米国、台湾へF16戦闘機の装備品売却を承認
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB069PS0W4A600C2000000/
『2024年6月6日 18:07
【ワシントン=共同】米政府は5日、台湾に対するF16戦闘機の関連装備品の売却を承認し、議会に通知したと発表した。総額は2億2千万ドル(約342億円)。台湾の安全保障を向上させ、政治的安定の維持を支援するもので、地域の基本的な軍事バランスを変えるものではないとした。』
米国、台湾へF16戦闘機の装備品売却を承認
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB069PS0W4A600C2000000/
『2024年6月6日 18:07
【ワシントン=共同】米政府は5日、台湾に対するF16戦闘機の関連装備品の売却を承認し、議会に通知したと発表した。総額は2億2千万ドル(約342億円)。台湾の安全保障を向上させ、政治的安定の維持を支援するもので、地域の基本的な軍事バランスを変えるものではないとした。』
中国、米大統領台湾発言に反発「領土守る決意揺るがず」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM059IG0V00C24A6000000/
『【北京=田島如生】中国外務省は5日、バイデン米大統領の台湾防衛を巡る発言に反発した。毛寧副報道局長が記者会見で「いかなる圧力や脅威も、国家主権と領土一体性を守ろうとする中国の決意や能力を揺るがすことはできない」と述べた。
バイデン氏は4日に公開されたタイム誌とのインタビューで、中国が台湾に侵攻した場合、台湾防衛のため「軍事力行使を排除しない」と語った。毛氏は記者会見で台湾は中国の一部という立場を…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
中国、カンボジア大使に「戦狼」外交官 協力深化を加速
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM052RP0V00C24A6000000/
『2024年6月5日 16:30
【北京=田島如生、プノンペン=新田祐司】中国がカンボジア大使に外務省報道官を4年近く務めた汪文斌氏を起用することが分かった。東南アジア諸国連合(ASEAN)屈指の親中国であるカンボジアと経済や安全保障の協力を加速する。
汪氏は4日、中国の政府開発援助(ODA)を担う国家国際発展協力署の羅照輝署長と面会し、カンボジアの開発支援について話し合った。同署の発表は汪氏の肩書を「次期カンボジア大使」と記し…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
中国国債「日本化」、運用難の銀行殺到 中銀は介入示唆
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM318N90R30C24A5000000/
『2024年6月5日 8:00
【上海=土居倫之】不動産不況に直面する中国で、行き場を失ったマネーが国債市場に集中している。安全資産である国債の利回りは過去最低圏内まで低下(債券価格は上昇)し、長期停滞を示す「日本化」懸念を映す。中国人民銀行(中央銀行)は過熱する国債買いに、売り介入を示唆した。
「必要なときには国債を含む低リスク債券を売却する」。ロイター通信は5月30日、人民銀のコメントを報じた。人民銀傘下の機関紙「金融時報…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
バイデン氏、再び台湾防衛に言及 「軍事力排除せず」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB052VG0V00C24A6000000/
『2024年6月5日 12:04
【ワシントン=共同】バイデン米大統領は4日に公開されたタイム誌とのインタビューで、中国が台湾に侵攻した場合、台湾防衛のため「軍事力行使を排除しない」と述べた。台湾有事の対応をあらかじめ明確にしない歴代政権の「あいまい戦略」から再び踏み込んだ。中国の反発は必至だ。
バイデン氏は2022年5月にも台湾有事の際に軍事的に関与する考えを示し、真意を巡って内外で混乱を招いた。当時は政権幹部が「政策に変更はない」と火消しを図った。
バイデン氏はインタビューで、米軍の関与がどのような形になるのかと問われ「状況次第だ」と答えた。日本やフィリピンの米軍基地から攻撃する可能性については「話すことはできない」として明かさなかった。
バイデン氏は、台湾の独立を支持しないが、中国が一方的な現状変更を試みれば台湾を守ると習近平(シー・ジンピン)国家主席にも伝えていると強調した。
また、中国経済が「瀬戸際にある」と指摘し、巨大経済圏構想「一帯一路」は失敗に終わったとの認識を示した。インタビューはホワイトハウスで5月28日に実施された。』
日本のメディアが人びとに植え付ける「天安門広場の虐殺」という幻影 | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202406050001/
『1989年1月、アメリカ大統領はロナルド・レーガンからジョージ・H・W・ブッシュへ交代、その直後に新大統領はイギリスのマーガレット・サッチャー首相と会談、ソ連を崩壊させることで合意している。
その当時、すでにソ連のミハイル・ゴルバチョフはCIAのネットワークに取り囲まれていた。ブッシュはその年の5月、ジェームズ・リリーを中国駐在アメリカ大使に据えた。
ブッシュはジェラルド・フォード政権時代の1976年1月から77年1月にかけてCIA長官を務めているが、彼はエール大学時代、CIAからリクルートされたと言われている。同大学でCIAのリクルート担当はボート部のコーチを務めていたアレン・ウォルツだと言われているが、そのウォルツとブッシュは親しかったのだ。
しかも、ブッシュの父親であるプレスコットは銀行家から上院議員へ転身した人物で、ウォール街の弁護士だったアレン・ダレスと親しかった。言うまでもなく、ダレスはOSSからCIAまで秘密工作を指揮していた人物だ。ブッシュは大学を卒業した後にカリブ海で活動、1974年から75年まで中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めている。
ジェームズ・リリーはジョージ・H・W・ブッシュとエール大学時代から親しく、ふたりとも大学でCIAにリクルートされた。リリーは中国山東省の青島生まれで中国語は堪能で、1951年にCIA入りしたと言われている。
このエール大学コンビは中国を揺さぶりにかかる。中国のアカデミーはビジネス界と同じように米英支配層の影響下にあり、揺さぶる実働部隊は主要大学の学生。現場で学生を指揮していたのはジーン・シャープで、彼の背後にはジョージ・ソロスもいたとされている。学生たちと結びついていた趙紫陽の後ろ盾は鄧小平だ。
中国とアメリカは当時、緊密な関係にあると見られていた。1972年2月にリチャード・ニクソン大統領(当時)が中国を訪問、北京政府を唯一の正当な政府と認め、台湾の独立を支持しないと表明して米中は国交を回復させているのだ。1980年には新自由主義の教祖的な存在だったミルトン・フリードマンが北京を訪問、新自由主義の推進役だった趙紫陽は1984年1月にアメリカを訪問、ホワイトハウスでロナルド・レーガン大統領と会談して両国の関係は緊密化していく。
新自由主義は社会的な強者に富を集中させる仕組みであり、中国でも貧富の差が拡大、1980年代の半ばになると労働者の不満が高まる。社会は不安定化して胡耀邦や趙紫陽は窮地に陥り、胡耀邦は1987年1月に総書記を辞任せざるをえなくなった。学生は新自由主義を支持していたが、新自由主義に反対する労働者も抗議活動を始めたいた。
そうした中、1988年にミルトン・フリードマンは8年ぶりに中国を訪問、趙紫陽や江沢民と会談したが、中国政府はその年に「経済改革」を実施している。労働者などからの不満に答えるかたちで軌道修正したと言えるだろう。
胡耀邦は1989年4月15日に死亡。新自由主義を支持する学生はその日から6月4日までの期間、天安門広場で中国政府に抗議する集会を開いたのだが、新自由主義に反対する労働者も抗議活動を始めたいた。
西側の政府や有力メディアは6月4日に軍隊が学生らに発砲して数百名を殺したと主張していた。広場から引き上げる戦車をクローズアップした写真を使い、「広場へ入ろうとする戦車を止める英雄」を作り上げているが、この写真が撮影されたのは6月5日のことだ。
例えば、当日に天安門広場での抗議活動を取材していたワシントン・ポスト紙のジェイ・マシューズは問題になった日に広場で誰も死んでいないとしている。広場に派遣された治安部隊は学生が平和的に引き上げることを許していたという。(Jay Mathews, “The Myth of Tiananmen And the Price of a Passive Press,” Columbia Journalism Reviews, June 4, 2010)
学生の指導グループに属していた吾爾開希は学生200名が殺されたと主張しているが、マシューズによると、虐殺があったとされる数時間前に吾爾開希らは広場を離れていたことが確認されている。北京ホテルから広場の真ん中で兵士が学生を撃つのを見たと主張するBBCの記者もいたが、記者がいた場所から広場の中心部は見えないことも判明している。(Jay Mathews, “The Myth of Tiananmen And the Price of a Passive Press,” Columbia Journalism Reviews, June 4, 2010)
西側の有力メディアは2017年12月、天安門広場で装甲兵員輸送車の銃撃によって1万人以上の市民が殺されたという話を伝えた。北京駐在のイギリス大使だったアラン・ドナルドが1989年6月5日にロンドンへ送った電信を見たというAFPの話を流したのだ。
しかし、これはドナルド大使自身が目撃したのではなく、「信頼できる情報源」の話の引用。その情報源が誰かは明らかにされていないが、そのほかの虐殺話は学生のリーダーから出ていた。当時、イギリスやアメリカは学生指導者と緊密な関係にあった。ドナルド大使の話も学生指導者から出たことが推測できる。
また、内部告発を支援しているウィキリークスが公表した北京のアメリカ大使館が出した1989年7月12日付けの通信文によると、広場へ入った兵士が手にしていたのは棍棒だけで群集への一斉射撃はなかったとチリの2等書記官だったカルロス・ギャロは話している。銃撃があったのは広場から少し離れた場所だったという。(WikiLeaks, “LATIN AMERICAN DIPLOMAT EYEWITNESS ACCOUNT O JUNE 3-4 EVENTS ON TIANANMEN SQUARE”)
イギリスのデイリー・テレグラム紙が2011年6月4日に伝えた記事によると、BBCの北京特派員だったジェームズ・マイルズは2009年に天安門広場で虐殺はなかったと認めている。軍隊が広場へ入ったときに抗議活動の参加者はまだいたが、治安部隊と学生側が話し合った後、広場から立ち去ることが許されたという。マイルズも天安門広場で虐殺はなかったと話している。(The Daily Telegraph, 4 June 2011)
治安部隊とデモ隊が激しく衝突したのは広場から8キロメートル近く離れている木樨地站で、黒焦げになった複数の兵士の死体が撮影されている。このデモ隊は反自由主義を主張していた労働者だったと言われている。路上での衝突と広場の状況を重ねて語る人もいるが、全く違うのだ。
吾爾開希をはじめとする反政府活動の学生指導者たちはイエローバード作戦(黄雀行動)と呼ばれる逃走ルートを使い、香港とフランスを経由してアメリカへ逃れた。このルートを運営していたのは米英の情報機関、つまりCIAとMI6だ。吾爾開希はハーバード大学で学んだ後、台湾へ渡って独立運動に参加、つまり台湾で軍事的な緊張を高める仕事を始めた。
最終更新日 2024.06.05 01:17:17 』
中国「月の裏」再着陸、安保に直結 資源情報や技術蓄積
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG30AQT0Q4A530C2000000/






(※ wikiより)
『2024年6月2日 17:00
世界で唯一、月の裏側に無人探査機を送り込んだ実績を持つ中国が、再び着陸に成功した。地球と通信しにくい裏側は、表側と比べ着陸の難度が高い。地球から見えにくく、中国が米国などに先行して資源などの情報を収集して基地を建設できれば、月面開発や安全保障において優位に立つ可能性がある。
中国の探査機「嫦娥(じょうが)6号」は5月3日、大型ロケット「長征5号」で打ち上げられた。月を周回する軌道に投入されたあと、周回機から切り離されて降下し、6月2日に裏側への着陸に成功した。岩石などの試料を採取して、探査機は6月下旬にも地球に戻る予定だ。月の裏側の試料を地球に持ち帰ることができれば、世界初となる。
月は地球の周りを約1カ月間かけて1周する間に、月自体も1回転するため、地球から見ると、いつも同じ面が表を向いている。探査機が月の表側に向かう場合は、地球と直接通信でき、地球から指示を出したり、探査機の状況を把握したりしやすい。
一方、裏側の場合は通信がしにくく、着陸が一層難しい。探査機と地球の通信を中継する衛星を事前に打ち上げて、運用する技術が必要となる。今回の着陸にあたって中国は3月に衛星「鵲橋(じゃっきょう)2号」を打ち上げて、地球と月の裏側で通信できるようにした。
中国は2013年に米国と旧ソ連に次ぐ3カ国目の月着陸に成功し、19年には世界で初めて裏側に着陸した。20年の「嫦娥5号」では、月の表側の砂や岩石を地球に持ち帰るサンプルリターンに成功した。
月は水などの資源が存在する可能性があり、人類が活動する拠点として使えるほか、より遠い火星などに進出するための足場にもなり得る。米国が有人月面探査「アルテミス計画」を打ち出して日本も参画する一方、中国は別に「国際月研究基地(ILRS)計画」を掲げる。
将来の基地建設に向けた地質調査をするため、世界各国は探査機を相次ぎ着陸させる計画だが、現状の主な競争の場は月の表側だ。中国が裏側を積極的に開拓するのはなぜか。
世界のどの国もなし遂げていない技術的、科学的な成果を出すことで国威発揚につなげるほか、月の開発を有利に進めるために裏側の資源などの情報を得る狙いがあるとみられる。
月には水資源のほかにも、核融合発電の燃料となる「ヘリウム3」や、建材などに使えるアルミニウムやチタンといった金属がある。ただ、資源がどのように分布しているかは、十分にわかっていない。
平らな地形が多い月の表に比べて、裏は凹凸が多く、隕石(いんせき)の衝突の跡がたくさん残されている。こうした地形の違いは資源にも影響を及ぼす。いち早く調査し、情報を得るメリットは大きい。
月での活動を含む宇宙関連の技術開発は安全保障にも直結する。宇宙はサイバーや電磁波と並び、安全保障の「新領域」の一つにあたる。「月の裏側」は宇宙の地政学的に重要な地位を占める可能性がある。
月の裏側は地球からは見えず、地球からの電波も届きにくい。中国が月の裏で何をしていても察知が難しい。日米欧は中国が月の裏側に軍事基地をつくろうとしているのではないかと警戒する。
中国の無人月面探査機「嫦娥6号」が着陸時に撮影したとする月の裏側の画像(中国国家宇宙局のサイトから、共同)
地球の上空を飛ぶ軍事衛星なら、戦争になれば地表からミサイルを撃って敵国の衛星を破壊できる。だが月の裏側にある構造物は地球から直接破壊することは困難だ。中国が米国などに先駆けて探査を進めることで月面を利用した安全保障で優位に立つ狙いがあるとみられる。
裏側への着陸を目指すなかで培う人工衛星のノウハウも、今後の武器となる。中国は衛星「鵲橋」シリーズを複数の異なる軌道上にそろえ、火星や金星にもネットワークを広げる構想を持つ。衛星網は宇宙領域の状況把握や資源調査にも欠かせない。まず月で通信環境を整えることは、月より遠くの宇宙開発に向けた足がかりとなる。
中国が月の裏側の探査で先行する中、日米陣営は民間の力も生かす。月面輸送サービスの構築を目指す日本のispace(アイスペース)は4月、小型人工衛星の製造を手掛ける米企業と中継用衛星の設計・製造で連携すると公表した。26年に裏側への探査機着陸を計画する。月の表と同様に、裏側でも探査競争が始まりそうだ。まずは中国が月の裏から試料を無事に持ち帰ることができるのかに注目が集まる。
【関連記事】
・中国探査機、月の裏側に着陸 世界初の土壌採取へ前進
・「ムーンラッシュ」へ号砲 命の水、誤差100mの争奪戦
・月面探査機のピンポイント着陸成功 JAXAが画像公開
多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
柯 隆のアバター
柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
コメントメニュー
分析・考察 宇宙開発は国家プロジェクトでやりやすい。あらゆる人材と巨額の資金を導入しやすいからである。月面着陸そのものの意味よりも、サンプルリターンに成功したことに重要な意味を持つ。次の目標は宇宙飛行士の月面着陸であるようだ。中国にとって宇宙開発のもう一つの意味は国威発揚である。自力更生で建設している宇宙ステーション「天宮」も完成しているようである。そこで行われるさまざまな科学的実験の結果が注目されよう。
2024年6月3日 6:54いいね
11
鈴木一人のアバター
鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
コメントメニュー
分析・考察 月の裏側に構造物を作ると、どのような安全保障上の脅威となるのだろうか。将来、米国が月の裏側に行くことがあった場合、そこで米中の対立がある、という想定なのだろうか?月の裏側に軍事構造物が出来て、そこから地球に向かってミサイルを撃ってくるということなのだろうか?月の裏側に着陸することは困難だが、月の周回軌道に衛星を配置し、そこでどのような活動をしているかを監視することは可能(雲もないので定期的に監視できる)。これでも「月の裏側で何をしているかわからないから脅威である」となるのだろうか?
2024年6月2日 18:37いいね
』
中国、月裏側の土壌採取に成功 地球に帰還へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM042HF0U4A600C2000000/
『2024年6月4日 11:49
【北京=多部田俊輔】中国の無人月面探査機「嫦娥(じょうが)6号」が4日、月の裏側の土壌サンプルなどを採取して月から離陸した。国営新華社が伝えた。世界で初めてとなる月裏側の土壌を地球に持ち帰るサンプルリターンに向けて前進した。月面探査で米国に先行することで国威発揚を狙い、「宇宙強国」の確立をめざす。
中国当局によると、4日午前7時38分(日本時間同8時38分)に月裏側で土壌サンプルや岩石を採取した…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『中国当局によると、4日午前7時38分(日本時間同8時38分)に月裏側で土壌サンプルや岩石を採取した着陸機が離陸し、月の周回軌道に入ることに成功した。月裏側の地形や土壌の構造分析などの調査分析も計画通り行った。
月の裏側は隕石(いんせき)の衝突の跡が多く、地形も複雑だ。約2キログラムの土壌サンプルを解析し、将来の月面開発などに役立てるとみられる。着陸機に搭載した欧州宇宙機関(ESA)、フランス、イタリアの観測機なども正常に稼働したという。
月の裏側は地球からの電波が届かないため直接交信ができない。3月に打ち上げた通信衛星「鵲橋(じゃっきょう)2号」を中継することで、地球から嫦娥6号をコントロールする仕組みだ。
嫦娥6号は5月3日、中国南部の海南省から大型ロケットで打ち上げられた。30日に月面で土壌サンプルを採取する着陸機を切り離し、6月2日に月裏側に軟着陸。約2日かけて月の裏側で土壌サンプルの採取などを手掛けていた。
月を離陸した着陸機は今後、月の周回軌道に待機している帰還機とドッキングし、6月下旬に内モンゴル自治区に帰還する計画だ。今回の月裏側からのサンプルリターンの成功をテコに、月面基地の建設や月面での資源開発を前進させる。
中国は19年に嫦娥4号を世界で初めて月の裏側に軟着陸させた実績を持つ。20年には嫦娥5号で米国、旧ソ連に次ぐ3カ国目として44年ぶりに月の土壌サンプルの持ち帰りに成功しており、今回の取り組みにつなげた。
【関連記事】
・中国探査機、月の裏側に着陸 世界初の土壌採取へ前進
・インドの無人月面探査機、着陸に成功 史上4カ国目』
中国、国家安全を徹底 天安門事件から35年
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM079US0X00C24A5000000/
『2024年6月4日 5:00 (2024年6月4日 8:34更新)
中国で民主化を求める若者らを当局が武力で鎮圧した1989年の天安門事件から4日で35年となった。国家安全を最優先する習近平(シー・ジンピン)指導部は海外で著名活動家の監視を強め、国内ではスパイ行為の摘発へあらゆる手段を駆使する。外資企業のビジネスにも影響が出ている。
▼天安門事件 1989年6月4日、中国・北京の天安門広場に人民解放軍が突入。民主化を求めて広場や周辺に集結していた若者らを排除し、多数の死傷者を出した事件。党総書記を務め、学生運動に同情的な立場を示していた胡耀邦氏が同年4月に死去したことをきっかけに起きた。中国本土では最大のタブーとなっており、毎年、発生日は厳戒態勢が敷かれる。…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『スマホやパソコン検査へ規定整備
中国当局は5月下旬から国内で事件の遺族や過去に民主化運動を支援した弁護士らに対する監視や移動制限を強め、追悼活動の封じ込めを狙う。SNSなどのネットを中心に情報の統制も徹底している。
スパイ行為の定義を広げて取り締まりを強化した改正「反スパイ法」の施行から1年となる7月1日、法執行の手続きを定めた規定を施行する。この規定にはスマートフォンやパソコンなどの電子機器の検査を盛り込んだ。
具体的には、国家安全機関は緊急時に責任者の許可を得た上で警察証などを提示すれば検査できると定めた。改正反スパイ法にも同様の内容が含まれていたが、SNSなどでは、外国人や中国人が中国入国時にスマホやパソコンなどの検査を受ける可能性があるとの見方が広がった。
スパイ摘発などを担う国家安全省は5月下旬にSNSの公式アカウントで「ばかげた主張」などと批判し、一部の西側諸国は中国人の入国に際して強制的にスマホの検査などを実施する事件が日常的に起きていると反論した。
相次ぐ研究者「失踪」、海外で活動家監視
中国では日本の大学で働く中国人研究者が一時帰国時に失踪する事案も相次いでいる。神戸学院大は3月、胡士雲教授が23年夏から消息不明だと明らかにした。4月には亜細亜大の中国籍の范雲濤教授が23年に一時帰国して以降、消息不明になっていることが分かった。
中国に19年に一時帰国しスパイ容疑で拘束された北海道教育大の袁克勤・元教授が反スパイ法違反の罪で懲役6年の実刑判決を受けていたことも5月に分かった。吉林省長春市の中級人民法院(地裁)が今年1月末、実刑判決を下したとされる。
中国ではスパイ容疑での邦人拘束も多い。当局は23年3月にアステラス製薬の現地幹部の日本人男性をスパイの疑いで拘束し、10月に逮捕した。中国は14年に反スパイ法を施行して以降、少なくとも日本人17人を拘束した。
中国当局の監視の目は海外にも及ぶ。英警察当局は5月、香港のスパイ活動を支援したとして、香港政府の英出先機関の幹部職員らを起訴した。香港メディアによると、職員は著名活動家の羅冠聡(ネイサン・ロー)氏ら英国に移った香港人の監視や情報収集に当たっていた。
香港政府は経済交流を目的に、ロンドンやワシントン、東京を含む海外主要都市に出先機関「経済貿易代表部」を設置する。20年の香港国家安全維持法の施行を受け多数の民主派が海外に逃れたが、移住先でも監視の影がつきまとう。
中国の国家安全省は3日、英秘密情報部(MI6)に協力してスパイ行為を行った疑いで中国の国家機関の職員2人を摘発したと発表した。2人は夫婦で、多額の報酬を受け取り、中国政府の内部情報を提供したとしている。
同省によると、今回摘発した男性は15年に中英交流事業で英国に留学し、MI6関係者から飲食などで便宜を受けてた。当初はコンサルティングの副業だったが、スパイの訓練を受けて重要情報を収集するようになり、妻も協力するようになったという。
習指導部は米国との対立が続く時代を見据え、14年に中央国家安全委員会を設立した。軍事など従来の安全保障に、経済や文化、科学技術、情報、資源などを含めた「総体国家安全観」という概念を打ち出し、国家安全を広く定義した。
14年の反スパイ法施行を手始めに、15年に社会統制を強化する国家安全法、17年に国家の安全のために国内外の「情報工作活動」に法的根拠を与える国家情報法を相次いで施行した。
米コンサル会社を締め付け
国家安全を何よりも重視するため、影響は企業にも及ぶ。米国などへのデータ流出を警戒し、17年からインターネット安全法、データ安全法、個人情報保護法の「データ3法」を順次施行し、ネット統制を強化した。外資企業は中国拠点と本社との間でデータ共有が難しくなった。
米コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニー上海事務所の従業員を取り調べるなど調査会社を締め付ける。欧米企業は投資の前に事業環境を幅広く調査することが多い。欧米企業の中国法人幹部は「中国での新規投資に必要となる十分な調査をできていない」と指摘する。
中国政府が発表した23年の国際収支によると、外資企業の対中直接投資は2000年以来、23年ぶりの低水準となった。日本の製造業大手の現地幹部は「出張者のスマホやパソコンの中国への持ち込みを厳しく制限するようになった」と打ち明ける。
【関連記事】
・香港国安条例違反で初逮捕 「天安門事件」SNS投稿
・英警察、スパイ活動で3人起訴 「香港情報機関の手先」
・北海道教育大元教授、中国で実刑 スパイ罪で懲役6年
多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
益尾知佐子のアバター
益尾知佐子
九州大学大学院比較社会文化研究院 教授
コメントメニュー
分析・考察 政治が経済を締め殺す「人災」。中国ではそれが今後ひどくなる一方です。習近平政権は西側諸国が中国国内に「長い手」を伸ばして干渉してくる事態を恐れ、国家安全を名目として国家安全部による企業や軍の活動監視を合法化させてきました。しかしそれは同時に、14億の中国人のバイタリティを締め殺す行為でもあるわけです。パソコンやスマホの中身チェックは、公務員(≒党員)には以前からやってきたのですが、最近はこれを誰にでもやります、と開き直った状態です。
中国は口では自由貿易を推進しますと言ってますが、個人に対する日常的脅迫・強制と自由貿易は両立しません。中国経済の長期的衰退は避けられません。自爆です。
2024年6月4日 9:54いいね
43
柯 隆のアバター
柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
コメントメニュー
貴重な体験談 自分は1988年に日本に留学した。その翌年に天安門事件が起きた。空から天が落ちた感じ。2か月にわたって、ほとんど外出せず、毎日、テレビで天安門から中継をみていた。ある日、南京にいる父親に電話して、父親から北京で何が起きているのかと聞かれ、話そうと思った瞬間、電話が切られた。それは中国社会の現実である。表面的に開放されたようにみえるが、実は限定的な開放に過ぎない
2024年6月4日 7:18 (2024年6月4日 8:55更新) 』

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)の加盟国図。
中国・アフリカ協力フォーラム(ちゅうごく・アフリカきょうりょくフォーラム、中国語:中非合作论坛、英文:Forum on China–Africa Cooperation, FOCAC)は、中華人民共和国とアフリカ諸国との公式フォーラムである。3年おきに開催している。
2000年, 北京
第1回目の開催地は北京で2000年10月10日から12日まで開かれた。アフリカ諸国からは44カ国の参加があり、アフリカ統一機構の事務総長も出席した[1]。
2003年, エチオピア
2回目の開催地はエチオピアの首都アジス・アベバで、2003年12月15日から16日まで開かれた。中国側からは70名以上の大臣や高級官僚、アフリカ諸国からは44カ国の参加があった。会議ではアジスアベバ行動計画が採択された。
2006年, 北京
2回目の開催地は北京で、2006年11月3日から5日まで開かれた。同会議はエチオピアのメレス・ゼナウィ、エジプトのホスニー・ムバーラク、南アフリカ共和国のターボ・ムベキなどアフリカ諸国から約40カ国の首脳が集まる大規模なものとなり[2]、中国の胡錦涛国家主席からはアフリカ連合本部の建設が表明され[3]、新たに創設された中国・アフリカ発展基金に10億ドルが中国政府から拠出された。
2009年, エジプト
4回目の開催地はエジプトのリゾート地シャルム・エル・シェイクで、2009年11月8日と9日まで開かれた。同会議ではシャルム・エル・シェイク宣言が採択され、2010年から2012までの行動計画が発表された。
2012年, 北京
5回目の開催地は北京で2012年7月19日から20日まで開かれた。
2015年, ヨハネスブルグ
6回目の開催地は南アフリカ共和国最大の都市ヨハネスブルグで、2015年12月4日から5日まで開かれた。
2018年, 北京
7回目の開催地は北京で、2018年9月3日から4日まで開かれた。同会議はアフリカで台湾(中華民国)と唯一国交を結ぶエスワティニ(旧スワジランド)を除く53か国[4]の首脳とアフリカ連合委員長や国連事務総長[5]などが集まり、中国の習近平国家主席からは600億ドルの拠出と一部の国の債務免除や[6]、アフリカ待機軍への軍事援助[7]と積極的な国連平和維持活動や中国・アフリカ平和安全保障基金を新たに創設することが表明され[8]、2019年から2021までの行動計画が発表された[9]。
2021年, ダカール
8回目の開催地はセネガルの首都ダカールで、2021年11月29日から30日まで開かれた。
関連項目
中国アフリカ防衛安全フォーラム
アフリカ開発会議
脚注
^ “The 1st Ministerial Conference”, Sina.com, 26 October 2006, originally published by Xinhua News
^ “中国アフリカ協力フォーラムへの各種対策を推進―北京市”. Record China (2006年10月31日). 2018年7月31日閲覧。
^ “New AU headquarters shows partnership entering era of hope”. チャイナデイリー. (2014年4月29日) 2018年8月25日閲覧。
^ “中国、アフリカに6兆6000億円支援 対米けん制へ”. 日本経済新聞 (2018年9月3日). 2018年9月3日閲覧。
^ “FOCAC開幕式で習主席が基調演説”. 中国国際放送 (2018年9月4日). 2018年9月4日閲覧。
^ “China’s Xi offers another $60 billion to Africa, but says no to ‘vanity’ projects”. ロイター (2018年9月5日). 2018年11月6日閲覧。
^ “Beijing Declaration-Toward an Even Stronger China-Africa Community with a Shared Future”. 中華人民共和国外交部 (2018年9月5日). 2018年9月29日閲覧。
^ “Xi says China to implement eight major initiatives with African countries”. 新華社 (2018年9月3日). 2018年9月3日閲覧。
^ “Forum on China-Africa Cooperation Beijing Action Plan (2019-2021)”. 中華人民共和国外交部 (2018年9月5日). 2018年9月29日閲覧。
外部リンク
Official Website of FOCAC(英語)
典拠管理データベース ウィキデータを編集
全般
VIAF
国立図書館
アメリカ
その他
IdRef
カテゴリ: アフリカの政治
最終更新 2023年11月11日 (土) 16:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。
プライバシー・ポリシーウィキペディアについて免責事項行動規範開発者統計Cookieに関する声明モバイルビューWikimedia FoundationPowered by MediaWiki
本文の横幅制限を有効化/無効化 』