香港、たそがれの英国式司法 外国籍裁判官「抗議の辞任」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM144ZG0U4A610C2000000/
『2024年6月26日 2:00
香港の「一国二制度」の象徴だった英国式司法制度の基盤が揺らいでいる。英国籍の裁判官が民主派への有罪判決を受けて「抗議の辞任」に踏み切り、外国籍裁判官の減少に歯止めがかからない。金融都市にとって司法システムの信認低下は政治的な締め付け以上の大きな意味を持つ。
「香港は全体主義になりつつある。法の支配は大きく損なわれた」
6月上旬、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に掲載された1本の寄稿が香港で波…
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『1997年に英国から中国に返還された香港に外国籍の裁判官が存在するのは、中国本土と異なる「独立した司法制度」が保障されてきたためだ。香港基本法は返還後も英国や旧英国植民地が採用するコモンロー(判例法)の法体系を維持し、外国から裁判官を招くことができると規定する。
香港ではいまも裁判官や法廷弁護士は中世欧州風のカツラを着けて裁判に臨む「英国流」を堅持。外国籍判事が多くの審理に関わってきた。
サンプション氏は2018年まで英国の最高裁判事を務め、19年に香港終審法院の非常任裁判官に転じた。20年の香港国家安全維持法(国安法)施行で欧米から逆風が強まった際も「政治的なボイコットには参加しない」と留任していた。
辞任のきっかけは、立法会(議会)選挙に向けた民主派内の予備選挙にかかわった47人が「国家政権転覆共謀罪」に問われた国安法裁判だった。
議会で過半数を取って予算案を否決し、行政長官を辞職に追い込もうとしたことが「国家転覆の企て」に当たると検察側は主張した。
欧米諸国や人権団体は選挙で多数派をめざす行為は罪に当たらないと反発したが、担当した裁判官は検察の主張をほぼ認めた。国安法の担当判事は行政長官が指名する特異な仕組みだ。
中国本土では司法機関も中国共産党の支配下にある。政治の影響を受けず透明性が高い香港の司法システムは、国際的に開かれたビジネス都市の売りだった。
あいまいな規定が多く、コモンローと相いれない国安法の導入によって裁判所を取り巻く環境は一変した。習近平(シー・ジンピン)国家主席は22年、コモンローを維持すると明言したが、外国籍裁判官の香港離れが信認低下を示唆する。』
『金融ビジネスにも影響が及ぶ恐れがある。香港には中国ビジネスを手掛ける金融機関が多く、反中的な活動家の取り締まりなど政治統制の影響は限定的とみられていた。だが、債務不履行などのトラブルを解決する司法制度が機能不全に陥れば、話は別だ。
米非政府組織(NGO)が算出した23年版「法の支配指数」で香港は世界23位と19年に比べ7つ順位を落とした。中国本土(97位)との差は大きいものの、専門人材が香港を離れつつある。香港弁護士会によると、23年末の域外法律事務所は74社と4年連続で減少した。
「香港は終わった」と主張し、香港政府と論争になった著名エコノミストのスティーブン・ローチ氏は政治や社会など広範囲で中国の影響力が強まり「香港のダイナミズムやエネルギー、独自性が薄れた」と指摘する。
スイスの有力ビジネススクールIMDがまとめた24年の世界競争力ランキングで香港は5位とアジアではシンガポールに次ぐ順位だった。
低税率や効率的な政府など世界有数のビジネス環境はなお維持されているとの評価もあるが、司法制度の変質が金融都市の先行きに影を落とす。
倉田徹・立教大教授は「香港は自由や国際性を生かし、変化することで復活してきた。今回は自由や世界とのつながりが政治要因で阻害され、レジリエンス(回復力)の源となる力が弱まりつつある」と懸念を示した。
(香港=伊原健作)』