※ロシアの中央選挙委員会(CEC)の Ella Pamfilova 委員長によると…。
https://st2019.site/?p=21930
『※ロシアの中央選挙委員会(CEC)の Ella Pamfilova 委員長によると、世界の706ヵ国から33万3600人のオブザーバーが選挙に立ち会っているので3-15に投票開始した選挙は公正だという。
世界には196ヵ国しかないはずなのだが……。』
※ロシアの中央選挙委員会(CEC)の Ella Pamfilova 委員長によると…。
https://st2019.site/?p=21930
『※ロシアの中央選挙委員会(CEC)の Ella Pamfilova 委員長によると、世界の706ヵ国から33万3600人のオブザーバーが選挙に立ち会っているので3-15に投票開始した選挙は公正だという。
世界には196ヵ国しかないはずなのだが……。』
1日に100万バレルを輸出していたロシアの軽油の生産量が急減。
https://st2019.site/?p=21928
『精油所へのドローン特攻が効きまくっているらしい。』
独の長距離ミサイルでクリミア橋を攻撃する計画を独空軍は米太平洋空軍に伝達 | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403170000/
『クリミア橋(ケルチ橋)を「タウルスKEPD 350」ミサイルで攻撃する相談をドイツ空軍の幹部は2月19日にリモート会議で行った。その幹部とはインゴ・ゲルハルツ独空軍総監、作戦担当参謀次長のフランク・グレーフェ准将、そして連邦軍宇宙本部のフェンスケとフロシュテッテだ。その音声は3月1日、RTによって公開されたが、ディルク・ポールマンとトビアス・アウゲンブラウンの分析によると、ゲルハルツらは昨年10月の時点で計画の内容を太平洋空軍司令官だったケネス・ウイルスバックに伝えているという。
ウイルスバックは2023年5月、航空戦闘軍団司令官に指名され、今年2月に就任した。ウイルスバックの後任としてケビン・シュナイダーが太平洋空軍司令官になったのは今年2月9日。問題のリモート会談が行われる10日前のことだ。その時点でシュナイダーはウクライナでの攻撃計画について知らなかったようだ。グレーフェによると、シュナイダーは彼が何を話しているのか理解できていなかったという。
計画を知らなかったのはシュナイダーだけでない。ドイツのオラフ・ショルツ首相やボリス・ピストリウス国防相も知らなかった。つまりアメリカ軍幹部の一部とドイツ空軍幹部など限られたグループがロシア軍と本格的な軍事衝突を目論んでいる可能性があるが、この計画でドイツ側が主導権を握っている可能性は小さいだろう。そして3月19日にシュナイダー太平洋空軍司令官はアラスカでドイツ宇宙軍航空作戦センターの「フロルシュテット」と会談するという。
ウクライナにおけるロシア軍との戦闘に太平洋空軍司令官が積極的な理由は中国を抑制するためだとも言われているが、そうなると、アメリカ軍の下部機関と化している自衛隊は勿論、日本政府も無関係ではなくなるだろう。
ネオコンなどアメリカの好戦派は自分たちの力を過大評価、ロシアや中国を過小評価し、攻撃をエスカレートさせていけばロシアや中国は屈服すると信じているのだろうが、これは1990年代から続く彼らの「信仰」にすぎない。その信仰を危険だと考える勢力がアメリカの軍や情報機関の中にもいるはずだが、ドイツ空軍幹部の会談を盗聴したのはアメリカの電子情報機関だとする情報がある。欧米の好戦派は「窮鼠猫を噛む」状態になっているのかもしれない。
WITTER
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最終更新日 2024.03.17 00:00:09 』
ロシア大統領選、プーチン氏が勝利宣言 任期30年まで
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR172W70X10C24A3000000/
『2024年3月18日 3:00
ロシア大統領選が17日開票され、プーチン大統領(71)の通算5選の当選が確実となった。ウクライナ軍事侵攻が長期化する中、前線での優勢や国内の経済成長などを主張し、支持基盤である保守層からの支持を集めた。任期は2030年までの6年間となる。
【関連記事】永続化するプーチン体制 強権ロシアとの対峙、長期戦に
中央選挙管理委員会の暫定集計によると、開票率約70%でプーチン氏が得票率87%を獲得し、2位以下に大差をつけた。投票率は74%程度だったもようだ。18年の前回大統領選でのプーチン氏の得票率は76%で、投票率は67%だった。いずれも今回の選挙結果が上回っている。
プーチン氏は「我々は一つのチームだ」と当選確実が伝わった後にモスクワで演説し、勝利宣言した。
今回の大統領選はプーチン氏に加え、政党「新しい人々」のダワンコフ下院副議長(40)、ロシア共産党のハリトノフ下院議員(75)、自由民主党のスルツキー党首(56)の計4人が立候補した。
ウクライナ侵攻に明確に反対するボリス・ナデジディン元下院議員らの立候補は認められず、同氏の最高裁への提訴は棄却された。立候補者は過去最少の4人で、前回18年の大統領選から半減した。実質的な対立候補を排除することで、「圧勝」を国内外にアピールする狙いとみられる。
北極圏の刑務所で獄死したロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の妻ユリア氏はSNS(交流サイト)で投票最終日の17日正午に投票所に行き、プーチン氏以外の候補に投票するか、投票用紙を破棄するよう国民に呼びかけた。モスクワなど各地の投票所では抗議行動に参加する有権者の行列ができた。
独立系人権団体「OVDインフォ」は17日、大統領選に関連して国内20都市で80人が拘束されたと明らかにした。
今回の大統領選では侵攻後の22年秋に一方的に併合したウクライナ東・南部4州でも大統領選の投票を実施した。独立系メディアはロシアによる併合地域では投票担当者が武装した兵士を伴って住民の自宅を訪問し投票を強制しているなどと報じた。併合地域での選挙実施について、ウクライナや日米など55カ国以上が15日、国連安全保障理事会の場でロシアを非難する共同声明を発表した。
プーチン氏は4期目、22年2月にウクライナ領内の親ロシア派勢力の保護などを名目に侵攻を開始した。主要7カ国(G7)などはロシアに相次ぎ経済・金融制裁を科し、西側諸国との対外関係は大きく冷え込んだ。
ロシアは中国やインドなど対ロ制裁を科していない国との貿易を強化し、制裁の影響の抑制に努めた。ロシアの23年の国内総生産(GDP、速報値)は22年に比べて3.6%増加し、2年ぶりのプラス成長となった。ウクライナ侵攻の長期化で軍需関連を中心とした製造業がけん引した。
政権による情報統制や内政の安定などを背景に、侵攻後にプーチン氏の支持率は8割台に上昇し足元でも高支持率が続く。
プーチン氏は5月の就任式でロシアの次期大統領に正式に就く。
ウラジーミル・プーチン氏 1952年旧ソ連北西部レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード大学法学部を卒業後、ソ連国家保安委員会(KGB)に入り、旧東ドイツで勤務した。99年にエリツィン大統領(当時)に後継に指名されて大統領代行となり、2000年の大統領選で当選した。
08年に連続3選を禁じた憲法に従って大統領の職をメドベージェフ現首相に譲り、自らは首相に転じた。メドベージェフ氏との二頭体制を経て12年に大統領に復帰した。
【関連記事】
・ロシア大統領選、抗議行動で長蛇の行列も 未明に開票
・ロシア大統領選、投票なら現金ポイント 投票率上げ躍起
多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
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田中道昭
立教大学ビジネススクール 教授
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ひとこと解説
反対派を排除し、弾圧と粛清の中で行なわれた大統領選挙。ロシア国民は「プーチンマジョリティー」と化し、独裁的な支配と現状変更しようとする不当な戦いを正当化する抗弁をプーチン氏に与えたように見えます。ウクライナへの戦況は優位に見える一方、その不当な侵攻により、スウェーデンとフィンランドはNATOへ加盟することとなりました。その結果、ノルディック・バランスは崩壊し、バルト海はNATO LAKEとなり、ロシア包囲網が拡大しています。プーチン氏の地滑り的勝利には無力感が漂いますが、大局的に見れば、プーチン氏の歪んだ歴史感とは異なる展開になっているのではないかと思います。https://toyokeizai.net/articles/-/534817
2024年3月18日 7:06 (2024年3月18日 7:25更新) 』
難航していたウクライナへの軍事支援、EU加盟国が50億ユーロ提供で合意
https://grandfleet.info/european-region/eu-member-states-agree-to-provide-5-billion-euros-in-military-aid-to-struggling-ukraine/
『2024.03.14
EU外務・安全保障政策上級代表のボレル氏は13日「ウクライナに50億ユーロの軍事支援提供で加盟国が合意した」と発表、これでEUは財政支援と軍事支援を用意出来たことになり、ウクライナに対する資金供給が正常化するかどうかは米国の決定待ちになった。
参考:EU agrees 5 bln euro boost for Ukraine military aid fund
あとは米国の支援が決まればウクライナに対する資金供給は正常化する
EUは通常予算を軍事支援に割り当てることが出来ないため、ウクライナ向けの軍事支援は通常予算外の基金=欧州平和ファシリティ(EPF)を通じて行われており、過去2年間で56億ユーロ相当の軍事支援を提供していたが、新たなウクライナ向けの軍事支援はEPFの見直し議論に巻き込まれて合意が遅れていた。
出典:PRESIDENT OF UKRAINE
EPFに最も多くの資金を拠出しているドイツは二ヶ国間支援を増やすため「これにかかった費用をEPFへの拠出金からを差し引きたい」と提案したもののEU当局が反対し、フランスは「約束した砲弾100万発を期限内にウクライナへ届けるため域外調達を行うべきだ」と訴えたポーランドやバルト三国と衝突したことがあり、見直し議論の中で「EPFの資金はEU域内からの調達に限定する条項を設定すべきだ」と主張したが、迅速なウクライナ支援のため域外調達を主張する国々が反対。
この相違点について加盟国の関係者は「妥協案がみつかった」と明かし、EU外務・安全保障政策上級代表のボレル氏も13日「EPFを通じた50億ユーロ分の軍事支援提供で加盟国が合意した」と発表。
We made it: #Coreper agreed on the #UkraineAssistanceFund.
The Fund will allow us to step up our military support to #Ukraine with another €5 billion.
The message is clear: we will support #Ukraine with whatever it takes to prevail.#EuropeanPeaceFacility
— Josep Borrell Fontelles (@JosepBorrellF) March 13, 2024
合意された最終文書には「拠出金の算出時に二ヶ国間支援にかかった一部費用を考慮する」「EPFの資金はEU域内からの調達を優先し、ウクライナのニーズに見合った期限に間に合わない場合にのみ例外を認める」と妥協案が盛り込まれているため、チェコの取り組み(域外から砲弾80万発調達)にEPFが使用が可能になり、EU外務理事会で承認されればウクライナ向けの軍事支援が確定する。
これでEUは財政支援と軍事支援を用意出来たことになり、ウクライナに対する資金供給が正常化するかどうかは米国の決定待ちだが、ジョンソン下院議長を迂回した強行採決が実現するかどうかは何とも言えない。
関連記事:ウクライナ軍が直面する砲弾不足の原因、問題は何処に潜んでいるのか
関連記事:バイデン政権、偶然手に入った資金で3億ドル相当のウクライナ支援を発表
※アイキャッチ画像の出典:Генеральний штаб ЗСУ
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投稿者: 航空万能論GF管理人 欧州関連 コメント: 66 』
『
gepard
2024年 3月 14日
返信 引用
ジョンソン下院議長を迂回して採決に持ち込む方法には218名の署名が必要になるため、下院民主党と共和党からの造反5名が必要になる。
トランプが共和党を正式に乗っ取った現在はハードルはさらに高くなっていると個人的に感じている。
ちなみにジョンソン議長を含む多くの共和党議員はウ支援そのものへの反対ではなく、ウ支援を優先して国境管理と不法移民対策にバイデンが消極的なことを批判している。バイデンが国境管理で譲歩し、大統領令で対処する姿勢を見せればウ予算を通すのは容易だろう。
しかし低支持率に苦しみトランプとの世論調査対決で現状負けているバイデンはウ支援の為に自らの支持層の離反を招く決断をすることは恐らくない。
ウ予算の問題はアメリカの国境次第で決まると断言しても良いだろう。』
フランスとウクライナ戦争 ―マクロン流安全保障政策の論理―
http://ssdpaki.la.coocan.jp/proposals/124.html
※ 非常に参考になった…。
※ フランスの立ち位置、マクロン氏の行動の「分かりにくさ」の「背後にあるもの」を解説した、数少ない論考の一つだと思われるので、是非一読をオススメする。
※ 今アクセスしたら、「not found」になってる…。
※ http://ssdpaki.la.coocan.jp/ というサイトにある論考なんで、自分で探してくれ。
『 遠藤 乾
1 問題の所在
2022年2月末に始まったウクライナ戦争は、他の多くの国同様、フランスをも揺るがした。それは、ヨーロッパ大陸の上で行われた久しぶりの大規模戦争であり、軍事から経済、社会に至るまで、影響は大きく、多岐に及ぶ。それは当然、エマニュエル・マクロン大統領の再選がかかった同年4月の仏大統領選挙でも主要争点となった。
ここでは、マクロン大統領の政治指導に的を絞り、ウクライナ戦争によってフランスの安全保障政策の何が変化し、あるいはしなかったのか、検討する。
背景にある問題を端的に述べると、侵略を受けたウクライナは別として、英米のように対露強硬スタンスが比較的はっきりとしている国と比べ、フランスのそれはときに英米同様で、しかしときに親露的で曖昧に映り、結果的に分かりにくいということがあげられる。
具体的には、マクロンは戦争開始前後20数回にわたり電話でのものを含めた仏露首脳会談を開き、ロシアとウクライナの「仲介」を試み、ロシアを追い込まないよう配慮を示し続けた結果、「宥和」を疑われた。
他方、22年前半期のEU議長国として対露制裁や対宇支援の取りまとめに動き、国際社会の指導国の一つとしてロシアに対峙もしている。
本稿では、なぜ分かりにくくなるのか、その底流にある論理は何なのか、考えてみたい。
その際、主に歴史的に接近を試み、ときおり社会的な背景にも踏み込むことになろう。
以下では、まず歴史的にフランスの独自路線を紐解いたのち、次にロシアとの関係の論理を抽出し、マクロンとプーチンの二者関係を振り返ったのち、今回の戦争におけるフランス外交安保政策を総括してみたい。
2 フランス外交安全保障の執拗低音―戦略的自律、大国主義、欧州主義
「同盟国も他国だ」。大戦期レジスタンスの象徴で、のちの第5共和制の創始者、初代大統領のド・ゴール将軍の言葉とされる。この同盟国不信には、戦時期の歴史的経験がある。
「1940年の衝撃」と呼ばれるフランスの対独敗北、降伏、休戦協定は、それ自体フランスにとって、国家滅亡、分裂の悲劇だったが、それに引き続くメール・セル・ケビール事件は、深い傷となって指導者の心に刻まれた 1。
それは、1940年7月初頭、直前まで同盟国であったイギリスの軍による攻撃で、1295名が戦死するという痛ましい事件である。
すでにナチス・ドイツ占領下もしくは同胞となったフランスのもつ軍備は、連合国に対して使われうる軍事的アセットであり、それを兵士とともに攻撃した冷徹なチャーチル政権下のイギリスに、一定の「背信」をフランスは見出していた。
その後も、ナチスに占領された北部、親独ヴィシー政権下の南部、ロンドンとアルジェにおける亡命政権と、国が三分、四分されるなか、ロンドンからのちにアルジェに移り統一亡命政権の事実上の長となったド・ゴール将軍に対しては、F・D・ローズヴェルト米大統領は容赦ない憎悪の視線を送っていた。
こうした経験が、アングロサクソンの同盟国に対する根深い不信につながっているとみてよい。
戦後のフランスは、そうした屈辱の歴史を背に、歴史的に自らが当然視する大国の地位の確保に執心してきた。
国連安保理の議席、核武装、植民地(ないしそのネットワーク)の維持である。
これらの政策資源をつうじて、世界に伍す大国たろうと努めてきたのである。
それは、ヨーロッパ統合についてもいえよう。
フランス主導でのヨーロッパ諸国の糾合は、一国で保全できない影響力を確保するプラットフォームづくりに他ならない。仏流欧州主義は、こうして大国主義とも軌を一にする。
このフランスの生き方は、しばしば戦略的自律という概念にまとめうる 2。
それは、言葉としては1994年の国防白書で初めて登場したものだが、戦後長らくフランスの外交安全保障の基本線であった。
一般の辞書によればそれは「主要戦略分野における固有の資源を使い、あるいは必要で望ましい時にはパートナー国と協力しつつ、自律的なやり方で行為する能力」と定義される。
ここでいわれる「固有の資源」の最たるものが核兵器である。
1960年に初めて核実験を行い、保有国入りを果たしたが、その後の核兵器に関するフランスの思考法は、以下の三層にまたがって発展してきたといえよう。
一つは、自国が攻撃されたときに核による反撃の可能性をもつことで、潜在的な敵国の攻撃意志を制約すること。
二つ目は、それを欧州次元に広げることである。隣国が(核)攻撃されたときに、フランスが(ロシアを除いて大陸で唯一のものである)核兵器で反撃するかもしれないと思わせることで、ヨーロッパでの指導力を担保し、ここでも潜在的な敵国への攻撃意志を抑制する意図が語られる。
ただし、欧州次元を意識する/させるといっても、その中身は戦略的曖昧性を帯びる。「欧州」「隣国」「攻撃」「反撃」の定義は、どれも明確さに欠ける。
もっとも論争的なのは、フランスの核のもつ第3層目の意味である。
それは、同盟国(つまりアメリカ)管理の道具であり、米ソ(露)の相互核抑止が完遂されるためにフランスが核武装するというものである 3。
フランスは「拡大抑止」という概念を信頼しない。
他国を守るために自国が核攻撃を受けるかもしれないなかで、その自国が他国のために核を使う構えを見せ続けられるのか、疑っている。
だから、上記の隣国に関するフランスの核の意味も、欧州次元があるという言い方にとどめ、フランスが拡大抑止を特定国に提供するとは明言しない。
そうしたなか、アメリカは同盟国に核の傘を提供するとしている。
対するフランスは、独自核の引き金をもつことで、みずからの国家意思を、核の傘の盟主に尊重させようとする。
フランスが核で何を最終的にするのかは主権マターである。
そのことが、同盟国をすら不明・不安にさせる。それがテコになり、交渉力となる。
つまり、フランスが核攻撃で圧倒されそうになったとき、アメリカがその攻撃国にきちんと反撃するよう担保させる、というのがフランス側の論理なのである。
こうして、戦略的自律、大国主義、欧州主義がフランスの外交安保を貫く主旋律をなす。
3 フランスとロシア――ヨーロッパ国家としてのロシア
フランスとロシアの関係を体系的に論じるのは本稿の手に余るが、本節では行論に必要な限りで概観したい。
まず第一に理解すべきは、フランスの目から見てロシアは、同じ大陸を共有しているヨーロッパの国家だということである。
ナポレオン戦争のあとにパリを闊歩していたのは、占領者としてのロシア兵だった。ピョートル大帝のもとのロシアは他の国の追随を許さないほどの軍事力をもっており、地続きであることも手伝って、それ自体尊重されざるをえない存在だった。
もちろん、そこに注がれるまなざしには、異質感も交じっていた。
キッシンジャーが記述するように、「ロシアに関するすべて――絶対主義、大きさ、全世界におよぶ野望と不安定さ――は当初から、釣り合いと均整の上に築かれたヨーロッパの昔ながらの国際秩序の概念に対する脅威」でもあり、「畏怖と不安の目」で見つめる対象だった 4。
したがって、17世紀にシュリー伯が「大構想」を打ち出したとき、トルコとともにロシアは警戒の対象であり、その構想から排除されていた 5。
しかし、フランスの国際政治構想の多くにロシアが含まれていたのも事実である。
18世紀のサン・ピエール師による「永久平和論」はその典型例である 6。
20世紀になっても、ド・ゴール大統領が打ち出した「大西洋からウラルまで」の汎欧州秩序構想は、まさにロシアと東欧圏を含む空間を指さし、そこでの安定を自国の戦略的自律に活かそうと試みたものであり、彼による冷戦期のモスクワ訪問はアメリカへのメッセージにもなっていた。
その冷戦の終焉とともにミッテラン大統領が打ち出した欧州国家連合構想もまた、ソ連/ロシアを含むものだった。
逆方向のつながりも指摘しうる。
ロシアのロマノフ王朝の宮廷言語はながらくフランス語であり、日露戦争後のポーツマス講和会議で代表を務めたのは、フランス語が堪能なウィッテだった。
ロシア革命とその後の戦乱の中で、ロシアの貴族の多くが逃れたのはパリだった。
双方向の関係を示す典型がシベリア鉄道だろう。その建設に関わったフランスの関係者も多く、資金は主にフランスで調達された。
その呼び水となったのは、周知のように、双方ともに興隆するドイツを意識しつつ19世紀末に締結した露仏同盟であった。
21世紀になっても、基幹的な政策においてフランスはロシアと密な関係を結んでいる。
化石燃料の資源をもたないフランスが原発にエネルギー源を求めてきたことはよく知られているが、その原発廃棄物の大口の引き受け手は、ほかならぬロシアであった。
つまり、かの国は、エネルギーというフランス国家の生存がかかる国策の不可欠なパートナーとなっている。
この関係が、ウクライナ侵攻でキャンセルされた気配はない。加えて、侵攻後の経済制裁において、フランス産業界は先進国のあいだでもっともロシアへの執着を示した国のひとつであった。
フランスの親露傾向は、ドイツや英米に対する一定の留保と無関係ではないと思われるが、注目すべきはその国内政治的基盤である。
直近の二回の大統領選における主要候補を見ると、Marine Le Pen、François Fillon、Jean-Luc Mélanchon、Éric Zemmourといった極左から極右までの人物はみな、ながらくロシアへの親近感を隠そうとしなかった。
もちろん、侵攻後は、程度の差はあれ、プーチンの蛮行からは距離を置いたが、Fillonはガスプロムの重役の地位を放棄するのに数か月を要した。
Mélanchonは侵攻後も、軍事的な転回を迎えるドイツへの警戒心を優先させているように見え、Zemmourはロシアとの同盟がアングロサクソンによって挫かれてきたという歴史観を披露した。
Le Pen女史は、2017年の選挙の際、プーチン氏から資金調達を受けたことが明らかになっている。
2022年の選挙時、再度決選投票で彼女と対峙したマクロン大統領は、「あなたがロシアの指導者に話すとき、外国の指導者と話しているのではなく、(融資する)銀行家と話しているのだ」と痛烈に揶揄したのは公開討論の一つのハイライトであった 7。
そのマクロンも若かりし頃、2002年の大統領選挙では左翼ゴーリストのJean-Pierre Chevènementに投票したが、同候補はプーチン氏から勲章を受け取るほどの親露派であった。親露姿勢ゆえの投票ではないとはいえ、それへの許容度がうかがい知れる。
4 マクロンとプーチン
大統領になってからのマクロンは、クリミア併合やドンバスへの介入を機に悪化した対露関係をリセットしようと努めた。
たとえば、当選直後の2017年5月にはプーチン氏をヴェルサイユ宮に招聘し、みなを驚かせた。
というのも、選挙時にロシアは偽情報を大々的に流し、マクロン氏の同性愛傾向やオフショアの銀行口座の存在を流布し、選挙事務所はサイバー攻撃の対象となっていたからである。
のみならず、2018年の第一次世界大戦終結100周年記念式典にも、トランプ氏とともにプーチン氏を招聘した。
さらに、2019年夏、プーチン氏を南仏の仏大統領専用保養地ブレガンソン城塞に招きいれ、「(ロシアは)ヨーロッパの価値観にふさわしい、ヨーロッパの国だ」と持ち上げた 8。
この背後にあるのは、ロシアと同じ大陸を共有しており、その安定なくしてヨーロッパやフランスの安全は保障されず、その戦略的自律もままならないという強い確信があるものと思われる。
マクロン大統領は、2019年、みずから議長を務めたG7ビアリッツ首脳会談後、フランスの大使たちを前に、「ロシアをヨーロッパから押しやるのは深淵なる戦略的錯誤だ。(中略)ヨーロッパ大陸は、ロシアとの関係を和らげ、明瞭にすることなく決して安定しないし、安全にならない」と説いた。
ウクライナの戦況が膠着状態に陥っていた22年12月、シリア訪問からの帰路にもまた、アメリカがヨーロッパへの関心を失う可能性に触れた後、「ロシアとの漸進的な信頼醸成なくして、ヨーロッパの市民による防衛安保プロジェクトはありえない」としている 9。
マクロン大統領の国際構想 10は、独仏を中核としたEUを統合した先の「ヨーロッパ主権」のもとにおけるフランスの戦略的自律性と世界的影響力の強化が中心にあり、ヨーロッパの次に視野に入るのはもちろん大西洋同盟だが、対米自立も並行して追求されるべきアジェンダである。
そのなかで、ロシアはもともと不可欠のピースであった。だから関係改善の模索がなされたのである。
ちなみに、独仏、ヨーロッパ(EU)、大西洋共同体の順で優先順位があるのだが、その先はアフリカや中東などの旧植民地とそのネットワーク、さらにインド太平洋が続くと思われる。
ただし、フランスの戦略的自律、ヨーロッパ統合、そして大西洋主義ないしNATOのあいだには独特の調和・緊張関係が埋め込まれており、たんにフランスがEUの枠を利用して対米自立を図っているとだけ解釈すると根本を間違うことにもなりかねない。
というのも、とくに対独(+対露)抑制においてフランスはアメリカの力とNATOの枠に依っているのであり、その枠で初めて自律性を追求できるという側面もあるからである。
それを、英国の国際政治学者ウィリアム・ウォレスは「フランスの独立(independence)はアメリカとの相互依存(interdependence)に依っている(depends upon)」と修辞した 11。
また、フランスがEUを自国の戦略的自律のためのプラットフォームに利用しようとしても、そこには緊張がはらむ。
というのも、全てのヨーロッパ大陸国がフランスのように独自核をもち、自力で独立を維持・確保できるわけではなく、その点バルト三国やポーランドをはじめ多くの国がアメリカとNATOに頼っているからである。
したがって軍事安全保障分野でフランスがEU統合を強要すると、そうした国が離反しアメリカについてしまう、つまり統合でなく分裂に寄与してしまうという限界がそこに見てとれるのである。
5 マクロンとロシア=ウクライナ戦争
戦争前夜、マクロン大統領はときに単独で、ときにシュルツ独首相と一緒に、プーチン露大統領の説得に奔走した 12。
これは、2014-15年のミンスク合意I・IIにむけてシャトル外交を展開したメルケル前独首相の外交努力を彷彿させるものであった。
アメリカ政府の高官が侵攻を「確信」したのが早くも2021年10月11日だったといわれているが 13、そのころから年末にかけて、ウクライナや同盟国へのかなり突っ込んだ情報開示が始まったと思われる。
電話のものも含まれるが、10月10日には退任しゆくメルケル首相とともにプーチン大統領と会談し、11月にもロシア軍のビルドアップが進む中、16日に二者会談を行っている。
12月には14日と21日に同様の会談を試みている。
とくに21日のものは、その前の週にロシアが西側・NATOへの要求を突き付けた後で、すでに十分に緊迫した局面であった。しかし、年末にマクロン大統領はロシアとの協調をあきらめない姿勢を明らかにしている。
2022年1月に入ると、フランスは半年で輪番となるEUの議長国となり、マクロン氏の外交はフランス独自の行動にヨーロッパの帽子をかぶせるような形をとった。
1月28日に電話会談を経て、2月8日にはモスクワにて5時間に及ぶ対面首脳会談を実施し、その直後にはキーウに飛び仏宇首脳会談に臨んだ。
「仲介」に奔走したマクロン大統領は、「目的を達成した」とし、全ての関係国にとっての「具体的な安全の保証措置」を協議したと説明。
AFPによると8日、「駆け引きをやめさせ、激化を防ぐ目的が達成された」と語った。
仏大統領府によれば、両首脳はウクライナ国境付近で新たな軍事行動を起こさないことで合意」 14したとした。
しかし、この最後の点は露大統領府によって直後に否定され、また報道リークによりフランスがウクライナの「フィンランド化」を提案したと伝えられ、批判も相次いだ。
おそらく、ウクライナのNATO早期加盟を排除したうえで、ロシアに一定の発言権を黙認する中でのウクライナの主権・独立維持を模索したのだと思われる。
バイデン米大統領が、16日には侵攻が始まると、異例なことに日にちを特定して警告をし、おそらく日本政府も何らかの情報を得て侵攻に備えていたところ、フランスが迫りくる動きに鈍感であったとは思えない。
マクロン大統領は、批判を承知で、2月12日に一度、20日に二度、仏露首脳電話会談を行い、最後の懐柔を試みた。
それは、22日にロシアが東部二州の独立を承認し、フランスを含めEU諸国が制裁を余儀なくされるなか、失敗に終わったが、その直前にも電話で首脳会談がもたれている。
24日の侵攻開始後、ロシアへの非難が相次ぎ、追加の制裁が科されたが、その4日後、28日にマクロン大統領はプーチン大統領と電話会談し、ウクライナ民間人への攻撃停止、民間インフラの保護、首都キエフ南方道路の安全確保を要求したが、ことごとく無視される悔過となった。
3月3日にも電話での首脳会談がもたれたが、「ロシアが攻撃者だ」という前日のマクロン発言に反発したプーチン氏が、攻撃は「(ウクライナの)非武装化達成の作戦完遂」まで続行すると宣言し、「最悪の事態」とマクロン氏はおおやけに憂いた。
それでもあきらめない同氏は、6日にも電話している。29日には、その直前にしたマリウポリでの人道回廊設置の提案を繰り返すが、プーチン氏は提案を拒否し、物別れに終わっている。
4月下旬の大統領選で再選されたマクロン氏は、対露外交を再開した。
5月3日には前年12月から数えて20回目となる電話首脳会談を実施する。
並行して、同月初頭、「(ロシアに)屈辱を与えたいという誘惑や、報復したいという気持ちに屈してはならない」と述べている。
ふたたび28日に電話会談した後、6月4日にマクロン大統領はパリジャン紙等地方紙に有名な一言を残す。
「戦いが止まった日には外交を通じて出口が築けるよう、私たちはロシアに屈辱を与えてはならない」「仲介者になるのがフランスの役割だと確信している」「自ら孤立するのはともかく、そこから抜けだすのは難しい」「国民と自分自身と歴史にとって、歴史的で根本的な間違いをしたと、本人に伝えた」。
これに対しては、クレバ宇外相が、屈辱はロシアが自ら招いたものだとし、マクロン氏を名指しで批判し、ゼレンスキー大統領も、「屈辱」発言を理解できないとした。
おそらく、マクロン氏は、蛮行を犯したロシアを戦後にどのようにヨーロッパ国家として秩序に戻していくか、長期的な視点から発言したものと思われる。
したがって、少なくとも主観的には、この頃からウクライナへの支援をグレードアップして行ったのは矛盾ではない。
6月9日には、ゼレンスキー宇大統領との電話会談で重火器供与を確約する。
その一週間後、16日には独伊の首脳とともにキーウを訪問し、首脳会談を行った。
月末のマドリッドNATO首脳会議にはマクロン仏大統領も出席したが、それが全会一致で採択した戦略文書は、ロシアを「脅威」と断じた。
その後は、8月19日など、散発的に電話首脳会談があったものの、核威嚇や原発への攻撃について話したとされる9月11日を最後に、会談は行われていない。
以上、マクロン大統領の対露仲介外交を中心に見てきたが、忘れてはならないのは、並行してフランスは、ロシアの侵略を強い言葉で非難し、ロシアへの制裁をEU議長国として主導し、軍事を含めたウクライナ支援も行ってきているということである。
最後の支援について補足しておくと、コミットメントベースでEU予算をつうじてのものを含めると、総支援額は米独に次いで第三位の規模となっており、わずかに英国を上回る。
軍事に絞ると総額で9位となり、北欧諸国をも下回るが、それでも対空砲、榴弾砲、対艦ミサイルなどを供与し、軽戦車を最初に提供した国でもある。
また侵攻直後から3000ほどの仏兵士をルーマニアに派遣し、2000ほどのウクライナの兵士を訓練してきた。
2014年から2020年までの武器輸出は16億ユーロを超え、最大規模となっている。
22年12月には、パリでウクライナ支援のための国際会議を主宰し、継続して支えていくことを確約している。
6 おわりに
2022年末にマクロン氏が明らかにしたフランスとウクライナ戦争とのかかわりは以下である。
①停戦・休戦タームはウクライナが決める、
②宇・露安保:まずはウクライナの勝利、領土的一体性、長期的安全保障、その次にロシアの安全の保証、
③まずは2022年2月24日以前に戻すこと(Macron, 20221221)。
これらは西側主要国と大差ないが、ウクライナの安全の保証のさきに、ロシアのそれをおいているのがマクロン氏らしい。
その意図は、すでに詳述したように、同じヨーロッパ大陸国家としてのロシアとの関係を安定させなければ、フランスやヨーロッパの自前の安全や戦略的自律のめどが立たないというものである。ロシアは「敗北」しなければならないが、「壊滅」は望んでいないのである 15。
フランスはその最後の点で戦前戦後を通じ一貫している。
しかし、現在のロシアの蛮行を許すわけでもなく、他の同盟国同様、ロシアを「脅威」と位置付けた。
マクロン氏の外交努力は破れ、侵攻後は、長期目標でのロシアの包摂を掲げつつ、対露制裁と対宇支援をステップアップしてきた。ここに、継続と断絶の双方を見出すことができる。
(東京大学教授)
[1] 宮下雄一郎「フランスと「戦略的自律」をめぐる政治」遠藤乾編『戦禍のヨーロッパ』日本国際問題研究所、2023年所収参照。
[2] George David, "Le mythe de l'autonomie stratégique: une perspective de l'extérieur sur la capacité des puissances d'agir seules," Revue Défense Nationale, Idées de la guerre et guerre des idées, Regards du CHEM- 71e session, 2022.
[3] Bruno Tertrais, ‘La France et la dissuasion nucléaire. Concept, moyen, avenir,' coll. Questions de défense, Paris, La Documentation française, 2007.
[4] ヘンリー・キッシンジャー『国際秩序』日本経済新聞社、2016年、第2章。
[5] 遠藤乾編『原典・ヨーロッパ統合史』名古屋大学出版会、2008年、第1章。
[6] 同上。
[7] John Timsit, ‘Débat Macron-Le Pen : «Vous parlez à votre banquier quand vous parlez de la Russie», lance le président-candidat à sa concurrente,' Le Figaro, 20/04/2022. https://www.lefigaro.fr/elections/presidentielles/debat-macron-le-pen-vous-parlez-a-votre-banquier-quand-vous-parlez-de-la-russie-lance-le-president-candidat-a-sa-concurrente-20220420
[8] Bart M. J. Szewczyk, ‘Macron's European Vision Crashed and Burned in Ukraine,' Foreign Policy, April 8, 2022. https://foreignpolicy.com/2022/04/08/macron-putin-france-russia-ukraine-europe-sovereignty-strategy/
[9] ‘Macron calls on Europe to reach out to Russia,' RFI, 27/08/2019. https://www.rfi.fr/en/20190827-france-macron-calls-europe-reach-out-russia-diplomacy-united-states-iran-brazil もっとも、ブッシュJr大統領もプーチン氏をテキサスの別荘に招聘して、彼を「信頼」していると公言してみせた。ブレア英首相も、安倍首相も、プーチン氏との連携にそれなりの政治的資本を投入したのであり、マクロンをはじめとする歴代仏大統領が突出していたかどうかは疑問なしとしない。マクロンを例外的にしているのは、むしろ開戦前後の継続的、精力的な外交努力だろう。
[10] エリゼ宮(仏大統領府)のサイトで英語でも読める以下の文書が有用である。President Macron gives speech on new initiative for Europe, Posted on 26 September 2017; Speech of the President of the Republic on the Defense and Deterrence Strategy, Posted on 7 February 2020; Speech by the President of the French Republic at the conference of ambassadors Posted on 1 September 2022.
[11] William Wallace, Regional Integration: The West European Experience. Brookings Institution, 1994.
[12] この過程については、Le Monde紙およびエリゼ宮のサイトを中心にサーヴェイした。
[13] 以下の米軍ナカソネ将軍の発言を参照:‘Something Was Badly Wrong': When Washington Realized Russia Was Actually Invading Ukraine. Politico Magazine, 2/24/2023. https://www.politico.com/news/magazine/2023/02/24/russia-ukraine-war-oral-history-00083757
[14] 「仏ロ首脳、ウクライナ緊張緩和模索 「安全の保証」焦点」時事通信、 2022年02月08日。
[15] ‘Emmanuel Macron sur l'Ukraine : « Écraser la Russie, cela n'a jamais été la position de la France,' Journal du Dimanche, 18/2/2023. https://www.lejdd.fr/international/emmanuel-macron-sur-lukraine-il-ne-faut-pas-ecraser-la-russie-132795 』
マクロン仏大統領、ロシア勝てば「欧州の安全失われる」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR1504B0V10C24A3000000/
『2024年3月15日 7:23
【パリ=北松円香】フランスのマクロン大統領は14日、「ロシアが勝利すれば欧州の安全は失われる」と述べ、ウクライナへの支援に関しあらゆる選択肢を除外すべきではないと改めて主張した。マクロン氏は2月にウクライナへの派兵の可能性に言及し、波紋を呼んでいた。
仏テレビTF1とフランス2によるインタビューでマクロン氏は「2年前には中長距離ミサイルや戦車は絶対に提供しないと言われていた」と述べ、西側諸国がこれまでも前言を翻して支援を拡充してきたと指摘。ウクライナの苦戦に対応するため「2024年初めは我々の覚醒の始まりの時であるべきだ」と訴えた。
一方で「我々が攻勢に出ることはなくイニシアチブを取ることもない」として、フランスによるロシアとの積極的な交戦は否定した。軍事支援を強化する場合の具体的内容については言及を避けた。
マクロン氏は2月下旬にパリで開催したウクライナ支援会議の後、将来のウクライナへの派兵の可能性について「何も除外すべきではない」と発言。ドイツのショルツ首相など欧州の首脳が相次ぎ否定し、ロシアも強く反発していた。』
「米国が沖縄を返還すれば、ソ連も…」 英国公文書館に眠る文書から読み解く「北方領土問題」の意外な解決策
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/03140556/?all=1
『2024年03月14日
ウクライナ侵攻から2年。かの地は領土を奪われた苦しみにあえいでいるが、わが国はそれが80年近く続いている。先頃もロシア前大統領が「日本人の感情は知ったことではない」と返還を完全否定。だが、英国公文書館に眠る文書には意外な解決策が記されていた。【有馬哲夫/早稲田大学教授】
***
【写真】「兵士に給料が全額支給されなくなった」と語るウクライナ人男性 支援物資として送られた日本製品とは
ロシアがウクライナを侵略し、西側を核で恫喝している現在、北方領土の重要性は増している。この地域はロシアの核兵器搭載原潜が頻繁に往来する核戦略上重要な海域に隣接している。また、日本へ侵攻するとなれば、前進基地の一つになるだろう。
これまで何度も北方領土返還交渉が行われてきた。その資料は日本、ロシア、アメリカに残されている。
ではこれにイギリスのものを加えたら、何か新しい事実や、視点は出てくるのだろうか。つまり、マルチ・アーカイヴ的アプローチ、複数の国の公文書を比較、参照して多角的に歴史的事実を明らかにする方法だ。本稿では、イギリス国立公文書館所蔵の「南樺太、千島」文書(1964年3月16日付)などをもとに、それを明らかにしていきたい。
図
ソ連が占領した北方領土(他の写真を見る)
ソ連はポツダム宣言に署名していない
まず歴史的事実を確認しよう。というのも、これまで、基本的事実が誤認されたり、見逃されたりしてきたからだ。
1945年8月9日、ソ連は日ソ中立条約に違反して満洲侵攻を開始し、そののち満洲、南樺太、千島全島を占領した。ソ連はこれをヤルタ極東密約とポツダム宣言(正式名称=日本の降伏条件を定めた公告)に従ってやったことなので合法としている。
しかし、この協定は当事国である日本があずかり知らぬもので、日本はまったく拘束されない。
加えて、民主主義の国では、密約であっても議会の批准が必要だが、この協定はアメリカでもイギリスでも議会で批准されていない。
アメリカ上院に至っては破棄することを決議している(拙著『歴史問題の正解』79~80ページ参照)。
ポツダム宣言も、あまり知られていないが、ソ連は署名していない。
原爆を投下した後のほうが、日本の処理をめぐるソ連との話し合いは有利になるので、米英はそもそも対日処理を話し合っていないのだ(拙著『原爆 私たちは何も知らなかった』167ページ参照)。』
『利己的で背信的な侵略
従って日本の領土について規定した宣言第8条に「本州、北海道、九州及び四国並びにわれわれが決める小さな島々」とあるが、この「われわれ」にソ連は含まれない。
8月9日の日本に対する宣戦布告文では、ポツダム宣言に後で加わったと言っているが、一方的に言っているだけで連合国の承認を得たわけではない。
対日参戦に関しても、アメリカ国務長官ジェイムズ・バーンズにソ連外相ヴァヤチェスラフ・モロトフが「ソ連に対日参戦を求める要請書をいただきたい」と言ったが、バーンズは言を左右にして与えなかった。
のちに、バーンズとハリー・S・トルーマン大統領は、ソ連に日ソ中立条約に違反する口実を与えるつもりはなかったと回顧録などに書いている。
つまり、満洲侵攻など日本に対する侵攻は、米英や連合国とソ連の協定に基づくものではなく、合意も得ていない、日ソ中立条約に反した、利己的で背信的な侵略だったということだ。
“ダレスの恫喝”
吉田茂
サンフランシスコ平和条約に調印する吉田茂(他の写真を見る)
ソ連も加わった1945年9月2日、戦艦ミズーリ号上で交わされた降伏文書の中でも、停戦を合意しただけで、領土については何も決めていない。
つまり、南樺太、千島を軍事占領し、そのまま停戦したからといって、それらの地域がソ連のものになったと決めたわけではない。
しかも、ソ連軍が歯舞、色丹の占領を完了させたのは降伏文書調印の3日後の9月5日だ。
サンフランシスコ平和条約において、日本は南樺太・千島を放棄させられた。そうしなければ、占領が終わらず、独立が回復できないのだから、これは自発的なものではなく、こめかみに銃を突きつけられての「放棄」だった。
しかも、この条約は、第25条に「但し、各場合に当該国がこの条約に署名しかつこれを批准したことを条件とする」とあり、条約に署名しなかったソ連は、この条約の恩恵を受けられない。
つまり、日本が放棄した北方領土をソ連が手に入れることはサンフランシスコ平和条約に反する。
さらに、この条約への署名を拒否したときアンドレイ・グロムイコ代表は、「この条約はソ連の北方領土に対する主権を認めていない」という理由を挙げている。
言い換えれば、日本と連合国とはこの条約において、北方領土に対するソ連の主権、つまり領有を認めていないのだ。
1956年の日ソ国交回復交渉においても、日本は平和条約締結後に歯舞、色丹を返還することをソ連に約束させたが、国後、択捉を諦めたとは言っていない。
「2島(国後、択捉)をソ連に渡すなら、サンフランシスコ条約により、アメリカはそれと同等のもの、すなわち沖縄をもらい受けることになる」といういわゆる“ダレス(当時のJ・F・ダレス米国務長官)の恫喝”もあり、2島(歯舞、色丹)返還で妥協することはできなかった。』
『“非自治”を国連に働きかけ
このような経緯から出てくる疑問は、日本が放棄させられ、ソ連の領土ともならなかった北方領土は、とくに米英において、どう位置付けられていたのかということだ。
そして、北方領土問題とは南樺太と千島なのか、それとも北方4島に限定されるのかということだ。
そのヒントを与えてくれるのがイギリスの「南樺太、千島」文書だ。
この文書の正式な名称は「南樺太、千島、これらを非自治地域とみなすことについてのコメント」となっている。
つまり、1964年ごろ、日本の外務省は南樺太、千島を非自治地域に指定するよう国連に働きかけ、イギリスに支持するよう求めていたのだ。それに対する回答を用意するためにこれらの文書は作成された。
ここでいう非自治地域(Non Self Governing Territories)とは国連憲章第11章に規定されたもので、「人民がまだ完全に自治を達成するに至っていない地域」、つまり、いまだ国家を形成するに至っていない地域を指す。
1946年以降、多くの地域がこれに指定され、その中のかなりの数が独立国への道を歩んだ。
日本はソ連の侵略によって奪われた南樺太と千島をこの非自治地域のリストに入れようとしていた。つまり、日本領でもソ連領でもない第3の選択肢だ。
ソ連に外交攻勢
なぜ1964年のタイミングなのかといえば、国連は1960年の非植民地化宣言を受けて、1963年に適用を受けるべき64地域の改定リストを承認したばかりだったからだ。
国連のこのような流れにのって南樺太、千島を非自治地域のリストに加え、ソ連による占拠が不当であることを国際社会にアピールし、ソ連からこの地域を切り離そうと図ったのだ。
実際、1962年に核ミサイルの配備をめぐって対立したキューバ危機で、アメリカの戦争も辞さない強硬姿勢に屈したあと、ソ連の政権が大きく揺らいでいた。
その結果、1964年10月に最高指導者ニキタ・フルシチョフが失脚した。そこでソ連はこれまでの対日政策を大転換する可能性があった。
日本は同年12月の国連総会に椎名悦三郎外務大臣を送り、演説の中で北方領土についてこう問題提起した。
「紛争が生じる前に、その原因となる問題点を解決するため、建設的態度と相互理解の精神をもってより積極的に協力すべきであり、(中略)この点で、わが国の北方領土の問題も、できるだけ速やかに、円満かつ公正に解決されることを強く希望せざるを得ません」
また、同年、国連24カ国植民地地域委員会にソ連の北方領土占拠の不法性を訴え、この領土問題について委員会でソ連と話し合う用意があると覚書を送っている。政権が安定しないソ連に外交攻勢をかけていたのである。
では、これに対するイギリスの態度や、日本の支持要請に対する答えはどうだったのか。』
『外交巧者イギリスの思惑
「南樺太、千島」文書では、日本の立場、アメリカの立場、イギリスがこれまで取ってきた立場について述べた後で、イギリスとしては、日本が決定的に有利な状況になるまでは、支持の表明は控えるべきだと結論している。
言い換えれば、日本の試みが成功するのが決定的でないなら、イギリスがこの問題にコミットすることによって無駄にソ連の恨みを買いたくないということだ。いかにも外交巧者イギリスだ。
さらに、この文書はこう述べている。
「わが国政府は、吉田氏(吉田茂元首相)のサンフランシスコ平和会議での(南樺太と千島を回復すべしという)声明は、リバルディア(ヤルタ会談が開かれたクリミアの宮殿)合意にもサンフランシスコ条約にも合致しないと信じている」
つまり、少なくともこのときのイギリス外務省高官は、ヤルタ極東密約を考慮すべきものと考えている。
アメリカは上院で破棄したが、イギリスはその批准を議会にもかけず、秘密協定のままにしていた。
公式に破棄していない以上、国民の合意を得ていない秘密協定であっても、外交上配慮すべしと考えているのだ。
「アメリカが沖縄を返還するなら…」
しかし、何よりも大きいのは、日本がサンフランシスコ平和条約においてアメリカが沖縄を信託統治すること、また、同時に調印された日米安保条約によってそこにソ連、中国等を封じ込めるための軍事基地を造ることを認めていたことだ。
文書はこう述べている。
「われわれはロシアが日本の領土を占領している問題を持ち出すことによって、ロシアがアメリカによる日本の基地の『占領』を非難するのを容易にしてはならない」
アメリカは沖縄などに、ソ連を仮想敵国の一つとする軍事基地を造っている。
一方、ソ連は千島に軍事基地を造っていなかった。
これでは北方領土問題を出すたびに、ソ連がアメリカによる沖縄などの軍事基地化を非難する機会を与えることになる。
フルシチョフも解任前の9月に訪ソした日本の国会訪ソ親善議員団に対し、「アメリカが沖縄を日本に返すなら、ソ連も2島(歯舞、色丹)を返還する」と言っていた。
アメリカが沖縄を日本に返還するなら、ソ連も同じことをするということだ。それをアメリカがするはずがないのを知っているので、イギリスは日本の要求を支持することは無理だと判断した。』
『ソ連崩壊後の宮澤総理攻勢
かなり失望する結果だが、現在では希望が持てる結果であるともいえる。
なぜなら、その後アメリカは沖縄ほか信託統治していた日本の領土を返還したからだ。
ロシアはだいぶ前から、これに見合う、北方領土返還に関する動きを起こさなければならない状況に置かれていた。これまでの対日政策を大転換する可能性があった。
今ならば、日本の北方領土に関する要求をイギリスは支持せざるを得ないだろう。
その際に非自治地域としてロシアから切り離されるべきは、北方4島だけではなく、ソ連の一方的侵略によって不当に奪われた南樺太と千島である。
これが可能になれば、住民投票によってこの地域の帰属を決めることになるだろう。
もちろん、それは強制的に退去させられた南樺太と千島の元住民およびその子孫に対して行われなければならない。
この後日本が北方領土について大攻勢に出るのは、ソ連崩壊後の1992年のことだ。
その詳細は同年3月13日以降作成された「日本/ロシア 北方領土(Northern Territories)」という一連の文書として残されている。
これらの文書によれば、当時の宮澤喜一総理は執拗(しつよう)にロシア大統領ボリス・エリツィンに領土問題についての話し合いを求めている。
そして、イギリスにもロシアとこの問題を話す「多国間協議」の場に加わるようこれもまた繰り返し要請している。
これに対してイギリスは、「私たちの見解は、北方領土問題に関する多国間協議に加わるべきではない。それは最終的には2国間協議になるからだ。これまで通り、第三者として支援し続けるべきである」という方針をとった。
こう対応しつつも、イギリスは極東密約をまだ議会で破棄していないことを気にしていた。
北方領土問題を再び国連に持ち込む好機
その代わり、世界有数のインテリジェンス機関を使ってエリツィンのこの問題に対する意向を探り、その情報を逐一日本側に与えていた。
それはこのような趣旨のものだった。
「エリツィン自身は交渉することに前向きだが、彼の周辺のナショナリストが北方領土を絶対渡さないと反対している。その圧力は極めて強いので、無理に進めようとしても無駄だろう。余り圧力をかけ過ぎて、彼の権力を弱めることになれば、元も子もなくなる。したがって今は経済援助を行って、好意をつなぎとめるだけにとどめたほうがいいだろう」
結局、宮澤総理はこの助言に従った。
だが、周知のように、その後ロシアは、領土拡大を目指すウラディーミル・プーチンが政権の座につき、北方領土返還は遠ざかってしまった。
現在、ウクライナ侵略でロシアに非難が集まり、領土についての関心が高まっている。これは北方領土問題を再び国連に持ち込む好機ではないか。また、なんらかの有利な決議を引き出せるのではないか。
「南樺太、千島」文書は、その際、これらを非自治地域にしてロシアから切り離し、そののち住民投票によって帰属を決めるという道があることを示している。
有馬哲夫(ありまてつお)
早稲田大学教授。1953年生まれ。早稲田大学卒。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。メリーランド大学、オックスフォード大学などで客員教授を歴任。著書に『歴史問題の正解』『NHK受信料の研究』など。
週刊新潮 2024年3月7日号掲載
特別読物「『イギリス公文書館』文書から読み解く 『北方領土』第三の選択肢」より 』
【ウクライナの士気を保つには】ロシアは決して戦争に強くない、軍事支援で「死の谷」は越えられる
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33202
『デイヴィッド・イグネイシャスが、2月20日付のワシントン・ポスト紙に、「ウクライナは『死の谷』に直面している。 バイデンにはそれを越えるように助ける道がある」との論説を寄せている。
2023年9月21日、ワシントンのホワイトハウス執務室で会談した米国のバイデン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領(ロイター/アフロ)
先日開催されたミュンヘン安保会議でのメッセージは明確で、ロシアは前進し、ウクライナは生き残りに苦労しており、西側は多くの軍事援助を提供する必要があると言うものだった。
超党派上院議員団団長、シェルドン・ホワイトハウスは、西側はキーウの勇敢な兵士が「死の谷」を超える道を見つけるよう支援する必要があると言った。
ゼレンスキーは、長距離ATACMS-300ミサイルが必要だと議員団に示した。バイデンがATACMSを送るのを躊躇しているのは、米国がそれを自国防衛に必要としているのと、ロシアとの対決を望んでいないからだと言われる。
しかし今、米国の安全保障のためにロシアの勢いをウクライナが止めることが重要である。ウクライナはロシア領攻撃に米兵器を使わないとの約束を守ってきた。立法を待たずに、ミサイルを送るべきである。
先週の二つの出来事はプーチンの恐ろしさを強調した。シベリアの牢獄でのナワリヌイの死は、プーチンが「限度のない」攻撃をしていることを示した。
東部ウクライナでのアウディイウカの制圧は、プーチンが「肉弾戦」で数万の兵士を犠牲にすることを示した。
ロシアの航空機はアウディイウカに好きなように精密爆弾を落とせた。もしウクライナが新しい防空能力を得ないと、この脅威はウクライナの他の都市に拡大される。』
『ロシア軍は二つの民族的資源、暖かい身体と冷血な忍耐力を使って、前進している。
これがナポレオンからヒトラー、いまに至るロシアの戦争の仕方である。
プーチンが兵士を送り続けられるのはロシア人の禁欲主義だけではなく、彼が賢くも兵士をロシアの最も貧しく恵まれない地域から連れてきているからである。
ナワリヌイの死はプーチンの計算をあきらかにする。彼はエリート世論を気にしない。彼の統制に脅威を与えないからである。何年か前にクレムリン高官は、ある欧州の大使に、百万人以下のデモは取り扱えると述べた。
米議会が軍事援助を引き続き支持することが重要である。それでウクライナが防衛を固め、戦闘を続けてロシアを阻止することは一種の勝利である。
この戦争は西側についてのテストである。欧州は米国より賞賛すべき強さを示している。バイデンは、もっとやるべき時である。
トランプ前大統領の気まぐれに乗ってウクライナを見捨てようとしている議会の共和党については、悲しみを感じるだけである。下院共和党員には、恥をかく前にし っかりすることを希望したい。
* * *
すぐにでも踏み切れる長距離ATACMSの供与
今年のミュンヘン安全保障会議は、ウクライナ戦争の現状が主たるテーマであったが、この論説は、イグネイシャスがその会議に参加しての感想を書いたものである。
戦況はロシア有利になってきている中で、米議会下院が共和党の反対でウクライナ支援措置を可決できていないことについてのイグネイシャスの憤慨が良く書かれている。
彼の論には賛成できる。米下院の共和党には、しっかりしてもらう必要がある。
しかし、議会の決議なしにも、バイデンはゼレンスキーが渇望している長距離ATACMSをウクライナに米国の在庫から供与することは大統領権限で出来るはずである。アウディイウカの陥落でウクライナ側が意気消沈している状況を踏まえ、それに踏み切るべきだろう。
ウクライナ国民の70%以上が領土を回復するまで戦い続けるとしている。ウクライナの士気を高く保つことが何よりも重要である。』
『米国の防衛のためにATACMSを手元に置いておく必要があるという論は、現在の情勢に鑑み間違っていると思われる。ウクライナでのロシアの勝利が米国への安全保障上の最大の脅威になると考えるべきであろう。
イグネイシャスの論説の中で、必ずしも賛成できないのは、ロシア人はナポレオン戦争でも第2次世界大戦でも多くの犠牲を出しつつ も結局勝利した、ロシアは戦争に強いとしている部分である。
ナポレオン戦争も第2次世界大戦時の対ドイツ戦も、祖国防衛のための戦争であり、 ここではロシアは強かった。
しかし、例えばアフガニスタン戦争では、ロシア遠征軍の戦死者が2万人近くになった段階でロシアは撤退した。
ロシアは日露戦争でも第1次世界大戦でも敗北している。防衛戦争には強いが、遠征戦争などにはそう強くない。
ロシアとウクライナ、異なる国民の戦争への姿勢
今次のウクライナ戦争はどうなのか。プーチンはこれを祖国防衛戦争にしようと宣伝活動をしているが、 それに成功していない。総動員をかけられず、さらなる部分動員も国民の予想される反発で出来ない状況にある。
ウクライナにとっては、この戦争はまさに祖国防衛戦争である。したがって士気は高い。
クレムリンの高官が百万人以下のデモは対応できると言ったという点についても、異論がある。
ナワリヌイの遺体を母親に渡さず、母親に秘密で埋葬するように、そうでないと刑務所の敷地に埋葬すると言っているのは、ナワリヌイの葬儀がデモにつながることを怖れているからである。ナワリヌイの遺体は結局母親に引き渡されたようであるが、ロシアの自信ある態度の裏にある不安を過小評価している嫌いがある。』
北の国から猫と二人で想う事 livedoor版:反プーチン・ロシア人義勇兵がロシア西部で進撃、村を制圧
https://nappi11.livedoor.blog/archives/5509715.html





『ロシア国民の志願兵からなり、ウクライナ側で戦う「ロシア自由軍団 The Freedom of Russia Legion (FRL)、」は2024年3月12日、ロシア領進軍の際にウクライナ領と隣接するクルスク州チョトキノTetkino, Kursk region(Oblasts),(人口約4000人)のコントロールを得たと発表した。
ロシア自由軍団がテレグラム・チャンネルで伝えた。
発表には、「クルスク州チョトキノは、ロシア解放戦力の完全なコントロール下にある。プーチン軍は、町を素早く去っており、陣地を後にし、重火器を放り出している」と書かれている。
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これに先立ち、ロシアの野党政治家イリヤ・ポノマリョフ氏は、フェイスブック・アカウントにて、露ベルゴロド州ロゾヴァヤ・ルドカ Lozovoya Rudka,Belgorod regionが解放勢力のコントロール下に入ったとし、また露クルスク州のチョトキノでは現在戦闘が継続していると報告していた。映像:ロシア領内で露軍を地上攻撃するロシア民兵:ロシア義勇軍の反乱戦車がロシア軍を攻撃:
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なお、彼らロシア国民の志願兵からなるロシア義勇軍 Russian volunteer corpsは、反プーチンでウクライナ支援で戦う複数の集団で、「ロシア自由軍団 Freedom of Russia Legion (FRL)、Liberty of Russia Legion (LSR) 」「ロシア志願兵軍団 Russian Volunteer Corps (RDK). 」「シベリア大隊Siberian Battalion (SB) 」が、12日朝共同作戦の一環でロシア領のクルスク州とベルゴロド州に進入したことが伝えられていた。
ウクライナ国防省傘下情報総局のユソウ氏は、この志願兵部隊のロシア領進入は、部隊が独自に活動しているものだとコメントしている。
参照記事 英文記事 英文記事 英文記事 過去ブログ:2023年9月ロシア義勇軍司令官独白「祖国は狂った」インタビュー記事;
FireShot Webpage Screenshot #793 – ‘
米国がウクライナ遅れている米国の武器弾薬支援:バイデン大統領が最近公表した3億ドル(約440億円)の軍事援助パッケージには、迎撃ミサイル、HIMARS 用の弾薬、155mm 砲弾、FireShot Webpage Screenshot #792 – ‘D-4破砕弾(クラスター爆弾:cluster bomb?)およびカセット両用弾薬を含む:155mm artillery shells, including fragmentation and cassette dual-purpose ammunition;、105mm砲弾、84 対戦車複合体;84 anti-tank complexes が含まれる。
別記事によれば、「このパッケージにはクラスター弾を内包した短射程のATACMSが多数含まれる」「155mm砲弾やHIMARS向けの追加弾薬も含まれている」と報じている。参照記事
米議会は数カ月間、武器などの供給を継続するためのウクライナ支援のための新たな資金を承認できていない。
この状況は、ウクライナ、イスラエル、台湾への支援策に含まれる国境警備資金を巡る共和党と民主党の見解の相違によるものである。
最近、上院はウクライナ、イスラエル、台湾への資金を盛り込んだ別の法案を可決した。
この文書が発効するには、依然として下院の承認と大統領の署名が必要である。
英文記事 過去ブログ:2024年2月207名のウクライナ人捕虜交換も、墜落機の65名は不明のまま:2023年12月ウクライナがロシア西部ベルゴロド州へ報復か?:5月ロシア西部への反露義勇軍の攻撃相次ぐ ゼレンスキー氏東部視察:
Ukraine-drone-strike
2024年3月13日:ロシア西部オリョール(Oryol)州の燃料貯蔵施設が無人機攻撃を受け、火災が発生した。
州知事が12日朝、明らかにした。
アンドレイ・クリチコフ(Andrey Klychkov)州知事はテレグラムに、無人機1機が「オリョールに墜落した。燃料・エネルギー複合施設が攻撃された。現場では消火活動が行われている。死傷者はいない」と投稿した。
ニジニ・ノヴゴロド(Nizhny Novgorod)州でも火災が確認された。
FireShot Webpage Screenshot #789 – ‘Oryol Maps & Facts __ Don
現地メディアは、攻撃があったのは同日午前3時ごろとしている。ロシア通信(RIA)は救急当局の話として、石油製品が入ったタンク1基が炎上したと報じている。
ウクライナに隣接するベルゴロド(Belgorod)州の州知事によると、同州も11日夜に無人機攻撃を受けたが、負傷者は出なかった。
また、国営タス通信は、モスクワの南に位置するトゥーラ(Tula)州の治安当局者の話として、同州上空で無人機が破壊されたと伝えた。
ウクライナにほど近いクルスク(Kursk)州の知事も、ウクライナの無人機2機が撃墜されたと発表した。参照記事 英文記事 英文記事 映像:ロシア兵を追い詰めるウクライナのドローン:、、
ロシア軍は、投降したウクライナ兵をその場で射殺している。そんな恨みも在るのだろう、、。 』