石油のサウジ、ガスに動く エネルギー盟主維持へ一手

石油のサウジ、ガスに動く エネルギー盟主維持へ一手
本社コメンテーター 松尾博文
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD257430V20C24A3000000/

『2024年4月1日 10:00

きっかけは東京ガスの発表だった。オーストラリアの液化天然ガス(LNG)事業の権益について、一部を除き米系のミッドオーシャン・エナジーに売却を決めた。

エネルギー関係者がざわついたのは、東ガスの発表後にサウジアラビア国有石油会社サウジアラムコがミッドオーシャンに出資したことが明らかになったためだ。
「LNGプレーヤーへの一歩」

出資額は5億ドル(約750億円)と、年間4兆〜5兆円の投資を続けるアラ…

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『出資額は5億ドル(約750億円)と、年間4兆〜5兆円の投資を続けるアラムコからすれば、驚く額ではない。注目すべきはアラムコ首脳陣の力の入れようだ。

アミン・ナセル社長兼最高経営責任者(CEO)が契約に立ち会い、油田開発を統括するナセル・アルナイミ上流部門社長は「世界をリードするLNGプレーヤーになる戦略の一歩だ」と語った。

ミッドオーシャンはペルーのプロジェクト権益も取得した。米国で案件を探っているとの報道もある。アルナイミ氏は「適切なタイミングでサウジでのLNGも考える」とも言明した。

サウジは石油で米国、ロシアとともに日量1000万バレル超の生産能力を誇る3強の一角だ。潤沢な生産量で市場を支配し、国際政治と経済に影響力を行使してきた。このうち米ロにあって、サウジにないのが天然ガスと、これを冷却してつくるLNGの輸出だ。

サウジでは巨大油田群に比べて天然ガスの産出が潤沢ではなかった事情があるが、ここに来てガス田開発を急いでいる。石油の一本足打法を転換して、国際天然ガス市場に踏み出すのか――。そんな観測が浮上している。』

『原油増産や脱炭素燃料に慎重姿勢

異変はほかにもある。アラムコは1月末、「政府の指示により」との注釈を付けて、原油生産能力を日量1300万バレルへ引き上げる増産計画の中断を発表した。

生産能力の上限いっぱいで生産する米ロに対し、サウジは常に200万〜300万バレルの生産能力の余力を残してきた。市場の調整役としての力の源泉は、必要に応じて供給量を自在に増減させることができるこの余裕にある。

生産量は足元で900万バレル程度になっている。欧米や中国で景気の不透明感が増す一方、米国では過去最高水準の生産が続く。当面の需給が見通せない環境下で、収益を生まない余剰生産能力を増やす動機は乏しい。』

『水素やアンモニアといった脱炭素燃料についても、ここ数年より熱が冷めている。2023年12月、アラムコ本社で取材に応じたモハメド・アルカターニ下流部門社長は「現時点ではLNGなど既存燃料に比べて競争力がない。事業化はすべての当事者が納得できる引き取り契約が交わせるかどうかだ」と慎重な表現に終始した。』

『原油市場の将来は見通せない。水素・アンモニアが軌道に乗るには時間がかかる。原油増産向けの資金や水素・アンモニアの原料用に用意した天然ガスをどう有効活用すべきか。サウジの動きをつなぐと見えてくるのがLNGだ。』

『アラブ首長国連邦(UAE)で23年12月に開かれた第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)は、成果文書に「化石燃料からの脱却」を盛り込んだ。よく読むと次の項目に「移行燃料はエネルギー安全保障を確保し、エネルギー転換を促す」とある。

移行燃料とは天然ガスを指すとされる。ロシアのウクライナ侵攻はエネルギー供給網の分断と価格高騰を招いた。エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の白川裕氏の分析によれば、侵攻に伴うLNGのスポット価格上昇により、アジアの国々は22年に約687億ドル(約10兆3000億円)を余分に支払った。』

『エネルギー安保への危機感は消費国をLNGの争奪戦に走らせる。国際エネルギー機関(IEA)によると50年に温暖化ガス排出の実質ゼロを実現するシナリオなら、天然ガス需要は30年までに約2割減り、新規のガス田開発は必要ない。一方、英シェルが2月に発表した長期予測では、LNG需要が40年までに5割以上増える。』

『脱炭素の歩みが後退することはないが、日々の安定供給を欠いては脱炭素も進まない。カーボンゼロへの道は曲折が続くだろう。石炭に比べ二酸化炭素(CO2)排出量が半分の天然ガスを、CO2の回収・処理技術と組み合わせて使う。そんな時代が20年、30年、いやもっと続くかもしれない。』

『日本も力学変化に備えを

長い移行期間のエネルギー市場に誰が君臨するのか。COP28で「移行燃料」を認めさせたことで得点を稼いだのは、豊かなガス資源を持つロシアである。ガスをほぼ持たないサウジにとって重大な問いかけだ。エネルギー転換期の収入減にとどまらない。エネルギー市場、ひいては地政学上の影響力も失いかねないからだ。』

『サウジの隣国カタールは野心的なLNG増産計画を背景に国際政治の舞台で存在感を高めている。首都ドーハにはLNGを求めるビジネス関係者と、イスラエルとパレスチナの衝突の仲介を求める外交関係者が列をなす。

カタールは2月、LNGの生産能力を年1600万トン上乗せする新たな増産計画を発表した。UAEも新工場を準備する。アラブ湾岸産油国のLNG生産能力は28年までに5割増える。湾岸の盟主であるサウジがカタールやUAEの先行を座視するわけにいかない。

日本はLNGの大消費国だ。エネルギー転換が生む新技術や市場の大競争に挑みつつ、資源国の力学変化を見据えたLNGの調達戦略に万全を期す必要がある。』