カテゴリー: 精神活動
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ダニエル・カーネマン
生誕 1934年3月5日
イギリス委任統治領パレスチナ・テルアビブ
死没 2024年3月27日(90歳没)
居住 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イスラエルの旗 イスラエル
研究分野 心理学、行動経済学
研究機関 プリンストン大学
カリフォルニア大学バークレー校
ブリティッシュコロンビア大学
スタンフォード大学行動科学高等研究センター
ヘブライ大学
出身校 カリフォルニア大学バークレー校(PhD)
エルサレム・ヘブライ大学(BA)
博士課程
指導教員 スーザン・M・エルヴィン=トリップ
主な業績 認知バイアス
行動経済学
プロスペクト理論
主な受賞歴
アメリカ心理学会 Lifetime Achievement Award (2007年)
ノーベル経済学賞 (2002年)
アメリカ心理学会 Distinguished Scientific Contribution Award (1982年)ダニエル・カーネマンの肉声
Duration: 41 seconds.0:41
Recorded August 2013 from the BBC Radio 4 programme Desert Island Discs
プロジェクト:人物伝
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ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:2002年
受賞部門:ノーベル経済学賞
受賞理由:行動経済学と実験経済学という新研究分野の開拓への貢献を称えてダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman [ˈkɑːnəmən]、ヘブライ語: דניאל כהנמן、1934年3月5日 – 2024年3月27日)は、イスラエル・アメリカ合衆国の心理学者、行動経済学者。経済学と認知科学を統合した行動ファイナンス理論及びプロスペクト理論で著名。エイモス・トベルスキーととも行動経済学の創始者として知られている。
業績
プロスペクト理論
プロスペクト理論(prospect theory)は、不確実性下における意思決定モデルの一つ。
選択の結果得られる利益もしくは被る損害および、それら確率が既知の状況下において、人がどのような選択をするか記述するモデルである。この理論は、1979年、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって発展した。
ヒューリスティクスとバイアス
心理学におけるヒューリスティックは、人が複雑な問題解決等のために何らかの意思決定を行う際、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則のことを指す。
これらは経験に基づく為、経験則と同義で扱われる。
判断に至る時間は早いが、必ずしもそれが正しいわけではなく、判断結果に一定の偏り(バイアス)を含んでいることが多い。ヒューリスティックの使用によって生まれている認識上の偏りを、認知バイアスと呼ぶ。
ダニエル・カーネマン、ポール・スロヴィック、エイモス・トベルスキー共著、『Judgment Under Uncertainty: Heuristics and Biases』、1982年、およびT・ギロヴィッチ、D・グリフィン、ダニエル・カーネマン共編、『Heuristics and biases: The psychology of intuitive judgment』、2002年参照。
ピーク・エンドの法則
ピーク・エンドの法則(Peak-end rule)とは、ダニエル・カーネマンが1999年に発表した、あらゆる経験の快苦の記憶は、ほぼ完全にピーク時と終了時の快苦の度合いで決まるという法則のことである。
経歴
1934年 現イスラエルのテル・アヴィヴでリトアニア系ユダヤ人の家庭に生まれる[1]。
幼少時代をパリで過ごす。
1948年 イスラエル独立直前のイギリス委任統治領パレスチナに移住する。
1954年 エルサレムのヘブライ大学で心理学を主、数学を従として学び卒業する(B.A.)。
イスラエル国防軍の心理学部門に務める。
1958年 カリフォルニア大学バークレー校で博士号を得る勉強のために、アメリカに移る。
1961年 カリフォルニア大学バークレー校で博士号(心理学)を取得する。
1961年~1977年 ヘブライ大学の講師となる。
1972年~1973年 行動科学先端研究センターで研究する。
1978年~1986年 ブリティッシュコロンビア大学の心理学教授となる。
1986年~1993年 カリフォルニア大学バークレー校の教授となる。
1993年~2007年 プリンストン大学の教授(Eugene Higgins Professor of Psychology)、およびウッドロー・ウィルソン・スクールの心理学・公的行動の教授(Professor of Psychology and Public Affairs)となる。
2007年 プリンストン大学名誉教授、およびウッドロー・ウィルソン・スクール名誉教授となる。
2024年3月27日 死去[2][1]。90歳没[3]。彼の死までエイモス・トベルスキーの未亡人で、スタンフォード大学およびコロンビア大学の教授であるバーバラ・トベルスキーがパートナーとして付き添った[4]。学会
哲学学会の会員
アメリカ心理学会のフェロー
計量経済学会の会員
栄誉・受賞
米国科学アカデミーの会員
アメリカ芸術科学アカデミーの会員
アメリカ心理学会より「優れた科学貢献賞」(エイモス・トベルスキーとともに受賞) (1982年)
ルイビル大学より「グロマイヤー賞」(エイモス・トベルスキーとともに受賞)(2002年)
実験心理学会から「ウォーレン・メダル」 (1995年)
「一般的心理学に対する専門的貢献のためのヒルガード賞」(Hilgard Award) (1995年)
トムソン・ロイター引用栄誉賞5
ノーベル経済学賞 (2002年)
アメリカ心理学会より「生涯貢献賞」 (2007年)
タフツ大学よりワシリー・レオンチェフ賞 (2010年)
ノーベル経済学賞受賞について
ノーベル経済学賞を受賞したことについて、カーネマンは「心理学者はノーベル賞受賞を喜びはするが、私を特別な存在にするとは思わない」と述べている[6]。著書
日本語訳
『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』、友野典男・山内あゆ子共訳、楽工社、2011年
『ファスト&スロー』、ダニエル カーネマン 著, 村井 章子 著・訳、早川書房、2012年
原著
単著
Kahneman, D. (1973). Attention and effort. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.
Thinking Fast and Slow. publisher: Farrar, Straus and Giroux, New York (October 25, 2011).
共編著
Kahneman, D., Slovic, P., & Tversky, A. (1982). Judgment Under Uncertainty: Heuristics and Biases. New York: Cambridge University Press.
Kahneman, D., Diener, E., & Schwarz, N. (Eds.). (1999). Well-being: The foundations of hedonic psychology. New York: Russell Sage Foundation.
Kahneman, D., & Tversky, A. (Eds.). (2000). Choices, values and frames. New York: Cambridge University Press and Russell Sage Foundation.
Gilovich, T., Griffin, D., & Kahneman, D. (Eds.). (2002). Heuristics and biases: The psychology of intuitive jadgment. New York: Cambridge University Press.
Diener, E., Helliwell, J.F., & Kahneman, D. (Eds.). (2010). International differences in well-being. New York: Oxford University Press.
論文
Tversky, A.; Kahneman, D. (1971). “Belief in the law of small numbers”. Psychological Bulletin 76 (2): 105–110.
Kahneman, D.; Tversky, A. (1972). “Subjective probability: A judgment of representativeness”. Cognitive Psychology 3 (3): 430–454.
Kahneman, D.; Tversky, A. (1973). “On the psychology of prediction”. Psychological Review 80 (4): 237–251.
Tversky, A.; Kahneman, D. (1973). “Availability: A heuristic for judging frequency and probability”. Cognitive Psychology 5 (2): 207–23.
Tversky, A.; Kahneman, D. (1974). “Judgment under uncertainty: Heuristics and biases”. Science 185 (4157): 1124–1131.
Kahneman, D.; Tversky, A. (1979). “Prospect theory: An analysis of decisions under risk”. Econometrica 47 (2): 263–291.
Tversky, A.; Kahneman, D. (1981). “The framing of decisions and the psychology of choice”. Science 211 (4481): 453–458.
Kahneman, D.; Tversky, A. (1984). “Choices, values and frames”. American Psychologist 39 (4): 341–350.
Kahneman, D.; Miller, D.T. (1986). “Norm theory: Comparing reality to its alternatives”. Psychological Review 93 (2): 136–153.
Kahneman, D.; Knetsch, J.L.; Thaler, R.H. (1990). “Experimental tests of the endowment effect and the Coase theorem”. Journal of Political Economy 98 (6): 1325–1348.
Fredrickson, B. L.; Kahneman, D. (1993). “Duration neglect in retrospective evaluations of affective episodes”. Journal of Personality and Social Psychology 65 (1): 45–55.
Kahneman, D.; Lovallo, D. (1993). “Timid choices and bold forecasts: A cognitive perspective on risk-taking”. Management Science 39: 17–31.
Kahneman, D.; Tversky, A. (1996). “On the reality of cognitive illusions”. Psychological Review 103 (3): 582–591.
Schkade, D. A.; Kahneman, D. (1998). “Does living in California make people happy? A focusing illusion in judgments of life satisfaction”. Psychological Science 9 (5): 340–346.
Kahneman, D. (2003). “A perspective on judgment and choice: Mapping bounded rationality”. American Psychologist 58 (9): 697–720.
Kahneman, D.; Krueger, A.; Schkade, D.; Schwarz, N.; Stone, A. (2006). “Would you be happier if you were richer? A focusing illusion”. Science 312 (5782): 1908–10.
脚注
^ a b 確実に1万円か50%で2万円か 「行動経済学」のカーネマン氏死去朝日新聞 2024年3月28日
^ “ダニエル・カーネマン氏死去、90歳 行動経済学の先駆け、ノーベル賞受賞”. 時事ドットコム (2024年3月28日). 2024年3月28日閲覧。
^ “Daniel Kahneman, the psychologist who won a Nobel for upending economics, dies at 90” (英語). Fortune (March 28, 2024). 2024年3月27日閲覧。
^ “Nobel-winning behavioral economist Daniel Kahneman, who upended his field, dies at 90”. 2024年11月7日閲覧。
^ Nobel Prize Predictions, 2002-09
^ 矢沢サイエンスオフィス編著 『21世紀の知を読みとく ノーベル賞の科学 【経済学賞編】』 技術評論社、2010年、26頁。
関連項目
エイモス・トベルスキー
バーバラ・トベルスキー
プロスペクト理論
ヒューリスティクス
アンカリング
行動経済学
ノーベル賞受賞者からの公開書簡 (2022年)
表話編歴
ノーベル賞 ノーベル経済学賞 (2001年-2025年)
表話編歴
経済学
典拠管理データベース ウィキデータを編集
カテゴリ: アメリカ合衆国の心理学者イスラエルの心理学者アメリカ合衆国の経済学者イスラエルの経済学者20世紀の経済学者21世紀の経済学者金融経済学者行動経済学者認知科学者行動ファイナンスプロスペクト理論イギリス学士院客員フェロースタンフォード大学行動科学高等研究センターフェローEconometric Societyのフェロー米国科学アカデミー会員アメリカ芸術科学アカデミー会員アメリカ哲学協会会員アメリカ合衆国の無神論者ユダヤ人の無神論者ノーベル経済学賞受賞者アメリカ合衆国のノーベル賞受賞者イスラエルのノーベル賞受賞者クラリベイト引用栄誉賞受賞者カリフォルニア大学バークレー校の教員プリンストン大学の教員ブリティッシュコロンビア大学の教員ヘブライ大学の教員リトアニア系イスラエル人ユダヤ系イスラエル人ユダヤ系アメリカ人イスラエル系アメリカ人ヘブライ大学出身の人物テルアビブ出身の人物1934年生2024年没
最終更新 2024年11月19日 (火) 23:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』 -
消費者惑わすダークパターン ウェブ上で認知の隙を突く
3Graphics
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD165HF0W4A211C2000000/『2025年1月20日 5:00 [会員限定記事]
ウェブサイト上に散見される巧妙なデザイン「ダークパターン」が我々の判断を惑わせている。人間の直感的な思考システムを逆手に、不要な商品の購入やサブスクリプション(定額課金)サービスへの加入など、本来望まない選択を強いる。実態を知ることが自衛の近道となる。英著名ウェブデザイナー、ハリー・ブリヌル氏が紹介する分類法によると、ダークパターンには7種類の典型的な型がある。例えば、商品の購入ページを開くと…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
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サンクコスト効果とは?回避&活用方法を徹底解説!
https://studyhacker.net/sunk-cost-effect『最終更新日 2024-10-01 公開日 2021-02-08
サンクコスト効果とは、これまで投資してきたお金や労力(埋没費用)をもったいなく感じ、回収しようと躍起になるあまり、合理的な判断ができなくなってしまうこと。「コンコルド効果」とも呼ばれるものです。
サンクコスト効果は、事業だけでなく日常生活における意思決定にも影響しています。あなたもサンクコスト効果のせいで、非合理的な行動をとってしまっているはず。
今回は、サンクコスト効果の仕組みや事例、サンクコスト効果の影響を逃れる方法をお教えします。貴重なお金や時間をこれ以上浪費しないよう、お役立てください。
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。サンクコスト効果とは
サンクコスト効果の仕組み
サンクコスト効果の例
読書
ゲーム・ギャンブル
コンコルドの開発
ミズーリ大学の実験
サンクコスト効果を逃れるには
サンクコスト効果を自覚する
ゼロベースで考える
投資の上限を決めておく
第三者の意見を聞く
マーケティングにおけるサンクコスト効果
とりあえずの来店
入会金・年会費
無料お試し期間
「○○円以上お買い上げで××」
サンクコスト効果を自分に使ってみようサンクコスト効果とは
サンクコスト効果の「サンクコスト」とは、日本語に訳すと「埋没費用」。すでに支払ってしまった、もう取り返せないコスト、という意味です。お金だけでなく、時間・労力・感情などもサンクコストになりえます。
「音楽教室」を例に、サンクコスト効果をご説明しましょう。あなたは10万円のバイオリンを購入し、音楽教室に入会。しかし、意外とつまらなく、すっかりイヤになってしまいました。通い続けるか、やめるか、どちらを選択しますか?
おそらく、多くの方は「せっかく10万円のバイオリンを買ったのだから、すぐやめるのはもったいない」と考えるのではないでしょうか。この判断をもたらしたのが、サンクコスト効果です。
じつは、お金の面だけでいうと、すぐやめるほうが合理的。すぐに退会すれば10万円の損失で済む一方、通い続けると翌月以降の月謝も失うからです。
◆すぐに音楽教室をやめると……
損失=バイオリンの10万円◆通い続けると……
損失=バイオリンの10万円+月謝⇒続けたほうが損が大きい
合理的に考えれば教室をやめるべきなのですが、「せっかく投資したのに、もったいない」という感情が判断に影響し、非合理的な選択をしてしまいます。これが、サンクコスト効果という心理バイアスなのです。バイオリンが無料で入手したものだったら、「もったいない」という感情は生まれないので、迷わず教室をやめるでしょう。
◆サンクコスト効果とは……
投資したお金・時間・労力などをもったいなく感じ、投資を続けたくなる心理◆サンクコスト効果にとらわれると……
合理的な判断ができなくなる
→撤退のタイミングを逃し、無意味な投資を続けてしまう
→お金・時間・労力などの損失が膨らむ上の例だと、バイオリンに支払った10万円はサンクコストです。バイオリンをいくら使っても、払った10万円は絶対に戻ってきません。長く使えば「もとがとれる」ような感覚になるかもしれませんが、それはあくまで気持ちの問題。つまり、錯覚に過ぎないのです。
「決して取り戻せないサンクコストを、取り戻したような気持ちになりたい」という心理が、サンクコスト効果をもたらすと言えるでしょう。
サンクコスト効果の活用法2
サンクコスト効果の仕組み
サンクコスト効果が生まれる原因は、「損失回避性」という心理バイアスです。行動経済学の専門家・友野典男氏によると、損失回避性とは「何かを得る喜びよりも、失う怖さのほうを強く感じる」心理。つまり、「1万円もらえる嬉しさ」と「1万円失う怖さ」では、「1万円失う怖さ」のほうが重く感じられるのです。また、「50%の確率で1万円もらえるが、50%の確率で1万円とられる」というクジがあった場合、多くの人は「引きたくない」と感じるはず。1万円を得るのも失うのも同じ確率なのに、損失回避性が働き、1万円失うリスクのほうが大きく感じるのです。
損失回避性に基づけば、サンクコスト効果を「未来の得より過去の損を大きく感じる現象」と言い換えることもできます。たとえば、本を買ったのに最後まで読まなかったら「時間が浮く」という得が生じる一方、「書籍代がムダになる(気がする)」という損が生まれるでしょう。すると、最後まで読まないメリットにはあまり目が向かず、過去のコストばかりが気になるのです。
このように、サンクコスト効果と損失回避性は、深く関わっています。
サンクコスト効果の活用法3
サンクコスト効果の例
サンクコスト効果をより理解するため、ほかにも4つの例をご紹介しましょう。読書
上でも少し触れましたが、サンクコスト効果の身近な例は、「買った本がつまらなかったとき」です。お金を出して本を買ったものの、読んでみたら全然おもしろくなかったとします。しかし、ほとんどの人は「せっかくお金を払ったのだから」と、意地でも最後まで読もうとするのではないでしょうか?
「せっかく○○したのだから、もったいない」という心理は、まさにサンクコスト効果。読むのを途中でやめたら書籍代をムダにしたような気になるので、「つまらない本を読み続ける」という非合理的な行動を選んでしまうのです。
図書館で借りた本なら、「つまらないので読むのをやめる」ことを選ぶでしょう。書籍代というサンクコストが発生していないからです。
本を最後まで読んでも読まなくても、書籍代は返ってきません。不要な本を無理して読めば、時間という新たな損失を生むのではないでしょうか。もっとおもしろいことや有益なことに時間を使うほうが、合理的な選択だと言えるでしょう。
ゲーム・ギャンブル
ゲームやギャンブルにも、サンクコスト効果が関わっています。ゲームセンターでクレーンゲームに熱中した経験は誰にでもあるでしょう。景品を獲得するにはかなりコツがいるので、何度もチャレンジすることになります。投入したお金がどんどん増えていくと、「こんなにお金をかけたんだから、いまさらやめられない!」と感じますよね。
これもサンクコスト効果にほかなりません。投入したお金をムダにしたくないという思いから、意地でも景品をとりたくなるのです。
サンクコスト効果は、あらゆるゲームやギャンブルに当てはまります。最初から勝てることは少なく、負けが先行しがちなもの。「負けたぶんを取り返したい」とムキになると、割りに合わない投資をどんどん続けてしまうのです。
コンコルドの開発
サンクコスト効果の最も有名な事例は、超音速旅客機「コンコルド」です。1960年代から英国とフランスが共同開発していた飛行機で、最高速度マッハ2超という驚異の性能を誇っていました。しかし、開発中に問題が次々と浮上。「燃費が悪い」「衝撃波で周辺地域に被害が及ぶ」「空港を改修する必要がある」などのデメリットにより、採算が合わなくなってしまいました。
それにもかかわらず、コンコルドの開発は続行。すでに多額の開発費が発生していたため、「これまでかけたお金がもったいない」という執着が生まれたからです。
採算が合わないとわかった時点で中断していれば、損失は最小限に抑えられたはず。しかし、サンクコスト効果によって判断を誤り、その後も多額の費用を投入し続けたことで、赤字が大きく膨らんでしまったのです。このエピソードから、サンクコスト効果は「コンコルド効果」「コンコルドの誤謬(ごびゅう)」と呼ばれることもあります。
コンコルドの失敗を、他人事として笑ってはいられません。失敗するとわかっていながら、これまでの費用や苦労が惜しいあまり、事業撤退を決断できない――どんな会社にもあるのではないでしょうか。
ミズーリ大学の実験
サンクコスト効果は、さまざまな実験で検証されています。その一例が、米ミズーリ大学が2000年に発表した研究です。被験者は投資アドバイザーになったつもりで、ある事業に追加で投資するか撤退するかの判断を迫られました。被験者の半分は「すでに事業計画のうち90%に投資し終わっている」、もう半分は「まだ事業計画の10%にしか投資していない」と伝えられています。
投資の継続を選んだ人は、前者のグループで85%、後者では33%でした。サンクコスト効果が判断に大きく影響したのです。
サンクコスト効果の活用法4
サンクコスト効果を逃れるには
サンクコスト効果によって非合理的な判断を下すと、損失が増えて後悔することもしばしば。サンクコストの呪縛を回避するには、以下でご紹介する方法を試してみてください。サンクコスト効果を自覚する
第一歩は、サンクコスト効果に影響されている自分に気づくことです。「ここでやめたらもったいない」「せっかく○○したんだから」と少しでも思ったら、サンクコストにとらわれている可能性が大。自分の判断を客観的に見直すことをおすすめします。とりわけ注意したいのが、すでにたくさんのお金・時間・労力を費やしている場合。サンクコストが大きいほど「もったいない」という気持ちも強くなりますが、誘惑に負けず、合理に徹しましょう。
ゼロベースで考える
サンクコスト効果を避ける方法として経営コンサルタント・斎藤広達氏がすすめているのが「ゼロベース」での意思決定。サンクコストが「ゼロ」だと仮定して考えるのです。サンクコストは、どうあがいても取り戻せないもの。投資を続けようがやめようが、絶対に返ってきません。そのため、継続/撤退の判断にサンクコストの多寡はまったく関係ないのです。
音楽教室の例を思い出してみてください。10万円のバイオリンを買ったものの飽きてしまい、教室に通い続けるか迷っているとき、サンクコストを考えると「もったいないから通おう」という非合理的な判断に行き着きます。しかし、「もしバイオリンがもらいもの(0円)だったら?」とゼロベースで考えれば、「月謝がムダだから通わない」と合理的に判断できるでしょう。
◆ゼロベースで考える例
バイオリンがもらいものだったら……
→月謝がムダだから、通うのをやめよう
本が買ったものでなく、借りたものだったら……
→時間がムダだから、読むのをやめよう
クレーンゲームに使った1,000円をゼロとすれば……
→景品をとれる気配がないから、いさぎよく撤退しよう
いままでの開発費用をゼロとみなせば……
→今後の開発費用がムダだから、コンコルドから撤退しよう
どのみち取り戻せないサンクコストをゼロと仮定し、これからの損得を第一に考えることが大切です。最大の利益を得るにはどの選択が最善か、合理的に考えましょう。投資の上限を決めておく
心理カウンセラーの小日向るり子氏がすすめるのは、支払うコストの上限を決めておくことです。サンクコスト効果に影響されると、実る見込みのない投資を際限なく続けてしまうもの。ならば、あらかじめ「○○円までは使ってよい」「○○時間まではかけてよい」と決め、際限ある投資を心がけることで、損失を最小限に抑えられるでしょう。
クレーンゲームの場合、「1,000円払ってダメなら諦めよう」と決めておけば、撤退のタイミングが明確になり、お金をつぎ込んでしまうことを防げます。
◆投資の上限の例
バイオリン:3ヵ月習ってみて、つまらなければやめよう
読書:30ページ読んでみて、つまらなければやめよう
クレーンゲーム:1,000円出してダメなら諦めよう
コンコルド:あと1億円で改良できなければ、開発を諦めよう
第三者の意見を聞く
迷ったときは、誰かに意見を求めるのも有効です。サンクコスト効果の原因は、主観的な思い入れや愛着。思い入れがない第三者なら、サンクコストにとらわれず、冷静に判断しやすいでしょう。たとえば、自分が関わっているプロジェクトの継続/撤退を判断する場合、
プロジェクトに関係ない社内の人
外部のアドバイザー
本や資料で調べた客観的な情報
など、サンクコスト効果の影響からなるべく遠い人や情報源に頼ってみてください。サンクコスト効果の活用法5
マーケティングにおけるサンクコスト効果
サンクコスト効果は、マーケティングのテクニックとしても使えます。「買わないと損するかも」「契約をやめたら損するかも」という気持ちを刺激することで、売り上げのアップ
顧客単価のアップ
成約率のアップ
顧客離れの防止
などを図れるのです。サンクコスト効果をビジネスに応用するには、顧客に「ちょっとしたサンクコスト」を払ってもらい、「せっかく○○したんだから」という感情を誘いましょう。とりあえずの来店
売り上げを伸ばしたいなら、まず顧客の来店を促しましょう。以下のような方法で、とりあえず来てもらえさえすればいいのです。無料で参加できるイベントを開催
来店者全員にポイントを配布
次回から使えるクーポンを配布
来店という行為には、時間や労力といったサンクコストがともないます。経営コンサルタントの横山信弘氏によれば、顧客は来店コストを回収しようと「せっかくだから商品を見ていこう」と考えるため、購買行動につながりやすいそうです。みなさんにも、無料クーポンを使うためコンビニへ行き、「ついでにシャンプーも買っておこう」「せっかくだしスイーツも」と、予定外の出費をした経験があるのではないでしょうか?
入会金・年会費
サンクコストとして、入会金や年会費を払ってもらいましょう。たとえば、スーパーマーケット「コストコ」で買い物をするには、4,400円(税抜)の年会費が必要です。「せっかく高い年会費を支払ったのだから、もとをとらなければ」という意識が顧客に生まれ、来店の頻度を増やせます。入会金や年会費には、顧客の心をつなぎ留める効果があると言えるでしょう。10万円のバイオリンを買ってしまい、音楽教室をやめにくくなった例と同様です。
無料お試し期間
無料のお試し期間を設けるのも有効です。申し込みにかかった手間がサンクコストとなり、「せっかく登録したんだから」という気持ちの誘発を期待できます。動画配信サービスの無料トライアルの場合、ユーザー情報を入力する手間などがサンクコストとなり、「せっかく入会したんだから、すぐやめたらもったいない」という心理につながるはず。さらに、利用するうちにサービスへの愛着が湧き、解約しにくくなるでしょう。
◆無料お試し期間の例
動画配信サービスの初月無料
健康食品の試供品
ジムの無料体験キャンペーン
「○○円以上お買い上げで××」
「○○円以上お買い上げで××」というキャンペーンにも、サンクコスト効果が活きています。たとえば、よくコンビニで目にする「700円以上のお買い上げでクジ引き」。「せっかくお金を払ったんだから、クジを引けなきゃもったいない」というサンクコスト効果によって、700円以上の購買を促し、客単価を増やす狙いです。◆「○○円以上お買い上げで××」の例
700円以上お買い上げでクジが引ける
2,000円以上お買い上げで送料無料
2着め以降のスーツは半額
サンクコスト効果の活用法6サンクコスト効果を自分に使ってみよう
サンクコスト効果は、自分自身の心理をコントロールするのにも使えます。コストを支払って「やめたらもったいない」気持ちになり、習慣や努力の継続につなげるのです。勉強を習慣化したいなら、高い文房具をそろえたり部屋の模様替えをしたりすることで、「せっかく○○したんだから頑張らなきゃ!」と気合いが入り、三日坊主のリスクを減らせます。音楽教室の例でも、バイオリンを究めたいという強い意志があるならば、「せっかく買ったんだから無理してでも続けよう」という選択も悪くないでしょう。
◆サンクコスト効果を「継続」につなげる例
高い文房具を買いそろえる
→金銭的なサンクコストが発生
→勉強の継続
勉強部屋を整える
→時間的・労力的なサンクコストが発生
→勉強の継続
高級なバイオリンを買う
→金銭的なサンクコストが発生
→バイオリンの継続
ネガティブな印象が強いサンクコスト効果ですが、使い方次第では、仕事や勉強に活かすことも可能なのです。***
サンクコスト効果による損失を避けるには、支払ったコストへの未練を捨て去る勇気が必要です。「過去への執着を捨て、未来だけに目を向ける」というのは、あらゆるシーンに通用する建設的な考え方ではないでしょうか? 』 -
(教室の窓から)思いを言葉に 野口シカの手紙
https://yellwell.jp/education/3643/※ 『べん京なぼでも ○ きりかない』…。
※ 勉強なんてものは、一生、死ぬまでやり続けるモンだ…。
※ 歩みを止めたら、そこで「成長」や、「自分の能力の拡張・拡大」は、止まる…。
※ 「成長」したければ、「自分の能力を、拡張・拡大」したければ、歩き続けるしかない…。
『2021年6月7日 2021年6月7日
野口英世の母シカの手紙 原文
おまイの ○ しせにわ ○ みなたまけました ○ わたく
しもよろこんでをりまする ○ なかた
のかんのんさまに ○ さまにねん ○ よこもりを ○ い
たしました ○ べん京なぼでも ○ きりかない
○ いぼし ○ ほわこまりをりますか ○ おまい
か ○ きたならば ○ もしわけかてきま
しよ ○ はるになるト ○ みなほかいドに
○ いてしまいます ○ わたしも ○ こころ
ぼそくありまする ○ ドかはやく
きてくだされ ○ かねを ○ もろた ○ こトた
れにもきかせません ○ それをきかせるト
みなのまれて ○ しまいます ○ はやくき
てくたされ ○ はやくきてくたされ
はやくきくたされ ○ はやくきて
くたされ ○
いしよのたのみて ○ ありまする
にしさむいてわ ○ おかみひかしさむ
いてわおかみ ○ しております ○ き
たさむいてわおかみおります ○
みなみたむいてわおかんておりま
する ○ ついたちにわしをたちをし
ております ○ ゐ少さまに ○ついた
ちにわおかんてもろております
る○なにおわすれても ○ これわす
れません ○ さしんおみるト ○ いただいております
る ○ はやくきてくたされ ○ いつくるトおせて
くたされ ○ これのへんちちまちてをり
まする ○ ねてもねむられません現代語訳
お前の出世には、皆たまげました。わたくしも喜んでをりまする。
中田の観音様に、毎年(まいねん)、夜籠(よこも)りをいたしました。
勉強なんぼでも切りがない。
烏帽子(近所の地名。ここは、烏帽子という村からのお金の催促のこと)には困りをりますが、
お前が来たならば、申し訳ができましょう。
春になると、みな北海道に行つてしまいます。
わたしも、心細くありまする。
どうか早く来てくだされ。
金を貰うたこと、誰にも聞かせません。
それを聞かせると、みな飲まれてしまひます。
早く来てくだされ。早く来てくだされ。早く来てくだされ。
早く来てくだされ。一生の頼みでありまする。
西さ向いては拝み、東さ向いては拝みしております。
北さ向いては拝みおります。
南さ向いては拝んでおりまする。
一日(ついたち)には、塩断ちをしてをります。
栄昌様(隣家の鵜浦栄昌。天台宗の修験者)に一日(ついたち)には
拝んでもろておりまする。
なにを忘れても、これ忘れません。
写真を見ると、戴いておりまする。
早く来てくだされ。いつ来ると教えてくだされ。
これの返事待ちておりまする。
寝ても眠られません。母シカが英世に宛てた手紙です。シカは幼いころ、文字を覚えはしましたが、その後ほとんど文字を書く機会がありませんでした。後に英世は、母が字が書けるとは知らなかったと語っています。
「はやくきてくたされ はやくきてくたされ いしよのたのみてありまする」
(早く帰って来てください。早く帰って来てください。一生のお願いです。)と、
長い年月会うことができない英世に、一目会いたいという気持ちを切々と綴っています。
手紙を受け取った英世は、1915(大正4)年に15年ぶりに帰国し、母との再会を果たしました。横浜港では多くの報道陣や恩師・友人が英世を出迎えました。
約2か月間の滞在中、各地で講演会や歓迎会が催され大変忙しい日々を過ごしました。
東京や関西の講演会の時には、母や恩師と一緒に旅行をしました。
母シカは英世とともに過ごす時間を「まるでおとぎの国にいるようだ」と語っています。
11月4日に英世は、横浜からニューヨークへ戻りました。そして、その後二度と日本の地を踏むことはできませんでした。(福島県にある野口英世記念館より)』
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シク教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%AF%E6%95%99『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アムリトサルの黄金寺院
アムリトサルの黄金寺院とシク教徒
シク教(シクきょう、パンジャーブ語: ਸਿੱਖੀ Sikkhī, スィキー)は、15世紀末にグル・ナーナクがインドで始めた宗教。スィク教、スィック教、あるいはシーク教とも呼ぶ。
スィクはサンスクリット語の「シクシャー」に由来する語で、弟子を意味する。それにより教徒達はグル・ナーナクの弟子であることを表明している 。同じく、グルとは導師または聖者という意味である。総本山はインドのパンジャーブ州のアムリトサルに所在するハリマンディル(ゴールデン・テンプル、黄金寺院)。寺院の周辺には大理石の板が敷き詰められていて寄進者の名前が刻印されている。経典は『グル・グラント・サーヒブ』と呼ばれる1,430ページの書物であり、英語に翻訳され、インターネットでも公開されている。
『グル・グラント・サーヒブ』の“グル”、“グラント”、“サーヒブ”という言葉は、それぞれ“師匠”、“書物”、“様”を意味している。シク教団第10祖グル・ゴービンド・シングには4人の息子がいたが、ムガル帝国との戦いで殺されて子孫がいなくなり、彼の遺言で経典『グラント・サーヒブ』をグルにするようにと言ったのでこの名になった。
→「グル・グラント・サーヒブ」を参照信者の数は、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教に次いで世界で5番目に多く、約2,400万人である。印僑として欧米諸国や東南アジアで暮らすシク教徒も多い[1]。少数だが、日本にもコミュニティが存在する。
教義
シク教の教義は宗教家であるグル・ナーナクによる『グル・グラント・サーヒブ』のほかそのなかに含まれる『ジャブジー』『アーサー・ディー・ヴァール』などの詩歌によって伝えられており、敬虔な教徒は毎日これらを朗踊する。
グル・ナーナクはその作品を通じて、真の宗教は儀式や形式といった表面的なものへの執着を超えたところにあるとし、「イク・オンアカール (ik onakar)」(神は一つである)というメッセージを繰り返すことで神の不可分性を説いている[2]。
神には色々な呼び名があり、それぞれの宗教によって表現のされ方の違いはあるが諸宗教の本質は一つであるとし、教義の上では他宗教を排除することはない。
イスラム教のようなジハード(努力)も説いていない。
但し、他宗教への批判を全くしないのではなく、ナーナクは、ヒンドゥー・イスラム両教の形骸化、形式、儀式、慣行、苦行は批判をしている。
その一方で、「聖典に帰れ」と主張しており、宗教家・聖書解釈家によってつくられた二次宗教から離脱し、本来の教えに立ち帰るべきだとの信念を持っている。
シク教徒は常に神の本質および存在(ナーム)を思い起こし、家庭生活に結びつけることを要求される[2]。
儀式、偶像崇拝、苦行、ヨーガ(ハタ・ヨーガの意味)、カースト、出家、迷信を否定し、世俗の職業に就いてそれに真摯に励むことを重んじる。
戒律は開祖の時はなかったが、第10代グル・ゴーヴィンド・シングによってタバコ・アルコール飲料・麻薬が禁止された。
肉食は本人の自由に任されている。寺院での食事は菜食主義者に敬意を表して肉は供されない。
シク教の最終目標は、輪廻転生による再生を繰り返した末に、神と合一するムクティである。
ムクティに至れるかどうかは他人への奉仕とグルの恩寵にかかっており、ムクティと個人の性やカーストは無関係とされている。
人の一生を精神の超越への行程と考えるヒンドゥー教に対し、自分の事ばかり考える人間は5つの煩悩(傲慢、欲望、貪欲、憤怒、執着)に負けてしまうため、真のシク教徒は一生を常にグルに向け、神を真実の師(サット・グル)として仰ぐ[2]。
教祖ナーナクが他宗教の影響をどれだけ受けたかという問題は、現在に至るまで議論が続いている[2]。
ナーナクはヒンドゥー教と同様に輪廻転生を肯定しているが、カーストは完全否定している。
これにはイスラームの影響もあると考えられている。
この見解には宗教改革者カビールやラヴィダース(英語版)の影響と、北インドのイスラーム神秘主義であるスーフィズムの影響が考えられる。
カビールの生没年ははっきりしていないが、1440年誕生1518年死亡説をとるなら、カビールおよびナーナクの両人の接触はあったとも考えられる。
思想の系譜としては、初めにラーマーヌジャがいて、その孫弟子にラーマーナンダが、その弟子にカビールがおり、その影響を受けたのがグル・ナーナクということになる。
宗派
特に重要な宗派として、以下の4つが挙げられている[3]。
ニランカーリー(英語版) (Nirankari)
19世紀に起きた宗教改革運動に起源を有する。運動を始めたダヤル・ダースは、瞑想の重要性を説き、パンジャブ地方北西部で勢力を拡大した。他のシク教徒と異なり、カールサーを支持しない。シク教の経典に基づいた、誕生や結婚、死にまつわる儀式の標準化に大きな貢献をした。
→「サント・ニランカーリー・ミッション」も参照アカンド・キールタニ・ジャタ (Akhand Kirtani Jatha)
20世紀の初めに現れた。「ケスキ」という小さなターバンをかぶっている。「キールタン」(讃美歌のようなもの)に重きを置いている。
ナームダーリー (Namdhari)
19世紀に誕生した厳格な宗派で、神の名を繰り返し唱えること以外のいかなる宗教儀式も行わない。頭にターバンを巻くという特徴的なスタイルを導入した。また、カールサーのメンバーとしてのアイデンティティーを強調している。他の宗派の人間とは結婚しない。
3HO (Healthy, Happy, Holy Organization)1971年にアメリカで設立。女性にもターバンの着用を義務付けている。信者の大半は白人のアメリカ人で、瞑想とクンダリニー・ヨーガを重視している。クンダリニー・ヨーガはヒンドゥー教のものであり、シク教の教義にはない。異端と見る者もいる。
教徒
→詳細は「シク教徒」を参照インドのシク教徒の州別割合(2011年)[4]
州 シク教 ヒンドゥー教 イスラム教
パンジャーブ州 58% 38.5% 1.9%
チャンディーガル 13.1% 80.8% 4.9%
ハリヤーナー州 4.9% 87.6% 7.0%
デリー 3.4% 80.7% 12.9%
ウッタラーカンド州 2.3% 83.0% 14.0%
ジャンムー・カシミール州 1.9% 28.4% 68.3%
ラージャスターン州 1.3% 88.5% 9.1%
ヒマーチャル・プラデーシュ州 1.2% 95.2% 2.2%
各国のシク教徒数
国 シク教徒数 国内の割合% シク教徒に占める割合%
アフガニスタン 3,000 0.01% 0.01%
オーストラリア 125,904[5] 0.54% 0.52%
オーストリア 2,794[6] 0.03% 0.01%
バングラデシュ 23,000[7] 0.01% 0.01%
ベルギー 10,000 0.09% 0.04%
カナダ 468,670[8] 1.40% 1.96%
中国 7,500 <0.01% 0.03%
デンマーク 2,000[9] 0.04% <0.01%
フィジー 2,577[10] 0.3% 0.01%
フランス 10,000 0.02% 0.04%
ドイツ 10,000–20,000[11] 0.03% 0.05%-0.17%
ギリシャ 20,000[12] 0.1% 0.07%
アイスランド 100 0.03% <0.01%
インド 22,700,000[13] 1.72% 90.2%
インドネシア 15,000[14] <0.01% <0.01%
イラン 60 families[15] <0.01% <0.01%
アイルランド 1,200[16] 0.03% <0.01%
イタリア 70,000[17] 0.11% 0.29%
日本 2,000 <0.01% <0.01%
カザフスタン 800 <0.01% <0.01%
ケニア、ウガンダ、タンザニア 50,000-100,000[18] 0.64% 0.21%-0.42%
クウェート 20,000[19] 0.64% 0.08%
レバノン 3,000 0.07% 0.01%
マラウイ 3,000 0.02% 0.01%
マレーシア 100,000[20] 0.37% 0.42%
モーリシャス 37,700 0.3% 0.16%
メキシコ 8,000 <0.01% 0.03%
ネパール 5,890[21] 0.02% 0.02%
オランダ 12,000 0.07% 0.05%
ニュージーランド 19,191[22] 0.43% 0.04%
ニジェール 3,000 0.02% 0.01%
ノルウェー 5,000 <0.01% 0.02%
パキスタン 50,000[23] 0.01% 0.08%
フィリピン 50,000[24] [25] 0.1% 0.09%
タイ 70,000[26] 0.1% 0.29%
イギリス 432,429[27] 0.68% 1.8%
アメリカ 700,000[28] 0.08% 1.05%
ザンビア 3,000 0.03% 0.01%
総計 24,000,000バンガロールの銀行の注意書き。武器の持ち込みを禁止するが、シク教徒の儀礼用短刀であるキルパン(英語版)は許可する
ヒンドゥー教が生来から帰依するものであるのに対して、シク教は改宗宗教であることから、異教徒やインド人以外に対しても布教が行われる。アメリカにも教徒がいる。
教徒はインド全域に分布しているが、特に総本山ハリマンディルの所在地であるパンジャーブ地方に多い。
とくにインドのパンジャーブ州ではインド国内のシク教徒の約4分の3、州人口の59.9%(2001年)[29]を占め、多数派となっている。
信徒数は約2400万人、日本には約2000人ほどが居住していると思われる。
インドでは少数派でありながら社会的に影響力のある宗教集団である。ムガル帝国時代に武器を持って戦っていたためともされるが、技術的な事項に強い者が多く、インドのタクシー運転手にはシク教徒が多い。
シク教成立時から裕福で教養があり教育水準の高い層の帰依が多かったことから、イギリス統治時代のインドでは官吏や軍人として登用されるなど社会的に活躍する人材を多く輩出し、職務等で海外に渡航したインド人にターバンを巻いたシク教徒を多く見かける。
カールサーという信徒集団に所属しているメンバーは髪の毛と髭を切らず、頭にターバンを着用する習慣がある。そのため髭のあるターバンをつけたインド人男性はシク教徒だとわかる。ターバンの着用はヒンドゥー教徒などでは一般的でないにもかかわらず、世界的にはインド人男性の一般的イメージとなっている(理由はシク教徒を参考)。
女性も髪を切らないのでロングヘアーにしている。現在ではそのようなことをするカールサーのメンバーは減り、半数を割ったとも言われ、それに代わってそのようなことをしないサハジダリーと呼ばれる人が増えている。男性はシン(Singh,IPA: /ˈsɪŋ/=ライオン)、女性はカウル(王女)という名前を持つ。
政治的にはアカリ・ダルという宗教政党を持つものの、インド国民会議派の支持者も多く、政治的に団結しているわけではない。
この州の国民会議派は、マンモハン・シン首相など有力政治家を生んだ。
アカリ・ダルはジャナ・サンガ党、およびその後身であるインド人民党と同盟関係にあり、国民会議派とほぼ交互に州政権を握っている。1997年にはアカリ・ダルが勝利して州の政権を奪取し、アカリ・ダル総裁のプラカーシュ・シン・バダルがパンジャーブ州知事に就任したものの、2002年には敗北して国民会議派に政権を譲った[30]。
寺院
シク教の寺院はグルドワーラーと呼ばれ、小規模な寺院はダルバールと呼ばれる。
シク教寺院に入るには靴を脱いで頭の上にハンカチをのせて髪の毛を隠さなければならない。これはターバンを巻くカールサーのメンバーへの配慮と思われる。
グル・グラント・サーヒブを歌い、1時間程の礼拝の後にカラーパルシャードと呼ばれる砂糖菓子の神前の供物を恭しく食べるが、これは日本で神社・仏壇の供えものを有難く頂戴するのと同種の習慣である。さらにランガルと呼ばれる食事が皆に振舞われる。これは無料で、内容はインド料理(チャパティー、パコラ)である。これはヒンドゥー教徒がカーストが違う者と食事を共にしないことに対する批判である。
日本にあるシク教寺院としては、文京区と神戸市にグル・ナーナク・ダルバールがあり境町にシク教寺院がある。礼拝は毎週日曜日の午前11時半頃より行われ、午後1時頃に昼食が終わる。寺院内ではカールサー派に敬意を表して頭にハンカチをかぶって髪の毛を隠さなければならない。日本人のシク教徒もいる。
歴代グル
第1代 グル・ナーナク(1469年 – 1539年)
第2代 グル・アンガド(1539年 – 1552年)
第3代 グル・アマル・ダース(1552年 – 1574年)
第4代 グル・ラーム・ダース(1574年 – 1581年)
第5代 グル・アルジュン(1581年 – 1606年)
第6代 グル・ハルゴービンド(1606年 – 1644年)
第7代 グル・ハル・ラーイ(1644年 – 1661年)
第8代 グル・ハル・クリシャン(1661年 – 1664年)
第9代 グル・テーグ・バハードゥル(1664年 – 1675年)
第10代 グル・ゴービンド・シング(1675年 – 1708年)第10代教祖の4人の息子はムガル帝国との戦争で先に死んだため、遺言により、この後は教典がグルとされた。
歴史
グル・ナーナクの啓示から反ムガル帝国へ
16世紀初めに、初代グル・ナーナクが沐浴中に啓示を受け布教を開始した。ナーナクはパンジャーブにカルタールプルの町を建設して本拠地とし、やがてシク教はパンジャーブを中心に北インド一帯へ広がっていった。当時この地域はムガル帝国領であり、宗教に寛容なアクバルの統治下で繁栄していった。
第3代グル・アマル・ダースは、ナーナクとその後継者アンガドが作った聖歌と自作の聖歌、何人かのバガット(神愛者)の作品を『モーハン・ポーティ』としてまとめた[2]。
1574年には第4代 グル・ラーム・ダースが、パンジャブ中心部にラームダースプル(現在のアムリトサル)を建設し、そこに黄金寺院の建設を開始した。黄金寺院は1604年に第5代グル・アルジュンによって完成され、聖典『アーディ・グラント』が置かれた。アルジュンはまた、信徒に対して生産物の10分の1税を課し、それまで喜捨に頼っていた教団の財政を大幅に強化した[31]。
アクバル死後、ムガル帝国と対立するようになり、1606年にはグル・アルジュンがムガル帝国の弾圧を受け死亡した。このころから迫害と共に教団組織を整備し、反イスラム・反ヒンドゥー色を強める。アルジュンの息子である第6代グル・ハルゴービンドは、歴代グルのもつ宗教的支配権(ピーリー)に加え、全シク教徒に対する世俗的支配権(ミーリー)を持つことを宣言した[2]。その後、ハルゴービンドはジャハーンギール帝によって一時拘束された。
第9代グル・テーグ・バハードゥルは、イスラムへの改宗を拒否したカシミールのバラモングループの助命嘆願をした罪により、デリーで処刑された。これらの事件は、進んで迫害に立ち向かい、弱い者を守り、神に意識を向けるシク教徒の理想像である聖戦士(サンチ・シパーヒー)の概念を象徴したものとして影響を与えた[2]。
シク教国の建国からシク戦争へ
ランジート・シング
→詳細は「シク教国」および「シク戦争」を参照17世紀後半には10代目のグル・ゴービンド・シングが教団を改革し、教団内の権力構造を廃止した。また、武装集団であるカールサーを組織した。このころよりシク教団は半独立の姿勢を示すようになり、ムガル帝国の衰退とともに勢力を拡大させた。ゴービンド・シングは1708年に暗殺されるが、彼の死後グルは擁立されず、かわりに聖典『グル・グラント・サーヒブ』が中心的な権威を持つようになった[32]。
ゴービンド・シングの死後、バンダー・シング・バハードゥルがムガル帝国への反乱を起こしたが1716年に処刑された。しかしその後もシク教の勢力は衰えず、ムガル帝国の衰退に伴ってパンジャーブには12のシク教のミスル(英語版)(軍団)と呼ばれる小国家群が成立し、シク連合体と呼ばれる緩やかな政治連合を形成していた[33]。
18世紀末にはミスルのひとつであるスケルチャキア・ミスル(Sukerchakia Misl)からランジート・シングが現れ、1801年には首都をラホールに定めてシク教国を建国した。ランジート・シングはサトレジ川以西のシク教圏を統一し、パンジャーブのみならずムルターンやカシミールまで勢力を拡大し、全盛期を迎えた。しかし1839年にランジート・シングが死亡すると間もなく後継者争いが勃発して内部は混乱し、また南に勢力を伸ばしてきたイギリスがこの混乱を見て介入を開始した。
1845-46年の第一次シク戦争でシク教国は敗北し、ラホール条約によってカシミールやパンジャブの東半分をイギリスに奪われた。さらにイギリスの支配に反発した民衆は反乱を起こし、1848年には第二次シク戦争が勃発した。この戦争も翌1849年にはシク側の敗北に終わり、全パンジャーブが英領になってシク教国は滅んだ。シク教国の滅亡によってインド亜大陸にイギリス統治に服していない勢力は存在しなくなり、インドは完全にイギリスの植民地となった[34]。
英領時代
英領となった後、セポイの乱においてシク教団はインドを植民地支配するイギリス政府に協力。以後、シク教徒は植民地政府からは事実上の中間支配層として扱われ、イギリスとの協調路線をとって繁栄していく事となった。
1919年にはそれまでイスラム教徒のみに認められていた分離選挙がシク教徒にも認められ[35]、シク教からの宗派代表選出に道が開かれた。
1920年にはシク教の政治団体としてアカリ・ダルが結成された[36]。
第一次世界大戦後にヒンドゥー・イスラーム両教の対立が激しくなるとシク教も独立国「カーリスターン」の建国を望み、1940年及び1944年には正式にその要求がなされたものの、当時のパンジャーブ州の人口のうちシク教徒は10%未満にとどまっており、50%以上のムスリムや40%弱を占めるヒンドゥー教徒を無視して建国を行うことは不可能だった[37]。
結局1947年のインド・パキスタン分離独立に際し、シク教団はインド帰属を選択したが、これはパンジャーブ州のパキスタン領部分のからのシク教徒の追放を招き、ヒンドゥー教徒とともに多数のシク教徒が難民となってインドへと流入することとなった[38]。
また、開祖ナーナクの生まれたナンカーナー・サーヒブや、シク教国の都であったラホールはパキスタンに属することとなった[39]。
インド独立からパンジャブ州分割
独立したインドはジャワハルラール・ネルーのもと政教分離を国是として掲げた。
これはインドが多数の宗教をともかくも共存させる姿勢を取ったことを意味し、少数派たるシク教が迫害されるようなことはなかったが、一方でこれは宗教上の理由での分離運動を認めないことを意味した[40]ため、独立国や自治権の拡大を望んだシク教徒の一部とは対立することとなった。
また、英領インド時代には認められていたシク教徒への分離選挙も、1950年に施行されたインド憲法において撤廃された[41]。
パキスタンから流入した大量のシク教徒難民は、主にこの地方から流出したムスリムが放棄した農地へと再定住が行われた[39]。
この結果、特にパンジャーブ州西部においてシク教徒の割合を急増させることとなり、同州におけるシク教徒の割合は35%にまで上昇した[42]。
これを受けて宗教政党のアカリ・ダルはインド全土に広がっていた言語州要求運動に加わり、パンジャブ語話者が多数を占める新州の設立運動を1951年に開始したが、インド政府はこれをシク教新州の設立運動とみなして警戒し[43]、1956年に言語州への再編が行われたときもパンジャブの州再編は行われなかった[44]。
この言語州運動は1966年にようやく結実し、旧パンジャーブ州はヒンディー語話者・ヒンドゥー教徒が多数を占める東部のハリヤーナー州と、パンジャブ語話者・シク教徒が過半を占める西部の新パンジャブ州へと分割された[44]。
黄金寺院事件
→詳細は「ブルースター作戦」を参照パンジャブ州分割後、アカリ・ダルはヒンドゥー至上主義のインド大衆連盟(英語版)(ジャナ・サンガ)と連立して1967年に州政権を奪取したが、1971年には国民会議派に敗れ下野した[45]。
1977年には再びこの連立が州の与党となり、彼らはハリヤーナー州と共用していた州都チャンディーガルのパンジャブ州編入や水利権などの要求を中央政府に行った[46]。
しかしこの交渉が難航するなか、1970年代後半には急進派宗教指導者であるジャルネイル・シン・ビンドランワレが台頭して、シクの分離主義が急速に強まった。
1980年代に入るとシク急進派は反対派に対するテロを頻発させるようになり、パンジャブの治安が悪化。
これに対しインド政府は1983年10月にパンジャブ州を州政府から大統領直接統治下に移した[47]が情勢は好転しなかったため、1984年にはシク教徒の聖地・黄金寺院にたてこもるビンドランワレと過激派を排除するためインド政府軍を投入してブルースター作戦(黄金寺院事件)を起こし、6月6日にビンドランワレを殺害した[48]。
この事件はシク教徒の強い反発を招き、1984年10月31日にはシク教徒の警護警官により、インディラ・ガンディー首相が暗殺された。
さらにこの暗殺はヒンドゥー教徒側を激怒させ、インド各地でシク教徒への迫害が行われた[49]。
その後もテロの連鎖は続き、1985年6月23日にはシク教徒によるインド航空182便爆破事件が起こった。
ラジーヴ・ガンディー首相は同年7月にアカリ・ダルと合意を行って直接統治を解除し、9月には再びアカリ・ダルの州政府が誕生した[50]がテロの連鎖は続き、1987年には再度州の自治権が取り上げられて大統領直接統治下に戻った。
1992年に直接統治は解除されたものの、選出された州首相は暗殺された[51]。
しかしこのころを最後に急進派のテロは沈静化し、パンジャブ州の治安は回復に向かった[51]。パンジャーブ警察の署長の指示により過激派は全員射殺された[要出典]。
平和の回復
インド空軍の栄誉礼。シク教徒はターバンを着用している。
1997年にはアカリ・ダルがパンジャーブ州の政権を獲得したが、2002年には国民会議派に敗れ下野した[30]。
2018年11月28日、パキスタン政府はシク教徒の巡礼用に、同国中部のパンジャブ州ナロワルとインド国境を結ぶ約4キロメートルの「カルタールプル回廊」の建設工事を開始した [52]。
ナーナクが没した地とされる寺院へインドから行けるようにするためであるが、着工式典でパキスタン陸軍参謀長がインドからの独立を目指すシク教活動家と握手する映像がテレビ中継されたことから、インド陸軍やインドのメディアがパキスタンを批判した[1]。
今まではインド国境から約4㎞の寺に行くのにインドのシク教徒はビザを取り寺から約70㎞離れた国境の検問所を通るか空路で近郊都市から入るしかなかったが、回廊が出来ビザ無しで巡礼できるようになった[53]。
インド軍では通常の制帽の他、シク教徒の兵士用として「制式ターバン」が設定されている。
著名人
マンモハン・シン(インドの首相)
パーミンダ・ナーグラ(イギリスの女優)
チャダ(インドの演歌歌手、音響機器会社の社長)
タイガー・ジェット・シン(プロレスラー)
マダンジート・シン(外交官、芸術家)
ダレル・メヘンディ(歌手)
ミルカ・シン(陸上競技選手)脚注
[脚注の使い方]^ a b 「(世界発2019)シーク教の巡礼道、印パに新たな火種: パキスタン側へ4キロ、ビザ不要」国際面、『朝日新聞』(朝日新聞デジタル)2019年1月10日、朝刊。2019年1月16日閲覧。「■着工式に独立派リーダー、インドは「策謀だ」」
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^ 京都新聞2020年1月26日朝刊
参考文献出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。 記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2011年4月)
クシワント・シン 著、斎藤昭俊 訳『インドのシク教』国書刊行会、1980年。ISBN 978-4-336-00077-4。
那谷敏郎『インドの黄金寺院』平凡社〈平凡社カラー新書〉、1981年。
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保坂俊司『シク教の教えと文化』平河出版社、1992年。ISBN 978-4892032165。
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グリンダル・シン・マン 著、保坂俊司 訳『シク教』春秋社〈21世紀をひらく世界の宗教〉、2007年。ISBN 9784393203194。
エリナ・ネズビット、ジョン・ボウカー(編)、松村一男(訳)、2006、「シク教」、『ヴィジュアル版 ケンブリッジ 世界宗教百科』、原書房 ISBN 4562040343
関連項目ウィキメディア・コモンズには、シク教に関連するカテゴリがあります。
インド文化圏
阿三
ブルースター作戦
ウィスコンシン州シク寺院銃乱射事件 (アメリカ合衆国ウィスコンシン州で発生した銃乱射事件)
エア・インディア182便爆破事件(シーク教過激派によるテロ事件)
外部リンク
アムリトサルの黄金寺院 (ハリ・マンディール) (日本語) – ウェイバックマシン(2007年9月27日アーカイブ分)
在日シク教コミュニティ(英語)(日本語)
グル・グラント・サーヒブの抄訳
シク教経典『グル・グラント・サーヒブ』google自動日本語全訳1430ページ
『シク教』 – コトバンク
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火病
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火病(かびょう、ひびょう、ファッピョン[1]、ファビョン[2]、朝: 화병[注釈 1])は、鬱火病(うっかびょう、うつひびょう、ウルァッピョン/ウラッピョン[4]、朝: 울화병[注釈 2]、朝: 울홧병[6])の略称である。
火病という言葉は、中国の明帝国の医師張介賓が初めて使用し、朝鮮時代に韓国に伝えられた。
朝鮮民族(韓民族)の文化依存症候群(文化結合症候群)、精神医学的症候群(精神疾患)[7][8][9][10][11][12][3][13][14][15][16]。朝鮮民族(韓民族)特有の情緒由来の感情や激しいストレスを抑えてきたことで起こる精神疾病である。
症状としては疲労、不眠、パニック、死への強い恐怖、不快感、食欲不振、消化不良、動悸、呼吸困難、全身の発熱、首やみぞおちにシコリがあるように感じるなどである。
かつては朝鮮民族中年女性の病気と言われていたが、若年層の比率が上昇している[12][14][17]。
怒りや悔しさ、恨(ハン)などの感情を長期間持続していた場合に患うとされる[18]。
韓国には、火病専門の「火病クリニック」もある[9]
概説
朝鮮における火病に対する認識の歴史は古く、朝鮮王朝時代にまでさかのぼる[19]。
正祖の母親は著書『閑中録』の中で怒りによって胸が痛み、極度の不安を感じたり、うつ状態になったりする病を「火症」と表現している[20]。
韓国では怒りを「お腹の中から火の玉があがってくるようだ」と表現する事から、火病とは「怒りを抑圧し過ぎたことによって起きる心身の不調」を指す[21][10]。
なお、日本では同様の状態のことを、「腹が立つ」「腹の虫が収まらない」「腑が煮えくり返る」などと表現し、インド古来の伝承では下腹部に不完全燃焼物(ストレス)が溜まるとし、火の呼吸など対処法が存在する。
症状
『DSM-IV精神疾患の診断・統計マニュアル』によれば、症候として、不眠、疲労、パニック障害、切迫した死への恐怖、不快感情、消化不良、食欲不振、呼吸困難、動悸、全身の疼痛、心窩部に塊がある感覚などを呈する[22]、という。
元「ミス・コリア」で韓方医のキム・ソヒョンによれば、冷えの症状のほか、消化不良、頭痛・めまい、慢性疲労、不眠・抑うつ症状などが現れる[8]、という。
また、医師でメンタルヘルスガイドの中嶋泰憲によれば、不眠、激しい疲れ、パニック、今にも死んでしまうような感覚、冴えない気分、消化不良、食欲消失、息苦しさ、動悸、体の痛み、みぞおちのしこり感といった異変が心身に生じる、という[10]。
他のストレス病との違い
精神科医キム・ジョンウによると、火病は一種のストレスの病気であるが、一般的なストレス病では急にストレスが表われる場合が多いのに対し、火病では同じストレスを六カ月以上受けるという[23]。
また、怒りの原因を我慢することで起きるのが特徴であるという[23]。
また、キム・ジョンウは、韓国人の精神科医が集まると「火病になる人は純粋で頑固な人が多い。患者が楽天的で、融通性があり、たまには人を騙したり、悪いことを見て見ぬ振りができれば、神経症にかからないのに」という話をよくすると述べている….[24]。
他者への劣等感や自己に対して感じるコンプレックス、無意識の葛藤が心身の不調として現われる[25]。
ユング心理学においてはコンプレックスと劣等感は区別される。
劣等感は文字通り自分が人より劣っているという感覚をいう一方で、コンプレックスは苦痛、恐怖感、羞恥心など意識には受け入れがたい感情の集まりをいう。
そのため、通常は自我によって抑圧されて意識されることはなく、その意識化は嫌悪感や無力感、罪悪感を伴うために容易ではない。
傾向
かつては患者の80%が女性だったが、近年は男性の患者も増加傾向にあるとされる[26]。
2012年現在、韓国の小・中・高校生648万人のうち105万人(16.2%)は、うつ病の兆候や暴力的な傾向を示す「要関心群」で、そのうち22万人は、すぐに専門家の診断や治療を受けるべき「要注意群」であるという[27]。
韓国健康保険審査評価院の調査結果では、韓国で火病の診療を受けた患者数が年間11万5000人に上り、そのうち女性患者数が7万人と男性を大きく上回り、特に40~50代の中年層が多かった[28]。
2015年1月27日の就職ポータル「Career」の調査によると、韓国の会社員の90.18%が職場で火病の経験があると答えたとされている[29][30]。
ネットスラング・衝動的憤怒
火病に対して、インターネット上では「急に怒り出す人」の代名詞のように使用されるが[10]が、本来の火病は朝鮮民族(韓民族)が「怒りや悔しさを長期間、心の底に抑圧させた結果」に発症する病である[4][14]。
医師の中嶋泰憲は火病を「急に怒り出す」病と思うのは全くの誤解であると述べている[10]。
室谷克実によると、日本の2ちゃんねる用語では「火病 (かびょう・ファビョン)」と呼び、三橋貴明によると、2ちゃんねる用語のファビョンは、ヒステリックになって、何が何だかわからなくなり、最後に怒りのあまり倒れてしまう症状であるという[31]。
かつて存在した2ちゃんねる用語のオンライン辞書である『2典』によると、(本来の症状とは違うのだが)唐突に逆切れした場合などに「ファビョーン」と伸ばして使用されたという[32]。
また、「ファビョる」は「ファビョン」の動詞形で、特定の国籍に限らず逆上した人に対する侮蔑の意を込めて表現したもので、単に「キレる」という意味でも使われるという[32]。
2010年に鹿児島大学法文学部教授の内山弘[33]は、2ちゃんねるとニコニコ動画からネット用語を収集し、動詞化語尾「~る」を使って創造された新語の一つに「ファビョる」を挙げている。意味は「ぶち切れ状態になること」で、朝鮮語の 「 (火病=ファビョン)」が語源であると述べている[34]。
衝動的憤怒・憤怒調節障害
混同されがちな「衝動的な憤怒」は火病でなく、間欠性爆発性障害(憤怒調節障害)である。
間欠性爆発性障害とは、精神的苦痛や衝撃から激憤または鬱憤を抱いた直後に突発的な衝動的行動を起こす精神疾患である。
こちらは朝鮮民族(韓民族)以外でも見られる反復性衝動制御障害の一種である。
ただし、韓国国内の成人の半分が憤怒調節障害を抱え[35]、過熱された憤怒過剰社会が韓国の社会問題となっている[36][37]。
韓国警察庁の「2015年の統計年報」によると、傷害や暴行などの暴力犯罪、殺人や殺人未遂などの重罪の内訳で、動機が「動機が偶発的か現実に不満」という間欠性爆発性障害由来である割合が41.3%となっている[38]。
調査結果
中央日報によると、韓国のサラリーマンの90%が罹患経験があり、「くやしいことにあったり恨めしいことを体験して、積もった怒りを抑えることができずに表れる身体や精神のさまざまな苦痛」とし、主に胸にしこりがあるように感じる、苦しさと熱が体内からこみ上げてくるような症状が現れるという[4]。
韓国健康保険審査評価院(HIRA)の調査結果では、2011年から2013年の3年間における火病と新たに診断された韓国人の年間平均が約11万5000人である。その内、女性患者数が約7万人で男性を大きく上回り、特に40~50代の中年層が多いとされる[15][18]。
脚注
[脚注の使い方]注釈
^ 英語表記はHwabyung[3]であるが、Hwapyungとされている場合もある。
^ 〖漢方〗心気症。類語に鬱火症 (朝: 울화증) がある[5]。
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関連項目
朝鮮民族(韓国民族)
朝鮮の儒教/孝/忠
恨
うつ病
フラストレーション
ヒステリー/間欠性爆発性障害
パーソナリティ障害/自己愛性パーソナリティ障害
精神疾患
文化依存症候群
夫源病/主人在宅ストレス症候群
ヘル朝鮮
癇癪/易怒性/自己愛性憤怒
外部リンク
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Examining Anger in ‘Culture-Bound’ Syndromes(英語)(「Psychiatric Times」内)
朝鮮王朝実録中の「火病」(朝鮮語)(2013年5月1日時点のアーカイブ)
Jongwoo Kim (김종우), Kyunghee University GangdongOriental Hospital, DEVELOPMENT of Clinical Guideline for Hwa-byung
ファビョるに関するカテゴリ: 日本のインターネットスラング 動詞
カテゴリ: 神経症性・ストレス関連及び身体表現性障害文化依存症候群韓国の文化韓国の医療朝鮮民主主義人民共和国の文化
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うまくいけば「数億ロト」というこの職業…できないと「年1000万ウォン」
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印刷する有名ウェブトゥーンはドラマ、映画製作され、「宝くじ」億台収入も実際の年収5000万 ウォン
以上の作家は4人のうち1人年俸3000万ウォンにならない
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ディズニープラスドラマ「照明店」の原作であるカンプール作家のウェブトゥーン「照明店」。カカオエンター提供
ディズニープラスドラマ「照明店」の原作であるカンプール作家のウェブトゥーン「照明店」。カカオエンター提供[ファイナンシャルニュース] Netflixドラマ「地獄」、ディズニープラスの「照明店」、映画「神と一緒に」、ドラマ「微生物」など、いわゆる興行大ヒットを打ち明けたこれらの作品の共通点はウェブトゥーンが原作という点だ。数多くの利用者たちの検証を経たストーリーとキャラクターがしっかりとしたウェブトゥーンは国内コンテンツ市場をしわにする知的財産権( IP )の大きな軸だ。このためウェブトゥーン作家に対する関心度も大きい。ひとまず興行作品だけを打ち出すと数十億ウォン年俸も羨ましくない’スター’に生まれ変わるためだ。
2023年基準で国内ウェブトゥーン作家らの平均年収は4268万ウォンであると集計された。韓国コンテンツ振興院提供
2023年基準で国内ウェブトゥーン作家らの平均年収は4268万ウォンであると集計された。韓国コンテンツ振興院提供しかし実際に億台年俸を受けるウェブトゥーン作家は多くなかった。年収が5000万ウォン以上の作家は4人のうち1人にとどまった。
4日、韓国コンテンツ振興院の「2024ウェブトゥーン産業実態調査」によると、2023年の一年間作品を連載した経験のある作家の年間収入は平均4268万ウォンに過ぎなかった。コンジンウォンは去る2018年から毎年ウェブトゥーン作家などを対象にアンケート調査を通じてウェブトゥーン産業実態調査をまとめている。国内ウェブトゥーン産業の全般的な現況を盛り込んだ報告書で、市場規模、作家収入などを見積もることができる指標に挙げられる。
今回の実態調査によると、国内ウェブトゥーン作家10人のうち4人(39.3%)は年間3000万ウォンから5000万ウォン未満の収入を得た。 5000万ウォン以上稼ぐという作家は24.7%程度だった。反面、年収2000万ウォンから3000万ウォン未満は18.1%、1000万ウォンから2000万ウォン未満9.5%、1000万ウォン未満と答えた割合も8.4%にもなった。
注目すべき点は、産業規模の成長と作家の輸入規模の反比例だ。 2023年の国内ウェブトゥーン産業の売上規模は2兆1890億ウォンで、前年(1兆8290億ウォン)比19.7%が増加した。ウェブトゥーン産業規模は6年連続増加傾向を描いている。
それでもウェブトゥーン作家の年収入規模は前年度の2022年平均6476万ウォン対比2200万ウォン程度が減った。これは5000万ウォン以上を稼いだ作家が減ったためと分析される。 2023年の年収5000万ウォン以上を記録したウェブトゥーン作家は24.7%で前年度9.5%pが減少した。 3000万ウォンから5000万ウォンと答えた作家の数は前年比11.6%pが増えた39.3%を記録した。
1回のウェブトゥーンで作家が受ける平均原稿料は86万8000ウォンだった。ただしこれは前年比19万ウォン程度が減った金額だ。全体的に1回当たりの原稿料「50~75万ウォン未満」を受ける作家が26.0%で最も多く、「100~150万ウォン未満」(24.0%)、「75~100万ウォン未満」(14.3%)の順だった。
このような収入減少は、一人が作品全体を引っ張っていく単独創作形態で共同創作比率が増えたうえ、月給を受ける一般会社員のように勤労契約形態で活動する作家が増えたためと分析される。
Webtoon作家の創作作業の仕方。韓国コンテンツ振興院提供
Webtoon作家の創作作業の仕方。韓国コンテンツ振興院提供実際に今回の調査でウェブトゥーン作家を対象に2023年一年間の創作作業方式を尋ねたところ、「すべての過程を単独で創作」する方式の作家が28.5%で最も多かったが10人のうち3人程度にとどまった。
単独創作や補助作家を常に雇用した形態が21%、「単独創作(補助作家臨時雇用)」16.1%、「エージェンシー、プロダクション、スタジオなどに所属して作業」(15.0%)となった。
活動分野別では、文+絵を担当する作家の中では「すべての過程を単独で創作」(34.3%)が最も高かった。 2人以上共同著作’がそれぞれ37.3%、26.%と高い割合で現れた。デビュー年度別に見ると、2016年以前のデビュー作家たちの場合、「作家2人以上共同著作」の割合が特に高かった。一方、2017年以降デビュー作家たちは「エージェンシー、プロダクション、スタジオなどに所属して作業」の割合が相対的に高かった。
つまり、以前は作家1人が一人で文章と絵を担当したとすれば、最近は文章を書く作家、絵描く作家が別にあったり、ある作品の中にストーリーをつかんでデ生し、細部を描く作家たち数人が投入される形式が多くなったという意味だ。 。
一方、ウェブトゥーン作家は女性比率が58.3%で、南西(41.7%)より多かった。作家たちは半分以上(61.1%)が30代だった。
#ウェブトゥーン#年俸#作家#収益
チョ・ユンジュ記者(yjjoe@fnnews.com)記者プロフィール
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淮南子
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%AE%E5%8D%97%E5%AD%90『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『淮南子』(呉音: えなんじ、漢音: わいなんし、中国語: 淮南子; 拼音: Huáinánzǐ; ウェード式: Huai-nan Tzu)は、前漢の武帝の頃、淮南王劉安(紀元前179年 – 紀元前122年)が学者を集めて編纂させた思想書。
日本へはかなり古い時代から入ったため、漢音の「わいなんし」ではなく、呉音で「えなんじ」と読むのが一般的である。『淮南鴻烈』(わいなんこうれつ)ともいう。劉安・蘇非・李尚・伍被らが著作した。
10部21篇。『漢書』芸文志には「内二十一篇、外三十三篇」とあるが、「内二十一篇」しか伝わっていない。
道家思想を中心に儒家・法家・陰陽家の思想を交えて書かれており、一般的には雑家の書に分類されている。
注釈には後漢の高誘『淮南鴻烈解』・許慎『淮南鴻烈間詁』がある。
構成
中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。
淮南子
巻一 原道訓巻二 俶真訓
「天地未だ剖(わか)れず、陰陽未だ判(わか)れず、四時未だ分れず、萬物未だ生ぜず……」[1]は『日本書紀』の冒頭「古(いにしえ)に天地未だ剖(わか)れず、陰陽分れざりしとき……」の典拠となった[2]。)
巻三 天文訓
巻四 墬形訓 (地形訓とも。「墬」は「地」に同じ、「墜」や「堕」とは別字)
古代の地理観を記す。36の異国の記載(海外三十六国)には伝説的な内容が含まれる。巻五 時則訓
巻六 覧冥訓
巻七 精神訓
巻八 本経訓
巻九 主術訓
巻十 繆称訓
巻十一 斉俗訓
巻十二 道応訓
巻十三 氾論訓
巻十四 詮言訓
巻十五 兵略訓
巻十六 説山訓
巻十七 説林訓
巻十八 人間訓
巻十九 脩務訓
巻二十 泰族訓
巻二十一 要略訳注書
楠山春樹『淮南子 上』明治書院〈新釈漢文大系 54〉、1979年8月。ISBN 4-625-57054-9。
楠山春樹『淮南子 中』明治書院〈新釈漢文大系 55〉、1982年7月。ISBN 4-625-57055-7。
楠山春樹『淮南子 下』明治書院〈新釈漢文大系 62〉、1988年6月。ISBN 4-625-57062-X。
『淮南子』楠山春樹訳著(本田千恵子編)、明治書院〈新書漢文大系 34〉、2007年5月。ISBN 978-4-625-66403-8。新書での抜粋版。
『淮南子 説苑』戸川芳郎・木山英雄ほか訳、平凡社〈中国古典文学大系 6〉、1974年12月。ISBN 4-582-31206-3。現代語訳のみ
池田知久訳著『訳注 淮南子』(講談社学術文庫、2012年)。部分訳。文庫は増訂版。
電子書籍版『訳注『淮南子』増補改訂版』は、「人間万事 塞翁が馬」を収録、新解説を追加。
旧版は『淮南子 知の百科』(講談社〈中国の古典〉、1989年)
『淮南子 : 現代語訳』(小野機太郎 訳 支那哲学叢書刊行会〈支那哲学叢書 ; 第10〉 1924年 国立国会図書館デジタルコレクション)脚注
^ 訓読は楠山(1979) p.85の楠山春樹のものによる。
^ 『日本書紀』坂本太郎ほか、岩波書店〈日本古典文学大系67〉、1967年3月31日、543頁。ISBN 4-00-060067-2。訓読も本書による。参考文献
金谷治『淮南子の思想 老荘的世界』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年2月。ISBN 4-06-159014-6。 – 難解な淮南子の入門書。劉安の生平のみならず、時代背景にも詳しい。関連項目
老子
荘子
道教
八紘一宇
塞翁が馬
外部リンク
淮南子(中文)
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一葉落ちて天下の秋を知るの意味と語源や得られる教訓
https://tokainokenso.com/2024/09/09/4337/『2024年9月9日 / 最終更新日時 : 2024年9月9日 tokainokenzo
【ことわざ解説】一葉落ちて天下の秋を知るの意味と語源や得られる教訓目次
はじめに
一葉落ちて天下の秋を知るの意味
一葉落ちて天下の秋を知るの語源
一葉落ちて天下の秋を知るの実生活での例
一葉落ちて天下の秋を知るから学ぶべき教訓
まとめはじめに
「一葉(※ ひとは)落ちて天下の秋を知る」ということわざは、一つの小さな変化や兆しから、大きな変化を予測できるという意味を持つ表現です。季節が秋に移り変わることを、木の葉一枚が落ちることで知るように、わずかな変化がやがて来る大きな出来事を暗示しているという教訓を含んでいます。本記事では、このことわざの意味や語源、現代生活における具体例を通して、どのような教訓を得られるのかを解説していきます。
一葉落ちて天下の秋を知るの意味
「一葉落ちて天下の秋を知る」とは、一つの小さな出来事や兆候から、やがて起こる大きな変化を予測するという意味です。秋が近づくと、最初に一枚の葉が木から落ちることがあります。この一葉が落ちることは、やがて本格的な秋が訪れることを示しています。このことわざは、日常生活やビジネスにおいても、小さなサインに気づき、先を見通す力が重要であることを教えてくれます。
一葉落ちて天下の秋を知るの語源
このことわざの語源は、中国の古典に由来します。『淮南子(えなんじ)』という書物に登場し、秋が近づくことを一枚の葉が落ちることで感じ取るというエピソードから生まれました。「天下の秋」という表現は、単に季節の移り変わりを指すのではなく、広い範囲にわたる変化や、時代の大きな転換を示唆しています。このように、歴史的な視点からも、一つの小さな兆しがやがて大きな変化を予兆することを指摘しているのです。
一葉落ちて天下の秋を知るの実生活での例
現代社会においても、このことわざの意味は非常に有効です。たとえば、ビジネスの分野では、顧客からのわずかな不満や問い合わせが、後々大きな問題に発展する可能性を示すサインであることがあります。また、テクノロジー業界でも、ある小さな技術革新やトレンドがやがて市場全体に大きな影響を及ぼすケースは少なくありません。一つの変化や異変を見逃さずに、先を見通すことが、成功や問題回避のカギとなることを教えてくれます。
一葉落ちて天下の秋を知るから学ぶべき教訓
このことわざから学ぶべき教訓は、小さな兆しや変化に敏感であることの重要性です。私たちは日常生活の中で、何気ない変化や出来事を見逃してしまいがちですが、実際にはそれらが将来の大きな出来事の前触れであることも少なくありません。たとえば、健康面でも、体調のわずかな異変が後に大きな病気を引き起こすことがあります。日々の小さなサインに気づき、適切に対処することが、より良い未来を築くための鍵となります。
まとめ
「一葉落ちて天下の秋を知る」ということわざは、一つの小さな出来事から大きな変化を予測する力を養うことの重要性を教えてくれます。人生やビジネスにおいて、わずかな変化を見逃さず、先を見通すことが成功への道を開くことになります。日々の変化に敏感であることが、やがて訪れる大きな変化や挑戦に対処するための準備となるのです。 』