これって、西洋版の文化大革命では?
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/32809866.html
『WOKEという言葉をご存知だろうか? 直訳すると、「目覚め」という意味で、この投稿で用いる解釈では、黒人コミュニティーや社会正義を目指す活動化達の間で、「人種を理由に晒される脅威や不平等に意識を向けよう」というスローガンとして使われてきたものです。しかし、余りにも強制力を伴ったゴリ押しが過ぎてきた為、いわゆる右派と呼ばれる人達から、先鋭的な左派を非難する言葉に意味が変化しつつあります。つまり、WOKEと呼ばれるという事は、「左派急進派野郎」みたいな悪口に相当する言葉になりつつあります。
一方、白人のリベラル派もまた「自らを進歩的であるように見せるため、表面的なパフォーマンスのため」、あるいは何であれ「左派寄りの立場を表現するもの」として、この言葉を使っているようです。黒人の活動家や学者たちは「WOKE」の本来の意味が薄められていると批判しています。このブログで、時々投稿しているように、この手の活動は「金と利権」に結びつけ易いのです。政治家にとっては、得票という利益に、活動化にとっては、資金援助という形で具体的な利益に繋がります。実際、BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動の代表者の黒人女性は、立派な邸宅を5つも所有し、自分の近親者が経営する警備会社に護衛を依頼する事で、寄付金の一部を身の回りで還流させて豊かな生活をしています。BLMが盛り上がった時期、目をつけられると製品の売上に影響するので、怯えたメーカーは、積極的に、この団体に寄付をする事で、攻撃の矛先をかわしていました。いまや、抗議団体の幹部は、とっても豊かな暮らしをしています。
少なくても、ネットの投稿で、WOKEという言葉が使われる場合、本来の意味よりも、悪意を込めた批判の意味合いで使われる事が多いです。つまり、「過激派左派野郎」みたいなニュアンスです。物凄く極端なヴィーガン、子供達の教育にまで口出しするLGBTQ、全ての人種が登場する事をドラマに要求する人種平等主義者、物語の改変をしてまで黒人を登場させる映画(ディズニーの実写版の人魚姫等)、東洋の文化を学んでいると「文化盗用」と騒ぐ輩。つまり、他人に自身の思想を尊重する事を、かなり暴力的な手段で強要したり、既に評価を得ているコンテンツを乗っ取る形で、人種的平等や美醜の基準を改変する事を強要する行動を示す言葉になっています。
上記の動画の中で、問題になった事例と、その争点、結末について、良く整理されて紹介していますので、まずは鑑賞してみて下さい。「それぞれのクリスマスを楽しもう」と、一見すると多様性を訴えているように見える広告ですが、その手段として、伝統的なクリスマスの様式に対して、ツバを吐きかけるという下品極まりない攻撃的な対比で主張しているのですね。見ると判りますが、「誰か止める奴はいなかったのかよ」と思うくらい、壊滅的にセンスのない表現で主張しています。何かを貶める事で、何かを持ち上げるというのは、便所の書き込みと言われる低俗なSNSで用いられる手法で、少なくても歴史ある企業が、金をかけた広告でやる事じゃないです。
伝統を否定して、革新的(と彼らが考える)な行動を称賛するというのは、毛沢東が青年を焚き付けて、意図的に内乱を起こした文化大革命と発想が同じです。この事件によって、中国の数多くの伝統文化は途絶し、歴史的な建物は破壊され、お寺の経典は焚書され、坊主は道端に引きずり出されて殴られ自ら宗教を否定する事を強要されました。地主は自宅内に集団で押し入られて、室内を破壊され、外に引きずり出されて殴られ、場合によっては死にました。「反革命分子」と彼らがレッテルを貼った対象に対して、実際に行われた行為です。つまり、それまで尊重されてきた伝統や文化や権威が、全て悪であるとして、無制限に破壊してよい対象になったのです。その為、剥き出しの暴力が襲いかかりました。
これが、広告として機能すると、少なくても歴史ある企業が考えるという事は、それだけ、そういう思想が溢れて、それが「かっこいい」と思われているという事です。つまり、WOKEな人は無条件に、伝統的な行事や保守的な生き方を選択している人を、殴って良い。そういう奴の存在を許してはいけないと扇動する事が、特に悪い事ではない。そういう思想に基づく暴力は、許されるべきだし、称賛されてしかるべきだという、まさに「革命」という名の暴力を推進する事が、当たり前になりつつあるという事です。
こう書くと、余りにも一方的な批評をしていると思われるかも知れませんが、WOKEな彼らの標的になった人物は、人生をメチャクチャにされています。批判が殺到して勤め先にまで苦情が殺到して解雇されたり、「殺す」「死ね」と脅迫のメールが送りつけられたり、このブログで記事にした事もある「ハリー・ポッター」の作者のJ.K.ローリングなどは、関連した商品の不買運動まで起こされています。彼女は差別的な発言をしたわけでもなく、「行き過ぎたトランスジェンダーによって、女子更衣室やトイレで女性の安全が脅かされている」と言っただけです。実際、精神的女性判定を受けた男性が、女子トイレで少女を強姦する事件も起きています。彼女は、当然予想される治安の悪化を危惧して、意見として自身のSNSで投稿しただけなのですが、レイシスト認定されて、以降は「WOKEな人が自由にサンドバックとして殴って良い相手」として、様々な嫌がらせや攻撃を受けています。
彼女が異常な程に執拗な攻撃を受けるのは、世界的なベストセラー作家だからです。つまり、知名度のある文化人は、「頭を垂れて、WOKEな思想に賛同し、礼賛しなければならない」のです。それ以外の態度を取る人物は、レイシストとして最大の侮辱と攻撃に晒されるべきというのが、WOKEな人々の態度です。彼らの多様性という心地良い言葉に騙されてはいけません。そう言いつつも、認めて良い考え方は、彼らが決めて、それに世間が従う事を求めていて、それ以外はすべて攻撃対象です。』







