「新しい資本主義」会議、看板掛け替えの懸念も
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA261EH0W1A021C2000000/
『岸田文雄首相は26日、「新しい資本主義」の実現に向けた有識者会議の初会合を開いた。行き過ぎた競争による格差拡大や社会分断に直面する米欧を中心に、資本主義を問い直す動きは世界でも広がる。日本は企業に成長へと変化を迫る市場の競争メカニズムがうまく機能せず、低成長に苦しんできた。事情が違う米欧の議論を当てはめ、会議の看板を掛け替えるだけでは成長は描けない。
首相は会議でデジタルやグリーンなどを柱に11月上旬にも緊急提言案をまとめるよう指示した。
会議を担当する山際大志郎経済財政・再生相は記者会見で、首相が数十兆円規模での策定を指示した経済対策に盛り込むメニューも緊急提言に「含まれる」と述べた。目先の経済対策に議論が偏れば「新たな資本主義の構築を目指す」という構想は掛け声倒れに終わる懸念が大きい。
首相が「新しい資本主義」を持ち出したのは初めてではない。2020年に出馬した自民党総裁選でも渋沢栄一の談話録「論語と算盤(そろばん)」を引き合いに、格差や分断に向き合う資本主義の見直しを訴えた。ただ首相就任後も具体的な政策のイメージは示さず、首相がめざす「新しさ」が何かは見えない。
資本主義の見直しは世界の潮流だ。米欧では一部の富裕層にお金が集まる構造が社会分断を広げる。地球温暖化も持続可能な資本主義を求める議論を呼ぶ。26日の初会合に向けて事務方が作成した資料は世界の有識者による「新しい資本主義」の議論を紹介した。
ノーベル賞も受賞した仏経済学者ジャン・ティロール氏は、株主だけでなく顧客や従業員などステークホルダー(利害関係者)全体を考慮した企業統治を提唱する。「資本主義の再構築」などの著書で知られる米経営学者のレベッカ・ヘンダーソン氏も、気候変動や格差問題には株主価値の最大化という考え方を離れる必要があると説く。
見直し論は投資の世界にも広がる。資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は18年、投資対象企業に宛てた書簡の中で、企業は株主、従業員、顧客、地域社会など全てのステークホルダーに恩恵をもたらさないといけないとした。
各国政府も積極的な不平等の是正へ政策の軸足を移す。米バイデン政権は富裕層向け増税などを財源に大型インフラ整備の実施を打ち出す。12月にも誕生するドイツの次期政権も最低賃金の引き上げを通じ格差是正に取り組む姿勢を打ち出す。
こうした世界の潮流を日本に単純に当てはめられるとは言い切れない。経済協力開発機構(OECD)によると、米国ではトップ1%の富裕層が国全体の富の40%を独占する。日本のトップ1%が握る富は11%にとどまる。労働市場の流動性が高い米英に比べて所得水準の格差も小さい。日本の平均年収は実質ベースで30年間ほぼ横ばいで、分配の原資を稼ぎ出す成長の乏しさが社会の足かせになっている。
政府は低成長からの脱却に何度もつまずいてきた。12年に発足した安倍晋三政権は未来投資会議を立ち上げ、後を継いだ菅義偉政権も成長戦略会議で成長戦略を議論してきた。それでも12年と20年の実質国内総生産(GDP)を比べると米国は14%、ユーロ圏は4%伸びたが、日本は2%の伸びにとどまる。民間企業の競争を促し、創意工夫やイノベーションを喚起するには至らなかった。
資本主義は市場の競争を通じて企業の新陳代謝を促す特性がある。日本は競争がうまく働かず、デジタルやグリーンなど付加価値の高い分野へ企業が変化していくダイナミズムを欠く問題のほうが深刻だ。
所信表明演説で「改革」に言及しなかった首相だが「成長と分配の好循環」の実現には民間の競争を促す抜本的な改革の提示が欠かせない。
(マクロ経済エディター松尾洋平、藤田祐樹)
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諏訪貴子
ダイヤ精機 社長
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貴重な体験談
この会議に出席させて頂きました。様々な分野の視点からのお話を沢山聞くことが出来ました。詳細は語れませんが、大変勉強になりました。私は中小企業の現状と今後についてお話させて頂きました。これからどのようにこの会議が進められていくのか楽しみです。
私も問題提起をしっかりさせて頂き、微力ながら貢献していきたいと思ってます。
2021年10月27日 11:48
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諸富徹
京都大学大学院経済学研究科 教授
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分析・考察
これまでの世界の経験から、成長が必ずしもトリクルダウンをもたらさないと分かった以上分配の経路を政策的に確保、消費を刺激して成長に持っていく着眼点は良いと思います。
ただ記事指摘のように、日本の宿題である生産性低迷を打破しなければ、継続的な賃金上昇も叶いません。
有形資産経済から無形資産経済へ、化石燃料資本主義から脱炭素資本主義への大きな転換期にあるいま、産業構造転換によって、より大きな付加価値を生み出せる産業にシフトして成長率を高めていく必要があります。
衰退産業に退出を促すこうした構造政策は政治的に困難に直面しますが、ここに着手できない成長戦略は、過去30年間の失敗の繰り返しに終わるでしょう。
2021年10月27日 8:45
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村上臣
リンクトイン日本代表
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別の視点
日本の成長戦略が低迷している理由は2つあると思います。
1つは官民が一体となって「ここを伸ばす!」という新産業を決めかねている・もしくはスピード感をもったリソース投入ができていないから。
2つ目に成長産業へのシフトのための労働移動を促す仕組みが不足しているからです。
このどちらもが過去の成功モデルである製造業を中心とした事業モデルおよび制度に囚われているからであり、企業がリスクをとって大胆に労働移動を推進できるよう制度面で官が支援するような枠組みが整備できるかがポイントとなるでしょう。
2021年10月27日 9:43
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花村遼
アーサー・ディ・リトル・ジャパン パートナー
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別の視点
経済成長を目指すには産業の新陳代謝を進めて新しい産業を生み出す大胆な仕掛けが欠かせない。
デジタルやグリーンはどの産業にとっても必要不可欠な最重要なアジェンダであることに間違いないが、それだけで成長エンジンとなる新産業が生み出せるわけではない。
次々と新しいビリオンダラー企業が出てくる米国と比べ、この20年間の日本のトップ企業の顔ぶれはほとんど変わらない。
シーズを育てて大胆な投資をイノベーションを起こすためのエコシステムの形成と、それを拒む障壁を丁寧にに一つずつ取り払うのが近道ではないだろうか。
2021年10月27日 8:48
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野崎浩成
東洋大学 国際学部教授
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別の視点
スローガンが抽象的であるため、看板かけ替え懸念が出てきても仕方ありません。
ふわっとした言葉で国民のハートに刺さった例は、記憶にありません。
このため、「成長」「分配」のそれぞれを支える、分かりやすく揺るがない「背骨」の存在が必要です。背骨に改革を用いるのも決して遅くありません。
背骨を作ればあとは、グリーンであろうが多様性やデジタルであろうが、より具体的かつ実行可能性の高い施策まで落とし込むべきです。検証に耐えられない方針は落とすべきでしょう。
2021年10月27日 7:40 (2021年10月27日 7:41更新)
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菅野幹雄
日本経済新聞社 ワシントン支局長・本社コメンテーター
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ひとこと解説
「新しい資本主義」と銘打つのは10年近く続いた「アベノミクス」の路線と一線を画したい岸田首相の思いなのでしょう。
とはいえ衆院選という真剣勝負を前に具体策が示されず、スローガンが上滑りしている印象があります。
有権者も何に期待したらいいのかイメージをつかめないのでは。
聞き上手を自認する岸田さんのこと、有識者会議でじっくり知恵を集めたいのかもしれませんが、記事にあるように成長の低迷という日本の課題に正面から向き合うことが肝要です。
民間部門の活力を促し、力強い経済を築くことをやはり主眼に置くべきだと思います。
2021年10月27日 7:37 』