



『和7年(2025年)の公立高校入試の数学の問題傾向がそれまでと大きく異なって見える背景には、主に新学習指導要領の全面実施と、それに伴う「思考力・判断力・表現力」を重視する入試改革の進行があります。
主な背景は以下の通りです。
令和4年度(2022年度)から高等学校で新しい学習指導要領が年次進行で導入されており、令和7年度の入試は、この新課程で学んだ生徒たちが受ける最初の入試となります。
統計学的内容の充実: 新課程の数学では、AI(人工知知能)やデータサイエンスの重要性が増していることを背景に、中学校・高等学校を通じて「統計的な内容」が充実されました。
これに伴い、入試問題でも資料の読み取りや統計に関する問題が増加・難化する傾向が見られます。
「数学C」の復活と内容変更: 高校数学の科目構成が見直され、「数学C」が復活し、その中で「行列」などが標準的な内容として再度扱われるようになりました(公立高校入試の範囲は中学校内容までですが、高校側の改革の方向性が示されています)。
学力評価の焦点が、単なる知識・技能の有無だけでなく、それを活用する能力へとシフトしています。
思考力・判断力・表現力の重視: 基礎的な知識や技能を習得している前提で、それらを活用して課題を解決するための思考力、判断力、表現力を問う問題の出題に配慮されています。
長文化・複合問題の増加: 知識を様々な文脈で応用させるため、問題文が長文化したり、複数の分野をまたいだ複合的な問題、グラフや表を読み解く問題が増加しています。
これにより、ぱっと見の問題形式やボリュームがこれまでと大きく異なって見えることがあります。
これらの背景から、令和7年度の公立高校入試数学は、従来型のパターン演習だけでは対応が難しく、日頃から主体的に問題を発見し、論理的に解決策を考える学習が求められる傾向が強まっています。
AI は不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください。』
金融ビッグバン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E8%9E%8D%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 この項目では、日本における金融制度改革について説明しています。イギリスの証券制度改革については「ビッグバン (金融市場)」をご覧ください。
金融ビッグバン(きんゆうビッグバン)は、1996年から2001年度の日本において、政府が実行した大規模な金融制度改革を指す経済用語。
この時期に、従来、銀行など金融機関を規制してきた「護送船団方式」を崩壊させるような大改革が進行し、その後、2002年以降には、銀行業・保険業・証券業の業界の垣根を越えて、各代理業解禁など大規模な規制緩和が行われた。
これらは時期を分けて、1996年から2001年度までは「第1次金融ビッグバン」(橋本内閣)、2002年度以降は「第2次金融ビッグバン」(小泉内閣)と分けて指すこともある。
1986年にイギリスのロンドン証券取引所で行われたマーガレット・サッチャーによる証券制度改革が「ビッグバン (金融市場)」と呼ばれたことにちなみ、「日本版ビッグバン」は、1997年の新語・流行語大賞トップテンとなった。その時の受賞者はネット証券業界の先駆者として知られた松井証券社長の松井道夫であった[1]。
経過
1996年10月、総理府経済審議会・行動計画委員会の金融ワーキンググループが報告「わが国金融システムの活性化のために[2]」をまとめる。その背景として、経済の成熟化(経済成長の鈍化)及びバブル崩壊によって、1990年代に入り、衰退・空洞化しつつあるとされた日本国の金融市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際市場として地位を向上させ、日本経済を再生させる狙いがあった。
1996年11月、第2次橋本内閣が初めて「金融ビッグバン」を提唱する。
橋本龍太郎首相はこの「金融ビッグバン」を橋本内閣の六つの改革の1つに位置づけ、金融制度改革を2001年までに行なうことを表明した。
改革案の柱として、フリー(市場原理が機能する自由な市場)、フェアー(透明で公正な市場)、グローバル(国際的で時代を先取りする市場)の3つの原則を掲げた。[3]
2001年6月、第1次小泉内閣でもこの「金融ビッグバン」の流れを継承し、小泉純一郎首相は「骨太の方針」の中で「貯蓄から投資へ」を初めてスローガンに掲げた。
2003年からは、個人投資家の株式と株式投資信託の売却益や配当・分配金に対する税率を20%から10%に引き下げる証券優遇税制を実施した。
改革3原則
Free(市場原理が機能する自由な市場)
新しい活力の導入(銀行・証券・保険分野への参入促進)
幅広いニーズに応える商品・サービス(長短分離などに基づく商品規制の撤廃、証券・銀行の取扱業務の拡大)
多様なサービスと多様な対価(各種手数料の自由化)
自由な内外取引(為銀主義の撤廃)
1200兆円の個人貯蓄の効率的運用(資産運用業務規制の見直しとディスクロージャーの充実・徹底)
Fair(透明で信頼できる市場)
自己責任原則の確立のために十分な情報提供とルールの明確化(ディスクロージャーの充実・徹底)
ルール違反への処分の積極的発動
Global (国際的で時代を先取りする市場に)
デリバティブなどの展開に対応した法制度の整備・会計制度の国際標準化
グローバルな監督協力体制の確立(G7サミット・蔵相会議等で確認)
具体的事項
1997年の行程表では、以下の事項が行程として挙げられた。1998年には「金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律」(金融システム改革法)が成立し、これら各種の改革が一括化された。[4]
また、2002年8月の「証券市場の改革促進プログラム」、2002年10月の「金融再生プログラム」によって、さらに、改革が進められた。
投資家・資金調達者の選択肢の拡大
投資信託の商品多様化
「証券総合口座」の導入
証券デリバティブの全面解禁
資産担保証券など債券等の流動化
外国為替法の改正
1998年4月の改正により銀行ではそれまで殆ど取り扱わなかった、一般個人向けの外貨預金の取扱が認められるようになった。
日本の個人が外国為替市場への直接参加が可能となり、外国為替証拠金取引(FX取引)がスタートした[5]。
銀行等の投資信託の窓口販売の導入(1998年12月から解禁)
解禁からおよそ1年後、米国でグラム・リーチ・ブライリー法が制定された。
仲介者サービスの質の向上及び競争の促進
証券会社の業務多角化
1998年11月には証券取引法の改正により、インターネット証券会社の新規参入が認められた。
ラップ口座の解禁
持株会社(ホールディングス)制度の活用
同じ時期には私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)改正による金融持株会社の設置解禁も行われ、1999年のみずほフィナンシャルグループ設立に至った。
銀行による普通社債による資金調達、信託子会社を通じた業務の自由化も認められた。
株式媒介委託手数料の自由化
証券会社の免許制から原則登録制への移行
証券子会社・信託銀行子会社の業務範囲の制限撤廃
親子間の金銭債権の信託に係る規制(50%ルール)を撤廃。
系列投信委託会社からの証券投資信託受託に関する規制(25%ルール)を撤廃。
保険会社と金融他業態との間の参入
銀行・証券・信託銀行については、1993年から既に「業態別子会社方式」で、参入することが認められていたが、新たに「保険」が加わった。ただし、保険業界が強く抵抗し、銀行窓口における保険商品の販売は、当初、住宅ローン関連の生命保険と火災保険に限定された。
株式売買委託手数料の完全自由化
保険価格の自由化
保険業法・損害保険料率算出団体に関する法律が改正され、損害保険料率算出機構の保険料率遵守義務が撤廃。料率が認可制から届出制に移行された。1999年3月期よりソルベンシー・マージン比率公開義務が課せられ、情報公開が強化された。
利用しやすい市場の整備
取引所集中義務の撤廃
1998年に撤廃され、上場銘柄の取引所外取引が認められた
店頭登録市場における流通面の改善
未上場・未登録株式市場の整備
私設取引システム(PTS)の導入
1998年12月の証券取引法の改正で解禁
取引所税、有価証券取引税の廃止(1998年4月)
信頼できる公正・透明な取引の枠組み・ルールの整備
連結ベースのディスクロージャーの整備
証券取引法の公正取引ルールの整備拡充など
金融機関等のディスクロージャー制度の見直し
金融機関に対して、財務諸表・不良債権等の店頭掲示を義務付け
投資者保護基金の創設等
寄託証券補償基金が改組され日本投資者保護基金が設立。証券会社の加入が義務付けられた。
保険契約者保護機構の創設等
損害保険契約者保護機構・生命保険契約者保護機構が設立された。
2000年代に入ると銀行・証券会社等金融機関での生命保険・損害保険・個人年金保険の募集業や、個人型確定拠出年金制度が登場。また、2002年3月にあさひ銀行が大和銀ホールディングス入りしたことによる都市銀行全行のグループ化(メガバンク化)により、「第一次金融ビッグバン」は終焉することとなる。
2003年以降、証券仲介業の創設、および、その制度により、銀行やコンビニエンスストアなどで株式注文業務などが行われるようになる他、銀行法改正によって他銀行の代理店業も解禁された。
その例として、千葉市のアリオ蘇我店内にあるセブン銀行窓口で千葉銀行の取次業務を行っている他、郵政民営化によって発足した郵便局 (企業)が、ゆうちょ銀行の代理店業者となって、民営化以前と同様に銀行業務を行っていることなどがあげられる。
金融システム改革関連年表
1998年
4月 株式売買委託手数料を店頭株式及び売買代金5000万円超の上場株式について自由化。有価証券取引税・取引所税の引き下げ
9月 証券総合口座での給与振込が可能となる。
12月 有価証券店頭デリバティブ取引を解禁。証券会社の免許制を廃止、登録制に移行。取引所集中義務を廃止、私設取引システムの導入。不正取引等の規制整備
1999年
3月 金融持株会社解禁。
4月 有価証券取引税・取引所税を廃止。東証、立会い取引全面廃止(大証は1997年12月)。
10月 証券会社の信託子会社の業務範囲規制を廃止。株式売買委託手数料を完全自由化。
11月 東証、新興企業向け市場「マザーズ」を設置(以降、各取引所で「新興企業向け市場」を順次設置。)。
2000年
3月 東証、広島証券取引所・新潟証券取引所を吸収合併。
11月 不動産投資信託の解禁。
2001年
3月 大証、京都証券取引所を吸収合併。
4月 証券取引所の株式会社化が可能となる。
6月 上場投資信託の解禁。
10月 自己株式の解禁。
11月 株式譲渡益課税の制度を改正。
2002年9月 銀行と証券の共同店舗を解禁。
2003年11月 個人投資家の株式の配当金・譲渡益課税を大幅に減税、特定口座の開設。
2004年
4月 投資委託会社・証券会社・投資顧問会社の最低資本金を5000万円に引き下げ。金融商品仲介業を導入。
12月 ジャスダックの取引所参入を免許。
2005年10月 郵便局での投信商品の販売を解禁。
2006年
5月 会社法施行。
6月 運用会社の免許制廃止、登録制に移行。
2007年
8月 ジャスダックがNEO設立。
9月 金融商品取引法が施行。
2008年6月 銀行・証券・保険間のファイアーウォール規制緩和、業務範囲拡大。プロ向け市場創設。上場投信商品の多様化。
2009年
1月 有価証券のペーパーレス化。
6月 東証、TOKYO AIM取引所創設。金融商品取引所・商品取引所相互乗入れ解禁。信用格付会社への公的規制導入。
8月 金融裁判外紛争解決手続専門の特定非営利活動法人設置。
2010年4月 大証・ナスダックが経営統合。
2013年1月 東証・大証が経営統合、日本取引所グループ設立(大証は大阪取引所に改称。)。
2014年1月 少額投資非課税制度(NISA)を開始。
2016年4月 ジュニアNISAを開始。
脚注
[脚注の使い方]
^ 「第14回〔1997(平成9)年〕」 自由国民社
^ わが国金融システムの活性化のために 総理府経済審議会(内閣府内のアーカイブ)
^ 大蔵省 日本版ビッグバンとは
^ 大蔵省/金融システム改革法案について
^ “FX取引の歩み | SBI FXトレード”. http://www.sbifxt.co.jp. 2023年6月21日閲覧。
関連項目
新たな形態の銀行
ペイオフ (預金保護)
バブル景気
バブル崩壊
不良債権
資産デフレ
金融再生プログラム
外国資本
機関投資家
失われた10年
失われた20年
失われた30年
官製不況
平成不況
橋本龍太郎
六つの改革
小泉純一郎
聖域なき構造改革
骨太の方針
金融商品仲介業
金融商品取引業
外部リンク
金融ビッグバンがやってくる – NHK放送史
金融ビッグバンで金融機関の提携進む – NHK放送史
金融行政の当面する課題-金融庁 増井総務企画局長よりきく – 日本経団連活動レポート「経済くりっぷ No30-06」
【OPINION】小泉構造改革の検証と政権運営3年目の課題-構造改革への具体的な道筋を確立せよ – 日本総研
証券市場の改革促進プログラム 松本大のつぶやき – 「マネクリ」マネックス証券のお金と投資のオウンドメディア
改革加速のための総合対応策(平成14年10月30日) – 首相官邸
検証!小泉政権と株価のターニングポイント – AllAbout
頓挫する「貯蓄から投資へ」の誘導策、投資選択は個人の主体的判断、国は中立スタンスに徹すべし – 東洋経済オンライン
金融システム改革 日本版ビッグバンとは – 大蔵省
金融ビッグバンで「貯蓄から投資へ」 – 保険市場(2015年3月24日)
「金融ビッグバンと日本経済」について意見交換 21世紀政策研究所 – 経団連くりっぷ(10月15日)
個人レベルの金融ビッグバンの軌跡 – 農林中金総合研究所 季刊 組合金融 2000年春号
表話編歴
現代日本の経済史(戦後・昭和20年代 – 令和時代)
戦後混乱期
冷戦 財閥解体 農地改革 労働改革 ガリオア資金 傾斜生産方式 復興金融金庫 復金インフレ(戦後インフレ) ドッジ・ライン 安定恐慌 エロア資金
戦後復興期
朝鮮特需 影響 サンフランシスコ平和条約 スターリン・ショック 朝鮮戦争休戦協定
高度経済成長期
三種の神器(神武景気) ベトナム戦争 なべ底論(なべ底不況) 日米安保条約 影響 所得倍増計画 岩戸景気 LT貿易 1964年東京五輪(オリンピック景気) 1965年不況(証券不況) 建設国債 新三種の神器(いざなぎ景気) 1970年大阪万博 ニクソン・ショック 円切上げ 沖縄本土復帰 日本列島改造論(列島改造ブーム)
安定成長期
オイルショック 影響 狂乱物価 スタグフレーション 赤字国債 沖縄海洋博 省エネルギー 第3次産業 レーガノミクス(ハイテク景気) 日米貿易摩擦 低金利政策 前川レポート 日米半導体協定 つくば科学万博 プラザ合意 円高不況
バブル経済期
バブル時代 バブル景気 国鉄民営化 ブラックマンデー 消費税導入 日米構造協議 バブル崩壊 総量規制 官製不況 EXPO’90 湾岸戦争
バブル経済崩壊後
平成不況 就職氷河期 リストラ 阪神・淡路大震災 産業空洞化 都心回帰 ドーナツ化現象 住専問題 金融システム危機 インターネット・バブル(ITバブル) 六大改革 少子高齢化 アジア通貨危機 ゼロ金利政策 量的金融緩和政策 聖域なき構造改革 米同時多発テロ 第14循環(いざなみ景気) 金融再生プログラム 2005年愛知万博 建基法不況 世界金融危機 リーマン・ショック エコポイント事業 ユーロ危機 東日本大震災 影響 タイ洪水 (2011年) アベノミクス 量的・質的金融緩和政策 チャイナショック(2015年) マイナス金利政策 米中貿易摩擦 日米貿易協定 コロナ禍 影響 ウッドショック 2020年東京五輪・パラ ロシア・ウクライナ戦争による経済的影響 2024年の株価大暴落 トランプ関税 2025年大阪・関西万博 GREEN×EXPO 2027
関連項目
日本の経済史 日本の経済 日本のインフレーション 日本のデフレーション 日本の人口統計 日本銀行 金融ビッグバン 日経平均株価
カテゴリ:戦後日本の経済
スタブアイコン
この項目は、金融機関(銀行等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト 経済/プロジェクト 金融)。
スタブアイコン
この項目は、経済に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 経済学、プロジェクト 経済)。
カテゴリ: 金融平成時代の経済橋本龍太郎小泉純一郎戦後日本の経済
最終更新 2023年12月3日 (日) 18:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
護送船団方式
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B7%E9%80%81%E8%88%B9%E5%9B%A3%E6%96%B9%E5%BC%8F
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この記事には複数の問題があります。 改善やノートページでの議論にご協力ください。
出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2015年11月)
中立的な観点に基づく疑問が提出されています。(2020年12月)
独自研究が含まれているおそれがあります。(2015年11月)
出典検索?: “護送船団方式” ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL
護送船団方式(ごそうせんだんほうしき、英: convoy system[1])とは、行政手法の一つ。軍事戦術として用いられた「護送船団」が、船団の中で最も速度の遅い船に速度を合わせ、全体が統制を確保しつつ進んでいくことになぞらえて、特定の業界において経営体力・競争力に最も欠ける事業者(企業)が落伍することなく存続していけるよう、行政官庁がその許認可権限などを駆使して行政指導などにより業界全体をコントロールしていくことを指す。
金融業界
特に日本の第二次世界大戦後の金融行政において典型的にみられる。日本においては第二次世界大戦前の金融恐慌により弱小金融機関の破綻や淘汰が相次ぎ、取り付け騒ぎなどの社会不安を招いたことから、戦後の金融秩序を確立し、産業界が経済成長を遂げ、民生を安定させていくために必要な低利かつ安定的な資金を供給していくことが課題であった。
このため、金融行政を担ってきた大蔵省や金融政策を司る日本銀行は金融業界に対し、金融業界に対する金融安定化・産業保護政策という「護送船団方式」によって金融機関の倒産(破綻)を防ぎ、経営を安定させ、ひいては預金者の無用な不安を惹起しないよう、他産業に比較し多くの行政指導を行ってきた。例えば、長期信用銀行・外国為替専業銀行・中小企業金融などに典型的に見られる分野調整、店舗規制、新商品規制、一律の貸出・預金利率などを通じ、金融界の過当競争を防いできた。
さらには、不良債権の発生等により経営力が低下した金融機関に対しても、破綻(倒産)という措置を取らせず、他の金融機関との合併を強力に指導した。
功罪
結果として、第二次世界大戦後から高度経済成長期、安定成長期に至るまで日本において金融機関の経営破綻は皆無であった。
このため「金融機関はつぶれない」という社会通念が形成され、日本の預金者(貯金者)にとって金融機関の健全性に対する関心は高くはなかった。金融機関の経営陣にとっても、何をするにも行政官庁に「お伺い」を立てないと進まないという、経営の自由を制約される代わりに責任追及から逃れられるために好都合なシステムであった。弱者にとっては庇護を求めるうえで好都合であったほか、強者においても経営の自由度はかなり制約されるものの、他の参入を許さないことによって、結果的に外敵の参入を許さないなどのメリットもあった。
また、行政官庁においても金融機関に対して許認可権を盾に強力な指導力を発揮し、いわゆる天下り先の確保などのメリットがあった。一方、行政官庁の意向を過度に忖度するばかりか官民癒着を生み、金融機関の経営姿勢においても横並び体質がはびこり、顧客に目を向けた金融サービスが行いにくいなどの弊害も指摘された[誰によって?]。
崩壊
そもそも護送船団方式は「落伍者を出さない」(言い換えれば、経営が拙くても破綻はさせない)ことに主眼が置かれ、市場経済における自由競争により他より優れた商品・サービスを供給したものが勝ち残るという、本来の資本主義経済になじまない部分があったと指摘される(例えばポール・クルーグマン#主張##日本経済)
バブル景気の崩壊後、1995年には木津信用組合が倒産、同年に兵庫銀行が戦後初の銀行倒産となり、1997年に北海道拓殖銀行、山一證券、三洋証券の大手・準大手金融機関までもが破綻したことにより、護送船団方式が終焉を迎える。その後「金融ビッグバン」の進行に伴い、1998年には金融監督庁(2000年に金融庁に改編)が設置され指導行政は緩和された。
またバブル崩壊後には、金融機関のみならず生命保険業界でも経営破綻や倒産が続き、護送船団方式による「一社たりとも潰さない」という金融不倒神話が、銀行に続き保険業界でも崩壊することとなった[2]。1997年には中堅生命保険会社の日産生命保険が破綻し、戦後初となる生命保険会社の破綻となった[2]。これを皮切りに東邦生命保険、第百生命保険、大正生命保険、千代田生命保険、協栄生命保険、東京生命保険と、1997年から2001年までに中堅生命保険会社7社の経営破綻が続き[2][3]「生保破綻ドミノ」と呼ばれた[2]。
その他の業界
日本では金融業界に限らず、様々な業界で行政官庁の強力な行政指導が存在した。これらも「護送船団方式」と表現されることがある。また、広くは国全体が「護送船団方式」ではなかったのかと評されることもある。
例えば航空業界では、1980年代まで国が各航空会社の事業範囲を決定した45/47体制が存在し、各航空会社の経営安定には貢献したものの、経済成長にあたって航空会社間の競争がなくなるという理由で1985年に廃止となった。
→「規制緩和」も参照
これら行政指導による「護送船団方式」が、「日本は、世界で最も(もしくは、世界で唯一)成功した社会主義国家だ(日本型社会主義)」などという評価を生む理由の1つとなっている[4]。
また、新聞業界では日本新聞協会が中心となって政治家に働きかけ新聞特殊指定の継続を実現させたり[5]、新聞に対する消費税の軽減税率適用を実現させるなど[6]、いわゆる「放送利権」の問題から記者クラブ制度まで報道機関には護送船団体質が未だ根強く残っていると言える[要出典]。
自治体運営
第二次世界大戦後の日本における地方自治体の行財政運営においても「護送船団方式」であったと評されることがある。
例えば、宮脇淳によると、戦後の日本経済は長らく右肩上がりで経済規模が膨らみ、それに伴い税収も増え続けたことから、自主財源が脆弱で財政力の乏しい地方自治体においても、手厚い地方交付税配分や補助金によって財政的に恩典が与えられ、社会基盤整備に邁進してきた。旗印として「国土の均衡ある発展」が掲げられ、「護送船団方式」であったとしている[要出典]。
財政再建団体へ転落する自治体が相次いだ1950年代後半の地方財政危機の時期を過ぎ、高度経済成長が始まると、都市の税収を地方へという構造は確立された。その結果、都市と地方との負担分担、現役世代と将来世代との負担分担のあり方など多くの問題が、将来は何とかなるとの甘い見通しの元に先送りされてきた。地方自治体の借金である地方債においても「暗黙の中央政府保証」が存在するとされ、「国がなんとかしてくれるはず」と安易な将来見通しを元に借金を膨らませてきた。また地方自治の名の元に国もほとんどの場合それを追認してきた。[要出典]
安定成長を経て、バブル崩壊後のゼロ成長、少子高齢化時代、人口減少時代に突入し、国・地方ともに多額の債務(借金)を抱えている。加えて、自己責任を強調する行財政改革、とりわけ三位一体の改革により地方財政は危機を迎えるなど「護送船団方式」は揺らいでいるかのように見える[誰によって?]。
しかし、1960年代以降の地方自治体の破綻は北海道夕張市が久しぶりで、その後は財政再建団体(現:財政再生団体に相当)への転落が続出する状況でもない。さらにその夕張市においても、住民負担を伴う厳しい行財政改革を伴っているとはいえ、国と都道府県(夕張市の場合は北海道)が手厚いケアを行い、いわゆる「債務調整」はせず、途方もない債務も数十年単位という超長期で返済していく方針であるなど、緩やかになったとはいえ、最終的には国が面倒をみるという、「護送船団方式」は存続していると言える[独自研究?]。
脚注
^ 伊藤修『日本の経済-歴史・現状・論点』中央公論新社〈中公新書〉、2007年、296頁。
^ a b c d 東京新聞 Tokyo Web【特集・連載】あの日から 日本経済の転機 1997年4月25日 日産生命に業務停止命令『渋谷系』生保 破たんドミノ – ウェイバックマシン(2016年8月28日アーカイブ分)
^ 植村信保. “6 生命保険会社の経営悪化”. 内閣府 経済社会総合研究所. 2020年12月6日閲覧。
^ 佐和隆光『日本経済の憂鬱』ダイヤモンド社、2013年、198頁。
^ 『読売新聞』社説、2006年6月3日付
^ 「聞いてください!新聞への消費税軽減税率運用のこと」パンフレット 日本新聞協会、2019年10月18日閲覧。
関連項目
護送船団(語源)
プルーデンス政策
最後の貸し手 – 公的資金 – 日銀特融
大蔵省(現:財務省・金融庁)
行政指導 – 日本銀行
寺村信行 – 小川是 – 西村吉正
大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件 – 小池隆一事件(大蔵省接待汚職事件) – 長銀事件 – 日債銀事件
金融ビッグバン – 金融再生プログラム
日本の経済
日本株式会社 – 日本的経営 – 系列 – 業界団体 – 特振法案 – 三公社五現業 – 親方日の丸 – カルテル(談合)
バブル崩壊 – ゾンビ企業 – 奉加帳方式
日米貿易摩擦 – ジャパンバッシング – プラザ合意 – 日米構造協議
三本の矢 (小説)
カテゴリ: 金融政策経済問題日本の経済
最終更新 2025年7月6日 (日) 06:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
戦後地銀
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%9C%B0%E9%8A%80

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
戦後地銀(せんごちぎん)は、第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)から1954年(昭和29年)にかけての日本で設立された12行の地方銀行の総称。戦後設立地銀(せんごせつりつちぎん)とも呼ばれる[注釈 1]。
設立までの経緯
昭和初頭に起こった昭和金融恐慌をきっかけに、日本の金融当局は地方の中小零細銀行の整理統合を始めた。続く世界恐慌から第二次世界大戦へと進む中で、統制経済の下で国債の円滑な流通と戦費調達のため、1936年(昭和11年)に大蔵省は「一県一行主義」の行政指導を行なった。太平洋戦争開始後の1942年(昭和17年)には金融事業の委託、授受、譲渡もしくは譲受または法人の合併命令を発しうる規定を設けた金融事業整備令が施行されたことで[1]、行政の指導を受け、もしくは自発的な動きに基づく銀行の合併統合が相次ぎ、終戦時の1945年(昭和20年)に普通銀行は61行まで減少し、一県一行体制はほとんど完成した。
しかし、一県一行体制では戦後復興資金を十分に流通させることができず、体制の見直しを迫られた政府は、金融の円滑化を図って主に地域中小企業者などに資金を供給し、その結果、全国で12行の地方銀行が設立されるに至った[注釈 2]。これら12行は戦前までに設立された地方銀行と区別して戦後地銀と呼ばれる。
戦後地銀の一覧
12行の戦後地銀は以下の通り。設立後に行名改称や合併、消滅などの動向があった場合は備考欄に記す。2024年(令和6年)現在、戦後地銀のうちで開業当初からの行名を保っている銀行は5行(太字)、改称や合併などを経て、法人格が存続している銀行は4行、法人格が消滅した銀行は3行( ピンク )である。なお、沖縄県を拠点とする琉球銀行と沖縄銀行はアメリカ施政権下において設立されたため、戦後地銀には含まれない[注釈 3]。
行名 設立年月日 本店所在地(設立時) 備考
東北銀行 1950年(昭和25年)10月7日 岩手県盛岡市
大阪不動銀行 1950年(昭和25年)11月24日 大阪府大阪市西区 1957年(昭和32年)に大阪銀行へ改称。2000年(平成12年)に第二地銀の近畿銀行を合併して近畿大阪銀行(本店:大阪府大阪市中央区)に改称。2019年(平成31年)に第二地銀の関西アーバン銀行を吸収合併して関西みらい銀行(本店:大阪府大阪市中央区)に改称。
泉州銀行 1951年(昭和26年)1月25日 大阪府岸和田市 同じ戦後地銀の池田銀行と2009年(平成21年)に持株会社形式で経営統合。2010年(平成22年)に池田銀行に吸収合併され解散。池田銀行は池田泉州銀行となる。
北海道銀行 1951年(昭和26年)3月5日 北海道札幌市中央区
池田銀行 1951年(昭和26年)9月1日 大阪府池田市 同じ戦後地銀の泉州銀行と2009年(平成21年)に持株会社形式で経営統合、2010年(平成22年)に泉州銀行を吸収合併、池田泉州銀行(本店:大阪府大阪市北区)となる。
東京都民銀行 1951年(昭和26年)12月12日 東京都中央区 後に、東京都港区六本木→同南青山に本店を移転。2014年(平成26年)に第二地銀の八千代銀行と持株会社形式で経営統合、2018年(平成30年)に新銀行東京とともに八千代銀行(現:きらぼし銀行)へ吸収合併[注釈 4]。
千葉興業銀行 1952年(昭和27年)1月18日 千葉県千葉市
武蔵野銀行 1952年(昭和27年)3月6日 埼玉県大宮市(現:さいたま市大宮区)
関東銀行 1952年(昭和27年)9月15日 茨城県土浦市 2003年(平成15年)に第二地銀のつくば銀行を吸収合併して関東つくば銀行に改称。2010年(平成22年)に第二地銀の茨城銀行を吸収合併して筑波銀行に改称。
河内銀行 1952年(昭和27年)11月24日 大阪府布施市(現:東大阪市) 1965年(昭和40年)に救済のため住友銀行(現:三井住友銀行)へ吸収合併。
筑邦銀行 1952年(昭和27年)12月1日 福岡県久留米市
富山産業銀行 1954年(昭和29年)1月19日 富山県高岡市 1967年(昭和42年)8月に富山銀行へ改称。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 過去には、アプレゲール(戦後派)にちなんだアプレ地銀(アプレちぎん)という俗称も業界内で用いられていた。
^ この他に政府が行った主な施策には、無尽会社の相互銀行への移行や信用組合の信用金庫への移行などがあった。
^ 両行とも1972年(昭和47年)5月の沖縄本土復帰時に地銀協へ加盟した。
^ きらぼし銀行は、旧:東京都民銀行の本店ビル(港区南青山)に本店が設置され、統一金融機関コードも旧:都民銀の0137を継承して地銀協に加盟しているが、東京都民銀行としての法人格は消滅したため、戦後地銀の扱いではなくなる。なお、弘前相互銀行や近畿銀行等のように、逆さ合併によって法人格は消滅するも、実態として地銀協加盟行に転換したケースは過去にあったが、名実ともに第二地銀から地銀に転換となるケースは史上初となる。
出典
^ 合併・譲渡など強権発動可能に(昭和17年5月16日 大阪毎日新聞)『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』 p149 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
関連項目
地方銀行
表話編歴
地方銀行
カテゴリ: 戦後地銀地方銀行昭和時代戦後の経済1950年代の日本
最終更新 2025年4月24日 (木) 09:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
第二地方銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E5%9C%B0%E6%96%B9%E9%8A%80%E8%A1%8C








『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
金融サービスに関連するテンプレート
銀行業
銀行の種類
口座 ・ カード
振込
用語
関連項目
カテゴリ カテゴリ コモンズ コモンズ
表話編歴
第二地方銀行(だいにちほうぎんこう)は、一般社団法人第二地方銀行協会の会員であり、金融庁の「免許・登録業者一覧」において「第二地方銀行」とされた銀行である。
概要
協会の会員の資格は、
平成元年(=1989年)2月1日以降、金融機関の合併及び転換に関する法律(昭和43年法律第86号)第6条第5項の規定に基づいて、銀行法により免許を受けたとみなされた銀行、及び会員から営業を譲り受けることを目的として新たに免許を受けた銀行であって、主たる営業基盤が地方的なもの。
??第二地方銀行協会定款第5条
である。
以下本項では前者を「銀行法により免許を受けたとみなされた銀行」、後者を「新たに免許を受けた銀行」とする。
「銀行法により免許を受けたとみなされた銀行」は、相互銀行(大半は無尽から発展)が転換したものであり、営業内容に制約がある信用金庫よりも小規模で、非上場の銀行もある。
それ故にバブル期に経営陣の私物化による情実(不正)融資が起こり、兵庫銀行(普通銀行として戦後初)を皮切りに、德陽シティ銀行・東京相和銀行・中部銀行・石川銀行など不良債権による債務超過で経営破綻したところが相次いだ。
なお、破綻した都市銀行の事業を譲受したことにより、第二地方銀行首位となった北洋銀行や、経営再編により第二地方銀行ではなくなったわかしお銀行[注釈 1]・八千代銀行・第三銀行[注釈 2]や、地方銀行[注釈 3]に吸収合併されたものの、本店所在地は確保した福岡シティ銀行[注釈 4]などもある。
第二地方銀行の一覧
2025年(令和7年)1月時点で36行が存在する。内訳は次の通り。
相互銀行から普通銀行に転換したもの: 35
営業を譲り受けることを目的として新たに免許を受けたもの: 1
親会社の記載は、「金融持株会社」や他の金融機関の完全子会社となっている場合に限る。なお下記の「金融持株会社」は、全て株式移転により新設されたものであり、第二地銀協会員行は持株会社設立後又は既設持株会社傘下入り後もその地位を維持している。
第二地方銀行一覧表(2025年1月現在。数値は2024年7月現在)[1]
銀行名 旧名称 親会社(金融持株会社等) 本店所在地 登録先財務局 店舗数 預金
(億円) 貸出金
(億円) 自己資本比率
(%) 金融機関
コード番号
1 北洋銀行 北洋相互銀行 北海道札幌市中央区 北海道財務局 175 72,395 56,219 10.00 0501
2 きらやか銀行 殖産相互銀行 じもとホールディングス 山形県山形市 東北財務局 117 12,316 9,438 10.28 0508
3 北日本銀行 北日本相互銀行 岩手県盛岡市 79 13,467 9,037 10.11 0509
4 仙台銀行 振興相互銀行 じもとホールディングス 宮城県仙台市青葉区 72 8,433 5,750 10.88 0512
5 福島銀行 福島相互銀行 福島県福島市 53 6,439 4,686 10.71 0513
6 大東銀行 大東相互銀行 福島県郡山市 62 6,896 4,626 10.37 0514
7 東和銀行 大生相互銀行 群馬県前橋市 関東財務局 94 17,711 13,025 10.45 0516
8 栃木銀行 栃木相互銀行 栃木県宇都宮市 91 24,667 17,213 11.67 0517
9 京葉銀行 千葉相互銀行 千葉県千葉市中央区 120 37,733 28,027 11.51 0522
10 東日本銀行 ときわ相互銀行 コンコルディア・フィナンシャルグループ 東京都中央区 79 17,810 14,739 9.31 0525
11 東京スター銀行 (東京相和銀行) 中國信託商業銀行股?有限公司(台湾の銀行) 東京都港区 31 21,571 15,599 9.72 0526
12 神奈川銀行 神奈川相互銀行 横浜銀行(非金融持株会社) 神奈川県横浜市中区 34 4,091 3,094 8.36 0530
13 大光銀行 大光相互銀行 新潟県長岡市 70 12,754 9,160 11.00 0532
14 長野銀行 長野相互銀行 八十二銀行(非金融持株会社) 長野県松本市 55 10,080 5,943 11.67 0533
15 富山第一銀行 富山相互銀行 富山県富山市 北陸財務局 67 10,361 7,665 12.06 0534
16 福邦銀行 福井相互銀行 福井銀行(非金融持株会社) 福井県福井市 39 4,176 3,191 8.75 0537
17 静岡中央銀行 静岡相互銀行 静岡県沼津市 東海財務局 45 5,389 4,515 10.53 0538
18 あいち銀行 中央相互銀行 あいちフィナンシャルグループ 愛知県名古屋市中区 106+90 25,953+16594 16,396+12244 11.95+11.06 0542
19 名古屋銀行 名古屋相互銀行 112 29,548 21,100 12.35 0543
20 みなと銀行 阪神相互銀行 りそなホールディングス 兵庫県神戸市中央区 近畿財務局 107 30,462 23,515 8.64 0562
21 島根銀行 松江相互銀行 島根県松江市 中国財務局 34 3,497 2,495 9.44 0565
22 トマト銀行 山陽相互銀行 岡山県岡山市北区 60 9,518 8,064 9.78 0566
23 もみじ銀行 広島相互銀行 山口フィナンシャルグループ 広島県広島市中区 117 26,445 19,283 11.55 0569
24 西京銀行 山口相互銀行 山口県周南市 65 10,283 7,309 10.17 0570
25 徳島大正銀行 徳島相互銀行 トモニホールディングス 徳島県徳島市 四国財務局 108 20,053 15,732 9.38 0572
26 香川銀行 香川相互銀行 トモニホールディングス 香川県高松市 86 12,969 9,793 10.83 0573
27 愛媛銀行 愛媛相互銀行 愛媛県松山市 103 18,251 13,625 10.85 0576
28 高知銀行 高知相互銀行 高知県高知市 71 8,922 6,597 10.20 0578
29 福岡中央銀行 正金相互銀行 ふくおかフィナンシャルグループ 福岡県福岡市中央区 福岡財務支局 41 4,347 3,497 8.71 0582
30 佐賀共栄銀行 佐賀相互銀行 佐賀県佐賀市 35 2,125 1,681 9.02 0583
31 長崎銀行 長崎相互銀行 西日本フィナンシャルホールディングス 長崎県長崎市 23 2,262 2,269 7.99 0585
32 熊本銀行 熊本相互銀行 ふくおかフィナンシャルグループ 熊本県熊本市中央区 九州財務局 70 12,235 10,298 10.60 0587
33 豊和銀行 豊和相互銀行 大分県大分市 42 5,084 3,874 10.08 0590
34 宮崎太陽銀行 宮崎相互銀行 宮崎県宮崎市 53 5,754 4,475 9.10 0591
35 南日本銀行 旭相互銀行 鹿児島県鹿児島市 65 6,754 5,425 8.76 0594
36 沖縄海邦銀行 沖縄相互銀行 沖縄県那覇市 内閣府
沖縄総合事務局
財務部 48 5,885 3,898 9.83 0596
東京スター銀行は東京相和銀行から営業を譲り受けることを目的として新たに免許を受けた銀行、それ以外は全て旧相互銀行から普通銀行に転換した銀行である。
現存しない第二地方銀行
埼玉県・山梨県においては、1989年時点で県内に本店を置く旧相互銀行自体が存在していなかった[注釈 5]。 また青森県では1976年に、当時の弘前相互銀行が青和銀行(普通銀行:(第一)地方銀行)を存続行として合併し、みちのく銀行(令和7年1月1日付で青森銀行に吸収され、消滅)が発足したことでやはり相互銀行のない県となった。
第二地方銀行の制度が発足して以降は、吸収合併や経営破綻、業態(都市銀行あるいは全国地方銀行協会加盟行)転換などにより、秋田県・茨城県・石川県・岐阜県・三重県・滋賀県・京都府・大阪府・奈良県・和歌山県・鳥取県の各府県で、本店を有する第二地方銀行が消滅した。こうした再編はその後も続いており、2026年1月1日に長野銀行が八十二銀行((第一)地方銀行)と合併、2026年5月2日に福邦銀行が福井銀行((第一)地方銀行)に吸収合併されるため、長野県及び福井県から第二地方銀行が消滅する見込みである[2]。
他のカテゴリーへ移行した銀行
地域 銀行名 旧名称 本店所在地 登録先財務局 その後
関東 わかしお銀行 (太平洋銀行) 東京都千代田区 関東財務局 いわゆる“逆さ合併”により三井住友銀行旧社を吸収合併し同名に改称、本店を同区内に移転し、都市銀行へ移行。
八千代銀行 八千代信用金庫 東京都新宿区 東京都民銀行、新銀行東京との経営統合後、その2行を吸収合併しきらぼし銀行に改称、本店を東京都港区に移転の上、(第一)地方銀行へ移行。
東海 第三銀行 第三相互銀行 三重県松阪市 東海財務局 三重銀行を吸収合併し三十三銀行に改称、本店を同県四日市市に移転の上、(第一)地方銀行へ移行。
わかしお銀行は太平洋銀行から営業を譲り受けることを目的として新たに免許を受けた銀行、八千代銀行及び第三銀行は銀行法により免許を受けたとみなされた銀行(前者は信用金庫、後者は相互銀行から転換)だった。
吸収合併によって消滅したもの
銀行法により免許を受けたとみなされた銀行
1989年2月1日以降、金融機関の合併及び転換に関する法律(昭和43年法律第86号)第6条第5項の規定に基づくものを挙げる。
地域 銀行名 旧名称 本店所在地 登録先財務局 その後
北海道 札幌銀行 北海道相互銀行 札幌市中央区 北海道財務局 北洋銀行と経営統合の後、同行を存続行として合併
東北 秋田あけぼの銀行 秋田相互銀行 秋田県秋田市 東北財務局 羽後銀行((第一)地方銀行)に吸収合併され、北都銀行に
山形しあわせ銀行 山形相互銀行 山形県山形市 殖産銀行と経営統合の後同行を存続行として合併し、きらやか銀行に
関東 つくば銀行 東陽相互銀行 茨城県下妻市 関東財務局 2003年4月1日、つくばが関東銀行((第一)地方銀行)に吸収合併され、関東つくば銀行に
2010年3月1日、茨城が関東つくば銀行を存続行として合併され、筑波銀行に
茨城銀行 茨城相互銀行 茨城県水戸市
東海 岐阜銀行 岐阜相互銀行 岐阜県岐阜市 東海財務局 2010年12月に十六銀行((第一)地方銀行)の完全子会社となった
2012年9月18日に同行に吸収合併された
中京銀行 中京相互銀行 愛知県名古屋市中区 2022年10月、あいちフィナンシャルグループの子会社化
2025年1月1日に愛知銀行が吸収合併(現・あいち銀行)
近畿 びわこ銀行 滋賀相互銀行 滋賀県大津市 近畿財務局 2010年3月1日に関西アーバン銀行が吸収合併(現・関西みらい銀行)
なにわ銀行 大阪相互銀行 大阪府大阪市中央区 経営再建を図って1998年10月1日に特定合併の形でなみはや銀行を設立したものの、
翌1999年8月6日に経営破綻
福徳銀行 福徳相互銀行
近畿銀行 近畿相互銀行 近畿はいわゆる“逆さ合併”で大阪銀行((第一)地方銀行)を存続行として合併され、近畿大阪銀行(現・関西みらい銀行)に
その後旧大和銀行主導で大和・近畿大阪・奈良の3行で経営統合し、りそなグループに
奈良は後に再編でりそな銀行に吸収合併される
奈良銀行 三栄相互銀行 奈良県奈良市
和歌山銀行 和歌山相互銀行 和歌山県和歌山市 紀陽銀行((第一)地方銀行)と経営統合の後、同行に吸収合併
関西アーバン銀行 関西相互銀行 大阪府大阪市 近畿大阪銀行((第一)地方銀行)と経営統合の後、近畿大阪を存続行として合併され関西みらい銀行に
大正銀行 大正相互銀行 徳島銀行と経営統合の後、徳島を存続行として合併され徳島大正銀行に
中国 ふそう銀行 扶桑相互銀行 鳥取県鳥取市 中国財務局 山陰合同銀行((第一)地方銀行)に吸収合併される
せとうち銀行 呉相互銀行 広島県呉市 広島総合銀行と経営統合の後、同行を存続行として合併し、もみじ銀行に
九州 福岡シティ銀行 福岡相互銀行 福岡県福岡市博多区 福岡財務支局 (第一)地方銀行に転換した西日本銀行を存続行として合併し、西日本シティ銀行に
九州銀行 九州相互銀行 長崎県佐世保市 親和銀行((第一)地方銀行)と経営統合の後同行が吸収合併(現・十八親和銀行)
肥後ファミリー銀行 肥後相互銀行 熊本県熊本市 九州財務局 熊本銀行を存続行として合併し、熊本ファミリー銀行に、
2013年4月1日に名称変更し熊本銀行に
新たに免許を受けた銀行
会員から営業を譲り受けることを目的として新たに免許を受けた銀行を挙げる。
地域 銀行名 譲渡元 本店所在地 登録先財務局 その後
近畿 関西さわやか銀行 幸福銀行 大阪府大阪市 近畿財務局 関西銀行の子会社化された後同行を存続行として合併し、関西アーバン銀行(現・関西みらい銀行)に
みどり銀行 兵庫銀行 兵庫県神戸市中央区 阪神銀行に吸収合併され、みなと銀行に
経営が破綻したもの
破綻年月日 銀行名 旧名称 本店所在地 登録先財務局 その後
1995年8月30日 兵庫銀行 兵庫相互銀行 兵庫県神戸市中央区 近畿財務局 新設のみどり銀行に営業を譲渡(現・みなと銀行)
1996年3月29日 太平洋銀行 第一相互銀行 東京都千代田区 関東財務局 新設のわかしお銀行に営業を譲渡(現・三井住友銀行)
1996年11月21日 阪和銀行 興紀相互銀行 和歌山県和歌山市 近畿財務局 紀伊預金管理銀行に払戻し分の預金などを譲渡(解散)
1997年10月14日 京都共栄銀行 京都相互銀行 京都府京都市下京区 一部の店舗を福邦銀行・北京都信用金庫(現・京都北都信用金庫)に譲渡した他は
同系の幸福銀行が営業を継承
1997年11月26日 德陽シティ銀行 徳陽相互銀行 宮城県仙台市青葉区 東北財務局 仙台銀行・七十七銀行・北日本銀行に分割譲渡
1999年4月11日 国民銀行 国民相互銀行 東京都千代田区 関東財務局 八千代銀行(現・きらぼし銀行)に営業を譲渡
1999年5月22日 幸福銀行 幸福相互銀行 大阪府大阪市西区 近畿財務局 新設の関西さわやか銀行に営業を譲渡(現・関西みらい銀行)
1999年6月12日 東京相和銀行 東京相互銀行 東京都港区 関東財務局 新設の東京スター銀行に営業を譲渡
1999年8月6日 なみはや銀行 大阪府大阪市中央区 近畿財務局 大和銀行(現・りそな銀行)・近畿大阪銀行(現・関西みらい銀行)に分割譲渡
1999年10月1日 新潟中央銀行 新潟相互銀行 新潟県新潟市 関東財務局 第四銀行(現・第四北越銀行)・大光銀行・八十二銀行・
東日本銀行・群馬銀行・東和銀行に分割譲渡
2001年12月28日 石川銀行 加州相互銀行 石川県金沢市 北陸財務局 一旦日本承継銀行が営業を継続、その後北陸銀行・北國銀行・富山第一銀行・
金沢信用金庫・能登信用金庫(現・のと共栄信用金庫)に分割譲渡
2002年3月8日 中部銀行 中部相互銀行 静岡県静岡市 東海財務局 一旦日本承継銀行が営業を継続、その後清水銀行・静岡中央銀行・東京スター銀行に分割譲渡
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ 三井住友銀行(旧社)が属していた都市銀行へ転換
^ 前者は東京都民銀行、後者は三重銀行が加盟していた地銀協に鞍替え加盟している
^ ただし、合併相手の西日本銀行は、相互銀行から(地銀協加盟の)地方銀行に転換している。
^ 同地は再開発に伴い建物が解体され、新ビルの建設が進められ、期間中は旧西日本銀行本店である福岡支店に一時的に同居している。旧西日本銀行自体も旧高千穂相互銀行と合併したうえで相互銀行から地方銀行に転換した過去があるが、相互銀行の一般地銀転換以前の事である。
^ 埼玉県内には東和銀行が本店を置く群馬県内よりも多くの支店を設置している他、山梨県内には東京都に本店を置く東京相和銀行→東京スター銀行及び国民銀行の支店がどちらも当時のオーナーの出身地のつながりで過去に存在していた。
出典
^ “加盟地方銀行一覧”. 第二地方銀行協会. 2024年7月21日閲覧。
^ “八十二銀行と長野銀行が経営統合へ 23年6月めど”. 日本経済新聞 (2022年9月28日). 2022年9月30日閲覧。
関連項目
日本の銀行一覧
相互銀行
統一金融機関コード – 0500番台が割り当てられた。
外部リンク
一般社団法人第二地方銀行協会
表話編歴
第二地方銀行
スタブアイコン
この項目は、金融機関(銀行等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト 経済/プロジェクト 金融)。
スタブアイコン
この項目は、経済に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 経済学、プロジェクト 経済)。
カテゴリ: 第二地方銀行
最終更新 2025年8月16日 (土) 14:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
地方銀行「合併はしたくない」 初の100行割れ、自主独立を追求
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB032GB0T00C25A8000000/
『2025年8月25日 2:00 [会員限定記事]
8月21日、SBIホールディングス(HD)と資本提携した東北銀行頭取の佐藤健志は胸をなで下ろしていた。「これで自主独立路線を守ることができる」。交渉から合意まで2カ月のスピード決着だった。
9月初旬、金融庁の金融機能強化審査会で査問される日程が組まれていた。東日本大震災で公的資金を入れてから13年。焦点は人口減少と稼ぐ力だった。すぐの返済は難しい。どこと組んで返済余力をつけるか――。佐藤は悩んで…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
(『日本語の研究」第19巻3号2023.12.1)
105
〔特別寄稿〕
和歌集の歌風の言語的差異の記述
–大規模言語モデルによる分析—-
近藤泰弘
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihongonokenkyu/19/3/19_105/_pdf/-char/ja






キーワード:和歌、大規模言語モデル、埋め込みベクトル、歌風、主成分分析
要 旨
ある和歌集の持つ「歌風」を統計的に調査するには、従来は、語彙の偏りや分布を
中心に研究することが中心であった。
しかし、近年の機械学習の発達によって、
word2vecなどの単語埋め込みベクトルを用いて研究することが可能になった0
本研
究では、大規模言語モデルによる文埋め込みベクトルを主成分分析で次元圧縮するこ
とで、和歌の歌風の中核にある意味の体系を記述することができることを実証した。
そして、『古今集」と『万葉集」とでは大きな差異があり、それが漢詩の影響による
ものであることの可能性について述べた。
1はじめに
本稿は、和歌集の歌風の言語的な差異について、特に『万葉集』と『古今集』とが、
言語的にどのような差があるかという点について、同時代のその他の言語資料を用いな
がら、大規模言語モデルを活用して研究を行うものである。
まず、言語的な差についてであるが、もちろん、『万葉集』と『古今集』はその成立
の時代も異なり、文学としての性質も大きな差がある。言語的にも、奈良時代の言語と、
平安時代の言語とで異なっている。使役の「しむ」と「す・さす」の差などがよく知ら
れているところである。また、その他、例えば、『万葉集』には敬語があるが、『古今集』
には敬語がないなど、その理由がよくわからない言語的な差も存在する。語彙の面でも、
「花」の代表的なものとして、万葉では「梅」が、古今では「桜」が代表的であるとい
う文化史の反映と思われるものも存在する。
その他の多様な言語的相違を、さらに概括
的に捉えることができないかというのが本稿の視点である。
そのためのツールとして、
「大規模言語モデル」を用いることを試みてみたい。
次に「大規模言語モデル」を活用するということについて、最初に簡単に述べておく。
近時、一般に「大規模言語モデル」と言えば、ChatGPTなどの生成型の言語モデルを
106
指すことが多い。
しかし、ここで行うことは、ChatGPTに「万葉集と古今集はどう違
うか説明してください」などとプロンプトを与えて回答の生成を求めることではない。
本稿での方法は、それとは、まったく異なっている。
具体的には、歌集の本文テキスト
を、ChatGPTが内部表現として扱う形式に変換し、その内部表現を用いて分類•解析
を行う。
つまり本来の働きである「生成」に用いるのではなく、生成のための内部デー
タを用いて、あとは人間側で統計と解釈を行うのである。
データの解釈の方法は従来の
計量言語学の手法と同様である。
以上のようなことを前提として、以下の論を進めてい
くことにする。
2大規模言語モデルの埋め込み表現
ChatGPTのような大規模言語モデルは、非常に大量のテキストを使って、テキスト
のある単語の次の単語をマスクした形で入力し、それを推測させ、そのマスクした部分
の正解(これは元の文に当然存在する)と比べ合わせることで、その学習能力を獲得して
いく。
したがって、基本的には、ある単語の次にくる単語がなんであるかを確率的に推
測するだけだったはずなのであるが、その学習過程で、遠く離れた様々な制約(たとえ
ば、主語と述語、関係節、主題、接続助詞)をも学習するため、実際には、非常に高度な
能力を獲得していく。
また、ある文脈に共通して出現する単語のグループを学習してい
くことで、その単語の意味に相当する情報も獲得することができる。
単純に次の単語を
確率的に推測するといっても、直前直後の単語だけを見ているわけではないのである。
だからこそ、ChatGPTなどがまるで単語の意味や文法を知っているかのように、自然
な文章生成を行うことが可能になっているのである(岡野原(2023)など参照)。
さて、その前後の関係を把握する時に、テキストを単語(実際はやや小さい単位でトー
クンと呼ばれる単位)に分割し、学習させていくが、その過程で、ネットワーク上にその
トークンごとに特定の値が計算されて蓄積される。
この値は、先に示したように、単語
の文脈上の意味、統語的関係などを総合的に取り込んだうえでの、トークンの内部表現
となっている。
センテンスについても、その文脈に応じたトークンの組み合わせで適切
な数値の内部表現を得ることが可能である。
これを用いて、文の生成を行っているので
あるが、その生成するための途中の内部表現を取り出すこともできる。
ChatGPTを運営
しているOpenAIでは、ChatGPTのもとになったGPT-3ベースの言語モデルについて、
外部から単語や文を与えることで、それによるネットワークの内部表現の数値を取り出
すサービスを行っている(OpenAI (2023)) 〇
現在のサービスの名称はtext-embedding-
ada-002というものだが、単語や文を入力することで、それに応じた固定長1536次元
のベクトル数値を出力する。
このように、ニューラルネットワークを用いて、文脈の情
報を含めて数値化するものを、一般に、埋め込み表現と称する。
埋め込み表現の求め方
は、他にも各種あるが、このOpenAIのサービスの場合も、この1536個の数値のどの
〔特別寄稿〕和歌集の歌風の言語的差異の記述107
数値がどういう意味を反映しているかはまったくわからない。
しかし、全体として、単
語や文の類似性をこの数値で判定することが可能である。
これに近いことは、従来word2vecやFastTextなどの単語埋め込み表現を計算するツー
ルでも行うことができた。
これらは、文章を入力することでその中にある単語の共起情
報から、埋め込み表現を獲得する。
また文の生成や分類を行う言語モデルのBERTで
も文の埋め込み表現を計算することが可能である(浅原正幸・加藤祥(2020)など参照)。
ただ、word2vecやFastTextは、あくまでも単語の周辺の単語の共起情報を得るだけで、
文レベルの統語関係などは考慮されない。
また、同音異義語もきちんと区別できない。
BERTでは、よりきめ細かな埋め込み表現を得ることができるが、その言語モデルの大
きさは、3億パラメタ程度であり、GPT-3の数百億パラメタ以上のデータ量とは比較に
ならない。
また、GPT-3は、最初から多言語で学習しており、その出力するベクトル
も多言語に対応している。
したがって、出力をそのまま他の言語と対照して研究できる
のが大きなメリットである。
つまり、いわば、ChatGPTによる非常に高性能な多言語
分析の途中経過を利用して、いろいろな計量分析を行うことができるわけである。
3埋め込み表現による類似検索
以上のように、単語や文をベクトルにして、そのベクトルを相互比較することができ
るわけであるが、その一例として、埋め込み表現による類似検索の例を見てみよう。
ま
ずたとえば、『古今集』のデータを用意する。
埋め込みベクトル生成は、トークンへの
分解も行うため、事前の形態素解析は不要で、そのまま漢字仮字まじり文を用意する。
次にそれを1首ずつ、OpenAIの埋め込みベクトルのtext-embedding-ada-002のAPI (ク
ラウドの機能を利用するシステム)に投入して、埋め込み表現のベクトルの数値に変換す
る。それぞれ1536次元の埋め込みベクトルとなる注‘。
この高次元のベクトルデータは、同じAPIで採取したあらゆる和歌や、他の古典の
文や、現代語の文についてすら、類似性の判別に使える。
次は、「袖ひちてむすびし水
のこほれるを春立つけふの風やとくらむ」を対象の和歌として、その埋め込みベクトル
を求め、『古今集』すべての和歌の埋め込みベクトルと比較して、類似度の高いものか
ら5個を取り出したものである。
類似度は、一般的に数学でベクトルの類似度を測るの
に用いられるコサイン類似度(距離)を用いている注、カッコ内はコサイン類似度であ
る〇
対象文:袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ
順位:本文(コサイン類似度)
1:袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ(0.9999983246522605)
2 :波の花沖から咲きて散りくめり水の春とは風やなるらむ(0.9280744287636585)
3 :春ごとにながるる川を花と見て折られぬ水に袖やぬれなむ(0.9247892761175831)
108
4 :かげろふのそれかあらぬか春雨のふるひとなれば袖ぞ濡れぬる(0.9213311534905383)
5 :春のきる霞の衣ぬきをうすみ山風にこそ乱るべらなれ(0.9184461509961638)
当然のことながら、元の歌が1位で、コサイン類似度はほぼ1となる(1で完全一致。完
全に1にならないのは、様々な計算誤差による)。
したがって、実用的には2位からが類似
歌となる。
すぐわかるように、2位の「波の花沖から咲きて散りくめり水の春とは風や
なるらむ」などをはじめ、非常に意味的に類似度の高い歌が選ばれていることがわかる。
これは別に『古今集』内部に限らない。たとえば、現代日本語(例、「桜の花の散るのを
惜しむ気持ちを表現する」)や英語(例、A song that expresses the feeling of regretting separa-
tion from a friend.)で文を作って、それをベクトル化して比較することも可能である。
また、今回の研究で行うような、日本語と中国語の比較文学的な考察では、漢文も扱え
ることは大きなメリットである。
次は、『和漢朗詠集』の立春の「池凍東頭風度解窓梅北面雪封寒」(藤原篤茂)を同じ
ように用いて、『古今集』力、ら類似歌を抽出したものである。
対象文:池凍東頭風度解窓梅北面雪封寒
順位:本文(コサイン類似度)
1:梅の花それとも見えず久方の天霧る雪のなべて降れれば(0.83671372975217)
2 :逢坂の嵐の風は寒けれどゆくへ知らねばわびつつぞ寝る(0.8344075388592953)
3 :梅の香の降りおける雪にまがひせば誰かことごとわきて折らまし(0.8313966248472829)
4 :浦ちかく降りくる雪は白波の末の松山越すかとぞ見る(0.8297397632079765)
5 :細枝結ふ葛城山に降る雪の間なく時なく思ほゆるかな(0.8293573454140316)
1位の歌等たしかに、かなり近い意味を持っているものと認められる。
これが、
ChatGPTなどが多言語で応答することができる能力の源泉の一部である。
以上のよう
に、文の埋め込みベクトルにはさまざまな意味の文脈情報が盛り込まれており、それは、他の言語とも比較可能な、ユニバーサルな性質を持っている。
したがって、このベクト
ルを詳細に調査することで、言語の持つ意味のある部分を解析することが可能になるは
ずである。
そこで、本稿では、この能力を用いて、古典語の和歌のもつ意味の分布を調
査することを試みた。
4『古今集』の意味構造
word2vecなどの単語埋め込みベクトルを用いて、ある文章の中の構造を明らかにす
る研究は、世界的に広く行われている。
本稿の筆者も、『源氏物語』中のシク活用形容
詞の埋め込みベクトルをword2vecで求め、それを主成分分析の2次元平面において、
ジェンダー性との関係について調査したことがある(近藤泰弘(2022))。
また、先にも
触れた、BERTのセンテンスベクトルを用いた浅原•加藤(2022)の研究も、類義語の
分別や、『源氏物語』の表現分析にそれを利用している。今回は、同様な手法を用いて、〔特別寄稿〕和歌集の歌風の言語的差異の記述109
単語ベクトルではなく、この文埋め込みベクトルを、和歌の1首ずつに適用し、その各
首のベクトルを主成分分析で2次元に圧縮することで、多様な意味のうちもっとも主要
な意味を導きだすことを試みてみたい。
複数の特徴量を持つ統計値をいくつかの主成分
に落とし込んで、分析することも古くから広く行われてきている注、
まず、次が『古今集』の各首を、埋め込みベクトル化して、そのそれぞれの1536次
元のベクトルを、主成分分析で、2次元にしたものである。
主成分分析には、Python
のライブラリのscikit-learnのPCAを用いた。
第1次元をX軸に、第2次元をY軸に
して、各歌をドットにして、散布図として、表現した。
また、各軸の最上位の歌を表示
してある。
2 まかねふく剖8の中山帯にせあ!B谷川の音のさやけさ E ■-
この主成分分析の各次元についての統計値は次の通りである。
固有値:[0.00796909 0.00525807]
寄与率:[0.05528386 0.03647674]
累積寄与率:[0.05528386 0.09176059]
やはり、全体が1500次元以上もあるために寄与率は低めだが、それでも2次元目まで
で1割弱あるのは、ある程度評価できるのではないだろうか。
このように値が低いこと
を一応考慮に入れて、以下、具体的なテキストを定性的に観察していきたい。
先の図には、X軸、Y軸の最大値(正)、最小値(負)の歌だけを記載したが、下に、
それぞれの軸の最大値、最小値の3位までのランキングを示した表をあげる。
X-axis Max (Rank1):人を思ふ心は我にあらねばや身のまどふだに知られざるらむ
X-axis Max (Rank 2):思ひけむ人をぞともに思はましまさしやむくいなかりけりやは
X-axis Max (Rank 3):身を捨ててゆきやしにけむ思ふよりほかなるものは心なりけり
no
X-axis Min (Rank1):秋ちかう野はなりにけり白露の置ける草葉も色かはりゆく
X-axis Min (Rank 2):秋の月山辺さやかに照らせるは落つる紅葉のかずを見よとか
X-axis Min (Rank 3):秋風の吹きと吹きぬる武蔵野はなべて草葉の色かはりけり
Y-axis Max (Rank1):まかねふく吉備の中山帯にせる細谷川の音のさやけさ
Y-axis Max (Rank 2):郭公声もきこえず山彦は外に鳴く音をこたへやはせぬ
Y-axis Max (Rank 3):しほの山さしでの磯にすむ千鳥君が御代をば八千代とぞ鳴く
Y-axis Min (Rank1):春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり
Y-axis Min (Rank 2):色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける
Y-axis Min (Rank 3):花見れば心さへにぞ移りける色にはいでじ人もこそ知れ
主成分分析の性質から、それぞれの各軸の意味の評価はこれらの歌の意味の解釈にょ
るが、おおよそ次のようなものと推定できる。
第1次元のX軸では、大のランクの歌
は愛や情熱、恋心、自己の感情などの人間の内面を強く表現したものとなっている。
これに対して、小のランクの歌は自然や季節、特に春に関連した風景や景色を中心に述べている。
これらから、
•X軸の大の方向•••「人間の内面や情感、恋愛に関する表現」
• X軸の小の方向• • •「自然や季節の変わり目を中心とした風景や情景の表現」
といった意味が強いと推定できる。
第2次元の、Y軸に関しては、
大のランクの歌は、
鳥やその鳴き声、音などを中心にした歌となっており、特に、山や川、風景の中での鳥
の声や音の存在感が強調されている。
一方、小のランクの歌は花やそれに関連する情感、
特に花の移ろいやすさや美しさ、それに対する人々の感情の移ろいや変わりやすさを表
現している。
まとめると、
• Y軸の大の方向•••「鳥やその鳴き声、音を中心とした風景や情景の表現」
• Y軸の小の方向•••「花やそれに関連する感情や美しさ、変わりやすさを中心と
した表現」
といった意味が強いと推定できる。
さらに簡単にXY軸を記述するならば、
鳥
自然——j——人間
花
このように概括できると思われる。
つまり、大規模言語モデルの解釈する各歌のもつ意
〔特別寄稿〕和歌集の歌風の言語的差異の記述 111
味の多様な埋め込みベクトルを縮約すると、『古今集』の歌の意味でもっとも基礎的な
ものは「人間ー自然」の軸であり、次に「鳥一花」の軸が来るとするわけである。
『古
今集』の基礎的意味構造が「人間(人事)ー自然(景物)」および「鳥一花」であること
を、大規模言語モデルの埋め込みベクトルの主成分分析という非常に機械的なものから
導き出すことができるのは興味深く、この方法の妥当性を示していることがわかる。
5『万葉集』の意味構造
では、上とまったく同じ手法で、『万葉集』の各首の埋め込みベクトルを主成分分析
で解析してみると以下のようになる。
ここでは、散布図は、省略する。
『古今集』と同
じように、大、小のそれぞれ3位までのランキングを示しておく。
X-axis Max (Rank1):我妹子に恋ふるに我はたまきはる短き命も惜しけくもなし
X-axis Max (Rank 2):我妹子を相知らしめし人をこそ恋の増されば,恨めしみ思へ
X-axis Max (Rank 3):我妹子に恋ひすべながり夢に見むと我は思へど寝ねらえなくに
X-axis Min (Rank1):磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海八十の湊に鶴さはに鳴く
X-axis Min (Rank 2):舟競ふ堀江の川の水際に来居つつ鳴くは都鳥かも
X-axis Min (Rank3):滝の上の三船の山ゆ秋津辺に来鳴き渡るは誰呼子鳥
Y-axis Max (Rank1):秋山の木の葉もいまだもみたねば今朝吹く風は霜も置きぬべく
Y-axis Max (Rank 2):冬ごもり春さり来れば鳴かざりし鳥も来鳴きぬ咲かざりし花も
咲けれど山をしみ入りても取らず草深み取りても見ず秋山の木の葉を見ては黄葉をば取
りてそしのふ青きをば置きてそ嘆くそこし恨めし秋山そ我は
Y-axis Max (Rank3):雪寒み咲きには咲かず梅の花よしこのころはかくてもあるがね
Y-axis Min (Rank1):磯ごとに海人の釣舟泊てにけり我が船泊てむ磯の知らなく
Y-axis Min (Rank2):奈呉の海人の釣する舟は今こそば舟棚打ちてあへて漕ぎ出め
Y-axis Min (Rank 3):大崎の神の小浜は小さけど百船人も過ぐといはなくに
これを解釈すると、x軸に関しては、大のランクの歌は「我妹子」や「恋」に関連する
表現が多く、強い恋心や愛情、悲しみや切なさなどの個人的な感情を強く表現している。
一方、小のランクの歌は海や舟、鳥などの自然や風景、旅に関連するものが中心となっ
ている。
このことから、
•X軸の大の方向•••「恋愛や情熱的な人間の感情や関係に関する表現」
といった意味が強いと推定でき、このX軸の点では、『古今集』と似た意味構造を持つ
ていることがわかる。
次に、Y軸に関しては、
大のランクは、主に、野や山における自
然の変化を中心にした表現が強調されており、風景やその移り変わりがテーマとなって
いる。
一方、小のランクの歌は船や海、旅に関する表現が多く、特に海上の生活や海人
の日常、海辺の風景などが取り上げられている。
このことから、
•Y軸の大の方向•••「山における季節の移り変わりを中心とした表現」
といった意味が強いと推定できる。
XY軸を簡単にまとめると
山
自然——1——人間
海
のようになり、
Y軸において、『古今集』の「鳥一花」の対立が、『万葉集』においては
「山一海」の対立となっており、意味構造の中心的部分に大きな差異があることがわか
る。
このような差は、それぞれの時代の歌に要求される文化的な部分から生まれている
ものと思われる。
すでに知られているように『万葉集』では、自然を中心に歌われた歌
がその多くを占めている。
その自然のあり方も、平安時代とは異なっており、素材とし
ての「花鳥風月」ではなく、その中で生活する場としての「山」「海」が存在している。
このような意味構造を、埋め込みベクトル分析が捉えていると考えられる。
6『和漢朗詠集』の分析
この『万葉集』と『古今集』の意味構造の差異は明確だが、この変化をもたらした文
化的要因をさらに考えてみると、その間に、漢詩の影響が考えられることは当然予想で
きる。
平安時代に愛好された漢詩の意味構造を反映すると思われる『和漢朗詠集』の漢
詩部分を使っておなじような分析をしてみると、次のようになる。
『和漢朗詠集』は、
白楽天の作品を多く掲載し、部立も、『白居易集』の影響を受けている(菅野禮行(1999))〇
『白居易集』の部立は、『古今集』にも影響を与えているとされる。
その点でも、時代的
には後のものになるものの、『古今集』と比較することには意味がある。
『和漢朗詠集』
の場合は、一句が長いものもあるので、適宜分割して、ベクトル化した。
散布図は省略
して、XY軸のランキングだけを掲載する。
x軸の、大のランキングでは、主に君主や帝王に関する賞賛や称賛の言葉、帝国の政
治や仕組み、権力の構造やその継承に関する内容が中心になっている。
X軸の小のラン
キングでは、秋や風、風景を中心とした表現が目立つ。
そこでは、自然の美しさや哀愁、
〔特別寄稿〕和歌集の歌風の言語的差異の記述113
自然現象の移り変わりに対する感嘆が伝わってくる。
Y軸の大のランクでは、視覚的な
美しさ、小では、動物や鳥や人の声や、景色の静寂など聴覚的なものが感じられる。
Y
軸の小のランキングは特に注目されるので10位までから選んで掲載した。
最後に、XY
軸の簡略な記述も掲載した。
X-axis Max (Rank 1):坐制諸侯。
X-axis Max (Rank 2):忠仁公者皇帝之祖皇后之父也。
X-axis Min (Rank1):葉落風吹色相秋。
X-axis Min (Rank 2):松高風有一声秋。
Y-axis Max (Rank1):野草芳韮紅錦地0
Y-axis Max (Rank 2):澄澄粉餅。
Y-axis Min
Y-axis Min
Y-axis Min
Y-axis Min
Y-axis Min
(Rank 1)
(Rank 2)
(Rank 7)
(Rank 8)
(Rank 9)
:故山無主晚雲孤。
:夜雲収尽月行遅。
:晩鶯声声予参講誦之座。
:五夜之哀猿叫月。
:夜深四面楚歌声。
(Rank10):莫以偃息於五台之雲。
Y-axis Min
視覚
自然ー
ー人間
聴覚
ここから、非常に興味深い観点が導きだせる。
X軸の「人間ー自然」は、『万葉』とも『古
今』ともほぼ共通する。
それに対して、Y軸では、
万葉集
和漢朗詠集
古今集
山
聴覚
鳥
海
視覚(見やすくするため、Y軸の上下を入れかえた)
花
のように、『万葉集』的な、「自然(山と海)」の歌の構造が、漢詩では、「聴覚ー視覚」という対立になっている。
和歌における「鳥と花」という日本的な景物の対立は、その
114
背後に「聴覚ー視覚」という漢詩の世界の秩序を持つと考えると説明が可能である。
漢
詩では「猿の声」などが代表的だったものが、「鳥の声」を代表とするように置き換え
られ、「草•水•花」などの多くの視覚的なものが「花」として抽象化されたと考えると、
『古今集』的な意味構造が、漢詩の世界の大きな影響によって形成されたと考えること
が可能になる。
漢詩と和歌との文化史的な経緯については、川口久雄(1959)が「句題
の題詠といい、和歌の書式といい、遊覧曲宴の行事様式といい、何れも寛平期までは漢
詩によってなされたものの一種のトランスクリプションと考えていい形式で行われてい
る。
貫之はこのようにして九世紀を通じて権威的であった唐風の文化様式の革義に新興
の和歌という国語意識の抒情詩をもろうとしたのである。」と述べているが、
これを言
語的な和歌の意味構造から裏付けることができると考えられる。
また、実際に使われた
『古今集』の漢詩文素材の対照も、渡辺秀夫(1991)に詳細なものがあり、貫之が受容
していた漢詩文からの強い影響を見ることができる。
このことを、言語内部の分析から
実証できるものと考える。
7『後撰集』の分析
『古今集』の次の勅撰集である『後撰集』についても同様に埋め込みベクトルで調査
してみると、ランキングの用例は省略するが、xの最大が「梓弓入さの山は秋ぎりのあ
たるごとにや色まさるらむ」最小が「人のよの思ひにかなふ物ならばわが身は君にをく
れましやは」、Yの最大が「足曳の山下水は行かよひことのねにさへながるべらなり」
最小が「女郎花はなの心のあだなれば秋にのみこそあひわたりけれ」である。
つまり、
X軸が、「自然一人間」になっているのは『古今集』と同様である注七Y軸が、大が「山」
であることは『万葉集』と同じだが、小が「花」にほぼ限られるのは、『古今集』と同
じである。
つまり、Y軸は、「山一花」のようであり、『万葉集』と『古今集』のまさに
折衷的な意味構造となっている。
山
人間——-1——自然
花
このことは、『後撰集』の撰歌の過程からある程度解釈可能かもしれない。
『後撰集』
の実質的な撰者は、源順、大中臣能宣など、いわゆる梨壺の五人と言われる人々である。
よく知られているように、この五人は、宮中の昭陽舎(梨壺)の撰和歌所において、『後
撰集』の撰歌と『万葉集』の訓膏古を並行して行ったとされる(片桐洋一(1990)など)。
『後撰集』の意味構造に、『万葉集』と近いものがあることには、その影響が考えられる。『後
〔特別寄稿〕和歌集の歌風の言語的差異の記述115
撰集』の意味構造についてのこのような指摘は従来の和歌史研究にはなかったものと思
うが、大規模言語モデルの分析で初めて見えてきたものである。
8『文華秀麗集』の分析
以上分析してきたように、『万葉集』から『後撰集』にいたるまで、X軸が「人間一
自然」の対立、Y軸が、各種の自然の対象の差異に関わるものであることは、共通して
いた。
では、『万葉集』から『古今集』の間に位置する、国風暗黒時代の漢詩集におい
ては、どのようになっているだろうカ、。
また、試行段階であるが、当時の代表的な漢詩
集である『文華秀麗集』についての分析を一部行ってみた。
途中結果は省略するが、
XYの2軸を簡略に記述すると、次のようになる。
山水の景物
個人——:——君主
日常の生活
このように、漢詩であっても、『和漢朗詠集』などに反映する『白居易集』とはかなり
性格が異なっている。
『古今集』に影響を与えた漢詩という点では、後世、『和漢朗詠集』
にまとめられたような漢詩の世界の方が近いことは明らかである。
これについては、『凌
雲集』『経国集』などの他の勅撰漢詩集をさらに分析して、どのような漢詩の意味構造
が、平安時代和歌に影響を与えたかをさらに調査してみたい。
小町谷照彦(1996)の述べるように、「『古今集』を文学史的に定立するものとして、
二つの流れがある。
一つは『万葉集』との連接であり、一つは漢詩文の摂取である」と
いうことは間違いない。
その「漢詩文の摂取」が具体的にどのようなタイプの漢詩文の
意味構造から取られていったかをさらに研究することが必要である。
9大規模言語モデルによる分析の課題
以上見てきたように、大規模言語モデルの内部データを取り出すことに相当する、埋
め込みベクトルによる分析によって、従来知られていなかった各種の知見を得ることが
可能である。
今回は2次元に縮約したデータを対象に研究を行ったが、もともと1500
次元以上のベクトルであるので、2次元だけに限定できるものではなく、3次元の場合
の寄与率を見ていくと注ゝ3次元あるいは、4次元でも十分な情報量を取得することが
できる。
例えば、『古今集』における3次元目(Z軸)の上位•下位を見てみると、
Z-axis Max (Rank1):憂きことを思ひつらねてかりがねの鳴きこそ渡れ秋の夜な夜な
116
Z-axis Max (Rank 2):きりぎりすいたくな鳴きそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる
Z-axis Max (Rank 3):秋は来ぬ今やまがきのきりぎりす夜な夜な鳴かむ風の寒さに
Z-axis Min (Rank1):ひともとと思ひし菊を大沢の池の底にも誰か植ゑけむ
Z-axis Min (Rank2):もみぢ葉の流れてとまる水門には紅深き波や立つらむ
Z-axis Min (Rank 3):ちはやぶる神世もきかず龍田河韓紅に水くくるとは
このようになり、大のランキングでは、「憂き」「長き思ひ」「寒さ」といったネガティ
ブな感情を用いて秋を中心に歌ったものが来るのに対し、小のランキングでは、自然の
美しさに感動したポジティブな表現が中心となっている。
つまり、Z軸(3次元目)では、
自然に対する感情の「ネガティブーポジティブ」という対立的な捉え方が分離されるの
である。
このように、次元を増やしても、十分に意味構造の分離が可能であり、作品の
持っている構造性をさらに深く解析できるのである。
また、今回は示さなかったが、主
成分分析以外の次元圧縮の手法(t-SNE等)や、因子分析の手法等で、埋め込みベクト
ルを分析することも可能である。
さらには、今回のような〇 penAIのクラウドAPIサービスを用いずに、ローカルな
pcで動作できるもう少し小型の多言語対応大規模言語モデルを用いて、それに、言語
資料を直接学習させるような方法も考えられる。
今後、AIの持つ能力がますます上がっ
てくると、本稿で示したように、AIの能力を援用して研究することが非常に容易になっ
てくるはずであり、様々な手法を試してみたいと考えている。
また、対象の和歌集についても、『万葉集』のように成立過程が複雑なものについて
は、成立時期に分けて分析することも重要になってくる。
『新撰万葉集』のように、関
係する重要な資料であるのに、今回は扱えなかったものもある。これらすべてを今後の
研究課題としたい。
注1 各ベクトルの数値は、最大値:0.34から、最小値:-0.64、平均0程度に分布している。
注2コサイン類似度は、コサイン距離とも言われ、ベクトルの類似度を測るもっとも一般的
な数学的手法である。ベクトルの類似度は、その相互の作る角度によるのが一般的である
が、その角度のコサインを得ることで、類似度を0から1までの数値で表現できる。何次
元のベクトルであっても同様に計算できる。
注3水谷静夫(1982)では、数量化理論!E類を用いて、一首中の、複数の単語の共起情報を2
次元にすることで、その散布図において「梅」か「桜」かを弁別する方法を示している。
共起情報による数量化の方法は、現在の大規模言語モデルの方法に類似している部分があ
る〇
注4ここでも、X軸の大小の方向は異なるが、これは特に意味はない。
注5 3次元の場合の各次元の数値は以下の通りである。
〔特別寄稿〕和歌集の歌風の言語的差異の記述117
固有値:[0.00796909 0.00525808 0.004523071
寄与率:[0.05528386 0.03647677 0.031377841
累積寄与率:[0.05528386 0.09176063 0.123138471
使用テキスト
『万葉集」(日本語歴史コーパス•底本(小学館新編日本古典文学全集))
『古今集JI (日本語歴史コーパス•底本(小学館新編日本古典文学全集))
『後撰集JI (日本語歴史コーパス•底本(正保版本「二十一代集」))
『和漢朗詠集JI (Wikisourceテキストファイルを改編•底本不明•日本古典文学大系で校訂)
『文華秀麗集JI (浦本裕氏webサイト資料を改編•底本(岩波書店日本古典文学大系))
引用参考文献•Webサイト一覧
浅原正幸•加藤祥(2020)rr日本語歴史コーパス」の文脈化埋め込みに基づく意味空間」「人文
科学とコンピュータシンポジウム」発表要旨、2020年12月
岡野原大輔(2023)『大規模言語モデルは新たな知能か——ChatGPTが変えた世界一J岩波書店
水谷静夫(1982)『数理言語学」現代数学レクチャーシリーズD-3 •培風館
片桐洋一(1990)『新日本古典文学大系後撰集」岩波書店、解説
川口久雄(1959)『三訂平安朝日本漢文学史の研究 中」明治書院、366-367頁
小町谷照彦(1996)「古今和歌集の成立」『岩波講座日本文学史• 2巻•九•ー〇世紀の文学」
岩波書店
近藤泰弘(2022)「平安時代語に見られるジェンダー的性質について——通時コーパスによる分
析——」日本語学会2020年度春季大会シンポジウム
菅野禮行(1999)『新編日本古典文学全集 和漢朗詠集」小学館、「和漢朗詠集をどう読むか」
渡辺秀夫(1991)『平安朝文学と漢文世界」勉誠社「6章 古今集歌に見る漢詩文的表現」
OpenAI (2023) Embeddings URL:https://platform.openai.com/docs/guides/embeddings/what-are-
embeddings
謝辞:本研究で用いたコーパスは、国立国語研究所「日本語歴史コーパス」である。バージョ
ンは、以下の通り。関係者の皆様に感謝申し上げます。
国立国語研究所(2023)『日本語歴史コーパス」(バージョン2023.3.中納言バージョン2.7.2)
https://clrd.ninjal.ac.jp/chj/ (2023 年 9 月1日確認)
また、本研究は、国立国語研究所通時コーパスプロジェクトの研究成果の一部である。
——青山学院大学名誉教授——
(2023年10月10日 受理)
118
Studies in the Japanese Language Vol.19, No. 3 (2023)
Describing Linguistic Variations in Waka Collections:
An Analysis Using Large Language Models
Kondo Yasuhiro
Keywords: Waka, Large Language Models, Embedding Vectors, Poetic Style,
Principal Component Analysis
Traditionally, the investigation of the “poetic style” inherent in a collection of
Waka was centered around the study of vocabulary distribution and bias.
However, with the recent advancements in machine learning, research utilizing
word embedding vectors such as word2vec has become feasible. In this study,
we demonstrated that by applying principal component analysis to sentence
embedding vectors generated by large language models, we can describe the se-
mantic system at the core of Waka’s poetic style. Moreover, we observed sub-
stantial differences between the “Kokin Wakashu” and “Man?y6shu” and dis-
cussed the potential influence of Chinese poetry on these variations.
銀行合併の歴史
http://www4.airnet.ne.jp/koabe/misc/bank.html


『あるところで、最近、銀行が合併につぐ合併でどこがどうなっているのか分からなくなってきたというような話題になったので、作ってみました。
このページの図はダウンロードするなり、リンクするなり勝手に使っていただいて結構ですが、まだ暫定版ですのでいつの間にか内容が書き変わっているかも知れませんのでご注意ください。誤りがありましたらご指摘いただけると助かります。画像は72dpiで、印刷するには解像度が低いです。
2003年 11月 9日追記:東京三菱銀行の箇所に誤りがあるとの指摘をいただき、訂正いたしました(旧版は、「千代田銀行」の後に直接「東京三菱銀行」になっていたが、途中に「三菱銀行」があるのが正解)。
2004年 4月 18日追記:横浜市の佐藤さんから次の3点について指摘をいただき、訂正、追加いたしました。「第一銀行(国立→民営)」としていたが、もともと第一銀行は民営だった註1。日本興業銀行、日本勧業銀行は、設立時は特殊法人で、戦後民営化した。わかしお銀行を住友銀行の子会社としていたが、さくら銀行の子会社だった。
2004年 8月 13日追記:鴻池銀行の前身が第三国立銀行となっていましたが、第十三(国立)銀行の誤りでした。
註1:七十七銀行の 金融資料館国立銀行の誕生参照。』
メガバンク
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF










『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)
出典検索?: “メガバンク” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL (2018年9月)
金融サービスに関連するテンプレート
銀行業
銀行の種類
口座 · カード
振込
用語
関連項目
カテゴリ カテゴリ コモンズ コモンズ
表話編歴
日本の四大銀行の看板[注釈 1]
メガバンク(英語: megabank[1], mega bank[2])は、巨大な収益規模や資産を有する銀行・銀行グループ[3][4]、あるいは1兆ドル以上の総資産を持つ銀行グループのことである[1]。統合・合併で誕生した巨大銀行(きょだいぎんこう)を指す場合もある[2]。
日本のメガバンク
明確な定義づけがされていない一方で、日本のメガバンクは、三菱銀行を元にする三菱UFJ銀行、住友銀行を元にする三井住友銀行、富士銀行を元にするみずほ銀行の3行であり、これらは都市銀行の合従連衡によって生まれた。
バブル景気が崩壊した1990年代以降、日本では銀行(邦銀)はバブル期にも慎重さを貫いた三菱銀行を除くいずれも過剰融資による不良債権で急速に体力を失っていった。
また同時に、総会屋に対する利益供与事件(小池隆一事件)が明らかになったり、その不透明な融資体制、護送船団方式により喪失した国際競争力などもあり、こうした問題の解決に迫られた。
これらの諸問題の包括的な是正のため1996年、第2次橋本内閣はその政策の柱に「金融制度改革」いわゆる金融ビッグバンを提唱。
1998年には私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)が改正され持株会社の設立が可能になり、統合のための制度的環境が整備された。
一方で1997年には北海道拓殖銀行と山一證券が、翌1998年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻し、社会からの金融に対する信頼は大きく低下。
「銀行が潰れる」という事態が現実のものとなり、その他の大手銀行にも経営不安がささやかれるようになる。
こうした危機感の中、銀行の統合による規模の経済性、多角化による経済性、コスト削減効果等により見込まれる経営改善効果を期待した邦銀は、1999年以降雪崩を打って再編へ走り出す。
こうして1970年代から1980年代に「都銀13行」「大手20行[注釈 2]」と呼ばれた各行は、段階的な合併劇を繰り返した末、2006年には三大メガバンク(三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ)、四大銀行(三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、りそな銀行)体制に落ち着いた。
盤石と思われていた一流銀行の統合劇は、日本国民にも大きな衝撃を与えた。
企業の株式持ち合いなど日本独自の慣行を取っており、メガバンクは2015年6月時点で株を合計6兆5000億円(取得原価ベース)も保有していたが、アベノミクスの成長戦略の中の企業統治強化に伴い、金融庁から持ち合い株売却の規制を受けている[5]。
三菱UFJフィナンシャル・グループ
三菱UFJフィナンシャル・グループ本社
三菱UFJ銀行にいたるまでの主要な合併
→詳細は「三菱UFJフィナンシャル・グループ」を参照
前身の1つ、三菱東京フィナンシャル・グループは、1996年に三菱銀行と東京銀行の合併によって生まれた東京三菱銀行を中核としたグループである。
三菱銀行時代から「官僚的な行風」とされ効率性には乏しい反面、堅実な財務体質で知られ、「安定性」が何より重視された金融不安の時期には最優良都銀と目された。
他行の金融持株会社による多角化に触発され、2001年、系列の三菱信託銀行、日本信託銀行とともに「三菱東京」を設立した。
一方もう1つの前身、UFJホールディングスは、UFJ銀行を中核としたグループである。
もとは東海銀行とあさひ銀行の合併が構想されていたのだが、ここに上位都銀では再編出遅れ組だった三和銀行が参加。
当初東海・あさひが地域密着型でリテール中心の事業モデルを志向していたのに対し、三和はコーポレートファイナンスや海外業務も総合的に手がける「マネーセンターバンク」を目指す。
こうした意見の相違や、埼玉銀行を前身とするあさひが、大阪地盤の三和に主導権を取られることを嫌ったこともあり、最終的にあさひは計画から離脱。
三和系列の東洋信託銀行を交え、2001年「UFJ」を旗揚げした。
しかしながら、積極的な体質の三和がバブル期に築いた不良債権は大きく(とくにダイエーに対する融資に関してはUFJ成立後1兆円超となってしまう)、更には合併相手である東海銀行陣営を冷遇した事による紛争が勃発、他のメガバンクが経営改善を進める中、紛争が響き後れを取ってしまい、積極的な資本増強策を行っていなかったためか取り残された状態となる
(不良債権解消は行ってはいたが金融庁から業務改善命令を出されるなど選択肢が制限されていた上、現金資産が上昇した訳でもなかった)。
更には2003年には金融庁検査における不良債権隠しが発覚し、兼ねてから旧大蔵省に対して強みを持っていた当時の副頭取であった岡崎により議事録改竄などの挑発行動に出た結果、東海陣営からの内部告発による全容発覚を含め金融庁の逆鱗に触れてしまった(UFJ銀行#金融庁との対立と特別検査も参照)。
結果UFJに対する風当たりは厳しくなり、不良債権の引き当てなどで4,000億円の赤字を抱え込む事になってしまったため、傘下のUFJ信託銀行を住友信託銀行に売却すると発表。
それでもなお解決は見込めず、三菱東京に救済合併される形となった。
UFJの救済役には後から三井住友フィナンシャルグループも名乗りを上げたが、競り負けた。
この結果、総資産で当時世界最大の三菱UFJ銀行が誕生した。
旧東京三菱・UFJがそれぞれ首都圏・東海圏・近畿圏を地盤とした三大都市圏をカバーする一方、三和が得意としていた海外業務にも力を持ち、全体的なバランスは優れる。
反面、行風も地盤もまったく異なる銀行同士の寄り合い所帯とも言え、これらがどのように融和されるかが課題である。
また、傘下の三菱UFJ証券の投資銀行部門の強化も課題である。
三菱UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJ証券ホールディングス、三菱HCキャピタル、三菱UFJニコスなど主要5社が中核となり、世界屈指の総合金融グループを目指している。
三井住友フィナンシャルグループ
三井住友フィナンシャルグループ本社
→詳細は「三井住友フィナンシャルグループ」を参照
2002年発足。2001年の住友グループの住友銀行と三井グループのさくら銀行の合併による三井住友銀行を中核としたグループ(「三井住友」も参照)。
さくら銀行は1990年、三井銀行と太陽神戸銀行(太陽銀行と神戸銀行が1973年に合併)が合併し「太陽神戸三井銀行」として誕生、1992年に改名したもの。
三井銀行は三井グループの中核だったが、戦後まもない帝国銀行の再分割で他の財閥系銀行に比べて規模が小さく、三井グループの金庫番としての機能を十分果たせなかった。
そこで業容拡大のため、中位行ながら多くの店舗を持っていた太陽神戸銀行と合併した。
当初は合併効果が期待されたが、合併直後のバブル崩壊に加え、太陽神戸銀行時代から続く旧行出身者間の対立に三井銀行が加わったことによって非効率な経営がとられ、実力はほとんど発揮されなかった。
1997年の金融危機では、経営危機がささやかれ、巨額の公的資金注入を受けたほか、トヨタ自動車や三井グループ各社などへ増資を要請する事態にまで陥った。
製造業が一社単独で銀行支援に動くというのは異例の事態であった。
こうしてさくら銀行は当面の危機を脱したが、これを機に旧三井が経営の主導権を握るようになった。
一方、住友銀行は長らく大阪を拠点とする住友グループの中核で、先進的・効率的経営の一方、取引先企業の経営が傾き始めると容赦なく融資を引き上げるので「逃げの住友」と批判され、経済誌の顧客イメージランキングでは、常に他行の後塵を拝していた
(この体質が災いした出来事として、1950年にトヨタ自動車への融資参加行で唯一融資を打ち切って貸し剥がしを行った出来事がある。
これが原因でさくら銀行との合併まで長らくトヨタはじめ名古屋財界から不興を買う事になった。住友銀行#終戦と財閥解体・大阪銀行を参照)。
その利益第一主義の体質ゆえバブル期の積極融資によってバブル崩壊で膨大な不良債権を生み出すことになり、さらに暴力団・総会屋絡みの不正融資である”イトマン事件”、光進事件の1つ”蛇の目ミシン恐喝事件”等の不祥事が続発し、もはや住銀単独では処理が不可能であった。
そこで、さくら銀行との合併を決断する。
2002年、持株会社「SMFG」を設立。この背景は財務状況の改善がある。
続いて2003年、第二地方銀行のわかしお銀行を存続会社として合併し、三井住友銀行に改称。これは有価証券の含み損を解消するためであった。
3大メガバンクの中ではもっとも営業経費が少ないため、利益率・収益力の高い銀行である。
カードローン、インターネットバンキング、各種リスク性商品販売などリテール・コンサルティング戦略に強みがある。
米シティグループ傘下の日興コーディアル証券を傘下に収めるなど、アライアンスの強化で法人・個人両面で営業力の強化を目指している。
かつては傘下に信託銀行を持たなかった[注釈 3]点などグループの総合力で遅れを取っており、米国金融持株会社(FHC)の資格取得、ニューヨーク証券取引所(NYSE)への上場を含め総合力の強化が課題であったが、ニューヨーク証券取引所へは2011年11月1日付けで上場。
これに伴いFHCに関しても規制厳格化後に取得出来る事から、規制上のフリーハンドマージンが期待出来る。
今後の課題としては、従来サポートが弱いとされていたリテール業務への強化に関し、日興コーディアル証券を買収し発足したSMBC日興証券がサポート出来るかが課題となる。
メガバンクの中では、唯一全国銀行協会の持株会社会員に加盟していない。
みずほフィナンシャルグループ
みずほフィナンシャルグループ本社
→詳細は「みずほフィナンシャルグループ」を参照
みずほ銀行を中核とするグループ。第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行を前身とする。
第一勧業銀行は1971年、第一銀行と日本勧業銀行の合併で誕生した。
第一勧銀グループの中核企業である。
当時日本最大の総資産を誇った富士銀行を抜き、規模では都銀首位となったが、旧第一派と旧勧銀派の融和は進まなかった。
「対等合併」を気にする余り、非効率的な人事や経営方針が取られ、その体力は規模ほどには強くなかった。
1997年には野村證券とともに、総会屋への利益供与事件で本店が家宅捜索を受け、社会的イメージは決定的に悪化してしまった。
富士銀行は安田財閥の中心であった安田銀行が、戦後の解体で改名したもの。
芙蓉グループの中核企業であり、長らく都銀の名門であったが、1970年代から地盤沈下が始まる。
営業を積極的に押し進める住友銀行に対抗し、「FS戦争」(「富士住友戦争」ともいう)と呼ばれる熾烈な貸出競争に走ったが、最終的にはほぼ敗北。
その上、これがバブル期に重なり、多額の不良債権ばかりが残る結果となった。
加えて同時期、親密だった山一證券が破綻、系列の安田信託銀行も経営が不安定となる。
安田信託を子会社化し再建を図るが、富士独力では限界があり、第一勧銀傘下の第一勧業信託銀行と富士傘下の富士信託銀行が合併。
これに安田信託銀行の業務の一部を譲渡した。ここで第一勧銀と富士に関係が生まれ、みずほフィナンシャルグループ誕生の契機となる。
1999年、この2行に日本興業銀行が加わり、みずほフィナンシャルグループの設立が発表された。
興銀は長期信用銀行の雄として名を馳せ、バブル期には日本企業の時価総額で第1位(すなわち全世界で時価総額第1位)の座にあった。
しかし、その重厚長大産業を主要顧客とした長期融資の時代はもはや終わりを告げ、野村證券との提携で投資銀行への転換を図るが、同じく長信銀の日本長期信用銀行(長銀)、日本債券信用銀行(日債銀)は既に破綻。
予断を許さない状況の中、政府金融当局の意向も働いたとされ、第一勧銀・富士に身を委ねる形となった。
参加行に注入された公的資金は3兆円近くに達し、2002年のみずほ銀行発足直後にATM障害が発生、総会屋事件を引きずる顧客情報流出など、当初のイメージは芳しくなかった。
りそな・UFJとともに国有化が噂され、取引企業を引受先とする1兆円の巨額増資を行い、2002年から2003年にかけ冬の時代であった。
しかし結果的に増資は功を奏し、株価は底値から18倍近く上昇し、2006年には公的資金を完済、財務は三菱UFJ以上の優良体質となった。
しかし、2008年以降の世界的な金融危機の中で投資銀行部門の損失が拡大、メガバンクの中で中核的自己資本比率の引き上げを求める新BIS規制への対応が最も遅れているなど、経営基盤が盤石とは言い難い。
また、商業銀行部門だけでなく証券業務(新みずほ証券+みずほインベスターズ証券)でも融合が進まず効率性の点にも課題があり、2013年初頭に証券部門を統一(みずほ証券+みずほインベスターズ証券の合併)により一層の強化を図っている。
東証1部上場企業の7割と取引を持っており、旧興銀のノウハウを活かしたコーポレートファイナンスに強みを持つ。
一方、リテールの収益性が依然として低いのが課題である。
また2011年には東日本大震災の募金が原因で再びシステム障害を発生させ、信頼が再度低下。
信頼回復も課題となり、2013年7月にみずほコーポレート銀行と合併、中核はみずほ銀行に一本化された。
2019年に新システム「MINORI」への移行が完了したとされるが、みずほ銀行はこれまでに、特に2021年以降、ATMの停止など、立て続けにシステムのトラブルを引き起こしている。
これは合併の際に合併前の3行の全く別々のシステムのうち、いずれか1つのシステムのみを採用すべきところを、3つのシステムを無理やり統合するという不適切な方法を取ったことがそもそもの原因との指摘があり[6]、古いコンピュータシステムの開発者の退職や死去、システム構造のブラックボックス化もあって[7]、ITの同業者からも、システムの根本的な修正はもはや不可能との指摘がある[8]。
メガバンクとして扱われないもの
りそなホールディングス
りそなホールディングス本社
三大メガバンクのほか、2002年に発足したりそな銀行と埼玉りそな銀行を中核とするりそなホールディングスがある。
他行と合併無く自主独往を貫いてきた信託併営行である大和銀行とあさひ銀行(協和銀行と埼玉銀行が1991年に合併)が前身である。
UFJ銀行がメガバンク総資産第4位として東京三菱、りそなの中間に位置した頃は、りそなも含め「5大メガバンク」と称されることもあったが、UFJが東京三菱と統合し、りそなと第3位の三井住友との間の開きが大きくなってからは、メガバンクとしては扱われることは少なくなった。
大メガバンクが2006年度に公的資金を完済、あるいは完済を計画するなか、りそなは2兆円近い公的資金の返済で遅れを取り、2015年6月に完済した[9]。
窓口営業を17時まで取り扱うサービスの提供、信託併営行ならではの企業年金の受託や不動産関連のビジネス、信託スキームを使った相続コンサルティングなど他行にはない独自のサービスもあり着目されている。
自らを「メガバンクグループに次ぐ日本で第4位の金融グループ」と紹介しており、自身をメガバンクとは位置づけていない。
三井住友トラストグループ
三井住友信託銀行を擁する三井住友トラストグループは、他の主要銀行と比すると規模が小さく、都市銀行との再編にも加わらなかったため、メガバンクとして扱われない。
金融ビッグバンによる再編で、他の大手信託銀行(現在の三菱UFJ信託銀行・みずほ信託銀行)が相次いでメガバンクグループの持株会社傘下に収まる中、あくまで信託銀行専業での生き残りを希求した中央三井トラスト・ホールディングスと住友信託銀行が経営統合する形で2011年に設立された。
その後、2012年には傘下の信託銀行3行が合併して三井住友信託銀行が誕生し、信託銀行業界で首位となる規模となる、国内唯一の独立系「メガ信託銀行」となった。
このため、報道機関が大手銀行の決算を伝える際は都市銀行系4グループ(三菱UFJ・三井住友・みずほ・りそな)に加えて、三井住友トラストグループの「5大銀行グループ」として報じられることが多い[10][11]。
なお、三井住友トラストグループは三井グループ及び住友グループ[注釈 4]に属してはいるが、三井住友フィナンシャルグループとの資本関係はない。
三井住友フィナンシャルグループは2013年にソシエテ・ジェネラル系列のソシエテ・ジェネラル信託銀行を買収してSMBC信託銀行に改称することで信託銀行業界に参入した。
SBI新生銀行
日本長期信用銀行が破綻後に再建したSBI新生銀行は、規模が小さくメガバンクとして扱われない。
なお、SBI新生銀行の親会社であるSBIホールディングス社長の北尾吉孝は2019年9月に国内外の様々なフィンテックや共同システムなどを活用して地域の金融機関と共同で「第4のメガバンク構想」を実現していくことを発表[13]。
メガバンクや有力地銀などと共同で持株会社を設立し、10行程度の地方銀行がその傘下に加わることで調整している[14]。
SBIは既に島根銀行や筑邦銀行(福岡県)などとの資本提携を発表している[15][16]。
各地の地方銀行に出資しているとはいえ、その出資は業務提携の範囲に留まり、中核となる銀行は存在しない状態が続いていたが、2021年、かねてから筆頭株主であった新生銀行に対して敵対的TOBを仕掛け、最終的に新生銀行の経営陣とも調整のうえ、2021年12月17日、新生銀行を連結子会社化とし、2023年1月4日、SBI新生銀行に商号変更した。
ただし、SBIホールディングスが出資している銀行の総資産額をすべて足したとしても24兆円程度で、メガバンクではないりそな銀行にも及んでいない規模である。
あおぞら銀行
日本債券信用銀行が破綻後再建したあおぞら銀行は、規模が小さくメガバンクとして扱われない。
ゆうちょ銀行
2007年の郵政民営化の実現によって、総資産額日本最大の銀行として発足したゆうちょ銀行は、国営現業の郵便貯金(金融機関ではあったが銀行とみなされなかった)を出自とする特殊性から都市銀行とみなされていないため、メガバンクとみなされていない(これもあって全国銀行協会に加盟していなかったが、2011年10月27日に「特例会員」として加盟した)。
未出店地域
いずれも2024年8月現在。ローン相談のみの店舗に限り出店している場合も出店地域とみなす。みずほ銀行は全都道府県に出店している(「みずほ銀行#地域的基盤」も参照のこと)。
メガバンクおよびりそなグループの未出店地域
地域 三菱UFJ 三井住友 りそなG
青森県 未出店 ●未出店
岩手県 ×未出店 未出店
秋田県 ●未出店 未出店
山形県 未出店
福島県 ×未出店 未出店 出店
栃木県 ×△未出店 出店
群馬県 ×△未出店 出店
山梨県 未出店 出店
富山県 未出店 出店 ●未出店
石川県 出店 ●未出店
福井県 ●未出店 出店 ●未出店
長野県 未出店 出店
岐阜県 出店 ●未出店
三重県 出店 ●未出店 出店
鳥取県 ●未出店 未出店
島根県 ●未出店
岡山県 出店 ●未出店
山口県 出店 ●未出店
徳島県 出店 未出店 ●未出店
香川県 出店 ●未出店
愛媛県 未出店 出店 ●未出店
高知県 ●未出店 未出店 ×△未出店
佐賀県 未出店 出店 ●未出店
長崎県 出店 ●未出店 ×未出店
大分県 未出店 出店 ●未出店
宮崎県 未出店 ●未出店
鹿児島県 未出店 出店 ●未出店
沖縄県 未出店
※斜字体は三菱UFJ銀行・三井住友銀行・りそなグループ(りそな銀行・埼玉りそな銀行)ともに未出店の地域。
※●は前身行時代に店舗を有していた地域。
※×は発足以降に撤退した地域。
※△は現金自動預け払い機(ATM)無人出張所のみ存在する地域。
世界のメガバンク
世界でも金融機関の統合再編は進み、各国を代表する大手銀行が少数に絞られつつある。
ただ、「メガバンク」という呼称はほとんど使われない。古いものは近代から、国際金融市場を通して国債引受等の金融仲介を担ってきた。
日本三大銀行:三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行
シンガポール三大銀行:DBS、OCBC、UOB(2015年実績)[17])
中国四大商業銀行:中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行
イギリス四大商業銀行:バークレイズ、HSBC、ロイヤルバンク・オブ・スコットランド、ロイズ・バンキング・グループ
ドイツ三大銀行:ドイツ銀行、コメルツ銀行、ドレスナー銀行(コメルツ銀行により買収)
フランス三大銀行:クレディ・アグリコル、BNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル
イタリア四大銀行:ウニクレディトグループ、インテーザ・サンパオロ銀行、バンコBPM、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行
スイス二大銀行:UBS、クレディ・スイス
アメリカ三大銀行:シティグループ、JPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ
カナダ五大銀行:カナダ・ロイヤル銀行、モントリオール銀行、トロント・ドミニオン銀行、ノバスコシア銀行、CIBC
脚注
[脚注の使い方]
注釈
^ りそな銀行は自らを「メガバンク」と定義していない。
^ 都銀11行、長信銀3行、信託銀6行
^ 2012年4月1日に発足した三井住友信託銀行は三井住友トラスト・ホールディングスの金融機関であり、三井住友銀行及びSMFGとは業務・資本関係がない。SMFGとしては2013年にソシエテ・ジェネラル信託銀行を買収してSMBC信託銀行とし、シティバンク銀行のリテール部門買収も併せてプライベート・バンキング事業の強化を図っている。
^ 厳密には三井住友トラストグループは加盟しておらず、傘下の三井住友信託銀行が加盟している[12]。
出典
^ a b 矢野武. 日本大百科全書(ニッポニカ) コトバンク. 2019年2月22日閲覧。
^ a b 精選版 日本国語大辞典 コトバンク. 2019年2月22日閲覧。
^ 外国為替用語集 コトバンク. 2019年2月22日閲覧。
^ ASCII.jpデジタル用語辞典 コトバンク. 2019年2月22日閲覧。
^ “メガバンクが再び持ち合い株の大量売却 金融庁が渋る銀行に鞭を振う理由”. J-CAST ニュース. (2015年10月13日) 2022年8月29日閲覧。
^ “みずほ銀行のシステム障害の原因は「3つのシステムを合わせてしまった」こと”. ニッポン放送. (2021年9月22日) 2022年8月29日閲覧。
^ “これから「みずほ銀行」に起こる、ヤバすぎる現実…システムの「爆弾」を誰も処理できない”. 週刊現代. (2021年9月17日) 2022年8月29日閲覧。
^ 鈴木洋子 (2021年10月8日). “みずほシステム障害「あれ、絶対直すの無理」と同業者が断言する理由【IT業界インサイダー座談会4】”. 週刊ダイヤモンド 2022年8月29日閲覧。(Paid subscription required要購読契約)
^ 公的資金の完済について (PDF) りそなホールディングス 2015年6月25日
^ “[社説]銀行は最高益生かし経済成長に貢献を”. 日本経済新聞 (2024年5月21日). 2025年8月5日閲覧。
^ “メガバンクなど大手銀グループ5社決算 「金利ある世界」で軒並み好調”. テレ朝NEWS. テレビ朝日 (2025年5月15日). 2025年8月5日閲覧。
^ “住友グループ各社のご案内”. 住友グループ広報委員会. 2025年8月5日閲覧。
^ “SBIHDの北尾社長「第4のメガバンク構想を実現する」”. 日本経済新聞. (2019年9月3日) 2022年8月29日閲覧。
^ “SBI北尾氏「第4のメガバンク」に10行程度の地銀が参加へ”. 産経新聞. (2020年1月17日) 2022年8月29日閲覧。
^ 西村正巳; 田口翔一朗 (2019年9月6日). “SBIと資本業務提携、試される島根銀”. 日本経済新聞 2022年8月29日閲覧。
^ 田幸香純 (2020年1月20日). “SBIが筑邦銀行と資本提携 地銀出資は3行目に”. 朝日新聞 2022年8月29日閲覧。(Paid subscription required要購読契約)
^ “List of largest banks in Southeast Asia” (英語). it1me.com. 2016年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。
関連項目
銀行
都市銀行
四大銀行
金融持株会社
「大きすぎて潰せない」
表話編歴
都市銀行
カテゴリ: 都市銀行規模の経済
最終更新 2025年8月17日 (日) 09:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』