中国で急速に広まる経済悲観論~「バラ色時代」の終幕
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/111500357/
『 By
Eisuke Mori
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2022.11.16
中国で「高度成長時代は終わった。もう戻らない」という認識が急速に広まっている。
エコノミストはもちろん、企業経営者や消費者も潮目の変化を感じ取り、投資や消費を抑える方向に向かっている。
このタイミングで、経済政策運営の司令塔が交代する。「改革開放」を継続する意図はあるが、果たして実行できるのか。
第3期習近平(シー・ジンピン)政権は、発進早々から大波を受けることになる。中国経済に詳しい瀬口清之キヤノングローバル戦略研究所研究主幹に聞いた。
(聞き手:森 永輔)
瀬口清之キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(以下、瀬口氏):今回は、中国で「高度成長時代は終わった。もう戻らない」という認識が急速に広まっている――というお話をしたいと思います。
エコノミストたちの認識はもちろん、企業経営者や消費者もこの潮目の変化を感じ取っている。それが彼らの行動に表れています。
中国経済について以前から、2025年前後には高度成長時代が終焉(しゅうえん)を迎え、次の安定成長期のフェーズへと移行する過渡期に入るとみられていました。
そのタイミングが予想より3年ほど早まり、今まさに訪れています。6つの下押し要因がこの時期を早める役割を果たしています。
瀬口 清之(せぐち・きよゆき)
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 1982年東京大学経済学部を卒業した後、日本銀行に入行。政策委員会室企画役、米国ランド研究所への派遣を経て、2006年北京事務所長に。2008年に国際局企画役に就任。2009年から現職。(写真:加藤 康、以下同)
「2025年前後に高度成長時代が終焉を迎える」とみられていたのはなぜですか。
瀬口氏:以下の4つが要因です。
(1)少子高齢化(生産年齢人口減少)の加速、
(2)都市化のスローダウン、
(3)大型インフラ投資の減少、
(4)国有企業の業績悪化です。
人口の増加、都市化の進展、大型インフラ投資の実施など、これまで中国経済の高度成長を推進してきたエンジンが力を失うのが2025年前後とみられていました。
高度成長の終わりを早めた6つの下押し要因
そのタイミングを早めた6つの下押し要因とは何ですか。
瀬口氏:第1は、ゼロコロナ政策です。
上海をロックダウンした影響は大きく、4~6月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前年同期比0.4%増に落ち込みました。
下半期は5%台に持ち直すとみられていましたが、7~9月期も同3.9%増にとどまった。
そして、10~12月期に入った今も、北京、重慶、鄭州などでは市内の多くの地域で移動制限が続いています。
このため、移動や旅行、宿泊に関連する消費が盛り上がりません。
飲食業に対してもネガティブな影響が続いています。
下半期の半年間だけに限定しても5.5%増という成長率の年間目標の達成は困難でしょう。
第2は市況悪化が止まらない不動産市場です。
昨年話題となった中国不動産大手・恒大集団の債務危機は峠を越えました。
しかし、3級・4級都市の大部分の不動産価格は下落が止まりません。
今後5~10年間は回復しないのではないかとみられています。
このような市場の先行き予想では、不動産を購入したいと思う人が増える見通しが立たないため、不動産開発投資の減退が続きます。
第3は大学新卒の失業です。
今年6月の卒業生は1076万人で前年(909万人)から約20%増えました。
しかし、ゼロコロナ政策の影響などもあって大卒の希望するような就職先は急には増えないため、この人たちが職を得ることができず、16~24歳の年齢層の失業率は6月、19.3%に達しました。
この値には驚きますね。
瀬口氏:そうですね。
ただし、長期的に見ると事情は異なります。
第4の下押し要因は人口の減少です。2021年の人口増加が前年比48万人にとどまりました。
これまでは数百万人から1000万人のオーダーで増えてきたのですが、20年以降一気に失速しました。22年は、ついに同約100万人減とマイナスの値になることが予想されています。
ここまでが中国国内の要因。ここからは海外情勢がもたらす影響です。
第5はウクライナ危機に端を発する世界的なインフレの進行。中国にとって重要な輸出相手国である先進国の経済が悪化傾向をたどるため、輸出が停滞を余儀なくされると予想されています。
最後が米中対立の深刻化です。
ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアと中国を一体とみなし孤立させる国際環境をつくり出しました。
さらに、米国の政治家の一部が台湾をめぐって、「1つの中国」政策を変更するかのような言動を繰り返しています。習近平政権はこれを強く警戒しており、ペロシ米下院議長が訪台した後には台湾周辺で前例のない大規模軍事演習をするに至りました。
6つの下押し要因のうち国内の要因は人災の面が強いとの印象を受けます。
新型コロナウイルス感染症については、もはやゼロコロナ政策を実行する必要がない段階に移行している。
不動産市況の悪化は、3級・4級都市の都市化推進が誤算に終わったことのあおり。
人口減少は、一人っ子政策にその原因をさかのぼることができます。
瀬口氏:そうですね。しかし、人災は中国に限ったことではありません。
いずれの国においても、経済を下押しする原因の大半は政策の失敗です。
鄧小平を起点とする高度成長の終焉
これまでに説明していただいた要因が、市場のセンチメント(市場心理)にどのように影響しているのですか。
瀬口氏:エコノミストの間で「もう高度成長時代には戻らない」という悲観論が急速に高まっています。
1978年に決定された鄧小平の改革開放政策が起点となり、92年に同氏が行った南巡講話を機に本格化した高度成長が、ちょうど30年の時を経て終焉を迎えた、という認識です。
消費者も企業経営者も、この変化を敏感に感じ取っています。将来を不安視して、前者は消費を、後者は投資を絞り始めました。
その動きは、7~9月期の経済指標から見て取ることができます。
実質GDP成長率は前年同期比3.9%増。この数字自体はそれほど悪くはありません。経済専門家による事前の予想は3.3~3.5%でしたから。
しかし、その内容が悪いのです。3.9%増の内訳は外需の寄与度が同1.1%増。内需の寄与度は同2.8%増しかありませんでした。
しかも外需の中身を見ると、輸出数量が伸びたわけではなく、輸入数量が減少したことで貿易黒字が拡大してGDPを押し上げたという内容です。
内需の勢いが鈍ったため、輸入が減少した。よって、中国ではこの状況を「衰退性黒字」と呼んでいます。
その内需に目を向けると、まず消費が勢いを失いました。
主な原因は、ゼロコロナ政策の一環で人々が移動制限を受け続けていること、そして、不動産需要が停滞していることです。
移動制限について、例えば、中国の主要都市である北京、上海、深圳、重慶などでは依然として市内の多くの地域が警戒区域に指定されています。
北京在住のビジネスパーソンが市外に出張していずれかの警戒区域にいったん足を踏み入れると、その地区の警戒が解除されるまで北京に戻ることができません。
戻るためには、天津や青島に移動し1週間~10日程度の時間を過ごす必要があります。
ビジネスパーソンらが上海や深圳など警戒地域に指定されている都市から他の都市に飛行機で移動すると、到着した空港ですべての乗客が隔離され、専用バスに乗せられて指定されたホテルに直行するといった規制が中国全土に適用されているようです。
不動産需要の停滞は、それに付随する家具、家電、内装の消費も停滞させています。
また、先ほど触れた3級・4級都市での住宅・オフィス建設の不振が、鉄鋼やセメント、ガラスといった資材の需要も押しとどめています。
これらの都市は、販売面積で見ると不動産市場の7割ほどを占めるので、資材に与える影響が大きいのです。
投資は、全体で見ると比較的堅調で、中でも製造業設備投資は前年同期比10%程度の伸びを示しました。
しかし、その中心は政策によるテコ入れの対象となっている産業分野の投資です。
電気自動車(EV)や新エネルギー、半導体の分野に補助金が支給され、それが投資増につながりました。
インフラ建設投資も以前のような噴かし方ではないものの、政府による財源確保支援などを背景に同7~8%程度の伸びを保っています。
その他の分野に目を向けると、経営者が将来見通しを悲観しており、投資に対し抑制的な態度を取っています。
以上を踏まえて、2022年の通年を展望すると、実質GDP成長率は3.0~3.3%にとどまると予想しています。
上半期は2.5%でした。下半期が、うまくいって4.0%に達したとしても、年間でならすと3.2~3.3%に着地することになります。
3期目の習近平政権はこの厳しい状況に対してどのような基本姿勢で立ち向かう考えなのか。
それは、約1年後に開催する第20期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で明らかになります。
なお、当面の方針については年末に開く中央経済工作会議で示すでしょう。
経済の司令塔・劉鶴副首相が残した置き手紙
第1期および第2期習政権の10年間にわたり経済政策運営の総指揮官の役割を担った劉鶴(リュウ・ハ)副首相が9月30日に行った講演の内容がつい先日公表されました。
これが、第3期習近平政権の経済政策が目指す方向を示唆しているかもしれません。
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