中国SNSで「美女の避難を歓迎」投稿 ウクライナ人の対中感情悪化も
https://news.yahoo.co.jp/articles/9e42b88c98b49b3a4d69aa9ccd339441aa97172a
※ 「日本人」を名乗るのだけは、止めてもらいたい…。







中国SNSで「美女の避難を歓迎」投稿 ウクライナ人の対中感情悪化も
https://news.yahoo.co.jp/articles/9e42b88c98b49b3a4d69aa9ccd339441aa97172a
※ 「日本人」を名乗るのだけは、止めてもらいたい…。







ぼくらが「日本人死ね」を翻訳する理由
習近平氏を怒らせる「大翻訳運動」、中国の国内向け宣伝を外国語に
https://nordot.app/910075179333795840?c=39546741839462401
※ 天に唾すると、わが身に還ってくる…。
※ 別に、「陰謀」でもなんでも無い…。
※ 今日は、こんなところで…。


『日本で3月に強い地震が発生すると、中国のインターネット上で「日本人死ね」などと災いを望むかのようなコメントが相次いだ。そうした声を即座に日本語や英語に翻訳する集団が登場、知られざる中国の世論が世界に発信された―。
反米や反日感情をあおる中国当局の国内向けの宣伝などを外国語で紹介し、交流サイト(SNS)を通じて海外に知らしめる「大翻訳運動」と呼ばれる動きが中国の内外で広がっている。参加者は「中国共産党の世論工作の実態を暴き、世界に警鐘を鳴らす」と動機を説明。習近平指導部は「中国侮辱ウイルス」(中国メディア)と呼び、彼らを敵視する。(共同通信=大熊雄一郎)
▽翻訳の威力
「ロシアの合理的な懸念は理解できる」。2月下旬、中国政府がウクライナに侵攻したロシアに寄り添う姿勢を示すと、インターネットには「ウクライナの美女を引き取ろう」「ウクライナ瞬殺だ」などとサッカー観戦のようなノリでウクライナを小ばかにするやりとりが展開された。ロシアと緊密な関係を強調する中国政府の方針もこうした世論の背景にあった。
会談を前に言葉を交わす中国の習近平国家主席(右)とロシアのプーチン大統領=2月4日、北京(AP=共同)
そんな風潮に腹を立てた人たちが米国のSNS「レディット」のコミュニティーでこれらの投稿を自発的に英語に翻訳、海外に紹介したのが、大翻訳運動の始まりだった。翻訳した内容は、中国政府の対外宣伝に隠された“本音”として外国メディアの注目を集めた。
中国の世論は翻訳を介してウクライナにも伝わり、反中感情を刺激。また中国がロシアの侵攻を容認しているとの認識が国際社会に広がった。
「宣伝当局が築いた平和で友好的な中国イメージを突き崩した」。運動の参加者たちは翻訳の威力に手応えを感じた。
▽緩やかな組織
運動の拠点となっていたレディットのコミュニティーには5万人以上が参加していたが、「個人情報を漏らした」との理由で3月に閉鎖された。
活動の場をツイッターに移すと、党・政府の世論操作や強権的な統治に反感を持つ人が共鳴。「#大翻訳運動」「#TheGreatTranslationMovement」のハッシュタグ(検索目印)を付けて参加する人が増え、今ではフォロワーは15万人を超えている。
少数の有志による自然発生的な運動は緩やかに組織化された。米欧や日本への憎悪をあおり、ロシアの軍事行動を後押しする中国の宣伝や、それに迎合する世論を、英語や日本語、ドイツ語、フランス語、韓国語などで発信している。
▽「寝そべるな」と言われても
運動初期から参加する中国在住の20代男性が「絶対匿名」を条件に通信アプリを通じて取材に応じてくれた。仮に王さんと呼ぶ。
不況のあおりを受けて失業した王さんはベッドに横になりながらスマートフォンをいじる日々を送っていた。あるときニュースで耳にした当局者の言葉が聞き捨てならなかった。
その当局者は最近の若者が努力もせず、無気力だとして「寝そべり主義」と批判した。好きで寝そべっているわけじゃない―。王さんは身を起こし、自分が無職となった背景を熟考した。
都市封鎖され高速道路の通行が制限された中国上海市=3月28日(ロイター=共同)
中国当局はここ数年、市場の安定を掲げてIT企業やネット通販、金融業界、学習塾などへの規制を強化した。活力を奪われた民間企業は大規模な解雇を余儀なくされ、さらに新型コロナウイルスの感染を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策の下で都市封鎖が繰り返され、経済活動は停滞。多くの失業者が行き場を失っている。
「政府は失政の責任を若者に押しつけ、世論の目をそらすために米欧や日本への憎悪をあおっている」。王さんの目に、経済が失速する中で対外危機をあおりウクライナに侵攻したロシアと、自国の姿が重なった。
王さんは「中国が台湾に侵攻すれば国民の生活は破綻する。自分たちを守るために大翻訳運動に参加した」と説明。他国に攻撃的な愛国心を育て、軍備増強に走る党・政府の実態を対外発信することで、「暴走を食い止めたい」という。
▽うろつくネズミ
一方、中国当局は翻訳が武器になり得るということに気づき、強い危機感を抱いた。
党機関紙、人民日報系の環球時報は4月、「(中国に)汚名を着せる翻訳問題が大規模化、システム化している」と懸念する専門家の論評を掲載した。「中国の国際イメージづくりと国際的な発言力の向上に深刻な影響を及ぼす」と指摘し、「中国に関する概念の翻訳の主導権」を握るべきだと訴えた。
習指導部は「愛される中国のイメージ」形成を唱えており、大翻訳運動がそれに水を差す動きとみて神経をとがらせている。宣伝当局は米欧などの反中勢力が背後にいると主張している。
中国海南省を視察する習近平国家主席(右から2人目)=4月(新華社=共同)
しかし王さんによると、運動参加者の大部分は中国語を母国語とし、中国政府の統治下で暮らしたことがある人たち。中国人のほか、世界各地の華僑や外国人が加わっているという。中国当局の摘発対象とならないよう、リーダーを明確にしない戦略を取っている。
党・政府系メディアは運動参加者を「ウイルス」「うろつくネズミ」などと罵倒し、米欧主導の情報戦と見なして攻撃する。しかし参加者の主力が中国人である可能性には目を伏せているようにも見える。
▽専制の土壌は国民にも
大翻訳運動が中国内の反日的言論を海外に紹介する理由について、王さんは「中国政府が反日感情を植え付けた結果、どれぐらい危険な世論が形成されているかを明らかにするため」と説明する。中国が日本の脅威を口実に軍拡に突き進むことへの危機感がある。
日本の地震を祝うコメントが翻訳され、海外で反響が広がると、これらの投稿の大半は削除されたという。運動メンバーはこれを“成果”と考えている。
日本の地震に関する中国のネット世論を日本語で紹介する大翻訳運動のツイッター画面
ただ運動の目的は必ずしも党を脅かすことではない。「ウクライナ美女」や「日本人死ね」を書き込んでいる人の大半は普通の庶民だ。
王さんは「中国人の根っこには中央集権への崇拝があり、党の統治がもたらした結果に一定の責任がある」と指摘する。
専制を受け入れ、人権を軽視する民族心理への深い反省を促すことこそが狙いなのだという。「中国当局が憎悪に満ちた宣伝を停止し、中国のネット民が侵略を支持するような愚かな言論をやめない限り、大翻訳運動は終わらない」
スマートフォンを使う若者ら=2021年6月、北京(共同)』
天に唾する
http://kotowaza-allguide.com/te/tennitsubasuru.html

『【読み】 てんにつばする
【意味】 天に唾するとは、人に害を与えようとして、かえって自分がひどい目に合うことのたとえ。
【天に唾するの解説】
【注釈】 天に向かって唾を吐いても空を汚すことなど出来ず、吐いた唾が自分の顔にふりかかってくることから。
『四十二章経』に「悪人の賢者を害するは、猶し天を仰いで而も唾せんに、唾、天を汚さずして、還って己が身を汚し、風に逆らって人に塵くに、塵、彼を汚さずして、かえって身に塵するがごとし」とあるのに基づく。
「唾」は「つばき」とも読む。
「天に唾す」ともいう。
【出典】 『四十二章経』
【注意】 「無礼な行い」という意味で使うのは誤り。
誤用例 「社長に向かってそんな振る舞いをするとは、天に唾するようなやつだ」
【類義】 仰いで唾を吐く/お天道様に石/天に向かって唾を吐く/天を仰いで唾する/寝て吐く唾は身にかかる
【対義】 -
【英語】 Who spits against heaven spits in his own face.((天に向かって唾を吐けば自分の顔に落ちてくる)
The stone you throw will fall on your own head.(投げた石は自分の頭上に落ちる)
【例文】 「相手を陥れるようなことばかりしていると、結局は天に唾する結果になるよ」 』
公的空間と私的空間で、それぞれ、どう行動するか。
https://st2019.site/?p=19799
『Kamil Galeev 記者による2022-6-14記事。
公的空間と私的空間で、それぞれ、どう行動するか。
これには国民の違いがとても大きい。
ロシア人は、私的空間での振る舞いで、その人の善悪を判定する。米人はそうではない。
ロシア人の「正直」は、私的空間での正直さだけが問われる。公的空間では嘘をついても誰もとがめぬ。
記者は大卒後、数ヵ月だけロシアの公務員であった。
そこで知った。公務員の上司も、私的空間では政府を平然と批判するのだ。しかし、公的空間でそれをすれば、彼の人生は「詰み」だ。
だからロシアの公人を、公的発言によって値踏みすることは、誰にもできないのである。公人が嘘をついても可い社会契約になっているので。
私的空間での嘘も、公的空間での嘘も許さないのは、米国社会が最右翼だ。
欧州大陸は、地域によって、その程度がいろいろだ。』
先人の句に学ぶ/芭蕉会議
http://www.basho.jp/senjin/s0606-1/index.html

『ぎふの庄ながら川のうがひとて、よにことごとしう云ひのゝしる。まことや其興の人のかたり伝ふるにたがはず、浅智短才の筆にもことばにも尽くすべきにあらず。心しれらん人に見せばやなど云ひて、やみぢにかへる、此の身の名ごりおしさをいかにせむ。
おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉 芭蕉 (真蹟懐紙・夏・貞享五)
鵜飼の一夜が更けて鵜舟が帰りゆくころは、あれほど鵜飼をおもしろがっていた心が、そのまま悲しく切ない思いへと変わってゆくことだ、という意。
全体が謡曲「鵜飼」の詞章〈おもしろのありさまや、底にも見ゆる篝火に……〉〈鵜舟にともす篝火の消えて闇こそ悲しけれ〉等による表現だが、そうした典拠を必要としないところまで彫琢された描写が作者の力量である。
前書には、場所が岐阜長良川で、そこの鵜飼は見物人を集めるほど世間で知られていたこと、その興趣は世間の評判通りで筆舌に尽くせないこと、だから情趣を解する人に見せたいものだと思いつつ帰途につくが、名残惜しく去りがたい思いを禁じ得ない、という心持ちを述べる。
なおここにも古典から「あたら夜の月と花とを同じくはあはれしれらん人に見せばや」(信明・後撰・春)、「鵜舟のかゞり影消えて、闇路に帰る此身の、名残りをしさを如何にせん」を織り込むことに注意したい。
結論的には、文章と句が独立しつつ支え合って、芭蕉の志した俳文という様式はこれかと思わせるほど句文融合した作品としてよい。』
第四百五十一夜 正岡子規の「ベースボール」の句
(Posted on 2021年2月5日 by mihohaiku)
https://miho.opera-noel.net/archives/2467
『1936年(昭和9)2月5日は、日本職業野球連盟が設立された日で、「プロ野球の日」と定めた。7チームで初の社会人野球のリーグ戦が行われるようになった。
太平洋戦争が始まると日本野球報告会と改名し、野球用語英語使用禁止となった。ストライクは「よし一本」、ボールは「だめ一つ」、アウトは「引け」、監督は「教師」、選手は「戦士」というふうであった。
それよりずっと昔、正岡子規が第一高等中学(現在の東大)在学中にベースボールをやっていたのは、明治22年の頃で「松羅玉液(しょうらぎょくえき)」という随筆の中でベースボールを論じたのは明治29年であった。当時使われた野球用語は、今も使われているものがある。例えば、「本基(ほんき)」はホームベース、「満基(まんき)」はフルベース、「廻了(かいりょう)」はホームイン、「除外(じょがい)はアウト、という風に野球用語を考えていた。
明治31年、子規はベースボールの歌9首作った。その中の2首を紹介する。
「打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に」
「今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸の打ち騒ぐかな」
現代は、野球が盛んである。小学生のチーム、中学、高校、大学は学校単位で試合が行われる。そこから、さらに目指すのはプロ野球チームである。セ・リーグ、パ・リーグで各6球団、全体で12球団で日本一を争う。
夢と希望のあるスポーツの一つである。
今宵は、野球の作品を紹介してみよう。
夏草やベースボールの人遠し 正岡子規 『俳句稿』
(なつくさや ベースボールの ひととおし)
句意は、夏草の生い茂る原っぱで草野球の試合をしている人たちを見かけましたが、今の私の身体では、草野球もキャッチボールもできません、遠い昔のことになってしまいましたよ、となろうか。
碧梧桐より6歳上、虚子より7歳上の子規は、東京に出て、東京大学に入学し、夏休みには夏目漱石を伴って帰郷しては覚えたての野球をしていた。時には、碧梧桐や虚子も誘われて一緒にプレーをしたという。
この作品は明治31年作で、この頃には結核も進んで脊椎カリエスとなり、所用のある日にはこうして外出するが、ほぼ病臥の状態であった。草野球の人たちを遠くに眺めて、懐かしく淋しく思っていたのではないだろうか。
甲子園汗にじむ砂玉として 加古宗也 『蝸牛 新季寄せ』
(こうしえん あせにじむすな たまとして)
「甲子園」といえば、高校球児たちが春夏2回の全国高校野球選手権大会のことである。出場校は、北海道と東京など学校数の多い地域は2校出るなど、少しずつ変化しているが、基本は県を代表した1校の出場であるから超難関である。やっと出場できても、一度負ければ終わりとなる。
句意は、甲子園で熱闘して負けたチームの子たちは、試合後に、汗と涙の染みた甲子園の土を丸めて、用意してきた袋に大切に詰めている。一人一人にとって汗の滲んだ甲子園の砂こそが、まさに宝石なのですよ、となろうか。
秋ばれやバットにグローブさしてゆく さいとうあきら 『小学生の俳句歳時記』
(あきばれや バットにグローブ さしてゆく)
春よりも夏よりも、秋がスポーツの似合う季節のような気がしている。雨も台風もやってくるが、空は高く爽やかで湿度も少なく感じられるのが秋だ。
句意は、天高く晴れ渡った日、今日は、少年野球チームの練習日だ。バットの先にグローブを差し込んで肩にかけて、四方八方から颯爽と男の子たちが集まってきましたよ、となろうか。
もう40年前になるが、わが家にも少年野球チームに入っていた息子がいた。滅多に応援に行くことはなかったが、ある日見に行った。大勢のお母さんたちが見にきていた。その日、4年生の息子はピッチャーをしていたが、打たれてしまった! 』
※ 昨今の「情勢」は、どうも、「むき出しの力」が猛威を振るっている感がする…。
※ それで、この人のことを思い出した…。

『トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes, 1588年4月5日 – 1679年12月4日[1])は、清教徒革命(イングランド内戦)から王政復古期にかけてのイングランドの哲学者。
17世紀の近世哲学にあって、ルネ・デカルトなどと共に機械論的世界観の先駆的哲学者の一人であり、バールーフ・デ・スピノザなどとともに唯物論の先駆的思索を行った哲学者の一人である。
政治哲学者として側面は広く周知され、人工的国家論の提唱と社会契約説により近代的な政治哲学理論を基礎づけた人物として一般的に知られる。王太子時代のイングランド王チャールズ2世の家庭教師でもあった。 』
『概要
イングランド国教会の聖職者の子として生まれる。
1588年、スペインの無敵艦隊襲来というニュースにショックを受けた母親は産気づき、予定より早く出産した。このため「恐怖と共に生まれた」といわれる。
1608年にオックスフォード大学を卒業[2]した後、デヴォンシャー伯爵家(後のデヴォンシャー公家)に家庭教師として仕える。
1610年から1630年代にかけて貴族の子弟とともにヨーロッパ大陸へ三度旅行し、フランスやイタリアの哲学者や科学者と交流した[2]。
清教徒革命前の1640年に自分の身を案じてフランスへ亡命[2]し、後に国王となったチャールズ2世の家庭教師を務める。
最もよく知られる著作『リヴァイアサン』は、イングランド内戦が終結してオリバー・クロムウェルの統治下にあったイングランド共和国に帰国した1651年に刊行された。ベーコンやガリレオ、デカルトらと交友があった。
1655年に出版した『物体論』(De Corpore)内で円積問題の解を見つけたと公表し、数学者のジョン・ウォリスとの論争に発展した。
ホッブズの哲学は公理系を元に構築する幾何学的な考え方を元にしていたが、円積問題については終始、本質を理解することができず、誤りを自覚できずに死ぬまで激しい論争を続けた(ホッブズとウォリスの論争(英語版))[要出典]。
形而上学においては唯物論の立場に立ち、その考えは『物体論』において展開された。
また、デカルトから『省察』の批判を書くよう頼まれた時はその立場から批判を行なったが(デカルトは他の哲学者や神学者にも批判を頼み、ホッブズのそれは第三論駁と呼ばれる)、自身の哲学への不理解と解したデカルトからの反応は冷淡であった[3]。
年譜
1588年 - 4月5日、ウィルトシャー州マームズベリー近郊のウェストポートにて、イングランド国教会牧師トマス・ホッブズの次男として誕生。
1592年 - ウェストポートの教会学校入学。
1600年 - 父の死に伴って叔父フランシス・ホッブズに引き取られる。ロバート・ラティマーの私立学校に入学。
1603年 - オックスフォード大学入学。
1608年 - 2月5日にオックスフォード大学卒業[4]。第2代デヴォンシャー伯爵ウィリアム・キャヴェンディッシュの家庭教師となる
1620年 - ベーコンの助手として彼の口述筆記をしたり、著作をラテン語に訳したりする。
1629年 - 自身の手によるトゥキディデスの『戦史』の翻訳を公表。
1631年 - 第3代デヴォンシャー伯爵ウィリアム・キャヴェンディッシュの家庭教師となる。
1636年 - ガリレオを訪問。
1637年 - 感覚について小論文(Little Treatise)発表。
1640年 - 5月9日に『法学原理』(The Elements of Law)発表。短期議会(4月13日 - 5月5日)の進展に伴ってイングランド内の政情が不安定化したため、フランスの首都パリへ亡命。
1642年 - 『市民論』(De Cive)を匿名で発表。
1645年 - イングランド王太子(後のチャールズ2世)がパリに亡命。ホッブズが彼の数学教師となる。
1647年 - イングランド国教会の洗礼を受ける。
1651年 - 『リヴァイアサン』を出版。
1655年 - 『物体論』(De Corpore)を出版。
1656年 - 『自由、必然、偶然に関する諸問題』を発表。
1658年 - 『人間論』(De Hormine)を出版。
1668年 - 『ビヒモス』(Behemoth)を出版
1674年 - 『イリアス』と『オデュッセイア』の翻訳を発表。
1679年 - 12月4日に死去。
人工的な国家理論
『リヴァイアサン』は、ホッブズの代表的な著作であり、17世紀ヨーロッパにおける国家理論の白眉である。
この著作によって、王権神授説に立つ同時代のイングランドの王党派からは無神論者であるとされ、共和派からは専制政治擁護者と見られた。
現代に至るまでホッブズの評価は屈折しており、相反する立場から全く異なったホッブズ観が提示されている。
概要
この著作は、権威(Authority)を「いかなる行為でもなしうる権利」と定義づけており、国家の権威主義(独裁主義、専制主義、全体主義)を擁護した論説であるという側面がある。
ホッブズは前提として、人間の自然状態は闘争状態にあると規定する。
彼はまず、生物一般の生命活動の根元を自己保存の本能とする。
その上で、人間固有のものとして将来を予見する理性を措定する。
理性は、その予見的な性格から、現在の自己保存を未来の自己保存の予見から導く。
これは、現在ある食料などの資源に対する無限の欲望という形になる。
なぜなら、人間以外の動物は、自己保存の予見ができないから、生命の危険にさらされたときだけ自己保存を考えるからである。
ところが人間は、未来の自己保存について予見できるから、つねに自己保存のために他者より優位に立とうとする[5]。
この優位は相対的なものであるから、際限がなく、これを求めることはすなわち無限の欲望である。
しかし自然世界の資源は有限であるため、無限の欲望は満たされることがない。
人は、それを理性により予見しているから、限られた資源を未来の自己保存のためにつねに争うことになる。
またこの争いに実力での決着はつかない。
なぜならホッブズにおいては個人の実力差は他人を服従させることができるほど決定的ではないからである。
これがホッブズのいう「万人は万人に対して狼」「万人の万人に対する闘争」である。ただしこの前提は、友枝高彦らの批判もある(「#批判」を参照)。
ホッブズにおいて自己保存のために暴力を用いるなど積極的手段に出ることは、自然権として善悪以前に肯定される。
ところで自己保存の本能が忌避するのは死、とりわけ他人の暴力による死である。
この他人の暴力は、他人の自然権に由来するものであるから、ここに自然権の矛盾があきらかになる。
そのため理性の予見は、各自の自然権を制限せよという自然法を導く。
自然法に従って人びとは、各自の自然権をただ一人の主権者に委ねることを契約する。
だが、この契約は、自己保存の放棄でもその手段としての暴力の放棄でもない。
自然権を委ねるとは、自然権の判断すなわち理性を委ねることである。
ホッブズにおいて主権は、第一義的に国家理性なのである。
また以上のことからあきらかなように、自然状態では自然法は貫徹されていないと考えられている。
その影響と解釈
ホッブズが展開した国家理論は、キリスト教会社会のカルヴァン主義のそれに似た自然状態を想定し、そこから人工的に国家モデルをつくりあげたという点では近代国家理論のさきがけであった。
前提の自然状態を措定した上に契約神学が設定されたように、現実の国家社会との間に社会契約を設定するという理論が発展する。
このことはホッブズ以前の社会契約が既成国家の説明原理にとどまり、基本的に「支配=服従契約」と見ているのに対し、平等な個人間の社会契約による国家形成という新しい視点を開いた。
またこのような社会契約の要因として、人間の自然理性を重視していることから啓蒙主義的な国家理論であるということができる。
ホッブズの理論を批判的に継承したのは、ジョン・ロックとルソー(社会契約論)であるが、両者とホッブズとの決定的な違いは、ホッブズが自然状態において自然法が不完全であるとするのに対し、両者は自然状態において既に自然法が貫徹されていると想定していることである。
このホッブズの政治理論の性格および歴史的意義については、現在4つの主要な解釈がある。
絶対主義の政治理論説 - 以下の3点を主要な根拠として、ホッブズの政治理論が絶対主義王政を支持するものであるとする説。
ホッブズが社会契約を服従とみなしていること。
主権者が一者であり、主権が国家理性であること。
主権者が国内の宗教を含めてあらゆる国内的、国際的政策を統制できるとしていること。
近代的政治理論説 - 以下の2点を主要な根拠として、ホッブズの政治理論が近代的で民主主義的な国家理論であるとする説。
無神論的、唯物論的世界観、また理性主義に基づく平等思想を唱えていること。
分析的に導き出したアトム的人間から構成的に人工の国家を導き出すという科学的手法をとっていること。
伝統的政治理論説 - 以下の2点を根拠として、ホッブズの政治理論が伝統的なキリスト教倫理思想に則っているとする説。
ホッブズの自然法思想がデカルト思想に影響される前から既に形成されていたこと。
宗教に対する言及が、無神論的立場ではなく信仰によっていると考えられること。
自然状態的政治理論説 - 以下の2点を根拠として、ホッブズの政治理論が究極的に自然状態の理論であり、闘争の政治理論であるとする説。
自然法が個人規模での闘争を止揚して国家規模の闘争を導いているにすぎず、本質的に闘争状態であることが変わっていないこと。
国家状態が自然法に基づくとされていること。
この中で、1.と2.の見方が古典的で、現在でも有力な説である。
著述
「w:Thomas Hobbes#Works (Bibliography)」も参照
邦訳書
選集『世界の名著28 ホッブズ』永井道雄責任編集、中央公論社・中公バックス、1979年
選集『世界の大思想13 リヴァイアサン 国家論』水田洋・田中浩訳、河出書房新社、1966年
『リヴァイアサン』水田洋訳、岩波文庫(全4巻)、1992年
『ホッブズの弁明/異端』水田洋編訳、未來社<転換期を読む>、2011年
『哲学原本』(『哲学原論』とも訳される、ラテン語:Elementa Philosophiae、英語:Elements of Philosophy)
『物体論』『人間論』『市民論』本田裕志訳、京都大学学術出版会、各・2015年、2012年、2008年
ラテン語原文に基づく初めての完訳で、『哲学原本』の第一部「物体論」、第二部「人間論」、第三部「市民論」を個別の単行本での出版。
『哲学原論/自然法および国家法の原理』伊藤宏之・渡部秀和訳、柏書房、2012年
同じく完訳だが、原文はラテン語であるが、上記版は英語版での用語表現に基づき翻訳された。
『哲学者と法学徒との対話』田中浩・新井明・重森臣広訳、岩波文庫、2002年
『ビヒモス』山田園子訳、岩波文庫、2014年
『法の原理 人間の本性と政治体』田中浩・重森臣広・新井明訳、岩波文庫、2016年
『法の原理 自然法と政治的な法の原理』、高野清弘訳、ちくま学芸文庫、2019年
『リヴァイアサン』、角田安正訳、光文社古典新訳文庫(Ⅰ・Ⅱ)、2014-2018年
批判
イギリスの思想家でケンブリッジ大学教授のアクトン卿(1834 - 1902年)は、「偉大な人物を悪者に変貌させる極めて有害なエネルギーが権力である」とし、「権力の重要性を強調する論説には非常に長い系譜があるが、政治思想史から見れば、マキャベリまたはホッブスの説の焼き直しの域を出ない」と批判している[6]。
日本の倫理学者で東京高等師範学校教授・東京帝国大学助教授の友枝高彦(1876 - 1957年)は「正義といい人類愛といい、人類の間の最も望ましい美徳であることは、昔から宗教でも道徳の方でも高調されているところである。…この事実に対する解説として自然性論というべき一派がある。それは人類は本来利己的であって同胞と協同するも親和するも畢竟利己の為に外ならないようにいうのである。…人類は互いに狼であるとホッブスのいったのは、全く利己的見地から解釈するのであって、国際間には道徳なく、ただ欺瞞、暴力あるのみと考えたマキャベリも同じ考であるといわねばならぬ」として、ホッブズの説を拒んだ[7]。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの機関誌『エコノミカ』は1929年に「現代のホッブス批評家たち」を特集した号を出版した[8]。
政治学者でハーバード大学教授カール・ヨアヒム・フリードリッヒ(1901 - 1984)は、ホッブズ自身は『リヴァイアサン』で権威を「いかなる行為でもなしうる権利」と定義づけたが、その後にさらに「いかなる人も自分がその当事者でない契約には縛られない」と付け加えていることを指摘し、その権威の捉え方は、政治の基礎としての権力をあまりに強調しすぎた点に限界があったとしている[9]。
哲学者でフロリダ国際大学名誉教授B. W. Hauptliは『ホッブズと倫理的利己主義に対する批判集』を編纂している[10]。』
アドラー
https://www.google.com/search?client=firefox-b-d&q=%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC
『アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、ドイツ語発音: [alfreːt aːdlɐ](アルフレート・アドラー)、1870年2月7日 – 1937年5月28日)は、オーストリア出身の精神科医、心理学者、社会理論家。ジークムント・フロイトおよびカール・グスタフ・ユングと並んで現代のパーソナリティ理論や心理療法を確立した1人。
初期の頃のフロイトとの関わりについて誤解があるが、アドラーはフロイトの共同研究者であり、1911年にはフロイトのグループとは完全に決別し、個人心理学(アドラー心理学)を創始した[1]。 』
アドラー心理学とは何か?
https://youtu.be/PeJV4yeZ2H4


※ そういうもの、だそうだ…。
※ 今日は、こんなところで…。
いま、精神分析に意味があるとしたらそれは何か – シロクマの屑籠
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20220609/1654778359
※ 以下は、全くの門外漢、素人の感想だ…。
※ これは、AI(人工知能)やコンピューターの発達ともリンクしていると思う…。
※ 何しろ「こころ」「心理」なんてものは、直接「観察すること」は「不可能」だ…。
※ それで、長いこと「内観法」なんてものとかに、頼って来たわけだ…。
※ しかし、それでは「科学」を名乗れない…。
※ 「測定可能性」や「再現性」が無くて、説の「科学的検証」ができないからな…。
※ それで、「こころ」や「心理」を対象とすることを放棄して、「行動」を対象にすることにしたわけだ。いわゆる「行動心理学」、というわけだ…。
※ そういうことで、「心理学に”心理”無し。」という仕儀に、至ったわけだ…。
※ そして、「定性的に」では無く、「定量的」に取り扱うことが可能となり、コンピューターにも乗せることが可能となったわけだ…。メデタシ、メデタシ…。
※ いずれ、コンピューターに乗せることを考えると、「定性的な」見解は、そもそも「対象外」となる…。
※ 昨今、マズローの「欲求段階説」や、ドラッカーの言説が「廃れて」来たのは、みんな「定性的な」言説だからだ…。
※ おかげで、「眼光紙背に徹する。」とか「全体を見通す深い洞察力」なんてものは、「死語」となりつつある…。
※ AIやコンピューターを振り回すのは「勝手」だが、「適用してもよい分野」と「適用しては具合悪い分野」とが、あると思うぞ…。


『同業の人が学会に集まろうとしている季節に、「いま、精神分析に意味があるとしたらそれは何か」などというお題をネットのopenな領域に投げるのは蛮勇すぎるのですが、ある集まりで「今、精神分析に意味はあるの?」という問いをいただき、持ち時間100分ぐらいで今の自分が何を思いつくのか書いてみたくなったので、えいっ! と随筆してみる。
なお、これは私に問いを与えてくれた人に応えるという体裁でやっていることだとエクスキューズさせてください。各方面の精神分析に造詣のある人は、ある程度これに同意してくださるかもしれないけれども、全面的に同意してくださるとは思えない。また、私がなんやかや言っても(精神医療の実地において)標準的治療と治療ガイドラインと精神行動科学的な研究をリスペクトしていることにも引っ張られている部分があると思う。そのあたりを気にしない人が読んでくれると想像しながら、以下を記す。
本題に入る前に (本題に入りたい人は読み飛ばしてください)
でもその前に、精神分析だの無意識だの、ひいては「こころ」だのを云々してどうすんのよ? ほかにすることはないのですか? 的なビジョンもをあえて挙げてみたい。読みたくない人は、次の見出しまで飛ばしていただいても構わない。
「人の心という曖昧なものに頼っているから、ネルフは先のような暴走を許すんですよ。」
『新世紀エヴァンゲリオン 第七話 人のつくりしもの』より
精神分析が心 psyche*1に焦点を向け、自我超自我イドをはじめ、さまざまに心をモデリングして議論するものである限り、心という直接観測できない曖昧なブラックボックスを取り扱っている、という感はどうしてもぬぐえない。
精神分析に意味はあるのでしょうか、という問いはあと少しの変奏で「こころを云々することに意味はあるのでしょうか」という問いに化ける。直接観測不可能なブラックボックスを云々するより、第三者にも観測可能で、エビデンスを集積できるものを取り扱い、操作や管理の対象にしたほうが科学的知見が集積しやすく、再現性のある治療技法が生み出せるんじゃないだろうか?
そこで、「こころ」より「行動」ですよ!
行動なら、第三者にも観測できるし大規模に記録することだってできる。精神分析というプロセスを介して心をうんたらかんたらするより、行動のほうがずっと観測・記録を集積させやすい。エビデンスが集まりやすい、ってわけよ。心そのものはわからないままでも、(症状も含めた)人間の行動を統計的に分析し、確率的に管理できるなら、その行動にまつわるリスクは管理できる。治療者側にとってはそれでもう十分有意味なのだ。
少なくともなんらかの行動上の障害や症状を管理する点では、クライアントの心をうんたらかんたらするより、行動に注目して操作や管理を試みたほうがエビデンスベースドなことができるはずだし、それは時代の要請にも適っている。
でもって、最近の大学精神医学教室のなかには「精神行動科学」を名乗っている教室が結構あって、私は潔いと感じている。こころという曖昧なものではなく、精神行動を研究している、という実直さが感じられて。
問題点がないわけではないとしても、こうした行動を科学する向きは今日の精神医学、精神医療の主流をなしているし、私はそれが妥当だと思っている。20世紀中頃、アメリカでは精神分析的精神医学が栄え、日本でも精神分析のプレゼンスは20世紀末ぐらいまでかなり大きかったけれども、効率性の面でも再現性の面でもエビデンスに基づいた精神医学、認知や行動を対象とする精神医学にとってかわられた。
私は精神分析には今でも意味や意義があると思っているけれども、今日日の精神医学の主流派がやっていることも好きだ。実臨床では後者のお世話になっている度合いが高い。だからどっちも大事に思っていることは断っておく。
今、精神分析を学ぶ意味1 リベラルアーツ、教養として
ここから本題。
勘違いがあるかもだけど、書いてみる。
今、精神分析を学ぶ意味のひとつに、人文科学領域の広範囲を理解する補助線になるよ、というのがある。芸術や社会科学領域を理解する補助線としてもまあまま現役じゃないだろうか。
フロイトが発見・提唱・拡散した無意識という概念は、近代社会における特異点のような何かで、影響はさまざまな分野に及んだ。いろいろな分野の人がフロイトから影響を受けたし、そうでなくてもフロイトと同じ時代を生き、同じ思想の渦のなかで考えた。だから20世紀の人文科学~芸術~社会科学には、フロイトとその後継の精神分析諸派の考え方があっちこっちに登場する。そして、当時の読者に向かって書いているからか、しばしば、無意識とその構造──超自我、自我、イドといったような──をある程度は知っているという前提で記されていたりする。
現代思想入門 (講談社現代新書)
現代思想入門 (講談社現代新書)
作者:千葉雅也
講談社
Amazon
千葉雅也さんが書いた、哲学入門の本としてはすごく売れている『現代思想入門』にも、フロイトやラカンの説明が登場している。というのも、ポスト構造主義(や構造主義)を理解するにあたって、フロイトやラカンとの接点が無視できないからだ。もちろん千葉雅也さんは21世紀の哲学者なので、この入門書を読むにあたってフロイトやラカンを諳んじている必要はない。けれども「入門」の書籍にもそれらが登場してざっくり説明されている程度には、ポスト構造主義や構造主義を理解する補助線として精神分析は無視できない。
あるいは、アドラーやマズローといった、いまどきの経営者と労働者のモチベーションにゆかりの深い人たちの書籍と向かい合う際にも、精神分析を知らないよりは知っていたほうが面白い。彼らは精神分析の正統後継者ではないかもしれないが、精神分析の分家か傍流だ。ユングも分家で、人文科学領域では思い出したように登場する。そして面白いことに、進化生物学や進化心理学の書籍にも、フロイトをはじめとする精神分析諸派の考え方がさまざまに登場したりもする。
こんな風に、精神分析とその言葉はかなり広い領域で流通しているので、知っておくとそのかなり広い領域の書籍の読みやすさが向上する。20世紀に書かれた書籍では特にそうだし、21世紀に書かれた書籍ですら、ときにはそうだ。精神分析はリベラルアーツだと言われていた時期があった(今でもいわれている?)が、実際、かなり広い領域の本を理解しやすくしてくれるという意味では、確かにリベラルアーツであり、教養として機能する。
なお、徒手空拳でいきなりフロイトやラカンを読もうとしてもしんどいだけで得るものは少ないんじゃないだろうか。私はフロイトやラカンをいきなり読むより、まず、自分が出会った書籍のなかでなるべくわかろうとしてみてみるか、自分が出会った領域の書籍の解説書や入門書に書いてあるフロイト理解なりラカン理解なりを読んでみるのがいいと思う。かくいう私もラカンは今でもあまりわからないし、インストール済みの進化生物学と戦争状態が続いている。フロイトにしても、面白い・スゲーと思うようになったのはフロイト以外がフロイトについてあれこれ言っているのを読んでから。特別に講義してくれる先生と抄読会を組むのでない限り、いきなりフロイトを最初から読もうとするのは難しいんじゃないかな、と私は思う。
今、精神分析を学ぶ意味2 DSM以前の疾患概念や精神医学史、パーソナリティ障害を理解する補助線として
次の項目は精神科医とその周辺が今、精神分析を学ぶ意味について。
これも自信ないけど書いてみる。
それと精神科医以外はここは飛ばしていいかも。
わかりにくいし、わかってもらおうって配慮があまりできなかった。
精神分析というからには、精神医学とその周辺を理解する際にも、一定程度は役に立つ。というか、知っていないと疾患概念がわかりにくかったり、カンファレンスの時に年配の先生がしゃべっていることが呪文みたいに聞こえる事態が発生するかもしれない。
たとえば病態水準とか原始防衛機制とか、そういった言葉には精神分析の考え方のフレーバーが宿っている。ロールシャッハテストやバウムテストといった投影法の心理テストの読み筋にもだ。
神経症、という疾患概念については特にそうだと言える。DSM*2の時代になり、そういった言葉は影が薄くなっているし、DSMからは神経症という言葉そのものが消えた。けれども「ストレスを被った時に、人がどのように反応するのか(または、どのように症状を呈するのか)」の原因と結果の関係を考える際や、「その人の生い立ちや生物学的要因によって、ほぼ同じストレスを被っても反応や症状が大きく違うのはなぜか」を考える際のツールとして、これらが引っ張り出されてくることはまだある。DSMが栄えているのに、なぜこれらが引っ張り出されてくるのか?
それはたぶん、DSMやそれに連なる現代精神医学が、「その人の生い立ちや生物学的要因によって、ほぼ同じストレスを被っても反応や症状が大きく違うのはなぜか」について神経症の完全上位互換といえる理解の道筋を提供しているわけじゃないからだと思う。DSMらは、神経症に代わる理解の道筋を提供するのでなく、理解の道筋を、放棄した。もちろん統計的傾向についてはDSMらはさまざまなことを教えてくれる。統合失調症や躁うつ病になりやすい統計的傾向とか、ほぼ同じ症状の人でも治療がうまくいきやすい人といきにくい人はどう違うのかの統計的傾向とか、そういうものはたくさん提供してくれている。だけどそれは神経症の完全上位互換ではない。目の付けどころや研究の姿勢が違っているのだ。
しぶとく繰り返すが、現代精神医学は良いものだ。けれども目のつけどころや研究の姿勢が違っているからこそ、神経症との互換性にかなりの問題がある。そして今でも日米の精神医学のテキストブックや学会のお題から精神分析や神経症といった言葉が消えきっていないことが暗に示しているように、時々、昔の考えや昔の疾患概念を思い出して考えたくなる場面はある。
あとはパーソナリティ障害か。
パーソナリティ障害は、DSM-5ではかろうじて残ったけれども臨床的にはそれほど診断されなくなっている(発達障害圏のスペクトラムや双極性障害圏のスペクトラムでしゃべったほうが今風な場合が多いと思う)。
けれども、いざ、境界性パーソナリティー障害を理解しようと思ったら、やっぱり精神分析の弟子筋であるカーンバーグは避けられない。
いまどきはもう、カーンバーグを一生懸命に勉強しようって精神科医は少ないのかもしれないが、それでも境界性パーソナリティー障害を学ぶこと自体がカーンバーグを追想するようなところがある。ひょっとしたら境界性パーソナリティー障害を学ぶこと自体、今後はあまり意味を持たなくなるのかもしれないし、実際、DSMと双璧をなすICD(国際疾病分類)の新版ではパーソナリティーはディメンジョナルな分類へ分解されると聞いている。けれども、そのディメンジョナルな分類じたいも境界性パーソナリティー障害から議論を継承している部分があるので、ただ運用するだけでなく、もっと詳しく知りたいと思ったらたちまち、20世紀以前の議論を思い出さなければならなくなる。
だから、ここでも精神分析はリベラルアーツや教養的な意味合いとして生きている。ある診断や疾患概念について議論を遡ると、しばしば精神分析的なものにひょっこり出会う。それは、精神分析がアメリカ大陸の精神医学にすごく大きな影響を及ぼしていた一時代があったからでもあり、ドイツやイギリスやフランス、ひいては日本においても精神分析が精神医学に影響を及ぼしてきたからでもある。ある診断や疾患概念について、今この瞬間だけでなく、過去から現在、そして未来へ至る流れのようなものを知る一助として、精神分析とそのプロダクツを知ることには意味があると思う。こうした場合、カーンバーグやコフート、アンナフロイト、ウィニコットやメラニー・クラインといった人々が遭遇しやすい出会いと思うけれどもいかがでしょうか。
今、精神分析を学ぶ意味3 自分自身の盲点やこだわりを知る一助になる(かもしれない)
ここからますます怪しくなる。
ちょっと恥ずかしいかもだけど、えい、書ききってしまおう。
精神分析は、クライアントのこころについて知ったり治したりするものって思われているかもしれないし、精神分析の治療者の仕事はそうなのかもしれない。ちなみに私はそうではない。精神科医だが精神分析を精神分析として患者さんに実行することはない。それは正規の教育分析を経た精神分析のひとがやることだろう。
とはいえ私も精神分析に関心があったし、お互いの病理を指摘しあい、防衛機制について云々する空間でキャリアの最初期を過ごす幸運を得た。ほんのさわりながら、スーパーバイズの機会まで頂戴した。そうした自分自身の見聞と先輩がたの言葉から、精神分析には、クライアントのこころをどうこうする前段階として自分自身のこころについて考えさせられる部分がきわめて大きい、と私は感じ取った。
もし精神分析的にクライアントとかかわる際に、治療者が自分自身のこころの性質や自分自身の盲点について自覚的でなかったら、精神分析のことばのひとつひとつは、クライアントのこころについてそのまま反映したものではなく、治療者自身のこころの性質や盲点の色彩を帯びているのに気づかないものになりはしないだろうか。だから精神分析でクライアントのこころについてあーだこーだする(または考える)前に、そのクライアントのこころについてあーだこーだしたり考えたりする自分自身の性質についてできるだけ知って、その治療者自身に由来するバイアスについてできるだけ知っておかないとまずいはずだ。
私が好きな精神分析の一派である、コフートの自己心理学という派では、「治療者自身に由来するバイアスを真っ白にするってちょっとあり得ない。バイアス込みでやっていくしかないよね」的で、治療者自身を真っ白漂白しろ、みたいなことは言わない。でもって、他派は治療者自身を真っ白漂白するべきって言いすぎじゃね? みたいなことも言っていた。この、治療者自身を真っ白に漂白すべきかどうかという問題はここでは於いておこう。しかし、コフートの自己心理学でもそうじゃない精神分析の諸々でも、治療者とクライアントのやりとりに際し、治療者自身の性質や盲点について知っておかなければならないし、教育分析がそれを知るための過程でもある点は共通している。
だから精神分析は、他人のこころをズバリ考えるためのものである前に、自分自身のこころについて考えたり、突っ込まれたり、ウヘエって思ったりするものなのだと私は思う。そして精神分析的に他人のこころについてあーだこーだと考えるとは、他人のこころと自分のこころの相互関係について(真っ白漂白か、そうでないかはさておき)考え続けることに他ならないと思う。そういう相互関係について考えなきゃいけないと直観させてくれる、力動精神医学とか精神力動論といった言葉が私は好きだ。精神分析、という言葉に比べたら世間に知られていないけれども。
精神力動的精神医学 第5版―その臨床実践
精神力動的精神医学 第5版―その臨床実践
作者:G.O.ギャバ―ド
岩崎学術出版社
Amazon
(※うちにあるのはこれより版の古いやつ)
ところで、精神分析を学べば、かならず自分自身の盲点やこだわりはわかるものだろうか?
私は、わかることもあればわからないこともあるのが本当じゃないかと思っている。
わかるよう努めるのが精神分析の治療者のあるべき姿だし、そこまでいかなくても、精神分析が好きなら自分自身をいつも顧み、他人のこころと自分のこころの相互関係について考え続けるってものだろう。
でも、努めることとできることはイコールじゃない。
なかにはぜんぜんできない人もいるだろう。
いや、いる。
っていうか、できるできないのバラツキが大きいから、結局精神分析って廃れたんじゃなかったっけ?
教育分析という、時間もお金もめちゃかかる過程を潜り抜けたら全員スーパー精神分析治療者になれるなら、きっと精神分析はもっと栄えているはずだ。でも、実際はそうなっていない。なぜか。それは時間もお金もめっちゃかかる過程なのに、全員がスーパー精神分析治療者になれるわけじゃない、からではないだろうか。
その点、DSMは優れている。エビデンスに裏打ちされた診断体系と治療ガイドラインさえきちんと守っていれば、精神科医の卵だってエビデンスにあるとおりの治療成績を出すことができる。できる人、できない人のバラツキも最小化できる。将来的には、生身の精神科医である必要すらなくなってくるかもしれない。アメリカにおいて、DSMが精神分析から主導権を奪えたいきさつは書き始めると長くなるけれども、誰が治療者でもアウトプットが安定している点、再現性が高い点は重要なポイントのひとつだった。
自分自身の盲点やこだわりを知る一助になる(かもしれない)と、わざわざ書いたのは、そういうところがあるからだ。精神分析に触れて自分のことがわかるかどうか、わかるとしたらどの程度わかるのかは、人によるとしかここでは言えない。
今、精神分析を学ぶ意味4 他人のこころを推測する一助になる(かもしれない)
……ということはだ、精神分析をとおしてクライアントの、ひいては他人全般の行動を推測するとは、どの程度できると言えるものだろうか?
精神分析なんて知らない人にも、他人のこころが読める・丸見えだと思わずにいられない場面はある。
たとえば自分自身のコンプレックスをモチベーションとして、異様にがんばっちゃっている人が、周囲の人からは「あの人は、自分のコンプレックスがモチベーションになってあんなに躍起になっている」と読み取られることは、よくあることだ。でもって、当人はそのことに無自覚で、そうだと指摘されても躍起になって否定することもよくあることだ。当人にとって完全な盲点になっているような防衛機制は、だいたい他人にはおそろしいほど丸見えである。
でも、そういう極端な場合を除けば、精神分析をよく学んだからといって他人のこころが読める・他人のモチベーションの源が読める、ものだろうか。あるいは、たまたま他人のこころがわかった・読めたと思ったそれが精神分析を学んだおかげだと言い切れるものだろうか。
そういうこともあるかもしれない。だけど慎み深く考える場合、「自分は精神分析をマスターしたから他人のこころがわかるようになった」とはなかなか言えまい。まあそもそも精神分析がクライアントに提供するのは、きっとそういうことじゃないのだと思う。こころのwikipediaを読み上げ、「うん、わかった」「理解した」と言って終わらせるようなものではないはずなのだ。
……精神分析を学ぶ意味について書いていたはずが、他人のこころを推測するって段になったら私はちょっとしり込みしている。
それは私が不勉強を恥じているからかもしれないし、他人のこころをわかる、という表現や状況を安易に使ってはいけないと感じているからかもしれない。
だからここまでを読んで「なあんだ、精神分析を学んだって一流のメンタリストになれそうにないな」なんて思った人もいるかもしれない。そうかもしれない。けれどもここまでこうして書いてきたのは、私のなかに精神分析に触れる機会があって本当に良かったという思いと、それでも精神分析を学ぶこと・知ることには意義があるという思いを捨てきれないからだったはずなのだ。
長い文章になってしまった。
長い文章であること、それ自体は精神分析を学ぶ意味の大きさを必ずしも示さない。
ただ、この長い文章をとおして、私は自分自身が精神分析をとおして何を得たのか、それとどんな姿勢を獲得したのかを振り返ったような気がした。
「今、精神分析に意味はあるの?」という問いをはじめに与えてくれた人への直接回答になっていないけれども、私個人の精神分析観をこのように振り返った。
*1:精神分析における精神、とも訳されるけれども、ハインツ・コフートの自己心理学ではpsycheに心と宛て字してあるのでここではそれに倣う
*2:アメリカ精神医学医学会の診断のマニュアル。統計的なエビデンスが圧倒的で、精神疾患の診断と治療を統計的にまとめあげ、分類した大部のものだ。このDSMの大きなマニュアルじたいが読み物として優れていて、ときどき読むと勉強になるし精神科医はしばしば面白いとも思うはずだ。なお、ここでいう大きなマニュアルとは、ポケットサイズのあいつのことではない。殴って人が殺せそうな青色の分厚いやつのことだ。精神分析とはだいぶ遠いけれども、あれは、いいものだ。』