オーストラリア 米との軍事強化に懸念(The Economist)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB270ET0X20C23A8000000/
『日本軍がアジア各地への攻撃に成功していた1941年、オーストラリアの当時のカーティン首相は方針転換を決断し、「我が国は英国との伝統的つながりや親族関係などに関する良心の呵責(かしゃく)から自由になり、米国と手を結ぶべきだ」と訴えた。
豪州と米国は最近、中国と対峙すべく互いに熱視線を送っている。両国の協力はマッカーサー元帥がブリスベンに司令部を置き連合軍を率いて以来の強化が進んでいる。豪州はもっと…
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『豪州と米国は最近、中国と対峙すべく互いに熱視線を送っている。両国の協力はマッカーサー元帥がブリスベンに司令部を置き連合軍を率いて以来の強化が進んでいる。豪州はもっと米軍を受け入れるべく基地を整備し、インド太平洋地域での安全保障強化を図る米国を手助けしている。
ブリンケン米国務長官は豪州を最近訪問し、「オーストラリアほど貴重な友人でパートナーで、重要な同盟国はない」と語った。本心だろう。米国が中国と戦うことになれば、豪州が戦友となる可能性が最も高い同盟国だと米政府高官らは言う。だが両国の安全保障強化への取り組みはリスクとコストをもたらすため豪州では懸念が生じている。』
『軍の規模小さくとも信頼、地理的条件など備えている
その懸念は今はあまり目立たっていない。米国の戦闘艦「USSキャンベラ」が就役のため7月にシドニー港に入った際は盛大な式典が開かれた。同艦は同じ名を冠した豪州の軍艦「HMASキャンベラ」に付き添われ、米軍艦としては初めて外国で就役することになった。1942年に沈没した豪州の巡洋艦にちなんで命名されたこの2隻は米豪の急速に強まる絆を象徴している。
豪州の人口は2600万人。軍の規模は5万8000人と米海兵隊の3分の1にすぎない。それでも豪州の役割が重要なのは、米国が必要とする要素を備えているからだ。それは信頼、中国の脅威への共通認識、そして貴重な地理的条件だ。』
『豪州は4月に公表した国防戦略見直しの中で中国の脅威を強調し、「米国はもはやインド太平洋地域の唯一のリーダーではない」とした。一方、豪州には戦争が起きるとしても10年の準備期間はもうなく、よって米国との関係を一段と深め「地域の安定に貢献」し、「敵を自国の沿岸から遠く離れた場所で危険にさらす」兵器を開発することが答えになると結論づけた。』
『豪州は米国がアジアでの武力行使を支援できる位置にある一方で、中国が持つ多くの兵器の射程圏外にある。国土も広く、米軍は中国に容易に標的を与えないよう兵力を分散させることもできる。』
『2020年代に地政学的リスクが最も高まる恐れ
米豪の関係を強化させる最も野心的試みは、米英豪の安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の下で防衛と先端産業を一体化させる動きだ。その中心は、豪州に原子力潜水艦(核兵器は搭載しない)を配備するという長期的取り組みだ。同原潜は米国の核技術を使い、英国が設計、2040年代に配備予定だが問題もある。中国が27年までに台湾を侵略する軍事能力の獲得を狙っており、20年代に地政学的リスクが最も高まる恐れがあるからだ。』
『そのため米国のバージニア級攻撃型原子力潜水艦は、「USSノースカロライナ」が8月にしたように豪州西端のスターリング基地への寄港が増えそうだ。米国は27年以降、同基地に4隻の原潜を交代で配備する計画だ。豪州は30年代に米国からバージニア級原潜3隻か5隻の購入を目指している。東海岸では第二の潜水艦基地を建設する計画も進んでいる。
米国は現在、豪州が購入している高機動ロケット砲システム(HIMARS)を含む軍需品の製造、修理、保守を豪州ができるよう支援することも約束している。これは西側の軍需品のボトルネックを解消する効果もある。』
『面の障害は米国が原潜を十分保有していない中で、貴重なバージニア級原潜を豪州に供与することに共和党が難色を示している点だ。』
『AUKUS巡るオーストラリアの厳しい政治状況
だが豪州では超党派の支持があるにもかかわらずオーカスを巡る政治的状況はもっと厳しい。21年に自由党のモリソン前政権がオーカス参加に調印し、労働党左派のアルバニージー首相率いる現政権も国防に弱いと思われたくないため同協定を支持している。
労働党右派は以前からオーカスに批判的だ。労働党のギラード政権で外相だったボブ・カー氏は、軍の他の部分の空洞化を招くうえ、自国が核攻撃の標的となりかねないと批判する。8月の労働党大会では左派からもオーカスへの強い異論が出た。労働党が上院で支持を頼りにしている緑の党も批判的だ。
反対の声は今は比較的小さい。アルバニージー氏はオーカスに基づき配備される原潜は国内で建造され、その使用で他国に指示されることはないと訴え、労働党大会でのオーカス支持にこぎつけた。そのためモリソン前政権のダットン国防相が21年に「我々が米国を行動で支援しないなど考えられない」と宣言したような高揚感は労働党にはない。それでもオーカスのもとで豪州が行動に出る可能性はほぼ間違いなく高くなる。』
『世論はおおむねオーカスを支持している。豪ローウィー国際政策研究所が6月に発表した調査では、国民の82%がオーカスを「重要」「非常に重要」と回答した。国内に米軍基地を設けることにも過半数が賛成し、原潜の保有を支持する声も3分の2に達した。ただ30年間で2680億〜3680億豪ドル(約25兆〜35兆円)の負担増となると知ると、不安に感じる人も多い。
台湾を巡る戦争が起きた場合、中国による経済封鎖阻止のための海軍出動には賛成が多数を占めたが、派兵には否定的な声が多かった。』
『とはいえアルバニージー氏は地域外交と中国との安定した関係を重視している。今後数カ月以内にマニラやワシントンだけでなく、恐らく北京も訪問予定だ。豪州の対中輸出も好調で、リチウム精鉱の販売拡大などで今年1〜6月は過去最高の1030億豪ドルに達した。中国はオーストラリアの木材と石炭の非公式な輸入禁止措置を解除し、最近は大麦への関税も撤廃した。』
『台湾失えばアジア諸国「フィンランド化」する恐れ
アルバニージー氏はオーカスによる雇用創出効果を強調するが、経済的負担の方が問題になるかもしれない。専門家は豪州が現計画の新兵器調達コストを賄えるか疑問視する。中核的な国防予算は今後2年、縮小される見通しだ。その後は国防費の国内総生産(GDP)比は今の2%から33年まで約2.3%ずつ引き上げられるにすぎない。
オーストラリア国立大学のヒュー・ホワイト教授は安価なディーゼル潜水艦で近海を防衛する方がいいとする。米国の支配力を維持する試みは失敗に終わるとみており、米国は中国沿岸部での通常の戦争に勝てないし、最終的にアジアからの撤退を強いられる可能性があるという見解だ。
オーカス支持者は台湾を失えば、アジア諸国の大半が主権を維持しても中国に服従せざるを得ない「フィンランド化」を懸念する。シドニー大学のマイケル・グリーン教授は、中国の経済的苦境は同国がアジアを必ずしも支配できるわけではないことを示唆していると指摘する。』
『米国にとってオーカスは戦争突入も辞さないと示すのが意図ではなく、中国に勢力の結集を見せつけるのが狙いだ。豪州は見捨てられる恐怖と、自由な行動を取りにくくなることへの恐怖とのバランスをとる必要がある。
バイデン米大統領のアジアの安全保障政策を担うカート・キャンベル氏が「我々は今後40年間、彼ら(豪州)を縛りつけておく」と語ったとされる言葉をオーカスに批判的な向きは引き合いに出す。だが同様に、豪州が米国を同期間、自国に縛りつけるのかもしれない。
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