米中対立は表面上若干鎮静化しているが、実質は不変
https://cigs.canon/uploads/2024/04/4a67e2d77de32891c2d945722370661938544d42.pdf
『2024.4.11
米中対立は表面上若干鎮静化しているが、実質は不変
~トランプ前大統領当選に対する懸念は深刻~
<2024 年 2 月 26 日~3 月 14 日 米国欧州出張報告
キヤノングローバル戦略研究所
瀬口清之
<主なポイント>
〇 中国経済の減速がすでに既成事実として共通認識になっている一方、中国経済が近
い将来に失速することを懸念する見方が少なくなっているように感じられた。中国経
済の先行きについては、中長期的展望の不透明性に対する懸念が中心だった。
〇 大統領選挙キャンペーンが本格化すれば、選挙にマイナスとなる対中融和政策は選
択肢となり得ないうえ、選挙後も米中関係が改善に向かう可能性は殆どないというの
が専門家、有識者の一致した見方。ただし、本年入り後、若干ながら米中対立に鎮静
化の兆しが見られているとの見方が出てきている。
〇 昨年 11 月の首脳会談実施後、米中両国間で国務省、財務省、商務省、国防総省と
も政府高官等のハイレベル対話を継続。これにより、米中両国間の武力衝突リスクが
若干軽減されたとの見方がある。しかし、中国はいざという時に対話を拒絶すること
が多いため、現在の対話ルートがどこまで機能するかは不透明であるとの指摘もある。
○ 大統領選挙キャンペーンでは米国の内政問題が主要論争テーマとなっているため、
中国問題に対する関心が低下しており、それが米中対立が若干鎮静化したような印象
を与えている。しかし、実際には米中関係の実質的な改善は殆ど見られていない。
〇 米国の中国専門家によれば、台湾総統選において頼清徳氏が勝利した後、中国政府
は台湾に対する強硬発言を抑制しているほか、中国軍用機の台湾周辺空域への進入回
数も減少しているなど、台湾に関する外交・安保姿勢の変化が見られている。これは
5 月に予定されている頼清徳の大統領就任演説の前に台湾側を刺激しないようにす
ることが目的であると見られている。米国側もこれに呼応するように、米国政府高官
が訪台する際に目立たないように配慮している由。
〇 米国大統領選は、民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の間で争わ
れることが確実となっている。現時点では両候補が勝利する可能性はほぼ五分五分と
見られており、予測が立たない状況にある。
〇 バイデン大統領が勝利して続投する場合には、対中政策を含めて現在の第 1 期目と
次期の政策の間に大きな変化は生じないとの見方でほぼ一致している。
〇 トランプ氏が勝利する場合、閣僚はトランプ氏に忠誠を誓う人々のみで構成される
ため、経験が乏しく専門的な知見を欠く人々が要職に就任する可能性が高いことから、
国内外の信頼を失うような政策運営が実施されることが強く懸念されている。
〇 米国、欧州の両方において、これまでの移民政策、環境政策等のリベラルな左寄り
の政策に対する不満が強まり、政策方針を右寄りに見直す動きが広がっている。
2 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
1.中国経済に対する見方
①中国経済失速懸念は後退
昨年 9 月の米国欧州出張時には中国の 23 年 4~6 月期以降の経済減速を背景とする
中国経済悲観論が欧米の国際政治学者や有識者との話題の中心になることが多かった。
それに対して、今回の出張では、中国経済の減速がすでに既成事実として共通認識にな
っている一方、中国経済が近い将来に失速することを懸念する見方が少なくなっている
ように感じられた。
昨秋は中国経済の日本化についても多くの質問を受けたが、今回は 1990 年代の日本
ほど深刻な状況ではないことも広く認識されていた。
ただし、習近平政権の政策運営能力に対する懸念は強いままであり、中国経済の先行
きに対する楽観的な見方はなかった。このため、中国経済に対する懸念の中身は急速な
失速リスクではなく、中長期的展望の不透明性に対する懸念が中心だった。
筆者は昨秋以降、需要を上回る生産増加要請による生産拡大が過剰在庫増をもたらし、
それがマクロ経済指標の回復と景況感の停滞の間の不一致をもたらした背景について
説明したが、この点に注目している中国経済の専門家はいなかった。
②対中直接投資急減の可能性について
その一方、対中直接投資の急速な減少に注目し、今後先進国の企業は対中投資を急速
に削減するのではないかと多くの専門家から質問を受けた。この点については、筆者が
日本の金融関係者と意見交換した内容を踏まえて以下のように説明した。
対中直接投資の中核部分を支える日米欧の製造業主要企業については、対中直接投資
の基本姿勢に変化が見られていない1。こうした事実から類推して、昨年の対中直接投
資の急減はおそらく不動産関連投資の資金が撤退したからではないかと考えられてい
る。製造業の工場建設等の直接投資を縮小・撤退するためには、登記等に関する煩雑な
手続きが必要になり、それには通常 1~2 年以上を要する。昨年の直接投資の撤退は 4
月以降の不動産市場の急落、成長率の予想外の伸び悩みを背景に短期間の間に生じたも
のと考えられる。そうであるとすれば、短期間に統計上に現れる変化は工場等の登記変
更の手続きが不要な不動産関連投資資金だったと推測することができる。事実、日本の
金融機関に資金決済口座をもつ日本企業の資金移動には大きな変化が見られていない
ことから、昨年の直接投資の減少は日本企業の動きではなかったと考えられている。こ
れは日本企業で中国の不動産に投資している企業が非常に少ないことを反映している。
以上のような筆者の説明に対して異論を唱える専門家は米国欧州の面談相手の中に
は誰もいなかった。
1 詳細については、当研究所 HP の筆者コラムに掲載されている「マクロ経済指標は
緩やかな回復傾向ながら景況感はむしろ悪化の方向 ~主要経済指標と景況感のギャ
ップ拡大の背景~ <北京・成都・上海出張報告(2024 年 1 月 22 日~2 月 2
日)>」p.12~13 を参照。
3 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
2.米中対立の若干の鎮静化
昨年 5 月以降、米中両国間で閣僚級の会談が毎月行われたが、昨年 9 月時点では米中
関係の改善効果はほぼなかった。それは、バイデン政権が少しでも中国に対して歩み寄
りの姿勢を示せば、議会が厳しくバイデン政権を批判することが明らかなためである。
本年初以降、大統領選挙キャンペーンが本格化すれば、選挙にマイナスとなる対中融和
政策は選択肢となり得ないうえ、選挙後を展望しても米中関係が改善に向かう可能性は
殆どない。これが米中関係に詳しい専門家、有識者の一致した見方だった。
以上の状況は現在も基本的には変わっていない。
ただし、本年入り後、大統領選挙キャンペーンが行われる中、若干ながら米中対立に
鎮静化の兆しが見られているとの見方が出てきている。その見方の背景は以下の通りで
ある。
(1)昨年 11 月の米中首脳会談以降の米中対話の継続
バイデン政権が昨年 5 月以降、米中対話を継続した目的は、昨年 11 月の APEC 首脳
会合に習近平主席を出席させ、大統領選挙キャンペーンの本格スタート直前に、バイデ
ン政権の外交成果を示すことにあった。その際に実施された首脳会談の主な成果は、22
年夏のペロシ下院議長訪台以降高まった、台湾問題を巡る米中武力衝突リスクを軽減す
るために、米中間の対話ルートを強化することだった。
米国の中国専門家によれば、昨年 11 月の首脳会談実施後、米中両国間で対話ルート
が構築され、国務省、財務省、商務省、国防総省とも実務レベルで対話を実施した由。
加えて、1 月下旬に、サリバン国家安全保障担当補佐官がタイのバンコクで王毅外相と
会談(12 時間)し、その直後にサリバン補佐官は春にもバイデン大統領と習近平主席
の電話会談が実施される予定であると発表した。2 月上旬には財務省のジェイ・シャン
ボー国際担当財務次官、2 月下旬には米国商工会議所のスザンヌ・クラーク会頭が相次
いで訪中した。さらに、イエレン財務長官も 4 月上旬に訪中するなど、政府高官等のハ
イレベル対話が継続されている。これらの対話ルートの構築により、米中両国間の武力
衝突リスクが若干軽減されたとの見方がある。
しかし、安全保障の専門家の見方はそれほど楽観的ではない。中国はいざという時に
対話ルートを通じた対話を拒絶することが多いため、現在の対話ルートがどこまで機能
するかは不透明であると指摘されている。とくに、事態が中国にとって深刻であるほど
対話を拒絶する傾向がある。たとえば、両軍機が空中で衝突し、米兵が死んだ場合には
対話継続によるリスク回避は非常に難しくなる可能性が高いと考えられている。ただし、
最近は中国軍のスキルが向上しているため、以前に比べてそうした不測の事態が起きる
リスクは低下している由。
(2)大統領選挙キャンペーンにおける中国問題の優先順位の低下
現在進行中の大統領選挙キャンペーンにおいては米国の内政問題が主要論争テーマ
となっているため、中国問題に対する関心が低下しており、それが表面上米中対立が若
4 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
干鎮静化したような印象を与えている。実際には米中関係の実質的な改善は殆ど見られ
ていない。
中国問題以上に注目されている主な内政問題は以下の通りである。
①移民問題
トランプ前政権では不法移民流入増加問題を重視し、メキシコからの移民流入を防ぐ
ための壁の建設を進めた。これに対して、不法移民に対する寛容姿勢を主張していたバ
イデン政権は政権発足と同時に壁建設を停止した。しかし、その後の移民流入の増加に
伴い、民主党支持基盤であるニューヨーク市、シカゴ市等でも移民流入に対する不満が
強まったため、23 年 10 月にバイデン政権は壁建設を再開する方針を明らかにした。テ
キサス州に流入した移民の一部が上記の主要都市等にバスで移送され、それを受け入れ
た側の都市の住民は移民の受け入れを賄うために財政負担が増えることに反発してい
る。
このようなバイデン政権の不法移民問題を巡る政策方針の動揺が野党共和党のみな
らず民主党内部からも厳しい批判を浴びている。
②人工中絶を巡る対立
トランプ大統領を支持する共和党は人工中絶を違法とする最高裁の判断を支持し、共
和党が強い影響力を持つ州において人工中絶を禁止する措置をとっている。民主党の影
響下にある州では引き続き人工中絶が可能なため、人工中絶が必要な場合には、共和党
影響下の州から民主党影響下の州に移動して人工中絶を行うようになっている。これに
対して多くの女性が反発しており、トランプ氏を女性の敵として敵視し、反トランプ勢
力となっている。
③トランプ前大統領の裁判問題
トランプ前大統領は、大統領選挙結果を覆すための違法工作(2 件)、自宅での機密文
書の不正保管、不倫口止め料支払いに関する業務記録改ざんなど 4 つの刑事裁判を抱え
ており、その裁判の行方が注目されている。
④LGBTQ 差別や人種差別問題
民主党支持者はこれらの差別に反対する立場であるのに対して、共和党支持者は差別
を容認する保守的な姿勢を主張し、対立している。
⑤物価問題
米国の消費者物価上昇率は 22 年央には前年比+8~9%に達していたが、足許は+3%
前後にまで低下している。それでも貧富の格差の拡大を背景に、一般庶民の物価高に対
する不満は根強く、バイデン政権の経済政策の成果に対する評価は低い。
⑥イスラエルのガザ侵攻問題
米国内の若年層を中心に、イスラエルのガザ侵攻に伴う一般市民の殺戮行為を人権問
題として厳しく批判する意見が多い。彼らは米国政府がロシアのウクライナ侵攻や中国
の新疆ウイグル自治区における強制労働を人権問題として批判し、経済制裁を実施して
いるのであれば、イスラエルに対しても同様の姿勢を示すべきであると主張し、バイデ
ン政権を批判している。彼らの多くは民主党支持者であるため、選挙へのダメージが懸
5 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
念されている。
以上のような内政問題を中心とする論点が大統領選挙の主要な争点となっているた
め、中国問題への関心は低下している。
(3)台湾問題を巡る中国の強硬姿勢が若干融和の傾向
米国の中国専門家によれば、台湾総統選において頼清徳氏が勝利した後、中国政府は
台湾に対する強硬発言を抑制しているほか、中国軍用機の台湾周辺空域への進入回数も
減少しているなど、台湾に関する外交・安保姿勢の変化が見られている。これは 5 月に
予定されている頼清徳の大統領就任演説の前に台湾側を刺激しないようにすることが
目的であると見られている。米国側もこれに呼応するように、米国政府高官が訪台する
際に目立たないように配慮している由。
この間、5 月 20 日に台湾の総統に就任する頼清徳氏も、総統選勝利直後のスピーチ
において、中国との対話を通じて交流と協力を重視する発言を行うなど、中国に対する
融和姿勢を示している。これは同氏が総統就任に際し、台湾住民に対して、自分が中国
に対する強硬姿勢を強調して武力衝突リスクを高めるような危険人物ではないことを
示す意図が含まれていると評価されている。
3.米国大統領選挙の行方
本年 1 月から大統領選挙キャンペーンがスタートした。共和党の大統領候補を選ぶ予
備選ではトランプ氏の勝利が続き、3 月上旬には有力な対抗候補だったヘイリー元国連
大使が選挙戦からの撤退を表明したため、トランプ氏の指名獲得が確実になったと見ら
れている。
一方の民主党は、バイデン大統領以外の候補が出てくることを期待する声が民主党支
持者の間でも多いが、バイデン大統領自身の再選意欲が強いため、有力な対抗候補は現
れなかった。
以上のような情勢から、大統領選は民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大
統領の間で争われることが確実となっている。
バイデン大統領は 1942 年 11 月生まれで 81 歳、トランプ前大統領は 1946 年 6 月生
まれで 77 歳と両者ともに高齢であるほか、過去の大統領在任中の政策運営に対する評
価も共に芳しくない。このため、両党とも別の候補者を望む声が強いが、結局この両候
補の間で争われることが確実になった。
現在の選挙情勢を見ると両候補が勝利する可能性はほぼ五分五分と見られており、予
測が立たない状況にある。選挙後の政策運営の予想に関しては、どちらの候補が勝つか
によって大きな違いが生じると見られている。今回の出張期間中およびその後のオンラ
イン面談等で有識者、専門家等が筆者に対して示した見方を整理すれば以下の通り。
(1)バイデン大統領が勝利する場合
バイデン大統領が続投する場合には、現在の第 1 期目と次期の政策の間に大きな変化
6 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
は生じないとの見方でほぼ一致している。
以前は対中政策が多少融和方向に変化するの
ではないかとの見方もあったが、最近はそうした見方は聞かれなくなっており、続投し
た場合も現在の厳しい姿勢が続くと見られている。
なお、健康上の理由で、任期途中でハリス副大統領に大統領を引き継ぐ可能性が指摘
されているが、その場合のハリス氏の政策手腕は未知数。ただし、これによる政策運営
の改善を期待する見方は少ない。
(2)トランプ大統領が勝利する場合
トランプ前大統領が大統領に返り咲く場合には米国の内政外交は大きく変化すると
予想されている。
ただし、その変換の方向は予想がつかない。
1 期目のトランプ政権は
共和党の重鎮が政権に多く加わったことから、対中政策を含めて比較的従来の政策運営
の延長線上で政策が実施されることが多かった。
しかし、もしトランプ氏が勝利して第
2 期目の政権を発足させる場合には、前提が大きく異なると見られている。
2 期目の閣
僚は全てトランプ大統領に忠誠を誓う人々のみで構成されるため、政策経験が乏しく、
専門的な知見を欠く人々が要職に就任する可能性が高いと考えられている。そうなれば、米国の政策運営は大きく変化するのみならず、国内外の信頼を失うような政策運営が実
施されることが強く懸念されている。その場合には米国の内政が根底から崩れるため、
外交を冷静に判断することがほぼ不可能になるという悲観的な見方もある。
①対中政策
そうした予想の前提において、対中政策については以下のような真逆とも言える2つ
の可能性を指摘する見方がある。
第 1 の可能性は、対中強硬姿勢のさらなる強化である。経済面では、以前から主張し
ている関税の大幅引き上げ(60%)を目指すとともに、外交面では、台湾との外交関係
を樹立し、「1 つの中国」を否定する。それに頼清徳新総統が呼応して台湾の独立を目指す動きに出れば、中国が台湾の武力統一のための軍事行動に踏み切るリスクは高まる。
それが現実のものなれば、米中戦争が勃発し、日本も戦場と化す可能性が高まる。
第 2 の可能性は、米中融和への転換である。
経済面で、関税引き上げに関する方針の
変更はないと予想されている。
しかし、トランプ大統領は以前から技術摩擦に関心がな
いため、先端半導体技術を巡る対中輸出規制等の政策は緩和する可能性がある。
また、
トランプ大統領は独裁者を好む傾向があるため、独裁色を一段と強めている習近平主席
との個人的関係をより緊密化する可能性が指摘されている。
さらには、トランプ大統領
はバイデン政権が固執している西側先進国 VS 中国・ロシア・イラン・北朝鮮などとの
イデオロギー対立にも関心が強くないと言われている。
このため、中国をイデオロギー
上の敵対国と見て対立図式を強化する姿勢が後退し、台湾をめぐる対立も融和に向かう
可能性がある。
後者のシナリオが実現する場合、日本が現在の対米追随姿勢を維持すれば、これまで
の岸田政権の対中強硬政策を抜本的に転換しなければならなくなる。
そうした可能性を
7 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
視野に入れながら、第 2 次トランプ政権が誕生する場合に備えて、日本は独自の対中政
策を進める必要がある。
安倍政権時代のように、米国に対して追従一辺倒ではなく、米
中間のバランスを保つ政策運営が望ましいと考える米国の有識者は少なくない。
②対 EU 政策
第 2 次トランプ政権の誕生を最も警戒するのは中国ではなく、むしろ EU 諸国の方
である。
トランプ氏が大統領に就任すれば、その直後にウクライナへの支援を打ち切る
と見られている。
そうなれば欧州は米国の援助なしでウクライナを支援しなければなら
なくなる。その財政負担は膨大であるため、欧州各国の住民はその負担増を受け入れる
ことが難しくなると考えている人が多い。
それと同時に、米国は NATO の軍事予算に
対する援助も縮小する可能性が高く、その分野でも欧州側の財政負担は高まる。
そうした状況になれば、欧州諸国は欧州内部の問題への関心が相対的に高まり、中国、
アジアの問題に対する関心が相対的に低下するのは避けられないとの見方が多い。
さらに、EU が分裂する可能性も指摘されている。
EU 内部は、ロシアのウクライナ
侵攻を巡り、対ロシア強硬姿勢のポーランド、バルト 3 国に対して、バランス重視派の
独仏伊の間に大きな隔たりがある。
また、東欧諸国は EU 主要国からの補助金によって
経済建設を実現してきた経緯があり、今後さらに補助金の拡大を望んでいる。
これに対
して EU 主要国はそのような財政余力が乏しく、期待に応えられない可能性が高い。こ
れにより経済面でも東欧諸国と西側主要国の間で対立が深まる可能性が指摘されてい
る。
③対日政策
日本に対しても、同盟国だからと言って特別な配慮がなされる可能性は低いと見られ
ている。
このため、米国の対日貿易赤字(2023 年 712 億ドル、中国は同 2794 億ドル)
が問題視され、日本に対する関税が大幅に引き上げられる可能性が懸念されている。
また、NATO に対する対応と同様に、日本に対しても米軍の軍事予算に対する支援の増額
を求めてくる可能性が高い。
もし日本政府がこの負担増に反対すると、トランプ政権は
日本に対する核の傘の提供を拒否することも含めて厳しい圧力をかけてくることが懸
念されている。
さらには、対中政策において、現在のような日中間の緊密な協調が後退
し、トランプ大統領自身が日本の頭越しに習近平主席との個人的な関係を緊密化し、対
話のルートを強化する可能性も指摘されている。
4.米国・欧州で見られるリベラルな政策の修正
今回の出張では、米国、欧州の両方において、これまでの移民政策、環境政策等に対
する不満が強まり、政策方針を見直す動きが各国で広がっている。
不法移民に対する寛
容な政策および環境規制強化政策はいずれもリベラルな左寄りの政策であるが、これら
を右寄りの方向に見直す傾向が米国、欧州に共通して見られている。
ただし、環境政策
の見直しについては、環境保護強化の大きな方向自体が変化するものではなく、各国の
8 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
実情に合わせた現実的な調整という性格が強いと評価されている。
一方、人工中絶容認、
LGBTQ・人種差別に対する反対などのリベラル寄りの政策について、米国では党派分
裂が顕著であるが、欧州ではこれらを見直す動きは見られていないなど、分野により傾
向の違いが存在する。
(1)米国における変化
①移民政策
米国では以前から移民の流入増加により、移民救済のための財政負担の増大、移民が
引き起こす殺人、強盗、強姦などの犯罪の増加による治安の悪化、ホームレスの増大等
社会不安の高まりに対する不満が高まっている。
米国ではバイデン政権の政策方針として、コンビニエンスストアでの窃盗や地下鉄の
無賃乗車など小さな犯罪については処罰の対象としないというルールの運用を促進し
たため、軽犯罪が公然と行われ、警備員もこれを見ても咎めなくなっている。
前トランプ政権では移民の流入を食い止めるためにメキシコ国境沿いの壁の建設を
進めるなど、不法移民排斥政策を推進した。
これに対して、バイデン政権では国境沿い
の壁の建設停止など不法移民の受け入れに対して寛容な政策を実施してきた。
しかし、
最近になって移民の増加に対する不満の増大を背景に、その政策を見直し始めた。これ
により、共和党のみならず民主党内部からも批判されていることについては前述の通り
である。
②環境政策
米国では環境政策の重要な柱の一つとして自動車の EV 化を推進している。
二酸化炭
素排出量を削減するために厳しい排ガス規制を設け、その達成のために EV 比率の目標
を定めてきた。
2023 年 4 月に発表された排ガス規制をクリアするためには 2032 年の
EV 比率が 67%に達する必要があると予想されていた。
これに対して、自動車業界はこ
の基準が厳しすぎて達成が難しいことから規制緩和を求めていた。
EV 比率が 24%に達
しているカリフォルニア州を除くと全米各州での EV 比率は数%程度の州が多くを占
めており、政府が期待するテンポで EV 化は進んでいない。
加えて、24 年 1 月にシカゴを襲ったマイナス 30 度の極寒の状況下、多くの EV 向け
充電器が故障、あるいは充電速度が大幅に低下したため、街中でテスラを中心とする EV
が立ち往生した。これが「テスラの墓場」というキャッチとともに全米で報じられたた
め、EV 人気の低下に拍車がかかった。
そうした情勢を背景に、3 月 20 日、バイデン政権は 2032 年の EV 比率達成目標を
67%から 35%に引き下げることを発表した。
大統領選挙の勝敗を左右するスイングス
テートであるミシガン州、ウィスコンシン州等の自動車産業の労働者が従来の厳しい排
ガス規制に不満を抱いていたため、これが選挙に悪影響を及ぼすことを懸念したことも
こうした方針変更に影響したと見られている。
なお、2023 年の米国市場における EV とハイブリッド車(HEV)の販売台数の伸び
9 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
率を比較すると、EV は第 1~第 3 四半期まで前年比 50%を上回る伸びを示していた
が、第 4 四半期には 38.5%に低下した一方、HEV は通年で同 51%の高い伸びを保持し
た。日系のホンダ、トヨタの HEV はともに販売好調が続いている。
③その他
人工中絶を巡り、これを違法とする共和党と合法とする民主党の間の厳しい対立が続
いているのは前述の通り。
その他のテーマで最近全米で注目されたのがハーバード大学
とペンシルバニア大学の学長がいずれも辞任に追い込まれた人種差別発言問題である。
イスラエルによるガザ侵攻開始以来、全米の多くの大学で米国政府のイスラエル寄り
の姿勢に対する抗議活動が続いている。
その中で一部の学生はユダヤ人に対する攻撃的
な発言など、ユダヤ人差別の事件が急増した。
この問題について連邦議会の下院で公聴
会を開催し、上記両学長を出席させて質問を実施した。その中で、「学生によるユダヤ
人に対する攻撃的発言は学則違反に該当するか」との質問に対して、両学長はユダヤ人
差別を容認しない立場を明確にしたうえで、個別の発言が学則違反に当たるかどうかは
文脈によると回答した。
この回答は、大学における言論の自由を守ることの重要性にも
配慮したものだったが、ユダヤ人差別を容認するものであると批判され、結局二人とも
辞任に追い込まれた。
その背景には、両大学の内部事情も影響しているとの見方もある。
ハーバード大学は
ボードメンバーの中に有力なイスラエル支持者が含まれていたこと、ペンシルバニア大
学のボードメンバーが右寄りで学長のリベラルな発言を支持しなかったことなどが指
摘されている。
こうした特殊事情が存在していたとはいえ、大きな流れとしては、反対勢力を排除す
るために形式主義的なルールの厳格適用を是とする最近の米国社会の風潮が影響して
いるとの指摘がある。
これは、ワシントン DC においてこの数年、中国に関する議論が
行われる場合、反中的な立場の意見以外は封殺されるというマッカーシズム的言論弾圧
が横行していることと共通の問題と見ることができる。
以上の見方を筆者に語った大学
関係者は、自分がこの見方を伝えたことが外部に漏れると自分自身の大学における立場
が危うくなるリスクがあると語った。
これがリスクとなっていること自体が最近の米国
の大学における言論の自由が奪われていることを物語っている。
最近の米国の大学経営
において、ボードメンバー等による圧力が強まっている影響もあって、教授や学生の言
論の自由が制限されている。こうした大学における自由な議論が制限される傾向につい
て多くの学者、有識者が憂慮していることが印象的だった。
(2)EU 諸国における変化
①移民政策
EU 諸国でも移民の増加に伴う財政負担の増大や治安の悪化に対する一般庶民の不
満が高まっている。
地中海に面するイタリア、フランス等ではアフリカからの移民による殺人、強盗、強
10 CopyrightⒸ2024 CIGS. All rights reserved.
姦等の犯罪が増加しているほか、移民を受け入れるための財政負担の拡大に対する一般
庶民の不満が高まっている。
移民の受け入れに寛容な政策はリベラルな政党の政策方針
であるため、これに反対する人々は右寄りあるいは極右の政権を支持する。
イタリアで
は 22 年 9 月、メローニ首相が極右政党を率いて選挙で勝利し、首相に就任した。
23 年11 月にはオランダで、24 年 3 月にはポルトガルでも極右政党が総選挙で躍進する動きが見られている。
フランスでも極右政党のルペン党首の支持率が上昇しているほか、本
年 6 月上旬に実施される欧州議会選挙でも右寄りの政党が躍進するとの見方が有力で
ある。
このように EU 諸国でも米国同様、移民に寛容な政策の転換を求めて、右寄りの
傾向が強まりつつある。
②環境政策
EV について米国で見られるような EV 比率達成目標の引き下げのような動きは見ら
れていない。
ただし、ドイツが財政収支バランス確保のために EV 向け補助金を 23 年
12 月に打ち切ったため、12 月以降、EV の販売台数は伸び悩んでいる。これに対して
HEV は好調を持続している。
この間、EU 各国で農民が環境政策に反対している。
その原因は、EU が 2050 年まで
に温暖化ガス排出ゼロを目指し、農民に対して 2030 年までに肥料を 20%削減、化学農
薬を 50%削減、農地の 25%を有機農業にすることを求める政策への反発である。
これにより EU 諸国の農産物生産コストが上昇するため、EU 域外の安価な農産物の流入が増大し、農民たちがダメージを受け、不満を募らせている。
こうした事情を背景に、EU 各国では農民がトラクターで幹線道路を封鎖、農民によ
るデモも実施するなど、リベラル寄りの環境政策に対する揺り戻しが見られている。
③その他
米国では共和党が人工中絶禁止を支持しているほか、LGBTQ 差別や人種差別の反対
に対しても逆風が吹いているが、欧州ではそうした動きは見られていない。
むしろフランスでは人工中絶を合法として憲法にも書き加えるなど、擁護する政策が強まっている。
LGBTQ 差別や人種差別に対する反対についても EU 諸国での見直しの動きは見られ』












