戦争長期化で歪み続けるロシア経済 もはや修復不能
金野雄五 (北星学園大学経済学部教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28026


『ロシアによるウクライナ侵攻から半年以上が経過し、ロシア経済も変化が見られ始めている。実質賃金が4月から前年比マイナスを継続。これに伴い、小売売上高も減少を続ける。経済の屋台骨とも言えるエネルギー資源の生産量にも西側諸国の制裁の影響が出始め、財政収支もマイナスとなりつつある。
ロシアによるウクライナ侵攻でロシアから撤退したコーヒーチェーン「スターバックス」の後継店。各地で経済活動の歪が見られている(Abaca/アフロ)
ただ、ロシア国内では「制裁慣れ」ともとれる動きがあり、財政もしばらく持ちこたえられそうだ。ロシアの国力衰退によって戦況が大きく変わるとまでは言えない状況だ。引き続きロシア経済の実態を注視しながら、プーチン政権の動きを見定める必要がありそうだ。
ジワリと影響が出ている西側諸国の制裁
ウクライナ侵攻後、西側諸国が相次いでロシア産エネルギー資源の輸入削減や禁輸を打ち出したことで、市場では徐々にロシア産化石燃料を忌避する動きが強まり、その結果、ロシアのエネルギー資源の生産量は減少に向かっている。
西側諸国がいち早く足並みをそろえて禁輸措置を決定したのは石炭だ。この制裁により、ロシアの石炭生産量は、2022年7月に前年比5.1%減となり、1~7月で見ると0.9%減少している。
原油生産量に関しては、5月に前年比2.4%減少。7月は同2.8%増となったが、これは中国やインドが輸入量を増やしたためとみられる。しかし、中国やインドにとってこうした取引量の拡大は、米国をはじめとした諸外国からの目線もあり、継続的になされるものではないとの見方が一般的だ。
また、現在ロシア産石油(原油および石油製品)の最大の輸入地域である欧州連合(EU)は6月、ロシア産石油輸入の約90%を年末までに停止することで合意している。この禁輸措置により、ロシアは原油生産の縮小を余儀なくされる見通しだ。
天然ガス生産量は、7月に前年比22%減少し、1~7月でも同7.3%減となっている。これは主に、ロシア側が、外国で修理中のタービンが、西側の制裁によってロシアに戻されないこと等を理由に、最大の輸出先である欧州向けのパイプライン送ガス量を大幅に削減していることによるものだ。しかし、同時にEUも、ロシア産天然ガスへの依存からの脱却の動きを急速に強めていることに注意が必要だ。
EUは3月に、ロシアからの天然ガス輸入量を年内に3分の2削減し、2027年までに完全に輸入を停止するという目標を掲げ、省エネやエネルギー供給源の多様化に急ピッチで取り組んでいる。天然ガスの輸送は、石油のように簡単ではないため、対露制裁に同調しない中国やインドへ輸出先を転換しようにも難しい。ロシアの天然ガス生産は、原油生産以上に、輸出市場の制約による影響を強く受ける可能性がある。』
『筆者が試算したロシアの国内総生産(GDP)における非友好国(対露制裁に参加している国)向け石油輸出が占める割合は6%、天然ガスは1%で、計7%にのぼる。EU等によるロシア産エネルギー資源への依存からの脱却によって、この7%の大半が消失することになる。その一部は、対露制裁に同調しない中国やインドへの輸出先転換によって補われることになるが、その場合でもディスカウント(買い叩き)に遭うことは避けられない。
財政は持ちこたえるも
ロシアの国家財政は、今のところ持ちこたえている。歳入面では、石油ガス価格の高騰により「石油ガス収入」が安定的に推移していること、歳出面では、いわゆる戦費と目される「国防・安全保障・総務支出」がそれほど急拡大していないことが財政の安定に寄与している。
7月には、約1兆ルーブルと本年に入り単月では最大の財政赤字となったが、1~7月期で見ると、4820億ルーブル(21年GDP比で0.4%に相当)の財政黒字だ。少なくとも、22年については財政が赤字になるとしても小幅赤字で、大きく崩れる可能性は低い。
(出所)ロシア財務省付属シンクタンク「経済専門家グループ」資料より、筆者作成 写真を拡大
また、たとえ財政赤字になったとしても、これまでの財政黒字を積み立てた国民福祉基金の残高が22年6月末時点で10.8兆ルーブル(うち流動資産部分は7.4兆ルーブル)あり、これを取り崩すことで、国債を発行せずとも財政赤字を補填することが十分可能な状態だ。
しかし、2~3年後もロシアの国家財政が盤石かと問われると、必ずしもそうとは言えない。前述の通り、西側諸国がロシア産エネルギー資源の輸入削減を進めていることから、ロシアの石油・ガスの生産・輸出量は減少に向かうと見込まれるが、これは石油ガス収入の減少要因となる。こうした中で、今後、戦費が拡大されたり、国民の不満を緩和するために大規模な財政支出が行われたりすると、財政赤字は急拡大し、その分、国民福祉基金が底をつく時期も早まることになる。
我慢強い国民性と「制裁慣れ」
ロシア国内の小売売上高については、ウクライナ侵攻の翌々月の4月から減少が鮮明となった。4月には、前年比9.8%減少、5月は同10.1%減となり、直近の7月まで前年比約1割減の推移を続けている。
(出所)ロシア国家統計庁より、筆者作成 写真を拡大
小売売上高の減少の主因となっているのは、実質賃金の減少だ。3月にルーブルが対米ドルで前月から25%下落し、インフレ率が2月の9.2%から16.7%へ急上昇したことにより、実質賃金は4月に前年比7.2%減、5月も同6.1%減と前年割れを続けている。』
『小売売上高、実質賃金とも前年割れを続けているものの、6月頃から、わずかながら持ち直しの動きがみられることにも注意が必要だ。こうした持ち直しの背景には、ロシアの企業や国民が、制裁を課された状態に適応してきているということがある。
その端的な例がウクライナ侵攻により撤退した米国のハンバーガーチェーン大手のマクドナルドやコーヒーチェーンのスターバックスの後継店の開店だ。ともに、ロゴや商品、サービスが酷似したものを提供している。
このほか、制裁により半導体をはじめとする高度技術品の輸入が規制されるなかで、そうした部品なしで製品を製造・販売する動きも広がっている。自動車のエアバッグやABS(アンチロック・ブレーキシステム)の製造が困難になるなかで、これらの装置を装備していない自動車を製造し、新車として販売する形だ。
世界的な信頼を失ったロシア経済の行方は
ウクライナ戦争下でのロシア経済は、歪を明らかにしつつも、しばらくは大きく悪化することなく継続しそうだ。
しかしながら、質の下がった商品が流通し、明るい将来展望を描くことができないような社会・経済状況が続く限り、若年層を中心に優秀な人材の国外流出は避けられない。こうした人材流出は、ロシア経済の今後の成長可能性を、中長期的に大きく制約する要因になるだろう。
また、たとえ戦争が終わり、西側諸国による制裁が緩和されることになっても、エネルギー資源の安定的な供給者としてのロシアに対する信頼はすでに失墜している。多くの国が、ロシアへのエネルギー依存を極力減らそうとする方向性は変わらないだろう。ロシア経済の基幹産業である石油・ガス部門の成長はもはや見込めない。
ロシアは戦争の勝ち負けにかかわらず、経済的な下り坂を進むことになりそうだ。』

