

「株主資本主義からの転換」にある「財務省の遠大なる戦略」とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/29a081c6074d29e91aaafa34d1f9a4d2a354a2dc
※ 今日は、こんなところで…。


『ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(1月26日放送)に数量政策学者の高橋洋一が出演。岸田総理が「株主利益の最大化を重視する『株主資本主義』の弊害を是正したい」と語ったというニュースについて解説した。
岸田総理「株主資本主義からの転換へ」と発言
2022年1月24日、記者の質問に答える岸田総理~出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202201/24bura.html)
岸田総理大臣は1月25日の衆議院予算委員会のなかで、看板に掲げた「新しい資本主義」の分配政策面に関し、株主利益の最大化を重視する「株主資本主義」の弊害を是正したいとの考えを示した。「株主資本主義からの転換は重要な考え方の1つだ。政府の立場からさまざまな環境整備をしなければいけないという問題意識を持っている」と述べた。
飯田)国民民主党の前原さんの質問に対して答えたということですが、どう見たらいいでしょうか?
高橋)普通の経営者から言わせれば、「株主資本主義ではなくて株主社会主義でしょう」とみんな冷やかして言います。このなかには「財務省の遠大なる戦略」があるのですが、それを誰も解説したことがありません。
飯田)裏にそんな戦略があるのですか?
高橋)まず、「労働者の利益のため」と言うのだけれど、撒き餌というか見せ金があって、それが「賃上げ税制」なのです。岸田政権でも賃上げ税制による税収効果がわかるのですが、せいぜい1000億円程度なのです。
飯田)なるほど。
高橋)その次に、「資本家の方から金を取る」という話になって、配当課税の強化になるわけです。これが本命で、こちらは数千億円~1兆円規模のオーダーの増収になるのです。このセットでいつもやっていて、撒き餌としての賃上げ税制があり、その後に配当課税の強化をやる。そういう遠大なる計画があって、それに則っているだけなのです。体よく「労働者のために」という言い方をしますが、逆に言うと経営者、資本家の方から金を取るという政策です。
飯田)配当課税の強化というのは、例の分離課税を見直して行くという話ですか?
高橋)そうです。今回の「株主資本主義」という名称は、その布石です。労働者の賃上げを少し見せて撒き餌を行い、最後に配当課税の方に持って行くというストーリーです。
飯田)総裁選のときに少し出たけれども、批判が多くて一旦うやむやになった話ですよね。
高橋)言ってしまったのですよね。だから今回は「株主資本主義」などと遠回しに言っているのです。聞かれたときは当面、賃上げ税制の話をしておくわけです。賃上げ税制は効果がないから、いくら言っても大丈夫なのです。そのうち頃合いを見て、配当課税の話に行くはずです。
飯田)そうすると、働いている者からすれば、賃上げはほとんどなく。
高橋)ありません。そして配当課税の方に「ドカン」と行くわけです。そちらの方が税収も大きいから、そこを狙っています。要するに増税ですね。
飯田)分離課税をするというのは、日本でも広く一般に投資をやってもらおうという、NISAやiDeCoと同じ流れのように見えたのですが。
高橋)そうなのですが、そこに手を入れたいと。資本家の方に手を入れると成長の元手がなくなるのだけれど、今回の岸田政権には成長戦略がないでしょう。それと表裏一体ですよ。
飯田)成長戦略がなく、パイを大きくせずに、パイの切り分け方だけを考えると。
高橋)そこに財務省がいるから、取りやすいところに手を突っ込むという戦略があるのです。
飯田)財務省にとっても、パイを大きくしてからの方が財政再建になるのではと、素人的には思うのですが。
高橋)財政再建を考えていないのです。はっきり言えば、財政再建は必要ないですからね。
飯田)財政再建は言うだけで必要ない。』
立民・西村智奈美幹事長 CLP以外の団体への約9億円支出もうやむや「個別の取引内容の公表は控える」
https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoSports_3923114/

※ 今日は、こんなところで…。
『「ChooseLifeProject」(CLP)に広告代理店などを通じて番組制作費名目で資金提供をしていた問題で調査結果を発表した。
資金提供は福山哲郎前幹事長(59)が2020年8月から10月までに合計1500万8270円を4回に分けて広告代理店を通じてCLPに支払われていた。
立民は2020年9月に旧立民と旧国民民主党が合流して結党。今回、問題となった決済は旧立民時代のものだった。
福山氏はCLPの「フェイクニュースや不公正な差別が横行する状況に対抗するための新しいメディアを作りたい」との考え方に共感し、資金提供を決めたという。番組内容に関する要求は行っていないとした。
西村氏は「国民の皆さまに疑念を与える結果となった」と話し、不適切であった部分は認めた上で違法性はないとした。
福山氏や党内関係者の処分については「現時点で処分の必要は感じていない」とし、第三者委員会の設置についても予定がないという。
立民がCLP以外のSEALDsメンバーが作った会社『ブルージャパン』に約9億円の支出については「特定業者との個別の取引内容の公表は控える。CLPとは関係はなく、党が行う広報活動などを行う発注先の一つだ」と語った。
党内では今回の調査結果を受けて「第三者委員会を設置して立ち入り調査すべきだ。これで幕引きだと、国民の疑念がさらに深まります」と不安の声が上がっている。』
2022年 知っておきたいマネーカレンダー
知っ得・お金のトリセツ(72)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB271K40X21C21A2000000/


『 不確実性を増す世の荒波のなかで確実なことが一つ。2022年もお金に関する関心は高まりこそすれ、減じることはない1年になるということだ。社会保障から節約、教育まで、変化の大きい今年のマネーカレンダーを点検しておこう。一言で言うと「人生100年仕様」の制度が実装される1年が待っている。
1月 団塊の世代が75歳以上に
今年はかねて日本の人口動態上の節目とされる「2025年問題」のとば口にあたる。1947~49年生まれ「団塊の世代」のトップバッターが1月以降75歳の誕生日を迎え、医療や介護の必要性が増す後期高齢者に分類され始める。今後3年かけて650万人もの後期高齢者が新たに誕生することで、日本の社会保障制度にかかる負荷は一段と高まる。いずれ国民の4人に1人が75歳以上になる将来を見据え、単純な「支える側 vs 支えられる側」で終わらないチャレンジが社会でも個人レベルでも本格化する。
1月 マイナポイント第2弾スタート
昨年11月の経済対策で盛り込まれた「マイナポイント第2弾」が1月1日から始まった。マイナポイントとは予算を原資にした、いわば国によるキャッシュバック事業。マイナンバーカードを作り、所定の手続きをした上で任意の民間キャッシュレス決済サービスとひも付ける。その上で2万円分の買い物やチャージをすると最大5000円分(還元率25%)のポイントがゲットできる仕組みだ。もともと2020年9月から始まった「第1弾」で既に全額ポイントを獲得済みの人以外は皆対象だ。これから新たにカードを作る人はもちろん、第1弾の行程が途中になっている人も第2弾が始まったことで、本来昨年末までだった締め切りが撤廃されている。今後、夏前をメドにマイナンバーカードの健康保険証としての利用申し込みで7500円分、公金受取口座の登録で7500円分と、マイナポイントをもらえる機会が続く。早めに慣れておこう。
4月 公的・私的、2つの年金の変更続々
改正年金法が施行され、4月以降年金を巡るルールが順次「人生100年仕様」に変わる。目玉のトップバッターが公的年金の繰り下げ受給。もらい始めの上限年齢が70歳から75歳へ5歳後ろ倒しに。これまで65歳を中心に60~70歳の幅で繰り上げ・繰り下げ受給が可能だった年金に新たに「75歳まで受け取らない」という選択肢が加わるわけだ。すると月々の受給額は65歳時点と比べて84%も増える。
その間の生活はいかに賄うか? できるだけ長く働き、自分で備える私的年金を活用するのが世の流れ。そのためのインフラ整備も進む。これまで60代前半で年金をもらいながら働く場合、収入が月28万円超になると年金カットの憂き目に遭っていたが、4月以降は基準額が月47万円と緩やかになる。同時に、65歳以降厚生年金に入って働く場合、毎年の年金増が「見える化」されて励みになる制度(在職定時改定)も始まる。
足並みをそろえる形で私的年金でも「老後」を5年、後ろ倒ししやすくする制度改定が続く。まずは4月から確定拠出年金(DC)の分野で企業型、個人型(iDeCo、イデコ)ともに受給開始上限が75歳まで繰り下がる。
4月 学校で金融教育スタート
年金にたどりつくまで人生100年時代のお金の歩みは長く、時に厳しい。正しい理解を若いうちから身につけてもらう取り組みも始まる。4月から高校の家庭科の授業に金融教育が組み込まれる。人生で必要なお金への向き合い方や、株式・債券など金融商品の基礎を学校で学ぶ時代の到来だ。
4月 成人年齢が20歳→18歳に
関係があるのが成人年齢の引き下げ。民法上の成人の規定が2歳若くなり、自分だけの判断でクレジットカードをつくったり借金をしたり投資を始めたりすることが可能になる。半面、「未成年だから」と行使できた契約取り消しのハードルも上がる。
5月 DCでの運用が5年長く可能に
改正年金法の第2弾は5月に施行される。DCに加入可能な年齢上限がやはり5歳伸びて後ろ倒しされる。イデコは65歳まで、企業型DCは70歳まで加入が可能になり、その分運用期間を長く取ることができる。
10月 パートの年金拡充、「全員イデコ時代」到来
公的・私的両方の年金で加入者のパイを広げる改正が10月に待つ。まずは厚生年金の適用拡大。これまで厚生年金加入の対象外だった中小企業で働くパートやアルバイトに枠が広がる。段階的に門戸を広げている最中だが、10月からは就労時間など一定の条件を満たすと従業員数101人以上の会社で対象となる。
私的年金ではイデコに加入できる会社員が増える。今までは実質的にイデコに加入することができなかった企業型DC制度を持つ企業の従業員にも門戸が広がり、「全員イデコ時代」が到来する。
10月 75歳以上の医療費自己負担 1割→2割へ
75歳以上が加入する「後期高齢者医療制度」で大きな変更がある。昨年6月成立の法改正により、一定の所得のある高齢者の医療費の窓口負担割合が現行の1割から2割に上がる。単身世帯で年収200万円以上、高齢夫婦世帯で320万円以上がメド。厚労省の試算では75歳以上人口のおよそ5人に1人が該当する。ただ、激変緩和措置として今後3年間は外来受診時の増額分が月3000円を超えないことになっている。』
参院選へ逆風の公明 敵基地攻撃で対応に苦慮
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022010200133&g=pol

『参院選が控える2022年を、公明党は逆風の中で迎えた。昨年末、党に所属していた元衆院議員が融資口利き事件で在宅起訴され、党の看板であるクリーンなイメージは失墜。10年近く歴代閣僚を出してきた国土交通省では、不正な統計書き換えを防げなかった。敵基地攻撃能力保有をめぐる議論も公明党の意に反して具体化する見通しで、党の存在意義が問われかねない事態に直面しつつある。
「敵基地攻撃」検討本格化へ ミサイル防衛、重層化図る―政府
「公明党のいる連立政権だからこそ政治が安定し、課題を着実に乗り越えていける。その先頭に立つ」。2日、東京・新宿駅前で新春恒例の街頭演説に臨んだ山口那津男代表は党のアピールに力点を置き、不祥事には触れずじまいだった。
公明党は参院選で、現職のいる兵庫、福岡など7選挙区全勝と、比例代表での7議席維持に向けた800万票獲得を目標に据える。昨年の衆院選では、国政選挙で下落傾向にあった比例票を5年ぶりに700万の大台に回復させ、公示前29だった議席を32に増やした。
だが、12月28日には党の「ホープ」と称された遠山清彦元財務副大臣が貸金業法違反の罪で在宅起訴された。連立を組む自民党に「政治とカネ」の問題が起こるたび自浄作用を促してきた公明党のイメージは損なわれた。参院選に向け、ただでさえ弱体化が指摘される支持母体・創価学会の動きにも響きかねない。「いくら実績を訴えても、かすんでしまう」。党関係者は声を落とす。
これに先立つ臨時国会では、国内総生産(GDP)の算出にも用いられる基幹統計を国交省が書き換えていた問題が発覚。17日召集見通しの通常国会では、党幹事長まで務めた斉藤鉄夫国交相が追及の矢面に立たされそうだ。党幹部は「省内の問題」として党への影響をかわしたい考えだが、「これまでの国交相にも責任論が出かねない」(関係者)との懸念も拭えない。
岸田文雄首相が国家安全保障戦略改定の課題に挙げる敵基地攻撃能力の保有も悩みの種だ。公明党は与党協議を参院選後に先送りさせる構えだが、自民党は5月に提言を取りまとめる方針。安全保障法制整備では「ブレーキ役」を自任した公明党だが、首相や自民党の現執行部とは太いパイプがなく、対応に苦慮しそうだ。
秋には2年に1度の党大会を控え、代表任期を迎える山口氏の去就が焦点。山口氏は12月、就任あいさつに訪れた立憲民主党の泉健太代表らに「われわれも若返りしないと」と漏らし、交代をにおわせた。その場合、後任には石井啓一幹事長(63)が有力視されるが、「官僚的で発信力が弱い」との評価もあり、不安の種は尽きない。 』
再生エネ普及へ送電網、2兆円超の投資想定 首相が指示
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA231B10T21C21A2000000/


『政府は再生可能エネルギーの普及のために次世代送電網を整備すると打ち出す。都市部の大消費地に再生エネを送る大容量の送電網をつくる。岸田文雄首相は2022年6月に初めて策定する「クリーンエネルギー戦略」で示すよう指示した。総額2兆円超の投資計画を想定する。政権をあげて取り組むと明示して民間の参入を促す。
【関連記事】北海道―本州に海底送電網構想 「洋上風力銀座」現実味
日本は大手電力会社が各地域で独占的に事業を手掛けてきた。送配電網も地域単位で地域間の電力を融通する「連系線」と呼ぶ送電網が弱い。
再生エネの主力となる洋上風力は拠点が地方に多く、発電量の変動も大きい。発電能力を増強するだけでなく消費地に大容量で送るインフラが必要だ。国境を越えた送電網を整備した欧州と比べて日本が出遅れる一因との指摘がある。
①北海道と東北・東京を結ぶ送電網の新設②九州と中国の増強③北陸と関西・中部の増強――を優先して整備する。①は30年度を目標に北海道と本州を数百キロメートルの海底送電線でつなぐ。
平日昼間に北海道から東北に送れる電力量はいま最大90万キロワット。新たに北海道から東京まで同400万キロワットの線を設ける。合わせて30年時点の北海道の洋上風力発電の目標(124万~205万キロワット)の3~4倍になる。
九州から中国は倍増の同560万キロワットにする。10~15年で整備する。
送電網を火力発電が優先的に使う規制を見直し、再生エネへの割り当てを増やす。送電方式では欧州が採用する「直流」を検討する。現行の「交流」より遠くまで無駄なく送電できる。
新規の技術や設備が必要になり、巨大市場が生まれる可能性がある。一方で国が本気で推進するか不透明なら企業は参入に二の足を踏む。
菅義偉前首相は温暖化ガス排出量の実質ゼロ目標などを表明し、再生エネをけん引した。岸田氏も夏の参院選前に「自身が指示した看板政策」として発表し、政権の公約にする。国の後押しを約束すれば企業も投資を決断しやすい。
電気事業者の関連機関の試算では投資は総額2兆円超になる。主に送配電網の利用業者が負担する。必要額は維持・運用の費用に利益分を加えて算定する。欧州と同様、コスト削減分を利益にできる制度も導入して経営努力を求めながら送電網を整える。
英独やスペインは再生エネの割合が日本の倍の4割前後に上る。欧州連合(EU)は復興基金を使って送電網に投資し、米国は電力に650億ドル(7.4兆円)を投じる。
【関連記事】
・エネ転換で製造業後押し 経産省、6月に工程表
・再生エネ活用へ火力発電抑制 経産省、供給超過時に 』
『 多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
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高村ゆかり
東京大学未来ビジョン研究センター 教授
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別の視点
2020年8月から、電力広域的運営推進機関(OCCTO)で、送配電網=系統をより長期的な視野をもって効率的に「プッシュ型」の系統整備を行うためのマスタープランが検討されている。
2021年5月の中間整理 https://www.occto.or.jp/iinkai/masutapuran/2021/files/masuta_chukan.pdf にもあるように、複数のシナリオ、想定を置いて検討を行い、これらの増強候補案は複数のシナリオで費用対効果が大きいとされた。
広域融通の促進は、再エネ導入拡大、CO2削減効果だけでなく、上記の費用便益分析には含まれていないが、需給逼迫時、災害時などのレジリエンスも高めることが期待できる。事業コストの精査は不可欠だが、事業と投資の経済効果を含め、長期でマクロな観点から国は明確な方針を早く示してほしい
2022年1月3日 14:45
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竹内純子
国際環境経済研究所 理事・主席研究員
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ひとこと解説
日本は小さな系統の集合体なので送電線のボトルネック解消は重要ですし、再エネを活用する良いことのようにみえるのですが、無駄な設備投資をしそうな匂いがかなり強い。
電力広域的運用推進機関でマスタープラン検討することになっているので、その場を利用してオールジャパンで、様々なシナリオに対するシミュレーションや費用便益評価をやり、それを踏まえた投資計画であるべき。
本来、再エネは「地産地消」をうたい文句にしていたのであり、そうした動きも徐々に生まれつつある。そうした動きにこそ新しい産業の芽がある。安定供給とコスト低減を両立するかに知恵を絞ることが大切で、まずは費用便益評価に基づいた議論をすべき。
2022年1月3日 11:49 』
台湾担当の企画官、外務省が新設へ 22年度から
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1723Y0X11C21A2000000/

『外務省は2022年度に台湾を巡る課題を扱う企画官ポストを新設する。自民党の17日の外交部会で方針を説明した。台湾情勢の緊張を踏まえて体制を強化する。佐藤正久外交部会長が記者団に明らかにした。
新ポストは中国・モンゴル第一課に置き、沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海情勢も担当する。
佐藤氏は記者団に「安全保障や外交、経済安保で台湾に関する仕事が増えている。大きな一歩だ」と語った。
外務省はすでに海外の人権問題に対処する企画官を22年度に設けると発表している。中国政府による新疆ウイグル自治区での人権侵害などが念頭にある。』
日本に外国人の方は280万人以上います!私はこの国で生きる全てのあなた(外国籍)が差別を受けず、相談出来る所を作ったり、家族を呼べるようにしたりします!
https://twitter.com/8ueBd6tf29iYRpZ/status/1469638413234368515

※ オイオイ…。
※ 一体、どこの国の政党なんだ…。
チャーチルと近衛・東条 明暗分けた組織力とスピード感 太平洋戦争開戦80年(下) 戸部良一・防衛大名誉教授に聞く
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXZQOLM071FF007122021000000/?n_cid=TPRN0016
※ 『「チャーチルが最初に手掛けたのが『国防大臣』を新設し、自らが就任したことです。国防省は存在しないので大臣というポストを設けただけです。政治優位の立場から政略と軍略を統合させる狙いでした」
「国防相の下には帝国(陸軍)参謀総長、海軍軍令部長、空軍参謀総長の3人から成る三軍幕僚長委員会を直属させました。この委員会は毎年400回以上開催しました。1日に2回開くこともあったわけです。特に42年には573回に達しました。下部スタッフ組織として作戦、情報、兵站(へいたん)と3つの三軍統合委員会も設けられていました。軍中央のトップのみならず中堅幕僚層でも統一化が進み、チャーチルを補佐したわけです」
「戦時内閣は首相を含む数人で構成しました。ただ英歴史家のA・J・Pテイラーは『戦時内閣がなにかを始めることはめったになく、チャーチルの意見を退けることはもっと稀(まれ)だった』と記しています。チャーチルは『討論による独裁者』とも言われました」』
※ 『 ――日本は軍事面での「統帥権」が政治権力から分離され、首相でも軍部を指揮することはできず、陸軍大臣でも参謀本部の作戦計画にはタッチできないシステムでした。
「日中戦争を戦う第1次近衛内閣(37~39年)は政・軍略統合の必要性を痛感していました。また以前から、内閣制度の改革が検討されてました。内閣を首相と陸海軍大臣を含む少数の国務大臣のみで構成し、内閣直属の新たなスタッフ機構で首相の指導力を強化しようという構想でした」
「この計画の実現には抜本的な法改正が必要になります。結局、近衛内閣では企画院と内閣情報部の新設だけで終わりました。非常時における組織改革の急所が、日英の認識は驚くほど似通っていました。しかし非常時だから今断行するのか、非常時だから事態が少し収まるのを待って改正するかで行動様式は全く違いました」』
※ こういうところにも、彼我の差異があったわけだ…。
※ そういうことの「反省」もあってか、「日本国憲法」においては、「大臣の横並び制」を止めて、「内閣総理大臣が、他の大臣の任免権を持つ」という制度に改めたわけだ…。
※ まあ、「組織」や「制度」を、「生かすも殺すも、人次第…。」ということだ…。


『太平洋戦争開戦から80年たった。米英と日本との格差は、軍事力や経済・産業力だけではなく、日本は組織力の点でも後れを取っていたとの研究が進んでいる。防衛大学校の戸部良一・名誉教授は「英国ではチャーチル首相の決定が、政治と軍事の統合を基盤とし政治優位でなされるようシステム化されていた。日本もそうした政軍統合の戦争指導体制が整備されていなかった」と指摘する。英チャーチルと同時期の近衛文麿、東条英機両首相との違いを追った。非常時にリーダーシップを機能的に発揮させるにはどういう組織が必要か。現代企業の組織運営にもヒントになりそうだ。
「討論による独裁者」チャーチル 政略と軍略を統合
戸部良一・防衛大名誉教授は「英国ではチャーチル首相が『国防大臣』を新設した」と指摘する。
――チャーチルが英国首相に就任したのは1940年5月でした。前年9月に勃発した第2次世界大戦はドイツ有利に展開し、英の同盟国であるフランスの降伏直前に、国のかじ取りを任されました。
「チャーチルが最初に手掛けたのが『国防大臣』を新設し、自らが就任したことです。国防省は存在しないので大臣というポストを設けただけです。政治優位の立場から政略と軍略を統合させる狙いでした」
「国防相の下には帝国(陸軍)参謀総長、海軍軍令部長、空軍参謀総長の3人から成る三軍幕僚長委員会を直属させました。この委員会は毎年400回以上開催しました。1日に2回開くこともあったわけです。特に42年には573回に達しました。下部スタッフ組織として作戦、情報、兵站(へいたん)と3つの三軍統合委員会も設けられていました。軍中央のトップのみならず中堅幕僚層でも統一化が進み、チャーチルを補佐したわけです」
「戦時内閣は首相を含む数人で構成しました。ただ英歴史家のA・J・Pテイラーは『戦時内閣がなにかを始めることはめったになく、チャーチルの意見を退けることはもっと稀(まれ)だった』と記しています。チャーチルは『討論による独裁者』とも言われました」
――チャーチルへの大変な権力集中です。成熟した多元的民主主義と評価される英国でよく可能でしたね。
「英国には第1次世界大戦の前半を担当したアスキス内閣(08~16年)時の苦い教訓がありました。問題に直面するたびにそれを担当する委員会を立ち上げたため、会議が多くなりすぎてスピード感ある決定・実行ができなかったのです。チャーチルは独裁的な権力を手中にしましたが、戦時のみとの暗黙の了解がありました」
「チャーチルは軍人と議論するとき、英議会でのディベート方式を持ち込み、とことん軍幹部を質問攻めにしました。最後は音を上げて恨み言を記した将軍の日記も残されています。ただチャーチルは納得すれば、問い詰めた軍人の意見を採用します。また『Action this day』がチャーチルの原則でした。英国の機能的な戦争指導体制を実見して、米国も後に取り入れました。統合参謀長会議を設立し、その下部組織に三軍統合委員会のシステムを作り上げました」』
『「陸海軍共同作戦の最高指導部」 日本は実現できず
――日本は軍事面での「統帥権」が政治権力から分離され、首相でも軍部を指揮することはできず、陸軍大臣でも参謀本部の作戦計画にはタッチできないシステムでした。
「日中戦争を戦う第1次近衛内閣(37~39年)は政・軍略統合の必要性を痛感していました。また以前から、内閣制度の改革が検討されてました。内閣を首相と陸海軍大臣を含む少数の国務大臣のみで構成し、内閣直属の新たなスタッフ機構で首相の指導力を強化しようという構想でした」
「この計画の実現には抜本的な法改正が必要になります。結局、近衛内閣では企画院と内閣情報部の新設だけで終わりました。非常時における組織改革の急所が、日英の認識は驚くほど似通っていました。しかし非常時だから今断行するのか、非常時だから事態が少し収まるのを待って改正するかで行動様式は全く違いました」
「37年に近衛内閣は、日露戦争後初めての『大本営』を設置しました。英国の三軍幕僚長委員会と三軍統合委員会に相当します。しかし文民の首相は入れません。日常業務は陸海軍ともそれぞれの役所でこなし、大本営の会議は大部分が報告で終わったとされます。山本五十六・海軍次官(当時)が期待した『陸海軍共同作戦の最高指導部』は最後まで実現しませんでした。軍と政府との情報交換の場として、大本営政府連絡会議が設けられましたが、政略と軍事戦略の統合はなされませんでした」
「40年の第2次近衛内閣(~41年)発足とともに、休眠状態だった大本営政府連絡会議(当初は連絡懇談会)が復活します。週1回以上のペースで開かれ、対米外交の調整、独ソ戦への対応、インドシナ南部への進駐などが政府と軍部の間で討議されました。それでも軍首脳を上から指揮するチャーチルのリーダーシップとは大変な差がありました」
「続く東条首相兼陸相(41~44年)は、内閣の成立直後から、ほぼ毎日のように連絡会議を開き、開戦から退陣までにも約120回行いました。世界情勢の分析から国内の戦争指導要綱、東南アジア諸地域への独立指導など多岐にわたりました。他方、船舶の徴用と補塡、油槽船の陸海軍への配分、造船計画をどうするかといった議題も頻出し、東条ですら陸海軍の作戦計画を指導できたわけではありません。最後は権力集中の批判を覚悟で参謀総長まで兼務しましたが、政府と軍部の事務作業が効率的に改善された程度で終わりました」
近衛・東条に欠けていたもの
――日本のリーダーは組織上のルールに縛られてリーダーシップを発揮できなかったのでしょうか。
「ひとつの組織をどう運営するかは、トップのリーダーシップの資質・覚悟にかかっていたと言えます。近衛は『首相になりたくなかった』リーダーでした。五摂家筆頭の名門出身で、常に首相候補に挙がりながら天皇から就任を要請されながら辞退した時もありました。昭和期の首相としてトップクラスの知性の持ち主で、稀に見る聞き上手でもありました。多くの優秀なブレーンが周囲に集まりましたが、近衛本人には権力を維持、活用する意思に欠けた面がありました」
「東条は『首相になる準備がなかった』リーダーでした。軍事官僚としては優秀で昭和天皇への忠誠心も篤(あつ)く、天皇にも信頼されました。しかし自分を育て支えてくれた旧来型の組織システムを変革することはできませんでした」』
『多元的な権威主義の日本 独裁を許さず
――チャーチルも数々の政治的失敗を繰り返しました。第1次世界大戦の海相としてガリポリ攻略戦で惨敗し、後の財務相で金本位制復帰のタイミングに失敗しました。「王冠を賭けた恋」ではエドワード8世を支持し世論の反発を招きました。若手時代には将来の首相候補ナンバーワンだったチャーチルも30年代後半には「終わった政治家」とみられていました。
「ただ権力への意欲は失いませんでした。プライベートでは絵描きで玄人はだし、レンガ積みも職人組合に加盟していたほどの腕前だったとされます。政治の世界で挫折したとき、そうした政治以外の世界を持っていたことがチャーチルを支えたとも言われています」
――現在の「働き方改革」のヒントにもなりそうです。ただチャーチルは戦後体制を決める米英ソのポツダム会談中(45年)の総選挙で大敗しました。
「多元的な権威主義の日本は独裁を許しませんでした。一方、多元的な民主主義体制の英国は期限付きの独裁を許容しました。歴史の皮肉のようなものを感じさせられます」
(聞き手は松本治人)』
「『指導力がない』と言われるけど、こんなに指導力のある総理はいないだろう」
総裁選直前の菅義偉が担当記者にこぼしていた“本音”
https://www.jiji.com/jc/bunshun?id=50263
※ 壮絶な話しだ…。
※ この人が、ワクチン接種の陣頭指揮に立たなかったら、今の日本の「コロナの落ち着き」も無かったろう…。
※ 「コロナ対策」「オリパラ対策」に、「使い捨て」にされた形だな…。
※ しかし、いかんせん「発信力」が弱点だった…。
※ 「選挙の顔」向きじゃ、無かった…。
※ 安部さんが「なんのかんの」言われながら、長期政権を維持できたのは、なんと言っても、「選挙に強かった」からだ…。
※ それを、支え続けたのが、この人だったんだが…。
※ まあ、このままでは「終わらない」だろう…。
※ 当分の間は、自民党の「政局」の行方を左右する、キーパーソンであり続けるだろう…。

『歴代最長の首相在任期間を誇った安倍晋三氏の突然の退陣を受け、その後釜となった菅義偉氏。就任当初は支持率も好調で、長年の官房長官経験から政策実行力にも期待が持たれていた同氏だったが、わずか1年ほどで菅政権は幕を閉じることとなった。彼はなぜこんなにも早く総理の座を追われることとなったのか。
ここでは、日本テレビで記者を務める柳沢高志氏の著書『孤独の宰相 菅義偉とは何者だったのか』(文藝春秋)の一部を抜粋。菅氏が総裁選不出馬を決意する直前の心持ち、そして、担当記者にだけ漏らしていた“本音”を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
©文藝春秋
◆◆◆
オリンピック開催も新規感染者数増に弱音
7月23日、東京五輪がついに開幕する。新国立競技場の観覧席で、天皇陛下やIOCのバッハ会長と並んで開会式を見守っていた菅の様子が、何度となくテレビ中継で映し出されたが、その表情は明らかに疲れ切っていた。天皇陛下の開会宣言の際に、当初、菅が着席したままだったことも、ネット上などで非難された。確かに、菅にとっては、五輪を楽しむような心境には到底なれない状況だった。この前日、東京の新規感染者数は1979人となり、感染は急拡大を見せていたからだ。
この3日後、ある場所に現れた菅は、開口一番、こうこぼした。
「いやあ、疲れたよ」
この日、菅は、広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を浴びて健康被害を受けたとして住民が起こした、いわゆる「黒い雨訴訟」で上告を断念する決断を下した。厚労省は、「今回の原告が、『黒い雨』により健康被害を受けた科学的根拠は乏しい」として上告すべきとの意見だったが、菅のトップダウンの判断で、上告断念となった。「あのままだと、裁判中に、原告で亡くなってしまう方も出てしまうからね。俺は最初から、こうしようと決めていたよ」
国民感覚を大切にする、菅らしい政治判断を久しぶりに見た気がした。
そして、東京五輪では、日本選手団のメダルラッシュが続いていた。
「総理は、オリンピックは見ているんですか?」
「柔道の阿部一二三・詩兄妹は安心して見ていられたね。ソフトボールも明日勝てば、金メダルか。俺、スケボーとか視察に行ってみたいんだけど、どう思う?」
「感染対策など、見に行かれるのは良いと思います」
「そうか、じゃあ、一回行ってみようかな」
「開会式は、いかがでしたか?」
「テレビで見ているのと違って、あの席では解説がないからよく分からないんだよね。パントマイムみたいなやつとか、すごい人気だったみたいだけど、会場ではよく分からなかった。ドローンはすごかったけどね」
視察は検討されたものの、世論の批判を恐れ、結局、見送りとなった。
「解散権が失われる」
五輪が盛り上がる一方で、感染は深刻さの度を増していく。7月28日には、東京で3177人、蔓延防止等重点措置の対象だった神奈川県で1051人、埼玉県で870人、千葉県で577人といずれも過去最多を更新し、翌日、3県知事は緊急事態宣言の発出を要請する。国会では、分科会の尾身会長が、「この1年半で、最も厳しい状況にある」との認識を示した上で、「国民に危機感が共有されていないことが最大の危機だ」と指摘した。
このとき、多くの地域で感染者数は急増していた一方で、重症化率や重症者用の病床使用率は、緊急事態宣言のレベルにまでは達していなかった。しかし、専門家は、首都圏や大阪府への緊急事態宣言発出が必要だと主張し始めていた。菅も悩みを深めていた。
「きょうも、東京は3865人だが、重症者数はそこまでは増えていないですね」
「そうなんだよ。でも、みんな新規感染者数だけに目を奪われてしまっている。今日も、大阪の松井(一郎)市長から連絡があったけど、大阪は重症者用の病床使用率が2割くらいだから、宣言は出してほしくないと言うんだよ」
「では、大阪には宣言は出さない?」
「いや、出さなければ、専門家はダメでしょう。難しいよね」
そして、国民へのメッセージを求める尾身について、不平を漏らした。「尾身先生は、ワクチンの効果の話を全然してくれないよね。重症化防止に効果がある抗体カクテル治療についても、まったく触れない。それで『メッセージを出せ』とばかり言うんだよ。でも、もうここまで来てしまったら、収束させるにはワクチンしかないんだよ」
7月30日、政府は、首都圏の3県と大阪府に対し、緊急事態宣言を8月2日から31 日まで発出し、さらに東京と沖縄への宣言を31日まで延長することを決定する。菅は記者会見で、「今回の宣言が最後となる覚悟で対策を講じる」と語った。この日の記者会見では、いつも以上に声はか細く、悲壮感を漂わせていた。
この宣言の延長について、菅の側近は失望の色を顔に浮かべた。
「総理の頭の中の“日程”が狂ってしまう。このままでは、解散権を失うことになる」
実は、7月の都議選以後、菅が頭の中で描いていた極秘の政治日程があった。それは、まず東京オリンピックが閉会する8月8日からパラリンピック開幕の8月24日までの間に、自民党役員人事と内閣改造に踏み切り、人事を刷新する。そして、五輪での世論の盛り上がりと新しい人事への期待感を追い風に、パラリンピックが閉会する9月5日の直後に衆議院を解散。衆院選で勝利をした上で、自民党総裁選挙で無投票再選を勝ち取る、というシナリオだった。
しかし、感染拡大が続く中で、8月中に人事を断行することは不可能となった。そして、菅はかねてから「解散よりもコロナ対策を優先する」と繰り返し公言してきたため、次に宣言を延長すれば、パラリンピック直後の解散も難しくなってしまうのだった。
総裁選をやるべきか
8月に入ると、自民党総裁選に向けた動きが出始める。前総務大臣の高市早苗は、8月10日発売の月刊「文藝春秋」に寄稿し、総裁選への出馬の意欲を示した。さらに、政調会長の下村博文も、周辺に対し総裁選に立候補する意向を伝えた。この頃、菅側近は、総裁選を総選挙後に延期できないかと模索をしていて、「いろいろ調べたが、中曾根(康弘)総理のときに総裁の任期を1年延長したことがある。だから、延期することも可能だけど、そのためには両院議員総会をやらなければいけない」などとシミュレーションをしていた。
そして、菅にとって痛いミスが重なる。8月6日、広島市で開かれた平和記念式典で、挨拶の一部を読み飛ばしてしまったのだ。冒頭から、「原爆死没者」と言うべきところを、「原発」と読み間違えるなど、言葉がおぼつかない様子だった。そして、読み飛ばしが起きたのは、演説で最も重要な箇所だった。読み上げるべき原稿は、事前に報道陣にも配られていた。
「私の総理就任から間もなく開催された国連総会の場で、『ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします』と世界に発信しました。我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。近年の国際的な安全保障環境は厳しく、核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります」
しかし、菅は、次のように読んでしまう。「私の総理就任から間もなく開催された国連総会の場で、ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない、核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります」
まったく意味の通らない文章だった。菅は、直後の記者会見で読み飛ばしを認め、陳謝した。秘書官は「原稿を蛇腹状に糊で貼り付けた際に、ページがくっついてしまった」と悔やんだ。この広島訪問は、直前に菅が「黒い雨訴訟」の上告断念を決断したこともあり、原告団との面会も準備され、本来は菅にとってはアピールの場になるはずだった。
そして、今度は8月9日、長崎市で行われた平和祈念式典に、1分間遅刻したのだ。総理の一行は、式典の会場には4分前に到着していた。駐車場に到着すると、警護官から「ここで時間調整をさせてください」と言われたため、菅は「では、トイレに行かせてください」と手洗いに向かった。しかし、警護官の想定よりトイレの場所が遠く、式典に遅れてしまったのだ。車に同乗していた秘書官は「申し訳ありません」と頭を下げたが、菅は「俺が悪いから」とかばった。そして、翌日、報道陣に対し、遅刻についても謝罪することとなった。
自民党議員からは、「ただでさえ、総理の人気が落ちているのに、この人で大丈夫なのかという空気が一気に広がっている。これは致命的なミスだ」との声が上がった。
「ワクチンだって、俺がやらなければ一日100万回なんてできなかった」
この3日後、2週間ぶりに会った菅は、額に深い皺を寄せ、目の下は薄黒く窪んでいた。
「お疲れじゃないですか」
弱々しい笑みを浮かべた。
「疲れているよ」
「暑いし、夜も寝付けないのでは?」
「そうなんだよな」
この日、東京の新規感染者数は4989人に上っていた。新たな変異株、デルタ株は、これまでのウイルスとは桁違いのスピードで感染を広げていた。
「感染がなかなか落ち着きませんね」
「今はお盆で帰省前に検査をする人が多いから、来週になれば減ってくるんじゃないか。ワクチンも8月末で1回接種を終える人が6割になる。そうなると、今のアメリカ並みになるし、9月末にはイギリス並みになる。そうすれば落ち着くでしょう」
振り返ってみれば、ここからの2週間が第5波のピークだったのだが、当時は、どこまで感染が増えるのか、天井が見えない状態で、国民の不安も限界に達していた。
「それでも、欧米のようには減らないかもしれないのでは?」
「どうなるかだね。ウイルスも季節性の面もあるんだよね。だから、力ずくではどうにもならないんだよ。増えたり減ったりを繰り返していく。それでも、抗体カクテル治療もどんどん広げているからね。もう少しで落ち着くよ」
そして、唇を歪めて、憮然とする。
「世論調査で『指導力がない』と言われるけど、こんなに指導力のある総理はいないだろう。ワクチンだって、俺がやらなければ一日100万回なんてできなかった。俺は退路を断ってやったんだから。それが達成したら、みんな当たり前のことになってしまった」
この日、どうしても踏み込まなければいけない話題があった。
「総裁選は、やりますかね?」
「どうするんだろう」
「新潟県連がいかなる状況下でも、党員・党友投票を含めた総裁選を予定通りやるべき、との要望書を出していましたね」
点滴を打ちながら公務を…130日以上続く激務で疲労困憊
この頃、自民党内からは総裁選を先送りしようという菅の思惑を牽制する動きが表面化していた。新潟県連会長の高鳥修一衆院議員は記者団に「我々としては総裁選を先にしていただきたい」と述べた。そして、「長老や派閥の領袖が談合して、総裁選の流れを決めるということは党のあり方としてマイナスだ」と、暗に菅を支援する二階幹事長らを批判し、「総裁選は開かれた形で正々堂々とやるべきだ」と強調した。衆院選が目前に迫る中、内閣支持率が低迷する菅政権のままでは、自民党が惨敗しかねないという危機感が、党内に蔓延し始めていた。
「やるなら、やればいいじゃん」
菅は、こうした動きについて、投げやりに言い放った。
「俺からしてみれば、こんなコロナの大変なときに、よくやるなと思うよ」
「誰が出てきますかね。下村さんは出ますかね?」
「出ないでしょ」
「高市さんを、安倍さんが支援するということは?」
「それはないでしょう」
「あとは岸田さん」
その名前を聞くと、「ふっ」と鼻で笑った。
「緊急事態宣言中は、やはり解散は難しい?」
「俺は、コロナ最優先と言ってきたからね。でも、8月末になれば、ワクチン接種状況はアメリカ並みだから、まだ分からないよ」
質問を畳みかける。
「解散をしなくても、総裁選を延期することはできないのでしょうか?」
「それは知らない。党のことだから、そこは党で決めてもらう」
そして、深くため息をつくと、悲しげに苦笑を漏らした。
「支持率が少しでも上がったら、自民党の議員たちも文句を言わないんだろうけどね。みんな自分の選挙に響くと思っているからね」
この2日前にNNNと読売新聞が発表した世論調査で、菅内閣の支持率は35%と政権発足以来、最低となった。閉会したばかりの東京五輪については、開催されてよかったと「思う」が64%、「思わない」が28%だった。日本選手の過去最高のメダルラッシュで世論は大いに盛り上がったが、それが政権の追い風にはつながらなかったのだ。
この頃、外部には伏せられていたが、菅は官邸の執務室で、疲労回復のための点滴を打ちながら公務をこなしていた。3月末以来、130日以上休日も取らずにコロナ対策などの激務を続け、さらに睡眠不足も重なり、疲労困憊は誰の目にも明らかだった。秘書官たちは「せめてお盆休みは、都内のホテルで静養してください」と懇願し、宿泊の予約を取った。しかし、前日になると、菅は予約をキャンセルしてしまう。そして、秘書官に優しく言い聞かせるように諭した。
「夜になると、宿舎にいても救急車のサイレンが聞こえてくるんだ。そうすると、もしかしたら搬送先がなくて、たらい回しになっているんじゃないかと不安で、眠れなくなってしまう。国民がそんな状況のときに、私だけホテルで休むなんてできないんだよ」
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