中国経済「強いは弱い」 矛盾恐れぬ競争、悪循環も
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD058CI0V00C24A6000000/
『2024年6月17日 10:00
中国の景気を読むのはやはり一筋縄でいかない――。「レストラン遺体回収人」としてSNSの話題を集めた安大為氏に話を聞いた時、改めてそう感じた。
安氏は閉店した飲食店の設備買い取り業で起業した「80後(1980年代生まれ)」。レストランの倒産ラッシュといわれる時代に各地を飛び回り、1日10軒以上の「遺体」を回収する。
崩壊か脅威か、共存する極論
この現象を日本の感覚でイメージすれば、浮かぶのは駅前の…
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『この現象を日本の感覚でイメージすれば、浮かぶのは駅前のシャッター街や暗く停滞した社会の姿だろう。中国でも不景気の象徴として注目された。だが安氏の話からむしろ強く感じたのは、中国経済の一種のダイナミズムだ。
「買い取った中古設備は引く手あまた。7日以内には売り切れる」(安氏)。倒産して5カ月後に新規開店のために安氏のもとを訪れた経営者もいたという。
中国の調査会社によると2023年の飲食店閉店数は139万件。まさに倒産ラッシュだが、開業数も318万件と過去最高だった。そこから伝わるのは、景気動向というよりも多産多死の過当競争だ。
読みづらいのは足元の景気だけではない。中国経済は今後どうなるのか。何度も繰り返されてきたこの問いには常に相反する極論が共存する。
一つは「成長はもう終わり」と断じるピーク論や崩壊論、もう一つは「なお競争力は強い」と見る楽観論や脅威論だ。
両極の議論の背景には今の中国経済の特異性がある。一つがマクロ経済とミクロ経済の空気感に大きなギャップが存在することだ。
中国経済には不動産市場の低迷などマクロの不安が山積する=ロイター
マクロでみれば中国の将来には不安しかない。不動産依存の成長モデルが崩壊し地方財政には巨額債務問題がのしかかる。人口減少で消費にも労働力にも陰りがみえる。こうした構造問題の解決には痛みを伴う改革が必要だが習近平(シー・ジンピン)政権は対症療法ばかりで回答を示していない。
加えて外国人の拘束や経済安全保障といったリスクもある。これでは「中国市場から距離を置くべきだ」との論調も当然だろう。
一方、ミクロをつぶさにみれば暗澹(あんたん)たるマクロ経済とはまるで違う「爆発的成長」が随所にある。たとえば投資ブームに沸く水素エネルギー産業だ。
内需テコに圧倒的な生産能力
「我が国の水素産業は既に『造る、ためる、運ぶ、使う』という完全な産業サプライチェーン(供給網)の構築段階に入った」。中国工業情報化省の単忠徳次官は4月、北京の論壇でこう強調した。
「水素熱」のきっかけは、16年と21年の5カ年計画や22年の「水素エネルギー産業発展中長期計画」で水素が国家の重要戦略に入ったことだ。地方政府や企業が補助金や資金の大量投下に走った。
「水素社会」を世界に先駆けて提言したのは日本だが、製造や輸送のコストがネックとなり足踏みが続く。その間に中国は各地で大量建設された太陽光や風力の発電所を活用し、安く水素をつくり都市で使うプロジェクトを進める。
エネルギー情報会社のリスタッド・エナジーの推計によれば、再生可能エネルギーで製造したグリーン水素の24年の中国の生産能力は年間22万トンに達し、その他の世界合計を6000トン上回った。中国石油化工(シノペック)は昨年、草原に風車が林立する内モンゴル自治区から河北省、北京市にまたがる全長400キロメートルの水素パイプライン建設計画を発表した。
強みは急ピッチで進む水素の供給体制だけではない。「中国にはアンモニアやメタノール、鉄鋼、石炭石油化学など多様で安定した水素の需要がある」。中国の新エネルギー調査会社、インテグラルの中西豪総経理はこう指摘する。
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2030年の中国のグリーン水素の需要は数百万トンレベルが見込まれ、世界の他地域に類を見ない規模を持つ。「巨大な内需だけでも企業や技術のスケールアップが可能となる。小規模な実証実験段階にある他国とはフェーズが一段も二段も違う」(中西氏)
水素以外でも国家戦略発の投資狂騒曲は起きている。ドローン輸送の「低空経済」や量子コンピューター、半導体などだ。世界では中国の電気自動車(EV)への補助金が問題だが、国内の焦点は既に新産業に移っている。こうした先端市場から遠ざかれば、日本の技術が立ち遅れる恐れもある。
共産党の思想が見え隠れ
中国経済がわかりにくいもう一つの理由は、産業の成長過程に組み込まれた異常なまでの過当競争と淘汰の嵐にある。
半導体産業は22年に3000社超が倒産したと報じられた。ブランドが100を超えるEV業界も今後倒産が相次ぐだろう。衰退期や不況にもみえるが、中国ではしかばねの山から強い企業を生む過程となる。
こうしたプロセスには中国共産党が掲げる「弁証唯物主義」の思想が見え隠れする。
習国家主席は党の理論誌「求是」でこう訴えた。「変化の過程で現れる矛盾に不断に向き合い解決する」。
発展段階で混乱が起きるのは必然であり、問題を未然に防ぐよりも果敢に変化に挑み、問題が具現化した段階で対処することを重視する。
だからこそ地方や企業の無秩序な競争による合成の誤謬(ごびゅう)はいとわない。水素の生産能力は25年の国家目標20万トンに対し主要7地域の目標だけで100万トンを超えるが整合性は後回しだ。
無駄も矛盾もしかばねの山も恐れない――。その特性は産業を鍛え、競争力の源泉となる半面、別の弱さの要因ともなり得る。
重複投資は競争に負けたからといって雲散霧消するわけではない。必ず地方の財政悪化や巨額債務として実体経済にツケを残す。
そうなれば医療や社会保障、年金の整備は遅れ、人々の将来不安は高まる。消費はますます弱まり、投資依存の経済構造からの脱却も遠のく。
最大の問題は人民の不満が党の統治の安定性に響くことだ。その先には「統制強化」と「体制への不信増大」の悪循環が待つ。
「きれいは汚い、汚いはきれい」。シェークスピア劇「マクベス」の冒頭で3人の魔女はこんな呪文を唱える。人の世の矛盾と複雑さを表した名言といわれる。
魔女に倣えば今の中国経済はこうだろう。「強いは弱い、弱いは強い」
国全体が上向きで14億人市場を一言で語れた。そんな中国の良き時代は終わりを迎えつつある。
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西村友作
中国対外経済貿易大学国際経済研究院 教授
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貴重な体験談 中国を理解するのは本当に難しいです。私は北京で20年以上生活し内側から観察してきましたが、この国を知れば知るほど自信がなくなります。
中国国内には先進諸国的一面と前近代的一面が併存しています。大都市では高層ビルが林立する一方で、首都北京でも郊外に行くと便所が無い家もあります。どこをどう切り取ってみても「中国」です。「中国は~だ」と断定するにはあまりにも多様過ぎます。
私も色々な場でお話させていただいていますが、「マクロとミクロの空気間のギャップ」を埋めるには、実際に足を運び、自らの目で見て体験してもらうしかないと思います。その意味においても、査証免除措置を速やかに復活させて欲しいです。
2024年6月17日 13:04 』