「中国衰退論」摘発を示唆 国家安全部門が経済でも強権
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE170OI0X11C23A2000000/
『2023年、中国の政治・経済を取り巻く基本的な環境に異変があった。それは景気後退が目立つ経済そのものではない。中国の経済政策の立案にまで関わる構造である。端緒となったのは猛暑だった今夏の出来事だ。
スパイ摘発などを担当する中国国家安全省が、中国人の誰もが使うSNSである「ウィーチャット」上にオフィシャルアカウントを新設。「スパイ摘発、防諜(ぼうちょう)には(中国)全社会の動員が必要だ」。こんな、…
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『こんな、おどろおどろしいタイトルの文章がまず掲載された。8月1日のことである。
国家安全部門がSNSまで駆使しながら、ここまで前面に出てきたのは驚きではある。しかし、これは同部門が担う本来の役割でもある。国際的に波紋を広げたのはそこではない。
問題は秋以降、開かれた中央金融工作会議、中央経済工作会議について国家安全を担当する立場から詳細に解説した内容だった。特に内外で注目を集めたのは12月11、12両日の中央経済工作会議について発信した文章である。
「経済にマイナスの言論」許さず
「決まったばかりの中国の来年の経済政策について解説したのが、まず国家安全省だったというのは、違和感がある」。異変を察知した中国経済関係者の指摘である。しかも、その内容が相当、踏み込んでいる。国家安全省がやり玉に挙げたのは、中国内で広く流布され始めた「中国衰退論」だった。
「中国経済をおとしめる様々な常套句(じょうとうく)が次々と出現している。その本質は『中国衰退』という虚偽の言説の流布によって、中国の特色ある社会主義体制を攻撃し続けることにある」
これは経済安全保障分野の違法行為取り締まり強化に絡む説明である。とはいえ、内容を敷衍(ふえん)すれば、客観的な数字を使いながらリアルに説明する中国の経済的苦境の実態といえども、強い圧力を受けかねない。言葉が過ぎれば、最悪の場合、拘束に至る危険もある。
折しも中国内のインターネット空間では、「景気は回復している」という中国政府の宣伝に盾突く動きが目立ち始めていた。「外国企業が中国から去り、民営(間)企業がやる気をなくし、消費意欲が落ちている」。一般の経済専門家らは、外国からの投資規模を示す数字、通貨供給量を含む専門性の高い統計を使って苦境を訴えていた。
11、12日に中国共産党と政府が開いた中央経済工作会議。中央は習近平国家主席(北京)=新華社・共同
経済専門家らのリアルな説明では、「23年の経済成長目標5%は確実に達成される」と大宣伝する中国政府の主要統計には、あえて触れない。そこがミソである。言論統制の厳しい中国だけに工夫がこらされているのだ。
いら立つ中国当局は新たな動きに出た。主体は、スパイ取り締まりが専門のはずの国家安全部門だ。厳しい経済のリアルすぎる説明について、中国の「国家安全」を脅かすと認識。これらの経済関係者らの言論も「外国勢力の影響を受けた『中国衰退論』の虚偽の流布」という立派な罪として処罰対象になりうると示唆したのだ。
10年かけて中央国家安全委を強化
この状況に至る端緒は、実のところ10年前にあった。習近平(シー・ジンピン)が共産党トップの総書記に就いて、ちょうど1年後に開かれた党中央委員会第3回全体会議(3中全会)だ。それは2013年11月。メインテーマは、習時代の新たな経済路線の決定のはずだった。
ところが、3中全会の閉幕後、国営メディアが真っ先に速報した決定事項は、まったくの予想外。「国家安全委員会を新設する」。一見、これは、注目を集めていた大きな経済路線には、何の関係もないように思えた。
だが、これこそが、その後10年間、いや、習政権3期目の任期切れとなる2027年まで続く経済路線を左右する決定的な出来事だったのだ。共産党の一般党員の大部分も、この重大な決定の本当の意味に気付いていなかった。
「国家安全委員会は、各役所の協調組織にすぎず、実質的な権限も限られる。かけ声倒れだ」。発足当時を振り返ると、中国内でも、こんな見方が主流だった。しかし、その後の様々な動きを長期的に分析すると、見当違いだったことがわかる。
習近平国家主席㊨と当時の李克強首相
もう一つ、論点があった。それは当初発表の段階では、実質的に(中央政府を意味する)国務院の一つの機関である、という解釈が出ていた。国家安全、公安、外務、国防などの各省は国務院を構成する組織で、全体を仕切るトップは今年10月、突然死した前首相、李克強(リー・クォーチャン)だった。
結局、こちらの解釈も的外れだった。活動を始めた国家安全委員会に関して、習をトップとする共産党中央の直轄組織を意味する「中央国家安全委員会」という正式名称が公表されたのである。国務院ではなく、党が全てを仕切る組織だったのである。
中央国家安全委員会のトップには習が就いた。事務部門を仕切る弁公室の実質的な責任者には、習側近である蔡奇(ツァイ・チー)が抜てきされた。その後、蔡奇は一気に昇進。北京市トップを経て現在、最高指導部メンバーとして国家安全部門を指揮する。党中央委員会の事務を差配する要となる党中央弁公庁トップも兼任している。
習近平国家主席㊨と蔡奇・共産党政治局常務委員(13日、ハノイ)=AP
習が共産党トップに就いて真っ先に手を付けたかった大機構改革。それが中央国家安全委員会の新設だったのは間違いない。根幹にあったのは「直面する想定内、想定外のリスクは大幅に拡大し、現存システムでは対応しきれない」という認識だ。
習が発足時に述べた言葉は本音だろう。「国家安全委員会の新設で、国家安全保障に関する集中的な指導体制が強化される。これは最優先事項だ」。それは、習が目指す自らの長期政権づくりで根幹をなす機構・組織だった。
中央国家安全委員会は、10年間という長い時間をかけて徐々に強化された。国家安全を巡る法制度も含めてだ。反スパイ法、国家安全法、反テロ法、国家情報法もその一環だった。
国家安全委員会は当初、米国の国家安全保障会議(NSC)がモデルであるという説明もなされた。同委の下、公安・警察、軍隊、情報部門、外交部門に分散する国家の安全保障機能の連携を強化する形だ。
アステラス製薬のロゴ=ロイター
結果としては、国家安全法制の強化に伴い、権限は習をトップとする共産党中央に集中。国家安全省のスパイ取り締まり部門、公安省の治安対策関連部門も大幅に強化された。後に制定される香港国家安全維持法、製薬大手であるアステラス製薬の幹部社員が、長く勤務した中国で拘束された事件も、ここに関係している。
民間企業、外資も「介入」に困惑
経済にマイナスとなる言論の取り締まりまで示唆する国家安全部門の新たな動き。中国の民間企業、外資系企業も、この異変に注目せざるをえない。なぜなら、かつて国家安全と縁が薄かった経済研究、ビジネスの世界にも関わってくるからだ。
もし、ビジネスに絡んで発信される経済分析や、それを説明する鋭い言説まで取り締まり対象になるなら、企業は萎縮し、何もできない。利益を上げるのが使命の民間企業には、正しい数字こそ全てなのだから。困惑は大きい。
ある中国の老知識人は、中国の現状を心配する。「この数十年、中国の『改革・開放体制』の堅持、経済成長に資する安定した安全保障環境を守ることこそが、人民解放軍に課された役割だった。今は、経済安全保障の名の下、『中国衰退』という言論を取り締まるのが、国家安全部門の役割になった」。時代の変化を鋭く切り取った分析である。
前共産党トップの胡錦濤氏㊧と元トップの江沢民氏(2012年11月の共産党大会)
実は1990年代末から2000年代初頭にかけての江沢民(ジアン・ズォーミン)、胡錦濤(フー・ジンタオ)という2人の党トップの時代は、雰囲気がまったく違った。中国は改革・開放路線の下、さらなる経済成長に資する世界貿易機関(WTO)加盟にまい進。加盟後、中国経済は勢いづく。
当時、国家安全部門にも一定の関わりがある中国の研究者らは、米国や日本の金融・経済システムと、その管理手法を学ぶため、頻繁に海外に出て外国の官僚や識者らと積極的に交流し、意見交換していた。
その開放的な雰囲気は、既に失われてしまった。今、中国の一定レベル以上の官僚、研究者が外国人と会う場合、上層部による厳格な批准が必要になる。情報漏れを監視するためである。
中国経済のリアルな分析、見通しについて自由に発信できず、外国の専門家に会って有用な意見を聞くことまで制限されるなら、中国経済の中長期的な浮揚に本当に役立つ方策が見つかるはずがない。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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