ウクライナ軍は南部でドニプル川を渡河し、左岸に橋頭堡を築いた。すでに南部で反攻がスタートしているようである。
https://st2019.site/?p=21082
カテゴリー: 米国、関連
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宇軍の砲兵は漸く、陣地進入後に、バックネット状の本格的な、対空遮蔽ネットを構築するようになった。
https://st2019.site/?p=21076『※雑報によると宇軍の砲兵は漸く、陣地進入後に、バックネット状の本格的な、対空遮蔽ネットを構築するようになった。偽装と、「ランセット」の突入防止を兼ねさせる。真横からの突入も防ぐ。』
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「スイッチブレード600」が漸く、ウクライナ戦線で使われ始めたようだ。
https://st2019.site/?p=21076『anmay Kadam 記者による2023-4-22記事「‘First Wreckage’ Of Switchblade-600 Drone Appears Online As Ukraine Begins Pounding Russian Military With US UAVs」。
「スイッチブレード600」が漸く、ウクライナ戦線で使われ始めたようだ。露軍がその残骸の映像をSNSに上げているので確認できた。
「スイッチブレード600」は全重が55kgあり、レンジは40km飛ぶ。
※弾頭重量は非公開だが、おそらく155ミリ榴弾砲と同じくらいの炸薬を入れていると想像される。すなわち十五榴のタマがそのまま自爆機になったと思えばよい。砲弾製造にはたいへんうるさい精度の品質コントロールが要求されるためおいそれと急速増産ができない悩みがある。が、無人機の弾頭なら、ぜんぶ「雑」で構わぬ。殊に戦時とならば。ロボットにでも量産させて可いはずなので、今後はこいつが真打になるのではないか?
単価は、1発が6000ドルくらいではないかという。
滞空時間は40分まで。これで、いまだによくわからない米国製特攻ドローンは、「フェニックスゴースト」だけになった。事情に詳しい米軍将校が、「フェニックスゴースト」は中型よりも小さいAFVに対して有効だと語っているところから推理すれば、おそらくそれは「スイッチブレード300」より大きく、しかし「スイッチブレード600」よりは小さいのであろう。
「フェニックスゴースト」の特長は、滞空時間を6時間まで長くすることができることだというのだが、その場合、弾頭重量がどうなるのか、不明である。』 -
インドの商船運航会社「Gatik」がロシアから大量の原油を組織的に搬出して西側のとりきめを破ったというので…。
https://st2019.site/?p=21076『※ブルームバーグによると、インドの商船運航会社「Gatik」がロシアから大量の原油を組織的に搬出して西側のとりきめを破ったというので、米政府により制裁指定された。今後、この会社の商船は、まともな海上保険をかけてもらえない。西側の港に寄ることもできない。』
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ドイツ政府が金曜日に発表。ポーランド国内に2023-1から展開していたペトリオットを、6月までに引き揚げると。
https://st2019.site/?p=21076『ポーランド新聞2023-4-21記事「Germany to End Patriot Missile Deployment in Poland by Summer 2023」。
ドイツ政府が金曜日に発表。ポーランド国内に2023-1から展開していたペトリオットを、6月までに引き揚げると。理由は、ミサイルのサプライにもう余裕がないため。』
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ヘルソン州の戦い、ドニエプル川左岸のオレシキー郊外にウクライナ軍が到達
https://grandfleet.info/war-situation-in-ukraine/battle-of-kherson-province-ukrainian-troops-reach-the-outskirts-of-orezhky-on-the-left-bank-of-the-dnieper/

『ドニエプル川を挟んでウクライナ軍とロシア軍が睨み合うヘルソン戦線は前線の動きが少ない地域だが、左岸のオレシキー郊外に到達したウクライナ軍をロシア軍が砲撃している映像が登場した。
左岸地域に足場を築いても維持が難しいため、ウクライナ軍のオレシキー郊外到達は一時的なものである可能性が高いウクライナ軍とロシア軍が睨み合うヘルソン戦線は砲撃と少人数の兵士が中洲を奪い合う比較的静かな戦線と化しており、さらにウクライナ軍は「大規模な水陸両用作戦を実施する能力がない」と見られているため反攻作戦の候補からも外れている。
出典:GoogleMap ヘルソン周辺の状況/管理人加工(クリックで拡大可能)
ロシア軍は「無人機による監視」と「定期的な兵士の巡回」で軍事拠点と住民を後方に避難させたドニエプル川沿い地域を維持しているのだが、ロシア軍がオレシキー郊外のウクライナ軍部隊を砲撃している映像が登場した。
ロシア軍が砲撃しているのはヘルソンの対岸にあるダチとオレシキーで、ウクライナ軍が幹線道路「M17」に前進してオレシキーの手前まで到達していることを示唆している。
出典:GoogleMap ロシア軍が砲撃を加えた位置
ただドニエプル川に架かるアントノフスキー橋は損傷したままで、ボートでしかアクセスできない左岸地域に足場を築いても維持が難しいため、ウクライナ軍がオレシキーを解放するのは難しいだろう。
関連記事:ウクライナ軍、ドニエプル川沿いからロシア軍は15km~20km後方に移動
※アイキャッチ画像の出典:Сухопутні війська ЗС України
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『 名無し
2023年 4月 23日返信 引用
狙いは何だろう。かく乱?
小規模な上陸作戦でもやるんだろうか。
8nachteule 2023年 4月 24日 返信 引用 攻撃対象になったウクライナ軍の戦力が分からないまま書くけど偵察かロシアの砲兵戦力の炙り出ししてHIMARSで潰すつもりだった可能性はある。上陸作戦なんて原発奪還にすら失敗しているから無理して戦力する潰す行為にしかならないと思うので無いと思う。 ウクライナ軍戦力は不明だけど仮に他の町と同様にオレシキーの住民が退去されてそこにロシア軍が弾薬運んでいるなら、住民からの通報が無理で弾薬庫を探す任務とか持っていた可能性はあるかもしれない。 現状なら最低ラインでGMLRSによる長距離精密攻撃でロシアの火力ポケット崩壊させない限りは大規模侵攻なんて無理だと思う。長い目でみて誘導ロケット弾なり155mm榴弾砲のGPS誘導弾かM9703 Practice Inert V-LAP辺りの世界記録出した長距離砲弾で陣地や兵器にダメージを与えた上で進撃でもしないと無駄に犠牲を払うだけじゃないだろうか。 1 フラット 2023年 4月 23日 返信 引用ヘルソンで小競り合いが続いてる以上、ウクライナがザポリージャ方面へ南下してきた時もヘルソン方面から戦力を引き抜きにくくなりますからね。
それまでは定期的にちょっかいをかけてそう
14パセリ 2023年 4月 24日 返信 引用
揺動か威力偵察の類だろうねー
装甲戦力の大規模な揚陸なんて出来るとは思えんし、それがないまま攻め込んでも負い散らかされるのが関の山だし名無しさん 2023年 4月 24日 返信 引用
ロシア軍はヘルソン市から撤退した後、ドニエプル川の対岸から度々市内に向けて砲撃を繰り返しているので、市民を守るためにもロシアの戦線を押し下げる必要があるのかもしれません。
2 』 -
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
デイヴィッド・ハウエル・ペトレイアス
David Howell Petraeus
DCIA David Petraeus.jpg
生年月日 1952年11月7日(70歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
Flag of New York.svg ニューヨーク州コーンウォール・オン・ハドソン
出身校 アメリカ陸軍士官学校
プリンストン大学
所属政党 無所属(2002年以降)
共和党(2002年以前)
称号 理学士(アメリカ陸軍士官学校)
行政学修士(プリンストン大学)
哲学博士(プリンストン大学)
配偶者 ホリー・ノウルトン(1974年から)
子女 ステファン・ペトレイアス
アン・ペトレイアス
Flag of the Central Intelligence Agency.svg アメリカ中央情報局
第22代長官
在任期間 2011年9月6日 – 2012年11月9日
副長官 マイケル・モレル
テンプレートを表示
デイヴィッド・H・ペトレイアス
David Howell Petraeus
所属組織 Emblem of the U.S. Department of the Army.svgアメリカ陸軍
軍歴 1974年から2011年まで
最終階級 US-O10 insignia.svg 陸軍大将
除隊後 アメリカ中央情報局長官(2011年9月から2012年11月まで)
テンプレートを表示デイヴィッド・ハウエル・ペトレイアス(David Howell Petraeus、1952年11月7日 ‐ )は、アメリカ合衆国の陸軍軍人。階級は退役陸軍大将。退役後に中央情報局長官を務めた。南カリフォルニア大学教授(2013年から)。
生い立ち
1952年11月7日にニューヨーク州南部の小さな村であるコーンウォール(コーンウォール・オン・ハドソン(英語版))でオランダ系アメリカ人の家庭に誕生する。父のシクストゥス・ペトレイアス(Sixtus Petraeus)はオランダ移民1世で元はオランダ本国で商船の船長をしていたが第二次世界大戦の勃発後まもなくアメリカに移民した[1][2]。移住後は、ニューヨークの船員向け教会(英語版)で出会ったアメリカ人のミリアム・ハウエル(Miriam Howell)と結婚し家庭を持つと共に[2][3]、戦時中はリバティ船の船長として軍事輸送任務に従事、戦後はニューヨーク州の電力会社に勤めた[1][2]。一方母のミリアムはブルックリン出身のアメリカ人でオベリン大学を卒業し司書として働いていた[4]。
1974年にデヴィッドはアメリカ陸軍士官学校を卒業し、1983年にアメリカ陸軍指揮幕僚大学を最も優秀な成績で修了。1987年にプリンストン大学ウッドロー・ウィルソン公共政策・国際関係大学院にてPh.D(国際関係学)取得。博士論文の表題は、”The American military and the lessons of Vietnam : a study of military influence and the use of force in the post-Vietnam era(アメリカ軍とベトナムの教訓:軍の影響とポスト・ベトナム時代の軍事力行使に関する一考察)”。
イラク戦争
2003年3月にアメリカがイラクへ侵攻したことに始まるイラク戦争では、アメリカ軍第101空挺師団の司令官として前線指揮を執り、バグダード陥落に大きく貢献する。大規模な戦闘が終結した後はモースルで治安維持に当たる。同年11月に武装勢力に殺害された奥克彦とは生前に交流があった。
2007年1月にジョージ・W・ブッシュ大統領は同戦争の戦闘長期化により、イラクに対する5個戦闘師団・2万人規模の兵力増強とアメリカ中央軍・イラク駐留アメリカ軍の新人事の着手に踏み切る。アメリカ中央軍のジョン・アビゼイド(英語版)司令官とイラク駐留アメリカ軍のジョージ・ケイシー・ジュニア司令官を事実上更迭。後任にはウィリアム・ファロン(英語版)海軍大将とペトレイアスがそれぞれ就任した。ただし、ケイシーはアメリカ陸軍参謀総長(2007年から)に昇進した。
当初は効果が疑問視されていたが2007年8月を境に増派は次第に奏効し、2008年5月にはアメリカ軍兵士の戦死者は開戦以来最低の19人に留まった。ペトレイアスは2007年9月と2008年4月にそれぞれ議会証言を行い、2008年夏までに増強した5個師団を撤退できる見通しを発表した。ペトレイアスは2008年7月に同師団を撤退させて兵力を増派前の14万人規模に削減した。
ペトレイアスはイラク治安回復の功績が評価され、イラン攻撃に強く反対し、特にディック・チェイニー副大統領と対立し辞任したファロン中央軍司令官の後任に指名される。同月10日にアメリカ上院は95対2でペトレイアスの指名を承認し、アメリカ中央軍司令官は中東全域並びに東アフリカ・中央アジアなどを統括する要職である。ただし2008年にアフリカ北東部(アフリカの角を含む)はエジプトを除き、新規に設置されたアフリカ軍に管轄が移動した。
2010年6月15日には上院軍事委員会にて証言を行った際、時差ぼけと脱水症状が重なり机に倒れこむという騒動を起こしている[5]。
アフガニスタン
2010年6月23日にバラク・オバマ大統領は雑誌『ローリング・ストーン』の誌上でジョー・バイデン副大統領らオバマ政権高官を批判・侮辱したことで事実上解任されたスタンリー・マクリスタル[6]将軍の後任としてペトレイアスを指名すると発表。6月30日に議会の承認を受け、7月4日付けで国際治安支援部隊(ISAF)司令官兼アフガニスタン駐留アメリカ軍司令官に正式に就任した。
なおアメリカ中央軍司令官の職については当時副司令官であったジョン・R・アレン(英語版)海兵隊中将が臨時代理を務めたのち、7月21日付けでジェームズ・マティス海兵隊大将(当時は統合戦力軍司令官)が指名され、アメリカ合衆国上院軍事委員会による承認の上で就任している[7]。
中央情報局長官
ロバート・ゲーツ国防長官が2011年6月末で退任することが決定したのに合わせ、オバマ大統領は後任としてレオン・パネッタ中央情報局長官を指名し、2011年4月、ペトレイアスはパネッタの後任の中央情報局長官に指名された[8]。CIA長官指名にあたっては、退役し文民として長官職に就くことが公表され、37年にわたる軍歴に終止符が打たれることとなった。同年6月23日には、CIA長官就任に必要となる上院の承認を得るため上院情報特別委員会(英語版)の公聴会に出席して証言[9]、1週間後の6月30日に上院本会議で行われた採決の結果、94対0の全会一致(残りの6名は反対ではなく、欠席等のため投票しなかった)で承認された[10]。
軍務については最後の任務であるISAF総司令官兼アフガン駐留米軍司令官の職を同年7月18日付で正式に退任し、アメリカ中央軍司令官時代の部下であり、大将に昇任のうえ後任に補職されたジョン・R・アレン海兵隊大将に引き継いだ[11]。その後8月31日に、バージニア州にあるマイヤー・ヘンダーソン・ホール基地において、ウィリアム・リン(英語版)国防副長官とマイケル・マレン統合参謀本部議長の列席のもと退役式典が執り行われ、正式に陸軍を退役した[12]。CIA長官には9月6日付で正式に就任した[13]。軍時代の高い評価と民主党政権下における軍出身の閣僚として将来は大統領候補になり得ると目されていた。
性スキャンダルと情報漏洩
2012年アメリカ合衆国大統領選挙直後の2012年11月9日に既婚の自身が既婚者の女性と不倫していたことを理由としてアメリカ中央情報局長官を辞職した[14]。
関係した相手は陸軍予備役少佐のポーラ・ブロードウェル(英語版)で、ペトレイアスの伝記「All In: The Education of General David Petraeus」の執筆者であった。
不倫が表沙汰になったのはブロードウェルの嫉妬が原因とアメリカメディアは報道した。ブロードウェルがペトレイアスの周囲へ匿名の嫌がらせメールを送りつけ、FBIが捜査を開始した。同時に、ペトレイアスがブロードウェルに送ったメールや見せたノートが情報漏洩の可能性があることも判明する[15][16]。
辞職後、しばらく姿を消していたが2013年に行われた南カリフォルニア大学主催の軍関係者らによるパーティーに出席。不倫について謝罪を行った[17]。
現況
2013年より南カリフォルニア大学教授を務める。2017年にドナルド・トランプ政権が発足した際にはアメリカ合衆国国務長官の候補の一人であった。[18]2022年時点においても南カリフォルニア大学で教授職を勤めている。同年3月には退役陸軍大将の肩書でCNNテレビにインタビュー形式で出演し、ロシアによるウクライナ侵攻の情勢分析などを行った[19]。』
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敗北を見えなくするため、ネオコンはウクライナでの戦乱を継続させる | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304230000/
『シリアに続き、ウクライナでもネオコンはロシアに敗北した。その事実を誤魔化すために戦闘の継続は有効なのだろう。そのためにアメリカ政府はウクライナのクーデター政権に対する軍事支援を継続しようとしているが、その結果、戦場になった国の人びとは破壊と殺戮の犠牲になる。
2010年の大統領選挙で選ばれたビクトル・ヤヌコビッチ大統領をアメリカのバラク・オバマ政権が2014年2月、ネオ・ナチを使って排除したところからウクライナでの戦乱は始まる。
そのクーデターは2013年11月からキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で始まった抗議集会から始まるが、当初は「カーニバル」的なイベントにすぎず、問題はないように見えた。様相が一変するのは年明け後。ネオ・ナチが前面に出てきたのだ。
ネオ・ナチのメンバーはチェーン、ナイフ、棍棒を手に石や火炎瓶を投げ、トラクターやトラックを持ち出してくる。ピストルやライフルを撃っている様子を撮影した映像がインターネット上に流れた。ユーロマイダンでは2月中旬から無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われた。西側ではこの狙撃はヤヌコビッチ政権が実行したと宣伝されたが、2月25日にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日、逆のことを報告している。バイデン政権を後ろ盾とするネオ・ナチが周辺国の兵士の協力を得て実行したということだ。
7割以上の有権者がヤヌコビッチを支持していたウクライナの東部や南部では反クーデターの機運が高まり、クーデターから間もない3月16日にはクリミアでロシアへの加盟の是非を問う住民投票が実施された。投票率は80%を超え、95%以上が賛成する。
その一方、オデッサでは反クーデター派の住民がネオ・ナチに虐殺される。そうした中、5月11日にドネツクとルガンスクでも住民投票が実施された。ドネツクは自治を、またルガンスクは独立の是非が問われたのだが、ドネツクでは89%が自治に賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が独立に賛成(投票率75%)している。この結果を受けて両地域の住民はロシア政府の支援を求めたが、ロシア政府は動かない。そして戦闘が始まった。クリミアやドンバス(ドネツクとルガンスク)を制圧できなかったのはアメリカ/NATOにとって大きな誤算だった。
当時、軍や治安機関にもネオ・ナチ体制を許するメンバーは存在、ドンバスの反クーデター軍へ合流したと言われている。そうしたこともあり、ドンバスでの戦闘は反クーデター軍が優勢だった。
そこでドイツやフランスが仲介するかたちで成立したのがミンスク合意だが、キエフのクーデター政権は守らない。アメリカ支配層のやり口を知っている人びとはこの合意について時間稼ぎに過ぎないと言っていたが、その推測は正しかった。アンゲラ・メルケル元独首相は昨年12月7日にツァイトのインタビューで認め、その直後にフランソワ・オランド元仏大統領はメルケルの発言を事実だと語っている。
それから8年、アメリカ/NATOはクーデター体制の軍事力を増強、ソレダルでは岩塩の採掘場を利用して全長200キロメートルという「地下要塞」が築かれたが、同じようの要塞はドンバスの周辺に広がっているようだ。ドンバスへ軍事侵攻して住民を虐殺し始めればロシア軍が介入、それを迎え撃つための地下要塞だと推測する人もいる。
この推測が正しいなら、相当数のロシア軍がドンバスで足止めを食うことになり、クリミアが攻撃されても兵力を割けないということも想定できる。2014年にクーデターがあった直後、ウラジミル・プーチン大統領の側近のひとりはアメリカ/NATOがドンバスを攻撃した後、クリミアへ軍事侵攻するとテレビの討論番組で語っていた。
ウクライナ軍は昨年3月にドンバスへの軍事侵攻を始める予定だったと言われているが、その直前にロシア軍が動く。地上部隊を投入するのではなく、ミサイルを打ち込んだのだ。地上では現地部隊のほか、チェチェンの義勇軍や傭兵会社ワグナー・グループが主に使われている。
ドンバスを攻撃するために集結していたウクライナの軍や親衛隊はミサイル攻撃で大きなダメージを受け、要塞化された拠点も陥落していった。
親衛隊の中核だったアゾフ特殊作戦分遣隊(通称、アゾフ大隊あるいはアゾフ連隊)が拠点にしていたマリウポリもそうした要塞のある場所だったが、ロシア軍か介入した翌月になると親衛隊の人質になっていた住民が解放され始め、実態を証言、それを現地に入っていたジャーナリストが伝える。(例えばココやココやココやココ)
その前から、脱出した市民がマリウポリにおけるアゾフ大隊の残虐行為を証言、映像をツイッターに載せていた人もいた。その人のアカウントをツイッターは削除したが、一部の映像はインターネット上に残っている。
フリーランスのジャーナリストのほか、フランスの有力メディアTF1やRFI、あるいはロシアやイタリア人の記者とマウリポリへ入ったとしている。その結果、西側の有力メディアが流す「報道」が偽情報、あるいは作り話だということが明らかになっていく。ウクライナのクーデター体制を支援している西側の私的権力はそうした情報をインターネット上から必死に消してきたが、人びとの気をくすべてを消し去ることはできない。
西側の有力メディアがどのように情報を改竄するかの具体例も明らかにされた。例えば、昨年3月9日にマリウポリの産婦人科病院が破壊された攻撃の場合、西側メディアはロシア軍が実行したと宣伝してた。
その宣伝でアイコン的に使われたマリアナ・ビシェイエルスカヤはその後、報道の裏側について語っている。彼女は3月6日、市内で最も近代的な産婦人科病院へ入院したが、間もなくウクライナ軍が病院を完全に占拠、患者やスタッフは追い出されてしまう。彼女は近くの小さな産院へ移動した。最初に病院には大きな太陽パネルが設置され、電気を使うことができたので、それが目的だろうと彼女は推測している。
そして9日に大きな爆発が2度あり、爆風で彼女も怪我をした。2度目の爆発があった後、地下室へ避難するが、その時にヘルメットを被った兵士のような人物が近づいてきた。のちにAPの記者だとわかる。そこから記者は彼女に密着して撮影を始めた。彼女は「何が起こったのかわからない」が、「空爆はなかった」と話したという。
つまりロシア軍の空爆ではなかったということだが、APだけでなく西側の有力メディアはロシア軍の攻撃で産婦人科病院が破壊され、母親と乳児が死傷しているというストーリーにされてしまった。
問題の病院から患者やスタッフがウクライナ軍に追い出されたことはマリウポリから脱出した市民も異口同音に語っている。その部隊はおそらくアゾフ連隊だろう。脱出した市民によると、脱出しようとした市民をネオ・ナチは銃撃、少なからぬ人が死傷したという。また市民の居住空間に入り込み、ロシア軍の攻撃を避けようとしてきたともしている。
ドイツの雑誌「シュピーゲル」はマリウポリのアゾフスタル製鉄所から脱出した住民のひとり、ナタリア・ウスマノバの証言を3分間の映像付きで5月2日に伝えたのだが、すぐに削除する。ショルツ内閣や米英の政権にとって都合の悪い事実、つまり残虐なウクライナの占領軍からロシア軍が救い出してくれたと話しているからだ。(ノーカット映像)こうした住民の証言を利用し、固有名詞を入れ替えて話を逆にし、ロシア軍を悪者にする「報道」を続けている西側の有力メディアはまだ存在するようだ。
2014年のクーデターで内戦をウクライナで始め、アメリカ/NATO軍とロシア軍を衝突させようとしてきたのはネオコンにほかならない。そのネオコンは遅くとも1992年初めにはアメリカの国防総省を制圧、2001年9月11日の出来事で圧倒的な力を持った。
統合参謀本部は支配しきれていないようだが、国務省やCIAは影響下にあり、宣伝機関として有力メディアも支配している。その有力メディアとも関係するが、多くのシンクタンクも支配されている。そうした仕組みによって人びとに幻影を見せ、彼らは世界を戦乱で破壊しようとしているのだ。
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最終更新日 2023.04.23 01:13:05 』
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スーダンを戦乱へ導いてきたアメリカ | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304240000/
『スーダンで4月15日にアブデル・ファッター・アル・ブルハーンが率いる正規軍とモハメド・ハムダン・ダガロが率いるRSF(即応支援部隊)が軍事衝突した。ウクライナへアメリカ/NATOが供給してきた武器弾薬の相当部分が闇市場を通じてアフリカへ流れていると言われているので、今後、戦闘が激しくなるかもしれない。
ブルハーンは2021年10月25日に軍事クーデターで実権を握った人物で、クーデターの前日にアメリカのジェフリー・フェルトマン特使に計画を伝えていたと報道されている。フェルトマンは1991年から93年にかけてローレンス・イーグルバーガー国務副長官の下で東/中央ヨーロッパを担当、ユーゴスラビアの解体に関与し、04年から08年にかけてレバノン駐在大使を務めた。
アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでネオ・ナチを使ってクーデターを実行したが、その直前にビクトリア・ヌランド国務次官補(当時)とジェオフリー・パイアット大使は電話で次期政権の閣僚について話し合っている。その際、自分たちの仲間として国連事務次長だったフェルトマンの名前が登場する。
西側ではRSFがロシアの傭兵会社ワグナー・グループと関係があると宣伝されているようだが、ロシアがスーダンにおける軍事衝突に関係している可能性は小さい。その理由を元CIA分析官のラリー・ジョンソンが説明している。
ロシアの安全保障にとって重要なウクライナでの戦闘が続き、黒海艦隊の拠点があるクリミアの防衛に力を入れ、またトルコとシリアを和解させようとしている時にスーダンで新たな問題をロシア政府が引き起こすとは思えない。
また、スーダンのブルハーン体制はロシアが紅海の沿岸に海軍基地を建設することに合意、その協定が発効する前に文民体制へ移行することになっていた。この協定でロシア軍は最大300名が駐留できる海軍基地を建設、4隻のロシア艦船を配備できるようになる。
紅海はスエズ運河を介して地中海へつながっていて、19世紀から続くアングロ・サクソンの世界支配戦略にとって重要な場所。そこにロシア海軍が基地を設けるわけだ。協定の有効期間は25年間で、双方が異議を唱えなければ10年間の自動延長となる。
2022年2月にダガロはモスクワでロシアの高官と会談したが、ロシアが紅海のスーダンに海軍基地を建設することに同意した政府を転覆させようとはしないと考えるべきだ。ロシアを訪れた際、ダガロはスーダンの利益になるのであればロシアの軍事基地を建設することに何の障害もないと述べ、アメリカから非難を浴びている。
この基地建設をアングロ・サクソン、つまりアメリカやイギリスが阻止しようと考えることも容易に想像できる。実際、昨年9月にスーダンへアメリカ大使として着任したジョン・ゴッドフリーは紅海の沿岸にロシアが海軍基地を建設することを許すなとスーダン側に警告している。ゴッドフリーに言わせると、「すべての国はどの国のパートナーになるかを決める主権を持っているが、その選択は勿論、結果を伴う。」アメリカ大使はスーダンに対し、ロシアと協力すればスーダンにとって不利な「結果」がもたらされると脅したのだ。
2015年にイエメンへ軍事介入したサウジアラビア軍にスーダン軍は合流、2016年から17年にかけての時期にはRSFから4万人が派遣されたとされている。
イエメン側にはイランがついているが、サウジアラビアとイランは3月10日に共同声明を発表、中国の仲介で両国は国交を正常化させ、それぞれ大使館を再開させることを明らかにした。この合意はイエメン情勢にも影響、そこへ派遣されているRSFが何らかの行動に出たとしても不思議ではない。
ところで、スーダンは以前から戦乱で苦しんできたが、その原因は石油にある。この油田は1974年にアメリカの巨大石油会社シェブロンが発見したのだが、90年代の終盤にスーダンでは自国の石油企業が成長し、アメリカの石油企業は利権を失う。さらに中国やインドなど新たな国々が影響力を強めていった。自立の道を歩み始めた時期のスーダンを支配していたのがオマル・アル・バシールだ。
そうした中、スーダンの南部ではSPLM(スーダン人民解放軍)が反政府活動を開始する。そのSPLMを率いていたジョン・ガラングはアメリカのジョージア州にあるアメリカ陸軍のフォート・ベニングで訓練を受けた人物である。
スーダンの内戦は1983年から2005年まで続き、11年に南部が独立した。フォート・ベニングにはラテン・アメリカ各国の軍人をアメリカの傭兵として訓練する施設、WHINSEC(かつてはSOAと呼ばれた)も存在している。
その間、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、それを口実としてネオコンに担がれたジョージ・W・ブッシュ政権は侵略戦争を本格化させる。
欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、9/11から10日ほど後に統合参謀本部で攻撃予定国のリストが存在していた。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたという。これはネオコンの計画にほかならない。(3月、10月)
TWITTER
最終更新日 2023.04.24 02:22:42 』
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駐仏中国大使、ウクライナ主権に疑義 バルト3国反発
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR234KC0T20C23A4000000/※ 『さらにウクライナを含む旧ソ連国について「主権国家としての具体的な地位に関する国際合意は存在しない」と述べた。』…。
※ ある意味、「真実」だろう…。
※ 「世界政府」が存在しない以上、「主権国家」を超える「強制力の正統性の根拠」は、存在しない…。
※ あるのは、「主権国家間の合意」に基づく「強制力の限界」だけだ…。
※ 結局、「国際政治」とは、「主権国家間の力関係」によって、規定されていく…。
※ そして、「力関係」とは、明白に「軍事力」をも、含んでいる…。『【パリ=北松円香】中国の盧沙野駐仏大使が旧ソ連国の主権に疑問を示し、ウクライナやバルト3国がいっせいに反発した。マクロン仏大統領など欧州の一部では中国に対してロシアによるウクライナ侵攻終結に向けた協力を期待する声もあったが、こうした外交方針にも疑念が広がりそうだ。
盧大使は21日にフランスのテレビ番組に出演した際、クリミア半島がウクライナの一部かどうかを問われると「この問題をどのように捉えるかによる」と答え、歴史的にはロシアの一部だったと語った。さらにウクライナを含む旧ソ連国について「主権国家としての具体的な地位に関する国際合意は存在しない」と述べた。
リトアニアのランズベルギス外相は22日、ツイッターで盧大使の主張について「バルト3国がなぜ『ウクライナの和平の仲介者』としての中国を信用しないのか」よくわかる発言だと批判した。ウクライナのポドリャク大統領府顧問も23日に「全ての旧ソ連国は国際法のもとで明確に主権を有する」とツイートした。
ロイター通信によると仏外務省の報道官は23日に「ウクライナに関してはクリミア半島を含む国境を、中国をはじめとする国際社会が1991年に承認した」と指摘し、中国に対し盧大使のコメントについての見解を表明するよう求めるとした。
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柯 隆のアバター 柯 隆 東京財団政策研究所 主席研究員 コメントメニュー
ひとこと解説
言論が厳しく統制されるなか、大使とはいえ、このような不注意な発言するのは中国の外交を不利な状況を陥れかねない。大使の発言、とりわけ外国のメディアに出て発言する際、統制をしないといけないのではないか。口は禍の元という諺はこの大使が知らなかったかもしれない。この大使の前途はどうなるのか。彼の立場に立っていえば、発言を慎んだほうがいい
2023年4月24日 7:45』