パレスチナ情勢が国際エネルギー秩序にもたらす影響
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31848
『パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム主義勢力ハマスがイスラエルへの大規模攻撃を2023年10月7日に実施したことを受け、イスラエルがガザ地区への報復攻撃を行うなど、パレスチナ情勢が緊迫化している。こうした中、パレスチナ情勢の悪化に連動し、世界有数の石油・ガス産出地域である湾岸地域が不安定化し、国際エネルギー秩序が混乱に陥る可能性があるのかが注視される。
ハマスとイスラエルの衝突は緊迫した状態が続き、中東全体のエネルギー情勢への影響も懸念されている(ロイター/アフロ)
イスラエルの天然ガス動向への影響
まず、パレスチナ情勢の悪化はイスラエルの天然ガス動向に影響を及ぼした。イスラエル・エネルギー省は23年10月9日、安全性の懸念を理由に南部沿岸のタマル・ガス田の生産停止を発表した。
翌10日には、米石油会社「シェブロン(Chevron)」は、イスラエル・エジプト間の東地中海ガスパイプライン(EMG)を通じたエジプト向け天然ガス輸出を停止し、ヨルダンを経由する代替パイプラインで供給することを発表した。EMGは、イスラエル南部の町アシュケロン(ガザ地区の北約10キロメートル)とエジプト・シナイ半島の町アリーシュを結ぶ海底パイプラインである。
エジプトは20年1月からイスラエルの沖にあるタマルおよびレバイアサン両ガス田で生産されたイスラエル産ガスを輸入している。地中海で唯一の液化天然ガス(LNG)施設を擁すエジプトは、22年6月にイスラエルおよび欧州連合(EU)と調印した覚書にもとづき、輸入したイスラエル産ガスをエジプトのLNG施設で液化した後、タンカーで欧州諸国に輸出する計画を進めてきた。
だが、今回のタマル・ガス田での生産中断とEMGの操業停止が長期化し、イスラエルからエジプトへの輸出量が大きく減少すると予想されることから、エジプトは国内供給を優先せざるを得ず、欧州向け輸出分を十分に確保できなくなる恐れがある。欧州が22年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、エネルギー面でのロシア依存の脱却を試みる中、地中海を挟んで隣接するエジプトは代替調達先の1つとして期待されていた。』
『さらに、今般のガザ情勢に連動してイスラエルとレバノンのヒズボラ間の軍事衝突も起きたことで、イスラエルのガス田開発全体が悪影響を受けるだろう。イスラエルとレバノンの係争中の海域には、イスラエルが開発を進めるカリシュ・ガス田(ハイファ沖80キロメートル)がある。両者の対立激化がイスラエル権益への攻撃の活発化につながると予想されるため、同ガス田がヒズボラによる更なる海上攻撃を受け、開発事業が中断に追い込まれる可能性がある。
情勢悪化で原油価格は上昇
イスラエルの軍事行動を受け、イランの「代理勢力」であるシーア派民兵が中東各地で武装活動を活発化させている。代表的な組織はレバノンのヒズボラ、イラクの人民動員、イエメンのアンサール・アッラー(通称フーシー派)である。
10月19日、シリアやイラクに駐留する米軍を狙った無人機攻撃が相次いだ。シリアは南東部のタンフ基地や東部コノコ・ガス田の基地、イラクは北部エルビルにあるハリール基地やバグダード国際空港付近の基地などが攻撃を受けた。
さらに同日、イエメンからイスラエルに向けてミサイル4発と無人機12機ほどが発射され、米海軍の艦艇が全てを迎撃した。一連の攻撃は、イランの代理勢力によるものであるとされる。
パレスチナ情勢の緊迫化は国際原油価格の推移にも影響している。原油指標の1つ、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は、ハマスの奇襲前(10月6日)に1バレル当たり82ドルであったのが、攻撃後の9日には86ドルに上昇した。その後、一旦は下落したものの、油価は再び上昇し、19日には90ドルを上回った。
原油価格の変動はいくつかの要因から引き起こされる。米ミシガン大学経済学部のLutz Kilian教授は09年に油価変動を、(1)供給要因、(2)実体経済の総需要要因、(3)地政学リスクとしての原油市場特有の変動要因(将来の供給停止といった不確実性に起因する事前予防的な需要)に分類した時系列分析モデルを提示した。
また、日本銀行が16年に発行したワーキングペーパーでは、Kilianモデルを拡張させ、金融要因や将来の需要・供給に対する期待要因を考慮したモデルが提示された。
今回のイスラエル・ハマス間の攻防は、主要産油地ではない場所で展開しているため、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)といった湾岸諸国の原油輸出に直接影響を与えている訳ではない。しかし油価が上昇する背景には、地政学リスクの観点から事前予防的な需要が生じたことがあると考えられる。
特に米国が19日、戦略石油備蓄(SPR)の補充を打ち出した影響が大きい。バイデン政権は今年12月と来年1月に600万バレルの原油を購入し、SPRの積み増しを図る計画だ。先行き不透明な中東情勢への懸念から、早期に原油を確保しようとする動きが世界中に広がれば、油価上昇に拍車がかかるだろう。
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『懸念される湾岸情勢への飛び火
パレスチナ情勢での大きな懸念点が、イスラエルが地上軍事作戦の実施に踏み切った場合におけるイラン側の反応である。現在、イランの代理勢力がイスラエルや米国の出方を牽制するような形で武装活動を行っているものの、イラン自体は大きな軍事行動をとっていない。
しかし米ニュースサイト「アクシオス(Axios)」によると、10月13日、イランのアブドゥルラヒヤーン外相は国連の中東和平担当特別調整官との会談で、イスラエルによるガザ攻撃が続けば、介入せざるを得ないと警告し、イラン参戦の可能性を示唆した。このように、イランはイスラエルおよび米国との対決姿勢をより一層強めている。
また、イランはイスラエルを地域的孤立させるため、対イスラエル包囲網の形成にも努めている。10月18日にイスラム協力機構(OIC)加盟国に対し、イスラエルに対する石油禁輸を取るよう呼びかけた。また、イスラエルと外交関係を締結しているOIC加盟国には、イスラエルとの断交を求めた。
こうした状況下、米国はハマスをロシアのプーチン大統領と並ぶ、米国の民主主義にとっての深刻な脅威であると名指し、イスラエルを全面的に支援する構えだ。このため、パレスチナ情勢の展開次第で米国・イラン間の緊張も高まるだろう。その場合、湾岸諸国は米国・イランとの関係で板挟みの立場に追い込まれる可能性がある。
湾岸諸国は米国に安全保障面を依存する一方、最近はイランとの関係改善を進めてきた。特に、今年3月のサウジ・イラン関係正常化に係る合意は地域情勢の緊張緩和に貢献するものであった。このため、湾岸諸国としては、イスラエルの地上軍事作戦からのイランの介入、米・イランの対立激化といったシナリオを避けるため、イスラエルに自制を強く要請するしかない状況である。
仮に湾岸諸国が、イランが求めるイスラエルへの石油禁輸やイスラエルとの断交に応じず(アラブ首長国連邦(UAE)およびバーレーンの場合)、イランがそれに対し不信感を募らせれば、イランの代理勢力が湾岸諸国側を警告するような武装活動に着手する可能性も否定できない。過去には、イエメンのフーシー派の無人機が19年9月にサウジアラビア東部の石油施設を、22年1月にUAE首都アブダビの石油施設を攻撃した経緯がある。
世界の多くの国々がサウジアラビア・UAEから原油を輸入しており、特に日本は両国から原油調達率が全体の約8割に達する。このため、パレスチナから湾岸地域に戦火が移るとなれば、単に原油高の煽りを受けるだけでなく、日本の原油の安定確保が脅かされる事態となることは留意すべき点である。
「特集:中東動乱 イスラエル・ハマス衝突」の記事はこちら。』