「中国製造 2025」と米中「新冷戦」
https://npi.or.jp/research/trumpipep_8.pdf
『平和研研究ノ ート
NPI
「中国製造2025」と米中「新冷戦」
(米中経済研究会レポートNo. 8)
米中経済研究会
柚谷晴久(主任研究員)
(注)本稿は2018年11月
16日現在の情報に基づく
(要旨)
?ペンス副大統領の対中対決姿勢を露わにした演説を受け「新冷戦」勃発との報道。米国の姿
勢の根底には、中国の経済発展と軍事力強化等で米国の経済・軍事覇権が脅やかされるとの
恐れが存在。技術発展への脅威から中国の産業政策「中国製造2025Jを敵視。
?ア刈カでは、習近平政権による「中華民族の偉大な復興」を目標とした動きを受け、「中国は
卑怯だ」、「中国は米国から覇権を奪うつもりだ」とのコンセンサスができているようだ。
?米中「新冷戦」と呼ばれる現状に対し、「トウキディデスの罠」(覇権争いのストレス構造が戦争を
招く)、「キンドルバーガーの罠」(覇権の空白が国際秩序混乱や戦争を招く)と警告あり。
?米中両国は、こうした「罠」に配意し、間違っても「冷戦」が「熱戦」にならないようにすべき。
?日本としては、両国の経済面での対立の緩和?解消のため、WTO改革、RCEP早期実現、
TPP11の拡大等通商・貿易面での「法の支配」による秩序構築?維持に引き続き努めるべき。
経済面を超えても、両国に自覚を促す「国際世論作り」等の貢献等をすべき。
はじめに一「新冷戦」勃発?
「トランプ政権の通商政策と米中「新冷戦JJ(2018年11月6日、中曽根平和研HPリにおいて、
筆者は、io月初めのペンス米副大統領の対中国対決姿勢を露わにした演説に対し、「新冷戦」が始
まったと報道されている状況を踏まえ、米中対立の構図について改めてレポートすると述べた。
これを受け、本稿で、米国が中国の覇権奪取の主要作戦と見る「中国製造2025」、アメリカのこれ
への対抗、両国の対立がもたらす戦争(熱戦)の危険に関して考えたい。
1.中国の産業政策ー「中国製造2025」
(ペンス演説と「中国製造2025」への攻撃)
ペンス米国副大統領は前記の演説で、政治、経済、軍事、人権、宗教と幅広い分野にわたって中
1 http://www.nps.org/research/2018/11/06%5D90903.html access onNov. 12,2018
本稿での考えや意見は著者個人のもので、所属する団体のものではありません
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1
国に対し厳しい主張をし、対抗姿勢を示している。その根底には、中国の著しい経済発展とそれによ
る軍事力強化、すなわち、中国が米国の経済・軍事覇権を脅かすまでの存在になったことへの恐れ
があると言えよう。
中国の経済発展はその産業・技術の発展を背景とするが、米国の技術を盗む不正で達成したと
怒りをつのらせている。
特に、最新兵器はハイテク技術の塊であり、技術力は軍事力に直結する。この
文脈で、中国の更なる産業・技術の発展を阻害すべく、米国は、中国の産業政策「中国製造2025」
の撤回まで貿易協議の中で要求しているとされる2。
ペンス副大統領の演説でも、「「中国製造2025」計画を通じて、共産党は、ロボット工学?バイオテ
クノロジー?AI等世界的最先端産業の90%支配に照準を合わせている」と警戒している。
トランプ大統領も、米国中間選挙後の記者会見で「「中国製造2025」は2025年に彼ら(中国)が経
済的に世界を乗つ取ることを意味するので、極めて無礼だ」と述べている3。
(中国製造2025とは)
「中国製造2025」は、「世界の工場」として「製造大国」となったが、技術力、生産効率等でまだ劣
っている製造業の底上げと重点分野の強化によって「製造強国」になるための中国の産業政策だ。
習近平国家主席が目指す、中国建国100周年の2049年までに「総合力で世界の製造強国の卜
ップ」に立ち、「社会主義現代強国」を築く「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」を実現するために
重要な位置を占める。
重点分野は以下の10分野。
①次世代情報技術(IT)、②高度なデジタル制御の工作機械とロボット、③航空・宇宙設備、④海
洋エンジニアリング設備とハイテク船舶、⑤先進的な軌道交通設備、⑥省エネ・新エネ車、⑦電力設
備、⑧農業機械、⑨新材料、⑩生物薬品?高性能医療機器4
各分野別に、細目分野ごとの2020年、2025年、2030年までの世界シェア等の目標、重点的製
品?技術開発、金融等支援措置のロードマップがある。
(産業政策とは)
「産業政策」は、1970-80年代頃、日本の産業発展の重要な役割を果たしたとみなされ、当時日
本の経済面での追い上げに焦ったアメリカで特に研究された。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(エズ
2日本経済新聞2018年5月19日
3 https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-press-conference-
midterm-elections/ access on Nov. 9, 2018
4関志雄、「「製造強国」を目指す「メイド・イン・チャイナ2025J計画」、2015年8月4日、RIETI、
https://www.neti.go.jp/users/china-tr/jp/150804sangyokigyo.html access on Nov. 8, 2018
2
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ラ・ヴォーゲル、1979年、阪急コミュニケーションズ)、「通産省と日本の奇跡」(チャーマーズ?ジョンソ
ン、1982年、ティービーエス・ブノタニカ)等が日本でも有名だ。
「産業政策」の定義は論者によって様々だが、ここでは、特定の産業を当該国家における重要産
業として選び、その産業に対し補助金、低利融資等優遇措置を実施し、保護?育成を図るような政策
を念頭に置く。
(経済学から見た産業政策)
「経済学」的には、「情報の非対象性や外部性の存在」等から、「市場機能が効率的に働かない状
況」、すなわち「市場の失敗が顕在化するとき、産業政策」等「政府介入」が「正当化されうる」とされ
る。
典型的な「産業政策」が日本で行われた!940-60年代には、「重化学工業のような規模の経済
性をもつ産業を国内に育成する」、換言すれば、「規模の経済性が働<資本集約的な産業に比較優
位を映していく」上で、「市場の失敗が妨げになる蓋然性が高かった」とされる5。
(アメリカと産業政策)
日本や続いて類似の国家主導で発展した韓国、台湾、シンガポール等の(一時期の)経済的躍進
の歴史等もあり、ア刈力でも、前述のジョンソンの本のように日本の産業政策から学ぼうとするもの&が
見られた。
クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長を務めたローラ・タイソンも「誰が誰を叩いているの
かj(1993年、ダイヤモンド社)において、ハイテク産業の特性(生産規模拡大につれ低コスト化?品質
向上し技術上の優位により他の経済活動に波及的恩恵、最初に行動し優位に立つと有利な市場参
入障壁を獲得7)から来る市場の失敗を補う産業政策的政策や管理貿易を主張。
実際、アメリカでも、例えば、日米半導体摩擦のあった1987年に米国防総省と米半導体?コンピュ
ーターメーカーが共同研究機関SEMATECHを設立するなど、こうした政策が採用された。
(産業政策の再考)
その後、①「政策の有効性が一般に信じられていたほど鮮明に表れてこなかった」との経済学研究、
②「市場が失敗するのと同様に政府も失敗を犯す可能性があり、後者の社会的なコストも無視し得な
いのではないか、振興すべき特定産業を政府が適切に選べるのか」8(「政府の失敗」)との批判、が
5この段落の記述は、大橋弘「「新しい産業」政策と新しい「産業政策」」、2015年11月、RIETI Policy
Discussion Paper Series 15-p-20、p4, 5 を適宜引用
6同書で通産省の産業政策と産業界の関係等が詳細に分析されているが、一つ面白かったのは、通産省
と日本産業界の「日本株式会社」と米国の「軍産複合体」の類似性に言及している点(p25)。
7タイソンP4
8大橋p5
3
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見られ、徐々に伝統的な産業政策が喧伝されなくなった。
しかしながら、産業政策の効果を確認した最近の研究も存在しており9、「政府の失敗」についても
政府が必ず失敗するとしている訳ではなく、ある国のある時期の産業・経済の発展のために効果的な
「産業政策」を実施し得る可能性はあろう。
実際、政治的には「産業政策」は信奉されており、トランプ政権が「中国製造2025」の停止を要求し
ているのは、とりもなおさずその効果をおそれているということだ仲。
2.アメリカの反攻
(迫りくる中国経済)
アメリカの対中貿易赤字が国別シェアで約半分の第1位にもなっていることでトランプ政権は中国
を非難している。
経済規模で見れば、名目GDPで見て中国は米国の60%超まで近付いており2030年頃に米国
を抜くとも言われている。さらに、CIAが「各国の経済力や生活水準を比較するとき最高の尺度」とす
る購買力平価でGDPを計算すると、中国は既にア刈力を追い抜いたと2014年に1MFが発表し、
米国では嵐のような騒ぎになった”。
米国は中国による経済覇権奪取の恐怖を感じている。
(中国技術の接近)
技術力でも、中国は、既に、相当程度ア刈力に近付いてきている。
世界全体の国際特許出願数に占める各国の割合を見ると、2000年にはアメリカが40%、中国は
9河村徳士、武田晴人「機械工業化と産業政策」、2016年3月RIETI Policy Discussion Paper Series
16-J-029は、「機械工業振興臨時措置法」の助成措置の効果を分析し、その効果が高成長につながった
旨結論付けている。
10丸川知雄東大教授は、「中国製造2025」について、「発展しそうな産業技術分野、中国が遅れている分
野の膨大なリスト、定義曖昧な目標の羅列に過ぎない」この「影響は大きくないが、いずれにせよ、国内
産業と内需に牽引され(中国の)ハイテク産業は発展するだろう」と効果的とは考えていないようであ
る。(「不毛な貿易戦争の着地点とは」、中央公論2018年11月号
また、最近、米国等の批判等を受け、また、過剰投資への警戒もあり、中国政府が地方の行き過ぎた優
遇政策を諫めたり、政府機関・メディアでの「中国製造2025Jの取上げが明確に減少したりする動きが
見られるとされる。(「軌道修正が進む「中国製造2025」、SMBC China Monthly第160号(18.10号)」
11グレアム・アリソン、「米中戦争前夜」、2017年、ダイヤモンド社、P24
4
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0.8%だったが、2017年にはアメリカ23.2%、中国20.1%になっている”。
国際特許出願数の上位企業ベスト!0を見ると、2005年には米国企業3社、中国企業はゼロであ
ったが、2016年には米国企業は3社で不変だが中国企業は3社となり、しかも、ZTEとファーウェイ
で1位或位を独占している吐
デジタル・データの通信に重要な世界の基地局のランキング(2017年売上げ)で見てもファーウェイ
がシェア27.9%で1位、ZTEが!3.0%で4位、アメリカ企業はベスト7に入っていない[七
(軍事面での追上げ)
11月6日に中国で開催された航空ショーでは、先端技術を使って中国が開発した無人航空機や
最新鋭のステルス戦闘機が披露された[七
中国は海洋進出の意欲も旺盛で、習主席が「広大な太平洋には中米両大国を受け入れる十分な
余地がある」とオバマ大統領時代に述べたとされ佑、中国産の空母「遼寧」の2012年の就航もニュー
スになった。
中国が技術覇権・軍事覇権を脅かし始めている状況が、「中国製造2025J等産業政策や知財の
窃盗に対する前述のペンス大統領の演説での対中攻撃につながっている。
アメリカは中国潰しに本
気になったようだ。
(中国の謀略)
アメリカの対中認識に関しては、ペンス演説の会場であったハドソン研究所に属し、同演説の冒頭
で名前が挙げられ、トランプ大統領が「中国に関する指導的な権威」と呼んでいる”、元CIAの中国
専門家マイケル・ピルズベリー氏は、著書rchina2049J(2015年、日経BP社)において中国による米
国からの覇権奪取の計画があると記載。これが、現在、トランプ政権の認識になっているものと思わ
れる。
也経済産業省、「通商白書2018」、P205
13通商白書2018、P217
14日本経済新聞2018年10月21日 英1HSマークイットの資料から日本経済新聞が作成した図表よ
り
15日本経済新聞2018年11月?日
的櫻井よし子「中国の太平洋進出の野望と焦りが明らかになった米中首脳会談」、「週刊ダイヤモンド」
2013 年 6 月 22 日号 https://yoshiko-sakurai.jp/2013/06/22/4762 access on Nov. 9, 2018
17中間選挙後の記者会見でもピルズベリー氏に言及し、その際、その旨述べている。
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-press-conference-midterm-
elections/ access on Nov. 9, 2018
5
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同書は、歴代中国共産党指導者は、アヘン戦争以来のrri〇〇年の屈辱」に復讐」するため、「中
国共産党革命!00周年の2049年までに世界の経済・軍事?政治リーダーの地位をアメリカから奪取
する」「100年マラソン」計画を遂行してきたとする18。
マラソン戦略は中国戦国時代の「孫子」「戦国策」等から構築し、例えば、以下の要素を持つと述
ベている也
?敵の自己満足を引き出して警戒態勢をとらせない。
?勝利獲得まで数10年、それ以上耐える。
?戦略的目的のため敵の考え・技術を盗む。
・「勢い」を見失わない。「勢い」とは、敵を動かざるを得なくして勝つ神秘的な力。
?他国の包囲や欺岡を警戒する。(「囲碁」の極意)
中国はずっと「多極化世界で限定的指導力しか考えない」2°とアメリカをだましてきたが、2008年の
世界金融危機でアメリカの凋落を確信し、現在、「中華民族の偉大なる復興」をうたう習主席の下、覇
権奪取の目標を着々と実現しているとする。
(ルトワック)
戦略国際問題研究所(CSIS)シニアアドバイザーのエドワード・ルトワック氏は、著書「中国4.0-暴発
する中華帝国J(2016年、文春新書)において、「完全に平和的で国際ルールに従うので中国を恐れ
る必要がない」として「平和的台頭」してきた2000年代(「中国1.0J)18 19 * 21 * 23の後、リーマンショック後の世界
経済構造変化の中舞い上がり「百年国恥」を晴らす時が来たと思ってしまった結果、「対外的強硬路
線」に転換(南シナ海、尖閣列島の問題惹起)した(「中国2.0」淀2との認識を示している。
(ワシントン・ニュー・コンセンサス?)
最近、異口同音に、米国ではトランプ大統領周辺のみならず、議会共和党?民主党、官僚等誰も
が反中になっていると聞く。
エズラ・ヴォーゲル氏も「ワシントンでは反中機運が本当に高まっている」23
と指摘する。
「中国は卑怯だ」、「中国は米国から覇権を奪うつもりだ」とのコンセンサスが米国ででき
ているようだ。
18ピルズベリーp22
19ピルズベリーp56-60
2〇ピルズベリーp28
21ルトワックpl8
22ルトワックp26-55. 97
23 2018年10月26日日本経済新聞
6
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(国家安全保障戦略)
このような反中の考えは、昨年12月に米国が発表した「国家安全保障戦略」において、中国を口
シアとともに米国の国益や国際秩序に挑む「修正主義勢力」と位置付け、「強国同士の競争が再び
戻ってきた」と危機感を表明し、国防予算の拡大などを通じて「米軍の力を再建する」と明記した24時
に既に表れていた。
その後の米国による宇宙軍創設の動き25も、中国が「空軍」を「航空航天軍」に再編し宇宙での実
践を視野に入れ始めた26ことへの対抗だろう。
(対中の安保措置)
また、米国が、今年になって、対中制裁関税を課すとともに、中国を念頭にした対米投資の審査
強化やハイテク輸出制限の検討開始など、経済面を超えた技術面・安全保障面での措置をとってき
た背景にも、こうした反中の考えがあるのだろう。
10月末に米国商務省が発表した、中国半導体メーカー福建省普華集成電路(JHICC)に対する
米国企業との取引制限の制裁は、「中国製造2025」の半導体国産化目標(現在1割台ー2025年
自給率70%)の達成のために設立された同社が米国メーカーの半導体製造装置を使えなくし量産で
きなくするためとも言われる27。
9月に習主席が米国の攻撃を踏まえ中国の「自力更生」を唱えていたが、半導体製造装置を製造
できる中国企業は育っていないとされ、米国には「自力更生」の道を塞ぐ意図があるのであろう28。
3.「罠」
(米中覇権争いへの警告)
米国からの圧力は高まる一方だが、中国は中国で「中華民族の偉大な復興」の国家目標を譲るこ
とはできない。
中国は「面子」を重んずる国でもある。
「中国製造2025」については、中国側からすれば、r!〇〇年の屈辱」の間不当に奪われた発展を取
り戻す当然の権利の行使だ、先に発展した国も行ってきたではないか、米国は主権国家としての「産
業政策自主権」を奪う「不平等ディール」を押し付けようとしている、と、米国への反発をつのらせてい
るだろう。
24 2017年12月19日 日本経済新聞電子版
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24799350ZllC17A2MM0000/ access on Nov. 8, 2018 * * * * *
25福島康仁「なぜ今、宇宙軍なのか?」 NIDSコメンタリー第87号2018年10月19日
26 HUFFPOST「中国「第2の建軍」(上)「空天軍」創設で「宇宙」実戦段階へ」
https://www.huffingtonpost.jp/foresight/china-rnilitary_b_8007594.html
27 2018年10月31日 日本経済新聞
28 2018年11月7日 日本経済新聞
7
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このような、米中「新冷戦」29と呼び得るような現状に対し、米中の覇権争いによる混乱や戦争の可
能性への警告が発せられている。
(トウキディデスの罠)
ハーバード大・ケネディースクール初代学長のグレアム・アリソンは、「トウキディデスの罠」に注意を
呼び掛ける。
アリソンは、著書「米中戦争前夜」(2017、ダイヤモンド社)で以下を述べている。
・トウキディデスはペロポネスス戦争を観察し「アテネ台頭とそれで抱いたスパルタの不安が戦争を
不可避にした」と記述3°
?新興国が覇権国を脅かした過去500年のI6件のうち4件のみ戦争回避3i(開戦確率?5%)
・米中両国の衝突はアテネ・スパルタやイギリス・ドイツと同じ悲劇に進むか。イギリス・アメリカやアメ
リカ・ソ連のように戦争回避か。
?トウキディデスのいう構造的ストレスが米中間で今後拡大。歴史を直視し、流れを変える責務あり。
(キンドルバーガーの罠)
やはりケネディースクール元学長のジョセフ・ナイは、「キンドルバーガーの罠」を警告する。
キンドルバーガー(マーシャルプラン設計の経済学者)は、イギリスから覇権交替した米国が公共財
提供の役割まで引き受けていなかった!930年代、世界システムが崩壊し大恐慌や世界大戦を招い
たと指摘。
ナイはキンドルバーガーが指摘した「覇権の空白」に伴う構造的死角とも言える「キンドルバーガー
の罠」も要注意とし、見誤りと軽率な判断を回避することが何より大事とする。29 30 * 32 33
4.おわりに
29本稿では、「冷戦」を「砲火は交えないが、戦争を思わせるような国際間の厳しい対立抗争の状況」
(広辞苑第5版)という一般的な意味で使用している。
また、本稿で通商面に関して「冷戦」の語を使
用している場合は、対立関係を国家関係全体、特に、軍事的対立に例えて比喩として用いていることは
言うまでもない。
30アリソンp5
31アリソンp8,9
32アリソンp xvi (まえがき)
33 Joseph S. Nye “The Kindleberger Trap” 2017.1.9
https://www.chinausfocus.com/foreign-policy/the-kindleberger-trap access on Nov. 8, 2018
8
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(覇権争いは長期化)
両国の対立は、上記に述べたように、また、「トランプ政権国際経済研究会」のレポートNo.2や「卜
ランプ政権の通商交渉と米中「新冷戦」」でも述べたように34、覇権争いという、根深くかつ構造的な
対立に至っており、長期化する見込みだ35。
(「罠」に陥るな)
第2次世界大戦後の覇権を謳歌してきた米国としては簡単に中国に覇権を奪われる訳には行くま
い。
依って立つ基本原理も中国は市場経済民主主義ではない。
他方、中国は中国で「100年の屈辱」
への復讐、国家目標の「中華民族の偉大な復興」を譲ることはできない。
これから長期にわたるであろう覇権争いの間、米中両国は、待ち受けるたくさんの「罠」に陥いること
のないようにしなければならない。間違っても両国が軍事的に砲火を交える「熱戦」になる事態はあっ
てはならない。
(日本の役割)
日本としては、両国の経済面での対立の緩和?解消のため、欧州、オーストヲ>!ア等同志国とも協
カしてWTO(世界貿易機関)改革、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)早期実現、TPP(環太平
洋貿易協定)11の拡大、将来的なFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)実現等通商・貿易面での「法
の支配」による秩序構築?維持に引き続き努めるべきである。
また、経済面を超えても、米中両国の「大国としての責務」を折に触れて両国に対し説くとともに、
両国に自覚を促す「国際世論作り」に資する国際的フォーラム作りや国際的シンポジウム開催等の
形で貢献することも考えられる。
平成30年11月16日
・「トランプ政権国際経済研究会」は「米中経済研究会」に改組・改称しました。(レポート番号は通算)
34報道等一般には現在の米中関係を指して「冷戦」と呼ばれることも多いが、ジョセフ・ナイ氏は、現
在の米中の関係について、「旧ソ連と米国は貿易関係がなく社会的な接触もほとんどなかった。事実を
ベースにすればいわゆる冷戦構造という考えは間違っている」としている(2018年10月27日日本経
済新聞)。
35習主席と電話会談をしたトランプ大統領が11月末からのG20の機会の首脳会談での中国とのディール
を示唆したとのニュースがあるが、本稿で述べているように米中対立は覇権争いの様相を呈し、また、米
国全体が中国許さじの雰囲気になっていることから、一時的に両国政府が妥協しても覇権争いの構造が
続く限り両国の対立・争いは続くとの考えが通説になっていると思われる。
9
本稿での考えや意見は著者個人のもので、所属する団体のものではありません
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