中国の最高学府 北京大学の教授が相次いで死去
看中国【日本】ビジョンタイムズ・ジャパン
チャンネル登録者数 6.96万人
https://www.youtube.com/watch?v=wXwjWZDSXQE
※ 元ネタは、これのようだ…。
※ まあ、「看中国」なんで、そういう前提で視ないとな…。
中国の最高学府 北京大学の教授が相次いで死去
看中国【日本】ビジョンタイムズ・ジャパン
チャンネル登録者数 6.96万人
https://www.youtube.com/watch?v=wXwjWZDSXQE
※ 元ネタは、これのようだ…。
※ まあ、「看中国」なんで、そういう前提で視ないとな…。
https://yamatoxx00xx.blogspot.com/2023/11/61.html
『2023年11月3日金曜日
中国の李克強前首相は10月27日に突然亡くなったことは周知のことと思います
ところで #李克強が急逝する3週間前に李の母校である
北京大学でも5人の教授が相次いで亡くなりました。
この他にも北京大学で2023年10月26日までに
少なくとも61人の教授が死亡し、そのうちの37人が
中国共産党(以下、中共)党員だったということです。
李克強の追悼に集まった人民と監視する公安系
2023年1月から10月までの北京大学の月別死亡教授数
13人、11人、6人、2人、5人、3人、6人、7人、3人、5人
また #2022年12月の北京大での死亡者は18人とされており
12月から翌年の1月の二か月間で31人が死亡したことになります
主な死亡者
北京大学物理学院元党委員会副書記の鄭涛
中国科学院院士で北京大学の翟中和
53歳
北京大学経済学院教授の唱瑞華
北京大学薬学部生薬学科教授の鄭俊華
北京大学児童青少年衛生研究所の教授
王守辰
北京大学電子学院のエンジニアである施永鑑
中共党員で北京大学法学部教授の魏定仁
看中国などより
大陸での訃報の様子
この様にズラリと死亡者名が並んでいるんですが
最も影響のあったのが李克強の教官も務めた
北京大学哲学・社会科学のベテラン教授であり
李克強の恩師厲以寧も死亡
著名な経済学者の厲以寧です
厲以寧は大陸において株式制度改革を率先して
提唱し、証券市場の構築を推進し、市場メカニズムを
導入したとされています
厲以寧は長らく北京大学で教鞭を執り、中国の
前国家副主席の李源潮、第20回中央委員会の
メンバーである陸昊(りく・こう、更に突然死した
李克強の博士課程の指導教授でもありました
一説では2022年度だけで100人以上の教授らが死亡とされる
こうした経済概念は李克強にも少なからず影響を
与えたと言われています
厲以寧は高齢ですから死亡も不思議ではないんですが
#李尚福国防相更迭 #秦剛が外相を解任され国務委員除名
といった他にも 大陸の頭脳も相当数が死亡しているという
のが興味深いですね
海南島クライシス: 中共のビッグプロジェクトに広がる暗雲 – 秋草二郎 』
台湾を巡る米中グランドバーゲン
https://kotobukibune.seesaa.net/article/2023-11-02.html
※ 今日は、こんな所で…。
『目次
習近平は台湾を攻撃するつもりはない
王毅との会談
米中グランドバーゲン
2023-11-01 205100.jpg
1.習近平は台湾を攻撃するつもりはない
10月29日、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は「習近平は台湾を攻撃するつもりはない」とする、アジアや中国の外交・安全保障の専門家の寄稿を掲載しました。
寄稿したのは、米ジャーマン・マーシャル財団アジアプログラム部長で、中国の外交・安全保障政策専門家ボニー・グレーザー氏。グレーザー氏はこの中で、ロシアのウクライナ侵攻の失敗が習氏の台湾への武力統一を躊躇させ、中国人民解放軍内で起きている腐敗が影を落としていると分析しました。
件の寄稿の概要は次の通りです。
一部の観察者には、習近平が台湾を中国に統一したくてうずうずしているように見えるかもしれない。
習近平国家主席は、そうすることが国家の若返りという「チャイナ・ドリーム」を達成するために不可欠だと繰り返し主張している。習近平国家主席は2027年までに、必要であれば台湾を武力で奪取する準備を整えるよう中国軍に指示しており、中国はますます強大化する軍事力で台湾の人々を威嚇し、中国の支配に屈服させようとしている。中国は先月、台湾の東の海域で空母を含む大規模な海軍訓練を行い、その数日後には台湾に向けて103機の戦闘機を飛ばした。
しかし、このような威勢のいい発言は、中国指導部内では、ほとんど実績のない人民解放軍が許容できるコストで台湾を掌握し、支配できるのかという大きな不安を隠している。このように考えると、台湾の人民解放軍による掌握は必然的なものではなく、おそらく今後数年のうちに実現する可能性さえある。
【中略】
ウクライナにおけるロシアの大失敗は、習近平氏にとって教訓となる。戦争初期、戦闘に慣れたロシア軍は、陸路国境を越えてキエフを占領するという比較的簡単な任務に失敗した。陸軍が台湾海峡を横断するのはさらに困難である。大規模な水陸両用侵攻は、最も困難な軍事作戦のひとつであり、制空権と海上優勢、そして長期の作戦期間中に侵攻軍を維持する能力を必要とする。
習近平氏にとって、迅速かつ低コストで侵攻に成功しない場合の政治的リスクは非常に大きい。膠着状態が長引けば、中国が再び強く、強大になったという習近平の主張が損なわれ、国家の若返りと強力な軍事力という習近平の目標が危うくなる可能性がある。
【中略】
習近平氏にとって、今はそのような危険な時期にある。
中国経済は長期的な成長鈍化に直面している。このため、政府が経済的な幸福よりも安全保障や政治的統制を優先し続ければ、不満が高まり、社会が不安定になる恐れさえある。昨年末、習近平国家主席の統制への執着に抗議する数千人のデモ隊が街頭に繰り出し、厳しい共産化政策を非難した。一部のデモ参加者は、習氏の罷免を含む政治的変化を求める珍しい声を上げた。台湾をめぐる血なまぐさい戦争の可能性に対する国内の支持は、長くは続かないかもしれない。中国は一人っ子政策を撤廃したため、軍隊のほとんどが兄弟のいない息子で構成されている。彼らの両親は、老後もその兵士たちが自分たちを支えてくれることを期待しており、犠牲者が増えれば街頭に出るかもしれない。
習氏を抑制しそうなもう一つの要因は、米国が台湾を支援するという見通しである。米国議会では、台湾の安全保障に対する超党派の支持がかつてないほど高まっており、バイデン大統領は、中国が攻撃してきた場合、米国は台湾を軍事的に支援すると繰り返し述べている。中国の専門家との私の会話によれば、北京は米国が台湾を中国封じ込めの重要な戦略的防波堤として評価しており、中国による台湾占領を阻止するために介入すると固く信じているようだ。
それでも、習近平が軍事行動を取らざるを得ないと感じるシナリオはある。将来、台湾政府が国民投票や憲法改正による正式な独立を推し進めた場合、習近平氏は、習近平氏と共産党にとって不作為の政治的リスクが戦争のリスクを上回ると判断する可能性がある。アメリカの大統領や議会が台湾の外交承認を回復する動き、あるいは1979年にアメリカが共産中国に外交承認を切り替える前に台北と結んでいた防衛条約に戻す動きも、同様に習近平に戦場での成功を確信させるものではなくても、習近平の手を煩わせる可能性がある。
そのような明白なきっかけがなくても、来年1月に予定されている台湾の選挙によって、独立派の民進党による統治がさらに4年、あるいは8年続く可能性がある。習近平氏は、台湾が自分の手から遠ざかりつつあると感じ始めたら、特に米国が台湾の軍事力とこの地域の自国軍を強化し続けるなら、攻撃を決断するかもしれない。
しかし、背に腹は代えられぬという状況でなければ、習近平は軍事的冒険の失敗はリスクが高すぎると判断するだろう。これは、米国と台湾が賢く利用しなければならない好機である。
【後略】
このようにグレーザー氏は、ウクライナにおけるロシアの大失敗から、迅速かつ低コストで侵攻に成功しない場合の政治的リスクは非常に大きいこと、そして、アメリカが台湾を支援するという見通しの2点から、習近平主席は台湾を軍事侵攻しないという見通しを述べています。
2.王毅との会談
アメリカのバイデン大統領とブリンケン国務長官は、10月26~28日にかけてアメリカを訪問した中国外交トップの王毅・共産党中央政治局委員兼外交部長とそれぞれ会談を行いました。
ホワイトハウスが公表したバイデン大統領と王毅外相の会談要旨では、バイデン大統領は「米中両国は関係における競争を責任を持って管理し、オープンなコミュニケーションラインを維持する必要がある」と強調し、米中両国は協力して世界的な課題に対処していかなければならないと指摘したとしています。
また、26日から2日間にわたって会談を行ったブリンケン国務長官についても、会談要旨はホワイトハウスのそれとほぼ同様なものの、ブリンケン国務長官は、アメリカは自国や同盟・友好国の利益と価値観のためにあり続けると強調したとしています。
ロイターによると、バイデン大統領は、11月にサンフランシスコで開催するAPEC首脳会議の場で、習近平国家主席との対面会談を実現させたいとの意向があると見られ、その件も王毅外相との会談で議題にあがったとみられていますけれども、発表された会談要旨には言及されていません。
3.米中グランドバーゲン
米中対立が継続する中、王毅外相と会談を行ったブリンケン国務長官は会談冒頭で「これから2日間にわたって建設的な対話ができることをとても楽しみにしている」と語り、王毅外相も「中国と米国を健全で安定した関係に戻したい……中米関係には雑音が出るものだが気にしていない」と米国内の対中強硬派に影響されない姿勢を示すなど、なにやら友好ムードを醸し出しています。
これについて、地政学者の奥山真司氏は、ネット動画で、次のように解説しています。
・イスラエルですねガザの問題ですけどまあのアメリカが中東の紛争拡大阻止にするために中国の外相に協力をお願いしに行った
・会談はすでに終わったんですけど、戦う2人が何握手してんだと。
・今中東で色々あるから中国さん協力してよってことですね仲良くしてねとはいま仲良くしてこの辺のことはちょっと話し合いとして聞いてよという風にアメリカちょっと譲歩しに行った
・それはなぜかというと米軍拠点への攻撃に関わると見られるイランが念頭にあるって言ってんですよ。要するにイランが気になるから、すいません中国さん 協力してくれませんか中東の方でって言ってんですね
・僕はこの話聞いて、やっぱり来たかと、いわゆる グランドバーゲンの話だと思ったんですよ
・グランドバーゲンって何ですかと言うと、大国、覇権国が他の覇権国と取引する、色々事情があるから俺たち力持ってるものだけで小国とかのと関係なく でっかい取引しようぜていう話です
・アメリカと中国は中東のおかげで結ぶとはまではいかない思うが、なんかこういう取引みたいなものを今しようとしてるのかなっていうところは見えてきている
つまり、ウクライナとガザで二正面作戦を強いられているアメリカは、中東での戦線拡大を恐れ、中国に譲歩する「グランドバーゲン」をしようとしているのではないかというのですね。
果たして、そのグランドバーゲンの中味が何かは分かりませんけれども、今の情勢で中国がアメリカと取引するものといえば、台湾併合になる可能性は捨てきれません。つまり、武力侵攻なり他の方法で台湾を併合しても、アメリカは手を出さない、という取引です。ぶっちゃけていえば、台湾を見捨てる、あるいは日本に任せて知らんぷりする、ということです。
冒頭で取り上げたマーシャル財団のグレーザー氏の寄稿では、習近平主席は台湾攻撃しないとなっていますけれども、その2つの理由のうち1つは、アメリカの参戦です。
もし、米中間の「グランドバーゲン」で、アメリカは台湾を支援しない、なんてのがあったら、台湾攻撃しない理由の半分がいきなり消えることになります。
10月12日のエントリー「ハマスのイスラエル侵攻の黒幕」で、筆者は「ハマスのイスラエル侵攻の黒幕は習近平主席であり、その狙いは中東で紛争を起こすことで、中東の原油輸出を激減させ、アメリカの力を弱めた上で、台湾侵攻をしようと謀ったのだ」という見方を紹介しましたけれども、アメリカが台湾支援を放棄すれば、見事にその策略が当たることになります。
昨日のエントリーで、中国は台湾に対してハマスのテロ攻撃のやり方を検討しているとハマス自身が暴露したことを紹介しましたけれども、グランドバーゲンといい、ハマス型テロといい、中国は台湾侵攻するとしても馬鹿正直な単独軍事侵攻はせず、ありとあらゆる搦め手で攻めてくるものと思われます。
日本は諜報活動含め、いろんな形での有事対応を検討しておく必要があると思いますね。』
イスラエル・中国関係の発展と対米関係の緊張
池内 恵
https://www.jstage.jst.go.jp/article/merev/7/0/7_Vol.7_Rep07/_html/-char/ja
『2020 年 7 巻 p. 29-33
トランプ政権はイスラエル政府に揺らぎのない支援を示してきた。ただ一点、中国のイスラエル経済への増大する影響を除いてはこの限りではない。中国企業はイスラエルの戦略的なインフラに投資してきた。海運から電力、公共交通まで。そして中国企業は最先端技術のスタートアップの株を百万ドル単位で買い上げてきた。イスラエルは世界第二位の規模を持つ中国経済へのアクセスに機会を見出しているが、米国は主要敵である中国が安全保障上の脅威と見ている。1
上記は米国の公共放送ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の2019年9月11日に放送した特集「イスラエル・米国関係に中国という棘が育ちつつある」の冒頭の一文である。これはこの時点でのイスラエルの対米関係の、重要な一つの側面を表現している。
2019年から2020年にかけて、中東においてグローバルな国際政治の文脈で緊迫性を増したのが、イスラエル・中国関係である。イスラエルは2000年代以降、中国との経済関係を急速に深めてきた。しかしこれが経済関係にとどまらず、安全保障に関わる領域にも及びつつあるという認識が、特に米国内で広まり、イスラエルに対中関係の再考を促す論調が高まり、イスラエルは対応を迫られた。
トランプ政権の1期目を通じて激化した米中対立は、英国や豪州、あるいは日本等の米国の同盟国や、インド等の米との戦略的なパートナーシップを結ぶ各国に、中国との関係の再検討を迫っており、その反応・判断も様々である。イスラエルの場合は、米中対立の核心となる科学技術開発の知的所有権、特にサイバー・セキュリティ技術などの分野において、国際的な先端性や優位性を確保している点に特殊性があり、5Gに代表される米国と中国との対立・緊張に伴って、イスラエルの対中関係が殊更に問題視され政治外交・安全保障上の課題となりかねない事情がある。イスラエルの軍や諜報機関とそれに関連して発展した研究機関や民間企業は、サイバー・テクノロジーを中心にした、安全保障やインテリジェンスに関わる技術的な競争において枢要な意味を持つ先端的な技術を開発・保有していると考えられており、イスラエル・中国関係の発展が、米・イスラエル関係の維持を阻害しかねない地点に近づいているという認識が、2019年−2020年にかけて広範に広まり、議論の的となった。
2019年10月に、イスラエルは米国側からの高まる懸念の声にある程度応える、限定的な対応をしたものの、問題の根は残っており、今後のイスラエル・中国関係の進展次第では、再びイスラエル・米国関係の懸案事項として再浮上する可能性は高い。その兆しは2020年2月時点でも見えている。2020年の後半以降に、この問題に関するより具体的な政治的・外交的な動きが生じて来る可能性があるが、それに備えて、これまでの経緯と現状認識を整理しておこう。本稿では2019−2020年初頭の段階までのイスラエル・中国関係の進展を概観しつつ、それが米・イスラエル関係において問題視される経緯と、表面化した政治・安全保障上の課題についてまとめておく。
1. イスラエル・中国関係の発展
イスラエル建国以来の、中国との関係は、「表」と「裏」の二面的関係を抱えたものだった。中国は1947年の国連総会でのパレスチナ分割決議を棄権し、冷戦時代を通じて、表向きはパレスチナ支持の姿勢を保ってきた。イスラエルは中華人民共和国を1950年に承認したものの、イスラエルと中国の国交が樹立されたのは冷戦後の1992年である。
しかし冷戦時代にもイスラエルと中国は、水面下で非公式に戦略的な協力関係を形成していた。特にイスラエルは対中武器輸出を盛んに行い、中国にとってロシアに次ぐ武器供給国とみなされてきた。冷戦後にイスラエル・中国関係が公式化された後に、イスラエルの対中武器輸出は米国CIAによって暴露され2、継続的に批判・警告がなされた3。2000年に中国の早期警戒管制機にイスラエル製レーダーの「ファルコン」を搭載する計画が米国の反対によって潰えた等の摩擦が生じた後、2005年にイスラエルは対中武器輸出を取りやめたとされる。表面的・公的なものとは異なる、水面下での関係を併存させてきたイスラエル・中国関係の二面性・不透明さが、現在のイスラエル・米国関係の中国をめぐる緊張にも影を落としていると言えよう。
イスラエル・中国間で、武器取引への風当たりの強まりと、その最終的な取りやめと並行して加速的に増大していったのが民生部門での貿易や投資である。2000年4月の江沢民国家主席のイスラエル訪問をメルクマールとして、貿易および科学技術開発や教育の分野での協力が進んだ。2013年に国家主席に就任した習近平による「一帯一路」政策の唱導の中で、中東・東地中海地域において地理的・戦略的に重要な地点に位置し、国内政治の安定性と、何よりも先端科学技術の欧米並みかそれ以上の先進性を有するイスラエルに、中国は重点的に進出を進めてきた4。
中国のイスラエルへの経済進出で目立つのは、一方で港湾や鉄道などのインフラ事業の受注であり、他方でイスラエルが得意とするハイテク部門のスタートアップへの投資、また研究開発への関与である5。
イスラエルの主要な港であるハイファ港の25年間に及ぶ運営権を、2015年に上海国際港務集団(SIPG)が獲得しており、20億ドルを投じて埠頭の増設・拡張工事を行なった上で、2021年から運営を開始する見通しである。中国はイスラエル南部のアシュドード港やテルアビブのライトレール網整備計画にも関与しており、イスラエルのインフラ整備事業に深く組み込まれている。
イスラエルにとって、中国企業は公共インフラの建設事業において、相対的に「安く早く」一定の水準の質を満たす実績を有していると共に、外国人労働者を多く導入する外国企業であるがゆえにイスラエルの厳しい労働法制の規制を逃れうることも発注者にとっての利点とされる6。
2. 米国の懸念
しかしハイファ港には米海軍第6艦隊が補給のために寄港しており、米側では中国がこれを拠点に軍事機密を収集することへの懸念が持ち上がっているとされる。そして、中国によるイスラエルのサイバー技術をはじめとした先端技術企業への投資、二国間協力関係の構築は、しばしば軍民両用(Dual Use)の技術に関わるものであり、それが中国の軍事力強化につながることだけでなく、中国を通じてイランに再輸出されることも含めて、米側で警戒が高まった。
また、これらの懸案事項が政治・外交問題化するのは、イスラエルが米中貿易戦争の間隙をついて対中貿易や投資の呼び込みで「漁夫の利」を得ている7、すなわち米側からは同盟国イスラエルのいわば「裏切り」に見えるという点があるだろう。
米国の懸念は2018 年には公に口にされることが多くなった。例えば『ハアレツ』(英語・電子版)は2018年9月17日にハイファ港を中国企業が運営するならば米海軍第6艦隊の寄港を取りやめる可能性があるとの報道がなされ8、他紙も追随した9。英『エコノミスト』の2018年10月11日付の報道は、この問題を広く一般に知らせるものとなった10。2018年10月の王岐山国家副主席のイスラエル訪問は、イスラエル・中国の関係強化をより一層印象づけ、米側のより明確な反応を触発するものであったと考えられる。
2019年を通じて、イスラエルのインフラ事業への中国企業の進出が持つ米の安全保障上の脅威と、イスラエル企業の軍民両用技術の対中輸出に関する米国の懸念は、米高官によって表明されるようになった。1月7日にはボルトン安全保障問題大統領補佐官がネタニヤフ首相に中国の対イスラエル・インフラ投資に懸念を表明し、ZTE(中興通訊:中国・深圳市に本社を置く通信設備・通信端末の開発・生産会社)やファーウェイの電子機器の導入について警告を発した11のに始まり、3月21日にはポンペオ国務長官がイスラエル訪問の際に、記者に対して「諜報情報共有を差し止める可能性がある」と述べていたとされる12。3月25日のネタニヤフ首相の訪米とトランプ大統領との会談では、この問題でトランプ大統領が直接警告を発したとされる13。6月には米上院軍事委員会が可決した国防授権法にも、ハイファ港の運営への中国の関与が、米海軍のハイファ寄港に安全保障上の懸念をもたらすという認識が盛り込まれた14。
米有力メディアもこの問題を取り上げ、米・イスラエル関係の潜在的な危機として報じた15。「イスラエルは中国と米国のいずれかをすぐに選ばなければならなくなる」といったセンセーショナルな見出しの報道も米有力メディアによって行われた16。
これらの警告を通じた米側のイスラエルへの具体的な要求は、中国の対イスラエル投資を監視し、適格性を判断する機構の設立であった。これは当初から、米国のCFIUS (Committee on Foreign Investment in the United States: CFIUS)に相当するものとみなされてきた。
3. イスラエルの対応
米国の政府及びメディアからの批判・懸念の表明は、イスラエルのメディアによって即座に伝えられ増幅され、イスラエル内に議論を巻きおこした。米国の政権及びメディアからの相次ぐ批判・要求に対して、イスラエル側では、米国との安全保障上の関係を損なわず、かつ中国との経済的関係を維持発展させていく、困難な両立を図る道が模索されてきた。
イスラエルの国家安全保障研究所(INSS)で対中関係を研究するオデド・エラン氏は、サイバー技術に関する知的所有権をめぐる競争や、港湾・鉄道など戦略的な重要性を持つインフラを中国が押さえることについて、米側の懸念に一定の根拠を認めつつも、中国のイスラエルへの経済進出に経済合理性を見出し、弁護する。また、中国の港湾運営事業への進出に対する米側の軍事的な脅威認識の高まりについては、ギリシアやスペイン等でも同様に行われているものをイスラエルについてのみ批判することに疑義を呈し、背後に「中国嫌い」の感情があると示唆した17。これは含意として、米側に西欧とイスラエルで不平等な扱いがあるという認識の表明でもあるだろう。
米国の要求する、中国の投資や戦略的インフラへの関与を監視し規制する機構の設立は難航し、2019年の大半を費やした。
米国との外交・安全保障上の関係悪化を恐れる国家安全保障会議や外務省と、中国との経済関係の強化を重視する財務省などに見解の相違があり、7月には、設立される機構の権限が不十分であるとして、閣議決定が寸前で流れたとされる18。8月には対中関係を巡って米との関係の悪化を危惧する外務省の見解も報じられた19。
結局、イスラエル政府は2019年10月30日に、中国を特定せず、形式上はすべての国を対象とした、外国企業によるハイテク分野などへの投資の可否を審査する諮問委員会を設置すると発表した20。諮問委員会は通信、インフラ、運輸、金融、エネルギー分野等の安全保障上の観点から戦略性を持つ分野への外国投資を審査するものであるが、財務省が主導し、国防、外務、国家安全保障委員会等が出席するという折衷的なものである。委員会の権限は審査の上で「助言する」というもので、必ずしも強くない21。この諮問委員会の実効性については今後検証され、再度米側の批判が出て来る可能性もある。12月には、イスラエル・中国間で新たな貿易協定が協議されているという報道もあり、イスラエルの対中接近を米国が問題視する場面は近い将来に生じうる22。
(2020年3月15日脱稿)
東京大学先端科学技術研究センター 池内恵
本文の注
1 “There’s A Growing Sore Spot in Israeli-U.S. Relations: China,” NPR, September 11, 2019. https://www.npr.org/2019/09/11/757290503/theres-a-growing-sore-spot-in-israeli-u-s-relations-china
2 Michael R. Gordon, “Israel Selling China Military Technology, C.I.A. Chief Asserts,” The New York Times, October. 12, 1993.https://www.nytimes.com/1993/10/12/world/israel-selling-china-military-technology-cia-chief-asserts.html
3 Duncan Clarke, “Israel’s Unauthorized Arms Transfers,” Foreign Policy, No. 99 (Summer, 1995), pp. 89-109. https://www.jstor.org/stable/1149008
4 Yoram Evron, “The Economic Dimension of China–Israel Relations: Political Implications, Roles and Limitations,” Israel Affairs, Volume 23, Issue 5, 2017, pp. 828-847.
5 Dubi Ben-Gedalyahu, “China to Be Israel’s Biggest Infrastructure Partner,” Globes, April 29, 2015. https://en.globes.co.il/en/article-china-becoming-israels-biggest-infrastructure-partner-1001031690
6 Shira Efron, Howard J. Shatz, Arthur Chan, Emily Haskel, Lyle J. Morris and Andrew Scobell, The Evolving Israel China Relationship, RAND, 2019.https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR2641.html Mercy A. Kuo, “Israel Balancing US-China Relations: Geostrategic Context: Insights from Shira Efron,” The Diplomat, April 16, 2019. https://thediplomat.com/2019/04/israel-balancing-us-china-relations-geostrategic-context/
7 “How Israel and its Hi-tech Industry Are Winning the US-China Trade War: The Ongoing Trade War between the US and China Is Hurting the World’s Two Largest Economies,” The Jerusalem Post, May 13, 2019. https://www.jpost.com/Opinion/How-Israel-and-its-hi-tech-industry-are-winning-the-US-China-trade-war-589611
8 “Israel Is Giving China the Keys to Its Largest Port – and the U.S. Navy May Abandon Israel,” Haaretz, September 17, 2018. https://www.haaretz.com/us-news/.premium-israel-is-giving-china-the-keys-to-its-largest-port-and-the-u-s-navy-may-abandon-israel-1.6470527
9 “U.S. Navy May Stop Docking in Haifa After Chinese Take Over Port,” The Jerusalem Post, December 15, 2018. https://www.jpost.com/Israel-News/US-Navy-may-stop-docking-in-Haifa-after-Chinese-take-over-port-574414
10 “Too open for business? Israel’s ties with China are raising security concerns: Oversight is not keeping up with the pace of commerce,” The Economist, October 11, 2018. https://www.economist.com/middle-east-and-africa/2018/10/11/israels-ties-with-china-are-raising-security-concerns
11 “U.S., Israel Air Concerns over China Telecom Companies: U.S. Official, Reuters, January 10, 2019. https://www.reuters.com/article/us-usa-israel-china/u-s-israel-air-concerns-over-china-telecom-companies-u-s-official-idUSKCN1P32JQ
12 “U.S. may sever ties with Israel over relations with China,” TV7 Israel News, March 22, 2019. https://www.tv7israelnews.com/u-s-may-sever-ties-with-israel-over-relations-with-china/
13 “With Its National Security at Stake, Israel Takes Sides in U.S.-China Trade War,” Haaretz, May 26, 2019. https://www.haaretz.com/us-news/.premium-u-s-china-trade-war-israel-takes-sides-national-security-1.7280881
14 “U.S. Senate Warns Israel Over Deepening Ties With China, Citing ‘Serious Security Concerns’,” Haaretz, June 14, 2019. https://www.haaretz.com/us-news/.premium-u-s-senate-condemns-deepening-israel-china-ties-cites-serious-security-concerns-1.7368680
15 William A. Galston, “What’s Beijing Doing in Haifa? Chinese Investment Across the Holy Land Threatens the U.S.-Israel Relationship,” The Wall Street Journal, May 28, 2019. https://www.wsj.com/articles/whats-beijing-doing-in-haifa-11559085122
16 Jake Novak, “Israel Will Soon Have to Choose Between China and the US,” CNBC, August 29, 2019. https://www.cnbc.com/2019/08/29/israel-will-soon-have-to-choose-between-china-and-the-us.html
17 Oded Eran, “Why China Phobia Is Not a Strategy for Israel: There Are Economic Reasons for a Superpower like China to Employ Mammoth Firms for Taking Over Ports, Railways or Electricity Power Stations and Grids,” The Jerusalem Post, February 8, 2019. https://www.jpost.com/Opinion/China-phobia-is-not-a-strategy-580075
18 “Israeli Government at Odds over Inspecting Chinese Ventures,” The Times of Israel, July 14, 2019. https://www.timesofisrael.com/us-senate-warns-israel-against-letting-china-run-haifa-port/
19 “Foreign Ministry said to warn of clash with US unless China investments curbed,” The Times of Israel, August 6, 2019. https://www.timesofisrael.com/foreign-ministry-said-to-warn-of-clash-with-us-unless-china-investments-curbed/
20 「イスラエル、外資監視の諮問委設置 中国の軍事転用警戒」『日本経済新聞』2019年10月31日 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51643770R31C19A0FF1000/
21 “Israel Panel to Monitor Chinese Investments Following U.S. Pressure,” Haaretz, October 30, 2019. https://www.haaretz.com/israel-news/.premium-israel-to-form-committee-to-monitor-chinese-investments-following-u-s-pressure-1.8058754
22 “Caught in Trump’s Trade Crossfire, Israel Chases China Deal,” Bloomberg, December 23, 2019. https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-12-23/caught-in-trump-s-trade-crossfire-israel-chases-deal-with-china Daniel J. Samet, “Can China Replace the United States in Israel?: Talk of New Chinese-Israeli Trade Deals Points to More Complicated Relationships with Washington to Come, Foreign Policy, February 3, 2020. https://foreignpolicy.com/2020/02/03/can-china-replace-the-united-states-in-israel/
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制作・登載者 昭和情報プロセス株式会社 』
中国の検索システム「百度(バイドゥ)」地図から、イスラエルの国名が消える
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/32760555.html
『中国では、Googleなどの海外のサービスが利用できないので、全てのサービスの国内企業版があります。検索サービスも「百度」というGoogleに相当するサービスがあり、地図も提供しています。この地図上でイスラエルを検索すると、地図上にイスラエルの国境は表示されますが、国名だけ表示されません。エルサレムなどの都市は表示されるので、国名だけ抜けた形で地図が表示されます。検索はできるので、完全にイスラエルの情報が削除されたわけではなく、地図に国名が表示されないだけですね。
これが中国共産党の意図を反映したものなのかどうかは不明ですが、百度のアナウンスでは、意図的に地図からイスラエルの国名を削除したわけではないとの事です。中国の地図というのは、政治そのものなので、共産党の様々なフィルターが反映されます。その為、考慮しないといけないタブーが、明文化されているもの、暗黙的に決まっているものが多数あり、普通にヒューマン・エラーが入りやすいらしいですが、今の時期にイスラエルの国名だけ消えるというのは、なかなかミステリーです。
ハマスと中国の直接の関係というのは、確たる情報が無いのですが、実は次のような話があります。
———- 引用開始 ———-
17日、イスラエル国防軍がハマスの組織図を公開し、軍事部門のトップがムハンマド・ダイフ氏であることを明らかにしました。個人メディア「路徳社(ルードメディア)」によると、ダイフ氏はパレスチナ人の代表機関「パレスチナ解放機構」の元メンバーで、1996年にムサフという偽名で石家荘軍械工程学院に送り込まれました。その後2人の中国人妻と結婚し、2000年にパレスチナに戻ったといいます。しかし、ダイフ氏の本当の正体は中国共産党(中共)中央対外連絡部の秘密工作員であり、2019年以降は中央対外連絡部を通さず、中共指導者から直接命令を受けるようになったと言われています。ただ、私たちは情報の真偽を確認できていません。香港でメディア・パーソナリティを務める程翔氏の分析によれば、米国にいるハマスの支持者が中共の旗を振り、ハマスがガザで中共のトンネル戦やゲリラ戦の戦略・戦術を採用したこと、中共のシンクタンク「崑崙策」がハマスのことを公然と「代理人」と呼んだことなどから、ハマスの背後に中共の影があり、中共が今回の戦争を裏で操っている可能性は否定できないと話しています。
———- 引用終了 ———–
ソースが信用に足るものではないので、このまま信じるのは危険ですが、ムハンマド・ダイフ氏は、イスラエルが暗殺の標的にしている実在する人物です。なかなか表に出てこない謎の人物ともされていて、ハマス側が「アルアクサの洪水」と呼んでいる、今回の越境攻撃の首謀者と言われています。実動隊であるハマスの兵隊は、イランの精鋭部隊から訓練を受けたとされていますが、いわゆる作戦指揮をする参謀格が中国で学んだという話は、ある程度の信憑性があります。
表面では中立を装っていますが、中国がハマス・ヒズボラ・イラン・シリア側を援助しているのは、ほぼ確実と見られるので、先日発表した中国の領土地図で、外国との係争地を、公然と自分の領土に組み入れて国境線を引いた事もあり、地味に意図的に嫌がらせをしてきた可能性も捨てきれません。この地図では、マレーシア・フィリピン・インド・台湾、そしてロシアとの係争地が自国領として記されていています。ロシアは、ボリショイ・ウスリースキー島を含む係争地域を、長年の論争の末、2008年に中ロ間で分割された土地としていました。しかし、8月末に領土問題は解決済みとして、異議を申し立てない事にしたようです。領土問題より中国とのパートナーシップを優先させた結果です。
内政・外交で失敗続きの習近平氏としては、「領土拡張」でナショナリズムを煽って、国民の支持を得るしか手段が無いのですね。もう少しロシアが弱体化したら、歴史を遡って、清朝末期にロシアに割譲された極東部の返還なども、支援と引き換えに求める可能性があります。そして、台湾を狙う理由も、個人の業績として台湾併合を行わないと、自分の立場が危ういからですね。時間さえ経過すれば、問題無く管理下に入る予定だった、一国二制度の香港を、イギリスとの約束を違えて、無理矢理に本国のシステムに組み入れたのも、個人の業績として記録したかったからで、まさに政治だったわけです。
台湾と言えば、総統選挙が近いですが、ホンハイ(フォックスコン)の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏も、立候補を表明しています。ところが、彼が立候補すると、票が割れて、現在有利とされている中国国民党(国民党)の馬英九氏が落選する可能性が出てくるので、中国共産党が間接的に選挙妨害に入りました。ホンハイの工場は、従業員10万人以上の工場を、複数、中国国内で展開しているのですが、いきなり中国政府が税務調査に入ると発表しました。これを受けて、ホンハイの株は急落しています。これが何を意味するかと言えば、事実に関わらず、中国政府がホンハイに目を付けて、営業を妨害する事に決めたという事です。その原因は、郭台銘(テリー・ゴウ)氏が立候補したからです。つまり、「中国で無事に商売を続けたかったら、立候補を取りやめろ」という脅しです。
この郭台銘(テリー・ゴウ)氏は、一代でホンハイを築いたワンマン経営者で、すごくクセの強い人物です。自分が決めた事は、障害をものともせずに、やり通すという姿勢で事業を拡張してきたので、今のところ退く気は無いようです。というのは、ホンハイが中国の地方経済に占める割合は、支配的と言って良い程で、工場のあるところは、完全に企業城下町になっています。なので、中国も迂闊に手が出せないという読みがあると思います。
ト・コ・ロ・ガ、相手は習近平氏です。周囲に諫言できる部下のいないドリーミーな皇帝です。かつ、ホンハイの利権というのは、江沢民時代からの関係なので、習近平氏にとっては、政敵の利権の温床とも言えます。もし、そこで働く人民の事を、気にかけなければ、平気で経営危機に陥るくらいの事をやりかねません。まともな利害関係で判断すると、習近平氏の行動を見誤ります。自分の権力さえ守れれば、人民がどうなろうと気にしない人物だからです。かなりエゲツナイ行為で圧力をかけて、郭台銘(テリー・ゴウ)氏に立候補を取り下げさせると思われます。
このように、裏から手を回して、周囲の状況を動かす超限戦は、中国の得意とするところです。超限戦とは、中国の人民解放軍大佐によって提言された戦略研究書で、これからの戦争を、あらゆる手段で制約無く戦うものとして捉え、25種類にも及ぶ戦闘方法を提案し、通常戦、外交戦、国家テロ戦、諜報戦、金融戦、ネットワーク戦、法律戦、心理戦、メディア戦などを列挙しています。そして、このような戦争の原理として、全方向度、リアルタイム性、有限の目標、無限の手段、非均衡、最少の消耗、多次元の協力、全過程のコントロールと支配を挙げています。中国の気に食わない事をすると、すぐに禁輸などの経済報復を仕掛けてくるのは、この戦略に沿った行動です。
中国共産党の方針が、以上のようなものである以上、ハマスの司令官に指導していたという話も、与太話として片付けられないのですね。』
中国~キルギスタン~ウズベキスタンをつなげる「CKU鉄道」を新規に建設しようという話。
https://st2019.site/?p=21595
『Bakyt Torogeldi と Baktygul Chynybaeva 記者による2023-10-31記事。
中国~キルギスタン~ウズベキスタンをつなげる「CKU鉄道」を新規に建設しようという話。熱心なのはキルギスの大統領。しかし、途中にはトンネルが50、橋梁が90必要で、標高3000mのキルギスの山脈も超えねばならない。
げんざい、中共の商品は、カザフ~ロシア~ベラルーシ経由で西欧へ運ばれている。
その鉄道ルートからはずれているキルギスとウズベキスタンは、通過料収益にあずかれないので、損した気分だ。だから新線を欲するのである。
総延長454kmのうち、キルギス領内は280kmである。
この夏まで、キルギス政府は540万ドルを使って路線の調査をした。結果、このプロジェクトの総工費は47億ドルかかると出た。
2021年においてすでにキルギス政府の負債はGDPの6割に達している。キルギス政府の総負債額のうちの4割は、中共からの借金である。
中共のカネは、発電所や送電線や道路の建設にも使われているが、どこでもキルギスの腐敗役人が資金を中抜きしていて、評判が悪い。
中共としてはすでにキルギスは乗っ取ったも同然だから、これ以上、貸し込むことに意義を認めていない。
しょうがないのでキルギス大統領は、他の国々を回って投資を呼びかけているのである。
CKU鉄道のウズベク内区間は100kmなので、そのくらいの費用はウズベキスタン政府はいつでも分担できる。問題は、キルギス区間なのだ。長さだけでなく、標高が2000m以上と、高すぎる。』
政治局常務委員が総出で、「最高財務会議」を開催していた。
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和五年(2023)11月1日(水曜日)
通巻第7983号
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政治局常務委員が総出で、「最高財務会議」を開催していた。
虚しく謳われた『質の高い金融』って何だ?
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10月30日、31日、国際的には「香山フォーラム」開催中で、ちょうど同じ時期に中国共産党は政治局常務委員七名が総出で、「最高財務会議」を開催していた。
テーマは「監督強化、質の高い発展確保」だった。
この「中央金融工作会議」は、「金融監督を包括的に強化し、金融システムを改善し、金融サービスを最適化し、リスクを予防・解決し、中国の特色ある金融発展の道を探り、『質の高い金融』の発展を促進する」と唱えた。
『質の高い金融』って何だ?
抽象的なリテラシーが並んだ。
「世界的な課題やリスクにもかかわらず、金融業界の安定的かつ健全な発展を確保する。金融は国家経済の生命線であり、国家の中核競争力の重要な要素である。『金融大国』の構築、金融監督の強化、金融システムの改善、金融サービスの最適化、リスクの防止」などの言葉が飛び交った。
いま中国が喫緊に必要とする改革案はなにも提示されず、また不動産デベロッパーの破産、ローンの支払い停止運動、碧桂園、恒大集団などへの抗議活動が続いているが、なすすべもなく警備強化に血道を上げるのみ。
さらには個人の預金をしらべあげ、「不動産を買え」と強制している。地方銀行は不良債権の山、社会融資総額はじつに7000兆円を越える。
外資は逃げた。
中国は米国債をおよそ5000億ドル、市場で売却した模様で、外貨準備は事実上、底をついている。中国関連企業は10月31日の株式市場で総崩れとなっており、たとえば村田製作所、オムロン、TOTOなどは業績を激減させた。
打つ手はない。
経済改革に挑んだ李克強ら共産主義青年団に冷や飯を食わせてきたツケがまわった。安徽省合肥の旧宅前に数万の花束が供えられた映像をみただけでも、中国の民衆が何を考えているかが分かるだろう。
◎□☆み□☆☆□や☆◎☆□ざ☆□△◎き◎□☆◎
胡耀邦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%A1%E8%80%80%E9%82%A6
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中華人民共和国の旗 中華人民共和国の政治家
胡耀邦
1986年
生年月日 1915年11月20日
出生地 中華民国の旗 中華民国 湖南省瀏陽県
没年月日 1989年4月15日(73歳没)
死没地 中華人民共和国の旗 中華人民共和国 北京市
出身校 中国人民抗日軍事政治大学卒(1937年)
所属政党 中国共産党
配偶者 李昭
宗教 無神論
中華人民共和国の旗 初代中国共産党中央委員会総書記
在任期間 1982年9月12日 – 1987年1月16日
国家主席 廃止
全国人民代表大会常務委員会委員長の葉剣英が国家元首の権限を代行
李先念
1982年憲法で国家主席のポストが復活
中華人民共和国の旗 第3代中国共産党中央委員会主席
在任期間 1981年6月29日 – 1982年9月12日
国家主席 廃止
全国人民代表大会常務委員会委員長の葉剣英が国家元首の権限を代行
中華人民共和国の旗 中国共産党中央書記処総書記
在任期間 1980年2月29日 – 1982年9月12日
国家主席 廃止
全国人民代表大会常務委員会委員長の葉剣英が国家元首の権限を代行
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胡耀邦
各種表記
繁体字: 胡耀邦
簡体字: 胡耀邦
拼音: Hú Yàobāng
和名表記: こ ようほう
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胡 耀邦(こ ようほう、フー・ヤオパン、1915年11月20日 – 1989年4月15日)は、中華人民共和国の政治家[1]。字は国光、国務院副総理、第3代中国共産党中央委員会主席・初代[注釈 1]中国共産党中央委員会総書記[1]。彼の死が後の六四天安門事件の引き金となった[2]。
総書記選出までの経歴
1949年の政治協商会議記念号掲載の写真
1933年、中国共産党に入党[1]。中華人民共和国の建国後は、中国共産主義青年団(共青団)第一書記、陝西省党委員会第一書記などを歴任したが、文化大革命が始まると1967年に実権派と批判されて失脚[1]。後に党主席となる華国鋒は、胡耀邦が湖南省党委に下放された時の部下だった。
文革後期の1972年に復活。鄧小平が2度目の復活を果たした1975年に中国科学院副秘書長となり[1]、鄧小平が打ち出した「全面整頓路線」(軍隊、地方の党・行政組織、工業、農業、商業、文化、科学技術の整頓・再建)を推進し、優秀な人材の抜擢や育成などを行う。翌1976年、周恩来追悼の第1次天安門事件が発生して鄧小平が再失脚すると、胡耀邦もともに失脚した[1]。しかし、1977年鄧小平の再復活にともない、党中央組織部長に就任し、建国以来、特に文化大革命中に冤罪で失脚した長老たちや右派分子と認定されていた者の名誉回復を行った[1]。1978年には、胡は党の理論研究の場である中央党校の副校長を兼任していたが、このとき南京大学の哲学の教授であった胡福明の論文「実践こそ真理を検証する唯一の基準である」に目をとめた[3]。この論文をもとに、華国鋒の拠り所となっていた「二つのすべて」を批判し、文革路線からの脱却を図る鄧小平を援護した[3]。同年12月の第11期3中全会において鄧小平の実権掌握に貢献し、同会議において胡耀邦は中央政治局委員に昇進し、党中央秘書長兼中央宣伝部長に抜擢された[4]。さらに1980年2月に開催された第11期5中全会において、中央政治局常務委員・党中央書記処総書記に就任した[1]。以後、鄧小平のもとで文革の清算と改革開放政策が進められる中、1980年9月、党主席・国務院総理(首相)だった華国鋒は、経済政策や文革への姿勢などを批判されて総理を辞任した(後継は趙紫陽)。さらに1981年の第11期6中全会で華国鋒は党主席をも解任され、胡耀邦が後継の党主席に就任した。鄧小平中央軍事委員会主席・胡耀邦総書記・趙紫陽首相によるトロイカ体制が確立され、この頃の胡耀邦は「天が落ちてきても胡耀邦と趙紫陽が支えてくれる」と鄧小平が語るほどの信任を受けていた。
党主席・総書記就任
1980年5月29日にチベット視察に訪れ、その惨憺たる有様に落涙したと言われ、ラサで共産党幹部らに対する演説にて、チベット政策の失敗を明確に表明して謝罪し、共産党にその責任があることを認め、ただちに政治犯たちを釈放させ、チベット語教育を解禁した。更にその2年後中国憲法に基づき、信教の自由を改めて保証した上で、僧院の再建事業に着手させ、外国人旅行者にもチベットを開放した。しかし、この政策は党幹部から激しく指弾され、胡耀邦の更迭後撤回された。
1982年9月の第12回党大会で党規約が改正され、党主席制が廃止されて総書記制が導入されると、胡耀邦は引き続き党のトップとして中央委員会総書記に就任し、改革開放路線と自由化路線を打ち出した。「4つの近代化」の具体的目標を、20年間で工業・農業の生産額を4倍にし、国民生活を「中程度」にすることした。また、この党大会にあわせて、胡耀邦は55歳以下の若手幹部の抜擢を行い、江沢民、李鵬、胡錦濤ら112名が中央委員、中央候補委員に選出された。この頃、胡啓立(政治局常務委員)ら、胡耀邦を中心とした共青団グループが改革派として活躍。第4代総書記の胡錦涛も胡耀邦に連なる共青団出身である。1986年5月には「百花斉放・百家争鳴」(双百)を再提唱して言論の自由化を推進した。
しかし、1985年5月10日、香港の雑誌『百姓』(庶民)記者陸鏗(英語版、中国語版)のインタビューで、自身が進歩派と表現されたことに反対せず、軍事委員会主席には用が無いと発言したため鄧小平の不興を買い、後に総書記を解任される一因となった。また同郷の先輩である王震を南轅北轍と言ったため、総書記就任後悪くなっていた関係は修復不可能になり、批判が激しさを増した。
胡耀邦と日中関係
1983年11月の訪日では昭和天皇と会見して天皇訪中を要請(当時交渉を担当したのは胡錦濤[5])、日中首脳会談では中曽根康弘首相が、中国側の提示した3原則に「相互信頼」を加えて4原則にしたいと述べ、民間有識者からなる『日中友好二一世紀委員会』の設立を提案し、胡はこれに賛同した[6]。他方胡は、日本の青年3000人を中国に1週間招待するプランを披露して日本側を驚かせた[6]。この『ニ一世紀委員会』は1984年に発足し、いわば「第2トラック」として日中間の問題の調整を行ってきた[6]。また、中曽根首相は胡とは「兄弟のように非常に親しい仲だった」と述懐している[7]。来日した際には中国の首脳として唯一広島の原爆ドームなどを視察している。
1986年に中曽根首相が訪中した際は、中国人青年を毎年500人ずつ招待することを提案し、胡耀邦プランに応えた[6]。胡耀邦時代は、日中国交正常化後、日中関係が最も良好な時期だった[8]。胡耀邦の親日政策が一つの要素だったと考えられる。胡は1985年の靖国参拝問題でもかなり柔軟に対応し、1986年の第2次教科書問題でも抑制した態度をとった[8]。日本の軍事力増強についても歓迎すらしていた[9]。また、中曽根首相は韓国の全斗煥大統領が来日の際に提案していた中韓の国交樹立とソウルオリンピックなどのスポーツ交流、またはLT貿易事務所や通商代表部の設置をすれば日本としても中国の同盟国である北朝鮮との貿易を行う用意があると伝えた[10][11][12]。同年9月に韓国で開催された1986年アジア競技大会への中国の参加は実現するも、この時点で胡は韓国の対中姿勢を評価しつつ日朝貿易や中韓国交正常化の提案に否定的だった[12]。さらに胡は「年寄りを引退させる」と中曽根に述べており[13]、これらの世代交代の人事案や「対日接近」が、後の胡耀邦の「辞任」の引き金の一つになったと言われる[13][8]。
失脚
胡耀邦の政治改革は、保守派の巻き返しにあい、1986年9月の第13期6中全会で棚上げされた。逆に同会議において保守派主導の「精神文明決議」が採択され[14]、胡は保守派、八大元老(長老グループ)らの批判の矢面にさらされた。1986年12月5日安徽省合肥市にある中国科学技術大学の学生によって、全国学生デモの口火が切られた[15]。直接の原因は市の人民代表の選挙にあたっての学生代表の取り扱いについてであった[15]。デモはたちまち北京、上海など全国に波及した[15]。方励之、劉賓雁、王若望らの党員知識人が学生デモを積極的に支持した[15]。鄧小平はこうした事態に12月30日、胡耀邦、趙紫陽、万里、李鵬らを集めて学生デモに対して怒りを爆発させた[15]。
鄧小平は第13回党大会で中央顧問委員会主任を引退し、胡耀邦に後を継がせて世代交代を図ろうとしていたが、顧問委員会が主催した民主生活会で胡耀邦は保守派、改革派を問わず延々と批判され、ついに1987年1月16日の政治局拡大会議で胡耀邦は総書記を解任された。この会議には陳雲ら党長老が出席し、全会一致で胡耀邦の解任と趙紫陽が総書記代理に就任することが決まった。罪状は集団指導原則に対する違反と政治原則問題での誤り、つまり「ブルジョワ自由化」に寛容だったためとされた[1]。11月には胡耀邦の後任として趙紫陽が総書記に正式に選出された。
失脚後の胡耀邦は政治局常務委員に留まり、党内改革を呼びかけたが、1987年11月の中共13期1中全会で政治局員に降格となった[16]。
胡の死去と第2次天安門事件
1989年4月8日の政治局会議で熱弁を振るった直後、心筋梗塞のため倒れ、一旦は意識を取り戻したものの2回目の発作を起こし、4月15日に死去した[17]。その後、胡耀邦追悼と民主化を叫ぶ学生デモは激化していった[17]。五・四運動の70周年記念日にあたる5月4日には北京の学生・市民10万人がデモと集会を行い、第2次天安門事件へと発展した。ここで趙紫陽総書記も学生運動に同情的な発言を行ったことで、鄧小平ら長老の鎮圧路線を妨害するものとされて失脚した。
胡耀邦は人民服ではなくて西側の背広を真っ先に着込み、フォークとナイフを使う、合理的なことは何でも取り入れる開明的な指導者であったが、それが長老左派の批判を受け、失脚につながった[17]。
胡耀邦の墓は中国首脳の指定墓地である北京・八宝山公墓ではなく、江西省の共青城にある[17]。ここは1950年代初期、中国共産主義青年団(共青団)メンバーが開墾に参加し、その後胡も3度訪問したことから、共青城市という新たな市ができた[17]。そして李昭夫人の希望により、胡の墓がここに建てられた[17]。
2005年11月18日、党中央は胡耀邦生誕90周年の座談会を開き、温家宝、曽慶紅、呉官正らが出席した。当初は胡錦濤総書記が出席し発言する予定だったが、江沢民元総書記の反対により出席は見送られた。ロイター通信によれば、温家宝も「もし胡耀邦を記念するなら、趙紫陽はどうするのか、六四(第2次天安門事件)はどうするのか」と発言したという。
温家宝首相は、第2次天安門事件のきっかけにもなった胡耀邦を「師」と仰いでいる。2010年4月15日、温家宝は人民日報に胡耀邦を偲ぶ回想記を発表した。「胡氏が現場の状況を理解しようとしていたことは明白であり、『(指導者は)民衆の苦しみを子細に観察し、直接の資料を把握しなければならない』という胡氏の言葉が耳に残る」「清廉潔白で親しみやすかった姿が今でも懐かしさとともに思い浮かぶ」とした。温家宝は胡耀邦の死去の際に、入院先に真っ先に駆けつけたという。また、温家宝は毎年旧正月の時期になると胡耀邦の居宅を訪問し、胡耀邦の肖像画を見ることで仕事の原動力になる、と語った[18]。
『大地の子』と胡耀邦
ベストセラー『大地の子』の著者の山崎豊子は、胡と親交があった[19]。執筆の際の中国での取材にあたり全面的な協力を得たほか、3度も中南海の公邸に招かれた[19]。山崎の著書『「大地の子」と私』によると、最初の招待は1984年11月29日である[19]。当時の中江要介駐中国日本大使も同席した[19]。2回目の招待は1985年12月8日で、党中央書記処のある勤政殿で行われた[20]。3回目は1986年10月2日で、このときも勤政殿である[20]。このとき胡は、山崎に「今度はもうお会いすることはないでしょう」と早くも、自らの運命を予告するような発言を行っている[20]。胡が総書記の地位を追われる3カ月前である[20]。
生誕100周年と再評価への動き
湖南省柳陽市にある胡耀邦像
中国共産党は2015年11月20日、胡の生誕100周年の記念座談会を北京・人民大会堂で開き、習近平党総書記ら党最高指導部の政治局常務委員が全員出席した[2]。胡の死が天安門事件の伏線となっただけに、「胡氏の評価は、鄧小平氏の否定につながる敏感な問題」(北京大学の政治学者)と言われ、その歴史的位置づけに党は腐心してきた[2]。江沢民党総書記の時代は党中央は追悼行事をしなかった[2]。また前述のように、胡錦濤党総書記時代は、生誕90周年にあたり、座談会に政治局常務委員が3人のみ出席しただけで、胡錦濤総書記は、座談会に欠席した[2]。これに対し、習指導部は盛大に追悼行事を行い、演説で胡を「偉大な革命家で政治家」と讃え、庶民に心を砕き、実務的な政治姿勢を崩さず、清廉さを保った胡に学ぶべきだと述べた[2]。また、胡の著述をまとめた「胡耀邦文選」の出版も認めた[2]。しかし、習総書記の演説では民主化問題には触れなかった[2]。政治改革を巡る議論には踏み込まず、中国の発展に力を注いだ胡の「理想」を強調することで、党内の融和と団結を訴えた[2]。ただし、中国中央電視台の胡耀邦生誕100年記念番組中、1982年9月14日付けの胡の共産党総書記就任を伝える党機関紙・人民日報の1面を映したが、その紙面にあった趙紫陽の写真が外されていたことが朝日新聞で報じられた[21]。人民日報にあった本来の紙面では、胡耀邦、葉剣英、鄧小平と並んでいた趙首相の写真が、序列5位の李先念国家主席の写真に差し替えられていた[21]。第2次天安門事件をタブー視する姿勢に変化がないことを示すものである[21]。
発言
1979年2月に胡は「もし中国人民が我々中国共産党の歴史の真相を知ったならば、人民は必ず立ち上がり我々の政府を転覆させるだろう」とのスピーチをしている。中国共産党の表の党史には語られていない裏事実があることを遠藤誉は語っている[22]。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 1982年の総書記制導入以降。陳独秀を初代総書記とした場合は第5代となる。
出典
^ a b c d e f g h i 「who’s who」(2013年)423ページ
^ a b c d e f g h i 朝日新聞(2015年11月21日朝刊)11面「生誕100年 習主席『偉大な革命家』胡耀邦氏を再評価 民主化問題触れず」
^ a b 田畑(1995年)58ページ
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^ a b c 朝日新聞(2015年11月24日朝刊)8面「中国国営テレビ趙氏の写真外す 胡耀邦氏生誕100年番組」
^ https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20170608-00071879
参考文献
高橋博・21世紀中国総研編著『中国最高指導者who’s who(2013年-2018年)』(2013年)蒼蒼社
田畑光永著『鄧小平の遺産-離心・流動の中国-』(1995年)岩波新書
毛里和子著『日中関係 戦後から新時代へ』(2006年)岩波新書
高原明生・前田宏子著『シリーズ中国現代史5 開発主義の時代へ1972-2014』(2014年)岩波新書(改革開放をめぐる攻防、執筆担当;前田宏子)
稲垣清著『中南海 知られざる中国の中枢』(2015年)岩波新書
関連項目
胡耀邦故居
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中国共産党
先代
主席制より移行
中央委員会総書記
1982年 – 1987年
次代
趙紫陽
先代
華国鋒
中央委員会主席
1981年 – 1982年
次代
総書記制に移行
先代
鄧小平
中央書記処総書記
1980年 – 1982年
次代
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先代
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中央宣伝部長
1978年12月 – 1980年3月
次代
王任重
先代
郭玉峰
中央組織部長
1977年12月 – 1978年12月
次代
宋任窮
先代
張徳生
陝西省党委書記
1965年 – 1966年
次代
霍子廉
先代
馮文彬
中国共産主義青年団
中央書記処第一書記
1953年 – 1966年
次代
韓英
表話編歴
中国共産党中央委員会総書記
表話編歴
文化大革命 (1966 – 1976)
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カテゴリ: 胡耀邦中国共産党中央委員会総書記全国人民代表大会代表中国人民政治協商会議委員六四天安門事件の人物瀏陽市出身の人物客家人1915年生1989年没
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李克強の死と、天安門事件を招いた胡耀邦の死との違い
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/831523dea8b81f88ae7248eff3c4e829c27aeb3b
『李克強の死が、かつて天安門事件を招いた胡耀邦の死同様に、民主化運動につながるのではないかという憶測が日本では盛んに流れている。それを中国政府が恐れているという情報も、日本人の耳目には心地よいようだ。
本稿では、「李克強の習近平に対する相対的な党内序列は如何にして形成されたのか」に注目して、自分自身で判断できるようにファクトを確認したいと思う。
◆鄧小平が強引に失脚させた胡耀邦の死が招いた天安門事件
1989年6月4日の天安門事件は、鄧小平が一存で失脚させた胡耀邦が心臓発作で死去したことをきっかけに起きた。
鄧小平は1962年に、習近平の父・習仲勲を冤罪により失脚させ、16年間に及ぶ牢獄生活に追い込んだが、毛沢東死去後に毛沢東の遺言により中国のトップに立った華国鋒を、さまざまな陰謀をめぐらせて失脚させ、1982年に自分の言いなりになる胡耀邦を後釜(中共中央総書記)にすえた。
習仲勲の冤罪も華国鋒の失脚も、陳雲という仲間とともに実行している(詳細は『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』)。
しかし、自分が推薦した胡耀邦が気に入らなくなると、その後はほとんど鄧小平一人の一存で中国のトップを決め、1987年1月にお気に入りのはずだった胡耀邦を強引に失脚させた。その代りに別の自分の言いなりになる趙紫陽を、これも強引に(趙紫陽は同じ目に遭うので嫌がったが、それを無視して)総書記の座に据えた。
ところが1989年4月15日に胡耀邦が心臓発作で死去すると、胡耀邦追悼と民主化を叫ぶ学生デモが激しくなり、6月4日の天安門事件へと発展した。
趙紫陽の予想通り、今度は天安門事件における趙紫陽の態度が気に入らず、鄧小平は趙紫陽を失脚させて終身軟禁生活を送らせている。
総書記がいなくなったので、これもほぼ一存で江沢民を総書記に据えた。
◆鄧小平の一存で決めた胡錦涛政権に不満を持った江沢民
実は「鄧小平の一存」は、それに留まらなかった。
1989年に江沢民を中共中央総書記と中央軍事員会主席に指名したが、「国家主席」は国務院系列の規則に従わなければならない。すなわち全人代の規則に従うということになる。それには1993年まで待たなければならない。
そこで、前年の1992年に鄧小平は、江沢民の次に国家のトップになる人物を、ほぼ「鄧小平個人の意思一つ」で決めてしまうのである。
「江沢民の次は胡錦濤がやれ」、と、その次の国家の指導者を決めてしまったのだ。ここまで横暴な指導者は、中華人民共和国誕生以降、存在したことがない。これに比べれば、毛沢東は「遠慮深かった」とさえ言えるほどだ。
ところが、天安門事件のお陰で、いきなり「中共中央総書記と中央軍事委員会と国家主席(1993年)」の身分を全てもらってしまった江沢民は、その味をしめてしまい、胡錦涛に政権を譲りたくなかった。軍を通した底なしの腐敗ネットワークを形成しているので、それを手放すのも怖い。
そこで中央軍事委員会主席の座だけは譲らないとして、胡錦涛政権に入ってからも、2年間も軍のトップに立ち続ける。しかし、党内にさえ反対者が多く出てきたので、いやいやながら2005年になってようやく軍のトップから降りた。
それでも腹が立ってならない。
そこで何とか胡錦涛を政権トップから引きずり降ろそうと秘かに企み、上海市の書記を務めていた子飼いの陳良宇に指示してクーデターを起こそうとしていた。
一方、胡錦涛は共青団でつながりのあった韓正に上海市副書記と市長を兼務するよう命じて監督させていたので、陳良宇を使った江沢民の企てが胡錦涛の耳に入ることに相成ったわけだ。そこで胡錦涛は2006年9月24日に陳良宇を汚職により逮捕してしまうのである。その時のスリリングな話の詳細は拙著『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で書いた。胡錦涛としては一世一代の見事な素早さだったと言っていいだろう。
折しも、2007の第17回党大会が開かれようとしていた。
しばらくの間、韓正に上海市書記代理をさせていたが、韓正は1990年代初期に上海市共青団書記を務めていたために、胡錦濤系列とつながっている。江沢民としては面白くない。江沢民の大番頭として知られ、かつて1980年代初期に習近平から「兄貴」として慕われていた曽慶紅が仲介して、習近平を上海市の書記に迎えることになった。
◆李克強と、習近平との序列を決定してしまった2007年党大会
――胡錦涛政権における江沢民と胡錦涛との激しい権力闘争
江沢民は2003年3月から始まる胡錦涛政権を、あくまでも自分の手中に掌握しておくために、2002年11月の第16回党大会で、中共中央政治局常務委員に数多くの江沢民派を送り込んだ。2007年に開催される第17回党大会においては、第16回党大会以上に、何が何でも胡錦涛を困らせてやるという強烈な執念に燃えていた。
李克強は胡錦濤の愛弟子で、2007年前半までは次の中共中央総書記・国家主席になるだろうと目されていた。
しかし自分の最も大切な駒であった陳良宇を逮捕された江沢民は、猛然と胡錦涛に対する復讐心を燃やすのである。
そして次の駒として使ったのが習近平だ。
10月29日のコラム<李克強は習近平のライバルではない>に書いたように、筆者は胡錦涛政権時代の中共中央政治局常務委員9人に「チャイナ・ナイン」という名前を付けたが、チャイナ・ナインのほとんどは江沢民派閥で構成されていたので、江沢民が推薦した者が次期チャイナ・ナインに入り、序列も江沢民の意見が圧倒的強さで通る。
こうして2007年の第17回党大会では習近平が党内序列6位で入り、李克強は第7位で滑り込むことになった。
この瞬間に、こんにちの全てが決まったと言っても過言ではない。
そして翌2008年3月の全人代で習近平が国家副主席、李克強が国務院副総理となったわけだ。
胡錦涛政権はこのように激しい「権力闘争」に明け暮れた10年だった。だから『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』では、その権力闘争の実態を執拗に追跡したが、習近平政権ではまったく事情が異なる。
中華人民共和国誕生以来、胡錦涛と習近平ほど、スムーズに政権をバトンタッチしたことはなかったと断言してもいいほど、二人のバトンタッチは友好的だった。
◆反腐敗運動はアメリカに潰されないための軍事力強化が目的
2012年11月8日に、胡錦涛は第18回党大会の初日に中共中央総書記として最後の演説をし、「腐敗を撲滅しなければ、党が滅び、国が亡ぶ」と言った。党大会閉幕後の一中全会(中共中央委員会第一回全体会議)で、中共中央総書記に選ばれた習近平は、胡錦涛と同じ言葉「腐敗を撲滅しなければ、党が滅び、国が亡ぶ」をくり返した。
胡錦涛政権時代には、どんなに胡錦涛が腐敗撲滅を実行しようとしても、腐敗を蔓延させたのが江沢民自身なので、チャイナ・ナインの多数決議決で否決され、実行できなかった。その無念さを胡錦涛は習近平に託し、習近平はそれを受けて反腐敗運動に徹した。このとき胡錦涛は習近平にある交換条件を出している。もし反腐敗運動を徹底してくれるなら、チャイナ・セブンには習近平にとって運営しやすい人を選んでいいと言ったのだ。だからチャイナ・セブン内での権力闘争はない。
ときは2012年。
世界を見渡せば、2010年には中国のGDPは日本を抜いて、世界第二位に躍り出ている。何としても腐敗の巣窟となっている軍を近代化しなければアメリカに潰される。習近平が三期目を狙ったのは、「アメリカに潰されたくない」という強い思いと、鄧小平に復讐してやるという怨念があったからにちがいない。そのことは『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』で詳述した。
改革開放は、習近平の父・習仲勲が16年間の監獄生活から解放されて、執念のように深圳で創り出した遺産である。だから2012年11月に中共中央総書記になると、習近平は真っ先に深圳に行っている。
今年三期目の中共中央総書記になったあとは、新チャイナ・セブンを引き連れて延安に行った。そこは習仲勲が1930年代に創り上げた革命根拠地で、長征の果てに行き場を無くした毛沢東を迎えた地だ。あのとき延安がなかったら中華人民共和国は誕生していない。習仲勲があの延安の革命根拠地を命懸けで作り上げていなかったら、中華人民共和国は存在していないのだ。
そこに長年にわたる思いを込めて、父の仇を討ってやるという執念に燃えるのも、自然ではないだろうか。李克強の存在とは、いかなる関係もない。
◆習近平のせいで李克強が「天下を取り損ねた」という事実はない
たとえば10月28日の時事通信社は<天下取り損ねた政治スター 権力闘争敗北で影響力低下 李克強氏>というタイトルで報道し、冒頭に【中国の李克強前首相は、いずれ頂点に立つのではないかと注目を集めたことのある「政治スター」だった。運命を狂わせたのは習近平国家主席の政権運営で、習氏が権力を固めるのに伴い、李氏の影響力は失われていった。抜群の実務能力を発揮し、上からも下からも慕われたが、たった一つ、権力闘争だけは苦手だった。】と書いている。
これもNHK同様に、事実歪曲というか、ほぼ「捏造に近い」と言っても過言ではない。日本全国、李克強を英雄視するのに余念がないが、李克強ほどガチガチの共産主義思想に燃えたエリートも少なかったというほど、彼は生粋の共産主義者。「李克強だったら、中国は中国共産党による一党支配体制をやめた」という勘違いを日本国民に植え付けるのは、一種の「罪悪だ」とさえ筆者の目には映る。
その李克強の運命は2007年に「江沢民と胡錦涛との間の権力闘争」によって決まったのであり、その瞬間に「天下を取るのは習近平」と、江沢民一派が決定したのである。
このたびの中共中央および国務院が出した李克強に関する2500字を超える訃報では「李克強同志は反腐敗運動に非常に積極的であった」と褒め称えている。
拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』にしつこく書いたように、李克強が2023年3月の全人代で退任するのは、憲法に基づいた規則に従っただけのことだ。習近平が三期目に残るためには、国家主席に関して、あれだけ大騒動して憲法改正を行っているではないか。
国務院総理に関して憲法改正を行っていない段階で、李克強が二期10年で国務院総理の座を去るのは当然のことで、失脚ではない。
李克強はむしろ、実に立派に国務院総理の任務を成し終えたのだ。それを「失脚」とか「敗北者」のように位置付けるのは、李克強に対しても失礼であり、かえって彼の尊厳を傷つけることに気が付いているだろうか。習近平を貶(けな)すために李克強を利用するのは、死者に対する冒とくでさえある。
このように、李克強の死は、天安門事件を招いた胡耀邦の死とは完全に異なる。
但し、今年8月6日のコラム<中国政府転覆のためのNED(全米民主主義基金)の中国潜伏推移>に書いたように、「第二のCIA」と呼ばれているNEDは、ゼロコロナの時もネットを使って中国の若者に呼び掛け、「白紙運動」を実行させるのに成功している。この詳細は『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に書いた。
今回も、NEDがどれだけ巧妙に暗躍できるかは、中国のネット検閲との闘いとなるだろう。
11月2日に李克強の火葬が執り行われ、半旗を掲げて弔意を表すことになっている。
政治問題と関係なく弔意を表す人は当然数多くいるだろう。
以上が客観的ファクトだ。あとは読者とともに推移を観察していきたいと思う。
追記:日本はあの極悪非道のことをやり続けてきた鄧小平を神格化して、天安門事件後の対中経済封鎖を解除させた。その結果、日本は中国経済に追い抜かれた。李克強は普通に国務院総理の職を全うしたのに異様に祭り上げて英雄視し習近平を貶しさえすれば中国が共産党一党支配でなくなり日本が中国を超えるような幻想を抱いている。中国経済は2015年からGDPの量より質への転換を掲げて、今では論文数も引用論文数も世界一になり、日本は5位と13位にまで落ち込んだ。世界から人材を集める千人計画を始めたのは胡錦濤だ。こうしたファクトを見ずに感情で中国論を展開することによって、日本はどんどん立ち遅れていき、日本の国益を損ねていることに気が付いてほしい。その警鐘を鳴らすために本論を書いた。
記事に関する報告
遠藤誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 』
北戴河会議の裏にいた李克強氏 謎残る突然死の危うさ
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE262II0W3A021C2000000/
『「異様な事件が起きた(2022年の中国共産)党大会、(23年夏の)北戴河(会議)に続く、複雑な政治劇の第3幕が(まだ68歳だった前首相の)李克強(リー・クォーチャン)の突然死、上海での客死という思いも寄らない出来事から今、始まろうとしている」。中国要人の執務地である北京・中南海の事情を知る人物の声である。
中国軍ににらみを利かせる長老で元国防相の遅浩田(94)が、元国家副主席、曽慶紅(84)の隣…
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『中国軍ににらみを利かせる長老で元国防相の遅浩田(94)が、元国家副主席、曽慶紅(84)の隣に無言で控えていた今夏の北戴河会議。河北省の海浜保養地の集いで共産党総書記、習近平(シー·ジンピン、70)が率いる現指導部は、長老を代表する曽慶紅から「これ以上、混乱させるべきではない」という趣旨の諫言(かんげん)を受けた。
この厳しい諫言を受けて、習が現首相の李強(リー・チャン、64)ら現役指導部の面々を叱咤(しった)激励した詳しい経緯は、過去3回、このコラムで取り上げた。この秘められたドラマチックな政治劇には、意外すぎる続きがあった。
右から遅浩田・元国防相、曽慶紅・元国家副主席、張徳江・元全国人民代表大会常務委員長
李克強前首相は北戴河に間接関与
第3幕の陰の主役は、故人である李克強だ。「李克強は(突然)死の2カ月余り前に開かれた海辺の会議(北戴河会議を指す)に間接的とはいえ、それなりに関わっている」というのが、冒頭で紹介した人物の指摘だ。
李克強は北戴河入りしたわけではない。だが曽慶紅が代表する形で現指導部にぶつけられた諫言には、李克強の考え方も反映されていたと考えられる。なぜなら、長老グループは、未曽有の中国共産党の危機に際し、様々な手段で幅広く重鎮から有用な意見を募った。曽慶紅、遅浩田ら代表者3人は「総意」を携えて北戴河入りしたのだ。
今となっては、李克強が具体的にどんな考えを伝えていたのかは、やぶの中だ。だが現役だった22年夏の北戴河会議後には、広東省深圳に現れ「黄河と長江が逆流することはない」と強調していた。「改革・開放」路線は不変と言いたかったのだ。
李克強には、最高実力者だった鄧小平の時代から、兄のように慕った前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ、80)まで確固として続いた改革・開放の正統な継承者という自負があった。それなら今夏の北戴河会議の前にも、同趣旨の話を伝えてほしいと依頼したと考えるのが自然だ。
気迫にあふれていた生前の李克強氏(2019年3月の北京での記者会見) =AP
非「習派」の重鎮、李克強の突然死は一見、習のさらなる権力固めに有利にみえる。だが話はそう簡単ではない。問題は1億人近い中国共産党員ではなく、一般国民、とりわけ若者らが、李克強の突然死をどう考えるかだ。
中国政治では通常、あり得ないことが頻繁に起きてきた。典型例は、先の党大会閉会式で習の隣に座る胡錦濤が、衆人環視の下、会場から腕を捕まれて連れ出された「宮廷政治劇」だ。そして記憶に新しいのは、中国外相、国防相の突然の連続解任。いずれも中国の一般国民が納得できる形で真相、原因が明かされていない。
第20回中国共産党大会の閉会式で、退席する胡錦濤前国家主席(左から2人目)に肩を触れられる李克強前首相(手前左)。手前右は習近平国家主席(2022年10月、北京の人民大会堂)=共同
李克強の上海での突然死はどうか。中国の最高指導部経験者への医療は手厚い。どこに行くにも24時間、医師、看護師、ボディーガード、秘書が付き添い、毎日欠かず数回の健康チェックがある。チームを組んでの完璧な健康管理、医療提供は本人が死ぬまで続く。
現役、引退者を問わず全指導者らの健康管理を統括するのは、習ら指導者らが関わる仕事の事務を取り仕切る共産党中央弁公庁だ。現トップは、習側近で党政治局常務委員の蔡奇(ツァイ・チー、67)。そこから中央保健委員会に細かな指示が出る。
完璧な体制ゆえに最近、中国の指導層、引退者が60、70代で急死する例はほぼなかった。大半が90歳前後までは生きる。「他国ならありえない特権にあずかれるからこそ、共産党員は国家指導者級をめざす」(党関係者)
引退した長老としては最も若い68歳の李克強。8月末には世界遺産、敦煌の莫高窟の階段を軽快に上り下りする元気な姿を見せていた。その突然死は「突発的な心臓の病で、懸命の治療のかいもなく……」とされている。だが心臓治療で中国最先端の技術と医師陣を誇る上海の有名病院に運ばれた形跡もない。なぜなのか。謎は残る。
歴史を動かす一般人が信じる「真相」
「中国の歴史が動く時、重要な意味を持つのは、今後も絶対に明かされることがない『事実関係』ではない。それよりも、多くの一般人が信じる『真相』が大事なのだ。いわゆる『陰謀論』を信じる人々が、かなり多いのは気になる」
中国政治を内外から長く観察してきた識者の卓見である。確かに中国の人々は、共産党・政府から最も重要な真実を知らされることはない。その環境に慣らされているのだ。だからこそ自らの力で信じられそうな情報を広く集める。それが習慣化した防衛反応だ。
別の信頼できる中国政治関係者が語った次の言葉は、李克強死後の中国の政治・社会を理解する上でさらに意味深い。「(中国の)政治構造上、最も重要なのは、習にとって李克強は『永遠のライバル』だったという代えがたい事実である」
これは李克強の完全引退後も変わらぬ構造だった。いや、むしろ習政権が経済、外交・安全保障面で未曽有の苦境にある今だからこそ、潔く完全引退したライバル、李克強の存在がクローズアップされていたともいえる。
「万一、習が意外なことで予想外に早く退かざるをえない時、代わって浮上するのは、まだ若い李克強その人だろう……」
この問題を考える時、思い起こすべきは、胡錦濤の後継者を選抜した07年共産党大会である。下馬評では、後継者の第1候補は胡錦濤側近の李克強。共産主義青年団(共青団)のホープだ。そして第2候補が習。こちらは革命時代の幹部の師弟である紅二代、太子党の利益を代表していた。
ところが07年党大会の最高指導部人事では、下馬評が覆された。習の党内序列が李克強より上だったのだ。立場は逆転した。それでも16年後の現在まで、習が李克強への警戒心を解くことはひとときもなかった。
習より2歳若い「永遠のライバル」、李克強が、なぜか今、都合よく死んでしまった。明かされることのない真実とは別に、一般民衆が陰謀論に傾く下地は十分ある。危うい構造である。李克強の遺体は、死亡当日、何の報道もない中、専用機で上海から北京に運ばれた。
「火葬は11月2日に」。10月31日午前になって中国国営メディアが簡単にそう伝えた。告別式、追悼大会など今後の日程は不明だ。習政権は、人気ある好漢の突然死をどう扱うべきか苦慮している。各地の大学当局に李克強の勝手な追悼活動を制限する通知が届いているのも、これを証明している。
「天は見ている」、民主化運動の地で追悼
案の定、全国各地で李克強追悼の人の波が起きている。北京大学への入学前、李克強が少年期を過ごした故郷、安徽省の中心地、合肥。中心部に残る李克強が住んでいたアパート旧居前は10月28日、黄と白の菊を白い紙で包んだ花束で埋まった。追悼に向かう人の列が延々と続く。当局は警備人員を多数配置し、ビリピリしている。
李克強氏がかつて住んでいた場所には花束がうずたかく積まれていた(安徽省合肥、10月28日)
なぜなら、ここ合肥の中国科学技術大学では、1989年の天安門事件に先立つ86年末、民主化を求める学生デモが起き、その波は全国に広がった。李克強と同じ共青団出身だった当時の共産党総書記、胡耀邦は学生デモへの対処の甘さを保守派から理不尽に追及され、翌87年1月、失脚に追い込まれる。
中国共産党内の激しい権力闘争の結果だった。そして2年後、胡耀邦は会議中に倒れて「憤死」。その追悼が天安門事件の引き金をひいた。意外だが、この経緯は習の人生に関係がある。87年1月の胡耀邦解任を最終決断した鄧小平のやり方に断固反対し、抵抗した人物がいた。習近平の父、習仲勲だ。
筋を押し通す「一言居士」だった習仲勲は、胡耀邦解任を決める政治局メンバーらの会議開催を阻むため、文字通り体を張った。「習仲勲同志は(北京の)人民大会堂に長く立て籠もる単独ストライキで鄧小平に盾突いた。実際、会議開催は10日以上遅れたんだ。だが、仲勲はその無理もたたって体を壊してしまった」。これは当時の経緯を知る引退した幹部の証言だ。
李克強追悼の人波は、かつて省トップを務めた河南省鄭州でも。「人が何をしているのか、天は(きちんと)見ている。蒼天(そうてん)には眼があるのだ」。鄭州の現場には、李克強が今春の首相退任時、幹部らに言い残した「習への批判」ともとれる言葉が添えられていた。あまりにも敏感な内容のため当時、公式報道されなかった。
白紙を掲げて抗議する中国の若者たち(2022年11月27日、北京)=ロイター
白紙運動1周年と重なる追悼行事の危うさ
習政権は、この危うい情勢を踏まえつつ、李克強の追悼行事の時機、警備体制を考える必要がある。とりわけ、この11月は、ちょうど1年前、習政権による厳しい「ゼロコロナ」政策に怒る若者が各地の街頭で抗議の白い紙を掲げた「白紙運動」から1周年という微妙な時期でもある。
そう。天の眼は、常に見ているのだ。大学を卒業しても仕事に就けず、不満を持つ若者らが、この李克強の珠玉の「遺言」の意味をどう考えるのか。それが、今後の中国の政治、社会情勢のカギを握っている。(敬称略)』