最強通貨に兵器化のジレンマ 膨らむドル離れリスク
通貨流転 ドル1強の死角㊤
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR30BL40Q4A130C2000000/
『ロシアのウクライナ侵攻から2年、日米欧中心の民主主義陣営と中国・ロシアなどとの分断が進んでいる。「ドル1強」の通貨の世界でも、中国が米国の覇権に挑戦し、暗号資産(仮想通貨)取引も勢いづいてきた。ドルを基軸とする通貨システムは果たして盤石なのか。国際金融の最前線を追った。
ロシア凍結資産、転用を議論
28日からブラジル・サンパウロで始まる20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議。期間中に…
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『戦闘の長期化で米欧に「支援疲れ」も漂うなか、敵側の資産を復興に生かす策は魅力的に映る。ただ、注意が必要なのは非常時に資産を凍結・没収する前例をつくれば、ドルやユーロで資産を持つことに二の足を踏む国が増えかねないことだ。通貨システムを兵器のように扱うことは絶大な効果が期待できる一方、ドル離れやユーロ離れを誘発するもろ刃の剣となる。
「通貨の兵器化は(その通貨の)魅力を落とし、代替通貨の出現を促す」。元欧州中央銀行(ECB)専務理事でイタリア中銀のファビオ・パネッタ総裁は1月の講演で警鐘を鳴らした。』
『決済の主役、ドルから人民元へ
実際、ロシアではこの2年で劇的な変化が起きた。モスクワ取引所では自国通貨ルーブルと中国の人民元の取引シェアが23年末で4割と最大になった。ウクライナ侵攻前は1%未満だった。対照的にルーブルとドルの取引シェアは85%から30%にまで急低下。ロシアでの貿易決済の主役は、ドルから人民元に移った。
国際送金でも異変が生じている。日米欧はロシアの銀行をグローバルな銀行間送金システムの国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出した。対抗策としてロシアは、同国版SWIFTともいわれる決済ネットワーク「SPFS」に接続する国の拡大を進めている。
22年時点で参加国は12カ国だったが、ロシア中銀幹部のウラジーミル・チスチュヒン氏は今年1月、20カ国に増えたと発言した。23年にはイランも加入した。米国と距離を置く国々による新たな決済ネットワークが構築されつつある。』
『ドルは緩やかな衰退、多極分散へ
もちろん、ドル基軸の通貨システムが一気に揺らぐ事態は考えにくい。
「ドル支配の終わりという論調はかねてあるが、すぐに世界の基軸通貨としての地位を失ったり貿易や金融面の優位性が著しく低下したりすることはない」。米連邦準備理事会(FRB)のウォラー理事は2月15日の講演で一蹴した。
米シンクタンクのアトランティック・カウンシルは基軸通貨に必要な条件として、巨大な国内経済、金融市場の規模や開放性など6つを挙げる。今のところ米国が総合的な優位性を保っており「ライバル通貨が近い将来、ドルに挑戦する力は限られる」と分析する。
通貨が持つ「価値の保存(購買力を蓄え、維持する力)」という機能を測る際は、外貨準備でどの通貨が選好されているかが目安になる。国際通貨基金(IMF)によるとドルの比率は6割弱で2位のユーロの3倍。「価値の交換」という面でも、貿易決済の5割強、外国為替取引のおよそ9割で使われているドルは圧倒的だ。』
『それでもドルの支配力が緩やかに衰え始めた兆候はある。外貨準備のシェアは20年前の7割から低下基調をたどる。「脱ドル」の主な受け皿はオーストラリアやカナダ、スウェーデンといった国々の通貨で、多極分散が進み始めた。
金(ゴールド)への逃避も進む。国際調査機関ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、世界の中銀による金の純購入(購入から売却を引いた値)は22年に約1082トンと1950年以降で最高となり、23年も約1037トンと高水準が続いた。
「政府が制裁を恐れている場合、ドル資産から匿名性のある金への切り替えが魅力的になる」。米ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズの金投資戦略責任者、マックスウェル・ゴールド氏はこう解説する。』
『トランプ氏復活に警戒感
各国が外貨準備としてドルを持つ際、大半の運用先は米国債だ。市場規模の大きさや流動性の高さで「替えがきかない」とされてきたが、その安全神話も揺らいでいる。
格付け大手フィッチ・レーティングスは昨夏、米国債の格付けを最上位から引き下げた。理由の一つに財政問題で対立を繰り返す米議会の機能不全を挙げ「米国の財政ガバナンスは低下している」とした。FRBによると、米国債の海外保有比率は22年末で3割。10年前の5割から大きく低下した。
市場は目下、11月の米大統領選でトランプ前大統領が勝利するか否かに注目する。トランプ氏が返り咲けば、減税による財政悪化や地政学的な緊張を増幅しうる。米コーネル大のエスワー・プラサド教授は「外貨準備のドル離れを進めたいという各国の願望に拍車をかける」と警告する。ドルの衰退が加速する展開も、絵空事とは言えなくなってきた。』