米イスラエルに覚える〝違和感〟 日米関係に必要な〝共感〟
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32091
『10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃すると、その11日後にジョー・バイデン米大統領はイスラエルを訪問した。一方、バイデン大統領がウクライナの首都キーウを訪問したのは、ロシアのウクライナ侵攻開始から約1年後であった。双方とも戦時中の国への訪問という点で、異例中の異例であったが、その対応の素早さは、米国と同大統領にとってイスラエルがウクライナよりも緊急性と重要性において高いことを世界に明確に示した。米議会も同様、イスラエルを支持した。
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そういった米国の動きを見て、違和感を覚えた日本人は少なくないだろう。ただし、そうした違和感だけで、これまで構築してきた日米関係を見直そうとするのはナンセンスである。むしろ、私たちが理解しなければならないのは、米国がイスラエルに〝前のめり〟になる背景である。それは、主として三つの理由が考えられる。
第一に、建国75周年を迎えたイスラエルは、1989年来、米国にとって格上げされた「主要な非NATO(北大西洋条約機構)同盟国」であるからだ。ちなみに、米国は48年5月14日、イスラエルを国家として最初に承認した国である。
第二に、米国におけるイスラエルの存在感は、政治・経済・社会においてもウクライナのそれとは比較にならないほど大きい。それを如実に示す一つの指標は、政治と直結するロビイング力だ。63年創立のユダヤ系ロビー団体「米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」は、300万人の草の根運動員を抱え、全米に17の事務所を構える。周知のように、米国ではロビイングは合法的な政治的活動である。
2018年、筆者は研究の一環として、首都ワシントンで開催されたAIPACの年次総会に出席した。総会では、現在共和党大統領候補の指名を争っているニッキー・ヘイリー国連大使(役職は当時)や民主党の大物議員ロバート・メネンデス上院外交委員会委員長(同前)などが演説を行い、イスラエル支援を表明した。この総会にはベンヤミン・ネタニヤフ首相も出席している。
筆者が参加した分科会では、民主・共和両党の数人の下院議員がパネリストになり、イスラエルの安全保障問題に関して議論をしたが、質疑応答の際、AIPACのメンバーがパネリストの一人ひとりの議員に対して、イスラエルへの軍事支援の意思を確認し、「踏み絵」を迫るように圧力をかけていた。
会場にはイスラエルの防空システム「アイアンドーム」が展示されており、同国の軍事力を誇示する一方で、米国からの軍事支援の必要性も訴えかけていた。分科会にはロビイングのトレーニングのセッションも設けられており、総会終了後、AIPACのメンバーはバスを連ねて連邦議会へ向かった。ユダヤ的な緻密さと民族的なエネルギーを感じさせるプログラムの展開であった。』
『ロビイング力抜群のAIPACと
新興団体「Jストリート」
今次、イスラエルとハマスの軍事衝突が起きると、多くの米連邦議員がイスラエル支持を直ちに表明した。その背景の一つには、政治献金の力がある。
米国の政治資金の流れを追跡している非営利団体「オープン・シークレッツ」によれば、AIPACは22年、民主党下院議員124人と共和党下院議員180人に政治献金を行っている。
下院の定員435人に対して、合計304人、約70%の議員に献金をしたことになる。一人当たりの平均献金額は民主党下院議員が3万8725ドル(約511万円≪当時の年間平均レートで換算≫、以下同)、共和党下院議員が2万698ドル(約273万円)で、下院に対する献金額は合計で852 万7667ドル(約11億2560万円)であった。
一方、AIPACは上院議員に対しても、民主党議員12人と共和党議員14人に献金を行っている。上院の定員100人に対して、合計26人、約4分の1に当たる議員が献金を受けた。ただし、一人当たりの平均献金額は民主党議員が6万3846ドル(約843万円)、共和党議員が4万7423ドル(約626万円)で、両党の下院議員の平均を大きく上回っている。上院に対する献金の合計は、143万84ドル(1億8870万円)であった。連邦議員からすれば、AIPACは選挙資金を援助してくれるありがたい団体である。
さらに、票の獲得においてもイスラエルはウクライナよりも、はるかに魅力的だ。米国におけるユダヤ系の人口は推計750万人(うち成人が約580万人)と言われる。これに対して、ウクライナ系の人口は約100万人に過ぎない。さらに言うと、パレスチナ系は17万人である。ユダヤ系は米国の人口の約2.3%であるが、現在の連邦議会では約6.9%を占めている。上院は民主党8人(連邦議会開始時は9人。ダイアン・ファインスタイン議員死亡のため1減)、無党派1人、下院は民主党26人、共和党2人である。代表的なユダヤ系議員を挙げれば、上院民主党トップのチャック・シューマー院内総務だろう。
職業的には、ユダヤ系の人々は教育、医療、芸術、金融、IT、メディア関係、法曹界など、影響力の強い職に就いていることが多い。裏返せば、米国に対する貢献度も高い。
加えて、米国世論の動向にも留意が必要だ。世論はパレスチナよりもイスラエルに同情的なのだ。英誌『エコノミスト』と調査会社「ユーゴヴ」の共同世論調査(23年10月14~17日実施)によれば、「どちらに同情するか」との質問に対して、この時点ではイスラエルの攻撃と思われていたガザ地区の病院の爆発で470人以上の死者が出たにもかかわらず、48%が「イスラエル」、23%が「同等」、10%が「パレスチナ」、19%が「分からない」と回答している。
米大統領は有事とあらば、より迅速に、より強力に、しかも明確にイスラエル支援を表明する。
相即不離の関係にあるといえる両国。イスラエルとハマスの対立を鎮める手は存在しないのか(REUTERS/AFLO)
しかし、昨今は米国内における意見の多様化によって、殊に民主党の大統領は相応の配慮を強いられることになった。例えば、18~29歳の若者だ。10月21日から24日実施の同調査では、彼らの50%が米国はパレスチナ人に「もっと多くの人道支援をするべき」と考えており、「人道支援を減らすべき」を40ポイントも上回っているのだ。』
『従って、バイデン大統領にはイスラエル寄りの発言をするという選択肢しかないが、他方、若者の感情を汲み取れば、パレスチナへの人道支援を強調することが不可欠となる。同大統領は、女性、黒人、ヒスパニック系、若者、LGBTQIA+(性的少数者)の「異文化連合軍」の票の組み合わせで来年の大統領選挙に勝つ戦略を立てているため、どの一つのグループも疎かにできない。しかも、民主党ではパレスチナ系のラシダ・タリーブ下院議員など、リベラル派議員は戦争の即時停戦を訴えている。このように見ると、同大統領の「パレスチナに対する人道支援」(10月10日の演説など)は、若者とリベラル派へのメッセージであるともいえる。
また、デトロイトなど各地で「反ユダヤ主義」と「イスラム恐怖症」双方に基づいたヘイトクライム(憎悪犯罪)が発生している。この傾向は、イスラエルとハマスの軍事衝突の激化次第で強まるかもしれない。分断した米国社会から統一した社会の実現を目指す同大統領は、国内のユダヤ系とイスラム系双方への配慮も怠らない。
憎しみが連鎖するガザとイスラエル。「目には目を」では和平への道は開けない(ANADOLU AGENCY/GETTYIMAGES)
さらに、状況を複雑にする要素として登場したのが、若くリベラルなユダヤ系ロビー団体「Jストリート」である。08年に創立した新興のJストリートは、ドナルド・トランプ前大統領を支持する白人至上主義者の「反ユダヤ主義」と戦うバイデン政権を評価している。前回の米大統領選挙においてJストリートは20年4月17日、バイデン前副大統領(当時)支持を表明し、「バイデン陣営に24万ドル(約2568万円)が送金される予定」であり、「投票日までに100万ドル(約1億700万円)の資金を集めると約束」した。
今回のイスラエルとハマスの戦争でも、ガザ地区への地上侵攻を視野に入れたイスラエル政府が、24時間以内にガザ北部にいる100万人以上の人々に対して南部への退避勧告をすると、Jストリートは「それは不可能であり、さらなる惨事を招く」と、同政府を批判する声明を出した。また、米国がイスラエル、エジプトおよび近隣諸国と協議を行い、人道回廊を設置し、同地区における人道支援をするように強く求めた。もともとバイデン大統領は人権や人道に深く根差した政治姿勢を保ってきたが、これまでのバイデン大統領の発言は、Jストリートの要求と一致しており、同大統領が来年の大統領選挙においても、Jストリートから支持を取り付けたいのは明らかだ。
若きバイデンが面会
ゴルダ・メイアの言葉
第三に挙げられるのは、リーダーの相手国に対する個人的感情である。バイデン大統領はウクライナよりもイスラエルに対して、より強い個人的な感情を抱いている。同大統領は演説で、50年前にイスラエルを訪問したときのある出来事を紹介することがある。
1973年10月6日に勃発した第4次中東戦争の5週間前、バイデン大統領とゴルダ・メイア首相(当時)が面会した際、30歳の若き上院議員に彼女はこう言った。「あなたはどうしてそんなに心配そうな表情を浮かべているのですか。われわれは心配していません。イスラエルは秘密兵器を所有しています。われわれはどこにも行きません」。』
『バイデン大統領はその言葉にリーダーとしての強固な決意を感じ取ったに違いなく、そこから生まれた共感が、上院外交委員会におけるイスラエルとの数多くの「場」と「機会」を通じて、米イスラエル関係の深化の元となったことだろう。
このようにイスラエルは米国に対して、①同盟国の地位を持つ優位性、②強いロビイング力、③リーダーが相手国に対して抱く個人的レベルの好意的感情という三条件を有している。③に関しては、当然ながらバイデン大統領のケースのように、偶然性やリーダー自身の性格にも左右されるところがある。
翻って日本は?
共感引き出す努力を
翻って日本は、米国にとって重要な同盟国である(①)ことは間違いないが、「金」と「票」(②)およびリーダーの「個人的感情」(③)ではイスラエルに遠く及ばない。
現状の日本には、AIPACやJストリートのような強力なロビイング力を持った組織はないし、それを育てるシステムもない。となると、同盟関係を強化しつつ、偶然性に依存することなく、ありとあらゆる「機会」を捉え、「場」を活用して日本に対する〝共感〟を引き出せるようなリーダーを育成することが望ましい。
では、なぜ共感が必要となるだろうか。筆者の専門である「異文化間コミュニケーション論」では、次のように説明できる。
国と国の関係強化は、軍事支援や「金」、「票」のみではない。相手国の人々が重視する信念、価値観や考え方のパターン、すなわち、「潜在的文化」ないし「暗示的文化」を理解することが極めて肝要である。より深く理解するだけでは、「知」のレベルにしか至らない。「知」だけでは自国の利益に利用するのみで終わるかもしれない。しかし、深い理解に根差した〝共感〟があれば、互いに良い妥協を求めて努力を尽くすだろう。そうした時に、「親日(米)」という言葉が生まれる。
存命する知日派であり親日派でもあるロナルド・モース氏は、カリフォルニア大学バークレー校で東洋史を学び、プリンストン大学大学院では日本研究で博士号を取得した。その後、米国政府の各省庁で、対日防衛政策、対日政策、エネルギー政策に携わった。
モース氏は柳田国男の『遠野物語』に共感を覚え、逸話や伝承を通じて、日本人の思考様式を理解し英訳を出版した。その実績が評価され2012年、「遠野文化賞」を受賞した。モース氏にとって、当初日本文化は全くの異文化であったが、それを受容して敬意と共感を示した。今こそ、日本人を含め全世界が、異文化に対する理解と共感が世界平和と安定に貢献することを強く意識し、モース氏のように理解と共感を行動に移すときではないか。 』