動き出した先島諸島での国民保護 必要となる視点とは?

動き出した先島諸島での国民保護 必要となる視点とは?
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31098

『南西地域、特に沖縄県の先島諸島(宮古島、石垣島、竹富島、与那国島など)では、有事を睨んだ国民保護の体制を強化する兆しがある。昨年12月に改定された国家安全保障戦略では国民保護について、武力攻撃に先立って南西地域の住民を迅速に避難させるべく、官民の輸送手段の確保、空港・港湾等の公共インフラの整備と利用調整、さまざまな種類の避難施設の確保などを行うと明記された。そして、本年6月に策定された「経済財政運営と改革の基本方針 2023」(骨太方針2023)でも、住民の迅速かつ安全な避難を実現すべく国民保護の体制強化が示された。
(SetsukoN/Saklakova/gettyimages)

 こうした方針を踏まえて、今年7月末には松野博一官房長官が初めて先島諸島を訪れ、首長と避難シェルターの整備や空港・港湾の整備などについて協議している。台湾に近接する先島諸島の首長は、有事の際の国民保護に強い危機感を持ち、沖縄県や国に早期の対応を訴えてきた。今般、ようやく国が重い腰を上げ始めた訳だが、この機会に、先島諸島における住民避難のあり方を見つめ直してみたい。
島外避難のみを追求する危うさ

 国家安全保障戦略に明記されているように、現在の先島諸島の国民保護では、武力攻撃に先立って住民を島外に避難させる「島外避難」を追求している。しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻、1990年のイラクによるクウェート侵攻の例を見るまでもなく、いかに情報収集・分析能力が向上しても武力攻撃を事前に察知することは極めて難しい。

 なぜなら、攻撃を行う側は奇襲の利を追求するため、侵攻時期を徹底的に秘匿するからだ。さらに、国内の情報統制を容易に行える国は、侵攻時期の秘匿も容易となる。中国軍による台湾や日本への攻撃の時期を事前に察知し、それに先立つ住民の島外避難が常に可能と考えるのは楽観的であり、非現実的とも言えるだろう。

 一方、武力攻撃開始後の島外避難では、輸送中に攻撃を受けて多くの犠牲を生む可能性がある。これは、1944年に沖縄から疎開する学童らを乗せて九州に向かう途中に撃沈された「対馬丸」の悲劇が如実に物語っている。

 このように、国民保護で島外避難のみを追求することの危うさは明らかであり、状況に応じて島外避難と島内避難の双方に対応できる体制を構築すべきだ。

島外と島内の避難で対応できる体制とは

 実は、島外避難と言っても全住民が一挙に島外に避難できる訳ではない。先島諸島の自治体の国民保護計画では、武力攻撃が迫り、または現に武力攻撃が発生した場合、住民は自治体からの指示・誘導に従って島内の避難施設に移動し、その後、所定の空港や港湾に移動して航空機や船舶で島外に避難する。

 つまり、住民は島を離れるまでの期間は「島内避難」の状態にあり、この島内避難の期間を安全に、かつ尊厳を維持して過ごすためには、地下シェルターの整備、食糧・水・医薬品・生活必需品などの備蓄、医療・介護・教育・通信・情報提供・治安維持などの住民サービスの維持が必要になる。こうした体制を構築できれば、島外避難が困難になって島内避難を余儀なくされた場合にも当面の対応が可能となる。』

『また、島外避難に際しては、住民を迅速に避難させるため輸送手段が極めて重要となる。他方、島内避難であっても、島外からの物資補給などのために輸送手段が不可欠だ。

 島外避難と島内避難の双方に対応できる体制では輸送手段が必須となる。この輸送手段としては➀ 輸送事業者による輸送、② 自治体自らが保有する輸送手段による輸送、③ 防衛省および海上保安庁の輸送手段による輸送の三つがある。

 しかし、武力攻撃が迫り、または現に武力攻撃が発生した場合、自衛隊や海上保安庁の艦船や航空機は本来任務に使用されるため、住民の避難に割く余裕は少ない。また、現状では沖縄県や先島諸島の自治体が保有する輸送手段はほとんどない。

 輸送手段を輸送事業者に依存することとなるが、危険が予想される状況で民間の輸送事業者が確実に住民の避難に従事するか(できるか)は、保証できない。したがって今後は、より確実に使用できる輸送手段として自治体自らが輸送手段、特に比較的運用・維持・整備を行いやすい中・小型の輸送船艇を保有すべきだ。

国による主導的な取り組みは不可欠

 島外避難と島内避難の双方に対応できる体制を構築するためには、地下シェルターの整備、物資の備蓄、住民サービスの維持、自治体による輸送手段の保有などが必要になる。しかし、人的・財政的リソースが限られる沖縄県や先島諸島の自治体がこれらの措置を自力で行うことは不可能だ。

 本年7月末に先島諸島を訪れた松野官房長官に対して、地域の首長は地下シェルターの整備などに関する国の支援を強く要請している。しかし、そもそも国民保護は国の防衛における重要な課題であり、本来は国が主導的に取り組むべき案件だ。

 先島諸島に限らず、国民保護に関する国による主導的な取り組みは不十分だ。例えば、東京都や大阪府などの都市部の自治体は地下駅舎、地下街、地下道などを大規模地下緊急一時避難施設に指定しているが、そこには地下シェルターとして必要な防爆扉、空気清浄装置、物資の備蓄などは見られない。

 自治体には有事に関連する知見や情報が不足しがちであることを踏まえれば、国が有事に対応した地下シェルターの機能に関する基準を作成し、建設・施設整備費用を負担するなど、より主導的に取り組むべきであり、そのための国民保護法の改正も検討すべきであろう。

自助や共助の拡充・活性化を

 ただし、国の取り組みだけでは不十分だ。災害の多い日本では、防災には自助、共助、公助の三つの要素があることは良く理解されており、国や自治体による公助が全てをカバーできない中、自助と共助が重要と見做されている。これは有事における国民保護にも当てはまる。』

『特に外部からの支援を得にくい先島諸島では、武力攻撃に際して「自助」=個人や家族はどう行動するか、「共助」=企業、学校、町内会、自主防災組織、消防団などはどう行動するか、について平素から準備しておくことが重要になる。しかし日本では、武力攻撃について考えることを忌避する傾向が強く、国民保護に関する自助や共助が国民に浸透していくことは期待できない。まずは国が国民保護に関する自助や共助の拡充・活性化を後押しする必要がある。

悲劇を繰り返さないためには

 太平洋戦争において沖縄は多くの住民が犠牲となる悲劇を経験した。その最大の原因は、当時「住民を守るための体制が不十分」であったことだ。

その悲劇を繰り返さないためには、国、自治体、地域社会および住民自身が避難を含む国民保護のための体制構築に力を尽くさねばならない。本稿で指摘した地下シェルターの整備、物資の備蓄、住民サービスの維持、自治体による輸送手段の保有などは、その一部であり、国民保護に関する学校や地域での教育および訓練にも真摯に取り組み、意識を変えていく必要がある。

 その際に重要となるのは、最悪の事態も想定することだ。武力攻撃に先立って住民が島外に避難できるとの想定も必要だが、島内避難を余儀なくされることも想定せねばならない。また、ミサイル攻撃を想定する必要はあるが、太平洋戦争当時のように本格的な島嶼侵攻を受けることも想定せねばならない。

 起こりうる事態を「想定外」として封印し、備えを怠ることは悲劇への第一歩となる。日本人はそのことを東日本大震災で学んだはずだ。過去の悲劇を繰り返さないため、国、自治体、地域社会および住民自身が勇気を出して最悪の事態を見据えるべきだ。』