カテゴリー: 国内情勢
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住友電工に忍び寄る「テスラ方式」の不安
佐藤遼太郎
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF245KG0U1A620C2000000/※ 「住友電工」って、社名との乖離が激しいが、実は「自動車関連銘柄」なんだよね…。
※ 一応、C(Connected)A(Autonomous)S(Shared & Service)E(Electric)関連では、「ワイヤー・ハーネス事業」は、廃れず、生き残っていくだろう…、という評価が多い…。
※ しかし、EVシフトで、テスラみたいな「ハーネス」を極力使わない、使っても「最短」で済ませる設計が浸透していくと、不安が生じてくる…。
※ そういう話しだ…。






『背景にはテスラの存在がある。テスラはブレーキやエンジンを制御する車載コンピューターの配置を工夫し、局所的にしかワイヤハーネスを使わないとされる。SMBC日興証券の山口敦シニアアナリストは「使用量はガソリン車の半分以下」と分析する。同方式がEVの主流になる可能性もある。
ワイヤハーネスは車の部品に電力を供給するいわば「血管」だ。住友電工は世界シェア首位。前期は新型コロナウイルス禍の影響を受けたが、自動車生産の回復で22年3月期の受注高は前期比15%増を見込む。しかし先行きは楽観視できない』
※ 以下は、確か、株主向けの「株主総会」の説明資料…、みたいなものからキャプチャしたものだ…。










※ 上記にある通り、「自動車関連事業」が売り上げ・収益の5割以上を占める…。

※ 各地域、まあまあ万遍なく売り上げている…。
※ こういうものも、「銘柄研究する」時に、キチンと見といた方がいい…。
※ 海外比率は、6割近いんで、「為替変動」に相当影響されることになる…。

※ これだけの人数の人々を、雇用している…。
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船団を率いて渡海した「海の参勤交代」
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c08608/※ 大名行列と聞くと、大名行列→奴(やっこ)を先頭に、毛槍振って…→「下にー、下にー」で練り歩く…、というイメージを連想する…。
※ しかし、「海路」を使ってのものも、あったようだ…。
※ 特に、瀬戸内海は、「南九州」と「機内」を繋ぐ、「回廊」だったはずで、ここの「舟運(海賊衆)」は、常に念頭に置いておく方がいい…。
※ こないだ、NHKの「歴史探偵」の録画しておいたものを視たが、「秀吉の中国大返し海運説」を言っていた(甲冑、武具の類(重さは、18㎏もあったらしい)は海運して、人員は軽装で、とっとと小走りで移動した…、という説)…。もっとも、文献上海運したという記述は、皆無らしいが…。





大名行列
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%90%8D%E8%A1%8C%E5%88%97



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地銀、深刻なIT統治不全 ベンダー頼みのツケ重く
金融PLUS 金融グループ次長 亀井勝司
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB212F90R20C21A6000000/※ どうも、最大の問題点は、「銀行側に、ITに精通した人材が無く」「ベンダー側に、経営・業務に精通した人材が無い」というところのような気がする…。
※ その両方の領域を、つなぐ人材が、決定的に欠いているという気がする…。
※ これを、「プライオリティの判断」という観点から見れば、従来・旧来の「銀行経営におけるプライオリティの判断」と、「IT導入におけるプライオリティの判断」が、決定的に乖離しているという気がする…。
※ 例えば、あるITシステムを導入しようとしているとする…。
当然、そこにおいては、「導入することによるメリット」と、「導入したことによるデメリット」があり、そこを「抽出」「利益衡量」することが必要となる…。
※ さらには、「パッケージソフト」を導入して、安上がりに上げようと考えたとする…。※ その場合、その「お仕着せ」による従来の業務執行形態を「変える必要があるのか、否か」「そのメリット・デメリット」の利益衡量をどう図るのか、などという問題も出てくる…。
※ 「お仕着せ」からハミ出した、「特殊業務」を残すのか否か、そこを組み入れて、一から「システム発注」するのか否か、その場合の後々の保守・管理業務のコスト計算をも含めた「プライオリティの判断」が必要となる…。
※ こういうものは、従来・旧来の「銀行の経営判断」とは、全然違う…。
※ そういう「判断」や、その判断に必要な「要素の抽出」が、できる体制になっているのか…。人材、手順の構築は、なされているのか…。
※ そういう辺りが、決定的に重要なんだろう…。
※ さらには、「新技術」への対応・拡張性…、という問題もある…。
※ オンプレミス全盛時に、クラウド環境への「備え」を考えておくということは、不可能事かもしれない…。「神対応」かもしれない…。
※ しかし、そこの「備え」が無いと、「後れを取って」、競争における敗者となる…。
※ こうして検討してみると、いわゆる「日本企業」が、決定的に「苦手」としている「分野」「事例」のようだな…。
『みずほ銀行で起きたシステム障害は、システムが銀行経営に死活的に重要なことを端的に示した。ただその重要性と裏腹に、銀行、とくに地方銀行自身が主体的に関与できているかといえば疑問符がつく。』
『「監視を厳しくしないといけない。システム対応できないか」(地銀幹部)
「半年後になりますね」(システム会社)
NTTドコモの電子決済サービス「ドコモ口座」に絡む不正送金があった2020年9月。ある有力地方銀行とシステム会社で交わされた会話だ。新しいサービスの開発からマネーロンダリング(資金洗浄)につながる不正送金の対策まで、システムは銀行経営の要だが、開発や運用はシステム会社に頼っている実態が浮かぶ。』
『システム会社はベンダーと呼ばれ、みずほ銀行が4500億円を投じて導入した新システム「MINORI」は日本IBM、富士通、日立製作所、NTTデータの4社が中心となって開発した。もちろん、数千万口座を抱えるメガバンクと地方銀行のシステムには差があるものの、地銀も平均して年間50億円弱のシステム関連経費がかかっている。
金融のデジタル化が進み、システム部門の戦略的な位置づけは高まっているが、上位地銀でさえシステムの実務部隊はベンダーにほぼアウトソースしているところも多い。効率化の一環で自行のシステム人材をベンダー側に移管し、開発・運用を委ねている。ドコモ口座で問題になったインターネットバンキングから「○○ペイ」にチャージする場合も、自行からの出金にもかかわらず、その取引情報を保有しているのは銀行自身ではなくベンダーだという。』
『特定のベンダーの製品やサービスに強く依存することで、他社の同じような製品への切り替えが難しくなることをベンダーロックインと呼ぶ。言い換えれば囲い込みで、公正取引委員会もかねて問題視してきた。機動的に機能を追加したいと思っても時間と多額のコストがかかる。それでもベンダーに依存しているため「言い値」を受け入れざるをえない構図が浮かぶ。』
『銀行業務の基幹である勘定系システムを日本ユニシスからマイクロソフト社のクラウドサービスに移行した北国銀行のように、ベンダー丸投げと決別する地銀はまれだ。北国銀はクラウド上に集積した顧客データを活用し、取引やサービスの利用実態を人工知能(AI)などで分析。営業やコンサルティングにつなげる計画で、システムのフル活用を経営の中核にすえる。
システムに関していえばベンダーが銀行に対して優越的地位に立っているように見えるが、ある金融庁関係者は「だからといって地銀が『被害者』かといえば、それは一つの断面だ」と指摘する。ベンダーロックインが機動性を奪い、高コストになっている面は否めないが、ベンダー側からみれば「非効率で硬直的な事務を温存しているため、それをつなぐのに複雑な仕組みが必要になり、結果的にコストが高くなる」という声も漏れる。』
『実際、システムを共同化している信金と地銀のコストの差は、システムにあわせて事務も共通化しているかどうかの違いが大きい。システムと一言でいっても、債務者の情報を管理するシステムや取引内容を記録するシステム、担保物権を管理するシステムなど多岐にわたる。そのうえ、ほぼ取り扱いがない商品もスクラップすることなく新たな機能を付け加えようとすると、「結果的にアクロバティックなシステムになり、その分コストも上がる」(金融庁関係者)という。』
『自行に必要な機能を絞り込み、コストを減らして機動性を高めるために何が必要かを把握し、それにあわせて不要な事務を削る判断がIT統治(ガバナンス)だとすれば、ベンダーロックインはその欠如が招いた帰結にも見える。もっとも、マネロン対策など迅速に対策を打つ必要があるシステム改修で多額の費用を求め、より安価なサービスを提案する他社を阻むのは優越的地位の乱用だ。金融庁は銀行の委託先であるベンダーに立ち入り検査することもできる。
金融犯罪への対応は新たな手口が出てくるたびにシステム的な対応が必要になり、金融サービスのデジタル化もシステムの裏付けがあってこそだ。ベンダーロックイン問題は、「銀行はシステム産業」といいながらシステムを傍流に追いやってきた姿勢に変化を迫っている。』
『浅川直輝
日経BP 「日経コンピュータ」編集長
コメントメニュー分析・考察企業内のITシステムを構築・運用する情報システム部門は本来、社内の業務とシステムの全体最適を考え、ときには経営陣や事業部門に「このやり方ではダメだ」と業務改革やサービス改革を迫ることもいとわない重要な部門です。
そんな情報システム部門の役割を外部のITベンダーに丸ごとアウトソースすれば、内発的な改革は起こりようがありません。ITベンダーも「良かれ」と考えて全てのIT関連業務を受託すれば、結果として顧客企業のデジタル変革(DX)の機会や意欲を奪う結果につながりかねません。
DXが企業競争力に直結する時代、企業とITベンダーの関係を今一度考え直すべきでしょう。』
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小池氏過労「自分でまいた種」
麻生財務相発言、応援演説で
https://nordot.app/781105663461097472?c=39546741839462401『麻生太郎財務相は25日、過労で静養している東京都の小池百合子知事について「自分でまいた種でしょうが」と述べた。同日告示された東京都議選で、青梅市選挙区の自民党新人候補の応援演説をした際の発言。
麻生氏は、小池氏が特別顧問を務める都民ファーストの会を「代表の国会議員がいないから(国に)話が通じない」と指摘。「従って知事が自分でやる。過労で倒れた。同情してる人もいるかもしれんけど、(小池氏が)そういう組織にしたんだから」と批判し、都議について「自民党とつながってる人がいなきゃ話がつながらない。一番上が国会であるならば」と強調した。』
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問われる闘志、視界不良の「ポスト菅」 岸田文雄
2021キーパーソンの夏③
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA291MP0Z20C21A5000000/『自民党の前政調会長・岸田文雄(63)は5月12日、前首相の安倍晋三(66)、副総理・財務相の麻生太郎(80)の事務所をそれぞれ訪ねた。
自民党総裁選への2人の見通しを聞くためだ。大型連休が明け、国会は残り1カ月あまり。岸田は総裁選は次期衆院選の後とみていた。
尋ねたのは「都議選と衆院解散・総選挙の結果によって、総裁選はどうなるのか」
「政治の一寸先は分からない、ということだな」。岸田は後日、会談内容を周囲に問われてこぼした。その後も2人を頼る「ポスト菅」戦略は視界不良のままだ。
首相の菅義偉(72)を選んだ2020年の総裁選で岸田は2位に終わった。当初は初当選同期で細田派出身の安倍と、自身が率いる宏池会(現岸田派)に縁がある麻生の支持を得る算段だった。細田、麻生両派は菅を推し、岸田は敗れた。
次の総裁選も狙いは同じ。岸田、細田、麻生の3派が結集すれば、党所属国会議員の半数程度になり、勝機が生まれる。
世論調査で岸田が首相候補として人気を集めているとは言いがたい。他派閥や無派閥議員に働きかけようにも「選挙の顔」の印象は薄い。まずは安倍、麻生を振り向かせるのが不可欠になる。
昨年の総裁選前、安倍と麻生の周辺からは「岸田は担いでもらうのではなく自ら闘う姿勢を示さねばならない」と苦言が呈された。「闘う岸田」への脱皮が問われる。
4月25日は天王山の一戦のはずだった。参院広島選挙区の再選挙だ。
広島は岸田の地元で自身も県連会長を務める。宏池会の議員の選出が続き、池田勇人元首相以来「宏池会の牙城」といわれてきた。
19年参院選で岸田派の現職が当時自民党だった河井案里(47)に負けた。4月25日は河井の当選無効に伴う再選挙で、岸田が推す候補は敗北した。
「政治とカネ」の逆風下とはいえ地元での連敗だ。派内でも「岸田は選挙に弱い」との評がでた。
「ぶれぶれでダメだな」。宏池会前会長の古賀誠(80)は5月、事務所を訪ねた岸田派幹部の前で岸田を批判した。
古賀は20年総裁選の後、岸田に「派閥名誉会長を退く」と伝え、21年の同派の政治資金パーティーの案内状から名前も消えた。麻生らが岸田に古賀との関係を断つよう促したとされる。
古賀が矛先を向けたのは岸田が掲げる政策だった。宏池会は安全保障では穏健なハト派、財政が規律重視という印象が党内では強い。総裁選を意識するこの1年で会長の岸田が変わった。
「派閥で議論せずにこんな表明をするのはおかしい。方針転換じゃないか」。派内で異論が出たのが3月のツイッターだ。岸田は「敵基地攻撃能力の保有検討」と打ち出した。
敵基地攻撃能力の保有は安倍が主張してきた政策だ。安倍の出身派閥の細田派は防衛力を重視しタカ派ともいわれた。ハト派の宏池会と安保政策は隔たりがある。
ツイートを読んだ派閥幹部は岸田に迫った。「宏池会の理念から見ると違和感がある。安倍に言われたのか」
岸田は安倍の意向があったか否かを明確に答えなかった。周囲には「宏池会の本質は徹底した現実主義だ」と説いた。
財政も同じだ。岸田は昨秋、大規模な財政出動・金融緩和策の継続を掲げる議員連盟の会長代行に就いた。安倍が会長を務め「リフレ派」議連とも呼ばれた。
岸田は今月、中間層を増やして格差縮小を唱える議連を立ち上げた。
総裁選に向けた「岸田ビジョン」をつくる舞台になる。焦点の安倍、麻生に加え、両氏の信頼が厚い麻生派の党税制調査会長、甘利明(71)が参加した。
甘利は総裁選前から岸田に助言する関係だった。総裁選後の昨年12月には、甘利と岸田、複数の岸田派幹部で会食した。
「まずは派閥の結束を固めるべきだ。人数は少なくても『岸田を死ぬ気でやるんだ』という人がいなければならない」と甘利は訴えた。他派の議員には岸田派は「闘志が足りない」と映る。
「死ぬ気にはなれないよな」。甘利と岸田が退席すると、残った岸田派幹部はこう話した。それから半年。岸田の闘いの記録には広島の敗北が刻まれているだけだ。
(敬称略)』
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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210621/k10013095641000.html


『20日に山手線など、首都圏の6つの路線で最大で4時間余り電車が止まったトラブルは、変電所と電車の間の送電ケーブルの損傷が原因であることが会社の調査で分かり、詳しい状況を調べています。』
『20日午後、山手線や埼京線など、首都圏の6つの路線が最大で4時間20分にわたって運転できなくなり、乗客およそ16万人に影響が出るトラブルがありました。
JR東日本が原因を調べたところ、敷地内にある変電所と電車の間の送電ケーブル1か所に損傷が見つかり、この部分で漏電が起きたとみられるということです。
ケーブルは直径3センチで、JR東日本が公開した写真では、ケーブルを覆う部分が破れているのが確認できます。
JR東日本では2年に1度、ケーブルの検査を行っていて、直近の去年8月の検査では異常は見つかっていなかったということで、損傷の詳しい状況を調べるとともに、今後、首都圏にある37か所の変電所のケーブルを点検することにしています。』
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日本企業が不祥事を起こす七つの原因 ~いつまでこんなことが続くんだ!~【怒れるガバナンス】
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020122800300&g=eco『◆作家・江上 剛◆
【作家・江上剛】会社経営とは 渋沢栄一が残してくれたもの第一生命保険のセールスレディーが、約19億円もの顧客資金を詐取したという事件が起きた。彼女は89歳という高齢だ。事件が発覚して以来、認知症だと主張しているらしい。
高齢の人には申し訳ないが、89歳というのは日本人の平均寿命を超えており、亡くなっている人の方が多いということだ。生きている人でも大方は現役を去り、静かな余生を送っていることだろう。
ところが彼女は、第一生命でただ一人という「特別調査役」の肩書を与えられ、それを材料に使い、自分に任せれば10~30%の利回りを保証すると客を信用させていたというから、すごいという一言に尽きる。
事件の全体像は、これから解明されるだろうが、人生100年時代とはいえ、こんな高齢の女性を営業の現場に立たせ続け、不正のうわさもあったらしいが、そのことには耳を傾けなかった第一生命の責任は重いと言わざるを得ない。
◆不正の予兆
報道によると、同社は被害額の30%を弁済すると言っているようだが、根拠が分からない。19億円は巨額だが、事件を長引かせることで失う同社の信用、信頼の損失の大きさを考えれば、さっさと全額を弁済し、被害者との訴訟問題を収め、事件解明に努めた方がプラスではないか。第一生命は、不正の予兆を感知することはできなかったと説明しているようだが、本当にそうだろうか。3年も前に外部から問題を指摘する情報が上げられていたという報道もある。怪しい、おかしいなどという声が現場から上がってきていたにもかかわらず、上層部は、それを深く追及しなかったのだろう。
イエス・キリストは「彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである」(新約聖書フランシスコ会聖書研究所訳注)と語ったが、現場からの声に経営者が耳を傾けなかっただけではないのか。
実は、彼女をモデルにしたと思われる小説がある。小説なので事実とは異なるだろうが、小説の主人公の生保レディーは、ある地方銀行の実力頭取の庇護(ひご)を受けているという設定だ。
その銀行では、頭取に認めてもらうため、彼女の保険契約に関し行員が競い合っていたという。その結果、彼女は所属する保険会社でナンバーワンの実績を挙げることが可能となったというストーリーだ。
下世話な表現を許してもらえれば、女の武器を使い頭取を籠絡し、威光を背に抜群の成績を挙げたのだ。
小説内の保険会社では、頭取の威光もあり、また成績を挙げた彼女の機嫌を悪くしないように、いつの間にか腫れ物扱いになっていたのだ。
◆触らぬ神に
本事件の報道では、この小説に描かれたような背景の問題は出てこないので、これを事実として扱うことはできない。しかし、第一生命においては、当該の89歳のセールスレディーが何らかの事由で「アンタッチャブル」、すなわち「タブー」、すなわち「触らぬ神にたたりなし」扱いになっていたことは事実だろう。第一生命と同様に「触らぬ神にたたりなし」的人物のせいで経営が揺らいだのが、関西電力だ。関電の幹部たちが、福井県高浜町の元助役から数億円に上る多額の現金やスーツ仕立券を受け取っていた事件だ。
当該元助役は、すでに鬼籍に入っているが、原発立地に貢献した人物らしく、もし金品などの受け取りを拒否すれば、「ワシを軽く見るなよ」と脅迫されたため、受け取らざるを得なかったという。
関電側は「死人に口なし」とばかりに被害者として振る舞い、当時のトップは「不適切だが、違法ではなかった」と発言し、ひんしゅくを買った。
この資金が、原発立地に関わる資金であれば、結果として電力料金に跳ね返る。ならば「真の被害者は消費者だ」と強く言いたい。結果、関電側は、事件の責任を取って辞任した旧経営陣たちに善管注意義務違反があったとして約19億円の損害賠償請求訴訟を行うようだ。
余談だが、関電ともなれば、経営陣を監視する社外取締役には、重厚な人物が就任していたと思うが、彼らの責任追及はどうなったのか。
現在は、社外取締役などの重要性がいわれているが、彼らに活躍してもらうためには、事件が発覚した際に責任を負う覚悟が必要だ。
そうでなければ、現役引退後の良い稼ぎ場所として、幾つもの企業の社外取締役を掛け持ちする「なんちゃって社外取締役」ばかりになってしまう。後で触れるが、第一勧業銀行(現みずほ銀行)総会屋事件の際には、社外監査役が責任を取らされてはたまらないと、さっさと辞任し、後任を見付けるのに苦労した記憶がある。
◆総会屋事件
なぜ企業に「触らぬ神にたたりなし」的存在が大きくなり、それが原因で不祥事に発展するのか、私が経験した総会屋事件で考えてみたい。私が勤務していた第一勧銀は、1997年5月に総会屋との癒着を問われ、東京地検の家宅捜索を受けることになった。第一勧銀総会屋事件である。結果として11人の幹部が逮捕され、宮崎邦次相談役が自殺するという大きな経済事件となった。
企業に寄生し、不当な利益を上げる総会屋は、82年10月の商法改正以降も、たびたび事件化していた。イトーヨーカ堂、高島屋、キリンビール、味の素、野村証券などだ。事件が発生するたびにトップは辞任していた。
そんな事態を第一勧銀の幹部は見ていながら、自分の銀行にも総会屋が巣くっている事実から目をふさいでいた。まさに「彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである」状態だった。
私は、当該事件の処理を直接担当したが、出てくる事実に驚愕(きょうがく)、当惑、困惑するばかりだった。
大物総会屋は事件発覚当時、すでに亡くなっていた。にもかかわらず、彼との関係は、後任の総会屋に引き継がれていたのだ。第一勧銀は、第一銀行と日本勧業銀行が71年に合併して発足したが、大物総会屋はその際に暗躍したらしい。それ以来、26年にも及ぶ総会屋との関係が、彼らをいつの間にか「触らぬ神にたたりなし」的存在に祭り上げてしまったのだ。
◆「呪縛」という言葉
私は、東京地検が家宅捜索に入った後の記者会見の原稿を作っていた。その際、トップの責任回避を考えて、総会屋との癒着関係は、総務部や審査部などが、いわば勝手にやっており、頭取などは関係していないという文章を作った。そして、それを頭取たちが居並ぶ会議で発表した。
するとM副頭取が、「それは違う。責任は自分たち経営陣にある。総務部や審査部の責任ではない。長年にわたる総会屋との関係を断ち切れなかった経営陣である自分たちの責任だ。そういうことをはっきりさせる会見文に直してほしい」と発言した。
この発言で、その場がシンと静まり返ったのをよく覚えている。経営陣は、この事件は自分たちの責任で、現場はそれに従った、忖度(そんたく)しただけで、責任はないと言い切ったのだ。
私は少なからず、感動を覚えた。それで、会見文を書き直すため、N法人企画部長と2人で、どういう内容に直すべきか、呻吟(しんぎん)した。
N部長は漢字に強かったのだろう。「呪縛という言葉はどうだろうか」と言った。私は即座に、その言葉に飛びついた。大物総会屋という存在の呪いに縛られ、身動きが取れなくなった状態を表していたからだ。
それに経営陣の責任も、何となく曖昧な感じ、やむを得ない感じがするではないか。当時は、今のようにコンプライアンス(法令順守)意識が強くなかったせいもあるが、長い歴史の中で、経営陣が思うに任せないほど巨大化してしまった「悪」の存在に、責任を負わせるのにふさわしい言葉だと思った。
案の定、その「呪縛」という言葉を記者会見でK頭取が発言すると、会見場に集まった記者たちは目の色を変え、その言葉を原稿に打ち込んだ。「呪縛」という、それ以前はあまり使われなかった言葉が、世間に広まった瞬間だった。
◆なぜ失敗するのか
「名経営者が、なぜ失敗するのか?」(シドニー・フィンケルシュタイン著)という本がある。この本は、著者が多くの企業経営者の失敗を分析した内容で、失敗の原因を次の7項目に集約している。
1、傲慢(ごうまん)=自分と会社が市場や環境を支配していると思い込む
2、私物化=自分と会社の境を見失い、公器であることを忘れ、公私混同する
3、過信=自分を全知全能だと勘違いする
4、排斥=自分を100%支持する人間以外を排斥する
5、空虚化=会社の理想像にとらわれ、現実を見なくなる。現場を忘れる
6、鈍感=ビジネス上の大きな障害を過小評価して見くびる
7、執着=かつての成功体験にしがみつく (※番号は、オレがつけた)この7項目を活用して第一生命や関電、そして第一勧銀の「触らぬ神にたたりなし」的存在による不祥事の説明を試みてみよう。
カッコ内は私の見た第一勧銀のそれぞれの項目に関連する実態である。
3社とも社会的に尊敬される大企業であり、自分たちは不祥事と縁はないと「傲慢」になっていた。〔銀行に東京地検が家宅捜索に入るはずはない。そんなことになれば金融システムが揺らぐ、と裁判官出身の大物顧問弁護士が発言した〕
本来の顧客のことを考えず、経営を「私物化」していたからこそ、「触らぬ神にたたりなし」的存在と癒着してしまった。
〔総会屋の言うなりに不良債権になることが分かっているのに、無担保、無審査で巨額融資を繰り返した〕
自分たちの不祥事は発覚しない、あるいは問題にならないと「過信」していた。
〔他社での総会屋事件を他山の石ではなく、対岸の火事と考えていた。総会屋と関係するのも仕事だと思っていた浅はかな経営者がいた。また大蔵省(当時)検査のごまかし、検査官を接待し籠絡することが常態化しており、他行も同じようにしているから、問題ないとうそぶく役員がいた〕
経営陣に「触らぬ神にたたりなし」的存在について警告、諫言(かんげん)する人を「排斥」していた。
〔総会屋との関係を続けてはならないと経営陣に諫言した総務部長は左遷されてしまった〕
自分たちが在籍するのは立派な会社である、その評判を落としてはならない、と不祥事を隠蔽(いんぺい)することが常態化し、経営が外見のみにとらわれ、「空虚化」していた。
〔大物総会屋が亡くなったにもかかわらず、後任総会屋やその他の総会屋との関係を断とうとしなかったのは、銀行の評判が落ちることを懸念したからだ。銀行=無謬(むびゅう)との空虚な神話にとらわれていた〕
長い間の「触らぬ神にたたりなし」的存在に「鈍感」になっていた。
〔総会屋事件発覚後の株主総会においてさえ、ある経営者は現場に「うまくやってくれよ」と言った。言われた総務部長は逮捕されたため、私が株主総会を仕切ることになった。事態の深刻さを自覚せず、うまくやってくれよと発言した経営者の名前を総務部長は明かさなかった。彼は「トップに忠誠を誓うのが男のロマンだ」と悲しくつぶやいた〕
生保も、電力も、銀行も、かつての成功体験に「執着」し、ビジネスモデルの変換に苦労している業界だ。だから過去の経営者たちの「触らぬ神にたたりなし」的存在との関係をそのまま引き継いでしまう。
〔株主総会は、行員株主ばかりでシャンシャン総会。総会屋関係の会社から物品などを購入し、彼らに資金提供を続けていた。それらを断ち切ったら「行員の命が危ないから」とある役員は恐怖におののきながら語った。しかし、自己保身でしかないだろう。昔の経営者が彼らとうまく付き合ったのに、自分が関係を悪化させたくないと思っただけだ。過去もうまくやってきたのだから、先々もうまくやらねばならないと思っていた〕
◆傲慢こそ最悪
この本が指摘する7項目の失敗の原因に、第一生命も関電も第一勧銀も見事に符合するではないか。
私は7項目の中でも「傲慢」が最悪だと考えている。企業は、傲慢になれば、その時が失敗のわなに落ちる時である。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の 欠けたることも なしと思へば」(藤原道長)の古歌にあるように、望月になれば次は欠けるだけなのである。
今や、世の中の価値観は大きく変わった。また変わらねばならない。特に感染症拡大で、私たちは生き方そのものの変革を迫られている。
しかし、いまだに会社の中に「触らぬ神にたたりなし」的存在がいる企業は多いのではないだろうか。それは「悪」というべき存在ばかりではないだろう。過去の成功体験、偉大な先輩経営者の遺訓、失敗を恐れる気持ちなどなど。「悪」であろうとなかろうと、「触らぬ神にたたりなし」的存在を断ち切ってこそ、日本企業のイノベーションがあるのではないだろうか。
(時事通信社「金融財政ビジネス」より)』 -
第一銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E9%8A%80%E8%A1%8C『概説
明治政府は殖産興業政策の遂行、健全な通貨制度の確立のために近代銀行制度の確立を急務と考え国立銀行条例を制定。その最初の模範となる銀行としての第一国立銀行の設立を積極的に勧奨した。銀行創設にあたっては合本主義(株式会社制度)の考え方により、広く民間資金を集める事を志向し、旧幕時代から両替商の重鎮として力があった三井組、小野組の大口出資と協力を得て誕生した[1]。資本金250万円のうち、三井組、小野組が各100万円を拠出した。日本最初の株式会社である。三井組、小野組それぞれから頭取を選任する一方で、その上に経営の最高責任者である総監役を置いた。総監役は政府にあって国立銀行条例の立案にあたり、三井組と小野組を勧奨して設立を準備した渋沢栄一が官を辞して自ら就任した。本店における創立総会は1873年(明治6年)6月11日、同年7月20日に本店と横浜、大阪、神戸の三支店で営業開始、同年12月には行章として赤い二重星(ダブルスター)を大蔵省に届け出た。開業翌年の1874年(明治7年)11月に、政府の一方的な金融政策の急変により小野組が破綻し、小野組関連貸出等が回収困難となり経営危機を招いたが、小野組保有の株式100万円の資本減少を行い、総監役を廃止し渋沢栄一が単独で頭取となる新体制を敷き危機を回避した[2]。
1884年には李氏朝鮮(後の大韓帝国)と契約して、関税取扱業務を代行し、後に民間銀行でありながら、同国の中央銀行の業務を代行した。1896年に普通銀行の第一銀行に改組。1943年に三井銀行と合併して帝国銀行(通称・帝銀)となる。
1948年に帝銀が分割され、新たに第一銀行が発足したが、金融当局による出店規制に阻まれ中位行のまま推移し、1971年に日本勧業銀行と合併し第一勧業銀行(存続行は日本勧業銀行)となる。2002年(平成14年)、第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の分割・合併により、みずほ銀行(存続行は第一勧業銀行)とみずほコーポレート銀行(存続行は富士銀行)となり、2013年(平成25年)7月1日、みずほコーポレート銀行がみずほ銀行を合併して逆に行名をみずほ銀行に改称した。』
日本勧業銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8B%A7%E6%A5%AD%E9%8A%80%E8%A1%8C『概要
1896年(明治29年)、農工業の改良のための長期融資を目的に「日本勧業銀行法」(勧銀法)が制定され、翌年に政府を中心に設立された。東京に本店を置き、支店は大阪のみに限られ、それ以外の地域には北海道を除く各府県には事実上の子会社である農工銀行(勧業銀行法と同時に制定された「農工銀行法」に基づく)が設置され、勧銀への取り次ぎまたは勧銀と同等の業務を行った。なお、基幹産業(特に重化学工業)向けには別途日本興業銀行(興銀)が設置され、勧銀との棲み分けが行われた。また、北海道には勧銀や興銀の代わりに北海道拓殖銀行(拓銀)が設置された。長期融資が基本であるため、預金が原資とは成り得ず、代わりに金融債の発行が認められ、かつ割増金付きの債券が唯一認められ、発行した(抽選を行い、当選番号の債券を持つ者に対しては割増金付きで償還された。農工銀行や興銀、拓銀も金融債を発行したが、割増金は認められていなかった)。
だが、農業に関する融資は個々の農家に対してではなく、事業や組合、担保能力のある地主を対象としたために全く融資が進まず、1911年(明治44年)の法律改正で商業に対する融資も解禁された。大正末期より市街地の不動産金融に乗り出す一方、業務の重複と機能低下を理由に1921年(大正10年)の法律改正(「勧・農合併法」ともいう)以後、各府県の農工銀行を悉く合併し店舗網を拡大した(このことが、後述のように現在のみずほ銀行が全国の県庁所在地に必ず支店を設置することになる嚆矢となっている)。また1923年(大正12年)に当時日本領であった台湾には台北州・台北市に台北支店が開設され、その後も五州の州庁所在地高雄・台中・台南・新竹に支店を次々と開設した[注釈 1]。割増金付き金融債の発行実績が認められ、太平洋戦争中の割増金付き戦時債券の幹事銀行となるが、やがてこの債券は射幸性が高くなり終戦直前には「勝札」と言う名の富籤となり、これが現在の「宝くじ」に繋がる。戦後は福徳定期預金(割増金付きの定期預金)の幹事銀行にもなる。
戦後の1950年に勧銀法が廃止され、特殊銀行から民間の普通銀行に転換[注釈 2]。さらに長短分離政策に伴い拓銀と共に普通銀行の道を選択することとなり[注釈 3]、金融債の発行を打ち切って都市銀行の一角となる。
以降はシンボルをバラの花、コーポレートカラーをローズレッドと定め、漫画家・岡部冬彦がデザインしたオリジナルキャラクター「のばらちゃん」やイメージキャラクターに抜擢された女優の山東昭子(現・自民党参議院議員)が店頭や広告媒体などに登場。「ばらの勧銀」のキャッチコピーを採用して大衆化に努めた。法人部門では、融資系列で財閥色の薄いフコク生命や日産火災(現:SOMPOホールディングス)、日立製作所を交えて勧銀十五社会を結成。また、戦時債券の名残で、戦後「宝くじ」の業務を受託していた。
宝くじ業務の関係や、大正時代に全国各地にあった農工銀行からの事業譲渡や農工銀行の吸収合併に伴う受け皿支店の開設などの理由により、全国都道府県庁所在地に必ず一店舗は存在した[注釈 4]。他の都市銀行とは異なり、かつてあった、都市銀行の出店規制[注釈 5]があったが、都道府県庁所在地名の支店は廃止の対象にならなかった。むしろ、他の都市銀行の地方支店の廃止の際には受け皿となっているケースがある[注釈 6]。
勧銀末期における地方部での出店は上記経緯から店舗数が多かった反面、在京行としては首都圏での出店は手薄であり、全体の4割弱と当時の関西系上位行とほぼ同等の店舗数の留まっていたため旧五大銀行でありながら中位行に甘んじていた第一銀行との合併の一因となった。
初代勧銀本店は1926年、京成電気軌道(現京成電鉄)に売却され、「谷津遊園楽天府」として阪東妻三郎プロダクションが使用した。その後千葉市に移管、千葉市役所庁舎を経て、現在は千葉トヨペット本社となり登録有形文化財でもある。また、内幸町の本店も、第一勧銀発足後の10年間を除き、引き継がれ2度の建て直しを経て、現在はみずほ銀行内幸町本部ビルとなっている。』
(第一勧業銀行)総会屋利益供与事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8B%A7%E6%A5%AD%E9%8A%80%E8%A1%8C『1997年(平成9年)には、総会屋・小池隆一へ460億円にのぼる利益供与事件で、第一勧業銀行本店を東京地方検察庁特別捜査部に家宅捜索された。
近藤克彦頭取は、1997年(平成9年)5月23日に「(総会屋側に)多額の融資を行った最大の要因は、(歴代最高幹部が親しかった)元出版社社長の依頼を断れなかったことで、社長の死後もその呪縛が解けず、関係を断ち切れなかった…」と記者会見で述べ退任、次期頭取と紹介された副頭取藤田一郎の「以前から不正融資を知っていた」と記者会見で告白し、一銀幹部も驚く爆弾発言となった[5]。
頭取経験者の11人に及ぶ逮捕や、宮崎邦次元会長の自殺という事態を引き起こし、更に調べ上げると、第一勧業銀行が1985年(昭和60年)から1996年(平成8年)まで、総会屋に提供した総額460億円にのぼる資金は、四大証券会社(山一證券・野村證券・日興証券・大和証券)を揺る資金元となり、銀行・証券界と監督当局との腐りきった関係を、白日の下に晒した大蔵省接待汚職事件、遂には大蔵省解体と帰結し、未曾有の経済疑獄となって、日本国民は信じがたい事実に、金融業界の断末魔を見ることになった[5]。
この時も、逮捕された元頭取の中には「あれは旧第一銀行の案件で、自分は旧日本勧業銀行出身だから関係ない」などと公判で無責任な証言をした者がおり、いかに旧第一・勧業の関係が悪いものであったかを露呈してしまう結果になった。この不祥事以降、宝くじの広告から「受託 第一勧業銀行」の文字が消え、みずほ銀行となった2018年現在も、広告には表示されていない[注釈 5]。
第一勧業銀行総会屋利益供与事件をきっかけに、この年出版された高杉良による経済小説『金融腐蝕列島』が耳目を集め、後年には事件を題材に続編である『呪縛ー金融腐蝕列島2』が書かれ、「金融腐蝕列島 呪縛」(1999年)として映画化もされた。タイトルは、近藤克彦頭取の「呪縛が解けなかった。」と、記者会見で述べた事に由来している。』
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みずほ、10年改革は振り出しに 外圧頼み「魂」入らず
金融PLUS 金融グループ長 河浪武史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB318AX0R30C21A5000000/『「みずほ銀行頭取はネットニュースで自行のATM障害を認識するに至った」――。みずほフィナンシャルグループ(FG)が15日公表したシステム障害の第三者委員会報告書。多くの関係者を驚かせたのは、藤原弘治みずほ銀頭取が、障害発生から数時間も誰からも連絡を受けていなかった事実だろう。坂井辰史FG社長への一報も電子メールだけで、開封時は障害発生から既に6時間がたっていた。
第三者委はみずほを「危機対応力が弱く、問題解決の姿勢も弱い」と指弾し、それを「企業風土」とまで断じてみせた。同行は2011年、東日本大震災の直後という最悪のタイミングで、給与振り込みなど100万件超の入金が遅延する大規模障害を起こしている。その後は組織再編やシステム刷新など一定の自浄作用を発揮したかにみえたが、あっという間に再び「事なかれ主義」に陥った。なぜか。』
『「みずほが主体的に組織改革を進めないと、市場も取引先も納得しない」。10年前のシステム障害時。取材メモを読み返すと、同社首脳は筆者にこう吐露している。当時は第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の旧3行出身者が、みずほFG 、みずほ銀、旧みずほコーポレート銀行のトップを同列で分け合う「1社2バンク3トップ制」。意思疎通の悪さが目立っていた。』
『ただ、そうした自己改革の機運はわずか2年で弱まっていく。契機は13年に発覚した反社会勢力への融資問題だ。当初は「担当者どまり」とされた反社融資が、実は取締役会の資料に記載されていたことが判明。佐藤FG社長(当時)らも「知りうる立場にあった」ことがわかった。佐藤氏は兼務していたみずほ銀頭取を辞任。経営の透明性を高めるため「委員会設置会社」への移行も決めた。
この委員会設置会社案は、実はみずほ内部ではなく金融庁が持ち出したものだ。反社融資が公になった13年9月以降、佐藤氏は国会に参考人招致され、金融庁も2度も検査に入るなどして圧力をかけ続けた。「そのころから、みずほは一段と当局の意向ばかり気にするようになった」(同行OB)。』
『金融当局や社外取締役が「改革役」に浮かび上がる一方で、みずほ本体の執行部隊は主体性を失っていく。第三者委報告書では、みずほ銀が18年にもATM障害を起こし、今回と同じようにカードなどが吸い込まれる事故が1800件も発生したことを明らかにした。当時は対外公表を見送っただけでなく、システム改修などの根本対策も取らず、その危機意識の欠如が今回の大規模障害を招いた。
みずほFGは今回、藤原頭取らの交代を軸とした人事案をまとめたが、検査を継続する金融庁が正式発表直前に「待った」をかけた。みずほは今や首脳人事すら決められず、手足を縛られて身動きがとれない。
「巨大な象が自らの足を踏んで倒れないようにしないと」。当時としては世界最大規模の経営統合を発表した1999年、第一勧銀頭取の杉田力之氏はこんな戒めの言葉を発している。みずほはその後の成長鈍化で「巨象」ではなくなり、今では倒れたまま起き上がり方すら見失いつつあるようにみえる。』






















