、戦争はすぐに終結し戦争被害による影響で物価が下がるというのが大方の見方であった。鈴木商店は海外電報を駆使して戦況を集め物価は高騰するとよみ、イングランド銀行から巨額の融資を受け[1]、世界中で投機的な買い付けを行う。鉄は当然のこと、砂糖・小麦を含め資金の限界まで買い付けを行った。
鉄、小麦、船などについて日本を介さない三国間貿易を始めるなど[注 4]、独創的な手法で売り上げが急拡大する。この頃、金子直吉はロンドン支店宛ての手紙の中で『この戦乱を利用して大儲けをなし、三井、三菱を圧倒するか、あるいはその二つと並んで天下を三分する』と記している[2][3]。
1919(大正8年) – 1920年(大正9年)の全盛時代、鈴木商店の売上げは当時の日本の国民総生産(GNP)の1割に相当する16億円[注 5]に達し、三井物産や三菱商事を遥かに上回っていた。当時のスエズ運河を通過する船の一割は鈴木商店所有といわれた。第一次世界大戦での塹壕の土嚢には鈴木商店のロゴ(菱形にSUZUKIの略記「SZK」)の入った小麦袋が大量に使われたという。資金を提供していたのは台湾銀行であった。
1918年(大正7年)7月23日から始まった[4]米騒動の際に大阪朝日新聞は、鈴木商店は米の買い占めを行っている悪徳業者であると攻撃した[5][6]。
これにより、鈴木商店は米価の高騰に苦しむ民衆の反感を買い8月12日に焼き打ちされた[注 6]。
事件を再調査した城山三郎は、当時の鈴木商店が米を買い占めていた事実はなく、焼き打ちは大阪朝日新聞が事実無根の捏造報道による「風評被害」[7]であり、鈴木商店と対立していた三井と朝日の「共同謀議」という仮説を立て、ノンフィクション小説『鼠 鈴木商店焼打ち事件』として発表している。この時、金子直吉の首に10万円の賞金が掛けられたと言われている[5]。
米騒動により焼き打ちされた鈴木商店本店(1918年8月)
転換期
第一次世界大戦後の反動で株価、工業製品価格、船舶運賃が軒並み下落した。鈴木商店は株式を上場せずに銀行からの借り入れのみで運転資金を賄っていたため、大きな打撃を受けることになった。鈴木商店の資本金1億3000万円に対し借入金が10億円を超えていた。
1923年(大正12年)3月14日、持株会社制へ移行するため商号を合名会社鈴木商店から鈴木合名会社へ改め財閥本社とし、新たに株式会社鈴木商店を設立して全事業を分社化した。
これはそもそも台湾銀行側が金子を鈴木合名会社の子会社となる商社部門(株式会社鈴木商店)に閉じこめ、その後目の届かないところで親会社(鈴木合名会社)傘下の不採算会社を整理しようと企んで提案したことであったが、金子が株式会社鈴木商店の専務取締役になると同時に鈴木合名会社の無限責任社員にもなってしまったため結局その企みは頓挫した。
1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が発生すると、政府は震災手形割引損失補償令を公布。
これは震災前に銀行が割り引いた手形のうち決済不能になった損失を日本銀行が補填するというものであった。
この制度成立には金子から政治家への働きかけがあったといわれている。
鈴木商店と台湾銀行はこの制度を利用し、損失の穴埋めを行う。
政府も震災手形を使った鈴木商店の損失処理を黙認する態度をとっていた。
1926年(大正15年)12月末の震災手形の合計2億680万円のうち台湾銀行は1億4万円で48%を占め、その台湾銀行の手形のうち7割が鈴木商店のものであった。鈴木商店の震災手形の総額は現代の物価に換算すると438億3752万8千円という巨額であった。
終焉期
「昭和金融恐慌」も参照
1927年(昭和2年)3月、当時の大蔵大臣・片岡直温の「とうとう東京渡辺銀行が破綻した」との失言(片岡の発言時点では東京渡辺銀行はまだ破綻していなかった)により東京渡辺銀行は実際に破綻、他行でも取り付け騒ぎが発生する。
同年3月27日、台湾銀行は鈴木商店への新規融資の打ち切りを通告。系列化していた鳥取発祥の第六十五銀行に鈴木商店を支える体力はなく資金調達が不能となり、同年4月5日、鈴木商店は事業停止・清算に追い込まれた。
同年4月4日に鈴木商店との絶縁を宣言した第六十五銀行であったが、鈴木商店倒産のあおりを受け、同年4月8日から帳簿整理を理由に臨時休業に追い込まれた[8]。
営業休止は台湾銀行の台湾以外の店舗にも波及した。第六十五銀行は翌1928年(昭和3年)10月に神戸銀行(現三井住友銀行)の源流となる神戸岡崎銀行に営業譲渡のうえ清算された。
商社部門は1928年(昭和3年)、金子の部下だった高畑誠一を中心に鈴木商店の子会社だった日本商業会社を日商と改め再出発を図る。
金子は、同じく鈴木商店の子会社だった太陽曹達を太陽産業(1949年(昭和24年)解散。太陽鉱工の前身)と改め持株会社とし、同社の相談役として鈴木家の再興を図った。一時は神戸製鋼所を系列に持つなどした。この他の鈴木商店の関連会社の殆どは鈴木商店を当時目の敵にしていた三井財閥の系列に統合されていった。
事業停止後
「株式会社鈴木商店」と持株会社の「鈴木合名会社」は1933年に負債を完済した。
株式会社鈴木商店は1945年10月20日に解散し、その後、清算手続きに入ったが、清算の終了を意味する「結了」がなされていない。
1974年10月1日、職権により登記用紙が閉鎖されているものの、登記上は両社とも現存する[9]。
鈴木よねの曾孫で太陽鉱工社長の鈴木一誠は、鈴木商店が登記上現存することは知っていたが、企業としての鈴木商店の復活は考えていないという[10]。
後述のように鈴木商店の流れをくむ企業は多く、その中で商社の双日は社史サイトで鈴木商店に関連する動きを21世紀でも紹介している。
2014年には、有志(OBや関係者が1961年に発足させた「辰巳会」[11])によるウェブサイト「鈴木商店記念館」が発足[12]。2017年7月7日には神戸市中央区栄町通7丁目の鈴木商店本店跡に記念碑が設置され、神戸市に寄贈された[13]。
創業家の鈴木家は、鈴木商店の流れをくむ企業の経営にその後も関わった。2016年に98歳で死去した鈴木治雄は、ニチリン、太陽鉱工などの役員を歴任した[14]。
鈴木商店の流れを汲む会社
丸括弧内は旧社名[15]
神戸製鋼所
神鋼商事
神鋼環境ソリューション(神鋼フアウドラー→神鋼パンテツク)
コベルコ建機 (傘下の油谷重工と合併して独立)
神鋼鋼線工業(日本鉄線鋼索→神戸製鋼所に合併→神鋼鋼線鋼索工業として独立)
神鋼造機 (振興造機)
シンフォニア テクノロジー(帝國汽船鳥羽造船所→神戸製鋼所造船部電機製作所→播磨造船所を分離→神戸製鋼所鳥羽工場→山田・東京・松阪工場を増設→神鋼電機として神戸製鋼所から企業分割→現社名で神鋼グループから自立[16])
帝人(帝國人造絹絲)
ナブテスコ(帝人製機と神戸製鋼所系列のナブコが統合、合併)
帝三製薬(第三製薬)
サッポロビール/アサヒビール 分割前の大日本麦酒が鈴木系列の櫻麦酒(旧帝國麦酒)を合併。
J-オイルミルズ(豊年製油→ホーネンコーポレーション→豊年味の素製油)
協和キリン(大日本酒類醸造→大日本醗酵工業→日本酒類)[注 7]
太平洋セメント(日本セメント)
IHI 石川島重工業が合併した播磨造船所が鈴木系列(帝國汽船播磨造船所→神戸製鋼所造船部→播磨造船所→石川島重工業と合併→石川島播磨重工業)
太陽鉱工(太陽産業):鈴木よねの子孫が社長を務める。
東邦金属
日本精化
ニチリン(鈴木商店のゴム部門が分離独立し日本輪業→日本輪業ゴム→日輪ゴム工業)
昭和産業
昭和シェル石油(旭石油→昭和石油)
三井化学(三井系)源流の一つ東洋高圧(三井鉱山子会社)が鈴木系列のクロード式窒素工業を買収。
日油(合同油脂グリセリン→日産化学工業と合併後日本油脂として分社)
ダイセル(三井系)旧大日本セルロイド創立時に合同した8社の内の日本セルロイド人造絹糸が三菱財閥との合弁。
日本化薬(日本火薬製造)
双日(日本商業→日商→日商岩井→ニチメンと合併 正確には系列ではなく後身)
日商液化ガス
日本精鉱
日本海運(日通系列、旧帝国汽船が旧石原産業系列の海運会社と合併。戦後、日通の子会社へ。)
三井住友海上火災保険 三井系の旧大正海上火災保険(後の三井海上火災保険、現・三井住友海上火災保険)が鈴木系列の(新日本火災保険)を合併。
三菱レイヨン (東京毛織→新興人絹)
プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険(大正生命保険→旧あざみ生命保険を大和生命保険が吸収合併したが、経営破たんにより外資傘下へ、現・ジブラルタ生命保険。)
サンデン交通(山陽電気軌道)
ニップン(旧・日本製粉)(三井系)
日工(日本工具製作/1919年) アスファルトプラント・生コンクリートプラント等の土木用大型プラント、コンベヤ等の産業機械の製造・販売を主体としている。
関門製糖 旧門司大里製糖所を設立。
日塩(旧 大日本塩業)[17][18]
台湾糖業公司(台糖) 台湾で設立した東洋製糖は、大日本製糖と明治製糖への吸収を経て、戦後は共に国営の台湾糖業に接収された [19][20]。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 2014年5月9日に開局55周年の特別番組として読売テレビ制作、玉岡かおるの原作で「お家さん」というよねを主人公にしたドラマが放送された。よねを天海祐希、奉公人・金子直吉を小栗旬が演じた。「明治、大正、昭和と激動の時代を駆け抜けた女の物語!日本一の商社を作った女主人と、彼女の夢を叶えるため生涯を捧げた大番頭の奇跡に涙する」というコピーだった。
^ 金子直吉が紡績会社の買収に失敗したショックで偶々舞い込んだこの会社の買収を引き受けたのが実情であった。金子本人は後に「その日の出来心」とこれを語っていた。
^ ちょうどこの年、日本の関税自主権が回復した。
^ ちなみにこの三国間貿易を手がけたのが、当時ロンドン支店勤務だった高畑誠一である。
^ 当時の新入社員の初任給は70円。
^ この余波で、第4回全国中等学校優勝野球大会は中止に追い込まれた。
^ 酒類事業はアサヒビール系列のニッカウヰスキーに譲渡している。
出典
^ 『バンクオブイングランド』、鈴木商店記念館。
^ 加護野忠男著「ニッポンの企業家、金子直吉」(2005年11月21-30日 日本経済新聞)
^ NHK取材班・編『その時歴史が動いた コミック版 経済立国編』収録 帯ひろ志作画「巨大商社、鈴木商店の挫折」(2009年11月22日初版発行 ISBN 4-8342-7372-5)
^ とやま観光ナビ 黒部・宇奈月エリア 米騒動発祥の地
^ a b 城山三郎『鼠 鈴木商店焼打ち事件』文春文庫、1975年。
^ 朝日新聞百年史編修委員会編『朝日新聞社史 大正・昭和戦前編』朝日新聞社、1991年、89頁。
^ 「今、歴史に学ぶこと」『有隣』第385号、1999年12月10日。
^ 神戸の六十五銀行も休業発表『大阪毎日新聞』昭和2年4月9日夕刊(『昭和ニュース事典第1巻 昭和元年-昭和3年』本編p99 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
^ “鈴木商店、登記上は現存 恐慌で破綻も清算終えず”. 神戸新聞NEXT. (2016年8月30日) 2016年8月30日閲覧。
^ “「鈴木商店」復活あり得る? 関係者に聞く”. 神戸新聞NEXT. (2016年12月5日) 2018年2月18日閲覧。
^ 鈴木商店の歴史 鈴木商店のあゆみ 辰巳会の設立(2018年12月1日閲覧)。
^ 「鈴木商店記念館」オープン双日歴史館(2018年4月10日閲覧)
^ 鈴木商店本店跡地前にモニュメント完成双日歴史館(2018年4月10日閲覧)
^ 鈴木治雄、鈴木商店記念館
^ 『神戸の鈴木か鈴木の天下か』 時事新報(1927.3.18-1927.3.23) に鈴木商店の直営企業一覧が載っている。( 神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫・ 02.手形 第4巻 078 5ファイルあるうちの3ファイル目 より)2018年7月12日閲覧。
^ 株式会社神戸製鋼所殿との資本関係見直しに関するお知らせ – 2009年5月15日 シンフォニアテクノロジー ニュースリリース
^ 日塩株式会社 会社案内
^ 大日本塩業(現・日塩)の歴史
^ [1]
^ [2]
参考文献
城山三郎『鼠 鈴木商店焼き打ち事件』文春文庫、改版2011年。ISBN 4167139324。
桂芳男『総合商社の源流 鈴木商店』日本経済新聞社(日経新書)、1977年。
辻本嘉明『行け!まっしぐらじゃ 評伝・金子直吉』郁朋社、1999年。ISBN 4873020182。
桂芳男『幻の総合商社 鈴木商店―創造的経営者の栄光と挫折』社会思想社(現代教養文庫)、1999年。ISBN 4390112961。
齋藤尚文『鈴木商店と台湾―樟脳・砂糖をめぐる人と事業』晃洋書房、2017年。ISBN 4771028338。
武田晴人『鈴木商店の経営破綻―横浜正金銀行から見た一側面』日本経済評論社、2017年。ISBN 4818824720。
神戸新聞社『遙かな海路―巨大商社・鈴木商店が残したもの』神戸新聞総合出版センター、2017年。ISBN 4343009521。
伊藤智義(作)、森田信吾(画):「栄光なき天才たち」単行本第3巻所収の「鈴木商店」、集英社ヤングジャンプコミックス。
関連項目
金光庸夫 – 鈴木商店社員でのちに大正生命保険の創立時役員。また第2次近衛内閣で厚生大臣。
大日本製糖 – 1907年に鈴木商店の製糖事業(大里精糖所)を買収した製糖会社。鈴木商店は見返りに砂糖の一手販売権を取得した。
帝人事件 – 内閣が総辞職した1934年の汚職事件
お家さん – 鈴木商店を描いた玉岡かおるの小説、またこれを原作としたテレビドラマ
外部リンク
「鈴木商店記念館」 – 鈴木商店を源流とする会社OBらにより運営されているサイト
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カテゴリ: 鈴木商店かつて存在した兵庫県の企業神戸市の歴史日本の貿易の歴史かつて存在した日本の卸売企業かつて存在した日本の商社大正時代の経済日本の財閥・コンツェルン戦前の神戸
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伊藤忠商事
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%BF%A0%E5%95%86%E4%BA%8B
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊藤忠商事株式会社
ITOCHU Corporation
大阪本社
東京本社
種類 株式会社
機関設計 監査役会設置会社[1]
市場情報
東証プライム 8001
1950年7月11日上場
NASDAQ ITOCY
略称 伊藤忠(いとちゅう)、CI
本社所在地 日本の旗 日本
東京本社 〒107-8077
東京都港区北青山2丁目5番1号
伊藤忠商事東京本社ビル
大阪本社 〒530-8448
大阪府大阪市北区梅田3丁目1番3号
ノースゲートビルディング[注釈 1]
本店所在地 〒530-8448
大阪府大阪市北区梅田3丁目1番3号
ノースゲートビルディング
設立 1949年(昭和24年)12月1日
業種 卸売業
法人番号 7120001077358 ウィキデータを編集
事業内容 繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食料、生活資材、情報通信、保険、物流、建設、金融など
代表者 岡藤正広
(代表取締役会長兼会長執行役員兼CEO)
石井敬太
(代表取締役社長兼社長執行役員兼COO)
小林文彦
(代表取締役兼副社長執行役員兼CAO)
鉢村剛
(代表取締役兼副社長執行役員兼CFO)
都梅博之
(代表取締役兼副社長執行役員)
中宏之
(代表取締役兼執行役員兼CSO)
資本金 2534億4800万円
(2021年3月31日現在)[2]
発行済株式総数 15億8488万9504株
(2021年3月31日現在)[2]
売上高 連結:10兆3626億2800万円
単独:3兆5753億6900万円
(2021年3月期)[2]
営業利益 連結:4034億1400万円
単独:151億2000万円
(2021年3月期)[2]
経常利益 連結:5124億7500万円
単独:3058億9200万円
(2021年3月期)[2]
純利益 連結:4014億3300万円
単独:△713億4100万円
(2021年3月期)[2]
純資産 連結:3兆8702億4000万円
単独:9287億6200万円
(2021年3月期)[2]
総資産 連結:11兆1784億3200万円
単独:3兆1582億4700万円
(2021年3月期)[2]
従業員数 連結:115,124人
単独:4,170人
(2022年3月31日現在)
支店舗数 国内7店 海外86店
決算期 3月31日
会計監査人 有限責任監査法人トーマツ[3]
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(信託口)9.28%
ビーエヌワイエム アズ エージーテイ クライアンツ ノン トリーテイー ジヤスデツク 5.64%
日本カストディ銀行(信託口)5.63%
CP WORLDWIDE INVESTMENT COMPANY LIMITED 4.26%
日本生命保険 2.29%
みずほ銀行 2.09%
(2020年9月30日現在)
主要子会社 伊藤忠テクノソリューションズ(株)56.6%
伊藤忠食品(株)51.7%
関係する人物 瀬島龍三
吉田多孝
外部リンク 伊藤忠商事株式会社
特記事項:単独従業員数は他社への出向者などを含む。
本社欄は東京本社、本店欄は大阪本社所在地[4]
テンプレートを表示
伊藤忠商事株式会社(いとうちゅうしょうじ、英: ITOCHU Corporation)は、大阪府大阪市北区と東京都港区に本社を置く大手総合商社。登記上の本店は大阪本社。
コンビニ大手、ファミリーマートの親会社としても有名である。
日経平均株価およびTOPIX Core30、JPX日経インデックス400の構成銘柄の一つ[5][6][7]。コーポレート・スローガンは「ひとりの商人、無数の使命」(英: I am One with Infinite Missions)。
概要
戦前は伊藤忠財閥の中核企業であった。伊藤忠財閥は、多数の紡織会社を傘下に持つ繊維財閥であったため、繊維部門の売り上げは群を抜いており、かつては世界最大の繊維商社であった。傘下に有力企業を多数抱えており、現在は祖業である繊維の他に、食料や生活資材、情報通信、保険、金融といった非資源分野全般を強みとしている。
銀行との融資・資本関係としては太平洋戦争以前から旧住友銀行(現三井住友銀行)と親密であったが、戦後住友系列より徐々に離脱し、旧第一銀行(現みずほ銀行)に接近。第一勧銀グループからの流れを受けて、現在は三金会のメンバーに属している。
単体従業員数が大手総合商社(伊藤忠商事、三菱商事、三井物産、住友商事、丸紅)で最少ながら、2015年度(2016年3月期決算)には最終利益で三菱商事を抜き、総合商社業界でトップとなった。しかし、これは資源価格下落により資源分野からの収益が大きい三菱商事と三井物産が創業以来初の最終赤字となったことも大きく、社長の岡藤正広は「不戦勝で土俵にあがったようなもの」と述べている[8]。
社員の健康増進を図る健康経営を推進している[9]。朝型勤務の奨励[10]、がんの早期発見・がん先端医療の無償化などの社員のがん治療との両立支援[11][12]などが報じられている。
2018年4月、岡藤が会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。大手商社で会長がCEOを務める体制は異例であり、岡藤の注力した中国最大の国有複合企業「中国中信集団」(CITIC)との提携が、効果の面で課題が残っているためで、当面は「二頭体制」としている[13]。
歴史
1858年、初代伊藤忠兵衛が麻布(あさぬの)の「持下り」行商を開始したことをもって創業としている。同業の丸紅とは同じ起源となっている。その後、いったん丸紅と分割されたものの、戦時中に再度合併(大建産業)、戦後の財閥解体措置により再度両社は分割され、1949年に現在と直接つながる伊藤忠商事株式会社が設立された。
百貨店業への進出と挫折
1962年には創業者・中林仁一郎の死後、経営が悪化していた京都市の百貨店「丸物(現在の近鉄百貨店の前身企業のひとつ)」の株式を日興証券から取得した。これは京都・岐阜・東京(池袋)(現・池袋パルコ)・豊橋の4店舗に伊藤忠の商品を流すことで、国内販売網を強化し、消費物資の輸入自由化に対処することが主な狙いだった[14][15]。提携の一環としてスーパーマーケット「マックストア」を大阪近郊に展開している。
また、丸物に出資する以前には金沢市の百貨店「丸越」(現在の金沢エムザ)とも資本提携しており、丸物や丸越の筆頭株主である名古屋鉄道(名鉄)とも提携することでレジャー部門の強化ももくろんでいた。レジャー部門において、当社はアメリカン・マシン・アンド・ファウンドリー社の日本国内における独占販売・賃貸権を有していたからである[14]。
しかし、いずれの目論見も失敗し、当社は丸物の所有株式売却と提携解消を示唆。京阪神地域には阿倍野・上本町の2店しか百貨店を持たなかった近畿日本鉄道(現在の近鉄グループホールディングス)が救済を表明したため、1966年に全株式を売却した[注釈 2][15]。ただし、後身の近鉄百貨店は資本関係のなくなった現在も取引先の一つである[16]。
沿革
伊藤忠商事 旧大阪本社
画像左が大阪本社が入居していた旧・伊藤忠ビル(現・大阪御堂筋ビル)、画像右は大阪センタービル
(大阪市中央区久太郎町四丁目1番3号)
1858年(安政年間)5月 - 伊藤忠兵衛によって麻布類の卸売業として近江国犬上郡八目村(現・豊郷町大字八目)で創業する。
1872年(明治時代)1月 - 大阪府東大組(のちの東区、現・大阪市中央区)本町2丁目に紅忠(べんちゅう)を創立する。事実上の本社移転。
1884年(明治17年) - 紅忠を伊藤本店とする。
1893年 - 伊藤糸店を開く。
1914年(大正3年)12月 - 伊藤忠合名会社に改組する。
1918年12月 - 伊藤忠合名会社を株式会社伊藤忠商店(丸紅の前身)と伊藤忠商事株式会社に分割する。
1941年(昭和16年)9月 - 丸紅商店、伊藤忠商事、岸本商店の3社が合併して、三興株式会社となる。
1944年9月 - 三興、大同貿易、呉羽紡績の3社が合併して、大建産業株式会社となる。
1949年12月1日 - 大建産業が過度経済力集中排除法の適用を受け、伊藤忠商事、丸紅、呉羽紡績、尼崎製釘所(現・アマティ)に分割される。
1961年12月 - 森岡興業株式会社を合併する。
1962年8月29日 - 京都の百貨店・丸物(現・近鉄百貨店)の株式150万株の取得を発表する。
1962年10月 - 丸物の株式を取得する。
1962年10月 - 丸物と提携したスーパーマーケット「マックストア」1号店の淡路店を開業する。
1964年4月 - 青木商事株式会社を合併する。
1966年4月 - 丸物の株式を近畿日本鉄道(現・近鉄グループホールディングス)に売却する。
1977年10月 - 安宅産業株式会社を合併。安宅より引き継いだ鉄鋼部門の併呑により、従来の繊維中心から、名実共に総合商社へ飛躍する端緒となる(安宅産業破綻の項も参照)。
1980年11月 - 港区北青山一丁目に伊藤忠商事東京本社ビルを竣工、東京本社を日本橋から移転。
1992年 - 英文社名を「ITOCHU Corporation」とし、新ロゴマークを制定[注釈 3]。
2005年(平成17年) - オランダとオーストリアに本社を有するスポーツブランド・HEAD(英語版)の日本市場におけるアパレル及びアクセサリー関連商品のライセンス展開を開始[17]。
2008年2月 - 伊藤忠エネクス、大阪ガス、ジャパンエナジー(現・ENEOS)、日商LPガスとの5社でLPG事業再編統合本格的検討開始。
2011年5月6日 - 中期経営計画 「Brand-new Deal 2012」を開始。
2011年8月15日 - 大阪本社をJR大阪駅ノースゲートビルディングへ移転[18]。
2011年6月16日 - 米国Drummond社コロンビア炭鉱へ出資。
2012年12月25日 - 世界最大の青果物メジャー・米国Dole社のアジア・青果物事業およびグローバル・加工食品事業を買収。
2014年5月29日 - エドウイングループへ出資。
2014年7月24日 - タイ最大財閥Charoen Pokphand(チャロン・ポカパン)グループと戦略的業務提携。
2015年1月20日 - チャロン・ポカパングループと共に中国最大の国有企業グループである中国中信集団の中核企業、中信集団との戦略的業務・資本提携。
2017年10月20日 - セルビア初の大型PPP(官民連携)廃棄物処理発電事業をベオグラード市政府と契約調印。
2019年3月 - 株式会社デサントへのTOB開始、成立。
歴代社長
初代 伊藤忠兵衛(初代)
初代伊藤忠兵衛
二代 伊藤忠兵衛(二代目)
三代 伊藤竹之助
四代 小菅宇一郎(1949年 - 1960年)
五代 越後正一(1960年 - 1974年)
六代 戸崎誠喜(1974年 - 1983年)
七代 米倉功(1983年 - 1990年)
八代 室伏稔(1990年 - 1998年)
九代 丹羽宇一郎(1998年 - 2004年)
十代 小林栄三(2004年 - 2010年)
十一代 岡藤正広(2010年 - 2018年)
十二代 鈴木善久(2018年 - 2021年)
十三代 石井敬太(2021年4月 - 現職)[19]
ビジネス戦略
収益に占める資源以外(非資源)の割合は2013年に83%(米国会計基準)、2014年に108%(国際会計基準)と非常に大きく、なかでもその半分以上を占める生活消費関連分野は業界最大の収益規模を誇り、2014年には2254億円に達した[20]。
主な生活消費関連ブランドは以下の通り。
ドール・フード・カンパニー
クレヴィア
エキサイト
ファミリーマート:1998年に経営が厳しい時期ではあったが、約1350億円をかけ、商社としてはじめてコンビニエンスストアの経営を行う。
プリマハム
エビアン
ユーグレナ&ヨーグルト
サンダルフォー
サムソナイト
エドウイン
アディダス
レスポートサック
コンバース
ポールスミス
アウトドアプロダクツ
ジョルジオ・アルマーニ
ミラ・ショーン
ランバン
イヴ・サンローラン:1970年代、時代に先駆けてブランドの紳士服地を輸入したことから始まったブランドビジネスは、ブランドという付加価値をつけて製造販売を行うライセンスビジネスを経て、2000年代には、ブランドへの直接投資へと進化した。
アンテプリマ
エディー・バウアー
主要子会社及び関連会社
2022年3月31日現在[21]。太字:連結子会社
繊維カンパニー
伊藤忠ファッションシステム株式会社(東京都港区)
伊藤忠モードパル株式会社(東京都中央区)
株式会社エドウイン(東京都品川区)
株式会社三景(東京都江東区)
シーアイ繊維サービス株式会社(大阪府大阪市北区)
シーアイ・ショッピング・サービス株式会社(東京都港区)
株式会社ジョイックスコーポレーション(東京都千代田区)
スキャバル ジャパン株式会社(大阪府大阪市中央区)
ビーエムアイ・ホールディングス株式会社(東京都千代田区)
株式会社ユニコ(東京都中央区)
株式会社レリアン(東京都世田谷区)
株式会社ロイネ(東京都品川区)
株式会社コロネット(東京都千代田区)
株式会社ドーム(東京都江東区)
綾羽株式会社(大阪府大阪市中央区)
川辺株式会社(東京都新宿区):東証スタンダード上場
株式会社デサント(大阪府大阪市天王寺区):東証プライム上場
株式会社寺岡製作所(東京都品川区):東証スタンダード上場
マガシーク株式会社(東京都千代田区)
ワタキューセイモア株式会社(京都府綴喜郡井手町)
機械カンパニー
伊藤忠プランテック株式会社(東京都港区)
株式会社アイメックス(東京都港区)
伊藤忠アビエーション株式会社(東京都港区)
日本エアロスペース株式会社(東京都港区)
伊藤忠オートモービル株式会社(東京都港区)
伊藤忠TC建機株式会社(東京都中央区)
伊藤忠マシンテクノス株式会社(東京都千代田区)
伊藤忠システック株式会社(大阪府大阪市)
センチュリーメディカル株式会社(東京都品川区)
株式会社ヤナセ(東京都港区)
トーヨーエイテック株式会社(広島県広島市南区)
株式会社ジャムコ(東京都立川市)
いすゞ自動車販売株式会社(東京都品川区)
東京センチュリー株式会社(東京都千代田区):東証プライム上場
サンコール株式会社(京都府京都市右京区):東証プライム上場
金属カンパニー
伊藤忠メタルズ株式会社(東京都港区)
日伯鉄鉱石株式会社(東京都港区)
伊藤忠鉱物資源開発株式会社(東京都港区)
伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社(東京都中央区)
エネルギー・化学品カンパニー
タキロンシーアイ株式会社(大阪府大阪市北区):東証プライム上場
伊藤忠エネクス株式会社(東京都港区):東証プライム上場
伊藤忠石油開発株式会社(東京都港区)
伊藤忠ケミカルフロンティア株式会社(東京都港区)
伊藤忠プラスチックス株式会社(東京都千代田区)
伊藤忠リーテイルリンク株式会社(東京都中央区)
日本サニパック株式会社(東京都渋谷区)
ケミカルロジテック株式会社(東京都港区)
株式会社エネアーク(東京都千代田区)
日商LPガス株式会社(東京都千代田区)
ソレイジア・ファーマ株式会社(東京都港区):東証グロース上場
日本南サハ石油株式会社(東京都港区)
釧路石炭販売株式会社 (北海道釧路市)
食料カンパニー
伊藤忠食品株式会社(大阪府大阪市中央区):東証プライム上場
不二製油グループ本社株式会社(大阪府大阪市北区):東証プライム上場
伊藤忠食糧株式会社(東京都港区)
伊藤忠飼料株式会社(東京都江東区)
伊藤忠フードインベストメント合同会社(東京都港区)
日本ニュートリション株式会社(東京都港区)
Dole International Holdings 株式会社(東京都千代田区)
株式会社日本アクセス(東京都品川区)
ジャパンフーズ株式会社(千葉県長生郡長柄町):東証スタンダード上場
ウェルネオシュガー株式会社(東京都中央区)
伊藤忠製糖株式会社(愛知県碧南市)
久米島製糖株式会社(沖縄県那覇市)
プリマハム株式会社(東京都品川区):東証プライム上場
株式会社昭和(愛知県稲沢市)
株式会社ケーアイ・フレッシュアクセス(東京都中野区)
コンフェックス株式会社(東京都渋谷区)
住生活カンパニー
伊藤忠建材株式会社(東京都中央区)
伊藤忠紙パルプ株式会社(東京都中央区)
伊藤忠セラテック株式会社(愛知県瀬戸市)
伊藤忠ロジスティクス株式会社(東京都港区)
伊藤忠都市開発株式会社(東京都港区)
伊藤忠ハウジング株式会社(東京都港区)
伊藤忠アーバンコミュニティ株式会社(東京都中央区)
伊藤忠リート・マネジメント株式会社(東京都千代田区) - 伊藤忠アドバンス・ロジスティクス投資法人、アドバンス・レジデンス投資法人の資産運用会社
イトーピアホーム株式会社(東京都中央区)
日伯紙パルプ資源開発株式会社(東京都中央区):王子グループ
大建工業株式会社(大阪府大阪市北区):東証プライム上場
中設エンジ株式会社[注釈 4](愛知県名古屋市西区)
株式会社センチュリー21・ジャパン(東京都港区):東証スタンダード上場
情報・金融カンパニー
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(東京都千代田区):東証プライム上場
コネクシオ株式会社(東京都新宿区):東証プライム上場
伊藤忠インタラクティブ(東京都港区)
伊藤忠・フジ・パートナーズ株式会社(東京都港区)
伊藤忠オリコ保険サービス株式会社(東京都港区)
I&Tリスクソリューションズ株式会社(東京都港区)
伊藤忠ケーブルシステム株式会社(東京都品川区)
伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会社(東京都港区)
エイツーヘルスケア株式会社(東京都文京区)
ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社(東京都港区)
アシュリオン・ジャパン株式会社(東京都港区)
イー・ギャランティ株式会社(東京都港区):東証プライム上場
株式会社ベルシステム24ホールディングス(東京都中央区):東証プライム上場
ほけんの窓口グループ株式会社(東京都千代田区)
株式会社オリエントコーポレーション (東京都千代田区):東証プライム上場
Gardia株式会社(東京都港区)
株式会社GLコネクト(東京都港区)
株式会社スペースシャワーネットワーク(東京都港区):東証スタンダード上場
株式会社Paidy(東京都港区)
ポケットカード株式会社(東京都港区)
株式会社マネーコミュニケーションズ(東京都港区)
第8カンパニー
株式会社ファミリーマート(東京都港区)
その他関連会社
伊藤忠フィナンシャルマネジメント株式会社(東京都港区)
伊藤忠人事総務サービス株式会社(東京都港区)
主な海外拠点
ITOCHU Europe PLC
広報活動
毎週土曜日の夜9:54〜10:00、TBSで「きょうの、あきない」を放送している[22]。
モリゾーとキッコロ[注釈 5]
OC.RFC - 伊藤忠商事とオリコを母体とするラグビー部。現在関東社会人リーグ1部に所属。
伊藤忠記念財団
不祥事・事件・問題・批判
東芝機械ココム違反事件
1987年、東芝機械がココム規制に違反してソ連に大型工作機械を不正に輸出した事件で、仲介した伊藤忠商事は、3か月の輸出停止処分を受けた。
不正会計疑惑
2016年7月27日、米国の投資ファンドであるグラウカス・リサーチ・グループ(Glaucus Research Group California, LLC.)は、伊藤忠商事の会計処理に不正があり株価が50%下落すると主張するレポートを出した[24][25]。これに対し伊藤忠商事は、反論の文書を開示した[26]。その後、株価は10%程度下げたものの不正は立証されず、1か月後には上昇に転じる。同時に行っていた空売りで利益を出そうとしていたグラウカス・リサーチ・グループの計画は失敗した。
中国スパイ事件
2018年に中国の国家安全局に拘束され、起訴されていた40代の男性社員に対し、現地広州市の中級人民法院(地裁)が2019年11月15日、「中国の安全に危害を与えた罪(国家機密情報窃盗罪)」で懲役3年の実刑判決、と財産没収15万元(約230万円)を言い渡たされたことが外務省により判明。日中の関係筋によると、判決では「公的機関の内部情報を違法に入手した」と認定され、伊藤忠商事社員の被告男性は上訴はせず、実刑判決が確定。これに対して伊藤忠商事は「関係する皆様にご心配をおかけし、申し訳ありません。」などのコメントを発表した[27][28][29]。2021年2月22日に刑期を終え、出所したことが明らかとなった[30]。
吉野家#BSEによる米国産牛肉輸入停止の影響
伊藤忠商事が輸入にかかわった牛肉に危険部位が入っていたことが問題になった。
ダグラス・グラマン事件
プロロジスパーク岩沼1火災
日本アクセスなどが入居する物流施設「プロロジスパーク岩沼1」において、2020年4月30日に火災が発生し、延床面積4万m2の建屋が全焼した[31]。
関連項目
伊藤忠オート
瀬島龍三
長浜博行 - 伊藤忠商事出身で元環境大臣。現在は立憲民主党 (日本 2020)所属の参議院議員。
羽田雄一郎 - 伊藤忠記念財団出身で元国土交通大臣。
マック赤坂 - 元社員。独立し、レアアース商社「マックコーポレーション」を設立。
アベノマスク - マスクの受注先3社中、契約額第2位。
大阪企業家ミュージアム
脚注
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注釈
^ 大阪に本社を置いていたが、1960年代半ばから大阪と東京の2本社体制を敷き、1970年代には大阪本社の機能の多くは港区の東京本社に移管された。
^ 実際、同社は京都近鉄百貨店と社名変更して以後、ジェイアール西日本伊勢丹の進出などが理由で経営が悪化し、近鉄百貨店と経営統合した。近鉄傘下の子会社が近鉄の名称で出店した草津の店舗のみ残存。
^ それまでは「C.Itoh & Co., Ltd.」または「Chu Ito & Corporation」と表記していた。
^ 中央設備エンジニアリングより社名変更(「商号変更および新コーポレートロゴのお知らせ」を参照)。
^ 伊藤忠商事が愛知万博のマスコットのライセンスなどを担当した[23]。
出典
^ 組織図 - 伊藤忠商事株式会社
^ a b c d e f g h “2021年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)” (PDF). 伊藤忠商事株式会社 (2021年5月10日). 2021年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月30日閲覧。
^ コーポレートガバナンス報告書 (PDF) 伊藤忠商事 2021年12月14日閲覧
^ “本社地図”. 伊藤忠商事. 2017年9月28日閲覧。
^ 構成銘柄一覧:日経平均株価 Nikkei Inc. 2021年10月8日閲覧。
^ 「TOPIXニューインデックスシリーズ」の定期選定結果及び構成銘柄一覧 (PDF) jpx.co.jp 2020年10月7日公表 2021年10月8日閲覧。
^ JPX日経400・JPX日経中小型 jpx.co.jp 2021年10月8日閲覧。
^ “伊藤忠が時価総額で逆転、29年ぶりに三井物産を抜く-資源事業で明暗”. Bloomberg. (2016年3月29日) 2023年9月8日閲覧。
^ 伊藤忠が乗り出す「全員健康経営」とは何か 東洋経済オンライン 2016年6月15日
^ “早朝勤務なぜ広がる 残業減のほか思わぬ経済効果も”. 日本経済新聞. (2015年3月25日). オリジナルの2016年6月5日時点におけるアーカイブ。 2023年9月8日閲覧。
^ “伊藤忠、がんセンターと提携 社員の治療を支援へ”. 朝日新聞デジタル. (2018年8月24日). オリジナルの2017年8月24日時点におけるアーカイブ。 2023年9月8日閲覧。
^ がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰 東京都福祉保健局 2018年2月26日
^ 産経新聞朝刊2018年1月19日「伊藤忠社長に鈴木氏 二頭体制 岡藤氏が会長CEO」
^ a b “会社:伊藤忠が丸物と提携”. 毎日新聞 (毎日新聞社): p. 4. (1962年8月30日)
^ a b 渡辺一雄 (作家)『新風 ある百貨店の挑戦』経営書院 1995年11月30日。ISBN 4-87913-564-X
^ 繊維月報 VOL.648(伊藤忠商事大阪本社、2014年)
^ 『ヘッド(HEAD)』ブランド 新庄剛志氏とのイメージキャラクター契約についてニュースリリース | 伊藤忠商事株式会社、2018年7月10日閲覧。
^ 大阪本社移転に関するお知らせ (PDF)
^ “伊藤忠商事、社長に石井敬太専務執行役員、化学品部門から初 | 化学工業日報”. 2021年3月3日閲覧。
^ 伊藤忠商事 公式ページ 非資源から分かる伊藤忠
^ 統合レポート「主要子会社及び関連会社」を参照
^ きょうの、あきない | TBSテレビ
^ 愛・地球博マスターライセンシーオフィス(AMLO)の取組
^ Glaucus Research Group California, LLC.
^ 伊藤忠を日本初の標的に、空売り投資家グラウカスが会計手法批判(ブルームバーグ)2020年11月18日閲覧。
^ 伊藤忠CFO、「不正会計」指摘に怒りの大反論(日経ビジネス)2020年11月18日閲覧。
^ “中国で拘束の伊藤忠商事の社員 懲役3年の実刑判決 現地裁判所”. NHKニュース. (2019年11月26日). オリジナルの2019年11月26日時点におけるアーカイブ。 2023年9月8日閲覧。
^ “伊藤忠社員に懲役3年 拘束日本人、実刑9人目―中国”. 時事通信. (2019年11月26日). オリジナルの2020年9月14日時点におけるアーカイブ。 2023年9月8日閲覧。
^ “伊藤忠社員、中国で懲役3年などの判決…菅氏「出来る限り支援」”. 読売新聞オンライン. (2019年11月26日). オリジナルの2019年11月28日時点におけるアーカイブ。 2023年9月8日閲覧。
^ “中国で国家機密情報窃盗罪、伊藤忠社員が刑期を終え出所…帰国へ”. 読売新聞オンライン. (2021年2月22日) 2023年8月14日閲覧。
^ 株式会社ロジスティクス・パートナー. “プロロジスリート/火災被害の物流施設、近く解体へ”. 物流ニュースのLNEWS. 2021年7月24日閲覧。
参考文献
早川隆 『日本の上流社会と閨閥(伊藤忠家 近江行商人から巨大商社へ)』 角川書店 1983年 107-110頁
外部リンク
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最終更新 2023年10月2日 (月) 13:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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』
全銀システム過信のツケ 復旧まで2日、障害の想定甘く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB121G20S3A011C2000000/






『企業や個人間の送金を支えるインフラが12日、正常化した。10日発生したシステム障害は復旧まで2日かかり、250万件超の送金が滞った。機器やプログラムの更新後に起きた不具合が原因だが、半世紀にわたり安定稼働してきた「止まらぬシステム」への過信が障害への備えを甘くさせたとの見方もある。
3連休明けの10日朝に発生した「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」の障害では三菱UFJ銀行やりそな銀行など10の金融機関で他の金融機関向けの振り込みができなくなった。
各金融機関は振り込み処理の滞留を解消するため、全銀システムを運営する全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)にデータ記録用テープを持参。全銀システムを構築したNTTデータの担当者らと保存されているデータを全銀システムに流し込む作業を夜通し、続けた。並行して不具合の原因特定や対策にも追われた。
10〜11日に送金できなかった取引は、12日午前10時50分までに処理が完了した。
各金融機関は自行内の預金者間の送金は自らのシステムで完結するが、他の金融機関向けに送金するには全銀システムに接続する必要がある。今回、中継コンピューター(RC)と呼ばれる各金融機関のシステムと全銀システムをつなぐ機器でプログラムの不具合が起きたことが障害につながった。
RCには、送金元の銀行から送金先に支払う銀行間手数料の設定が正しいかチェックする機能が備わっている。この機能がエラーを起こし、送金できなくなった。RCは各行2台ずつ備わっているが、2台とも障害を起こした。
障害が起きた前日の9日までの3連休で、全銀ネットとNTTデータはRCの更新作業をしていた。2023年から29年にかけて24回に分けて実施する更新計画の第1陣として、三菱UFJ銀行やりそな銀行など14行で更新。このうち11行のRCで障害が起きた。利用していないシステムでの障害だった1行を除く10行で送金遅延が発生した。
2台同時に更新
今回は各行で2台ずつあるRCを同時に更新した。全銀ネットは「片方ずつやるのもリスクを下げることにつながる」と認めたが、保守期限が迫っていたこともあり、同時に入れ替えた。2台のRCは互いに補完し合う仕組みを設けて障害に備えていたものの、同じソフトの不具合からバックアップできなかった。
更新した金融機関のうち障害を起こさなかった3行は、銀行間手数料のチェックをRCではなく自行で計算する体制だったという。
1000超の金融機関が接続する全銀システムは1日平均13兆円の送金に利用されている重要な金融インフラだ。1973年の稼働以来、一度も大きな障害を起こしたことがなかった。
全銀システム「本体」は常に東阪で2セットずつ計4セットを同時に動かすバックアップ体制をとっている。複数のシステムを並走させているため、全滅しない限りサービスは止まらないとされる設計だ。
しかし、本体と銀行の接続部分であるRCが不具合を起こせば、本体のバックアップ体制が万全でも対象行は接続できなくなる。RCのプログラムで障害が起きた。
ある加盟行の幹部は「中継部分はみな細心の注意を払っている。ここでなぜ問題が発生したのか」と疑問を呈する。連休中の更新について、実装や試験のやり方に問題がなかったか、今後検証が求められることになる。
今回、復旧までに丸2日かかった。一般的にはプログラムの更新時に問題が発生した場合に更新前の状態に戻す応急対応もあるが、「14行で元に戻す作業よりも、プログラムを改修する方がリスクが小さいと判断した」(全銀ネット)という。手数料を全て「0円」で計算して簡素化するプログラムに修正し、送金を正常化した。
もっとも、これは応急措置だ。11日夜の記者向け説明会で全銀ネットは「真因がわかっていない」と説明した。根本原因の特定と解決に至っていないことに加盟行では不安も募る。
情報が二転三転
情報発信も二転三転した。障害初日の10日夕は当初、「受け付け済みの振り込み取引は本日中の着金を予定している」と発表。ただ、数時間もたたないうちに発表文を削除した。新たな発表文では「本日中」の文言が消え、「着金」という言葉は「処理を実施している」に変わった。関係者によると、加盟行などからの反発があったという。
10日夜の説明会では10日に処理できなかった送金は11日に処理すると説明したが、11日の夜の説明会の時点で49万件が残っていた。こうした経緯から全銀ネットの危機管理能力に疑問の声もあがる。
全銀ネットは資金決済法上の資金清算業者で、全国銀行協会の副会長兼専務理事が理事長をつとめる一般社団法人だ。10人いる理事のうち9人は全銀協加盟銀行の頭取や社長が名を連ねる。寄り合いの組織ゆえに復旧に向けたリーダーシップが欠けた面は否めない。金融庁幹部は「全銀協のガバナンスの問題でもある」と指摘する。
50年間、安定稼働を続けたシステムだけに、いざ顧客に影響が出る障害が起きた時の備えができていたのか、検証が必要となる。
NTTデータは「本格対処に向けて全銀ネットと鋭意対応を進める」とコメントした。
金融庁はすでに金融機関と全銀ネットから報告を受けているが、追加で報告を求めることも検討しており、再発防止を求める方針だ。
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佐藤一郎
国立情報学研究所 教授
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ひとこと解説 情報システムの耐故障性は専門なので、コメントしておきます。
記事中「RC(中継コンピューター)は各行2台ずつ備わっているが、2台とも障害を起こした。」
だが、2台による多重化は、独立に発生するハードウェア故障対策であり、2台が同じソフトウェアを動かしている限り、①ソフトウェアに不具合、または②2台のコンピュータと通信する外部システムに問題があれば、2台とも障害を起こします。
記事では片方ずつ更新すれば障害リスクを下げられる点に言及していますが、今回のようにその2台は片方の障害時にもう片方が処理を肩代わりすることを考えると、同時更新しかない場合が多く、全銀ネットの更新作業が不適切とはいえないはず。
2023年10月13日 9:22』