『公金の債権回収業務』
https://www.soumu.go.jp/main_content/000444574.pdf
※ オレらが勉強していた頃は、「自己執行権」と言っていたような気がする…。
※ 最近では、「自力執行権」と言うんだな…。


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エリートと大衆が「民主主義」から離反する ――その後の民主主義へ03
https://www.akishobo.com/akichi/fujii/v7
『科学と民主主義 藤井達夫
2024.5.28
07 エリートと大衆が「民主主義」から離反する ――その後の民主主義へ03
民主主義からのエリートと大衆の離反
ようやく、代表制民主主義の現状にたどり着いた。現代の観察者たちが指摘するところでは、民主主義は二方向から発する危機に直面している。一つは社会の上層、すなわち、エリートに由来する危機だ。その危機は、リンドの言葉を借りれば、現代のエリート層を構成するインサイダーのマネージャーたち、すなわち、「国内の大手企業や多国籍企業、政府機関、非営利団体運営する民間と公的機関の官僚である」[1]、高学歴の専門技術者たちが民主主義から撤退しつつあるという危機である。もう一つは、社会の下層から発せられる危機だ。工業化社会からポスト工業会社会へ転換する中で、政治・経済・文化の領域から締め出され、アウトサイダーとなった労働者を支持基盤とするポピュリスト政治家が民主主義を横領しつつあるという危機である。
おそらく、民主主義の現状に対するこの指摘は、正しいといえるだろう。冷戦期の二〇世紀中葉から現代まで民主主義を標榜してきた多くの国々において、程度の差こそあれ、この危機を確認することができる[2]。
民主主義諸国でこの危機が生じた背景については、すでに論じた。工業化社会からポスト工業化への転換を通して、代表制民主主義が機能するために不可欠な社会的・経済的・文化的な条件が消失したというのがその背景だ。この下で、例えば、代表制度のエリート主義的な性格を薄める際に決定的な役割を果たした大衆政党は弱体化していった。これが意味するのは、代表制度を民主主義に縛り付けておくための重要な足枷の一つがなくなってしまったということだ。しかし、この二方向からの危機を十全に理解するには、さらに別の視点からの説明が必要だ。それは、新自由主義の秩序の時代に進んだグローバル化という視点である。
代表制民主主義からのエリートの離脱を推し進めたのはグローバル化であり、その出発点となったのは冷戦の終結である。ボーダーレスでグローバルな自由市場の構築は、新自由主義のかねてからの夢であった[3]。それを実現可能にした歴史的な事件が一九九一年のソ連の崩壊による冷戦の終焉であった。当時のエリートたちにとって、この終焉が意味したことの一つは、一九四五年以来、自分たちの権力の行使に制約を課し、社会の多数派に対する譲歩を強いてきたライバルが退場したということであった。すでに指摘したように、第二次世界大戦後の西側諸国において、多数派の労働者の政治的あるいは経済的要求に対して当時のエリートたちを譲歩させたのは、ソ連を中心とする東側の社会主義諸国ならびに共産主義というイデオロギーの存在であった。こうした存在のおかげで、資本主義を守るための労使和解体制が確立され、ケインズ主義の秩序の安定がもたらされた。
冷戦の終結によるいわゆる「歴史の終焉」は、エリートたちを共産主義の亡霊から解放した。その結果、エリートたちの自制は弱められることになった。もはや新自由主義の秩序を担うエリートたちにとっての懸念は、不安定な雇用によって自国の労働者が強いられている苦境にはない。また、民主主義的な意思決定手続きの順守による統治の正統性にもない。主権国家による規制を逃れた超国家的機関の設立とそこでの民主主義的な手続きなしでの世界秩序の構築こそ、彼らの関心となった。民主主義からのエリートの撤退はこのようにして進んでいった。
エリートが民主主義から離反していく一方で、かつて大衆と呼ばれた普通の労働者たちの間で広がっていったのが、民主主義に対する失望や不信であった。
そもそも、民主主義を嫌悪し「根絶やし」にしようとしてきたのは、それがいつの時代であろうと、エリートたちだ[4]。その始まりは、プラトンにある。『国家』におけるプラトンの古代の民主主義批判は、現代のエリートたちの民主主義批判におけるプロトタイプといえる。それもそのはずだ。いつの時代であろうと、西洋のエリートたちはプラトンの私怨に満ちた民主主義批判を読んで「エリート」となってきたからだ。この意味で、現代のエリートが民主主義を憎悪し、離反しようとすることに何ら驚きはない。
驚くべきは、二〇世紀に代表制民主主義という制度の内部で政治権力を獲得することができるようになった大衆が、民主主義に見切りをつけようとする情勢であろう。この情勢は政府や政治家、政党に対する不信として表出されてきた。アメリカをはじめ、ヨーロッパの民主主義諸国、そして日本において、政治不信が増大している傾向を明示する指標については事欠かない。民主主義からの疎外が深刻化しているわけだ。これまで述べてきたように、この傾向は、ポスト工業化の時代において選挙を基盤にした代表制度が機能不全を来たしている点から理解されねばならない[5]。しかし、そうした理解に加えて、エリートたちが民主主義から離反し始めたのと同じ要因がそこにあることを押さえておく必要もある。それが、グローバル化という要因なのである。
国際機関やグリーバル企業による新しい秩序
冷戦の終結後、急速に進んだグローバル化によって、世界貿易機関(WTO)や東南アジア諸国連合(ASEAN)といった国際機関、あるいはヨーロッパ連合(EU)などの超国家機関が誕生した。これらは、当初、新しい時代における国際秩序の新たな枠組みになると期待された。しかし、よくよく考えるなら、主権国家にとっては、この新たな枠組みは必ずしも、手放しで歓迎されるものではなかった。というのは、それは国家の主権を制約し、その自立性を侵害する可能性があったからだ。この事態は、主権国家の内部で作動し、その国民を構成員とする現代の代表制民主主義に対して少なからぬ影響を及ぼすことになった。その影響の一つは、国民が政治からいっそう疎外されるという形で現れる。
グローバル化によって引き起こされる疎外は、特に政府と国民との関係において確認することができる。一般に現代の民主主義諸国において、民主的な選挙によって設立された政府の権威は、国民に由来すると考えられており、また、その権力は国民の利益のために行使されると想定されている。しかしながら、冷戦後のグローバル化の中で、国際機関を媒介にした多国家間関係への依存が高まると、こうした想定には疑念が向けられやすくなる。一国家の政府の自立性がこの依存関係の高まりの中で制限される結果、国家内部の代表制度の下で行われた民主的な意思決定は、他国との交渉において妥協を強いられ、変更を余儀なくされる場合が出てくるからだ。国内の有権者の多数の目には、この状況が政府の政治エリートたちが国民の利益よりも、他国やグローバル企業の利益を優先している光景として映りうる。こうして、民主主義からの疎外が進み、不信はますます募ることになる。
すでに言及したように、二〇世紀の代表制民主主義の黄金期の要は大衆政党であった。それは、経営者団体や労働組合などの諸組織を媒介にして社会に根を張ることで有権者を政治に結び付けるという、極めて重要な役割を果たしてきた。しかし、ポスト工業化への転換の中で、そうした大衆政党は党名を変えることがなくても、その内実を大きく変えることになった。政党が社会との結びつきを弱め、有権者から疎遠になるに伴い、有権者は自分の利益を代表してくる政党がどれなのかもはや見当がつかなくなっていく。つまり、議会の中に自分たちの代表者を見出すことができなくなっていくのだ。こうした中、有権者にとっての投票の手掛かりは、政党ではなく、政権を担うリーダーとしての政治家へと移り変わっていった。有権者は、政党が掲げる綱領でも公約でもなく、政権を目指す各党のリーダーのイメージや個性を手掛かりに投票するようになる。選挙戦の勝敗は、政策ではなく、党の顔となった政治家のイメージ次第となるわけだ。そうなれば、政党が、選挙に勝利した暁に政府の首長となる自党のリーダーに従属するようになるのも、程度の差こそあれ、必然だ。こうして、マナンが指摘したように、代表制民主主義は「政党民主主義」から「観衆民主主義」へと移行していった[6]。
民主主義の観衆化は、業界団体などの一部の利益集団との結びつきを強める既成政党から選挙時以外は見向きもされない一般の有権者が、代表制度の下で民主主義を何とか維持しようとする試みの帰結とも解釈できる。かつて「大衆政党」と呼ばれた政党は、今では一般の有権者に背を向け、社会を構成する多数派の利害関心や意思を政治に伝達する役割を放棄しつつある。そうであるから、見放された有権者は、政党ではなく、政治家一個人に主権者としての意思を託そうとする。こうして、投票所に足を運ぶ有権者は、政治リーダーのイメージや個性を頼りに、投票するようになるのだ[7]。
しかしながら、グローバル化は「観衆」となった有権者までも翻弄する。というのは、この観衆からしても、政治家という俳優は、明らかに、自分たちに向けてその役回りを演じていないように見えるからだ。有権者たちによって選挙で指名されたリーダーが向き合っているのは、有権者とは別の相手、すなわち、国内の巨大な利益団体や多国籍企業、さらには諸外国や国際機関である。選挙時に有権者になされた約束が果たされるどうかは、そうした相手との交渉次第なのだ。そうなれば、有権者はもはや観衆でさえない。観衆でさえないということは、観衆という極めて受動的な形で代表者をコントロールすることさえできなくなっていることを示唆する[8]。こうした状況がつづくなら、代表制度は、民主主義の制度であることをやめ、エリートによるエリートのための統治制度という本来の姿へと立ち返ることになったと判断するのが妥当であろう。
現在、アメリカやヨーロッパの民主主義諸国で観察されているポピュリズムの勃興は、代表制民主主義が病的な状態にあることを示しているといわれる。ポピュリズムについては、拙著でも詳しく議論したので、ここで立ち入って論じることはしない。とはいえ、これまでの議論から、次のことは指摘しておかねばならない。すなわち、病的状態というのが、代表制度の脱民主主義化、すなわちエリート主義化に直接関係しているということ。また、この脱民主主義化は、エリートたちの民主主義からの離脱と、かつて大衆と呼ばれた非エリートたちの民主主義からの離反とに由来しているということだ。これらを理解するには、工業化社会からポスト工業化社会への転換や、その転換をとおして漸進的に進んだ新自由主義の統治の確立、そしてこの秩序のグローバル化について押さえておく必要がある。いずれにせよ、ポピュリズムは二方向からの危機に直面した現代の民主主義の苦境を物語っている。
アメリカのトランプ政権やブラジルのボルソナーロ政権は近年を代表するポピュリズム政権であった。両政権は、支持者による議会の襲撃によって終焉を迎えたが、その光景によって示されたのは何であったか。それは、民主主義を破滅へと追いやる可能性が最も高いのは、現代の中国やロシアの権威主義であるよりも、代表制民主主義それ自体であるという皮肉な事実だ。この事実以上に、代表制民主主義の置かれた苦境を雄弁に物語るものはないように思われる。
[1] M.リンド(二〇二二年)『新しい階級闘争――大都市エリートから民主主義を守る』、施光恒監訳、東洋経済新報社、四六頁。
[2] ちなみに、リンドによれば、日本や韓国などの極東の民主主義国家は、現在の民主主義の危機を生み出した「テクノクラート新自由主義」に汚染されずにいるとされる。リンド(二〇二二年)、二四九頁を参照。とはいえ、この評価には議論の余地がある。仮に汚染されていないとしても、日本の民主主義が健全に機能しているということにはならないように思われる。例えば、藤井達夫(二〇一九年)『代表制民主主義はなぜ失敗したのか』、集英社新書、第一章を参照。
[3] Slobodian, Q.(2020). Globalist: The End of Empire and the Birth of Neoliberalism, Harvard University Press, pp.7-13.
[4] D.グレーバー(二〇二〇年)『民主主義の非西洋起源について――「あいだ」の空間の民主主義』、片岡大右訳、以文社、八八頁。
[5] この点については、藤井達夫(二〇二一年)、第五章を参照。
[6] Manin B.(1997). The Principles of Representative Government, Cambridge University Press, ch.6.
[7] 機能不全に陥った政党によって代表されないと感じ、議会に自分たちの代表者を見出すことのできない有権者が政治家個人によって、しかも政府の首長によって代表されようとするようになる現象は、すでに第二共和制末期のフランスにおいて観察されている。K.マルクス(二〇〇八年)『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』、植村邦彦訳、平凡社ライブラリー、第七章における「分割地農民」に関するマルクスの分析を参照。
[8] 選挙が民主的なコントロールという役割を果たしていないことを明らかにした研究として、以下を参照。Achen, C.H. and Bartels, L. M.(2017). Democracy for Realist: Why Elections Do Not Produce Responsive Government, Princeton University Press.
藤井達夫(ふじい・たつお)
1973年岐阜県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程単位取得退学。現在、東京医科歯科大学統合教育機構教養教育部門教授。
単著に『〈平成〉の正体――なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』、『代表制民主主義はなぜ失敗したのか』共訳書に『市民的不服従』(ウィリアム・E・ショイアマン著)など。』
ドイツ国防相、米副大統領演説に反発 「容認できない」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB150R50V10C25A2000000/
『2025年2月15日 10:35 [会員限定記事]
【ミュンヘン=共同】ドイツのピストリウス国防相は14日、ドイツ南部ミュンヘンで開かれたミュンヘン安全保障会議で演説し、バンス米副大統領が直前の演説で欧州の民主主義が後退したとの批判を展開したことについて「容認できない」と反発した。バンス氏の演説を、会場にいる欧州やドイツの閣僚らは眉をひそめ、硬い表情で聞いていた。
演説に立ったピストリウス氏は強い口調で「欧州の民主主義は、あらゆる意見を表明できる…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
日本国憲法第20条
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC20%E6%9D%A1
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。 ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。
日本国憲法 第20条(にほんこく(にっぽんこく)けんぽう だい20じょう)は、日本国憲法の第3章にある条文で、信教の自由と政教分離原則について規定している。
条文
日本国憲法 – e-Gov法令検索
第二十条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
解釈
「信教の自由」には、以下の点が挙げられる。
内心における宗教上の信仰の自由 – 特定の宗教を信じる自由、信仰を変える自由、宗教を信じない自由。
宗教的行為の自由 – 礼拝、祈祷、その他の宗教上の行為、祝典、儀式または行事を行い、参加し、もしくはこうした行為を行わない自由、布教の自由。
宗教上の結社の自由 – 宗教団体を設立し、加入する自由、活動する自由、または加入せず活動しない自由[1][2]。
また、憲法20条1項後段、2項、3項、および89条は、政教分離原則を規定している。
「国及びその機関」の範囲に対して裁判所の判例はまだない。2002年(平成14年)11月1日現在の政府解釈(小泉純一郎内閣総理大臣の答弁)は以下である[3]。
内閣、各省庁(国家公務員)、国会、裁判所
内閣総理大臣、その他の国務大臣、各省の事務次官、局長、課長
天皇、皇族
地方公共団体及びその機関(地方公務員)
知事、市町村長、副知事、助役、出納長、収入役、部長、課長
政党、政治家
沿革
大日本帝国憲法
東京法律研究会 p.8
第二十八條
日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
憲法改正要綱
「憲法改正要綱」、国立国会図書館「日本国憲法の誕生」。
九
第二十八条ノ規定ヲ改メ日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有スルモノトスルコト
GHQ草案
「GHQ草案」、国立国会図書館「日本国憲法の誕生」。
日本語
第十九条
宗教ノ自由ハ何人ニモ保障セラル如何ナル宗教団体モ国家ヨリ特別ノ特権ヲ受クルコト無カルヘク又政治上ノ権限ヲ行使スルコト無カルヘシ
何人モ宗教的ノ行為、祝典、式典又ハ行事ニ参加スルコトヲ強制セラレサルヘシ
国家及其ノ機関ハ宗教教育又ハ其ノ他如何ナル宗教的活動ヲモ為スヘカラス
英語
Arlicle XIX.
Freedom of religion is guaranteed to all. No religious organization shall receive special privileges from the State, nor exercise political authority.
No person shall be compelled to take part in any religious acts, celebrations, rites or practices.
The State and its organs shall refrain from religious education or any other religious activity.
憲法改正草案要綱
「憲法改正草案要綱」、国立国会図書館「日本国憲法の誕生」。
第十八
信教ノ自由ハ何人ニ対シテモ之ヲ保障スルコトトシ如何ナル宗教団体モ国家ヨリ特権ヲ受クルコトナク且政治上ノ権力ヲ行使スルコトナカルベキコト
何人ト雖モ宗教上ノ行為、祝典、儀式又ハ行事ニ参加スルコトヲ強制セラレザルベキコト
国及其ノ機関ハ宗教教育其ノ他如何ナル宗教的活動ヲモ為スベカラザルコト
憲法改正草案
「憲法改正草案」、国立国会図書館「日本国憲法の誕生」。
第十八条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
過度な保証による弊害・憲法改正による制限要求
日本では、憲法で信教の自由を保証し過ぎており、国に宗教の教義の是非を判断させたり、宗教法人にするかどうかの自由な裁量を委ねたりすることが禁じられている。
そして、メディアも、大学も、テロ事件前の宗教が絡む問題には、及び腰になってしまっている[4]。
そして、旧オウム真理教や統一教会、エホバの証人などカルトや営利目的者がそこを悪用してきた。
そのため、もしも憲法改正するならば、宗教法人に更なる自由を与える内容ではなく、カルトや営利目的への規制、宗教法人優遇へ制限を与える内容にするベきと指摘されている[5]。
「宗教活動で得た収益は非課税」「年収が8000万円以下であれば行政への収支報告の義務免除」「境内内の固定資産税は非課税」「法人が取得した相続は非課税」など宗教法人に様々な特権が与えられている。
そのため、宗教法人ブローカーが現れ、外国人や富裕層に数千万円から数億円で売買されている。
日本政府も宗教法人格の売買が横行しているために脱税やマネーロンダリングなど営利目的に用いられていることを問題視したものの、「(憲法20条の)信教の自由の観点から、実態の把握は困難」と調査すら行えていない。
売買された宗教法人は、200軒ほどいた檀家に知らせず、寺の土地を売却し、墓石を勝手に移すなどの事態が起きている[6]。
関連訴訟・判例
加持祈祷事件 – 1963年(昭和38年)5月15日 最高裁 合憲
争点:宗教行為である加持祈祷の結果、人を死亡させた行為を処罰することは、憲法第20条第1項で禁止されているか。
最高裁判決:他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当る宗教行為は、憲法第二〇条第一項の信教の自由の保障の限界を逸脱する。
津地鎮祭訴訟 – 1977年(昭和52年)7月13日 最高裁 合憲
争点:地鎮祭は、憲法第20条第3項で禁止されている宗教的活動か。
最高裁判決:社会の一般的慣習に従った儀式を行うという世俗的なもので、宗教的活動にはあたらない。
自衛官合祀訴訟 – 1988年(昭和63年)6月1日 最高裁 合憲
殉職した自衛官について、隊友会の地方組織が自衛隊の事務協力を得て県護国神社へ合祀の申請をし、合祀されたが、自衛官の妻がこれを自衛官の意思に反するものと主張し、信教の自由や政教分離の原則に違反するとして、国と県連を相手に訴えを起こした。
山口地裁:違憲。広島高裁:違憲。最高裁判決:合祀の申請は県連の単独で行われ、国は補助的であるため政教分離には違反しない。
箕面忠魂碑違憲訴訟 – 1993年(平成5年)2月16日 最高裁 合憲
大阪地裁:違憲。大阪高裁:合憲。最高裁判決:宗教施設に該当しない。慰霊祭への参列も宗教的活動にはあたらない。
宗教法人オウム真理教解散命令事件 – 1996年(平成8年)1月30日 最高裁 合憲
争点:宗教法人法81条1項1号及び2号前段に規定する事由があるとしてされた宗教法人の解散命令は、憲法20条1項に違反するか。
最高裁決定:解散命令は、専ら宗教法人の世俗的側面を対象とし、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容喙する意図によるものではなく、例え解散によってそれらに支障があったとしても、それは解散命令に伴う間接的で事実上のものであるにとどまる為、憲法20条1項に違背するものではない。
剣道実技拒否訴訟 – 1996年(平成8年)3月8日 最高裁 原告勝訴
公立の高等専門学校に在籍していた生徒が、宗教上の理由で必須科目の体育の剣道の実技への参加を拒否したことで、原級留置となりその後退学処分を受けた。そこで、その処分の取消しを求め、生徒本人と両親が訴えを起こした。
争点:宗教的中立をとる公教育の場で、個人の信教の自由は、どこまで配慮されるのか。
最高裁判決:信仰上の真摯な理由から剣道実技に参加できない学生に対し、レポートの提出等代替措置をとることは、第20条第3項の政教分離の原則に違反しない。
愛媛県靖国神社玉串料訴訟 – 1997年(平成9年)4月2日 最高裁 違憲
愛媛県は、靖国神社の例大祭やみたま祭りに玉串料等として公金を支出した。これに対し住民が知事らを相手取って住民訴訟を起こした。
争点:靖国神社への玉串料の支出は、宗教的活動か。
最高裁判決:宗教的活動にあたり違憲。
空知太神社事件 – 2010年(平成22年)1月20日 最高裁 違憲
孔子廟訴訟 – 2021年(令和3年)2月24日 最高裁 違憲
砂川市・那覇市は市有地の土地使用料を徴収せず、特定の宗教団体へ無償提供する。これに対し不満を持つ他宗教の信者や住民らが市を相手取って住民訴訟を起こした。
争点:市有地を宗教団体へ無償提供する行為は政教分離の原則に反するものではないか。
最高裁判決:市の行為は宗教的活動に該当するため違憲。
その他、1990年(平成2年)に行われた大嘗祭の知事参列等をめぐる公金支出をめぐって、各地の住民が住民訴訟を提起したが、いずれも合憲としている。
関連条文
日本国憲法第14条第1項(法の下の平等)
日本国憲法第19条(思想及び良心の自由)
日本国憲法第44条(議員及び選挙人の資格)
教育基本法第3条第1項
大日本帝国憲法第28条
他の国々の場合
第1修正(信教の自由、国教樹立禁止)
ドイツ連邦共和国基本法第4条(信仰、良心および告白の自由)
中華民国憲法第13条
中華人民共和国憲法第36条
大韓民国憲法第20条
脚注
[脚注の使い方]
出典
^ 「憲法 I」野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利
^ 「日本国憲法」橋本公亘
^ 平岡秀夫提出「「国及びその機関」の範囲」に関する質問に対する答弁書、内閣衆質一五五第一号、2002年11月1日。
^ 立法と調查 第191~196 巻p 7 1996
^ 統一協会問題の闇 p104 小林よしのり, 有田芳生 , 2023
^ “寺や神社が高値で“売り”に出されている!? 宗教法人の税制優遇などが背景に 「外国人でもOK」ブローカーに“裏事情”聞く 『母の墓』勝手に移設された檀家の“怒り”(関西テレビ)”. Yahoo!ニュース. 2023年6月24日閲覧。
参考文献
東京法律研究会『大日本六法全書』井上一書堂、1906年(明治39年)。
関連項目
靖国神社
エホバの証人
公明党 – 創価学会
目的効果基準
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この項目は、法分野に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:法学/PJ:法学)。
表話編歴
宗教的中立性 (Religious Neutrality)
表話編歴
日本国憲法
全文:新字体 旧字体 原本
上諭と前文
上諭 前文
第1章 天皇
1 2 3 4 5 6 7 8
第2章 戦争の放棄
9
第3章 国民の権利及び義務
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40
第4章 国会
41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64
第5章 内閣
65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75
第6章 司法
76 77 78 79 80 81 82
第7章 財政
83 84 85 86 87 88 89 90 91
第8章 地方自治
92 93 94 95
第9章 改正
96
第10章 最高法規
97 98 99
第11章 補則
100 101 102 103
関連項目:解説(ウィキブックス) カテゴリ日本国憲法・章・条文
カテゴリ: 日本国憲法の条文日本の宗教政策
最終更新 2024年12月23日 (月) 11:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
哲人が問う民主主義の危機 ハンナ・アーレントの警鐘
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD203X80Q5A120C2000000/
『2025年1月24日 10:00 [会員限定記事]
不穏な時代の節目に、語り継がれる哲人がいる。ユダヤ人としてドイツに生まれ、ナチスの迫害を逃れて米国に亡命したハンナ・アーレント。立教大学の川崎修特別専任教授の表現を借りるなら、20世紀の「デーモン(悪魔)」と格闘し続けた思想家だ。
ナチズムやスターリニズムの中で結晶し、暴力的なエネルギーを放つに至った全体主義の要素を、探究したことで知られる。東西冷戦の激化から終結、民族紛争の拡大、テロの頻発とい…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『第87条(内乱) 国土を僭窃し、又は国憲を紊乱する目的で暴動した者は、次の区別により処断する。
1.首魁は死刑、無期懲役又は無期禁錮に処する。
2.謀議に参与し、又は指揮し、又はその他重要した任務に従事した者は、死刑、無期又は5年以上の懲役又は禁錮に処する。殺傷、破壊又は掠奪の行為を実行した者も同じである。
3.附和随行し、又は単純に暴動にのみ関与した者は、5年以下の懲役又は禁錮に処する。』
日本刑法の内乱罪
『第2章 内乱に関する罪
(内乱)
第77条 国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
一 首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
二 謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は3年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は1年以上10年以下の禁錮に処する。
三 付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、3年以下の禁錮に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。ただし、同項第3号に規定する者については、この限りでない。
(予備及び陰謀)
第78条 内乱の予備又は陰謀をした者は、1年以上10年以下の禁錮に処する。
(内乱等幇助)
第79条 兵器、資金若しくは食糧を供給し、又はその他の行為により、前二条の罪を幇助した者は、7年以下の禁錮に処する。
(自首による刑の免除)
第80条 前二条の罪を犯した者であっても、暴動に至る前に自首したときは、その刑を免除する。』
※ どちらも、「憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として」(目的犯)、「暴動」することが「構成要件」となっている…。
※ そして、ここで規定している「暴動」とは、単なる「有形力の行使一般」のことではなく、「一地方の平穏を害する程度の、有形力の行使」と習った記憶があるんだが…。
※ ユンソンニョル戒厳宣布において、そういう「一地方の平穏」が害される程度の「暴力沙汰」があったという話しは、さっぱり聞かないのだが…。
※ どういう「法律構成」しているものやら…。
※ オレには、さっぱり、分からんな…。
排他的経済水域
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%92%E4%BB%96%E7%9A%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%B0%B4%E5%9F%9F








『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
それぞれの水域を示す図(立体図)
それぞれの水域を示す図(平面図)
世界各国の排他的経済水域(濃青)
大西洋とインド洋における排他的経済水域
太平洋における排他的経済水域
カリブ海における排他的経済水域
排他的経済水域(はいたてきけいざいすいいき)(※ EEZ:Exclusive Economic Zone)、別名200海里水域とは海洋法に関する国際連合条約に基づいて設定される、天然資源及び自然エネルギーに関する「主権的権利」、並びに人工島・施設の設置、環境保護・保全、海洋科学調査に関する「管轄権」が及ぶ水域のこと。沿岸国にその領土から最大200海里までの範囲において経済的な権利を与えるものである。
領海や接続水域ではないため、航行や上空飛行は妨げられない。
主権的権利
国連海洋法条約では、沿岸国は自国の基線から200海里の範囲内に、排他的経済水域を設定できる。
設定水域の海上・海中・海底、及び海底下に存在する水産・鉱物資源並びに、海水・海流・海風から得られる自然エネルギーに対して、探査・開発・保全及び管理を行う排他的な権利を有することが明記されている。
排他的経済水域に存在する鉱物資源は埋蔵している段階では、沿岸国には所有権は存在せず、採掘して陸上・海上施設・船舶に引き上げられた段階で、その権利が発生する。
また水産物も、水揚げされて初めて所有権が発生する。自然エネルギーに対しても、例えば電力に変換されて、初めて物権が発生する。
批准沿岸国は、天然資源及び自然エネルギーに対する、下記の行為に関してのみ法律を制定し、罰則規定を設けることができる。排他性を有しているが、主権には及ばないために、「主権的権利」と呼んで「主権」とは一線を画している。
管轄権
排他的経済水域において、人工島・施設の建設、海域の環境保護・保全の観点から環境を破壊する虞のある行為、海洋の科学的調査の実施に対して沿岸国は排他的な「許認可権」を有しており、沿岸国への事前の申請を必要としている。
沿岸国は申請内容と異なる行為をして違反が明らかになった場合は速やかに中止をさせることができる。
海洋の科学調査に関しては、何をもって科学的調査とするのか、その定義について各国の主張に隔たりがあり一致をみていない。
排他的経済水域
歴史的には、海洋天然資源の持続的な利用が妨げられないよう、資源管理の徹底のために考案された水域が始まりである。
現在の「海洋法に関する国際連合条約」で規定されている排他的経済水域は、下は海底下から上は上空まで適用される水域であるが、歴史上それは海中から上の「漁業水域」と海底面・海底下の「大陸棚」の2つの別個に組み立てられた概念からなっていた。
漁業水域
「漁業水域」については海中の生物資源の「回遊性」と領海境界における生物資源の移動の「連続性」を根拠としている。
魚などにとって領海境界は移動を妨げるものではなく自由に移動を行えるため、領海内の生物資源は隣接する領海外の生物資源の増減に大きな影響を受ける。
ゆえに自国領海に隣接する領海外で行われる漁業について、沿岸国が管理を行う権利を有する正当性を訴えた。
歴史上最初の領海外の公海上の漁業管理の試みは、アメリカ合衆国トルーマン大統領により1945年に宣言された「公海の水域における沿岸漁業に関するアメリカ合衆国の政策」を端緒とする。
この宣言には漁業水域の具体的水域範囲は設定されてはいないが、当時は領海幅についても国際的に合意されているとは言えない状態であった。
当時、漁業技術の革新により母船式各種漁業が盛んとなりつつあり、自国領海近傍で行われる外国遠洋漁業者に対する牽制を含めての宣言布告であった。
国家間の同意に基づいた条約は、1958年に採択、1966年に発効した「漁業及び公海の生物資源の保存に関する条約」が最初である。
領海外の1漁場で2か国以上の国が漁業を行う場合、それらの国の合意によって漁場の管理を行うことが決められた。
また一国が領海外に領海と隣接して漁業管理を行うことができる水域を設けることができることが定められた。
ただしこの条約において漁業水域の外側境界線の範囲の具体的数値については何も定められなかった。
この曖昧な漁業水域の定めは禍根を残し、その後各国が暫定的に独自に漁業水域を宣言し、一方的な管轄権の行使、即ち一方的に他国漁船に対し漁業取締を行う状況が頻発した。
日本は漁業水域の外側境界線まで領海基線から200海里とする「漁業水域に関する暫定措置法」を1977年(昭和52年)に施行し、独自の「漁業水域」を設定し国内外に宣言した。
大陸棚
「大陸棚」については、岩石、土砂、火山灰などの陸地由来の堆積物により大陸棚や海底斜面が形成されることが考慮された。
陸地周囲に地質学的な長期間をかけて形成された石油などの鉱物資源や、堆積物由来の無機物・有機物を材料とし生物学的に何世代にも渡り徐々に移動する海底に生息する生物資源を想定し、陸及びその周囲の海との「延長性」を根拠とした。
陸地から堆積物がなければ石油や海底に生息する蟹などはできなかったとする論拠である。
また当時の技術では石油・天然ガスなどの海底鉱物資源を開発して海底パイプラインにより沿岸に輸送する以外に石油・天然ガスを生産する方法がなく、沿岸国の協力は海底資源を開発するうえで必須条件と考えられていた。
大陸棚資源開発における沿岸国の重要性を根拠とし、沿岸国が大陸棚資源開発の管轄権を有するとされた。
歴史上の領海外の公海下の海底資源の管理の試みは、アメリカ合衆国トルーマン大統領により1945年に宣言された「大陸棚の地下及び海底の天然資源に関する合衆国の政策」を端緒とする。この宣言には大陸棚の地形学的定義、範囲、水深何メートル以浅とするかの定めはない。
国家間の同意に基づいた初めての条約は、1958年に採択、1964年に発効した「大陸棚に関する条約」である。
領海外の隣接する200m以浅を条約大陸棚とし、200m以深でも資源が開発可能ならば拡張を可能とする「開発可能性」も付与された。
これは当時の技術の石油・ガス開発が可能な水深の限度は200m程度と考えられていたことと、それ以上の水深の海底開発の可能性も見据え文章化したものである。
もう一つ重要なことは、海を隔てて隣接し大陸棚を共有する国同士及び領海線を共有する国同士は、双方の合意なしに一方的に大陸棚境界を設定できないことと、また定められる大陸棚境界線は中間等距離線を原則とすることを明記した点にある。
排他的経済水域
一方的宣言と取締りに終始していた「漁業水域」については1982年採択、1994年発効の「海洋法に関する国際連合条約」をもって、これまでの「大陸棚」の概念と統合し、新たに「排他的経済水域」という語となって明文化された。
このとき水域、海底域の範囲についても原則領海基線から200海里を範囲とすると定められた。
旧条約「大陸棚に関する条約」で定められていた水深200m以浅及び「開発可能性」の規定は消滅した。
また地形的に大陸棚と認められる条件を定め、200海里水域の外でその大陸棚の条件を満たす海底の内、最大で領海基線から350海里以内あるいは水深2500m等深線から100海里以内を大陸棚境界とすることを定めた。
「海洋法に関する国際連合条約」では、沿岸国が有する「排他的経済水域」における「主権的権利」「管轄権」が規定されただけでなく、非沿岸国の「排他的経済水域」において保護される諸権利についても規定されている。それらは以下となる。
航行
上空飛行
海底電線・海底パイプラインの敷設
排他的経済水域の起点となる島の条件
「海洋法に関する国際連合条約」において排他的経済水域をの起点となる領海基線を設けることができる島についての必要条件の定めは第121条にある。
第1項
第1項では「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。」と定め、本条約上の「島」についての規定がされている。
即ち潮汐により海底に没する陸地は本条約上の「島」ではないと条文を解釈することができる。
第2項
第2項では「第3項に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。」と定め、第1項で定義された本条約上の「島」は領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚の起点を定めるうえで遜色なく「領土」としての扱いを受けると条文から解釈できる。
ただし次の第3項で定義される「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」は、排他的経済水域及び大陸棚の起点を定めるうえで「領土」として扱われないことを前提として定めているものと解釈できる。
第3項
第3項では「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。」と定められている。
この項では領海や接続水域については触れておらず、ゆえに「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」であっても、領海、接続域についてはその起点を定めるうえで「領土」として扱うこと事ができると条文上から解釈が可能である。
また「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできる岩」は領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚の起点を定めるうえで「領土」としての扱いを受けることができると論理学上の解釈が可能である。
論理的解釈
第121条の条約上の「島」と条約上の「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」という2つの概念の関係については、
「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」は「島」の一部であるとする説
「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」と「島」は排反の関係にあるとする説
の2説がある。
排他的経済水域境界画定を巡る主張の相異
400海里よりも少ない距離で、海を隔てて隣接する2国が領海基線から排他的経済水域の限界距離200海里の位置に線を引くと、重複する水域が出現する。
このような場合、重複水域のうち境界を何処に引き直すか、双方の合意なしに一方的に設定することはできない。
「海洋法に関する国際連合条約」では重複海域の線引きの手順については規定が無く、それぞれの国は水域の経済的利益の最大化を図ろうとするため、境界の画定は困難を極める。
例えば東シナ海においては、中華人民共和国は「大陸棚自然延長論」に基づいて自国の沿岸から伸びる大陸棚の突端は沖縄トラフの西斜面の最下部でありEEZの境界も大陸棚境界と同じ位置にあるとする「東シナ海大陸棚沖縄トラフ限界説」を主張している。
一方、日本は沖縄トラフ(海底の溝)のような海底地形に法的な意味はなく東シナ海大陸棚の東端は南西諸島東側の琉球海溝に向けて落ち込む斜面上にあるとする「東シナ海大陸棚琉球海溝限界説」を主張している。
さらにこの「東シナ海大陸棚琉球海溝限界説」をとるならば日本と中国は大陸棚を分有していることとなり、この場合「衡平な解決」の原則に基づけば、それぞれの国の領海基線から等距離中間線を大陸棚・EEZの境界とするのが妥当であると日本は主張をしている[1]。
中国の主張する「東シナ海大陸棚沖縄トラフ限界説」をとると、等距離中間線などの両国の海底資源の平衡性がとれた状態から中国の方に大きく傾くこととなり、海底資源の「衡平な解決」の原則を大きく逸脱するものである。
日本の主張する「等距離中間線論」は「衡平な解決」の原則からみても正当である。
なお、ミャンマーとバングラデシュ間の対立においては、国際海洋法裁判所は「大陸棚の(帰属の)境界は、中間線を基本とする」という判決を下している[2]。
中国は南シナ海上の島を起点とした他国とのEEZの重複水域の再線引きの根拠として「等距離中間線論」を主張しベトナム、フィリピンの主張と対立している。
中国が「等距離中間線論」を主張しているのは争点の海域の海底地形に明瞭に判別できる大陸棚の限界線が存在しないためである。
しかし、そもそもEEZの境界設定以前に、起点となる島々の力による一方的な占取に始まり、一方的な領有権の主張を根拠としているため、条約上有効なのか大いに疑問の余地がある。
また韓国と中国の間のEEZの重複海域の境界の再線引きについては、黄海中の重複水域下の大陸棚に地形上の明瞭に判る大陸棚の終端部が存在しない。
そのため中国は中韓両国が大陸棚を分有していると考え「衡平な解決」を前提とした「等距離中間線論」を主張している。
しかし現在EEZ重複水域上の排他的な境界線の画定にはいたらず、中韓は暫定措置としてEEZ重複水域に共同漁業管理水域を設定し生物資源の共同管理の実施をしている。
日本の排他的経済水域の未確定水域を巡る主張の相違
日本と周辺諸国の間の排他的経済水域の境界の画定を巡り、画定方法の根拠についての主張に相違がみられる。
台湾との主張の相違
日台漁業協定
尖閣諸島問題
中国との主張の相違
東シナ海ガス田問題
中国は「東シナ海大陸棚沖縄トラフ限界説」を主張している。これに対して日本は「東シナ海大陸棚琉球海溝限界説」をとり東シナ海大陸棚を中国と分有していると主張している。
そして大陸棚上の境界は「衡平な解決」の原則を採り日中等距離中間線を大陸棚・EEZの境界とするのが妥当であると主張している。国連海洋法条約にはEEZ・大陸棚の重複水域の境界画定の手法について定めはない。
日中漁業協定
尖閣諸島問題
韓国との主張の相違
日韓漁業協定
竹島問題
中韓両国との主張の相違
沖ノ鳥島
排他的経済水域を維持するために日本政府が島の周囲をコンクリートやブロックで固め浸食を防いでいる。
中韓両国は沖ノ鳥島を国連海洋法条約第121条3項に規定される「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」であり大陸棚・EEZの起点には成り得ないと主張している。
2012年4月に国連の大陸棚限界委員会が沖ノ鳥島北方の四国海盆海域の大陸棚を認定したが、四国海盆海域の大陸棚延長は沖ノ鳥島以外の陸地を基点としても成立するものであるが、勧告の中に沖ノ鳥島が大陸棚延長の基点であるとした趣旨の明確な記述はなく、勧告が沖ノ鳥島が大陸棚延長の基点であることを認めているとは必ずしも断定できない[3]。
加えて、大陸棚限界委員会はあくまでも科学的・技術的な観点から大陸棚の延長について勧告をする国際機関であって、法的な問題について判断する権限はない。
このことは委員会自身が認めているところであり、仮に大陸棚限界委員会による勧告が沖ノ鳥島を大陸棚延長の基点であることを認める趣旨のものであったとしても、それは科学的・技術的な観点に関するものであり、国連海洋法条約上の「島」であるか「岩」であるかといった法的地位に関する問題については何ら影響を与えるものではない[3]。
日韓大陸棚協定
韓国は日韓大陸棚協定の共同開発区域を韓国単独のEEZだと主張して、2012年に国連大陸棚限界委員会に沖縄トラフまでの大陸棚延伸を申請した。
この海域におけるEEZの基点には、日本の鳥島と男女群島の問題も関わっており複雑化している。
韓国の国連への申請は自由であるが、EEZの最終決定と効力発効にはEEZが重複する日本との協議と同意が必要である。
中国は自国の排他的経済水域(EEZ)だと主張する九州西方海域が日韓大陸棚協定で設定された共同開発区域に含まれていることに対して反発している。
ロシアとの主張の相違
北方領土問題
世界の排他的経済水域に係わる紛争
アベス島
南沙諸島(スプラトリー諸島)
西沙諸島(パラセル諸島)
カステロリゾ島
グリーンランド
グリスバダルナ
クレタ島
サモス島
ティモール島
フォンセカ湾
波照間島[4][5]
ハーグ仲裁裁判所判断
2016年ハーグ仲裁裁判所が下した領海と排他的経済水域(EEZ)の判断[6]
南シナ海のリーフ(礁)に関する判断
2016年7月12日にオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が南シナ海を巡る中国の主張や活動についてフィリピンが行った15の申し立て[7]に関して下した判断の中では、南シナ海の南沙諸島に存在するリーフ(礁)を例に取り上げ、それらすべての高潮時地物(high-tide features)は、法的には排他的経済水域または大陸棚を発生させない「岩」であるとした[8]。
国・地域別ランキング
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表は有人又は無人を問わず各主権国家の属領を含むが、南極大陸の領有権主張は含んでいない。EEZ+TIAは、排他的経済水域 (EEZ) に総内面積 (TIA) を加えたものである。[9]
国名 EEZ km2 大陸棚 km2 EEZ+TIA km2
フランスの旗 フランス 11,691,000 389,422 12,080,422
アメリカ合衆国の旗 アメリカ 11,351,000 2,193,526 21,814,306
オーストラリアの旗 オーストラリア 8,505,348 2,194,008 16,197,464
ロシアの旗 ロシア 7,566,673 3,817,843 24,664,915
イギリスの旗 イギリス 6,805,586 722,891 7,048,486
インドネシアの旗 インドネシア 6,159,032 2,039,381 8,063,601
カナダの旗 カナダ 5,599,077 2,644,795 15,607,077
日本の旗 日本 4,479,388 454,976 4,857,318
ニュージーランドの旗 ニュージーランド 4,083,744 277,610 4,352,424
中華人民共和国の旗 中国 3,879,666 831,340 13,520,487
チリの旗 チリ 3,681,989 252,947 4,431,381
ブラジルの旗 ブラジル 3,660,955 774,563 12,175,832
キリバスの旗 キリバス 3,441,810 7,523 3,442,536
メキシコの旗 メキシコ 3,269,386 419,102 5,141,968
ミクロネシア連邦の旗 ミクロネシア連邦 2,996,419 19,403 2,997,121
デンマークの旗 デンマーク 2,551,238 495,657 4,761,811
パプアニューギニアの旗 パプアニューギニア 2,402,288 191,256 2,865,128
ノルウェーの旗 ノルウェー 2,385,178 434,020 2,770,404
インドの旗 インド 2,305,143 402,996 5,592,406
マーシャル諸島の旗 マーシャル諸島 1,990,530 18,411 1,990,711
ポルトガルの旗 ポルトガル 1,727,408 92,090 3,969,498
フィリピンの旗 フィリピン 1,590,780 272,921 1,890,780
ソロモン諸島の旗 ソロモン諸島 1,589,477 36,282 1,618,373
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ 1,535,538 156,337 2,756,575
セーシェルの旗 セーシェル 1,336,559 39,063 1,337,014
モーリシャスの旗 モーリシャス 1,284,997 29,061 1,287,037
フィジーの旗 フィジー 1,282,978 47,705 1,301,250
マダガスカルの旗 マダガスカル 1,225,259 101,505 1,812,300
アルゼンチンの旗 アルゼンチン 1,159,063 856,346 3,939,463
エクアドルの旗 エクアドル 1,077,231 41,034 1,333,600
スペインの旗 スペイン 1,039,233 77,920 1,545,225
モルディブの旗 モルディブ 923,322 34,538 923,622
ペルーの旗 ペルー 906,454 82,000 2,191,670
ソマリアの旗 ソマリア 825,052 55,895 1,462,709
コロンビアの旗 コロンビア 808,158 53,691 1,949,906
カーボベルデの旗 カーボベルデ 800,561 5,591 804,594
アイスランドの旗 アイスランド 751,345 108,015 854,345
ツバルの旗 ツバル 749,790 3,575 749,816
バヌアツの旗 バヌアツ 663,251 11,483 675,440
トンガの旗 トンガ 659,558 8,517 660,305
バハマの旗 バハマ 654,715 106,323 668,658
パラオの旗 パラオ 603,978 2,837 604,437
モザンビークの旗 モザンビーク 578,986 94,212 1,380,576
モロッコの旗 モロッコ 575,230 115,157 1,287,780
コスタリカの旗 コスタリカ 574,725 19,585 625,825
ナミビアの旗 ナミビア 564,748 86,698 1,388,864
イエメンの旗 イエメン 552,669 59,229 1,080,637
イタリアの旗 イタリア 541,915 116,834 843,251
オマーンの旗 オマーン 533,180 59,071 842,680
ミャンマーの旗 ミャンマー 532,775 220,332 1,209,353
スリランカの旗 スリランカ 532,619 32,453 598,229
アンゴラの旗 アンゴラ 518,433 48,092 1,765,133
ギリシャの旗 ギリシャ 505,572 81,451 637,529
大韓民国の旗 韓国 475,469 292,522 575,469
ベネズエラの旗 ベネズエラ 471,507 98.500 1,387,950
ベトナムの旗 ベトナム 417,663 365,198 748,875
アイルランドの旗 アイルランド 410,310 139,935 480,583
リビアの旗 リビア 351,589 64,763 2,111,129
キューバの旗 キューバ 350,751 61,525 460,637
パナマの旗 パナマ 335,646 53,404 411,163
マレーシアの旗 マレーシア 334,671 323,412 665,474
ナウルの旗 ナウル 308,480 41 308,501
赤道ギニアの旗 赤道ギニア 303,509 7,820 331,560
タイ王国の旗 タイ 299,397 230,063 812,517
エジプトの旗 エジプト 263,451 61,591 1,265,451
トルコの旗 トルコ 261,654 56,093 1,045,216
ジャマイカの旗 ジャマイカ 258,137 9,802 269,128
ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国 255,898 10,738 304,569
リベリアの旗 リベリア 249,734 17,715 361,103
ホンジュラスの旗 ホンジュラス 249,542 68,718 362,034
タンザニアの旗 タンザニア 241,888 25,611 1,186,975
パキスタンの旗 パキスタン 235,999 51,383 1,117,911
ガーナの旗 ガーナ 235,349 22,502 473,888
サウジアラビアの旗 サウジアラビア 228,633 107,249 2,378,323
ナイジェリアの旗 ナイジェリア 217,313 42,285 1,141,081
シエラレオネの旗 シエラレオネ 215,611 28,625 287,351
ガボンの旗 ガボン 202,790 35,020 470,458
バルバドスの旗 バルバドス 186,898 426 187,328
コートジボワールの旗 コートジボワール 176,254 10,175 498,717
イランの旗 イラン 168,718 118,693 1,797,468
モーリタニアの旗 モーリタニア 165,338 31,662 1,190,858
コモロの旗 コモロ 163,752 1,526 165,987
スウェーデンの旗 スウェーデン 160,885 154,604 602,255
セネガルの旗 セネガル 158,861 23,092 355,583
オランダの旗 オランダ 154,011 77,246 192,345
ウクライナの旗 ウクライナ 147,318 79,142 750,818
ウルグアイの旗 ウルグアイ 142,166 75,327 318,381
ガイアナの旗 ガイアナ 137,765 50,578 352,734
朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国 132,826 54,566 253,364
サントメ・プリンシペの旗 サントメ・プリンシペ 131,397 1,902 132,361
サモアの旗 サモア 127,950 2,087 130,781
スリナムの旗 スリナム 127,772 53,631 291,592
ハイチの旗 ハイチ 126,760 6,683 154,510
アルジェリアの旗 アルジェリア 126,353 9,985 2,508,094
ニカラグアの旗 ニカラグア 123,881 70,874 254,254
ギニアビサウの旗 ギニアビサウ 123,725 39,339 159,850
ケニアの旗 ケニア 116,942 11,073 697,309
グアテマラの旗 グアテマラ 114,170 14,422 223,059
アンティグア・バーブーダの旗 アンティグア・バーブーダ 110,089 4,128 110,531
チュニジアの旗 チュニジア 101,857 67,126 265,467
キプロスの旗 キプロス 98,707 4,042 107,958
エルサルバドルの旗 エルサルバドル 90,962 16,852 112,003
フィンランドの旗 フィンランド 87,171 85,109 425,590
バングラデシュの旗 バングラデシュ 86,392 66,438 230,390
中華民国の旗 台湾 83,231 43,016 119,419
エリトリアの旗 エリトリア 77,728 61,817 195,328
トリニダード・トバゴの旗 トリニダード・トバゴ 74,199 25,284 79,329
東ティモールの旗 東ティモール 70,326 25,648 85,200
スーダンの旗 スーダン 68,148 19,827 1,954,216
カンボジアの旗 カンボジア 62,515 62,515 243,550
ギニアの旗 ギニア 59,426 44,755 305,283
クロアチアの旗 クロアチア 59,032 50,277 115,626
アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦 58,218 57,474 141,818
ドイツの旗 ドイツ 57,485 57,485 414,599
マルタの旗 マルタ 54,823 5,301 55,139
エストニアの旗 エストニア 36,992 36,992 82,219
セントビンセント・グレナディーンの旗 セントビンセント・グレナディーン 36,302 1,561 36,691
ベリーズの旗 ベリーズ 35,351 13,178 58,317
ブルガリアの旗 ブルガリア 34,307 10,426 145,186
ベナンの旗 ベナン 33,221 2,721 145,843
カタールの旗 カタール 31,590 31,590 43,176
コンゴ共和国の旗 コンゴ共和国 31,017 7,982 373,017
ポーランドの旗 ポーランド 29,797 29,797 342,482
ドミニカ国の旗 ドミニカ国 28,985 659 29,736
ラトビアの旗 ラトビア 28,452 27,772 93,011
グレナダの旗 グレナダ 27,426 2,237 27,770
イスラエルの旗 イスラエル 26,352 3,745 48,424
ルーマニアの旗 ルーマニア 23,627 19,303 262,018
ガンビアの旗 ガンビア 23,112 5,581 34,407
ジョージア (国)の旗 ジョージア 21,946 3,243 91,646
レバノンの旗 レバノン 19,516 1,067 29,968
カメルーンの旗 カメルーン 16,547 11,420 491,989
セントルシアの旗 セントルシア 15,617 544 16,156
アルバニアの旗 アルバニア 13,691 6,979 42,439
トーゴの旗 トーゴ 12,045 1,265 68,830
クウェートの旗 クウェート 11,026 11,026 28,844
シリアの旗 シリア 10,503 1,085 195,683
バーレーンの旗 バーレーン 10,225 10,225 10,975
ブルネイの旗 ブルネイ 10,090 8,509 15,855
セントクリストファー・ネイビスの旗 セントクリストファー・ネイビス 9,974 653 10,235
モンテネグロの旗 モンテネグロ 7,745 3,896 21,557
ジブチの旗 ジブチ 7,459 3,187 30,659
リトアニアの旗 リトアニア 7,031 7,031 72,331
ベルギーの旗 ベルギー 3,447 3,447 33,975
コンゴ民主共和国の旗 コンゴ民主共和国 1,606 1,593 2,346,464
シンガポールの旗 シンガポール 1,067 1,067 1,772
イラクの旗 イラク 771 771 439,088
モナコの旗 モナコ 288 290
パレスチナの旗 パレスチナ 256 256 6,276
スロベニアの旗 スロベニア 220 220 20,493
ヨルダンの旗 ヨルダン 166 59 89,508
ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ 50 50 51,259
カザフスタンの旗 カザフスタン 2,724,900
モンゴル国の旗 モンゴル 1,564,100
チャドの旗 チャド 1,284,000
ニジェールの旗 ニジェール 1,267,000
マリ共和国の旗 マリ 1,240,192
エチオピアの旗 エチオピア 1,104,300
ボリビアの旗 ボリビア 1,098,581
ザンビアの旗 ザンビア 752,612
アフガニスタンの旗 アフガニスタン 652,090
中央アフリカ共和国の旗 中央アフリカ共和国 622,984
南スーダンの旗 南スーダン 619,745
ボツワナの旗 ボツワナ 582,000
トルクメニスタンの旗 トルクメニスタン 488,100
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン 447,400
パラグアイの旗 パラグアイ 406,752
ジンバブエの旗 ジンバブエ 390,757
ブルキナファソの旗 ブルキナファソ 274,222
ウガンダの旗 ウガンダ 241,038
ラオスの旗 ラオス 236,800
ベラルーシの旗 ベラルーシ 207,600
キルギスの旗 キルギス 199,951
ネパールの旗 ネパール 147,181
タジキスタンの旗 タジキスタン 143,100
マラウイの旗 マラウイ 118,484
ハンガリーの旗 ハンガリー 93,028
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン 86,600
オーストリアの旗 オーストリア 83,871
チェコの旗 チェコ 78,867
セルビアの旗 セルビア 77,474
スロバキアの旗 スロバキア 49,035
スイスの旗 スイス 41,284
ブータンの旗 ブータン 38,394
モルドバの旗 モルドバ 33,846
レソトの旗 レソト 30,355
アルメニアの旗 アルメニア 29,743
ブルンジの旗 ブルンジ 27,834
ルワンダの旗 ルワンダ 26,338
北マケドニアの旗 北マケドニア 25,713
エスワティニの旗 エスワティニ 17,364
コソボの旗 コソボ[a] 10,887
ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク 2,586
アンドラの旗 アンドラ 468
リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン 160
サンマリノの旗 サンマリノ 61
バチカンの旗 バチカン市国 0.44
海面上昇との関連
気候変動による海面上昇で海岸線が陸側に後退した場合については明文規定がなく、国連国際法委員会(ILC)が2019年に研究部会を設け、対応策の議論を続けている。
後退した低潮線を200カイリの基点にするとEEZの範囲もその分陸側にずれ、外縁の漁場や海底資源の権利が失われる。太平洋の島嶼国は元の低潮線を基準にすべきと主張している。日本政府も2003年2月、海洋国への影響を最小限に抑えるため、元の低潮線を基準にすべきだとの見解をまとめた[10]。
海洋以外の経済水域
世界最大の湖であるカスピ海は、2018年沿岸5か国(イラン、トルクメニスタン、カザフスタン、ロシア、アゼルバイジャン)が、法的には事実上「海」とし、各国沿岸から15カイリをそれぞれの領海、25カイリを排他的漁業水域とすることで合意した[11][12]。
脚注
[脚注の使い方]
^ 東シナ海における資源開発に関する我が国の法的立場_外務省
^ 「ミャンマーとバングラデシュの領海問題 国際海洋法裁判所「大陸棚の境界は中間線を基本」、FNNニュース、2012年3月15日
^ a b “沖ノ鳥島を基点とする大陸棚限界延長申請への勧告 ― 国連大陸棚限界委員会の審査手続と中国・韓国の口上書 ―”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 国立国会図書館. 2023年5月7日 17:57閲覧。
^ 西山 諒, 大竹 直樹 (2024年12月25日). “<独自>沖縄・波照間島沖の日本EEZ内に中国語ブイ 台湾有事視野の軍事目的か”. 産経新聞:産経ニュース. 2025年1月5日閲覧。
^ 聖平, 三塚 (2024年12月25日). “岩屋外相、日中外相会談で中国のブイ設置に抗議 「日中関係にマイナスな影響」”. 産経新聞:産経ニュース. 2025年1月5日閲覧。
^ “南シナ海、中国の主張認めず=「九段線」に法的根拠なし-初の司法判断・仲裁裁判所”. 時事通信 (2016年7月13日). 2016年7月13日閲覧。[リンク切れ]
^ “南シナ海問題 仲裁裁判、フィリピンのねらい”. 時事ドットコムニュース (NHK). (2016年7月11日). オリジナルの2016年7月12日時点におけるアーカイブ。 2016年7月14日閲覧。
^ “all of the high-tide features in the Spratly Islands (including, for example, Itu Aba, Thitu, West York Island, Spratly Island, North-East Cay, South-West Cay) are legally “rocks” that do not generate an exclusive economic zone or continental shelf.” : page 10
“THE SOUTH CHINA SEA ARBITRATION”. The Hague Justice Portal (2016年7月12日). 2016年7月14日閲覧。
^ Sea Around Us – Fisheries, Ecosystems and Biodiversity, Sea Around Us 1 April 2017閲覧。
^ “海面上昇してもEEZは現在のままで…政府が各国に採用呼びかけ、太平洋島嶼国との連携狙う”. 読売新聞オンライン (2023年10月3日). 2023年10月3日閲覧。
^ INC, SANKEI DIGITAL (2018年9月3日). “【国際情勢分析】カスピ海は湖か? 海か? 20年越しの論争が決着 権益めぐりイランが譲歩、背景に米の圧力(1/4ページ)”. 産経ニュース. 2023年10月3日閲覧。
^ “イラン:カスピ海の法的地位協定に署名”. 公益財団法人 中東調査会. 2023年10月3日閲覧。
関連項目
略最低低潮面
領海
領海侵犯
接続水域
スヴァールバル条約 – 領土・領海以外のスヴァールバル諸島で加盟国が経済活動を行う権利を認める条約
外部リンク
Exclusive economic zone (EEZ) (英語) – Encyclopedia of Earth「排他的経済水域」の項目。
“日本の領海等概念図”. 海上保安庁. 2021年7月11日閲覧。
日本の排他的経済水域・海上保安庁文書
世界の排他的経済水域面積ランキング
200海里 漁業日本を直撃(1977年) – NHK放送史
排他的経済水域(はいたてきけいざいすいいき)とは – コトバンク
排他的経済水域とは – 農林水産用語 Weblio辞書
表話編歴
国の指標・統計一覧
国家
国の一覧 大陸別海外領土国際連合非加盟独立主張の地域非自治地域日本未承認駐日外国大使館漢字表記国名コード島国一覧内陸国一覧国際連合加盟国一覧国旗一覧国歌一覧国章の一覧現行通貨の一覧世界各国の指導者一覧
人口・面積
人口順位人口増加率順位人口密度順位平均寿命順位健康寿命順位・延命期間順位合計特殊出生率順位領土面積順位EEZ面積順位海岸線の長さ順位最北端一覧最南端一覧
経済
国内総生産順位 為替レート一人当り為替レート購買力平価一人当り購買力平価近年の変動経済複雑性指標外貨準備高順位金準備経済競争力順位経済自由度指数順位ビジネス環境改善指数順位所得格差順位インターネット普及率順位粗鋼生産量順位国際観光客到着数・国際観光収入・国際観光支出各順位旅行・観光競争力指数順位国民医療費順位
社会・文化
人間開発指数順位識字率順位国際成人力調査学習到達度順位教育指数積極的平和指数順位平和度指数順位腐敗認識指数順位報道自由度順位世界の自由度民主主義指数順位自殺率順位ジェンダー・ギャップ指数ジェンダー不平等指数V-DemV-Dem民主主義指数年齢階層別自殺率順位各国軍事費一覧五輪メダル獲得数順位世界遺産登録件数一覧カジノ合法の国一覧煙草の消費量国家ブランド指数世界寄付指数
幸福度
国連世界幸福度報告地球幸福度指数世界幸福地図世界価値観調査(WVS)Where-to-be-born指数
典拠管理データベース: 国立図書館 ウィキデータを編集
フランスBnF dataドイツイスラエルアメリカ日本
カテゴリ: 海洋法領有権問題地方区分国の一覧
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公海
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『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 江戸時代前期の天台宗の僧については「公海 (僧)」をご覧ください。
濃い青で示した部分が国連海洋法条約における公海規定適用部分
公海(こうかい)は、いずれの国の領海または内水にも含まれない海洋のすべての部分(公海に関する条約第一条)である。
国連海洋法条約における公海規定では、さらに排他的経済水域、群島水域を除いた海洋のすべての部分に適用される。
沿革
グロティウスの肖像画 セルデンの肖像画
慣習法による公海
1493年、スペインとポルトガルはトルデシリャス条約を締結し、大西洋やインド洋に対する両国の領有権を主張した[1]。イギリスとオランダはこれに反発し、1588年に英蘭連合軍がスペインの無敵艦隊を撃破したことでスペインとポルトガルの領有の主張を空洞化させた[1]。
17世紀初めになるとイギリスとオランダは東インド会社を設立し海外交易を広めていった[1]。
このような時代においてグロティウスは『自由海論』(1609年)のなかで、母国オランダの立場を擁護する観点から海洋の自由を説き、海は何人も所有の対象とはしえないことを主張した[1][2]。
こうした主張は後の時代の海洋自由の法原則形成に大きな影響を与えたが[1]、この時代には、例えば海の物理的支配が可能であることを主張したセルデンの『閉鎖海論』(1635年)など[3]、グロティウスの主張に対して多くの学者が反論し、後に海洋論争といわれる学術的対立を繰り広げた[4]。
18世紀になると国家の中央集権化が明確になり経済的・国防的な理由から近海の支配管理の必要が生じた[4]。
18世紀から19世紀初頭には、沿岸国の秩序維持に必要な「狭い領海」と、その外側にある先進国の自由競争が認められる「広い公海」、という二元構造によって海域をとらえる見方が主流となっていった[4][5]。
こうした考え方は当時の国際社会において合理的なものとされ、19世紀には国際慣習法として確立した[6][5]。
現代においては条約によって海洋法秩序の多くの部分が規律されるようになったが、この時代からその後は長期間にわたり慣習法によって規律される時代が続いた[7]。
これは、当時の海洋技術が未熟であったこともあり戦争などの手段に訴えるほどの緊迫した状況もなく、基本的に諸国の利害関係が一致しており国際社会全体が条約作成に消極的であったためである[7]。
公海制度の条約化
国連海洋法条約による基本的な海域の区分。かつては幅未確定の「狭い領海」とその外側にある「広い公海」だけの二元構造だった。
「狭い領海」と「広い公海」の境界線をどのようにして決めるのかという点は長い間統一されることはなかった[8]。
19世紀にはいっても3海里、4海里、6海里、12海里、あるいはキャノン砲の着弾距離など、領海の幅に関する各国の主張は食い違った[8]。
20世紀に入り国際連盟の主催によって開かれた国際法法典化会議でも領海の限界が議題として取り上げられたが、交渉は難航し条約採択には失敗した[8][9][10]。
第二次世界大戦の後、1945年にアメリカ合衆国がトルーマン宣言で、それまで公海と考えられていた同国周辺海域を「保存水域」と宣言し、ここで漁業資源の保存にアメリカがあたることを宣言すると[11]、これに同調した各国は次々に自国周辺海域への権限を拡大する宣言をおこなった[11][12]。
こうした状況で国連は第1次国連海洋法会議(1958年2月-4月27日)を開催し、領海条約、大陸棚条約、公海条約、公海生物資源保存条約という4つの条約の採択に成功した[13]。
このときも領海と公海の境界線をどこに置くのかという点については合意に至ることはできなかったが[12]、特に公海条約ではそれまで国際慣習法で規律されていた事項の条約化に成功した[14]。
1982年に第3次国連海洋法会議で採択された国連海洋法条約では、領海は領海基線から12海里までとすることで合意にいたることに成功した(第3条)ほか[15]、領海に接続する海域として領海基線から200海里までの海域を沿岸国の排他的経済水域としうることとされ(第57条)[16]、公海はいずれかの国の領海や内水、排他的経済水域に含まれない海域であることが定められた(第86条)[6]。
生物多様性の保全
2023年3月、国連海洋法条約の政府間会合は、公海での生物多様性の保全と持続可能な利用に関する条約案に合意。公海での乱獲や環境汚染を防ぐため、2030 年までに海の 30% を保護地域に設定(現時点では1.3%のみが保護地域)し、海洋の自然を保護および回復することを目指すことなどが柱となっている[17][18]。
現代の公海制度
公海自由の原則
→「海洋の自由」も参照
公海はいずれの国による支配下にもなく、すべての国による使用のために開放されているとする国際法上の原則を、公海自由の原則という[19][20]。
この自由には、どの国も公海となる海域部分の領有を禁止されるとする「帰属からの自由」という側面と[21][20][22]、国際法上の条件に従う限りどの国も自由に公海を使用することができるとする「使用の自由」という側面がある[20][22][23]。
こうした考え方は18世紀に海洋の二元構造の考え方が確立して以来現代まで引き継がれてきたものである[20]。
「使用の自由」として具体的には航行の自由、上空飛行の自由、漁獲の自由、海底電線・海底パイプライン敷設の自由、人工島など海洋構築物建設の自由、海洋科学調査の自由が国連海洋法条約第86条第1項には明文化されている[6][20][23]。
公海を使用するにあたっては、同じように公海使用の自由を有する他国の利益に「合理的な考慮」を払わなければならず(公海条約第2条、国連海洋法条約第87条第2項)、そうした考慮を欠いた形で公海を使用すれば国際法違反とみなされ国家責任を追及される[23]。
ただし公海使用計画ついての事前通報・協議、危険水域の事前通報、損失補填や損害賠償の事前保証など、「合理的な考慮」を払ってさえいればある程度他国の利益を害することになったとしても適法な公海使用とみなされる[23]。
国連海洋法条約第88条は公海は平和目的のために使用されるとしているが、この規定によって軍事的活動が全て禁止されているとはいえず、例えば公海上での核兵器使用も部分的核実験禁止条約や海底非核化条約などの関連条約に定められた条件に従った上で他国の利益に「合理的な考慮」を払いさえすれば適法な公海使用とされる[20][24]。
国連海洋法条約第301条においては「国連憲章に規定する国際法の諸原則」と両立しない武力の行使や武力による威嚇に限り禁止されることとされており、自衛権の行使やそのための準備としての兵器配備などは容認されている[24]。
公海での犯罪取り締まり
ソマリア沖の海賊。
第二次世界大戦中にイギリス軍の海上要塞だった施設。1960年代に占拠され無許可放送を発信した。
国際慣習法上船舶内で実行された犯罪行為の取り締まりは基本的にその船舶の国籍国、つまり旗国(英語版)があたることとされる[25][26]。これを旗国主義という[25][26][27]。
その一方で、国連海洋法条約は旗国主義の例外として海賊行為、奴隷取引、公海上の無許可放送、無国籍船や船籍の乱用、に対しては外国軍艦(取り締まり対象船の船籍とは別の国の軍艦)による臨検を認めた(第110条)[26][28]。以下公海上での主な犯罪行為を挙げる。
海賊行為
海賊は古来より「人類一般の敵」とみなされ[28][29]、旗国以外の国による取り締まりが広く認められてきた[28]。
現代において海賊行為とは、私有の船舶又は航空機の乗員・乗客が、私的目的のために公海上にある他の船舶又は航空機に対して行う、不法な暴力行為、略奪、抑留と定義される(公海条約第15条、国連海洋法条約第101条)[28][29]。
したがってハイジャックやシージャックのように、ひとつの船舶・航空機内のみで行われる行為はここでいう海賊行為には該当しない[30]。
また金品奪取などといった私的目的ではなく政治的目的でなされるテロ行為も国連海洋法条約などに定義される海賊行為に含まれるかは疑問視される[31]。
奴隷取引
国際法上奴隷とは、他者の所有権のもとにおかれた人のことを言う(国際奴隷条約第1条)[11]。
19世紀初頭以来関係国が条約を締結し取り締まりがなされてきたが、こうした特別の条約上の条件に違反しない限り奴隷取引は通常の商取引とみなされ、国際法に反する行為とはみなされなかった[32]。
こうした時代に特に奴隷取引取り締まりに積極的だったのがイギリスで、特定海域での奴隷取引に対する臨検を定めた条約締結を促進した[32]。
1958年の公海条約第22条は奴隷取引に対する臨検の権利を一般的に承認し[32]、国連海洋法条約第110条では旗国以外の国の軍艦でも臨検することができるとされた[11]。
無許可放送
公海上の船舶や施設などから沿岸に向けて行われる無許可放送は、公海自由の原則が保障するところではない[33]。
これに対してはかつては旗国主義に基づき船舶の旗国、施設の登録国のみしか取り締まることができないとされたが[33]、1982年の国連海洋法条約では関係各国が取り締りに当たることができるとされた[33][34]。
具体的には船舶の旗国、施設などの登録国、放送行為者の本国、放送の受信が可能な国、放送による被害をこうむった国が、無許可放送の取り締まりに当たることができる関係国にあたる(国連海洋法条約第109条)[33][34]。
薬物取引
公海上での麻薬・向精神薬の不正取引に関して、一般的には旗国以外の国による取り締まりは認められていない[35]。
国連海洋法条約も協力義務を定めるにとどまっている(第108条)[35]。
麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約第17条は許可方式の臨検方式を採用した[35]。
つまり、他国の船舶が薬物不正取引に従事しているとの「合理的根拠」を持つ国は、旗国に対して臨検、拿捕の許可を要請することができると定める[35]。ただしそれに対して許可を与えるかどうかは旗国の判断による[35]。
公海漁業
公海における漁業は公海自由の原則として伝統的に認められてきたものであるが[23][36][37]、漁業技術が進歩するにつれて乱獲による漁業資源枯渇が危惧されるようになったことから[36][37]、特に第2次世界大戦後から漁業資源の保存や生産性確保などを目指した漁業関連条約が締結されてきた[37]。
国際捕鯨取締条約(1946年)、北太平洋公海漁業条約(1952年)、公海生物資源保存条約(1958年)、北東大西洋漁業条約(1959年)などが挙げられる[37]。
1982年の国連海洋法条約第7部第2節にも公海における生物資源の保存・管理に関する規定がおかれ、漁獲可能量の決定にあたっては最大持続生産量(英語版)を維持することができる水準に漁獲する種の資源量を維持することが定められた[36][38]。
国連公海漁業実施協定(1995年)では、国連海洋法条約で規定されていたストラドリング魚種や高度回遊性魚種の保存に関する一般的義務(第63条、第64条)を推し進め、具体的に取るべき措置を特定した[36][38]。
200海里の排他的経済水域制度に対応するべく、公海と排他的経済水域にまたがる漁業に関する条約が多数締結されている[36][38]。
こうした条約では漁期や漁獲方法に加えて漁獲禁止の方法や、漁獲可能量を決定とそれにもとづく関係国ごとの漁獲量の割り当て方法まで規定される[36][38]。現代における公海の漁業は、自由から管理の方向へ進んでいるともいえる[38]。
北極海
北極圏の地図。
北極地域はその大半が海で構成され、その海域の性格は基本的に他地域の海域と同じように区分される[39][40]。
地理学上や地球科学上の北極海、あるいは北極圏に区分されるか否かに関わらず、その水域の法的区分は通常の水域と同様に内水、領海、接続水域、排他的経済水域、公海といった区分がなされ、それぞれに応じた制度が適用される[39][40]。
従って例えば仮に北極点に到達し氷の上にいずれかの国の国旗を掲揚したとしても、北極点が公海上に位置する以上公海自由の原則が適用され、北極点氷上がその国の領土となるわけではない[40]。
また公海自由の原則に基づき北極海の公海に区分される氷の下をいずれかの国の潜水艦が潜航したり、あるいは氷上、氷下の水域に対して科学調査を行ったり、または氷上上空を航空機が飛行したとしても、こうした行為は公海制度に反しない限り認められる[40]。
しかし、北極海沿岸国の中には独自の理論で一部の海域や北極海に点在する島の領有を主張する国もある[39][41]。
そうした国々の主張は「セクター理論」または「セクター主義」と呼ばれ、北極海に隣接する自国領土の海岸北部両端と北極点を結んだふたつの経線と、沿岸の緯度線で囲まれる扇状の海域、さらにそこに含まれる島などの陸地部分に対し領域主権を主張するというものである[39][42]。
例えばカナダは、1903年に自国領域であると主張する地域を明記した地図を公表し、地域の科学調査や探検を自国の許可制としてカナダ発給の許可証を交付している[39]。
またソ連は、1926年にセクター理論に基づく扇状の地域が同国の主権下にあるとの宣言を行い[39]、後の2001年にロシアは北極海において自国沿岸から最も遠いところで500海里を超える大陸棚を大陸棚限界委員会に申請した[43][44]。
しかし両国と同様に北極海に隣接するデンマーク、フィンランド、アメリカ合衆国、ノルウェーがこの「セクター理論」に反対の立場を表明するなど、地域的特例としてすら認められたものとは言えず[42]、これらの主張は国際法上他国に対して有効なものとは言い難い[39]。
出典
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参考文献
小寺彰、岩沢雄司、森田章夫『講義国際法』有斐閣、2006年。ISBN 4-641-04620-4。
杉原高嶺、水上千之、臼杵知史、吉井淳、加藤信行、高田映『現代国際法講義』有斐閣、2008年。ISBN 978-4-641-04640-5。
筒井若水『国際法辞典』有斐閣、2002年。ISBN 4-641-00012-3。
山本草二『国際法【新版】』有斐閣、2003年。ISBN 4-641-04593-3。
関連項目
海域の法的区分
内水 – 領海 – 接続水域 – 排他的経済水域 – 大陸棚 – 法的深海底
国際海峡 – 国際運河
公空(ウィクショナリー)
無主地
外部リンク
『公海』 – コトバンク
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ドイツ
カテゴリ: 海洋法政治地理学国際水域
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領海
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『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
基本的な海域の区分。領海の幅は基線から12海里まで。
領海(りょうかい、英語: territorial sea、フランス語: eaux territoriales)とは、基線から最大12海里(約22.2キロメートル)までの範囲で国家が設定した帯状の水域であり、沿岸国の主権が及ぶ水域である(右図参照)[1][2][3]。沿岸海(えんがんかい)といわれることもある[1]。
領海、領海の上空、領海の海底とその地下には沿岸国の主権が及ぶ[1][2][4]。領土と領空とともに国家領域のひとつで[5]、また領海に内水、群島水域をあわせて沿岸国の主権がおよぶ3種の海域のことを領水(英: territorial water)と呼ぶ[6]。
沿革
グロティウスの肖像画 セルデンの肖像画
万民共有物の時代
ローマ法は、海は万民共有物であるとして、何人も海を所有することができないとした[7]。
中世に入りヨーロッパでは海の秩序確保のために沿岸国に警察権や裁判権を認めることもあったが、この時代には海そのものに対する国家の領有権はローマ法に基づき否定された[8]。
1493年、スペインとポルトガルはトルデシリャス条約を締結し、大西洋やインド洋への領有権を主張した[7][8]。
これに対し例えばエリザベス1世は海洋の自由を主張するなど、スペイン・ポルトガルの主張に対してイギリスとオランダは反発し、1588年にはスペインの無敵艦隊を撃破して両国の領有の主張を退けた[7]。
17世紀初めになるとイギリスとオランダは東インド会社を設立して広く海外交易をおこなった[7]。
海洋論争
17世紀前半には「海洋論争」といわれる学術的対立が繰り広げられた[9][10]。
例えばグロティウスは、母国オランダを擁護する観点からオランダの通商を排除しようとするポルトガルに対抗し、『自由海論』(1609年)を刊行して何人も海を所有しえないと主張した[7][10][11]。
グロティウスの主張によれば、海はその自然的性質から境界を確定することが困難であるため所有や領有の対象とはなりえず、万民による利用のために開放されるべきという[10]。
この主張は後の海洋の自由の原則形成に大きな影響を与えたが、当時は多く論者がグロティウスの主張に異を唱えた[7]。
その中でも代表的であったのがセルデンの『閉鎖海論』(1635年)である[9][12]。
セルデンは同書の中で、歴史的な慣行に照らせば海軍力による支配や国家権力の行使などによって海洋の物理的支配は可能であると主張し、グロティウスの挙げた論拠を否定した[13]。
18世紀にはいり、重商主義や通商自由主義が高まっていくと「海洋論争」は「狭い領海」と「広い公海」の二元構造を認める方向に落ち着いていった[9][13]。
つまり、中央集権化の進む国家の秩序維持に必要な「狭い領海」と、通商の自由や海外植民地獲得などをもくろむ海洋先進国の自由競争が容認される「広い公海」の二元構造である[9][13]。
こうした考え方は当時の国際社会で受け入れられ、国際慣習法として確立した[13]。
慣習法による領海
「狭い領海」と「広い公海」という海洋の二元構造確立以降も、領海の性質と範囲については未確定のままであった[14]。
領海の外側においては公海の制度が適用されるにしても、領海と公海の境界線をどこに置くのかが定まらなかったのである[14]。
19世紀には沿岸から3海里までを自国の領海とする国が多くなったものの、4海里、6海里、12海里、沿岸から発射したキャノン砲の着弾距離など、各国の主張は食い違った[14]。
領海に限らず、国際海洋法の分野ではこれ以降も国際慣習法に由来する法規が長きにわたり適用され続け、当時の国際社会は条約作成に消極的だった[15]。
これは当時の海洋技術が未熟であったこともあって、各国は一時的に対立することはあっても戦争を引き起こしてまでその対立を解決しようとする国が現れるほど状況は緊迫していなかったためである[15]。こうした状況は19世紀後半まで続いた[15]。
領海制度の条約化
国連海洋法条約による海域の区分。
19世紀後半になると、例えば1856年のパリ宣言のように、国際海洋法の分野でも条文が作成される試みが見られるようになる[15]。
20世紀になり、1930年に国際連盟が主催した国際連盟国際法典編纂会議では、国際海洋法に関する国際慣習法の条約化も、議題のひとつとして取り上げられた[16]。
ここでは特に、長年にわたり争われてきた領海の幅など、領海制度の統一が試みられたが、交渉は進捗せず、国際条約の作成は失敗した[16][17]。
第二次世界大戦後には、国際連合のもとで領海制度の国際条約化が進められた。
例えば1952年に、チリ・エクアドル・ペルーは、200海里の領海を独自に宣言し、1958年に開催された第一次国連海洋法会議では、領海の性質について定める領海条約が採択された[16][17][18]。
その後、これらの国々の行動は国際社会における領海や排他的経済水域に関する議論に大きな影響を与え、1960年代にはより広範な海洋法の制定を目指して国際的な協議が行われるようになった。
1960年の第二次国連海洋法会議においても、領海の限界を決定することはできず、殊に領海の幅に関しては、国際条約の対象となる国際慣習法が存在するのかも疑問視された[17][18]。
12海里までの領海確立
この時代の領海の幅に関する各国の対立は、海洋国と沿岸国の対立を象徴するものであった[16]。
自国の海運、遠洋漁業の自由確保のためにかつて多数派の支持を得た3海里領海に固執する海洋国と、自国領海に隣接する公海での漁業資源を他国から守るためにそれまで公海と考えられていた海域に対する自国管轄権を要求する沿岸国との対立である[16][18][19]。
第二次国連海洋法会議ではアメリカ合衆国とカナダによる6海里の領海の外側に6海里の漁業専管水域を設定するという共同提案が否決されたが、1960年代にはこの方式を採用する国が増加した[18]。
1973年に始まった第三次国連海洋法会議では3海里の主張を維持する国は減少して12海里を主張する国が激増し、200海里領海という極端な主張をする国も増加した[18]。
このような対立の中で基線から12海里までの領海と200海里までの排他的経済水域を認めるという妥協が成立した[18]。
つまり、沿岸国に対し天然資源の開発など経済的目的に特化した権利を認めるけれども、他国に対しても公海並みの船舶航行の自由や航空機上空飛行の自由が認められる水域、として200海里までの排他的経済水域を認める代わりに、領海の許容範囲を12海里までとしたのである[20]。
こうしてようやく12海里までという領海の限界線について各国は合意に至り、国連海洋法条約第3条に明記されることとなった[18]。
ただし領海を含め国際海洋法の分野では、条約化が進んだ今日でもなお国際慣習法の意義は失われていない[15]。
例えば領海が12海里までとの原則は条約としては上記のように国連海洋法条約に初めて規定されたが、この原則は第三次国連海洋法会議の審議を通じて国際慣習法化し同条約を批准していない国をも拘束する[1][21]。
領海の性質
最も濃い青:フィリピンの群島水域。幅の狭い青:領海。濃い水色:排他的経済水域(EEZ)。
黒海(上)とマルマラ海(下)を結ぶトルコのボスポラス海峡。
範囲
→「基線 (海)」も参照
基線
基線は領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚の幅を測定するための起算点となる線のことであり、群島基線の場合を除いて基線は領海と内水との間の境界線となる[1][22][23]。基線の設定は、国際法において非常に重要な役割を果たす。
この基線は線の引き方に応じて通常基線、直線基線、群島基線に分けられる[22]。
通常基線
通常基線は大縮尺海図上の低潮線に沿って線を引く方式であり[22]、この通常基線方式が最も古くより採用されてきた基線の引き方である[24]。
直線基線
直線基線は海岸線が複雑な形状の場合に採用される方式であり、1951年にノルウェー漁業事件(英語版)において国際司法裁判所がノルウェーの海岸線の特殊性に鑑み同国の直線基線方式採用を認め、1958年に採択された領海条約第4条にも取り入れられた[24]。
変更
通常基線方式を採用していた国が直線基線方式を採用する場合には、通常基線では領海や排他的経済水域などとしてみなされていた海域が内水として扱われることになり、その内水部分においては領海においてと同じように他国の無害通航を認めなければならない[25]。
→詳細は「#無害通航」を参照
群島基線
群島基線は、多数の島で構成される国家の最も外側に位置する島々を直線基線方式でむすんだ線のことで、他方式の領海基線と同じように領海などの幅を測定する起算点となるが、群島基線は領海と群島水域との間の境界線となる[26]。
この群島水域は領海とほぼ同じ性質をもつ[27]。
港湾と停泊地
港湾の不可分の一部をなしている最も外側にある恒久的な港湾工作物は条約上海岸とみなされるため、通常基線はこの港湾工作物の外側に設定され、港湾の内側は内水となる。港湾から離れた沖合にある施設や人工島などはここで言う港湾工作物には該当せず、それらが領海の基線を変更することはない。
積込み、積下し、投錨などに通常使用されている停泊地は、領海の外側限界線の外にあっても領海とみなされる[28]。ただし、そのような停泊地が領海の基線を変更することはない。
無害通航
→詳細は「無害通航」を参照
内水の場合と違い自国領海において沿岸国は他国船舶の無害通航を受忍しなければならない[1][23]。
領海条約
1958年の領海及び接続水域に関する条約第14条第4項では、無害通航とは「沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない」航行と定義された[29]。しかしここでは外国船舶の航行が沿岸国にとって無害かどうかを判断する基準は明確ではなかった[29]。
そのため領海条約に従えば、例えば軍事演習、諜報活動、資源調査などといった、具体的にどのような行為を領海において外国船舶が行うと無害ではないと判断されるかという、行為を基準とした無害性の判断だけでなく、外国船舶が軍艦かどうかといった、船種を基準とする判断が採用される余地があった[29]。
コルフ海峡事件
1949年、コルフ海峡事件国際司法裁判所判決において、アルバニアの許可を得ずにイギリス軍艦がアルバニアの領海をなすコルフ海峡を航行中であったところ、同国軍艦に対しアルバニアが砲撃を行ったことについて、アルバニアは外国軍艦は事前の通告や許可なくアルバニア領海を通行できないと主張し、イギリスは無害通航は国際法上の権利でありそれは軍艦に対しても及ぶと主張した[30]。
これに対し国司裁は、イギリス軍艦が砲撃を受けるまで戦闘隊形をとっていなかったことなどに鑑み同国軍艦の航行の無害性を認めている[30]。
国連海洋法条約
1982年の国連海洋法条約第19条第1項では領海条約と同じようにどちらの立場も採用されない無害通航が規定されたが、同第19条第2項では無害ではない外国船舶の活動を具体的に列挙しており、行為基準説により無害かどうかを判断する場合の具体的な基準を明らかにしたものといえる[29]。
日本のメディア
一般的に日本のメディアにおいては、他国船舶の無害通航ではない領海内通航を「領海侵犯」と呼称しており[31]、海上保安庁では「領海侵入」等と呼称することもある[32]。
裁判管轄権
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この節の加筆が望まれています。 (2018年1月)
国際海峡
→「国際海峡」も参照
基線から12海里以内であるならば国際海峡は物理的には沿岸国(単一国、複数国問わず)の領海の一部である[33]。
しかし国際航行の上での重要性から国際法上国際海峡は領海とは区別して扱われる[33]。
例えば国連海洋法条約第38条第2項では、「継続的かつ迅速な通過の目的のみのための通航及び上空飛行の自由」として、国際海峡とその上空における外国船舶・航空機の通過通航権を認めた[34]。
この通過通航権は無害であることが通航権可否の判断基準とされていないなど、通常の領海における無害通航権(#無害通航参照)に比べ外国の通航権がより大きいものとして理解されている[34]。
またこうした国際海峡に関する国際法上の制度は一般的なものであり、例えばトルコのボスポラス海峡について独自の通航制度を定めた1936年のモントルー条約のように、特定の条約によって特定の国際海峡の通航制度が定められている場合には、その条約による通航制度が優先される[35]。
他国との領海の境界画定
領海条約第12条や国連海洋法条約第15条によると、複数の国々が同一の海域を隔てて向かい合っているか、または同一の海域に面して隣り合っているために互いが主張する領海の範囲が重なる場合には、基本的に領海の境界線は基線上の最も近い点から等距離にある中間線、いわゆる等距離中間線によって決められる[36]。
ただしこれらの国々の間で歴史的に他の境界線が認められてきたなど、その他等距離中間線とは別の方式による領海境界画定の必要がある場合にはこの限りではない[36]。
例えばアルゼンチンとチリの間でビーグル海峡における両国領海の境界画定が問題となった1977年のビーグル海峡事件仲裁判決(英語版)では、海岸の形状や航行などの利便性などといったことが判断材料とされた[36]。
もっとも領海の幅が最大で12海里しかないこともあり、例えば基線から最大で200海里まで認められる排他的経済水域などのように他国との間で領海の主張範囲が重なることは少なく、前記ビーグル海峡事件のように領海の境界画定が争われることは稀である[37]。
出典
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山本草二『国際法【新版】』有斐閣、2003年。ISBN 4-641-04593-3。
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、領水に関連するカテゴリがあります。
ウィクショナリーに関連の辞書項目があります。
領海
国際海洋法
海洋法に関する国際連合条約
領海及び接続水域に関する条約
海域の法的区分
内水 – 接続水域 – 排他的経済水域 – 大陸棚 – 公海 – 法的深海底
領域 (国家)
領土 – 領空
領海侵犯
海洋境界(英語版)
国境#海上の国境
海洋基本法
領海及び接続水域に関する法律
領海等における外国船舶の航行に関する法律
航行区域
外部リンク
海洋法に関する国際連合条約 – 国際連合(英語)
海洋法に関する国際連合条約 – ウェイバックマシン(2001年2月27日アーカイブ分) – 法庫(日本語訳)
外務省: 条約データ検索(”領海及び接続水域に関する条約”) – 日本外務省
領海及び接続水域に関する条約(日本語訳)
Convention on the Territorial Sea and the Contiguous Zone(英語正文、仏文)
日本の領海(海上保安庁海洋情報部)
特定海域(海上保安庁海洋情報部)
世界の排他的経済水域面積ランキング
『領海』 – コトバンク
表話編歴
国際法上の領域の区分
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カテゴリ: 海洋法政治地理学海洋境界
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内乱罪
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『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 欧米などの法制史については「反逆罪」をご覧ください。
この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。 ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。
内乱罪
法律・条文 刑法77条
保護法益 国家の存立
主体 多数人
客体 国家
実行行為 暴動行為
主観 故意犯、目的犯
結果 危険犯
実行の着手 暴動を行うための集団行為が開始された時点
既遂時期 少なくとも一地方の平穏を害するに足りる程度に至った時点
法定刑 主体による
未遂・予備 未遂罪(77条2項)、予備及び陰謀罪(78条)
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日本の刑法
天秤ばかり
刑事法
刑法
刑法学 ・ 犯罪 ・ 刑罰
罪刑法定主義
犯罪論
構成要件 ・ 実行行為 ・ 不作為犯
間接正犯 ・ 未遂 ・ 既遂 ・ 中止犯
不能犯 ・ 因果関係
違法性 ・ 違法性阻却事由
正当行為 ・ 正当防衛 ・ 緊急避難
責任 ・ 責任主義
責任能力 ・ 心神喪失 ・ 心神耗弱
故意 ・ 故意犯 ・ 錯誤
過失 ・ 過失犯
期待可能性
誤想防衛 ・ 過剰防衛
共犯 ・ 正犯 ・ 共同正犯
共謀共同正犯 ・ 教唆犯 ・ 幇助犯
罪数
観念的競合 ・ 牽連犯 ・ 併合罪
刑罰論
死刑 ・ 懲役 ・ 禁錮
罰金 ・ 拘留 ・ 科料 ・ 没収
法定刑 ・ 処断刑 ・ 宣告刑
自首 ・ 酌量減軽 ・ 執行猶予
刑事訴訟法 ・ 刑事政策
カテゴリ カテゴリ
表話編歴
プロジェクト 刑法 (犯罪)
内乱罪(ないらんざい)は、国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をする犯罪である(刑法77条)。
内乱予備罪・内乱陰謀罪(刑法78条)や内乱等幇助罪(刑法79条)とともに、刑法第2編第2章に内乱に関する罪として規定されている。
概説
内乱罪は国家の存立に対する罪である。
本罪は国家の秩序を転覆せしめる重大な罪であるが、仮に内乱が成功した場合、革命成功ということでその行為は(「勝てば官軍」の論理により)正当化されて犯罪性が否定されるので危険犯として規定する他ない。
本罪について刑法学では、刑罰が国家制度を維持するための機構であるという性質から「最も犯罪らしい犯罪」と表現され[1]、それとは反対に、仮に目的が完遂すればもはや犯罪として処罰することができなくなるという性質から「最も犯罪らしくない犯罪とすらいえる」と表現されることもある[2]。
内乱罪は国内犯はもちろん国外犯にも適用される(刑法1条・刑法2条)。
これまで同罪状で訴追された例は、第二次世界大戦前における以下の数件のみであり、いずれも判決においては内乱罪適用を回避している。
なお、刑法施行後最大の内乱といえる二・二六事件では、刑法の適用はなく、陸軍刑法による軍法会議で関係者は死刑に処されている。
また戦前においては、内乱罪の特別法ともいうべき大逆罪が存在したことにも留意すべきである。
五・一五事件 – ただし、軍関係者は陸海軍の軍法会議にて処断。農民決死隊を組織する橘孝三郎ら民間人のみが刑法の適用となった。
神兵隊事件
三・一事件 – 検察官は内乱罪の適用を求めたが、朝鮮高等法院は公訴事実につき内乱罪ではなく騒擾罪が成立するとし事件を京城地方法院に移送した。
第二次世界大戦後は、オウム真理教事件の際に新実智光の弁護側が一連のオウム事件について内乱罪の成立を主張し、首謀者を除いて死刑は適用されないとして裁判で争われたが、判決において否定された。
このほか2018年9月以降、普天間基地移設問題に関連し、元参院議員の平野貞夫らにより内閣総理大臣の安倍晋三が内乱予備罪等で刑事告発されたが[3]、いずれも不起訴(罪とならず)となっている[4]。
内乱罪の第一審は高等裁判所が管轄する二審制(裁判所法16条4項)。従って、地方裁判所で行われる裁判員制度の対象外である。三審制の例外として代表的なものである。
条文
→「第77条から第80条まで」を参照
内乱罪
保護法益
本罪の保護法益は、国家の対内的存立である。
なお、内乱罪の保護法益が国家の対内的存立であるのに対し、外患罪は国家の対外的存立を保護法益とする。
主体
本罪の主体は多人数である(必要的共犯)。
本罪の行為である暴動には多人数を要するため、本罪は必要的共犯の一種たる多衆犯である。
国家にとって危険思想を持ち、クーデターなどの具体的な行動を引き起こそうとする団体・個人を指す。
本罪の主体は次の区別にしたがって処断される(刑法77条1項)。
首謀者
死刑又は無期禁錮。
謀議参与者・群衆指揮者、諸般の職務従事者
謀議参与者・群衆指揮者については無期又は3年以上の禁錮、諸般の職務従事者については1年以上10年以下の禁錮。
付和随行者・単なる暴動参加者
3年以下の禁錮。
行為
本罪の行為は暴動である。暴行・脅迫は最広義の暴行を意味する。
騒乱罪と同様に少なくとも一地方の平穏を害することで足りるとする説と、本罪の保護法益からみて国家の存立を危うくする程度のものであることを要するとする説がある。
着手時期
本罪の着手時期は、暴動を行うための集団行動が開始された時とされる。
既遂時期
暴動が行われた結果、少なくとも一地方の平穏を害するに足りる程度に至ると既遂である。
主観的要件
本罪の成立には、統治機構を壊乱する目的が必要であるから本罪は目的犯である。
憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的としていなかった場合は騒乱罪(刑法106条)となる。
共犯
本罪が行われるにあたり、集団外にあって内乱に関わった者(教唆者等)に刑法総則の共犯に関する規定が適用されるかには争いがあり、本罪はその性質上必要的共犯であり刑法はそのうち一定の行為を内乱罪の行為として限定しているものと解する否定説と、共犯処罰を前提としながら独立行為として処罰規定を設けていないに過ぎないとみる肯定説がある。
→破壊活動防止法41条も参照
罪数
内乱の目的で暴動に付随して行われた殺人、傷害、放火などは本罪に吸収される(通説[5]・判例[6])。犯罪類型上、殺人、傷害、放火などが起こる事は、大方予想の範囲内であるからである。ただし、本罪は目的犯であり内乱の目的とは無関係の殺人・傷害・放火等は、本罪には吸収されず別罪を構成する。
未遂
本罪の未遂は罰するが、付和随行者・単なる暴動参加者については、この限りでない(刑法77条2項)。
内乱予備罪・内乱陰謀罪
内乱の予備又は陰謀をした者は、1年以上10年以下の禁錮に処する(内乱予備罪・内乱陰謀罪。刑法78条)。暴動に至る前に自首したときは、その刑を免除する(刑の必要的免除。刑法80条)。実行着手後の自首は刑法42条1項(刑の任意的免除)による。
内乱予備罪・内乱陰謀罪を教唆した者は、5年以下の懲役または禁錮に処される(破壊活動防止法38条2項1号)。この場合に教唆された者が教唆に係る犯罪を実行するに至ったときは、刑法総則に定める教唆の規定の適用は排除されず、双方の刑を比較して重い刑をもって処断される(破壊活動防止法41条)。電波法では、無線設備又は電線路に十キロヘルツ以上の高周波電流を通ずる電信、電話その他の通信設備によって日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発した者に対して、刑事罰が規定されている。
内乱幇助罪
兵器、資金もしくは食糧を供給し、またはその他の行為により、内乱、予備・陰謀を幇助した者は、7年以下の禁錮に処する(内乱等幇助罪。刑法79条)。暴動に至る前に自首したときは、その刑を免除する(刑の必要的免除。刑法80条)。実行着手後の自首は刑法42条1項(刑の任意的免除)によるのは予備・陰謀の場合と同様である。
内乱等幇助罪を教唆した者は、5年以下の懲役または禁錮に処される(破壊活動防止法38条2項1号)。教唆された者が教唆に係る犯罪を実行するに至ったときの扱いは、内乱予備罪・内乱陰謀罪の教唆の場合と同じである(破壊活動防止法41条)。
脚注
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出典
^ 前田雅英 『刑法各論講義 第二版 』 東京大学出版会(1995年)477頁
^ 林幹人 『刑法各論 第二版 』 東京大学出版会(1999年)422頁
^ 安倍首相を「内乱予備罪」で告発 最高検が東京地検へ回送 日刊ゲンダイ 2019年9月26日
^ 第201回国会 衆議院 法務委員会 第2号 令和2年3月10日
^ 団藤重光 『刑法綱要各論 第三版 』 創文社(1990年)17頁
^ 大判昭10年10月24日刑集14巻1267頁
参考文献
西田典之 『刑法各論(法律学講座双書)第四版 』 弘文堂(2007年)
関連項目
ウィキブックスに刑法各論関連の解説書・教科書があります。
反逆罪
騒乱罪
共謀罪
福島事件 – 内乱罪を適用。
60年安保闘争 – 内乱罪の適用が検討された。
オウム真理教事件
表話編歴
日本の刑法犯罪
カテゴリ: 日本の犯罪類型日本の公安
最終更新 2024年12月12日 (木) 12:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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