台湾周辺の地政学と日本のエネルギー戦略

台湾周辺の地政学と日本のエネルギー戦略
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『杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

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クライナのエネルギー相は、ウクライナのエネルギーインフラの約 30%が 1 日で攻撃された
ようだと述べた。その後の 7 カ月間、ロシアはミサイルやドローンを使って国中のエネルギー施設
を標的にし、殆どの火力発電所や水力発電所が被害を受けた。その結果、1 日に数時間しか電
気や暖房、インターネットを利用できない地域もあり、病院や企業、一般家庭は高価なディー
ゼル発電機でバックアップするしかなかった(Vatman and Hart, 2 0 24 )。
これに対して、ウクライナもロシアのエネルギーインフラを狙ったミサイル・ドローンによる攻撃を
繰り返しており、石油精製設備などに大きな被害を与えている。ウクライナ軍によるロシアの石油関
連施設への集中的な攻撃によって、ロシアの 2024 年 1 月の石油精製量が 4%減少したとされ
る(NHK, 2024)。またドローンの中には、ウクライナから 1250 キロメートル以上を飛行し、
サンクトペテルブルクの石油精製設備を破壊したものがあったと報じられている(ロイター、
2024a)。これはディーゼル燃料などの軍事車両用の燃料製造を止めるためであり、軍事施設へ
の攻撃であるとウクライナ側は説明している。実際には、ウクライナ側の動機としては、これに加
えてロシアの主要な財源である石油・ガスの輸出能力を奪う事、ロシア側での厭戦気分を高める
ことなどがあると見られている。
アラビア半島とアフリカ大陸の間に位置する紅海では、イランの支援を受けたイエメンの反政
府勢力のフーシ派が、パレスチナのガザ地区の対イスラエル戦争を支援するとして、イスラエル
に協力する国の輸送船をミサイルやドローンなどで攻撃している。このため、欧米企業の輸送船は紅
海での航行を取りやめた。地中海からインド洋に抜けるためには、エジプトにあるスエズ運河を通
るルートが使えなくなり、はるかアフリカ最南端の喜望峰へと迂回せざるをえなくなってい
る。これは船舶運賃の上昇や貨物輸送の遅れなどの問題を引き起こしている(日本貿易振興機
構、2024)。
2-2.化石燃料と原子燃料の備蓄の強化
日本がミサイルやドローンによる威嚇などで事実上の海上封鎖を受けた場合、エネルギーにつ
いては備蓄を取り崩して対応することになるが、その現状はどうなっているか。
石油は官民合わせてほぼ 200 日分の備蓄があり、在庫も合わせるとこれ以上の日数になる。
LPG もほぼ 100 日分の在庫がある。だが石炭は1か月程度、LNG も国家備蓄はなく民間事
業者の在庫として 1 週間ないし 2 週間程度しかない。これに加えて輸送中の船にも LNG は存
在するがこれも 2 週間分程度である。
備蓄においては、備蓄量の増大とその方法、そして攻撃に対する防御の強化が検討されなけれ
ばならない。石炭では、これまでコスト低減の観点から、在庫が極力少なくなるようなオペレ
ーションとなっていた。石炭は長期貯蔵すると自然発火することもあるので技術的な検討は必
要だが、数か月分を蓄えておくことはできるのではないか。これについてはまだ体系だった調
査が行われておらず、緊急に検討する必要がある。
LNG は極低温の液体であるため、断熱性の高い容器に貯蔵していても、蒸発による損失はどう
しても避けられない。したがって長期保存には基本的には向かないとされる。だが一定のコストを受
容するならば、ある程度は備蓄量を増やすことが出来る。これについても石炭と同様に、体系だっ
た調査すらされていない。
化石燃料とは対照的に、原子力発電はひとたび燃料を装荷すれば通常は 1 年、非常時であれば
3 年ぐらいは発電を続けることができる。さらには、原子燃料の形で備蓄をすれば、 ほとんど場所
をとらず、経年劣化することもないので、何年でも発電を続けることができる。13
も、もっとも安価な方法であろう。海上封鎖への対策として、原子力は最も有効な手段であ
る。
2-3.原子力以外のエネルギーインフラの防衛強化
エネルギーインフラへの攻撃に対して、いまの日本の防御はいびつな形となっている。原子力
発電所だけがテロ対策を強化され、そのために稼働の停止までしている。だが実際には、現状においても、
原子力発電所への攻撃は最もハードルが高い。敷地内への立ち入りは厳しく制限されている。原子力
発電所は、航空機が衝突しても事故に至らない設計になっている。ミサイルなどで攻撃されて
も、原子炉は格納容器に収められ、さらに建屋の中に入っているため、過酷事故に至る様な破
壊には至りにくい。またこれは日本に特有であるが、頻繁に起こる地震、津波、台風への対策
として、送電線、補助電源、緊急車両、緊急時指令所などが多重に配備されており、これは軍
事攻撃に対する備えとしても機能するだろう。
これに対して、石油の備蓄タンク、あるいはガス・石炭・石油などのタンカーや火力発電所、
変電所などは、現状では、携帯型の兵器やドローンなどでも簡単に破壊できてしまうだろう。多
くは地上に設置されており、自動車や船で敷地に近寄ることも容易であり、せいぜい周囲に柵が巡ら
せてある程度で、空からの攻撃に対しては何も防御がない。原子力だけに一点集中しているテロ対策
を見直し、エネルギーインフラ全体の防衛を強化するよう、戦略の見直しが必須である。
2-4.食料継戦能力の向上
エネルギー供給と並んで継戦能力として重要なのは食料供給だが、これはエネルギー継戦能力
と密接に関係している。なぜなら、現代における食料の供給には、莫大なエネルギーを使うか
らである。現在、人間が 1 カロリーを摂取するために、農作物の生産から家庭での保存・調
理まで、10 カロリーの化石燃料が投入されている。
温室効果ガス排出でみても、世界の排出の 3 分の 1 は食料関連だと言われている。というこ
とは、エネルギー消費でみても、3 分の 1 程度は食料関連ということであろう。なぜそんな
に多くのエネルギーが必要かというと、農作物の生産のためにも、トラクターなどの農業機械
を動かす石油があり、肥料や農薬の製造にも天然ガスなどを多用する。農業・土地利用に加え
て、食品の加工、輸送、冷蔵、冷凍、家庭での冷蔵・冷凍・調理がある。つまるところ、普段
我々が食べているのは、エネルギーの塊である。
日本には食料自給率という指標があり、これを高めることが食料安全保障上重要だという意見
が根強く存在する。だがじつは、この食料自給率は、エネルギーがふんだんに使えることを前
提としたものなので、エネルギー供給が乏しくなると、全く意味が無くなる。日本へのシーレ
ーンが途絶してエネルギーが極端に不足したときに、それでも餓死者が出ないためにはどうす
るか。
エネルギーが欠乏して真っ先に起こることは、大都市への食料の輸送が滞り、大都市が飢餓状
態になることだろう。大都市から脱出してこれを乗り切ったとしても、食料備蓄を食べつくせ
ばどうするか。農作物を造らねばならないが、そのときの肥料、農薬、農業機械の動力をどう
するか。検討すべきことは多岐にわたる。
日本の食料備蓄はコメが 100 万トンあるのみである。国民1人あたりにするとわずか8キロし
かない。これで足りるだろうか。コメは14
日の摂取量である 2000 カロリーを満たすためには、毎日 562 グラムが必要になる。8 キロ
グラムの備蓄では 2 週間分しかない。
それでは 1年分のカロリーをコメだけで満たすとしたら、どれだけの備蓄が必要かというと、
1人あたり200キロのコメが必要な計算になる。農水省によればいまの日本の1人あたりのコメ
の消費量は50キログラムだから、200キログラムというと4年分にあたるが、これだけあれば1
年は食料不足にはならず継戦できることになる。10キログラムあたりのコメを2000円で調達す
るとして、1 人あたり 200 キログラムで4万円となる。結構な値段となるが、コメは数年は保
つので、古古古米ぐらいまで食べるとすれば毎年の支出はこの4分の1程度であり、年間1人1万
円で済む。
また備蓄を終えた後に飼料用や加工用に売却すればこれよりも負担は少なくなる。台風や地震
など、他の災害への備えにもなる。何よりも、これによって日本の継戦能力が飛躍的に高まる
とすれば、戦争の抑止手段としては、ある程度の米の備蓄をすることは重要である。敵に向か
って「もしも攻めてきたら、たとえ完全に包囲されたとしても、最低1年は籠城して、必ずや
反撃する」と示しておくのだ。
次いで肥料と農薬である。肥料は経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」に指定され、
備蓄が着手されたが、まだ種類も量も少ない。そして最も根本的なことは、エネルギー欠乏時
の食料供給体制とはどのようなものか、そのシナリオを検討しておくことである。平時のよう
なエネルギー依存型の食料供給はそもそも継続不可能であるし、貴重なエネルギーは、軍事作
戦のためにこそ使用されることになるだろう。
まずは米などの備蓄を取り崩す。その間に、エネルギー投入が少なくて済み、しかも収穫量の
多い作物を植える。これはサツマイモやジャガイモなどだろうか。そのための肥料、農薬、そ
れに作物によってはタネも備蓄が必要かもしれない。冷凍・冷蔵やトラックなどは使えなくな
る。ならば国民は全国に散らばり、自給自足に近い形で、作物を育て食べる。最小限の燃料は
薪を使う。このようなシナリオのために必要な食料、資材、機材は何かを検討し、平時におい
て蓄えておかねばならない。
このようにして、たとえ完全に海上封鎖されたとしても、1年ないしそれ以上、飢えることが
無いようにしなければならない。持ちこたえていれば、国際的な非難が侵略者に対して高ま
り、米国などから援軍もやってくるだろう。そうではなく、1か月で飢餓がはじまり、日本が
屈服するようではいけない。そのような脆弱性を見せれば、中国はじっさいに海上封鎖をする
かもしれない。1か月で日本を屈服させることができるなら、ロシアのクリミア併合時のよう
に、「世界はそれを既成事実とみなしてしまうのですぐに国際社会に復帰できる」と読むかも
しれない。
平和のためにこそ、戦争への十分な備えが必要である。ロシアがウクライナに侵攻したのは、
すぐに屈服すると読んだからだ。中国に「日本は弱い、輸送船をいくらか威嚇してしまえばす
ぐ屈服する」と思わせてはいけない。日本はエネルギー・食料の継戦能力を確保し、それを中
国に見せつけておかねばならない。
3.日米合意の下で石油・ガス貿易の長期契約を結ぶ
日本のエネルギー継戦能力を高めるための第2つの方法として、石油・ガス輸入先の多様化・
安定化、なかんずく米国との関係強化について15
かつて太平洋戦争において、米国は日本のシーレーンという弱点を突いた。そもそも日本が太
平洋に進軍した理由の1つは、米国から石油を禁輸されたために、南方のインドネシアやマレ
ーシアにある石油資源を奪取しようとしたことであった。開戦時、日本は2年分しか石油の備
蓄は無かった(NHK,1981)。日本は米国に短期決戦で勝利するつもりであったが、ハワイ
真珠湾奇襲のわずか半年後のミッドウェイ海戦で大敗してその望みは潰えた。
米国は日本の貨物船を無差別に攻撃し、日本の貨物船はその殆どが撃沈されるに至った。輸入
が全くできなくなった日本はあらゆる物資が不足し、石油も極端に不足した。日本海軍は、艦
隊同士の決戦しか念頭に置いておらず、貨物船を護衛する任務自体を想定していなかった。こ
のため貨物船の護衛は陸軍の所掌となっていたが、米軍の攻撃を防ぐ力は全く無かった。物
資、なかんずく石油が欠乏した日本は、日本に十倍する工業力を背景に圧倒的な火力を築き上
げた米軍の物量作戦に完敗した(堀川、2021)。
さていま、台湾有事が迫る日本の地政学的状況に鑑みるならば、日本は米国から石油とガス
を、長期契約によって、政治合意の庇護の下に調達すべきである。
冷戦後これまでの30年間においては、経済のグローバリゼーションの流れに乗って、石油・ガ
スのいずれも、短期的な利益を重視する調達が追求されてきた。すなわち契約形態は長期契約
から短期契約に移行してきた。また船籍も、船主も、乗員も、海運会社も、保険会社も、国籍
を問わず最も安価になる組み合わせが追求されてきた。そしてこの結果、日本の原油調達の
94%が中東に集中するようになった。
さてそれでは、台湾有事が秒読み段階に迫っているか、あるいは台湾がすでに海上封鎖を受け
ているような、緊迫した国際情勢になったとき、中国が日本近海をドローンなどで脅かすなら
ば、何が起きるだろうか?日本に出入りしている他国籍の混成部隊である貨物船に、日本への
忠誠を優先し自らを犠牲にすることなど期待できない。そうすると、日本への石油・ガス輸入
は途絶してしまうことになる。
この状況を回避するための一つの方法として、米国産の石油・ガスを、米国船籍のタンカーで
輸入することを提案したい。中国といえども、米国の旗を掲げた船舶を攻撃することは、米中
間の緊張を著しくエスカレートさせることを覚悟しなければならない。中国としては、台湾を
統一する作戦の実施にあたっては、可能な限り米国の介入を避けたいのが本音であるから、中
国も米国の旗を掲げた船へは攻撃をためらうだろう。
この石油・ガスの輸入契約は短期契約ではなく、長期契約でなければならない。短期契約であ
れば、民間企業としてはたんに契約相手を変えて済ませようという動機が働きやすくなるから
だ。
そしてまたこれは、単なる民間まかせの契約で済ませるのではなく、政府間合意によって政治
的にバックアップされていることが必要である。これには3つ理由がある。第1に、日米両国
の国家の威信をかけた事業であることを明確にして、中国などからの攻撃のハードルを高くす
るためである。第2に、米国からの輸入は、日本にとっては、中東からの輸入よりもいくらか
エネルギー価格が高くなるかもしれないが、それは安全保障上の観点からのプレミアムと見做
すべきであり、それは民間ではなく国家が負担すべきだからだ。第3に、国際合意による条約
とすることによって、気まぐれに変化する政治から、民間の貿易活動を守ることができる。
米国は政治のブレが大きく、なかんずく、エネルギー問題に対して一貫性がない。今年1月、
米国バイデン政権は、環境運動家からの要請によって、16
を停止してしまった(ロイター、2024b)。このような米国の政治のブレに翻弄されないよう
にするためには、商業的には短期ではなく長期契約を締結しておくこと、そして国際的には条
約を締結しておくことが望ましい。
米国はトランプ政権になればエネルギー政策は完全に変わり、バイデンの「グリーンディー
ル」に代わって「エネルギードミナンス」が新しい標語(Trump, 2024)となる。エネルギードミ
ナンスとは、豊富で、安定で安価なエネルギーを供給することであり、それによって、自国お
よび同盟国・友好国の安全保障と経済成長を担保することを目指すものだ。これは、かつて太
平洋戦争で日本に勝利した米国の物量作戦の形を変えた再現に他ならない。
トランプ政権に率いられた米国はロシア・中国・イランなどの敵対国に対するエネルギー優勢
(ドミナンス)の確立を目指すことになる。米国の側から見るならば、このエネルギードミナ
ンスを実現する一つの要素が、同盟国である日本への石油・ガス輸出の合意となる。
4.自滅的な脱炭素政策を止める
以上、台湾有事を念頭においた日本のエネルギー戦略の見直しについて述べてきたが、最後
に、第3の提案として、日本は、自らのエネルギー安全保障を破壊する自滅的な脱炭素政策を
止めるべきであることを述べる。
日本は2030年までにCO2排出を2013年比で46%削減し、2050年にはCO2排出をゼロにするとい
う目標を掲げている。そして、2022年時点の実績値を見ると、2013年に比べてCO2は大幅に減
っており、政府は、政策の効果によってCO2排出が順調に減っている、すなわち「オン・トラ
ック」であると誇示している(環境省、2021)(図4)。
図 4:日本の CO2 排出量の推移と目標値。
出典:(環境省、2021)
だが実際のところ、このCO2排出量減少の理由は何であろうか。経団連の資料では、産業部門
の排出量変化をもたらした3つの要因を分析している。その要因とは、①経済活動量の変化、17
②CO2排出係数の変化(エネルギーの低炭素化)、③経済活動量あたりエネルギー使用量の変
化(省エネ)である。図4に示される要因分解は、2013年度から2022年度までの産業部門にお
けるCO2排出削減のうち、寄与率にしてその4分の3が経済活動の低下(①)によるものであ
ったことを示している。残りの4分の1のうち、再エネの拡大や原発の再稼働によるエネルギー
の低炭素化(②)は19%に過ぎず、省エネによる効果(③)はわずかに6%である。つまり、
産業部門の排出減少のじつに4分の3は産業空洞化によるものである(日本経済団体連合会、
2024)。
つまり日本のCO2が順調に「オントラックで」減っている理由は、産業空洞化であって、政府
が自慢するような温暖化対策の効果ではない。日本政府の計画ではこれからCO2はますます減
少することになっているが、もし本当にそうなるならば、日本の産業も経済も崩壊することに
なるだろう。これでは中国による台湾統一や日本のフィンランド化に対抗する国力も喪失する
だろう。
図5:日本の産業部門CO2排出量削減の要因分解
出典:18
経済産業省は、かつては経済を損なうようなCO2削減には頑強に抵抗していたが、いまではす
っかり変わり、自らが最大の脱炭素利権となった。すなわち、グリーントランスフォーメーシ
ョン法が2023年5月に成立し、今後10年間で官民合わせて150兆円のグリーン投資を「規制と支
援によって」実現する権限を手に入れた。これは年間15兆円なので、日本のGDPの3%に相当
する。日本の防衛費は増額されて2024年からGDPの2%になったが、それよりも金額が多いこ
とになる。
またこの150兆円のうち20兆円は国債の発行によって調達し、これを原資に政府がグリーン技
術に補助金を支給する。20兆円の償還にはカーボンプライシングを用いる。すなわちエネルギ
ーへの課徴金および政府による排出権の売却によって償却する。かくして、経産省の官僚機構
は肥大して、グリーントランスフォーメーションのための予算、権限、官職が新たに制度化さ
れてしまった。
この枠組みの中で実施されることになるグリーン技術への投資なるものは、殆ど見返りがない
だろう。理由は、高価な技術の普及に使うことになっているからである。すなわち、最大の投
資項目が太陽光発電・風力発電などの再生可能エネルギーである。さらにその普及のためとし
て送電線が建設されバッテリーが導入される。CO2回収貯留技術(CCS)やアンモニア発電な
ども投資対象になっているが、この発電コストは既存の火力発電の2倍、3倍ないしはそれ以上
になる。このいずれもコストが劇的に下がる見込みは殆どない。やがて政府による規制や補助
が途絶えれば、これらのグリーン技術へは誰も投資しなくなり、それまでの努力は水泡に帰す
るだろう。
また日本政府は、脱炭素の為として、化石燃料利用を規制し、政府による化石燃料利用見通し
は低く抑えられてきた。この影響により、前述したように、企業は国内の生産活動を縮小し、
海外に移転するという産業空洞化が進行している。
このような愚かな脱炭素政策は、ここ数年、左傾化したG7の下、同じく左傾化した日本の与
党である自民党の下で強力に推進されてきた。かつてと異なり、日本の官僚機構は時の政治権
力にすっかり弱くなった。経産省は脱炭素政策推進という政治的圧力に屈し、経済成長を実現
するという義務を放棄してしまった。経産省に属する資源エネルギー庁はエネルギー安定供給
という存在理由を放棄してしまった。いずれも脱炭素を最優先に掲げるという大転換を率先す
ることで、官僚機構としての肥大化には大いに成功した。だがそれは、日本の国益を大きく損
なうものだった。
しかしながらいま、世界の情勢は大きく動いている。ウクライナ、中東で戦争が起き、台湾有
事が迫るなか、脱炭素だけを考えた現行のエネルギー政策は抜本的に見直し、安全保障と経済
成長を実現するエネルギー政策への変更が極めて重要である。
いま日本の政治は汚職スキャンダルで混乱状態にあるが、この中から保守系の政権が誕生すれ
ば、愚かな脱炭素政策には見直しが入るだろう。またもし米国でトランプ政権が誕生すれば、
米国ではエネルギードミナンスが政策となるので、日本もこれに協調してエネルギードミナン
スに舵を切ることが出来るかもしれない。
具体的には、本稿で述べてきたような方法で、化石燃料のエネルギー安全保障を強化する。こ
れに加え、日米で協調して原子力を推進し、膨大な経済的コストを伴うグリーン投資を止める
べきである。このような方針転換を行うためには、米国とともにパリ協定を脱退して、同協定
を事実上終焉させることも重要なステップとなるだろう。かつて京都議定書は日本が離脱した
ことで事実上終焉したが、これと同じことを日本は再び実現しうる立場にある。19
そうではなく、仮にパリ協定が存続するとしても、それは遠からず破綻する。パリ協定の下、
先進国は2050年脱炭素という目標にコミットしているが、これは実現不可能であるのみなら
ず、産業空洞化を進め経済を破壊するものであり、持続不可能である。これを現実的な数値に
変更しようとしても、パリ協定の下では不可能であろう。なぜならパリ協定は、2050年にCO2
をゼロにしなければ世界が破滅するという、終末主義的なカルトにその基本精神を支配されて
しまっているからだ。
一方で、グローバルサウスは先進国のお説教に辟易していて、先進国と同じ自滅的な脱炭素政
策を実施する気は全くない。2022年には欧州発の世界的なエネルギー危機を受けて、グローバ
ルサウスは化石燃料の調達や火力発電所の建設に奔走した。2023年、G7は2050年CO2ゼロの
目標を掲げるよう呼びかけたが、グローバルサウスはこれを端から拒絶して、年末のCOP28で
は議題にすらならなかった。
パリ協定の終焉がはっきりする時期は、早ければ早い方が自由陣営にとって望ましい。1年で
も遅れるならば、それだけ自由陣営の経済的自滅の傷は深くなってしまう。これは中国、ロシ
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21
生か
https://jp.reuters.com/world/ukraine/BGUX65CBQJITXI7J6JT746Y5GE-2024-01-21/
ロイター(2024b)Biden pauses LNG export approvals after pressure from climate
Activists
https://www.reuters.com/business/energy/biden-pauses-approval-new-lng-export-
projects-win-climate-activists-2024-01-26/