〈注目〉中国でスタバの売り上げが激減している理由。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33420
『2024年4月1日
中国がデフレに陥ったのではないか。
昨年来、ささやかれている懸念だ。確かに2023年通年の消費者物価指数(CPI)は0.2%にまで落ち込んだ。
気づけば、万年デフレと揶揄されてきた日本と逆転している。日本が「失われた30年」からようやく抜け出そうとしている今、代わりに中国が長い長い停滞に入りつつあるのではないか……。中国では不安が広がっている。
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中国のデフレ傾向はマクロ経済の視点から需要不足のあらわれとして説明されることが多いが、企業や消費者の視点から見ると過去10年以上にわたって続いてきた中国の発展モデルの“到達点”である。
2010年代の中国の飛躍を支えてきた、この発展モデルは中国に何をもたらそうとしているのか。
“中国流”に巻き込まれたスタバ
米スターバックスの23年10~12月期決算が中国で話題となった。中国市場での平均客単価が前年同期比9%減と大きく減少したためだ。4~6月期は1%、7~9月期が3%のマイナスで、下げ幅は次第に拡大しつつある。
世界展開のコーヒーチェーン、スターバックスも中国の「安売り経営」に巻き込まれている(ロイター/アフロ)
その要因となったのが強力なライバルの登場にある。ラッキンコーヒーやコッティ・コーヒー、ラッキーカップなどの中国ローカルの新興コーヒーチェーンが急拡大している。
新興チェーンの売りは安さ。定価でもスターバックスの半額以下だ。その上、値引きキャンペーンが頻繁に実施されているほか、割引きクーポンもどっさり配られている。
ラッキンコーヒー。酒入りコーヒーは売り切れだったため、カバーだけ酒入りコーヒーで中身はブラックコーヒー(2023年10月、上海市で筆者撮影)
また、中国社会にあった話題作りのうまさでもローカル企業に軍配があがる。好例が中国トップ酒造メーカーのマオタイ酒とラッキンコーヒーがコラボした酒入りコーヒーだ。売り切れ続出の社会現象的なバズとなった。
スタバも今年2月に豚の角煮風味のラテという話題作り優先のゲテモノ飲料を投入した。 “中国流”の戦いに巻き込まれたわけだ。もっともスタバの看板があるだけに、ブランドイメージを壊すようなキャンペーンは難しく、角煮ラテという冒険をしたとはいえ、一歩劣っている印象だ。
価格面でもスタバは“中国流”に巻き込まれつつある。新製品の価格を抑え、デリバリーでの注文だけという方式でこっそり割引きクーポンを出すなど対策を講じるようになった。これが先ほどの客単価にはねかえってきたわけだ。』
『さすがにスタバにとってさすがに大々的な値引きは御法度だ。ブランド戦略、価格戦略を崩壊させかねない。
一方、中国の新興コーヒーチェーンはコーヒーで儲けることが目的ではない。「客を集め、その勢いを見てフランチャイズ加盟希望者を集め、規模を拡大する」というステージにあるので、赤字上等の大胆な値引きが可能だ。
消費者から見れば、赤字覚悟の価格戦略を行っている新興コーヒーチェーンの商品はお値段以上の価値がある。つまるコストパフォーマンスが良いとみることができる。高い値段を支払ってもスタバが提供する味、雰囲気、ブランド力などの“価値”を手に入れたいという客と、お値段以上のお得さがある新興コーヒーチェーンで良いという客とに分かれるわけだが、後者の数が増えているのが今の中国だ。
高級ブランドの「平替」の行き詰まり
こうした動きは、中国では「消費降級」(消費ダウングレード)、「平替」(高級品を通常価格の品物に代替する)というビジネス用語で理解され、コーヒー業界に限らずさまざまな業界の指針となっている。たとえば日経自動車メーカーも、中国メーカーの激烈な値引きについていけず後手に回っている……というスタバと同じ苦境に陥っている。
別のパターンもある。小売分野では消費期限切れ間近の商品を値引きして販売するチェーン店が人気だ。昨年、大手値引き販売チェーンのHot Maxx(好特売)を訪問した。酒やお菓子など同じ種類の商品を大量に並べる店舗デザインは日本のバッタ屋と似ている。
割引販売が売りのHotmaxx(2023年5月、北京市で筆者撮影)
Hotmaxxの店内。割安な商品が並ぶ(2023年5月、北京市で筆者撮影)
訳あり商品を大量に仕入れて安く販売しているのだと視覚から訴えてきているのだが、実際にモノを見てみると一般のスーパーで販売されている商品と消費期限はさほど変わらない。
実は値引き販売チェーンが登場した初期は実際に訳あり商品、消費期限切れ間近の商品を集めていたようだが、規模が拡大していくと仕入れが追いつかなくなる。結局、普通に仕入れて販売する、バッタ屋を装った、ちょっと安い普通のお店になっている。
化粧品セレクトショップには、値引きされた化粧品が並ぶ(2023年5月、上海市で筆者撮影)
商品を製造しているメーカーからすると、価格下落やブランド力低下につながりかねないが、急拡大する値引き販売チェーンを逃すわけにもいかず、悩ましい。』
『「中国のロレヤル」になる――。壮大な野心を掲げて台頭した化粧品メーカーが逸仙電商(YSG)だ。主力ブランドのパーフェクトダイヤリーは日本でも展開している。16年の創業からわずか4年で米ニューヨーク証券取引所に上場し、時価総額1兆円を突破した。
OEM(相手先ブランドによる受託製造)をフル活用し、低価格ながらお値段以上の品質を実現したこと、顧客をグループチャットに登録させることでテレビやウェブなどに頼らなくても宣伝できるプライベートトラフィック(広告費を支払うパブリックトラフィックに対比して、無料で情報を伝達できる伝達チャネルを指す)を活用したこと、この2つの革新的手法を武器にのしあがったとされる。
この宣伝文句を見るとなんだかイノベーティブな企業に思えるが、実際には別の理由で消費者から支持されていた。
「パーフェクトダイヤリーのあの口紅はイブサンローランの口紅とほぼ同じ色味。同じOEM工場で作ってるから品質も変わらないはず」といった口コミが美容インフルエンサーやソーシャルメディアを通じて拡散した。ハイブランドの「平替」として人気を得たわけだ。
つまり、ブランドとしてロイヤルカスタマーを獲得したわけではない。となると、安売りや宣伝をやめた瞬間にすぐに客は離れてしまう。
美容インフルエンサーに支払う広告をしぼった瞬間に売上は激減。23年12月期決算の売上は4億8100万ドル(約730億円)、ピークの21年12月期と比べてほぼ半減している。時価総額も2億2700万ドル(約340億円)と最盛期の30分の1にまで縮小した。
しんどい“内巻”
すさまじい勢いで膨張しては破裂する。この繰り返しで進む中国新興企業の栄枯盛衰。
このドラマチックな企業興亡史の中で大損する人もいれば、失業する人もいる。企業にとってもしんどい世界だ。
中国で近年流行している、「内巻」(インボリューション)という言葉がある。
内側にむかって収束していくらせんのように、どんどん小さくなっていく縮小再生産を指す。もともとは人類学の用語で、畑が増えないのに農作業量を増やすことでどうにか収穫量をあげる、どんどんしんどくなっていく農業の過程をあらわす用語として使われた。
現代の内巻はというと、「昔は四大卒ならエリートだったのに、今では海外一流大学の院卒じゃないとエリート扱いされない。人生の成功に必要な勉強量が右肩上がりでしんどい」といった個人レベルの話から、「中国市場の泥沼の価格競争がしんどい。競争に勝って価格競争をやめられればいいが、目の前のライバルが倒れたかと思えばすぐに別の新興企業がライバルとして登場する」といった企業レベルの話でも使われる。
中国人自身がこの過当競争社会につかれきっているのだが、ただ、すべてがネガティブというわけではない。
消費者にとっては次から次へと現れる、赤字上等の高コスパ企業を乗り換えていくだけでお得になるという点でプラスだ。「薅羊毛」(企業の出血キャンペーンを利用して利益を得る)というネットスラングまであるほどに定着している。』
『投資家にとっては必ずしもマイナスではない。最後のババさえつかまなければ、急成長する企業に乗っかって一儲けすることができる。
そして、中国という国という俯瞰的視点から見ると、多産多死の中からごく一部とはいえ本当の技術力やブランド力を兼ね備えた優良企業が生まれてくるという点でポジティブな側面もある。
太陽光パネルやバッテリー、電気自動車(EV)など、新興産業分野では世界のトップシェアに君臨する企業も登場している。中国政府はこのジェットコースターのような新興企業の多産多死を歓迎、推進する立場をとるようになっている。
世界を席巻しつるある中国のEV(2023年10月、貴州省貴陽市で筆者撮影)
赤字上等の成長戦略をとるためには、お金の出し手が必要となる。ベンチャーキャピタルがこの役割を担ってきた。爆発的な成長を遂げれば上場や事業売却で出資金のもとは取れるというソロバン勘定である。
ところがベンチャーマネーだけならばまだしも、近年では政府系ファンドがベンチャーキャピタルに出資することで、赤字上等戦略を支えるようになってきた。今や政府系ファンドの資金規模は13兆元(約270兆円)に達しているとされる。
世界各地を“荒らし”、撤退する懸念
この膨大なマネーによって突き動かされるジェットコースターのような浮き沈みの新興企業群は今や中国国内のみならず、全世界に影響をもたらすようになっている。赤字上等戦略で生み出された、高コスパのアパレル、バッテリー、EVなどが全世界で売れまくっている。
消費者の視点からすると、ありがたい話ではあるが、企業や労働者の視点からすると、このせわしなく“しんどい”経済に否応なくまきこまれるのは勘弁してほしいという気持ちになるも事実だ。
地方に出店したショッピングモールが地元のお店を軒並み倒産させてから撤退するように、中国の新興企業が世界各地のローカル企業を潰滅させてから潰れるというのも困る。
“中国のデフレ”とともに、世界に波及する“中国発のデフレ”を懸念する声が高まっているのだ。』