仏頂面の習近平氏、花が消えた米中関係のきな臭さ
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD245GQ0U4A420C2000000/
『2024年5月1日 0:00
中国は外交行事ラッシュである。4月の焦点は、2023年6月以来となる3日間にわたる米国務長官、ブリンケンの中国訪問。中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)が4月26日に北京で会談したのがクライマックスだ。
この前後、米中両国の間では、まだ全てが明らかになっていない激しい駆け引きがあった。それでも、異様さをうかがわせるわかりやすい場面が2つある。「花が消えた」という中国外交ならではの変化と、中国ト…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『習とブリンケンは10カ月前、この「福建の間」で会談している。習は中国画を背にした「議長席」といえる正面の位置に構え、その両サイドに自陣営の中国側と、相手側の米国の出席者らが向かい合う形式で座った。
テレビ画面だけをみた中国国民は、米中両サイドとも習の部下らであるかのような錯覚に陥る。習の体面を極度に重視する中国独特のスタイルだ。これは今年4月26日の再会談でも全く同じである。』
『だが、米中双方を隔てる隙間に置かれた鉢植えの植物の様相は全く違っていた。前回は、鮮やかな紅色の花を咲かせたハス。白いつぼみと混じり、調和がとれた素晴らしい池のようだ。まるで絵画の世界である。中国でハスは、なごやかな「和」を象徴する。これは中国語の発音にちなむ。富貴、吉祥、純潔、愛情を表すこともある。
ところが今回の再会談で置かれたのは「変葉木」。花がない葉だけの観葉植物になった。中国でよく見かける植物ではあるが、ハスに比べれば華やかさに欠け、なんとなくぶっきらぼうだ。
しかも、葉の色が変わりゆく変葉木の中国の花言葉は「変幻」「物事がはっきりせず不確実なこと」「カメレオン」だ。時には、心変わりという雰囲気も醸し出す。敷衍(ふえん)すれば、気まま、気まぐれな様子でもある。
この変幻、不確実性、心変わりという心象風景は、習自身の現在の心の内であり、米側に対して抱く不信感にも見える。』
『中国側の会談出席者をみると、10カ月前にはそこに座っていた当時の外相、秦剛が消えている。大きな変化である。
習のお気に入りで、若くして駐米大使を務めた秦剛については、米政府側も何十年かに一度しか出ない大物の中国外交トップになると見込んでいた。ところが、理由不明のまま失脚し、今日に至る。』
『23年11月、訪米した習はカリフォルニア州で米大統領のバイデンと会談した。両大国の衝突を回避する対話継続だけが成果だった。確かに現在まで米中間の高官対話は続いている。だが、米国から中国に対する様々な圧力は、強まるばかりだ。
中国としては、今年11月の米大統領選でバイデン、前大統領のトランプのどちらが勝つか不明のため、対米外交で大きな決断はしにくい。変葉木が象徴する不確実性は、混乱に向かう米国政治への皮肉という側面もあるだろう。』
『対照的なブリンケン会談とラブロフ会談
心変わりは、習の表情にも露骨に表れていた。会談冒頭、ブリンケンと握手した習の顔には笑顔がなく、まったく不機嫌。仏頂面である。目を合わせる時間は短く、すぐに視線を下に落とした。』
『これと好対照をなす習の表情がある。その半月ほど前に訪中したロシア外相、ラブロフとの会談だ。「よくいらっしゃいました。歓迎いたします」。冒頭で握手しながら、自ら丁寧に述べている。表情も最近、あまり見せなかった自然な笑顔だ。
ロシア大統領のプーチンは近々ある就任式で通算5期目の任期に入る。初の外国訪問の地として中国を選び、5月中にも北京に入る方向だ。その準備のため訪中したラブロフへの笑顔は盟友、プーチンへの配慮でもあった。』
『ラブロフ訪中と比べれば、意図的なブリンケンへの「差別待遇」は明らか。習がラブロフと会談した場所もブリンケンと同じ「福建の間」だ。スタイルも一見、同じである。どちらも「議長席」に習がいる。
しかし、こちらにも大きな違いがあった。ロシアと米国ではテーブルを挟んだ中国側の会談出席者らとの間にある距離感が違う。中国とロシアは近く、しかも間には花が飾ってある。中国と米国の間には広い溝があり、花もない。』
『そして、もう一つは、不意打ちのようなラブロフ訪中発表のタイミングだ。4月5日、米財務長官のイエレンは、中国南部の広州から訪中日程に入り、その後、北上して、同8日夜まで会談・行事が詰まっていた。
北京入りしたイエレンが、中国首相の李強(リー・チャン)と会ったまさにその日だった同7日、突然、中国から対外発表があった。ラブロフが同8、9両日に北京にやって来るという。確執がある米ロ両政府の大物政治家が、同じ北京にいたのは異例だ。』
『習・ブリンケン会談から花が消滅し、習の表情も尋常ではない。大変化を目の当たりにした米中関係に詳しい人物は、単なる外交上の演出を超えた雰囲気、違和感を感じたという。「何か大きな事が起きているのではないか」。そういう予感だという。』
『考えられるのは、直前に急浮上した出来事だ。問題はロシアによるウクライナ侵略。それを物資面で裏から支えているのは、中国の対ロシア支援である、と米側は主張する。
軍事向けに転用できる工作機械、マイクロ電子部品などに関して、中国がロシアへの主要な供給源だ、との指摘だ。これを早急にとめたい米側は、中国の銀行に対して金融面の制裁までちらつかせた。
追加制裁としてドル決済機関である国際銀行間通信協会(Swift)から中国の一部銀行を追い出す可能性もある――。米メディアの関連報道もあり、この話題がブリンケン訪中直前、国際金融市場の話題をさらった。ただ、この措置は米中関係や中国経済への影響が大きすぎることもあり、一気に動く気配はない。』
『王小洪・ブリンケン会談の謎
だが、もうひとつ怪しい動きがあった。「習・ブリンケン会談の直前、北京で行われた習の大物側近とブリンケンの異様な会談に注目したほうがよい」。中国外交の機微を知る人物の指摘である。』
『大物側近とは、警察組織と公安機関を束ねる公安相で、副首相級の国務委員でもある王小洪だ。習は1980年代半ばから17年近くを台湾の対岸にある福建省で過ごした。その時代からよく知る王小洪に習は絶対的な信頼を寄せてきた。
トップになった習は、福建省から王小洪を北京に引き寄せ、公安相にまで抜てきした。その役割は、習の目となり耳となってあらゆる情報を集め、政治的にトップを守ることでもある。』
『そもそも訪中したブリンケンが、警察・公安を担当する閣僚と会うのは違和感がある。中国外交トップの王毅(共産党政治局メンバーで外相を兼任)が訪米した際、米連邦捜査局(FBI)の長官に会うなどというケースは、考えられない。
この会談の公式な名目は、米国に留学する中国人らの安全確保などだ。合成麻薬という問題もある。だが、ブリンケンと王小洪会談には、まだ、明らかにされていない重要案件があったと考える向きも多い。
なお多くの謎が残っているブリンケン訪中。異様な仏頂面だった習の表情と、会談場所から花が消えたことが象徴する米中関係の「きな臭さ」は、今後も続く。
(敬称略)』