警察が市民に「監視アプリ」使用を強制 ますます牙をむく夜警国家=中国
https://www.epochtimes.jp/2023/10/177196.html
『近ごろ中国では、警察が路上や街角で市民を止め、携帯をいきなりチェックして、当局が指定する「詐欺防止アプリ」をインストールするようを求めている。このアプリのインストールは、もはや任意ではなく、そうせざるを得ないという「強制」に近い。
中国のスマホは「全国民を監視する道具」 』
(※ 無料は、ここまで。)
警察が市民に「監視アプリ」使用を強制 ますます牙をむく夜警国家=中国
https://www.epochtimes.jp/2023/10/177196.html
『近ごろ中国では、警察が路上や街角で市民を止め、携帯をいきなりチェックして、当局が指定する「詐欺防止アプリ」をインストールするようを求めている。このアプリのインストールは、もはや任意ではなく、そうせざるを得ないという「強制」に近い。
中国のスマホは「全国民を監視する道具」 』
(※ 無料は、ここまで。)
中国の国有企業が武装を開始 債権者への備えか
https://www.epochtimes.jp/2023/10/177871.html
『最近、上海の国有資産監督管理委員会の管轄にある上海城市投資集団が「人民武装部(人武部)」と称する軍事部門を設立し、多くの注目を浴びている。上海だけでなく、他の多数の地域においても、国有企業が同様の軍事組織を設立している。
専門家たちの分析によると、中国共産党(中共)が経営する国有企業が武装部署を設ける背景には、債権者への対応があるとされる。特に恒大の負債危機が連鎖的な破綻をもたらした後、関連債権者の権利主張の動きが社会的に増大している。
』
(※ 無料は、ここまで。)
中国の反知性主義政策が盤石らしい証拠
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/32566543.html
『共産党政権と言えば、漏れなく付いて来るのが反知性主義政策です。面白い事に、共産革命を起こして、政権を取り、建国するのは、例外無く「裕福な家庭に産まれたインテリ」です。毛沢東は、その地方で富農と呼ばれていた家に産まれました。富農と地主は、ちょっと違っていて、自分で土地も所有しているのですが、主に金貸しや、農村の中での小売、卸売など、副業で財産を築いた者を指します。
レーニンの家庭は、富豪ではありませんでしたが、父親が中学校校長、国民学校視学官を努めた教育者の家の3番目の子供として産まれ、ペテルブルグ大学へ進学し、優秀な成績で国家検定試験にも合格しています。しかし、すでに、この頃から共産思想に染まって、自身の思想を本にして出版したり、学生運動にも参加していたので、在籍していたカザン大学を退学になり、後にシベリアへ追放されています。
スターリンは、靴職人の息子として産まれ、事業が成功していた時には、10人も職人を雇うくらい繁盛していました。しかし、その後、伝統的な靴に対する需要が減って、経済的には苦境に陥ります。後に、奨学金を得て神学校に進み、非常に成績は優秀でした。しかし、在学中に神学に対する興味を失い、禁書扱いされていたカール・マルクスの資本論を読む事で、共産思想に染まります。後に、自身は無神論者であると話しています。
カンボジアのポル・ポトは、僧侶になる為に寺に出され、私立の名門校に入学しています。奨学金を得て、当時のカンボジアの宗主国であるフランスのパリに留学しています。ここで、共産思想に触れて、感化されます。
貧富については、親ガチャな部分があるので、必ずしも富豪レベルではありませんが、学問に優れたインテリである点は共通しています。そして、これこそが、彼らが権力を握った時に、反知性主義である一つの理由です。
つまり、自分達が革命を成し遂げる事ができたのは、新しい思想に触れたり、考え出したりして、それまでの体制に反旗を翻したからです。もし、自分達の権力が打倒されるとしたならば、同じように、自分の頭で考える事ができるインテリの中から指導者が現れ、人々を率いて反旗を翻すはずだと考えます。その為、体制というものが絶対不可侵で、変化させる事ができないモノであると洗脳する必要があります。なので、「労働」を神聖視し、その他の事は考えさせない事が権力維持に不可欠と考えます。その為、自分達が高学歴のエリートであるにも関わらず、国民が本を読む事を嫌い、教育者を迫害の対象とするわけです。
特に、原始共産主義を唱えたポル・ポトは、都会から一切の国民を追い出し、強制的に僻地の開梱に従事させました。農業以外の労働を認めないという極端な政策で、国民の選択の自由を奪う事で国家体制を盤石にしようとしたのです。そして、子供を親から引き離し、国家が運営する施設で教育から全ての生活を管理し、「お前たちは、新しい人類である。旧弊な親達の存在を軽蔑しろ」と教え込みました。なので、ロクに医学の知識も無い子供が、医者として治療に当てられました。「新人類なら、このくらいできるはず」という理屈です。もちろん、デタラメな治療で、多くの人が死にました。
これは、権力を手に入れた側が、恐らく共通で到達する結論です。なので、習近平氏も父親が毛沢東に失脚させられて、自身も煮え湯を飲むような迫害を紅衛兵に受けたにも関わらず、個人崇拝を進める事で、権力基盤を固めようとしてきます。これは、何も共産国家に限った話ではありません。
例えば、ブッシュ大統領時代、金融系企業は、多額の献金をする事で、後にサブ・プライムローン問題の原因になる政策を引き出し、ペナルティーの無いデタラメな金融商品を売りまくり、世界経済を巻き込む破綻が起きるまで、我が世の春を謳歌していました。その時、ウォール街の大企業で言われていたのは、「今の政権がずっと続いてほしい。心配があるとすれば、選挙で政権が変化する事だ。なんとかして、国民から選挙権を取り上げる事はできないか」という相談でした。これ、証言が出ている信憑性の高い話です。つまり、当時の金融業界の上層は、ぬるま湯の金融政策が続くのに障害になる、民主主義の根幹でもある選挙を、自分達にとって害のあるものと考えていたのです。
また、この手の話は、左翼系の思想家が良く使うレトリックですよね。「無知な大衆に選挙権など与えても社会は良くならない。そもそも、我々が政権につけない時点で、選挙という制度の欠点は明らかだ。超法規的手段で政権を奪取するしか社会を救えない。つまり、革命だ」単なる、独りよがりの思い込みなのですが、自分達が権力を取れない事をもって、民主主義や選挙を欠陥のある制度と決めつけて、暴力革命で世の中のルールをひっくり返そうという論理です。それで、実際に社会が改善された例を、私は知らないのですがね。
まぁ、こういうロジックは、自分で汗をかくことなく、結果だけ欲しがる輩に良く見られる行動です。今、環境活動家が、美術館の名画に塗料をぶっかけたり、観光名所の噴水に黒い液体を流し込んだり、両手を接着剤で道路に固定して、交通妨害をしたりという手段で、意味の無い抗議活動をしていますが、ようは無名の人物として埋もれる事に我慢できない人間が、ごくごくニッチな部分に狭窄した価値観を見出して、とにかく周りに認知される事を目的に奇行を行うという、パーフォーマンス以外の何者でも無い愚行です。それ自体は、迷惑なだけで、彼らの言う主張に対して、何の貢献もしていません。
で、今の時代に中国がシタタカに大衆操作をしている事を、証明する社会現象が出てきています。一つは、宝くじの大ブームです。不況になると流行ると言われている宝クジですが、胴元である政府に献金しているようなものです。実際、「不満が出ない税金」と呼んでいます。還元率が発行元の匙加減で決まっているので、胴元は絶対に利益が出て、少数の当選者以外は、損をするように設計されているのが宝くじです。なので、自ら進んで払ってくれる税金のようなものです。
これ、裏を返せば、個人の努力や工夫で、経済的にどうにもならないから、運まかせで豊かになろうという思考の現れですよね。つまり、宝くじが流行する裏には、「現体制は絶対に変わらない」という強固な思い込みがあるという事です。すなわち、そう洗脳した共産党の勝利とも言えます。反抗したり改革しようするより、天運に任せるという思考は、共産党的には願ったり叶ったりです。
そうして、もう一つの流行は、寺へのお参りブームです。特に若い世代に顕著です。自分の叶えたい願望を、神頼みで成就しようと、大勢の参拝客が寺に押しかけています。全国的に有名な寺なら、入場料だけで、年間で60億円とか稼ぐ勢いです。更に、寺の中では、開運グッズとか縁起モノとか売っていますので、恐らく年間の利益は100億は下らないでしょう。で、この大部分は共産党が召し上げます。聞いた話だと7割は、持っていくそうです。その代わり、宗教が天敵と考えている共産党が、寺の存在に目をつぶるという関係性です。共産党の集金マシーンになっている限り、寺の存在を許してやるからショバ代を払えという事です。
かつては、紅衛兵が暴れ回って、経典を焼き、仏像を破壊された寺が、これだけのブームになるというのは、願いを叶える為には、社会を改革するのではなく、神に願うしかないと、案外本気で若い世代まで考えている結果です。人々が、こう考えている限り、共産党は安泰なので、これは大衆操作が、とても成功している証拠になります。しかも、結果として、共産党の政策で酷い目にあわされているのに、共産党が潤っています。
こうして観察すると、引いた目線では愚かに見える中国政府も、国民の大衆操作という意味では、実に成功している事が判ります。これは、バカじゃできないのですね。やはり、幹部辺りまで行くと、それなりに頭の切れる連中が揃っている事が判ります。
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タグ :中国 大衆操作 反知性主義 』
中国恒大創業者、海外への資産移転で調査か 米紙報道
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM023I10S3A001C2000000/
※ 中国で、経営絡みで不正を行う輩は、「金持って、海外に逃げる。」ことしか、考えておらんのか…。
『【香港=伊原健作】経営再建中の中国不動産大手、中国恒大集団の創業者である許家印・董事局主席が、海外に資産を移転した疑いで中国当局の調査を受けているようだ。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)電子版が2日(日本時間)に報じた。
恒大は9月28日、許氏が当局から拘束や逮捕を意味する「強制措置」を執られたと発表していた。WSJは関係者の話として、同社が未完成の開発プロジェクトを抱えて苦境に陥…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
中国が大型連休…日本に観光客が”殺到報道”『さんざん処理水に文句いってたのに』国内からは困惑する声
https://news.yahoo.co.jp/articles/0ee8745977c47b3e5bd7d8ad878735c6e04b457e
『29日から中国で建国記念日にあたる「国慶節」などの大型連休が始まった。東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出した日本に対して、中国では厳しい目を向ける報道が目立ったが、中国から観光客が殺到する実態が報じられると、日本国内からは疑問の声が上がった。
◆中国では日本食品をさける動きつづく…書きかえられた看板【写真】
「北京から東京に向かう便がほぼ満席」「日本は海外旅行先で一番人気」「日本行きのカウンター前には多くの中国人旅行客の姿」…。日本を訪れようとする中国人の様子を続々と28日から29日にかけて各メディアが報じると、ネット上では複雑な声が次々と上がった。
処理水海洋放出を巡っては、国際原子力機関(IAEA)の総会で日中間の激しい応酬が見られたり、8月には中国とみられる迷惑電話が相次ぐ騒ぎさえあったため「日本の海水は汚染されてるんじゃなかったんかい」「散々処理水に文句言ってたのに」「処理水騒ぎとは何なの?」と世間の印象と実態の差に困惑する声が目立った。
また「処理水の問題なんて一般人はあまり関係ない」「中国メディアが勝手に騒いでるだけで、印象操作」「民間の動きは従来、政府筋と関係なく独自のメカニズムによって前進されることが多い」といった冷静な指摘も見られた。(写真はAP)
中日スポーツ 』
『中島恵2日前 ジャーナリスト 報告
解説処理水の件で日本に嫌がらせ電話を掛けていたような人々は、比較的内陸部の田舎の出身で、若い人が多かったです。
彼らは仕事や給料、自分の境遇などに不満があったり、嫌がらせ電話を掛ける動画をSNSに投稿して小金を稼ぎたいだけだったり、といったレベルの人たちです。
一方、日本に旅行に行くには団体、個人旅行ともにビザが必要で、ビザを取得するには年収500万円以上は必要なので、一口に同じ「中国人」と言っても、全然違うレベルの人々ということです。
日本人の目から見るとわかりにくいのですが、中国には本当に様々な人がいます。』
雷鋒
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B7%E9%8B%92

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避 この項目では、人物について説明しています。行政区画については「雷鋒街道」をご覧ください。
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出典検索?: “雷鋒” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2017年12月)
雷 鋒
生誕 1940年12月18日
中華民国の旗 中華民国湖南省望城県(現・長沙市望城区)
死没 1962年8月15日(21歳没)
中華人民共和国の旗 中国遼寧省撫順市望花区
所属組織 中国人民解放軍陸軍
軍歴 1960 – 1962
最終階級 中士
墓所 撫順市雷鋒紀念館雷鋒墓
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雷鋒
職業: 軍人
各種表記
繁体字: 雷鋒
簡体字: 雷锋
和名表記: らい ほう
発音転記: レイ フォン
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雷 鋒(らい ほう、1940年12月18日 – 1962年8月15日)、本名雷 正興(らい せいこう)は、中国人民解放軍における模範兵士とされる人物のひとりである。
湖南省望城県の出身。児童団や少年先鋒隊に入り活動する。1957年には中国共産主義青年団に入り、中国各地の農場や工場で作業するなどの奉仕活動を続けた。
1960年(1959年)、人民解放軍に入隊、直ちに輸送隊に配属された。
しかし1962年8月15日、遼寧省撫順市望花区で電柱を輸送中のトラックを立て直す作業中、頭を強く打ち死亡した。わずか22歳での殉職だった。
撫順雷鋒紀念館
死後、毛沢東などの共産党指導者の言葉を引用した日記が「発見」され、雷鋒は軍人の思想的モデルとして大きく取り上げられるようになった。
1963年3月5日に毛沢東によって、「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」運動が始められた。
このスローガンは文化大革命中、各種新聞や学校教科書で盛んに用いられ、雷鋒は模範兵士として無私の象徴として偶像に祭り上げられた。
その後も今日に至るまで政府のキャンペーンで何度も用いられており、3月5日は「雷鋒に学ぶ日」として学生たちが公園や街路の掃除、老人ホームを慰問するなどのボランティア活動の日となっている。また、雷鋒の出身地の長沙と殉職地の撫順では「雷鋒紀念館」が開設されている。
関連項目
雷鋒故居(生家)
雷鋒街道(出身地)
外部リンク
『雷鋒』 - コトバンク
雷鋒紀念館(中国語)
雷鋒Tシャツ
Stefan Landsberger の、中国プロパガンダポスターのサイト
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中国人民解放軍の軍人事故死した人物長沙出身の人物1940年生1962年没中華人民共和国のプロパガンダ
最終更新 2022年7月10日 (日) 17:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。』
「社会主義のために死ぬ」人材を望む習近平
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31592
『習近平政権は「共同富裕」を掲げて、社会主義的・愛国主義的な道徳心を植え付け直そうとしている。もっとも、当面は荒療治続きのようで、さまざまな動揺が伝えられる。
2021年夏、中国では営利目的の学習塾や外国語教室の設立・運営が全面的に禁止され、高度成長の終焉により就職活動に苦しむ大学生の塾講師としての活路が狭められた。このとき、国家は小中学生の宿題の時間にも制約をつけ、より多くの時間を運動や家事手伝いに振り向けるよう要求した。
党の指導のもと奮闘する人々(遼寧省瀋陽市・中山広場で、筆者撮影)
一方、中国には、技能・技術習得的機能を帯びた専科大学が多数あるが、中国共産党(以下、中共)は最近、これらを職業技能学校と統合のうえ高等専門学校に転換しようとしている。しかしその結果、本科大学と同等の学位を得られなくなることを知った学生の間に衝撃が走り、21年6月には南京師範大学で大規模デモが発生して鎮圧された。
また中共は、就職状況の悪化と「寝そべり族」に象徴される若年層の積極性の危機に焦りを抱き、辺境地域・農村地域での就職を大いに斡旋している。それはある意味、文革時代の「上山下郷」、すなわち学生や知識人は困難な環境で働く農民に学んで精神を鍛え直すよう求められた運動に似ているが、別の角度から見れば、大卒者が少ない地域での経済発展を促進するための人材確保目的もあろう。問題は、これまでの高度成長のもとで育った一人っ子学生の就職観と必ずしもマッチングしないという点にある。
愛国主義教育の実態
そして中共は学校教育全体にも照準を定め、昨年からは全学生必修の思想・政治課目の場を、「外部勢力」の影響と闘い、習近平新時代の道徳・労働・奮闘精神を錬成するための一大主戦場と見立てている。
例えば中華人民共和国教育部は「青春を第20回党大会に捧げよう!強国に我ありと自負を抱こう!」「小さな我を大きな我(=国家・中華民族全体)に融け入らせ、青春を祖国に捧げよう!」といったスローガンを掲げた。その裏の狙いの一つは、党大会の前後において「誤った思想」が学内で流布するのを厳しく防ぐためであった (中華人民共和国教育部HP「教育部思想政治工作司2022年工作要点」)。
しかしこの程度では、「白紙運動」に至るような若者の苦境には有効に作用しなかったといえる。しかも習近平政権自身、これまでのスローガンと型通りの政治教育が、教師にとっても学生にとっても中途半端で表面的なものに過ぎなかったのではないかと強く疑っている。
そこで習近平政権が強く求めているのが、「大きな教室・教師・プラットフォーム」に依拠した「大思政課(大きな思想・政治課目)」の構築である。これはすなわち学校の授業と、各種の愛国・革命・記念館・展覧館・老幹部・科学者・労働模範といった存在を強く結びつけ、より生き生きとした、実践的で印象に残る講義・授業を通じて、青少年を真に社会主義建設の後継者にふさわしい存在として養成する、というものである(中華人民共和国教育部HP「全面推進“大思政課”建設」)。
これはある意味、人民公社が工業・農業・商業・学校・軍事の一体化による「社会主義の大きな学校」と顕彰されたことの再来かも知れないが、職業体験やさまざまな見学を通じて社会性を磨くという発想はもちろん日本にもあるため、問題はその中身である。』
『昨年10月、習近平氏は中共第20回党大会の場で、中国ナショナリズムの立役者である清末・民国期の思想家・梁啓超の「少年中国説」を持ち出し、「青年が強くなれば国家も強くなる」と強調した。この文章自体は、中国人であれば誰でもこれまでの教育を通じて知っている。中国はこれから国民国家を創る若々しさを秘めているという点で、実は老帝国ではなく少年のような国家であり、今後の世代が発奮して強さを求めれば、中国は必ず欧米日を凌駕できると説く。
そして習近平氏は党大会が終わると、新たな党中央メンバーを伴って黄土高原の革命聖地・陝西省延安を訪れ、次いで河南省の用水路「紅旗渠」を訪れた。紅旗渠は1960年代、河南省北西部の慢性的な水不足解消のため、人々が「自力更生・艱苦奮闘」の精神による人海戦術に打って出て、多数の犠牲者を出しながら険しい山岳地帯に約70キロメートルの水路を掘ったものであり、中国革命史・社会主義建設史にとって記念すべき遺産とされる。
そこで外界は「改革開放の最先端地に背を向けた習近平中国の今後は尻すぼみになるのではないか」という疑念を抱いたものの、筆者の見るところ習近平氏は今や、発展を云々するよりもまずは人心こそ最優先だと考え、自ら「大思政課」を実践したということになる。
そして習近平氏は、「新時代の紅旗渠精神」として次のように喝破した。
「社会主義とは、頑張り抜き、やり抜き、命と引き換えに実現するものだ! 過去においてそうであったのみならず、(習近平)新時代においてもそうである」(中華人民共和国教育部HP「進一歩激励青少年矢志奮闘、投身強国目標推進民族復興」。太字は筆者=平野による)。
〝英雄〟雷鋒に学ぶボランティア精神
このような「最高指示」を踏まえて、中国教育部は昨年11月、小中学校 (日本の高校を含む)向けの「大思政課」建設方針を発表した。これは、語文(国語)・歴史に加えて体育・美育・労働教育に力点を置くことによって、「習近平新時代の新思想を学んで良き後継者となること」「小学から党史を学んで永遠に党と歩むこと」「英雄をたたえて率先して先鋒を務めること」「中華の伝統的な美徳を大いに弘めること」を強調する(中華人民共和国教育部HP「教育部関於進一歩加強新時代中小学思政課建設的意見」)。
では、その「英雄」「先鋒」とは何者か。中国人であれば真っ先に思いつくのは雷鋒という人物である。実際、教育部は今年3月になると「新時代の《雷鋒》に学ぶ活動方針」を発表した。
遼寧省撫順市・雷鋒紀念館の雷鋒像(筆者撮影)
雷鋒は湖南省の貧しい農民出身の解放軍人であり、軍人として優良であったのみならず、わずかな給与や余暇を人助けのために使い、遼寧省撫順市の人民代表大会代表にもなった「労働模範」であったが、1962年、運転中の軍用車が倒木の直撃を受けて死去した。毛沢東は、雷鋒の享年わずか23歳の生涯を「無私の奉仕の精神を代表するもの」と位置付けて、「雷鋒同志に学べ」と顕彰した。
以来中共は、不正の気風を改め「社会主義精神文明建設」を盛り上げるキャンペーンを展開する際には、事あるごとに雷鋒の名を持ち出すほか、雷鋒は今日の中国でも一般的に非の打ちどころのない「良い人」の代表と思われている。
そこで習近平氏は、改めて雷鋒を習近平新時代におけるボランティア精神の象徴として顕彰し、「誰もが平凡な生活の中で雷鋒の崇高な理念・道徳・信念を体現せよ」と強調したことで、雷鋒は「大思政課」の基軸となった(中華人民共和国教育部HP「教育部印発《教育系統関於新時代学習弘揚雷鋒精神、深入開展学雷鋒活動的実施方案》的通知」)。
』
『筆者のみるところ、ボランティア精神の拡大・浸透という目標は、若者にもそれなりに切実なものとして受け入れられる可能性がある。なぜなら、過酷なロックダウンの際に人々が生き延びた一つの原動力は「社区」の隣近所における相互扶助だったからである。しかし同時に、既に中国の人々は「これで何度目なのか」というほど雷鋒のことを知りすぎているため、新たな「学習」のうねりがどの程度の功を奏するのか測り難い。
そこで習近平政権は、将来に向けて「大思政課」を真に実効的なものとするためにも、そもそも幼児教育を国家の強い統制のもとに置き、小学校以後の政治・体育・徳育教育を心から受け入れられるような幼稚園児を育てなければならないと考えるようになった。
幼児期から「後継者を養成する」
もともと中国には一応、幼児教育のガイドラインとして、教育部が2012年に公布した『3〜6歳 児童学習与 (と) 発展指南』というものがある。そこでは大まかな方針として「幼児の心身の全面的なバランスある発展を促進し、一面的な発展を追求してはならない」「幼児のそれぞれの発達を重視し、いたずらに他の子供と比較してはならない」「幼児の直接の経験や遊戯などを重視し、選抜してエリート教育をしてはならない」といった方針を掲げてきた。
しかし中国では、学校教育の非常に大きなエネルギーが全国統一大学入試「高考」でのより高い得点と、高い経済社会的地位の獲得による成功のために注がれ、子供をより学力の高い高中(高校)、初中(中学)へ入れようとする競争は熾烈を極めてきた。そして「孟母三遷」の言葉通り、より高学力の学校がある学区に転居する動きも旺盛で、マンション価格もそれに応じて高騰するという副作用もあった。
この種の競争はついに幼稚園段階にまで波及し、幼稚園段階で小学校レベルの教育を行い、かつ子供同士の競争を促すような幼稚園の人気が高まり、入園難や入園費の高騰も招いていた(中国経済網2023年8月29日「学前教育法草案、亮点不止在幼稚園“小学化”」)。
そこで去る8月28日、「治安管理処罰法」改正案と並んで全人代に草案が示された「学前教育法」は、上記『指南』の精神を立法化することによって、この種の風潮を完全に根絶しようとしている。例えば次のようにいう。
「学前教育は、単に小学校入学前に子供の知識や能力を高めるものではない。大卒に至るまでの国民教育体系の全体像の中に位置づけられる、重要な社会公益事業である」(第三条)
「幼児の心の中に、年齢相応の智力に対応した道徳心・基礎体力・審美眼・労働を愛する心を植え付け、将来の《中華民族の偉大な復興》を実現するための後継者を養成する」(第四条)
そのうえで同法は、今後の学前教育=幼児教育は国家主導で、各級の政府が設立する、家庭環境の如何に関係なく幼児を受け入れるような「普恵性幼稚園」を主軸とすることをうたうとともに、いかなる個人・団体であれ、営利的な民営幼稚園を設立してはならないとする。また、学前教育は遊戯を中心として、幼児の全般的な発達を促すものでなければならないとし、小学校段階の教育内容の伝授や、テストによって幼児どうしの比較・優劣をつけることを厳禁する。
では、ここでいう「遊戯」とはどのようなものか。もちろんその少なくない部分は日本の幼稚園と同様かも知れないが、例えば動画配信サイト「bilibili」を見れば、幼稚園児が紅軍ないし人民解放軍の兵士の格好をして、雷鋒に学んで党と国家に忠実な子供であることを誓い踊るシーンはいくらでも出てくる。
一方、小学校レベルの教育を禁じる結果、幼稚園児は絵本を読むのに十分な漢字やピンイン(ラテン文字で華語の読み方を示したもの)を学べないという可能性がある。そこで、幼稚園の教員が子供に絵本を読んで聞かせる必要性が増すと思われる中、愛国主義教育的な内容がますます徳育の名において幼児の心に深く入り込むことになろう。
この結果今後の中国では、これまで以上に幼児期から純粋に愛国主義教育に染まった人々が拡大再生産されることは疑いない。そして日本との関係では、庶民から外交当局に至るまで、抗日英雄のように「機転を効かせて日本を懲らしめ正す」という類の発想が、中長期的にいっそう強まることになろう。これもまた、習近平新時代の中国が抱える複雑な現実の帰結である。』
資産バブルは一人っ子政策のせいなのだ――と示唆するタイトルの解説が…。
https://st2019.site/?p=21515
『※資産バブルは一人っ子政策のせいなのだ――と示唆するタイトルの解説が記事の中にはないので、ネットで調べたら、こういうことらしい。
まず諸悪の元凶は毛沢東が人海戦法で米軍とソ連の核に勝とうとして、やたらに多産を奨励した。これが惰性で1980までも続いていた。
1976に毛が死に、その後釜の四人組を打倒して復権した●【トウ】小平が、断然、それをやめさせることにした。
結果、どうなったか? 改革開放とあいまって、都市部に中産経営者層が爆誕した。いままでは「子育て」で夫婦の稼ぎはすべて消えてしまっていたが、それを事業投資に回せるようになったのだ。
しかしそれから数十年経って、生産力の巨大さに、若年の消費者人口の伸びが追いつかなくなってしまった。
※ここで敢て習近平の立場になって、起死回生の策を考えれば、次のようになる。
サウジアラビアのビンサルマン構想である「THE LINE」のように、中国奥地砂漠に一直線状の、ただしオープンカットの、人工の「溝」トンネルを何本も造成する。深さ数十m。1筋の延長は数百km。その「谷」は、いずれも、チベット高原もしくは天山山脈から灌漑水を引っ張ってくる暗渠を、軸線の中心とする。
ただし、「THE LINE」のように、地下に新都市を創ろうというんじゃない。その深い「溝」の両岸に、細長い「樹林帯」を造成して行くのである。木材を生産する、林業本位の人工谷だ。
管理作業者は居住するが、規模としては「村」レベル。この人工谷造成工事のために、市場に余っている鋼材、ビル建設資材を、惜しげもなく注ぎ込む。鉄骨を苗木の支柱に使うのだ。
斯かる事業により、初めて中共は、空中カーボンの固定化と地球森林回復のために大きな貢献をしているという「プラスの評判」を、現代において、公式に世界から獲得する。これは誰の損にもならない。』
そもそも中共はどうして一人っ子政策を1980に打ち出したか?
https://st2019.site/?p=21515
※ Project Syndicateというサイトの記事のようだ…。
『Yi Fuxian 記者による2023-9-29記事「A Chinese Bubble Long in the Making」。
そもそも中共はどうして一人っ子政策を1980に打ち出したか?
当時の計算では、中国には、人口1人あたりではインドの4割の可耕地しかないとされた。
だから、人口を増やしてはいかん、と結論された。
ところが当初の土地統計が間違っていた。
1980推計では可耕地は14億畝(mu=1ヘクタールの十五分の一)しかないと思われていたのだが、1996に測りなおしたら19億5000畝あったのだ。
またそもそも可耕地面積と収量とは単純に比例しない。作目、品種改良、水利、肥料、鉄道インフラ、機械化などのファクターで、収量はなんぼでも変わるのだ。そこを考えてなかった。●【トウ】小平は。
2022統計では、中共の人口あたり可耕地は、インド77%である。そして同時に、中共の穀物生産量は、インドの2倍あるのだ。』
何立峰
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%95%E7%AB%8B%E5%B3%B0
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何立峰
何立峰
何立峰(2023年5月)
生年月日 1955年2月4日(68歳)
出生地 中華人民共和国の旗 中華人民共和国、福建省竜岩専区永定県
出身校 廈門大学経済学部
所属政党 中国共産党
サイン
中華人民共和国の旗 中華人民共和国国務院副総理
内閣 李強内閣
在任期間 2023年3月12日 – 現職
最高指導者 習近平
国務院総理 李強
中華人民共和国の旗 中華人民共和国国家発展改革委員会主任
内閣 李克強内閣
在任期間 2017年2月24日 – 2023年3月
最高指導者 習近平
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何 立峰(か りつほう、簡体字中国語: 何立峰、拼音: Hé Lìfëng ホー・リーフォン、1955年2月4日 – )は、中華人民共和国の政治家。現職は国務院副総理。習近平総書記の側近中の側近[1]として信任が厚い人物の一人とみなされている[2]。
経歴
1955年2月4日、福建省竜岩専区永定県(現在の竜岩市永定区)に生まれる。籍貫(中国語版)は広東省興寧市。中学卒業後に文化大革命中の上山下郷運動により下放され、1973年8月、18歳で永定県にあった知青の挿隊(中国語版)に参加、1976年11月には永定県の獅象潭ダム建設に携わった。
高考制度回復後の1978年2月に廈門大学経済学部に入学し、財政金融を専攻した。1981年6月に中国共産党に入党。1984年7月に修士号を取得した後は廈門市経済特区経済研究所に分配され、同年10月に廈門市政府弁公室入りして、官僚としての道を歩み始めた。
翌1985年に弁公室副主任から市の財政局副局長となり、1987年7月に局長に就任した。
この年に共産党正定県委員会書記から廈門市の副市長[1]に転任した習近平の知遇を得て、その腹心となって[3]約1年半共に働いた。1990年に杏林区(中国語版)(現在の海滄区)委員会の書記に就任し、1992年には廈門副市長に昇格した。
1995年2月には泉州市に転じ、同市人民政府の代市長、市長、市委員会書記を歴任した。1998年6月に廈門大学で経済学博士号を取得している。
2000年4月には習近平も務めた共産党福州市委員会書記[1][2]、2001年12月には共産党福建省委員会(中国語版)の常任委員を兼ね、副部長級に昇格した。
2005年5月には廈門に戻って共産党廈門市委員会書記[1][2]に任じられ、2007年4月に廈門市の人民代表大会常任委員会(中国語版)主任を兼ねた。
同年10月21日に第十七回中央委員会候補委員(中国語版)に選出された。
産業界との癒着疑惑があり[4]、2006年に台湾資本のパラキシレン工場を廈門に誘致した[5]が、汚染に対する懸念に端を発した住民の反対運動(中国語版)[1]を受けて、工場を廈門郊外の漳州市にある古雷港(中国語版)経済開発区に移転させた[6]。
移転した工場は2015年4月6日に爆発事故を起こして毒ガスが発生、16人が負傷した[4][6]。
2009年5月、習近平の力添えもあって天津市の役職に転じ、共産党天津市委員会(中国語版)副書記[1][2]、浜海新区工作委員会書記[1]、管理委員会主任、党組(中国語版)書記兼塘沽区委員会書記に任じられた。
浜海新区に危険物倉庫の建設を認めたが、2015年8月12日に爆発事故を引き起こしている[4]。
2012年11月14日に第十八回中央委員会候補委員(中国語版)に選出された。
2013年1月、中国人民政治協商会議天津市委員会(中国語版)主席[1]に選出されて正部長級に昇格した。
翌2014年6月には国家発展改革委員会(発改委)副主任[3]、党組副書記に任じられ、習近平総書記の推進する一帯一路建設工作指導小組の事務局主任を務めた[3]。
2017年2月24日に発改委主任に昇格した[7]。この抜擢には党内部で小さくない不満を招いたとされる[8]。
発改委主任に就任後は習近平の政治活動に同行することが頻繁になっている。同年10月24日には第十九回中央委員会委員(中国語版)に選出された。
2018年3月14日、第13回中国人民政治協商会議全国委員会副主席(中国語版)に選出されて党・国家指導者(中国語版)となった。
3月19日に開催された第13回全国人民代表大会の第一次会議で、国務院総理の李克強から発改委主任に改めて指名された。
中国共産党第二十回全国代表大会で中国共産党中央政治局委員に選ばれる[9]。2023年の全国人民代表大会で国務院副総理に選出[10]。
人物
経済通であり、福建、天津などの沿海部での地方勤務が長い。部下でありながら、福建時代では習近平の少人数の結婚式にも出席したという。[11]
出典
^ a b c d e f g h 矢板 2014
^ a b c d 大家重夫. “中国政官データ 2016年5月版 - 大家重夫の世情考察”. インタークロス. 2021年10月25日閲覧。
^ a b c 西村 2015
^ a b c 矢板 2017, p. 106
^ 「天津爆発、各地で工場反対デモ 旗印は「PX」 ネットで呼びかけ」『withnews』朝日新聞出版、2015年8月19日。
^ a b 「福建省の化学工場が再び爆発、毒ガス発生で中国軍も出動 | ロイター」『ロイター』、2015年4月17日。
^ 「中国新閣僚に「習近平派」着々 国家発展委トップに何立峰氏 - 産経ニュース」『産経新聞』産業経済新聞社、2017年2月24日。
^ 矢板 2017, p. 107
^ “中共二十届一中全会公报-新华网”. www.news.cn. 2022年10月23日閲覧。
^ “国务院组织机构_中国政府网”. www.gov.cn. 2023年4月6日閲覧。
^ “何立峰:习近平的重要盟友,中国预期的新任“经济特使” - 加美财经”. www.caus.com. 2023年4月6日閲覧。
参考書籍
矢板明夫『習近平 なぜ暴走するのか』文藝春秋、2014年9月10日。ISBN 978-4167901936。
西村豪太『米中経済戦争 AIIB対TPP: 日本に残された大逆転のチャンス』東洋経済新報社、2015年12月18日。ISBN 978-4492444238。
矢板明夫「習近平VS李克強、最終戦争へ 全人代直撃」『月刊Hanada』2017年5月号、飛鳥新社、2017年3月25日、1-29頁、ASIN B06XXKHC47。
先代
徐紹史
中華人民共和国国家発展改革委員会主任
2017年 – 2023年
次代
(鄭栅潔)
表話編歴
第14期中華人民共和国国務院
表話編歴
第20期中国共産党中央政治局
表話編歴
第12期中華人民共和国国務院
表話編歴
第13期中華人民共和国国務院
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最終更新 2023年7月8日 (土) 16:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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